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村上春樹さんは、現在の日本の政治家の発言について、思うところを、あまり書かれていないと思うのですが、「村上さんのところ」にて、なんと(というか、きちんと)、『「憲法改正の手口はヒットラーに学ぶべきだ」みたいな趣旨のことを抜かしたボケ大臣』という表現をされています。ボケ大臣(クリックしてね)
2015年03月29日
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「真理」というのは、言葉を使わないときには、「言葉に干渉されない「真理」」、であるとしたって、「真理」を理解しようとして、言葉を使ったとたん、ただの偏見になってしまうのだろう。
2015年03月27日
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苦味の強いビールなのですが、その苦味がなんというか、夏みかんの苦味部分をものすごく洗練させた感じの味覚なのです。(インドの青鬼/ヤッホーブルーイング株式会社)とてもおいしいです。
2015年03月26日
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村上春樹さんが、読者からの大量のメールに返事されています。
2015年03月24日
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お墓は財産である。お墓は相続財産ではない。お墓は相続されない財産である。お墓は相続されるのではなく、「祖先の祭祀を主宰すべき者」に承継される。お墓は「祖先の祭祀を主宰すべき者」に承継される財産である。お墓は祭祀財産である。お墓は「祖先の祭祀を主宰すべき者」に承継される祭祀財産である。(相続人の場合は、権利だけでなく義務も相続することになるのだけれど、どういうわけか、「祖先の祭祀を主宰すべき者」は「すべき者」なのに、祭祀に関する権利は承継するけれど、義務は承継しないらしい…)
2015年03月23日
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以前、役所(最寄りの出張所)に行って、「住んでない人が住民票に同居人という続柄で入ったままなので、除いてほしい」と頼んだら、「住民票の移動は本人の許可がないとできません」「本人は移すつもりがないのです」「では、別世帯にされてはどうでしょう? それなら本人の許可なくできます」と言われたのでしたが、なんだかおかしい、と思っていました。最近、『住民票の移動の手続きをしないと、住民基本台帳法違反(住民基本台帳法第22条)になります』というのを知ったので、もういちど頼みに行きました。役所(出張所)にて対応してくれたのは、前回とは別の人だったのですが、「住民票の移動は本人の許可がないとできません」「本人は移すつもりがないのです」「それでしたら、別世帯にすることは、本人の許可なくできます」「でも、別世帯にしたところで住所はそのままだと、選挙のとき、住んでいない人に投票のハガキが送られてきて、法律上、おかしいのではありませんか?」「そういうことでしたら、こちらは出張所ですので、区役所に行って手続きしてください」と言われ、区役所に行ったら、「(住んでないことを確認するのに)1年くらいかかりますが、手続きします」とのことだった。なぜ、ここの出張所では、「本人の許可なく住民票は移せないので、別世帯にすればいい」という法律上おかしい対応が、マニュアルみたいになってるんだろう?
