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【悲しみは…】 悲しみは時として避けられないけれどそっと受け入れて静かに解き放ってあげましょうそして喜びはやさしく受け入れて幸せをかみ締めながら自分のものにしてしまうのです 悲しみの数だけ喜びがあります 悲しみや喜びをありのままにうけとめることが大切なのですBGM: "NORAH JONES"DON'T KNOW WHY"
2007.11.30
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【精神一到何事か成らざらん】ありふれた毎日を繰り返しながら、2007年もあと30日足らずとなった。この一年も実にいろんなことが起こった。今、過ぎ去った日々を振り返って、失ったものと得たものについて考えてみる。レポート用紙の中央で縦に線を引き、その左側に失ったもの、右側に得たものを書き出してみよう。これまでの人生に比べれば、失ったものはさほど多くないかも知れないが、得たものについても、これといって喜べるほどのものもない。ある意味では失った分だけ何かを得ることができた一年だとも言える。今まで過ごしてきた中では、まあまあ平凡な日々が続いた一年であったのだろう。たいした災いもなく、マイペースでここまで来れたことに感謝しよう。過ぎてみればあっという間の一年なのに、いざ振り返ってみると、何があったのか、かすかな記憶を頼りに大まかなことを呼び戻すことはできても、その細部まではほとんど思い出すことができない。人間の記憶なんて本当にいい加減なものである。しょせん時間は過ぎ去っていくものなのだし、ちょうど電車の窓の外を流れていく風景のように、流れるままにしておくのがいいのだろう。しばらくたって、いやが上でも思い出さずにはいられないできごとだってあるはずだから。僕にとって新しい時代の始まりを予感させる2008年。平成に入って20年目という節目の年。平凡な日常とはかけ離れた未知の世界への憧れが、再び僕を旅路に招こうとしている。道祖神(どうそじん)に導かれるように、ふらりとそこに足を踏み入れてしまいそうな誘惑に駆られる。しかし、あえて僕はそれを拒むつもりはないし、そうしなければならない理由が特にあるという訳でもない。何かを失うことを恐れずに、何かが得られるという特別な期待感を抱くことなく、明日という日に向かってひたすら突っ走る。そうすることが今の僕に一番ふさわしい生き方だと言い聞かせるなら、道はおのずと開けるだろうし、僕が求めている「新天地」もきっとどこかに見つかるはずだ。心をピュアな状態にして、明日を夢見る。感動を求めて、失われた時間を呼び戻すために、僕はまた旅人に戻らなくてはならない。確かに、刻一刻と僕の旅立ちの時は迫っているのだ。さまざまな可能性を秘めた「明日」が、毎日やってくるというのに、これまで僕はそのチャンスをいくつも見逃してきてしまった。何と悲しいことであろうか。「明日」に流されることなく、自分の意志で前進しよう。僕は決して「さまよえる子羊」ではない。ただ、自ら求めてさすらい続ける「気ままな風」になりたいだけだ。"Where there's a will, there's a way(意志のあるところに道は開ける)."僕は自分の意志が求める道を信じよう。人に助けを求めたり、誰かを頼りにしたりすることは、今はもうできないのだから。誰かのためにではなく、自分自身のために、自分が見つけた一本の「道」をたどっていく。2008年はそんな一年でありますように…。 (Photo: Grand Teton National Park, Wyoming 1991)
2007.11.29
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【睡魔2007】 猛烈な睡魔が襲ってくる。ノートパソコンをひざの上において、意識と無意識の狭間を行ったり来たり。 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ 何をやってんだか。 ディスプレイ上を同じ文字が埋め尽くす。集中力が切れ始め、やがて思考力も奪われていく。まどろみつつも、睡魔との闘いに勝たねばならない。日付が変わる。昨日の自分ではない。今日の新しい自分。今は意志の力だけが頼り。睡魔との闘いに打ち克って、初めて今の自分を乗り越えられる。人生とはかくもシヴィアでタフなもの。戦士の休息はまだ来ない。生きている限りこの闘いは続く。粘る 頑張る 踏ん張る睡魔ごときに負けてはいられない。
2007.11.28
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【華麗なる光の舞い】 1994年に旅した夏のアラスカは白夜の季節。一日太陽が沈まないため、太陽は東から西へと水平移動する。 しかし、夏が終われば、季節は短い秋を経て一気に冬へと。太陽はなりを潜めたまま、しばらくは姿を見せることのない暗黒の季節。しかし、この時期、美しい光のカーテンが、永遠に続くかとも思われる漆黒の夜を華麗に彩る。 「オーロラ(=Aurora)」「ノーザン・ライツ(北方の光=Northern Lights)」とも呼ばれる光のマジック。僕はまだ一度も実物を見たことがない。一度見れば人生観が変わるであろうとも言われている。 変幻自在に光は舞う。その華麗な舞いは誰のためのものでもない。それはきっと、この宇宙を創りあげた神に捧げるためのものなのだ。 光は歌い、光は戯れる。 闇夜は光の美しさに惑わされ、光は闇夜にかどわかされる。 それがタイガとツンドラの原野に太古の昔から繰り返されてきたドラマ...。
2007.11.27
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【タフでクールな生き方とは…】 定期考査一週間前。この時期大変なのはテスト問題作成。切羽詰ってみる夢はいつも同じ。テスト当日になって、まだ問題が完成していない...というショッキングなもの。 自分が高校生の頃によくあったこと:テスト前日、 机に向かって一生懸命勉強したつもりが、机の上で目が覚めて、単に勉強していた夢を見ていたというだけだったという結末。 テストを作らなければならない時期に限っていろいろと忙しくなってくる。まだ大学入試は続いているので出願準備にかかっている者もいる。 ひとつのことに集中したくてもなかなかできないという葛藤。午前6時から深夜0時までの勤務。それだけの時間がありながら、したいと思うことはほんの少ししかできない。やるべきことをひと通り終えたとしても、次から次へとやらなければならないことが洪水のように押し寄せてくる。仕事とはそういうものなのだ。 集中力がモノを言う。いざという時に一気にことを片付けてしまう能力が必要だ。 気分や感情次第で動いていても何のプラスにもならない。私情を挟めばそれだけ効率が悪くなる。 男は、クールでなければ生きていけない。タフでなければ生きている資格がない。昔、誰かがそんなことを小説に書いていたっけ。そう、ハードボイルドに生きること。今なすべきことに全力であたること。諦めなければやれることがいくらでもあるってことだ。 (Illustration: "hill climber" by Kay.T)
