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最近すごく寒いですね(><)引きこもりになっちゃいます私www先週末、ぷー太のお世話になった会の説明会があったので、久しぶりに参加したかったのですが、行けなかったです(><)ダンスのコンテストが近くて忙しくしています。(あ、、、あと仮面ライダーイベントとかね^^;) でも、自分がぷー太を迎えたばかりの頃や、少し子どもがわかるようになってきた頃、まだわからない頃、とにかく先をいく先輩にお子さんがどうなっているのか聞きたかったんですよね。なので、ぷー太ももうじき中学生、そのくらいの子どもがテリング(真実告知 )をされて育った場合、思春期どう考えるか知りたいですよね。まぁ、ぷー太の場合、他の子に比べてすごく幼稚なので参考になるかなぁと思ったり、逆にこのくらい幼稚で甘えん坊な姿を見ると後輩さん達は安心するのかな?と思ったりします。ぷー太、昨年末は彼女♪もできましたしね(^^=)それで先日、ぷー太に「会の説明会行けないけど、行きたかったね~~」なんて話ながら、「ぷー太くらいの子の話は参考になるから聞きたい人いたかもねえ」なんて話すと、「え?なんで?」と言うので、「ぷー太くらいの歳の子が、養子だってことについてどう考えてるのか知りたいと思うよ。ぷー太はどう考えてる?」と聞きました。すると答えは「何も考えてない」でした(--;) 一緒に暮らしてるお母さんが産んでくれたお母さんという普通を最初から知らないので、自分にとってはこれが普通で、普段考えることもないというものでした。 なるほど(^^;)ぷー太の頭の中はダンス、仮面ライダー、彼女、ゲーム、給食のことくらいwwwまぁそれが普通の小学生かもね~www そんなわけで久しぶりに真面目な記事書いてみましたよ(^^)写真は年末に撮った新宿西口のイルミネーションです♪ ←よければフォローしてください。 ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2017.01.18
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ちょっと過ぎてしまいましたが、ぷー太先日誕生日でした(^^)子どもの一年は早いですね~っていうかこの十数年もあっという間です。ぷー太の誕生日プレゼントは、仮面ライダーネクロムの武器と、秋葉原で見つけた仮面ライダー555の武器!!wwwさすがぷー太www欲しいものがまだまだ仮面ライダーwww でも、めっちゃ嬉しそうだしいいか(^^=)夜は親子3人で焼肉~~♪幸せですね~~先日の親子の会話を紹介します。何かの話から、ぷー太はよかたね~家の子でって話から私「でもさ~ちょっとタイミングずれてたら危うくとーたんとかーたんじゃなかったかもよ?」ぷー太「タイミングがどこでもとーたんとかーたんだよ」 私「なんで?」ぷー太「運命だから」なるほど!!嬉しいこと言ってくれますね~~(^^)これからも親子3人仲良くいこーね! ←よければフォローしてください。 ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2016.12.26
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今日は10年前 ぷー太をドキドキしながら迎えに行った日です。どんな子かな?会ったら泣いちゃうかな?咲き始めの桜の木の下で、約束の時間まで二人で黙っておにぎり食べたな。トントンとドアがノックされて、ぷー太が職員さんに抱っこされて入ってきた瞬間、涙がもうどうしようもなく溢れて、正直ぷー太の顔はハッキリわからなかった。腕に抱いた時は、胸がいっぱいで言葉もでない。この時 いも(旦那)もそうだけど、ぷー太を抱っこして、自分たちの子どもはこの子だったんだなという気持ちと、この子の一生に自分たちは責任を持つんだなって思った。可愛いなとかそういう気持ちは後からじわじわときたかもしれない。今ではもう自分たちの子はぷー太しか考えられないので、きっと ぷー太に出会うために私たちは子どもができなかったんだなと思う。、、、、と ここまでなんとなく感動っぽくきましたが、本当は今日は記念日なので、お祝いをして、ぷー太には 今すごくハマっている暗殺教室の3DSソフトをプレゼント!の予定でした。、、、、が!!!昨日もらってきた通知表・・・・・(--;)なめてんのか!?そんなわけで 3DS没収プレゼントも延期(--)だって本体没収中なんだもんね。そんな記念日も ぷー太らしいのかもw ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2015.03.26
