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最近やたらのどが渇くのだ。 コントレックスもクリスタルガイザーもそろそろ飽きたのだ。 そんなんで最近紅茶をよく飲むのだ。 ケチくさい畳のワンルームに似つかわしくなく少しずつだけどたくさんの種類のお茶っぱがあるのだ。 なんでそんなに茶葉があるかってぇと、 あたしが高校生のとき紅茶のソムリエみたいのになりたがってテイスティング用の茶葉を集めてたことがあるからなのだ。 あたしの今のなりたいものは医者だけど当時先生や親から無理だからほかの道を考えなさいといわれ実際考え当たった道というのがこれだった。 バイトで得た給料をもって学校が終わったら紅茶の専門店に通ってちょっとずつテイスティング用の茶葉を集めた。 紅茶には製法や茶葉の産地や葉の種類によって番号がつけられているのだが、ある程度の番号数が揃ったらノートに番号順にテイスティングしたレポートをまとめようと思っていた。 紅茶の美味しさをうまく引き出す煎れ方も茶葉によって違ってそれも勉強したんだ。 確かこのホームページもやっていた時だから当時献血特集の他に紅茶のページも作ろうと構想も練っていた。 今現在そのページがないということはおわかりだろう。 紅茶のソムリエになろう計画は断念した。 理由の一つに、紅茶の種類は果てしなく多く、テイスティング用の茶葉をそろえるだけでも偉い金がかかる。 高校生の片手間バイトの収入ではおっつかなかったのだ。 もう一つの理由としては紅茶のソムリエになったとしても食っていけないという現実。 紅茶関連のホームページを見ていて、紅茶のソムリエになった人のブログを見つけて、マダム子マダム相手に紅茶のセミナーを開いたって微々たる月謝しか入らないという厳しい話を聞いてしまった。 残る大きな理由としては誰に説得されても結局今の夢が諦められなかったから。 ということで紅茶の道は趣味にとどめることにしたのだ。 ひっきりなしに紅茶を飲みまくってた当時は複数の違うメーカーのダージリンやアールグレイを飲み分けるという芸当もできたが、いまではすっかり舌が鈍ってそんなこともできなくなった。 当時の名残としては、ただイギリスのアーマード社のアールグレイが美味しいということしか覚えてない。 それでもやっぱり良質の紅茶を飲むと幸せを感じたり美味しいと思うのはいまでもかわりはない。 結局テイスティングもレポートもろくろくせずに長い間保管してただけの茶葉だけど、 いまこうして味わって癒されて、あのときやってたことも無駄ではなかったなぁと思う今日この頃です。
Mar 29, 2006
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今日は友達のライブでした~! ほんとはバイトで行けなかったはずなんだけど奨学会の書類に不備があって実家に判子をもらいにいかなくちゃいけないのと、代ゼミの説明会があったので、急用が…といって休みをとったので、運良くいけることになりました。 六本木のライブハウスハウスはろくろく年齢確認しないで酒をだしてくれるんで好きです♪ ライブは押し合いへし合いの大盛り上がりで激しすぎて体のアチコチが痛かったですわぁ(^o^;) ライブが終わった後打ち上げで、あたしは電車も走らない朝早くから仕事があったので一旦家に帰ってチャリで出直すことにしました。 部屋まで行く夜道では身の危険を感じながらで恐ろしかったです。 特に命がやばいと本気で感じた瞬間に遭遇。 中井駅から離れた暗い道で男の人とすれ違った後に振り返った瞬間目があってしまって、 その時からその人は道の真ん中でずっとふりかえってこっちをじっとみたままで もう一回振り向くとなんかあたしのこと黙ったまま指差し初めて さらにしばらくして振り返るとなんかボソボソ言い始めて 振り返る度にリアクションが増えていって恐怖でした…。 周りには誰もいない。 近くには人目をうまく遮れそうな暗い林。 あと何回振り向いたら追いかけてくるかも。 あと何回か振り向いたら殺されるかも。そんな恐怖でいっぱいでした。 幸い自転車に乗ったおばあちゃんが通りかかって、人に見られたためかその男は再び歩き始めました。 た、助かった…(-o-;) もうここは夜道を一人で歩いても安全な田舎街とは違うんだなぁと思うと悲しくなりました。 男が振り返るのを止めて再び歩き出した瞬間もう家まで走った走った! 今後絶対夜は長い時間一人で歩かないようにしよう!(+_+) まぁそんな事があったばかりなのにまたチャリ走らせて外でた自分も今思うと相当アホですけどれでも…。(>u