2007.11.26
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【いつもいい風が…】年にふさわしく風にふさわしく病気の時は病気のままに元気な時は元気なままに走りつづけようと思いますそしていつものあいさつですが走る人にも走らない人にも走れない人にもいつもいい風が吹きますようにありがとう …「気分はいつもトライアスロン」高石ともや(ランナーズ)から******フォークシンガー高石ともやさんは知る人ぞ知るスーパーランナーでもあり、トライアスリートでもある。今年66歳という年齢が信じられないほどに若々しい人である。今日も伊賀上野シティマラソンのゲストランナーとして10キロに参加された。わが教え子のKくんが、最後高石氏と一緒にゴールし、49分54秒の同じタイムで手をつないでゴールしたらしい。今の高校生には余りなじみのない高石氏だが、その実、恐るべきスーパーランナーであるということは否めない。サロマ湖100キロマラソンや阿蘇カルデラ100キロマラソン、揖斐川マラソン、ホノルルマラソン(今年31回連続出場)と、全国あちこちに現れて、多くのランナーとの交流を持たれている。マラソン大会の会場や沿道でギターを爪弾きながら声援をかねて歌ってくれている。その気さくな人柄の中には、恐るべき精神力を秘めているのだと思う。彼がたどってきた轍(わだち)を見ていただければその凄さが分かる。並みの人のように見えて、その実超人的な偉業を成し遂げられているのだから。30代半ばでフルマラソン2時間45分台を記録されているのもすごいのだが、歳を重ねるにつれて彼のチャレンジはエスカレートしていく。48歳でウエストフィールドラン(オーストラリア1018キロ)、52歳でトランス・アメリカ・フットレース(ロスアンジェルス~ニューヨーク4700キロ)をいずれも完走している。言葉で書けばたった数行の記録かもしれないが、30歳で京都~東京500キロあまりを走った自分自身の経験からすると、この二つの記録は彼の年齢から見ても怪物的である。走ることを通じて命は平等であることを氏は唱えている。マラソンを辛いもの・苦しいものと思う人がいる。確かにそれも一部正しいのかも知れないが、辛く苦しいだけのものではないということだけは確かだ。辛く苦しいと感じるのは人生も同じ。楽しいこともうれしいこともきっとある。自然体…ありのままに生きる。生きていくうえで同じ日は二度とやってこない。毎日いろんなことがあるけれど、それを快く受け入れてみよう。走っていればいろんな時がある。脇腹が痛くなったり、呼吸が苦しくなったり、足が動かなくなったり…。そうかと思えば、素晴らしい風景に出くわしたり、予期せぬ出会いがあったり、自分の意外な可能性に気づかされたり…。「いつもいい風が吹きますように…」常に誰かにそう祈ることができる自分でありたい。(Photo: 高石ともや氏と 1993年ホノルルマラソンの完走パーティ会場にて) しなやかな身体にしなやかな頭脳…40を過ぎても細胞の若さは保てるはず…(1992年ABC篠山マラソン)。*2006年11月30日の記事を一部つかっています。
2007.11.25
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【一念発起】惨憺たる結果となってしまった伊賀上野シティマラソン10キロ。原因はウェイトオーヴァー。通常よりも2キロは増えてしまったこと。月間走行距離は100~120キロ。サブスリーで走っていた頃は200~300キロは当たり前だった。体脂肪率は現在も7~9パーセントと変わらないのだけれど、肉体の細胞組織はかなりレベルダウンしているはず。歳のせいにだけはしたくない。睡眠不足でモチヴェイション低下。気力が衰えれば体力も低下する。たるんだこの身体に喝を入れなければなるまい。年末にはまた夜通しランをするつもりだが、今の体力では途中リタイヤや肉離れで走れなくなったりしかねない。ウェイトトレーニングもこなしていくべきだし、通勤ランニングで走行距離を増やすことも考えなければ…。来年2月の木津川マラソン(フル=42.195キロ)に再起をかけよう。そんじょそこいらにいる、ただの中年オヤジではないってことを自らに証明してみせよう。 *写真:完走後…教え子のK本くん(左)とY口くん(右)
2007.11.25
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完走しました。過去最悪の43分42秒でした。年代別14位、総合では完走者501名中57位です。高石ともやさんのコンサートがありました。
2007.11.25
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高石ともやさんのトークです。
2007.11.24
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開会式が間もなく始まります。
2007.11.24
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【幸せについて語るときに僕の語ること】 昨日は寮勤務が午後6時までだったので、家に帰って思いついたこと。「風呂に入ろう」 1994年6月、アラスカ北極圏を自転車で旅していた(写真上)。タイガとツンドラの原野を走り続ける中、町もキャンプ場もないところを黙々と走り続けた。熊や鹿やリスにお目にかかることはあっても、人と会うことはほとんどない。 ようやくキャンプ場が見つかって50数時間ぶりに浴びた暖かいシャワー...感激だった。生きていることを心から喜べる瞬間...。 最後に浴槽にお湯を張ったのはいつのことだったろう?おそらく今年の3月ごろ?だとすればもう8ヶ月もお風呂につからずシャワーだけの生活だったわけだ。寮の勤務をしていて午前0時や1時過ぎに帰宅して、お風呂にお湯を張るのはいいが、気がつくと朝になっていて、浴室が水浸しになっていたこともあった。あるいはお湯に使ったまま3時間くらい眠っていて、湯船に「ドボン!」と頭まで沈んで溺れかけたことで目が覚めたり...。そんなこともあって、ほとんどシャワーだけの生活が続いていた。 久々のお風呂、乳白色の入浴剤を入れる。芳しい薫りとすべすべ感が心地よい。 癒される時間は必要だ。どんな些細なことでも、それを喜べるようになれば幸せな時間はいくらでも持てるようになる。逆に、いろんなことに不満を抱えていては自ら不幸の種を蒔くようなもの。マイナスのエネルギーはマイナスしか生み出さない。マイナスさえプラスに変えられるエネルギーを内に秘めておくのがいいのだろう。 湯船に肩までつかりながら、いろんなことを考える。と同時にいろんな人のことを思う。 この人生、多くの方々に支えられここまでやってきた。またこれからもいろんなところで支えられることだろうし支えていかなければならない。 人を幸せにすることが自分の幸せと言えるように...。 ******* 「幸せですか?」と聞かれたら、「今、幸せに向かっている途中です」と答えるようにしています。なぜなら、幸せはいつも努力する人の一歩先にあるからです。
