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<結 果> まず、正常化した血液検査の結果から。 ※左から順に、<正常値>→6/21(ダイエット前)→7/30→8/30の採血結果です。総コレステロール <130~220> 247→ 230→ 206LDLコレステロール <70~139> 151→ 146→ 126中性脂肪 <30~149> 417→ 72→ 149GOT <8~38> 42→ 30→ 23GPT <4~44> 71→ 48→ 30γ-GTP <♂80以下> 84→ 54→ 42体重 75.0kg→ 71.7kg→ 70.0kgもともと脂質が高めで、遺伝性のものだと思ってました。しかし、脂肪肝が原因で、肝機能にまで異常が出てくると、放っておくわけにもいきません。それで、7月からダイエットを開始したのですが、2ヶ月後には全ての異常値が正常化したのには驚きました。これって、メタボ患者の療養指導にも、生きた教材(実践例)として使えるんじゃないでしょうかね?<実践内容> 基本は「計るだけダイエット」。そして、朝食前の運動 では、何をやったか。1.できるだけ毎朝、朝食前(空腹時)に30分以上運動する 7月3日に札幌ドームマラソンで6km。7月7日からは、当直日以外はほぼ毎日運動しましたね。雨でも傘をさして30分くらい散歩したり。 7月中の走行距離は50km余(股関節のしびれ、足底の靴ずれで数日お休みした)。 それが、8月は99km、9月は107kmと、だんだん走るのが日課になっていきました。2.食事は診療所で3食とも食べ、ご飯の量は100g程度(ごく軽く一膳)に抑える 暑さのため、普段はほとんど飲まないビールを350ml飲みつつ、ほぼ間食なし。 最初は辛いけど、しっかり食べてはいるので、だんだん慣れてきます。3.食べ始めは野菜から。一口30回噛む うっかりこれを忘れる日も多かったですが、以前に比べてよく噛むようになったと思います。4.ミル抹茶を1日600ml(茶葉にして約5g)飲む 3ヶ月以上前から、朝起きてすぐ煎茶をミルで挽くのが日課になっていました。他の飲料(糖分の多い飲料など)の摂取量が減るのは確実なので、身体には良いはず。5.体重を朝夕記録する 当直日以外は、ほぼ毎日記録しました。これを折れ線グラフにするのが、実はダイエットにもっとも効果的だとわかりました。 「計るだけダイエット」を実践すれば、確実に体重は減少する! 最初の1ヶ月間は、毎日発生する施設・設備の修理対応や、人事対応、健康まつりの準備など、かなり多忙で精神的にもきつい期間が多かったのですが、「忙しさを理由にしていたらいつまでも痩せられない」と決意し、年とともに早起きに強くなった利点を生かして、涼しい早朝(午前6時前)から運動するようにしました。 「超スロージョギング」でも、「踏み台昇降」でも「歩く」だけでもいいから、とにかく毎朝30分以上、空腹時に運動すれば絶対に痩せられます。 皆さんも、続けられる時間帯と自分に合った運動を選んで実践し、体重を記録してみませんか。
2011年10月02日
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脳天気な楽天日記を書く気になれない日々が続いていましたが、7月から始めたダイエットが成功裏に一区切りついたので、覚え書き的にUPしておきます。<動機> 脂質異常症と体重増加傾向の改善、マラソンの記録向上、共済組合のキャンペーン1)今年6月21日に行った職員健診の結果で、総コレステロール、中性脂肪、γ-GTP、さらには肝機能(GOT、GPT)まで異常が指摘されたこと。 これまでの健診でも脂質系の高値は続いていましたが、かなり危ない値に。2)体重が、単身赴任後の5年余りで相当(7~8kg?)増えたこと。 いつの間にか75kgまで増え、若い看護師に突然お腹を触られた(セクハラ?)のがショックでした。横から見ると、腹が出ているのがよく分かります。3)9月のマラソン大会に向けて平診ランナーズの練習が本格化すること 「滝川コスモスマラソン」で10km、「旭川ハーフマラソン」でハーフを完走するのがランナーズの目標。6月に行われた「美瑛ヘルシーマラソン」でのハーフの記録が不甲斐なかったので、何とか大幅に更新したいと思ってました。4)職場の共済組合が主催する「健康増進キャンペーン」が7月から始まったこと。 これは9月末までの3ヶ月間で行われ、期間中に禁煙やランニングなどの自己目標を達成すると、もれなく図書カードがもらえるほか、抽選で旅行券などが当たるのです。<目標> 一に健康、二に美容、三四がなくて五に図書カード1)何よりも、血液検査の異常値を、ダイエットによって改善しようというのが目的でした。2)体重をせめて5kgは減らして、何とか久しぶりの60kg台にまで落としたいと。3)ハーフマラソンの目標は、(とても恥ずかしくて公には書きにくい数字ですが)2時間20分を切ること。 6月の美瑛では、19km地点から足の痛みが出て少し歩いてしまい、2時間33分という結果に終わっていました。4)「健康増進キャンペーン」の目標は、「ジョギング・ランニングを1ヶ月30km以上」に設定しました。 (実践内容と結果は次の日記で)
2011年10月02日
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医療団体のメーリングで、下記のシンポジウムが紹介されていました。私自身は、忙しくてまだ部分的にしか見ていませんが、ここでも共産党の吉井英勝衆議院議員が、とても分かりやすい報告をしています。かなり長いですが、放射能汚染による深刻な被害が予測される現局面で、ぜひ知っておくべき内容だと思います。原水爆禁止日本協議会(原水協)主催 特別シンポジウム 東日本大震災・福島原発事故から1カ月「原発・核兵器・私たちの未来」110411_特別シンポ完全ノーカット版 http://www.youtube.com/watch?v=2dAMW-QXPAA110411_ディレクターズカット版.wmv http://www.youtube.com/watch?v=P7nA8Bj1iME
2011年04月15日
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官房長官もTVニュースも、「ちょっとくらいなら大丈夫」論を垂れ流しているけれど、下記の番組で、また吉井英勝衆議院議員がコメントしていて興味深い。 **********************************************************朝日ニュースター『ニュースの深層』」(3/31)から(キャスターは、東海大学教授の葉千栄氏)番組の後半で、キャスターの葉氏が、TVで「ただちに危険ではない」と繰り返す放射線被曝量に関する報道に疑問を感じ、反対の立場に立つ学者はいるのかを吉井代議士に質問している。吉井:CT検査など、(目的があり)必要な被曝とは違って、受ける必要のない余分な汚染物質による被曝は避けるべきである、という立場に立つ学者はいます。葉:なぜTVは彼ら(放射線の危険性を指摘する学者)をお呼びしないんでしょうか。吉井:「大丈夫だ、大丈夫だ」と、「原発は心配ないんです」という立場を広げるために、でしょうね。葉:その立場を取るメディアにとって、どんなメリットがあるんでしょうか。吉井:それは、メディアにはスポンサーが付いていますね。 そのスポンサーは、電力であり、原発を作るメーカーであり、そこで建設をするゼネコンであり、そこへ鉄鋼・セメントを納入する素材供給メーカーであり、そして10年ほど長い時間をかけて作りますから、資金調達を請け負う銀行は利息できっちり儲けるわけですし。 で、そういうところから政治献金をもらう人たちがおれば、その人たちにとっては、これはおいしい話だし。 その人がまた官僚に圧力をかけて、いい加減な段階で「もう厳しく規制するな」と、「もう認めてやれ」という話になっていくと、そうすると官僚はそういう立場で動くと。 だから「原発利益共同体」といいますか、こういう構造が作られているのがやっぱり一番問題ですね。葉:例えばそうであっても、NHKはなぜそのような立場をとっていますか? NHKはスポンサー必要ないんですけど。吉井:うん、だから、そこには政治的な力があるのかないのかとか、現実に照らして検証する必要があるでしょうね。http://www.youtube.com/watch?v=E8r7qmBny6k&NR=1***********************************************************吉井さんは、政治家というより学者のような語り口で約50分間も話しているが、とても分かりやすい。
2011年04月10日
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2006年10月には、地震後の電源について、(共産党の吉井英勝衆議院議員が)更に突っ込んで聞いている。第165回国会 衆議院 内閣委員会 3号平成十八年十月二十七日(金曜日)○吉井委員 (略) 時間が大分迫ってまいりましたので、私、政府参考人に聞く予定をしておった話は、確認する質問は先においておいて、原子力安全委員長の方に直接いきます。 例えば志賀一号で、地すべりで高圧送電線の鉄塔が倒壊した、外部電源の負荷がなくなったから原発がとまったというのがありますね。原発がとまっても機器冷却系が働かなきゃいけませんが、外部電源からとれればそれからも行けるんですが、それも大規模地震のときはとれないわけですね。 では、内部電源の方はどうなっているかというと、こちらの方は、実際には九九年の志賀一号だとか、八八年の志賀二号とか、九九年二月や九八年十一月の敦賀の事故とか、実際に、バックアップ電源であるディーゼル発電機自身が事故をやって働かなくなった、あるいは、危ないところで見つけはしたけれども、もし大規模地震と遭遇しておれば働かなかったというふうに、配管の切断とか軸がだめになっていたものとかあるわけです。そういう中で、スウェーデンのフォルスマルク原発一号では、バックアップ電源が四系列あるんだけれども、同時に二系列だめになった、こういう事故があったことは御存じのとおりです。 それで、日本の原発の約六割は、バックアップ電源は三系列、四系列じゃなくて二系列なんですね、六割は。そうすると、大規模地震等によって原発事故が起こったときに、本体が何とかもったとしても機器冷却系に、津波の方は何とかクリアできて、津波の話はことしの春やりましたけれどもクリアできたとしても、送電鉄塔の倒壊、あるいは外部電源が得られない中で内部電源も、海外で見られるように、事故に遭遇した場合、ディーゼル発電機もバッテリーも働かなくなったときに機器冷却系などが働かなくなるという問題が出てきますね。このときに原子炉はどういうことになっていくのか、この点についての原子力安全委員長の予測というものをお聞きしておきたいと思うんです。 それが一点と、もう一点は、機器冷却系が働かないと当然、崩壊熱の除去ができませんから、崩壊熱除去ができないことになったときに、核燃料棒のバーンアウトの問題、これは海外でそういう例もありますけれども、こちらの方はどうなっていくのかという原子炉の安全にかかわる問題について、この場合、どのように想定して、そして審査を進めておられるか、これを伺います。○鈴木参考人 ありがとうございます。 最初の点でございますが、いろいろな事態がもちろんあり得ると思っていまして、ただ、そういう事態になったとしてもできるだけ、先生が御心配のように、炉心が深刻な事態にならないようにというのが我々がとっている方針でありまして、そういう意味では、例えば非常用ディーゼルが万一動かなくなったという場合には、さらに直流のバッテリーを用意するとか……(吉井委員「いや、フォルスの方はそれもだめでしたからね、二系列」と呼ぶ)フォルスマルクの場合は四系列の二系列がさらにだめになったということですね。(吉井委員「バッテリーもだめでしたから」と呼ぶ)はい、二系列ですね。 したがって、同じバックアップを多重に持つということと、多様に持つ、つまり、ディーゼルだけじゃなくて直流も持つとか、それからそれぞれを複数持つとか、そういう考え方をまず審査の段階で、設計の段階で確認しております。 地震等においてさらにそういうものが使えなくなるという事態に対しては、もう一つは、私どもとしては、アクシデントマネジメント、非常事態における管理ということで、日本の場合は同じサイトに複数のプラントがあることが多いので、ほかのプラントと融通するとか、そういうような非常に多角的な対応を今事業者に求めているところでございます。 それで、先生お尋ねの、そういう事態になったときにバーンアウト等で燃料が破損する、放射能が外部に放出されるというような事態に対してどう考えているかというお話でございますが、これにつきましては、まず、そういう事態になったときに大きな事故に至らないかどうかを設計の段階、最初の基本設計段階で安全評価をして、安全評価の結果、そういう事態に至らないようにまず確認するというのが一番の基本でございます。 と同時に、しかし、さらに非常に、通常はあり得なくても理論的にはあり得るという事態に対してどう考えるかでございますが、これについては私ども、最近、耐震安全に係る指針を改定いたしました。そういうことで、さらに耐震設計を基本的には厳しくしていきたい、こう考えておりますが、そういう中でも、さらに、残余のリスクと称しておりますけれども、そういうような基準をさらに超えるような大変大きな地震が来たときには、では、どうなのかということも、これは事業者に、そういうことも評価してください、評価した結果、そういうことがまず起こらないことを数字で確認するか何らかの方法で確認してください、そういう方針で今考えております。 ありがとうございました。○吉井委員 時間になりましたから終わりますけれども、私が言いましたのは、要するに、フォルスマルク原発の場合も、ディーゼルとそれからバッテリーと両方一系列なんですよ。これは四系列あるうちの二系列がだめになったんです。外部電源もだめですから、ほかのところから引っ張ってくるというのも、もともとだめなんです。ですから、そういう場合にどういうふうに事故は発展していくものかということをやはり想定したことを考えておかないと、それは想定していらっしゃらないということが今のお話ではわかりましたので。 あわせて、バーンアウトという問題は非常に深刻です、燃料棒自体が溶けてしまうわけですから。これについては海外でチェルノブイリその他にも例があるわけですから、バーンアウトというのは深刻な問題だということで、原子力安全審査というのはまだ発展途上といいますか、この例を言ったら、事務方の方はそれはまだ想定していませんというお話でしたから、きちんとこういうことを想定したものをやらない限り、原子力の安全というのは大丈夫とは言えないものだ、それが現実だということを指摘して、時間が参りましたので、また次の機会に質問したいと思います。 終わります。 というわけで2006年の段階で、国は「今回の地震のような大規模地震は全く想定してない」のである。 マスコミは、福島第一・第二原発事故は「想定外の地震規模による」と言い立てているが、実際は2005年、2006年と「既に共産党の議員が国会で質していた」のであり、単にマスコミが「なかったものとして総スルー」していた、すなわち、指摘されている「想定外の規模の地震で起きうる事故の可能性」をガン無視していただけの話だ。 ま、大スポンサー様の電力会社の機嫌を損ねない報道では「1960年代では予想不可能だった」と言っておけば、イイって話なんだろう、てか、それが今後も電力会社から広告出稿をお願いするための「最低限の落としどころ」なのだと思う。 電力会社に都合の悪い話は書かないってことで、5年間無視し続けてきたら、世界的なパニックを巻き起こす大事故が起きたってことだ。つまり、国も電力会社も吉井議員の国会質問を無視し続けてきたマスコミも「真実を隠蔽」しようとしてきた態度において同罪である。今更、東電を罵るのは、みっともないぜ、マスコミ。 ま、マスコミもおかしな「自称科学技術評論家」に話を聞きに行くんなら吉井英勝衆院議員に聞きに行けよ。たぶん分かりやすく、説明してくれると思うぜ。********************************************************以上、「天漢日乗」さんという方のブログから借用。(出典は以下のブログ)http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2011/03/index.html
2011年04月06日