Mar 28, 2006
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か・・・風邪引いた・・・。一人暮らしで病気にかかるってこんなにさみしいもんだとは思わなかった。家に居たときは家族がなにかしらお粥を作ってくれたりポカリスエット買ってきてくれたりバニラアイスを買ってきてくれたりしたものだけれどもひとり ゆえなにも なし身体ふらふらするのに仕事は普通にあるし洗濯物干さなくちゃいけないしぐったりしてて飯作れないから干からびてくし冷蔵庫にすら手が届かないし部屋は妙に静かだし響くのは自分の呼吸と心臓の音だけさみしいこわいこんなとき、少女漫画だったらかわいい女の子が大丈夫ー?とかいって(風邪を引いているのはいつも男の子なのだ)部屋きれいにしてくれたり卵粥とか作ってくれちゃったりしてそれが意外においしかったりしておおコイツ意外にやるじゃんみたいな感じでキュンキュんポイントが上がってしまう場面なのに・・・。そんな都合のいい話、現実には無いことよね。
Mar 27, 2006
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昨日友達の卒業ライブにいった後、打ち上げに参加してオールでカラオケに逝ってきました。 あたしは朝4時から仕事があるので3時に抜け出してチャリで自分の部屋まで戻りました。 軽く酒が入ってテンションが上がっていたことも手伝ってすごい早く仕事が終わったので、まだオールが終わった子達と合流して友達の家にいきました。 そこでは恋バナに花を咲かせたり、トランプしたり、寝てる人にいたずらをしたり、楽しくかつまったり過ごしていました。 しかし、なぜかその間ずっと手足の震えがあって止まりませんでした。 あったかくしても、やすんでみても、それはいつまでも続くのです。 きっと久々に持病の発作が来ているんだという考えに至りました。 その思いあたる原因はすぐそばにいたからです。 薬を飲まなければいけない、帰らなくてはいけない、と思えど手足の震えはひどくなるばかりなのでしばらく友達の家にいました。 午後に解散して家に帰った後、仕事の前に薬を飲み、夕方の仕事にでました。 今日の仕事はカレーライスを作る仕事でした。 まず玉ねぎを切っていると何か意識が朦朧としてきました。少し疲れているのかなとさほど気にもとめず人参の皮をむきながら玉ねぎと肉を炒めていました。 ここからやることがおかしくなってきます。 次の行動はピーラーでジャガイモをむき始めることでした。 ジャガイモはでこぼこしているので普通はピーラーではなく包丁でむくものなのです。 それにも関わらず材料を床にぽとぽとこぼしながらピーラーでジャガイモをまだら模様にむいていました。 はっきりと自分の記憶が残っていたのはここまでだったと思います。 気がついたときには自分はトイレにすわりこんでいました。 どれぐらいそうしていたのかはわかりません。 はてな自分はなぜここに、と調理場に戻ると…相当ひどいことになっていました。笑 鍋が怒ったようにグツグツ水蒸気をあげ、材料やジャガイモの皮がアチコチに散乱しているのです。 いつの間にか鍋には入れた覚えのない人参や水がはいっているし ジャガイモは食器を水切りするところに入れてあるし、皮むけきれてないし。 失神していた間どれくらいタイムロスがあったかわからないので急いで散らかっているものを処理してカレーを作り上げました。 幸い味は普通に美味でした。笑 ほんと、鍋が焦げてなかったのが救いです。笑 仕事の前には効果が重い薬は飲まないようにという教訓ができたのだー笑
Mar 23, 2006