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ぷー太のクラスでは、日直の子が朝短いスピーチをするんだそうです。一応お題があるようで、今回は「名前の由来」だったそうです。ぷー太の名前はぷー太の産みのお母さんがつけてくれたのですが、2年くらい前に名前の由来を調べる宿題で必要だったため、会を通してお聞きすることができました。ぷー太の名前の由来・・・それはジャニーズの某メンバーのファンだから♪というとっても可愛い内容だったのですがwwwその当時も「え~それをそのまま書いたら、かーたんがファンのように思われちゃう~かーたんだったら「剛」か「光一」ってつけるのに~~←kinkiファンw」なんて言ったものです(^^;)www結局書いたのですがwww今回ぷー太はどうスピーチしたのか聞くと、「俺の名前は俺を産んでくれたお母さんが、ジャニーズの○○○さんのファンだからつけたそうです」と言ったそうです。ありの~~ままの~~~♪ですね(--=)wwwクラスの子は産んでくれたお母さんが違うなんて想像もしないのか、誰からもツッコミは入らなかった模様です。間違いなく私が某メンバーのファンと思われましたね(--;)wwwまぁいっか。ぷー太は小さい頃から話していたせいか、そういう事はケロっと話してしまいます。いつか知られたくないな~って思う時もあるんでしょうか(^^;)できればこのまま、ありの~ままの~~♪って堂々としていられる ぷー太でいてほしいです(^^=) ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2014.12.01
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いつも育児奮闘というか、ぷー太と楽しい毎日の日記なのですが、ちょっと真面目に・・・www何度がこちらでもご紹介していますが、私がぷー太をお世話になった会では、いわゆる真実告知とはちがう、テリング(Tell+ing)というのを子どもを迎えたその日からするようにと言われます。前代表が、「隠し通すことは不可能だし、子どもには知る権利がある、隠すエネルギーがあるなら子育てに使いなさい」と仰っていました。テリングとは ずっと伝え続けていくこと。子どもの成長と一緒に、その子の成長に合わせて。子どもを迎えた親にとって、この伝えるというのはすごく大きな課題だったりします。子どもはどう思うのかな?傷つくのかな?・・・・などなど。私も ぷー太がどう受け止めてくれるのか心配で、よく先輩に相談したものです(^^;)なので、このブログの中でテリングについて書いた記事をフリーページにまとめてみました。これからお子さんを迎えるとか、伝える方の参考になれば幸いです。こちらのからご覧ください。また、そういった記事を書きましたら更新いたします。※※※※※※※※※※※※※ついでに、最近ぷー太に聞いてみたことを載せてみます(^^)私は昔、テリングされたお子さんが、小学生高学年くらいになった時、どう感じているのか、本人に直接聞きたくて仕方なかったです。なので、そういうご要望もあるかなとwQ 養子って意味わかる?A よく意味がわからない(^^;)言葉を知らない。・・・「養子」の意味を説明(--;)Q 皆とちがって、産んでくれたママが一緒に住んでるママじゃないってことA 知ってる!お母さん二人いるよ♪ 産んでくれたお母さんと、かーたん まず、、ママが俺を産んでくれて、パパがいなくて、ママは仕事してるから、 俺を一人にしておけないから かーたん達にお願いしたんでしょ?Q 皆とそこは違うとこだけど何か思う?A お母さん二人いて嬉しい(^^=) Q もしママに会えるなら会いたい?A 会いたい!!Q 会えたらなにしたい?A 遊びたいな~~遊園地とか行きたいなQ ママになにか聞きたい?A 俺のお父さんってどんな人?←意外な答えでしたwwwQ ママと暮らしたい?A いや、それはいい。俺にはかーたんがいるから←泣かせるね~~Q もし、ぷー太が養子だってことを今まで言ってなかったら?A 怒る!Q なんで?A え?今までなんで教えてくれなかったの?って怒る!Q 怒ったらどうするの?A え?別になにもしないけどさ・・・ 、、、とまぁ こんな答えでした。もし、お子さんを迎えられた方で、これ聞いてみたいなどということがありましたら、メールをくださいませ。今年10歳、小学4年生のぷー太はこんな感じで、あまり何も考えてない、、というか妖怪ウォッチで頭がいっぱい?(ーー=)これから思春期を迎えて、どう考えが変わっていくのか、どう感じていくのか親として見守っていけたらなぁと思います。 ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2014.07.17
