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もう何を言っても あなたには届かないだろうけどそれでも唄いたい歌があって私はこうして今宵も唄う私に至らない点は たくさんあってあなたにはふさわしくない自分がいてそれでも 私は愛して私は 恋をしたあなたには不十分すぎる私かもしれないけれど私はあなたの事が 好きで 好きでだけど その想いは届かないから私はこうして唄っています叶わない恋と 分かっていても私は あなたが大好きで言葉じゃ足りない この熱もこのぬくもりも あなたの温度が欲しいからゆっくりだけど 哀しみの雪溶かすように そっと泪を拭いて歩いてゆこうと思います。そっと、歩いてゆこうと思います。words by kotonoha*
2008年01月08日
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1979年8月15日。終戦記念日の零時零分。一人の男児が、この世に生を受けた。一人の父と、一人の母。 そして、二人の姉の元に生を受けた。 待望の「長男」として。 はじめての記憶は、幼稚園に入園する前の事だった。 我が家に真新しいファンヒーターが訪れた。 それは、ある冬の昼下がりの出来事で。 父と母と一緒に、私は真新しいファンヒーターを、嬉しそうに眺めていた。 誰がそのスイッチを押したのかは、よく覚えていない。 ただ、その直後、ものすごい爆音と共に、白い噴煙がモクモクと立ち昇った事だけを鮮明に覚えている。 私は今か今かと、二番目の姉が小学校から帰宅するのを待った。 三つ離れた姉が、その衝撃を目の当たりにするのを楽しみにしていたのだ。 斯くして姉は帰ってきた。 私は私が味わった、ミラクルなトキメキを、はじけるような驚きを、姉にも味わって欲しくて、興奮しながら昼での出来事を話した。 姉もまた、身を乗り出してその話に聴き入った。 一頻り話し終えると、私はいよいよそのスイッチに手を伸ばした。 二人で、「その瞬間」を固唾を飲んで待った。 スイッチに手を伸ばす。 スイッチを押す。 しかし、爆音の代わりに、「チチチチ・・・ボッ」っと上品な音がして、静かにファンヒーターは、可動しはじめたのだった。 虚しい空気が流れる。 それから何度もスイッチを消したり押したりしたが、「チチチチ・・・ボッ」と、静かな空気が流れるだけで、ファンヒーターは二度と吼えてはくれなかった。 こうして、トキメキに満ちた私の最初の記憶は、しらけた空気と一緒に幕を下ろしたのであった。
2007年12月27日
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今日私はある決心をした。同期の男の子にカミングアウトしたのだ。その男の子は私が恋心を寄せていた相手だった。私は去年の8月、この職場の面接を受けた。性同一性障害を明かして面接を受けた。「私は体は間違って男体に生まれていますが、本当は女性です。女性として就職したいと思っています。」面接では、K.T.事務長、U主任、看護士長、M子先生が神妙な面持ちで、でも優しさたっぷりの顔で、「そんな苦しい思いをしてきた人なら、老人に対しても傷つけることもないだろうし、、、」と、涙ながらに言ってくれた。私は泣きそうになるのを堪えながら、面接場を後にした。それから2週間、音沙汰がなかった。2週間後、K.T.事務長から電話があった。「明日から実習に来てみないか」との事だった。「私どももはじめてのケースなので、職場の同僚の対応をどうするか考えたが、あなたが話したいと思う時に話せばいいと思う。それまでは私どもからは周りには公表しないでおこうと思う。」と、とってもあったかな対応だった。私は心からそのあったかさに感謝した。あれから1年3ヶ月。入社してすぐに、同僚からK.T.事務長の悪い噂を聞いた。「頭がおかしい」「殺したい」「死ねばいいのに」職場の同僚は口を揃えて、K.T.事務長の事をそう言った。私は最初、「?」という思いでその言葉を聞いていた。「職員を全然大事にしない人」というのが、大方の全職員の考えだった。私はその真意が分からないままだったが、同僚達は次々職場を辞めていった。この施設、設立から10年程経っているのだが、はじめから続いているのは、栄養士一人と清掃の職員一人、通所の所長一人のみ。あとは長くて3~4年。1年もいれば大ベテランのように扱われる。とにかく入れ替わりの激しい職場だった。朝7時過ぎには出勤しなければ仕事が回らない。休憩もほとんど10分程しかとれない。まったく取れない日も多々ある。それで帰りは19時は当たり前。21時を過ぎるまで働くのが皿にあった。残業手当は勿論ない。それでもK.T.事務長は、早く帰るなと怒鳴る。「あんた達は別にいつ辞めてもらってもかまわないんだから。」と、「いつ首を切ってもいいんだから」と。新しい人が入ってきては辞め、入ってきては辞めの繰り返しだった。ちなみにこのK.T.事務長とM子先生は兄弟で、常務はその父親。M子先生の夫が理事長を務めている。この木花地区ではちょっとした財閥一家だとのこと。だが、入ってきていた求人も悪い噂が宮崎県内に知れ渡り、最近では誰も入ってこなくなった。ハローワークでは、すでにブラックリストに載っているらしく、まったく面接に来ない為、今度は新聞の広告に出し始めたらしい。しかし、今ではそれでもまったく面接に来なくなり、今では、県外に求人を出す事を考えているという。全体会では毎回のように、「ヘルパー2級も持ってなくても構わない。これから取ろうという気持ちだけあれば、誰でもいいから友達を紹介してくれ。誰でも採用するから。」と、言うようになっていた。その反面、相変わらず「いつ辞めてもらってもいいんだぞ!」と、何かにつけて怒鳴っていた。だが、実際に辞めようとする職員がいると、難癖ばかりつけて、絶対に辞めさせない。辞めさせない為に作った規則数知れず。代表的なものは、その一、「退職するものは2ヶ月前には幹部に報告すること」その二、「退職届けは、当施設の作った用紙を使用すること。 但し、幹部が納得しないとその用紙は渡さない。」その三、「自分が辞める時は、次に入る者を探してから辞めること。」そして、最近出来たニュー規則が、その四、「一ヶ月、一名までしか退職は出来ない」というもの。これは、通所の職員が1月に2名辞める事が半年近く前に決まっており、辞めさせたら職場が回らない事に、最近になって気付いたお粗末な幹部が、急遽作った、お粗末な規則。K.T.事務長の口癖は「退職する時は円満に退職しろ!」なのだが、この職場、腹を決めて出社拒否をするまで辞めさせてくれない。看護士長も、介護リーダーも、その他の多くの職員が、突然、ロッカーの中を空っぽにして、夜逃げ同然に翌朝から来なくなる。それでどうにか退職出来るのだ。まぁ、そんな事はどうでもいいのだが・・・。それでも私はK.T.事務長に恩があると思っていた。私を生まれて初めて「女性」として就職させてくれた職場だったから。恩がある、とは少し大袈裟かもしれないが、私を「女性」として就職させてくれた、大切な職場だと思っていた。数時間前までは。。。最近、どうも先輩の同僚の発言に腑に落ちないところがあり、それに、毎日の過酷な労働状況とK.T.事務長の信じられない発言に不信感も募り、どうしても確かめておきたい事が出てきた。それは、、、本当に私の性同一性障害の事は、幹部だけに止まっているのだろうか、という思いであった。K.T.事務長は11月の定例会の際、こんな発言をしていた。私が誕生会担当で司会をしていた際の事なのだが、話は、男性利用者から女性職員に対するセクハラ行為があった事に対する話であった。ある男性利用者を女性職員が入浴介助中、こんな事が起きたらしい。女性職員はまだ介護経験が浅く、介護の対応にも不慣れだった。その為、入浴介助中に男性利用者の体を洗っている際、男性利用者から、「(股間を指し)手で洗え!」と、言われた言葉に意味がよく分からず、言われるまま手で洗ったという。そうすると、今度は「お前の穴に入れさせろ!」と言われたという。その状況を、K.T.事務長はすこぶる上機嫌で、とても楽しそうに、喜ばれながら、状況をとても詳しくお話しになられた。その際、今度は女性利用者に対する、男性職員の対応にも話が及ばれた。その話をかいつまむと、こうだ。「男性職員は女性職員には絶対に敵わない。女性職員の優しさには、絶対に男性職員は敵わないのだから、女性職員以上に男性職員は優しくならなければならない。むしろ、自分が女性になったつもりで対応しなければならない。だからと言って、「おかま」になれと言っているのではないぞ。女みたいになれといって、「おかま」になる必要はないんだぞ!」と、再三にわたって何度も「おかま」という言葉を連呼した。そして今日。同期の男の子に、勇気を振り絞ってメールをしてみた。「私の生まれつき抱えてる、難しい疾病のこと、誰かから聞いてる?」と。すると、思いも寄らない返事が返ってきた。私はこの瞬間まで、K.T.事務長や、この施設の幹部を信じていた。信じていたかった、、、というのが、正直なところだが。。。その男の子の返事は、「大分前から知ってたよ」との答えだった。。。頭の中が真っ白になった。私は、今まで友人や知人、家族に、「はじめて女性として就職できたんだぁ」と、自慢気に話していた。「今は女性として生活しています。」と。だが、「女性として生活している」と思っていたのは、私一人だけだったのだ。周りは私の戸籍も体も「男性」だという事を知っていたのだ。ひとしきり泣き、嗚咽を洩らした後、嗤いが込み上げてきた。私は好きな男の子の話もしていた。誰にも「男体」と気付かれないように、トイレでも、更衣室でも、一人、悪戦苦闘していた。「女性」の側に見られていると思い込んで、一生懸命結婚の話題や生理、出産の話題にもついていこうとしていた。みぃんな、周りは知っていたのだ。私が「女」じゃない事を・・・。私一人が「女性と思われている」と勘違いしてやってきた事を考えると、だんだん嗤いが込み上げてきた。一人、自分の部屋で、嗤いが止まらなくなった。うすら寒い嗤いが込み上げてきて、抑えきれない。私は、「裸の王様」だったんだ・・・。
2007年12月09日
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私には「宝物」があります。「親友」という「宝物」です。その宝物は、私の重たい心を不思議なくらい、すぅっと軽くします。かけがえの無い「宝物」です。こんな親友と出逢えたこと自体、きっと、他の人よりずっと豊かな人生を送れているのでしょう。ありがとうね。
2007年11月09日
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私はこの職場に就職したらすぐに改名をしようと思っていた。だが、いざ就職すると、改名する事で二度と両親に会えなくなるのではないか、「家族」に二度と顔向け出来なくなるのではないか、そんな恐怖と不安から踏み出せずに1年が過ぎた。だけど、やっと決心がついた。先日、両親と会う数日前に・・・。この「命」は永遠に続くものではない。「家族」もいつかは死ぬ。そのどうしようもない事実を思った時、私はこれでいいのか、と思った。いつかは尽きてしまう「いのち」なら、自分に正直に生きたい。そう切に思った。そして、決心がついた。改名をしよう、と。そして、今日。私は生まれて初めて家庭裁判所に行った。そして、裁判所の方に改名の手続きを教えて頂いた。その裁判所の方は、はじめ、私が体も心も「女性」だと思ってくれたようで、私の男性名を見て、「ご本人さんはいらっしゃってないんですか?』と聞いてきたので、私はGIDの事を話した。職員の方は、「あ、失礼しました。」と言い、話を始めた。だが裁判所といっても、大した事ないなぁ、と思った。職員より、私の方が裁判の知識が多いのだ。最初、職員の方は簡単に「性別の訂正をするんですね?」と言い、手続きの話をしはじめた。私はまだSRSをしていない。今のままで、そんな簡単に性別訂正が出来る程、社会は進んだのか?、と驚いた。私は性別訂正ははじめから無理だと思ったから、せめて改名だけでも、と思い裁判所に来たからだ。しかし職員は躊躇する様子もなく、今にも変えられるように話をする。”この夢が醒めないで欲しい”そう切に願った。でも、私は切り出した。「性別適合手術をしなくては、性別訂正が出来ないんじゃありませんか?』すると、キョトンとした顔をして、少し待つように言われ、資料を探しはじめた。それでやっと戻ってきた職員は、私に「やはり性別適合手術をしていないと無理みたいですね」と言った。私のかすかな「希望」は断たれた。やはり「夢」は醒めた。だが、それはこれから私が変えてゆけばいい。職員の言うには、改名の手続きには、「名の変更許可申立書」と「戸籍謄本」「収入印紙800円分」「切手1040円1組」「80円切手3枚」「10円切手1枚」が必要だという。私は職員から「名の変更許可申立書」を貰い、その場を後にした。郵便局で収入印紙と切手も揃えた。そして、市役所に「戸籍謄本」を貰いに行ったのだが、私の本籍は、この市ではない。本籍でないと、「戸籍謄本」を貰えないと言われた。仕方なく、本籍から郵送してもらうことにした。だが、私は一歩踏み出せた。私は歩いて行こう。これからも、この先も。自分に負けないように。社会に負けないように。
2007年10月22日
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頑張らなきゃ。自分の「性」を取り戻す為に。
2007年10月22日
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レールに乗らなくていいんだ
2007年10月21日
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自分の可能性を信じたい
2007年10月20日
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自分だけは、自分を裏切らない
2007年10月19日
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今日、実家から両親が初めて私のアパートに遊びに来ました。そして一緒にイオンに行って。でも、私のGIDの事を認めてくれていない両親と一緒だから、両親がトイレに行っても、私は女子トイレにも男子トイレにも行けずに困り、見たいレディースショップも、お店に入ることさえ出来ずにいました。学生の頃を思い出しました。買いたい洋服があっても、「女性服」というだけで、お店に入る事さえ許されなかったあの頃・・・。忘れかけてた哀しみが、ふつふつと湧いていました。CDショップを一人で見て戻ると、母が一人で若いレディース向けのショップで服を見ていました。「この服、これからの季節あったかそうだね。」って言いました。母が着るには若すぎるんじゃないかと思いながらも、「そうだね。」って言いました。 そしたら母が私に、「お父さんに秘密で、買ってやろうか?」って言ってくれて!!どれが似合うか一緒に探してくれたんです!!試着室で、母にどっちが似合うか聞いたり。店員が話しかけてきて、私を女性のお客さんとして母に話しかけてきても、話を合わせてくれたんです!! そして、母が生まれて初めて、私に女性物の洋服を選んで買ってくれました!!私はもう泣きそうなくらい嬉しくて!!母が私をはじめて受け入れてくれた気がして。私は帰って、一人で洋服を抱きしめて小躍りしました!!この服を、私一生大事にしようと思います!!「宝物」にします。 本当に長い年月がかかったけど、やっと一歩踏め出せた気がします。今まで私を支えてきて下さった方々に感謝の気持ちでいっぱい・・・。たくさん、家族の悩みを一緒に考えてくださった友人に感謝の気持ちでいっぱい。私は、また歩き出します!!自分と向き合って。皆さんと向き合って。社会と向き合って・・・。
2007年10月17日
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今日、以前交流のあった、人権同和の仕事をしている中学校の教諭をしている知人に会った。私がこれから起こそうと思っている「行動」について話をさせて頂いた。私の意見についてその知人は「するどいねぇ」と、何度も言って下さった。仕事や勉強については一度も褒められた事の無い私。だけど、こと人権についての話になると褒めて頂ける。ありがたいことだ。私は決心した。そして「行動」を起こす事に決めた。私の生まれた、この宮崎から。またゼロからの始まりだ。手を合わすように丁寧に、ゆっくりと歩き出そう。私の「闘い」が、またこれから始まるのだから・・・。
2007年10月14日
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私には「使命」があります。「社会を変える」という「使命」があります。それをどう施行していくかが、今後の「課題」です。
2007年10月13日
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私に「少女」だった頃はない。「女」として生きられるようになったのは、「おばさん」と呼ばれるのに近い年齢になった頃だったから。私は幼い頃、とても好きになった一人の男の子がいた。同じ部活の先輩だった。その先輩は、とてもスポーツが出来て、今思い出せば、とても女子にモテていた。その「少年」が、付き合った女の子は、私の幼なじみだった。来る日も来る日も、二人は並んで楽しそうに通学路を帰っていく。私はそんな二人を、ただ哀しそうに見つめるしかなかった。そんなある日、「彼女」と「彼」はギクシャクする関係になった。「彼」は悩んでいた。私はそんな「彼」を見るのが辛かった。そんな時、彼は私にこういった。「お前が女だったら、絶対付き合ってたのになぁ・・・。」私は自分の躰を憎んだ。この躰さえ、「女」に生まれていれば、愛してもらえた、好きになってもらえたのに。付き合ってもらえたのに・・・。私は自分の躰を憎んだ。それからも、私は何人もの「少年」と出逢い、恋をした。その度に、自分の躰を憎んだ。この躰さえ、「女」に生まれていれば、こんなにも自分を憎むことも、人を恨むこともなかったのに・・・。私は憎んだ。怨んだ。年を重ねるごとに、その怨みは募り積もって私を押し潰そうとした。だから私は「強く」なった。潰されぬよう、生き抜くように・・・。そして私は「泣かない女の子」になった。弱さも、可愛さも捨てた。私は「強くなった」。憎しみだけが私を大きくした。怨みだけが、私を強くした。そして、「今」も憎しみや怒りが、私を突き動かす。哀しみが、憤りが、私を突き動かす。腫れ上がった「気持ち」に、さらに追い打ちをかけるように、傷口を開くように、傷口をいたぶった。張り裂けそうな痛みに堪え(こらえ)、いつだって、唇を噛んで私は堪えた。今も、そしてこれからも・・・私は痛みに喘ぎ、心の中で泣き叫びながら私は生きていく。私は生きていく。たくさんの「男」たちの、憎い醜態に堪えながら、醜い「男」たちの記憶に、泣き叫びながら、私は生きていく。
2007年10月05日