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逝ってきましたローリングストーンズ、ビガーバンツアー! ままままじヤバかっこよかった~~~!! オーラがでてたよ!オーラ! Paint it black生で聞いちゃったよ! らふじゃすてぃす、さてぃすふぁくしょん、ぶらうんしゅがー、ほんきーとーくうーまん…etc あぁ、あたしの大好きな曲をありがとう。(T∀T) 今回ストーンズを見に行ったのは、もちろん彼らの音楽が大好きだからだけど、なにしろメンバーみんな還暦超えてるから早くみないと二度とみれないかもって言う不安があったのもあったんだ。 しっかし、いやぁ~そんな心配はまったくいらなかったかもしれない。 あの舞台の上での彼らのバイタリティーは、後半世紀ぐらい彼らはやっていけるんじゃないかと思わせるほどだった。 ミックは抜群の歌唱力で歌いながら舞台上あちらこちら走り回るし キースとロニーのギタープレイはめちゃめちゃ冴えてるし チャーリーのドラミングはしっかりしてて軽快だし… この人達に老いというものはきているのか!?(・△・;)ってかんじ! モニターで見た限りそんじょそこらの若いもんよりめっちゃええ具合に引き締まった肢体してはったわぁ~(*´Д`)=зハァ~ン 特に注目すべきはミックの腰の動き!! なんていうか…みてるだけで想像妊娠?笑 でも女性ホルモンいつもの数倍分泌されちゃうみたいな?笑 彼が腰をくねくねする度に悶絶して黄色い悲鳴を上げてしまいました(^_^;) 生で見たことでさらにストーンズに惚れ込みました! ほんとこんなにきゅんきゅんしたのは久しぶりでした! 感動と情熱と、ときめきをありがとう! 大好きストーンズ♪(*^ ・^)ノ⌒☆
Mar 22, 2006
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いまお里帰り。携帯で逐一送ってた日記更新メールが全く機能してなかったことにがっくし一人暮らしをはじめてから五日目。いろんなものの大切さがわかり始めました。笑水道から普通に飲める水が出るとか。柔らかい白いお米とか。知らない間に補充されていた食料とか。体が痒くならないで寝れる部屋とか。部屋の温度を上げられる暖房機とか。隙間風が入らない部屋とか。飛び跳ねてもぎしぎししない床とか。情報を仕入れることの出来るテレビとか。シャンプー&リンスじゃなくてシャンプーとトリートメントであるとか。笑・・・・・・・・・。このぐらいじゃあたしはめげません笑将来あたしは発展途上国って言う更に厳しい環境に住むんだから。これは修行。これは修行。ニンニン。
Mar 22, 2006
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アローアロー、キャロラインです。一昨日あたしは都内に引っ越してきました。なんだって初めての一人暮らし。住むところはどんなところかとてもワクワクしていました。風呂なしらしいけど販売所の浴室を使えるし、6畳だったら広さは十分だし、家賃タダだからまぁいっか~♪みたいな感じで決めたけれど…。しかし販売所の店長に連れられて入ったアパートは予想をはるかに越えていた。…ここは…どこの時代かしら。昭和かしら。(^_^;)なんか部屋までの廊下が木製だよ…しかもギシギシいうよ…。キキィー…と叫ぶドアを開けて部屋に入る。あぁ、畳というのは前に聞いてたからいいんだ。しかし、なぜこの畳こんなに柔らかい?笑フワフワする…いや…これは・・・畳の柔らかさではなくて…土台の柔らかさか!Σ( ̄口 ̄)笑わらいとびはねたら…きっと一階の大家さんのお宅にこんにちはできるね☆(*^-^)b部屋の埃も、前の住人が掃除をしなかったのか昨日まで人が住んでたとは思えないくらい積もっていて部屋は至ってシンプルなのに掃除が大変だった。そして窓閉め切っているのにどうして風が入ってくる?笑部屋の下見で紹介されたとき風通しがいい場所とは聞いていたけど風通しとすきま風は違うんだよ?wいろいろ細かく描写したいのだが突っ込み所が多すぎて書ききれない。笑まぁ住めば都の言葉を信じて頑張ってます。キャロの本格的サバイバル生活の、はじまりはじまり~でした!
