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ニ率会会長代行小金井一家八代目総長堀尾昌志の情婦と書かれている。ニ率会は1990年の山口組との八王子抗争後消滅した。ところで溝口敦の『細木数子 魔女の履歴書』でトコトン叩かれている細木氏。。。青線地帯で育った幼少期,援交の先駆け、実兄からも『パン助』呼ばわり、スケコマシの詐欺師にハマリ多額の負債を負った経緯、ニ率会の堀尾昌志との深く永い契り。。。でもなぁ、俺も数多の韓国のアガッシチブの女と遭った経験からか水商売の女に甘いのかもしれん。否、女が細腕で苦界というか泥沼から這い上がることが如何に困難なのかを知っているからだ。男の方が甘い奴が多いぜ。玉付いている割に根性が無くてな。。。亦この頃彼女の行動を見ると寄付など贖罪基隠匿を積んでいるしな。未だ、敬慕の念は払拭されずだ。^-^bところで銀座のママの時代の写真は綺麗だね。未だ読書中だが溝口敦の筆致も読者をぐいぐいと引き込ませる。先日借りた渡辺淳一の『鈍感力』よりも面白い。尚、ニ率会については2ちゃんねるで基本知識を入手してみた。以下抜粋。住吉よ・・・ニ率会を助けてあげろよ! せっかく住吉の代紋をほしいって言ってるんだぜ! このままでは、ニ率会が稲や菱に見殺しになってしまうぞ! 西口しっかりしろ!名門二率会も消えるのか… かつては新宿歌舞伎町もシマにしていたのに。 幕末の博徒・小金井小次郎を祖にする小金井一家と八王子一家が合体して 結成された組織。 やはり菱との抗争が痛かったか。 ニ率会は山口に完敗して八王子に進出されてしまった。 まだ、懲りてないのか。 住吉の後ろ盾があるから強く出たのか。 本日(3/18)稲川会執行部と二率会執行部の両者間において話合いが行われた。その席上で稲川会側から二率会に対し出された条件とは「二率は解散すること」、「解散しない場合は抗争も辞さない」というものである。この二つの条件の意味するところは、神奈川には一切住吉の代紋はかけさせぬということであり、またそれを飲まないのなら二率の後ろにいる住吉会とも事を構える覚悟があるという意味である。これによりこの件で稲川会は住吉会相手に一歩も引かぬという姿勢を打ち出したことになる。また、例の二代目宅見組と二率会とのいきさつを暗示する意味からか「住吉会が前へ押し出すなら稲川・山口連合で打って出る」とも稲川会側からの発言があったらしい。また、住吉会としても16日の二率会への最初のカチコミがあった直後に、住吉会内きっての武闘派組織である馬橋一家・共和一家らの幹部たちが五代目山口組の関東の主だった組織とその関係者らの住居等の確認作業までしていたのである。つまり住吉会の最高幹部たちは当初よりこのような状況になることを想定していたのだ。 今月は21日に関東二十日会の会合が行われることになっているが、この席での話合いがこれにより更に難航することは必至であり、稲川会側ははっきりと明確な姿勢を打ち出してきたわけだが、これに二率会というより住吉会として如何なる答えを出すかが今後の流れを大きく左右することになる。 いずれにせよ対山口組対策として発足した関東二十日会ではあるが、現状を考えるとその機構そのものが機能しなくなるおそれがある。
2007/07/29
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時代だな 神楽坂商店街で良くお見かけした。🙏🙏🙏 殺界の魔力だった。彼の世では島倉千代子に土下座し詫びて和解し酒を酌み交わして貰いたい。でないと地獄へ堕ちる‼☞島倉千代子と命日が同じ11月8日という奇縁六星占術に拠る占いの結果には以前凝った事がある。然し、次第に冷静に成って振り返るとと後付け、後出しじゃんけんのような所も有った。但し人間にも運気、体調などリズムが有るのも事実だろう。参考程度に読むと良いと思う。◆名門?ニ率会◆細木数子の暴露本で興味持った。◆細木数子魔女の履歴書◆🙎長野県佐久市中込👩李英美💙との思い出💛▼・ェ・▼ 川田亜子の自殺PART2細木数子さん死去【娘・かおりさんコメント全文】「突然のことでした」占術家の細木数子さんが8日に呼吸不全で亡くなったことが10日、分かった。83歳。娘の細木かおりさんがインスタグラムで発表した。六星占術の創始者としてカリスマ的な人気を集め、著書も多数。テレビのバラエティーなどでも活躍した。 かおりさんのインスタグラムに掲載された報告文は以下の通り。悲しい出来事がありました。母・細木数子が呼吸不全で8日に満83歳で永眠しました。突然のことでした。数日前には鰻が食べたいと言って、美味しそうに食べていたのに。ケーキを持って帰ると喜んでいたから、母の分のクリスマスケーキも予約していたのに。いつかは訪れることだと分かっているけど、いざ直面すると想像以上に悲しいです。でも、引退してからは自宅で気ままに過ごしひ孫と笑顔で楽しそうに遊ぶ姿は、あの頃とはまるで違う優しい表情でした。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』細木 数子(ほそき かずこ、1938年〈昭和13年〉4月4日 - 2021年〈令和3年〉11月8日)は、日本の作家、タレント、占術家、新興宗教家。テレビ出演の際の肩書きは心照学研究家、人間学研究家などと称する場合もある。かつては実業家でもあった。東京府東京市渋谷区(現:東京都渋谷区)出身。おひつじ座。養子は占術家の細木かおり。細木に対しては過去の経歴やメディアでの言動に関して、以下の批判がある。北朝鮮に賠償金支払いや米の支援を行うよう発言した。安岡正篤と結婚しようとした時期は、細木自身が新しいことを始めるのはよくないと説明している六星占術における「大殺界」の真っ最中であったことから、細木自身が六星占術のタブーを守っていないとの批判がある。かねてから細木の勧める先祖供養に対し、墓石業者や仏壇業者と組んだ“霊感商法”的な商売ではないかという批判があるが、細木は自著で、業者と組んでいるわけではないと否定し、「そうした疑問を抱く方もときおりおられますが、心が曲がっていることを残念に思います」と述べている[13]。しかし細木の著書の巻末には事務所本部として東京駅前の久保田家石材関連企業の事務所や全国各地にある同社の支店、営業所などの連絡所一覧が載っている[7]。◆パチンコCM◆島倉さん頑張ってるなぁ■哀悼■島倉千代子■ 早朝ウォーキング 雑感■■月刊誌 『サイゾー』 は島倉千代子との過去(数億円の搾取)や、占い師業界の中での評価を理由に批判を行っている。『細木数子の参拝作法』などで放送した、神社の参拝の方法(音を立てないように拍手を打つ、女性は皇后陛下に倣って一拝のみで拍手を打たない、など)が間違っているとして、全国の神社・氏子などから苦情が寄せられ、東京練馬・石神井の「氷川神社」のウェブサイトには「ある占い師が、テレビで間違った作法を教えている」という内容の文章を記載している[14]。また神社本庁も取材に対し「間違った参拝作法をテレビで公言している。(細木サイドに)指導してほしい、という苦情がかなりきています」と明かしている[15]。占いの当たり外れについて「外れた」と責められた時に「私の占いに一つもはずれはない、断言する、ただし悪い予言は、良い予言に変えられる。」と必ず発言をする。週刊現代誌上でノンフィクションライター溝口敦の手による「魔女の履歴書」と題した細木の半生を追ったルポ連載内で、売春斡旋や暴力団との深い関係、 神煕玲からの占いパクリ疑惑を指摘された。それに対して細木は2006年6月に連載差し止めと名誉毀損で6億円の損害賠償を求める訴訟を起こした。溝口によると細木の訴えは当時出演していた「ズバリ言うわよ!」「幸せって何だっけ 〜カズカズの宝話〜」を継続させるための延命工作で、2008年3月に二番組を細木が降板後、裁判所の和解に応じて、同年7月に細木は訴訟を取り下げた。元朝青龍さん「私の日本の母親」細木数子さんを悼む 化粧まわし贈られるなど現役時代から親交 2021/11/10 16:37 中スポ元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジさん(41)が10日、自身のツイッターを連続して更新。83歳で亡くなった占術家、細木数子さんを悼んだ。6連覇を達成し、支度部屋で細木数子さん(右)に祝福される朝青龍=2005年9月撮影 「細木数子先生にお手合わします。素晴らしい人に出会い、正しい行き方に学ぶことに私の日本の母親」「隔離終にお手合わせに行きます」と書き込んだ。 現役時代から親交があり、2006年1月の初場所、08年1月の初場所前には化粧まわしを贈られていた。巡業を回避しながら、モンゴルでサッカーをしていた映像が報じられた騒動からの再出発となった08年初場所向けの化粧まわしは、金色に輝きながら滝を登るコイの図柄で、「心・技・体」ではなく「心・技・“鯉(こい)”」とデザインされていた。 細木さんを巡っては娘(養女)のかおりさんが10日にインスタグラムを更新し、8日に呼吸不全で亡くなったことを明かしていた。細木数子と島倉千代子ファンが投げた紙テープの芯が目に当たり、失明危機と言われたときに治療した人物と恋仲になったが、3億円の借金を作って蒸発。この人物は島倉の実印を押して裏金融から金を借りており、借金は13億円にまで膨らんでいた。・行く手を失った島倉は政治ブローカーの安部正明宅に居候していたが、リサイタルをしていた新宿コマ劇場に連日のように暴力団関係の債権者が押しかけ、激しい取り立てをした。ショーが終わって新宿コマ劇場の楽屋を出て車に乗ると、暴力団関係者が車のボンネットの上に乗って嫌がらせをするなど、地獄の日々を送る。・そこで安部は、新宿を縄張りにしている小金井一家の堀尾昌志総長に“島倉と誰にも面会させるな”という指示を出す。堀尾は“カタギじゃない俺が行くとコマ劇場に迷惑がかかるからウチのにやらせよう”と言い、内縁の妻の細木を向かわせる。・細木は債権者を自分が経営するクラブ“艶歌”に集め、テーブル上に3億円を置いて、“あんたはいくら貸したんだ”“実際に借りたカネより膨らんでいるじゃないか”と詰め寄り、実際に借りた金なら払えると言って、13億円にまで膨らんでいた借金を3億円でチャラにした。これにより島倉の債権者は細木になり、興行権も彼女に移った。・細木は芸能プロダクション「ミュージック・オフィス」を設立。キャバレーやクラブで歌うことを命じ、島倉が所属していたレコード会社のスタッフには“てめぇ”“コノヤロー”とヤクザ口調で、“明日の命だよ”“死ぬ気でやれ”と言う。作曲家も作詞家もそんな細木を恐れて新曲を作らなくなると、光星龍の名で細木自ら歌を作るようになるが、一曲も売れず。・細木への借金は4年で2億円を返したが、いつまで経っても借金が減らない。細木に問いただしても、島倉の負債額は、2億4000万円、4億3000万円、12億円、13億円と、その時々で言い分を変えてくる。そのため、島倉はすでに返し終わっているかもしれない借金のため、馬車馬のごとく働かされる。最終的に借金総額は16億円にも膨らんだ。・働いても働いても借金は減るどころか逆に増えている状況に気づき始めた島倉。これを察知した細木は“あと1億返したら自由にしていいよ”と言う。この状況を見かねた島倉の知人が助け舟を出して、所属レコード会社の日本コロムビア」に仲裁してもらい、日本コロムビア」が細木から島倉の興行権を取得することになる。・しかし、細木は“借金の決着をつけたのは私なのに礼はないのか。1億円くらいもらっても罰は当たらないよ”と激昂して合計2億円を要求し、結局、日本コロムビアは2億円を立て替え、細木との縁を切ることができた。・後年、島倉は“法律が許してくれるならばこの手で刺したい”と、借金を背負わせた相手の名前こそ出さなかったものの、目に涙を浮かべながら語った。それに対して細木は“自分は島倉の恩人”であることを強調し、“お千代はあれ以来私の所に礼にも来ない”と怒っていた。昭和の女傑 細木数子さん逝く…“女ヤクザ”の激しき生涯、山口組最高幹部に原稿潰しを依頼日刊ゲンダイDIGITAL / 2021年11月11日 14時20分 占術家の細木数子さんが、呼吸不全で8日に他界したことを、細木さんの娘(養女)で占術家の細木かおり(42)が10日、自身のインスタグラムで明らかにした。 ツーショットの写真とともに、「母・細木数子が呼吸不全で8日に満83歳で永眠しました。突然のことでした」と別れを嘆いた。■「地獄に落ちるわよ!」 細木数子さんといえば、1986年から35年以上にわたり刊行された「細木数子 六星占術によるあなたの運命」シリーズが大ヒット。2012年に「占い本世界一」としてギネス記録に認定され、17年には累計発行部数1億部を超える記録となっていた。同時に、2000年代はテレビ番組「ズバリ言うわよ!」(TBS系)などに出演し、決めセリフ“地獄に落ちるわよ!”に代表される歯に衣着せぬ物言いで、大ブームとなった。当時、同書を発行していた版元の元社員はこう語る。「社内では、毎年『細木担当』といわれる特命チームが組織され、印刷所、写植屋、カメラマン、ライターなど外部スタッフも含め、超厳戒態勢で制作がなされていました。校了後に写真の差し替えなどの指示もあり、毎年、バタバタでした。粗相を起こして自ら退社した人もいます。細木さんは、衣装から接待費まで数千万単位のお金がかかりましたが、当時はそれを補って余りある売り上げがあったんです。当時の社長のことも“ちゃん付け”。まさに『女帝』と呼ぶにふさわしい存在でした」山口組最高幹部に“原稿潰し”を依頼 横綱朝青龍の現役時代はタニマチ的な存在で、我が世の春を謳歌していた細木さん。テレビ出演の効果は抜群で、お茶の間でも親しまれたが、かつては島倉千代子の後見人を務めたり、暴力団との関係が囁かれたりもするなど決して清廉潔白な道を歩んできたわけではない。そんな細木さんの“化けの皮”を剥いだのが作家の溝口敦氏だった。溝口氏は「週刊現代」06年5月20日号から「細木数子 魔女の履歴書」の連載をスタート。細木さんの虚飾にまみれた“黒い半生”をことごとく暴露した。 これに対し細木さんは、版元の講談社を相手取り6億円の損害賠償を求める訴訟を起こす。一番の争点は、細木サイドが山口組の最高幹部を使い、溝口氏に“原稿潰し”の依頼をしたかどうかだった。溝口氏が当時を述懐する。■テレビをフル活用「こちらはその後、事実関係を突きつけ、相手を追い詰め、観念した彼女はついに訴訟を取り下げたのですが、あれは彼女が番組を継続させ、世間を騒がせるための裁判の悪利用だったと思う。彼女は闇社会との深すぎる関係を持った“女ヤクザ”で、テレビをフル活用して占いで信者を集め、金儲けする虚業家だった。よくも悪くも、昭和を代表する“女傑”だったと言える」 公判中、細木さんは、08年3月に、すべてのレギュラー番組から降板し、テレビ界から姿を消した。表向きの理由は「来年から大殺界なので、テレビはすべてやめる」だった。その後、同年7月に訴訟を取り下げている。「六星占術」はその後、養女に引き継がれ、引退後は悠々自適の生活を送っていたという細木さん。 昭和、平成、令和を生きた希代の“魔女”もついに鬼籍に入った。細木数子さん死去 「少し足が弱っただけでピンピンしてるよ!」毒舌は最後まで冴えていた日刊ゲンダイDIGITAL 2021/11/11 06:302000年代に「ズバリ言うわよ!」(TBS系)や「幸せって何だっけ」(フジテレビ系)など多くのテレビ番組にレギュラー出演した占い師の細木数子さんが8日、呼吸不全のため死去した。83歳。細木さんは中国の易学から編み出したとされる「六星占術」の創始者で、占いに関する書籍で次々とベストセラーを生み出した。「視聴率の女王」とも呼ばれた細木さんだが、近年は引退し、活動を控えていた。数年前から公の場に姿を見せくなったことから、闘病中だという話も流れていた。ただ、芸能ジャーナリストの芋澤貞雄さんは「私が最後に直撃した時は、怒鳴り声を上げるいつもの元気な細木さんでした」とこう語る。「細木さんに最後にお目にかかったのは2017年11月24日のことです。体調不良説を確認するため、東京・神楽坂の細木さんの自宅まで行ったのですが、数週間の張り込みで運良くご本人にお話を伺うことができました。細木さんは白い毛皮にサングラス、腕には品の良さそうなトイプードルを抱いていました。ただ、幾分小さくなっているように見えたため、『失礼ですが、随分お痩せになって、お身体の方は大丈夫なんですか?』と聞くと、『スマートなのは昔からだよ!』『少し足が弱っただけで、ピンピンしてるよ! 余計な御世話だ!』と大声でどやしつけられました。ただ、その直後、彼女はエレベーターに乗る瞬間に急に優しい口調になり、『良く書いてね! わかった?』と言うのです。“さすが元視聴率女王だ……”と改めて納得してしまいました」昭和から平成を駆け抜けた大物がまた逝ってしまった。細木数子さん「地獄に落ちる」から人生訓まで…賛否呼んだ“過激”な占い 女性自身 2021/11/12 06:00「六星占術」で知られる占術家の細木数子さんが亡くなった。83歳だった。2004年から2008年にかけて放送された『ズバリ言うわよ!』(TBS系)で注目を集めた細木さん。「地獄に落ちるわよ!」という決めゼリフで人気を集めた。生年月日から算出される“運命星”をもとに占いを行う「六星占術」を独自に編み出した細木さん。しかし、占術家としての活動を始めたのは1982年、44歳の頃で、それまでは新橋や銀座でクラブを経営して生計を立てていた。「カフェを経営していたお父さんの商才も手伝ったのか、細木さんは17歳の若さで自ら店を経営していたそうです。借金に苦しんだ時もあったそうですが、返済するために新たにオープンした店が繁盛し、かえって儲かったといいます」(テレビ局関係者)その後、占術家に転身。1985年に出版された『運命を読む六星占術入門』(ごま書房)はベストセラーとなり、一躍人気占い師に。2004年には人生相談バラエティ『ズバリ言うわよ!』の放送もスタートし、平均視聴率16.3%を誇るなど人気を博した。お笑い芸人に改名を勧めるなど、激烈な言葉で叱責することも少なくなかった細木さん。しかし、その言葉は時として人生の重要な“道標”にもなっていた。「常に舌鋒鋭く相談者を占う細木さんでしたが、番組で手料理を披露するなど家庭的な一面を見せることも。また、占いも叱責ばかりではなく、『感謝の気持ちを忘れないようにしなさい』『持っていても仕方ないから自分のために散財しなさい』とシンプルで役に立つ人生訓には多くの人が心を打たれていました」(前出・テレビ局関係者)いっぽう、過激さゆえに批判を浴びることも。「番組内で使われたパネルでくりぃむしちゅー・有田哲平さん(50)を叩いたりして、『親が子どもに見せたくない番組』に選ばれたこともありました。『地獄に落ちるわよ』も決めゼリフとして多用されていましたが、放送倫理・番組向上機構(BPO)から抗議されたこともありました」(前出・テレビ局関係者)細木さんの過激な言葉は今も多くの人の心に刻まれているーー。1. 匿名@ガールズちゃんねるhttp://news.yahoo.co.jp/articles/773d1173f051dc8ae5068304d52b595790045a08横綱朝青龍の現役時代はタニマチ的な存在で、我が世の春を謳歌していた細木さん。テレビ出演の効果は抜群で、お茶の間でも親しまれたが、かつては島倉千代子の後見人を務めたり、暴力団との関係が囁かれたりもするなど決して清廉潔白な道を歩んできたわけではない。そんな細木さんの“化けの皮”を剥いだのが作家の溝口敦氏だった。溝口氏は「週刊現代」06年5月20日号から「細木数子 魔女の履歴書」の連載をスタート。細木さんの虚飾にまみれた“黒い半生”をことごとく暴露した。これに対し細木さんは、版元の講談社を相手取り6億円の損害賠償を求める訴訟を起こす。一番の争点は、細木サイドが山口組の最高幹部を使い、溝口氏に“原稿潰し”の依頼をしたかどうかだった。溝口氏が当時を述懐する。「こちらはその後、事実関係を突きつけ、相手を追い詰め、観念した彼女はついに訴訟を取り下げたのですが、あれは彼女が番組を継続させ、世間を騒がせるための裁判の悪利用だったと思う。彼女は闇社会との深すぎる関係を持った“女ヤクザ”で、テレビをフル活用して占いで信者を集め、金儲けする虚業家だった。よくも悪くも、昭和を代表する“女傑”だったと言える」細木数子さん 不動産だけで15億円超…巨額資産を養女に遺した“周到な終活術”WEB女性自身 / 2021年11月16日 6時0分「あんた、地獄に落ちるわよ!」この衝撃的なセリフで一世を風靡した細木数子さんが、11月8日にこの世を去った。83歳だった。彼女といえば、『細木数子の六星占術 あなたの運命』シリーズが2017年に累計1億冊を突破するなど、「六星占術」が一躍ブームに。『ズバリ言うわよ!』(TBS系)、『幸せって何だっけ~カズカズの宝話~』(フジテレビ系)と冠番組を持ち、一時は“視聴率女王”の名声もほしいままにした。2008年にテレビのレギュラー番組を終了して以降、六星占術の活動に専念しつつ、“終活”の日々を過ごしていた。2014年秋には、自身の勉強会で、自らの最期の時まで予言をしていた――。「細木先生は、『私の寿命はあと5年。もう死に支度を始めているのよ』と話されていました。毎年新年恒例となっている京都の初詣会では、2019年からは後継者の細木かおりさん(42)が壇上に上がっておられます」(知人)2年ほどずれたが、自分の死期を悟っていた細木さん。六星占術の活動は、かおりさんに少しずつだが着実に継承されていった。「かおりさんは細木先生の妹の娘、姪っ子にあたります。3歳まで一緒に暮らしたこともあり、本当の母のように慕っていました。かおりさんは先生のマネージャーなどを経て、2016年に養子縁組して、細木先生の養女となりました。2019年1月には、細木さんが自身の会社の取締役を外れ、かおりさんとその夫へ実質的に会社を譲りました」(前出・知人)会社だけでなく、細木さんが築いた莫大な資産も、かおりさんが受け継ぐことになる。本誌が2016年に報じた東京・神楽坂にあるビルは、細木さん個人とこの会社が保有している。今でも高い評価額がつくという。「人気の通りに面しており、地価は上がっています。土地だけでも2億5千万円ほどで、建設から時間がたっているとはいえ、上物と合わせて3億5千万円にもなる物件です」(神楽坂の不動産業者)■不動産だけで合計15億円超この細木さんの会社は、京都に2つの豪邸を所有しており、敷地面積は合計で600坪を超える。さらに本誌はこれまでに、細木さんが周辺の土地を買い進めて“寺院”を建設し、説法会を開いているとも報じていた。「買い進めた周辺の土地は合わせて5千500坪を超え、立派な御堂や庭、集会場などがどんどん建っていきました。これらの“寺院群”で、細木さんは多くの人を集めて説法会を開いていました。この“寺院群”は2つの宗教法人で所有しているのですが、もともと、細木さんの会社が持っていた土地。2017年から昨年くらいにかけて、この宗教法人に寄付したり、売ったりしていました」(京都の近隣不動産業者)弁護士法人「天音総合法律事務所」代表弁護士の正木絢生さんはこう解説する。「会社法人が宗教法人への寄付を禁じるルールはなく、法的に支障はありません。また、宗教法人は不動産の寄付を受けても、贈与税は課せられません。ただ、寄付する企業と寄付を受ける宗教法人で、実質的に“支配者”が同じとみられる余地がある場合には、相続税法第66条第4項に基づいて、宗教法人側が課税される場合はあります」寄付を受けた宗教法人については、“細木さんの影響下にある人物が代表”と報じられたこともあるが、細木さん側は否定し続けている。とはいえ、こうした“京都の資産”の価値は――。「宗教施設の売買実績は少なく、豪邸も古い木造で評価が難しいのですが、一帯のすべての土地や建物を合わせて12億円ほどになります」(前出・京都の不動産業者)不動産だけで合計15億円超……。しかし、「遺産の全容は見当もつかない」と明かすのは、六星占術の書籍がブームとなった当時の細木さんを知る出版関係者だ。「最も売れた2004年だけで、会社に数十億円もの利益をもたらしていて、細木さんへの接待費は年間1億円を軽く超えていたそうです。テレビに出ていたころは、出演料だけで年間5億円は稼いでいたそうですし、ご自宅にも本人いわく『何億円もするのよ』という家具がゴロゴロありました」長い時間をかけて“終活”を進めていた細木さん。かおりさんに持てるすべてを引き継ぎ安心したのか、周囲には“やりきった姿”を見せていたようで――。「最後にお姿を見たのは2019年秋ごろ。京都に来ると、2週間くらいいてはったようですわ。お屋敷の周りを、愛犬を連れて散歩されるんです。痩せた体で、ゆっくり一歩ずつ足を進めていて……。今思えば、豪邸やお寺の増改築が終わったころでしたから、最後に自分の目で見て回りたかったのかもしれまへん」(京都の近隣住民)養女にすべてを譲り渡した“傑物”は、静かに旅立った。細木数子さん告別式 都内で営まれる 報知新聞社 2021/11/16 14:57今月8日に呼吸不全のため83歳で死去した、人気占い師・細木数子(ほそき・かずこ)さんの告別式が16日、東京・南青山の梅窓院で行われた。 告別式は午前11時半ごろから始まり、午後1時25分ごろに約100人の参列者が合掌する中、白色のひつぎが運び出され、出棺された。細木さんの娘・かおりさんとみられる関係者らは、位牌(いはい)や、遺影を手に斎場へ向かった。 14日には、同地で一般向けのお別れ会を実施。15日には通夜が営まれ、親族や歌手・和田アキ子ら著名人らが参列した。事務所関係者によると、16日中に荼毘(だび)に付される予定という。 細木さんは、中国の易学を学び編み出した「六星占術」に関する著作を出版し、80年代にブームを巻き起こした。「あんた死ぬわよ」などの“決めぜりふ”で知られ、テレビ番組にも多数出演し「視聴率の女王」と呼ばれた。タレントに改名を勧め、元「アニマル梯団」のおさるは「モンキッキー」、コアラは「ハッピハッピー」に一時芸名を変えたこともあった。細木数子さんお別れの会、著書並び故人の遺志で白き祭壇 ウンナン、くりぃむ、野村克則氏、元朝青龍らが供花 11/15(月) 5:00 サンスポ8日に呼吸不全のため83歳で死去した占い師、細木数子さんのお別れの会が14日、東京・南青山の梅窓院で営まれた。【写真】親交のあった著名人からの供花が並んだ祭壇遺影は著書「平成30年度版あなたの運命」の表紙写真。祭壇は白菊で飾られ、著書が並んだ。関係者によると「真っ白な心でいきますので、お釈迦様、好きな色にお染めください」という故人の遺志を込めたという。場内には細木さんが好きだった歌手、美空ひばりさんの「川の流れのように」「愛燦燦」などが流れた。親交のあったお笑いコンビ、ウッチャンナンチャンの内村光良(57)や南原清隆(56)、くりぃむしちゅーの上田晋也(51)や有田哲平(50)、プロ野球楽天を退団した野村克則氏(48)、大相撲の元横綱朝青龍(41)らからの供花が故人を見送った。15、16日には親族や関係者が参列して通夜と葬儀・告別式が行われ、16日に荼毘(だび)に付される。細木数子さん 不動産王が終の棲家に選んだ意外な「庶民的物件」 2021/11/19 19:15 週刊ポストセブン「あんた、地獄に落ちるわよ!」。そんな決めゼリフで一世を風靡した細木数子さんが11月8日に呼吸不全で亡くなった(享年83)。 細木さんといえば、中国の算命学や易学を元にした『六星占術』の生みの親で、関連著書の発行部数は累計1億部を突破。「テレビのレギュラーを多数持っていた2000年代前半は、著書の印税も合わせて年収20億円超とも言われました」(スポーツ紙記者) 莫大な収入の使い道の一つが不動産だった。「都心の一等地に事務所や大豪邸を建て、京都には別荘のほか、70億円かけて寺院を建立したという報道もありました」(同前) そんな華やかな世界に身を置き続けた“女帝”だが、終の棲家に選んだのは意外な場所だった。細木さんを知る芸能関係者が語る。「2018年に東京と埼玉の県境に事務所名義でマンションを購入しました。決して著名人が住むような高級エリアではなく、物件自体も億ションとはほど遠い庶民的なもの。都心のもうひとつの邸宅や京都の別荘で過ごすこともあったようですが、“不動産王”としての顔を併せ持つ細木さんが最後に購入したのがこんなにも質素な物件だったことは意外に感じました」 細木さんの事務所は「マンションを購入した事実はありません」と回答したものの、購入当時、本誌がマンション住人を取材すると、細木さんとスタッフの出入りする姿が目撃されており、「まさかここにあの細木さんが住んでいるなんて……」と口を揃えて驚いていた。「80歳を超えて体力も衰え、騒がしい都心のど真ん中ではなく、静かな地で過ごしたいという意向もあったのではないでしょうか。あるいは晩年の姿を周囲に見せたくなかったのかもしれません」(前出・スポーツ紙記者)女帝の“終活”は静かなものだった。※週刊ポスト2021年12月3日号闇の世界の🚺だったが最期は静やかな幕引きを考えていたようだ。
2021/11/10
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姚明女儿姚沁蕾の事で調べていたらもっと凄い女子の存在を知った。名を张子宇という山東省済南市の女学生。姚沁蕾は2010年5月22日生まれの11歳だが、其時张子宇は2mを超え小6時に2m11㎝に達した。2007年5月生まれで沁蕾より3歳年長の彼女は現在14歳にして身長が2m27㎝に成っている。既に2m26㎝の姚明(229㎝の説も有)より背が高いという。中国は私の期待を裏切らない📚小学校6年時211㎝お父さんはチビで214㎝しかなく母親は僅か198㎝。コーチを挟んで右端の小さい男の子は2m17㎝の高校生。現在227㎝ 山東西王所属2023 09 08 228㎝ ➡ 今ここ
2021/09/20
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全盛期は兎に角カッコ良かった。YOUNG MAN(Y.M.C.A) ※の爆発的ヒットから,勇気があれば,悲しき友情,愛の園,俺たちの時代と。。。※ 振り付けで身長が1cm伸び181cmと成った。此れマメな。此の新御三家の中では野口五郎は勿論の事郷ひろみ※をも人気で凌駕していた。※郷ひろみはセクシーユーしか覚えていない。 小川哲哉の決定!全日本斯様選抜 文化放送然し何十年後兄貴格の西城秀樹が四方や斯様な姿に成るとは思いだにしなかったね。彼の快復を祈念すると共に自身は日々の節制に努めたい。令和6(2024)年4月 東京都新宿区高田馬場昭和47年 高田馬場駅 北口 東京都新宿区高田馬場1丁目26−7名店ビル前https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92169-0075+%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E9%AB%98%E7%94%B0%E9%A6%AC%E5%A0%B4%EF%BC%91%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%92%EF%BC%96%E2%88%92%EF%BC%97/@35.7131125,139.7049043,3a,75y,111h,90t/data=!3m7!1e1!3m5!1sBIjcZjpezfEG8v9ePvsEsw!2e0!6s%2F%2Fgeo2.ggpht.com%2Fcbk%3Fpanoid%3DBIjcZjpezfEG8v9ePvsEsw%26output%3Dthumbnail%26cb_client%3Dsearch.TACTILE.gps%26thumb%3D2%26w%3D86%26h%3D86%26yaw%3D111.9823%26pitch%3D0!7i13312!8i6656!4m5!3m4!1s0x60188d396a7d8001:0x6d21571bc4438c08!8m2!3d35.7130352!4d139.70514西城秀樹 (李乙龍) 이을용 出生名 木本 龍雄 出生 1955年4月13日 法務省告示 第四百三十二号 左記の者の申請に係る日本国に帰化の件は、これを許可する。 昭和五十年十二月十日 法務大臣 稻葉 修 東京都港区赤坂七丁目五番二十七号 李乙龍(木本龍雄)昭和三十年四月十三日生
2016/07/15
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恋はドンファン♬♩♫♪紀州のドンファンこと野崎幸助の馬鹿面を見ると条件反射で浜田朱里を想い出す。浜田朱里はアイドル全盛時代の1980年ポスト山口百恵と目された美形歌手。ルックスは松田聖子を凌駕していた浜田の歌のフレーズ。浅学菲才、無知蒙昧、ただ金を持っているだけの色情狂野崎幸助(77)。女を見る目が全く無く自業自得の感を否めない。被害者だがどうしても同情できず,無様な最期を見て思わず哀れで苦笑してしまう輩だった。実母がご存命と言うから,無学早婚の家系としても100歳近いか。此奴は長寿の家系だから日野原重明先生を引き合いにして120歳まで生きると法螺を吹いたらしい。喜寿で殺害されなければ、何十年も馬(愚)齢を重ねていたかもしれないね👻変身前変身後世間に恥を撒き散らしながら地獄の底へ落ちて行った野崎幸助はいい晒し者であり笑い者だ。後世まで語り継がれる馬鹿だろう。二度の脳梗塞の後遺症でステテコ姿で糞を漏らす為、常時オムツを着用している醜悪極まりない小男の爺。此奴に毎晩迫られる女も堪ったものではない。此奴に対して生理的な嫌悪感を感じる人が多いのも頷ける。中卒、無学で苦労の末財を成したが,ただ其れだけの成金。齢八十に届く人間とは到底思えぬ極めて品性下劣で幼稚な言動が際立った。下種な欲望を剝き出しで見かけで女を選び、札束で頬を叩き、恰も物を揃えるかのように手に入れて来た。当然そんな男に靡く女は性的には魅力だが人間性は曰くつきの女しか寄って来ない。野崎の馬鹿はまさか自分の最期がこのような形で幕を下ろすとは思いだにしなかっただろう。殺された元妻須藤早貴(25)に清水寺で「君と結婚できなかったらボクはここから飛び降りますよ」というプロポーズを吐いたらしい。斯様迄して口説いた女房に殺されたのだから本望だ。野崎よ、無学で文才もない貴様がゴーストライターに書かせた屑本、ブックオフでもう少し安くなったら送料無料との兼ね合いで購入し読もうかと思う(現在300円もする)1941年、和歌山県田辺市生まれ。酒類販売業、不動産業などを営む実業家。地元の中学を卒業後、鉄屑拾い、コンドームの訪問販売、貸金業など様々な商売を手がけ、裸一貫で億単位の財を成す。2016年2月に50歳下の愛人に6000万円相当の金品を盗まれワイドショーなどで話題となり、同年12月に上梓した『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』(講談社+α文庫)がベストセラーに(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)『紀州のドン・ファン 野望篇 私が「生涯現役」でいられる理由 講談社プラスアルファ文庫』より紀州のドン・ファン不審死、25歳の元妻を殺人容疑で逮捕読売新聞 / 2021年4月28日 12時4分和歌山県田辺市で2018年5月、会社経営者野崎幸助さん(当時77歳)が急性覚醒剤中毒で死亡した事件で、県警は28日、元妻の会社役員須藤早貴容疑者(25)(東京都品川区)を殺人と覚醒剤取締法違反容疑で逮捕した。県警は須藤容疑者の認否を明らかにしていない。野崎さんは資産家として知られ、自身の半生や多数の女性との交際をつづった著書から「紀州のドン・ファン」と呼ばれていた。 発表によると、須藤容疑者は18年5月24日、当時一緒に住んでいた田辺市の自宅で、何らかの方法で野崎さんに覚醒剤を飲ませて急性覚醒剤中毒にさせ、殺害した疑い。 野崎さんは同日正午頃、自宅近くの会社から帰宅。午後10時半頃、2階寝室のソファでぐったりしているのを須藤容疑者と家政婦の女性が発見し、通報で駆けつけた救急隊員が死亡を確認した。 県警が遺体を司法解剖したところ、血液や胃などから致死量を超える覚醒剤成分が検出され、死因は急性覚醒剤中毒と判明。野崎さんの遺体に注射痕など覚醒剤を使用していた痕跡はなく、県警は何者かが口から覚醒剤を摂取させたとみて殺人容疑で捜査していた。 捜査関係者によると、野崎さんが覚醒剤を飲まされたとみられる時間帯に家政婦が外出し、室内に須藤容疑者しかいなかったことなどから、須藤容疑者の関与を調べていた。 野崎さんは酒類販売会社のほか、不動産業や消費者金融業を手がけ、1990年代には高額納税者としてたびたび公示されていた。須藤容疑者とは2018年2月に結婚していた。須藤容疑者「死んだら私にお金が入るの?」 資産家殺害事件 朝日新聞社 2021/04/28 20:31和歌山県警の捜査員が、東京都品川区の高層マンションで須藤早貴容疑者(25)を殺人などの容疑で逮捕したのは28日早朝だった。逮捕時は自宅に1人でいたという。 東京から和歌山への移送中、報道陣の前を通った車の中では、須藤容疑者は後部座席に座り、ほぼうつむいたままだった。 須藤容疑者は札幌市で生まれ育った。実家の近隣住人らの話では、3人きょうだいの2番目で、子どものころは、活発な姉や弟と比べておとなしい印象があったという。 札幌の美容専門学校を出た後、東京で暮らしていた須藤容疑者が55歳上の野崎幸助さんと結婚したのは事件の3カ月前だった。 野崎さんの親戚の80代男性によると、野崎さんが「やっと籍を入れてくれる女性が見つかった」と喜んでいたという。男性は野崎さんの葬儀で初めて須藤容疑者と会った。スマートフォンをいじる姿が印象に残ったという。野崎さんと50年来のつきあいという女性(69)は、初めて須藤容疑者と会ったとき、「野崎さんが死んだら私にお金が入るのか」と聞かれたという。祭壇の写真を見ると、ビール瓶と一緒に供えられているのは「20円引き」のシールが貼られたサンドイッチ。自宅には小さな祭壇が設けられ、遺影と遺骨、位牌が置かれているが、位牌に書かれている戒名は6文字と短いものだ。法道玄幸居士「戒名の一番上に院号を付けると料金は高額になるが、僧侶に頼めば誰でもつけることができる。それがついていないので、ごく一般的なランクの戒名のようです。生前、寺に貢献した方には院号がつくことが多いので、お寺とは縁がなかったのでしょう。