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私は憎しみを力に変えて生きてきた。今まで生きてこれたのもたくさんの憎しみ、怒り、哀しみ、憤りがあったからだ。私はこれからも生きていける。なぜなら、怒りが、憎しみが止めどなく溢れてくるからだ。あの醜い男のあの情けない男のどうしようもない憎しみが私を押し潰そうとするから。私は「死ねばいい」と、思う。「ぶっ殺したい」と、願う。だから、私は生きていけるのだと思う。あのどうしようもない馬鹿面をあのどうしようもない間抜け面をこの手で殺めるまでは、死ぬ訳にはいかないから。憎しみは止まる事を知らないから。。。
2007年10月05日
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カナリヤが泣いている声を殺して泣いている静かな夜の波打ち際ひとり佇み 眺めてる哀しい景色を 見つめてる迸る汗に 嘆きなど込めないで泣きじゃくる朝に 意味など求めないで濁した水に 優しさなど探さないで言葉が淀んで 泣きたくとも例え 私を殺めても閉ざした心開かないで!!嘆きの人魚が泣いている声を失くして泣いている桜の季節はとうに過ぎ蝉の声が轟く時、近付いてやさしさのベール脱ぎ捨てたなら言葉が遮られぬように 喚きまくれ狂ったように 叫び上げろ雄叫びあげて 飛び越えろこの胸の鉛 砕け散るよう例え 例え、私を殺めても二度と浮かんでこぬように浮かんでこぬように殺しておくれ!!Words by kotonoha*
2007年08月06日
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私がいつか 大人になってこの世界を 変えられるならたくさんの 憎しみをやさしく 洗い流したい言葉はいつも 役立たずで空回り 空の下涙流すのを 許さない私はいつだって 心の奥にたくさんの涙 溢れてたやるせないね 人生という道やるせないね 独りで生きるのは私がいつか 大人になってこの世界を 変えられるならたくさんの 憎しみをやさしく 洗い流したい学生時代の 私を振り返ると涙が止まらんくて 重い心引こ擦りながら 歩いただけど その哀しみが今のあなたを つくってるせつないね 私の人生せつないね 私の過去私がいつか 大人になってこの世界を 変えられるのなら愛を 愛を 愛を唄いたいたくさんの愛を 唄いたいそして 憎しみから 解放されたいことば:kotonoha*
2007年07月13日
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今日は私の失恋記念日。大切なこの日を 大切に記しましょう。生まれてはじめての失恋記念日。大切なこの日を 大切に綴りましょう。私は今日の「こいのぼり運動会」の行事に疲れて、帰れずに玄関の椅子に座ってたら、あなたが丁度仕事を終えて通りかかった。
2007年05月13日
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あなたは可愛そうな人ねそうやって 自ら私と結ばれる幸福をふいにしようとしているあなたは情けない人ねそうして むざむざと私と結ばれる幸福を取り逃そうとしているわくだらない「あの女」の為にあなた自身の 素晴らしい幸福を浅はかな「あの女」の為に素晴らしい幸福をねぇ、ママの声が聞こえないの?いつまで目をつむって見えないふりをするのねぇ、ママ。ママ・・・。あなたは反吐(へど)が出るほどお馬鹿さんね 私という素晴らしい「女性」との幸福棒に振ろうとしているわあなたは救い様の無いお人好しだわ せっかく手に出来る幸福を目の前に指をくわえてるだけなんてくだらない「あの女」のせいで私は平穏を掻き乱されるの浅はかな「あの女」のせいで素晴らしい幸福がねぇ、ママの声が聞こえない?いつまで目をつむって見えないふりをするのねぇ、ママの声が聞こえないの?いつまで耳を塞いで聞こえないふりをするのねぇ、ママ。ねぇ、ママ。ママ。ママ・・・。
2007年04月09日
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たゆたう空棚引く風月は天夜を舞って星屑の楽園踊り狂う北から突風吹き舞い上がる砂嵐風に乗り南へと向かうこころ静かに君想う夜こころ静かに今日を振り返りこころ静かに明日を想うそんな生き方が出来たなら・・・今、あなたの腕の中旋律は跳ね水鏡は弧を、螺旋を描く静かなる大地よ崇め賜え地響きが止み鼓動が止まり空の彼方へ君を投げたならこゝろ静かに目を閉じてこゝろ静かに君、想いこゝろ静かに平和を祈りこころ静かにざわつく心をこゝろ静かに鎮め賜えどうか、この心鎮め賜えWords by kotonoha*
2007年03月30日
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そうして、また今日が終わる哀しみの泉に月が映えまた溢れるのやわらしく触れたなら引き裂いて未来に希望など捨ててしまった孕まないこの空ダきっと もうあなたなど忘れてしまおうきっと まだ捨てられないあの空に帰れないたぶん、そうして日が暮れてだけど私はまだ呆れるほど諦めなくて遠くで聞こえた山びこよあなたの声は空に散り虚しく咽び泣くの答えなど期待してないけどねぇ、同じ答えしか返ってこないわきっと 私は見つけてみせるあなたの腕でやさしく眠るだから 私はあの空に帰るまで我武者らに自分を探すWords by kotonoha`
2007年03月22日
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心にポッカリ穴があいた夜はそっと覗いて心の隙き間にやさしく触れてあげましょう涙で枕が濡れる夜はギュッと自分を抱きしめて幼い自分にやさしく触れてあげましょう言葉なんて 何の役にもたたないけれどそれでも私は叫ぶんだ心の声を 叫ぶんだ雨音が ポツリ、ポツリと聴こえる夜は心の音に耳すまし心の内側 そっと覗いてやさしく抱きしめてあげましょう気持ちがササクレだった夜は嘆きの言葉に耳傾け少しだけ、ほんの少しだけツライ現実、許してあげて哀しい事実を受け入れましょう言葉をいくら重ねてみてもいくらも伝えられないけれどやさしい言葉を紡ぐんだやさしい言葉を紡ぐんだ言葉なんて 何の役にも立たなくても私は叫ぶ 私は紡ぐやさしい歌を 紡ぐんだそう、紡ぐんだwords by kotonoha*
2007年02月26日
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あなたが殺めたのは私の大事な赤子まだ幼い、幼い赤子夜な夜な起きては踞り 蠢いては泣き叫びこの闇は天を裂き頭上高くに降りてくるどんなに打ち付けてもどんなに打ちのめしてもあなたは・・・あなたは・・・ギャー!!迸る醜い汗になど触りたくない 触れたくない絡み合う二つの躰など見たくもない 嗚咽が出るわやさしく誘って噛み切ってあげる懐かしい顔になど二度と会いたくないと誓ったこの傷を見なさいこの傷を見るのよあなたは・・・それでも、あなたは・・・ハァ・・・!!words by kotonoha*
2007年02月19日
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相当疲れているらしい。昨日もお休みで、一日中死んだように眠っていたのだが、今日、たった一日仕事に行っただけで、すごい疲れてしまっていたようで、帰ってきて、8時過ぎくらいから、3時間、眠ってしまっていた。しかし、その3時間というのも、夢は見ていたものの、ものすごく深い眠りについていたような気がする。夢の内容は今までの私の歴代の?片想いの相手がたくさん出てくる不思議な幸せな内容だったのだが、(でも夢の中までも片想いなのが哀しい・・・涙)目が覚めた時、遅刻する!と焦ったのだが、自分が一瞬どこで寝ているかも分からなかったくらいだ。自分のアパートで寝ていたのだが、まだアパートが定着していないらしい。実家の部屋じゃないので、一瞬分からなかった。その上、3時間しか寝ていないのに、8時間くらい眠った気分だった。今日は仕事は随分楽だった一日だった。精神的にも、休み明けで余裕があったし、利用者も少なく、今までで一番早く終わった一日だった。にも拘らず、私は相当疲れていたのだ。一日行ったら休みが欲しいくらいに、一日で力を使い切ってしまう。今日行って、今度は2連休なのだが、それぐらいないと体が持たない感じ。それくらい精神的に一日に使っているように思う。私の同期の、一つ上の女の子は、ここ半月、精神的にまいってしまい仕事に出てこなくなってしまった。私も昨日休みじゃなかったら、本当にヤバかった。何があった訳でもないが、居心地の悪さ、居場所の無さに、頭に血が上って、どうにかなりそうだった。一日中、無意識に歯を食いしばっているので歯も痛いし・・・。体にアレルギー反応が出てしまい、気が変になりそうだった。しかし、ここでどうしても負ける訳にはいかなかった。アパート代を払わなきゃいけないし、父も来月には定年を迎える。私の戻る所はないのだから、、、。明後日からは送迎にも出なくてはならない。人手不足なので次々に仕事を出来るようにならなくてはならないプレッシャーが押し寄せてくる。。。どうにかこうにか、乗り越えていけたら。。。
2006年12月02日
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丁度1年前の11月30日。私は母校の高校で講演をしていた。早いもので、あれから1年の月日が流れた。私は、あの日の講演を最後に、1年強の講演活動を辞め、就職活動に専念した。そして、当初目標にしていた、1、一人暮らしをする事1、正社員になる事1、女性として就職する事1、実家と違う市に暮らす事を、どうにかクリアー出来て9月から今の職場や環境で暮らしている。たった1年強の講演活動だったが、その間、たくさんの方にお声をかけて頂き、いろいろな場所で話す機会を戴いた。本当に、心から感謝している。あれから1年が過ぎようとしていた先日。母校での講演の際に出逢った先生から、お電話を頂いた。講演が終わってからもずっと、連絡を取り合っていた先生だった。今は私の母校を転任され、別の夜間高校の先生をしている。就職活動に専念する事を決めてから、数人の先生からお声をかけて頂いた事もあったが、私もする気持ちになれなかったし、先方からも正式に依頼をしてくることもなかった。しかし、今回は日付まで決めてのお話しだった。来年の1月19日に、と。仕事の事も考慮してくださり、1年前の講演の内容と全く同じで良いとの事。私はまだお話しの返答を返していないが、このタイミングに丁度お話しがくるのは、何か意味があるからなんだろうなぁ、とも思う。仕事も3ヶ月が過ぎようとして、本当ここ数日からなのだが、仕事が少し楽しくなってきた。少し、安定期を迎えられたように思う。勿論、これから覚えなきゃいけない事は山ほどあるのだが、何となく、本当に何となくなのだが、やっと光が少し射してきた気がする。さて、でも今の私に何か伝えられる事があるのだろうか。その高校には100人程の生徒が在籍していて、その生徒と教職員に講演して欲しいとの事。生徒の中には、同じGIDの生徒も数人いるらしい。そこの学校の教職員も、なぜか私を知っている方が多いらしく、今回の話しを頼む流れになったようだ。去年までの私は、実家に住み、男性として働き、男性として生活し、GIDとして生きながら、本当に苦しかった。憤ってばかりいた。しかしそれは、誰にも悩みを、GIDを打ち明けられなかった学生時代に比べれば、随分軽減されてはいたが。それでも苦しかった。そして私は今、ほとんど周囲に気兼ねなく女性として生活出来る環境になり、職場でも幹部以外は、私がGIDということすら知らず、女性として生きている。体と戸籍は「男性」、という事を「隠している」とも言えなくもないが、私にとっては、物心ついた頃から学生時代、そして最近までの、「女性」という事を「隠していた」日々の方が、何百、何千倍も、ずっとクレイジーな毎日であり、「罪悪感」と「苦痛」だらけだった。そう考えると、全て悩みが解消した訳ではないが、母校で講演した頃の私の「想い」を伝えたところで、本当に伝わるだろうか、と思ってしまう。私に今、伝えられる事は何なのか。フラストレーションがほとんどなくなった環境で、まだ何か伝える事はあるのだろうか。確かに細かい事では、今も小さなストレスや憤りは数限り無くある。例えば改名が出来ていないので、レンタル店の会員証を作ることも二の足を踏むし、戸籍が変えられないので、クレジットカードも使い難いし、本人確認が必要な携帯電話ショップにも行き辛い。公的書類を求められる役所や、病院などでも逃げ出したい気分になる。でも、「たったそれだけのこと」なのだ。確かに、体を見ては嫌悪感や悲しい気持ちになるが、学生時代の、本当に誰ひとりにも「助けて」と言えなかった日々に比べれば、自分を責めることしか出来なかった毎日に比べれば、自分を偽ってばかりいた、演じてばかりいた日々に比べれば、そんな不便さくらいは、我慢出来ない程のことではないとも思える。でも、でもね、と思うのは。。。どこまでも自由でありたいと思う気持ちと、そんなのおかしい!と思う根底にある憤りと、もう一つは、今からの子どもたちには、、、同じ想いはさせたくない!って気持ちなのかもしれないね。。。今の私に何が話せるか分からないけれど、もう一度、立ち上がってみようかな。。。?ねぇ、私。*神さま、今日も一日お護り下さい*ことのは。