2007.11.24
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【クリスマスまであと1ヶ月】 今日は勤労感謝の日。なのに寮勤務だけはちゃんとあるんですね。朝1時間走って、オーヴァーウェイト気味の体を少しだけ絞りました。全盛期から比べると5キロ近く重くなっています。食事量は変わっていないから、運動量が睡眠時間と比例して減っているということでしょう。年末まで休みなしで突っ走ることになりそうですね。期末考査が近いので、寮監室でテスト作りに励みます。その傍ら、YouTubeでクリスマスネタを探してたら、あるわあるわいろんなものが…。懐かしの「ミスター・ビーン」いつ見ても笑えます。クリスマスのイルミネーション、こんなことやってるお家もあるんですね。街はどこもかしこもクリスマスモード。クリスチャンでもないのにやたらクリスマス クリスマスってこの国は一体…。それでも来るべきお正月を前に、少し安らかで平穏な気持ちになるためには、このクリスマスというのも必要なんでしょうね。クリスマスの定番をいくつか…。Mariah Carey "All I Want for Christmas Is You" Wham "Last Christmas" 山下達郎「クリスマス・イブ」稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」松任谷由実「恋人がサンタクロース」 坂本龍一「戦場のメリークリスマス」 寒さが日増しに厳しくなってきました。皆さんも風邪など召されませぬように…。(Illustration: Kay's Santa Claus)
2007.11.23
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【ナベ!なべ!鍋!】お昼の給食は「きりたんぽ鍋」でした。 寒い冬にはやはり鍋が最高。全国に給食の出る学校は多々あれど、昼間っから鍋が食べれる学校はそうないでしょう。一人用の鍋で食べます。なべだと食事中の会話も弾みます。餃子(ぎょうざ)とデザートのフルーツがついていました。 食堂の窓にこんな飾りつけも…。 こんなのもあります。 平和な午後には鍋がある。 いやぁ~鍋って本当にいいものですねぇ(水野晴郎風に…)。
2007.11.22
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【ゴールは笑顔で】 マラソンをずっと走ってきて、守ろうと決めてきたことがある。「ゴールは笑顔で」どんなに苦しくてもそれを顔には出さない。苦しいときほど笑顔を浮かべればいい。そうすると不思議と苦しみが勝手に消えていくもの。苦しいのは苦しいと感じている肉体だけであって、頭も心もそれを無視すればいいだけのこと。苦しみから逃げるのではなく、いったん苦しみを受け入れて、それを自分の外に出してあげるのだ。「ゴールは笑顔で」ゴールで待ってくれる人のためにも精一杯の笑顔を用意しておこう。 (Photo: Honolulu Marathon 1987)
2007.11.21
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【伊賀上野シティマラソンまであと5日】今週末、地元伊賀市で開催される「伊賀上野シティマラソン」まであと5日。今年はゲストランナーにフォークシンガーの高石ともや氏を招く予定だそうだ。毎年勤務している学校から集団でエントリーしている。昨年2006年も100名近くの中学生・高校生を引率した。今年も120名あまりが出場するということで、大会事務局から「団体賞(ひとつの団体から最多数のランナーが出場している組織・集団に贈られる)」を受賞する予定だ。 伊賀市は旧上野市。市町村合併で6年前に誕生した。「忍者の里」ということで、忍者スタイルで走るランナーも多い。大会のアトラクションとして「忍者ショー」なども企画されている。観光地としても、伊賀上野城、忍者博物館、松尾芭蕉生家など見所がたくさん。 10キロにエントリーしているが年々タイムは落ちてきている。睡眠不足がモチヴェイション不足となり、練習もろくにできぬままスタートラインに立つ破目に。それでも見慣れた町並みをバックに走るのは気持ちがいい。教え子たちが沿道で応援してくれるのもありがたい。 マラソン大会に出場することで、 20代の頃はどれだけタイムが短縮したかで喜んでいたが、40代の今となっては、衰え行く体力をどれだけ維持できているかを知るきっかけとしている。 2月には京都木津川マラソン(フル=42.195km)にエントリーしている。一体いつまで走れるか分からないが、二本の足が動く限りは走り続けよう。 年末、またPEACE RUNを企画している。昨年末は名古屋の熱田神宮から伊勢神宮までの(推定距離)120km、睡魔と闘いながら29時間35分を走り続けた。雪が降ったり、積雪の中でペースが上がらず難航したり、足を痛めたりとハプニングが絶えなかったが、走り終えた時はほっと一安心。 チャレンジの中に喜びがある。苦しいのは当たり前、生きているから感じられる苦しみや喜び。世の中の全てをありのままに、寛容に受け入れること。逃げも隠れもせず、正々堂々と走り続ける生き方に今はこだわり続けよう。
2007.11.20
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【猫ちぐら】猫好きの方必見!夏涼しく、冬暖かいというこの「猫ちぐら」。asahi.comのニュースで見て初めて知りました。この「猫ちぐら」は新潟県関川村の特産物のひとつだったんですね。「猫ちぐらの会」なる組織もあるようです。自分自身は猫を飼ったことがありませんが、こんな猫さま専用のお家があるとそのために猫を飼いたくなります。以前紹介した「猫なべ」も可愛かったですね。猫は飼い主になつくよりもその飼っている家になつくと言われます。猫を飼っておられる方、ぜひこの「猫ちぐら」おひとついかがですか?全て手作り(職人19人で1年に500個作るのが精一杯ということですが)なので、1万円程度(1匹用1万2千円、2匹用1万4千円)の値段はそう高くはないと思いますが…。しかし、現在は注文してから手に入るまでに1年かかるということです。
2007.11.19
