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cozycoach @ Re:徳川忠長 兄家光の苦悩、将軍家の悲劇(感想)(11/20) いつも興味深い書物のまとめ・ご意見など…
2020.02.15
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 阪谷芳郎=さかたによしろうは1884年に東京大学文学部政治科を卒業し大蔵省に入省、1885年に専修学校にて経済学と財政学の講義を開始しています。

 1886年に海軍経理学校教授を兼任し、主計局調査課長に就任し、翌年、会計原法草案を起草しました。

 “阪谷芳郎”(2019年3月 吉川弘文館刊 西尾 林太郎著)を読みました。

 岳父渋沢栄一と共に明治神宮の造営に尽力し広大な内外苑の基礎を作り、日清・日露戦争で戦時・戦後財政の中核を担い、大蔵大臣、東京市長などを歴任した阪谷芳郎の生涯を紹介しています。

 阪谷芳郎は1863年備中国川上郡九名村、現井原市生まれ、幕末に開国派として活躍した漢学者の阪谷朗廬=ろうろの四男です。

 1888年に渋沢栄一の次女と結婚し、1889年に長男が誕生しました。

 1891年に造幣支局長、大蔵省参事官、1897年に主計局長、日清戦争では、大本営付で戦時財政の運用にあたり、1903年に大蔵次官、1906年に第1次西園寺内閣の大蔵大臣を務めました。

 1907年9月、日露戦争の戦費調達などの功績により男爵が授けられ、1912年7月から1915年2月まで東京市長を務めました。

 西尾林太郎さんは1950年愛知県生まれ、1974年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、1981年同大学政治学研究科博士後期課程退学、北陸大学法学部助教授を経て、現在 愛知淑徳大学交流文化学部教授を務めています。

 阪谷芳郎は明治、大正、昭和の三代を生き、明治憲法体制の樹立にも関わり、近代日本という時代を代表する官僚政治家の一人でした。

 旧体制である幕藩体制の枠組みの中で教育を受け、実務を通じて行政官としての経験を積んで見識を身につけた官僚政治家ではありません。

 生年こそ旧時代ですが、教育は明治維新以降の近代教育、特に明治国家の最高学府である東京大学を卒業して、明治国家の要請に応えるべく官僚となった学士官僚です。

 渋沢栄一を岳父とし、法律学者で東京帝国大学教授の穂積陳重を義理の兄とするなど、華麗な姻戚関係を持つ一方、その官歴・経歴も華麗です。

 東大・大蔵省の同期に添田寿一、後輩に若槻礼次郎、浜口雄幸などがいます。

 東大と官僚のルートを経て大臣になった最初の人物は岩崎弥太郎を岳父とする加藤高明、二番目が阪谷芳郎、その後、若槻、浜口らが続いています。

 阪谷は、元老松方正義の下で、明治憲法体制下の国家財政の根幹創出の一翼を担い、日清戦争の戦時財政と戦後経営を担当しました。

 さらに、日露戦争では戦時財政を一手に引き受け、その功績により華族に列せられ男爵に叙せられました。

 官を辞して以降、ベルン平和会議に委員として招請され、第一次世界大戦においてはパリ連合国経済会議に日本政府代表として出席しました。

 これらを機会に、国際的にも人的ネットワークを築き、日本を代表する官庁エコノミストとして国の内外に知られました。

 またその間、東京市長に就任し、明治神宮の誘致と造営に尽力し、今日の広大な神宮内・外苑の基礎を作りました。

 理事長として主導した明治神宮奉賛会は、大都市東京に、広く国民の献金や献木によって人工の森厳な風致を創り出すことに成功し今日に至っています。

 外苑の神宮球場や神宮競技場は、昭和戦前期日本の最も重要なスポーツ施設であり、後者は国立競技場の前身的存在でした。

 退官後の主な活動の舞台は貴族院で、1917年から1941年まで、24年11ヵ月の問、貴族院に議席を持ち、第39議会から第76議会まで、都合38回の帝国議会を経験しました。