地域の名士の方にも院号がつくことが多いので、大金持ちといわれる人の戒名としては意外ですね。55歳年下の元妻は「涙も流さず、困った様子もなかった」親族拭えぬ不信感[2021年4月28日19時25分]和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん=当時(77)=を殺害したとし元妻の須藤早貴容疑者(25)が逮捕された事件で、野崎さんの親族の中には55歳も年下の結婚相手を当初から不審に思う人もいた。発生から3年後の急展開に「真相を明らかに」と話す。 同市内の親族男性(69)は野崎さんとは疎遠だったが、通夜には参列して須藤容疑者の姿を見た。「田舎にはいないモデルみたいな人で派手な印象だった」と振り返る。容疑者は通夜の間、ずっと携帯電話の画面を見ていたといい「涙も流さず、困った様子もなかった」。男性は不信感が拭えなかった。「どのような証拠で警察は逮捕に踏み切ったのか。亡くなった経緯や理由について、本当のことを知りたい」 別の親族男性も「真実が明らかにならないと(野崎さんが)浮かばれないだろう」と語った。 須藤容疑者と同じ札幌市内の専門学校に通っていた女性は、容疑者が学生時代にホストクラブに通っていたことが記憶に残っているという。女性は「年上の男性を好きになるタイプじゃなかったから、なぜ(野崎さんと)結婚したんだろうと思っていた」と眉をひそめた。 須藤容疑者の祖母は札幌市北区の自宅でインターホン越しの報道陣の取材に応じ「何もお答えできません」と話した。(共同)《紀州のドン・ファン事件》「月100万円の小遣い」を条件に老資産家と結婚した元妻が「殺人容疑」で逮捕されるまで「週刊文春」編集部 2021/04/28 17:30早朝5時半過ぎ。大崎駅近くにそびえるタワーマンションの駐車場から、須藤早貴容疑者(25)を乗せたワンボックスカーが姿を現した。カメラのフラッシュが一斉に焚かれると、3列シートの最後尾に座っていたスッピンの早貴は、俯いて素顔を隠す。その身柄は、羽田空港から午前7時30分発の南紀白浜空港行きの空路を使い、事件の舞台である和歌山県田辺市の田辺警察署に移送された。3回目の命日を前に、“紀州のドン・ファン”事件が大きく動いた。2018年5月24日夜、和歌山県田辺市の資産家・野崎幸助氏(当時77)が、急性覚醒剤中毒で変死していた事件。 4月28日朝、和歌山県警は野崎氏の3番目の妻・早貴を殺人などの容疑で逮捕した。「1週間前の4月20日、和歌山県警捜査一課の捜査員10名が都内に入り、早貴の行動確認を続けていました」(捜査関係者)家政婦が自宅を離れる“約3時間の空白” 事件発生当初から、最も疑わしかったのが、第一発見者の早貴だった。野崎氏が死亡していたのは、自宅2階の寝室。当日午後10時過ぎ、寝室に上がった早貴が、ソファで全裸のまま息絶えた野崎氏を見つけ、自ら119番通報している。 野崎邸には、東京から月に10日ほど通っている家政婦の女性も寝泊まりしていたが、夫婦水入らずの時間帯を捻出すべく、必ず自宅を離れる時間帯があった。その日も家政婦は、午後4時頃から7時半頃まで外出。つまり、早貴が野崎氏に覚醒剤を盛るには十分な、約3時間の空白が存在しているのだ。「容疑者候補のアリバイを1人ずつ潰していき、その夜、自宅で野崎氏に覚醒剤を経口摂取させられたのは、自宅で2人きりだった妻しかないという結論に至った。野崎氏に覚醒剤使用歴や自殺の可能性も認められない一方、押収した早貴のスマホから覚醒剤について調べた形跡も確認できた。“凶器”の覚醒剤の入手経路についても、すでに早貴と関わった密売人を聴取済。あとはいつ逮捕するかだけだった」(同前)犯行が可能だったのは早貴しかいない 事件から1年を過ぎた時点で、捜査当局はXデーを見据え、関係者の調書を次々と完成させている。捜査に協力した野崎氏の知人もこう証言する。「早貴のことを中心に聞かれました。調書作成の際、検事さんから『もし裁判(公判)になったら同じことを証言してくれるか』と聞かれ、了承しました」 だが、そこからしばらく捜査は停滞。別の捜査関係者が明かす。「任意聴取の様子からも、早貴は徹底的に否認すると思われ、覚醒剤を入手したことが分かっても、その日、殺意を持って野崎氏に覚醒剤を摂取させたことを、どう立証するのか、公判の難しさも想定できた。一方、現場がもたもたしている間に早貴が海外逃亡する可能性も出てきた。状況証拠の積み重ねによる消去法だが、犯行が可能だったのは早貴しかいない。そこで、昨年夏に就任した、前警察庁捜査一課長の親家和仁・和歌山県警本部長と警察庁が主導するかたちで、今回の逮捕に至ったのです」「殺人容疑で逮捕」の舞台裏 当初は“入口”を詐欺容疑とする方針もあったが、いきなり殺人本件に。それにはこんな舞台裏があった。「早貴が知人から借りた5000万円を返してない金銭トラブルの立件も検討されたが、早貴の方も、逮捕される日に備えて、腕の立つ弁護士を雇い、入念な打ち合わせをしている。別件で逮捕しても否認は目に見えており、殺人容疑で逮捕すれば、空港で弁護士が来る前に話を聞く時間も確保できる。それなら最初から本件で行こうと」(同前) 裏を返せば、捜査当局はそれだけ殺人の立件に自信を持っているともいえそうだ。死亡する直前に起きたある“事件” 2017年暮れ、知人の縁を通じて野崎氏と知り合い、翌2018年2月には入籍した早貴。その頃、東京に住んでいた早貴は、結婚の条件として「月に100万円の小遣いをもらうこと」を上げ、野崎氏もこれを了承。55歳年下の美女を娶り、周囲に戸籍を見せびらかすなどして3度目の結婚を大喜びした。だが――。 野崎氏が経営していた会社の元従業員が語る。「早貴が田辺の野崎邸で同居するようになったのは、4月に入ってから。一日中スマホを見て過ごし、何もしない早貴を目の当たりにして、気の短い(野崎)社長は同居してすぐ『あの女はあかん。離婚や』と言い始めました。お金のために一緒になったと言い切っていた早貴も動揺するでもなく、『それならしっかり慰謝料をもらうから』と。亡くなる当時、社長はすでに別の女性にゾッコンになっていました」 死亡する直前の時期、野崎氏の会社内では、ある“事件”が起きていた。「早貴が出演しているAV作品を、若い社員がネットで見つけたんです。社長が死んだのは、ちょうどその話題で持ち切りになっていたさなかでした。早貴はAV出演の過去が社長にバレたら、社長からたいした慰謝料が取れなくなると考えたんじゃないでしょうか。早貴はファッションモデルという触れ込みでしたから」(同前) セレブ生活に憧れて北海道から上京。老資産家と入籍して105日で未亡人となった早貴は、さらに1000日余りを経て、夫殺しの容疑者となった。(「週刊文春」編集部/週刊文春)紀州のドン・ファン事件 喪主挨拶する須藤早貴容疑者の姿、通夜では怒号も2021/04/28 16:15newsポストセブン“紀州のドン・ファン”事件は、3年近くが経って大きな転機を迎えている。和歌山県田辺市の実業家で野崎幸助氏(享年77)が自宅で急死した事件。和歌山県警が55歳年下の元妻・須藤早貴容疑者(25)を殺人の疑いで逮捕した。週刊ポスト取材班は、2018年5月に行われた野崎氏の葬儀に出席していた須藤容疑者の姿を捉えた映像を入手していた。 動画は、葬儀会社がまとめたと思われるもので、葬儀中の写真がスライドショーのような形式で映されていた。その中には、須藤容疑者が喪主挨拶をする姿もあった。 2018年5月30日に営まれた告別式の参列者は20人ほどだった。同年2月に野崎氏と結婚した須藤容疑者は黒いパンツスーツのような服装だったが、足元はグレーのハイヒール。真っ赤な口紅にマスカラをつけ、手鏡で頻繁にメイクの確認をしていたという。「本日はお忙しい中、故人のために参列してくださりありがとうございました。また、生前は故人がご厚情を賜りありがとうございました。これからも、故人と変わらず、ご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます」と参列者が驚くほど短い喪主挨拶を淡々と行なった須藤容疑者。当時、参列者のひとりは取材にこう語っていた。「挨拶前には近くにいた従業員に挨拶のメモを見せながら、『コレなんて読むの?』と聞いていました。誰かに作ってもらった文章だったのでしょうか」 野崎氏が急死したのは2018年5月24日。遺体は解剖されたため、通夜は5日後の29日、葬儀は30日に執り行われていた。遺体からは大量の覚醒剤成分が検出されていた。通夜に出席した関係者はこう明かしていた。「(野崎氏の)親族のひとりが怒鳴っていて。『いくらなんでも、おかしいんじゃないか』って。別の親族は『通夜の場でそんなこと言うものじゃない』となだめていましたが、早貴さんはヘラヘラ笑っていたんです。 それを見て先ほどの親族が『挨拶もないんかい』『なんで笑うんや』『死んで嬉しいんかい!』と怒鳴っていました。それを見ても早貴さんはスマホをいじっていた」 怒号が飛ぶ通夜──翌日の葬儀でもスマートフォンをいじる姿が目撃されていたというが、棺に花を入れる時には、周囲の泣き声とともに、須藤容疑者も鼻をすすって目に涙を浮かべていたという。 和歌山県警は、何者かに覚醒剤を摂取させられた可能性があるとみて捜査を続けていた。入念な捜査の結果、須藤容疑者が関与した疑いが強いと判断した模様だ。 今後は須藤容疑者がどのように覚醒剤を入手したのか、動機や覚醒剤を摂取させた方法などについて、詳しい捜査が続けられる。「紀州のドン・ファン」近隣住民「この辺の人はもう関心ない」…元妻逮捕に和歌山・田辺市の自宅周辺反応 報知新聞社 2021/04/29 06:00和歌山県田辺市の資産家で「紀州のドン・ファン」と呼ばれた酒類販売会社の元社長、野崎幸助さん(当時77)に2018年、致死量の覚醒剤を口から摂取させて殺害したとして、県警は28日、殺人と覚醒剤取締法違反(使用)の疑いで、元妻の須藤早貴容疑者(25)を逮捕した。須藤容疑者の身柄がある県警は認否を明かしていないが、覚醒剤は容疑者が入手したとみており、動機などについて取り調べを進めている。 事件現場となった田辺市の野崎さんの自宅前はこの日、報道陣約30人が駆けつけたが、ピンク地に白いタイルの派手な外壁とは裏腹に、家主を失い3年、時が止まったようにひっそり。近所の住民によると、財産が市に寄贈されているため「たまに市が草刈りに来る」が、監視カメラが向けられた空き地は荒れ放題だった。 近所に住む会社経営の男性(83)は、かつて野崎さんの運転手を務めていた。野崎さんが白浜のホテルで開いた誕生日パーティーに招かれ、須藤容疑者と並んでうれしそうな姿を見たという。「背伸びしてチュー(キス)をする姿は目も当てられなかった」と振り返った。 近所の女性は「数日前に週刊誌が取材に来ていたので、逮捕は驚かなかった。この辺の人はもう関心がないよ」。別の若い主婦は「静かな街ですので、ホッとしました」と安どの表情を見せた。紀州のドン・ファン」元妻が遺産相続に執着 和歌山カレー事件と同じ消去法で立件 2021/04/29 12:00 AERA dot. 「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん(当時77)が2018年5月に覚せい剤中毒で怪死した事件で4月29日午前、和歌山県警は殺人容疑などで逮捕した元妻の須藤早貴容疑者(25)を送検した。 事件当初から野崎さんが死亡した現場には、須藤容疑者と家政婦しかおらず、「疑惑の人物」と和歌山県警にマークされていた。「須藤容疑者が覚せい剤を入手していたという接点がしっかりと得られたことが重要だった」(捜査関係者) しかし、和歌山県警はこれまで数十回にわたり事情聴取してきたが、須藤容疑者は容疑を否認。発想を転換し、須藤容疑者しか犯行に及ぶことができない、動機があるという「消去法」で捜査をしてきたという。 和歌山県警の逮捕時の記者会見では、須藤容疑者の認否については明かされていない。「これまで3年近く否認してきたわけや。逮捕されたから、すぐやりましたなんて、まあ喋らんよ」(前出の捜査関係者) 覚せい剤という凶器を使っての密室での犯行。目撃証言もないことで捜査は何度も暗礁に乗り上げた。しかし、和歌山県警では過去にそっくりの事件があった。 1998年7月、和歌山市園部の夏祭りの屋台に出されていたカレーにヒ素が混入され、4人が死亡、67人がヒ素中毒となった和歌山カレー事件だ。 カレーの調理現場には複数の住民がかかわり、足を運んでいた。逮捕されたのは、林眞須美死刑囚(死刑判決確定)で、立件のポイントなったのが、一般には流通していない、猛毒のヒ素を所持していたこと。カレーの調理現場で林死刑囚が一人になる場面があった、近所との折り合いが悪く、トラブルが多々あり、カレー調理時も険悪な雰囲気だったことで激高したことなどが動機とされた。つまり、林死刑囚しか犯行に及ぶことができなかったという「消去法」で立件したのだ。 和歌山県警は須藤容疑者が覚せい剤を入手していたことは認めている。 野崎さんが自宅で急死した時、須藤容疑者が第一発見者で、妻として食事を作るなど、覚せい剤を混入する機会が多くあったとみられる。そして動機もあった。野崎さんが経営していた会社の元社員の証言だ。「野崎さんは東京から和歌山になかなか戻らない須藤容疑者に『もう離婚や』と怒っていた。遺産は長く飼っていた愛犬のイブに相続させると話していた。須藤容疑者には毎月100万円がお手当で払われていたが、『和歌山に来ないなら払うのは、もうやめや』とも言ってましたわ」 須藤容疑者は野崎さんが死亡後、経営していた会社の役員に就任し、4000万円近くの報酬を得ていた。また、会社の預金口座から、多額の金が須藤容疑者に入金されていたとの情報もある。「須藤容疑者が55歳も年上の野崎さんと結婚したのは、カネでしょう。野崎さんが死亡後、事情聴取で100万円のお手当が結婚の理由の一つと話しています。離婚されたら、カネがもらえなくなる。野崎さんが愛犬、イブに全財産を相続させると言っていたのは、元社員たちが証言している。財産を手にできるのは、野崎さんかイブかとなる。野崎さんが殺害される前に、イブが急死、次に野崎さんが亡くなった。動機はカネでしょう。和歌山カレー事件と共通点が多いのは間違いない。あの時は夏祭りで、多数の人が現場に出入りしていた。しかし、今回は現場にいたのが、須藤容疑者と家政婦さんのみで捜査はより慎重にならねばなりません」(前出の捜査関係者) 野崎さんは遺言書を残し、遺産は和歌山県田辺市に寄付する意向を示していた。その遺言に従って田辺市が野崎さんの預金や不動産などを算定した「故野崎幸助氏による遺贈に関する報告書」という内部文書によると、遺産総額は約13億5千万円だった。 報告書によると、須藤容疑者が野崎さんの死後、弁護士を通じて民法で規定されている相続財産の配分を受ける意向を田辺市に示していた、と記されている。 報告書には、野崎さんの現金の遺産についてこのような記載がある。<現金については、配偶者側からの申出額が300万8千円であった。(中略)その後、市独自の調査により、配偶者側から513万2千円であると申告されている。(中略)野崎氏の死後における現金化の管理は相続管理人においても現物を確認することができている状態にない。金額が流動的であるため、相続財産として価値は無きものと考えるべき> つまり、須藤容疑者側の現金管理がずさんで当てにならないと指摘しているのだ。 そして、相続財産管理人が選任された理由を<野崎氏の相続財産が配偶者によって費消されるおそれが高いと考えた>とも記されてあった。 須藤容疑者が遺産を使ってしまう懸念が示されているのだ。「カレー事件でも林死刑囚は周辺者に保険金をかけていた。林死刑囚が自白しないことを前提で捜査していた。今回も事件から3年と長く捜査している。須藤容疑者が否認したままでも起訴できるだけの捜査は尽くしている」(前出の捜査関係者)覚せい剤殺人のトリックの全貌は明らかになるのか。元妻、覚醒剤を密売人から入手か スマホ情報一致、資産家不審死 共同通信社 2021/04/29 15:508和歌山県田辺市の資産家野崎幸助さん=当時(77)=が2018年に不審死した事件で、県警に殺人容疑などで逮捕された元妻須藤早貴容疑者(25)が同市内で密売人に接触し覚醒剤を入手した疑いがあることが29日、捜査関係者への取材で分かった。2人のスマホの位置情報を解析し、一致する時間帯があったことが判明した。 野崎さんの死因は急性覚醒剤中毒。県警は須藤容疑者が密売人から覚醒剤を手に入れ、野崎さんに飲ませて殺害した可能性があるとみて捜査している。29日、須藤容疑者を送検した。 また野崎さん宅の掃除機から覚醒剤が検出されたことも分かった。ドン・ファン元妻 須藤早貴容疑者を送検 マスクをつけうつむいたまま 東スポWeb 2021/04/29 11:44〝紀州のドン・ファン〟こと和歌山県田辺市の資産家・野崎幸助さん(享年77)が変死した事件で、殺人容疑で逮捕された元妻の須藤早貴容疑者(25)が29日午前、勾留先の和歌山県警田辺署から送検された。午前11時、警察車両に乗せられた同容疑者は、後部座席でうつむいていた。マスクもしていたため、韓国で整形手術を受け、以前とは完全に別人のように変わってしまったといわれる顔は、はっきりと認識できなかった。同容疑者は2018年5月、田辺市の自宅で、当時夫だった野崎さんに致死量の覚醒剤を口から接種させ、急性覚醒剤中毒で殺害した疑いが持たれている。「紀州のドン・ファン」殺人容疑の元妻 “幻の花嫁姿”と“挫折”の原点 「週刊文春」編集部 2021/04/29 22:10純白のウエディングドレスに全身を包み、スポットライトを浴びる長い黒髪の女性。やや緊張した面持ちで、右手にブーケ、左手は隣に立つ白タキシードの男性の右腕をしっかりと掴んでいる。 写真の中で花嫁姿を披露しているのは、19歳当時の須藤早貴容疑者(25)。“紀州のドンファン”こと野崎幸助氏(当時77)を殺害して逮捕された幼な妻の、知られざる“晴れ舞台”である。野崎氏には「結婚式をするくらいなら離婚する」 2018年2月。早貴は知人の紹介を経て知り合った資産家の野崎氏と入籍した。その実態は、入籍の条件を「月100万円の小遣い」とする“愛人婚”。それでも、55歳年下の妻を得て有頂天の野崎氏は、地元の世界遺産でもある闘鶏神社での挙式を望んだ。ところが、早貴が「結婚式をするくらいなら離婚する」と拒絶したため、式の予約はキャンセルとなっている。 早貴の友人によれば、本人が語っていた好きな男性のタイプは「お金持ち」。ただ、年の離れた男性は恋愛対象外で、40代男性らと遊んだ時も、裏で「ジジイはムリなんだよね」と毒づいた。著名人では、ジャスティン・ビーバーとKAT-TUNの亀梨和也のファン。 なるほど、ウエディング写真の中で早貴が腕を組むのは、Kis-My-Ft2の玉森裕太に似た、1つ年下の美男子である。花嫁役に自ら立候補 撮影されたのは2015年頃。北海道札幌市出身の早貴が、地元の高校を卒業後、市内の美容専門学校に在籍していた頃のものだ。「あれは早貴ちゃんが専門学校2年生の時、高校生を招いたオープンキャンパスで行われた模擬挙式のものです。ブライダル専攻の催し物で、彼女は美容師科の別の専攻でしたが、自ら立候補して花嫁役を務めたんです。学校が休みの日で、オフを返上して参加していました。相手役は学内でも評判のイケメンくん。登場前の舞台裏で、早貴ちゃんに悪戯っぽく下半身をボディタッチされたそうです」(専門学校の後輩) その頃の早貴は、どんな将来を夢見ていたのだろうか。美容師の仕事は「心が折れた。向いてない」「美容室の体験実習をやって、『心が折れた。向いてない』と言っていました。仕事の大変さを思い知り、『給料が割に合わない』と。美容師の仕事は、店舗にもよりますが、最初は手取りが13万円から14万円くらい。休みの日は講習もあるので、完全オフも少ないです。『ラクしてお金が欲しい』と言っている子でしたから、途中でこの職業に見切りをつけたようでした」(同前) 一方で、虚栄心だけは人一倍あった。SNSでは、ドレスコードが必要な高級店でワインを傾ける画像などを投稿。趣味でもあった海外旅行先からは、世界遺産を巡る優雅な姿を見せつけた。日頃はブランド物で身を固め、セレブ感を演出していたが、その原資は水商売のアルバイトだったという。日本有数の歓楽街「すすきの」でも、その姿がよく見かけられていた。「ニュークラの“体入(体験入店)”を繰り返したりして、夜のアルバイトではかなり稼いでいたみたい。金回りがよさそうで、派手であか抜けている印象でした。シャネルの白いバック持ち、ルブタンのハイヒールを履いていた。夜なのにサングラスして颯爽と歩いている。ホストクラブにもよく出入りしていました。本人は『(料金の安い)初回荒らしなんだよね』と話していたそうです。ホストと付き合っていた時期もあった」(水商売関係者)「セフレが欲しいな」と恥じらいもなく… あけっぴろげな性格で、性欲を持て余すと「セフレが欲しいな」と恥じらいもなくつぶやいた。後年、「早貴がアダルト📹ビデオに出演した」という話も出回ったが、それも事実だった。 2016年3月に専門学校の美容師科を出た後も、早貴はその道に進むことはなく、しばらく地元に残ってニート生活を続けた。 当時、交流があった知人女性の話。「専門学校を出ているのに『なぜ美容師にならないの?』と聞いたら、『手に職をつけて親を安心させたかっただけ。資格は取れたけど、美容師になるつもりはないんだ』と。そのうち東京で暮らしたいって。将来はどうしたいのかも聞いてみましたが、『今のところニートかな。今もニートなんだけど。働きたくないんだよね。なんとかなるよ』と能天気に話していました。 母親からは『美容師をやらないんなら語学留学にでも行きなさいよ』と言われていたそうで、その頃、英会話教室に通っていました。でも、本人は語学を身に付ける気がなさそうで。『留学したら自由がなくなるし、東京でプーをやりたいんだ』と。海外旅行に行っても、グーグル翻訳があれば大丈夫だと考えていたようです」 予告通り、ほどなく上京を果たした早貴。そして、野崎氏と出会う約1年前の2016年11月、都内の高級デートクラブに登録をし、“パパ活”を始めるのだった。〝ドン・ファン妻〟須藤早貴容疑者が出演ビデオで語っていた「高飛びドバイ愛」東スポWeb 2021/04/30 11:46〝紀州のドン・ファン〟こと和歌山県田辺市の資産家・野崎幸助さん(享年77)が変死した事件で、和歌山県警は29日、元妻の須藤早貴容疑者(25)を送検した。このタイミングの逮捕は須藤容疑者が近く、中東のUAE(アラブ首長国連邦)のドバイへ高飛びする計画を立てていたため、と言われている。実は同容疑者、UAEとの接点を大胆に告白していた。県警は今月に入って、須藤容疑者の行動確認に入り、27日に都内で逮捕した。実は今年1月に「FRIDAYデジタル」が、同容疑者が4月に海外移住計画があるとスクープ。「(須藤容疑者は)かつて『何度もドバイに行ったことがある』と本誌に語っていた。馴染みのある土地で悠々自適な生活を送ろうとしているのだろうか」と報じていた。須藤容疑者は海外旅行好きで、SNSでも渡航先の写真を掲載。さらに過去、出演していた複数のビデオ作品でも熱くUAE愛を語っていた。3年前に発売されたビデオでは、これまで15か国ほどの海外渡航歴があるとし、一番良かった国には真っ先にオイルマネーで沸くUAEと挙げていた。中東では新年を迎えるカウントダウンで、男性は高級車で繰り出し、街中は狂乱の宴となるのが恒例。須藤容疑者もその瞬間に立ち会ったそうで、その時にランボルギーニを乗り回すアメリカ人にナンパされたという。その時は連絡先を交換しただけだったというが日本に帰国した後も交流が続き、渡航・滞在費無料で友達とともに招待され、大豪邸で一夜をともにした話を赤裸々に話していた。話を盛っている可能性もあるが、他の作品でも「(外国人に)黒髪は受けがいい」と、黒いロングヘアが目立つ須藤容疑者のチャームポイントになっていたという。捜査の手が及ぶ中、須藤容疑者はかつて知ったるUAEに高飛びして、再び大富豪を捕まえる自信があったのか――。【独自】ドン・ファン元妻、事件直前に覚醒剤密売人と接触か…口論絶えず離婚迫られる読売新聞 / 2021年4月30日 5時0分2018年5月、和歌山県田辺市の資産家で「紀州のドン・ファン」と呼ばれた会社経営者野崎幸助さん(当時77歳)が急性覚醒剤中毒で死亡した事件で、殺人などの容疑で逮捕された元妻の須藤早貴容疑者(25)が、結婚後に覚醒剤の密売人と接触を始めていたことが、捜査関係者への取材でわかった。須藤容疑者は新婚3か月で離婚を迫られており、県警が関連を調べている。 県警は29日、須藤容疑者を殺人と覚醒剤取締法違反の両容疑で和歌山地検に送検した。送検される須藤早貴容疑者(29日午前、和歌山県田辺市で)発表では、須藤容疑者は同年5月24日、田辺市内の自宅で何らかの方法で野崎さんに致死量を超える覚醒剤を飲ませて急性覚醒剤中毒にさせ、殺害した疑い。 捜査関係者によると、県警が須藤容疑者のスマートフォンを解析するなどした結果、インターネットで覚醒剤について検索するようになったのは結婚後で、実際にSNSで覚醒剤の密売人とやり取りし、田辺市内で会ったのは事件直前だったことが判明した。 また、関係者によると、野崎さんは須藤容疑者に毎月100万円支払う約束で結婚しており、この「契約」に須藤容疑者は満足した様子だったという。その後、須藤容疑者が家に寄りつかず、頻繁に東京へ出かけることなどから口論が絶えなくなり、事件前には不満を募らせた野崎さんが離婚を持ちかけていたという。 野崎さんは預貯金や有価証券など約13億円の資産を保有しており、野崎さんが亡くなれば、須藤容疑者には半分の約6億5000万円の分与を求める権利があった。県警は須藤容疑者が離婚で毎月の100万円や遺産が受け取れなくなることを恐れたことが背景にあるとみている。紀州のドン・ファンと元妻、死亡前の約4時間2人きりに 朝日新聞社 2021/04/30 20:39和歌山県田辺市で2018年5月、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の野崎幸助さん(当時77)が急性覚醒剤中毒で死亡した事件で、野崎さんが死亡直前、4時間前後にわたって元妻の須藤早貴(さき)容疑者(25)=殺人と覚醒剤取締法違反容疑で逮捕=と自宅で2人きりだったことが、捜査関係者への取材でわかった。2人は夕食も一緒にとったとみられる。県警は須藤容疑者がその時間帯に致死量の覚醒剤を摂取させた疑いがあるとみている。 捜査関係者らによると、事件当日の5月24日、野崎さん宅には野崎さんと須藤容疑者、野崎さんの身の回りの手伝いをしていた女性の3人がいた。手伝いの女性はこの日、夕食用に鍋料理を作った後、午後3~4時ごろに外出した。 女性が午後7~8時ごろに野崎さん宅に戻ったとき、2人はすでに夕食を済ませ、野崎さんは2階の寝室、須藤容疑者は1階の居間にいたという。 午後10時半ごろに野崎さんが寝室で倒れているのを須藤容疑者が見つけ、女性に知らせた。解剖の結果、野崎さんの胃の内容物から致死量を超す覚醒剤成分が検出され、死亡したのは午後9時ごろと推定された。 県警が薬物中毒の専門家に意見を求めたところ、致死量の覚醒剤を口から摂取した場合、死に至るまで3時間ほどかかったとしても矛盾はないとの助言を得た。逆算すると2人が夕食をとったとみられる時間帯と重なる。詐欺容疑で元妻を告発=資産家死亡後、3800万円送金―和歌山 2021/05/01 11:27和歌山県田辺市で2018年、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた会社経営野崎幸助さん=当時(77)=が死亡した後、会社の口座から計約3800万円を自身の口座に送金したとして、元妻の須藤早貴容疑者(25)=殺人容疑などで逮捕=が詐欺容疑で告発されていたことが1日、関係者への取材で分かった。県警は告発を受理し捜査している。 関係者によると、告発人は野崎さんの会社の元監査役で、昨年7月に県警が受理した。 告発状では、須藤容疑者が野崎さんの死亡後に違法な手続きで会社の代表取締役に就任。全財産を田辺市に寄付するとした野崎さんの遺言書の存在を知りながら、金融機関に告げずに18年9月、会社名義の口座から約3800万円を自身の口座に送金するなどしたと主張している。 “元従業員”が証言「愛情感じられなかった」死亡した資産家男性と逮捕の元妻の関係性 毎日放送 2021/04/30 19:25「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の野崎幸助さん(当時77)を殺害したとして元妻の須藤早貴容疑者(25)が逮捕された事件。野崎さんが須藤容疑者に「離婚する」と伝えたことが犯行のきっかけとなった可能性があることがわかりました。 野崎さんと須藤容疑者が和歌山県の那智山へ行った際に運転手として同行した野崎さんの会社の元従業員は取材に対して次のように話します。 (元従業員) 「(須藤容疑者の)優しいところはほとんど見たことがない。愛情はまず感じられなかったですね。(野崎)社長は足が悪いから、普通だったら手を引いたり腕組んだりして行くじゃないですか。(須藤容疑者は)自分だけ先にスタスタと。社長が足悪いと言うと『いいのいいの』とこんな感じだった。はぁ?って思いましたよ」 また須藤容疑者が別の従業員に送ったとするメッセージは以下のようなものでした。 『正直、褒めるとこなさすぎて困ります。何かあるたびに握手求められるの面倒くさいんですよねー。稀に握手からの手にキスとかしてきますけど、ただただ、きしょい』 須藤容疑者は2018年5月に野崎さんの口から致死量の覚せい剤を摂取させて急性覚醒剤中毒で殺害した疑いなどが持たれています。野崎さんは、須藤容疑者が結婚後も東京のマンションに住み続けたことなどに不満を募らせ、「離婚する」と伝えていたということです。 (元従業員) 「『もう別れるんや』なんやと(野崎)社長が言ったり。『東京に新しいええ女がおるんや』と。『今度はそれと結婚するや』と」 関係者によりますと、須藤容疑者は毎月100万円を受け取る条件で結婚していたということで、警察は離婚話が事件の動機になった可能性があるとみています。そして、須藤容疑者は野崎さんが亡くなった後には、次のようにも話していたということです。 (元従業員) 「日本でこれだけ顔が売れてしまったらいられないから、顔も整形して外国へ行こうと思っていると。海外へ行って、海外の外国人と一緒になるのが私の将来だって、自分で言っていましたからね」 警察は覚醒剤の入手ルートなどについて詳しく捜査しています。東野幸治、逮捕された“紀州のドン・ファン”元妻とのツーショットが物議 2021/05/01 16:05 NEWSポストセブン“紀州のドン・ファン”と呼ばれた和歌山の資産家・野崎幸助さん(享年77)に、覚せい剤を摂取させ、急性覚せい剤中毒で死亡させた疑いで逮捕された、元妻の須藤早貴容疑者(25)。その須藤容疑者と大物芸能人とのツーショット写真が報道関係者の間で出回り、物議を醸している。 和歌山にある野崎さん宅と見られる邸宅のソファーで、須藤容疑者と笑顔で写真に収まっているのは、芸人の東野幸治(53)。壁に掛けられたカレンダーの日付は2018年9月、野崎さんが殺された4か月後であり、須藤容疑者の関与の有無についてメディアでも盛んに報じられていた頃だ。調べた限り、この2ショットがテレビで放送されたことはない。番組のロケではないとすれば、いったい何のために東野はここを訪れたのだろうか。「デヴィ夫人も須藤容疑者と写真を撮っていましたが、彼女の場合は亡くなった野崎さんと親交があり、その縁で紹介されたときのものでした。東野さんの場合は、日付が確かなら野崎さんの死後。いったい何のためにわざわざ和歌山まで来たのかと報道関係者の間で噂になっています」(スポーツ紙記者) 実は東野は、生前の野崎さんと“接点”があった。2017年11月に放送された『アメトーーク』(テレビ朝日系)の「読書芸人」に東野が出演した際、お気に入りの一冊として野崎さんの自伝『紀州のドンファン 美女4000人に30億を貢いだ男』を挙げ、それがきっかけとなって同書がベストセラーになった経緯があるのだ。「野崎さんや関係者はそのことに大変恩義を感じていたらしく、東野さんに是非御礼がしたいと言っていた。東野さんは生前の野崎さんに会うことはありませんでしたが、亡くなった後、関係者に誘われて野崎さん宅まで伺い、お線香をあげたそうです。写真はそのときに須藤容疑者にお願いされて撮ったものでしょう」(事情を知る芸能関係者) 義理堅いことで知られる東野だけに、わざわざ和歌山まで弔問したのだろう。このときに撮った須藤容疑者との2ショットが、思わぬ破門を呼ぶことになろうとは。 経緯について吉本興業に問い合わせたが、期日までに回答を得られなかった。東野は5月2日放送の『ワイドナショー』に出演、このときの真相を話すかどうかに注目が集まる。紀州のドン・ファン事件 キーマンの元家政婦「これで私の疑い晴れた」NEWSポストセブン / 2021年5月1日 16時5分“紀州のドン・ファン”と呼ばれた和歌山の資産家・野崎幸助さん(享年77)に、覚せい剤を摂取させ、急性覚せい剤中毒で死亡させた疑いで逮捕された、元妻の須藤早貴容疑者(25)。事件の当日、彼女と共に自宅にいたもうひとりのキーマンの重要証言が、週刊ポストの取材で明らかになった。 その人物とは、野崎氏に20年以上付き添った家政婦のAさんだ。もともと東京で飲食業に携わっていたAさんは、野崎さんに請われる形で家政婦に。東京から月に10日ほど野崎邸に通い、そこで寝泊まりしながら掃除や料理など野崎さんの身の回りの世話をしていた。 実は和歌山県警は、このAさんにも疑いの目を向けていた。 野崎さんが亡くなった日、家にいたのは野崎さん、須藤容疑者、そしてAさんの3人。Aさんは夕食用に鍋料理を作った後、午後3~4時頃に外出し、午後7~8時頃に戻ってきた時には、野崎さんと須藤容疑者はすでに夕食を済ませた後だった。野崎さんは2階の寝室、須藤容疑者は1階の居間にいたという。しばらくして、Aさんは須藤容疑者と共に居間でテレビを観ていると、上から「ドーン、ドーン」と物音が聞こえ、須藤容疑者が2階に上がったところ、野崎さんが変わり果てた姿で見つかった。「須藤容疑者とAさんは、野崎さんにとって文字通り“最後の晩餐”となったこの夜の出来事を知る立場にありました。Aさんも事件後、捜査員から何度も事情聴取、家宅捜査を受け、さらにウソ発見器にまでかけられています。県警が、重要参考人として見ていたのだと思われます」(全国紙社会部記者) ところが、そのAさんは須藤容疑者が逮捕された前後で、忽然と姿を消していたのだ。「事件後はマスコミの取材に答え、『私は何もやっていない』『潔白を証明しないといけない』などと語っていました。今回も各社コメントをもらうためAさんに連絡を取ろうとしたのですが、携帯電話は解約され、住所も変わっていてどこもコンタクトが取れない状況です」(前出・全国紙社会部記者) 行方知れずと見られているAさんだが、今はごく限られた人としか連絡を取らないようにしているのだという。最近、彼女と電話で話した人物が明かす。「野崎さんが亡くなった時、家には須藤容疑者とAさんしかいなかったわけだから、お互いが犯人だと思っていたのかもしれません。Aさんはお金にはシビアだけど、人を殺せるようなタイプじゃないと思っています。事件後、彼女は家政婦の仕事がなくなり、再び東京で水商売のお手伝いをしていたぐらいだから、野崎さんが死んで、むしろ困る立場だった。 実は、(須藤容疑者が)逮捕された直後、彼女に電話したんです。『ついに逮捕されたね』って言ったら、『うん、今ニュース見てるよ』って。落ち着いた様子で、『これで私の疑いが晴れたのは間違いないね』と言っていました」 捜査当局は、これから立証を進めることになる。現在、須藤容疑者の認否は明らかになっていない。紀州のドン・ファン元妻が知人に打ち明けた〝整形〟の裏にある「やむにやまれぬ事情」とは?まいどなニュース 2021/05/01 19:50和歌山県田辺市の資産家で「紀州のドン・ファン」と称された酒類販売会社元社長、野崎幸助さん=当時(77)=に2018年5月、多量の覚醒剤を摂取させて殺害したとして、元妻の須藤早貴容疑者(25)が和歌山県警に殺人と覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕、送検されたことを受け、元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏は1日、当サイトの取材に対し、現場で接した須藤容疑者の人物像や、本人が知人に明かした整形手術についての見解、さらには離婚を危惧していた可能性など、事件の背景について言及した。須藤容疑者は18年5月24日、田辺市の野崎さん宅で致死量の覚醒剤を口から摂取させて死亡させた殺人と覚醒剤取締法違反(使用)の疑いで今年4月28日に都内の自宅マンションで逮捕された。捜査関係者によると、須藤容疑者は事件前にインターネットで覚醒剤について検索し、SNSを通じて覚醒剤の密売人と田辺市内で接触していたという。 小川氏は事件発生当初から、現場となった田辺市の自宅周辺などでも取材を続けた。そこで、須藤容疑者に質問する機会もあったが、本人は一貫して無言だったという。 同氏は「現場では私が声をかけても、返事どころか振り向きもされなかったのですが、テレビでこの事件について発言したことに対して、弁護人を介して『言っていることが違う』という内容証明が来たこともありました。一部を除いて、大半のメディアに話をしていなかった須藤容疑者ですが、報道に関しては非常に細かくチェックしていて気にしていた」と明かした。 また、小川氏は「韓国で整形をしたという報道もありましたが、本人は親しい者に『これだけ自分の顔が売れてしまったので、整形でもしないとこれから生活できない。日本では無理。どこに行っても周囲に言われる』と話していたということです。きれいになるということだけではなく、周囲の目を気にして顔を変えるという、やむにやまれぬ事情と逃亡後のことも考えていたことがうかがえます」と須藤容疑者の心情を分析した。 須藤容疑者は野崎さんが経営する会社の社長に就任し、高額の報酬が口座に入ったという。都内では複数のマンションに移り住んでいたが、逮捕時は品川区在住だった。小川氏は「逮捕時の自宅は大崎方面にあるタワーマンションですが、真ん中より下の低層階で家賃は20数万円でした。また、都内で別の場所にもマンションを借りていたことがあり、事件発生時に野崎さんの自宅にあった和歌山ナンバーの高級外車が止まっているのを見かけて驚きました」と明かした。 