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※最初に、、、記事を不快に思われたら申し訳ありません(^^;)先日ぷー太と夕方のニュースを見ていた時のこと、私はテレビを見ていなかったのですが、側にいたぷー太が何気に「かーたん 人間は買えないよねえ?」って言うので、「当たりまえじゃん!」と返事した後、二人顔を合わせて数秒の沈黙、、、ぷー太がニヤニヤと笑いながら「かーたん ぷー太お買い上げ~~~」「は?」「ぷー太 特別割引セールだったの」「なになに?ぷー太セール中だったの?かーたんと とーたんがお買い上げしたんだ?www」「そだよ~~www」「こんな我儘ボーイ 買うか~~~い!!(^◇^;)」「ん?ん?じゃ初期不良多いぞ~~?メンテ?メンテ?」(※メンテ=メンテナンス)「ちがう~~ うそ~うそ~~ ○▽□※※@●○□!!」ぎゃはは~と二人で笑いながらコチョコチョ(←メンテ)wwwえっと、説明しておきますが、ぷー太は本当に自分が買われたとか思ってるわけではありません。昨年 民間団体への調査などのニュースもありましたが、民間団体で子どもを迎える場合「費用」がかかります。児童相談所と違い、民間の場合は、それまでにかかる施設費や事務費、子どもの保育料などがかかるのです。その内容は子ども迎える時受けた説明で十分納得できるものでしたし、ぷー太もそのことについて知っています。赤ちゃんが生まれるにも健診、出産と費用がかかるのと同じです。どういういきさつで我が家に来たか、どれだけの人の手助けがあったか、今は亡き会の前代表のご尽力と感謝、ぜ~~んぶわかった上でのもちろんジョークです。昨年ニュースで過剰な報道がされたとき、そうじゃないのに子どもが傷つくんじゃないか?と育て親たちは心配しましたが、こうやってジョークにして笑える我が家は、私たちの思いがちゃんと伝わっていってるのだなぁと思いました。 ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2014.06.20
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12月か~~なんか一年は本当に早いですね(^^;)今年ももうあと少しです。さて、ぷー太の1年分の写真を ぷー太のママに送りましたよ(^^)あ、、、直接ではなく、会を通じてです。最初は5月の子どもの日の後くらいに送っていたのに、夏休みの写真も混ぜたいな~~と夏休み後になり、すると今度は運動会のも入れたいな~~と毎年少しずつ伸びて、結局12月です(^^;)送った写真がこちら。 A4の両面アルバムは 私達家族用のものとほぼ同じですが、家族写真のいくつかを ぷー太に変更。良かった写真をピックアップしてL版写真数枚。ぷー太を出していただいたYOUNG DAISさんのWAYUPのプロモDVD(ネットよりダウンロード)あと私からのお手紙とぷー太からのお手紙です。私からの手紙には ぷー太の近況、最近夢中になってることや、身長体重、学校のことなどを書きました。ぷー太からのお手紙はままおげんきですか?もう3年生になったよ。まま こんどあおうね。ぷー太よりと書かれてあります(^^)ママとぷー太の絵も描いてあります♪子どもの成長は早いので、写真を見て、大きくなったなぁ~って思ってもらえるかな。ママからお返事は数年前に一度だけいただいたのですが、またお返事あるといいなぁ~~ぷー太 ママに会いたいんだよね。いつか会えるといいなぁ。会わせてあげたいな。ぷー太はもうしっかり自分のことわかってるし、今後成長していく中でも、ママに会うっていうのは 大切なことかもしれないなぁって思うんですよね。いつか夢が叶うことを願って・・・ぷー太 この1年も大きくなりましたよ(^^) ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2013.12.05