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そして、2007年の中越沖地震による柏崎刈羽原発事故が起きる。この時のことについて、一昨年、吉井議員は次のような質問を行っている。当時は麻生太郎内閣。第171回国会 内閣委員会 第7号平成二十一年四月三日(金曜日)(略)吉井委員 要するに、これまでから想定してきたものというのは、別段確定したものじゃないわけなんですよ。 それで、今度、新耐震指針に基づく地震動の新たな想定値というのが各原発で出ておりますが、震源を想定せず想定する地震というのがありますね。これは泊、東通、玄海、川内などですが、要するに、もう最初から震源も何も想定できない、しかし一応想定する、だから何も確定できない、これが実態だというふうになっています。 東電の方は、柏崎刈羽原発の機器の内部損傷はないというふうにしておりますが、どのような振動実験によって確認したのか。とりわけ、原子力安全委員会にしても保安院にしても、コンピューター解析で大丈夫として、中越沖地震で大規模損傷を招いたわけですよ。多度津にかつてあったような大型起振台のような装置を使って、内部損傷をした機器、超音波診断等ではまだ大丈夫そうに見えても、実際には内部損傷というのはそんな簡単なものじゃありませんから、実際にそれを振動実験をやって、コンピューター解析した解析値と実際の振動実験によって得られたデータとを突き合わせるなど、きちんとした安全性の確認というものが必要だと思うんです。 原子力安全・保安院の方に伺いますけれども、そういうきちんとした解明というものはやっているのかどうか、伺います。薦田政府参考人 お答えいたします。 私どもの方では、この地震があって以来、各設備につきまして詳細な点検を行い、かつ、安全上重要な機器につきまして、まさに安全サイドにコンピューターで計算をし、塑性変形が生じているかどうかということを確認しているということでございまして、必ずしも今先生がおっしゃいましたようなものがなくても、ここのところにつきましては十分な安全性確認ができるというふうに考えております。 また、一部の機器につきましては、分解点検、あるいは実際に組み込んだ後、漏えい試験であるとか、あるいは回転したときの音であるとか、そういうもののチェックを行っておりまして、いずれにしましても、この地震によって七号機につきましては大きな損傷がなかったというふうに考えているところでございます。 吉井委員 循環ポンプにしても、クリアランスが、本当にぎりぎりのところで一応オーケーを出してしまっているということもありますし、それからタービンの場合、高速回転体というのは、これは原子力安全委員長は御専門でよく、お詳しいと思いますけれども、高速回転するときというのは、クリティカルスピードを超えるかどうかということで、非常に破損しやすい状況のところもくぐり抜けなきゃいけないし、そして高速回転するものについて、もし地震等で、これはセンターが本当にきっちりしていなきゃいけないわけですから、これがぶれるとタービンミサイルのようなことも起こってしまう。 ですから、ここで大臣に伺っておきたいんですけれども、やはり原子力安全ということをあなたは担当していただいているわけですけれども、本来だったら、多度津の起振台を残しておれば、柏崎なんかの壊れたものをそこへ持っていって実際に振動実験することができたんですよ。しかし、その振動もできない。コンピューター解析を万能とする発想に立ってしまっているんですね。こういうことでは、本当に国民の安全を守れるのかという深刻な問題を今問われていると思うんです。大臣のお考えを伺います。佐藤国務大臣 先生の御指摘を踏まえまして、原子力の研究開発及び利用を進めるに当たりましては、安全の確保というのが大前提であるというふうに思います。原子力施設の安全対策に万全を期してまいりたいと思いますし、原子力安全委員会には専門的、中立的機関としての機能を十分に果たしてもらいたいと考えておりまして、私も、それを後押ししていきたいというふうに思います。 また、実験等々の話の御指摘も踏まえ、検討してまいりたいというふうに思っております。吉井委員 時間が参りましたのでこれで終わりますが、本当に、安全の問題というのは極めて今深刻な事態にありますから、七号機の再開を簡単に進めるのではなくて、万全の安全確認というものを引き続きやってもらいたい、このことを申し上げて、終わります。 実機とシミュレーションじゃ違うからね。 ところで、麻生元首相は、福島第一原発三号機が使用しているプルサーマル燃料の元であるMOX燃料に関する吉井議員の質問に、2006年の外務相時代、次のように答えている。第164回国会 衆議院外務委員会 第19号 平成18年6月2日(金曜日)平成十八年六月二日(金曜日)○吉井委員 そこで、大臣に伺います。 再処理したプルトニウムを輸送中に核ジャックされ、軍事転用されてはならないということからMOX燃料に加工して運ぶために、それも事故やデータ改ざんをやった英国工場ではまずいということなどもあって、ベルギーやオランダの工場で加工することになって、ですから、日仏、日英の協定だけじゃ間尺に合わないので、うまくいかないので、今度は日本、欧州間の協定になったのじゃないか、これが本筋じゃないかと思います。 出発はプルトニウムの利用にあって、それが行き詰まって、このまま進めば、今紹介したとおり、矛盾は拡大するばかりになっていますから、政府として、やはりこのプルトニウム利用政策を転換するということを真剣に考えていかなきゃいけないときじゃないかと思いますが、政府としての考えというものをあわせて大臣に伺います。麻生国務大臣 京大の技術屋に学習院の政治学部が答えるのにそもそも無理があるなと今の話を聞きながら思って聞いていたんですが、少なくとも、このMOXの話やら何やら、プルトニウムとウランとまぜてMOXというものにして、プルトニウムだけ抽出されて盗まれるようなことができないようにするためにMOXというのをつくった程度が私の知っている技術用語の、ついていけるレベルの最高限度でして、それから先のところまでは、吉井先生、正直なところ、今全体としてこの話は考えないかぬところなんで、プルサーマルの話やら何やらがちょっと途中で頓挫しているところがありますので、このもの全体として、原子力政策というものにつきましては、これは科技庁とか通産省、エネ庁等々がいろいろやらないかぬところなんだと思いますが、こういった話は今全体として考えていかねばならぬ大事な点に来つつあるという認識だけはいたしております。吉井委員 この機会に、政府として、プルトニウム利用政策そのものを根本的に改めるということに踏み切らないと解決にならないということだけ申し上げて、質問を終わります。 太郎ちゃんだけでなく、たぶん、殆どの閣僚は、昔も今もこの程度の認識じゃないのか。 で、当然ながら地震で冷却系をサポートする電源が破壊される事態についても、吉井英勝衆院議員は予測して、質問をしている。第164回国会 衆議院 予算委員会第七分科会平成十八年三月一日(水曜日)(略)吉井分科員 今おっしゃった四分の話というのは、直下型で同時に津波が起こったときには、私はそういう発想も成り立つかと思っているんです。それをあながち否定しているんじゃないんです。しかし、チリ津波なんかのときには、そもそも周期が五十分なんですね。長いんです。そのときは、水位低下の状態が長時間にわたるわけです、二十分近くとか、あるいはもう少し長い場合とか。ですから、それは、今おっしゃったような簡単な話じゃない。 ですから、確かに、津波が来れば、すぐその対策を遠くからの津波だったらとれるわけです。しかし、近くの津波の場合は、地震そのものの問題、浜岡でいえば冷却水管が破損されるということも含めて考えなきゃいけない。そういう深刻な問題を持っているということを考えて、しかし、その対策をちゃんととらなかったら、例えば、原子炉停止に時間がおくれ、崩壊熱除去の取水槽の水量が不足してしまったときは、これは私、余り大げさに物を言うつもりはないんですが、しかし、最悪の場合というのは、常にこういうものは考えなきゃいけませんから、最悪の場合には、崩壊熱が除去できなければ、これは炉心溶融であるとか水蒸気爆発であるとか水素爆発であるとか、要するに、どんな場合にもチェルノブイリに近いことを想定して対策をきちんきちんととらなければいけないと思うんです。最悪の場合は、崩壊熱が除去できなかったら、そういうことになり得るわけでしょう。広瀬政府参考人 原子炉施設の場合でございますが、まず、BWR、沸騰水型の場合には、原子炉停止時冷却系で原子炉の崩壊熱を除去いたします。これは、原子炉から出てまいります水蒸気を用いて、蒸気タービンで原子炉隔離時冷却ポンプを動かしまして、サプレッションプールの水で冷却をするというやり方で、これが機能すると考えております。また、加圧水型原子炉の場合も、同様な形で補助給水系を稼働させて原子炉の崩壊熱を除去できるというふうに考えております。吉井分科員 要するに、おっしゃったタービンを回す冷却系が、それ自身を冷却するのに冷却用の海水を使うわけですよね。それが失われてしまうということは、これはそもそも、その冷却機能が失われるということになるんです。とめた場合は比較的早くにその冷却水量は少し要らなくなったとしても、今度は内部の崩壊熱除去にそれは必要になってくるわけです。内部の崩壊熱の除去の分が一分間六十トンということで、これが失われてきたりすると、やはり深刻な問題になるわけですね。 だから、最悪の場合は炉心溶融とか起こり得るということを念頭に置いて対策を考えなきゃいけないと思うんですが、そのことは一応念頭に置いての対策を考えるんですね。広瀬政府参考人 先ほど申し上げました蒸気タービンといいますのは、発電系のタービンではなくて原子炉隔離時冷却系のポンプを動かすタービンでございますので、そのタービンで補助原子炉隔離時冷却系を作動させるということになっております。原子炉の安全性のためには、停止した場合に崩壊熱を除去するということを第一に考えて対応することが重要だと考えております。吉井分科員 ですから、原子炉をとめるまでも、とめてからも、その冷却をする冷却系が喪失するというのが、津波による、引き波による問題なんです。 あわせて、大規模地震が起こった直後の話ですと、大規模地震によってバックアップ電源の送電系統が破壊されるということがありますから、今おっしゃっておられる、循環させるポンプ機能そのものが失われるということも考えなきゃいけない。その場合には、炉心溶融という心配も出てくるということをきちんと頭に置いた対策をどう組み立てるのかということを考えなきゃいけないということだけ申し上げて。 というわけで、地震によって電源が失われて冷却システムが動かなくなると、炉心溶融、水素爆発、水蒸気爆発の危険性があるとちゃんと2006年に指摘しているのである。 まあ、この時は、政府は原発は絶対安全という立場を崩してないのだが、御存知の通り、福島第一原発では炉心溶融と水素爆発が既に起きたのだった。 共産党議員の質問だからと、専門家の提言を無視し続けてきたのがこれまでの自民党政府の立場だった。(その4へつづく)
2011年04月06日
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2005年、まだ中越沖地震で柏崎刈羽原発で事故が起きる2年前のこと、時の小泉改革で、原発の耐震性実験を担ってきた巨大な実験施設が閉鎖された。 地震の多い日本で原発の耐震性をテストするため、原子力発電技術機構は1982年、多度津に世界最大の大型高性能振動台を設置した多度津工学試験所を起き、試験機を起震台に乗せて、耐震性能実験をしていた。ところが、この多度津起震台における耐震実証試験は2005年3月末で終了し、2005年9月末日をもって多度津工学試験所を閉鎖、すでに取り壊されている。 この多度津の起震台があれば、柏崎刈羽原発の中越沖地震後に、老朽化した福島第一原発等の施設の耐震実験が可能だったのだが、小泉改革は、巨大な起震台は国費のムダとして、無残に取り壊された。 まずは、共産党の吉井英勝衆院議員の小泉内閣への質問主意書とその回答書。原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書 右の質問主意書を提出する。 平成十七年十月三十一日 提出者 衆議院議員 吉 井 英 勝衆議院議長 河野 洋平 殿 原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書(略)(四)原発の老朽化が進行する下で、巨大地震災害と重なった時、どのような事態が発生するかについて、予め検討することが原発の危険から国民の生命と安全を守る上で最も大事な課題である。(略)運用開始後三十年経っている老朽原発の、巨大地震発生時の安全性の検証は、多度津の起振台を使って実証試験を行うことにより、これから解明されていかなければならない問題である。(略)3.ところが、この多度津の施設は、「年間約十億円の維持費がもったいない」として、すでに今年(注、2005年)になってから、運転を中止している。来年度には運転してきた原子力発電機構を廃止して、世界的にも最高水準をいく起振台も解体・撤去してしまう動きが強まっている。十月十九日の内閣委員会において、鈴木原子力安全委員会委員長代理は「実際の機器に近いものを試験してみるということは大事なことだと思う」と答弁した上で、国の方が財政上の理由で廃止しようとしていることについて、「与えられた資源の中で」努力することと、試験できないならコンピュータなどによる「解析等を駆使して、安全をいろいろな角度から確認する」ようにしたいと答えた。老朽化のすすむ原発の機器類を起振台に乗せて、実物で実証試験を行うことは、巨大地震に備える原発の安全対策にとって欠かせないことではないのか。原発の持っている危険から国民の安全を守ることは、政府の第一義的責務ではないのか。 来年度以降も引き続き多度津の起振台を運用して、老朽原発の巨大地震対策に必要な実証試験を行う考えに立つべきと思うが、政府の見解を問う。(五)巨大地震時に津波が発生すると、発電所内へ進入する遡行してくる高波とともに、逆に潮が引いて海面が下がることによって冷却水が異常を来す場合がある。そこで、総ての原発のそれぞれの冷却水の取水口の位置(標準水面から幾らか)と波が引いた時の海水面の高さが標準水面から幾ら下にきているかの関係を明らかにして、巨大津波の発生時にも機器の冷却がうまくいくのか、国内の総ての原発について示されたい。これに対する答弁書。内閣衆質一六三第七二号 平成十七年十一月十一日内閣総理大臣 小 泉 純 一 郎 衆議院議長 河 野 洋 平 殿衆議院議員吉井英勝君提出 原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。 衆議院議員吉井英勝君提出 原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問に対する答弁書(略)(四)の3について 必ずしも多度津振動台を用いた実物大の試験体による試験を行わなくても、他の研究機関の試験設備による試験及びその試験結果のコンピュータ解析によって、安全上重要な設備の地震時の挙動を把握することが十分に可能であると考えており、今後、多度津振動台を用いた御指摘のような試験を行う考えはない。(五)について いずれの原子力発電所についても、津波により水位が低下した場合においても必要な海水を取水できるよう設計され、又は必要な海水を一時的に取水できない場合においても原子炉を冷却できる対策が講じられているものと承知している。 というわけで、多度津の起震台は閉鎖。津波対策は万全。という答が当時の小泉内閣の見解であった。 この多度津の実験施設がその後どうなったか。国会議事録データベースより。第164回国会 衆議院 予算委員会第七分科会平成十八年三月一日(水曜日)吉井分科員 大臣、お聞きいただいたように、今そこが大事なんですね。三十年、四十年と運転してきて老朽化している原発の安全性というのは最初と全然違うわけですから。中性子照射によって脆性破壊の問題とかいろいろな問題が出ていますから、だから佐々木保安院長は、かつて、重要機器の最終体力をきちんとここの多度津で確認をしておくんだということを言っておられたんです。ところが、今の御答弁では、全然確認できていないんです。 だから、まさに、管理区域にして老朽化したものを実機試験をする大事なときに、ここの施設はどうなったかといったら、実はこれを建設するときは、三百十億円の施設を国が百四十五億円、半分補助して、国民が税金を出してつくった装置なんです。ところが、昨年の秋、私はもっと早く知っておったら、これは残すように大臣のところに頼みに、前の大臣かもしれないけれども行ったんですけれども、二億七千七百万円でたたき売りですよ。 これを買い取った今治造船というのは、もともとそういうことをやるのが専門の会社じゃなくて、まあ倉庫か何かに使おうかいというところでしたから、もう完全に壊してしまったんですね。解体、スクラップにしてしまったんですよ。世界一の装置がこんなことになってしまったんですけれども、年間わずか十億円の、これを維持する技術屋さんらの給料が、節約しなきゃいけない、行革だと言って切ってしまったんですね。しかし、私、年間一千億近い原発立地地域の三法交付金からすれば、十億ぐらい安いものだと思うんですよ。(以下略) 酷すぎて、涙が出るよ。 多度津の起震台があって、老朽化した原発の耐震実験が出来ていて、しかるべき対策が取られていたら、いま起きている福島第一原発の深刻な事態は、ここまで酷くはなっていなかった可能性がある。 でだ。電力会社の原発対策費は民放・新聞社・出版社への「電力会社の原発推進広告」にも、使われてる。だから民放は、あんまり福島第一原発事故の説明をやりたくないんだぜ。さて、多度津の起震台で老朽化した原発施設の耐震実験をしたことがあるかというと実は「新しい施設の耐震実験」しかやってないのであった。同じく、吉井英勝衆院議員の国会質問より。第164回国会 衆議院 予算委員会第七分科会平成十八年三月一日(水曜日)吉井分科員 日本の原発は安全だという政策推進の根底には、やはりこの多度津の試験装置などで、これは世界一の装置だったんですね、これを実証してきたんです。だけれども、これは、まだ使っていない原発の機器類を置いての話なんです。 現実の原発の設備というのは、腐食も進めば、熱や、あるいは圧力の繰り返し加重の問題とか疲労によって随分老朽化というものが進んできているんです。ですから、実際には、ECCSのバルブの弁棒破損だとか、余熱除去系の配管が爆発して壊れてしまったりとか、制御棒そのものに亀裂が入ったり、制御棒のガイドローラーが壊れたりとか、それから制御棒を駆動する水圧系配管に穴があいてしまうとか、いろいろな問題が出てきているんです。だから私は、老朽化したもののきちんとした、事故になる前に、直前に実機試験をやっておくというのが非常に大事な意味を持っていると思うんです。 兵庫県にできたE―ディフェンスというのは、新しいものは、それをやったとしても、原子炉の中で使ったものは放射化されていますから、管理区域を設けてしか次々と実験することができないんですね。そういう点では、せっかくE―ディフェンスをつくって新しい装置のデータをとるんだったら、現に老朽化したものについて、幾つかサンプル的にしろ何にしろ、そこへ持っていって、本来はきちんと実機試験をやると。原子力安全委員長代理は、昨年の秋の内閣委員会では、やはり実証は大事だというお話をしておられましたが、私は、今そういうことが必要だと思うんです。 一言でいいですから、政府参考人に伺っておきますけれども、腐食や亀裂や破断の発生を、直前に近い状態、つまり、老朽化したものの実証試験を行ったということはどれぐらいありますか。○広瀬政府参考人 多度津を使いました試験は、合計二十一件になっております。(吉井委員「老朽化ですよ、老朽化したもの」と呼ぶ) 老朽化をしたもの、そのものについての実証試験は行われておりません。 というわけで、せっかくの宝の起震台に老朽化した施設の耐震実験をやらせなかったんだってさ。 この質問から5年後、老朽化した福島第一原発で事故が起きた。経年劣化した施設の耐震実験が行える機会があったのに、小泉内閣は、その施設そのものを潰してしまったのだもの。 ちなみにE―ディフェンスは、汎用耐震実験施設であって、原発の耐震実験に特化した多度津の起震台とは性格が異なる。そのため、老朽化した日本の原発の耐震実験のためには、多度津の起震台は是非とも残しておかないといけなかったのである。事実、現在残っている多度津工学試験所の遺産である説明サイトには、 原子力発電機器やシステムの耐震設計は、計算モデルによるシュミレイションを活用して実施するのが通例ですが、耐震計算コード及びモデルの信頼性を確認するには、実際の振動で得られたデータにより検証することが必要です。また、原子力発電施設の主要機器の自身応答解析や応力・強度解析等を行うには、実際の振動で得られた試験データの適用が有効です。このような観点から、多度津振動台試験データは、今後、次のような業務に活用されるものと考えられます。 (1)新耐震設計審査指針に照らした耐震安全性評価(2)新規建設用施設・機器の耐震設計(3)高経年化対策としての技術評価(運転開始後30年経過前)(4)免震装置設計とあり、多度津の起震台で老朽化した原発施設の耐震実験を行う業務を考慮していた。たぶん、頭の切れる官僚が、もし、多度津で老朽化した原発の耐震実験をやって「耐震性の問題」が明らかになったら、「廃炉」になると思って、多度津の起震台の「自然死」に手を貸したんじゃないのか。もし、追試されていたら、すぐに廃炉になりかねない脆弱性が指摘されていた可能性は小さくないだろう。(その3へつづく)
2011年04月06日