 貴族院における男爵議員の会派「公正会」の領袖として、政界・官界にその名が知られました。

 議員在職中、本会議・委員会・分科会での演説を含む議会での発言は、帝国議会議員として最多の412回に及びました。

 さらに帝国飛行協会、帝国自動車協会、東京市政調査会、東京統計協会、国際連盟協会、日米協会など、数多くの公益団体の代表などを務めました。

 他方、教育者、研究者であり、大蔵省入省後間もなく、専修学校や海軍経理学校の教壇に立ちました。

 田尻稲次郎や目賀田種太郎ら大蔵官僚が設立した専修学校の教育に長く関わり、後年、専修大学総長に就任するなど、経済学・財政学の教育・研究に大きな足跡を残しています。

 当時は、原敬、高橋是清、加藤高明、若槻礼次郎、浜口雄幸など、官僚から政党政治家に転じて大臣、首相になった人物が注目されました。

 一方で、官僚から貴族院政治家に転じた、清浦圭吾、田健次郎、阪谷芳郎らについては、注目されることが多くありませんでした。

 政治家としてトップリーダーではなくいわば政界のサブリーダーであり、脇役プレイヤーであったためでしょう。

 阪谷の人生は、大きく四つに分けることが出来ます。

 第一に、生まれてから東大を卒業するまでの21年間で、修学期ともいうべき時代。

 第二に、大蔵省人省から蔵相辞任までの24年間、大蔵省時代。

 第三に、蔵相辞任から貴族院議員となるまでの9年間で、3回洋行し、東京市長を務めた時期。

 第四に、貴族院男爵議員に互選されてから、死去するまでの24年間で、貴族院時代。

 第一期の修学期の舞台は東京でした。

 父朗廬の配慮で箕作秋坪の三叉学舎に学び、東京英語学校・大学予備門を経て、東京大学文学部に進学し政治学・経済学を学びました。

 東大時代の恩師田尻稲次郎の世話で大蔵省に入り、第二の時期が始まります。

 官僚となって間もなく、渋沢栄一の次女と結婚し、大蔵省において主計官、主計局長、次官と累進し、明治憲法体制における金融・財政制度の構築に大きく関わりました。

 日清・日露戦争では戦時財政の中核を担い、日露戦争後、第1次西園寺内閣の蔵相を務め、大蔵官僚として功成り名遂げました。

 第三の時代は、阪谷にとって最も実りがあり、豊かな時代であったかもしれません。

 宿願であった欧米周遊を果たし、ベルン国際平和会議に委員として参加し、さらに第一次世界大戦に伴う連合国経済会議に日本政府代表として出席しました。

 この3回の洋行で阪谷は国際的な知見を広め、国際的な人的ネットワークを作り上げました。

 この間、約2年半ではありましたが東京市長を務め、岳父渋沢栄一とともに明治神宮の東京「誘致」に成功しました。

 第二の時代に培い、手に入れた日本を代表する官庁エコノミストとしての名声をバックに、比較的自由に活動できた時代でした。

 第四の時期は、第一第三の時期に獲得した知見に基づき、政治・経済・外交を縦横に論じ、貴族院議員として政治に参画しました。

 田尻稲次郎や若槻礼次郎など大蔵省の先輩・後輩たちのように終身の勅選議員にはなれませんでしたが、男爵として7年ごとの互選により、24年間にわたり貴族院に議席を維持しました。

 しかし、加藤高明や若槻礼次郎らのように、政党に入ることはなく、桂系の元官僚である阪谷は政友会に入ることはせず、桂太郎との微妙な人間関係により桂自ら組織した同志会に入会を誘われることはありませんでした。

 加藤、阪谷、若槻らのような学士官僚でなかった後藤新平は、桂新党に一旦参加はしましたが、桂が死去するや離脱し、自らの才覚と実績によって官僚政治家として大成しました。

 阪谷は貴族院の指導者の一人でしかなく、第二次護憲運動後の政党内閣の時代の到来は、貴族院を政治の前面に立てなくしました。

 阪谷は政党というバックを持たなかったですし、衰退しつつあった山県・桂系官僚閥に依存するところは多くありませんでした。

 そこで、大蔵省時代のキャリアと知見、第二の時代に得た知見や海外での経験などによる貴族院政治家であることを目指しました。

 晩年の畢生の事業は東京・横浜万博の開催で、皇紀2600年奉祝という形で、日本初の万博として計画されましたが、日中戦争のため延期の止むなきに至りました。

 しかし、それは、第二次世界大戦後、場所を変えてより大規模に大阪万博や愛知万博という形で開催されました。

 日本万博協会は、阪谷たちによる「幻の東京・横浜万博」の抽選券付回数入場券が、戦後の混乱の中で多数回収されないままになっていたことを考慮し、二つの万博での使用を認めました。

 阪谷は近代日本の展開とどのように関わったのか、官僚出身の政党政治家とはどのように異なった道を歩んだのか、本書はこの点に留意しつつ阪谷の生涯を描こうとするものです。

第1 誕生から東京英語学校卒業まで/第2 東京大学文学部政治学理財学科に入学/第3 大蔵省時代/ 第4 日清戦争と戦後経営/第5 金本位制度の導入/第6 日露戦争と戦時財政/第7 日露戦後経営と大蔵大臣阪谷/第8 二度の外遊/第9 東京市長時代/第10 第一次世界大戦と連合国パリ経済会議/第11 幻の中国幣制顧問/第12 貴族院議員になるー「公正会」を設立/第13 関東大震災からの東京復興と昭和戦前期の貴族院/第14 「紀元二千六百年」奉祝に向けて/第15 日米開戦直前の突然の死





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Last updated  2020.02.15 07:15:02
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