Mar 20, 2006
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今日、家をでます。18年間住んだ家とも今日でお別れです。先日、役所に父親と一緒に転出届やらなんやらを手続きしに行ったんですがまず、家族の欄からあたしの名前が消えることを知って驚いた。転出届に新しい住所などを書き込んでいくと新しく住むところの世帯主っていう欄にあたしの名前が入る。ほんの二週間前まで女子高生だったのに世帯主って言う偉そうな名前を担いじゃう。なんだか不思議。一つ一つの手続きを済ませていくたびに家を出るって言う現実がどういうことなのか身にしみていった。昨日は家族みんなが家に集まってお母さんの作った料理を食べた。いつも当たり前のように食べていたお母さんの料理も今日限り。そう思うと少しさみしくなった。いつもより良く味わって食べた。父さんや母さん、姉夫婦や姉妹が一人一人言葉を送ってくれた。胸がいっぱいになった。家で寝るのも今日で最後。これからは全てのあたりまえが、あたりまえじゃなくなるんだ。高校の卒業式より感慨深い。当然かな、生まれてきてからずっと住んでた家だもの。引越しの荷物はもう全て車につんでしまって、自分の部屋は空っぽ。いつもより光が多く入り込む部屋で立ち尽くす。いままで、一人暮らし♪一人暮らし♪って新生活にワクワクだったけれどいざ、家を出る日になると何かしみじみしてしまう。最後の後始末で家の掃除をしたのだけれども雑巾がけをしながら、家のパーツの一つ一つを触って今までのことを思い返した。ここまで育ててくれた両親、姉、この家にとても感謝です。18年間は・・・本当にながかったなぁ。いざ、さらば。さらば、我が家。
Mar 18, 2006
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チャンチャカチャンチャン チャチャンチャチャン♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャチャンチャン♪友達から『そういや進路どうなった?』と聞かれ~て~「あたし?代ゼミっ」と答えたら~『ごめんねごめんね!ほんとうにごめんね!(>_<)』と、激しく謝られちゃいましたぁ~チックショーーーーー!!!!!あれだよーかえって謝られたほうがなんか恐縮だよーさぁて7日からの日記をいかにも当日っぽく書いてきたわけですけどwほんと最近パソコンが触れないの。信じられない、ありえないくらいに忙しくなってるんです。前期が終ったばかりのあの腑抜けた日々が嘘みたい・・・。ということで最近ほんとメール返してなくてごめんなさい!!(>△<、)見事、祝浪人に進路をきめたあたしですが高校卒業したら身の保障はしないと親にいわれていたので浪人時の生活及び予備校などの学費などまったく支給されないのですよ。大学合格したら学費は工面してやる。だけど浪人した場合はあきらめるか自分でどうにかしろ、と。そのため、学費を稼ぐため新聞奨学生をやることにきめてました。働きながら学ぶってやつなんですけど、その仕事住み込みなんでと、いうことで家を出て引越しするんですよ。一週間後にはもう家をでるんですよ。荷物をまとめたり、必要なものをそろえたり複雑な正式の奨学会入会の書類をつくったり、新聞配達の営業所に挨拶に言ったり予備校の説明会にいったり、選抜試験の勉強をしなくちゃいけなかったり・・・。なんだか学校にいたときはボーっとしててもなにかしら事は進んでいた。たとえるなら動く歩道の上に立っててあれよあれよといつの間にか進んじゃってる感じだった。でも今は自分から動いて事を進めていかないと何にも動かない。更にいうとぼっとしてるといろんなものに取り残される。はいはいとただ頷いて他人任せにしてばかりじゃ自分の不都合なように、苦しくなるように事が進んでしまう。卒業旅行と入会式典がかぶって泣く泣く断念しそうになったりねwそうならないようにあちこち電話したり不必要な予定を切ったりしてスケジュールをきっちり管理して組み立てなおしてみたら4月の予備校の講座の開講までやたら暇だと思っていた3月があっという間にハードスケジュールw前期が終ってから午後起床→アプリのFF→深夜就寝 という腐った生活を送りあたしは何か重要なものを忘れかけつつあったので何かすごいこの生活が新鮮ですw引越ししたら家のパソコンつかえないからこのブログの更新もなかなか出来なくなると思うけどまぁたまに生きてるかみにきてね☆ばい☆