須藤容疑者は結婚後も、都内のマンションと田辺市の野崎さん宅を行き来する生活で、田辺市の家に戻ってこない妻に対して野崎さんが離婚を切り出していたという報道もあるがそれは事実。実際に野崎幸助さんが弁護人に離婚の慰謝料について相談していた話も聞いている。 小川氏は「離婚したら、財産も相続できなくなる。何かいい方法はないかとなると、これは推測ですが、『こういう方法で殺害するといい』などと教えられた…という可能性も否定できないのではないか。共犯関係か否かは別にしても、覚醒剤を含め、関与した人物がいても不思議ではないと思います。容疑者が単独の実行犯であったとしても、実際に犯行に至るには、とうてい1人ではできません。覚醒剤の入手を含め、その知識もそうですし。殺害に覚醒剤を使うという発想は、当時22歳の女性1人のものとは思えないです」と、改めて第三者の存在を予測した。ドン・ファン元妻、夫の死後に社長就任 独断で報酬決定、不審点も 毎日新聞 2021/05/02 15:33「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん(当時77歳)が急死した事件で、殺人容疑などで逮捕された元妻の須藤早貴容疑者(25)は事件の約2カ月後、野崎さんが経営していた会社の社長に就任し、自ら報酬額などを決めていた。同社の元監査役は手続きに不審点があるとして刑事告発し、県警が調べている。 野崎さんは2018年5月24日、自宅で急性覚醒剤中毒で死亡。須藤容疑者は何らかの方法で覚醒剤を飲ませ、野崎さんを殺害した疑いが持たれている。県警は認否を明らかにしていないが、逮捕前の任意聴取では関与を否定していた。 野崎さんが社長を務めていた金融・不動産関連会社の登記簿によると、須藤容疑者は事件から約2カ月後の7月30日、野崎さんの後任として社長に就任した。 元監査役の代理人弁護士によると、須藤容疑者は7月4日付で、野崎さんが保有していた同社の全株式の相続や株主総会での議決権行使について、8日に協議したいという文書を相続権のある親族に送った。 しかし、他の親族は協議に参加しなかったとみられる。須藤容疑者は同30日、親族から一任されたとみなし、野崎さんの自宅で臨時株主総会を開いたとする議事録を作成。須藤容疑者のみが出席して議長役を務め、自らを代表取締役に選任した。役員報酬の総額を「年額1億7000万円以内」とする議案も可決した。 弁護士によると、同年9月、会社の口座から約3800万円が須藤容疑者の口座に送金されており、報酬の一部とみられるという。 会社法によると、株主総会は取締役会が招集を決議するか、株主が裁判所の許可を得て招集する。 元監査役は、須藤容疑者がこうした手続きを踏まずに株主総会を開き、社長就任を装って会社資金をだまし取ったとして、詐欺の疑いで告発。県警は20年7月に受理した。 一方、株式を含む野崎さんの遺産を巡っては、「全財産を田辺市に寄付する」と書かれた文書が死後に見つかっており、その有効性を巡って訴訟が続いている。「紀州のドン・ファン」元妻が入手した覚せい剤ルート 新たに詐欺容疑で刑事告訴も判明2021/05/02 16:402018年5月、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん(当時77)の怪死事件で逮捕された元妻の須藤早貴容疑者(25)。事件から3年近くを経て凶器となった覚せい剤の入手ルートが明らかになりつつある。「和歌山県警は野崎さん急死後、全国の警察に宛て、野崎さんの事件で使用された覚せい剤に関与がありそうな人物が逮捕されたら、何でもいいから情報提供してほしい、という依頼をしていました」(捜査関係者) 約2年半前に覚せい剤関連事件で、近畿地方のある警察で逮捕された元密売人がこう話す。「覚せい剤売買の疑いで逮捕された時、取り調べ中に『和歌山のことは知らないか』『野崎さんの絡みで、妻に覚せい剤を売ったりしていないか? その売買にかかわった密売人は知らないか』と何度も聞かれました。私の事件は処分保留で釈放となったのですが、その後も何度か警察から電話で同じ内容のことを聞かれました。一人、噂になっていた密売人の情報を得たので、警察に伝えました」 こうした捜査の成果もあり、和歌山県警は須藤容疑者の覚せい剤の入手経路や日時を特定することができたという。 須藤容疑者は野崎さん急死の直後、覚せい剤の密売人とやり取りしたSNSを削除。インターネットで覚せい剤について検索した履歴も消していたことが、和歌山県警の捜査でわかっている。「事件後すぐに須藤容疑者の携帯電話を任意提出してもらい、調べていた。そこから、密売人や検索履歴の削除がわかった。削除していた検索履歴には、病死や事故死に見せかけるなどという検索用語も含まれていた。その当時から犯行は須藤容疑者でほぼ間違いないとみていた。しかし、密室の事件で証拠がない。捜査を進め、須藤容疑者が覚せい剤を密売人から買ったことが特定できたので逮捕となった」(前出の捜査関係者) 野崎さんが急死した同じ時期、和歌山県警は携帯電話の検索履歴が重要証拠となる事件の捜査を手掛けていた。 2017年7月、和歌山県白浜町の海水浴場で水難事故を装い、妻の野田志帆さん(当時28)を溺死させたとしたとして和歌山県警は18年4月に夫の野田孝史被告(29)を逮捕。AERAdot.で既報のように3月に野田被告へ懲役19年の判決が言い渡された。 和歌山地裁は野田被告が<シュノーケリング死亡事故><事故死 保険金><完全犯罪 海水浴>などの検索を繰り返していたことを、実刑判決の決め手の一つと認定していた。 野崎さんの事件との共通点は、目撃者がいないこと、携帯電話の検索内容が犯行と酷似していることがあげられる。「確かに野田被告の殺人事件は、須藤容疑者の逮捕の参考になった」(別の捜査関係者) 逮捕前から「私は疑われているが、やってない、私は知らない」と一貫して容疑を否認していた須藤容疑者。野崎さんの会社の元従業員はこう証言する。「やってないと言いつつ(野崎)社長の預金がいくらあるかとか、所有する貴金属類はいくらで売れるかなど、怪しい言動もあった。須藤容疑者がやったのかと思いつつ、社長に覚せい剤を盛って殺したら、そんな話を人前でできないのではないかとも思った。須藤容疑者はどこか抜けた感じがあった。AVに出演していたことも社内でみんな知っていた。須藤容疑者が逮捕されて、やっぱりあの女の仕業と思う反面、本当に一人で考えて犯行に及んだのかとも疑問を感じます。誰かに入れ知恵されたのではないでしょうか」 だが、和歌山県警は今のところ、須藤容疑者の単独犯で協力者はいないとしている。 須藤容疑者は怪死事件後、野崎さんが経営していた2つの会社の社長に就任し、会社の口座から約3800万円を現金で引き出していた。この件で昨年6月、野崎さんの会社の元監査役が須藤容疑者を詐欺容疑で刑事告発していたことも新たにわかった。 覚せい剤の入手ルート、携帯電話の履歴の捜査、野崎さんの会社資金の流用問題と外堀が確実に埋められつつある須藤容疑者。 野崎さんは生前、自身の遺産、約13億5千万円を地元の田辺市に寄付する意向を示していた。だが、妻だった須藤容疑者は、その2分の1にあたる約6億7千万円を受け取る権利があると主張していた。 田辺市が作成した「故野崎幸助氏による遺贈に関する報告書」という内部文書に野崎さんが残した有価証券の中に「芝浦機械」「三菱地所」「三菱UFJフィナンシャル・グループ」の3銘柄が含まれるという記載があった。3つの銘柄とも今年になって株価は上昇。野崎さんは株式以外にも投資信託なども保有し、金融商品の評価が上がれば、受け取れる遺産が増える可能性もある。 しかし、須藤容疑者が野崎さんを殺害したと確定すれば、相続する権利を失うこととなる。和歌山県警は、今も須藤容疑者の認否を明かしていない。「白浜の保険金殺人でも自供は得られなかったが、検索履歴がポイントとなり、裁判で実刑判決を勝ち取れた。こちらは3年近くも捜査をしており、須藤容疑者の自供がなくても起訴できる材料を十分に揃えて逮捕している。取り調べで材料を出して行けば、須藤容疑者はいつまでも否認はできないと思う」(前出の捜査関係者) 事件の全容が解明される日は来るのか。死亡直前の約4時間は家で2人きり その時間に覚醒剤を摂取させたか 資産家殺害事件毎日放送 2021/05/02 12:56和歌山県田辺市で「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の男性が殺害された事件で、男性は死亡する直前、逮捕された元妻と自宅で約4時間にわたり2人きりであったことがわかりました。 須藤早貴容疑者(25)は2018年5月に夫の野崎幸助さん(当時77)の口から致死量の覚醒剤を摂取させ殺害した疑いが持たれています。 捜査関係者によりますと、事件当日の自宅には2人に加え家政婦がいましたが、家政婦は夕食を作り終えた後、午後3時から午後4時ごろに外出。戻ったのが午後7時から午後8時ごろで、この間、防犯カメラの映像には家政婦以外の人の出入りは映っていなかったということです。野崎さんの死亡推定時刻は午後9時ごろで、警察は、須藤容疑者が野崎さんと2人きりになった約4時間に覚醒剤を摂取させたとみて調べています。元妻、会社資金を不正移動か 和歌山の資産家殺害事件 朝日新聞社 2021/05/02 21:08和歌山県田辺市で2018年5月、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の野崎幸助さん(当時77)が急性覚醒剤中毒で死亡した後、元妻の須藤早貴(さき)容疑者(25)=殺人、覚醒剤取締法違反容疑で逮捕=が野崎さんから引き継いだ金融会社から、自身の口座に約3800万円を移した疑いがあることが関係者の話でわかった。県警は詳細を調べている。 会社の元監査役の男性が昨年6月、詐欺容疑で須藤容疑者を県警に告発した。県警は告発を受理しており、野崎さんの死亡事件との関連も含めて捜査する。 男性によると、野崎さんが死亡してから4カ月後の18年9月、会社の口座から約3800万円が須藤容疑者の口座に移された。 須藤容疑者は同7月に代表取締役に就任。男性は「須藤容疑者は取締役会の決議などを経ずに代表取締役を引き継ぎ、法人登記を変更した。正規の手続きとは言えない」と問題視する。 男性によると、18年2月に野崎さんと須藤容疑者が結婚して以降、会社の事務員が同年5月まで月100万円を須藤容疑者の口座に振り込んでいたという。 須藤容疑者は結婚後も、和歌山にいないことが多かった。野崎さんは男性らに「もう離婚する」と漏らしており、用意している離婚届を見せられたこともあったという。県警は周辺捜査を進めている。 田辺市によると、野崎さんの遺産は預貯金や有価証券などで約13億円。妻だった須藤容疑者には半分の分与を求める権利があるが、今のところ分与には至っていない。資産家殺害、夕食に覚醒剤混入か 胃から検出、計画的可能性も 共同通信社 2021/05/03 15:31「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家野崎幸助さん=当時(77)=を2018年に殺害した容疑で逮捕された元妻須藤早貴容疑者(25)が、野崎さんと2人きりで夕食を取っていたことなどから、県警がこの際に覚醒剤を混入し摂取させた疑いがあるとみていることが3日、捜査関係者への取材で分かった。事件が計画的だった可能性があるとみて調べている。 捜査関係者によると、須藤容疑者は逮捕後の取り調べに、淡々とした様子だという。 野崎さんは18年5月、自宅で急性覚醒剤中毒で急死。解剖の結果、致死量を超える覚醒剤が胃の内容物から検出された。ドン・ファン事件、捜査急展開のわけ 元妻の「海外移住」に関心も 毎日新聞 2021/05/04 18:46和歌山県田辺市で2018年5月、資産家の野崎幸助さん(当時77歳)を殺害したとして元妻の須藤早貴容疑者(25)が逮捕され、5日で1週間となる。事件は野崎さんの自宅という「密室」で起きた。直接的な証拠が乏しい中、捜査当局は状況証拠による「消去法」で裏付けを進めている。発生から3年を目前に、捜査はなぜ急展開したのか。 須藤容疑者は18年5月24日、何らかの方法で多量の覚醒剤を野崎さんに飲ませ、急性覚醒剤中毒で死亡させた疑いが持たれている。県警は認否を明らかにしていないが、逮捕前の任意聴取には関与を否定した。 県警が立証の柱に据えるのが、覚醒剤との接点だ。須藤容疑者は事件前、インターネットで覚醒剤について検索していた他、密売人とみられる人物と同じ時間、同じ場所にいたことがスマートフォンの解析などで判明した。 また、野崎さんが覚醒剤を飲まされたとみられる時間帯は家政婦の女性が外出。夕食時で、須藤容疑者と2人きりだったとされる。 野崎さんは事件後に愛犬の葬儀を営む予定で自殺の動機がなく、覚醒剤を常用していた痕跡もなかった。県警は「須藤容疑者以外に覚醒剤を混入する機会がある人物はいなかった」と立証する方針だ。 ただ、目撃者がおらず、覚醒剤の摂取方法などの核心も判然としない中、捜査は足踏みを続けた。ある県警幹部は20年、「捜査は尽くしたが、検察などのゴーサインが出ない」と漏らしていた。 21年1月、須藤容疑者が海外移住を計画していると週刊誌が報道。県警幹部は今回、逮捕に踏み切った理由を「より確かな裏付けが取れた」と話すが、別の捜査関係者は「(海外移住について)逃げられたら大変なこと。関心を持っていたのは事実だ」と明かした。もしやと思い韓国サイト💻で検索をしてみたら韓国でも話題に成っていたか…日本の恥を海外へ輸出し晒していたようだ。👍401 韓国人も小生と同じ考えをお持ちの方が多いようだ。野崎に生きる価値無し、逝って良し‼그래서 니가 준 아픔 생각해~🎶💃너 때문에 흘린 눈물 생각해~🎵💃野崎おめでとう🎉死してworld famous personに成った。自己顕示欲が旺盛の貴様も予想だにしない結果だ。全裸で大音を立て悶え苦しんだ甲斐があったな。強烈な苦み、「覚醒剤どう飲ませたか」が焦点…ドン・ファン元妻は殺害否認 5/5(水) 13:05配信 読売新聞オンライン和歌山県田辺市の資産家で「紀州のドン・ファン」と呼ばれた会社経営者野崎幸助さん(当時77歳)が急性覚醒剤中毒で殺害された事件で、殺人などの容疑で逮捕された元妻の須藤早貴容疑者(25)が県警の調べに、容疑を否認していることが、関係者への取材でわかった。元妻の逮捕から5日で1週間。直接証拠に乏しい中、県警がどうやって殺意を立証するのか、注目が集まる。取り調べ淡々と 捜査関係者によると、須藤容疑者は淡々とした様子で調べに応じているという。ある県警幹部は「確実に証拠を固めるため、3年の捜査を費やした」と自信を見せるが、状況証拠の積み重ねでの立証には困難が予想される。捜査の大きなポイントの一つが、覚醒剤を飲ませた方法の特定だ。 事件は2018年5月24日に発生。死亡推定時刻は午後9時頃で、県警が依頼した薬物の専門家は「死亡する3時間前に覚醒剤を飲んだとして矛盾はない」と判断した。野崎さん方には家政婦も住んでいたが、午後4~8時頃に外出しており、摂取が推定される時間には夫婦2人きりだった。 野崎さんに覚醒剤を常用していた形跡はなく、県警は「須藤容疑者以外に覚醒剤を飲ませることはできなかった」とするが、摂取方法は明らかになっていない。 佐藤喜宣・杏林大名誉教授(法医学)によると、覚醒剤を食事や飲料に混ぜて直接口に含ませた場合、強烈な苦みでのみ込むのは困難といい、「カプセルなどを使った可能性はある。サプリメントと言って渡せば、警戒心は薄れるだろう」と指摘する。同一性の証明は? 須藤容疑者は事件前、SNSを通じて覚醒剤の密売人と接触していたが、密売人が扱っていた物と野崎さんの体内にあった覚醒剤が同一かどうかを裏付けるのは不可能に近いという。 沼沢聡・昭和大教授(毒性学)は「一般的に同一性を証明するには、結晶に含まれる不純物を比較するが、国内で出回っている覚醒剤は純度が高く、違いが出にくい。しかも体内に入ると結晶が溶けるので、科学的な立証は難しい」と話す。殺意の立証にも高いハードルがある。覚醒剤を服用死させた過去の事件では、殺人容疑で逮捕しても、起訴時はより法定刑の軽い罪名が適用されたケースが少なくない。 警視庁は19年3月、知人女性に覚醒剤を飲ませて殺害したとして、不動産会社役員の男を殺人などの容疑で逮捕。しかし東京地検は「殺意を積極的に認定できない」として、男を傷害致死罪などで起訴した。12年には、大阪府東大阪市のホテルで少女に覚醒剤を投与し殺害したとして、大阪府警が逮捕した男について、大阪地検は「殺意を問うに足る証拠がない」と重過失致死罪で起訴している。 県警は野崎さんの体内から検出された覚醒剤が致死量を超えていることなどから、殺意を立証できるとみているが、ある県警幹部は「乱用目的などの可能性を完全に排除する必要がある」と詰めの捜査を急ぐ。事件直後、絵画売却試みる 県警は野崎さんが死亡した後の資産を巡る動きにも注目する。野崎さんの遺産は預貯金や有価証券などで約13億円。他にも会社や土地、絵画などの資産を保有していた。 野崎さんが社長を務めていた酒類販売会社の元監査役の男性は昨年6月、須藤容疑者が正規の手続きを経ずに同社の口座から自身の口座に約3800万円を移したとする詐欺容疑で県警に告発、受理された。告発状では、須藤容疑者は事件2か月後の18年7月、取締役会の決議を経ないまま同社の社長に就任。同9月に金を移したほか、自らの役員報酬を年最大1億7000万円にすることを決めたとしている。 また須藤容疑者が事件直後、画商に電話し、野崎さんの絵画を売ろうとしていたことも判明。野崎さんの死後、会社は休眠状態となり、須藤容疑者は東京都内などを転々とし、逮捕時は東京・品川区の高級マンションに住んでいたが、県警は資産を生活費に充てていた可能性もあるとみている。 死別の場合、須藤容疑者には約6億5000万円の遺産を受け取れる権利があったが、事件前、自宅に寄りつかないことなどを理由に野崎さんから離婚を迫られており、県警は事件解明の鍵になるとみて、捜査を進める。ドン・ファン元妻の須藤早貴容疑者、風俗業界復帰策の裏に“歌舞伎町ホスト”との蜜月 週刊女性PRIME / 2021年5月11日 5時0分「うちのバーに来てくれたことがあります。お金をバンバン落としてくれる、いいお客さんでした。彼女はお気に入りのホストを連れてきていて、“私の彼氏なのよ”って自慢げに紹介されましたよ」 そう話すのは、新宿二丁目にあるバーの店主。容疑者の“金への異常な執着” “彼女”とは、連日メディアを騒がせている“紀州のドン・ファン”の元妻・須藤早貴容疑者(25)のことだ。彼女がこのバーを訪れたのは、'17年の冬ごろ。「彼女は“自分がアダルト作品に出演していたこと”をあっけらかんと話していました。周囲の人に“お金を稼ぐ方法なんていくらでもある!”と豪語していましたよ」 その約1年後、事件が起きた──。'18年5月、“紀州のドン・ファン”こと資産家の野崎幸助さん(当時77)が和歌山県田辺市の自宅で突然死。死因は急性覚醒剤中毒によるもので、彼の体内からは致死量を超える覚醒剤の成分が検出された。真っ先に疑われたのは、3か月前に結婚したばかりの55歳年下の妻・早貴容疑者だった。決定的な証拠は何ひとつ出てこないまま、3年の歳月が流れていたが、「4月28日、和歌山県警が早貴容疑者を殺人と覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで緊急逮捕しました。彼女がドバイへ高飛びする可能性もあったため、逮捕に踏み切ったんだと思います。ただ、今も決定的な証拠はないので、殺人の立証は難しいのではないかともいわれています」(全国紙社会部記者)容疑者の過去を振り返ると、“金への異常な執着”が見えてきた──。 彼女は北海道札幌市の出身。地元の中学校、高校と特別に目立つような存在ではなかったようだ。高校卒業後、地元の美容専門学校に進む。「彼女は友人には“実家が医者で金持ちなんだ”と言っていましたが、父親は一般的な会社員。金持ちでもなんでもなかった」(同・記者) 専門学校を卒業すると、上京。東京へやってきた容疑者の様子について、「北海道時代からホストにハマってて、東京に来てからも続いていました」(容疑者の知人)デリヘルと並行していた仕事 ホストクラブはひと晩で、1万5000円くらいが相場。さらに少しいい酒を飲むと4万〜5万円くらいはかかってしまう。専門学校を卒業したばかりの二十歳そこそこの容疑者が容易に支払える金額ではないが……。風俗業界関係者はこう話す。「彼女は4、5年前、渋谷の高級デリヘルで働いていました。女性のレベルが高いのが売りの店で、人気キャバ嬢や現役レースクイーンも在籍していました。でも、彼女はデリヘルでは大して働いていなかったと聞いています」 理由は、デリヘルと並行していた仕事があったからだ。「容疑者はアダルト📹ビデオにも出演していました。“ゆりか”“平美咲”などの名で数本の作品に出演しています」(AV業界関係者、以下同) セクシー女優といってもピンキリで、「きちんとした女優名をもって活動する“単体女優”はランクが高く、素人設定で出る“企画女優”はランクが低い。いろいろな名前で作品に出ていた容疑者は、後者に当てはまります」 彼女が出演した作品は、ウェブ配信がメイン。「“ウェブのみ”となると、DVDになるものよりも販売範囲が狭まるので、収益も小さい。彼女へのギャラなんて、せいぜい7万、8万円程度でしょうね」 金のためなら、何でもする。そんな容疑者がより割のいい仕事を求め続けて、たどり着いたのが“交際クラブ”だった。いわゆるパパ活で、金持ちの男性と知り合ってお小遣いをもらうようになっていったという。「'17年末、彼女は野崎さんとそこで知り合ったと聞いています。“毎月100万円の小遣いをあげる”と言われて、結婚を決めたんです」(前出・容疑者の知人) だが、容疑者の奔放さがあだとなる。「野崎さんにAV出演のことがバレてしまったんです。彼は激怒して、容疑者と離婚しようとしていました」(スポーツ紙記者)約3800万円の詐欺罪で告発される その矢先に、野崎さんは謎の死を遂げる。さらに、「事件後、容疑者は野崎さんが経営する酒類販売会社の代表取締役に就任するのですが、会社の資金約3800万円を自身名義の口座に勝手に送金しています。この件は野崎さんの友人で同会社の元監査役の男性が詐欺行為として刑事告発して、受理されています」(同・記者) 金への執着を抑えることができない容疑者。その裏には、ひとりの男の存在が噂されている。それは冒頭に登場した、彼女と新宿二丁目のバーを訪れたあのホストだ。「彼は歌舞伎町で有名なホストです。その彼が昨年から“もうすぐ店をやめる”と周囲の人に漏らしていた。“お金持ちの女の人に水揚げしてもらうんだ”って喜んでいました」(前出・風俗業界関係者) 容疑者は、野崎さんと結婚後もこのホストとつながっていたのか──。月100万円の小遣いが途絶えて金欠状態に陥った彼女は一発逆転を狙って、あの業界にカムバックしようと画策。前出のAV業界関係者によると、「彼女はいくつかのAVメーカーとコンタクトをとっていて“またアダルト作品に出演させてほしい”と言っていました」 事件後であれば、容疑者には“ドン・ファンの元妻”というネームバリューがあり、「話題性もあるので、手を挙げるAVメーカーはあると思いますよ」(同・AV業界関係者、以下同) だが、容疑者のセクシー女優としての再デビューは実現しなかった。「彼女がメーカー側の提示した出演料に納得できなかったんじゃないかな」 今の自分なら昔と違ってもっと価値があると意気込んでいたのか──。「著名な芸能人やアイドルが出演料1億円でセクシー女優になるなんて話はありますが、彼女にそこまでの価値はないですよ。しかも、逮捕されたらお蔵入りになるリスクもあるので、大した金額にならないんじゃないかな……」(芸能プロ関係者) かつては7万円という激安のギャラでアダルト作品に出演した容疑者。常に自分の価値を高めてきた彼女も、最後に“自分の値段”を見誤ったようだ。一部報道によると、早貴容疑者は一貫して否認し続けているという。ドン・ファン元妻を起訴 殺人と覚醒剤取締法違反 和歌山地検 毎日新聞 2021/05/19 14:30和歌山県田辺市で2018年5月、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家、野崎幸助さん(当時77歳)が急性覚醒剤中毒で死亡した事件で、和歌山地検は19日、元妻の須藤早貴容疑者(25)を殺人と覚醒剤取締法違反(使用)の両罪で起訴した。 須藤被告は18年5月24日夜、田辺市の野崎さん宅で致死量を超える覚醒剤を飲ませ、野崎さんを殺害したとして逮捕された。関係者によると逮捕後に容疑を否認する趣旨の供述をし、その後黙秘を続けているという。 捜査関係者によると、須藤被告のスマートフォンには、殺害方法や覚醒剤の入手方法を検索した形跡があった。密売人とみられる人物と同じ時間、同じ場所にいたことを示す位置情報も残っていた。 須藤被告は事件3カ月前の18年2月に野崎さんと結婚。死後は旧姓に戻していた。“ドン・ファン”元妻・須藤早貴被告に「芸能人の影」? 犯罪ジャーナリストが指摘 東スポWeb 2021/05/23 15:32元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏(60)が23日放送の読売テレビ「そこまで言って委員会NP」に出演。“紀州のドン・ファン”変死事件で起訴された被害者の元妻・須藤早貴被告(25)についてコメントした。事件の現場となった和歌山県・田辺市に自費で何十回も取材に行き情報を収集したという小川氏は、須藤被告がホストにはまっていたという報道について「ホスト通いしてますけど、そんなにお金使ってません。どこに行ってるか、だれを指名してるかも知っているが、たいして上客じゃない」と指摘。「お金が使いたいのはほか理由があった」としてこう続けた。「それは、今最後に住んでいたマンションです。実は、被告は半年に1回ぐらい引っ越してるんです。なぜかというと引っ越すたびに警察から嫌がらせのように家宅捜索をされていた。しかも大々的にやるから周りに広まるんです。今はタワーマンションに住んでるんですが、そこからはたぶん引っ越さなかったと思う。そこにはとある芸能人が住んでます。駐車場もその人の隣を借りたりとか。ですからドバイなんか行く場合じゃないんです」これに共演者から「その芸能人のおっかけ?」と質問が飛ぶと「おっかけどころか、おっかけのちょっと上」。さすがに実名は出さなかったが、須藤被告がその芸能人と接触しているかについては「これから話しかけようとしたのか、すでに話しているのか…」とした。これらの情報を「どこでも話してない。起訴されるまでしちゃいけないと思ってましたから」と明かした小川氏。まだ起訴されたばかりとあって「殺意とは結び付かない。(これらの情報は)事件と直接的なあれはないです」と付け加えたが、その芸能人と金が必要な理由が強く“関係”していることを示唆した。紀州のドン・ファン殺害事件 早貴被告またも詐欺で再々逮捕へ7/3(土) 10:02 FRIDAY「早貴が逮捕されて以来、警察と検察には10回近く呼ばれています。取り調べは当初、早貴の人柄や社長(野崎氏)との関係についての質問がほとんどでした。しかし最近になり、その流れが大きく変わったと感じています」そう語るのは、元畑眞氏。’18年5月に怪死した「紀州のドン・ファン」こと野崎幸助氏(享年77)が経営していた酒類販売会社『アプリコ』で、ゼネラルマネージャー兼監査役を務めていた人物だ。今年4月28日に殺人容疑で逮捕、5月19日に詐欺容疑で再逮捕された須藤早貴被告(25)に、別件での再々逮捕の可能性が浮上している。再々逮捕に向けて警察が捜査している容疑は、またしても詐欺だという。元畑氏が続ける。「6月中旬に警察に呼ばれたんです。そのとき、刑事は『刑事告発について捜査している』とはっきり口にしました」元畑氏は昨年6月に「刑事告発状」を和歌山県・田辺警察署に提出、同年7月に受理されていた。告発されたのは、早貴被告や弁護士、会計士だが、それが今になって捜査され始めたというのだ。「社長が亡くなってから2年間、コツコツと証拠資料を集めてようやく刑事告発にたどり着きました。詐欺が疑われる行為があったのは、社長が怪死を遂げてから約3ヵ月が過ぎた’18年9月6日です。この日、『アプリコ』のゆうちょ銀行から早貴の口座に、3834万6278円の振り込みがあったのです」(元畑氏)『アプリコ』の法人登記を確認すると、早貴被告は’18年7月30日付で野崎氏の後を継ぐ形で同社の代表取締役に就任している。就任からわずか2ヵ月で約4000万円とはかなりの大金だが、役員報酬としてなら罪には問えないように思える。これが詐欺に当たるのはどういうわけか。元畑氏が怒りを露(あらわ)にする。「問題なのは、早貴が代表取締役に就任した経緯です。彼女は正式な手続きを無視して社長に就任し、勝手に会社のカネを引き出したのです」「刑事告発状」にある詐欺容疑の内容は少し複雑なので、整理して説明しよう。’18年5月に野崎氏が怪死し、早貴被告はその2ヵ月後に臨時株主総会で決議され『アプリコ』の代表取締役に就任したとしている。『アプリコ』は取締役会設置会社。この場合、臨時株主総会は取締役会の決議で招集される。野崎氏の死後、『アプリコ』の取締役は家政婦の木下純代さんと、野崎氏の友人M氏の2名だった。つまり、木下さんとM氏が臨時株主総会を開かなければ早貴被告は代表取締役に就任できないわけだが、木下さんらが株主総会を招集した形跡は一切ない、というのだ。実際、木下さんも本誌の取材に、「取締役会の話なんて聞いたことがない」と答えている。「取締役ではない早貴自身が臨時株主総会を招集したのだとすれば、裁判所の許可を得なければなりません。しかし、彼女はそれもしていません。正式な手続きを経ていなかったにもかかわらず、早貴は自分が社長であるかのように見せかけ、ゆうちょ銀行を騙(だま)してカネを振り込ませた。だからこそ、詐欺容疑で告発したのです」(元畑氏)早貴被告への「刑事告発」については、野崎氏の実兄である豊吉さんも元畑氏と同時期に取り調べを受けている。刑事の机の上には『アプリコ』に関する証拠書類がうずたかく積まれていたというから、警察の本気度は高いようだ。この先、早貴被告の余罪はいくつ出てくるのか。〈独自〉紀州のドン・ファン事件、元妻のスマホに説明と矛盾の記録 死亡直前に接触か 産経ニュース / 2022年4月27日 6時0分「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん=当時(77)=が4年前の平成30年5月、急性覚醒剤中毒で死亡した事件で、殺人などの罪で逮捕、起訴された元妻の須藤早貴被告(26)が、自宅2階にいた野崎さんが死亡する直前に、単独で接触していた疑いのあることが26日、捜査関係者への取材で分かった。スマートフォンアプリの解析で判明した。被告は逮捕前の任意の取り調べで2階との行き来を否定していたが、和歌山県警は供述と矛盾する解析結果を重要な証拠と捉え、逮捕に踏み切っていた。28日で逮捕から1年。被告は逮捕後に黙秘に転じたとみられ、動機の詳細は不明のまま。和歌山地裁で公判前整理手続きが続いており、初公判の期日は決まっていない。事件が起きたのは30年5月24日。県警などの調べではこの日、野崎さん宅に野崎さんと須藤被告、家政婦の3人がいたが、家政婦は夕食を準備して午後3~4時ごろに外出。2人きりとなった。約4時間後の午後7~8時ごろに家政婦が帰宅。午後10時半ごろ、須藤被告と家政婦が、2階寝室のソファで倒れていた野崎さんを発見し、119番した。死亡推定時刻は、家政婦帰宅後の午後9時ごろだった。捜査関係者によると、資産家だった野崎さんは、事件前に離婚を切り出したとされる。県警は、不満を抱いた須藤被告が、2人きりの時間帯に致死量の覚醒剤を口から摂取させ、殺害したとの疑いで捜査。ただ直接的な証拠が乏しく、任意の事情聴取でも関与を否定され、捜査は難航した。膠着(こうちゃく)状態を破ったのは、須藤被告が提出に応じたスマホの解析記録だった。須藤被告は任意段階で、夕食後に野崎さんが1階から2階へと上がり、倒れた状態で見つかるまでの間に「2階に上がっていない」と供述。ところがスマホの健康管理アプリには、供述と矛盾する形で、被告が1階と2階との間を行き来した記録が残されていた。また事件前、田辺市内で覚醒剤の密売人と接触したことや、殺害する方法をスマホで調べていたことも確認。県警は、供述内容の矛盾や密売人と接触した事実を状況証拠の柱に据え、事件から3年近くたった昨年4月28日に逮捕。和歌山地検が同5月19日、殺人と覚醒剤取締法違反の罪で起訴した。
2021/04/28
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ふぅ~争続から帰って来た。疲れた。半蔵門の横に幼児用の水泳場が出来ていた。セレブ幼児達が気持ち良さそうに遊んでいる。監視員が2人とセレブママが居る。これ等のあどけなさと純粋さとは別次元の泥沼の世界に向かうのである。恐ろしい相続問題に2時間ほど脳味噌を浪費し何とか和解し家に帰った。image💜さて、テレビをつけるとフジTVでFNNニュースを報道中で佐久市中込駅ホームが映っている。美人レポーターが停車中のハイブリッド列車!をリポートしている。中込駅には降りた事がないが、実は忘れえぬ懐かしい追憶がある。7年前の9月頃、中込へタクシーで行った事があるからである。出張で近隣の佐久平市岩村田に在る佐久セントラルというボロホテルに宿泊(当然に楽天トラベル登録対象外。こんな所に宿取るな!ボロ会社!哀しいぜ! )した後、事務所のボスが食事後、『KOHTEI君!中込に良いスナックが有る』と私を誘ってくれた。http://www.city.saku.nagano.jp/kankou-k/stay/stay01.html夜の中込のスナック街はスナックという名を冠しているが実態は売春街だ。店外連れ出しOKの店が殆どである。(全てだろう)人知れず通のみ知る処であるらしい。然し生起する必然性は在るのだ。それは長野県はソープランドが無い唯一の県だからである。店の名前は【富士】とかそう言う名前だったと思うが。。。。店内には上海やタイランド、フィリピン等出稼ぎのアジア系の女性が7,8人居た。酒とカラオケだけを飲んで談笑して帰っても良いのだが、気が合えば持ち帰りができる。働く女性としても酌婦だけでは店からバックは無いのが通常であり、此れだけでは生計が立たない。従って半ば公然と売春を持ちかけてくる。今読んでいる溝口敦の細木数子暴露本で戦後細木氏の母親が経営していた渋谷百軒店に在った【千代】のようなものである。其処で韓国ソウル西大門出身の李英美(32)に出会う事に成る。日本語が驚くほど堪能な彼女であったが、敢えて当時の語学力で韓国語のみで会話を楽しんだ記憶がある。桂銀淑似で170センチ程の長身且つ驚くほどナイスバディーの女性である。当日は先客が有った様なので(馴染み客のようである)後日宿へご足労願った。(以下 野暮なので記述は省略する)気の強さも有ったが前述の容姿に加え、多情さも兼ね備えたイイ女であった。中込というと彼女を想起する程強烈な印象が残っている。ネ カスムソゲ チウルスオンヌン 追憶グル ナムギョソ ットナガン 女子。。。👠然し、あのようなド田舎で斯様な店が連なるとは日本の風俗も実に奥が深いのである💄そして何故あのようなイイ女が斯様な処で。。。💋寡婦だったのか。。。分け有りの謎の多い女であった。連れ込み専門の工藤旅館も検索すると在ったから記憶は確かな様である。長野県佐久市中込2丁目22-2 工藤旅館【補遺】現在は Bar resort shishimaru と言う店に変わったようだ。佐久市中込2-22-2 旧工藤旅館ビル2F中込駅出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』中込駅(なかごみえき)は、長野県佐久市中込にある東日本旅客鉄道(JR東日本)小海線の駅である。また、佐久市の中心駅となっている。http://nakagomi.jp/a/index.htmlimage2💚image3💛image4❤image5❤ 体付きimage6💙 体付き
2007/08/04
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黒竜江省哈爾浜なら十分有り得る。奥さんの徐艳は背が低い(188-190cm)為bootsを履いて此の程度。3枚目の画像は2m29cmのチビと孙明明篮球运动员孙明明身高2.36米,已经退役的孙明明和同为运动员的徐艳完婚,2.36m的孙明明和1.90m的徐艳成为了世界最高夫妻。现在的孙明明经常会经常参加一些活动,因为身高的原因,许多名人都愿意和孙明明一起合影留念。 女性の身長は164cm
2019/07/13
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中国語は簡にして要を得る
2022/08/25
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北朝鮮と韓国人はお互いを意識しているのだろうか❓
2022/08/28
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異常なほど多い北朝鮮出稼ぎ労働者達
2022/09/06
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日差しをたっぷり浴びながらbrunchを取る人達🍝🥐🍖🍜
2022/09/13
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安青錦ことダニーロ・ヤブグシシン Данило Явгусішин が大相撲九州場所幕内最高優勝を成し遂げた。本割でポンコツ大関ボロ櫻こと琴桜に完勝。そして優勝決定戦では横綱大の里が負傷休場により、不戦勝で控えていた横綱豊昇龍に完勝しての優勝である。文句のつけようがない(前日の本割でも横綱豊昇龍に完勝)。今場所の結果を含め直近三場所、そして大関が琴桜しかいない現状では、場所後の大関昇進は確実とされている。通常ならば好角家として手放しで慶びたいところであるが、屡々、安青錦新大の卑しさが此れ迄の言動から透けて見えて嫌気が差しているのである。祖国Ukraineは3年半前から露西亜との戦時下である。18歳以上のUkraineの男子は出国が禁じられている。にも拘わらず安青錦は相撲を口実に極東迄出稼ぎに来ている。Ukraineの男子が命を賭けて露西亜と戦っている中、日本でのほほんと暮らしている。➡相撲の稽古が大変だと間の抜けた事をぬかさないで欲しい。身の安全は保障されているし、美味いものはたらふく食べることができ、酒を飲み女を抱いているよ(元T部屋のタニマチの経験から)。祖国Ukraineの成年男子が安青錦のような自己中心的で打算的、卑怯で狡猾な男ばかりであればUkraineは滅びる。奴は場所前の会見でも、日本に来て日が浅いにも拘らず将来は日本へ帰化したいと言っている。全く以て厚顔無恥も甚だしい。今もロシアとの戦火に晒されているUkraine市民の心中を聞かせて頂きたいものである。太平洋戦争中の日本、そして現代の韓国のような国では考えられない。入国禁止の憂き目に成っている。
