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今日は、朝から関西ぱずる会誌の原稿作成を始めた。切手方陣についてまとめる予定で、今日明日中にしあげる予定である。今日は、その半分くらいまで作成することができた。まとめると言っても、これまでに作成したものを集めてまとめるだけではなく、まだ検討していなかったことも含めてまとめるので、時間がかかる。パソコンの計算速度との競争だ。それでもいろいろ面白い発見があった。 一昨日の定和が1000となる8方陣もその一つであり、定和がと555となる7方陣もその一つである。
2019.09.30
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今日は、「上方落語寄席」という落語会に行き、落語を5つ聞いた。大阪市職員互助会の主催で、米朝一門の5人の落語家の出演であった。この落語会のことはちらしで知り、応募したら運よく当たったもの。場所は、大阪市中央区安土町のヴィアーレ大阪というホテル。午前10時受付、10時半開場、11時開演で、10時20分ごろに着いたが、席は抽せんで早い順にいい席と言うわけではなかった。やや左寄りであったが、前の方のいい席が当たった。出演は、米朝事務所の、桂鯛蔵、桂紅雀、桂米団治、中入り後、桂団朝、桂千朝であった。落語は何度聞いてもいいものだ。本題も勿論よいが、その日の観客に合わせた「まくら」も楽しみの一つだ。「このシュークリームどうしたんや?」「ひろた」が、若者には受けないことに驚いた。「鶴の恩返し」ならぬ「サギ」の話もよかった。画像は、パンフレットと、会場の模様。開演中は撮影禁止のため。開演前のものだけ。落語会は、13時10分ごろ終り、その後、1階のレストランで昼食を取った。その後、梅田をぶらぶらしながら帰った。
2019.09.29
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今日は、午前中は、俳句結社への例月投句を郵送したあと、新切手8方陣を完成させ、午後からは、俳句史研究会に参加した。 完成した新切手8方陣を下に示す。数字だけだが、すべて切手の料額の数なので、切手に置き換えることができる。赤字は2019年8月に発行されたもの、青字は2014年3月に発行されたもの。 俳句史研究会は、「うぐいす」の池田琴線女主宰から、初代主宰の湯室月半氏の話しをされた。氏は、能勢の出身。17歳のとき、大阪に出て青木薬店で働くことになり、一年年上の青木月斗から俳句を習い、句会に出るようになった。月半69歳のとき、月斗が亡くなり4年後の昭和28年に俳誌「うぐひす」を創刊・主宰となった。 「うぐいす」の主宰はその後、昭和44年江口喜一、昭和54年中西二月堂、昭和62年に六車井耳、平成3年に菅原章風、平成14年に桝井順子と続き、現主宰・池田琴線女は、平成14年、就任直後の桝井氏の交通事故死のあとを継がれたもの。 初代主宰月半は、平易な俳句を好む人で、今日、紹介された句も月半らしい句であった。 ・天井へ上がる煙や初かまど ・藪入りの蒲団の中や親拝む ・暖かな紅葉つけたる檪かな写真は、会場の模様。左下の左の女性は、「うぐいす」第3代主宰中西二月堂の娘さん。池田主宰の助っ人として参加されたもの。右下、「うぐひす」創刊号を手に説明する池田主宰。
2019.09.28
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今日は、昼食に外出した以外は一日中家にいて、関西ぱずる会の会誌への原稿を作成したり、高大文化祭の展示品の作成などを行った。今日の画像は、昨日、阿波座へ行ったときに注射場のフェンスに咲いていた朝顔。10時なのにまだ全開であった。みんな同じ色だが、ちょっと変わった斑が入っている。
2019.09.27