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「天漢日乗」さんというブログに、吉井英勝衆議院議員の原発に関する質問とそれへの答弁が簡潔にまとめられていたので、そっくり借用して覚書とします。(出典は以下のブログ)http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2011/03/index.html 今回の福島第一・第二原発での地震および津波が引き起こした想定外の事故について、2007年7月、新潟県中越沖地震での柏崎刈羽原発での事故を受けて、日本共産党が東電に提出した申し入れ書「福島原発10基の耐震安全性の総点検等を求める申し入れ」が、ほぼ予見している。 誤ったのは、チリ級津波よりも今回の地震で起きた津波が大きかったことと取水困難を強調している点のみである。 もし、この申し入れ書通りの福島第一・第二原発見直しが2007年段階で行われていたら、少なくとも、現在の事故よりは損傷は軽かったかも知れない。 つまり、今回の東電福島第一第二原発の地震・津波による事故には人災的側面があるのだ。福島原発10基の耐震安全性の総点検等を求める申し入れ 2007年7月24日東京電力株式会社取締役社長 勝俣 恒久 様日本共産党福島県委員会委員長 最上 清治日本共産党福島県議会議員団団 長 神山 悦子副団長 宮川えみ子幹事長 藤川 淑子原発の安全性を求める福島県連絡会代 表 早川 篤雄 東電柏崎刈羽原発の中越沖地震への対応は、福島県民に大きな衝撃をもたらしたばかりか、多くの国民にも疑問と不安をもたらしている。東電がこれまでどんな地震にも大丈夫という趣旨の主張を繰り返してきたことと裏腹に、消火活動が出来なかったり、放射能を含む水が海に流出したり、放射性物質が3日間も主排気筒から放出されたり、原子炉建屋などの地震の波形データが大量に失われている。 そもそも、1995年に阪神淡路大震災をもたらした兵庫県南部地震の岩盤上の地震動の記録は、日本の原発のなかでもっとも大きい地震に備えるとされる中部電力浜岡原発の設計値を越えていた。このことは1981年に原子力安全委員会が決定した原発の耐震指針の基礎が崩壊したことを示したものであった。 以来、私たちは、国と電力会社に対して、耐震指針の抜本的見直しと原発の耐震新指針の確立を求めてきた。2006年、原子力安全委員会は「新耐震指針」を決定したが、原子炉を岩盤でなくとも建設できるとか、活断層がない場合の規定が曖昧など大きな後退や問題をもつものであった。 今回発生の中越沖地震で柏崎刈羽原発を襲った揺れは、設計時の想定を最大3.6倍と大きく上回った。これまで兵庫県南部地震の事実を突きつけられても、原発の耐震性は大丈夫としてきた政府と電力会社の説明は完全に覆されていることを率直に認め、以下の対応を早急に取るよう求める。1. 中越沖地震から教訓として何を取り入れて対応したのか、また対応しようとしているのか。その上に立って、福島原発10基の耐震安全性を総点検すること。 2. 東電は、柏崎刈羽原発の設置許可申請時におこなった海底調査で、今回発生した中越沖地震を引き起こした断層があることをつかんでいたことが判明している。 これまで福島原発立地周辺の断層調査の全容と安全審査の対象にしたのはどの断層で、対象からはずしたのは何かを明らかにすること。3. 発電所内の自衛消防隊の消火体制の確立・強化をはかり万全をはかること。4. 福島原発はチリ級津波が発生した際には機器冷却海水の取水が出来なくなることが、すでに明らかになっている。これは原子炉が停止されても炉心に蓄積された核分裂生成物質による崩壊熱を除去する必要があり、この機器冷却系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある。そのため私たちは、その対策を講じるように求めてきたが、東電はこれを拒否してきた。 柏崎刈羽原発での深刻な事態から真摯に教訓を引き出し、津波による引き潮時の冷却水取水問題に抜本的対策をとるよう強く求める。5. 危機管理体制の再点検を行い、その結果を速やかに公表すること。以 上 ところで、共産党が2007年に東電に申し入れをしたのだが、この前から同党の吉井英勝衆院議員が、地震に対して、福島第一・第二原発は大丈夫かという質問を国会において、繰り返し行っている。 吉井英勝衆院議員は京大工学部原子核工学科出身である。つまり原発のプロ養成学科を出たのだ。共産党の原発関連の質問は吉井英勝議員が主に行っているが、これは自らの工学的知識を踏まえての専門的質問だが、いかんせん少数政党共産党議員の質問なので、マスコミはほとんど黙殺してきた。だが、吉井議員の質問には当時の政府がこの質問に誠実に対応していれば、現在招きつつある重大な事態を避けることができたのではないかと思われる内容が含まれているのだ。(その2へつづく)
2011年04月06日
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今日の朝刊を見ると、『週刊新潮』が宮本顕治・元共産党議長への中傷記事を載せたらしいですね。(もちろん未読ですが)内容はどうあれ、投票日直前のこの時期に、亡くなったばかりの故人を貶める記事を書いた反共売文家・兵本氏の品性下劣さに驚かされます。『週刊新潮』の謀略性には今さら驚きもしませんが、ただただ呆れ果てるばかり。マスコミ主導の「二大政党制」大合唱の中で、少数政党は苦戦が伝えられています。しかし、このような中傷記事の存在は、かえって日本共産党の真価=存在価値を物語っているとも言えます。つまり、日本の「政・官・財」支配層にとって取るに足りない存在であれば、黙殺するだけで事足りるはずですから。教育基本法タウンミーティングのやらせ、石原ファミリーの都政私物化、自衛隊の国民監視、そして今回の国会議員事務所費と、共産党が発信しなければ闇に葬られていた大問題がたくさんあります。自民党がもっとも恐れる「天敵」は日本共産党であり、少しでも大きくすることが必要だと、逆に彼らが教えてくれているように感じます。さて、標題の記事は、お友達のheliotropeさんのところからいただいてきました。--------------------転載可とのことなので、転載させていただきます。[AML 15074] 野党支持者と護憲派有権者の皆さんへOHTA, Mitsumasa otasa at nifty.com 2007年 7月 27日 (金) 19:46:02 JST皆さん、太田光征です。重複すみません。安倍政権を終わらせることばかりに気を取られているためか、見過ごされていると思われる重大な問題があります。民主党が比例区定数の削減という公約を掲げていることを忘れてはなりません。民主党の1人勝ちを許せば、とんでもないことになります。前原氏などに代表されるように、民主党は自民党と変わらない議員を大勢抱えており、野党の立場でありながら実質的に自民党を支援している側面にも目を向ける必要があります。民主党が勝っても野党が勝つという保証はないのです。2005年の郵政選挙ですら、選挙区ではすでに野党は票数の上では勝っています。1人区で野党票をどう一本化するかが、野党が勝つカギです。次期衆院選も視野に入れれば、1人区で野党票を一本化しなければならない課題は相変わらず続きます。「年金風」がいつまでも吹いているわけではないでしょう。1人区で有力野党候補に票を集中させたいのであれば、民主党支持ではない護憲派有権者の協力が不可欠です。それには比例区と複数定数区での「お返し」が必要になるでしょう。比例区、複数定数区では民主党に票を集中しないことです。複数定数区でも民主党に投票しなければ死票になるとの誤解がまだまだあるようです。しかし、今回の参院選でも、民主党に票が集中しすぎることで、野党2人当選できるところが1人だけ(2人区)、野党2人当選できるところが1人だけ(3人区)、野党3人当選できるところが2人だけ(東京選挙区)の確率が高くなってしまいます。以上のように、どう考えても、比例区、複数定数区で民主党に票を集中させるメリットはなく、逆にデメリットのほうが多くなります。民主党支持者も、民主党支持でない護憲派有権者も、義理が分からないわけではないでしょう。好き嫌いを越えた有権者選挙共同で、野党の勝利は確実となります。なお、護憲派有権者間の選挙共同も必要です。1選挙区に複数の護憲派候補が立っている場合、有力護憲派候補に票を一本化する代わりに、比例区などでは、その有力候補から外れた候補の護憲政党に投票することが大事です。民主党へは1人区でだけ投票しても野党は勝てるhttp://kaze.fm/wordpress/?p=1342007参院選投票指針――有権者選挙共同で9条護憲派「3分の1」突破と与野党逆転が可能http://kaze.fm/wordpress/?p=1332007参院選――選挙戦情勢http://kaze.fm/wordpress/?p=1392007参院選投票指針ムービーYouTube版http://jp.youtube.com/watch?v=Q0o9rgUAaOs太田光征Global Progressive Media Actionhttp://homepage3.nifty.com/antiwar/otasa at nifty.com
2007年07月28日
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投票日まで残り6日間となった参議院選挙。マスコミが予想する「民主党のひとり勝ち」で、日本は良くなるんでしょうか?もちろん、自民・公明の現与党が好き放題するより少しはマシかもしれませんが、自民党と民主党は、政治資金の面でも基本政策でももともと大きな違いはありません。今回選出される参議院議員は、任期が2013年までの6年間もあるんです。国会に次々と提出される悪法に正面から反対する議員を増やさないと、暮らしの破壊、医療の崩壊はますます進んでしまうでしょう。1)今後も続けられる医療・介護の大改悪をこれ以上許さない議員を選びましょうよ 後期高齢者医療制度:75歳以上のお年寄りだけの保険制度をあらたに作り、全てのお年寄りから毎月7千円の保険料を徴収。保険料は有無を言わさず年金から天引きされ、もしも滞納すれば保険証は取り上げられます。それなのに、給付は他の保険制度よりも低く抑えられます。 医療から見捨てられるお年寄りがますます増加する、こんな「棄民」制度を許してはなりません。 療養病床の削減:今ある38万床の長期療養ベッドを23万床も減らし、医療が必要なお年寄りを介護施設や在宅に追い出すことが決められました。「介護難民」をあふれさせることが明らかな療養ベッドの大幅削減を実施させてはなりません。 これらの「医療制度改革関連法案」(2006年6月成立)を強行採決した自民・公明両党に、社会保障を語る資格はありません。2)消費税を上げない議員を選びましょうよ 消費税は、所得の低い世帯ほど増税の影響が大きい、最悪の不平等税制です。 米軍基地のグアム移転に3兆円も出してやったり、トヨタのような大企業(年間の利益が2兆円超)に信じられない規模の助成金や減税の恩恵を与えるなど、アメリカと大企業への奉仕をやめれば、庶民への増税は必要ありません。 ところが、自民・公明・民主は財界の要求である消費税増税をやめるとは言えませんし、村山富市首相時代に消費税率を5%に引き上げた社民党も「増税戦犯」の一翼です。3)憲法第9条と第25条を守る議員を選びましょうよ 国民投票法が成立し、数年後には軍隊の保持と集団的自衛権を明文化した憲法改悪案が国会にかけられるでしょう。これを発議させないためには、護憲派の議員数を全体の三分の一以上にしなくてはなりません。 民主党は、一部に護憲派の議員もいますが、全体としては改憲をめざす政党であり、国民投票法案でもあいまいな態度で成立に手を貸しました。 改憲をくいとめる政党の議席を伸ばすことが重要です。------------------------------------ところで、なぜ自民党は、国民のためにならない悪政ばかり進めるのでしょうか?自民党は、敗戦後、アメリカによって育成された日本の経済界を支持基盤としており、アメリカと財界の意向を無視することはできません。政治資金を見ても、政党助成金のほかに莫大な企業献金を受け取って政治活動を行い、私腹も肥やしています(事務所費問題ひとつを取ってもわかりますね)。アメリカの要求は、アメリカの軍事費と兵力を日本に肩代わりさせるための「改憲」と、アメリカ資本が日本市場に参入しやすくするための「規制緩和」などです。財界の要求は、非正規雇用の労働者を増やし、労働者の権利を弱体化させ、企業の税負担を国民に転嫁することなどです。自民党はこれらの要求に忠実に応えていますし、民主党も同じ体質を持っています。大もうけで笑いが止まらない大企業のトップが自民党を支持するのは当然でしょうが、我々のような「持たざる者」が自民党を支持するのは、「緩慢な自殺」とでも呼ぶべきものでしょう。
2007年07月24日
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安倍内閣による「悪法ごり押し」国会が閉幕。審議をすればするほどボロが出る法案を、自民・公明の数の力で押し通しましたね。こんな数を奴らに与えたバカな国民が、「美しい国・日本」のオメデタイ住人たちなのであります。さて、忙しさにかまけているうちに参議院選挙の公示が明日に迫ってしまいました。このところ、久しく政治ネタで日記を書いていないので、公示日直前の「最後っ屁」を書き逃げしようと思います。主題は、 「護憲」「医療・介護制度の改善」「格差是正・増税反対」を望むなら、参院比例区は共産党に投票するっきゃない、ということです。ところで、護憲を掲げるブロガーの中にも、民主党や社民党に過大な幻想を抱く人が多いのはどうしてなんでしょうかねぇ?社会党から民主党に続く系譜は、基本政策から党財政までほとんど自民党と変わるところがなく…社会党から社民党へと続く系譜からは、消費税増税の実行犯や北朝鮮追従などの汚点を消すことはできないと思うのですが。1.「護憲」派を増やさなくちゃと思ってる人へ護憲を掲げて「9条ネット」なる団体が動き出している。例の天木氏が名を連ねていることもあり、期待する向きもあるようだが、悪名高き部落解放同盟(解同)と繋がりの深い新社会党の流れなので要注意だろう。比例でも議席を獲得できるとは思えないので、護憲派の票を割るだけの立候補ではないのかと。「新党日本」は田中康夫元長野県知事を代表としている。たまたま郵政がらみで離党はしたが「身も心も自民党そのもの」の政治家たちと組んだ時点で、「野合」勢力とのそしりは免れないんじゃ?2.医療・介護をこれ以上壊されてはたまらんという人へコムスン事件で様々な問題点が噴出している介護保険。措置制度を保険制度に変えるという介護保険法の制定時から、「重い保険料負担」「重い利用料負担」「介護認定の不透明さ」「国や自治体の施設・制度を整備する責任逃れ」など7つの問題点が指摘されていたが、97年12月の介護保険法に反対したのは、政党では共産党だけ。2005年の介護保険法改悪のときも、介護施設の居住費・食費を全額自己負担にするなどの大変な内容だったが、与党はもちろん民主党も賛成。「あるべき介護保険制度へと一定の前進」(大島敦・民主党衆議院議員)と評価する始末。国保証を取り上げ、資格証明書を発行することを自治体の義務とした国民健康保険法の改悪(97年12月)にも、「自民・社会・さきがけ」の与党三党と民主党が賛成。そもそも社会党は、昔から裏取引の多い政党である。「健保国会」で、表向きは激しく法案に反対しながら裏では自民党と取引していたことが自民党理事の著書で暴露されたり。3.「これ以上増税されたら生きていけない」という貧乏人へ自分でも訳の分からないまま首相の座に着いた社会党の村山富一は、「選挙が終わった後、(連立とか)いろいろ情勢は動いていくわけです」という身勝手な論理で、選挙公約を投げ捨て消費税を5%に引き上げた。最近では、安倍シンゾーが消費税の増税をにおわせては撤回しかけてみたりとグズグズしている。アメリカと財界の忠実な犬としては、「断固として消費税を上げます!」と断言すべきじゃないのかね。消費税については、下記の「しんぶん赤旗」主張(2007年4月1日付)が詳しい。「消費税19年目 ~そして財界だけが潤った」-------------------------------------------------------------------------------- 消費税の導入から丸十八年がたち、十九年目に入ります。 安倍内閣と自公両党は、夏の参院選が終わったら消費税を含む税制の議論に着手すると言っています。国民の審判から逃げて、くらしと経済に大きな打撃を与える消費税増税を強行しようとしています。 政府・与党や財界が消費税増税の理由として強調しているのは社会保障の財源です。生活に事欠く低所得者や子どもまでが大企業の重役と同じ税率で負担する消費税は、貧困と格差を広げる弱いものいじめの福祉破壊税です。社会保障の財源にはもっともふさわしくない税制です。福祉改悪と表裏一体で 「社会保障のため」が口実にすぎないことは、国民に「社会保障のため」と説いて消費税を無理やり導入して以来の十八年の歴史に、くっきりと刻み込まれています。 政府は社会保障の充実どころか改悪に次ぐ改悪を続けてきました。 例えば消費税を導入した八九年と5%への増税を決めた九四年には年金制度を改悪し、保険料値上げや収入のない学生からの保険料徴収、基礎年金の支給開始の五歳先送りを決めています。増税を実行した九七年には健保の本人負担を一割から二割に倍加しました。最近も、年金支給を抑え毎年保険料を値上げする年金「改革」、医療・介護や雇用、障害者福祉、生活保護など社会保障の軒並みの改悪が続いています。 小泉・安倍両内閣は、国と地方の社会保障予算を五年間で一・六兆円削減する財政方針を決めています。 消費税の歴史は福祉切り捨ての歴史と表裏一体です。 消費税の歴史はまた、相次ぐ法人税減税など財界・大企業の負担軽減の歴史とぴったり重なります。導入以来、来年度予算の税収見込みまでの消費税収は総額で百八十八兆円に上ります。同じ時期に、法人税率の大幅引き下げなどで法人課税の税収は百六十四兆円も減少しています。消費税収の九割が、その穴埋めに費やされたも同然です。 日本経団連は、法人実効税率をさらに10%引き下げるよう求めています。その財源はどこから、と記者会見で問われた御手洗冨士夫会長(キヤノン会長)は、財源は消費税率の引き上げだと本音を漏らしました。 力の強い大企業にとって、負担をすべて取引先に転嫁できる消費税は実質ゼロ税率の優遇税制です。財界の主張は「身勝手」を絵に描いたような要求です。財界は企業の国際競争力の強化のためだと言いますが、日本企業の公的負担の重さはフランスの二分の一、イタリアの三分の二にすぎません。 空前の大もうけを上げている財界が、応分の負担さえ拒んで法外な減税を迫り、居丈高に弱者への負担転嫁を主張しています。日本の財界の退廃は、ここまで進行しています。増税勢力追い詰めよう 財界にこんな身勝手を許している最大の責任は政府・与党の異常な大企業中心政治にあります。自民党とともに財界に政策と実績を売り込み、献金をせがんでいる民主党は根本では財界に逆らえません。 公明党は定率減税廃止と年金増税を四年前の総選挙公約に掲げ、庶民大増税をリードした「増税戦犯」です。九四年に税率5%への増税を決めたのは現社民党の村山首相です。 消費税増税は国民の生存権にかけられた大規模な攻撃です。財界と腐れ縁を持たず、消費税の導入・増税に常に立ち向かってきた日本共産党と国民の共同で、増税勢力を徹底的に追い詰めようではありませんか。
2007年07月11日
