マックの文弊録

マックの文弊録

2005.12.24
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◇12月24日(土曜日)今日も関東太平洋沿岸は晴れでしょう: 旧霜月二十三日 壬午;納めの地蔵
秋丁字(アキチョウジ)
曜日の夕方、右膝に不穏な兆候を抱えながら、来客との会議をこなしている最中、「自宅から電話です」とメモが入った。我がカミサンは出来た女だか、或いは単に亭主の仕事には無関心なのだか、何れにしろ仕事中に電話をかけてくることなど殆ど無い。こうして電話が掛かってくる時は、従って良いニュースより悪いニュースである確率が高いのである。

議を中座して嫌な予感を持ちながら電話を返すと、「岐阜のお母さんの具合が悪いらしい。お隣から電話があって、昼間会った時には顔色が悪く、具合が悪そうだった。暗くなっても灯りが点かないし、どこかへ出かけているのか?そうでなければ、家に居るのか?何れにしても心配だから、と連絡してきた。」ということである。

が母は今年83歳である。何年か前に寡婦となって以来、一人で岐阜の実家に住んでいる。幸い車で20分くらいのところに妹が住んでいるので、普段はそれに甘えてこちらは東京で出稼ぎが出来る。しかし、年来高血圧気味で降圧剤を服用しているし、昨年辺りから少し記憶に不明瞭な欠落が見られるようになって、いささか気になってはいた。しかし、こちらは起業したばかりだし、いざとなれば自由が利かない。

「お 母さん、後少なくとも4年はしっかりしていてよ。それまでボケたり、体を壊したりしないでよ。4年経てば、こちらもちゃんと色々できるから。」と折に触れて申し上げているけれど、これは切実な気持ちである。そのたびに、我が母君は、「ふん。分かっとるで。ちゃんと呆けぇへんし、体も元気やで心配しやぁすな。」と岐阜弁丸出しでおっしゃってくれる。

うはいっても80歳超の、決して若いなどとは云えぬ御身である。こういう電話を受けると、すわ何かあったかと心配になる。とりあえずは妹に電話してみた。母の家の予備の鍵は妹しか持ってはいない。ご近所も心配してはいただけるが、母の家に入ることは出来ないのである。だから、先ず妹に連絡して、何かあるようなら母の家まで行ってもらおうと思ったのだ。電話に出た妹は、先ずは電話してみると云ってくれた。

ばらくして再び妹からの連絡が入り、何度も呼び出してはいるものの電話に出ないとの事だ。おまけに岐阜は雪が降り出して、どんどん積もりそうな気配だと。もう電線には雪が降り積もり、暫くすれば道にも積もるだろう。そうなると、車で母の家まで行くのは難しいともおっしゃる。インターネットで調べると、確かに東海地方は降雪中で、今後もっと降雪量が増えるだろうとの予報である。いよいよ心配になった。これから、痛む膝を抱え、駅に駆けつけて新幹線に飛び乗り、母の家まで駆けつける場合の段取りも頭によぎる。
来客には言い訳をして、しばらく時間を貰い、こちらからも電話をしてみた。母の家には従来からの固定電話の他に、僕が買ってあげた携帯電話もある。

今は、街角から公衆電話というものが急速に姿を消しつつある。それで、老人は外出中に何かあった時にどこかに電話しようと思っても、思うに任せないのである。公衆電話の消滅だけでなく、路線バスが廃止されたり、路面電車が撤去されたり、近所の八百屋は大型スーパーに押されて廃業したりと、この頃の文明の進歩は左様に高齢者の利便性を犠牲にする方向に向かっているのだ。それで、暫く前にテレビでも最近宣伝されている、一番簡単な携帯電話を買って、母に持たせた。「出かけるときには、これを持っていくんだよ。何かあった時には、これで電話できるんだから。」と、僕や妹や、ご近所の人の電話番号をプリントした紙を、電話機のボディーに貼り付けてもおいた。