Mar 11, 2006
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実は8日に書いてないけどいかにもその日に書いたっぽく書いてみるテスト。今日は卒業式でした!!笑(>▽<)無事卒業できたあるよー!!(T▽T)もんだい児だった私たちもりっぱでセクスィーなやまとなでしこになりました☆まちがいないせんせいありがとうございました!あたしはクラスの名前の順で一番最後だったので壇上にあがって代表で卒業証書をもらってきました!うちの学校の慣例として卒業生はみんなダンスシューズ履かなくちゃならないんですけど前日までそれが見つからなくて大ピンチ!!壇上に上るってこともあって相当新しく買わなくちゃならないか迷いましたが長らく空けてなかったロッカーから酸っぱい臭いをさせて、無事それは見つかりましたwそのダンスシューズってのは白くて足にフィットする靴なんですけど友達の中には白だからばれやしねぇとばかりに白い靴下で出た人もいたらしいwかっこいいよ・・・武勇伝!武勇伝!だね☆卒業した後、クラスで最後のLHRだったんですがなんかやたらあっさり終っちゃいました。クラスが解散になったとき友達に絡みに行こうとしたらどこもまだ先生の話とか集合写真とかで空かないんだもんwクラスでたら数ヶ月しか面倒見てなかった一年の後輩が卒業祝いを用意してくれてたのが嬉しかったーwいっぱい写真撮りまくったーwいぐちゃんとツーショットとりたかったー↓しかしうちのクラス、なんで打ち上げがないんだほんとうに、なんで打ち上げがないんだどこもお店を予約してなくって思いつきで近くの店にいくもどこも満席。結局マックで打ち上げwww二次会ゲーセンでプリクラwww計画性がないところもうちのクラスっぽいwこんなクラスが心地よくて大好きでしたwあとは卒業旅行しか会う機会ないけどね、寂しくなったら電話よこせよ卒業おめでとーみんなー!卒業おめでとーじぶんー!わーいわーい
Mar 8, 2006
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実は7日に書いてないけどいかにもその日に書いたっぽく書いてみるテスト。今日は三送会でした!!笑(>▽<)そして今日は合格発表の日でもありました!!爆笑(>▽<;)午前中に卒業式予行をやっていて小さな休み時間の間に友達と話していて「見える・・・!!見えるわ!!あたいには見なくても結果が手に取るようにわかる!」と、占い師風に白目をむいてあぁあぁあぁぁってしてたら『要はできなかったんでしょ?www』ズバッと言われました・・・wちょwwwおまwww少しオブラートに包め!!まぁ結果は予想はつくとはいえ気になる。予行練習の休み時間の合間合間にダッシュで教室まで行ってパソコンで逐一確認してました。どうやら発表は三送会の真っ最中に出るようです。そもそも学校のパソコンは色々規制がかかっていて見れないのです。そこで担任Molが「職員専用のパソコンで合格発表プリントしてやるよ」というので頼んでみました。安心してMOLにまかせて、いよいよお待ちかねの三送会!!いや~なかなか楽しかったwとりわけ一年生のとき一緒のクラスにだった子がピアノ伴奏バックに二人でハモって唄っていたのがなかなかうるうる着た。あまりはっちゃけたタイプではなかったと記憶していたので意外な歌手並の歌唱力におどろいた。すごかった。あの時唄ってたのって誰の曲なんだろう?あの曲しってる同じ学校の子これみてたらおせーてwさてさて、三送会も盛り上がってきた頃、後ろからトントンと肩を叩かれた。MOLだ!!結果が出たんだ!そそくさと一枚の紙を渡して去っていく。いやぁ、こんな楽しい気分のときにあまり訃報で水を差されたくなかったなぁwやっぱり紙の上には当然の結果。あたしの前後の番号があって前と後ろに座ってた子が受かったんだなぁとおもうとリアルだった。落ち込みはしなかった、と思う。わからんけど。