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「セイブイラクチルドレン札幌」のメーリングで届いた情報です。7月下旬に、札幌から辺野古に向かう基地建設反対の支援・連帯行動(2泊3日)があるのですが、残念なことに今回は参加できません。近くの方はぜひ現地へ!(以下、転送)----------辺野古からのメールお送りします。高江でヘリパッド工事強行も加え、大船団の来襲です。行ける人は辺野古へ! 後ろに募金のお願いもあります。From: 辺野古浜集会(1)Date: 2007/07/06 10:20Subject: 辺野古浜通信【緊急】大変です!! 今朝は6:00の段階で既に作業強行が為されていて、更に船団の数が増えています。昨日の10船団20隻を越える数です。把握しきれないほどの船が出て来ているようです。こちらはゴムボート2艇とカヌー隊だけです。非情に厳しい状態になっています。タイムスの朝刊からも辺野古どころか高江の情報も消えてしまっているようです。恐れていた通りになっています。施設局としては、参議院選前にとりあえず予定されていた作業をやってしまおうという思惑があるようです。この時期を虎視眈々と狙っていたようです。高江も座り込みの人数が安定せず、厳しいたたかいが為されているようです。このことを是非沢山の方々に知らせてください。そして、駆けつけられる方は是非阻止行動に加わってください。また、今日のようにゴムボートしか出せない状況になって行くと思いますので、ゴムボート購入カンパも再度お願いいたします。差出人 辺野古浜集会(2) 日付 2007/07/07 8:08 件名 【緊急】辺野古へ駆けつけてください 作業が始まっています。20隻10船団以上の船が出ています。こちらからは、3隻とカヌー4艇、このままではリーフ内でも作業を強行されてしまいます。至急辺野古まで来てください。緊急事態です。辺野古からの緊急情報http://henoko.jp/info/基地建設阻止http://henoko.jp/fromhenoko/★以下、ゴムボートカンパのお願い(もう1隻分!!)★皆さんのご協力により導入された「サーニー・アル・サラーム(船の名前)」が大活躍していますが、現在行われている圧倒的な物量に対応し、今の私たちの使える船の体制はあまりにも貧弱です。カヌー隊の安全を守る上でも、また新たな阻止活動を迅速に行うためにも、新たにもう一艇ゴムボートを購入せざるを得なくなりました。どうか再度のカンパをお願いします。レスキューなどで使用する本格的なゴムボートは、スピードが速く、船の高さが低いため海面により近く、海上のカヌー、ダイバーの救助に大きな力を発揮します。また施設局が辺野古の海を急襲した場合でも迅速に対応することができます。現在、すでに疲労のため声も出なくなりつつある70代のカヌー隊メンバーからみなさんへのカンパ協力へのお礼を兼ねた報告のメッセージを紹介します。「サーニー・アル・サラーム(平和を創り出す者達)の活躍は目を見張るものがあります。購入のタイミングは大正解でした。現在、私たちの船は辺野古の港を使う許可が得られず困っていますが、ゴムボートは砂浜からカヌーとともに出せるのです。スピード抜群で作業船に張り付いて走り、飛び込み隊が作業ポイントに潜ります。私たちカヌー隊はその上を確保し、ダイバーの安全を守ります。作業船とセットの警戒船はスクリューを鳴らして上を走ろうとするのですが、カヌー隊は体を張って守りまもっています。作業船を次の作業ポイントに移動させないため、私たちは船のへさきの前にカヌーごと体を入れT字型にカヌーが張り付きます。そうすると彼らは動けないのです。海上阻止隊は体を張って時間をかせいでいます。米軍新基地建設を許さない世論の喚起を切にお願いしたいと思います」<ゴムボート・カンパ振込先> 振込先 郵便振替口座 01700-7-66142 加入者名 ヘリ基地反対協議会 ※通信欄に必ず「ゴムボート代」と書いてください
2007年07月07日
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自分でもびっくりするくらい更新をさぼってました。最近では、もうほとんど誰も見に来なくなったけれど、こっそりアップしときます。いつの間にか春になり、また一つ年を取りました。記憶力は明らかに減退。目はかすみ、耳も遠くなってきた今日この頃。これ以上加齢していくのが怖いとです。嗚呼それなのに、4月3日、診療所のみんなが一日遅れの誕生日を祝ってくれました。でも、ローソクの火を消すのは何年ぶりだろう?ケーキもうまかったとです。その前後には、新・転入職員がぞくぞくと赴任。今年も大異動でした。御母堂の忌引きのため、新しい所長はみんなより少し遅れて着任。人が大幅に入れ替わった分、看護師も事務部門も何かと慌しい日々がつづいています。さて、来月16日(土)午後には、北大クラーク会館で医療九条の会・北海道の結成1周年記念講演会が行なわれます。演者は香山リカ氏。この日に合わせて、道央反核平和自転車リレー「明るいチャリダーの会」の懇親会をやろうと思い、会場を探していたら、北大近くの和風パブ「松」のホムペで500毎のキリ番をゲットしてしまいました。 中ジョッキが一人分だけタダ・・うーん、微妙一度行ってみたかった店なので、人数が決まったら予約してみよう。
2007年05月20日
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相互リンクしている「まっきい」先生が、夕張市立病院の透析閉鎖のことを日記に書いておられるので、僕も、少し前に業界紙に寄稿した夕張関連の記事を若干手直ししてアップします。********************財政再建団体となる夕張市では、公共料金の値上げや福祉の切り捨てがつづいています。昨年11月14日に夕張市が発表した「夕張市財政再建の基本的枠組み案について」によれば、360億円にのぼる赤字を約20年間で解消するために、市職員数の削減と給与引き下げ、観光・病院事業などの民間移譲、学校や公共施設の統廃合など、「全国で最も低い水準」まで落とすことをあからさまに述べています。そのほか住民負担に直結するものとして、市税の新設や引き上げ、施設使用料の50%値上げ、ゴミ有料化などなど。たとえば、下水道料金は約1.6倍引き上げられ全国平均の約3倍へ(使用量15立方メートルの平均的な世帯で、上下水道合わせて月8千円にもなる)。小中学校は統廃合されて、全市で一つずつしか残りません。病院は19床の診療所に縮小され、慢性腎不全患者の「命綱」である透析医療までやめてしまうといいます。これらの再建案は、住民不在のままに国と道の言いなりに決められた「夕張ゴーストタウン化計画」とでもいうべきものであり、同じ問題を抱える地方都市に住む者として見過ごすことはできません。そもそも旧産炭地が大きな赤字を背負うことになった原因は、三井・住友などの石炭資本が住宅や施設・設備を放り出して自治体に後始末を押し付けたことと、国の三位一体改革によって地方交付税が大幅に削減されてきたことがその根本にあります。自治体の「放漫」財政だけに責任を押し付け、住民にそのツケを回すのは誤りです。この厳しい現状に追い討ちをかけるように、夕張市内の約100世帯が市の「高齢者住宅除雪ヘルパー派遣事業」から外されることになりました。自民・公明両党がこの間すすめてきた税制改悪で、公的年金控除や老年者控除が縮小・廃止され※、高齢者世帯の多くが住民税課税に変わったためです。(※ 「基礎年金の国庫負担割合を引き上げる財源」と称して、お年寄りをねらい撃ちにするような税制改悪が進められました。公明党の2003年の衆院選マニフェストに明記されており、東京新聞は『増税戦犯』という表現を使った)そんな中、道労連や北海道民医連などで組織する「『がんばろう夕張』北海道連絡会」が、国や道への要請行動などと並行して「福祉除雪募金」に取り組んでいます。「言う」だけでなく「行動もしよう」というこの募金に積極的にこたえようと、うちの診療所でも10万円を目標にとりくみを開始しました。12日の朝、募金箱を手に待合ホールで訴えたところ、午前中の3時間余りで約2万5千円の募金が寄せられました。 かつてのヤマの男たちが並ぶ外来ホールで、朝の訴え職員も、たとえ金額はわずかでも全員が協力しようと、自治体財政問題の学習と併せて募金を進めています。 【福祉除雪募金の送付先】 「がんばろう夕張」北海道連絡会 郵便振替口座 02760-0-44011
2007年01月22日
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heliotropeさんから、「JIM-NETは今年も限りなき義理の愛作戦を実行するようですね」と教えてもらっていたのに、ここでご紹介するゆとりがありませんでした。その後、JIM-NET事務局からメール・郵便物・書き込みの3連発でご案内いただき、先日のセイブイラクの写真パネル展示でも資料を配布したりしたので、さすがに楽天日記に書かない訳にはいかなくなりました。上にバナーを貼りましたので、「作戦」の詳しい内容はそちらをご覧ください。今年もかたきん603は「限りなき義理の愛作戦 2007」に協力します!・・・以下、JIM-NETからの書き込みを再掲します。 昨年はJIM-NETの「限りなき義理の愛作戦」を取り上げて紹介くださり、ありがとうございました。また協力してくださった方にも感謝の気持ちでいっぱいです。2007年も同様のチョコレート募金を行います。HPでも本日から案内を出していきます。ご支援をよろしくお願いします。http://www.jim-net.net/index.htm (2007年01月14日 06時11分51秒)(再掲終わり) 今年は、バレンタインデー用とホワイトデー用の両方をいっぺんに受け付けてるみたいなので、女性からチョコをもらう予定の君は、今から3月の分も申し込んでおこうね。その一方で、沖縄知事も名護市長も、普天間基地の代替となるキャンプ・シュワーブ沿岸V字型滑走路案を、若干の修正で取りまとめる意向だという。戦争で傷ついた子供に与える医薬品代をいくらたくさんカンパしても、人殺しに行くための米軍基地を国内に作らせておいては根本的な解決にならないのは明らか。「アメリカの基地は、沖縄にも、日本のどこにもいらない」という世論を大きくしよう!
2007年01月20日
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A市に単身赴任してからというもの、RSR(ライジングサン・・)のオルタナティブエリアに参加したのみで、「セイブイラクチルドレン札幌」の活動情報をしばらく紹介していませんでした。今日は久しぶりにアップします。ぜひ、トップページ記載の募金口座へのご協力と行事への参加をお願いいたします。1.小児科医2人の研修受入セイブイラク札幌では、国際ソロプチミストと協力して、昨秋からイラク人小児科医師の研修受け入れを行なっています。研修に来られているのは、アンサムさんとガフランさんのお二人。ともに95年に医科大学を卒業した小児科医(女医)で、今はバスラ母子病院に勤務されています。来日後は、主として市立札幌病院で研修しながら、イラクの子どもたちが置かれている現状について、学校や医療機関などに招かれては精力的に講演・報告を行なっています。半年間の滞在予定の半分以上が過ぎましたが、心配された北海道の冬も「なんとか乗り切れそう」とのこと。(気温50度に達する国で暮らしている人が、札幌の冬を越せるかどうか心配されていた)施設・設備が破壊され物資も底をついている今のイラクに、どんな技術を持ち帰ればいいのか、お二人とよく相談しながら研修が進められているようです。2.当面の行事予定<その1> 大通地下街・写真パネル展「イラクの子どもたちは今」 期 間:1月12日(金)~14日(日)10:00~20:00 会 場:オーロラスクエア(市役所への通路)にて 内 容:アンサム・ガフランさんや、これまでに札幌に来たイラク人医師から いただいた子どもたちの写真 写真家森住卓さん達の作品 ピースオンなど民間支援団体の活動を写真とビデオで紹介。 *13日(土)午後2時から 会場内にて アンサム・ガフランさんのトークコーナー *「寄せ書きキルト」 アンサム・ガフランさんの帰国(2月末の予定)に際して渡そうと 作成中のキルトに、来場者の寄せ書きをしてもらうコーナーもあり。 ※私は、13日(土)夕方から店番をする予定です。<その2> 大通美術館にて「Peace9 日本。イラク」 期 間:1月16日(火)~21日(日)10:00~19:00 会 場:大通美術館B室(大通西5 大五ビル1F) 内 容:アンサム・ガフランさんのアラビア語メッセージと、それをモチーフ にした壱岐伸子さんのドローイング・インスタレーション。 オーロラスクエアに展示したパネルも一部持ってきます。 *入場無料・出入り自由・休憩できます。 *パーティもあります。19日(金)18:30~会費600円+1品持ち寄り制。
2007年01月08日
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サダム・フセインの処刑が、今朝の朝刊一面に載った。この間、セイブイラクML情報しか見ていなかったが、元大統領の処刑をイラクの人々がどう受け止めているのか気になり、現地情報に詳しいNPO法人PEACE ON代表相澤恭行氏のブログ 『‘YATCH’のイラクレポート』 を読んでみた。衝撃を受けた。かなり長文だが下に引用する。(原文は、http://peaceonyatch.way-nifty.com/peace_on_iraq/をお読みください)12月21日 「イラクの友の無事・・」アダミヤ、そしてカズミヤに住む友人からも無事の連絡があり、とりあえずはホッと胸をなでおろした。しかし、バグダードでは現在各地区間で迫撃砲弾が飛び交う市街戦が日常の風景になっていて、以前のようにネットカフェへの移動も命がけになっているだろうから、無事を喜ぶと同時に帰り道のことを考えると複雑だ。アダミヤをはじめとするスンナ派居住地区では、マハディ軍をはじめとするシーア派民兵が警察と一体となって繰り広げるいわゆるスンナ派狩りが猖獗を極めている。イランに操られたマリキ政権はシーア派民兵を取り締まる気など全くないどころかむしろ加担しているので、政府を解体することを望んでいた多くの住民は、先達てアンマンで行われた会談でブッシュがマリキを支持するとの声明を出したことに落胆し憤っているという。アメリカでは民主党が勝利しラムズフェルドも辞めついにイラク政策の見直しが始まっていると言っても、それは所詮米兵の命を考えてのことであり、決してイラク人の命を考えてのことではないので、やはりイラク政府同様民兵による殺戮を放置している米軍もまったく当てに出来ない。こうしてアメリカによる占領からイランによる占領にすり替わり、バグダードのスンナ派住民は皆殺しにされるか追い出されるかで、やがて誰もいなくなってしまうのではと戦々恐々だ。それではシーア派住民は安寧として政府を支持しているのかといえばもちろんそんなことはない。カズミヤに住む友人は、昨年妹が戦闘に巻き込まれ亡くなっている。先日届いたメールでも、「・・・本当に、何とかできればいいんだけど、どうしようもない。本当にだめなんだ。情況はあまりにも悪く複雑で・・・。疲れたよ、YATCH。怒りでいっぱいなんだ。そして、とてもとても絶望している。もう何も感じることが出来ない・・・まるで死んでいるようなんだ・・・」彼は大学を卒業し英語の講師になったばかりだが、この情況ではおそらく多くの講義はできないだろうと言う。でも講師も講義も不足しているので、何とか続けているそうだ。そして続ける。「誰もが怖がっているよ。いつ誰がやってきて誘拐されるか、殺されるか、さらにひどいことになるか、わからないんだ・・・。ここでは全く理由なく人が殺されていく・・・全くだよ・・・思うに、理由があるとすれば、それはイラク人だからということ・・・。おそらく仕事はやめざるを得なくなると思う。ここで講師や学生でいるということは、まさに戦場での兵士といっしょだよ。兵士はせめて銃を持っているから、もっとひどいもんだけど・・・。でも政府は大学に行き続けろっていうんだぜ!!!!恥を知れって・・・。犯罪者やテロリストにものを言うのが先だろう・・・・」彼と出会ったのはイラク戦争前だが、アニメや日本文化好きの彼とはドラえもんの話から始まり最近では黒澤映画を絶賛するなど話題も尽きず、メールでもいつも何かそうした話題や冗談を付け加えていたものだが、ここ最近では全くなくなってしまった。これはなにも彼ばかりではなく、冗談好きのイラク人からどんどん笑いが消えてしまっている。イラクの国外に避難している友、例えばいま妻の国フランスいるイラク人スタッフのサラマッドは、イラクに残された家族の安否を思い連夜悪夢にうなされて、連日家族から電話で話を聞くたびに、自分だけ安全なところで生きているという罪悪感に苛まれている。12月31日 「サッダーム私刑執行に想う」・・・これはなにもイラク人だけの話ではない。サッダームの支配を直接受けて複雑な想いが交差するイラク人と比べて、周辺のアラブ諸国では素直に彼を支持する人が多い。ヨルダンやシリアに住む私の友人たちもそうだ。逆に彼をあからさまに非難する声などほとんど聞いたことがない。「サッダームの独裁政治?うちだって国王批判はご法度だし、ばれたら秘密警察に連れられて拷問だよ。アラブ諸国なんてみんなどこも変わらない。ただ彼は、あまりに正直だったからこうなっただけさ」など、こんな感じだ。外交がうまくいかず戦争を繰り返し結果的に国が疲弊していったのは間違いないが、周りから見ているアラブ人は、アメリカに魂を売り渡し日和っていく自国の政府と比較して、反米の筋を通してきたサッダームの武勇伝にむしろ共感する人が多い。そして占領軍による不当な裁判で独り堂々と闘うサッダームの姿が連日流されるたびに、独裁者の哀れな末路に溜飲を下げてもらうという狙いとは裏腹に、かえってアラブ社会の中で彼を英雄視する人が増えているのではないかと感じていた。執行を急いだのは、そんな彼の影響力を恐れていたからかもしれない。(引用終わり)昨夜から家族12人で定山渓温泉の某ホテルに一泊してきた自分の境遇と比べて、イラクの人々が何と凄惨な状況に置かれていることか・・終わりに何もいいことがなかった2006年を終えるにあたって、楽天広場仲間の皆さんの友情に感謝申し上げます。来る2007年が、せめて僅かでもより良い年になるよう、お互いに頑張りましょう。春の統一地方選挙と7月の参議院選挙を通じて、平和と民主主義・国民の暮らしを破壊し続ける元凶、自民・公明両党をたたき落とすことと、政党助成金や企業献金を受け取らない唯一の党、共産党をせめてもう少し大きくすることで、その道が開けることを信じつつ。
2006年12月31日
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さすがに師走ですねー。かなり忙しいっすよ。来年度の予算編成や、人事関係のあれこれ。なかなか日記更新もできません。(沖縄報告はいつ完結するのやら・・)それでも、予算づくりが一段落したので、昨夜は診療所のみんなとクリスマスしました。参加者14人はいたかなー。あんなに賑やかなクリスマスは久しぶり。僕は24日に札幌にいたので、駅前のロフトからバス(入浴)セットを買っていったのに、時計回りに回ってきたプレゼントは「鯖の味噌煮」など缶詰5つ。・・・実は、けっこう嬉しかったりして。 24日は、札幌シネマフロンティアで山田洋次監督の(というかキムタクの)「武士の一分」を観てきました。見終わって会場を出るとき、後ろの若い女の子たちが「やっぱり、超いい男だよねー」と話してました。演技を評価せい、っちゅーの! 映画の前にドトールでコーヒーを一杯。それに、映画を観ながら食べようと、大丸地下の一久大福堂で「豆つき餅」を購入。(あ、飲食物の持ち込み禁だっけ?)
2006年12月26日
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これだけスキャンダラスな大問題が次々に明らかになってるというのに、教育基本法の大改悪は与党(自・公)の賛成多数で成立・・・か。公明党が、自分の支持者にいったいどんな言い訳してるのか興味があるけれど、今はわざわざホムペを見に行く気力もない。「防衛省」への格上げ法案の方は、自・公に加えて民主党も賛成して可決成立。海外派兵を自衛隊の本来任務にするって、憲法改悪の先取りでしょ?民主党の進もうとする方向性は、すでに明らかになってる通り自民党と大差ない。所詮は、財界の通信簿を自民党と競うブルジョア政党でしかない訳で・・すべてはこんな国会構成を選んだ日本国民の責任ではありますが、小選挙区中心の選挙制度へと改悪され、民意が議席に正確に反映しなくなっていることにも問題ありだね。この国って、すでにアベが思い描く「美しい国」になりかかっている感じがする。まあ、アベの支持率が低下しつづけていることが、唯一の健全性の現われかな、と。
2006年12月15日
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教育基本法の大改悪法案は、参議院特別委員会で今日中の採決を阻止できるかどうかの大きなヤマ場を迎えていましたが、少し前に採決が強行された(!)という報道が入りました。タウンミーティングでの「やらせ」や「サクラ動員」など、恥ずべき事実が次々と明るみに出てきて、アベ内閣に法案を提出する資格自体がないことは明らかです。これだけ大きな批判の声にも耳を貸さないアベ内閣は、早く打倒するしかありません。明日の本会議での攻防に最後の望みをかけ、今できることをやり尽くしましょう。********************さて、ほとんど自己満足的な備忘録と化した感のある「沖縄行き」報告のつづきを、写真中心にUPする。さんざん上り坂を漕ぎ続けてたどり着いた糸数壕の資料館(観光案内センター?)。自販機でアイスを買い、冷房の効いた屋内でようやく一息つけた。 資料館の内部。訪れた人々がここで書いた色紙を壁一面に貼り出している資料館は広くて綺麗な建物で、お客は僕たち二人しかいなかったから、ゆっくり休みつつ展示などもじっくり見ることができた。 沖縄戦の写真パネルが多数展示されており、それだけで当時の悲惨さが伝わってくるこのほか、琉球新聞社が2004年7月から2005年9月まで14回にわたって特集紙面として連載した『沖縄戦新聞』(2005年度新聞協会賞受賞)が壁に掲示されていた。受付でその新聞セット(新聞紙面60ページ+小冊子=840円の箱入り)が売られていたので、「これは荷物になるなー」と思うほど大きかったが、僕もがちゃぴんも1セットずつ購入。紙箱の説明文によれば、「現在の記者が沖縄戦当事にさかのぼり、当時の報道を検証し、新たな事実、貴重な証言などを加味しながら、60年後に再構成した新聞です。言論統制の戦時下では伝えられなかった沖縄戦の全体像を現在の視点で報道しています。」とある。たしかに臨場感あふれる書き方になっている。遺族などの意向で「アブチラガマには入れない」と聞いた(つもりだった)が、入場できるとのこと。ヘルメットをかぶり、懐中電灯を持ってガマ内部へ。以前ここへ来たときは、教育関係者を中心とする数十人の団体で、平和ガイドの説明を聞きながらだったからもっと明るく感じたのだと思う。しかし、二人分の電灯だけでは、足元を照らすのが精一杯だ。しかも、物音一つしない。ここで亡くなった兵士や住民たちの霊魂が、まわりから僕らを見ているような肌寒さを感じつつ出口へ。 出口にある慰霊碑に手を合わせる受付の女性が言うには、「何か変なものが写ってるので気味が悪い。処分してほしい」と写真を送ってくる人もいるとかで、ガマの中ではとても写真を撮る気になれなかった。出口の慰霊碑の前でお互いに記念撮影し、再び資料館へ。 色紙は、カウンターにマジックインクと一緒に置いてあり、自由に書いて良いがちゃぴんが色紙の上半分を書き、僕が悩みつつ下半分を文字で埋めた。受付に提出すると、係の女性が「北海道からですかー」とか言いながらさっそく壁に貼り出してくれた。 左下の隅っこに貼り出してくれた色紙あらためて壁に掲示された多数の色紙を見ると、修学旅行生などの若者を中心に、全国各地からここを訪れては何かを感じて文章にしていくらしい。真ん中にある壁掛け時計の上に、三浦光世氏(三浦綾子さんの夫で歌人)の色紙を見つける。以下次号
2006年12月14日
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自民・公明のアベシンゾー与党は、国会会期を延長してでも教育基本法の大改悪をゴリ押ししようと思っているらしい。しかし、「7日に参議院の委員会採決、8日に本会議採決」を目論んでいた当初の予定を諦めざるを得ないほど、反対の世論は盛り上がっている(『審議が不十分』という意見も含め)。地方でも全国でも、従来の枠組みを超えた組織や個人の連携で、大きな反対運動が起きている。北海道でも、25日には札幌で1万人の集会が開催された。この集会は当初5千人規模を目標としていたが、北教組が単独で5千人集めることになり、急遽、集会の規模を1万人に引き上げ、達成したという。(連合傘下の北教組と統一的な集会を開くのは、かなり珍しいことじゃないかな?)国会にも連日の集会やハンスト、議員要請などの波が押し寄せているが、一般マスコミの取り上げ方は相変わらず小さくて腹立たしい。********************さて~。仕事が詰まっていたり、体調を崩したり・・で遅れていた「沖縄行き報告」の第一弾を、写真中心にUPします。◆まずは1日目(11/23)雪の北海道を離れ、約4時間で気温26℃の那覇空港に到着。空港ビル4階で遅い昼食をとった。久しぶりの沖縄そば。一息ついたので、ゆいレールで牧志へ。パックツアーの宿泊先である南西観光ホテルに荷物を置き、国際通りをブラブラ。奥武山公園駅まで5駅分(約4km)歩いたところで挫折し、再びゆいレールで空港へ。羽田経由便で来るがちゃぴんの到着を待つ。無事にがちゃぴん、N先生と合流。N先生の車で、先生が三度ほど行ったことがあるという居酒屋「ぶちくん」へ。 N先生とがちゃぴん(目隠しが雑でスマソ) 絶品! チラガー(豚の面皮)の炒め物。白い線が見えるのはミミガーの部分 料理も秘蔵の泡盛も、酒の相手もすべて最高でした!上の写真の左手前から時計回りに、もずくの天ぷら(!)、島らっきょう、チラガーの炒め物、(一つおいて)右の皿は自家製ソーセージとゴ-ヤチャンプルー。この店に来られただけで「旅の目的の過半数は達成か?」という気分になった。運転代行を頼み、がちゃぴんは宜野湾のN先生宅へ。僕はホテルへ。◆2日目(11/24)ゆいレールの美栄橋駅でがちゃぴんと待ち合わせ、近くの喫茶店に入って朝食をとる。そこで読んだ朝刊で灰谷健次郎氏の死去を知る。午前9時、NPO法人しまづくりネットでレンタサイクル(3段変速付きのママチャリ)を2台借り、「南部の戦跡巡り」ミニ・ちゃりリレーに出発。レンタル料は、丸一日借りても1台目が1,200円、2台目は600円と格安(ゆいレール利用者割引を適用後)。 これが全行程図。 距離だけ見れば「楽勝っス」。上の図は縮小しているので見づらいが、那覇を出発し、右回り(時計回り)に一周して那覇に戻る行程。1kmごとにピンが立ってる。道央反核平和自転車リレーだと、二日間でだいたい150kmは走る。このコースは約50kmで1周してしまうから、一日かければ朝飯前、じゃなく晩飯前には着く計算だ。思えば、何の躊躇もないノー天気な2人であった。しかし・・机上の空論とは恐ろしい。 信じられないほどきつい登りが延々と続き、早くも首里城公園で汗だく若いがちゃぴんに負けじと、無意識にかなり無理をしたせいか、汗が顔中から吹き出してきて参った。競技用チャリとの性能の差も大きいなあ・・(安く借りられたから文句は言えんが)でも、とりあえずこの付近のテッペンまでは登ったらしく、その後しばらくは下り坂。調子に乗って下っているうちに、目的地の一つである南風原文化センターを通り越してしまった。県道86号に入ると、再び断続的な上り坂がダラダラと続く。がちゃぴんが少し遅れ気味。「若くてもやっぱり女の子だなー」などと思いつつ速度を落として走っていると、とある民家の、いかにも沖縄らしい屋根を発見して小休止。すると、な・なんとその屋根の向こうに(偶然にも)「うふざと教会」があるではありませんか! 平良さんはいないかな? ところで、何でこんなに腹が出てるのだ?追いついてきたがちゃぴんに、事情(最近キャンプシュワブ前のゲートで名護警察にとっ捕まった平良牧師さんの教会であること)を話し、ドキドキしながらチャイムを鳴らすも・・残念ながらお留守だった。平良さんにはぜひ会いたかったのだが・・この日も忙しく普天間代替基地の建設反対のために走り回っておられたのだろうか。 その後も延々と登りがちゃぴんが、熱中症予防で頻回に水を飲んでいる。「まさか倒れないよなー?(抱えて運ぶのは一苦労だぞ・・)」と少々心配になってきた頃に、ようやく糸数壕(アブチラガマ)に到着。やれやれ・・以下、次号。
2006年12月08日
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今日は、午後5時半から夜間診療。午後5時頃から15分間くらい、診療所の玄関前を雪かき(除雪)。今夜は患者さんが多くて、まだ待合ホールに残っています。 画像では見えませんが、まだ降ってます。 診療所の公用車にも雪が積もりました。ちょうど明日(12月1日)の朝から、委託業者が除雪に入る契約になっています。今日は当直。明日は家の前を除雪しなくては。嗚呼、沖縄に戻りたひ・・
2006年11月30日
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とりあえず、昨日の行動と、画像を一つだけ載せておきます。24日(二日目)の朝9時、ゆいレールの美栄橋駅で「がちゃぴん」と合流し、NPOしまづくりネットでレンタサイクルを借りて、南部戦跡巡りに出発。那覇から首里城公園までの上り坂で早くもバテ気味になるも、その後のアップダウンの過酷さをクリアして午後7時少し前にゴール。回ったのは、首里城(通過)~南風原文化センター(寄る予定が、見落としてしまい通過)~糸数壕~摩文仁の平和祈念館~琉球ガラス工芸館~ひたすら那覇めざしてゴール。 延々と続く上り坂に小休止のがちゃぴん走行距離49Km。所要時間10時間弱。自転車を返した時にNPOの人が呆れてたから、ママチャリでの南部回りというのは、地元の人なら絶対に取らない行動だったらしい。その夜は、がちゃぴんの友人たち(同じ病院で働いていた麻酔科のN先生や、チャリダー&ジャンボリーの仲間など)と8人で、新都心の居酒屋で宴会。いい出会いがあり、食べ物も美味しくて、心地よい疲労と合わせて満足な一日でした。(つづきは北海道に戻ってから・・・)----------<真夜中の追記>昨日、朝食をとった喫茶店の新聞で知ったのだが、作家の灰谷健次郎さんが23日に亡くなったそうだ。「兎の眼」「太陽の子」・・教育の原点がどこにあるのかを教えてくれる傑作だった。教育基本法の精神が「国家への無条件の忠誠を誓う人間づくり」に変質させられようとしている今日こそ、読み直されるべき作品であると思う。合掌。
2006年11月25日
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複数のMLで流れている情報ですが、「STV」という北海道ローカルTV局のニュース映像で見られるのでご紹介します。脅迫メールの内容は、まさに基本法改悪の意図するところを代弁しているかのようです。http://www.stv.ne.jp/news/streamingWM/item/20061117182019/index.html"愛国心"とは、こんな卑劣な"心"なのでしょうか。「教育基本法」改正案について、札幌の中学生が安倍総理に、「反対の声明文」を送ったところ、「匿名の大人」から「抗議文」が届きました。15歳の"自由な意見"に"脅迫"ともとれる批判でした。(衆院議長)「賛成の諸君の起立を求めます。賛成多数。よって、この法案は可決されました」自民・公明与党だけの出席で衆議院を通過した「教育基本法」。ポイントのひとつは、初めて文言になる「愛国心」。賛否が分かれる問題です。この「改正教育基本法」について札幌の中学校では、女子生徒たちが自ら勉強して、「愛国心を国民に強制するものだ」との結論に至りました。そして、この法案に反対する声明文を安倍晋三総理大臣あてにおととい送ったのです。(女子生徒)「自分の国を大切にというのはいいが、間違った方向に進んでいるんじゃないか」「反対の人はしょうがないと思っている。動かないとこのままですよね」こう話してくれた中学生。実は、きのうの約束では、普通にインタビューさせてもらう予定でした。なぜ、取材が匿名になったのか。(抗議のメール)「安倍首相に送った中学生の意見書は何だ?お前ら、学校で何を教えているんだ」この彼女たちの行動を知った一部の大人が、彼女たちに対する脅迫ともとれるメールを匿名で送りつけてきたのです。(教頭)「生徒が自分で関心を持って意見を表明したのは素晴らしい。いろいろな意見を封じ込める残念な反響だ」この学校では、生徒それぞれが意見を書いたカードを送る準備もしています。生徒たちが自分で考えて「押し付けだ」と感じた教育基本法改正案。「愛国心の強制」どころか、「言論の自由」さえも封殺しようという大人の行為に、15歳の心は深く傷つきました。法案についての「賛成」「反対」があるのは当然だと思います。15歳の彼女たちは自分たちで考えて、著名もつけて安倍総理に反対の意思を表明しました。ところが、それを知った一部の大人は「匿名」で彼女たちを批判した。あまりにも卑劣ではないでしょうか。(2006年11月17日(金)「どさんこワイド180」から)
2006年11月19日
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週明けの強行採決もありそうということで・・昨日に続いて教育基本法についてです。標題のメールフォームは、教育基本法改悪に警鐘を鳴らしているあちこちのサイトで紹介されていますが、相互リンクさせていただいているheliotropeさんの日記に簡潔に載っていたので、以下転載します。国会議員やマスコミ各社などに、簡単、安全、一気に、楽しく、教育基本法改悪反対の要請メールを送ることができるメールフォームを、兵庫高教組のホームページ上に公開しました。http://www.hyogo-kokyoso.com から入れます。特徴は●教育基本法特別委員会の委員、文部科学省、各政党、マスコミ、教職員組合など、83(10月22日現在)の送り先に、一気にメールが送れます。メールは同報メールではなく、各送り先に個別に送られます。●「与党議員のみ」とか、「与党と民主党」など、送り先を自由に決めることができます。●自分のメールアドレスから送ることも、また、自分のメールアドレスを相手に秘匿することもでき、送る相手によって、相手に伝える自分の個人情報を管理できます。●送られたメッセージは、ホームページ上に登録され、お互いに交流できます。教育基本法を守り、活かした教育を進めることを願う、私たち国民の声を、嵐のように国会やマスコミに届けましょう! 以上、転載終わり。 さて、今日はやるべき仕事があったのに、昼過ぎまで家でぐだぐだ。午後2時にようやく家を出て、久しぶりに(※)愛車の黄色いプレオで出動。 ※ 8~10月まで、札幌での会議に出る以外はほとんど車に乗らない3ヶ月間を過ごした。 理由は、共済組合の「健康チャレンジ」で3ヶ月90万歩の目標を立てたから。 危なかったが、ギリギリで達成(図書券をゲット!)新聞代の集金で数件廻った後、我が町より少し大きいT市に車で買い物に出た。しかし、優柔不断で金欠な僕は、希望の品(冬物のスラックス)を選びきれず・・。しょうがないので、この辺ではT市にしかないファミレス「ガ○○」で夕食。某レンタルビデオ屋のカードが期限切れになる前に、紳士服の○山でスーツを買ったときに貯まったポイントを、この店で使っちまおうという魂胆。(我が町は、このレンタルビデオ屋チェーンからも遠いので、会員継続はしないつもり)このファミレスチェーンは、アメリカ産狂牛肉の輸入再開を求めていた=いち早く使いそう、と聞いていたので、ステーキ類は避けてエビフライと十三穀飯を注文。やっぱりそれほど美味しくはなかったが、会計1,323円で支払ったのは41円のみ。一食分の費用が浮いた(ニンマリ)。 突然ですが・・この韓国の女優さんが好き。 だって、名前が「反自民(Han Jimin)」(笑)。
2006年11月05日
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こんな信じられないこと、まだ組織的にやってるんですね!そうまでして教育基本法を「改正」(実は改悪)したいのって、やっぱり「国のために命を捧げる臣民づくり」が目的?「九月二日に青森県八戸市で行われた『教育改革タウンミーティング』で、内閣府が県教育委員会に依頼して教育基本法改悪法案に賛成するよう学校関係者に『やらせ質問』をさせていたことが一日の衆院教育基本法特別委員会で明らかになりました。」 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-11-02/2006110201_01_0.html衆議院の特別委員会で、共産党の高橋千鶴子議員が10月31日に質問。同じく石井郁子議員が11月1日に追及し、野党共同で追及すべき大問題ということで一致したようです。この問題のタウンミーティングで、青森県教育委員会が、出席予定の中学校長に依頼した「やらせ」質問の依頼内容には、心底呆れかえります。「できるだけ趣旨をふまえて自分の言葉で」とか「せりふの棒読みは避けてください」などの詳細な指示。「お願いされて・・とか依頼されて・・というのは言わないでください」と嘘を強要。「発言していただく内容は別紙のとおりで、(2)についてです」と、例文を示した上で質問内容を指示。このミーティングの参加者によれば、会場から他の二つの質問も確かに出されたとのことで、県教育委員会が他の出席予定者にも同様の指示を出していたことも明らかになっています。これが、教育に携わるお役所の「やっていいこと」だと内閣府や青森県教育委員会は判断したのでしょうか?実は、この手の世論操作は今に始まったことではありません。イラク特措法の時は、日本の調査団がサマワに行く前に、すでに防衛庁は「サマワは安全」という報告書を作っていたことが判明。このときも政府は認めざるを得ませんでしたが、日本以外の先進国なら、このスキャンダルだけで特措法が廃案になるのは当たり前でしょう。しかし日本では、何があろうと小泉のやりたい放題を許してきた歴史があります。今回のこの「やらせ」問題も、マスコミが演出する「安倍人気」でうやむやにされるんだろうなぁ・・
2006年11月04日
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ただ今、当直中。午前3時半。当直ベッドで仮眠していたら、夜勤看護師に「入院中の患者さんがどこにもいない」と起こされた。「何もないのが当たり前」の診療所に起きた大事件!さして広くもない院内を探すこと約10分。やはり外に出たものと思われ、現在の服装を推定しようと、看護師と部屋を検めていたときに、患者さんのご家族から電話。500mほど離れたコンビニ付近にいるところを警察に保護され、ご家族が迎えに行かれたとの由。患者さんの離院に気づかなかったことについて、総括と対応策の検討が必要だなー。当診へは初回入院で、しかも初日の夜ともなれば、76歳男性の無断離院は想定範囲内と言えなくもない。しかし、何はともあれ、無事に自宅に保護されたことが分かり、まずは一安心。自責の念に落ち込む看護師を励ましつつ・・・私、もう一回寝てもよかですか?