かし、母はどうもこれを上手く使ってくれない。練習のために、何度か彼女の携帯電話に電話してみたのだが、その度に電話口でボソボソ云っている気配があるのだが、一向に話が通じない。「何やね、これ。声が聞こえぇへんがね。もぉーしもぉーし。壊れとるんやないの。しょうがないねぇ、こんなもん。」それで、ブチッと切れてしまう。どうなっているのかと思って、次に帰省した折に実験してみたら、電話が掛かってくると母は電話機を正面に持って、受話口に向かって喋っていらっしゃる。
これでは、聞こえないのは当たり前だ。携帯電話は一般に送話口は小さな穴が開いているだけで、昔ながらの電話機のような形をしていない。だから、母は一応耳に受話口を当てて音を聴くけれども、話す時にはこれを正面に持ち替えて、受話口に向かって話してしまうのだ。これは多分高齢者には良く見られる行動だと思う。「ユニバーサルデザイン」などとカタカナで麗々しく喧伝なさるのなら、こういう辺りは、メーカーもちゃんとシニアの人々の現実を考えて設計してもらいたい。
そういうこともあって、この小さな胡乱なおもちゃに不信感を抱いたのだろう、母は出かける時には携帯電話を家に置いていくようになってしまった。これで、件の携帯電話は「携帯」でなくなってしまった。それに、昔の人だから外出の時には家中のコンセントを抜いていらっしゃる。コンセントを入れたままにしておくのは冷蔵庫だけだ。冷蔵庫が日本の家庭に普及したのは随分以前のことだからだろう。だから、外出中に何度も空しく電話をしているうちに、電池が切れてしまって、「おかけになった電話は電波の届かない場所か、電源が切れて・・・」などというメッセージが帰ってくるようになり、事情を知らないと余計に心配してしまうのだ。

もあれ、固定電話と携帯電話に何度も交互に電話をかけているうちに、やっとご本人がお出ましになった。ほっとしながらも、どうしても詰問調になってしまう。眠そうな声でおっしゃるには、少し疲れたので、布団に入って寝ていたとの事。食事はしたかとか、ちゃんと暖かくしているかと確認して電話を切り、カミサンに妹、それに心配して連絡を下さったご近所にも全て電話をかけて事情を説明しお礼を言って、やっとひと段落ついたころには、こちらも疲れてしまった。

けて土曜日の朝、母に電話をしたら、今度は直ぐに電話に出てもう随分良くなったとの事である。雪はどうだと聞いたら、窓越しに未だ降り続いているのが見えるけれど、どれくらい積もっているかは分からないと。つまりは未だ布団の中に横になっているのだ。「妹が心配してるよ。どうする?来て貰う?」というと、その時ばかりは毅然たる言葉で、「来て貰わんでもえぇ!」とおっしゃる。「それでも彼女も心配しているんだから、お母さんから電話して、来なくても大丈夫だと云えば?」といっても、「あんたから、電話して断っといて。」とにべもない。

は、母と妹はどうも暫く以前から折り合いが悪い。
妹はいささか癇症なところがあって、母の立ち居振る舞いや口の利き方が気に障ることが多いようなのである。母は母で、昔々教師をやっていた所為か未だに誇り高いところがあって、娘に一挙手一投足を指図されるような状況が我慢できない。
妹はそれでも母のことが心配で、毎週必ず一度は訪れてくれている。母も、実はそういう面には感謝しているのだ。ところが、お互いが顔を突き合わせると、常に剣呑な雰囲気になってしまう。母も、健康な時には結構抑えているようだけれど、今回のように具合が悪いと、鬱陶しさが勝ってしまうのだろう、実の娘に対して辛らつで容赦が無い。
母と娘が歳をとるほどに仲が悪くなるのは、一般的な現象なのだろうか。何れにしても遠隔地に居て有事に際して即応できない長男としては困ったものである。

ょうがないので妹に電話をしたら、一晩で40センチ以上も雪が積もって大変だという。先ほどお母さんに電話をして、雪の様子を聞いたら、「庭に少し残っとる程度やよ」などと云っていたけれど本当だろうか?若しそうなら、雪掻きしてでも行かねばならない。何しろご近所の目があるから、近くに住む娘が行けるのに行かないと何を云われるか・・・と、もう既に声が上がり調子である。「大体お兄ちゃんのように、一年に一回しか来ないで、孝行息子面ができる人とは違うんだよ!」と今度はこちらに矛先が向いてくる。くわばら桑原!
確かにこちらは、普段は妹に頼りっぱなしなのは事実だから、ここはヒラに謝って、それでもそんなに雪の量が違うはずはないし、「庭に少し残っとる程度」なんてあり得ない。電話口での口調もしっかりしていたから取りあえずは、今日のところは大丈夫だよといって、電話を切ったことではある。

いた親から離れて住む人は多かれ少なかれ似たような経験がおありだろうと思う。今回は、ともかく大事に至らずに済んで良かったが、今後こういう状況は更に頻繁になるであろう。色々心配ではあるし、又気骨の折れることでもある。
「親が元気で居ることが、何よりの子孝行」とはよく言ったものである。我が母君にはくれぐれも元気で居ていただきたいものではある。少なくとも後4年ほどは。






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最終更新日  2005.12.24 06:46:25
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