2004/01/29
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カテゴリ: 国内小説感想
book+ish 
形容詞〔しばしば軽蔑して〕
1(人が)本〔勉強〕好きの.
 ──a bookich person
 勉強好きの人.
2(ことばづかいなどが)堅苦しい,学者ぶった.
 ──bookish expressions
 堅苦しいことばづかい.
3実際のこと〔現実〕にうとい,机上の.
4書物(上)の.

スーパーアンカー英和辞典より

「ブッキッシュな魅力 傑作自薦短編集」という、売る気があるのかないのか分からない帯の文章につられて買ったわけでは全くなく、興味を持った作家の短編集が新刊で出ていたからだ。そうでなければ一生手に取らないような題名作者名装丁帯。だが内容は面白い。


 かれの足はもう自然と我が家のほうにむかった。ママやアユに会おう。かれは明るい道、暗い道を選ばず、ひたすら近道を取った。佐々のことは念頭を離れ、友だちの家で遅くまで遊び疲れた少年のように家路を急いだ。どこかで犬がほえた。川の音がきこえた。急に犬の声がとだえると、川のせせらぎも消えた。洋は走りだそうとはやる気持をおさえ、急ぎ足を保ちながら遠くまで耳をすませた。サンケイ新聞販売店の角を曲った。とふたたび犬がほえはじめた。川の音もまじった。犬がほえているから川も流れるのだ。

『野の寂しさ』より


『黒髪』についてだけ書く。
 小説家であり、実際の事件を基にしたルポタージュを別の名前で書いている「私」という「信頼出来ない語り手」により話は語られる。福岡で起きた美容師バラバラ殺人事件に興味を持った「私」は事件について調べ始める。そして度々「これは小説ではない」と言い続ける。もちろんそれは信用出来ない。短篇小説集であり、それまでの三篇が全て小説であったから疑うわけではない。語り手が「これは小説ではない」と言うから疑うのだ。結局その事件についてのルポタージュは書かれる前に連載が打ちきられる。バラバラにされた死体で唯一見つかっていないパーツ、美しい黒髪の付属物としての頭の謎は解かれぬまま。
 そして「私」の友人が亡くなったという報を聞き、彼が死の直前大学で講義していた「黒髪考──ニッポン文芸史ご案内」という「生徒がたまたま録音していた」ものを全文紹介する。その内容は面白いがそれはひとまずおく。しかしこれは講師の突然の死によって、二回で中断されたものであり、それまで語ってきた結論らしきものも、最後であやふやになって終わっている。それを読んだ「私」は友人が語る中に明らかな虚偽を発見し(それは「私」の母のことである)、講義においてわざわざ語る必要のない友人の母の出奔話に疑いを持つ。
 ここまで来ると、読んでいて何がなんだか分からなくなる。話の意味がとれないというのではなくて、殺人事件も文芸史も、何故こうして語られる必要があるのだろう、作者はこの短篇を何処へ持っていこうとしているのだろう、と。


 くり返すが、これは小説ではない。事実という結果を、それが生起した順に書き写しているノートにすぎない。事実がすべてなのだ。言葉などなにほどのこともない。しかしまた、事実を検証し、それを事実と認定するものは言葉だ。そこに小説する誘惑がたえず忍びこむ。しかし、これは小説ではない。そして、私は事実ではない。


 今ここを読み返して気付いた。別の書物から孫引きする。


「小説はわれわれを事実の展開のなかに参加させ、語られる事柄の中心にわれわれを置き、一種の直観によって、人物の行動と内的生活のさなかにみちびく。これと反対に、物語は次々に述べてゆくという方法によってナラシオンを構成する作者が取りあげる主題である。作者は事件を遠くから眺めるという目的に向ってナラシオンをみちびいてゆく。彼はつねにその素材を支配し、抽象的な、限定された図式の挿絵にほかならぬ一連の分析、肖像、要約、描写によって、読者の心をとらえようと企てる」

辻邦生『物語と小説のあいだ』に引用されている、モーリスベッツ『小説への一瞥』の一節。ナラシオンは語り、語り口。


「私」は福岡美容師バラバラ殺人事件に興味を持った時から、時系列に沿って事実を並べてきたに過ぎない。それは「物語」ではあるが「小説」ではない。このあたりの部分は『物語と小説のあいだ』を読んでもらえば分かりやすい。「私」の周辺の事実を語り続けるならば、それは小説的に終着へと近づくのではない。「黒髪考」の後、福岡の事件のその後について「私」は調べる。その後昔の友人と「私」は中国の奥地へ旅行へ行く。その山中で「黒髪考」を書いた亡き友に似た現地人を見かけたりするが、小説上、この中国旅行には全く意味がない。しかしこれは「小説」ではない。「私」という人物の語る、彼に起こった「物語」であるから、話の尽きるまでに中国旅行へ行った事実があるなら、それも語られなければならない。
 そうして読む途中混乱したことも納得は出来た。しかしこれは「語り手が『これは小説ではない』と言い張る物語という小説」であり、また作者が展開したかった「黒髪を軸にした日本文芸史」でもある。「私」に躍らされるのではなく、あくまで「黒髪」に注目し続けるべきであったのだ。

2004年 講談社文庫 





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Last updated  2004/10/29 12:49:22 AM
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