2006年11月26日
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私が歩んだ道ズボンに黒いランドセル男の子の姿した小さな女の子おさげも許されない女の子憎むことすら出来ないから馬鹿にされても叩かれてもただ、ただ笑ってた誰の目にも映らない私にいつか会えたなら気付いてね恋をしても叶わぬから心に殺してしまった誰にも見えないから演じた気持ち悪がられるから誰も好きになりたくないと思ったどんなに望んでも叶わぬならあなたの隣で歩くのをせめて許してね・・・
2006年11月20日
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あなたは今頃あの娘の部屋で二人、寄り添い寝息をたててそんな恋物語幾つ指折り数え見上げただろう遠い星の煌めき数えるようにあなたに気付いてもらえるただそれだけでどんなに幸せな事でしょうあなたに私が見えるということただそれだけがどれほど幸せな事でしょう手を繋ぐことすら寄り添うことすら許されなくともどれほど幸せな事でしょうWords by kotonoha*
2006年11月20日
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悔しいから絶対負けない負けたくない私って負けず嫌いだったんだぁ。。。生まれてはじめて知ったよby ことのは。
2006年11月15日
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自分を救えるのは・・・ 自分しか、いない・・・。by ことのは。
2006年11月14日
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皆さん、ご無沙汰していました。仕事をはじめて丁度、2ヶ月が過ぎました。やっとネットにも繋ぎ、ブログに帰ってきました。お元気にお過ごしでしょうか。私は・・・。男性ではなく、性同一性障害とも知られず、「女性」として、今、生きています。完全にではありませんが、少なくとも職場では他の女性と変わらず、女性として生活し、公的書類の必要の無い場所では「女性」として生きています。世間では「当たり前」とされる、自分の性を生きるのに、27年の歳月がかかりました。いえ、本当の意味ではまだ始まってもいないのかもしれない。私が「この世」に生まれるのには、産声を上げるのには、一体どれだけの歳月が必要なのでしょうか。私は、今、埋もれています。男性の戸籍を伏せ、性同一性障害という事実を言わず、職場の幹部以外には、「女性」として認知されています。これでいいのか、正直分かりません。だけど、随分心が楽になったのは事実です。いちいち「女性」「男性」かと問われる事も、揶揄される事もなくなりました。でも、例えばレンタルショップの会員証さえ作れません。戸籍が変えられないからです。でも、例えば運転免許証のひとつも見せられません。小さな罪悪感を抱えながら、今、周囲と接しています。だけども、だけれども、学生の頃に、これまでのように、本当は女性なのに「男性」だと嘘をつき通さなければいけない罪悪感よりは、ずっとずっと心が軽いです。私はこれから何処に向かっていくのか。何処に向かって行きたいのか。私の新たな「旅」が始まります。*今日も一日、生きられたことに感謝*ことのは。
2006年11月12日
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やさしく手をかけするりと抜いてかわいい嘘なら小さく疼き言葉の架け橋ちょいと騙し破裂しそうな夢恐し明日に怯える今日ならいらない張り裂けそうな闇昨日にかけてサバイバルの人生なけなしの勇気と踏み出す強さやさしい雨ならいいと思った憤慨する闇夜に凍えそうなの堪(こら)えきれない痛みを抱いて産まれたの独りにしないで明日に怯える今日ならいらない悲しみに濡れた髪やさしく抱いて寂しさでこの胸打ち抜かないでねぇ、歩けるから私、歩かなきゃWords by kotonoha*
2006年11月12日
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女性としての就職が決まりました!それに伴い、一人暮らしをはじめることになりました。しばらくネット環境のない生活を送ることになりそうです。コメントをくださってる皆さま!必ずや、復帰してお声をかけさせて頂きますので、ひょこっと帰ってくるまで、あたたかく見守って下さるとありがたいです。コメントをまだ返せてない方。いつか必ず・・・。また逢う日まで♪
2006年09月06日
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あなたは とても大きな大志抱き 飛び立った それは 遥かなる挑戦果てなく続く 夢行路高く、高く飛べよと、願いを込めてこの空の向こうにあなたがいて今も必死で生きている事実。胸に抱き私は今日も「今」を生きる私が信じるあなたの未来どうかあなたの想いが叶いますようにと産いた芽は いつしか大木となり やがて大きな花を咲かせるでしょう雨の中 風に吹かれて大地にしっかり 根を張って嵐がきても びくともしないそんなあなたが 大好きで山は鳴り 木々が呼んではあなたの木陰になりたいとあなたが教えてくれた「秘密の場所」、今も大切に 心の中しまってはあなたが いつか此処に帰ると願ってる私が信じるあなたの将来あなたはちゃんと 知っていた自分の生きるべき道。見据えた先に 広がる未来大きく繋がる あの空のようにあなたもいつしか輝くでしょうあなたはきっと「大きなひと」になるでしょう
2006年08月22日
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やさしい人よ あなたの中に私がどれだけ いるのかと知った時から 蟻地獄形見を抱いて 伊勢の湾選り取り緑で 手を繋ぎ保っから棒に 咳一つやいよ やいよと赤子が泣けばやいよ やいよと肩下ろす言葉じゃ足りぬ 篭女岩(かごめいわ)滝連ねつつ 般若が寄さぬ未練捨てたは 海の畔(ほとり)君が世に 生きし逝かれし渡り橋。 喰うか喰わぬかけもの道 今は昔の不如帰(ほととぎす)然れど去りぬと 疑うて世は末なぞと 嘆いては言葉の端に 微笑を讃えやいよ やいよの神の声聞きてやいよ やいよと闇混ぜぬ北島に行こうか 行かぬ神頼み。 シリウスに吼える寿の御言 そっと投げれしWords by kotonoha*