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今日は、高大の社会参加の日、午前10時に阿波座駅に集合して、大阪府高潮・津波センターの見学をした。昼食後は、パソコン同好会に参加した。高潮・津波センターには7年前に見学に来たことがあるが、その時に較べ施設的にはあまり変わっていなかったが、ソフト面の内容としては新しいものに変わっていた。昨年の台風21号の映像なども取り入れられ、いろいろな説名も更新されていた。大阪は、元々埋立地が多く地盤の低いところが多いので、洪水対策には力を入れて来たらしく、大型の水門が3つあり、また、大型の排水ポンプも設置されている。ただ、急な津浪には間に合わないこともあるらしい。施設は、ボランティアの説明員の方によって2時間たらずを掛けて見学した。地震や津浪の体験もでき、恐ろしさを体感した。いつ起きても不思議ではない地震に備えて、できるだけの備えをしておくことが重要だと思った。写真は、高潮・津波センター見学の模様。見学のあと、付近の食堂で昼食を取り、歓談したあと、解散し、私は、PC同好会に参加した。今日の講師とテーマは、前半が、松山氏の「私のパソコン・スマホ利用ートラブル解消と便利機能」、後半が、山田氏の「私野パソコン利用」で会った。写真は、例会の模様。上:松山氏、下:山田氏の発表。
2019.09.26
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今日は、朝から京都へ行き、高島屋で開催が始まった「第104回院展」を見に行った。今日が初日であるので、10時30分から三人の同人の先生たちから展示作品の解説が行われた。自分の作品を含む目ぼしい作品13点について約40分にわたり作品の見どころを説明された、何も聞かないで見るのと説明を聞きながら見るのでは作品の理解に大きな差が出る。解説者は、清水由朗、宮北千織、村岡貴美男の三先生。説明を聞いたあと、全部の作品をじっくりと鑑賞した。全部で82点であったが、皆んな大作なので見応えがあった。最近の傾向として、絵のサイズがテレビや映画のように横長のものが多くなったことに気がついた。作品は漫然と見るのではなく、何を訴えようとしているのか、描かれているものにどんな意味があるのかを考えながら見るべきなのであろう。私は、絵画は、直感的にきれいだとか、巧いとか思うものをいい絵だと思っていたがそうではないらしい。題名の付け方にも深い意味があるようだ。いろいろな絵画の展覧会の中で、私にはやはり院展の絵が一番気持ちよく見ることができる。しかし、受賞作の中には、なぜこれがいいのか分らないものもあり、私としては何も賞の無い作品の中にいいと思う作品が多い。画像は、パンフレットと購入した絵葉書(解説者3人の作品)より。上右:陽炎・清水由朗、中:しずけき祈り・宮北千織、左:夜の来る音・村岡貴美男画像は、今日、説明を受けた作品(解説者以外の10人の作品)。左:先ずは岩戸の其の始め・河崎麻央、うつろう・角野千佳子、木馬の夢・高弊佳代、飛雪の滝・清水達三、右:彼方へ・山田伸、海港に聳える・前田力、渦巻く・木下千春、ブティック・近江友紀子、美しい二人・福家清美、星の降る古都・高島圭史。下記は私の好きな画家とその作品。作家名だけで作品名は省略する。また作品は全体ではなく部分。左上から、小田野尚之、西田俊英、倉島重友、那波多目功一、下田義寛、梅原幸雄、番場三雄、大矢 記、田渕俊夫。
2019.09.25
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今日は、昼食の外食に出た以外は殆ど家で過した。昨日の句会のまとめをしたあと、高大フェスタのポスター原稿を作ったり、巨大プリントのテストをしたり、録画したテレビ番組を見たりしながら過ごした。今日の画僧は、昨日くらいからマンションの庭で咲き始めた彼岸花(曼珠沙華)
2019.09.24