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ぷー太も小学3年生。最近 ぷー太のお友達に突然「ねえねえ ぷー太が かーたんが二人いるって言うんだけど本当?」と言われ、ええっ??(^^;)ってなることが時々あります。そうお友達に聞かれた時、私は焦りながらも、「うん そうだよ」と答えます。すると友達たちはザワつき、「どういうこと?どして?」となります。まぁそりゃそうですよね。ぷー太には、自分には二人母がいること(養子という言葉は使ってない)を友達に話してはいけないとは言ってないのですが、ぷー太の境遇は皆には稀なことであるので、言われても、お友達は困ってしまうし、そんなに誰にでも話すことではないよ。でも、本当に仲良しの友達で、こいつなら話してもいいと思う相手ならお話ししてもいいよと言ってるのですが、どうやら最近は結構誰かまわずペラペラしゃべってるらしい(^^;)自分には もう一人お母さんがいることや、我が家に入籍前の旧姓があること(もう一つ苗字があったこと)、前は違う場所に住んでいたことがあることなどがどうやら自慢らしい(--;)俺にはもう一つ名前があったんだぜ~ みたいなノリ?(^^;) 3年生ってそういう年頃なのか、、、、当然それを聞いた子は信じられず、私に「ぷー太の言ってること本当?」確かめにくるのですが、「そうだよ」と言われますますパニック(@@;)そりゃそうだよね~3年生の子には意味わからないと思う(^^;)それで 仲良しのママさんなどは以前からうちの事情は話しているので、「最近 ぷー太が自分のことをペラペラ話してるみたいなので、もし、お家でお子さんが ぷー太がこう言ってたって話になったら、ごまかさずちゃんと伝えてもらえるとありがたいです」とお願いしました。3年生、、ちゃんと話せば理解できる歳だと思いました。あるママ友さんのところでは、娘さんとその話になり、「じゃあ ぷー太とかーたんは幸せなんだね」という結論になったそう(^^)そういうふうに うまく伝わるといいなと思います♪、、、、が ぷー太 本当お喋りボーイです(^^;)うーん。 てへ♪(^~^=) ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2013.11.14
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6月くらいに こちらのブログで「ホントウのかーたん ニセモノのかーたん」という記事を書いたのですが、その後 その記事に 子どものほうの立場という方からコメントをいただきました(^^)以下転載です(ご本人様の許可あり)檸檬6さん はじめまして。突然すみません。今日初めて日記を読ませて頂きました。実は、私自身が特別養子縁組で両親の元に来ました。うちは20歳になるまで隠すつもりだったようですが、自分でも不思議なんですが「ここの家の子じゃない」ってわかるんですw反抗期の時に、自分から言いだし両親が本当の事を話してくれたのですが、その後もずっと喧嘩があると「本当の子どもじゃないからでしょ!」と言ってました。でも、本音は本当に違うんです。なんでそんなこというの?って言って欲しいんです。あなたが一番かわいいと。両親の愛情を試してるんです。特にうちは、隠していた分私自身がいつか捨てられるんではないかと不安だったせいもあると思いますがw言った後で必ず後悔しています。これからも色んな事があると思いますが、「ママの子じゃない」という度に大好きよーと言ってあげてください。それで十分です。無事大きくなった子どもの意見として❤とっても参考になります。この方のお話しの中の「なんでそんなこと言うの?と言って欲しい」「あなたが一番可愛いと言って欲しい。」「言った後で必ず後悔している。」これがすごく そうなんだって思いました。先輩のお話しの中の「本当のお母さんじゃないくせに=お母さんから産まれたかった」というのと同様に、子どもはそういう言葉を言うことによってそれを親に違うと全力否定してほしいのかもですね。あなたは私達の大切なわが子。他の何にもかえられない。大好き。私も普段から好き好き言ってるんですけどね~(--=)恥ずかしい話ですが、ぷー太と私で部屋の端っこに立って、お互い手を広げて「わ~~~」と駆け寄って抱き合うとかwwwただ、私はぷー太を産みたかったということにはこだわっていません。なんていうか表現しづらいのですが、もし、自分が産めたとしても、それはきっと ぷー太だったんじゃないか?と思えるのですが、巡り会えた運命を大切にしたいというか・・・。あの初めて抱っこしたときに、やっと会えたね!あなたに逢うための今までだったんだなと思った気持ち。それを ぷー太にもよく話します。ぷー太の言った「かーたん俺でラッキーだった?」ラッキーもなにも あなたしかいません。