2004/12/19
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カテゴリ: 国内小説感想
 小説ばかり読むのはいけない、と勘付いた。小説ばかり読んで分かった気になるのも、何か学んだつもりになるのも危ない。
 山に関する古井由吉の文章を集めた一冊。短編集から幾つか抄録された小説が載ってるのがよく分からない。『杳子』を20ページだけ載せた意図は何だろう。『山躁賦』からの数編は、何も抜粋された文章だから読みにくいわけではなく、その本自体人を寄せ付けないものだというのは分かった。


 実際に、昭和三十年代の中頃までは、登山者たちの装備には米軍の放出品が多かった。その代表が寝袋で、朝鮮戦争で戦死した兵隊をつつんで日本の基地の遺体処理場まで運んだものだという噂が流れていた。寝袋にくるまって天幕や無人小屋の闇の底に」横たわるとき、私などはかならずその噂を思い出して、自分が血まみれの凍り付いた屍体になったような気がしたものだった。

『もうひとつの怖さ』より


 本格的登山の経験が私にないせいか、想像が難しい描写が数多くある。そんな中からちょっと心当たりのある箇所を拾ってみた。朝鮮戦争での米軍兵士の死骸の検分を任されていた日本人人類学者の書いた本を読んだことがある。


 彼らは宗教上の理由から、火葬を行うことがない。伝染病などの特別な事情がないかぎり、すべては土葬である。だから戦死体といえども、遺体はそのまま遺族に返さねばならないのだ。



 朝鮮戦争から送られる戦死体は木製の仮棺に納められている。この棺をテンポラリー・カスケットと呼んでいた。もちろん、発掘されてからCIUの解剖台にあげられるまではなんの防腐処理もしていない。この棺は一度大きな倉庫に収められ、処理の順番が来るまでそのまま安置される。実際には”アンチ”というより、”放置”といったほうがあたっているかもしれない。多いときには、これが何百となくつみ重ねられ、文字どおり死屍累々というありさまであった。


埴原和郎『骨を読む――ある人類学者の体験――』 中公新書 1965年 より


 題名から想像出来ない中身に驚愕したものの、素晴らしい本だったのでよく覚えてる。
 古井由吉の書く、内蔵をかき回すような文体の物語は、登山という酷寒な環境下で育まれてもいたのだなあと、主に初期のものだろうけど、と、そう思った後、いや、重装備背負いズシリズシリと歩くような時人は何も考えられないものだ、それが一息ついた時、たとえば山小屋で暖炉に当たっている時などはとめどなく、切り取りようのないくらい言葉が溢れ、聞き役に回る者の神経を惑わす、そんな考えに傾いた。


虫の機縁で土蜘蛛のことをまた思った。あれの巣を、子供の頃にはどれだけ暴いたことか。土の中から塀や壁の根もとに掛かる細長い袋の端をつまんで、そろりそろりと引きあげ、獲物の重みのかかる感触が何とも言えなかった。陽の光の中へ出されるともう身動きもしない。頭と肢はさすがに醜怪だが、腹はむっちりとふくれて、薄くて滑らかな表皮が飴色に透きとおるようで、いかにも無防備で、かわいいやつだった。その腹を指先でしばし撫ぜてから、何をするかというと、頭を腹へ近づけてやる。すると腹を切る。おのれの牙で、おのれの腹を、じつに従順に、あっさりと喰い破る。白っぽい内蔵が流れて出て、肢が小さく体側にすくんで、息はてる。それが不思議で、一度始めると幾度もくりかえしたものだ。そこら近所の塀の根もと、縁の下の土台石の裏まで探しまわり、しまいには酷さに取り憑かれて、いとおしさに泣き濡れた目つきになる。親の声に呼ばれて家に駆けもどり、手を洗って昼飯を掻きこむ間も目の隅から、よじれた熱っぽさが抜けなかった。

『まなく ときなく』より


 これを読むまで、本書も、『山躁賦』も、一度読んだことがあるような気がしていた。手にとったことはあるだろうが、最初の方でつまづき、読み通せなかったのだ、両方とも。今は随筆になら心は開く。『山躁賦』の近付き難さはそのままにして、少し楽に本を読みたい。


アリアドネ企画 1996年





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Last updated  2004/12/20 01:58:32 AM
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