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今日は、午前中は、月曜駅前講座に参加し、午後からはいきいき俳句会の句会に参加した。月曜駅前講座の今日のテーマは、「昭和歌謡から学ぶ漢詩」の第6回(最終回)で「都市・国家編」であった。都市の繁栄・賑やかさ・憧れなどを詠った漢詩として、曹植(曹操の次男)の「名都扁」、鮑照の「結客少年場行」、文天祥の「正気歌」の3つを読んだ。前2編は、都市を詠んだ詩、後1編は国家を詠んだ詩である。対応する日本の歌は、都市が、東京ラプソディ、東京音頭、大阪ラプソディなど、国家を詠ったものは「昭和維新の歌」を紹介された。最後の「昭和維新の歌」は、515事件や226事件が起こった戦前、戦中によく歌われたそうだが、戦後はぴたりと歌われなくなった。私は初めて聴いた。漢文読み下し風の歌詞で1番から10番まである。今日はその全曲を聞いた。1番を次に示す。 1.汨羅の淵に波騒ぎ 巫山の雲は乱れ飛ぶ 混濁の世に我立てば 義憤に燃えて血潮湧く べきら ふざん 汨羅は、憂国の詩人「屈原」が身を投げて死んだ河の名。画像は、上:テキストより。下左:教室風景、下右:昭和維新の歌の映像
2019.09.23
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今日は、朝のうちはNHK俳句や日曜美術館を見て過ごし、その後出掛け、先ず高島屋で開催されている「市川海老蔵展」を見て、昼食を取り、心斎橋まで歩いて一昨日リニューアルオープンした心斎橋大丸へ行った。その後、本町まで歩き、シモジマで封筒や文房具を買って帰った。歌舞伎はそんなに詳しくはないのだが、今日、「市川海老蔵展」を見て少し分った。先ず成田屋が所蔵する歴史文化資料の展示(俳句かるたほか)、歌舞伎十八番における海老蔵の役者姿、映画・ドラマなどでの活躍、家族の成長、来年、十三代目市川團十郎白猿を襲名するに当っての抱負を語るインタビュー映像、などが展示されていて、興味が湧くままに見ていると1時間20分ほど過ぎていた。先日、歌舞伎「勧進帳」のDVDを見たばかりなので、歌舞伎の舞台や衣裳はだいだい知っていたが、更にいろいろな演目について知ることが出来た。画像は、パンフレットより。写真は、展示場に撮ったもの。(城内は撮影自由)展示を見たあと、昼食をと8Fのレストランに行ったが40分待ちとのこと、名前だけ書いて、その間、黄金展を見た。飾り物、おりん、メダル、食器、仏像、装身具などいろいろなものに加工されていてこれも見ごたえがあった。丁度40分でレストランの順番が来て昼食を取った。心斎橋大丸はやはり大勢の人で混雑していた。エレベーターの列が長く、上りも下りもエスカレータを利用した。これまでの8階建てが10階建てになって店内も明るく広々とした感じとなった。ここも10階のレストランは長い列であった。10階から1階まで、降りながら見学した。た
2019.09.22
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今日は、昼食の外食と老人福祉センターへ俳句短冊を貼りに行った以外は殆ど家にいて、句集の再校正をしたり、俳句資料をプリントしたり、俳句結社へ例月出句を送ったり、俳句を作ったり、その後、巨大プリントのソフトを使ってみたりしながら過ごした。巨大プリントのソフトというのは、文書でも画像でも、大きく拡大してプリントできるソフトである。A4の文書を縦横2分してA4用紙4枚にプリントすることができるもの。元の文書を2倍に拡大したものとなる。ネットで購入し、今日、ダウンロード、インストールを行ったばかり。今日の画像は、老人福祉センターの花壇に咲いていた花。名前は不明。
2019.09.21
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今日は、午前中は、俳句を作ったり、句会資料を作ったりしながら過ごし、昼前から出かけ、阪大歯学部付属病院へ行った。前歯の一本がぐらぐらしているのと、奥歯の一本の被せが外れたためである。予約時間の13時に治療は始まり、ほぼ14時に二つの治療は終った。前歯は8年前に転倒したときに顔面下部を打ち歯が損傷したのが原因で、虫歯ではないから抜かないでよいとのこと、今日はぐらぐらしないように両隣の歯と連結する治療をしてもらった。奥歯の外れは元通りに取りつけてもらった。しはらく様子を見て、次回は11月に予約を入れ、歯全体のレントゲンを撮ったあと、病院を出た。帰宅すると、句集の再校正が来ていた。
2019.09.20