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【KY】季節風が冷たい一日でした。木枯らしが勢いよく吹けば、乾いたアスファルトの道をカラカラカラと音を立て枯葉が飛ばされていきます。どんよりとした灰色の空は見るからに冬のそれ。11月もあと10日あまり。師走が間もなくやってきます。年賀状、来年のカレンダー、クリスマス、大掃除...と師走の風物詩もこれから次々にやってくるのですね。 「2007 ユーキャン新語・流行語大賞に60語ノミネート」 というニュースを発見。テレビを見ない人間なので、その時々で何が流行っているのかというのはさっぱり分かりません。テレビを良く見ている人の情報を頼りにするばかりです。流行語と言われてもほとんどピンとこないものですその流行語大賞の候補のひとつ、「KY」 これも教え子の女の子の一人から教えられたもの。「KY」=「空気を読めないヤツ」場違いな行動や発言をして他人に不快感を与える人間はどこにでもいるもの。 そんなあなたに空気読み力テスト というのがありました。ぜひお試し下さい。ちなみに私の空気読み力は 39(Bクラス/軽度KY=空気読めない)でした。 (Illustration: a runner and fallen leaves)
2007.11.18
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毎年2月第一日曜日、木津川マラソンに参加しています。例年、自分自身はフルマラソンを走りますが、勤務している日生学園の生徒を連れてボランティアとしても参加させていただいています。そういった縁もあって、今日は京都木津川マラソン25周年を祝う会に招待されました。この四半世紀の歴史を振り返りながら、大会を支えるスタッフの方々のいろいろな苦労話も聞かせていただきました。手作りの大会ゆえに、さまざまな問題やトラブルを乗り越えてここまで来たのだということを知らされました。自分の左隣には衆議院議員、右隣には京田辺市教育長が座っておられます。自分自身も「25周年に寄せて」ということで一番にスピーチをさせてもらいました。 ランナーと主催者、そしてボランティアが一体化することで、大会は命を持った生き物のように成長していきます。25年という歳月をかけて築いてきた伝統も、これからさらに新しいものへと変わっていこうとする今が真っ最中なのでしょう。裏方というのは普段見えないところで活躍されている方ばかり。今日は貴重なお話がたくさん聞けました。マラソン大会の舞台裏を垣間見ることができる貴重なひと時でした。
2007.11.17
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記念レセプションで京都まで来ています。
2007.11.17
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今年一番の寒さです。 車の屋根も凍りついています。
2007.11.16
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【今という時間に】その夢から覚めた瞬間、僕はもう旅人ではないということを確信せざるを得なかった。誰もいない砂漠のハイウェイで、灼熱地獄とのどの渇きに苦しみながら、ひたすらペダルを踏み続ける夢だった。妙に寝苦しい夜だった。寝る数時間前にコーヒーを一杯飲んだせいか、カフェインが刺激となったのだろう。トイレに行ってからもう一度眠りにつくと、僕は再び旅の空の下にいた。現れる風景はすべて見覚えのあるものばかりだった。それは間違いなく僕がいた場所であり、僕が走った道だった。現在から過去を振り返る時、いつも僕は自分がいたその時代に、何か大切な忘れ物をしてしまったかのような錯覚を覚えてしまう。あるいはそれは、時間という形のない世界で、僕という形を持った一個の人間が残してきた轍(わだち)なのかも知れない。47年間生きてきた中で、僕は一体何を残してきたというのか。そしてこれから30年ばかり生きるのだとしたら、一体何を残せるというのだろう。そんな風に考えると、自分の未来はあまりにも不透明すぎる。この不透明な空気の中で、もっとも確実なのは、自分が今ここに存在しているということではないのか。夕暮れの小道を男は一人、黙々と走っていた。僕にとって、彼はひとつの風景に過ぎなかった。とすれば、彼にとっての僕もまた単なる風景でしかないのだ。風景としての僕、僕という風景…。ひとたび風景に溶け込んでしまえば、僕は自分を取り巻くすべてのことを許せそうな気がした。そんな風にして、自分自身を風景としてとらえることも、まあ悪くない、と僕は思った。「現在」を生きている僕は、「過去」という時間の中に含まれている。そして同時に、「未来」の自分自身もまた現在の中に含まれるのだ。過去・現在・未来…。一連の時の流れの中で、人はさまざまなドラマを繰り広げる。だが、一分一秒を惜しんだところで、過ぎ去った時間を取り戻すことはできない。過去は永遠に過去のままなのだから。それゆえに、僕はいつも自分自身に問いかける。「今、自分に何ができるのか、何をすべきなのか?」夕日でオレンジ色に染まる西の空を背に僕は走っていた。風が少し冷たかったけど、しゃきっと背筋を伸ばしながらどこまでも走り続けた。頭の中を空っぽにして、でも空虚な気持ちではなく、誰よりも心をピュアな状態にして…。依然として僕は風景の一部を…意図的ではなく、意識的に…演じていた。風景としてどれだけサマになっていたかは分からない。単に風景を構成する一要素であってはだめなのだ。風景というひとつのフレームの中にあって、その枠から決して切り離せない存在になることが僕の理想だった。やがて日は沈む。僕は、晩冬の冷たく乾いた空気に包まれ、風のように軽やかに宙を舞う。いつの間にか…僕は風景に溶け込み、風景そのものと…なった。 *Photo: Nullabor Plain, Western Australia 1995*Illustration "sunset rider" by Kay.T
2007.11.16
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【ほんのささやかな安らぎを今】僕は秋に生まれた。だから僕は秋が好きである。秋に生まれたことと秋が好きだということの間には、何ら特別な関係がある訳でもないが、それでも一年に一度訪れてくる秋を、自分の生まれた季節として愛おしく感じるのだ。秋という季節は、どういう訳か人をセンチメンタルな気分にするものらしい。やがて、季節がつらく厳しい冬に変わろうとする中で、人々の心の中にも何らかの変化が起こり始めているのかも知れない。「ほんのささやかな安らぎを求めて、今しばらく自分だけの時間を楽しもう。五感を研ぎ澄ましていれば、目に見えないものが見えてくるし、今まで聞こえなかった何かを耳にするに違いないから」晩秋の風は、僕にそんなことを言っているようにも聞こえる。朝起きて一番に飲む緑茶がおいしい。僕もそう感じるのにふさわしい年頃になった証拠だろう。(Photo: 嵐山サイクリングロード 1983年)
2007.11.15