私達の運命の子は。※※※※※※※※※※※※※7月にメディアによる民間団体のことが取り上げられましたが、そういった報道により金銭の問題だけが重視され、乳幼児の縁組の大部分を民間が国からの補助もなく、担っているということが世間に誤解されてしまうのが悲しいです。私のお世話になった会からのお知らせはコチラです。とてもお世話になった前代表が 目を細めて「あなたたちの幸せを祈ってる」っておっしゃっていたこと、闘病のベッドの上でも最後までレスキューの電話をとられていたこと、私は絶対忘れません。 ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2013.08.14
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7月1日にアクセスが1500000HITに到達しました。ありがとうございますm(__)mぷー太を迎えてから ちょこちょこと書いてきたブログですが、こうして皆さんに来ていただいたり、コメントいただいたりして、楽しく続けることができています。最初、私は3DCGのHPを作っておりまして(約10年前^^;)その頃HPにいらして下さる方は一日に30人もいませんでしたが、そういうものなんだと思ってました。(その頃のCG作品は 「ひだりちゃんの部屋」でご覧いただけます)友人が不妊治療のHPを立ち上げて、治療仲間との交流や治療日記などを書きはじめ、それがとても賑わっていたので、すごいな~とは思いつつも、出口の見えない、結果がわからない治療日記を書く気持ちにはなれず、細々とCGサイトをやっておりました(^^;)治療を終了し、ぷー太を迎え、ふと、これまでのことを自分の記録として書いておこうと思ったのがこのブログの最初で、気が付けば沢山のブロ友さんができ、また、私の拙いブログがきっかけで同じように子どもを迎える選択をしましたと仰って下さる方や、逆に、このブログのぷー太の様子を読んで、自分の子どももそういふうに幸せになれるのならと、勇気の決断をしてくださったお母さんもいらっしゃいます。本当にありがとうございます。私は本当 こうしてネットを通じて、色んな方とお知り合いになれたり、コメントいただけたりとそういうのが嬉しくて、親ばか日記を書いてるだけなんです(--=)汗。最近すごく生意気になった ぷー太との楽しい毎日をこれからも綴っていけたらなぁと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 まぐ♪・ぷー太・いも(旦那) ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2013.07.03
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前の記事では沢山の温かいコメントをありがとうございました。コメントのレスでも書いたのですが、親子の絆って日々の積み重ねだと思うんです。なので ぷー太のそんな言葉にはビクともしない自分がいますwwwまぁ考えてみれば自分も親にむかって、「こんな家に生まれたくなかったよ!」とか言ったように思います(--;)かといって 出ていく気なんてないんですがwwwこれが成長の過程で誰もが通っていく道なのかなぁと思ったりします。昔、今は亡き会の代表に「もし子どもを迎えられたらどうしたいの?」と聞かれ「はい!!がんばって可愛がって育てます!!」と答えた私に「はん!子どもはいつまでも可愛いままじゃないのよ。何ってるの」と言われたことがあります(^^;)今その言葉がしみじみそうだと思います。生意気になって、口答えして、知らないって嘘ついて、言うこと全く聞かなくて、何度も同じこと言わして・・・・確かに可愛いままじゃない(^^;)www毎日怒って、奮闘して、でも笑ってそうやって日々を重ねていくうちに親子の絆って確かなものになっていくんですよね。それは 養子だろうが、血がつながっていようがたぶん変わらないことなんだと思うのです。子育てって結局は自分が育てられてるんですよね。まぁ ぷー太と同じレベルで喧嘩してる私はいまいち成長してないのかもですが(^^;)www でも やっぱ ぷー太は可愛い 親ばかです私(--=)www ←ポチお願いします♪ にほんブログ村 ←ついでにこちらもポチっとwww 人気ブログランキングへ
2013.06.12
