きんちゃんのぷらっとドライブ&写真撮影

カテゴリ

カテゴリ未分類

(0)

写真撮影(神戸市内)

(362)

写真撮影(六甲山・摩耶山)

(242)

写真撮影(県内)

(253)

写真撮影(県外)

(210)

ご近所写真

(111)

ドライブ

(160)

小旅行

(92)

パソコン

(45)

パソコン(ハードウェア)

(73)

パソコン(ソフトウェア)

(107)

パソコン(トラブル解決)

(106)

デジカメについて

(67)

スマホ・携帯

(20)

自動車・バイクについて

(144)

春夏秋冬・季節について

(471)

引っ越し

(43)

お天気・台風・豪雨・豪雪・猛暑・極寒など

(54)

写真クラブ

(55)

映画について

(168)

星空・天文学を楽しむ

(103)

科学・化学・考古学など

(38)

介護保険

(28)

健康管理・定期健診など

(353)

文学・美術・歴史・地理など

(41)

ストレスとのつきあい方

(9)

知って役立つ 暮らしの法律

(10)

知っておきたい認知症・らくらく介護

(48)

知って役立つシリーズ

(15)

働く人のメンタルヘルス

(10)

いろんな取組み

(188)

政治について一言

(47)

各種イベント

(161)

JR・電車・ディーゼル・路面電車など

(429)

カラスっておもしろい

(4)

眠りのはなし

(20)

老前整理

(4)

松江・日御碕ばけばけ観光(2026年5月2日~3日)

(7)

串本・太地・紀の松島・那智の滝・熊野三山・熊野の古道(2024年5月3日~4日)

(6)

敦賀半島・中池見湿地・池河内湿原と加賀の旅(2022年5月)

(5)

安曇野ちひろ美術館・安曇野散策・無言館(2019年5月21~22日)

(4)

志度・屋島・高松・琴平・善光寺・丸亀城・銭形・父母ケ浜(2019年5月3~4日)

(7)

備中高梁&吹屋ベンガラの里(2018年5月4日~5日)

(4)

四万十川・足摺岬・竜串見残し・内子観光(2017年5月)

(6)

越前・加賀の旅(2016年5月3日~4日)

(9)

鳥取・出雲街道(2014年5月3日~4日)

(10)

志摩・尾鷲ツアー(2013年8月8日~9日)

(5)

阿波・土佐の旅(2013年5月3日~4日)

(7)

琵琶湖めぐりの旅(2012年5月5~6日)

(9)

安曇野 常念岳・道祖神(2011年5月)

(7)

松本・安曇野・白馬の旅(2010年8月)

(7)

鳥取 春紀行(2010年5月)

(9)

徳島(吉野川・祖谷)紀行(2009年5月)

(9)

井倉洞・帝釈峡・比婆山(2008年5月)

(15)

潮待ちの港町・鞆の浦(2007年11月)

(18)

ポートアイランド

(93)

兵庫県知事選挙(2009年)

(13)

尼崎市議会議員選挙(2009年)

(21)

日常生活

(677)
全て | カテゴリ未分類 | 写真撮影(県内) | ドライブ | パソコン | 日常生活 | 小旅行 | いろんな取組み | 政治について一言 | 各種イベント | ご近所写真 | 写真撮影(県外) | ポートアイランド | デジカメについて | 写真クラブ | 徳島(吉野川・祖谷)紀行(2009年5月) | 尼崎市議会議員選挙(2009年) | 潮待ちの港町・鞆の浦(2007年11月) | 兵庫県知事選挙(2009年) | 星空・天文学を楽しむ | 写真撮影(神戸市内) | パソコン(ハードウェア) | 写真撮影(六甲山・摩耶山) | パソコン(トラブル解決) | 鳥取 春紀行(2010年5月) | 映画について | パソコン(ソフトウェア) | 安曇野 常念岳・道祖神(2011年5月) | 科学・化学・考古学など | お天気・台風・豪雨・豪雪・猛暑・極寒など | 自動車・バイクについて | 春夏秋冬・季節について | 琵琶湖めぐりの旅(2012年5月5~6日) | 健康管理・定期健診など | JR・電車・ディーゼル・路面電車など | 鳥取・出雲街道(2014年5月3日~4日) | 志摩・尾鷲ツアー(2013年8月8日~9日) | 阿波・土佐の旅(2013年5月3日~4日) | 松本・安曇野・白馬の旅(2010年8月) | 井倉洞・帝釈峡・比婆山(2008年5月) | 文学・美術・歴史・地理など | 知っておきたい認知症・らくらく介護 | 働く人のメンタルヘルス | 越前・加賀の旅(2016年5月3日~4日) | 知って役立つ 暮らしの法律 | 知って役立つシリーズ | 四万十川・足摺岬・竜串見残し・内子観光(2017年5月) | 老前整理 | 眠りのはなし | ストレスとのつきあい方 | 備中高梁&吹屋ベンガラの里(2018年5月4日~5日) | カラスっておもしろい | 志度・屋島・高松・琴平・善光寺・丸亀城・銭形・父母ケ浜(2019年5月3~4日) | 安曇野ちひろ美術館・安曇野散策・無言館(2019年5月21~22日) | 引っ越し | スマホ・携帯 | 敦賀半島・中池見湿地・池河内湿原と加賀の旅(2022年5月) | 串本・太地・紀の松島・那智の滝・熊野三山・熊野の古道(2024年5月3日~4日) | 介護保険 | 松江・日御碕ばけばけ観光(2026年5月2日~3日)
2026年04月21日
XML
新しく開館した五色塚古墳館に入りました
五色塚古墳館
五色塚古墳館 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳の北側に古墳の解説をしている五色塚古墳館が4月18日にオープンしました。
入館料無料です。