2006年10月31日
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最大のイベント「健康まつり」が終わったのもつかの間、相次ぐ友の会行事や学習会、下半期経営試算の提出、札幌での管理者会議の経営資料準備、明日の監査準備、全体会議準備・・・と課題に追われ、またまた楽天日記から遠ざかる毎日。コメントにお返事もせず、申し訳ありません。そんな中でも、一人旅の計画だけは着々と進める私。9月の韓国平和ツアーに続く旅行計画は、米軍基地再編やパトリオットミサイル配備で揺れる沖縄。11月23日(木)~26日(日)の短期間ゆえ、大好きな西表島などの離島巡りは断念せざるを得ないが、辺野古のキャンプ・シュワブ近辺での新基地建設反対運動や、革新(系)県政奪還の選挙運動などに少しでも協力しに行こうと思って。一応は平良夏芽牧師に「何かお手伝いすることありますか?」メールを送ったが、返事がなければ恒例の街頭宣伝行動なども含めて適当に参加してくるつもり。それにしても、一人旅だとどうしてもツアー料金が高くついてしまう。那覇での1泊込みで45,800円(往路が千歳から直行便なので2千円増だそうだ)。あとはドミトリーハウスやネットカフェ、レンタカー内などで夜を明かす計画。ちゃりだー仲間のがちゃぴんと向こうで一部合流する予定だが、詳細はこれから(彼女は、宜野湾に住む知り合いの女医さんの家に泊まるらしい)。それはさておき、私の当面の修羅場は明日の夜まで続くのであった。
2006年10月24日
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近頃めっきり物覚えが悪くなり、目は近く&耳は遠くなるし、学生時代から危なかった腹もさらに出てきて、自慢できることなどほとんどなくなった。・・が、実は密かに「かなりの晴れ男」であることを自慢にしていた。ここ十年来、「ここぞ」という行事や旅行で雨に遭遇したことがない。もちろん科学的根拠があるワケもないのだけれど、例えば数年前に行った台風真っ只中の北陸旅行では、折からの強風のために、ただでさえ荒い東尋坊の波は恐怖を感じるほど凄かったが、全行程を通じて一滴の雨にも当たらなかった。・・しかし、ついに先月の韓国旅行中、ソウルで半日ほど小雨に遭遇し、自分の中で「晴れ男」伝説は崩れてしまった。 それにしても、今回の崩れ方は本格的だ。診療所の恒例行事であり、年間最大のイベントである「健康まつり」を明日に控え、北海道は今朝から冷たい雨に祟られている。昨日の午後段階で、ここA市の8日(日)の予報は「降水確率90%・暴風雨・最高気温15℃・最低気温9℃」。(気温10℃前後ってのはケッコウ寒いよ) 無情の雨は今朝7時前から降り始めた。患者会の世話人さんなどと相談し、明日の屋外での開催を断念。企画を屋内のみに限定して行うことに決めた。午前8時半、前日設営のために集まってくれた元炭鉱マンの労災患者さんたちにお詫びして、吸入と振動障害のリハビリ治療だけして帰っていただく。午後1時半、土曜日の午前のみの診療が終わり、待合ホールのロビーベンチを撤去してメインステージに模様替え。健康チェックコーナーは吸入室に変更。バザー関係もリハビリ室で予定通りおこなってもらうことに。困ったのは、職員による出し物「南中ソーラン」だ。(稚内南中学で、荒れた学校の再生のために取り組まれた踊り) 南中ソーランの練習風景。看護師・薬剤師・事務など、パートさんも含め総勢16人で踊る写真のように、屋内スペースでは踊る職員だけでフロア一杯になり、観客の居場所がない。しかも、これはフルメンバーではない。・・・ということで、明日は暴風雨だろうが槍が降ろうが、ソーラン演舞だけは外でやることになった。何とかソーランの間だけでも雨を上がらせて、かつての「晴れ男」の面目を施したいものだが・・。
2006年10月07日
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前回の日記につづいて、平良夏芽さん情報を掲載します。---------【転送歓迎】不当逮捕に怒り、心配して下さった皆様へ9月25日午前9時55分の名護署による不当逮捕によって身柄を拘束されていた平良夏芽です。長い拘留を覚悟していたのですが、全国・全世界の皆様からの激しい抗議が功を奏したのでしょう。昨日(27日)午後1時に釈放されました。二日半の拘留でした。車に衝突した時に多少の傷は負いましたが、擦り傷・打ち身の程度ですでに回復しつつあります。疲労と断食で体重は3キロほど減りましたが良いダイエットになったと思っています。私は非常に元気です。検察は、処分保留という判断をしました。私に足かせをつけたつもりなのだと思います。しかし、私を含めた仲間たちは、このことで弱っていません。今後は、さらに激しい弾圧が待っていると思います。それでも負けるわけにはいかないのです。私たちが負けるということは、基地が建設され、そこから発進する軍隊によって多くの人々が殺されるということなのです。私たちは、人殺しに繋がる基地建設は絶対に止めなければならないと決意しております。今回問題になっているキャンプ・シュワブ内の文化財遺跡調査は、防衛庁主導のもので最終的には文化財を破壊し埋め立てることを前提とした調査です。私たちは、このような調査を認めず、文化庁主導の文化財を保護するための調査を求めているのです。基地建設に繋がるすべてのことは、止めなければなりません。海の上で止めてきたように、陸の上でも止めなければならないのです。名護署の警察官には、「あなた達が県民を守る覚悟をしない限り、今後、名護署は良心囚でいっぱいになるでしょう」と伝えてきました。今回の逮捕によって、私を非難する人もいます。しかし、その数をはるかに上回る人々が支持と連帯の挨拶を届けて下さいました。辺野古の闘いが、本当に多くの方々に支えられていることを改めて体感することができました。皆様の敏速な動きに、深く感謝申し上げます。檻の中での生活をわずかでも経験すると、ともすると卑屈になって、皆様に謝罪しなければならないという気持ちも湧いてきてしまうのですが謝罪はいたしません。謝罪すべきは名護署であり、基地建設を強行しようとする勢力だと信じるからです。しかし、動いて下さった皆様には、深く頭を垂れて感謝をしたいと思います。ありがとうございました。今後とも、連帯をよろしくお願いいたします。2006年9月28日平良 夏芽(タイラナツメ) 日本キリスト教団うふざと教会牧師
2006年09月29日
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不当逮捕されていた平良夏芽さんが、先ほど無事に「釈放」されました。これは経過の覚書です。1)2006年9月25日 11:36:21北海道AALAの○○です。キャンプ・シュワブ内の遺跡調査(新基地建設の事前調査)の阻止行動が、9月14日以来、シュワブのゲートまで続いていましたが、今日も機動隊が導入され、先ほど、平良夏芽さんが公務執行妨害で逮捕されたとのこと。以下転送:(調査のための)教育委員会の車がシュワブのゲートに入っていこうとしたところ、平良夏芽さんが、右手を出して止めようとしました。その右手をはねて、車はそのまま通過し、夏芽さんは倒れました。夏芽さんは立ち上がって警察に抗議をしましたが、そこで公務執行妨害で逮捕された、とのことです。その上、怪我をしているかもしれず、骨折したかもしれないとのこと。現場は、数人残し、他の人は名護署に向かいました。詳細は、またお知らせします。2)2006年9月25日 17:11:49北海道AALAの○○です。先にも流したとおり、辺野古のキャンプシュワブ前で、本日、午前10時過ぎ、平良夏芽牧師が不当逮捕されました。抗議先は、下にあります。警察署や防衛施設局のFAXやメアドはわかりませんが、ぜひ、不当逮捕にみなさんも抗議の声を送って下さい。「すぐ釈放しなさい」と、それぞれの言葉で抗議の声を送って下さい。非暴力の行動に対して機動隊まで導入する、車にはねられた側が逮捕されるなんて、とんでもないことですし、今回の調査自身、基地建設を前提としていて、文化財保護とは両立しません。最新情報は、ジュゴンの家HPで!http://nagodugonghouse.web.fc2.com/06_9_5.html以下、転送※転送歓迎※●情勢報告● 本日(25日)午前10時過ぎ、辺野古新基地建設の準備作業のひとつである文化財調査をとめるため、キャンプ・シュワブ前で阻止行動をしていた平良夏芽さんが不当逮捕されました。 名護市教育委員会の車が、夏芽さんが身を挺して阻止しているのを知りながら強行突破したため、夏芽さんは転倒し怪我をしました。 夏芽さんがその行為を警察に抗議したところ、警察は轢いた車を放置し、名護市教育委員会への公務執行妨害として夏芽さんを現行犯逮捕、連行したそうです。そのほか一名の女性が怪我をしたという情報もあります。 なお弁護士との接見はできており、接見報告によると、傷は大丈夫とのこと。夏芽さんは、「心配かけて申し訳ない。断食を開始して闘う決意を示す。情報を世界に発信してほしい。今回の逮捕は世界的な(米軍再編の)構図のなかにある。分断を狙っている。車の運転手にいやな思いをさせたと思う」という旨のコメントを出されました。 みなさん、情勢に注視してください。名護署へ向かえる方は本日5時半、明日以降は夏芽さんが釈放されるまで毎日朝9時と夕方5時半に集まってください。また世界中に情報を発信し、可能な方は関係各方面に抗議してください。●抗議先一覧● 名護警察署 (0980-52-0110) 那覇防衛施設局 (代表:098-868-0174~9) (広報:内線233~235) 名護市教育委員会 (電話:0980-53-1212) (FAX:0980-53-7825) 沖縄県警本部 (代表:098-862-0110) (警察相談室:098-863-9110)3)2006年9月26日昨日、辺野古のキャンプ・シュワブゲート前で逮捕された沖縄教区うふざと伝道所の平良夏芽牧師は、現在も名護警察署留置所におられます。本日午後5時30分、北海道キリスト者平和の会と北海道AALA連帯委員会、そして日本キリスト教団社会問題担当委員会の呼びかけにより、しっかり行うことができました。結集は18名!用意したビラ250枚のほとんどを配布し、マイクでこの事態の不当さを訴えることができました。駅前の市民の方々もチラシを受け取ってその場で熱心に読んでくださる方が何人もおられました。みなさん今日(27日)も午後5時30分から、札幌駅北口で抗議の街宣をします。どうぞお集まり下さい。平良牧師は現在、留置所でハンガーストライキをして頑張っておられるとのことです。勾留期限が切れる28日午前の時点で釈放されるか、10日間の勾留延長がなされるか、が現在の焦点です。4)2006年9月27日 6:44:28街頭シール投票のMLの沖縄の方が夏芽さんの最新のメッセージを送ってくださっています。2006年9月26日21:00より弁護士との接見を行った平良夏芽さんから、支援の声と思いを寄せている皆さんへのメッセージです。檻の中にいると、自分が犯罪者であるかのように思えてきます。外の情報が殆ど入らず、自分が孤立してしまっているのではないかという不安が、心にひろがってきます。「そとの仲間を信じろ」と自分に言い聞かせていましたが、不安は払拭できていませんでした。弁護士を通じて、多くの皆さんのメッセージを、読ませて頂きました。お腹は空いていますが、心は満たされています。取り調べのなかで、殆ど黙秘していますが、「資産は?」と聞かれたときに、「仲間達です」と答えたことは、間違いではありませんでした。最後の最後まで、共に闘っていきましょう。平良は元気です。そして幸せです。5)2006年9月27日 13:42:18北海道AALAの○○です。平良夏芽さん、釈放のニュースに、まずはホッとしています。で、昨日に引き続き、本日夜、予定していた行動ですが、△△光一牧師と相談して、予定通り行うこととしました。趣旨は、1)釈放など、経過報告と御礼2)釈放されたとは言え、極めて不適当な逮捕についての抗議3)これからも、がんばりましょう☆ 本日(26日)午後5時30分~ (約30分間)☆ 場所 札幌駅北口(呼びかけ)北海道AALA連帯委員会北海道キリスト者平和の会日本基督教団北海教区社会問題担当委員会お待ちしています~
2006年09月27日
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「ブッシュ批判でバッシング」事件で知ったDixie Chicks。本当に歌も演奏もうまい。YouTUBEで「Not Ready to Make Nice」を聞いてみたが・・いい!カントリーと言えば・・先日、札幌の某スーパーの安売りワゴンに、ジョン・デンバーのDVDがあった。いかにも粗悪品というカバーだったが、曲目の中に「マシュー」(英語表記だったが、綴りは忘れた・・)を見つけ、つい衝動買い。A市に帰ってから見てみると、歌詞は英語、登場人物の語り部分はハングル字幕で、さっぱり分からない代物。しかし、目当ての「マシュー」は、思ったとおりの曲だった。確か中学生の頃、NHKのジョン・デンバー特番(ダニー・ケイがゲスト出演していた)をカセットで録音した中に入っていた曲そのもの。アレンジが昔聞いたそのままなので、多分音源が同じ。30数年ぶりに聞いた「マシュー」・・いい!
2006年09月18日
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今日の昼、法人のネットワークを通じて、本部の係長K嬢から次のようなコメントが届いた。> 韓国ツアーはいかがでしたか?> わたしはチャングムを見て、韓国の食事とエステに興味津々ですが、> おなかが丈夫でないため、躊躇してしまいます。> また機会があれば、韓国のお話などしてください。 こちらが送った報告データに対する返信の「ついで」に過ぎないとは思うのだが、いつまでも韓国ツアーの報告を書けないことに罪悪感を募らせていたので、K係長への「お返事」という形で少し書いてみることにした。 天安の独立記念館の前で ~通訳のファンさんの説明を聞く~前略。Kさん、ごぶさたしています。あの「9・11」が貴女の誕生日(△○歳!?)だとは知りませんでした。さて、『韓国の食事とエステに興味津々』とのことですが、今回の平和ツアーで僕が食べた韓国料理は、想像していたよりも口に合う(違和感なく食べられる)美味しいものでした。日本人がよく行く「グルメツアー」だったら、もっと美味しいのかもしれません。初日、仁川国際空港からバスでソウル入りし、すぐに食べた昼ご飯が骨付きカルビでしたが、「こんなに野菜を食べるのか?」というくらい、肉よりも野菜をたくさん食べました。焼肉一切れごとに、チシャやエゴマの葉ににんにくスライス1~2片とコチジャンを適量乗せて巻いて食べるので、葉っぱの消費量がハンパじゃないです。(日本なら、葉っぱだけで千円くらい取られそう・・)そのほか、テーブルいっぱいにナムルやキムチ、サラダなども並べられていて、日本の焼肉屋と比べて、とてもヘルシーな感じでした。二日目の夜に食べた朝鮮王朝時代の漢定食というのも、やはり野菜中心でした。基本的には全て美味しかったのですが、水キムチの酸味など何点かはあまり馴染みのない味。強烈だったのは、豚肉・キムチと一緒に食べるという(魚の)エイ。鼻が曲がりそうなアンモニア臭を発するエイの切り身を、通訳のファンさんが美味しそうに食べているのを見て、挑戦することにしたのですが・・。何とか誤嚥せずに飲み込んだ、とだけ言っておきましょう。 ファンさんの夫は日本人で、住まいは東京。月1~2回は日本と韓国を往復するのだという。確かに辛いものは多いですが、全部じゃないし、辛味も自分で量を調節できるものが多いという印象です。ヘルシーで、味も日本人に違和感がなく、場所によっては驚くほど値段も安い。最終日の昼、ファンさんに連れられて東大門に近い広場市場(カンジャンシジャン)に買い物に行ったのですが、歩き疲れたので、市場の一角の店で10人ほどでチヂミを食べ、「長寿」という銘柄のマッコリ(濁り酒)を飲んだところ、なんと一人1800ウォン(=200円強)でした。 「こっちゃこダンシングさんの旅行記」から広場市場の画像を借用。 http://guide.travel.goo.ne.jp/e/goo/traveler/kocchako-dancing/ガイドブックには「水道水も全て硬水だから、ミネラルウォーターを買って飲め」と書いてありましたが、ホテルで水道水を飲んだ僕は大丈夫でした。最後にエステについて一言。業界が直接依頼した通訳であるファンさんのほかに、もう一人劉さんという現地旅行社のガイドさんが付いてくれたのですが、1日目の夜に、ホテルに向かうバスの中で、エステ店の紹介をしていました。きっといくらか紹介料がもらえるんでしょうね。僕はもちろん行きませんでしたが、女性数人と男性1人が基本料金1万円(日本円)で深夜のエステ体験をしてきたらしいです。翌朝、ホテルのレストランで顔を合わせた女性たちのうち、誰がエステをしてきた人なのか判別できませんでしたけど・・美肌だけならKさんには不要のものかとも思いますが、オプションでかなりハードな脂肪揉み出しをタップリやってもらった人もいたそうなので、機会があれば試してみては?(あ、深い意味はありません)それでは、またいつかお会いしましょう。コレモリ課長にもよろしくお伝えください。草々 【今回の旅程】9/6 成田・関空・福岡の各空港から韓国仁川国際空港へ。 着後、貸切バスでソウル市内へ。 …通訳の劉さんが手数料なしで日本円を両替してくれた。 僕は1万円だけお願いし、8万ウォンを手に。 途中、骨付きカルビの昼食。 西大門独立公園(朝鮮総督府時代の刑務所跡) …立ったままの姿勢で閉じ込められ、眠ることもできない懲罰房 (?)や、死亡した受刑者を密かに運び出す抜け道など見学。 死亡者名が刻まれた石碑の前に、訪韓中の共産党・志位委員長 が献花した花輪が飾られていた。 ニュー国際ホテル着。同室者は熊本の病院のI事務長さんだった。 …Iさんと近辺を散歩し、コンビニで買い物(缶ビールなど)。 オプションでエステ体験(不参加)。9/7 日韓合作映画「梅香里」の舞台となった村へ。 …米軍の実弾射爆場梅香里で反対運動を展開したチョン・マンギュ さん(国際射爆撃場撤廃住民対策本部委員長)に会うのを楽しみ にしていたが、突然KBSから出演依頼があり、残念ながら不在。 本部の建物でビデオを見る。はるか海上には、射爆の標的だった ノン島が見える。 梅香里で昼食。貝類の網焼きと韓国風うどん。 朝鮮のジャンヌダルク「柳寛順」の記念館へ。 …3・1万歳運動を生まれ故郷で組織した乙女に思いを馳せる。 彼女の生家で昔のオンドルの造りなどを見学。 温陽民族博物館を見学。 温陽のホテル着。温泉街を散歩。9/8 早朝、向かいのホテルの大浴場で温泉に浸かる。 天安の独立記念館へ。 …広大な敷地の一角に、朝鮮総督府の建物を解体した一部が保存さ れている。日帝の植民地支配の記念碑である総督府は、ソウル市 内にあったものが、市民の多数意見で解体され、ここに運ばれた。 全部で7つの展示室があり、約2時間で全部を見るのは無理。 憲兵による拷問の再現など、西大門の刑務所跡と似た展示も多い。 午後、安重根義士記念館を見学。 夕方、グリーン病院を表敬訪問し、職員と交流。 …院内を見学後、日韓の参加者がそれぞれ自己紹介。ツアー団長と 病院長の挨拶と続き、質問タイム。 僕は一番に手を上げて、労災患者に対する公的補償についてと、 労災発生数は減りつつあるのか、など質問した。 制度自体は日本とよく似ており、医療費や生活保障は公費で負担 されるとのこと。「重要なのは労働者の運動と、誰が労災を判定 するか、ということだ」など、院長の答えがよどみなく的確で、 「さっすがー!」と感心した。 夜、グリーン病院職員と焼肉屋で交流会。 …ホテルに戻るバスの中、日韓交互にマイクを握って歌を披露。 ひょんなことから、僕が2曲も歌うはめになってしまった。9/9 出発までフリータイム。 …広場市場に行くファンさんの後を、金魚のフンのように10人が ぞろぞろついていった。行きは路線バス、帰りは地下鉄を経験。 どちらも900ウォンだった。 本当は韓国が本場だという明太子と、イカキムチ、岩海苔、お菓 子などを買い、チヂミを食べたところで、初日に両替してもらっ た8万ウォン(日本円で僅か1万円分)をようやく使い切った。 バスに乗り込み、途中、大きな土産物屋に連れていかれる。 …キムチの説明があった。安い広場市場でお土産を全部買ってしま った僕は素通り。 仁川国際空港へ。 …バスの中で現地旅行社スタッフから、記念写真だと言って9枚組 の写真を渡される。7,200円の請求だと・・。 (さっき、お土産全部を合計1万円足らずで済ませたのだがねー) 成田・関空・福岡と、それぞれの行き先ごとに別れて帰国。 …福岡空港を出た瞬間、大韓航空機の中に参加者名簿を置き忘れて きたことに気づく。あ~あ。 (近頃、本当に物忘れが激しい。O病院の「物忘れ外来」を予約 しなくては・・) 博多駅前のホテルにチェックイン。 …ネットカフェでメールチェック。「日本に帰ってきた」って感じ がした。 それにしても・・ 持って行ったデジカメが動かなかったので、携帯画像しかアップできない・・。 壊れたのかと思っていたら、何と持参した電池の電圧不足だった。 現地で買った使い捨てカメラは、千円以上とけっこう高い。【買い物の覚書】 ※1ウォン=0.125円◎コンビニで 缶ビール(500ML) 2200ウォン アイスキャンディ 1900ウォン キムチ味のゆで卵1個 500ウォン おつまみ類 700~1000ウォン 使い捨てカメラ 9500ウォン◎広場市場で 岩海苔(全角10枚入×6袋) 5000ウォン 明太子(4腹=8個入) 7500ウォン イカキムチ1パック 7500ウォン もち米を揚げたお菓子(50個くらい入った大袋) 9000ウォン タラと胡麻のおつまみ(大量に入った袋) 12000ウォン お店で食べたチヂミとマッコリ 1人1800ウォン◎その他 料理店で飲むビール(中瓶) 3000ウォン 公共交通機関(1区間) 900ウォン【9/13 職場の連絡報に書いた韓国ツアー報告】◎かたきん事務長の韓国旅行記 恥ずかしながら、この歳にして初めての海外旅行でした。 福岡空港ではツアー仲間に会えず、一人で出入国審査(心細かった…)。仁川空港で成田・関空組と合流し、総勢20人。若い人を中心に呼びかけられた平和ツアーなのに、業界トップのH田会長や、北大出身の歯科医で元某区長のY田○三さんなど年配者多数(他人のことは言えないが)。 西大門刑務所跡や柳寛順烈士記念館、独立記念館など、どこでも旧日本軍の植民地支配の様子(拷問なども)がリアルに展示されていました。 アメリカ軍の射爆場を54年ぶりに住民に返還させた梅香里(メヒャンニ)や、独自の労災医療を展開しているグリーン病院なども見学でき、1987年の民主化(それまでは軍事独裁政権)前後の韓国の変化を実感しました。 写真のファンさんは、昨年9月の全国JBで韓国グリーン病院代表団の通訳も務めてくれた素敵な女性で、代表団の青年職員たちが帰国前に○○病院を見学された時にお会いしたことがあり、受け入れの副責任者として接待した僕を覚えていてくれました。 有意義な旅になったのは、韓国の民主化闘争を経験したこの方の、優れた通訳とツボを押さえた解説のおかげでした。 さて、仕事しなくっちゃ!
2006年09月15日
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出発前に「逝ってきます」と書いたので、suwatoyo師匠にご心配いただいたようですが、逝かずに済んで無事に帰ってきました。仕事がたまっているので詳細な報告は後にしますが、極めて有能な通訳の方が同行してくださったおかげで、とても有意義な旅になりました。 ユ・グアンスン烈士記念館の石碑
2006年09月11日
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6日から9日まで、初めての韓国旅行に行く。(・・っつうか、この歳で、初めての海外旅行に行く)もちろん、ハングルは読めない・書けない・話せない。今回は旅の準備を何もしていなかったので、今から両替やお土産探しその他いろいろ不安を感じている。発着する空港が成田・関空・福岡のいずれか、という三つの選択肢がある今回の韓国ツアー。残念ながら千歳発着の設定がなかったので、諸事情から福岡発着とした。(諸事情=何といっても「TOTALで一番安かった」のと、ホテルから空港までが近いことと、発着の時刻設定が便利、など・・)明日は、昼過ぎの新千歳空港発全日空便でまず福岡へ。その夜は博多駅近くのビジネスホテルに泊まるので、居酒屋あたりで軽く飲んで寝ることになりそう。Reiさんによると(正しくは、Reiさんの夫によると・・)福岡は屋台が全国一有名(数が?)だそうだが、よそ者一人、屋台で飲むのは格好のつけ方が難しそうだ。なので、やっぱり居酒屋で独酌だろう。そして、翌朝早く福岡出発組が空港に集合し、一路韓国へ向かう。同業者(医療関係者)の全国的なツアーなので、顔見知りはいなくても、どことなく気心が知れているというか、和気あいあいとした旅になりそうだ。僕が所属する北海道AALAが、創立40周年を記念して作った映画「Marines Go Home-辺野古・梅香里・矢臼別」を昨年暮れから全国で上映しているが、今回のツアーでは映画の舞台の一つとなった梅香里(メヒャンニ)を訪れる。1951年以来、米軍が射爆場として占拠してきた梅香里が返還されて約1年となる。しかし、少し離れた海上では未だに訓練が継続されており、爆音被害は続いているという。その実態をこの目で見てきたい。また、独特な労災医療を行っているというグリーン病院も行程に入っているので、日韓の制度的な違いなども見てこようと思っている。アクシデントなく帰国できたら「楽天日記を書こう」などと思ってはみるが・・今日中に終えておきたい仕事が片づかず、実はまだ札幌に向かってさえ出発できないでいる今日この頃なのだ(きっこのブログ風?)。 最近よく食べる晩酌のつまみ。ワカメとチクワの土佐酢あえ&キューリのキューちゃん↑ この漬物(キューリのキューちゃん)の選択は、完全に「きっこ」に影響されて買ってみた。安いだけ?
2006年09月04日
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セイブイラクチルドレン札幌で出店したブースの様子。本文は後で・・ かたきんが現地で手書きした看板(センス無し) オルタナティブ・エリアはメインステージの近く。会場の規模に圧倒される 僕たちのブースはオルタナティブ・エリアのど真ん中 他のブースも準備中 準備終了。空模様が怪しい 結局、雨の中で打ち合わせ。「晴れ男」伝説が崩れた・・
2006年09月01日
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今日は敗戦記念日。今朝の北海道新聞のコラム「卓上四季」から・・「六十一年間も平和が続いているのは、実はとても貴重なことなのだろう。戦争の悲しみや残酷さを体験者が伝え、それが受け継がれた結果である。平和憲法にも支えられた不戦の歴史は、戦後日本の誇りだと言える」「アジア侵略に対する反省を『自虐史観』と切り捨てる風潮がある。だが責任を自覚することが自虐であるはずがない。『過ちを改めざる、これを過ちという』(論語)と、日本でも昔から教えられてきたことだ」今日は、太平洋戦争の惨禍を記憶に留め、不戦を誓う行事が各地で行われますが、札幌では次のようなものが恒例となっています。主催は、いずれも「さっぽろ平和行動実行委員会」。★8・15反戦街頭宣伝行動★日時 2006年8月15日(火) 11:15~11:45場所 札幌パルコ前(札幌市中央区南1条西3丁目)内容 戦時の召集令状(赤紙)を配ります★8・15走れ平和号(市電) ★日時 2006年8月15日(火) 発車12:00場所 市電南1条西4丁目(4丁目プラザ前)~すすきの内容 市電のなかで、被爆者のお話や平和の歌を歌います 以下、MLで配信された原爆症訴訟に関する記事から。現在の認定基準自体が非科学的なのに、それを棚上げしての控訴。何と非人道的な態度であることか。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「原告41人の病気は原爆症」と認めた広島地裁判決に対し、厚生労働省は11日、「科学的考察がなされていない」として控訴しました。同日、被爆者や原告、支援の人々は「国は、被爆者の実態、願いをなぜうけとめようとしないのか」と各地で抗議の声を突きつけました。 広島の原告は、62歳から94歳。判決を目にすることなく10人が亡くなっています。午後4時半、東京の厚生労働省前には「厚労省に抗議する」「被爆者が死に絶えるのを待っているのか」と横断幕。被爆者や弁護士、支援者ら100人が「不当な控訴をとりさげよ」と唱和しました。柵越しにしか抗議文を受けとろうとしない厚労省に怒りの声が起きました。 広島原告団など6団体は「原告らに会おうともせず、控訴の暴挙に至ったことは許せない。認定制度を抜本的に改めるまでたたかい続ける」との抗議声明をだしました。 広島市で控訴の知らせを聞いた原告団長の重住澄夫さん(78)は「これは彼らにとって勝つ見込みのない控訴。驚きはない」と語りました。 広島判決(4日)は、遠距離被爆や原爆投下後に広島に入った入市被爆を含め全員について、がん、白血病はじめ脳腫瘍(しゅよう)などの病気と原爆による放射線との関係を認めました。同時に、病気発症の確率を示した国の「原因確率」の考えについても限界と弱点があると指摘。外部・内部被ばくの影響は別途慎重に検討しなければならないと審査の是正を迫りました。 広島訴訟の佐々木猛也弁護団長は「国の審査は、爆心地2キロメートル以内、爆発後0.01秒までに発する放射線量しか考慮していない。非科学的なのは国だ」と批判しました。
2006年08月15日
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6日は札幌に出て、大通公園で毎年行われているビアガーデンに行ってきますた。 A市から札幌に向けて車を走らせていると、目の前に緑色の物体がバッタがワイパーにしがみついている。時速40~50kmでは、ワイパーの上を恐る恐る移動。時速60kmで固まったようになり、70kmで不用意に広げた翅が収納不能に。そして、時速80kmを超えたところでどこかへ飛ばされていった。札幌の我が家に到着。ガレージからしばらく乗っていなかった自転車を出し、東区の片田舎からペダルを漕ぐこと35分。 大通公園まであとわずか。道庁赤レンガの裏側を通過やっと到着した大通西8丁目広場は、灼熱地獄と化す一歩手前。ビアガーデンは正午開始で、待ち合わせも正午だというのに、30分以上も早く着きすぎ。待ち合わせに遅れまいと、必死にペダル漕いで来たので、汗だく。 大通公園名物「とうきび」売りの裏側おばちゃんが、「暑い」「暑い」と大きな独り言を言いながらワゴンの準備をしている。ビアガーデンの開店前とあって、とうきびや清涼飲料を買っていく家族連れやカップル多数。しかし、旨いビールを飲むためにはひたすら我慢。 大通公園も8丁目まで来ると、TV塔が遠い開店時間となり、チケットを買って日除けテント下の席に陣取る。・・が、なかなか待ち人来たらず。そこへチャリダー仲間(というより、完全に「飲み友達」と化した)N嬢から「10分くらい遅れます」のメール。(すでに待ち合わせ時刻を10分近く過ぎているが・・)我慢しきれずサッポロ・クラシックの小ジョッキを2杯注文。ビール到着。「遅れたお前が悪い。」先に乾杯。激うまーっ!1杯目はものの十数秒で終了。やっぱりビールはサッポロ。それもクラシックかエビスに限る。(これがスーパードライだと、こうはいかない)チャリダーMLにも西8丁目で飲むことを晒したが、誰も来る気配なし。相方のために頼んだはずの2杯目も飲み干し、さらに10分ほどしてからようやくNが到着。 カンパーイ! ・・・ゴメン、そんなに感動しないよ。オレ3杯目だもん結局、午後4時半までの間に、2人でジョッキ13杯空けた。最後にTV塔下(西1丁目)で小樽地ビールを1杯ずつ飲んだ後、Nと別れてしばし酔いを醒まし・・再びチャリで帰宅。広島の原爆忌。おまけに長野県知事選挙の投票日。ほかに為すべきことはたくさんあったが・・そんな訳で、とりあえずこの日は短い北海道の夏を満喫した。
2006年08月08日
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「微妙な判定」から「完敗」「八百長」「買収」まで、様々なコメントが踊っているようだ。もともと、「亀田兄弟」とやらにはほとんど興味がなかった。『がんばれ元気』と『はじめの一歩』は好きだが、ボクシングの微妙なジャッジはよく分からないし、昨夜のTV中継も見ていないので、判定結果へのコメントをする気はない。しかし、今朝のニュース番組で見た試合後の「新チャンピオン」を見て、やっぱり一言言いたい(※)。礼儀知らずはTVに出ないでほしい!相手がTV局のインタビューアーとはいえ、目上の人間に対する最低限の礼儀すらわきまえていない。「こんな喋り方をしても、人気さえあれば(あるのか?)許されるんだ~」と子供たちが勘違いでもしたら大変。早くTVから消えてくれることを望みたい。****************************************※以前から気になっていたのだが、「一言言いたい」という表記は正しいのだろうか? 「言」の字が続くのは、見た目に落ち着かない感じがする。しかし、nifty検索のヒット数は、一言言いたい:9,900ひとこと言いたい:7,850一言いいたい:4,420ひと言いいたい:97ひと言言いたい:94であった。(だからどうしたの、って話ですけど・・)
2006年08月03日
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8月18日から19日(20日明け方)にかけて、石狩湾新港樽川埠頭の特設ステージで開催される「RSR」のNPOブースに、セイブ・イラクチルドレン札幌も出店することになりました。ブースの大きさは2m×3mで、運動会で使うようなテント半分。場所はメインステージであるサンステージの近くだとか。さぞかし音が凄いことでしょう。かたきんも、運良く18日(金)に夏休みの1日目が取れたので、A市から駆けつけることにしました。主な内容は・・・ ・写真展 ・物販 ・イラククイズ ※ ・ワークショップ ※ ・ピースオン相澤さんトーク(19日のみ)など。 (※はスタンプラリー対象)【物販リスト】イラク人画家ハニ・デラ・アリ図録 \500イラク現代アートポストカード(10枚セット) \800イラク現代アートポストカード(5枚セット) \400オリジナルTシャツ \3,300缶バッヂ \200その他、講演DVDや中東のお土産品(イラクの飾り皿やパレスチナ刺繍ショール、ヨルダン羊毛カーペットなど)【書籍リスト】ヒロシマ・アピール \700ヒロシマ・アピール(英語版) \700「劣化ウラン弾」ってなに? \500子どもたちのイラク \600マンガ版「劣化ウラン弾」 \1,300月刊保団連臨時増刊「いま、イラクの子どもたちは」 \200新曜社:いま問いなおす「自己責任論」 \1,900その他メンバーは・・・8月1日現在で、通しが6名、18日のみ1名を確保でき、「ほっと一安心 ^_^;」」とは担当者Mさんの声。うちの職場の若い看護師(二十代前半)2人が、毎年このRSRを聞きに行っているという。今年は、ステージだけじゃなくセイブイラクの出店も見に来るように言っておかなくちゃ。出演者は豪華。メインステージでは、米米CLUBやケツメイシ、MONGOL800なども演奏する(19日)。18日には忌野清志郎も出演予定になっていたが、残念ながら入院治療のためキャンセル。仲井戸麗市(「古井戸」懐かしい!)と一緒のステージだけでも聴きたかった。
2006年08月01日
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今夜はついつい晩酌。 エビス(白黒)のハーフ&ハーフ。 つまみは、適当に切った木綿豆腐に万能ネギと削り節を乗せ、ポン酢醤油とごま油をかけ回し、少量のラー油をたらした「冷や奴・中華風もどき」。 あとは、近くのスーパーで半額になったパックのお惣菜。 豪雨の被災地の皆さんも、知事選挙真っ最中の方も、ごめんなさい。 美味しいです。
2006年07月24日
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他人のふんどしでブログを埋める毎日・・今日は朝日新聞の記事から---------- 国民健康保険(国保)の保険料の長期滞納を理由に、正規の保険証を市町村に返還させられ、代わりに「被保険者資格証明書」を交付される加入者が急増している。05年度は全国で約32万世帯に上り、00年度の3・3倍だ。滞納対策の一環だが、証明書で受診した場合、医療機関の窓口でいったん医療費を全額自己負担しなければならず、受診を手控えるケースが後を絶たない。朝日新聞社の取材では、00年以降に少なくとも21人が受診抑制の末、死亡していたことが分かった。 昨年9月末、松江市内の病院に担ぎ込まれた建設業の男性(当時62)は腸が破れ、腹膜炎で腹が腫れ上がっていた。緊急手術の同意を求める医師に声を絞り出した。「手術はあかん。保険証がない。高くなると払えん」 バブル崩壊後の不況で仕事が激減。01年ごろから滞納額が膨らみ、資格証明書に切り替わった。 手術後、医療ソーシャルワーカーに話した。「督促状が何度も届いたが、払えんかった。払わんで保険証だけもらうわけにもいかん。自分が悪い。我慢しとった」 自力で起き上がれないまま、1カ月後に多臓器不全で死亡した。 千葉市内のトラック運転手の男性(当時60)は03年春、資格証明書に切り替わった頃から「頭が痛い」「めまいがする」と周囲に漏らしていた。受診を勧められても「こんな保険証で病院に行けない」と、市販の痛み止めを飲んでいた。 同年10月、市の無料検診で肺がんの脳への転移が分かった。「手のつけようがない」。医師に告げられた2カ月後、男性は亡くなった。 自治体によっては、有効期限の短い短期証は、役所の窓口での交付が原則。受け取りに行かないまま、無保険状態になる人もいる。 今年1月、石川県加賀市の温泉街で働く仲居の女性(当時55)が救急搬送の翌朝、末期の子宮がんで死亡した。 5年以上前から保険料を滞納。短期証を取りに行かず、市販薬で我慢した。知人は「役所に行けば滞納分の支払いを催促されるので、行けなかったのだろう」と話す。 女性の死は県議会で取り上げられ、県は3月10日、窓口での短期証の留め置きが長期化しないよう、全市町村に改善を求めた。 朝日新聞社が6月、全国約700カ所の病院などでつくる全日本民主医療機関連合会を通じ、病院関係者や遺族を取材した結果、本人が生前、資格証明書や短期証による受診抑制を明確に口にしていた例は21あった。資格証明書は11人、短期証が7人、どちらか不明が3人。不況の影響や交通事故の賠償金返済などで経済的に困窮した人が多い。独り暮らしは11人だった。 資格証明書の交付は87年から始まり、国民健康保険法の改正で00年度から市町村に交付が義務化された。厚生労働省国保課は「まじめに払っている人に不公平感を生じさせず、滞納抑止の効果がある」としている。 開業医の6割が加入する全国保険医団体連合会(東京)が04年、17都府県で実施した調査では、資格証明書を持つ人の受診率は、一般の国保加入者と比べ1~4%にとどまっていた。■「氷山の一角」/伊藤周平・鹿児島大学法科大学院教授(社会保障法)の話 資格証明書の交付は制裁、見せしめの意味しかない。4年前に福岡県内で調査したが、証明書を増やしても収納率は向上していなかった。国保は自営業者の保険から低所得層の保険に変化しており、支払い能力が低い人が増えている。証明書などを受けた人が受診抑制から死亡する例は多く、今回の21人は氷山の一角といえる。■「公平保つため」/厚労省 国保の収納率は95年度の93%以来、下がり続けている。00年度91%、そして最新の04年度は90%だ。 「9割を切れば、制度の信頼性にかかわる」と厚生労働省は2月、全国の市町村に収納率を上げるための緊急プラン策定を指示した。 その中で対策の一つに挙げたのが、滞納して1年を経過した人への資格証明書の積極的な交付だ。 同省国民健康保険課の唐沢剛課長は「まじめに払うのが馬鹿らしくならないよう、公平性を保つためにも資格証明書の交付は必要だ」と意義を説明する。 05年度の資格証明書の交付世帯数は10年前の6倍の約32万。急増の契機は97年の法改正だ。滞納が発生して1年以上経過した場合、市町村に資格証明書を交付することを00年度から義務づけた。法改正当時、所管していた厚生相は、現首相の小泉純一郎氏だった。 医療費が10割負担になることで受診抑制が起きるとの批判は交付開始当初からある。そのため、資格証明書を交付する前には、度重なる督促、払えない特別の事情があるかの確認、弁明の機会を与える――などの手続きを市町村は踏むことになっている。 唐沢課長は「いきなり、機械的に交付しているのではない。あくまで支払う能力がありながら、滞納している人に限っている」と強調する。 ---------- 厚労省の言い分は、つまり「支払う能力がありながら滞納している」悪質な滞納者が32万世帯もある、ってことですかい? 本当に全部「確認」したの? お役所が「納付相談」と言えば聞こえはいいが、結局は『払って』の一点張りで、病気や生活の相談にはなっていない。
2006年07月04日