単純に自分の努力が足りなかったのは一目瞭然だからな。そのせいかも。奇跡なんてもんは頑張った人の上に降りてくるものだ。当然の結果にへこんでいてもしょうがないのでとりあえず目の前の三送会を楽しむことにするww新体操部のセクスィーな演技に「セックスィー!!!」と叫んだらクラスの子にオヤジ呼ばわりされてしまったw三送会はとても楽しかったのだけれども、なんだかもうこれで終わりっていう実感はあまり湧かなかった。入学式の一年生歓迎会、文化祭のオープニングセレモニーと同じ要領。いままで送り出す先輩がいなかったので毎年三送会は淡々とみていたけれども自分のときでさえも他人事のように楽しんでいた。明日でお別れ?明日でお別れ?なんかしんじらんなーい。
Mar 7, 2006
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ひなまつりの日から深夜マラソンを始めました。きっかけは・・・フジテレビではなく、クラスで行く卒業旅行。行き先が スパリゾート ハワイアンズ なのだ。ハワイアンズ…→プール&温泉…→水着orまっぱ必然!!!受験太りのこの肉・・・(ぷに)肉・・・(ぷに)にく・・・(ぷに)ピ~~~~~ンチ!!(=Д=;)先日の受験日の体調ダウンのことで体力をつけなくちゃっていうこともあり緊急にいくらかマシに水着を着れる様はじめました。まともな運動なんて受験期中全然してなかったから走れないと思ってたのに結構いける!!筋肉疲労が楽しい!汗が出るのが気持ちいい!!ここでもう終わりにしようと思っても遠回り遠回りの道を選び続ける。止まらない止まらない!!きゃははは!!(>▽<)そう、ランナーズハイ状態になってたんですwww結局オアシスの「BE HERE NOW」を一周ちょい聞く位の時間をぶっ通しで走り続けました!w距離にして・・・推定8Km?なーん確かにこれだけはしりゃ走り終わった後はすごい体もスッキリしたような気がする。しかし・・・次の朝モモの筋肉痛が激しくて歩けないのだよ・・・階段の下りとか辛いわけだよ。なんか歩き方がひくひくするわけだよ。「筋肉痛を消すには筋肉を使うしかない」という中学のときの部活の教えを信じいつ筋肉痛は消えるのかしら・・・と思いながら走ってるわけですが・・・つらいよぅ~つらいよぅ~(>□<、)モモの筋肉をほぐすいいストレッチないっすかね?ね?筋肉痛に負けないで夜中走るのを習慣にしたいっす。
Mar 6, 2006
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沖縄に行ったとき、国内なのになぜかやたらでかい免税店があった。安いとはいえヴィトン~♪コーチ~♪プラダ~♪なんてバッグとか買えないけどお店の売り子さん並にお母さんに超安いよ!これ超いいよ!とすすめてランコムの新作マスカラを買ってもらった。おまえには使わせないよ!とは言われたけれども家の中にさえあれば結局「お前の物は俺のもの」的に使えるのでwで、今日は美容室だったんです。でも爽やか美容師野村さんに久々に会えるっていうのに気合が入らなかったんです。すっぴん。かみぼさぼさ。くたびれたロンTにユニクロのフリースパーカー。めっちゃ気の抜けたかっこで予約の一時間前まで家でぐだぐだ。でも憧れの野村さんと会うのにこれじゃあ・・・せめて少し顔を作らねばと、行く前そのマスカラを使ったら・・・ダマにならない!まつげクリンとカール&ロング!目元くっきり!いままで使ってたマスカラではありえないくらい極繊細で美しいまつげに☆まつげがうまくいって目ヂカラが出来ると春メイクに挑戦したくなって・・・春メイクがうまくいくとふわふわの白いスカートを着たくなって・・・あっというまに鏡に向かって「誰?w」と問いたくなるほどの劇的変化!!劇的!ビフォアーアフタ→お顔のリフォームしちゃいましたって感じw「女は化粧品ひとつで人生変わる」とかテレビやってたけどあながち嘘じゃないね!すげーよランコム!!買ってもらってよかったー!!おかげさまで野村さんにだらしない姿を見せないですんだし心なしかいつもよりよくかまってもらえたかも☆高校は女子高だからあまり化粧ガンガンな雰囲気じゃなかったからほぼ毎日ノーメイクだったけど卒業&一人暮らしになることを機にそろそろ自分のメイク道具をそろえなくちゃならないなぁ。お母さんやお姉ちゃんのの高い化粧品とか美容液とかもう使えなくなるんだなぁ。安いやつでそろえてもなかなか出費がかさむんだよなぁ・・・。たはぁ・・・めんどくせっ!(>へ<)