2006年08月21日
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あなたは 不思議な人で私はあなたの背中を見守りながらそっと 手を伸ばすあなたの 「本気」が心から哀しいけれど見守る決意は出来てるのどうか生きていてくださいそう、切に願う 命。あなたは若すぎるけど、自分の道を ちゃんと知ってた動機は単純がいいあなたと出逢えて良かったよそして、これからも・・・あなたが言った言葉は到底、賛成出来ないけれどあなたの真剣な眼差しが拒むのを許さない「やさしい人」よ。不器用でも、器用でもあなたに変わりは無いのだから愛しい人に生きていて欲しいそう願う気持ち、切に。どうか命を護りたまえこの世に銃が無くなる日が来てもあなたはまだ闘うの?だけども拒めないのはあなたが選んだ道だからどうか、命を護り下さい、と・・・。Words by kotonoha*
2006年08月19日
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重ねた年月 日付が変わり新しい朝 迎える今日祝福される 喜びと生かされる此の日に感謝を捧げあなたが今でも私を想ってくれてる事実私は深く深く感激し足りない言の葉埋めるのですあなたという人のあたたかさ。触れては私の心にポッと、蝋燭年の数だけ 灯っては明るく照らし揺れるのです届かないようなあなたと繋がる私の手と、あなたの手ぬくもり感じて感謝を捧げ唄いましょう開けば其所にあなたが居て私は嬉しさで心躍り、幸せにパァッと明るく笑顔零れてあなたという人の深さに、感嘆こぼれて微笑み溢れこの言の葉「届け」と言葉を紡ぐやさしい気持ちになりました嬉しい気持ちになりましたはぁ~、と深い幸せ零れあなたの「深さ」を知りました。あなたの「慈悲」に打たれありがとうの言の葉を。あなたの元へ感謝の言の葉を。言い尽くせない・・・ 「ありがとう」Words by kotonoha*~今日と言う日に 飛び切りのサプライズをくれた 「東京の姉御♪」に、心から感謝を込めて捧げます~
2006年08月15日
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今日を過ぎればまた一つ年を重ねてあたしは ひとつあの空に近付くだけども笑顔で流るる雲はやさしく祝福をあの突き抜けた青は光を洩らし捧げた唄が響くよHappy バスでまた新しい街風に吹かれて行くよ 広がる世界(けしき)空へと続く架け橋昇り 幸せで笑ってる日めくりカレンダー破れて あたし産声上げた 戦火の跡平和のひと、よだけどもあたしは歯を食いしばり闘うことをやめないのは翳した掌の先光が射す日を信じてるからねぇ、歌を唄って?Happy バスで永久(とわ)を知らない道挑み行くよ さぁ、続くよ 広がる世界トンネル抜ければほらね、眩しく光Happy バスで緩やかな平坦な道岩のようなゴツゴツ道雨、風、太陽射して何処へ行こうか私次第の地図私だけの地図Happy バスでHappy バスでHappy birthday Words by kotonoha**神さま、今日も一日、いのち、へいわ、お護り下さい*
2006年08月14日
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昨日は、本当に驚く程タイミングの良い事が重なった。直感で日取りを決めた岡山の病院行き。岡山の病院のタイミングの良いお盆明け診察。ありがたい医師の都合あわせ。高速バスの予約のタイミング。面接日をずらしてもらわなきゃと思ってたのに、先方から丁度ずらしてくれて。面接にも岡山にも行けて。タイミングの良い、知人からの電話。タイミングの良い、職安への電話。もう本当に感謝!って思った一日だった。これからも前向きに、前向きに♪明るく、楽しく♪*神さま、今日も一日、いのち、へいわ、お護り下さい* ことのは。
2006年08月12日
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汗だくの朝蝉が夏を知らせ飛ぶようにカレンダーはめくられていくお気に入りの音楽聴きながら今日もどうか平和でありますようにカーテンが揺れ風鈴が鳴く朝*神さま、今日も、いのち、へいわ、お護り下さい* ことのは。より
2006年08月11日
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優しい手で キスをして頬伝う汗 撫でないで君とボクとの数珠繋ぎ痩せた背中に 羽根広げ音の葉のせた 音譜を辿るその指先に 蠍が一匹撫でないで 離さないでボクのワガママ聞かないですっ転んで でんぐり返って気を伝う幹 やまないで、雨やさしさが 裏返って汚い言葉吐き出して余所見した空、追わないでちゃんと仕舞ってグルグル巻きに縛って其の身を削ぎ落として儚気で 壊れそうでそれでいて逞しい夜の月に 隠す本音水澄ましが泣いている、青
2006年08月07日
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挑む、いざ就職朝早く目、覚まし今日も頭のテッペン突き抜けて「おはよう」の挨拶太陽に祈りお気に入りの音楽さぁ、歩き出そう*神さま、今日も、いのち、へいわ、お守り下さい* by ことのは。
2006年07月30日
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心を静かにする頭を空っぽにする静かに呼吸し、宇宙を感じる心をゆっくりと覗き込むんだその手で、そっと開いて 見つめるんだ映るだろう?君自身が向き合うこと忘れずに向き合うこと恐れずにまっさらな自分がそこに居るはずだから呼吸の音だけ静かに響くよ邪険な魂、寸止めて君は真っ暗なブラックホール鏡の前に立っている静かにそっと直視する落ちた石ころは自分の手で拾い上げるしかないんだよほら、手を伸ばして掴み上げてごらん翳した其れは、「宝石」向き合うんだよ、恐れずに見つめるんだよ、逸らさずに闇の川底 手探りで探した重い「石ころ」は、キラキラ輝く「星屑」キラキラ輝く「原石」さぁ、拾い上げるんだWords by kotonoha*