2025/11/23
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福岡空港大地主大地主の一人は、民主党の松本龍議員の一族(松本組)である。松本組の創業者は松本治一郎、部落開放の父と称せられるが、戦前は左派の翼賛議員でもあった。部落出身の治一郎は土建屋の傍ら部落開放に尽力(全国水平社議長、参議院副議長)、経営才覚にも優れ、膨大な不動産を所有。昭和11年より衆議院議員、蓆田飛行場(板付飛行場→福岡空港、開港は昭和20年、19年から工事着手)が建設されることは分かっており、空港当たりの敷地を買い占めたと思われる。現在も空港内や空港近隣に膨大な不動産を所有している。 戦前、軍の飛行場として開発された空港が、土地収用ではなく借り上げになったのも戦前翼賛議員であったからともいわれている。そのほか蓑原一族も大地主。 利権に群がる 松本龍議員の一族、福岡空港の土地代で年間数十億円の収益福岡空港、67億円の赤字、松本組 国が管理する26空港のうち、実に22空港が赤字であることが判明。 赤字幅が一番大きいのが、年間1800万人の乗降客がある福岡空港、実に67億円の赤字である。 原因は、空港敷地を地主から借りており、その借地料を毎年80億円近く支払っているためである。 その地主の代表格は民主党の松本龍議員の一族や資産管理会社である。 ついでに 同和利権 http://n-seikei.jp/2009/08/67.html ■カスドラゴン■福岡県部落解放センター理事長 松本龍 (2) [ ■外道、邪悪な奴ら!■ ]
2011/07/06
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宇田もとい朱よ”!南朝鮮へ戻り集娼村の業主に成ると良いよ宇田東植東映(現北海道日本ハム)から阪神を経て、1983年にヘテ(現キア)タイガース入りした下手投げ投手。 元プロ野球投手、風営法違反容疑 「譲った店」と否認違法な風俗店を経営したとして、警視庁が元プロ野球投手の宇田東植容疑者(64)ら男2人を風営法違反(禁止地域内営業)の疑いで逮捕していたことがわかった。宇田容疑者は「以前はオーナーだったが、今は人に譲った」と容疑を否認している。 同庁によると、逮捕容疑は10月20日、風俗営業が禁止されている東京都豊島区北大塚2丁目の雑居ビル内で個室マッサージ店を経営し、女性従業員に性的なサービスをさせたというもの。宇田容疑者は、日本ハムや阪神、韓国・ヘテタイガースなどで投手として活躍。引退後はテレビ解説などもしていた。宇田 東植(うだ とうしょく1948年8月23日 -)は、東京都杉並区出身の元プロ野球選手(投手。右投右打)、野球解説者。在日韓国人で、韓国名は朱東植
2012/11/09
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今日初めてネットで存じ上げました。☞何十年も日本の📺テレビドラマ🎦映画🎬を見ていないので。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。もっと他に死ぬべき奴が居るだろう❔伊勢谷友介に限らず、コロナ禍のどさくさに紛れて復帰した性犯罪者(小出恵介,高畑雄太,山本圭壱)トリオとかな。女優の芦名星さんが死去、自宅マンションで自殺か 36歳 報知新聞社 2020/09/14 16:17女優の芦名星さんが死去していたことが14日、分かった。36歳だった。捜査関係者によると、現場の状況から自殺を図ったとみられる。 所属事務所は「本日午前中、新宿区の自宅マンションで亡くなっているところを親族が発見。死因については現在調査中です」とした。 芦名さんは14日発売の週刊プレイボーイのグラビアに登場。水着や下着姿などを披露している。 芦名さんは2002年にモデルデビューし、同年にTBS系「しあわせのシッポ」で女優デビュー。06年に日本・カナダ・イタリアの合作で総製作費30億円という映画「シルク」の日本人ヒロインに抜擢され、話題を呼んだ。今年は1月期のTBS系「テセウスの船」に出演していた。小泉純一郎のドラ息子長男と付き合っていたみたいだね。フラれた衝撃から突発的な行動を起こしたのか?武漢virusに因る抑鬱感と失恋の負のsynergy effect弟は独女☠を自宅に連れ込んで妊娠させてしまうから兄弟揃って手癖は悪そうな血筋だ。所で愛犬チワックス🐕を道連れにして無いだろうな❔先日亡くなった三浦春馬と共演していた事も有ったのか。何れにせよ、美女が自ら命を絶つという事は悲しい事だ。自殺率💀OECD🌏第一位📗韓国の事を言えなくなってきた昨今。 🎤哀悼🎦若手№1📗俳優🎬三浦春馬📺自殺📣享年30歳📖🎦昭和の俳優と比べて生きるのが厳しい時代🎬三浦春馬📺自殺📣享年30歳📖女優の芦名星さん死去、36歳 自殺とみられる ドラマ「テセウスの船」などに出演 2020年9月14日 16時14分女優の芦名星(あしな・せい、本名・五十嵐彩=いがらし・あや)さんが亡くなったことが14日、分かった。36歳。福島県出身。 この日発売の雑誌「週刊プレイボーイ」でグラビアを飾っており、入浴シーンを披露している。昨年5月には俳優の小泉孝太郎(42)との交際が報じられていた。 芦名さんは2002年にモデルとしてデビューし、同6月にTBSドラマ「しあわせのシッポ」で女優デビュー。06年には日本、カナダ、イタリアの合作映画「シルク」の日本人ヒロインに抜てきされた。今年はTBSドラマ「テセウスの船」に出演し、好演が評価されていた。 所属事務所は「本日、午前中に新宿区内の自宅マンションで亡くなっているところを親族が発見しました。死因については現在調査中です」としている。警視庁では現場の状況から自殺とみて慎重に調べている。女優の芦名星さん急逝 心痛めた故郷・福島の被災と“恋人”との未来 2020/09/14 19:07女優の芦名星(あしな・せい、本名・五十嵐彩=いがらし・あや)さんが亡くなったことが14日、分かった。36歳だった。所属事務所は「本日、午前中に新宿区内の自宅マンションで亡くなっているところを親族が発見しました。死因については現在調査中です」としている。警視庁では現場の状況から自殺とみている。 またもや人気俳優の自殺に衝撃が走った。 折しも、芦名さんは14日発売の雑誌「週刊プレイボーイ」で約10年ぶりだというグラビアに登場し、入浴シーンも披露していた。今年1月から放送されたドラマ「テセウスの船」(TBS系)にも出演し、女優として高い評価を得ていた。 芦名さんは福島県郡山市出身。2002年にモデルとしてデビューし、同6月にドラマ「しあわせのシッポ」(TBS系)で女優デビュー。06年には日本、カナダ、イタリアの合作映画「シルク」の日本人ヒロインに抜てきされた。「死因など詳しいことは調査中ですのでわかりません。事務所関係者は最近特に変わったことはなかったと言いますが、発見したのが親族というのが気になります」そう話すのはスポーツ紙記者だ。「11年の東日本大震災で郡山の実家とお兄さんの自宅が被災し損壊してしまったそうです。両親とお兄さん一家は無事でしたが、芦名さんはとても心を痛めていました。もともと中学を卒業してモデルを目指して上京するときも、家族全員が応援して送り出してくれるほど仲のいい家族でした」 震災直後から芦名さん自身もボランティア活動に参加し、震災関連の仕事も積極的に引き受けるなど、復興支援に熱心に取り組んでいたという。「15年ごろには『実家にもようやく除染が入る』と周りにも報告していましたから、常に心は家族と福島に寄り添っていたのだと思います。これはあくまでも推測ですが、今回その家族が発見したというのは、もしかしたら何か異変を感じていたのではないのでしょうか」(女性誌記者)本サイトは昨年5月に俳優の小泉孝太郎(42)との交際について報じてる。 2人は2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」で共演、昨年1~3月に放送された「グッドワイフ」(TBS系)では、小泉の“元カノ”役でゲスト出演していた。 2人は昨年のゴールデンウイークの最終日、愛犬を連れて散歩し、そのまま孝太郎の自宅マンションへと帰っていったことが週刊誌「女性セブン」で報じられた。犬の散歩にはすっぴんで出かけていたことからも、孝太郎にはかなり心を許していた様子がうかがえる。それ以前にも西麻布のバーや有名鳥料理店で孝太郎の友人たちを交えてデートを楽しんでいる姿が目撃されていたようだが、芸能関係者は「家庭的で料理も家事もまめにこなすタイプです。見た目はクールな感じですが、気さくでよく気配りのできる女性です」と証言していた。 その後2人の関係がどうなったのか、はっきりとしたことはわからない。だが、先の女性誌記者は次のように話す。「交際が報じられた時点では、結婚に慎重な孝太郎も、今回はゴールインするのでは?とみられていたんです。そのぐらい2人の交際はオープンでしたし、はたから見てもお似合いのカップルでした。ただ今年1月、弟の進次郎氏の第1子が誕生して、主演ドラマの制作発表でも喜びをあらわにしていたのですが、自分の結婚について聞かれた際には、ほとんど何も語りませんでした。単に報道陣をかわしただけかもしれませんが、ちょっと違和感がありましたね」 女優としてもますます期待される存在だった芦名さんの訃報は、関係者やファンにも大きな悲しみをもたらしている。芦名星さん急死「現実受け止められない」所属事務所2020/09/14 20:32女優の芦名星さんが、亡くなったことを受けて、所属事務所が14日、公式サイトでコメントを発表した。サイトでは「本日9月14日午前に、弊社所属の女優 芦名 星(享年36歳)が、自宅で亡くなりました」と報告。「ファンの皆様、お世話になった関係者の皆様にこうしたご報告を差し上げることは大変辛く、悲しく、残念でなりません。大切な仲間の突然の訃報に接し、所属タレント・社員共に、今はまだ現実を受けとめることすら出来ない状態です」と思いを明かした。続けて「詳しい状況は現在調査中ですが、マスコミの皆様におかれましては、ご家族の深い悲しみにご配慮いただき、取材等をご遠慮下さいますよう、切にお願い申し上げます。今後の取材に関しては弊社を窓口とさせていただきたく存じます」とした。最後に「芦名星に対する生前のご厚情に心より感謝申し上げますとともに、皆様とともに心からご冥福をお祈りしたいと思います」とした。【参考】3階 3LDK芦名星さん突然の訃報に…“破局”の憶測と質素な暮らしぶり2020年9月14日 18時33分女優・芦名星さん(36)の突然の訃報に、業界は「一体なぜ?」(在京キー局関係者)と騒然となっている。「14日の午前中に、東京・新宿区内の自宅マンションで亡くなっているところを親族が発見したそうです。現場の状況から自殺とみられています」(捜査事情通) 芦名さんは昨年7月放送のドラマ「W県警の悲劇」(BSテレ東)でGP帯連ドラに初主演し、今年1月放送のヒットドラマ「テセウスの船」(TBS)でも重要な役で出演。1月31日公開の映画「AI崩壊」にも出演するなど、「仕事は順調だったはず」(スポーツ紙芸能担当記者)。 昨年5月には女性誌「女性セブン」に、俳優・小泉孝太郎(42)との“熱愛”も報じられており、公私ともに充実していたはずなのだが……。「ただ、8月発売の写真誌『フラッシュ』で“初下着グラビア”を披露した時には、『孝太郎はOKしたのか?』『破局したのか?』という噂も内外でささやかれました」(前出のスポーツ紙芸能担当記者) 訃報が流れた14日に発売された「週刊プレイボーイ」のグラビアでも、芦名さんは“セクシー入浴シーン”を披露している。「芦名さんは煙草を吸いながら運転するような“姉御”タイプですが、そのぶん好きになるとトコトン尽くすような献身的なところがありましたね。10年前に写真誌『フライデー』が〈年上のカレと半同棲〉を報じた時も、すでに人気女優だった芦名さんが都下のアパート暮らしだったことに驚いた記憶がありますが、現在も、女優さんが住んでいるとは誰も思わないだろうマンションで、質素な暮らしぶりだったという話もあります」(芸能ライター) 果たして何があったのか?芦名星さん謎だらけの突然死…「遺作グラビア」撮影現場では笑い声が絶えず2020年9月15日 14時50分女優の芦名星(本名・五十嵐彩)さんが14日、新宿区内の自宅マンションで死亡していたことが分かった。36歳だった。報道によれば、同日の朝6時半ごろ、芦名さんのマンションを訪ねた家族が発見し、110番通報したという。死因については現在調査中。警視庁では自殺とみて慎重に調べが続いている。 同日(14日)発売の「週刊プレイボーイ」では、8ページにわたって芦名さんのグラビアを掲載。潤んだ瞳でベッドに横たわる姿や下着風の衣装をヒップに食い込ませながら入浴しているセクシーなカットが掲載されていた。 図らずも“遺作”となってしまった同グラビアは8月上旬に千葉のスタジオで撮影されたもの。撮影内容は多岐にわたり、まる一日がかりだったという。ロケに同行していた関係者はこう語る。「撮影現場では、芦名さんは、カラカラと大きな声で明るく笑っていて、撮影にも非常に積極的でした。現場はとてもいい雰囲気でしたね。カメラマンと『次回はこんな写真集を作ろう』という話で盛り上がっていて、悩んでいる様子などはみじんも感じなかった。正直言ってショックです」■日刊ゲンダイ本紙に語っていた役作りの悩み 芦名さんは2002年にモデルとしてデビュー。“クールビューティー”ないでたちを武器に、女優として活躍の場を広げていた。今年はドラマ「テセウスの船」(TBS系)に出演。好演が話題となっていた。 2010年には、作家・筒井康隆の代表作である映画「七瀬ふたたび」に主演。小中和哉監督からは、役作りに対するストイックな姿勢を絶賛されていた。当時の日刊ゲンダイのインタビューでは、七瀬という大役を演じるにあたり、役作りに悩んでいた様子がうかがえる。 芦名さんは映画完成後、同作初の映像化作品であるNHKドラマ版(1979年)を見たといい、そこで七瀬役を演じた多岐川裕美に感銘を受けたという。別の仕事で多岐川と一緒になって話をしたときのことを語っている。「苦しくなるくらい緊張しました(中略)。でも話しているうちに、役作りでの悩みや女優としてのあり方などで共感していただいた。“私なんて今だって悩み続けてるのよ”って。七瀬じゃありませんけど、本当に心で共感できました」 明るい笑顔の裏で、人知れず仕事や私生活などの何らかの悩みを抱えていたのだろうか。芦名星さん “非公式インスタ” 最後の言葉と、三浦春馬さんを思わせる投稿2020年9月15日 18時35分9月14日、東京都新宿区の自宅マンションで亡くなっているところが発見された女優・芦名星さん(享年36)。ドラマ『相棒』(テレビ朝日系)シリーズや『テセウスの船』(TBS系)に出演し、抜群の存在感を放っていた。芦名さんのものと思われるインスタの中身「2002年にモデルでデビューして以来、ドラマや映画、舞台などでも幅広く活躍してましたね。出演作も多く、2019年にはドラマ『W県警の悲劇』(BSテレ東)でゴールデン帯初主演を務めていました。突然の訃報に言葉が詰まります」(スポーツ紙記者) 活躍する彼女の突然の死に、SNS界隈では悲しみの声が相次いでいた。9月15日発売の『週刊プレイボーイ』(集英社)では「貴石の女」というタイトルで、抜群のプロポーションを披露し、インタビューでは、今いちばんやってみたいと思うことについて、《いっぱいありすぎて悩みます。ドラムもやりたいし、アクションのお芝居もやりたい。それに最近は日本酒も勉強中です。一度やり始めるととことん突き詰めたい人で、例えばネイルは10年以上ずっと自分でやっているんです。あとは手紙を書くことも好きで、お礼状なんかは絶対に手書きにしていて。便箋も和紙から選んだりしています》と語り、自ら命を落とすことすら想像もできないほど“未来”を語っていた。 芦名さんには、公式にしているブログやツイッターはない。昨今の自殺報道はSNSと誹謗中傷を結びつける傾向にあるが、彼女の場合、誹謗中傷に苦しんでいたという見方は薄い。だが、芦名さんのものと思われるインスタグラムのアカウントが見つかったのだ。 そのアカウントの投稿には、勉強中である日本酒について、その味わいを丁寧(ていねい)に説明したものや、ドラムの写真、10年以上している趣味のネイル、徳利の傍らに添えられた桜柄の便箋などがあった。まさに、前出のインタビューで彼女が語っていたものばかりだ。そして、出身地である福島への愛や、家族への感謝の言葉も綴られている。 そんな投稿の中には、ドラマ『ブラッディ・マンデイ』(TBS系・'08年と'10年)で共演した三浦春馬さんに向けたかと思うような記述もあった。《私の心の中の友へ 一緒に乾杯しよ》 との投稿と併せて「なんどでも 笑おう なんどでも 泣こう」とメッセージを添えている。 また、三浦春馬さんの四十九日の翌日である9月5日には、《そっちはどう? こっちはなかなか(笑) 会いたい。 ふつーに会いたいょ(泣き顔の絵文字)》 という投稿があった。 そして気になる、最後の投稿となった言葉は、たったひと言、『バルス』だった。そこには、芦名さんが生前、大好きだと言っていたジブリ映画『天空の城ラピュタ』で知られる「青の飛行石」のネックスレス写真も添えられている。「『天空の城ラピュタ』の中で、バルスとは“滅びの呪文”として使われました。インターネットの世界では、崩壊や破壊という意味で使われることもあります」(ITジャーナリスト) 彼女に一体、何があったのか。あまりにも突然の死を受け入れられないまま、ただただ時間だけが過ぎていく……。芦名星さん、自殺か…親族が自宅で発見 36歳衝撃の幕引き9/15(火) 5:59女優の芦名星さんが14日午前、東京都新宿区の自宅マンションで死亡しているのを親族が発見したことが、同日分かった。36歳。関係者によると首をつっている状態だったという。遺書は見つかっていない。警視庁は自殺とみて調べている。芦名さんは、10月開始のテレビ朝日系ドラマ「相棒 season19」などに出演。雑誌グラビアにも登場するなど、精力的に活動していただけに、突然の訃報に衝撃が走った。 また芸能界に悲報がもたらされた。多くのドラマや映画などで存在感のある演技を見せていた芦名さんが、急逝した。 所属事務所のホリプロによると、14日午前、東京都新宿区の自宅マンションの室内で亡くなっているのを親族が発見した。死因については「現在、調査中です」としたが、捜査関係者によると、首をつった状態で、自殺を図ったとみられる。警視庁が詳しく調べている。現場付近では当時、男性の泣き叫ぶような声が聞こえた後に、救急車や警察車両が到着。周辺は騒然となったという。近隣住民の女性は「洗濯物を干していると、ベランダ越しにあいさつをするような人」と気さくな人柄に言及。「女優さんとは知らなかった」と驚いた様子だった。 芦名さんは、10月スタートのテレビ朝日系「相棒 season19」に出演。放送開始を待つ状況だった。関係者によると、今後も映画やドラマの出演が決まっていた。また、この日発売された「週刊プレイボーイ」では、グラビアで入浴シーンを披露。仕事は順調そのものだった。 ホリプロは同日夜、公式サイトで「訃報」として芦名さんの急逝を報告。把握している事実関係を記すとともに「こうしたご報告を差し上げることは大変辛く、悲しく、残念でなりません。大切な仲間の突然の訃報に接し、所属タレント・社員共に、今はまだ現実を受けとめることすら出来ない状態です」と、ショックの大きさをつづった。 福島県郡山市出身の芦名さんは、02年にモデルとしてデビュー。06年以降は女優に専念し、ドラマ、映画を中心に活躍してきた。主な出演作は、NHK大河ドラマ「八重の桜」や「相棒」、「テセウスの船」など。今年1月公開の映画「AI崩壊」にも出演した。 演技力を高く評価され、しっかりとキャリアを積み上げていた中での死。あまりにも突然に、実力派女優が生涯の幕を下ろした。芦名星さん、友人に「死にたい」…7月ごろから漏らしていた 悩み抱えていた可能性も2020年9月16日 5時1分14日に東京都新宿区内の自宅マンションで亡くなった状態で発見された女優の芦名星さん(36)が、7月ごろから友人に「死にたい」と漏らしていたことが15日、分かった。また、今年に入って酒量も増えていた。現場の状況から警視庁は自殺を図ったとみており、理由は分かっていないが、何か悩みを抱えていた可能性がある。 芦名さんの友人は「7月ごろから“死にたい”と口にするようになった」と明らかにした。 友人によれば、三浦春馬さん(享年30)の悲報を知ったタイミングでもあった。「みんなが心配して気にかけていたが、最近はそうした言動もなくなっていて、もう大丈夫だと思っていた。その直後に訃報を聞いて、信じられなかった」と話した。 悩みを打ち明けることはなかったという。「継続した悩みがあったところに、最近また別の何かがあったんだろうと思う。普段は明るくて、こちらが元気づけられるぐらい。周囲に心配をかけたくなかったのかな」と肩を落とした。 私生活でも変化が見られていた。2月ごろに食事をした別の知人は「お酒の飲み方が変わり、あおるように飲んでいた。どこかやさぐれている感じもした」と明かした。 お酒は好きで、最近も「日本酒を勉強中」と語っていた。作品の打ち上げでは、場を明るく盛り上げながらお酒を楽しむタイプ。それだけに知人は「何かあったのかなとは思ったが…。変化に気づいていながら、助けてあげられなかった」と無念さをにじませた。 仕事は順調で、出演が決まっていたドラマもある。知人は「仕事やお金が原因ではない」という。ドラマ関係者は「現場では本当に完璧な女優さん。凄く良い子だったからこそ、仕事仲間には悩みを見せたくなかったのかもしれない」と悔やんだ。米メディアも芦名星さんの訃報を報じる 2020/09/16 13:20米エンターテインメント専門の業界「バラエティ」が、14日に東京の自宅マンションで亡くなっているところを発見された女優芦名星さん(享年36)の訃報を報じた。テレビドラマや映画に引っ張りだこで演技に定評がある女優が、自殺したと伝えている。前日から連絡が取れなくなった実兄によって発見されたことや遺書はなく、動機は不明であることなどの詳細を報じている。記事では福島出身の芦名さんはモデルとして10代から活躍し、2002年にTBSドラマ「しあわせのシッポ」で女優デビュー。08年には日本・カナダ・イタリアの合作映画「シルク」のヒロインに大抜てきされたことなどを紹介。芦名さんの死は今年5月に亡くなったリアリティー番組のスターだった木村花さん、7月の俳優三浦春馬さんに続く自殺だと伝えている。テレ朝「相棒」、風間楓子役の芦名星さんを追悼 2020/09/17 15:0214日に東京・新宿区内の自宅マンションで亡くなった状態で発見された女優、芦名星さん(36)が出演していたテレビ朝日系「相棒」が17日、公式ツイッターで故人を追悼した。 芦名さんは「週刊フォトス」の記者役で出演しており、「相棒のレギュラーメンバーとして『週刊フォトス』記者・風間楓子を演じていただいた、芦名星さんがお亡くなりになりました。芦名さんにはseason15よりご出演いただき、その印象的な役柄で相棒の世界に多くの彩りを加えて頂きました。キャスト・スタッフ一同心よりご冥福をお祈り申し上げます」としのんだ。 芦名さんは2017年から「相棒」に準レギュラー出演。10月スタートの新シリーズ「相棒 season19」の撮影にも入っていた。 🎦昭和の俳優と比べて生きるのが厳しい時代🎬三浦春馬📺自殺📣享年30歳📖急死の芦名星さん 自ら切り出し小泉孝太郎と破局していた 2020/09/18 07:05またも芸能界から悲報が届いた。女優の芦名星(享年36)が9月14日、東京・新宿の自宅マンションの寝室で遺体で発見された。首を吊った状態で見つかり、警察は自殺とみて捜査を進めている。2002年にデビューした芦名は映画『シルク』(2008年公開)や大河ドラマ『八重の桜』(2013年、NHK)など数々のヒット作に出演。2017年からは『相棒』シリーズ(テレビ朝日系)にも出演しており、10月放送の同作シーズン19にもキャスティングされていた。「最近はグラビアの仕事も増えており、大胆な下着姿も披露していた。仕事面は順調そのものに見えました」(スポーツ紙記者) 一方、私生活では昨年5月、『女性セブン』で小泉孝太郎(42)との熱愛がスクープされた。 記事では、2人で仲睦まじく芦名の愛犬を散歩させる姿のほか、孝太郎の行きつけのバーに2人で通う目撃談も紹介。「真剣な交際だったようで、父親の小泉純一郎氏(78)にも紹介したといいます。純一郎さんは、『綺麗でいい子じゃないか』と絶賛していたようです」(孝太郎の知人) だが、昨年8月、弟の進次郎(39)が滝川クリステル(42)と電撃婚した際、自身の結婚について聞かれた孝太郎は、「ちょっと今はお腹いっぱいでね。本当に、僕の結婚はないです」とコメント。芦名と孝太郎の関係はどうなっていたのか。「原因は分かりませんが、2人は今年に入ってすぐに破局していたそうです。別れは彼女から切り出したといいます」(芦名を知る芸能関係者) 公式のSNSを持たない芦名だが、閲覧が限定された個人用のインスタグラムを持ち、そこにはドラマ『ブラッディ・マンデイ』(2008年、TBS系)で共演した三浦春馬(享年30)に当てたとみられるこんなメッセージがあったと報じられている。〈そっちはどう? こっちはなかなか(笑) 会いたい。ふつーに会いたいょ〉(9月5日投稿) 計り知れぬ闇を抱えて、彼女は逝った。※週刊ポスト2020年10月2日号◆相談窓口「こころの健康相談統一ダイヤル」0570-064-556「よりそいホットライン」0120-279-338(つなぐ・ささえる)、岩手県・宮城県・福島県からは0120-279-226(つなぐ・つつむ)芦名星さん、事務所社長と無言の対面「大切な仲間を見送って来た」2020/09/19 06:0014日に死亡が確認された女優・芦名星さん(享年36)の所属事務所「ホリプロ」の堀義貴社長(54)が18日、ツイッターを更新し、芦名さんの早すぎる死を悼んだ。 事務所関係者によると、堀氏はこの日、芦名さんの遺体と対面した。堀氏は「今日の昼、大切な仲間を見送って来た」と報告。「ちょうど一年前の今日、中華料理を食べながら、約20年間の思い出話やたわいもない話で盛り上がり、別れ際彼女は『凄(すご)く楽しかった』と言っていた。キッカリ1年後の今日の別れ際は辛(つら)く、悲しくて、無念でならなかった」と追悼した。和田アキ子、同じ事務所の芦名星さんの急逝に「私もショックで、同じ事務所で…悲しい」2020/09/19 13:02歌手・和田アキ子が19日、パーソナリティーを務めるニッポン放送「ゴッドアフタヌーンアッコのいいかげんに1000回」(土曜・前11時)に生出演した。 番組では、女優・芦名星さん(享年36)が14日に死亡が確認されたことを伝えた。和田は芦名さんを「同じ事務所なんですけどお会いしたことないんです」と明かした。 さらに事務所スタッフから聞いた芦名さんの様子を「本当に普通だったらしいです」と話した上で「担当のマネージャーが今、調子悪いみたいですね」と明かした。 続いて和田は「芸能人は絶対に孤独だと私は思っているんです」と打ち明け、自身が悩みを抱えた時に様々な葛藤と克服してきたことを明かし「彼女の場合は前日まで何もなかったっていう…私もショックで、同じ事務所で…悲しいじゃないですか。わからんけど、ちょっとでもそういうことあるんだったら相談でもないけど話できたのになって。同じ事務所として残念ですけど本当に安らかにお眠りください」と追悼していた。芦名星さん 18日に「お花入れの会」親族らに見送られ天国へ 2020/09/19 15:1214日に亡くなった女優、芦名星さん(享年36)の「お別れのお花入れの会」が18日に東京都内の斎場で行われていたことが19日、分かった。 所属事務所によると、近親者や芸能関係者約50人が参列。芦名さんが横たわる棺に献花しながら最後の別れを告げた。参列した関係者は故人の表情について「普段と変わらず美しく、眠っているようでした」と偲び、芦名さんは最愛の人たちに見守られながら荼毘(だび)に付された。 会場には祭壇や遺影もなく、通常の葬儀で営まれる法要も執り行われなかったという。 所属事務所の先輩である歌手、和田アキ子(70)はこの日、パーソナリティーを務めるニッポン放送「ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回」(土曜前11・0)に生出演。芦名さんについて「前日まで何にもなかったそうなので、私もショック。悲しいです。同じ事務所として残念ですけど、安らかにお眠りください」と追悼した。【芦名星さん急死】「結婚相手の条件は会話ができる人」生前に語っていた恋人、友人、家族2020年9月16日 11時0分9月14日午前6時半ごろ、俳優の芦名星(あしな・せい)さんが東京・新宿区内のマンションのクローゼットで首をつった状態で亡くなっているのが見つかった。36歳だった。「芦名さんの遺体を発見したのは、芦名さんのお兄さんです。前日から本人と連絡が取れず、心配してマンションを訪れたそうです。捜査関係者によると、現場の状況から首吊り自殺を図ったとみられています。現場に遺書は残されていなかったと言います」(社会部記者) 自宅マンションの周囲は閑静な住宅街だが、オートロックもなく、芸能人の住むマンションとしては質素な印象を受ける。近隣住民とも気さくに交流していた。「彼女はここに10年ほど住んでいて、ジャージのような気取らない服装が多かった。コンビニで会うと、『こんにちは!』と明るく挨拶をしてくれました。地元では『芦名さん』というよりは、本名で『五十嵐さん』と呼ばれていましたね。とてもいい人だったのに、どうしてこんなことが起きてしまったのか……」(近隣住民)10月からの「相棒」出演者リストにも名前が 芦名さんは福島県郡山市出身。ファッション誌「CanCam」などでモデルとしてキャリアをスタートし、2006年の日本・カナダ・イタリアの合作映画「シルク」では候補者が1000人を超えるオーディションで日本人ヒロインに抜擢。これが転機となり女優としての活動を増やしていった。週刊誌の敏腕記者を演じたドラマ「相棒」シリーズ(テレビ朝日系)にも2017年から出演し、10月から始まるseason19にも出演が決まっていた。 兄がマンションの鍵を持っていたことからもわかるように、芦名さんは郷里の家族をとても大事にしていた。月に2、3度、福島の実家へ帰ることも「家族のことも福島という土地のことも、芦名さんは本当に大好きでした。仕事が忙しくなってからも、時間があれば月に2、3度は実家へ帰ると話していたこともありました。高校に入ると同時に東京へ出てきましたが、実家こそが芦名さんにとって安らぐ場所だったのでしょうね」(芸能関係者) 郡山でも、帰省した芦名さんの姿を近隣住民は何度も見かけたという。 2011年に東日本大震災が起こった際に、芦名さんとたまたま一緒にいたという芸能関係者は、彼女の家族愛を感じたエピソードを話してくれた。「東日本大震災が起こったとき、芦名さんはV6の井ノ原快彦さん(44)が主演する舞台『芝浦ブラウザー』の稽古中でした。揺れが収まった後に震源地が東北だと分かると気が気ではない様子で、家族の安否をずっと気にしていました。そんな芦名さんの姿を見て、共演者も一緒になって芦名さんの家族が出るまで電話をかけるのに協力していました。それは周囲にも、芦名さんの家族愛が伝わったからだと思います。 郡山の実家やお兄さんが住む宮城の家は被災して、その後の除染など、苦労をしたようですが、その経験もあって募金活動などに積極的に取り組んでいました」(別の芸能関係者)「福島に住む人たちに元気を与えられたら」 福島出身という縁もあってか、2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」で神保雪子役に選ばれている。綾瀬はるか演じる新島八重の薙刀道場の同門生で、最後は新政府軍に囚われ自刃した会津藩士を凛々しく演じた。 その出演者発表会見で、芦名さんはこう述べていた。「実家に帰った時にはよく会津の方へ遊びに行くので、その土地の人を演じられるのは嬉しい。いまでも震災の影響が大きくて、福島に住む人たちに少しでも元気を与えられたら。(神保雪子は)悲しい人生を歩むかなと私なりには思っていますが、それでも強く逞しく、前を向いて生きていく生涯を、私福島県出身なので、会津の思いも一緒に乗せて演じたいと思います」 一方で、売れっ子にもかかわらず派手な交友関係は聞こえてこない。昨年5月には俳優の小泉孝太郎(42)との熱愛が報じられたが、関係者によると、その後間もなく破局しているという。恋人からのDV被害を告白していた 芦名さんの恋愛観は奇抜で周囲を心配させることもあった。2007年11月28日放送の「グータンヌーボ」(フジテレビ系)ではこんな過激な自身の恋愛体験を披露している。「暴力だったり、ありましたし、知らないうちに借金を私が返してたり。『顔以外、やめて』って言いつつ、やられるときとかありましたね。叩かれることに関してどうこうっていう、痛いとかそういうことじゃなくて、やられて、その人が言ってることとかに自分でズーンって『何てことしたんだろう』って。殴られていることがどうこうじゃなくて、(暴力を振るわせてしまった)自分に、ハァーってなってましたね、その時は」「洗脳されてますもん徐々に徐々に。(別れる時は)会わなかったですね。最後はもう殺されるんじゃないかと思ってたから。『殺しに行くぞ』『テメェ下まで出てこい』って別れる日も言われて」「交友関係が広いというタイプではなかった」 芦名さん自身、人見知りであることを公言しているが、仕事関係者の間でも彼女のプライベートを知る者は少なかったようだ。「交友関係が広いというタイプではなかったようです。『愚痴を言い合える友達って少ないから大事』と話していたこともありますし、今思えばですが、人と会うことが難しいこの半年間はつらかったのかもしれません。『ゼクシィPremier』(2017年5月発売号)のインタビューでは、結婚相手の条件に『会話ができる人』と答えていました。人とのコミュニケーションを大事にするタイプでしたから」(出版関係者) 彼女がなぜ自ら命を絶ったのかは不明だ。家族に愛され、仕事も順調そのものに見えた彼女の人生に一体なにが起きたのか。芦名星さん、亡くなる直前に地元・福島で“愛する家族”と会ったばかりだった2020/09/23 21:00女優の芦名星さんが9月14日、東京都内の自宅マンションで死亡しているのが見つかり、世間に大きな衝撃を与えている。「マンション前を、ワンちゃんとリードなしでおひとりで散歩している姿を6月ごろまではよく見ましたよ。上下スウェットのようなラフな姿で、朝、夕方、夜とよくお見かけしていたのですが、8月以降はぱったり見なくなっていました。当日の朝、パトカーや救急車が来て物々しい雰囲気だったので何だろうと思っていたら、まさか亡くなっていたとは……」(マンションの近隣住民)8月に地元・福島へ帰省 モデル志望だった芦名さんは、地元の福島県郡山市から芸能系の学校へ進学するため上京。高校からほど近い事務所前でスカウトされ、'02年にモデルデビューした。'06年にオーディションで日本・カナダ・イタリアが総製作費30億円を投じる合作映画『シルク』の日本人ヒロインに抜擢され、注目を集めた。「10月からは、テレ朝系の人気ドラマ『相棒 season19』で5シーズン連続の続投も決定しており、撮影が始まっていました。来月からは映画の撮影も控えるなど、仕事は順調そのものだった。しかし、新型コロナの影響で今年4月に給料制から歩合制に変更されたことで、将来に対しての不安を口にするようになっていたといいます。 とはいえ、所属していたホリプロも3月の利益が前年比90%減だったことを堀義貴社長がSNSで明かすなど、収益が厳しい状況。給与体系が変わったのは彼女だけではなく、事務所も断腸の思いで変更してもらったそうなのですが……」(芸能プロ関係者) 家族と仲のよかった芦名さんは、頻繁に地元へ帰省していたという。だが、今年は新型コロナの感染拡大により県をまたぐ移動が自粛されてしまった。大好きな家族に会えない寂しさを、プライベートで開設したインスタグラム(現在は閲覧不可)の中で綴っていたことも。《#恋しい #家族が大好きな私 #家族がいるから #頑張れる #元気いっぱい #大笑いする #強くなれる #踏ん張れる #前に前に #進んでいける #私の全ての源は #原動力は #家族 #本当に #会いたい #テレビ電話じゃなくて #会いたいよ》(7月20日の投稿より) コロナウイルスの地方への感染状況が落ち着いてきたことや、仕事がひと段落ついたこともあったのか、8月に入ってから彼女は地元へ帰省している。そのときには、郡山市にある行きつけのラーメン店『麺屋 正遊』を家族で訪れていた。店主が当日の様子を振り返る。「奥の座敷で両親、兄弟と楽しそうに会話しながら食事をされていましたよ。笑い声が絶えず、特に笑っていたのが芦名さんだったような気がします。半年に1度ぐらい家族みんなで来てくれて、来店するときはいつも手打ちの中華そばを注文されていましたね。 プライベートだったのでこちらから声をかけることはありませんでしたが、最後に来店されたときも、オーラですぐに芦名さんだと気づきました。帰り際に“美味しかったです”と言ってくれたときの笑顔が忘れられないですね……」最後の投稿は“バルス” 地元ではのんびりできたようで、実家近くにある定食店にも足を伸ばしていた。「冬あたりから久しく来ていなかったんだけど、今年は8月に2回も家族と来てくれましたよ。