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今日は、高大15日目、午前中は若井先生の講義でテーマは「聖武天皇と光明皇后」であった。午後はクラスミーティングで、社会参加活動、ジョイフル・ゲーム、校外学習、秋の遠足の連絡事項のあと、今日のッショートスピーチでK氏の「コピーの話」があった。その後、班ごとのミーティングで「高大フェスタ」(文化祭)の展示パネルの製作について話合った。帰途に歴博に寄り企画展「商都大阪の文化」を見た。「聖武天皇と光明皇后」では、持統天皇の意を受けた聖武天皇擁立後も藤原不比等の天皇家への介入が続き、藤原系の子を天皇に仕立てるためにいろいろな画策をする。遂に、大伴旅人を大宰府に左遷し、左大臣長屋王に天皇暗殺の濡れ衣を着せ自殺の追いこんでしまったのだ。平城遷都などの立派な業績はあるものの悪どいこともいろいろやっていると思った。高大フェスタについては、担当を決め、原稿を作成してくることになった。コピーの話しは珍しいことをいろいろ知った。コマーシャル入りのコピーはゼロ円とか。歴博では、企画展「商都大阪の文化」を開催していた。展示は3つに分けられていら。1.商都は文都なりー大阪で活躍した文化の巨人たち 近松門左衛門、井原西鶴、木村兼葭堂、山片幡桃、岡田米山人などが紹介され、兼葭堂日記、携琴訪友図、由女農志呂、井原西鶴図などが展示されていた。2.「蔵屋敷」は倉庫にあらずー経済と文化の結節点 商人は商売だけでなく、文化事業においても活躍し、武士各地の武士階級とも交流した。浪速詰方日記、納涼船遊図、煙管、広島藩大坂屋敷図などが展示されていた。3.息をするように遊べー大阪商人の心意気 大阪の商人たちは、謡、茶の湯、生花のほか、様々な芸事や遊びに興じてきた。万精記、擧会角力図絵、とてつるけんひとりけいこなどの資料のほか、貝覆い、投扇興、火消袢纏(遊び着)、起し絵、双六などが展示されていた。図は、パンフレットより。
2019.09.19
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今日は、当初の予定では、大腸検診の入院予備日となっていて何も予定を入れていなかったのだが、一日入院がなくなったので、ぽっかりと一日が浮いてしまった日になった。そこで、昨夜思いついて、本来なら行きたかった「河内三太子」めぐりをすることにした。河内三太子の一つ野中寺は、毎月18日にだけ重文の「金銅弥勒菩薩半跏像」の開帳を行っている。その日に合わせ「河内三太子」めぐりをする人が多いので、今日を逃すとまた一か月先になるのだった。聖徳太子については、高大の古代史で習い、文化祭でテーマに取り上げることになっていて、早く行きたいと思っていたものである。朝8時半に家を出て、阿倍野橋から近鉄電車に乗り、貴志についたのは9時半だった。9時45分発の金剛バスに乗り、太子前には9時55分に着いた。一つ目の寺:叡福寺の南大門の前である。永福寺境内には聖徳太子の墓である「永福寺北古墳」がある。直径55メートルの円墳で、聖徳太子、その母、妻が葬られている。見どころは、その古墳とご廟、聖霊殿、多宝塔、南大門などであった。古墳の奥の山の頂上まで登ってみた。高さは50メートルほどか。1時間ほど見学し、10時57分のバスで喜志駅に戻った。11時21分の電車に乗り、藤井寺には11時35分に着いた。写真は、永福寺。上:南大門、中:金堂、多宝塔、聖霊殿、下:御廟、同、北古墳の一部「河内三太子」とは関係ないが、駅の近くに葛井寺があり、ここでも毎月18日に「十一面千手観音」のご開帳をしている。歩いて数分で葛井寺に着いた。目的は観音様を拝観することだけ。一般に千手観音と言えば、1つを25本として実際には40本のものをそう呼んでいるが、葛井寺のものは本当に1000本の手があるのだ。開帳と言っても像は暗く、5メートルほど離れて拝観するのであまりはっきりとは分からない。確かに1000本ありそうである。続いて藤井寺駅に戻り、野中寺行きのバスを待った。12時23分のバスに乗り野の上には12時30分に着いた。ここは聖徳太子と蘇我馬子が建てた寺である。ここでの見ものは「金銅弥勒菩薩半跏像」である。その神々しい姿を写真では見たことはあっても実物を見るのは初めてであった。驚いたのは像が小さいことである。恐らく高さ20センチくらいではないだろうか。(説明書には18.5㎝) 境内を回遊し、13時5分のバスに乗って三度藤井寺駅に戻り、北口に出て駅前の店で昼食を取った。