五色塚古墳館 展示_01
五色塚古墳館 展示_01 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳の時代
五色塚古墳とヤマト王権
五色塚古墳は、四世紀後半に造られた前方後円墳です。墳丘の規格や規模、埴輪の形態から、当時の政治的中心であったヤマト王権との濃密な関係が考えられます。
五色塚古墳と墳丘規格が類似する古墳には、奈良盆地北部に位置する佐紀陵山古墳(奈良県奈良市)があります。全長二〇七メートルの前方後円墳で、五色塚古墳とほぼ同時期の、ヤマト王権有力者の古墳と考えられています。
また、佐紀陵山古墳に隣接する直径四八メートルの円墳、マエ塚古墳では、五色塚古墳の埴輪と大変良く似た鰭付(ひれつき)円筒埴輪、鰭付朝顔形埴輪が出土しています。

東アジアのなかで
五色塚古墳が造られた四世紀、朝鮮半島では、高句麗と百済の勢力争いが激しくなっていました。百済は、朝鮮半島南部部の加耶(かや)諸国とともに、倭と呼ばれたヤマト王権と連携し、高句麗に対抗しようとしました。この関係のもと、百済からもたらされたのが、石上神宮(奈良県天理市)に伝わる七支刀であると考えられています。
このような情勢のもと、朝鮮半島や中国大陸との、海上交通が重視ざれたことを背景に、明石海峡を見下ろすこの地に五色塚古墳は造られたのでしょう。こうした文物や人の動きは、五世紀以降にさらに活発になっていきます。


五色塚古墳館 展示_02
五色塚古墳館 展示_02 posted by (C)きんちゃん
おもな古墳の編年表

五色塚古墳館 展示_03
五色塚古墳館 展示_03 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳の土製品
後円部墳頂で埋葬の祭祀に関連する土師器(はじき)や土製品が出土しています。手のひらに収まるほどの小さいものです。どのような儀式がおこなわれたのでしょう。

五色塚古墳が造られた後
五色塚古墳が造られから、200年ほどたった6世紀頃の須恵器(すえき)や勾玉が見つかっています。この古墳が、長い間お祀りをする対象となっていたことがうかがえます。


五色塚古墳館 展示_04
五色塚古墳館 展示_04 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳の周りに置かれていた実際の埴輪。
鰭付(ひれつき)円筒埴輪・鰭付朝顔形埴輪です。


五色塚古墳館 展示_05
五色塚古墳館 展示_05 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳の石材
上段・中段の葺石は斑糲岩(はんれいがん)が多く含まれ、その産地は、淡路島北東部が有力です。『日本書紀』に、「船を編成し、淡路島に渡って、その島の石を運んで山稜を造った」とあり、実際に明石海峡を船で渡って石材を運ぶ大事業が行われたようです。

五色塚古墳の埋葬施設
埋葬施設は発掘調査をしておらず、詳細は不明です。レーダ探査結果でも地下の構造物はよくわかりませんでした。ただし、過去に墳丘上で見つかっている結晶片岩の板石は、竪穴式石室の石材である可能性があります。また、石製合子(ごうす)は副葬品の一部と考えられます。


五色塚古墳館 展示_06
五色塚古墳館 展示_06 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳・小壺古墳を解き明かす
五色塚古墳は、墳丘の長ざが一九四メートルを誇る、兵庫県で一番大きな前方後円墳です。墳丘は三段に築かれ、銚諏には石を葺いていました。
墳頂と各段の平坦面には、鰭付円筒埴輪・鰭付朝顔形埴輪を隙間なくめぐらせていました。
周濠の中には東西のくびれ部付近に島状遺構が造られており、北東マウンドには円筒埴輪棺が埋められていました。
後円部にあるはずの埋葬施設の発掘調査は行っておらず、被葬者については、未だ不明な点が多く残ざれています。
西に隣接する小壺古墳は、直径七〇メートルの円墳です。墳丘は二段に築かれ、斜面に石は葺かれていません。墳頂と平坦面には五色塚古墳と同じ形の鰭付円筒埴輪・鰭付朝顔形埴輪がめぐっていました。


五色塚古墳館 展示_07
五色塚古墳館 展示_07 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳の発掘現場です。