帰省のたびに顔を出してくれて、最後に来たときは清酒『奥の松』を飲みながら、焼き魚と刺身を食べていたかな。悩んでいるような様子はまったく感じられなかったね。帰り際にサインを求めたときも、“いいですよ”って言って、快く書いてくれたんだけどね……」(定食店の店主) 9月上旬には、実家近くの酒店にも訪れていたようだ。「おひとりで来店し、地酒のことをいろいろ質問してきたそうです。マスクをしていたものの、スタイルのよさでお店の方もすぐに気づいたみたい。東京の自宅で飲むためなのか、地酒を3本買って宅急便で配送していたといいます。 お酒を選んでいるときの芦名さんの表情は真剣そのもので、日本酒好きでないと選ばないような銘柄を選んでいたため、“彼女はかなりの日本酒通だ”と、店主も舌を巻いていたそうです」(地元の飲食店関係者) このときに購入した地酒を楽しんだのか、亡くなる2日前の9月12日には、インスタグラムのプライベートアカウントで晩酌していることを明かしていた。《父親の湯呑み。美しく、感触が独特で…清潔感があって…なんとも言えなく好き。熱燗をいただくのに借りて、この湯呑みで飲むと、とても美味しく、気分良く、なんだかホッとしてお酒をいただけた》 ほどなくして、家族みんなが好きだったというジブリ映画『天空の城ラピュタ』の中に登場する飛行石のペンダント写真と、ラビュタの崩壊を引き起こす呪文《バルス》という、意味深な“最後の”投稿をした芦名さん。その2日後、帰らぬ人となってしまった。「『ラピュタ』の放送時には、SNSで“バルス”と投稿するのがすっかりおなじみになりましたが、それ以外で使用されるときは、虚無を通り越して自暴自棄になって破壊衝動に駆られるときに使われるイメージです。“死にたい”は重すぎるけど、フラストレーションは溜まっている……そういう気持ちを表すときに使用される言葉として定着しています」(アニメに詳しいライター) ここ最近も地元にたびたび帰省し、大好きな家族からたくさんの愛をもらっていたはずの芦名さん。彼女の抱えていた悩みは今となってはわからないが、残された家族や関係者の悲しみは計りしれない……。芦名星さん 三浦春馬さんとは気心知れた同志のような間柄 2020/09/24 07:059月14日、自室で亡くなっている姿が発見された女優の芦名星さん(享年36)。彼女の心の支えだったというのが、三浦春馬さん(享年30)だ。2人はシーズン1、シーズン2と放送されたTBS系のドラマ『ブラッディ・マンデイ』(2008年、2010年)で共演していた。「お互いに生真面目で、思い詰めてしまうような一面があり、相通じる部分があったのでしょう。撮影時から演技論を交わして親交を深め、クランクアップ後も飲みに行く仲になったようです。といっても恋愛関係ではなく、気心の知れた“同志”のような間柄で、いろいろと相談し合っていたと聞きます」(芦名さんの知人) だが7月に三浦さんが自ら命を絶ち、芦名さんは深い喪失感に苛まれた。三浦さんの四十九日翌日の9月5日に、彼女はインスタグラムの“裏アカウント”にこんな投稿をしている。《そっちはどう? こっちはなかなか(笑) 会いたい。ふつーに会いたいよ(泣き顔の絵文字)》 ここ1年ほどの一連の出来事に加えて、さらなる心の負担になったのが新型コロナウイルスだ。「今年の春に所属事務所との契約が給料制から歩合制になり、駆け出しの頃から二人三脚だったマネジャーも配置転換で彼女のもとを去りました。さらにコロナで芸能界全体が先行き不透明となり、芦名さんの不安は増すばかりだったはずです。 恋愛がうまくいかず、大切な友人が急逝した状況にコロナによる生活不安が重なり、膨らんだネガティブ思考が破裂してしまったのでしょう……。最悪の事態に陥る前に打つ手はなかったのか、悔やんでも悔やみきれません」(前出・芦名さんの知人) 現在、国内の自殺者は増加の一途をたどり、8月の自殺者数(速報値)は、前年同月比15.3%増の1849人に達した。特に女性は同40.1%増の650人と大幅に増えていて、新型コロナの影響が指摘される。 2010年の雑誌インタビューで芦名さんは、自身が演じた映画の登場人物と自分の共通点についてこう語った。《本当の気持ちを上手く表現できずに、誰かに助けを頼んだりすることなく、ひとりで一生懸命頑張ってしまう……。そういう部分では、共通したものがあるんですよ》 恋愛、友人、仕事、どれかのピースが強固であれば、芦名さんは再び笑顔を見せてくれたかもしれない。芦名星さん 変わらなかった故郷・福島への愛と、兄への思い 2020/09/24 16:05祭壇や遺影はなく、通常の葬儀で行われる法要もない。親族やごく親しい芸能関係者約50人が、無言で1人ずつ棺に花を納めていく。9月18日、都内の斎場で女優・芦名星さん(享年36)の「お別れのお花入れの会」がしめやかに営まれた。 芦名さんは、現在配信中のFODドラマ『あの子が生まれる…』に出演。10月スタートの人気ドラマ『相棒 season19』(テレビ朝日系)にもキャスティングされるなど、仕事は順調そのものに見えた。「彼女が自ら命を絶った部屋には、溺愛する愛犬のチワックス(チワワとミニチュア・ダックスフントのミックス)が置き去りにされていたようです。責任感がひときわ強かった彼女が、仕事や愛犬を残して旅立つなんて、どうしても信じられません……」(芦名さんの知人) 亡くなった当日に発売された男性誌のグラビアでは、セクシーな下着姿を披露し、仕事の幅も広げていた芦名さん。彼女を知る多くの人が「理解できない」といぶかしむなか、異変を感じたのは芦名さんの兄だった。 前日から連絡が取れなかったことに胸騒ぎを感じた兄は、9月14日の早朝に芦名さんの住む都内のマンションを訪れた。合い鍵は持参したがU字ロックがかかってドアが開かなかったため119番通報し、駆けつけた消防隊員とともに部屋に踏み込んだ。「彼女は寝室のクローゼットの奥で変わり果てた姿になって見つかりました。現場にはお兄さんが泣き叫ぶ声がこだまして、救急車が駆けつけました。室内に遺書は残されていなかったそうです」(芸能関係者) なぜ、彼女は悲しすぎる結末を選んだのか。 芦名さんは、1983年に福島県郡山市で生まれた。父は会社員で、芦名さん似の美系で有名だった母はスーパーでパート勤務していたこともある。彼女は3人きょうだいの末っ子で、幼い頃から目立つ女の子だったという。「上の2人のお兄さんとは年齢が離れていて、家族みんなにかわいがられて育ちました。小学校の頃はショートカットで活発な女の子で、ブラスバンドの先頭でバトンをくるくる回しながら行進していました。すごくかわいらしくて、地元でも評判でした。スポーツが大好きで、バレーボールや陸上をやっていました」(芦名さんの実家の近隣住民) 中学卒業と同時に上京し、スカウトされて芸能界入りした。2002年にモデルとしてデビューを果たし、翌年に女優デビュー。2006年に日本やカナダなど5か国合作の映画『シルク』(2008年日本公開)の日本人ヒロインに抜擢され、その後は『相棒』シリーズ、『テセウスの船』(TBS系、2020年)など数々の人気ドラマに出演した。 売れっ子女優になっても故郷愛を忘れなかった芦名さんに衝撃を与えたのが、2011年の東日本大震災だ。被災した家族や故郷の人々を支援するため、忙しい日々の合間を縫っては被災地を訪れていた。故郷に帰る際、特に楽しみにしていたのが、仲のよい兄との触れ合いだ。「子供の頃から自然が大好きな子で、帰省するたびにお兄さんと釣りに行っていました。地元の白河ラーメンが大好きで、ラーメン店で働いていたお兄さんが実家で振る舞う手打ち麺を食べることをいつも楽しみにしていましたね。実家に戻ったら、息抜きにお母さんとパチンコに行くことも多かったようです」(前出・近隣住民) 雑誌のインタビューでもたびたび兄の話を出すほどきょうだい愛が強かった。亡くなる直前の8月にも、彼女は兄と一緒に地元のラーメン店を訪問していたという。「デビュー前からひいきにしてもらっていて、実家に戻られた際は決まって食べに来てくれました。8月にお兄さんと来たときもいつもと変わらず、おいしそうに700円の中華そばを食べていました。お兄さんとはとても仲よしで、いつもラーメンを食べながらにこやかに談笑していました」(地元ラーメン店女将) その最愛の兄が、妹の遺体の第一発見者となった。芦名星さんがこぼした「私は滝クリさんのようにはいかない」 2020/09/25 11:05都内の自宅マンションで亡くなっているのを兄に発見された女優の芦名星さん(享年36)。遺書は残されていなかったが、自殺とみられている。 女優として順風満帆に思えた芦名さんの人生は、ここ1年でめまぐるしく変化していた。そのひとつが交際相手だったという。恋が上手くいかないと、すべてに雲がかかる「彼女には、恋愛至上主義の一面がありました」と涙ながらに話すのは、芦名さんの知人だ。「掃除、料理などがとても得意で家庭的で、恋人には徹底的に尽くすタイプでした。交際相手に恵まれないこともありましたが、彼女はそれでもあまり周囲に愚痴を言ったりしなかった。20代前半から結婚願望があり、『30才までには結婚したい』が口癖でした」(芦名さんの知人) 実際、芦名さんは『anan』(2012年8月1日号)のインタビューで、自身の恋愛体質を隠すことなくこう語っていた。《恋愛は、私にとっては欠かせないもの。友達に4年も彼氏がいない子がいるんですけど、恋愛感情そのものが湧いてこないというからすごく不思議で。無理に彼氏は作らなくてもいいけど、誰かにときめいたりドキドキすることって大切ですよね? それだけで日々が潤いますから(中略)恋しているから仕事も頑張れる、というのが私にとっての理想の状態です。恋が上手くいっていないと、すべてに雲がかかっているような暗い気持ちになってしまいます》 20代のときには半同棲する元ダンサーとの回転寿司デートや人気俳優との交際も噂された。30代半ばを迎えた彼女の前に現れたのが、昨年春に本誌・女性セブンが交際を報じた小泉孝太郎(42才)だった。「2013年のNHK大河ドラマ『八重の桜』で共演した2人は、2019年1月のドラマ『グッドワイフ』(TBS系)での7年ぶりの共演をきっかけに交際を始めました。結婚願望の強い芦名さんだけに当然、孝太郎さんとのゴールインを意識したはずですが、なかなかスムーズにいかない事情もありました」(前出・芦名さんの知人) 交際中に芦名さんの愛犬ともすっかり打ち解けた孝太郎だったが、結婚の障壁のひとつとなったのは、孝太郎の実家だったとも報じられている。孝太郎の父は、言わずと知れた小泉純一郎元首相(78才)で、弟は小泉進次郎環境相(39才)。曽祖父と祖父も国会議員という政治家一家だ。「しかも小泉家は、一族が政治資金の管理や地元の取りまとめを行い、鉄の結束を誇る。芸能界に入ったとはいえ、小泉家の長男である孝太郎さんのお嫁さんになる女性に課されるハードルは、必然的に高くなります」(孝太郎の知人) 昨夏には、進次郎氏と滝川クリステル(42才)が電撃入籍と妊娠を発表。滝川という「異文化」が小泉家に注入されたことで、芦名さんと孝太郎の関係も進展すると思われたが、そうは問屋が卸さなかったようだ。「芦名さんはラーメン好きを公言するように、福島の一般家庭で育った生真面目で庶民的な女性です。フランス人とのハーフで華麗な経歴を持つ滝川さんと同じようには振る舞えなかった。彼女は親しい知人に、『私は滝クリさんのようにはいかないの……』とこぼしていました。先の見えない交際に悩んだ末、最終的に別れを切り出したのは、芦名さんの方でした」(前出・芦名さんの知人) 揺れ動く恋の行方には、孝太郎も苦しんでいたという。「だんだんと2人の関係が重苦しくなるにつれて、孝太郎さんは、『もう芦名さんは自分に気持ちがないのかもしれない……』と周囲に漏らしていました。恋が終わりを迎える頃、芦名さんには別の男性の影もちらついたようで、孝太郎さんは彼女の思いに気づき、身を引いたようです」(前出・孝太郎の知人) かつて「恋愛は、私にとっては欠かせないもの」と語った芦名さんだけに、孝太郎との破局後には、別の男性との新たな恋を見つけたようだ。「今春くらいから距離がぐっと近くなった次のお相手には、芦名さんの方が強く思いを寄せていたようです。その男性について彼女は多くを語りませんでしたが、思うように事が進まず、悩みを募らせていたと聞いたことがあります。いま思えば、この人との恋が、彼女を変えていったようにも見えます。惜しげもない下着のグラビアもその人への思いを振り切る気持ちで挑戦したのかもしれません……」(前出・芦名さんの知人) 前出の『anan』のインタビューで、彼女はこうも語っていた。《私は何事もマイナスに考える性格なので、ヨシヨシと頭をなでてくれるような存在が必要なんです》
2020/09/14
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서울/인천 ソウル/仁川
2022/08/26
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いざという時の案内所全く利用しなかったが。。。💁
2022/09/08
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軽食、喫茶も充実している🍴🍝☕
2022/09/10
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奥行200m位あるかもしれない。
2022/09/14
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先月の北の富士勝昭 氏の訃報に続きまた 悲しいニュースが飛び込んできた。俺が今朝6時に起きた頃になくなったようだ。極東は常に変化に富んでる。謹んでご冥福をお祈りします。中山美穂さん葬儀、フランスから1人息子も駆けつけた 喪主の忍「自慢の姉でした」日刊スポーツ新聞社 12月12日54歳の若さで6日に亡くなった女優の歌手中山美穂さんの告別式が12日、都内の斎場で行われた。妹で女優の中山忍(51)が喪主を務める家族葬で、長男(20)もフランスから駆けつけた。来年に「お別れの会」を行う予定。式の終了後、中山さんの公式サイトが更新され、忍のコメントなどが発表された。 ◇ ◇ ◇「本日、青空が広がる清々しい天候の中、中山美穂の火葬を無事に終えました。葬儀は家族と事務所関係者のみで執り行われました。祭壇には、優しいピンクや清らかな白、明るい黄色の花々に加え、深紅のダリアがひときわ印象的に飾られ、美穂さんの情熱的で華やかな一面を思い起こさせるようでした。会場全体が色鮮やかな花々に包まれ、生前の作品や思い出の写真とともに、彼女の功績を皆で称える時間となりました。穏やかな雰囲気の中、故人を見送ることができましたのも、報道関係者の皆さまやファンの皆さまがご配慮くださり、静かに見守っていただいたおかげです。心より感謝申し上げます」。そして、忍のコメントを続けた。「姉を愛してくださったすべての皆様へ」として「おかげさまをもちまして、姉『中山美穂』の葬儀が滞りなく執り行われたことをご報告申し上げます。親族の希望で家族葬とさせていただきました。最近での、一番のお気に入りだったドレスを纏い、楽しそうに歌う姉の写真を中央に、好きだった色取り豊かな花々で飾っていただいた祭壇は、華やかでキラキラしていて、最後のステージのようでした。お別れまでのほんの数日間ではありましたが、子供の頃に戻って枕を並べ、姉の横顔を見つめながら眠りについたこの穏やかなひとときは、私の宝物となりました。そして、何より姉が幸せを願ってやまない愛する息子と、再会の時間をもたせてあげることができました。手を繋ぎ、そっと寄り添う2人の姿は、とてもとても幸せなものでした。静かに見守ってくださったマスコミ関係者の皆さま、ご配慮いただき本当にありがとうございました。姉は一生懸命な人でした。ちょっと頑固で、バカみたいに正直で、本当は傷付きやすい心を見せず、何があっても自分の責任だと、真っ直ぐ前を向く勇気がある人でした。自慢の姉でした。どうか皆さま、姉のとびきりの笑顔を空を見上げたその声を、その歌声を、その指先を、忘れないでいてあげてください。私にとって姉は『大好きなお姉ちゃん』であるとともに『みなさんの中山美穂』であり、「永遠のシャイニングスター」です。これからは皆さまが姉を思い出してくださる時、そのきっかけのひとつとなれますよう、その思い出があたたかなものでありますように、私も俳優として、より精進して参ります。見守ってくださいましたら幸いです。良いときも悪いときも別れ際に姉はいつも『じゃあ、忍、あとはよろしくね』と軽やかに笑って去っていきました。最後の最後まで、、、。とても『姉らしい』と思われてなりません。生前の姉へ、あたたかな眼差しと、愛情をかけてくださり、心から感謝しております。重ねて御礼申し上げます。皆さま、本当にありがとうございました。感謝の気持ちを込めて」。中山さんは6日午前、入浴中に起きた不慮の事故により亡くなった。捜査関係者によると、湯を張った浴槽の中で動かなくなっていたところを発見されたという。この日は大阪市内で夕方、夜とコンサートが予定されていた。午前9時にJR品川駅発の新幹線に乗るはずが、待ち合わせ場所に来なかったため、事務所関係者と知人が自宅を訪問。変わり果てた中山さんを発見し、110番通報し、正午頃に死亡が確認された。自宅には鍵がかかっており、検視の結果、事件性はないことも確認された。中山さんは、1985年(昭60)のTBS系ドラマ「毎度おさわがせします」で女優デビュー。87年の同局系「ママはアイドル!」で、役として演じた中山美穂の愛称「ミポリン」が、そのまま自身の愛称にも定着した。歌手としても85年の「C」でデビュー。88年からNHK紅白歌合戦に7年連続で出場した。
2024/12/06
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社会的地位と良識を有る人がする愚かな過ち。魔が差す時があるのだろうか? 男ならば美女に対して特別な感情(否劣情)が沸き起こる事を否定はしない。生理ともいえる。理性を超えたものであるからだ。 然し、痴漢された女性の気持ちまでは想像が出来なかったのか?恐らく過去何度か痴漢してる常習者だが、今迄明るみに成らなかった可能性はある。痴漢は再犯性が強いのだ。味を染めたのであろう。こういう時、生真面目且つ自己中心的な男ではなく韓国全土色街巡礼だとか風俗へいける男でなければ成らないと思う。痴漢逮捕:「好みだった」筑波大学准教授 旅行中徳島で 徳島県警阿南署などは5日未明、東京都足立区千住寿町、筑波大学准教授、増田哲也容疑者(50)を県迷惑行為防止条例違反(痴漢行為)容疑で逮捕した。 調べでは、増田容疑者は、4日午後4時20分ごろから約50分にわたり、JR牟岐線の列車内で、県内の専門学校生の女性(21)の胸や太ももなどを触った疑い。調べに対し、「夏休み期間に、講演活動を兼ねて旅行していた。好みの女性だったのでムラムラした」と話しているという。毎日新聞 2007年8月5日 1時40分
2007/08/05
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ドルグレスレンダグワドルジの糞ガキャ~また仮病使う気か?テメェが鬱に成る玉か?笑わせてくれるぜ!こいつ(医者)もグルだから性質が悪いこと極まりないぜ。 朝青龍「うつ病一歩手前」 医師、モンゴル帰国勧める (共同通信)記事写真 朝青龍を往診した後、記者の質問に答える精神科医の本田昌毅氏=5日午後、東京都墨田区 2場所出場停止と謹慎などの厳罰で精神的に不安定な状態になっているとされる大相撲の横綱朝青龍(26)が5日、東京都内の自宅で医師の診察を受け、うつ病の一歩手前の抑うつ状態と、神経衰弱状態と診断された。診断書は師匠の高砂親方(元大関朝潮)に提出された。往診した精神科医の本田昌毅氏(37)は「一刻も早く、本人にとって最良の環境に移った方がいい」と説明し、モンゴルへの早期帰国を勧めた。[ 2007年8月5日19時12分 ]
2007/08/05
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風呂の残り湯で打水しておきました。 (*⌒-⌒*)気温が上昇する前に遣るのがコツです。 (*´∀`*)
2007/07/28
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白手なのか? ( ゜ 。 ゜ )今 SBS【PD手帳】を見て驚いた。先日紹介した新昌建設シルム団が解体されていたとは。。。。。そうならば、キムヨンヒョンはプー太郎か。その巨体と肉体のポテンシャルを持て余しているだろう。此のままでは移事の時しか役に立たないぞ! 。・゜・(ノД`)・゜・。 或いはスルチブの用心棒だろう。 だとしたら大変に勿体無い事だ。 (´・ω・`) 辛うじて命脈を保っているのは現代だけか............. 姜鎬銅や崔洪万のように新天地で成功出来ることを祈る。(タレント、K1選手)山寺に篭ってゴロゴロしている場合じゃねぇぞ!ヒムネラ ファイティン!
2006/08/10
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서울ソウル/인천仁川
2022/08/29
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此の頃誰に何が災いするか分からない時代に成ってきたね(´・ω・) 山形県警山形署は15日、ゴルフ場の女子更衣室で、他人のクレジットカード1枚を盗んだとして、東京都墨田区八広2、女子プロゴルファー、西村友希(ゆき)容疑者(23)を窃盗容疑で逮捕した。容疑を認めているという。 逮捕容疑は、10月24日午後2時40分ごろから同3時半ごろ、山形県山辺町のゴルフクラブで、女子更衣室の無施錠のロッカーにあった女性(38)の財布から、クレジットカード1枚を抜き取ったとされる 山形県警山形署は15日、ゴルフ場の女子更衣室で、他人のクレジットカード1枚を盗んだとして、東京都墨田区八広2、女子プロゴルファー、西村友希(ゆき)容疑者(23)を窃盗容疑で逮捕した。容疑を認めているという。 逮捕容疑は、10月24日午後2時40分ごろから同3時半ごろ、山形県山辺町のゴルフクラブで、女子更衣室の無施錠のロッカーにあった女性(38)の財布から、クレジットカード1枚を抜き取ったとされる。 同署によると、盗まれたクレジットカードの使用歴をたどり、西村容疑者を特定した。ゴルフクラブによると、西村容疑者は企業のゴルフコンペにゲストとして招待されていた。 西村容疑者はインターネットの自身のブログに、山形訪問について写真付きで書き込んでいた。日本女子プロゴルフ協会のホームページによると、西村容疑者の生涯獲得賞金は09~12年度で約86万円
2012/11/16
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意外とcouple👬、group👭旅行の人が多かった。
2022/09/02
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昭和55年では日本人の平均寿命は未だ短い。昭和22年初めて男女共平均寿命が50歳※を超えた日本人。例えば昭和50年高倉健主演新幹線大爆破の劇中で、海外逃亡を企てる犯人高倉を当日夜羽田空港搭乗予定者5万人のリストから捜査対象として絞る際、【50歳以上の老人と女子供を捜査対象から除け】という台詞が有る。当時は50歳を超えると老人扱いである事が窺える。※明治・大正、そして昭和の1940年代までの平均寿命は45歳前後である。平均寿命が50歳を超えたのは、第二次世界大戦以降であることがわかっている。昭和55年 池波正太郎 51歳太陽にほえろ!露口茂40歳、下川辰平43歳小林昭二36歳、名古屋章43歳日本プロレス 吉村道明45歳、大木金太郎(金泰植)42歳、馬場正平33歳昭和初期の広告戦前における平均寿命の推移明治時代(1891~1898年)男性約42歳、女性約44歳大正時代(1911~1920年)男性約44歳、女性約46歳昭和初期(1926~1945年)男性約47歳、女性約50歳西村晃49歳、二谷英明44歳、田宮二郎39歳河を渡ったあの夏の日々 西村晃 49歳横山やすし 51歳4箇月(51歳10箇月没)昭和30年代の高度経済成長期の頃の日本人はエイジングが早いように思える。犬は出生後の1年は人間に換算すると17年、翌年は何と23年、其の後は4年分老化するというが、(但し、犬種、sizeによって多少の差異は有る。)当時の日本人は生活習慣、環境、本人の生活態度、職業、更に医療環境によって老化が速かったのではないかと思う。此れに性別が加わり池波正太郎の51歳は現在では老化速度を恐ろしく感じるのではないだろうか。アイドルグループ「嵐」の大野智(40)、櫻井翔(38)、相葉雅紀(38)、松本潤(37)、二宮和也(37) 2020年12月撮影時点元TBSアナウンサー、女優の國光真耶(44、旧芸名・小林麻耶)菊川怜47歳7か月 三児の母池波正太郎撮影時から44年後の令和6年5月29日神宮球場の始球式における美熟女内田有紀48歳(半年後49歳)の姿を挙げておく。外見だけでも歴然とした違いを感じる。
2024/06/05
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2024/06/25
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吉原最大手ソープランドオレンジグループ摘発に思う営業権とは(^-^)/「ソープランドのような、風俗営業法(以下、風営法)で『性風俗関連特殊営業』と規定されている店舗は、近くに病院や児童福祉施設などの保護対象施設があると警察は許可を出ない。東京都の場合、商業地域では半径50m以内に学校や図書館があるとNG。23区内の繁華街で、その条件をクリアできる場所はほとんどない」 必然的に営業できる地域は限定される上、そういう地域はどこも"同業者"で飽和状態。都心の繁華街では新規出店が事実上不可能なのだという。 ただし、ここにも「海の家の法則」は存在する。48年に現行の風営法が施行される前、つまり「従前から」ソープランドを営業してきた業者に限り、営業継続が許されているのだ。この権利は第三者への譲渡はできないため、経営者が廃業すれば権利も消滅するというのが建前。しかし実際は、「法人の代表者名を変えて、営業権は承継される例が多いのだ。1軒1000万円から1億円程度の幅で売買される例もあるらしく、ネット上では売買専用サイトも存在する。 ラブホテルも「店舗型性風俗特殊営業」の許可が必要だが、保護対象施設の規定から実際に許可が下りるエリアは極めて狭く、繁華街での新規開業は事実上不可能。ただし、こちらは逃げ道があるようで、「風営法ではなく、旅館業法が適用されるブティックホテルとして営業するのが裏技。ビジネスホテルなどと同じ扱いです」(同)とのこと。逃げ道がある分、ソープランドのように権利が売買されることも少ないという。 「『今すぐ廃業しなくてもいいよ』というのは、日本人的な優しさとも、問題を先送りにする役人気質とも解釈できます。いずれにしても、靴磨きのおばさんを既得権者とカテゴライズするのは酷でしょう?」 ユルい行政による緩やかな許可。日常生活の中で見かける既得権商売は、曖昧さを好む日本人の、ひとつの知恵の形といえるのかもしれない。
2012/10/30
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ご冥福をお祈り致します(-人-)タレントの山口美江さん(51)が亡くなった。横浜市消防局によると、8日午前11時半頃、「病人が出ている」と119番があり、消防車と救急車が同市中区本郷町の自宅に駆けつけたところ、すでに死亡していた。 所属事務所によると、山口さんは、2月から体調不良を訴え、通院治療をしていたという。山口さんは神奈川県出身。上智大学卒業。語学が堪能で、ニュース番組やバラエティーなど数多くのテレビ番組に出演、漬物のCMの「しばづけ食べたい」のセリフで注目を集めた。2011年まで、横浜中華街で輸入雑貨店を経営していた。(2012年3月9日16時02分 読売新聞)
2012/03/09
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2019年厦门/アモイで悪運尽きて20年以上の逃亡生活に終止符を打たれた美人殺人犯劳荣枝。此奴の毒牙に罹ったら並みの男はイチコロだな。劳荣枝 劳荣枝,女,1974年生,江西九江人,原系九江石油化工公司子弟学校的小学教师 [1] 。1996年,劳荣枝和其男友法子英在南昌杀害了一家三口,之后又在温州杀死两人。加上在合肥犯的案,一共杀害了7人。2019年11月28日,身负7条人命、潜逃20年的女逃犯劳荣枝落网。12月5日,厦门市公安局向江西省南昌市公安局移交逃犯劳荣枝。江西警方将劳荣枝押解回南昌 [2-3] 。12月12日,劳荣枝向公安机关提出,拒绝亲属与南昌警方接触,拒绝家人为其聘请律师,并申请法律援助 [4] ;12月17日,江西省南昌市人民检察院依法对犯罪嫌疑人劳荣枝批准逮捕 [5] 。2020年8月31日,江西省南昌市人民检察院依法对劳荣枝涉嫌故意杀人、绑架、抢劫罪一案向南昌市中级人民法院提起公诉 [6] 。9月1日,南昌中院依法受理南昌检察院指控被告人劳荣枝故意杀人、绑架、抢劫罪一案 [7] 。12月22日,从南昌市中级人民法院获悉,劳荣枝涉嫌犯故意杀人、绑架、抢劫等罪一案将择期宣判 [8] 。2021年9月9日,劳荣枝案一审宣判,以故意杀人、抢劫、绑架三罪并罚判死刑 [17] ,剥夺政治权利终身,并处没收个人全部财产 [19] 。法子英和劳荣枝法子英(1964年10月1日-1999年12月28日)和劳荣枝(1974年12月25日-),中华人民共和国江西省九江市人。两人在1993年相识,后成为情侣。检方指控两人在1996年至1999年在南昌市、温州市、合肥市实施绑架、抢劫、故意杀人,共有7人遇害。法子英在1999年作案时被捕,同年被执行死刑。劳荣枝自1999年逃亡,2019年11月被捕。2021年9月9日劳荣枝因故意杀人、绑架、抢劫案由南昌市中级人民法院一审判处死刑,剥夺政治权利终身。劳荣枝当庭提出上诉。劳荣枝从小就能歌善舞,也很会打扮自己,虽然过得是逃亡生活,但是她的生活质量却很高,在劳荣枝落网后,一位网友上传了劳荣枝跳舞的照片,照片中的她身穿一身白裙,有些暴露的衣着让她看上去更加妩媚性感,而她的舞姿也是非常火辣的。テレ朝news逃亡20年…7人殺害“美人殺人犯”に死刑判決 中国7人を殺害して20年以上、逃亡を続けた女への死刑判決に中国が騒然となっています。 逮捕直後にも上目遣いでアヒル口。「美しい蛇」「美人殺人犯」と中国メディアに呼ばれた女・労栄枝被告。 9日、法廷に立った彼女は涙を拭う場面もありました。 労被告は4件、7人を殺害した罪に問われています。 労被告がまだ20代前半だった1996年。労被告と、その恋人は会社経営者の男性を誘惑して誘い出し、殺害。男性経営者の妻と娘も殺害したとされます。 翌1997年には2人の女性から金を脅し取って殺害。 1999年には労被告が誘惑した男性を自宅に連れ込み、身代金を要求したうえで殺すなど、2人を殺害したとされます。 警察に囲まれた労被告の恋人。自作の銃を手に立てこもったのです。結局、恋人の男は銃撃戦の末に逮捕されました。 その後、死刑判決を受けて刑が執行されています。 そして、ここから労被告の20年以上にも及ぶ長い逃亡劇が始まりました。 しかし、45歳となった2019年、防犯カメラなどの情報から労被告は逮捕されたのでした。 裁判で労被告は「恋人の男に脅されてやった」と主張。謝罪の言葉を繰り返しました。 そして今月9日、判決では涙ながらに裁判長の言葉を聞いていた労被告。しかし、死刑が言い渡されると…。 労被告:「納得できません。法律は良い人に濡れ衣を着せ、悪人を見逃したりしないと私は信じています」 労被告はその場で「上訴します」と宣言したのでした。📺テレ朝News📺逃亡20年…7人殺害“美人殺人犯”に死刑判決 中国中国が慄然、不良に恋した美人教師が連続誘拐殺人犯に堕ちるまで 近藤 大介 2021/09/16 11:30「鬼畜美人教師による連続誘拐殺人事件」――まるでホラー映画のような事件の判決が、先週9月9日に、中国江西省の省都・南昌の中級法院(裁判所)で出された。 以来、中国のネットやSNS上で、この事件と判決を巡って、侃々諤々の議論が交わされている。北京や上海など都市部の「90後」(ジウリンホウ=1990年代生まれ)や「00後」(リンリンホウ=2000年代生まれ)の若者たちは、「こんなことあるの?」と目が点である。美人聡明、飛び級で師範学校へ入学するほどの才媛が・・・ この事件の「主人公」は、労栄枝(ろう・えいし)という名の美女。1974年に江西省九江市に、5人きょうだいの末っ子として生まれた。少女時代から美人で聡明、ピアノや絵画にも優れていた労栄枝は、1989年にわずか15歳で、特例として九江師範学校への入学を許された。 彼女は3年後に卒業し、18歳で九江石油分公司の人民教師になった。地元最大の国有企業の付属小学校教諭である。労栄枝被告© JBpress 提供 労栄枝被告 21歳のある日、労栄枝は、地元のホテルで行われた友人の結婚式に出席した。そこで、これまでの人生で出会ったこともないタイプの男に、一目惚れしてしまう。月給300元(約5000円)の小学校教諭では考えられない7000元(約12万円)もする大型バイクを乗り回す野性的な青年、法子英(ほう・しえい)である。当時はチンピラ仲間から「法老七」と呼ばれていて、すでに何度も前科があった。法子英© JBpress 提供 法子英 まもなく2人は付き合い始め、労栄枝は教諭の職を辞めてしまう。反対する家族のもとも離れ、法子英と同棲するようになった。美人局の常習犯から殺人犯へ 2人は、恐喝によって生計を立てた。労がカラオケバーに勤め、お人好しで金を持っていそうな客を誘惑する。そこへ法が現れ、カネを脅し取るというやり方だ。 1996年のある日、労は熊という姓の「上客」の男を掴んだ。そこで、自宅のアパートに熊を誘い込んだ。そこへいつものように法が現れたが、法は凶器で熊を殺してしまった。そして熊の身分証と自宅のカギを奪い取り、法と労は、熊の自宅に向かった。 2人は熊の自宅へ上がり込むと、「夫を誘拐している」と言って熊の妻と3歳の娘を脅しつけ、自宅にあった現金20万元(約350万円)を奪う。そして、妻と3歳の娘もその場で殺してしまい、自宅のカネになりそうなものをすべて奪って逃走した。 1999年6月、法と労は、安徽省の省都・合肥に流れ着いた。2人は家賃500元(約8500円)のアパートを借り、さらにペット用の鉄格子の檻(おり)を、150元(約2500円)で買った。そしてまた、労がカラオケバーに勤め、「獲物」を物色し始めた。 最終的に、殷という姓の35歳の男に狙いを定めた。7月22日、労は殷を誘惑して自宅に引き入れ、法が現れて、殷を檻の中に押し込めた。そして殷から妻へ手紙を書かせ、30万元(約500万円)の身代金を用意させた。恋人の逮捕、20年間の逃亡生活、そして監視カメラによる捕捉 翌朝、法は約束の身代金の受け取り場所に向かった。その際、法は労に、「もしオレが昼の12時半までに戻らなかったら、人質を殺してこの町から逃げろ」と言い含めた。 結局、殷の妻は警察に通報しており、警察は激しい銃撃戦の末に、法子英を逮捕した。法には「計7人を殺害した罪」などで死刑判決が下り、同年12月28日に刑が執行された。 一方、法が身代金を受け取りに行った当日、法の帰りを待ちわびていた労栄枝は、夜10時になっても法が帰らないので、覚悟を決めて、人質の殷を殺した。そして荷物をまとめ、「私は先に行きます。愛しています」と法に書き残して、自宅を後にした。 労が向かった先は、2人がいざという時に落ちあう場所に決めていた重慶だった。ここから、彼女の20年にわたる「逃亡人生」が始まったのである。一審で死刑判決が下された労栄枝被告© JBpress 提供 一審で死刑判決が下された労栄枝被告 2019年11月28日、45歳になっていた労栄枝は、シェリー(雪莉)という名前で、福建省アモイのカラオケスナックに勤めていた。そしてこの日の日中、ショッピングモールで、腕時計を見ていた。 その時、中国が誇る最新鋭の監視カメラが反応し、指名手配犯であることを警察に知らせた。そこで警察が時計店に駆けつけ、20年前に蒸発した労栄枝が、ついに逮捕されたのである。労の全財産は、3万元(約50万円)しかなかった。死刑判決に慟哭 公判で労栄枝は、一貫して「自分もまた、法子英の被害者である」と主張し続けた。つまり、法に殺されることを恐れて、やむなく法の犯罪に加担したというのだ。法に毎日、脅されてカラオケ店に勤めさせられ、身体を求められた。法との子供を2度、妊娠したが、2度とも堕胎させられた。堕胎手術をした日にもセックスを強要された。法が処刑されたことは、アモイに潜伏していた時、新聞記事で知ったが、せいせいした気分がした・・・といったことを供述した。 一方、検察は、法と労はあくまでも夫婦のように一体で、常に共謀していた。労はカラオケ店に勤めており、完全に自由の身だった。また、労も殺人鬼であったことは、最後に単独で、檻の中の殷を殺したことからも明らかだなどとして、労にも法と同様の極刑を求めた。 検察は、殷に書かせた身代金を求める手紙の一部を、労が書き足していたことなども、労の筆跡鑑定書類とともに提出した。また、一連の誘拐殺人事件で、唯一生き延びた被害者男性の劉氏も、法と労は一心同体だったと証言した。 公判でこうした激しいやりとりが行われた後、先週9月9日、南昌の中級法院は、一審の判決を下した。判決は、検察の求刑通り「死刑」だった。裁判長は、判決文を読み上げた。「前世紀末、被告人はボーイフレンドの法子英とともに、江西省南昌、浙江省温州、江蘇省常州、安徽省合肥で、暴力犯罪を連続して起こし、計7人を殺害した。その特別残忍な手口は、全国を震撼させた。1999年12月、法子英は、故意殺人罪、誘拐罪、銃刀法の罪で死刑となったが、労栄枝は長きにわたって、名を隠し、身を潜め、逃亡生活を送っていた・・・」 裁判長が判決文を読み終わると、労栄枝は法廷で泣き崩れて、叫び声を上げた。「判決には不服だ、不服だ! 私は上告する!」 そして即日、上告したのだった。 労栄枝を死刑にすべきか否か――一般の中国人も、裁判官のように議論を交わしている。この事件が中国人に、「法治意識」を目覚めさせたことは確かなようだ。
2021/09/11
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미루룽 누르렁의 원인 아이돌은 비위가 강하다 韓国ヲタが唱える白間美瑠最強説は強ち嘘ではない。
2014/07/03
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何やってるんだよ”!馬鹿共が”!ヽ(`Д´)ノ此の儘暫し営業停止、廃業になるのかヽ(´Д`;)ノ600余名の吉原オレンジグループの女性達の今後は。。(つд⊂)病床の親の介護の為に働いている娘もいた。お店を持つ為に頑張っている女性もいた。胡座をかいて生きてるんじゃねぇ彼女達は裸一貫体を張っているんだ西成の生活保護受給者,人間の屑共と違うぜ近い内に哀悼の散策しよう (´・ω・)後、関東大震災で吉原の郭で逃げ場を失い非業の焼死を遂げた多くの遊女を祀った吉原弁財天【神社】、 江戸時代貧しい農家の娘で吉原に身売りし、劣悪な環境で酷使され命を削り落とした挙句、廃棄物のように境内に投げ捨てられた数多数千名の吉原の遊女を慰霊する浄閑寺を参拝する東京都台東区の吉原地区のソープランドで違法に売春場所を提供したとして、警視庁は29日、同区のソープランド運営会社「サン・ワールドホールディングス」代表・小松崎伸男(67)(台東区西浅草)とグループ会社社長・蓮川利一(51)(墨田区京島)の両容疑者ら男21人を売春防止法違反(場所提供業)容疑で逮捕したと発表した。発表によると、小松崎容疑者らは今月27日、台東区千束のソープランド「11チャンネル」で女性従業員に売春場所として個室を提供した疑い。風営法に基づく都公安委員会への届け出で認められているのは性的サービスだけで、小松崎容疑者らは調べに容疑を認めている。小松崎容疑者らは2009年5月から、別々の法人が運営していた8店を一括管理。635人の女性従業員を雇い、これまでに100億円以上を売り上げていた。風営法上、ソープランドの運営権を引き継ぐことはできないが、一括管理で事実上の運営権がサン社に移ったため、同庁は無届け営業とみて捜査を進めていた。(2012年10月29日15時34分 読売新聞)
2012/10/29
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ソウル 30℃ 全州 32℃ 大邱 32℃6/20 KBS 뉴스 광장
2013/06/20
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柵の無い週末って良いよね。リラックスしている。こういう生き方が出来れば100歳まで生きれるだろうよ^-^b
2006/12/01
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北朝鮮,再び 我が政府 非難
2013/04/20
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再開発で随分と変わったよなぁ特にがきの頃醜性の街だった港南口は高層ビルが林立し工場、運送業者の集配所、更地のイメージが薄らいだ。然し元々港湾を埋め立て利便性のみを追求した人口色の強い街で生活感が無い。駅構内は何も無い所を再利用したのだから矢鱈広大だ。中央改札出て港南口を通過するのに老人女子供では悠に5分は掛かろう。昼は流動人口が多く往来する者が多く賑わうが、夜は蛻の殻になったビルが立ち並び荒涼感が漂う。こんな街よりは隣駅の田町、未だ抵抗はあるが大崎が良い。
2011/10/15
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Seven 新曲 音源チャート 第1位
2012/02/03
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オレンジグループで異彩を放っていた【バニークラブシャイ】オレンジGの中では唯一やや年季が入った嬢が多く末席を汚すと揶揄されていた店だ (・∀・)(中にはまお嬢のような若い娘も居たが)然しシャイにはシャイの意義が十分有った”!ヽ(`Д´)ノアットホームな雰囲気、リーズナブルな料金で情のあるサービス嬢が多数在籍していた(*´∀`*)圧倒的に人気を誇るオレンジG系列店の中で十二分に存在価値の有った欠く事の出来ない名店だった。 今年17年ぶりに吉原に復帰し通い詰めたが名嬢真理谷ケイさんがいた頃を思い出した。当時と変らない良質のサービスだったよ。 シャイの嬢の声を聴けぃ”!ヽ(`Д´)ノ私はシャイ大好きだったそりゃあ中にはムカつくお客さんも居たけどスタッフが女の子が居るから自分達は食べていけるって信念?みたいのがあって良い人達だったしお客様の中には本当に優しいお客様も居て...待機室も別に険悪なんかじゃなくてアットホームだったし働きやすかったしもう再開は難しいけどいつか復活してくれたら...なんて夢見てますけどね(笑)お客様はお気に入りの女の子の新しいお店見つかりましたか?お気に入りの女の子と仲良く新しいお店で遊んで下さいm(__)mオレンジグループシャイありがとうございました 2012/11/03 03:09
2012/11/04
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北 長距離ロケット 継続発射 2013.02.12
2013/02/12
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台風4号 韓国を避けたか
2013/06/20
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此奴は懲りない奴だ。頭が可笑しい。完全に病気だ💉義侠心を持った20代の有為な青年が犠牲と成ってしまった。取り返しのつかない事をしたな。駅の階段から男性を転落させて重傷を負わせたとして、警視庁神田署は17日、元警察官の会社員の男(52)(千葉市若葉区原町)を傷害容疑で現行犯逮捕した。 発表によると、男は17日午前7時頃、東京都千代田区の都営新宿線神保町駅の階段で、20歳代の男性を約2メートル下に転落させ、頭蓋骨骨折などの重傷を負わせた疑い。男性は意識不明の重体。 男は、女性から痴漢をしたととがめられて駅構内を逃走。近くにいた男性が追いかけ、階段で追いついたところだった。調べに対し、容疑を否認し、「腕をふりほどいただけだ」と供述している。 男は警視庁の警察官だった2007年7月、都内の駅で痴漢行為をとがめた男性を突き飛ばして負傷させ、懲戒処分を受けた後に依願退職していた。読売新聞 2020/02/17 20:18 品田真男容疑者17日午前7時ごろ、東京都千代田区の都営地下鉄新宿線神保町駅で、電車内で痴漢をしたとされる男を追い掛けていた20代男性が、男ともみ合いになって階段から転落し、頭を強く打ち意識不明の状態で病院に搬送された。 警視庁神田署は傷害の疑いで、千葉市若葉区原町、会社員品田真男容疑者(52)を現行犯逮捕した。 神田署によると、品田容疑者は階段を下る途中で男性に体をつかまれ、一緒に高さ約2メートルの位置から転げ落ちた。その後もさらに逃走したが、別の男性らに取り押さえられた。品田容疑者は元警視庁の警部補。07年、電車内で女性の体を触ったとして逮捕され、辞職した。 電車内で女性の体に触ったとして、東京都迷惑防止条例違反の現行犯で逮捕された、高市少子化相の元警護官(SP)で警視庁警護課の品田真男警部補(39)について、同庁は23日、停職1か月の懲戒処分とすると発表した。 品田警部補は、痴漢行為をとがめた男性をホーム上で突き飛ばして2週間のけがを負わせたとして書類送検されており、同日付で依願退職した。痴漢?追ってもみ合い階段転落、男性重体 傷害容疑で元警官逮捕 東京・神保町 毎日新聞17日午前7時ごろ、東京都千代田区神田神保町2の都営新宿線神保町駅の階段で、痴漢を疑われた男と追い掛けた20代の男性がもみ合いになった。男性は約2メートルの高さから転落し、病院に搬送されたが頭の骨を折るなどして意識不明の重体。男は別の乗客が取り押さえ、警視庁神田署が傷害容疑で現行犯逮捕した。<電車扉付近は痴漢注意>なんと被害の9割が… 神田署によると、逮捕されたのは千葉市若葉区原町、元警察官の会社員、品田真男容疑者(52)。品田容疑者は出勤中の電車内で痴漢を疑われ、神保町駅で下車。近くにいた駅員に羽交い締めにされたが振りほどいて逃走した。騒ぎを聞いて追い掛けた男性が、階段を下りていた品田容疑者ともみ合いになったという。 品田容疑者はその後、都営三田線のホームに逃げたが、別の乗客に取り押さえられた。「(男性を)振りほどこうとしたら転落した。けがをさせようとしたわけではない」と容疑を一部否認。痴漢については「していないが、追い掛けられたから逃げた」と供述しているという。511 :名無しピーポ君:2007/07/05(木) 15:42:27 警視庁のSP、痴漢容疑で逮捕 2007年07月05日13時11分 電車内で女性に痴漢をしたとして、警視庁警護課警部補の品田真男容疑者(39)=千葉市若葉区=が東京都迷惑防止条例違反容疑で現行犯逮捕されていたことがわかった。 品田容疑者は高市・内閣府特命担当相を担当するSP。 「酔っていて覚えていない」と供述しているという。 人事1課によると、品田容疑者は2日午後10時40分ごろ、JR総武線の錦糸町―新小岩間を走行中の電車内で、都内の大学生の女性の尻付近をさわった疑い。 目撃した乗客の男性が取り押さえた。 品田容疑者は勤務終了後、同8時ごろから約2時間、飲食店で同僚と飲酒したあと、1人で電車に乗った。 ビール中ジョッキ1杯と割った焼酎数杯を飲んでいたという。 同庁の北村博文警務部参事官は「職員がこのような事案を起こし、被害者の方に深くおわび申し上げる。今後十分に捜査を尽くしたうえで厳正に処分したい」とコメントした。 2007年7月警視庁警護課SPが電車内で痴漢をしたとして現行犯逮捕された問題で、同庁は23日、この品田真男警部補(39)=千葉市若葉区=を停職1カ月の懲戒処分とした。警部補は同日、辞職した。調べでは、警部補は7月2日夜、JR総武線の電車内で大学生の女性の尻付近を触ったうえ、乗客の男性が新小岩駅で下車させホームで取り押さえようとした際、突き飛ばして転倒させ、首のねんざなど約2週間のけがを負わせたとされる。傷害容疑でも東京区検に送検され、23日、処分保留で釈放された。朝日新聞 2007年7月2日同庁によると、品田警部補は今月2日午後10時40分ごろ、JR総武線錦糸町―新小岩駅間の電車内で20歳代の女子大生の体を触ったところを近くの男性に見つかり、新小岩駅で下車した際、この男性を突き飛ばして逃走したが、改札口で取り押さえられた。女子大生や男性との示談が成立したことから、23日、処分保留で釈放された。これまでの調べに「酒に酔っていて覚えていない」と供述しているが、「迷惑をかけたので職を辞して責任を取りたい」と話しているという。関連タグ:退職被害者男性の妻のツイッター:「夫が駅構内で痴漢を追いかけ突き飛ばされ階段から転落。駆けつけた時は最悪の事態と言われました」夫の身に起きた“まさかの事態”について妻がつづったツイート。今回の事件で逮捕されたのは、警視庁の元SP・品田真男容疑者(52)。昨日、午前7時ごろ、出勤中の電車内で痴漢行為を疑われ駅員の制止を振り切ってホームから逃走した。その逃走中に、新たな事件が発生。取り押さえようとした男性が階段から転落し、意識不明の重体に。その男性の妻が苦しい胸の内を明らかにした。被害者男性の妻のツイッター:「世の中いいことをしても報われないですね。涙が止まりません。」昨日午前7時ごろ、電車内で痴漢行為を疑われ、都営新宿線・神保町駅のホームから逃走した元警視庁SPで現在会社員の品田真男容疑者(52)。逃げる品田容疑者を取り押さえようとした20代の男性と、駅の階段でもみ合いになった。その結果…男性は階段から2m下に転落し、頭の骨を折るなど意識不明の重体です。品田容疑者は20代男性を残し、なおも逃げたが、周りにいた男性らに取り押さえられ、傷害の現行犯で逮捕された。警視庁のSPだった品田容疑者、2007年に高市早苗大臣のSPを務めていた当時、痴漢行為で逮捕されていた。電車内で女子大生の下半身を触り現行犯逮捕されています。実はこの時も痴漢行為を目撃した男性を突き飛ばしてケガをさせ追送検された。逮捕された品田容疑者は…今回、同様の事件でまたしても逮捕された品田容疑者。調べに対し、こう話している。品田真男容疑者:痴漢はしていない。(男性に)つかまれたので振りほどいただけ。一方、地下鉄車内で痴漢行為に遭ったとされる10代の女性は、一時行方が分からなくなっていたが今日警視庁に名乗り出た。現在、詳しい話を聞いている。被害男性の妻はツイッターを更新。被害者男性の妻のツイッター:「意識も戻り会話もできてほっとしています。本当に良かったです。」☞ 被害者男性の意識が戻った事は不幸中の幸いだ。 品田の所業は自己保身の為の醜悪極まりない犯罪行為。 被害者男性の意識の回復に拘わらず厳罰に処して頂きたい。 後遺症が残る可能性は十二分に有る。
2020/02/17
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おめでとうございます!執念を見せたね💛💙💚💜女優チェ・ジウさん、第1子出産 44歳、「冬ソナ」のヒロイン 共同通信社 2020/05/16 20:44 【ソウル共同】聯合ニュースによると、日本で韓流ブームのきっかけとなった韓国ドラマ「冬のソナタ」でヒロイン役を演じ、2018年に一般男性と結婚した女優チェ・ジウさん(44)が16日、第1子となる女児を出産した。所属事務所が明らかにした。 所属事務所は「母子共に健康」とした上で「祝福してくださった全ての方に感謝します」としている。
2020/05/18
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駅伝の直前直後に女子高生と2回にも亘りみだらな行為をしたと。箱根駅伝優勝校の実力者は余裕がある。今後駒澤大学は此奴の処分をどうするのかな。sports馬鹿の此奴は大学を退学処分となり、就職先は見つからないまま来春を迎えるのだろう。箱根駅伝優勝の駒大アンカー逮捕 女子高校生にわいせつ疑い 共同通信社 2021/05/19 13:00神奈川県警は19日、女子高校生(17)にみだらな行為をしたとして、県青少年保護育成条例違反などの疑いで、東京都世田谷区、駒沢大4年石川拓慎容疑者(21)を逮捕した。石川容疑者は今年の箱根駅伝で総合優勝した駒大のアンカー。県警によると、「18歳だと思っていた」と供述している。 逮捕容疑は、昨年12月20日と今年1月17日、川崎市多摩区と東京都世田谷区のホテルでそれぞれ、相模原市の女子高校生にみだらな行為をした疑い。 県警によると、2人は昨年10月下旬、マッチングアプリで知り合った。県警は19日、石川容疑者が生活する駒沢大陸上部の寮を家宅捜索した。【速報】箱根駅伝 優勝アンカーを逮捕 駒澤大学・石川拓慎容疑者 FNNプライムオンライン 2021/05/19 12:152021年の箱根駅伝で優勝した駒澤大学の選手が、女子高生にみだらな行為をした疑いで逮捕された。神奈川県などの青少年育成条例の疑いで逮捕されたのは、駒澤大学4年の石川拓慎容疑者で、2020年12月と2021年1月、川崎市のホテルなどで、17歳の女子高生に、みだらな行為をした疑いが持たれている。石川容疑者は、駒澤大学が優勝した2021年の箱根駅伝に出場し、最終10区を走っていた。箱根駅伝総合Vの駒大ランナー逮捕 女子高生にみだらな行為事件事故 | 神奈川新聞 | 2021年5月19日(水) 11:3217歳の女子高生にみだらな行為をしたとして、神奈川県警少年捜査課と大和署は19日、県青少年保護育成条例違反などの疑いで、駒澤大4年で陸上部に在籍する男(21)=東京都世田谷区=を逮捕した。 男は今年の箱根駅伝に最終10区のランナーとして出場。区間賞を獲得する快走で先頭チームを逆転し、同大の総合優勝の立役者になった。 県警によると、男は「18歳だと思っていた」などと供述している。 逮捕容疑は、昨年12月20日と今年1月17日、川崎市多摩区と東京都世田谷区のホテルで、18歳未満であることを知りながら、相模原市に住む高校2年の女子生徒にみだらな行為をした、としている。 県警によると、2人は携帯電話のマッチングアプリを介して知り合った。連絡を取り合っていた会員制交流サイト(SNS)の履歴から、県警は男が昨秋以降、複数回にわたって女子生徒に同様の行為をしていたとみて調べる。 別の事件の捜査で2人の関係が浮上。女子生徒は当初、男が駅伝選手であることを知らなかったが、箱根駅伝のテレビ中継を見て気付いたという。【箱根駅伝】箱根のヒーローが… 駒沢大アンカーが逮捕 大八木監督の処遇を心配する声も 東スポWeb 2021/05/19 15:00箱根のヒーローが一転…。神奈川県警は19日、17歳の女子高校生にみだらな行為をしたとして、県青少年保護育成条例違反などの疑いで、駒沢大4年の石川拓慎容疑者(21=東京都世田谷区)を逮捕した。県警によると、昨年12月20日と今年1月17日、川崎市多摩区と東京都世田谷区のホテルで、18歳未満であることを知りながら、相模原市の女子高校生にみだらな行為をした疑いが持たれているという。石川容疑者は、今年の東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)に最終10区のランナーとして出場。首位を走っていた創価大から3分19秒遅れの2位でタスキを受けると、20・9キロ過ぎで捕らえ、そのままトップでゴールに飛び込み、奇跡の逆転優勝の立役者となった。レース後には、箱根駅伝で出走したメンバーのうち、9人が3年生以下(当時)で構成されていたことから、駒沢大の大八木弘明監督(62)は「それこそ3大駅伝(出雲、全日本、箱根)は取りに行きたい感じはする」と話していた。しかし、まさかの事態に周辺は困惑気味。駒沢大の広報担当者は、本紙に「報道で今回の件を知った。事実確認中です」と戸惑いを見せた。場合によっては指導者である大八木監督の処遇に関わる可能性もあるため、ある陸上関係者は「大八木監督がクビになったら、駒沢が終わってしまう」と表情を曇らせた。〝令和の常勝軍団〟へ新たな一歩を踏み出した駒沢大だが、思わぬトラブルに巻き込まれてしまったようだ。駒大アンカーわいせつ逮捕の背景に「エキジョ」…駅伝ランナーは身近なアイドル 東スポWeb 2021/05/20 05:31 箱根のヒーローがまさかの淫行だ。神奈川県警は19日に17歳の女子高生にみだらな行為をしたとして、県青少年保護育成条例違反などの疑いで、駒沢大4年の石川拓慎容疑者(21)を逮捕した。今年1月の箱根駅伝では最終10区で力走し、奇跡の逆転優勝の立役者となったが、大会直前になんと女子高生をラブホテルに連れ込んでいたというから、日本中が騒然となった。〝常勝軍団復活〟が期待される名門の未来にも暗雲が垂れ込めてきた。この背景にはいったい何があったのか? 全国の駅伝ファンから悲鳴が上がった。神奈川県警によると、石川容疑者は昨年10月に駒大の寮でマッチングアプリを使用して、女子高生と知り合った。その後、昨年12月20日と今年1月17日に川崎市多摩区と東京・世田谷区のホテルで、18歳未満であることを知りながら、みだらな行為をした疑いが持たれている。 石川容疑者は調べに対し「少女が高校に通っていることは知っていたが、18歳だと思った」「交際をしていた」などと供述しているが、ある駅伝ファンは「まさかですよね。ヤバすぎますね」と顔をしかめた。 石川容疑者と言えば、1月の箱根駅伝10区で戦後最大となる3分19分差をひっくり返して、駒大を13年ぶり7度目の総合優勝に導いたのは記憶に新しい。駒大は2002~05年に史上5校目となる総合4連覇を達成。08年にも総合優勝を果たし〝平成の常勝軍団〟と呼ばれたが、その後は総合優勝から遠ざかり、18年には総合12位に沈んだ。大八木弘明監督(62)の「スパルタ指導」に限界の声も聞かれる中、SNSで連絡が来ても電話をかけ直したり、サウナで対話を重ねるなど、イマドキの選手たちに合わせた指導法で名門を復活させた。 今年の箱根駅伝出走メンバーのうち、石川容疑者を含めて9人が3年生以下(当時)で構成。レース後には、大八木監督が「それこそ3大駅伝(出雲、全日本、箱根)は取りに行きたい感じはする」と自信をのぞかせており〝令和の常勝軍団〟へ順調なステップを踏んでいた。しかし、今回の事件で状況は一変。駒沢大の広報担当者は「報道で今回の件を知った。事実確認中です」と話したが、最悪の場合は大八木監督の処遇に関わる可能性もあることから、ある陸上関係者は「大八木監督がクビになったら、駒沢が終わってしまう」と表情を曇らせた。その一方で「駅伝人気がこの事件につながったのでは」との意見もある。別の駅伝ファンは「近年は大学駅伝選手の女性ファン『エキジョ』が増えています。AKB48じゃないですが『会いに行けるアイドル』的な存在で、人気選手には多くのエキジョがいるんです。中にはファンレターと称してラインのIDを渡し、返信があった選手と会ったり、飲み会を開いたという話も聞きますね」と話す。 もともと石川容疑者は陽気な性格で、駒大陸上部が運営するインスタグラムで箱根駅伝のメンバーを紹介した際には、変顔をしながら色紙に「区間賞で単位ください」と記していた。すると、優勝後にはネット上で「単位をあげてください」「石川拓慎選手の走りは素晴らしかった」との声が相次ぐなど、一躍注目選手に駆け上がった。 本来、マッチングアプリを18歳未満が使用することはできないが、女子高生は当初石川容疑者に18歳だと伝え、その後に17歳と明かしていたという。とはいえ、石川容疑者が逮捕されたのは事実。今後駒大はどのような判断を下すのだろうか。〝国民的行事〟とされる箱根駅伝のスターの大醜態だけに、スポーツ界全体への影響も大きい。駒大アンカーが女子高生にわいせつ逮捕 それでも「選手生命終わらせないで」の声2021/05/20 13:48今年の箱根駅伝で、アンカーとして駒大の総合優勝に貢献した同大4年の石川拓慎容疑者(21)が19日、県青少年保護育成条例違反などの疑いで神奈川県警に逮捕された。陸上界を震撼させた事件に関係者は大きなショックを受けている。 石川容疑者は今年の箱根駅伝で最終10区を走った。タスキを受けた時点でトップの創価大学と3分19秒離れていたが、力強い走りで大逆転。総合優勝に大きく貢献した。「普段は礼儀正しい好青年です。三枚目の部分もあり、駒大陸上部の箱根駅伝メンバーを紹介するSNSでは『区間賞で単位ください』とおどけた表情を浮かべていました。穏やかな雰囲気の癒し系キャラですが、心の芯は強い。3年時の昨年は箱根駅伝でアンカーの10区を走って区間7位に終わりました。今年は最終学年で期する思いがあったのでしょう。会心の走りで区間賞を獲得し、チームを総合優勝に導きました。ニュースを聞いた時は驚きました。詳細が分からないので何とも言えませんが、駒大の関係者はショックを受けています。陸上界で将来を嘱望される選手だったので今後どうなるか…」(陸上雑誌の編集者) 報道によると、石川容疑者は昨年10月にマッチングアプリを使用し、当時高校2年生だった17歳の少女と知り合った。その後、昨年12月と今年1月と2度にわたり、少女をホテルに連れ込んでわいせつな行為をした疑いがあるという。 スポーツ紙の陸上担当記者はわいせつ行為に及んだ日時に驚きを隠せなかった。「12月20日は箱根駅伝の本番に向けて、最終の調整段階に入った大事な時期です。新型コロナの感染拡大が収束しない中、選手たちは不要不急の外出は控えるように通達されていた。コロナに感染して部内にクラスターが発生する危険性もあります。張り詰めた緊張感でストレスが溜まっていたのかもしれないが、あまりにも軽率な行動だと思います」と語気を強めた。 この事件を受け、駒大が20日からの関東学生対校選手権を参加辞退するか動向が注目されたが、出場を決断した。ただ部員たちも平常心で走ることは難しいだろう。部内で動揺が広がり、想定外の形で注目されている。 SNS、ネット上では「チーム内に一人でも感染者が出たら大学としての出場権取消、関東学連からも通達が出ていた中での行動ですからね…。しかも法に抵触するような事とは。軽率の一言では済まされないですね」、「身から出た錆のような気もする。しかも大事な時期に。コロナ感染のリスクが高い行動をとることが理解できないし同情できない。箱根駅伝に出たくても出られないメンバーがいる。あまりにも自分勝手で無神経な行動だと思う」など批判の声が。 一方で、石川容疑者の今後についても心配の声が多い。「確かに彼の行動は軽率だった。でも今の若者はマッチングアプリを使うし、それ自体は違法ではない。箱根駅伝のヒーローとして持ち上げていたのに、手のひら返しで何でもかんでも叩くのは違和感を覚える。個人的には彼の走りが好きだった。就職先も取り消されてゼロ、いやマイナスからのスタートになるかもしれないが、この事件で選手生命を終わらせないで欲しい」、「まだ詳細も分かっていない中で憶測だけで批判をするのはやめよう。日本は失敗をした人、過ちを犯した人を社会から抹殺する傾向がある。やってしまった過ちは認めた上で彼が陸上を続けたいなら、チャンスを与える社会であってほしい。当然バッシングされるのも覚悟でいなければいけない。それでも自分の道を貫いてほしい」。 なぜ、石川容疑者は一連の行動をとってしまったのか――。事件の詳細が気になるところだ。
2021/05/19
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出自育ちが悪く自堕落な生活を習慣化していると無様に早死にする良い例を学んだ。無事是名馬也。代表作【苦役列車】だけは再放送映画を見た事が有るが後味の悪い重苦しさだけが残った。人生の無駄な時間を過ごしてしまった。ぶら○特有の不気味な風貌が印象的だった西村賢太。作風も汚泥に咲いたおどろおどろしい毒花だ。泥中に咲いた蓮✿とは言えない。訃報の知らせを聞き、風俗へ行き貴ノ浪/音羽山親方のように女性との情交の挙句で腹上死に至ったかと一瞬脳裏を過った。報道ではtaxi🚖乗車中に意識を失い死んだという。西村賢太らしい無様でしかも迷惑千万な最期だ。taxi🚖の運転手は料金と病院搬送費用🏥が自腹か会社負担と成ったかは不明だ。とんだ災難と恥をばら撒いてこの世から去って行った。どうせ前科2犯の犯罪者が長生きしても碌な事は無いだろう。もっと早くに逝って良し‼ 7件の強盗、婦女強■姦を繰り返した凶悪性犯罪者為我井節男のDNAを受け継ぐ劣悪かつ醜悪なブ男🙏当に虫唾が走る希少種の蛆虫ような♂だった。詰まらん私小説しか書けない浅学非才の物書なのだから、無様な醜態を晒し此の世を去る前に鬼畜為我井節男と自身の生い立ちを題材とした作品を上梓して欲しかった📚数日前に一足先に鬼籍に入った石原慎太郎への追悼文を新聞に寄稿していた様だ。石原も大変な同業者に好かれたものだ。石原が自身諸共西村賢太を地獄へ道連れにし人生の終局へ引導したならば敬意を払い、最後の業績に衷心より謝意を表したい。芥川賞作家の西村賢太さん死去 「苦役列車」「暗渠の宿」 共同通信社 2022/02/05 15:48破滅型の私小説で知られる芥川賞作家の西村賢太(にしむら・けんた)さんが5日朝、東京都内の病院で死去した。54歳。東京都出身。 中学卒業後、アルバイトで生計を立てながら小説を執筆。2007年に「暗渠の宿」で野間文芸新人賞、11年に「苦役列車」で芥川賞を受けた。受賞決定後の記者会見での破天荒な発言が注目され、同作はベストセラーに。他の著書に「小銭をかぞえる」「どうで死ぬ身の一踊り」など。 大正時代に活動した作家藤沢清造に心酔し、小説集出版に尽力した。 関係者によると、4日夜、タクシー乗車中に意識を失い病院に搬送されていた。Wikipedia幼少期東京都江戸川区春江町出身[3]。祖父の代から続く運送業者の家庭に生まれる。実家は下請け仕事が中心で、トラック3台、従業員は最盛期でも4人の零細企業だった[3]。父は外車マニアで、数年ごとにジャガーやカマロやクーガーなどを買い換えていたが[3][4]、👉1978年秋に強盗強■姦事件を起こして逮捕され、刑務所に収監される。このため両親が離婚し、3歳上の姉と共に母子家庭で育つ。👉合計7件の強盗強■姦事件加えて脅迫、公務執行妨害、致傷罪。 実父 為我井節男 逮捕現場読書好きな姉の影響で、幼児期から『赤毛のアン』『キュリー夫人』などを読み、活字に親しんでいた[5]と発言したとされているが、その後本人は「一回も読んだことがない」と取材で語っている[6]。江戸川区立二之江第二小学校5年の2学期に千葉県船橋市原木中山へ転居し、さらに小学校6年に進級する春休み中に東京都町田市のコーポへ転居[3]。少年時代それまでは父が単なる強盗事件を起こしたと聞かされていたが、町田市立中学校3年の時、父が起こした事件が性犯罪だったことを知り、その衝撃で2学期頃から不登校となる[3]。国語を除くと成績は「1」ばかりでローマ字も書けず、高校は全寮制の東京都立秋川高等学校しか行くところがないと教師に宣告されたが、寮に入るのを嫌って進学せず[7]、家を出て東京鶯谷の家賃8000円のアパートに下宿。アルバイトに明け暮れていたようだが[8]、家賃を4か月滞納したまま1年半で鶯谷のアパートから強制退去処分を受け、飯田橋、横浜市戸部町、豊島区要町、板橋などでトイレや風呂のない一間のアパートに住み、家賃滞納と強制退去を繰り返す[3]。この間、港湾荷役や酒屋の小僧、警備員などの肉体労働で生計を立てていた。1990年頃には品川の屠場で働いたこともあるが、「あまりのきつさに音を上げて一日でやめてしまった」という[9]。傍ら、16歳頃から神田神保町の古本屋に通い、戦後の探偵小説の初版本などを集めていたが[3]、土屋隆夫の『泥の文学碑』を通じ田中英光の生涯を知ってから私小説に傾倒。1994年より1996年まで私家版『田中英光私研究』全8冊を刊行、この研究書の第7輯に私小説「室戸岬へ」を発表。第8輯にも私小説「野狐忌」を発表している。田中英光研究から離れた理由については「田中英光は、結局、一種のエリートなんですよ。そこでもう、なんか、そこでこう、もの足りないものを感じた」[10] と語っている。青年時代23歳で初めて藤澤清造の作品と出会った時は「ピンと来なかった」というが、29歳の時、酒に酔って人を殴り、留置場に入った経験から清造に共鳴するようになり[3]、以来、清造の没後弟子を自称し、自費で朝日書林より刊行予定の藤澤清造全集(全5巻、別巻2)の個人編集を手掛けている。朝日書林の主人からは相当額の金銭的援助を受け、神田神保町のビルの一室を契約したとき費用を借りた他、「これまでにトータルで5、600万は借りてる」[3] という。清造の墓標を貰い受けて自宅に保存している他、1997年頃から[3] 清造の月命日の毎月29日には清造の菩提寺の浄土宗西光寺(石川県七尾市)に墓参を欠かさない。2001年からは自ら西光寺に申し入れて「清造忌」を復活させた他、清造の墓の隣に自身の生前墓を建ててもいる。このエピソードがいくつかの作品において主人公の行動に擬して描かれているように、西村の作風は強烈な私小説である。また「瘡瘢旅行」で、敬愛する藤澤清造は「小説家」ではなく「私小説家」だと呼んでいる。小説家としての活動2003年夏、同人雑誌『煉瓦』に参加して小説を書き始める。2004年、『煉瓦』第30号(同年7月)に発表した「けがれなき酒のへど」が『文學界』12月号に転載され、同誌の下半期同人雑誌優秀作に選出される。同年に『煉瓦』を退会。2006年、「どうで死ぬ身の一踊り」で第134回芥川賞候補、「一夜」で第32回川端康成文学賞候補、『どうで死ぬ身の一踊り』で第19回三島由紀夫賞候補となる。2007年、『暗渠の宿』で第29回野間文芸新人賞受賞。2008年、「小銭をかぞえる」で第138回芥川賞候補。2009年、「廃疾かかえて」で第35回川端康成文学賞候補。2011年、「苦役列車」で第144回芥川賞受賞。芥川賞受賞後の2011年7月には、「この受賞の流れを逃したら次はない」[11] という自身の提案で新潮社から清造の代表作『根津権現裏』を新潮文庫より復刊させた。2012年には同文庫より、自ら編集した「藤澤清造短篇集」を刊行。芥川賞受賞会見における「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」との発言が話題を呼び[12]、同賞受賞以後のマネジメントはワタナベエンターテインメント[13]。2012年10月2日からTOKYO MXの『ニッポン・ダンディ』にレギュラー出演していたが、2013年6月4日の放送で終了直後に突然降板する。「週刊アサヒ芸能」6月27日号および7月4日号の西村の連載コラム「したてに居丈高」で、かねてより番組スタッフとMCの段取りの悪さに不満を募らせ続けており、それがこの日の我慢のならぬ段取りと進行が重なったことによって爆発した、との動機が明かされている[14][15]。死去2022年2月4日夜、タクシー乗車中に意識を失い病院に搬送され、翌5日、東京都内の病院で死去。※死因は報じられていない。54歳没[1][16]。※心疾患(心筋梗塞)事件・問題暴行による罰金刑25歳頃にアルバイト先の同僚と揉め、止めに入った警官を誤って殴り逮捕され、略式起訴を経て10万円の罰金刑を受ける[17]。また、29歳の時には飲食店で酔って他の客に絡んで暴力をふるい、再び逮捕され、10日間留置され[18]、東京簡易裁判所で罰金20万円[19] の有罪判決を受けた[17]。Twitterなりすまし事件2013年11月頃から、ツイッター上に西村のなりすましが現われる。即時ワタナベエンターテインメントのサイト上で、本人によるものではない旨のアナウンスが発表される。西村の連載コラム「したてに居丈高」(『週刊アサヒ芸能』2013年12月19日号)はこの件について、「私は現在も過去にも未来にも、そうしたものは一切行っていないし、行うつもりも全くない。何が楽しくて、金に換わらぬ無料サービスの文章を書く必要があろうか」と突き放している[20]。逸話作品に度々登場する同棲相手の「秋恵」には実在のモデルがいるが、モデル問題で提訴されることを恐れているため、モデルとなった女性の性格・出身地・年齢・外見などはことごとく変えてある[7]。ミュージシャン稲垣潤一の大ファンで、ライブによく足を運んでおり稲垣のファンの間でも有名な存在である[21]。石原慎太郎の著作を十代の頃から愛読しており、「自分にとっての信用できる作家であった」とのこと。「石原氏の政治家としての面には毫も興味を持てなかった」ものの、石原の作や政治発言と、西村が石原に敬意を抱くきっかけとなった初期の随筆『価値紊乱者の光栄』中の主張が一貫している点に、「私としては小説家としての氏への敬意も変ずることはなかった」と石原逝去後に述べていた。また石原との初対面の際に開口一番向けられた「お互い、インテリヤクザ同志だな」との言葉の真意については石原逝去まで尋ねることが出来なかったという[22]。芥川賞作家・西村賢太さん急死 54歳 関係者「長年、痛風、腰痛に苦しんでいた」 スポーツニッポン新聞社 2022/02/06 05:30破滅型の私小説で知られ、2011年に「苦役列車」で芥川賞を受賞した作家の西村賢太(にしむら・けんた)さんが5日午前6時32分、東京都北区の病院で死去した。54歳。東京都出身。4日夜、タクシー乗車中に意識を失い病院に搬送されていた。10代の頃から石原慎太郎さん(享年89)の作品を愛読。1日の訃報を受け、新聞に追悼文を寄せていた。 西村さんは4日夜、北区赤羽から乗車したタクシー内で具合が悪くなり、そのまま病院に運び込まれた際には心肺停止の状態。医師が蘇生措置を試みるなどしたが、帰らぬ人となった。警察が死因などを調べている。関係者によると「長年、痛風、腰痛に苦しんでいた」という。 中学卒業後、肉体労働などのアルバイトをしながら小説を執筆し、07年に「暗渠(あんきょ)の宿」で野間文芸新人賞を受けた。11年には日雇い仕事で生計を立て、暴力的な言動を抑えられない若者「北町貫多」の生きざまを描いた「苦役列車」で芥川賞を受賞した。 記者会見で決定の知らせを受けた時の状況を聞かれ「自宅で(待っていた)。そろそろ風俗に行こうかなと。行かなくて良かったです」と型破りな受け答えをし、会場は大爆笑。さらに注目を集め、同作はベストセラーになった。「苦役列車」とそのシリーズの主人公で、多くの読者の心をつかんだ「北町貫多」。酒癖が悪く性欲旺盛、金にルーズな俗悪人物にして私小説作家という設定だが、これは自身の分身だった。 大きな影響を受けたのが、20代で作品に出合い心酔した大正期の作家、藤沢清造。貧困と病苦に見舞われた主人公を描いた長編私小説「根津権現裏」で知られる。「僕よりダメな人がいて、それで救われた」という西村さんは「没後弟子」を自称。小説集出版にも尽力した。「北町貫多」もその信奉者として描かれていた。 藤沢の菩提(ぼだい)寺である石川県七尾市の西光寺に命日と月命日に墓参。25年以上も続けており、没後90年となった先月29日にも足を運び、酒を供え手を合わせていた。住職によると「コロナ下でも自分は必ず来るから」と話し、30~40分、語り掛ける様子で墓の前にいた。本堂では座布団を下げて床に正座し、住職のお経を聞いていたという。 20年ほど前に藤沢の墓の隣に自らの生前墓を建立。墓石に刻まれた名前は、藤沢の直筆資料から1字ずつ探して写したものを彫ったという。高さは藤沢のものより少し低くしてあった。住職は「師匠を立てたのでしょう。まだ若く残念ですが、藤沢先生の隣で眠ることができて、安心しているのではないでしょうか」と話した。西村さんの担当編集者は、葬儀について「ご遺族の意思となります。ご遺族が見つからない場合は、北区にてご対応をお願いすることになります」としている。 ◇西村 賢太(にしむら・けんた)1967年(昭42)7月12日生まれ、東京都出身。同人誌に発表した「けがれなき酒のへど」が2004年に文芸誌「文学界」に転載されデビュー。11年の芥川賞受賞作「苦役列車」は、その翌年に森山未來主演で映画化もされた。他の作品に「小銭をかぞえる」「どうで死ぬ身の一踊り」「歪んだ忌日」「芝公園六角堂跡」など。独特な飲食の風景や知人への憤りなどを書き連ねたエッセー「一私小説書きの日乗」シリーズも人気を集めた。芥川賞作家「ネットで格差社会恨む人は努力してないだけ」2011.08.16 16:00 NEWSポストセブン芥川賞作家・西村賢太氏はネット界で絶大な人気を誇る。中卒で働いてきて44歳で芥川賞受賞。「格差社会のヒーロー」という呼び声に本人はどう考えているのか。連続インタビューの第2回。(聞き手=神田憲行)--西村さんの生い立ちから、「格差社会のヒーロー」という見方があります。西村:うーん、ネットで格差社会恨んでいる人って、たんに努力していないだけでしょう(笑)。自分なりの努力をしていない。ネットにかじりついている暇があったら窓をあけて外の世界を眺め、自分の胸に手を当てて越しかた行く末について考えた方が良いんじゃないかな(笑)。--すいません、怠け者の北町貫多のモデルのお言葉とは思えませんが(笑)。西村:いやいや、貫多も僕も努力できない人間なんですよ。だからわかるんです。それに小説界も格差社会ですよ。小説の実力云々というより、上の引きとか作家同士の関係性で小説の判断がされてしまう。誰が気に入るとか気に入らないとか、それだけで小説の格差が付けられるのが、ここ10年くらい顕著ですね。発言力ある作家は徒党を組み、配下の作家を推して、自分が興味のない作家については編集者に「あれはダメだ」とかささやく。それが小説の格差を生み出している元凶になっているし、実際僕自身もいろいろいわれています。そういう読者不在の雰囲気って違うんじゃないのかなと思いますね。芥川のときも、選考委員の中には選評で僕について一言も触れていない人がいました。要するに「俺は認めないよ」という意思表示ですね。僕のことを面白くないのは人それぞれですが、その往生際の悪さは不快であることはたしかです。でもテレビでその作家の悪口をいうと全部カットですから(笑)。--意外と評判を気にされる?西村:いちいち腹立っていますよ(笑)。批判した作家や自称評論家は一生恨みに思いますしね。執念深さにはおいては、人後に落ちない自信があります。だから今までの恨みのある奴は必ず小説のなかでdisるようにしているんです。見た目の描写とか、わかる人にだけわかるように仕掛けを作って。主人公の台詞に仮託して、あからさまにそいつを批判するということもよくやっています。相手は編集者とか作家・評論家とか……その芥川賞のロンパリ元選考委員はこれからですね!たっぷりと楽しませてもらいます。--そんな禍々しいこと明るく言われると逆に怖いです(笑)。「ダメな人のヒーロー」でなかった芥川賞作家 年収480万円もあったとネットで失望広がる2012年3月6日 19時44分 J-CASTニュース「ダメな人のヒーロー」だとネットでもてはやされた芥川賞作家の西村賢太さん(44)がテレビ出演し、女性観や、風俗店について語り、予想通りそのダメっぷりで会場を引かせたが、ネットでは、芥川賞受賞前の年収が480万円とわかると雰囲気が一変。「俺達の仲間ではなかった」などと失望が広がることになった。西村さんのイメージと言えば、中卒で職を転々。風俗店が大好きで借金しながらも通い続けている、などのイメージで語られていた。それでも作家になれて芥川賞を受賞。まさにダメ人間の希望の星のような存在、とされていた。受賞したら年収10倍5200万円にアップ「そろそろ風俗に行こうと思っていた」の発言で有名な西村さんは、2012年3月5日放送の「笑っていいとも!」に登場。受賞後の収入を聞かれると「年収が10倍になった」と明かした。年収480万円だったのが、過去の作品も売れたためなんと5200万円にもなったのだそうだ。結婚はしないのか、という質問で、いつもの「西村節」が炸裂。「嫁が老ける一方だから、結婚するのは損」「家族を養うためにお金を使うのはナンセンス」と語った。常に20歳くらいの若い女性との温もりを大切にしたいし、温もりが欲しくなった場合は「僕の場合、デリヘルに行くんですけど・・・」と、「外に買いに行く」とした。有名になったことで、相手が自分を知っていたら「ノーマルプレイ」をし、知らなかった場合は「変態プレイ」になるという。自分で稼いだお金は全部自分で使うことに決めているそうだ。好きな女性にプレゼントをすることもあるが、あくまで「女性の体が目当て」であり結局は自分のため。「これ以上お金を使うのが惜しくなった時点で(女性とは)バイナラ!」するという。相変わらずのダメっぷり、鬼畜っぷりで「笑っていいとも!」の会場や共演者は引きまくっていたが、一部ネットでは「俺達のヒーローではなかった」などと失望が広がっていた。賞受賞前の年収が480万円と「高額」なのがショック、ということだった。つまり、芥川賞を受賞するまで仕事らしい仕事はせずに、風俗通いをする自堕落な生活を送る「自分たちと同じ人種」と信じていたらしい。「共喰い」田中慎弥もニートのような扱いになっている実は、西村さんと芥川賞作家の高橋三千綱さんとの対談が11年4月に「東京スポーツ」で連載され、西村さんは「はなはだ迷惑だ」などと、マスコミが勝手に作り上げた自分の偶像を批判している。日雇い労働をしているというのも20年前の話。食えないときは夜の警備員や、古書業鑑札で生計を建て、また、いろんな人から借金しまくり過ごしてきたという。また、滞納していたとされる家賃は完済したそうだ。西村さんは既に私小説のジャンルでは有名な作家で、芥川賞の候補にあがったのは受賞作を含め過去に3回。04年には「けがれなき酒のへど」で文学界同人雑誌優秀、07年には「暗渠の宿」で野間文芸新人賞を受賞している。年収480万円では少ないくらいなのだ。ネットでは西村さんが作家として「高額」な収入を得ていたことに驚き、「受賞前の年収480万と言ってた。ぜんぜんフリーターの額じゃないじゃん。萎えた」「勝手に仲間だと思ってたけど、全然仲間じゃなかったw今ではさらに手の届かない存在www」といった意見が出ていて、「ダメな人のヒーロー」とはいえないのではないか、といった論調に変わっている。また、今年「共喰い」で第146回芥川賞を受賞した田中慎弥さんもマスコミでは「ニート」のような扱われ方をしているが、田中さんも実績のある作家だとして「マスコミの言う事を鵜呑みにしちゃだめだって。あいつら芥川賞をワイドショーにしたいだけなんだから」などといった反省も書き込まれている。【新春インタビュー】芥川賞作家・西村賢太「僕は“仕方がない”から風俗に行っているんです」週プレNews2014年1月3日 16:002011年、芥川賞受賞会見の際に発した名言(迷言?)、「そろそろ風俗でも行こうかな」で話題を集めた小説家・西村賢太氏。あれから3年経った今でも彼は、風俗に通い続けている。 しかし、有名になったこと、年齢を重ねたことでその習慣にも“ある変化”が生まれているそうだ。■女のコに正体がバレたら、ハードなプレイがしにくくなるでしょう?――最近はどれくらいのペースで風俗に通っているんですか?西村:もっぱら、月2、3回ぐらいでホテトルに通っています。事前に『東スポ』や『アサ芸』の風俗ページの広告欄を見て、3万~3万5000円のコースをよく選びますね。――今や西村さんは芥川賞作家の有名人です。風俗遊びもしづらくなってるのでは?西村:いやいや、もう今さらという感じなんで、周りからどう見られても構わないと思っていますよ。でも、芥川賞を獲った直後に風俗に行ったときはさすがに警戒しました。こっちの正体が女のコにバレてたら、人格が疑われるような変な強要プレイはできないでしょう? 風俗で働くコって、意外と口が軽いところあるんですよ。聞いてもいないのに、「昨日、有名人の○○が来た」とか平気でバラしますからね。だから、最初にそれとなく小説の話を振ってみたんです。そしたら、小説なんてまったく興味がないという反応だったので、「あ、これならイイや」と(笑)。――なるほど。ちなみに、西村さんはどんなタイプの女のコがお好みで?西村:私はサービスよりもルックス重視。マジメで大人しそうな黒髪の女のコが好みですね。ケバいのはダメ。茶髪だったり、顔が黒っぽかったり、化粧が濃すぎたりすると、気持ち悪い生き物に見えて生理的に受けつけないんですよ。まぁ、そうはいっても、店に予約の電話を入れるときに「黒髪のコ」とか「OL風のコ」と自分の好みを伝えたところで、その通りに来た試しはないですけどね(苦笑)。――好みに合わないコが来た場合、“チェンジ”したりするんですか?西村:酷い女が来てもチェンジはしません。というか、できないですよ。バックに怖い人たちがついているんじゃないかという恐怖感がありますから(苦笑)。現に、最近仲良くさせてもらっているタレントの話ですが、ホテヘルで「写真と顔が違う」からと何度もチェンジを繰り返したらその店の人に「ホントに遊ぶ気あんのか、てめえっ!!」って激怒されたそうです。――ボク、それとまったく同じ体験談を持ってます……。西村:やっぱり、3回くらいチェンジして(笑)?――はい。秋田のデリヘルで、宿泊先のビジネスホテルに呼んだんですが、最初のコが写真と別人で、二人目が死んだ魚の目をしていて、三人目が風邪をひいたオバちゃんで……。3回チェンジしたら、「いい加減にしろ!! キャンセルはもう許さんからな!!」って言われて最後に送りつけられたのが二人目のコだったんです。あのときの60分間は地獄でした。西村:そこはもう勉強代ですよね(苦笑)。ボクだって、本当はチェンジしたい気持ちになることはあるけど、上を見たらキリないでしょう。だから、写真指名はあまりしないようにしているんです。その方が先入観を持たずに済むので、タイプと違うコが来ても諦めがつきやすい。そのときは完全にマグロになります。■風俗に行くのは“やむを得ない”――西村さんはいつもホテヘルでどんなプレイを楽しんでいるのですか?西村:最近は、ストーリー性を持たせて遊ぶことが多いですね。風俗って、毎回違う女のコが来るけども、結局、やることは一緒でしょ? その流れを変えるために、自分の願望をストーリーにして、ホテトルの女のコに演じてもらうようにしているんです。――ストーリーというと?西村:まぁ、ボクが高校の先生になっていることが多いですね。放課後の教室に生徒(ホテトルの女のコ)が残っているところを、ボクがねっちょりとセクハラするんです(笑)。あ、プレイ前には必ず女のコに「これからボク、ものすごく汚い言葉を使うけれども、これはお芝居だから怒らないでね」と言っておくことも忘れません。――JK好きなんですね(苦笑)。他にはどんなストーリーが?西村:たまに強盗犯になります。ある昼下がり、一軒家へ強盗に入ると、学校から帰って来た娘(ホテトルの女のコ)がリビングのソファで昼寝をしているんです。強盗に押し入ったついでにそこを襲うっていうバージョンですね。「大人しくしてれば命だけは助けてやるぞ、ブス!」とか言って(笑)。☛鬼畜連続強盗強■姦魔 実父為我井節男の血は争えない。 最後の件は実父が7人のホステスに対して吐いた台詞だろう。 刃物を突き付けガムテープで目と口を塞ぎ、金品を奪った後で やってみたのか❓ 変態性欲者、気違い芋虫、西村賢太。――それは楽しそうですね。ちなみにプレイ中にクンニはなさるんですか?西村:10~30代の頃はどんな相手だろうと舐めていましたが、最近はよっぽど若くて可愛いコじゃないとクンニはやらなくなりましたね。あるハリウッド俳優がクンニのしすぎで喉頭ガンになったっていう話があったじゃないですか。で、「このままだと俺もガンになる」と思ったんです。もう手遅れかもしれませんが、それ以来、怖くなって自粛するようになったんですよ(苦笑)。――でも、風俗好きな男の中には、風俗嬢と恋人気分を味わうために、クンニで相手を気持ちよくさせ、あわよくば、店外デート……って考えている人もきっと多いハズ。西村:ボクも、30代前半までは風俗で恋人を見つけようとしていました。でも、ことごとくダメで、風俗に恋愛感情を持ちこむなんて自分を虚しくさせるだけだと気がついたんです。特定の女のコに入れ込むと、風俗に行く頻度が多くなるので金も掛かりますし……。それより、割り切って動物的に接している方が後腐れなくていいでしょう。風俗なんて、体の良いオ■ニーと同じですから。――達観してますね。西村:もう恋愛とかどうでもよくなっちゃった(笑)。結局、ヤレればプロセス(恋愛)なんて要らないんです。でも、ボクには嫁も彼女もおりません。〝性■欲を処理できる相手〟がいないので、やむをえず風俗に行っている部分があるんですよ。■勃たなくなっても、風俗には通います――そもそも、西村さんが風俗に目覚めたのはいつ頃なんですか?西村:15歳のときです。中学を卒業して一人暮らしを始め、最初に行ったのが池袋のソープランドでした。その店にしばらくして通い、次に金町(東京・葛飾区)の〝1万円ソープ〟に足を運ぶようになって……。ものすごく女のコのレベルは低かったですが、気がついたら風俗にはまっていましたね。☛池袋であれば夢幻、優雅などか、金町ではヤングレディ―、角海老 だろう(昭和後期から平成初頭)――15歳で風俗デビュー。しかも初っ端からソープですかっ! さすがです。西村:当時のボクは、中学時代の同級生よりも先んじて〝女体を知りたい〟という焦りに駆られていたんです。そうしないと自分のプライドが保てないと本気で思ってた。周りはみんな高校に進学したのに、ボクだけが中卒でしたからね。今から思えば〝せめて女だけはこいつらより先に知らないと〟っていう変な見栄があったんだと思います。☛同級生より逸早く4、50年も先んじて地獄へ堕ちたわけだ。――長い風俗歴の中で忘れられない女のコを一人挙げるとしたら?西村:31歳のとき、地方のホテヘルでお相手してもらった女のコですね。顔がドンピシャ、ボクのタイプ。でも、プレイ中に借金の相談を受け、90万円ほど肩代わりしてあげたら、その後、音信不通になってしまい……という体験談をそのまま『けがれなき酒のへど』という作品に投影し、同人誌に発表したら、予想外の評価を受けて『文學界』に転載されたんです。これがボクのデビュー作にもなりました。デビューのきっかけを与えてくれたという意味でも、そのとき出逢った〝ふざけたホテヘル嬢〟は忘れられませんね。――ステキな風俗談ですね。最後に、巷では20代・男性の“風俗離れ”が進んでいるなんて言われています。そんな若者に言いたいことはありますか?西村:今どきのコは風俗に行かなくなっているんですね……。話が少し逸れますが、ボク、これまで何度か警察のご厄介になっているんですよ。最後に捕まったのが29歳のとき。20代の頃は毎日センズリこいてたんですが、そのときは10日間留置されて〝オナ禁〟を強いられたんですよ。そこを何とかこらえて出所すると、もう風俗に行きたくて行きたくて仕方がなかった。でも、店まで行く時間がガマンできなくて、結局、自分で抜いたんです。――何の話ですか(笑)西村:若者が風俗に行かないというなら、とりあえず10日間、〝オナ禁〟しなさい。そのうえで騙されたと思って風俗に行ってみてください。人生が変わると思います。――西村さんは、いつまで風俗通いを続けるつもりなんですか?西村:歳も歳なんで風俗に行く間隔は空くでしょうけど……、70歳になって、勃たなくなっても、そこは通い続けると思います。――勃たなくなっても!?西村:ホテヘルのコに言わせれば、勃たなくても「添い寝だけしてください」って言うおじいちゃんが結構いるようなんです。勃たなくても、ちゃんと汁は出るみたいで(苦笑)。それで、イッた瞬間におじいちゃんは言葉では表せないような、とても幸せそうな顔をするんだそう……。ボクもその感覚を味わってみたいですね。(撮影/井上太郎)●西村賢太(にしむら・けんた)1967年生まれ、東京都出身。小説家。2007年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞、2011年に『苦役列車』(新潮社)で芥川賞を受賞。他に『小銭をかぞえる』(文藝春秋)、『歪んだ忌日』(新潮社)などの著作がある「クサいものにはどんどん蓋をしていく」作家・西村賢太と山田ルイ53世が語る中年の生き方 週刊SPA!編集部 2021年06月12日[中年のお悩み白書]―「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」とは『論語』の一節だが、コロナ禍でまったく未来が見えない暗闇を歩く中年世代。これから一体、何を道しるべに生きていけばいいのか? 現役中年世代の作家・西村賢太氏(53歳)とコラムニストとしても活躍する芸人・山田ルイ53世氏(46歳)が、現代の中年の生き様を語り合った。「50歳から『真剣に生きる』ようになった」西村賢太西村賢太氏☛次第に鬼畜強盗強■姦魔為我井節男に似て来た。目元、頬、口元... 鬼畜の血は争えない。【1978年当時新聞報道と比較参照】西村:僕は(芥川賞を受賞した)40代のときはものすごく元気だったんです。しかし、50代に入ると気持ちに変化が出てきた。先が見えて、今後自分の人生に劇的な変化が起こらないことも、くっきり見えてしまった。 気力や体力が今のレベルを保っていられるのは、運が良くてせいぜい10年。もう人生の日は暮れようとしている。それなのに、まだ書きたいことは山ほどあるし、何も残せていない。そう思い至ったとき、50歳になって、ようやく「真剣に生きる」ことを具体的に意識し始めたんです。山田:夏休みの最後の1週間になって、めちゃめちゃ宿題頑張るみたいな感じですね。中年になって考え方が変わったという点では、僕も同じかもしれません。30代の頃は「俺は一発屋じゃない。このまま終わるわけがない!」という反骨心がまだありましたが、40歳を過ぎてからは、「もう、冷蔵庫の中のありもんでやるしかない」というふうに変わりました。 でも、それは決して悪いことじゃないと思うんです。「年を重ねること=自分の可能性を潰していくこと」と気づいたとき、「じゃあ、自分にできることを丁寧にやるしかない」と肩の荷が下りたような気がしました。自分から“一発屋”と言えるようになったのも中年に差しかかってから。「諦めること」って、人生においてはすごく大切な要素だと思います。西村:可能性や多様性のあることが一概に善であるかのような風潮は、ちょっと違うと思いますね。事と次第によります。人生の残り時間が少なくなって「小説以外の興味は何もない」と改めて自覚したときに、他の一切が無駄に思えて、切り捨てることができました。「『趣味は生きること』で、何も悪くない」山田ルイ53世山田:ワークライフバランスという言葉も、「仕事はほどほどにする代わりに、家庭や趣味を充実させてね」って圧というか「結局充実させなアカンの?」と思ってしまう。 自分は中学2年生から6年間ひきこもっていたのですが、そういう話をすると決まって、「やっぱりその時期があったから、今があるんですよね!」みたいに言われる。でも、今でもその6年間は“完全なる無”だったと後悔しています。あくまで自分の場合はですが。 何でもポジティブ変換というのもしんどい。別に仕事もやれることはやればいいし、趣味だってなくてもいい。週末もキラキラしてない、でも生きてる。それでいいじゃないですか。西村:向上心や好奇心って、そんなに持たないといけないものなのでしょうか? 僕の場合、家庭の事情で中学を卒業した2日後に家出をし、そこから職と住を転々としましたが、生活するだけで精いっぱいで、「人生を充実させよう」なんて思う暇もなく年をとりました。お金だっていまだに貯金もなく、毎日生きていくのがやっとだけれど、別に不安や不満はないですよ。山田:そもそも「生きる」って、結構大変じゃないですか。だから、西村先生や自分なんかは、旅行でもスポーツでもなく「生きることが趣味」という感覚ですね(笑)。可視化よりも不可視化山田ルイ53世氏西村:と、そんな達観したように言っていますが、達観どころか、結構エゴサーチとかもしてしまうんですよ。山田:本当ですか!? まったくそんなふうに見えませんでした。西村:でね、こんな感想を言う人がいる。「作家だったら自分のことばかり書かずに、もっと世の中や他人の人生を書け」と。私小説看板の書き手には的外れすぎることを、悪意なのかなんなのか、普通に書き込む手合いが案外に多いですなあ。山田:まったく見当違いのことを自信満々に言い切る人、いらっしゃいますね。僕はエゴサーチして、「嫌なことが書いてありそうやな」と思ったら、すぐ見ないようにします。 今、何でも「可視化」と言われていますが、中年にとっては「不可視化」も大事なんじゃないかと思います。クサいものには、どんどん蓋をしていく。だってクサいから(笑)。昔は、「なにくそ!」と怒りや妬み嫉みをガソリンにしていましたが、中年になると燃費が悪すぎてしんどい。「私小説以外を書け」と言ってきた人って、おそらく中年かそれより上の世代の人だと思うのですが、めちゃくちゃ燃費の悪い生き方をしていると思います。もうもうと黒煙が立ち込めて、自分自身の姿が見えないくらい。忘却力こそ中年の武器西村:僕自身はSNSはまったくやりませんが、スマホで育った世代でもないのに、スマホ上でエキサイトしている中高年たちを見ると、正直、気味が悪い。偏った価値観を押しつける人が多すぎるし、「ネットの声」を変に重用する人も多すぎます。どちらも、みっともない。山田:結局、「どっちについたら勝ち目あるか? マウント取れるか?」みたいな部分があって、「ほんとにご自身がそう思ってるの?」と。西村:自分自身と向き合うのも精いっぱいなのに、他人の勝手な価値観に影響されるのなんてまっぴらです。僕は自分の書いた小説すら、書き終わると同時に忘れ去るくらいですから。「もっといい作品にできたはずなのに」などとネガティブな感情が湧くでしょう。もう、その時点で辛い。山田:自分も現場が終わったら、一目散に忘れます(笑)。若い頃は「もっと爪痕残さなアカンかったのに!」と悔しい思いをエネルギーにしていましたが、中年になると耐えられない。「忘却力」こそが、中年の武器です。いつまで生きたいと思いますか?山田:我々、人生の日暮れの中年世代ですが、西村先生はいつまで生きたいと思いますか?西村:僕は独り身なので、なんの責任もありません。だから、小説が書ける限り、という感じですね。書けなくなったときが死ぬときでいい。山田:なんかカッコいい! 自分も長生きに興味はありませんが、小学3年生と2歳の2人の娘がいるので、少なくとも彼女たちが成人するまでは生きなければ、と思っています。西村:それは本当に立派ですよ。山田:子供に生かされている状態です。逆に、西村先生のように「小説を書くことが生きがい」と言い切れるものがなく、子供もいなかったら、「人生100年時代」なんて、ちょっとぞっとします。ハッピーエンドな不老不死なんてない西村:長生きも必ずしも善ではありませんね。未練がましくただ生きているだけでは、恥をかくだけだし。山田:不老不死の物語でハッピーエンドのやつ、見たことないですもん。大抵、バッドエンド。まだ娘に父親が芸人であることを明かしていないのですが、成人式の後にレストランに連れていって、ワインを頼もうと思っているんです。「あれ、パパはいつもウイスキーしか飲んでいないのに、今日はなんでワイン?」と娘が訝しがっているところで、「成人おめでとう。ルネッサーンス!」とカミングアウトするのが、人生の最大の目標です。西村:それは楽しい目標ですね。それこそ素晴らしい、良い人生の証しですよ。【西村賢太氏】’67年、東京都生まれ。30代半ばで小説を書き始め、’11年に『苦役列車』で第144回芥川賞受賞。近著に『瓦礫の死角』(講談社)、『一私小説書きの日乗 堅忍の章』(本の雑誌社)【山田ルイ53世氏】’75年、兵庫県生まれ。中高一貫の名門私立校からひきこもりを経て、’99年にお笑いコンビ「髭男爵」結成。文筆業も好評で、『一発屋芸人列伝』(新潮社)など著書多数<取材・文/週刊SPA!編集部>清造先生 見守ってて 芥川賞・西村賢太さん 合掌 中日新聞 2022年1月30日 05時00分 (1月30日 12時08分更新)七尾市出身の作家、藤沢清造(せいぞう)(一八八九〜一九三二年)の没後九十年の命日の二十九日、「清造忌」が同市小島町の菩提(ぼだい)寺・浄土宗西光寺で営まれ、藤沢に心酔する芥川賞作家、西村賢太さん(54)が墓前に手を合わせた。(大野沙羅) 藤沢は同市馬出町に生まれ、高等小学校を卒業して上京。一九二二年に貧困と病苦の中に生きる主人公を描いた長編私小説「根津権現裏」を発表した。島崎藤村らに評価されたが、その後は作品に恵まれない生活を送り、困窮の果てに東京・芝公園で凍死した。七尾に26年墓参「おかげで食えてる」 西光寺には五三年に藤沢の墓碑が建立され、当時の住民有志が一度だけ追悼会を開いた。西村さんらはその意思を継ぎ、途絶えていた追悼会を二〇〇一年に「清造忌」として復活させた。命日に毎年一、二人が参列している。西村さん自身は、月命日と命日に欠かさず墓参りを始めて二十六年目。〇二年には藤沢の墓の隣に自らの生前墓を建てた。 午後四時半すぎ、墓を訪れた西村さんは缶ビールや酒などを供え、手を合わせた。墓参りを終え「最初に来た時は二十五年前で、俺も年をとったが、清造先生も遠くに行きましたね」としのび、「作家になる前から毎月(墓参りを)やっていたから小説で食っていけているんじゃないかと思う。清造先生のおかげ」と話した。 西村さんは今夏にも藤沢清造の随筆集を出版する予定という。🤖AI先生の回答📃🖊💯作家・西村賢太さん 死因は心疾患 「苦役列車」で芥川賞社会 速報 訃報 毎日新聞 2022/2/11 06:30(最終更新 2/11 06:30)5日に54歳で死去した作家、西村賢太さんの死因が心疾患だったことが10日、分かった。関係者が明らかにした。 葬儀は近親者で営み、お別れの会は新型コロナウイルスの感染状況を見極めながら検討する。七尾の物語がいいですね 西村賢太さん急逝、本紙「土曜小説」3日に執筆快諾 「私ごときが」純朴にぽつり 北國新聞 2022/2/6 05:00西村賢太さん遺骨 西光寺に中日新聞 2022年2月17日 11時35分更新作家・藤沢清造(七尾出身)墓の隣へ 五日に五十四歳で急逝した芥川賞作家の西村賢太さんの葬儀が十六日、七尾市小島町の西光寺であった。西村さんは七尾出身の作家藤沢清造(せいぞう)(一八八九〜一九三二年)に心酔し、寺の境内にある藤沢の墓の隣に生前墓を建てていた。十五日に寺に遺骨が届いたため高僧(こうそう)英淳住職(69)が葬儀を執り行い、藤沢の遠縁の藤沢外吉さん(76)と早すぎる死を悼んだ。 葬儀では高僧住職が読経し、外吉さんが手を合わせた。西村さんの随筆集「一私小説書きの弁」の叙述通り、本人が希望したたばこや乳酸飲料などを遺影と遺骨の前に供えた外吉さんは「この前まで元気やったが。俺の女房に土産までくれた。ありがとうな」と声を詰まらせ、「あんまり早すぎたね。俺より二十二も若い。思い出しては夜眠れなくなってしまった」と肩を落とした。高僧住職は十五日午後に東京の葬儀会社から遺骨が届き、すぐ葬儀の準備に。戒名は「賢光院清心貫道居士(けんこういんせいしんかんどうこじ)」。藤沢の「清光院春誉一道居士(せいこういんしゅんよいつどうこじ)」と同じ文字を入れ「清らかな心を持っていた」との意味を込めた。「藤沢に対しては最初から最後まで礼儀を通していた。普通の人じゃまねできないような、頭の良い人だった」と評した。 納骨は二十五日以降の予定。外吉さんは西村さんの遺志を継ぎ、体が元気なうちは藤沢の命日の追悼会「清造忌」を続けたいと話した。芥川賞作家・西村賢太さんの墓 能登半島地震で倒壊 法要できず社会石川北信越毎日新聞2024/2/15 14:59(最終更新 2/16 15:16)能登半島地震の被災地・石川県七尾市にある芥川賞作家、西村賢太さん(2022年2月5日死去)の墓が倒壊した。市内中心部の西光寺に建てられ、地震後もファンが墓参りを続けている。住職は「今年は法要ができなかったが、必ず再建したい」と話す。 西村さんは東京都江戸川区出身で、中学卒業後に港湾作業員などの肉体労働をしながら同人誌などに小説を発表。破滅型の生活を送っていた自身の若き日々を描いた「苦役列車」で11年に芥川賞を受賞した。自由奔放な言動でも注目され、世代を超えて多くのファンに愛された。 一方、七尾市出身の作家、藤澤清造(1889~1932年)に心酔して「没後弟子」を自称。藤澤が眠る西光寺を訪れ、現住職の高僧英淳(こうそうえいじゅん)さん(71)の父に、境内に生前墓を建てることを懇願したという。高僧さんは「土下座までしてお願いされた。根負けした父が藤澤の隣に墓を建てることを提案すると、とても喜んでいた」と振り返る。芥川賞作家・西村賢太さんの墓が… 七尾の西光寺、山門やお堂など倒壊中日新聞 2024年1月10日 05時05分 (1月10日 11時07分更新)2年前に54歳で急逝した芥川賞作家の西村賢太さんの墓がある石川県七尾市小島町の西光寺が、地震で深刻な被害を受けたことが分かった。寺の山門や墓、地蔵堂などが倒壊。2月5日に三回忌の節目を迎えるが、復旧に向けた先行きは不透明だ。 あの日、高僧英淳住職(71)は寺で檀家(だんか)と話をしていた。激しい揺れと津波警報に驚き、外に飛び出すと「ぼうぜんとした」。築100年余りの本堂は形を保っていたが、土台がゆがみ、畳がめくれ上がっていた。墓石は崩れ、もともとは七尾城の城門だったと伝わる山門もつぶれていた。 境内では、地元の七尾出身の作家、藤沢清造(1889~1932年)の墓もあり、西村さんの墓と寄り添うように並んでいた。しかし、2人の墓は地蔵堂に押しつぶされるような状態で横倒しに。西村さんは藤沢の「没後弟子」を自任し、藤沢の月命日に七尾での墓参りを欠かさず、生前墓も建てていたが、無残な姿になった。 高僧住職は今、弟と避難所で過ごしながら、少しずつ寺の片付けを進める。「賢太さんの墓もつぶれてしまった。再建には3、4年かかるだろう」。跡継ぎはいないが「あと10年くらいは長生きしないと。命があるだけありがたい」と前を向いた。
2022/02/05
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身持ちの悪いだらしない家系だ。てっきり草刈正雄はGIと尻軽日本女との子だと思っていた。一応籍は入れGIである父親は朝鮮戦争に駆り出され非業の死を遂げ、母子家庭で苦労して育ったと。ところが、実は生きていて朝鮮戦争後に米国に帰国していた。本国に妻(子)が居るにも拘わらず、日本駐留の際体の良い現地妻として母親と生活をし、草刈は私生児として育ったという事か?戦後占領下の日本は戦利品のような尻軽な日本女とGIとの落とし子が多い。鬼っ子と呼ばれ此の世に生まれる事が憚れる存在即ち鬼胎だ。幾ら草刈正雄が芸能人で名を成したからと言っても呆れて物が言えない。 芸能界の人間の生い立ちと言うのは一般家系とは考えられない得体の知れない人間が多い事を再認識した。芸事と言うクリエイティブ?な世界は恵まれた家庭(医師など)か貧困家庭か、極端な育ちが多い言を改めて認識した次第だ。【補遺】上記述は番組視聴前の所見であるが、視聴後も此の気の晴れない言い知れぬ不快感を払拭出来なかった。再述するがNHKの【ファミリーストーリー】を滅多に観ない。この番組に出演する芸能人は今でこそ大衆に認知され、長い歳月を経て一定の評価を獲た人物である。然し其の出自、育ちというのは到底一般社会では容認されるような生き方をして来た人間では無い。草刈正雄のような合いの子/混血を始め、反社会的組織の家系(笑い系タレントJ.N,俳優N.T、非差別◯◯民の出自(R. M生前カミングアウトした。その息子K.S)等々知るだけでも十指に余る。真っ当な人間には嫌悪感を覚える事が多い人物だ。 バスの車掌をしていた草刈の母親スエ子は米兵ロバート.トーラーの体の良い現地妻である。10代でGIの私生児を身籠り齢二十歳で草刈正雄を生んでいる。流石に世間体もあって籍を入れていなかった。父母は知り合ってから間もなく築城基地近くにアパートを借りて同棲を開始する。ミリタリー.パーソネル.レコードを見るとトーラーは築城基地勤務の任期満了後除隊、翌日に再入隊の手続を繰り返している。元防衛大教授の源田孝氏によればスエ子との同棲生活を継続したかったと推される。その後トーラーは定期異動で極東空軍羽田基地へ赴任した。スエ子は築城のバス車掌を辞め東京で同棲生活を継続し、草刈正雄を身籠る。ところが鬼畜ロバート.トーラーはスエ子を残し突然米国へ帰国して仕舞った。将来幹部候補生に成る為に陸軍へ編入すべく米国へ帰国したのである。自己都合で身重のスエ子と胎児の草刈正雄を残し本国へ逃亡したのが実際の話であり、朝鮮戦争での戦死は真っ赤な大嘘である。スエ子は捨てられたに過ぎない。スエ子は成す術もなく身寄りのない東京から郷里行橋に出戻り、小学校時代の旧友を頼り数か月の居候生活をする。此処でスエ子は家族、親戚には極秘裏に私生児草刈正雄を産み落としたのだ。出産後スエ子は生まれたばかりの草刈を連れ渡米しようと試みた。然し、トーラーの姉に依るとトーラーは22歳と未だ若く経済力が無く周りも面倒を看きれない。何より敵国ジャップの女との間に出来た私生児草刈正雄はトーラー家にとっては厄介者に過ぎない。僅かなお金を送金し連絡を絶ってしまったのだ。其の間にトーラーは西ドイツへ渡り従軍した。実に自己中心的で卑劣極まりない男とその家族であり、当に人間の屑、鬼畜外道である。一方、スエ子は僅かな手切れ金を手に身寄りもない小倉へ移住する。当時の日本でGIとの間の子、まして私生児である草刈正雄は疎まれる存在だ。親、親戚も人目を憚り、表立って援助でいなかった状況だったらしい。そこでスエ子は郷里行橋で後ろ指をさされて生活するのを避け小倉へ移住し親子二人の生活を始めたのである。斯様な経緯でスエ子は父親ロバート.トーラーの話を捏造したのだ。スエ子にもプライドは有っただろうし、何よりも世間体を考え周囲そして草刈正雄には事実を知らせず戦死したと嘘を吐いていた。こうする事により世間体を幾分保つことが出来、自身も悲劇の主人公を演じる事が出来る。一生此れを貫き通した訳だ。無様な事極まりなく愚かさ、卑劣さも加わり怒りを通り越し哀れに感じる女だ。日本に滞在している時だけの都合の良い現地妻として母親スエ子を弄んだ卑劣な毛唐GI父親ロバート.トーラー。そして無様に捨てられ世間体、そして保身を謀り一生涯嘘を貫き通した母親スエ子が草刈正雄のファミリーヒストリー、両親の実像である。➡草刈正雄の家系図は母方スエ子の祖母、曾祖父、いとこを 始めとする親戚は匿名で示され番組中に全く出て来ない。 スエ子のいとこの女性は音声のみ出演している📞 翌週に放送された伊藤蘭のファミリーヒストリーとは対照的である。ロバート.トーラーは米国帰国後、アメリカ陸軍の一員として敗戦間もない西ドイツへ渡る。そして其処で知り合ったドイツ人女性、ヘルガ.ラサ―トと戻り結婚、除隊し商売を始めたと言う。日本で現地妻スエ子に私生児を生ませて置きながら、其の後西ドイツで引っ掛けた女性は正式に娶った訳だ。実に不誠実極まりない女たらしだ。放送では触れていないが子供がいる可能性は高い。此の胸糞悪さは欧米人の黄色人種に対する蔑視感が漂う【蝶々夫人】を彷彿させる。正常な神経の持ち主ならば噴飯ものだろう。草刈正雄は良くものこのこと米国の父親の故郷を尋ねたものだ。NHKはこんな事で航空券、宿泊料を負担するのか?(後日 特番を企画しているらしい)。草刈には恥というか矜持のようなものが無いのだろうか。此処迄非道な事をした父親家族に会いに出向いてしまった。草刈も齢70歳、もう年だ。墓場へ行く前にどうしても自分のルーツを知りたいという欲求を理解出来ない訳ではない。黄色人種蔑視感に更に戦後敗戦下の日本社会の歪みという闇の部分を赤裸々に晒した悍ましい草刈正雄のルーツ、生い立ちのような出来事は今後徐々に解消されるだろう。占領下、朝鮮動乱期の日本の闇を表す鬼っ子草刈正雄の半生は同郷の松本清張の小説のような話である。NHK ファミリーストーリー草刈正雄〜初めて知る米兵の父 97歳伯母が語る真実とは〜初回放送日: 2023年8月14日生まれた時から母と二人だった草刈正雄。父は日本に駐留したアメリカ兵だが顔も知らなかった。母は「朝鮮戦争で死んだ、写真は焼いた」と多くを語らず死去。制作班は正雄の記憶にあった「ロバートトーラ」という人物を全米で探すが調査は難航を極める。半年後ようやく親族が判明。なんと父は朝鮮戦争から生還していた。父の容姿や性格、母との出会いも明らかに。「なぜ父は母のもとを去ったのか」父の姉が70年ごしの秘密を告白。草刈正雄「朝鮮戦争で戦死した」はずの父が10年前まで生きていた 衝撃の事実に涙「長い間の謎がすべてとけた」ORICON NEWS 2023 0814俳優の草刈正雄(70)が、きょう14日放送のNHK『ファミリーヒストリー』(後7:30)に出演する。生まれた時から母子家庭で育ち、父は日本に滞在していたアメリカ兵で、母からはずっと「朝鮮戦争で戦死した」と聞かされ、写真さえ見たことがなかった。多くを語らぬまま母が亡くなって13年、番組への出演を通じて、父を知ろうと決心したところ、半年以上の取材で、実は父は朝鮮戦争から生還し、10年前まで生きていたという衝撃の事実が判明する。 取材を開始したのは去年夏。正雄によると父の名前は「ロバート・トーラ」。しかしスペルがわからないという。同じ発音でもいくつものスペルがあるため、取材は難航を極めるが、ある追加情報が決め手となり、ノースカロライナに住む父の親族にたどり着く。正雄はNHKのスタジオでアメリカのロケ映像を見て、初めて父の顔写真と対面する。名前は「ロバート・H・トーラー」。伯母やいとこの存在とともに、父が朝鮮戦争から生還していたという驚きの事実を知る。 今回の取材で、ロバートは福岡の築城空軍基地に駐留していたことが判明。母スエ子と偶然出会い、恋に落ちたと思われる。新しい命も授かり、幸せな将来を思い描いていたスエ子だったが、ある時から2人は別々の人生を歩むことになる。 その背景をロバートの姉、97歳のジャニタが初めて語る。さまざまな事情が絡み合い、スエ子との別れを選んだロバート。実はジャニタにも、2人の別れに責任を感じる理由があるという。 一方のスエ子は、正雄をひとりで育てると決意。アメリカ人と日本人との間に生まれた子供への偏見が根強い時代、何度か心中を考えるほど苦しみながらも、正雄を守り抜き、まっすぐな人間に育てようとする。初めて知る事実の連続に、ゲストの正雄もMCの今田耕司も言葉を失う。それでも正雄は「父と母が愛し合っていたことがわかってよかった」「長い間の謎がすべてとけた」と、涙を流す。 スタジオでは、97歳の伯母ジャニタから託された手紙が代読される。涙を拭きながら聞いた正雄は、数日後、大きな決断をする。そして番組は驚きのラストシーンで締めくくられる。Wikipedia草刈 正雄(くさかり まさお[2]、1952年〈昭和27年〉9月5日[2][3] - )は、日本の俳優、モデル、歌手、司会者、タレント。福岡県行橋市生まれ、同県小倉市(現・北九州市)出身[2][4]。