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最近 福山雅治さんの映画の話といい、この手の話がわが家で頻繁にもちがあるので、今日もその話です(^^;)最近ぷー太は イキがるのがカッコイイと思ってるのか、親に怒られてるも素直にゴメンナサイと言えず、色々口答えしてきます(--=)そんな中、「ふんだ!かーたんなんか 本当のかーたんじゃないくせに!俺の本当のお母さんはママだから」なんて言うわけです(^^;)昔、こういうことを言われたら私泣いちゃうかも~って思ってて、先輩に聞いたら、「そんなの日常茶飯事だよ!それがどうしたよって言うよ」と言われたことがありますが、今まさにその気持ちがわかります(--=)www別に涙もでませんし、悲しくもありません。「あん?今なんつった?」「だって本当のことじゃん!!ママがいなかったら生まれてないんだからさ~」「そうだよ。ママがぷー太を産んでくれた。それは大切なことだし、本当のことだよ。でも 本当のってなに?じゃぁ かーたんととーたんはニセモノのかーたんととーたんなわけ?」「・・・・・」「じゃ これから ニセモノかーたん ニセモノとーたんって呼んでくれる?」「・・・・・・(涙目)」「あのさ、本当とかそいうのあるの?ぷー太を産んでくれたママも本当のママだけど、ぷー太をこうやって大きくして一緒に暮らしてるかーたん達も本当の親じゃないの?」「とーたんが 毎日一生懸命働いてくれてるのは誰のため?オモチャ買ってくれるのは誰のため?かーたんが美味しいご飯作ろうって思うは誰のため?全部 ぷー太がかわいい大切な とーたんとかーたんの本当の子どもだからじゃないの?」ぷー太 涙目でコックリ「とーたんと かーたんがどれほど ぷー太を大切かわかってるよね?」ぷー太 うわわん。 本当は ぷー太もよくわかってるんですよね。私が言わなくても。ちょっとイキがりたい、、それだけなんでしょうね。たぶん今後これからも同じ会話が繰り返されるんだと思います。でもなんかへっちゃらwww前に先輩がおっしゃっていたのですが、「本当のお母さんじゃないくせに=お母さんの子で生まれたかった」 そうなのかもしれません。あの言葉は確認したいだけなのかもしれません。俺のこと好きだよねって。今日も とーたんと同じ寝相で くかーって寝てるぷー太。 あんたらソックリですから(--;)親子でしょwww ポチお願いします♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.06.09
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先日テレビで「そして父になる」という映画(福山雅治さん主演)がカンヌ映画祭に出品されたというニュースをやっていて、ぷー太と何気にそのニュースを見ていました。その映画は 6年間育てた子どもが取り違えられた他人の子どもだったというものらしく、父である福山さんの心の葛藤や、血のつながり、心の絆などを考える作品のようです。6年間育てたわが子が他人の子だとわかっても、じゃぁって交換できるものか?血のつながりと6年間の思い出どちらが大切なのか。まぁ 我が家のように最初から血のつながりのない家族にはこの葛藤はなしで、6年間家族として生活した子が大切でしょ?って思うのですが、みなさんはどうなのでしょう。ぷー太が「血のつながりってなに?」って聞くので、「うーん もし、かーたんが産んだのだったら、その赤ちゃんには かーたんととーたんの血が半分ずつ入ってるんだよ」「じゃあ 俺は ○○ママの血がはいってるんだ」←嬉しそう「そうそう そうだよ~^^」「血がつながってるとなんかあるん?」この言葉 直球ですよね~www「ん~~~ まぁ顔とか似る?ほら すぅちゃんとすぅちゃんのママとか顔そっくりでしょ?まぁ かーたんにとっては どうでもいいものなんだけどね」赤ちゃんの頃から 伝え続けてきた ぷー太には逆に血のつながりがあるっていうことがピンとこないようです。「だからさ~ この映画はさ つまりはさぷー太が年長のときに じゃ 今からよその家にいける?って話なわけよ」「絶対 む~り~~」「かーたんだって 絶対無理だよ」「じゃ このお父さんはなんで悩んでるんだろうね」「、、、ね~」と まぁ こういう会話になりました(^^;) でも この映画ちょっと見てみたいです。 ポチお願いします♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.05.31
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こんにちは。4月になり ぷー太は3年生になりましたよ(^^)今度の一年も楽しく過ごせるといいなぁ~~♪♪♪さて、そんなぷー太なのですが、2年生の終わりに製作したものが春休み前に戻ってきました。冬休みから2年生最後までかけて、「みんな大きくなったよね」という自分史を作っていました。生まれた時のこと、お腹の中にいた時こと、0~1歳 2~3歳 4~5歳 1年生 2年生と書いていきます。その ぷー太の書いたものが結構面白かったんです。 ぷー太には 学校で発表があるかもしれないから、産みのママのこととか細かいこと書かなくてもいいよって言ってたのですが、ちゃっかり書いてますwww(どうやら本人は周りが気にならないらしい)そして 次に お腹の中のときのこと。これは 本当はエコー写真を貼って、お腹の中にいたときどんなだったか、(元気にお腹蹴っていたよ~、、、とか)お母さんに聞いて書くというものだったのですが、 なんか エコー写真らしき絵が笑えるwwwお腹の中のことも想像(?)で書いてあるしなかなかいいんじゃない?(^m^=) (本当はエコー写真は頂いたものがあったのですが、、、)この後のぷー太の記事は「ぼくは0才のころ ○○けんにすんでいて、ママはぼくをおいてしごとにいくわけにはいかないので、いまのおかあさんに さづかれたんだよ」とあります。 ※さづかれた=授かっただと思いますwww なんか とても素直に私たちの話しが伝わっているように思います。 小さいときから 時にふれ、もう一人のママの話をしたり、どうして我が家に来たのか話してきましたが、ぷー太の中では 「あぁそうなんだ」とストレートに受け止めてるようです。ちなみに ぷー太に「ほかのお友達とか皆は産んでくれたお母さんと一緒に暮らしていて、ぷー太は違うけど、それって何か思うことある?」と聞いてみたところ「べつに」との返事でした(^^;)www逆に「かーたん おれでラッキーだった?」と聞かれましたwww はいはいラッキーラッキー最近すごく生意気で怒鳴ってばっかりだけどラッキーラッキーwwwすごい嬉しかったんだよ!!(--=)照。 ポチお願いします♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.04.11
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毎日新聞社より「こうのとり追って」という本が出版されました。この本は「抗えない「卵子の老化」。男性不妊。不育症患者140万人。“的中率99%”の新型出生前診断。高くない不妊治療の成功率。のしかかる心身の負担―。子を産むことはこんなに難しいことなのか…?妊娠・出産事情の最先端に追る初の本格的ルポ。」(BOOKデーターベースより)といった内容です。 不妊治療の金銭的、精神的負担や、今話題の出生前診断や卵子や精子提供などのお話、また、私たちのように子どもを迎える選択をした話など、子どもを授かることへの色んなルポが載っています。昨年 新聞に掲載された記事が元になっていて、新聞記者さんのルポなので、とってもまじめな形の記事となっています。昨年その連載記事に私達家族も取材を受けたのですが、その記事「心でつながる親子」もちょこっと載っています。機会があれば、是非読んでみてください(^^) こうのとり追って 晩婚化時代の妊娠・出産 ポチお願いします♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.03.07
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ぷー太を産んでくださったママへ写真とお手紙を送りました(^^)ここ数年は年に一度送っているのですが、本当に一年は早いですね!!(^^;)ついこの間送ったと思ってたら もう1年まわってました(汗)ヤバヤバ(><) いつものようにアルバムとぷー太からのお手紙です♪でも!このお手紙 今回はちょっと読んでドキっとしてしまいました(^^;) 「ままへぼくをうんだときから1日もあってないね。 ままは とおいところにすんでるからあえないね。ぼくのおうちにもきてね。つぎあったときは まま げんきでいてね。 ぷー太より」 ちゃんと読めば、ふんふんなるほどって内容なんですが、最初の ぼくを生んだ時から一日も会ってないねって文章は結構ドキリとしません?「いやいや 最初の一ヶ月くらいは一緒だから一日会ってないわけじゃないよ」とは言いましたが、たぶん ぷー太は「別れてからはまだ一度も会ってない」と言いたいのでしょうね。そしてその後の文章に続くように「会いたいな」って思ってるんでしょうね。子どもの表現ってストレートですね。ぷー太の願いが叶って いつかお会いできる日がくるといいなと思います。 この写真をご覧になって ぷー太の成長を喜んでくださると嬉しいです(^^) ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2012.09.11