2015年03月20日
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なんとなく気が重いとき、した方がよさそうなのに見落としていることがあったり、もしくは、しなくていいのに気づかないまましていることがあったりする。
2015年03月18日
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1931年制作の映画「フランケンシュタイン」を見ました。なんだか、映像が心の中の出来事で、村の人々も含めて、多数の登場人物たちがみな、ひとりの人のさまざまな心の断片であるような、みんなが観客の分身としてうごめいているような気分になりました。考えてみれば映画にせよ小説にせよ、物語はそういうふうにも捉えられるわけですが、理屈としてはそうであっても、実感として捉えられた、妙な映画でした。そうとう不思議な映画だと思います。
2015年03月17日
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自分で決めれる時間なら、いまのところ、いまから3分、もしくは、いまから10分、何をするか意識的に選んで生きてゆく、という方式を採用していて、それは、3分なり10分なりで必ず区切って別の行為に移る、と決めた方式ではなく、3分なり10分なり試みておもしろければ、同じことをつづけてゆく。さほどおもしろくなければ、別の、3分なり10分なりの行為へ移ってゆく。「3分なり10分なりの行為」の数は、じゅうぶん必要だけれど、あまり多すぎるとあやふやさが強くなるので、行為の数は調節してゆく。
2015年03月16日
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サメ研究家の沼口麻子さんのお話です。
2015年03月15日
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いまのところ、毎日10分、楽しんで勉強しているのは、カーンアカデミー(Khan Academy)の「Arts and humanities」の中の美術関係のものです。これらは英語の勉強にもなって、まずは美術作品を眺めながらあまり聞き取れないまま解説を聞いて、2度目は、英語字幕をオンにして、何度も途中で停止しては辞書で単語を調べながら解説を見(聞き)ます。たとえば、「Subject」の中から「Arts and humanities」を選んで、「Arts and humanities」の中から、たとえば、Renaissance and Reformation(クリックしてね)を選んで、その中の動画で勉強したり、とかです。こんなのが無料で勉強できるだなんて、すごいことです。■(2018年8月24日追記)その後、3年半ほど過ぎ、同様にクリックしても、以前とはちがう画面になってしまいます。なので、このほど新しくしてみました。英語兼美術の勉強(クリックしてね)
2015年03月13日
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身心が重いときの行為・認識と、身心が軽いときの行為・認識とは、別である。身心が軽ければ、行為・認識に疑問を持ったときの取り組みも、軽やかになれる。身心が重いときには、なんとかして軽くしようと、あれこれ試みる。試みがうまくいって軽くなればそれでいいし、うまくいかなければ別の試みに向かうか、それともいったんあきらめる。あきらめているうち、時間が経過してゆき、ふいにうまくゆくこともあるし、いっそう重くなることもある。いっそう重くなったら、状況によっては壊れてゆくのだろう…崩壊して、破片になったり、ちりになったりして、最期は軽いだろうか?
2015年03月11日
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岡田斗司夫さんによる、宮崎駿監督や富野由悠季監督にまつわるお話です。斬新な捉え方で、おもしろいです。ぼくはアニメは苦手でほとんど見れません(見はじめても途中でやめてしまう)けど、アニメを見てなくても、岡田さんの解説はおもしろいと思います。岡田斗司夫さんのアニメ解説(クリックしてね)
2015年03月10日
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あした家出しようとしたときに、日常の身の回りの物品たちが、なんだか新鮮に見えたように、あした死ぬと(ほんのすこし)見なせば、日常の身の回りの物品たちが(ほんのすこし)あらわに新鮮になってくる。
2015年03月05日
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3年ほど前に、1番好きな写真集が、『軍艦島 海上産業都市に住む』(写真/伊藤千行)だったのですが、
2015年03月04日
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「「私は知っている」と言う人は、じつは知らない」と思いこんでいる人がいる。その態度だと、知り得ないとその人が信じていることについて、誰かが「私は知っている」と言ったとき、知りもしないことを知っていると勘違いして言っている(もしくは嘘をついている)と見なしてしまう。もしかしたら、「私は知っている」という人が、たんに知っているのかもしれないのに。
2015年03月03日
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判断するにあたって、どの立場で判断するかによって、判断にともなう行為・認識もちがう。立場というのは、いかようにもありうるので、何かを判断するにあたって、とりあえずの立場を決めないと、判断はいっそう困難になる。とりあえずの判断として、判断しないという立場に決めることもできる。
2015年03月02日
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死ぬまでにもういちど読みたい本があるなら、その本は、これまでにも何度か読んできただろうし、最近も読んでいる可能性が高い。最近読んでいなくてもういちど読みたい本というのは、あまり本気で読みたいわけではないのだろう。だって、いつかもういちど読みたいなあ、と思っているうち、死のほうが先かもしれない。ふいに、むかし読んだ本を思い出して、もういちど読みたくなることもあるだろう。死ぬまでにもういちど読みたい本がたくさんある人(ぼくはちがうけど)は、時間が足りないと思うだろう。
2015年03月01日
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