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【あなたはもう忘れたかしら... 】「神田川」 by 南こうせつとかぐや姫 あなたはもう忘れたかしら 赤い手拭マフラーにして 二人で行った横丁の風呂屋 一緒に出ようねって言ったのに いつも私が待たされた洗い髪が芯まで冷えて 小さな石鹸カタカタ鳴った あなたは私の体を抱いて 冷たいねって言ったのよ若かったあの頃 何も怖くなかったただあなたのやさしさが 怖かった あなたはもう捨てたのかしら24色のクレパス買って あなたが書いた私の似顔絵うまく描いてねって言ったのに いつもちっとも似てないの窓の下には神田川 三畳一間の小さな下宿あなたは私の指先見つめ 悲しいかいって聞いたのよ若かったあの頃 何も怖くなかったただあなたのやさしさが 怖かった ******* 1970年代初期と言えば、フォークソング全盛時代、まだニューミュージックというジャンルもなかったので、歌謡曲と区別するために「フォークソング」という言葉が使われていた。そして、この「神田川」が1973年のヒット曲ナンバーワンだったのだが、あれからもう既に34年たっている。この曲をリアルタイムで聞いていて今も歌える世代は、40歳以上であろうか。 あの頃は、長髪とベルボトム(膝から裾にかけてベル=鐘=のように広がっている)ジーンズが流行っていた。誰もがフォークギターで拓郎(吉田拓郎)や陽水(井上陽水)、アリスやかぐや姫を弾いたりしたものだ。テレビでは「俺は男だ!」とか「われら青春!」などの学園もの・青春ドラマが好評だった。高校の英語教師役の中村雅俊に憧れた私が、とりあえず英語教師の道を歩むきっかけになったのもこの時代のことだった。 あれから34年...忘れてしまったことなど恐らく数え切れないくらいほどあるだろう。振り返れば、様々な記憶が僕の脳裏を掠め、ふとしたことがきっかけで、思い出す必要のないことまで思い出してしまったりして、妙に感傷的になったりするものだから仕方ない。 「あなたはもう忘れたかしら...」のメロディは、そんな30年という年月の重みをしみじみと感じさせてくれるものであるには違いない。人はたぶんその人生の後半を、失われた時間を穴埋めするのに費やしているのではないかという、最近そんな風に感じるのは、自分があまりにも急に歳をとってしまったせいなのだろうか。 YouTube 「神田川」(Illustration: Time Runner)
2007.11.14
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【日々全力前進】 今の人生のあり方が、今後どんなふうになっていくのか、考えていかなければならない。現状維持ではなく「今が常にベスト」の姿勢。それは言い換えるなら、未来が「今よりもベター」を目指さなければならないということ。 変化することを恐れてはいけない。ひとつひとつ節目ごとに何かが改善されていくなら、いろんなものごとが、今の時点が最善の状態になっているはず。「昨日よりも今日、今日よりも明日。日々全力前進」をポリシーとして、ひとつひとつ事にあたっていきたいもの。
2007.11.13
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【Time flies...】 大阪府立羽曳野高校第6期生3年4組同窓会に参加した。男子が10名、女子が36名の文系クラス。うれしいことに担任のM先生も参加された。だが、悲しいかな。クラスメートの男子10名の内二人は既に他界していた。最後に参加したのが大学4年生の時だったか、卒業して一年目だったのか、昨日になってその辺の記憶が定かでない。24年ぶりか25年ぶりということだ。 同窓会開始15分前、期待と不安が入り混じった複雑な気持ち。 期待...ずっと会っていなかった友達に、もし今回会えたら、あの話もしようこの話もしようというわくわくした気持ちがあったり...。憧れだったあの娘はどんな風に変わっているだろうか、とも思ったり...。 不安...訣別したはずの20数年間の過去を無理に引っ張り出されて、目の前に突きつけられるような、ある意味残酷な瞬間を予感していたり...。 そしてついに、四半世紀を経て仲間との再会を果たす。みんなはすぐに自分のことに気づいてくれた。「ぜんぜん変わってないやん」「わっかい~」「だいぶやせたんちゃうん?」などのコメントが飛び交った。 居酒屋の会場に入り、アルコールが回るうちに誰も彼も饒舌になる。2年前と6年前にも同窓会があったのだが自分は参加していなかった。毎回、自分のことが話題にのぼっていたらしい。今回の参加で、多くの仲間が歓迎してくれて、みんなが温かい言葉をかけてくれた。話は30年も昔にさかのぼったり、近況報告になったり、忘れかけていた多くの記憶が蘇ってきたり、非常にプライヴェイトな話題になったり...。時間はあっという間に過ぎていく。 二次会にも参加することになり、気がつけば伊賀上野に帰る最終電車はなくなってしまっていた。いいさ、実家に帰れば予備の布団はある。久々に歌ったカラオケ。70年代80年代の思い出のメロディが胸にジンと来る。いつの間にか、その場にいたみんなが18歳に戻っていた。18歳の頃よりも18歳らしく見えた。 歳月という目に見えぬヴェールをまとっても、あの頃の魂は自分の内に秘められたままどこにも行かなかったのだ。この29年間のしがらみや、何か複雑に絡み合ったものがあったのだろうけど、それらは一瞬にかき消されて、18歳の頃の、世間知らずではあったけれど、無垢で純粋だった自分に帰っていた。肩を組んで歌い、写真を撮り、再会を心から喜ぶ。仲間がいてくれることのありがたさ。どれだけ時代が隔たってしまっても、どれだけ辛く苦しい時期があったとしても、その時の自分を、あの18歳の時のままの自分と同じように受け入れてくれる、そんな仲間...。死ぬまでに、この素晴らしい仲間に、あと何回会えるのだろう、そんなことまで考えてしまった。 同窓会とは過去の特定の時代に戻るための「どこでもドア」みたいなもの。ふと開けてしまったドアの向こうに、忘れかけていたたくさんの思い出のたっぷり詰まった世界が見える。僕らはそんな時代の主人公となって、ドアの反対側で未来の自分たちが見ているのにも気づかず、一生懸命に生きている。馬鹿なこともつまらぬこともたくさんしてきた。泣いたことも笑ったことも怒ったこともあった。でも、過去にどんなことがあっても、すべてを受け入れてきたおかげで今の自分があるのだから。6時間をともに過ごした。再会を誓って別れを告げる。 この6時間が、29年という月日の重みを感じさせてくれる時間であったことは否めない。そして、この6時間が、今の自分に活力を与えてくれたことも確かなこと。わが仲間たちの心の内に秘められた永遠の18歳に乾杯!
2007.11.12
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今から同窓会です。 記憶が正しければ24年ぶり…かな?