Mar 5, 2006
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あさ、6時にセットしたホテルのアラームより早く目を覚ました。アラームがまず最初になり、続いて携帯のアラームがなり、最後に母の電話がかかってきた。気がついたら悪寒が多少消えてる。熱を測ったら37,3℃ぐらいはなっていた。いける。つーかいかなきゃならん。今日で試験は最後なんだし、しっかり面接官にあたしの考えとか意見を伝えてこなくちゃ。朝食は、食べ物のにおいをかぐのすら嫌だったのでビュッフェにも近づかなかった。集合時間一時間前について、待ってる時間は、そんなに長く感じなかった。志望理由とか、はっきり自分なりにしっかり用意してきたけれども両隣の子がルーズリーフにめちゃめちゃ分厚いルーズリーフで様々な受け答えマニュアルをまとめていたので多少不安になった;質問項をチラ見して頭の中でそれについてどう答えるか考えたけどじたばたしてもしょうがないので結局やめて持ってきた医療倫理についての新書を読んでいた。ありがたいことに実際にはそんなに専門的な難しいことは聞かれなかった。調査書についてとか志望動機とか、自分についての長所とかそんなことだったと思う。多分、一番初めに面接が終った。面接終了者控え室にはいったときあたしは独りだったもの。続いてスーツを着た浪人生が入ってきて「面接時間短かったスよね!?」って声をかけられてしばし話して和んだwちょっとかわいいこだったw待ち時間とは違って解散時間まではやたら長くて2時間半くらい待った。終わった後母に電話したら心配してすぐ傍の大学施設で待機していた。こうして二日間の試験が終ったわけですけれども試験後そのままホテルに帰って寝ようかと思ったけどまだ午前。試験が終わった開放感から気が大きくなったのもあり もう試験終わったんだからどんなに具合悪くなってもいいやー!!観光してまえー!!(>▽<)/と、途中何度もまっつぁおになりながらも首里城と国際通りと石畳の道とやらをみてきましたwww(←三遍死ね)いやいや、受かったら6年間以上住むだろう町の下見ですよwし・た・み!沖縄は電車がなく、市街地までモノレールが出て後はバスと車とタクシーが主な移動手段といくまえにきいてました。あたしが想像していた沖縄は広々とした平坦なサトウキビ畑だったので自転車でいいじゃんダイエットになるじゃんと安易に思ってましたが街を歩いてみて、坂がやたら多いことに驚きました。小道では傾斜が45度に近いところも。ほんと!市街地はなれると山と谷なんですよwこれは・・・最低でも原チャリはないと生きていけないと実感しましたw土地ってもんは実際見てみないとわかんないもんですね。あと都市より遠く離れた地なんでスーパーとか服とか遊ぶトコとか大丈夫なんかいなと心配してましたが(ある観光名所で有名なところの大学を見に行ったとき街中におみやげ物屋さんしか見あたらないということがあったので)全然大丈夫!!!w街はきれいに整備されてるし、街中の店事情も心配するどころかむしろ都内のちょっとしたところよりずいぶん栄えてますwほんと、土地ってもんは実際見ないとわかんないもんですねwここなら生きていけると安心しました。いいとこです。さて、前期試験はなかなかアレに終わってしまいましたけど後期も残っているので気を抜かずに過去問です。がんばります。
Mar 2, 2006
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あたしも電気用品安全法反対です。告知してきたしてきたって上は言うけど個人がホームページ上で問題を指摘してインターネットで初めて広がったんじゃないか。こんな施行目前にしてみんな知って混乱広がってばか見たいじゃないか。せめてちゃんと中古電気機器市場が対応できるまで施行を延長して改めて説明会を開くべきなんじゃないか。さてさて、国立前期試験どうだったかというと・・・なかなか最悪だったんじゃないでしょうか。24日、羽田空港をたって午後3時ごろ那覇に到着。前日は大学生協の下見ツアーで試験場を見てきました。準備は万端!!精神状態も多少興奮はしていたものの好調だったんです。それにもかかわらず学科試験の25日突然体調を崩して救護室受験だったんです。前日の体調は普通だったのに当日の朝から何を食べても戻してしまう。多少気持ち悪かったものの、一時間目の英語は普通にやれたのですが二時間目の数学で気持ちの悪さはピークに達しました。力をつけようと、無理やりお昼を胃に詰め込めた午後だった。何があんなに気持ち悪くさせたのか。むせ返るような試験会場の湿気か雨の湿気で湿った制服の独特の嫌なにおいかお昼に食べた弁当か。受験生達の熱気に当てられたのかはたまた試験問題の数式に気がめいったのか。120分の試験の半ば、居眠りをしていた試験監督が目を開いた瞬間、手を上げた。トイレに駆け込んだ後監督らしき人たちが6人ほど集まって白湯とかくれた。その時点で救護室にいくか聞かれたけど、移動時間で試験時間が削れそうだったのと救護室が畳で正座しなくちゃならないというのをちらりと聞いてあの湿気た試験室に戻った。相変わらず気持ち悪かったけど外に出た時間の空白を埋めるために急いで解いた。数学の試験が終わった後も気持ち悪さは収まるばかりかひどくなるばかりで理科は別室、救護室受験にした。救護室には湿気た臭いはしなくていぐさの臭いに癒しを感じた。その小さな部屋には若い女の人と待機の教授が一人いた。病状を教授に聞かれて悪寒と吐き気と喉の痛みがあることを伝えたらあの病院で診察のときに下に差し込まれる板を取り出して「べーってして」って。思えば、医学部だからここの教授たちみんな医者なんだw「喉は赤くないね。薬はいるね?」と吐き気止めと解熱剤をくれた。体温を測ったら37.3°。「これから上がるかもね」と教授は一言。ここが医学部なのが不幸中の幸いだ。教授みんなほんとにいい人だった。若い女の人が布団を敷いてくれて理科が始まる5分前まで横になっていた。畳で正座しながら受けた理科は最後のほうにはやっぱり足がしびれた。でも薬で楽になったおかげか結構出来たように思う。試験が終わったら生協企画のバスでホテルまで帰った。次の日も面接があるので体調をどうにかしなければいけない。それでも面接のために身だしなみをきちんとしなくちゃいけないから熱があるのに風呂に入らなくちゃいけなかった。あったかいはずの湯水が悪寒のせいで髪の毛から方に滴り落ちるたびにすごく冷たい冷水を掛けられているかのようだった。風呂上り服を着て夕食もとらずに布団にもぐった。外は窓が湿気で曇るほどの気温なのに相変わらず寒さは止まらない。部屋にノックがあった。無視して眠りたかったが母だとわかっていたので出た。悪いことに試験終了後、余裕が余りにもなくて帰還の連絡を忘れていた。試験場で起ったことを伝えると連絡しなかったことを責められその後なんと「じゃあ観光してくるわ。安静にしてるんだよ。」とあっさり言って部屋を出て行ってしまった。観光!?あたしがこんなんなってるっていうのに・・・観光!?もちろんそんなことはなかった。一時間後、母は薬とひえピタとフロントで借りた体温計と、アイスを持って再び部屋をノックした。いままでどんな病気にかかって寝込んだ時よりも親身に看病してくれて多分ずっとこのことは忘れないだろうな、と熱い額の中で思った。体温計を脇に差し込むと温度が定まるのにしばらく時間がかかった。ピピピッとなって出た温度を見たときまずあたしは笑った。大きな声を上げて笑った。38,3℃。(笑(ごとじゃない)おい、こんな高熱3年ぶりだぞ・・・?前の高熱は腎臓炎だったぞ・・・?あたしの体は今どうなっているの?笑いながらあたしは心底ウンザリしていた。何で自分だけこんな目に会わなくちゃいけないのと思った。明日の面接試験なんかどうでもいいから早く帰りたいとすら思った。それでも明日は試験はやってくる。集合時間は朝早い。夜12時ごろ、やっと眠りについた。 長いので続きはまた次回に書きます。
Mar 1, 2006
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