身長185cm、血液型はO型[3]。左利き[5]。自身の個人事務所であるバービィオフィス所属[6]。経歴父親はアメリカ合衆国ノースカロライナ州出身で、福岡県築上郡八津田村(現在の築上町)の築城基地に派遣されていた米兵のロバート・H・トーラー(Robert Hunter Tolar)[7]。母親は同県京都郡行橋町(現在の行橋市)でバス車掌として働いていた草刈スエ子。2人は恋仲となり築城や東京で一緒に生活していたが、スエ子が正雄を身ごもった後にロバートが帰国し、スエ子は行橋へ帰郷して正雄を出産した(詳細は後述)。米軍兵と日本人女性の間に生まれた子供が増え「あいの子」などと差別されることも多かった当時、スエ子は地元のしがらみのない土地を求めて正雄と共に小倉市(現在の北九州市小倉北区)へ移住、仕事を掛け持ちし正雄を育てる。子供時代は「バービー」という愛称で呼ばれていた[8]。貧しい家計を少しでも楽にしようと、小学生より新聞配達と牛乳配達の仕事を掛け持ちして登校した[9][10]。少年時代は現在の小倉北区昭和町、北九州市立中島小学校界隈で過ごし、小倉祇園太鼓にも参加、また母が好きだったこともあり、東映の時代劇映画を頻繁に見ていたという[8]。1964年頃に、北九州市立中島小学校学芸会で「火の山」の主役を演じる。時代設定は古代日本で、後に演じる「火の鳥」や「卑弥呼」を思わせる 舞台装束だった。 中学卒業後は世界文化社の代理店で本のセールス、小倉の文具店の配達員などで働きながら福岡県立小倉西高等学校の定時制に通い[9]、軟式野球部のピッチャー[注釈 1]として全国大会に出場している[11]。アルバイト先のスナックのマスターが「正雄は見てくれがいいから、モデルになったほうが稼げるかもしれないよ」と、東京のモデル事務所を紹介[8]、たまたま福岡市で開催されたファッションショーを観に行った際スカウトされ[2][9]、17歳で上京して東京都立青山高等学校定時制に転校[12]、卒業。福岡時代はアルバイトなどで月給1万9千円だった収入は上京後月5万円に増えたという。上京後約2年で地元から母スエ子を東京に呼び寄せた[8]。 1970年にCMディレクター・杉山登志に起用される形で資生堂専属モデルとなり[9]、MG5のCMで団次郎の弟分としてデビューし売れっ子モデルとなる[13]。デビュー当初から甘いルックスと軽快な語り口で人気を得て、2年余りのファッションモデルを務めた後、俳優へ転向する[9]。 1974年に東宝の専属となり[9]、『卑弥呼』で映画デビューし[2][9]、同年映画『沖田総司』にも出演、製作者協会新人賞を受賞[9][注釈 2]。1975年にはエランドール賞・新人賞を受賞。1976年には大河ドラマ『風と雲と虹と』に出演、大河ドラマ初出演となった。 1977年のテレビドラマ『華麗なる刑事』でロサンゼルス帰りの凄腕刑事という主人公に扮し、同ドラマでは挿入歌『センチメンタル・シティー』も歌い、オリコン年間77位のヒットとなった[14][信頼性要検証]。20代半ばで人気は絶頂となり[9]、また同年にはマルベル堂のプロマイド年間ランキング俳優部門1位を獲得した[15]。 俳優としての転機は、千葉真一と共演した1978年のテレビドラマ『十字路』だった[16]。おしゃべりで朗らかなセールスマンを演じた草刈はコメディに目覚め、「自分で“ちょっとズッコケた感じ”を作るのが楽しくなった」と語っている[16][17]。映画『汚れた英雄』・テレビドラマ『華麗なる刑事』・『プロハンター』などのダンディな正統派二枚目から[16]、『十字路』での軽妙でコミカルなキャラクター、『真田太平記』では名将・真田幸村と、さまざまな役柄で主役を演じ、市川崑・深作欣二・今村昌平らの映画にも出演した。特に市川崑は、初出演での寡黙な射手役から次作では軽躁な押しかけ探偵助手役と両極端な役を振り、君はこっち(三枚目)が向いているよとアドヴァイスしたという。 1990年代以降は『花の乱』『毛利元就』『古畑任三郎』などの悪役、『イグアナの娘』『南くんの恋人』でのヒロインの父親役など、脇に周りつつも新たな境地を開拓し、演技の幅を広げている。『汚れた英雄』のレースシーン撮影ではスタントマンとして現役レーサー・平忠彦が用意されていたが、ライディングシーンの一部は実際に草刈がレーシングマシン『TZ500』を走行させた。 草刈の認知度の高さは、筑水キャニコムが2001年グッドデザイン賞を受賞した商品・草刈機に「まさお」と命名したことからも窺える。2004年のテレビドラマ「ケータイ刑事 銭形シリーズ」では、『華麗なる刑事』の役柄と同じ「ロス」こと高村一平の役名のままで出演。2007年映画『0093 女王陛下の草刈正雄』に主演、実の娘である草刈麻有と共演した。NHK北九州放送局が開局80周年を迎えた2011年は、アナログテレビジョン放送が完全終了することもあり、『美の壺』のレギュラーでもあった草刈を主役に起用した独自のキャンペーンドラマが制作され[注釈 3]、同年2月14日に放送を開始した。また、名字の「草刈」にあやかり、マキタの充電式草刈機のCMにも出演している(娘の紅蘭と共演)。 2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』では真田昌幸を演じた[注釈 4]。演じるにあたり三谷幸喜からは、丹波さんを超えましょうと言われ[18][信頼性要検証]、草刈は真田昌幸の役を丹波から預かったように感じ、また時折丹波がスタジオに来て、「よくやってるじゃないか。」と言われたように感じたと話した[19]。また同ドラマの「おのおの方、抜かりなく」という台詞が話題になった[20]。『真田丸』で再び人気が再燃し[21][22]、2017年には『真田丸』からの写真などを盛り込んだ、初の写真集『草刈正雄ファーストフォトブック』が発売された[21]。2017年、上田市の観光プレジデントに就任。2018年、出身地である北九州市の市制55周年アンバサダーに就任[8]。2019年NHKの朝ドラ『なつぞら』に出演し、ヒロインに大きな影響を与えるキャラクターを演じ、その演技が感動と話題を集めた[23][24][25]。人物父のロバート・H・トーラーはアメリカ合衆国ノースカロライナ州ター・ヒール(英語版)出身で、朝鮮戦争中の1951年、当時アメリカ軍が接収していた福岡県築上郡八津田村(現在の築上町)の築城基地にアメリカ空軍の兵士(軍内の郵便配達業務担当)として派遣され、一旦大韓民国金浦基地への派遣後に築城基地に戻っていた[2][9]。ロバートはスエ子と知り合い同棲。その後ロバートの任地が羽田基地となった際にスエ子も同行するが、暫く後に離別しロバートは帰国。ロバートとの子を妊娠していたスエ子は行橋へ帰郷し、幼馴染の家に身を寄せ正雄を産んだ。理由は不明だが、スエ子は正雄に「父は正雄を妊娠していた最中に朝鮮戦争で戦死した」と伝えていて、長い間多くのプロフィールでもそのように紹介されていた[2][9][26]。しかし、NHK『ファミリーヒストリー』(2023年8月14日初回放送)の調査で、実は前述の通り、戦死せずに日本に生還後、アメリカに帰国。その後アメリカ陸軍所属となり西ドイツへ赴任し、西ドイツから帰国後に別の女性と結婚し2013年までアメリカで生存していたことが判明した[27]。ロバートの「死後」[注釈 5]、スエ子がロバートの写真を全部処分したため、父の顔はずっと知らなかった[10]。『ファミリーヒストリー』を通じて、ロバートの写真と初めて対面した[29]のは、正雄が古稀を迎えた後のことである。同番組が正雄の許可を得て調査を依頼したDNA検査を通じて血縁が判明した、7人兄弟の末子だった父の兄姉のうち唯一存命の伯母(取材当時97歳)とその息子(草刈の従兄)ら親族と対面するため、2023年7月にアメリカ合衆国ノースカロライナ州を訪問した。伯母によれば、スエ子はロバートから聞いていたトーラー家の住所宛に生まれたばかりの正雄の写真を同封した手紙を送付。受け取ったロバートの母や姉らは正雄の写真を見て一目でロバートの息子であることを確信したものの、この時点で既にロバートは西ドイツに赴任していた。当時のトーラー家は郵便局員だったロバートの父(正雄の祖父)・ゼブロンが、ロバートがまだ胎児の時にペラグラに罹患し亡くなって以来、自宅向かいにある学校の教師に部屋を貸す細々とした家賃収入のみが頼りで経済的に困窮していた。またトーラー家が住んでいる地域はロバートの息子とはいえ第二次世界大戦での敵国だった日本人の血を引く正雄やスエ子を受け入れられる環境ではない[注釈 6]などの問題があり、ロバートの別の姉がそれらの事情を手紙に書き、いくばくかの金を同封してスエ子に送った。 母方・草刈家の先祖は江戸時代末期には当時の豊前国行橋の農家の分家だったが、草刈の曽祖父の代に創業した蒲鉾・てんぷら(魚のすり身揚げ)[注釈 7]の製造販売店が一時栄えたものの曽祖父は早逝し廃業、その娘だった草刈の祖母は嫁に行き草刈の母・スエ子を産むが、夫の酒乱と女癖の悪さで離婚、女手一つでスエ子を育てたという事情もあり、スエ子は正雄を妊娠後ロバートに去られ帰郷したものの、「あいの子」への偏見も強いこともあり実家を頼れず、青果店に嫁入りしていた幼馴染の家の2階の部屋を間借りして正雄を産んだ。その後自分の母同様ひとり親となったスエ子は、生活の苦しさから何度か乳児の正雄を連れ列車に飛び込み心中しようと考えたものの、正雄の顔を見て思いとどまり、その後は正雄を厳しく育て、時には悪戯した正雄を野球のバットを持って追いかけ回した事があったという。ある日正雄が友人の悪童ら5人と映画館に忍び込み映画をただ見していたところを見つかり、散り散りに逃げた中正雄だけが映画館主に捕まり事務所で説教され、警官、教師、親のうち誰に通報するかと聞かれた際、「親だけは勘弁してください」と言ったほど怖かったとのこと。一方で正雄は、中学時代には同じく母子家庭の同級生と早朝から通常の配達員のおよそ倍の量の新聞を配達し家計を助けようとするなど、女手一つで正雄を育て経済的に苦しい母を幼少期から助けようとしていた。モデル業を始めたのも、更にはスカウトされ上京したのも、全ては金のため、経済的困窮から抜け出すためだったという。 1977年のテレビドラマ『華麗なる刑事』で共演したモデルの大塚悦子と9年の交際の後、1988年12月31日に結婚。1男2女の父となる。映画『汚れた英雄』でライバル役で共演した勝野洋と飲んでいるとき、勝野に結婚を勧められ、その場で電話でプロポーズし翌日婚姻届を提出した。婚姻届の保証人は勝野だった。勝野とはモデル時代から40年来の親友で「(勝野の)顔かたちがとにかく理想で大好き、話してみると中身も誠実そのものであこがれた」とのこと[30]。また、もう一人の親友として俳優の諏訪太朗を挙げている[31][32]。1978年には芸能人の所得番付で1位となった[33]。長女(第1子)の紅蘭はパーソナルトレーナーとしてブロスキーに所属、次女(第3子)の草刈麻有はかつてはプロダクション尾木に所属しており、現在はフリーランスで芸能活動を行っている。長男(第2子)は元ズットズレテルズボーカルのドカットカットとして音楽活動をしていたが、2015年2月14日、草刈の個人事務所として使用している東京都渋谷区のマンションの一室から転落する事故により、23歳で死去した[34][35]。 少年時代に野球部員として活動したこともあり、西鉄ライオンズが故郷・福岡を本拠地にしていた当時は西鉄ファンだった。 自ら「面倒くさがり」と自認しておりオフの日も「出不精でウチでゴロゴロ、ボーーっとしている」とインタビューで発言している[要出典]。最大の趣味はテニス[36] で、2016年3月から開始した公式ブログ[37] でもテニス姿のオフショットを掲載することがたびたびある[38][39]。【再配信】自宅で突然亡くなった母に泣きながら…草刈正雄が明かす「僕の原点は、母」AERA dot.編集部 によるストーリー 2023 09 20 8:00 NHK大河ドラマ「真田丸」、朝ドラ「なつぞら」と、大ヒットドラマに連続して出演し、その個性的な演技で強烈なインパクトを残した俳優・草刈正雄さん。今年、芸能生活50周年を迎えた草刈さんが著書『人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』(朝日新書)で明かした、亡き母への複雑な想いとは? 本書より一部を抜粋・再構成してお届けする(この記事は、2023年8月15日に放送され、好評を博したNHKのドキュメンタリー番組「ファミリーヒストリー」、「草刈正雄~初めて知る米兵の父 97歳伯母が語る真実とは~」の再放送に合わせて再配信します。肩書、年齢等は2020年8月の配信時のまま)。■母と僕と映画と 原点は母だ──。歳を取るにつれて、そう思います。 10年前に他界した母と僕のあいだには、いまだに言葉にするのが難しい距離がありました。互いに互いを遠くから気遣うような、そんな付かず離れずの感覚です。はたから見れば、仲のいい親子に見えたかもしれない。事実、そうでした。でも、お互いに本心をぶつけあってきたかといえば、必ずしもそうとはいえません。あのとき、あんなふうに言えばよかったんじゃないか。あの日だって、もっと違う接し方があったんじゃないか。いまでも練習問題は続いている。永遠の宿題です。 母一人子一人の関係でした。父はアメリカの軍人で、朝鮮戦争で亡くなりました。福岡県の東、行橋(ゆくはし)で母は僕を産み、物心がついた頃には二人で小倉に住んでいました。「バービィ!」 チビの僕をこう呼ぶ母に、「ママ」と応えていた。小学校ではものすごくからかわれました。母に手紙を書くという授業で、「ママへ」と書いてしまったんです。当時、母親のことを「ママ」と呼ぶ子どもはいません。みんな、「お母さんへ」。でも、その日から急に変えられるものでもありません。母こそ「バービィ」は早々にやめて「マコちゃん」とか「マコ」と僕を呼んでいましたが、こちらは終生、そのまま。17歳で単身上京してから2年目に、東京に母を呼び寄せたんですが、その後も曖昧に「マァア、マァア」。僕に家庭ができたある時期は別々でしたが、後年は再び一緒に暮らしました。亡くなるまで、「マァア」は変えられませんでした。 かといって、甘えられるような関係だったかといえばそうではありません。正反対です。相当、キツかった。気が強いという意味です。いまから思えば、父親がいなかった分、「父役」も背負っていたのでしょう、とにかく怖かった。「あんた、なにしちょんね!」 バットを持って追いかけてきたこともあります。「九州女」という言葉がありますが、それに男気が加わり、気の強さでは僕は足元にも及ばない。息子がグレてしまうのを恐れて、とにかく厳しい親でした。近所でワルさをして「親か警察か先生、どれを呼ぶか」と聞かれたとき、「おふくろだけはやめてください」と懇願したのをいまでもよく覚えています。■「ごめんなさい」と「ありがとう」 自宅の二階で母が突然亡くなったのは、2010年のことでした。脳梗塞でした。妻が異変に気づいて僕を呼んだときにはもう亡くなっていた。すがりついたとき、口をついて出たのが詫びの言葉でした。ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね……。どこからこんなに涙が出てくるのか自分でもわからないほどに、声をあげて泣きました。 本当はあのとき謝りたかったのかもしれません。二十歳前後の頃のことです。 17歳で上京し、モデルの仕事を始めます。東京でモデルをすれば、報酬は手取りで「月5万円」だと聞いたからです。当時の大卒初任給よりも多かったはずで、中学3年間は新聞配達、定時制の高校時代は朝の4時までスナックで働いて得ていたバイト代とは雲泥の差でした。 1970年。人伝手で事務所に所属してから3カ月程で、ラッキーなことに資生堂のテレビコマーシャルが決まりました。「MG5 BRAVAS」です。小倉にも放送されるのか、気になりましてね。やっと、母に胸を張れる。それからしばらくして、母を東京に呼び寄せたのです。 小倉ではあんなに離れたかったのに、当時の心境というのは不思議なものです。しかも、慣れない生活が始まったばかりの母に、僕の態度はキツかった。仕事もまだ順調ではなく、母と二人きりになると、昔の思い出を責めたくなるときがありました。 小さい頃からいつもほったらかしだったろ! 運動会だって、一緒に弁当を食べたことなんてなかったじゃないか! 口には出しません。でも、「愛情をかけてもらえ辛くあたってしまない親からは、はやく離れたい」と考えていた自分を蘇らせ、辛くあたってしまった。 そんなある日、慣れない東京暮らしで弱気になっていたところもあったのでしょう、家に帰ると、飲めない酒を飲んでぽろぽろぽろぽろ一人で泣いている母がいました。おふくろにしてみれば、日用品の卸売店に勤めながらの必死の子育てだったと頭ではわかっていたのですが、当時の僕は、見て見ぬふりをしてしまいました。「ごめん」のひと言が言えなかったのです。 1年ぐらいして、仕事が順調になりだしました。運よく、外人顔がモテはやされる時代の波に乗りました。家に帰ると、「すごいね、すごいね、すごいね」 あんたは、すごい、あんたはすごいよ。そうしっかり褒めてくれた母。それでも僕ははぐらかしてしまった。どうしたんだよ、おふくろ。おふくろらしくないじゃないか。気を遣ってるんじゃないのか──。そのときも言えなかったのです。ありがとう、と。 思えば、チビの頃から小倉で言われていました。「『ごめんなさい』と『ありがとう』は、素直に言えたほうがいいよ」 そんな人になりなさいな。 当時の思い出の写真があります。小学3年生のときのこと。二人で動物園に行って、おふくろが撮ってくれました。その写真を見ると、思い出す言葉がもうひとつあります。「あんたと私は目がそっくりだよね」 ああそうか、そっくりなのか。おふくろは俺をよく見ていたんだなあ。 自分の目のなかに母を見ます。こうしていまも、守られているのです。草刈正雄(くさかり・まさお)1952年福岡県生まれ。69年デビュー。70年に資生堂のCMに起用され人気を博す。以後、俳優としても活動開始。74年に映画『卑弥呼』で映画デビュー。以来、『復活の日』『汚れた英雄』など数々の話題作に主演するほか、テレビドラマ、舞台でも幅広く活躍。2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』や19年の連続テレビ小説『なつぞら』などでもさらに話題を集める。09年から教養バラエティ番組『美の壺』(NHK BSプレミアム)の2代目ナビゲーターを務め好評を博している。近刊に、『ありがとう!──僕の役者人生を語ろう』(世界文化社)
2023/08/15
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気違いだろう!”フジテレビ自社社員、女子アナウンサーの性上納システム、慣習。視聴率主義の下では自社社員を庇護する処か、進んで権力者に阿り献上し、その事実を組織的に隠ぺい工作に講じる組織風土、企業体質。渡邉渚さんにPTSD(脳へダメージ)を与えるほどの蛮行を仕出かした中居正広を許さない。一番悪質だったのは中居正広である事は間違いない。中居が此れから刑事上の責任、民事上の損害賠償そしてCMのスポンサー企業における違約金の支払い、道徳、倫理上の社会的制裁と棘の道を辿ることは自業自得である。然し、中居正広単独で此の手の悪質な◯暴行を起こすことは不可能であり、協力者が居る。フジ社内で此の醜聞をもみ消すことに協力した社員達の責任追及も完遂して欲しい。「結局9000万円って何だった」中居の“見舞い金100万円”に衝撃、追求される“示談金のソース”週刊女性PRIME / 2025年4月1日 18時30分3月31日、元SMAP・中居正広が起こした女性トラブル、表面化したフジテレビの“上納”問題について、同社とフジ・メディア・ホールディングスが設置した第三者委員会による調査報告書が公表された。 中居による性加害の被害者・X子さんを誘う生々しい手口や、“事件”の事後処理をめぐる当時の編成幹部とのやりとり、はたまた外資系ホテルのスイートルームで開かれた飲み会など、これまで報道された内容どおり、はたまた新事案も明かされることに。 中でも目を引いたのが、中居が入院するX子さんに渡そうとした「見舞金100万円」。報告書の中で具体的な金額が記されたのは、第三者委員会が「口封じと評価し得る」と判断した“見舞金”だけ。すると、《結局中居君の9000万ってなんだったんだ?》《報告書には100万円の記載しか見つけられなかったけど9000万円ってどこかに書いてあったのかな》《中居くんのやつ示談金9000万ってなんだったの?実際には100万?んなことある?》 ネット上では当初、中居がX子さんに支払ったとされた「示談金9000万円」の記載が報告書に見当たらないことへの疑問が噴出。そもそもの“ソース(発信源)”を追求する動きも出ている。「9000万円」を最初に報じたのは トラブルをいち早く報じたのは12月19日発売の『女性セブン』で、記事では会食の場で起きた“女性との深刻な問題”を解決するために代理人同士の話し合いが持たれ、中居が「解決金9000万円」を払うことで示談が成立したというもの。「これを『週刊文春』が後追いしたことで、女性との接点となった中居宅でのBBQ、フジ編成部長による“上納”手口など、さまざまなトラブルの詳細が明かされました。記事内では一貫して“9000万円”が記されたことで、SNS上では“9000万円ももらっておいて”などと、X子さんが“中居を引退に追い込んだ”と逆恨みするファンも」(芸能リポーター) ところが、拡散された「9000万円説」を崩したのがX子さん自身だった。『週刊ポスト』(1月17日発売号)の取材に応じ、《いきなり9000万円という金額が一人歩きしたことについてはビックリしていますし、困っています。私は解決金について知人にも一切話したことがありません。それなのに、この金額がどこから出てきたのか本当に不思議で……。私はそんなにたくさんのお金は受け取っていないんです》 膨れ上がった金額を明確に否定してみせたのだ。それでも、前出の芸能リポーターは「まったく受け取っていない、ことはないと思います」と解説する。「当初、伝聞口調で報じたセブンさんの記事が、いつの間にか既成事実として広まった感はありますが、“そんなにたくさんのお金は”との文面から、9000万円は行き過ぎだとしても“解決金”自体は動いたと見るのが自然です。 そしてフジの調査報告書で“解決金”“示談金”が記載されなかったのは、中居さん側が拒否したとされる“守秘義務の解除”が関連していると思われます」解決金自体は支払われたか 報告書では、第三者委員会が双方にヒアリングを実施したところ、示談契約で守秘義務が生じている現状が明かされている。が、「守秘義務を全面解除に応じる」と申し出たX子さんに対して、中居側はこれを拒否。あくまでも守秘義務の遵守を貫いた。「この双方間で締結された守秘義務ですが、女性のプライバシーを守るための契約と捉えていましたが、どうにも中居さんにとっては“自分がしでかした内容を隠すための守秘義務”ではないか、と思ってしまいます。 実際、“9000万円”ではなくとも幾ばくかの解決金が支払われており、X子さんはそれを返納する覚悟で解除に応じたはず。見舞金100万円こそ関係者のヒアリングで明らかになったものの、“示談金・解決金”が明かされないのは、やはり中居さんがダンマリを貫いているから、でしょうか」(同・リポーター) 1月9日に公式HPで発表した「お詫び」、そして1月23日の同じく「引退報告」では騒動を起こしたこと、関係各所には頭を下げた中居だが、いずれも被害者X子さんへの謝罪の言葉はなかった。 守りたかったのは、彼女ではなく自分だったと言われても仕方がない。元フジアナ菊間千乃弁護士が番組欠席 理由説明なしもフジ問題詳報 モーニングショー 日刊スポーツ新聞社 2025 04 01フジテレビアナウンサー出身の弁護士、菊間千乃氏は1日、火曜レギュラーコメンテーターを務めるテレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」(月~金曜午前8時)を欠席した。番組冒頭、MCを務めるフリーアナウンサー羽鳥慎一が「今週、菊間さんはお休みです」と報告し、木曜レギュラーコメンテーターを務める結城東輝弁護士が、菊間氏のピンチヒッターで出演した。菊間氏の番組欠席理由については、特に説明されなかった。前日の3月31日には、菊間氏の古巣フジテレビをめぐる一連の問題で、第三者委員会の調査報告書が提出され、第三者委メンバーとフジ清水賢治社長の記者会見がそれぞれ行われた。菊間氏は、フジに関する一連の問題が最初に表面化した後、番組の中で元社員、弁護士の立場からコメントを続けていたほか、フジテレビの顧問弁護士を務めていることを明かしていた。ただ、フジの顧問弁護士の立場で解説をすることについて一部から指摘を受け、フジ問題について扱われた1月28日の「モーニングショー」は、欠席。この時も、結城弁護士が代理で出演していた。X子さんフジ退社後に「ひと段落ついた感じかな」…調査報告書から見えた中居正広氏の態度《見舞金の贈与税を心配、メッセージを「見たら削除して」と要請》NEWSポストセブン / 2025年4月2日 7時15分どこか噛み合わないやり取りに感じられますが、第三者委員会のヒアリングによると、中居氏は当時、『女性の病気や入院が本当に本事案によるものかわからなかった』と考えていたといいます」(前出・全国紙社会部記者)元タレント・中居正広氏(52)の女性トラブルをめぐり、フジテレビジョン(以下、フジテレビ)と親会社のフジ・メディア・ホールディングスが設置した第三者委員会による調査報告書が公開された。第三者委員会は、2023年6月2日に相手女性が中居氏のマンションの部屋に入ってから退室するまでに起きたことを“性暴力”と認定している。 400ページ近い調査報告書では、トラブル発生後の中居氏と女性、編成幹部のやり取りも詳細に明かされている。全国紙の社会部記者が解説する。「女性は、産業医やアナウンス室などに不眠や身体のふらつきなどを相談して、2023年6月のうちに入院しています。 中居氏は、女性から連絡を受けるなどして彼女の状態について知り、トラブルの中心人物である編成幹部らに“女性の心身回復のために助けてほしい”と伝えました。中居氏は、彼らに対して、『(トラブルについては)内内で』と口外禁止を要請したといいます」(全国紙社会部記者、以下同)中居氏は、口外禁止を要請するだけでなく、相手女性に関するメッセージの削除も頼む念の入れようだった。調査報告書には、中居氏と編成幹部とのショートメッセージの内容も記載されている。中居氏「また、連絡があり、接触障害(原文ママ)と鬱で入院。やりたい仕事もできず、給料も減り、お金も無くあの日を悔やむばかりと。(メッセージを)見たら削除して」「どうしよか」編成幹部「なかなかですね、、私から無邪気なLINEしてみましょうか??」 中居氏に対して、女性は、自身の心身の状態などを明かした上で、“穏便に済ませたいと考えていること”、“しかし自分の収入では高額な医療費を賄えないため治療費・入院費の支払いをしてほしいこと”を伝えていた。中居氏は見舞金の贈与税を心配「中居氏は、見舞金を支払うことを承諾しつつ、『贈与や税金などの関係から、その範囲内で行いたい』、『共通の知人である編成幹部に届けてもらう形にしたい』と提案しました。 また、中居氏は、『対立構造になることを懸念する』や『あくまでも協力しあうことが大事』、『体調改善が第一のため、第三者は会社の中で話ができる人を立てたほうが健全だ』といったショートメッセージも送っていたそうです。X子さんは、入社数年目の平社員である自分と、長年フジテレビに貢献してきた中居氏を比べると、フジがどちらを優先するかは明白だと考え、この申し出を拒否しています。 見舞金の支払いについて、女性側は、「専門家や主治医らと相談したいので待ってほしい」と伝えていたが、中居氏は「贈与税の対象にならない金額にしたい」とした上で、「本事案を知らない設定で女性に100万円を届けてほしい」と編成幹部に依頼。2023年7月26日、編成幹部は、「会社で中居氏と会ったら見舞品を預かったので、可能ならお渡ししたい」「どこでも行く」と女性にLINEを送った。 同年7月28日、入院先の病院に現金100万円を含む見舞品が届いたが、女性はそれを受け取らず、見舞品は編成幹部を通じて中居氏に返却されたという。「女性にとって中居氏へのそういった対応が大きな負担となっていました。2023年8月1日に『治療に専念したいので、退院できる日が来るまでは連絡を差し控えさせていただきたい』という内容のショートメールを送って以降、女性から中居氏に連絡していません。 一方の中居氏は、同年9月中旬頃までの間、1週間に1回の頻度で一方的にショートメールを送り続けたといいます」女性退職後の“衝撃メッセージ” 2023年9月上旬、女性は退院。同年10月からの業務復帰を目指していたが、体調に波があり、目処が立たずにいた。女性は出演番組を降板することになり、その旨をオンライン会議などで説明された際、「私から全てを奪うのか」などと激しく泣いて訴えたという。 結局、女性は2024年8月をもってフジテレビを退職した。女性が退職した後、同年9月9日に中居氏と編成幹部はショートメッセージでこんなやり取りをしている。中居氏「了解、ありがとう。ひと段落ついた感じかな。色々たすかったよ」編成幹部「例の問題に関しては、ひと段落かなと思います。引き続き、何かお役に建てることがあれば、動きます!」 中居氏と編成幹部の間では、すでに“ひと段落”ついた認識だったのだ。しかしながら、それはあまりに現代のコンプライアンス意識と乖離していると言わざるをえないだろう。大下容子アナ、元フジアナAさんへの思い語る「思い描いたキャリアを、こういう形で…」日刊スポーツ新聞社 2025 04 02テレビ朝日の大下容子アナウンサーは2日、MCを務める同局系「大下容子ワイド!スクランブル」(月~金曜午前10時25分)に生出演。中居正広氏の女性トラブルをめぐり、3月31日に公表された第三者委員会の調査報告書が中居氏の対応を「『業務の延長線上』における性暴力」だったと認定したことを踏まえ、被害に遭った元フジテレビアナウンサーAさんへの思いを口にした。公表された調査報告書は合計394ページに及ぶ膨大な内容で、その中で中居氏と女性のトラブルについて「『業務の延長線上』における性暴力であったと認められる」と認定。トラブル後の中居氏とフジテレビ社員B氏の詳細なやりとりにも触れ、フジテレビの企業体質に対する厳しい見解が、重ねて示されている。番組では、調査報告書の公表を受けて1日に、代理人弁護士を通じて公表された女性のコメント内容を報じた。コメントは「私が受けた被害は一生消えることはなく失ったものが戻ってくることはありません。このようなことがメディア・エンターテインメント業界だけでなく、社会全体から無くなることを心から望みます」という言葉で締めくくられていた。大下アナは、「思い描いていたキャリアを、こういう形で変更しなくてはならなくなったという…。被害の傷は一生消えないんだ、というこの重い言葉を(フジテレビが)、どう受け止めるかも大事ですよね」と、女性のコメントを踏まえて思いを口にした。これを受け、水曜コメンテーターの萩谷麻衣子弁護士は「(調査報告で)かなり踏み込んでいるな、と思ったのは、男性優位の同質的な人たちで上層部が固まっていたといっていること。やっぱり、女性の人権を考えるには女性の視点も必要。そこが全く欠けていたというのは、大きな指摘だろうと思います」と応じた。「じゃないと、被害者、社員に寄り添うというところがこの会社には決定的に欠けていて、それが今後果たして改善されるかということは、まだ見えてきていない。そこは、被害者のためにもしっかり、社員の方のためにも見せていかないといけないだろうと思います」と、今後のフジテレビのあり方について語った。フジ社員B氏の処分「懲戒解雇が妥当。ただ逆上していろいろ暴露する懸念も…」元テレ東Dが私見 日刊スポーツ新聞社 2025 04 02元テレビ東京ディレクターで、現在はPR会社代表の下矢一良氏が2日、X(旧ツイッター)を更新。中居正広氏の女性トラブルに端を発した一連のフジテレビの問題について調査した第三者委員会の報告書に言及した。第三者委員会は中居氏の性暴力を認定。報告書では、週刊文春などで「編成幹部A氏」などと表現された、トラブルに関わっていたとされる社員は「B氏」と記され、中居氏とのショートメールでのやり取りなども明らかにされた。3月31日にフジテレビが行った会見では、清水賢治社長(64)が2023年6月2日に起こった事案のB氏の関与について「関与はなかった、と報告書でも認定されています」とした上で、「ただし、他の類似事案もBはかなり出てきています。指摘されている限りですと、結構問題が多かった社員だと認識しています」と説明。「事実関係を確認し、厳正に処分するつもりであります」と述べていた。下矢氏は「フジテレビは第三者委の報告書受けて、編成幹部を処分しないといけなくなった」と言及。「スイートルーム支払い、被害者の状況を中居氏に漏洩と、懲戒解雇が妥当」した上で、「ただスパッと切り捨てると逆上して、いろいろ暴露する懸念もある。かといって、甘い処分だと批判される」と推測し、「フジ経営陣は扱いに苦慮しそう」とつづった。続くポストでは、自身と同世代だというB氏について「フジテレビの『将来の社長候補』でもあった編成幹部は、中居氏ら大物タレントへのパシリ能力が高かったので、上司への媚び方も抜群に上手かったのだろう」と思いをめぐらせつつ、「ヒット番組産んだ実績もないのに、上司受け重視で昇進させてしまうと、会社として大きなしっぺ返しを受ける。伝統的大企業の教訓になったかも」とつづった。中居正広氏が女子アナを狙い撃ちしたコンプレックスの深淵…ハイスペでなければ満たされない歪んだ欲望日刊ゲンダイDIGITAL / 2025年4月13日 9時26分自身の女性トラブルが業務の延長線上の性暴力と、フジテレビおよびフジ・メディア・ホールディングスが公表した、第三者委員会の調査報告書で認定された元SMAPの中居正広氏(52)。 調査報告書で明らかになったのが、同局元女性アナウンサーAさんが被害を訴えた、2023年6月2日の中居氏宅での飲み会に至るまで、中居氏が自身の番組担当者である元編成幹部B氏に、女性アナウンサーの招へいを執拗に求めていたことだ。《中居氏:「男同士じゃつまらんね。女性いるかな。一般はさすがにね。となり、フシアナ誰か来れるかなぁ」》 Aさんが性暴力を受けた飲み会の2日前に自宅でBBQを開催するにあたり、中居氏はB氏に女性アナウンサーの手配を依頼している。《B氏:「●●●●(女性Aのフルネーム)に声をかけてみようかなと思います。」中居氏:「はい、知ってる笑。」》 Aさん以外にも女性アナウンサーがBBQに参加。さらに当日、BBQが散会した後、Aさんが中居氏、B氏とすし店で飲食した際、B氏は中居氏と親子ほど年の離れたAさんに《「(二人)つきあっちゃえばいい」》と軽口をたたいている。この会食を経て、中居氏宅の2人きりの飲み会に繋がっていった。 番組出演者に対する女性アナウンサーを伴う接待は、フジの上納文化の象徴と言われているが、中居氏は特に女性アナウンサーにこだわっていたフシが指摘されている。■自分の母校を卑下していた中居氏「中居さんはこれまで何人かの局アナと交際が報じられていますが、当時、すでにアイドルとして成功していて、いわば職場恋愛の延長とも言えるものでした。中居さんにとって高学歴揃いの女性アナがツボだったのは、自身のコンプレックスに由来していると言われています」(芸能ライター) 中居氏はかつて番組で自身の母校を卑下した発言をたびたびしているが、そうしたコンプレックスを抱えているタレントや芸人は少なくない。「いわゆるプロの女性よりもインテリ女性とお近づきになりたいというアイドルや芸人、スポーツ選手は少なくありません。今どきは高学歴タレントも珍しくありませんが、若い時からタレント活動や選手生活を送るなど、学歴と無縁の有名人ほど、ハイスぺ女性にコンプレックスを抱えているものです。実力で成功すれば、そうした女性をものにする機会があり、交際や結婚にこぎつけているケースが実際にあります。そうした歪んだ欲望が悪い方に行ってしまったのが、中居さんのケースではないでしょうか」(前出・芸能ライター) 本人にとってはちょっとした下心だったかもしれないが、それが命取りになったと言えるだろう。 ◇ ◇ ◇ あのアナウンサーもかつて中居氏と噂に。関連記事【もっと読む】元フジ中野美奈子アナがテレビ出演で話題…"中居熱愛"イメージ払拭と政界進出の可能性…に詳しい。
2025/04/02
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東映最後の看板女優。東宝、松竹と比べるとしようもない映画を製作していた東映。70年代迄の東映映画は任侠、ヤクザ物や不良、バイオレンス等々腐った下らない作品が多かった。。だが、馬鹿馬鹿しさが好きだったこともある。(東映まんがまつりは罪滅ぼしに過ぎない)。然し、その中で泥中の蓮というかキラリと光る、看板女優が中島ゆたかである。怜悧で涼しげで憂いのある目元が印象的な美女。遊戯シリーズや探偵物語などで松田優作と絡みが良かった。心よりご冥福をお祈りします。貴女のことは忘れはしない。中島ゆたかさん、大腸がんで死去 73歳…人気シリーズ「トラック野郎」の第1作でヒロインスポーツ報知 2025 12.04 4:00 女優の中島(なかじま、本名・上野=うえの)ゆたかさんが11月27日午後11時15分、大腸がんのため、神奈川県内の自宅で死去した。73歳だった。東映が3日、発表した。葬儀は家族葬で執り行った。喪主は長女の上野南実(うえの・なみ)さん。 東映によると、中島さんは3年前に大腸がんを患い、手術を経験。その後は闘病しながら仕事を続けていた。 73年に映画「夜の歌謡シリーズ 女のみち」でデビュー。同年に日本映画プロデューサー協会新人賞、74年にエランドール賞新人賞を受賞した。75年に公開された菅原文太さん主演の人気シリーズ第1作「トラック野郎 御意見無用」でヒロインを務めた。 最後の仕事は、7月6日に都内で行われた「トラック野郎」の上映イベント。宇崎竜童(79)と主題歌「一番星ブルース」を披露した。
2025/12/04
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