2007.11.11
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【年間3万人の自殺者を記録する国、日本 PART2】自殺、9年連続3万人台 「2割削減目標」 政府白書2007年11月09日22時08分 asahi.com政府は9日、自殺対策白書を初めてまとめた。2016年までに自殺者数を05年比で2割以上減らすことを目標に掲げ、相談体制の充実やインターネット上での自殺予告への対応、精神疾患診断技術の向上など46項目の重点施策を打ち出した。 警察庁によると、自殺者数は98年に初めて年間3万人を突破し、9年連続で3万人台だ。白書では、26年から40年までに生まれ、戦前・戦中に青少年期を過ごした世代が他の世代に比べて自殺率が高いことに注目。この世代の高齢化を要因のひとつと分析し、「高齢者の自殺がこれまで以上に深刻な問題となる恐れがある」と、対策の必要性を強調している。 重点施策としては、児童や生徒への自殺予防教育、多重債務者向け相談員の資質向上、介護者への支援などを掲げた。 *ニュースソースはコチラ *関連ニュース男性の自殺、女性の2.5倍 初の「自殺対策白書」*関連記事「年間3万人の自殺者を記録する国、日本」*******池袋のパルコから飛び降り自殺をした女性(25)の巻き添えを食らって渋滞になっていたた男性(38)が亡くなられたという。本当に気の毒な話である。飛び降りるのなら下を良く確認すべきだし、飛び降りて死ぬにもあえて誰かを巻き添えにするとか、誰かに自分の死に様を見て欲しいとか、そんな気持ちがどこかにあったのだろうか?政府は自殺者の削減を2割以上減らすというのだが、これは見方を変えれば、あとの8割弱は見捨てるということなのであろうか。「自殺者0(ゼロ)の社会」を作ろうという発想が生まれてこないのが何とも言えない。国がこんな考え方をしているようでは、きっと自殺者は減るどころかますます増えてくるのではないかという危惧さえ感じる。年間の交通事故死者が約1万人。交通事故死者数は道路交通法の一部改正でかなり削減されている。だが、その3倍の3万人が9年連続して自殺する国、それが日本なのだ。1998年以来30万人近くが自殺で死んだことになる。「自殺サイト」なるものまでもがインターネット上にあり、死ぬときも仲間を見つけて一緒に死んでいくという不思議な国。海外で旅に出てあちこち放浪する中で学んだこと、自分の命・自分の健康・自分の所持品は自分で守るということ。誰かをあてにしたり、頼りにするというのは実際にどうにもならないことが多い。「誰かが何とかしてくれるだろう」などと甘い考えでいたのでは、誰もどうにもしてくれないことが分かった時に落胆するだけだ。生きる力は幼い頃からの経験で身についてくるもの。大人になって分かる部分もあるかも知れないが、急に身につくことなどまずないと思う。古来から日本人が培ってきた精神の、いくつかの大切な部分が今失われつつある時代。「死ぬ気で頑張れ」人からそう言われて頑張ったのだが、思うような結果が出ずに、本当に死んでしまう者がいるというのだから、うかつにそんなアドヴァイスもできない。命の尊さを学び、自然の偉大さを知り、生きる(生かされている)ことの素晴らしさを悟る。不満をたれることなく、ただ生きていることだけに感謝する。確かに、生きているそれだけでももうけものなのだから。今宵、Louis Armstrongの"What a Wonderful World(この素晴らしき世界)"を聞きながら、芋焼酎のお湯割りでも呑みたい気分である。(Illustration "Dancing in the Moonlight" by Kay)KAY'S ART GALLERY
2007.11.10
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【山茶花(さざんか)】 ♪さざんか さざんか 咲いた道 たきびだ たきびだ おちばたき♪「たきび」の歌を思い出したのはサザンカが咲いてたから。冬枯れのもの悲しげで、どことなく寂しさの漂う道端で、鮮やかなサザンカの花を目にすると、なぜかあたたかな気持ちになります。一見すると、サザンカの花は、ツバキの花とそっくりでよく間違われるのですね。でもこの二つ、花の散り方においては全くの別物。足元を見ればどちらかは一目瞭然。ツバキは花ごと潔く散りますが、サザンカは花びら一枚ずつ散ります。 風に吹かれても雨に打たれても、最後の一枚まで残ろうとするヴァイタリティ(=生命力)のようなものを感じます。そんな生き様からか、サザンカの花言葉は、「困難に打ち勝つひたむきさ」。寒い季節の花だけに、花言葉にも力強さが込められているような気がします。 こちらが椿の花…なるほど山茶花によく似ています
2007.11.09
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【遊び心】お子様ランチにそっくりなUSBハブとかUSBメモリとか超神合体と言えるのかもしれません。ソリッドアライアンスが、上記写真のような製品を発表しました。...えーっと、これは、USBハブとUSBメモリです。ケチャップライスがUSBハブで、エビフライ、ハンバーグ、カニ爪フライ、プリンはUSBメモリで、その4つのUSBメモリがケチャップライス型USBハブにブッ刺さってるという、そういう製品でございます...。*msnデジタルライフのページから…ニュースソースはコチラ ******* 先日難波のビックカメラを訪ねたら、USBメモリのコーナーに、にぎり寿司やエビフライの形をしたものが置かれていた。 ありきたりのものでは満足できない人のためのグッズなのだろう。珍しの好きの人なら、「話のネタに一つ買ってみよう」と思ってついつい買ってしまうのかも知れない。こういう買い物をする時には、「欲しいから・必要だから買う」というよりも、「ひとつは持っておこう」とか「買っておいて悪くはない」という心理が働く。商品を売る側も、製品を作る側も、売れる方法を考えないといけない。客の購買意欲を効果的に刺激するには、客の心理も学んでおくべきなのである。 自称浪費家の自分もそんな風にしてずいぶん物をためてきてしまった。なくてもいいもの・余分なものも相当数たまってきている。結婚する前にかなりいろんなものを捨て(させられ)た。今はもう別れてしまった妻に、泣く泣く捨てざるを得ない状況を余儀なくされたのである。最低限のものを選択して物を増やさない努力をこれからもしていく必要がある。さてお子様ランチの蝋細工(ろうざいく)のようなこれらのグッズ、実用性は高い、とは言えないかも知れないが、大人の遊び心をくすぐるものがある。その昔、大阪難波の道具屋筋で、ショウウインドウに並べたりする寿司やプリンなどの蝋細工を結構高い値段で買ったことがある。部屋の飾りにするにはずいぶんな金額だったような気がするが、今も健在である。遊び心があれば、いろんな楽しみ方ができる。心の余裕・ゆとりがなければ遊び心も生まれてこない。あらゆる芸術や文化といったものも、もとは大人の遊び心から生まれてきたものではないか…と今は思う次第である。それにしても、いろんなモノやガラクタがひしめきあふれた我がお部屋…何とかしないと…。
2007.11.08
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【秋風の薫り漂うモン・ロワイヤル・パーク 】 モン・ロワイヤルパーク、モントリオール(カナダ)1994年10月 カラフルな秋を演出するものは数多くあれど、街行く若者のありきたりのファッションなんかよりも、やはりヴィヴィッドな天然色に彩(いろど)られた自然界のキャンヴァスに魅せられてしまう。鮮烈な空の青をバックに山々の紅葉の情熱的な赤が燃える。本当に山が燃えているのではないかと思わせるくらいの激しい色合いだ。 モントリオールのダウンタウンから北へ少し上がったところにその公園はあった。山そのものが公園なのか、公園そのものが山なのか、そんなことはどちらでもいいのだけれどとにかく広い。この街のフレンチカナディアン(フランス系カナダ人)たちの憩いの場として、あるいは恋人たちの語らいの場として、この広大な自然公園はなくてはならない存在だという。 長い階段を上がっていく途中にも、色とりどりの葉をつけた木々のトンネルが訪問者たちを迎えてくれる。気温は15度前後。階段を上りつづけていると息も上がり、全身にじわじわと汗をかき始める。 山の中腹を過ぎた辺りでベンチに腰かけて、ミネラルウォーターでのどの渇きをいやす。リスがチョコチョコ走り回って、ふと止まった瞬間に僕と目が合った。2本足で立ったままじっとして、何か物欲しそうな目でこちらをじっと見つめている。その目があまりにも愛らしかったので、僕はデイパックからマフィンを取り出して小片を彼の前に放り投げた。彼は前足でそのマフィンを支えながら、実に鋭い歯で嬉しそうにかじり始めた。"Merci, Monsieur(メルシー、ムッシュー)."とその目が語っているように思えたのでもう一切れ...。 リスは僕のベンチまで近づいてきてさらにおねだりを続ける。自然界のバランスを崩すような行為は慎むべきだったか、と思いつつ、最後の一切れを差し出して彼に別れを告げた。 階段のない地道の遊歩道がいくつかあり、要所要所でそれらが階段の正規ルートと交わっている。ウォーカーやジョガーはもちろん、マウンテンバイカーも颯爽(さっそう)としたスタイルで現れる。それが親子連れであったり、愛犬とその主人であったり、夫婦や恋人同士のカップルだったり...。自然とともに楽しむ相手がいるなんて素敵だなあと思いつつ、僕はここにひとり、6月1日に始まったカナダ横断自転車の旅(アラスカ、アンカレジ~ケベック9,307km)を数日後に終えようという今、平和な午後の公園でゆったりとした時間を過ごしている。 やがて公園の頂上へとたどり着く。モン・ロワイヤル山は街の中にあって、すぐ近くまで高層ビル群が迫っている。とはいってもニューヨークや東京ほどゴミゴミはしていない。ビルの向こうを流れているのはサン・ローラン河。この河の行き着く先が大西洋、そして今回の僕の旅の終点となるケベック市がそこにあるはず。 (モントリオールで拾ったカエデで作ったカナダの国旗) 空はどこまでも青く、カナダの国旗にもあしらわれている真っ赤なメイプルリーフ(カエデ)を一枚拾って太陽に透かしてみた。故郷にもこの秋が間もなく訪れるのだろう。僕はそのメイプルリーフをそっと手帳にはさみ、午後3時のモン・ロワイヤルパークの空気を胸一杯に吸った。 人々がフランス語で話すのが聞こえてくる。間違いなくここは異国だった。 ケベック州道138号線 たそがれ時のモン・ロワイヤル・パーク 人それぞれの楽しみ方を…
2007.11.07
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【ルイガノ・ショート・ライド】 昨日は久々のオフデー(一日完全に休みとなるのは年に数回しかない)となり、早朝、ルイガノを駆って県道39号線(青山-美杉線)を南下。平日ということもあって、朝のラッシュ時に車が時々通る程度だったが、ほとんど気になることもなし。静かな林の中を抜ける道を走り抜け、桜峠を経て、県道15号線(久居~美杉線)を一路西へ。途中奈良県御杖村を通過し、雲出川に沿って国道368号線まで走ります。適度のアップダウンがあって変化に富んだ道。奈良県から三重県に戻り、名張川沿いに北上。比奈知湖(人造湖、ダムもあり)を通過します。国道165号線に出て、美旗から県道57号線経由で自宅に戻りました。わずか60キロ程度でしたが、雨にも降られず、時折心地よい日差しもあってまずは満足。本当は、曽爾高原にススキを見に行きたかったのですが、雨の心配もあって、このルートを選択。時間に余裕があれば青山高原ウィンドファーム行きも考えていたのですが...。9月初めにルイガノに乗ったのが最後、10月の走行距離は0kmというありさま。帰ってルイガノをウェスで磨いて注油して、自分自身もシャワーを浴びました。わずかな時間にでも思う存分走れる喜びを堪能した次第であります。
2007.11.06
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訳あって、雨の大阪、難波に来ています。
2007.11.05
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あと一ヶ月以上もあるっていうのに…。 さて、ここはどこでしょう?