2006年07月27日
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闊歩する足取り確かに 大地踏みゆるやかに舞った白い布(きれ)歩み寄るには憚れて 答えを出すには物足りぬ奥底から沸き立つ声恐れるものなど何も無いそう思う、強さ言霊に乗せて舞うよ 螢の後の蝉時雨「知らぬが仏」噛み切って私は自分の足跡付ける土踏まずこれからは、そう「今」からはしっかり樹木は根を這って奥の底から叫ぶんだ恐れるものなど何も無い強さ。力、拳握り振り翳すは、青。抑えきれない感情論闇雲に恐れるものなど何も無い光、見つめただその先にある「桃源郷」叶え打つWords by kotonoha*
2006年07月23日
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私は護られているだから、歩こう心配などいらない水溜まり ちゃぷんと音立てて宵の明け星に願いをかけ約束の唄遠い過去祈りで夜を灯しましょう雪洞に灯を灯し不安の闇を消しましょう星屑流れて海へと落ちる時キラキラ輝く珊瑚礁私は護られているそう、気付いてただから私は歩けるの雫が一滴ちゃぷんと、落ちた静かな空にくるりと抱かれ朝陽は私にキスをする祈りを灯して護りましょうガラガラと闇は抜け落ちて護りの膝元、眠りましょうあたたかな膝枕浮遊する波飛び散る星の貝私は護られているだから、歩こう不安は海に沈めてWords by kotonoha**いつも此処に足を運んでくれては、 やさしい言の葉くれる「鉄牛/Shining Dragon」さんに、 「護られているよ」と言ってくれた「鉄牛/Shining Dragon」さんに、 インスパイアーされて書きました。 感謝を込めて・・・贈る詩です。*ことのは。より
2006年07月23日
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長く続いた梅雨が明け私の空は青色に輝いて燦々と降るは、太陽迸る汗、拭い虹の向きに体を向けて腹抱えて笑うんだゆらぁり、ゆらり白雲流れ青に溶けたゆらぁり、ゆらり向こう岸の山雨の跡あなたが言った心の梅雨入りは、山越え、谷越えやっと乗り越えたのでした噴き出す汗に「賞賛」を甘美な薫りにやさしさを腹から声出して叫ぶんだびゅんびゅん、ビュンと流れる景色、止めないでびゅんびゅん、ビュンと追いかけて駆け抜けるは風腹から声出し叫び腹抱えて笑うんだあの山の向こう、私は行くよ。さぁ、スカート振りながらWords by kotonoha**いつも此処に足を運んでくれては、 コメントしてくれる「アポロン1382」さんに、 掲示板に、「早く詩が見たい」と気遣ってくれた 「アポロン1382」さんに、 感謝の言の葉込めて・・・詩を贈ります♪*ことのは。より
2006年07月22日
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ここ最近、雨の日が続いている。でも、心は明るく照らして行こう♪*神さま、今日も、いのち、へいわ、お守り下さい*ことのは。
2006年07月22日
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莫大な資料の山。すごいなぁ、と思う。知人の所でバイトをさせてもらうようになって、書類の整理をしている。接客しか経験の無い私。なかなか楽しい。ちょっぴりOLになれた気分?それにしても、本当に色々な勉強をしている方なのだなぁ、と、書類を前につくづく思った。私も近付きたい。少しでもそんな私になりたい。フットワークは軽く。*神さま、今日も、いのち、へいわ、ありがとうございました*by ことのは。
2006年07月21日
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雨が降り天気雨。私の心も天気雨。降ったり止んだり忙しいの平穏を取り戻せたらいいのに*神さま、今日も、いのち、へいわ、お守り下さい* by ことのは。
2006年07月13日
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扉を抉じ開けたくて何度も何度も体当たりしただらりと血が滲んでも私は見つけたいの私の出口は何処!?光は射してるのにこんなにも真っ暗な部屋の中盲目の私吐き出したい言葉が溢れて塗れて飲み込まれそうになるの早く出口を見つけなきゃ溺れてしまう私の出口は何処よ!?もう足元まで押し寄せてる早く鍵を開けなきゃ押し潰される息が苦しい私の出口は何処にあるの!?苦しいため息に割れる声ねぇ、出してねぇ、思いきり ねぇ、イッて!ねぇ、叩き割るわよ!!Words by kotonoha*
2006年07月11日
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昨日と今朝と、どうも寝起きが悪い。頭が重いというか、心が重いというか。こんな日はクラシックでも聴きながら、心を癒そう。静かなピアノの音色が少しだけ、気持ちを軽くする。そういえば、今日は七夕。外はどしゃ降り。今年も二人は会えないのかな?*神さま、今日も、いのち、へいわ、お守り下さい*by ことのは。
2006年07月07日
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あなたは とてもやさしい人で私はどれだけ救われたことでしょう旅立つあなたに私が出来るささやかな贈りもの幸せなるため生まれたあなたその足で、しっかりと大切な者の元 向かうチカラ今、真っ直ぐ見つめる瞳の先あなたの想いがいつか必ず叶いますように遠い空の向こうにあなたの幸福が待っているのなら祝福の言の葉を何度も泣いてそれでもあなたが決めた「道」だから幸せなるため生まれたあなた結ばれる、その日の為にもう泣かないで 大切なひとあなたはこれからも幸せふりまきたくさんの笑顔ありますように幸せなるため生まれたあなた大好きな地、踏み出し今、大切なひとの元へたくさんのありがとうをあなたの願いがいつか必ず叶いますようにあなたの門出がいつか必ず幸せに繋がりますように・・・Words by kotonoha*
2006年07月06日
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