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最近の国内のマスコミは断片的にしか伝えませんが、イラクでのアメリカ軍による蛮行はますます酷い状況になっているようです。「~以下転送&転載歓迎です~」とのことなので、セイブ・イラクMLから入った「PEACE ON」相澤恭行氏からの情報を掲載します(一部省略)。なお、セイブ・イラクチルドレン札幌が招く予定だったイラク人医師(女医2名)については、この間さまざまな紆余曲折があったようですが、ようやく9月頃から正式に受け入れが決まったそうです。 ----------親愛なるみなさま イラクでは、見せかけの政治プロセスの裏で、治安は一向に改善しないどころかむしろ悪化の一途であり、その中で多くの市民の命が奪われていることは、イラク問題に関心を寄せる皆様におかれては、様々な情報からある程度は認識されているでしょうし、深く心を痛めていることと思います。 現在激しい掃討作戦が展開されているバグダードのドーラ地区に住むPEACE ON現地スタッフのサラマッドの家族は、モスクの責任者である父親と母親を残して、弟と妹たちは皆郊外の親戚の家に避難しています。サラマッド自身はイラクへの帰国を家族に反対されていて、いまだ妻アマラと共にフランスで待機しています。「家族が心配で夜も眠れない。気が狂いそうだ。今すぐイラクに帰りたい・・・」と嘆く彼の苦しみは計り知れません。 これまで拙ブログ http://peaceonyatch.way-nifty.com/peace_on_iraq/ でも繰り返し紹介してきたように、このようにとりわけ首都バグダードの状況が最もひどいと言われてきましたが、ここ最近では南部のバスラ、サマーワ、そして中部ラマーディなど、各地での状況も日増しに悪化しています。他にも多くの友人、知人が、イラクから避難しています。 昨年個展のため来日したイラク人画家ハニ・デラ・アリさんから昨夜届いたメールによると、ラマーディ在住の彼の母親と兄弟が、あまりの状況悪化から近郊の町ヒート(ハニさんの故郷でもあります)に逃れ、酷暑のなか水も電気も不十分な避難生活を余儀なくされているそうです。 また、ラマーディで高遠さんの友人のお兄さんが交通事故にあい、病院に運ばれる途中に米軍の検問に阻まれて命を落としてしまいました。以上は今年4月から始まったラマーディにおける米軍の包囲攻撃による悲劇のほんの一端にすぎません。 他にも、これまで伝えてきたように、各地の治安悪化の要因は確かに様々です。連日報道される爆弾テロから、シーア派民兵によるスンナ派市民の拷問殺害。このように煽られた宗派対立によって、もはやイラクは内戦状態とも伝えられていますが、こうした混乱の元凶はやはり米軍による違法なイラク侵攻から始まる占領統治の失敗ではないでしょうか。 現在もラマーディやバグダードで展開されているように、「武装勢力の掃討作戦」と称した米軍中心の軍事攻撃を激化すればするほど、一般市民の犠牲も増え続け、その反動としての暴力も激化し、治安がさらに悪化していくという悪循環に陥っているのです。 当たり前のことですが、こうした混乱の犠牲はいつも私たちと同じ一般市民です。これ以上の犠牲を一人でも減らすために、私たちに今何が出来るのでしょうか。 PEACE ONも参加しているイラク支援NGOのネットワーク、イラクホープネットワークでは、高遠菜穂子さんの友人の兄の死をきっかけにして、ブッシュ米大統領宛ての「イラクにおける暴力を止めることを求める嘆願書」を、弁護士などの協力を得て準備いたしました。詳しくはHPをご覧になってください。http://www.iraq-hope.net/ 申し入れ書を読んでいただければわかりますが、今回はラマーディにおける軍事作戦の中止に焦点を絞っています。もちろんイラク全体の暴力を止めなければならないのですが、身近で具体的な事例を挙げられるところから、ひとつひとつ確実に声を届けていこうという判断です。 そこでぜひ、みなさまにも署名をお願いしたいと思います。署名は英語ですが、HPに日本語での解説も載っています。そして、多くの人にこの署名を広めてください。英語の紹介ページもありますので、 http://www.iraq-hope.net/english.htm 外国人の友人知人にも大いに広めていただければ嬉しいです。 もちろんこの署名だけで暴力が止まるほど世の中甘くないのは百も承知であります。それでも、何もしなければやはり何も変わらないし、むしろそれは現状を支持していることと同義だと思います。一人の声、一人の署名でも、多く集まればそこから大きな力が生まれる可能性が生まれます。たとえどんなちっぽけな可能性でも、そこに可能性がある限り、やってみる価値はあると思うのです。ちっぽけな一人一人からかき集めた税金は、やがて戦争という巨大な暴力に使われる可能性もありますし、実際は残念ながらそれが現実となってしまっていますが、その逆の方向に動かす可能性だって、私たちちっぽけな一人一人がもっているわけですから。 ----------(追記)高遠さんが書いた嘆願の趣旨ですhttp://www.iraq-hope.net/ インターネットは、私がファルージャやラマディ(バグダッド西方120キロ)の友人たちと連絡を取るための唯一残された通信手段です。ラマディの緊急事態は、今年の4月に始まっていました。水、食料、電話回線、電気などのライフラインが断絶され、狙撃兵が町中のいたる所に陣取り動くものすべてを撃っていたのです。ジャーナリストは逮捕されるか殺され、もしくは取材を許可されていません。このような状況を広く伝えなければいけない、これは私の責任だと感じるようになりました。 今のラマディは2004年のファルージャ総攻撃のようです。 友人たちは、米兵が地元住民に対し蛮行をはたらき、たくさんの子どもたちを殺していると報告してきます。多くの人たちが町から避難しなければならず、持ち物はすべて失われている状態です。 ここで、友人たちからのメールの一部をご紹介します。 「2006年4月9日、子ども2名が米軍の狙撃兵に撃たれて死んだ。1人は7歳の女の子で、母親と一緒にラマディの中心部にあるアルムスタファ病院に向かっている途中だった。もう1人は8歳の男の子で、外で友だちと遊んでいた」 「2006年4月22日、米軍は、ラマディの端にあるタミームという町に住むあるイラク人一家の家に捜索に入った。捜索が終わると、米兵たちは家にいた男性3名を殺した。そして、女性1名がその事件のためにショック死した。最終的に、この捜索の後に4名の民間人が殺されたということだ」 また、5月13日の深夜3時には友人の家が米軍とイラク軍に占拠されてしまいました。米兵たちは、友人の家族18名全員を小さくて暑い部屋に入れ、鍵をかけて閉じ込めました。米兵たちは午前11時頃までいたそうです。その間、米軍の狙撃兵たちは、2階の子ども部屋を狙撃ポイントとして使用し、壁に狙撃用の穴を開けたそうです。 今月(6月)の12日には友人の兄が亡くなりました。交通事故で負傷し、病院に搬送途中に米軍の検問所で引き止められ、そのままそこで亡くなりました。米軍のヘリコプターが民間の車両をターゲットにしているので、道路が混雑し、結果として交通事故も非常に増えています。友人の兄はひどく出血していたにもかかわらず、米兵たちは検問所を通過することを許可しませんでした。しかし、これはめずらしいことではありません。 このように、米軍が破壊行為を続ければ続けるほど、民衆は武器を手に取り米軍への報復に走ってしまう傾向があります。米軍は、そのような人々のことを「テロリスト」と呼びますが、実際には、彼らはもともと善良な市民なのです。私を拘束した人たちの中には、自分の小さな娘を米軍に殺されたと言って涙を流す人がいました。 このような負の連鎖は、2003年にバグダッドが陥落した直後に米軍がファルージャの学校を占拠した時に始まっています。米軍の学校からの撤退を訴え、自由と民主主義を求めるピースウォークを行っていたファルージャの住民に向かって米軍が発砲し、12名が殺されてしまいました。なんとも皮肉で、悲しい事件でした。 米軍はこの痛ましい暴力の連鎖を止める時に来ました。もし、ここでこのような破壊行為を止めなければ、ただただ敵を増やしていくことになるでしょう。 私たちイラクホープネットワークは、ブッシュ米大統領宛ての「イラクにおける暴力を止めることを求める嘆願書」を準備しています。みなさまのご協力を賜われれば幸いです。2006年6月25日高遠菜穂子 イラクホープネットワーク
2006年07月02日
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昨夜のクローズアップ現代は、「防げなかった悲劇~相次ぐ介護心中・殺人事件~」だった。下諏訪の病院に勤務する友人のブログで放映を知り、すぐビデオ録画を予約した。昨夜は18時半から同僚のケアマネNsの送別会だったので、焼肉屋で中ジョッキ4杯飲んで帰宅し、酔ったまま見た。番組の前半は、京都で今年2月に起きた、認知症の母と介護者である一人息子の心中事件(「承諾殺人」に問われた)の検証。法廷での息子の証言内容があまりにも悲しい。母親の認知症が進み、仕事を続けることも困難になって、すがる思いで訪ねた生活保護の窓口。しかし、何のアドバイスも受けられないまま虚しく帰宅する。相談を受けたケアマネージャーが、なぜ保護を受給できないのか役所の保護課に電話するが、「個人情報保護」を盾に回答を拒否される。充分な介護サービスを受けて働き続けるだけの経済力もなく、仕事をやめたために家賃も払えなくなり、心中を決意する。昔、家族でよく遊びに行った京都の街で母と一日を過ごした後、夜の川岸で「もう家には帰られへん」と泣きながら母に告げる息子。「そうか、もうあかんか」「もう泣かんでええ」と、息子の頭を撫でる車椅子の母親…。どれだけ多くの人たちが、相談相手もないまま、この日本でやりきれない日々を送っていることだろうか。後半に司会者とコメンテーターとのやりとりがあったが、問題の本質を浮き彫りにするような内容にはならず仕舞い。善意に解釈すれば、大学教授のコメンテーター女史は緊張しすぎ故の言葉足らずだったのかもしれないが、やはりNHKの限界というべきか。かろうじて「自己負担が介護保険制度のもっとも大きな問題点」のようなことは言ってましたがね。「措置制度を保険制度に」「公的な責任を自己責任に」諸悪の根源は、老人福祉制度をそのように変質させ、国の責任を放棄してきた自民党(+公明党)政治にある。そのことを、もっとはっきり言ってもらわないと困るよ。これは、介護保険制度が企まれた時点から分かりきっていた問題点なのだから。
2006年06月29日
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昨日の昼に千歳を発ち、『九条の会』結成2周年を記念して開催された「全国交流集会」に参加してきました。 今日11時から16時半まで日本青年館で行われ、呼びかけ人9人のうち大江、小田、加藤、澤地、鶴見、三木の6氏が出席し、全体会の冒頭に次々と発言しました。 全体会の後半と午後の分散会では、各地・各分野に続々と結成されている「九条の会」の活動経験交流が行われました(全国に広がる「九条の会」は、今日現在で5,174組織になったと小森陽一事務局長の報告)。 僕は、青年館内で行われた第2分散会に参加 『ランナーズ9条の会』の代表は、ロゴ入りのランシャツで登壇 我々チャリダーも、今年は『ちゃりだー9条の会』のTシャツを作ろうかな。 (実は、まだ東京にいます。 池袋のネットカフェで、久々の日記更新)
2006年06月10日
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A市の診療所に赴任して2週間。医療設備はかなり重装備で、職員数も多い。前任者からいろいろ引き継いだが、地域の特性はまだ見えないことが多い。やったことのない人事実務や患者会対応、久しぶりの総会準備、予算の修正作業など、仕事も分からないことだらけ。でも、アパートでの独身生活のほうは何とかサマになってきたと思える。TV・洗濯機・冷蔵庫の「三種の神器」(いつの時代だ?)や、電子レンジ、ベッド、食器棚などは「単身赴任セット」として前任者などから引き継いだ。家からは、生活用品や衣類などを何度かに分けて軽自動車で運んだ。まともに店で買ったのは寝室用のカーテンくらいで(それも980円)、残りはほとんど「百均ショップ」で済ませた。それでも、この2週間の出費は約5万円と、通常月1ヶ月分の平均的な生活費を超えてしまった。怒涛の如く家のローンを払い続けている身には、ちときつい引越しであった。<今朝の献立> 主 食:押し麦と十種類の雑穀を混ぜたご飯1合 おかず:納豆、インスタント味噌汁、カツオのふりかけ その他:カゴメ「充実野菜」と無調整豆乳をコップに半分ずつ勤務日の朝は、シリアル(主に「オールブラン」)とヨーグルトに飲み物だけで出勤。昼は、診療所の食事(入院患者の献立とほぼ同じもの)をみんなで食べる。夜は、軽くビールなぞを飲んだあと、蕎麦を茹でて「もり」で1枚手繰り、蕎麦湯を飲んで就寝、というパターンが多い。運動不足解消と休肝日の設定が生活上の課題だな。仕事のほうは・・・明日が日当直なので、その時考えるとしよう。
2006年04月29日
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近況を覚書的に・・【巨大病院から某診療所へ異動】 来月中旬、A市の診療所へ転出することになり、様々な準備に追われている。 診療所経験は過去2回あるものの、医療・福祉制度が激変しており、それぞれの地域特性によって医療機能や提供するサービス内容も大きく異なるため、当地ではどんな仕事になるのかまだ想像もつかない。 ただ、今より少しは時間的な余裕が持てそうな気配ではある。 仕事のほかに「平和の行動を日常に位置づける」ことを生活の二つ目の柱に据え直すことも可能になるかもしれない。 そして、20数年ぶりの独身生活。 周りの心配をよそに、食事内容を思うようにコントロールできる生活を密かに楽しみにしている自分がいたりして・・【健康面の変化】 職員健診で肝機が上昇傾向にあるので、二次診査で腹部エコーを検査したところ、みごと「脂肪肝」の判定。 いつの間に体内にフォアグラが? 週に二日程度しか酒を飲まないのに、どうしてだろう? 若い頃の高脂肪・高カロリー・高ナトリウムにまみれた食生活のツケが利息まで生んでいるのだろうか。 このところ週2回のペースでジムでのランニングを続け、正月の「食っちゃ寝」生活で更新した自己最高体重から6kg減少を達成。標準体重まであと4kgとなった。 しかし、体重が若干減ったからといって手放しで喜んでいる場合じゃない。昨日、ヘソ周囲径を計測したところ、メタボリックシンドロームの指標を4cmもオーバーしていて仰天(思ってもみなかったので・・)。 あと「体重4kg」「ウエスト周囲径4cm」を目標に日々頑張らないと、数年先には「死の四重奏」が待っているかも。 転勤先でも、天候に左右されずにランニングできる場所があるといいのだがなぁ。 万全な体調で赴任するべく、歯科にも通院中。 右上の奥歯を一度に2本も抜く破目となり、永久歯の欠損はわが人生で3本目。80歳で20本の歯を残せるか? (この時代、80歳まで生き延びられるか、の方が問題ですがね)
2006年03月26日
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診療報酬の大幅マイナス改定に抗議する! ~予算編成その他でたいへんな日々を送っています~さて、セイブイラクチルドレン札幌では、市内の某病院から寄贈された中古ベッド109台をヨルダン経由でイラクに発送。先日、イラクの港に到着したという連絡がありました。いつも日通さんに協力をいただくのですが、今回は「あの」ピースボートにも協力してもらい、無事に先方に届くことになりそうです。イラクでのベッドの受取人は「イスラム聖職者協会」だとか。以下、会員への配信メールです。----------みなさん、こんばんは。○○です。イラクへ送った109台のベッドが、ヨルダン・アカバ港に到着しました。いったん、バクダッドに運ばれた後、いくつかの病院に送られることになるそうです。 以下、ピースボートからの連絡です。現地からのメッセージ付きです。現地時間6日に無事アカバ港に到着したようです。そこからバグダッドへの陸送も問題なく手配できましたのであらためてご報告いたします。今回は現地にお住まいで、昨年ピースボートにも乗船していただいた方が手配をしてくださいました。この方からいただいたお礼の言葉を紹介します。軍隊を送られるより、こういった市民からの支援が継続的に行われる事、それが何よりもイラクの市民に「自分達は孤立して忘れられているのではない」と感じられるのです。大きな量ではなくても、ベッドを送り届けるというのは、109台のベッドに込められた無限大の皆さんのイラク人への想いを届けられるのです。 今イラクに必要なのは、そういう皆さんの想いだと思います。その想いを届ける為に、私たちはあらゆる努力を惜しみません。----------当面の活動としては、イラクの女医さん2名を小児科の研修目的で札幌に招くための準備を進めています。
2006年02月21日
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★ドキュメンタリー映画「Marines Go Home-辺野古・梅香里・矢臼別」 http://www.hayaokidori.squares.net/marines_go_home/index.html まもなく北海道での劇場上映が始まります。 2/8 旭川文化会館小ホール (1)14:30~ (2)18:30~ 2/11-17 札幌 シアターキノ(中央区狸小路6丁目) (1) 9:30~ (2)18:30~ 沖縄・宜野湾市の発展を阻む普天間基地米軍ヘリが墜落した沖縄国際大学は、この基地に隣接しています。この普天間基地の代替地として、辺野古のサンゴ礁が狙われています。★この映画、昨年暮れに沖縄各地で上映会を行い、県内のマスコミで大反響でした。78タイフーンfm(エフエム那覇78.0MHz)では、2005/12/13放送の藤本幸久監督インタビューをネット放送中です。世界中のどこからでも聴けます。 78タイフーンfmポッドキャスティング: http://www.fmnaha.jp/podcasting.php 藤本幸久監督インタビュー: http://www.fmnaha.jp/podcasting/7/7_1134442590.mp3★もう終わりましたが、札幌上映のプレ企画に、楽天仲間のロンさんをお誘いして、二人で行ってきました。「No US Base! Marines Go Homeの上映を成功させよう」 まよなかしんや トークライブ (1/27) ◇この企画のキャッチコピー ギター片手に、沖縄からの米軍撤去を訴え続ける、 あの!まよなかしんやさんがやってくる。 ◇まよなかしんやさんから ハイサイ!友ぐあの皆さん! 沖縄の民意を踏みにじった米軍再編「中間報告」、 日米合意「辺野古沿岸案」を撤回させ、 米軍を沖縄・日本・アジア・太平洋から追い出すために、 共に声をあげようではないか★かたきんは2月11日(土・祝日)18:15からの上映会に参加する予定です。 前売券を1,200円で販売中です。当日、劇場で会える方には1,200円でお渡しします。
2006年02月05日
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JIM-Net(日本イラク医療支援ネットワーク)で、「限りなき義理の愛作戦」という名の医療支援キャンペーンを行っているようです。イラクでの小児ガンや白血病の爆発的な増加は、さらに深刻さを増しています。興味のある方はのぞいてみてください。http://www.jim-net.net/■2月14日までに「限りなき義理の愛作戦」募金をしてくださった方には、JIM-NETから義理堅くチョコレートを差し上げます。一口500円の募金の内訳は、チョコレートなどのコストが約100円、残りの400円が子どもたちの一日の薬代です。■白血病の場合は、何種類かの抗がん剤を組み合わせて約3年間投与し続けます。これが化学療法です。白血病の中でも一番数が多いALL(急性リンパ性白血病)は13種類の薬が最低必要です。男の子の場合166週。女の子の場合は114週。そこでこの間に使う薬の値段をヨルダンの市価で計算し、単純に一日あたりいくらかかるか計算してみました。男の子では、353円 女の子では、381円です。 ■義理チョコセットの中身*イラクの子どもが描いてくれたイラストカードがついています*チョコレートはサロンド・ロワイヤルの高級チョコレートを使用 イラクにゆかりのあるりんごとアーモンドのチョコレートが合計4個入っています■義理チョコの使い方*素敵な子どもたちの絵とおいしいチョコレートをお楽しみください。JIM-NETサイトには、絵を描いてくれた子どもたちの写真とプロフィールが掲載されています。イラクはエデンの園があったところと言われています。その地が放射能に汚染されています。アダムとイブがりんごの実を食べてから、人間は過ちを繰り返すようになりました。戦争の無い未来が来るように、このチョコを食べて原罪を噛みしめましょう。 (以下略)
2006年01月31日
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