2007.11.05
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勢いのあるものは まっすぐに進んで行く 木も 風も 流れ星も 鳥も 勢いのある生き方がいい
2007.11.05
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【ギターの調べ】好きなギタリストはたくさんいるが、癒し系のギタリストNO.1はこの人、ウィル・アッカーマン。ウィンダム・ヒルというレーベルの社長でもあるが、90年代にいち早く「ヒーリング・ミュージック」というジャンルが生まれるきっかけを作ったギタリストでもある。ウィンダムヒルには数多くの優れたアーティストが所属している。先日紹介したピアニストのジョージ・ウィンストンもその看板を背負っている一人だ。「パスト・ライト(Past Light)」というアルバムを一番最初に耳にしたが、そのオープニングがこの「そして、訪れ(Visiting)」。キャンプに出かけた時には、月明かりの下でこのアルバムを聴いていた。宇宙の神秘を感じながら、大自然の中に生かされている自分というもののちっぽけさをつくづく思い知らされたもの。秋の夜長にギターの調べ…今宵は日本酒のオンザロックで…。YouTube: Visiting / Will Ackerman楽天市場でウィル・アッカーマンを買う
2007.11.04
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【空が笑っている】 ほら、ごらん空が笑っているよきっと何かいいことがあったんだね
2007.11.04
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目に見えない 不思議な力 神様が与えてくれる 偉大な力 自分の内にも 秘められているはずなのに なかなか気づかない力
2007.11.03
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目に見えないけれど 信じなければならないもの 愛 平和 友情 信頼 まだまだ他にも
2007.11.03
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形ではなく 心だよ 魂なんだよ
2007.11.03
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今ここに生かされて この時代に この世界で それで十分 それが幸せ
2007.11.03
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【“HERO(英雄)”は君の中にいる】 小さい頃、僕にとってヒーローとはウルトラマンや仮面ライダーのようなつくりあげられた架空のものだった。 それでも正義のために命も惜しまず、勧善と悪に立ち向かう彼らの姿は多くの子供にとって憧れの的だったのだ。大きくなったら科学特捜隊(注)に就職しようと真剣に考えていた時期さえ僕にはあった。スポーツ界にもプロアマを問わず、人並みはずれたパワーや技術を持ち、世界という桧舞台で僕たち自身ができないことをやってのけてくれるヒーローやヒロインが現実に存在する。 (注:ウルトラマンに登場する地球防衛軍的存在)自分がなりたいと思うもの、それがヒーローだとすれば、君がなりたい自分になればいい。その時初めて君は1人のヒーローになれるのだ。大きな夢を君自身の心のキャンバスに描くがいい。その夢をかなえるためにはどうすればいいか、自分に何ができるのか、その答えを見つけるのはもちろん君自身だ。何かトラブルがあったりして、自信を失った時や落ち込んだりした時に、マライヤ・キャリーの“HERO”という歌を良く聴く。メロディそのものにも心を揺さぶるものがあるが、その歌詞もまた味わい深い。「どんな時にも希望をもって生きること、自分自身を冷静に、客観的に見つめること」など、自らがヒーローになるためのヒントがこの歌詞の中には隠されている。ぜひ一度鑑賞してほしい。 HERO Lyrics & Music by Mariah CareyThere’s a hero if you look inside your heart You don’t have to be afraid what you are There’s an answer if you reach into your soul And the sorrow that you know will melt away * And then a hero comes along With the strength to carry on And you cast your fears aside And you know you can survive So when you feel like hope is gone Look inside you and be strong And you finally see the truthThat a hero lies in you It’s a long road when you face the world alone No one reaches out a hand for you to hold You can find love if you search within yourself And the emptiness you felt will disappear * Repeat Lord knows dreams are hard to follow But don’t let anyone tear them away Hold on, there will be tomorrow In time you’ll find the way * Repeat from “#1‘s” by Mariah Carey ©1993 Sony Music Entertainment Inc.YouTube: "Hero" by Mariah Carey “HERO”そこにはヒーローがいる 君の心の奥深くをのぞいてごらん 自分が何者かなんて恐れる必要はないんだから魂の奥深くまで手を伸ばせば 答えはおのずから見つかるはず君が心に溜めていた悲しみももう 次第に溶けて流れていくだろう* その時ヒーローはやってくる自分自身を乗り越えるだけの力を身につけて君も恐れを投げ捨て最後まで生き抜くことを知るだろうだから希望を失った時でも自分自身を見つめて強く生きることやがて君にも真実が見えてくるヒーローは君の中にいるんだって長い道のりになるだろうたった一人でこの広い世界に立ち向かう時君に手を差しのべてくれるものは誰もいない自分の中に秘められたものを探り出せば愛は必ず見つけられるから君が感じていた虚しさも どこかへと消えてしまうはず* Repeat神様には分かっている 夢を追い続けるのは簡単なことじゃないでもその夢を誰かのために簡単に諦めるべきじゃないんだもうしばらく持ちこたえて 明日があるから時が来れば きっと道は開けるだろうから* Repeat(Translated by Kay.T) ******* この曲がヒットしていた頃、自分はカナダを自転車で旅していた。とある中西部の町のミュージックショップでこの曲を耳にして即"Music Box"という彼女のCDを買った。FMでもひんぱんに流れていたので、歌詞はすぐ暗記してしまっていた。旅のさなかだけに、“Dreams are hard to follow (夢を追い求めるのは簡単なことじゃない)”の部分は特に共感できた。 今もまだ夢を追い求めている。実現できるのかできないのか、ではなく、実現させるのかしないのか。答えは「実現させる」「実現できる」なのだ。ちょっとしたエゴかもしれないけれど、僕は自分だけのHEROになる。なぜって、そう決めてしまったから…。 (Photo: Montana Interstate 90, 1991)
2007.11.03
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もう飲まれましたか? キリンの新製品、スパークリング・ホップ。 とてもフルーティで飲みやすいお酒。 ビールのようでビールほど苦味がない。 凍らせたホップ特有の甘味がなかなかお洒落な味を作り出しました。 これはけっこう女性にヒットしそうな気がします。 キリンの氷結に継ぐ人気商品になるかも…。
2007.11.02
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【気がつけば…】 気がつけば、もう11月…。気がつけば、ブログ開設から600日を突破(601日連続更新)…。気がつけば、このブログも9万アクセスを突破…。気がつけば、外は雨…。気がつけば、季節は秋…。気がつけば、47歳と一週間あまり…。気がつけば、もう日も暮れる…。 ******* 今日はオータムフェスタという学校行事でした。大縄跳び大会があって、教員チームも参加。 こういう行事での生徒たちの表情はいいですね。一生懸命を楽しんでいます。ふだんの授業でも、こんな素晴らしい笑顔にお目にかかりたいものです。 「いちっ!にっ!さんっ!」 掛け声に合わせて…。 ダンスサークルのパフォーマンスも決まってます。 気がつけば、自分も彼ら/彼女たちの保護者と同世代…。教員になったばかりの頃は、ほぼ同じ目線でものを見てたかも知れなかった…。月日はめまぐるしいスピードで進んでいきます。あとにはもう戻れません。 47歳の今もまだ、彼らとともに青春を謳歌しながら、ひたすら前進!
2007.11.01
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