13時40分のJR八尾行きのバスに乗り、14時10分に太子堂に着いた。そこから5分ほどで最後の目的地大聖勝軍寺に着いた。ここは、聖徳太子が開いた寺で本尊も聖徳太子である。ここでは何を見ればいいのか分らず、いろいろな堂宇があることを見ただけで終った。写真は、上:野中寺の山門、弥勒菩薩像、金堂、中:大聖勝軍寺の山門、聖徳太子と四天王像、本堂、下:葛井寺の楼門、大師堂、十一面千手観音堂大聖勝軍寺を見終わったのが14時35分ごろ。そこからJR八尾駅まで歩き、八尾から一駅だけ乗って久宝寺で降り、おおさか東線に乗り換え、放出で東西線に乗り換え大阪天満宮に着いたのは3時15分ころで家には15時半に着いた。
2019.09.18
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今日は、朝から病院へ行き、大腸の内視鏡検査を受けた。9時に行き、すぐ病室に入り下剤を1時間半かけて飲んだ。その後、12時ごろに便はさらさらになり、しばらく待って検査は14時から始まった。検査中のことは催眠剤と麻酔薬で何も覚えていないが、検査は30分ほどで終了し、異常はなく、ポリープの摘出はなかったと告げられた。まだ眠いので、病室で1時間ほど休息してから支払をし帰途に着いた。写真は、病室の様子。
2019.09.17
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今日は、午前中は、昨日の俳句21の句会の結果をまとめた会報を作成し、印刷、封入、ポスト投函までを行った。午後は、高大の古代史に関連して、聖徳太子について勉強した。明日は大腸検診があり、今日はその前日なので、朝から指定の食事(朝:雑炊、昼:クラッカー、夜:カレー)しか食べられず、外食も出来ないので、外出はしなかった。明日は朝から何も食べられず、ポリープを取ることになれば、その日は入院で、明日の夕食は点滴になりるので、空腹地獄がまる一日続くことになる。ポリープよ、出来ないでくれ。今日の写真は、一昨日15日の満月の日の月に飛行機が重なったところ。このシャッターチャンスは一か月に一回しかなく、しかも好天でなければ撮れないし、飛行機の来るタイミングも重要だ。
2019.09.16
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今日は、午前中は、テレビを見たり、切手方陣を考えたりしながら過ごし、午後から千里中央で行われた俳句21の句会に参加した。私の句は4句中1句に1人の1票が入っただけで、他の3句は誰からも選ばれなかった。写真は、句会場の前の花壇に咲いている花。
2019.09.15
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今日は、長らく散歩を目的の外出をしていなかったので、昼前から出かけてみた。目的もなくあちこちに行こうを思っていたのだが、出掛けてみてびっくり。昨日、一昨日の涼しさはすっかりどこかへ行ったようで、またまた猛暑がぶり返していた。鶴見緑地では、風車の丘を通る園内半周くらいのルートを歩き、途中で弁当を食べた。咲いていた花は、木槿、百日紅、黄花コスモス、マリーゴールドくらいなもので、年中でも一番花の少ない時期であった。写真は、今日、鶴見緑地で撮ったもの。上:木槿、下:百日紅それ以上炎天下で歩き回ることは止めて、大阪に引き返すことにした。京橋まで帰ってみて、大阪城に行くことを決めた。土曜日とあって、城前の広場ではいろいろなイベントが行われていたが、横目で見て通り過ぎ、天守閣に入場した。屋上デッキから市内の景色を楽しんだあと、催し物の展示を見た。「秀吉とその時代」とという企画展があって、第1部は「戦国の群像」と題し、1.信長・秀吉そしてライバル達、2.豊臣政権の光と影、3.秀吉なきあとの豊臣家 の3つに分けて関連資料が展示されていた。第2部は「描かれた城壁」と題し、秀吉大阪城、徳川大阪城の関連絵図が多数展示されていた。こんなに多くの絵図が描かれ、しかも今日まで残っていることに驚いた。写真は、大阪城天守閣と屋上デッキからの眺望。
2019.09.14
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今日は秋らしい爽やかな日となったが、朝のうち雨が降ったこともあり、外出はせず、一日中家で俳句を考えて過ごした。目的は、関俳連の年度賞に応募する10句と明後日の俳句21の句会に出句する4句の作句のためである。写真は、昨日、大阪城公園で撮った銀杏。
2019.09.13
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今日は高大古代科の15日目。午前中は若井先生の「藤原不比等と平城遷都」という講義があり、午後からはクラスミーティングだった。その後15時30分からPC同好会の例会に参加した。写真はPC同好会の様子。上:T氏の発表、下:I氏の発表。
2019.09.12
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今日も暑い日であった。午前中は、録画したテレビ番組をBDにダビングする作業を行い、午後からは、春麗句会に参加した。句会に成績はあまる振るわず、5句投句のうち3句は先生に選ばれ、うち1句だけが特選だった。残り2句のうち、1句は仲間から選ばれたが、1句は誰からも選ばれなかった。今日は3時頃夕立のような強い雨が10分ほど降ったがすぐに止み、そのあと少しは涼しくなるかと思ったがほとんど変わらなかった。画像は、句会場の近くで見かけた花たちと、マンションの庭に実っている石榴と榠樝。
2019.09.11
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今日も猛烈に暑い一日となった。夕方から外食に出掛けたほかは、一日中家にいて、昨日の句会のまとめをしたり、一昨日の関ぱ例会の写真の整理をしたり、句集の先生の序文の校正をしたりしながら過ごした。
2019.09.10
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今日は、午前中は梅田駅前講座「昭和歌謡と中国の詩歌」の第5回目、午後はいきいき俳句会の句会に参加した。「中国詩歌」の第5回目は、「故郷編」と題し、陶淵明の漢詩7編、陸游の漢詩4編の紹介があった。関連する昭和歌謡は「故郷」、「おぼろ月夜」、「誰か故郷を想はざる」、「北国の春」とコマーシャルソング「さくら白波」、「キッセイ薬品」を紹介された。陶淵明は、30年務めた役所勤めを辞め、故郷に帰り農民の生活をするようになったが、役所勤めを「出仕」と農村生活をすることを「隠逸」、前者を「俗」「巧」、後者を「雅」「拙」として、後者の生活を楽しんだ。そしてその楽しさを詩にした最初の文人である。詩を紹介しながら、前者に関する言葉、後者に関する言葉を次ぎ次ぎと黒板に書き足して行かれた。陶淵明に続く詩人は陸游だそうで、陸游の方がさらに農民らし生活をしたそうである。日本の故郷を恋うる歌とともに、アメリカのフォスターもスワニー川やケンタッキーの我が家など郷愁を誘う歌を作っている。この講義に来ていつも思うのだが、漢詩の講義であるのに、その内容の説明が主で、漢詩の読み下しが少なく、すぐ日本語訳を読まれることである。昔の人は読み下し文で理解したはずなので、読み下し文を読むようにして欲しい。日本語訳はその都度目で追うこともできるし、帰宅後に読めばいいと思う。画像は、講義テキストからと会場風景。句会の成績は、まずまずで、出句6句のうち先生から3句が選ばれうち1句が特選、残りのうち2句は仲間から選ばれたが、一句はだれからも選ばれなかった。
2019.09.09
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今日は、午前中は、新切手7方陣の作成の検討を続け、やっと解を見つけることが出来、午後は関西ぱずる会に参加した。やっと見つけた解を下に示す。関西ぱずる会は、西宮北口のプレラにしのみやで14時から開始された。今回に参加者は14名であった。各自、最近入手したパズル、考案したパズルを紹介し、回覧する形式で例会は進められた。特に今回は、8月に金沢で開催されたIPP39に参加した人の交換パズルの紹介が多く、充実した例会となった。私は、今朝完成したばかりの上記切手7方陣を含め、新切手を使用した4方陣、5方陣、6方陣などを紹介した。写真は、回覧されたパズルおよび本などの一部。