五色塚古墳 どのように造られた_01
五色塚古墳 どのように造られた_01 posted by (C)きんちゃん
まず、古墳を描きました。
大きさは194m
そして、土を掘り・盛りました。
墳丘の高さ18.8m
石を葺きました
葺石の数223万個


五色塚古墳 どのように造られた_02
五色塚古墳 どのように造られた_02 posted by (C)きんちゃん
埴輪をつくる。
埴輪を並べる。

埴輪の本数 約2200本


五色塚古墳 復元作業_01
五色塚古墳 復元作業_01 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳に関する最も古い記録は、奈良時代の歴史書『日本書紀』にあります。「仲哀天皇の偽の墓」と記されていますが、古墳として丁寧に造られているので、学術手には偽物とは考えられません。江戸時代には、様々な絵図に名所として取り上げられ、人々の関心を引いていました。明治・大正時代には、考古学的な観点から多くの記録が残されています。
そして、1921年には、国の史跡に指定されました。

第二次世界大戦中は、古墳に生えている松を切り、船材としたり、その根から油を採取したようです。また、戦後の食糧難から畑として開墾されたために、荒廃してしまいました。


五色塚古墳 復元作業_02
五色塚古墳 復元作業_02 posted by (C)きんちゃん
地域の人々の声で復元が決まります。
「古墳を淡路石にて覆い原形に復す」など、具体的な復元整備が…

復元整備の構想。
同じころ、明石海峡大橋の建設計画もあったため、現代と古代の土木技術の粋を一望できる、日本で初めての古墳復元整備が構想されました。


五色塚古墳 復元作業_03
五色塚古墳 復元作業_03 posted by (C)きんちゃん
発掘調査と復元整備
1965年から発掘調査が始まる。
予想以上に元の形が良好に残っていたことから、前方部はトレンチ調査から全面調査となりましった。後円部は時間的制約があり、部分的なトレンチ調査のみをしています。
調査をしながら復元整備工事も進め、1975年まで10年の歳月がかかりました。

復元整備の過程
全国で初めての古墳復元整備であり、様々な試みがされました。
全面調査した前方部は、崩れた斜面と葺石を元に戻して復元しています。一方、部分的なトレンチ調査となった後円部は、全面に盛土をして新たに購入した葺石で復元しています。


五色塚古墳 復元作業_04
五色塚古墳 復元作業_04 posted by (C)きんちゃん
五色塚古墳の現在とこれから
多くの労力を費やして4世紀後半に造られた五色塚古墳。
1600年の時を経て、その大きさと迫力を体感できる史跡公園として全国で初めて全面復元され、1975年に公開されました。
古墳の上から望む明石海峡の眺めは、時空を超えて古墳時代と同じ空気を感じさせてくれます。この古墳の姿と風景を 、みなさんと一緒に守り、未来へつないでいきましょう。


五色塚古墳館 パンフ01
五色塚古墳館 パンフ01 posted by (C)きんちゃん
ご利用案内
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)
入場料:無料

交通案内
山陽電鉄霞ヶ丘駅から徒歩5分
JR垂水駅・山陽電鉄垂水駅から徒歩10分
山陽バス1系統「五色塚古墳前」から徒歩5分
〒655-0035 神戸市垂水区五色山4丁目11-7
TEL&FAX:078-707-3131


五色塚古墳館 パンフ02
五色塚古墳館 パンフ02 posted by (C)きんちゃん
ようこそ 史跡五色塚(千壺)古墳 小壺古墳へ

五色塚古墳は、墳丘の全長194m、後円部の高さ18.8mの、兵庫県で一番大きな前方後円墳です。円墳である小壺古墳とともに、周濠と周溝で二重に囲まれています。
墳丘は三段に築かれ、下段の斜面には古墳付近で集めた小さな石を葺き、中段と上段の斜面には淡路島から運ばれた大きな石を葺いていました。
墳頂と各段の平坦面には鰭付円筒埴輪・鰭付朝顔形埴輪をめぐらせていて、およそ2,200本立てられていたと推定されます。
濠の中には東西のくびれ部付近に島状遺構が造られているほか、埴輪棺を埋めた北東マウンドもありました。
埋葬施設の発掘調査は行っておらず、被葬者については、未だ不明な点が多く残されています。

古墳のなぞ
五色塚古墳は、本州と淡路島との問の、明石海峡を望む台地の上に築かれました。
ヤマト王権の中心地域への西の玄関口であり、朝鮮半島や中国大陸との、海上交通が重視きれたことを背景に、この地に造られたのでレよう。

古墳の復元整備
戦後、荒廃の進んだ五色塚古墳を守ろうと初めに声をあげたのは、地域の人々でした。同じころ、明石海峡大橋の建設計画もあったため、現代と古代の土木技術の粋を一望できる、日本で初めての古墳復元整備が構想されました。
1965年から発掘調査をしながら復元工事も進め、1975年に全面復元され公開されました。

前方部は、崩れた斜面と葺石を元に戻して復元しています。一方、後円部は、前面に盛土をして、新たに購入した葺石で復元しています。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026年04月21日 07時16分03秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

カレンダー

プロフィール

かねやん0701

かねやん0701

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: