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税多似重山 貪官如牛毛朱門酒肉臭 路有凍死骨
2009/11/01
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いよいよイスタンブルも冬。ここ数日雨続きで気温もぐっと下がってきました。10度前後ぐらいでしょうか。
2009/10/31
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今日は大学で勉強の日。2リラの学食目当てなんですが、今日ははずれでした。べちゃーとした冷たい茹でホウレンソウなんて最悪!
2009/10/24
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前回留学中立ち上げたきり放棄していたブログを再開。論文執筆で産みの苦しみの真っ最中。。。
2009/10/23
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そもそも何で今回ギリシアに行こうと思ったというと。当初は北部のテサロニキあたりを巡ってビザンツ建築を一個一個つぶしていこうかなあと思ってたんだけど、あまりにもトルコからの交通の便が悪すぎて断念。じゃあ涼しいうちにと東部のディヤルバクルら辺に行こうと思ったら、こちらは政府軍とゲリラの戦闘激化とのことで自粛。そんなこんなで行き先が決まらずにいたら、出発2日前にちょっと手に取ってみたのが「ギリシャを巡る」っていう写真集。トルコに発つときに成田で買った本なんだけど文章もついていてきれいなガイドブックのような装丁です。んでこれに煽動されてエーゲ海に向けて出発してしまいました。あまりにも写真がきれいで、ちょっと行ってみようと思ったわけ。でギリシアに入ったときの第一印象はとにかく「きれい」ということ。空港ビルってアタチュルクからヴェニゼロスに名前を変えると変わるもんですね。EUはちがうなあとしばし感激。アテネに向かう高速道路にしてもトルコみたいに穴は開いてないしがたがたしてないし。まあこれはオリンピックの時に整備したんでしょう。町並みもコンクリートの固まりには変わりないんだけど、看板のレタリングセンスとかディスプレーが我がトルコより5段くらい上をいってるわけですよ。たぶん近代国家として発展してきた期間の差(ギリシア170年トルコ80年)とか、脈々と受け継がれてきた文化があるかとかそういうとこの差なんでしょう。トルコは近代国家になる際にオスマン期のものを全否定してしまったので、文字すら一から作らないといけなかった。一方ギリシアはギリシア正教という枠の中で民族復興を志して国家を形成したので文化の堆積している度合いが違う。そうそう宗教といえばギリシアの民族意識の核はやっぱり正教会です。他のヨーロッパのどこよりも教会が根付いているという気がします。一方トルコは厳格な政教分離政策をとってイスラームの影響を極力排除しています。ただそうするとそれまでに培った文化を継承できないでしょう。宗教の生み出した文化って大事だし、社会の根幹です。無宗教社会みたいな印象のある日本にしても、お寺あり神社ありでお祭りとかにしても宗教行事でしょう?かといって現在のトルコのイスラームが文化復興とかそういうことをやっているかというと結構疑問なんですがね。他のイスラム諸国の様子を見てきてこの点についてはまた考えます。なんだかまとまりがなくなってしまった。ギリシアについてはまたつらつらと書いてきます。
2005/05/07
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ギリシアから帰ってきました。うーん帰って来るというのも変な表現かも知れないけど、言葉がわかるっていいね。ギリシアはトルコのとなりなんだけどやっぱりEUだなーという印象。基本的な部分は同じなんだろうけど「見せる」ことがうまいです。建物なんかもコンクリート躯体の施工水準なんかは変わらないんだろうけど、その上に外装材を張ったり漆喰を塗ったりして上手く見せている。国のイメージ造りもせこく上手にやっていて、ギリシア神話と青い海みたいなきれいなイリュージョンを欧米にばらまいているのかな。正直観光するならトルコの方が盛りだくさんだけど、イメージにつられて観光客はやってくるようです。またぼちぼちギリシアの印象書いてきます。あー、でもめしはうまかったー。トルコ人はあれを学んでほしいな。
2005/05/05
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いやー1ヶ月以上放置してしまった。その間激しく旅行してました。アンカラにもいることはいたんだけどこれだけ間があくとねえ。また明日からはギリシア行ってきます。エーゲ海の島巡り! をてっちゃんと。なんで男とこんなことせないかんのだとふたりで文句を言っている状態。ま、将来のための下見ということで。
2005/04/27
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見てきました。クリントイーストウッド主演監督でアカデミー賞をいくつかとった作品。いつものように英語を聞きつつトルコ語字幕読みつつだったんでちょっと完全に理解したとは思えないけど結構いい映画でした。前半のサクセスストーリーみたいなのから後半の急展開がありえなくてちょっと沈んだ気持ちになるけどオススメ。
2005/03/11
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最近トルコを騒がせていた偽ラク事件についてちょっと紹介。ラクというとギリシャのウーゾとかと同じ系列のブドウの絞りかすから作った蒸留酒にアニスでフレーバーをつけたこっちではビールと同じくらいメジャーなお酒なんだけど、これの偽造が出回って今トルコは大騒ぎ。そもそもの事の発端はイズミルの工場から本物のシール数十万枚が盗まれて、確か東部の方の偽造工場で本物そっくりに作っていたらしいんだけど、これに経費削減のため(!)メチルアルコールを加えたもんだから今人がばたばた死んでます。正確な数は把握してないけどもう30人以上は亡くなったみたい。実は今回話題になった銘柄が今部屋の冷蔵庫の中にあってちょっと不安。しかも北キプロスで買ってきたやつだしね。皆さんもトルコでは注意してください!
2005/03/10
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突然ですが。トルコ語の'Yeme beni'の直訳。意訳すると「まったまたー」みたいな感じ。面白かったんでちょっとタイトルにしてみました。他意はございません。
2005/03/03
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今日からちょっとずつ新聞の記事を読んで内容を紹介していこうと思います。自分のトルコ語の練習にもなるしね。てことで初回は知る人ぞ知る左派ケマリスト新聞「Cumhuriyet」より、アルメニア問題がらみの記事です。トルコのEU加盟に反対するドイツ与党のキリスト教民主同盟は、第一次世界大戦時のいわゆる「アルメニア人大虐殺問題」に関して、これを未だに否定するトルコ政府に圧力をかける法案を提出したとのこと。これに対し在ドイツのトルコ大使は、「これは平和と寛容を旨とするEUの趣旨に反する」「先入観と誤りに満ちた法案だ」とのたまったそうな。ここで注目したいのが「アルメニア人大虐殺問題」自体を否定しなかったということ。ということはついにトルコ政府も肯定とは行かないまでも黙認程度までには譲歩することになったのかな?ドイツもドイツでEU加盟に反対したいあまりにアルメニアを引っ張り出してくるのもどうかと思う。素直にイスラームだからいやだって言えばいいじゃん、ねえ。
2005/02/28
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午前中授業のオリエンテーションに出たあと、帰り道で友達の韓国人に久しぶりにあったので、ゲットしてバックギャモンしてきました。トルコではカフェには必ずバックギャモン(タブラという)があって、超メジャーな遊び。結果は5-0で圧勝してチャイ代は出してもらっちゃった。まあ40円なんだけど。でそのあと一緒に飯食ってたらおまえはほんとに韓国人っぽいなあといわれた。こないだはトルコ人にもうおまえはトルコ人だと言われるし、ちょっとうれしい半分アイデンティティーの危機のような気もする。全然関係ないけど韓国人と英語でしゃべるのはすっごいしゃく。トルコ語で話すのはもっと変なかんじがするけど。
2005/02/25
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フェネルバフチェとサラゴサの試合をやってたので寮の食堂のテレビで観戦。前半にフリーキックで点入れられて(フェネルが)1-0で折り返したんだけどあとは見る気がしなかった。前日見たバルサなんかに比べると明らかに質が低くて、フェネルはこんなもんかってちょっとがっかり。で、後半はもう見ずに寮に帰ったんだけどちょっと事件が。学校中が停電!当然テレビも全部落ちたわけでキャンパス内からはまじで絶叫が聞こえました。トルコ人はやっぱり熱いです。
2005/02/24
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無事アンカラに戻ってきました。旅行中の事なんかをぼちぼちアップしようかなと思ってます。楽しい旅行でした。
2005/02/21
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レポート忙しくて時間はあるのに日記書く気になりません。現在ゴシックに関するものを執筆中。13世紀の建築家のスケッチブックが残ってるんだけどそれに関するものです。いやトルコなんかだとほとんどこういう史料がないからヨーロッパうらやましいです。もう一個はあんまり手を付けてないんだけど18世紀オスマン建築の研究家モーリスチェラーシに関する考察。金曜までに英語で10枚書いてしかも発表の準備せにゃいかん。しかも金曜はイスタンブル行きます。土曜からはドイツ!一ヶ月ほどドイツスペイン旅してきます。
2005/01/10
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日本で応募したものの、全然返事が来ないために辞退した「トルコ政府奨学金」。なんと今頃返事が来ました。しかも辞退したはずなのに受給オッケーとのこと。どうなってんですかね。そんなわけで「国民教育省」に行ってきました。名前はごっついのに行ってみると何とものどかなところで、一昔前の村役場のようなところ。当然の事ながら皆さん仕事はしてなさそうです。サインをもらいに行ったお偉いさんはたぶんインターネット対戦のチェスをしていたし、書類をもらったとこではアイヴァというリンゴのような果物を皆さんで食べていたのでお裾分けを戴きました。まあ、部外者が行く分には気楽でいいんですが、あんなに仕事しないせいで役所が機能しないとなると、国民たまったもんじゃないでしょう。日本のお役所は優秀です。で、もらった額はなんと!235000000TL!って18000円なんですけど。それでも7月まで月々100ドルくらいもらえるようです。でけーでけー
2004/12/27
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アンカラ大日本語学科の女の子の誕生日パーティーをやるとのことなので、参加してきました。ごくごく内輪の集まりかと思ったら、先生まで来て50人くらいの大集団でした。行った場所はごくふつうの「カフェ」なんですが、ライブもあってみんな踊りまくってました。トルコで言うカフェとは「ケバブ屋じゃないところ」のことです。お酒も出たりでなかったり、水ギセルがあったり、おやじがバックギャモンをしていたり、一概には分類不可能な場所です。とにかくみんなのテンションがすごくてちょっとついていけなかった!なんでトルコ人はあんなに踊れるんでしょう?特に短調のトルコポップでも踊りまくれるのは脅威です。
2004/12/25
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日本ではクリスマスです。ヨーロッパでもクリスマスです。でもトルコにはクリスマスは当然、ありません。そんじゃあんまりだってことで留学生で連れだって中華を食べに行きました。友達の中国人の知ってるお店だから激安です。おなかいっぱい15品くらい出てきて10ミリオン、つまり750円!麻婆定食の値段ですね。クリスマスっぽくないけど、トルコなんだからこれで良しとしましょう。
2004/12/24
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日本を出てから早3ヶ月半、全く髪を切っていなかったので床屋に行って来ました。行くと言ってもキャンパス内にあるのでとても便利です。なぜこんなに、長い間髪を放置していたか、それは床屋さんの「技量」の問題です。日本を出る前にさんざんトルコの床屋の悪口を聞かされていて(左右対称に切れない)、ちょっと敬遠していたのですが、ものは試しで切ってきました。で結果なんですが、うん、いいんじゃん?だいたい日本でも最近は1000えん床屋ばっかりだったから同じようなもんです。いや、1000円床屋よりいいです(笑)。5ミリオン、だから400円しないくらいでちゃんとシャンプー付き。そりゃあ、トップクラスのスタイリストを追求するならトルコでは難しいかも知れないけど、別に気にしなければなんてことありませんでした。髪と言えば先日寮の受付のお兄さんに、「ドイツで薬を買ってきてほしい」と頼まれました。でなんの薬さ?と聞いたら、「髪の薬」とのことでした。日本でもおなじみ、ロゲインです。トルコ人はすっごく若はげが多いです。たぶんシャンプーと水質の問題なんでしょうがほんとに多いです。寮の兄さんも30才を前にしてイッてます。私もはげるのはいやなのでちゃんとシャンプーは高級品の「ダヴ」使ってます。ちょっとスーパーの安売りは何入ってるかわからんからねえ。で、ロゲインなんですがトルコのロゲインは「サハテ」、つまりコピー商品らしくて効かないんだそうです。おい、コピーは効かないんかよ!私の「ダヴ」も偽物だったらどうしよう?
2004/12/23
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一月二月の休みにヨーロッパ(ってトルコもヨーロッパ?)に行こうと思うので、ショッピングモールのアルマダに行ってガイドブックをゲット!ドイツとスペイン買いました。ついでにフランス語をも一回やろうと思ってフランス語のテキストもゲットしました。トルコでフランス語やるのもなかなかシュールだけど、ちょうどフランス人もいることだし、滞在中に一回はフランス行くだろうからいいでしょう。でもなんだかんだで13000円分くらい本買ってしまった。少しは節約しないと。と思っても下のスーパーに行ってみるといかが売ってたので晩ご飯はいかの素揚げにしようと思って買ってしまいました。いかはこちらでは「高級魚」です。二杯で500円くらいします。で、当然ワインも買ってひとりリッチに夕食食べました。全然節約してないね。
2004/12/20
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夕方一学期だけで帰る留学生のためのさよならパーティーがあったので行ってきました。ただで酒が飲めるっていいですね。んで、終わったあとにアメリカ人連中は街に繰り出して行ったので、俺らも出ようやってことでドイツ人のマーティンと一緒に遅れて街へ。ホントはあんまり、というか絶対にアメリカ人とはつるみたくないので、別のとこで飲みたかったんですが、まあ彼の希望でとりあえずアメリカンのバーにまでは行きました。場所がわからなかったので高校生ふたりに連れて行ってもらったのですが、これがまた愉快な連中で、こっちの方がいいやってことになって、彼らとそのうちひとりのおやじさんと別のとこで飲みました。バーとは言ってもちょっと一昔前の共産圏風怪しげな場所だったので、ドイツ人の方は結局アメリカンの方に流れてしまったんだけど、私は当然トルコ人とトルコ語で話している方がいいので、2軒目に。あ、ちなみにトルコは飲酒18才からなので高校生でもオッケーだそうです。で、連れて行かれたのがなんとゲイバー!ゲイバー初体験をアンカラでしてしまいました。てゆうかおやっさん高校生の息子をゲイバーに連れて行くな!最初ぱっと見た目には怪しい「お姉さん」がいっぱいいたので、てっきりやばい売春宿じゃんとか思ったのですが、よくよく見てみるとやけに肩幅の広いお姉さんばかりで、実はゲイバーだったという次第です。でこのお姉さんたちがカラオケみたいにして歌っているんだけど、地声で歌ってるもんだからキモイです。いやー、ニューハーフにしても日本の方がレベルが高いですね、詳しいことは知らないけど。で、高校生の息子達の方もひきまくりですぐに店は出ました。おやじの息子とか顔引きつってました。そりゃーそーだろー。でもお父さんの妙にうれしそうな顔が印象的でした。おとーさーん!ゲイバー出たのが1時半過ぎだったのでもう足がなくて、結局お父さんの家に泊めてもらう事になりました。いやートルコ人っていいですね、こういうとき。ところがお父さんの方はもう一軒行くと言い出して結局家には息子のフェルハットと一緒に帰りました。で、お母さんが出てくるわけで、、、ちょっと気まずかった!お父さんは結局もっと遅くに帰ってきたらしいんだけど、何してたんですかね。まさか、、、まあフェルハットとは仲良くなったんで今度はゲイバーじゃないとこに遊びに行きます。
2004/12/17
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晩飯にハンバーグ作って食べたあとに、向かいの部屋を訪問。ホントはお裾分けのつもりだったんだけど、もう晩ご飯食べてて、いらないとのことでした。で、当然のようにビールを飲みながらトルコ語会話実践編です。この日話題になったのがタシャックという単語。語源的には「小石」なんですが、英語のbollocksと一緒です。この小石は使い方によっていろいろ表現ができるらしくて、「小石付き」だと生きのいいみたいな意味らしいし、非常に便利です。うーん、トルコ語がどんどん乱れていく!
2004/12/13
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学校の留学生ツアーでコンヤに行ってきました!コンヤはセルジューク朝時代の首都で、数多くのモスクや、学院のマドラサが建てられた街で今なお宗教的な中心でもあります。この日はメヴレヴィー教団の「セマー」が行われる日で、世界中から巡礼がやってくる日です。セマーとは音楽に合わせて旋回しながら踊る修行法で、白いスカートのような服をひらひらさせながら踊る様は有名です。前々から見てみたかったのでちょうどいい機会でした。さて、おんぼろスクールバスに乗ってコンヤを訪れた我々はまずメヴラーナ博物館へ。ここは教団の創始者にしてペルシア文学史上最大の神秘詩人といわれるルーミーの墓廟です。彼はアフガン出身ですが13世紀の動乱の中でコンヤに移住してきたんだそうです。墓廟はセルジューク末期の墓廟の隣にオスマンのマスジドがくっついた非常に興味深いもので、特にセルジュークの方はイランの影響を非常に強く感じさせます。あと9世紀のクーフィー書体のコーランとかすっごいものもありました。でも皆さんフラッシュを焚いて写真撮影しているようで、一体いつまで持つのか不安です。肝心のセマーですが、これは寝てしまいました。結局ずっと回ってるだけじゃん!まず場所がひどくて文化センターを新築したはいいけど超突貫工事で施工はむちゃくちゃ。というかまだ建てかけでした。ホールもなんというか体育館みたいなところで、本来の場所だった現博物館には比ぶるべくもありません。セマーも全体的にアクセントがなくて単調。うーん、こんなもんなんですかね。そもそもコンヤのセマーは教団員の修道僧ではなくて、職業的ダンサーだともいいますし。今度はイスタンブルのテッケ(修道場)で本物を見てきます。
2004/12/11
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本日の2つある授業の両方でレポート提出!ここ一週間地獄でした。ねむい。何でトルコに来てまで、そして院生になってまでこんな思いをするんだろう?思い出ですかね。今日はアンカラジャズフェスのODTUでの最終日で、日本のバンドを聞きに行きました。中村達也っていうドラマーの率いてるのなんだけど、とにかく全員テクニカル!ドラマーのおっさんが特にすごくて、今まで見たことないくらい手動いてました。クラシックギター界でもそうだけど、日本人は器用だよなー。レポートも終わったことなので明日からイスタンブル行ってきます。久しぶりに「まち」満喫してきます。
2004/12/03
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第三回アンカラジャズフェスティバルに行って来ました!って、学校の文化センターでやってるんだけど。こちらは日本みたいに民間の設備が整ってないので、こういう催し物は公立か大学の施設を使うようです。さて、肝心のコンサートですが非常によかった。まず値段が安くて600円しません。おまけにメインのトランペッターのおっさんも上手かったし。CDも買っちゃいました。いろいろと安上がりな娯楽を楽しめるのはトルコならではです。
2004/11/26
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夕ご飯にかぼちゃを炊いて、ネギと鶏肉で中華炒めを作りました。例のドイツ人とその友達のトルコ人を招待しての夕食会です。結構おいしくできたので彼らも喜んでくれたようです。こっち来て日本人以外にご飯を作ってあげるのは初めてでした。うーん料理は楽しいね。なによりトルコ料理じゃないものが食べられるのがいいです。
2004/11/25
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ここODTUでは毎日大講堂で映画をやってます、有料で。学校の企画した教養講座みたいなものでは全然なくて、切符切りからポップコーン売りまでいる本格的な「事業」なのです。お値段も200円しないくらいで、最新のちょっと遅れくらいの映画を見られるのでとってもお得。そんなわけでこの日は「着信アリ」を見てきました。着信アリといえば柴咲コウが主演したホラーで、日本でも話題になっていたと思うのですが、ホラーはちょっと敬遠気味なので見てませんでした。アジア大好きのドイツ人ウービーに誘われていってみると、待ち受けていたのは大量の三国人!ここでいう「三国人」とは石原慎太郎チックな意味ではなくて日中韓国人のことです。なぜかトルコにまで勉強しに来ている中国人韓国人は結構多くて、友達になってます。やっぱ文化が近いと意思疎通はしやすいし、漢字は使えるし楽ですよねー。ちょろっとかじった韓国語を駆使!もいたします。おっとけーとか。(韓国語といえば日本語トルコ語と共にアルタイ語系言語で彼らにとってトルコ語はむっちゃ簡単らしいです。まあ英語に比べてだろうけど。私はトルコ語と韓国語やってみて韓国語の方が日本語的なニュアンスを出しやすいかなーと思います。だよねー、みたいな表現はトルコ語でできるのかな?)こっちで映画をみる上で、私たち留学生にとって困ることは字幕が「トルコ語」だということです。そんなわけで今回は映画の途中で解説及び同時通訳を挟みながら、の鑑賞になりました。映画自体は非常によかった!いままでホラーを馬鹿にしててごめんなさいです。心理的な要因を絡めながらの最後のシーンはいろいろと解釈できるもので、見た後にみんなで話し合いましたが結局よくわからないところもまたグッドです。リングとかもみてみたいなー。
2004/11/22
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午前中はニコシア観光しました。大統領官邸の横に巨大なマカリオス像が立っていたのが印象的。マカリオスはギリシア系の初代キプロス大統領です。結局やってることトルコとかわらんなー。お昼にバスに乗って更に南の海岸リゾートラルナカに向かいました。途中の農村風景がトルコや北に比べるとあまりに豊かで愕然としました。家にしてもきちんと施工してるなあって感じでした。ラルナカはとにかく短パンのイギリス人集団であふれかえるリゾートで、なんだか変なところです。ただ9世紀(だったかな)の興味深いギリシア正教会があります。それにしてもギリシア正教会の特徴が未だにつかめない気がします。もっとものを見ないとなあ。夕食は思いっきりリッチにシーフード。トルコなんかでもそうだけどシーフードは基本的に観光客向けの高級食材で、港町でも庶民の口には入りません。ここら辺は魚食文化の日本との違いでしょうか。海辺の民宿とか言ったら絶対日本では肉は出てこないもんね。結局ひとり頭3000円くらい払ったけど満足な夜でした。食後はちょっとトルコでは見あたらないようなおしゃれなアートっぽい喫茶店兼レストランでお茶して、EU満喫しました。
2004/11/17
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半分廃墟のようなギルネの町にうんざりした我々一行は、午前中に中世の城塞を見学した後、南北に分断された町レフコシアに向かい「国境」を越えてギリシア系の南側に向かうことにしました。ベンツのでっかい乗り合いタクシーでわずか30分も走らないうちにキプロス島の中心部に位置するかつての首都レフコシアにつくと、とりあえず北側で宿を見て回りましたが、これがそろいもそろってろくでもない宿ばかりで、普段泊まるような安宿はどこもかしこも出稼ぎと思われる外国人(アラブ系が多い)であふれかえり、お世辞にもきれいで快適とはいえません。そこで国境を越えて南側で宿を探すことに。現在レフコシアにあるチェックポイントは一カ所、中世の城壁の外側にあります。ここに向かう途中、ひとつも案内標識は見あたらず、かつては出入り禁止だった様子をうかがわせます。行ってみるとチェックポイントは何とものどかな雰囲気で、思っていたような物々しさはないものの、EU圏外からやって来た我々日本人は、確認のために30分以上待たされました。EUっていいね。さて南に入ってまず思ったのが「街がきれい」完全にヨーロッパです。ただでさえきれいではないトルコを更に2回ぐらい爆撃して放ってあるような北に比べると雲泥の差です。おまけに空気がきれい。トルコの大気汚染はおそらく排ガス規制の甘さのせいで相当なもんで、北キプロスも同様ですが、一歩南にはいるとEU基準なのでしょうか、クリーンです。線を一本挟んでこうも違いがあると、一体国家とかEUってなんなんだって気がします。さて、南でまず宿を探すことにした我々は、一番安い、と聞いたところに行ってみました。安いというなかれ、北側の高級ホテルなんかよりよっぽどいい部屋とベッドで3人部屋たったの4000円です。なんかねー、とりあえず楽しもう、お湯も出るし、みたいな。北側はたいていお湯は出ません。ただ朝になると南でもお湯は出なくなりました。キプロスでは「お湯」の概念が違うんじゃないかって話も出ました。さて遅い昼食を取ることになった私たちの目当ては当然「豚」2ヶ月以上豚肉を食べていないという異常事態に、特に私たち日本人ふたりは悶絶しておりました。近くのロカンタ、じゃなくてタベルナに駆け込んだ我々は、当然のように「豚の焼いたやつ」を注文します。でも名前がやっぱりケバブなのは勘弁してほしいです。思い出しちまうんだよー、アレを。確かにたまにドネルケバブを食べる分にはいいけど、最近ではちょっと羊の匂いに食傷気味。ギリシア名の「ギロ」の代わりに「ドネルケバブ」なんてトルコ語を南側でも使っているのはいささか驚きではありますが。ただ「トルココーヒー」は「キプロスコーヒー」です。アメリカで「フレンチフライ」が「フリーダムフライ」になったようなもんですね。で、豚を食べたのですが、ああ、感動!あのジューシーな脂身!豚肉を食べて感動できたのは後にも先にもこの時くらいでしょう。豚を満喫した後は博物館に向かいました。キプロスは古代から文明の栄えた地で、展示品も素晴らしく、ひょっとしたらアンカラのアナト●ア考古学博物館より内容がいいんじゃないかな。アンカラのは確かにヒッタイトメインで潜在的にはものすごいんだろうけど、何せ展示の方法があまりよくないし、解説もいまいち。それに比べキプロスの方はおそらくイギリスの植民地だった影響で、分類といい、見せ方といい、見事でした。やっぱり大英博物館を作った国はすごいねってことです。
2004/11/16
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ラマダンあけのバイラム休みをもてあました我々留学生集団は(なんだかうさんくさい響きですね)、三々五々各地に散っていきます。イスタンブルに行くものアリ、アテネに行くものあり、ドイツに帰る人もいます。そんななか私ともうひとりの日本人てっちゃん、そしてアジア大好き25才にしてすでにバーコード頭のドイツ人ウービーは、愛の島キプロスに行くことにしました。キプロスは現在トルコ系住民の住む北側とギリシャ系の南側で分断されている国家です。国際的には北側はトルコの占領下と見なされているため、本当なら入ってはいけません。外務省のホームページにも「はいったらダメよ」って書いてあります。でも、ビザのはんこさえパスポートに押されなければ、現在では問題ないようです。南北の国境、南側の人間に言わせれば分断ラインも今では越えられます。前日の10時半発夜行バスに乗って対岸のタシュジュまでやって来た我々は、高速フェリーに乗り込んで出発を待ちます。さすがはトルコ、1時間遅れで出発し東地中海の大海原に乗り出しました。折悪しくも、途中から強風が吹き始め船はローリングを始めるは、しぶきが吹き付けるわで乗客はみんなグロッキー。係員がげろ袋を配る始末です。高速でぶっ飛ばすだけあって、2時間くらいでキプロスには着くんですが、とにかく揺れはきつい!ありゃ冬の日本海でフェリーに乗ったときの揺れ以上かも知れません。さて、昼過ぎについた我々は「税関」を通るわけですが、ここでは先程述べたように、「はんこを別紙にもらう」必要があります。係のおっさんにそう頼んだら、「なんで?」「おまえギリシアが怖いのか?」「びびんなよ」「パスポートに押すぞ」ってなぐあいでそーとー焦りました。押されれば実質南側の宗主国のギリシアでは入国拒否されてしまいます。おっさん結局冗談だったみたいだけど、まじで心臓に悪いです。旧キレニア、現在はギルネと呼ばれる町から北キプロスに入ったわけですが、とにかく町が汚い!おそらく1974年のギリシア系住民のクーデターに対抗した、トルコ軍の軍事介入と空爆以来北では社会基盤整備が行われていません。はっきり言ってアナトリア東部の状況よりも悲惨でした。まあ、この「国」を支援してくれる唯一の国家のトルコが借金まみれな訳だから、しかたないといえばしかたないです。それでも町の所々にはギリシア系の町並みが残り、トルコの町並とは大きなちがいを見せています。特に広場に教会を配して、パースペクティヴを創り出す手法は、イタリアの町造りにも通じるもので大いに感銘を受けました。逆にトルコの町並みの原理ってなんなんだろうっていう疑問をわいてきました。未だによくわかりません。
2004/11/15
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晩ご飯にカレーを作りました。先日日本から大量に食料品の補給を受けたのでルーはたくさんあります。でもカレー5箱とかあっても帰国までにそんなにカレーするのかって気がします。日本でも結構妹を養うためにご飯作ってたので、こちらでもがしがし自炊するつもりだったんですが、部屋にキッチンがついてなかったり、外食の方がかえって安かったりであんまり料理してません。冷蔵庫の上にむりやり電磁調理器を置いてミニキッチンにしてるけどやっぱり不便。ちゃんとしたキッチンがついたとこに引っ越したいなー。あと微妙にタマネギとかにしても日本のものと違う気がします。炒めてるときの匂いが違うんですよねー。生姜がなかったり、もちろん豚肉がなかったりいろいろ苦労しております。
2004/11/08
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アンカラ大日本語学科の子に誘われたのでペイパザルへの日帰り旅行に行ってきました。集合場所に行ってみると10人中8人が日本人で、アンカラにこんなに日本人留学生がいたのねってかんじでした。ベイパザルにいっても注目浴びまくりで、たぶんベイパザル始まって以来の日本人集団だったんでしょう。ベイパザルはオスマン朝末期の民家が残る町で、いってみればミニサフランボルのようなところ。ただ修復の手が入りすぎていていささか趣に欠けるきらいはあります。
2004/11/06
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今日は午前中から授業。でも18世紀のオスマン史とかよくわからんてー。込み入ったことになると皆さんトルコ語にスイッチしてしまうので目が点状態です。簡単なことならわかるんだけど、抽象的な語彙はアラビア語起源のものが多いからよくわかりません。こりゃ如何と思ったので、授業後に一緒に授業取ってる子と晩ご飯をご一緒して、2時間ほどトルコ語でおしゃべり。やっぱり相手が英語できるとわからなきゃ英語で聞けるから断然楽ですね。東部旅行中より練習になるかしらん。寮に帰ったら日本に留学したいという建築学科のやつに捕まってここでもおしゃべりしました。とにかくトルコ語で話して早くぺらぺらになりたいもんです。のりとか食わせてやりました。味付きのりだったから「鰯みたいな味だ」とか言ってたけど。彼らにとってアミノ酸のうまみは鰯味なんですかね。
2004/11/05
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この日はタクシーをチャーターして50キロ先のアルメニア国境付近にあるアニ遺跡に行きました。アニは10世紀から11世紀にかけて栄えたアルメニア王国の首都で、現在は完全な廃墟です。19世紀末から20世紀初めにかけてのアルメニア人虐殺を巡って未だに仲の悪いアルメニアとトルコのこと、トルコ側のパンフにはこの遺跡がアルメニアの首都であったことは、アルメニアの「あ」の字も出ていません。うーん、難しいもんです。ただ学問の世界にはできるだけ政治を持ち込まないでほしいなー。歴史学なんて政治に直結してしまうわけだけど、研究する側としては不便です。例えばトルコはアルメニアと国交がないから、アルメニア教会を見に行こうと思えば、イランだかグルジアを経由してアルメニアに入るほかないわけです。せめてトルコとギリシアの関係が今日友好的なだけでよしとしますか。大枚65ミリオンはたいただけあってアニは感動的。ぺんぺん草しか生えていない荒野の中にぽつりぽつりと教会の廃墟が残る様は鳥肌ものです。しかも谷の向こうにはアルメニア。いってみなければあの雰囲気は伝わってきません。最近まで国境付近ということもあり、訪問には許可が必要だったようですが、今では完全に自由化されています。みなさんもぜひ。
2004/11/01
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午前中はエルズルム市内の観光です。エルズルムは13,14世紀のマドラサ(イスラーム学院)が多く残るところで、これらに加えて列柱形式のモスクと墓廟を見て回りました。さて、お昼時になって困ったのがご飯。エルズルムは特に宗教的な雰囲気が強くて、みなさん断食しているので、開いているレストランがない!困ってホテルに戻ってその旨を話すと、朝ご飯みたいなものならあるよとのこと。ラマザン中に旅行に来た外国人達もみんな同じように困って、ホテルで朝お昼ご飯を食べるそうです。前日も列車の中でぼりぼりクラッカー食べてたらみんな振り返ったもんね。アンカラ・イスタンブルに比べるとはるかに宗教的です。さて、お昼を食べた後は、少し東に行ったところにある温泉町Pasinlerに移動です。トルコに来てからずっとシャワーで2ヶ月近くお風呂につかっていなかったので、すっごい楽しみにしておりました。行ってみると本格的な温泉で硫化鉄泉、とでも言うのでしょうか、赤茶けたお湯の湯船がありました。うーん、満足。じもぴーとそれこそ裸のつき合いができたし。ただやっぱり日本の温泉みたいにいろいろな湯船があって、ってわけではないですね。温泉を出ると次はもっと東のカルスに向かいたかったわけですが、バスも電車も全然来ないのでしばらく地元の子供達とおしゃべりをして時間をつぶしました。日本人なんて滅多に来ないから物珍しそうにぞくぞくと子供達がわいてきました。東洋人といえばまずジャッキーチェンだ!っていう感じなのでジャッキーチェンはお父さんでおじさんはブルースリーだってはったりかましました。ホントに信じなきゃいいんだけど。仲良くなったうちのひとりに町にあるハサンカレという城址後に案内してもらいました。とにかくこの地域は各勢力の抗争下にあったもんだからたくさん城址が残っています。町でイフタールの夕食を食べた後6時の電車で出発。かれこれ3時間以上待ったわけですがなかなか愉快な体験でした。カルスには夜の10時に着いてそのままタクシーでホテルへ。ふつうはタクシーなんて乗らないんだけど、夜だから仕方ないですね。
2004/10/31
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朝雨が降る中、かすかな期待を抱いてウルジャーミーにむかったものの、やっぱりモスクは閉まってました。うー、また来ねば。今日は電車で東へ300kmほどのところにあるエルズルムまで移動。一日2本しか電車がないので朝9時半の便に乗りました。それにしても電車は安い!6ミリオンだから450円くらいです。バスでの移動も安いんだけど、電車はもっと安くて貧乏人の見方ですね。果てしなく遅いんだけどさ。エルズルムまで8時間くらいかかります。ってことは時速40kmあるかないかってくらいです。ディヴリーを出発してすぐの景色は絶景!!!アルプスの登山列車なんて目じゃないでしょう。ひたすら河が削り取った山岳の渓谷を進むんだけど、ありゃ実際に見てみないとわからない迫力です。しかも途中からはその河がなんとユーフラテス川の上流です。とろとろ進むので、当然途中でおなかも空くわけだけど、ラマザン中だから食堂車に行っても食べ物はポテチか朝ご飯の残りしかありまへん。仕方なくペプシとクリスプス買って朝ご飯兼昼ご飯です。そうそう、朝ご飯もホテルではでませんでした。まあ、1泊900円くらいだから仕方ないけど。なんだかんだでエルズルムには夕方5時に到着しました。トルコの電車は遅れるよ、ってはなしも聞いてたけど、一説によるともう充分遅いからこれ以上遅れようがないそうです。この日も時間通りについたようです。この日は奮発して町一番のホテルに泊まって、町一番のレストランで夕食を食べました。っていっても1泊35ミリオン、だから3000円しないし、ご飯も1000円しないくらい。エルズルムは人口100万人くらいの北東アナトリア一の都市なんだけど、やっぱり物価の安さは魅力的です。うーん、トルコはいいわ。
2004/10/30
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朝一で前日回れなかったUlu camiとGök medreseへ。セルジューク初期のモスクは何というか、シンプル。木造だからがんがん修復されていていまいち面白くありません。やっぱマドラサ形式の方が、中庭のポルチコがきれいですね。特にアーチのプロポーションは感動的でした。どうしてもっと観光客が来ないのかな?10時のミニバスでいよいよ今回のメイン、ディヴリーのウルジャーミーに向かいます。だいたい3時間くらいひたすら山道を突っ走る恐怖の旅。途中から乗ってきたおっさんと仲良くなって日本の物価の話とかおしゃべりしました。やっぱりみんな日本に働きに行きたいって言ってるんだけど、なかなか厳しいよねー、というような感じのことをトルコ語で話しました。うーん、何となくトルコ語上達してきた感じがしていいねー。町、っていっても人口1万人くらいなんだけど、につくとバスに同乗していたシヴァスの大学生の女の子が、「案内してやる」っていうからついていくことにしました。これがイスタンブルだったら絶対最終目的地はじゅうたんやか、ぼったくりバーだから気を付けるんだけど、その点田舎は絶対に大丈夫。その子もスカーフかぶってる宗教的な感じの子だったし。ふつうそういう人は保守的だから、見ず知らずの男性に話しかけることはないんだけど、さすがに東部トルコの人はホスピタリティーにあふれてます。結局彼女のお兄さんという人に町を案内してもらいました。ウルジャーミーはゴシック的な彫りの深さと、バロック的な装飾の門で有名な13世紀の傑作で、世界遺産にも登録されています。残念ながら中には入れなかったけどとにかく写真を撮りまくりました。町に残る廃墟となった城跡にも登山して、アナトリア最初期のモスクも見学。完全にアルメニア教会の空間構成になっていて、感慨深かったです。城の麓にはアルメニア教会の後も残っていて、見所は満載。トルコを訪れる際ははずせないでしょう。夕方は先ほどのエミネちゃんちにイフタルに招待されて、皆さんとご飯をご一緒しました。イランもそうらしいけど、トルコは家庭料理が野菜たっぷりでおいしい。レストランとか行くととにかく肉を焼いたのばっかでうんざりだけど、この時ばかりはおなかいっぱい戴きました。ご飯の前には果物の木でいっぱいの庭にも案内して頂きいました。残念ながらこの時写真を取り忘れてしまった!また冬があけたらディヴリー行ってきます。
2004/10/29
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金曜が共和国記念日なので学校が休み。そこで5泊6日で東部アナトリアに出掛けることにしました。最終目的地はアルメニア国境のアニ遺跡。途中Sivas, Divriği, Erzurum, Karsを経由していきます。前日に予約してあった8時のバスがたぶん客がほとんどいないせいでキャンセル。他社の9時バスでシヴァスに向けて出発しました。途中は延々と荒涼たるアナトリアの大地で全く景色が変わりません。おまけにラマダン中なのでいつもは出てくるお茶がでない!シヴァスには4時頃着。町中のホテルに入って後は市内を見学しました。主に13,14世紀のマドラサを見て回り、セルジューク建築の概要を把握。夕食にレストランに入ったら、みんなイフタール待ちをしていて、ちょうどよかったようです。一斉にご飯を食べ出す光景は相変わらず壮観で、食べ物を前にじっと座って待っている様子もコミカルです。
2004/10/28
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午前中ドイツ人のバコラーとテニスをしました。昨晩の雨で若干水が残っていたので試合はせずに練習のみ。まだ彼には勝ってないから闇連しないとなあ。夕方からは中心街のKızılayで本の買い出し。文化省経営のお店に行ったら、「中世トゥルクメニスタン建築」なんて本が500円くらいでびっくらでした。もちろん図版入りで、すっごい得した気分。たぶん2,3年前にすったのがインフレ後も値段がそのままだもんだから、安くなったんでしょう。帰りがけに鯖とミカンと大根を買って帰宅。なんだか日本じみてますね。それでも鯖は一匹550円で割と高め。魚を食べるのは金持ちだけってこと?
2004/10/21
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午後の授業後に建築設計のスタジオを訪問しました。日本に比べると模型の材料もしょぼいし、内容もあまりよくないよう。実際に建っている建築を見て何となく納得。夕食後学校で毎晩やっている映画を建築の友達とそのルームメイトと見に行きました。一回200円だから安いんだけど、何せ字幕がトルコ語だから参ります。映画の英語なんてキャッチできんてー。映画は「華氏911」で、最後に観客から拍手がおきたのが面白かったです。なんだかんだ言ってここの学生はみんな反米みたいです。
2004/10/20
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午前午後の大半は洗濯でつぶれ、活動を始めたのは4時過ぎから。洗濯だけで2時間はかかるのでホントに大変です。アンカラ最大のスーパーミグロスに買い出しに出掛け、帰ってみるとまた校門で警備員とお話ししました。実はこの日も飯に誘われていたけど、自炊しておいしいもの食べたかったのですっぽかしました。夕食後、ロビーに下りて他の学生と話をしていたら、名前を日本語書けというので、書いてやったらカタカナでは不満なようで、意味を聞いて漢字で書くことに。Kaganを大王と書いてやったら、これも短くて不満だったらしく、とにかく長いのをといわれました。仕方ないので「最も偉大な王」にしたら、これは気に入ったようで、まあよかったです。それからは次々と名前を書いて国際交流しました。
2004/10/19
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昨日の城壁調査の資料を探しにODTUそばのビルケント大学図書館に行って来ました。ODTU(中東工科大)の図書館は古い本しかないもんだから、新しい本を探すにはビルケントが一番です。日本にいてはとても見つからないような本もあって、宝の山なのですが、いかんせんトルコ語力がついていかず、英語ばかり眺めてしまいます。帰りがけに、校門で知り合いの警備員のおっさん達に呼び止められて、ラマダンあけのイフタール(断食明けの食事)にご一緒しました。uruç(断食)という単語を覚えたのが収穫。大の大人が一斉に飯をがっつき出すのも見物です。
2004/10/17
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昨日は授業の課題でアンカラ城址とアスランハーネモスクの調査見学してきました。一緒に修士2年なのにもう大学講師っていうサフランボル在住のお姉さんと回ってきました。スケッチとかもしつつ、なかなか充実。ついでに洗濯かごも買って収穫ありでござった。夜は国立図書館でやってる「日本映画祭」に行ってかたくり家の幸福ってのを見たんだけど、これがへんてこな映画で、なんでわざわざとるこでこんなんやるのって感じ。もう少しセレクトしてほしいもんです。
2004/10/16
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妹が作れといったのでホームページ作りました。
2004/08/26
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