2019.09.08
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今日も昨日に輪をかけたような暑さで、とても九月とは思えないような日となった。外出はあきらめ、一日中家で過した。何をしていたかと言えば、昨日の午後から始めたのであるが、新切手7方陣の作成である。8月20日に発売になった新額面の切手を使った方陣は、発売日までに4方陣と作成、その後、5方陣、6方陣と作ったが、7方陣がまだ出来ていない。縦横14方向が定和になり、斜めも一方が定和になるものは沢山作れるのであるが、何故か、両方の斜めが定和になるものがなかなkできないのである。明日の関西ぱずる会の例会までに作りたかったが、どうもできそうにない。
2019.09.07
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今日から、高大2学期が始まった。夏休みは40日あったが、今年の夏は異常な猛暑で何もできなかった。午前中は、若井先生の講義で「天武天皇と藤原京」、午後はクラスミーティングのあと、班長懇親会があった。写真は、上は午前中、下はクラスミーティングでショートスピーチをするMさん。
2019.09.05
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今日は、午前中は、出版社に長いメールを書いたり、句会資料に挿絵を入れる作業をしたりして過ごし、昼前から出かけ、展覧会3つをはしごした。最後に、ヨドバシカメラへ行き、写真プリント用紙とプリンターインクを買って帰った。3つの展覧会は、1.大阪市立美術館の地下で開催されている「現代南画協会展」、2.高島屋で開催されている「山口蓬春展」、3.心斎橋大丸で開催されている「世界のアートコレクション」。「現代南画協会展」は初めて見に行ったが、大作が多く、地下展示室の半分(大部屋2室)を使って95点の力作が展示されていた。一般の部のほか、こども墨絵が106点も展示されていた。南画というのは原則は墨色一色であるが、彩色されたものもある。彩色画の方がきれいであるが、絵の力は墨一色の方が強いと思った。 画像は、ポスターおよび展示場の様子。紹介の作品は、大阪府知事賞、大阪市長賞、審査員の作品など。山口蓬春(1893-1971)は、新しい日本画を模索し続けた画家で、東山魁夷、片岡球子らに影響を与えた。今回の展覧会には初期の洋画の小品6点を含む50点の作品が展示されていた。展示は次のように6つに分類されていた。点数は少ないがみんな見応えのあるいい絵であった。いい日本画は気持ちが晴れるような気がする。1.やまと絵の頂点へ 初夏の頃、緑庭、那智の滝、扇面流しなど16点2.蓬春美への飛躍 泰山木など6点。3.南方へ 南嶋薄暮など4点4.蓬春モダニズムの展開 夏の印象、佐与利、望郷など7点5.リアリズムの追及 まり藻と花、枇杷など3点 6.新日本画への昇華 洩れる陽、新冬、花菖蒲、夏影、楓図など12点エピローグ 東山魁夷の庭の雪、片山球子の富士に献花画像は、パンフレットより。左:望郷の一部、右上から、南嶋薄暮、洩るる陽、まり藻と花、新冬、佐与利。画像は、関連サイトより。左上から、初夏の頃、緑庭、扇面流し、那智の滝、泰山木、夏影、望郷、蓬春と記念館の写真、枇杷、花菖蒲、夏影、楓図。「世界のアートコレクション」は、大丸が店を大規模リニューアルするに際して手もちの絵画を一堂の集めて処分しようというもの。数か月前から開催しているが、いよいよ9月15日に終了するので、見に行くことにした。店員にまとわりつかれるのを心配したが、「いかがですか」と声をかけらる程度で自由に見てまわることができた。絵画の広い分野の作品が7階の全フロアを使って所せましと展示してあり、何点あるか想像も付かない。恐らく何千点の規模であろう。作品にはすべて値段はつけられていて、日本画のいいものは数千万円、版画やリトグラフでも数百万円の値札がついていた。複製画になると、数十万円でいいものがあった。画像は、A2判大のチラシ。
2019.09.04
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今日は、午前中は、昨日の吉備行きのまとめを行い、昼前から出かけ、昼食を兼ねて妻の買い物に付き添った。さらに、夕方からは、関俳連の常任委員会に出席した。今日の画像は、昨日見た実りつつある果物。姫林檎、栗、柿、無花果。
2019.09.03
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今日は、高大の古代科5班の班員6名で、兵庫県太子町の斑鳩寺と加古川の鶴林寺を訪ねた。天気にも恵まれ楽しい一日となった。8時半の大阪駅に集合予定がみんな早く来たため、予定より一つ前の8時21分の新快速で姫路まで行き、そこで播州赤穂行の普通列車に乗り換え、網干には9時50分に着いた。10時07分春の神姫バスに乗り、15分ほどで鵤に着き、10分ほど歩いて斑鳩寺に着いた。境内を一周したあと、説明員付で、宝物館と聖徳殿の内部を拝観した。聖徳太子ゆかりのいろいろなものを見ることができた。宝物館では、薬師如来像、日光・月光菩薩像、十二心象のうち8体増、二歳の太子像と父陽明天皇・母間人皇后、十六歳太子像(右手に笏、左手に箱を持つ)、二十五菩薩の面、猪に乗った摩利支天像、善光寺如来像などを見た。聖徳殿は前殿の後ろに八角形の奥殿を継ぎ足した造りになっていて、奥殿の内部に前殿の屋根が丸見えになっている。内部の装飾も素晴らしく、蛙股や欄間の極彩色に塗られている。写真は、斑鳩寺で見た主要な建物など。左上から、仁王門、講堂、三重塔、聖徳殿前殿、聖徳太子二歳像、聖徳殿奥殿、鐘楼、勝宝殿、赤門。一通り見終わった時点で、11時半くらいで、少し早いが寺で紹介された寿司屋「えびや」で昼食を取った。寿司定食と日変わり定食とがあり、私は寿司定食を選んだが、日変わり定食の方が魚満載でコスパがいいように思った。食事のあと、歩いて次の目的地、太子町歴史資料館に向ったが、運悪く展示替えのための休館中であった。仕方なく町立図書館で資料を見たりして過ごした。タクシー乗り場に行く途中にバスの停留所があり、時刻を見ると2分ほとまえに行ったあと、と思ったらなんと2分遅れのバズが運よく到着した。ラッキーとばかり乗り込み網干には13時5分に着いた。13時19分の普通電車に乗り、姫路で新快速に乗り換え加古川には13時40分に着いた。駅前から13時43分発のかこバスに乗り、北在家東詰に13時50分に着いた。そこから、鶴林寺入り口まで10分ほど歩き、鶴林寺仁王門には14時05分に着いた。境内と国宝館のセット入場券を買い入場した。国宝の本堂や太子堂、重文の三重塔、護摩堂、鐘楼などを見て回ったあと、国宝館に入り、立派な仏像や絵巻を鑑賞した。最後は、鶴林寺の紹介ビデオを時間まで見た。同じ聖徳太子ゆかりの寺だが、斑鳩寺に較べ、太子臭は少ないように感じた。太子以外の仏像で名を保っているという感じである。例えばこの寺で最も有名なのが、あいたた観音という優美な観音菩薩立像なのだ。はじめて見たが、本当にいつまで見ていても見飽きない美しさがあると思った。画像は、鶴林寺の主な建物など。左上から、仁王門、本堂、常行堂、三重塔、聖徳太子十二歳像、太子堂、観音堂、鐘楼、護摩堂。画像は、鶴林寺の仏像より。新薬師堂の本尊薬師如来複製、観音堂の観音菩薩、宝物館のあいたた観音。鶴林寺前を15時30分発のバスに乗り、加古川駅前には15時50分に着いた。駅前の喫茶店で休憩を取ったあと、16時21分発の新快速に乗り、大阪には17時12分に着いた。充実した一日が終え、各自帰宅の途に就いた。
2019.09.02
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今日から9月、午前中は築港の定例句会に参加した。参加者は先生を入れて9人と淋しい会だあった。私の成績はまあまあで、5句出句中先生から2句が選ばれ、残り3句中仲間から2句が選ばれ、一句はだれからも選ばれなかった。
2019.09.01
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