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先日 毎日新聞さんで「心でつながる親子」というタイトルで養子縁組や、里親さんなどをされてる方の特集連載が5回にわたって掲載されていました。その中の1回目、2回目は私がぷー太をお世話になった会が取材されたんですよ(^^)こういう家族のあり方もありますよ~という感じに紹介されていて、なかなか素敵な記事でした。新聞のほうはもう終わってしまいましたがネットほうでは記事を読むことはできますのでもしよければご覧になってみてくださいね~(^^)うちの会だけではなく、児童相談所を通しての里親の方や色んな体験談が読めますよ。こういった記事で皆さんにまた関心をもっていただけたらな~と思います。 1月25日心でつながる親子:/1 育てる喜び、「縁」に感謝 1月26日心でつながる親子:/2 「母親2人」伝え続ける 1月27日心でつながる親子:/3 乳児院で「お見合い」 1月30日心でつながる親子:/4 生後5日、「わが子」に 1月31日心でつながる親子:/5 手をつなぐ、巣立つ日まで ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2012.02.01
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衆議院議員の野田聖子さんのドキュメンタリーを見ました。なんか色々考えてしまった・・・私も子どもが産めなかった人間としてどうしても子どもが欲しい、どうしても母になりたかったというその気持ちはわかる。私自身の選択肢にはないけど、代理母や卵子提供を選択する人の勇気を否定するつもりもないし。養子縁組にしても 人によっては「子どもだったらなんだってよかったんでしょ?」と言われたこともあるし・・・ただ、あの息子さん。あれだけの障碍を持ってしまったことについては何とも言えないくらいその事実が重くのしかかる。見ていて辛かった(><)なんだろう・・・子どもを授かるのには色んな手段があると思う。不妊治療、養子縁組、代理母などなどそのリスクを望む本人が負うならそれは自己責任だと言えるんだけど、あの小さな命がリスクを負ってしまうのだったらそのやり方は正しいの?番組が終わってからもボーっと考えてます。子どもが欲しい気持ちは理屈じゃないけど でも・・・いや でも・・やっぱ欲しい でも・・・ 頭グルグル(汗)ただ、、あの頑張っている真輝くんに すばらしい未来がありますように そう願うばかりです。 ※この記事は私個人のつぶやきですので、もしかしたら削除するかもです。 ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2012.01.21
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ぷー太の誕生日の記事の続きです。実はこの日サプライズがありました。 、、、というのもなんと!!ぷー太の産みのママからお手紙をいただいたんです!!!ぷー太の産みのお母さんからはぷー太と特別養子縁組が確定した少し後一度だけ私たち宛てにお手紙をいただたことがありました。そのお手紙は 産みのお母さんの写真とぷー太を育てていただいて感謝しますというようなことが書かれてありました。でも ぷー太自身は産みのお母さんからお手紙をいただいたことはく、昨年くらいから、ぷー太の写真をお送りする時にぷー太も「おてがみください」と似顔絵つきの手紙を書いていました。今年はぷー太もずいぶん字が読めるようになったこともあり、会を通してお返事いただけないものかプッシュしていただいたんです。夏の終わりに写真を送ってから音沙汰なしでしたので半ば諦め気味でしたが、ぷー太の誕生日の一日前に 会の方から「お手紙きました!!」との嬉しい知らせがあり、この誕生日当日にギリギリ間に合ったんです!!(^^=)あの焼肉屋でドキドキのお手紙開封です!! ぷー太が読みました。お手紙には「ぷー太くん おおきくなりましたね。これからも もっとおおきくなってかっこいいおとこのこになってください」と書かれてありました。短いお手紙でしたがぷー太にとって生まれて初めてのママからのお手紙です!!!きっとこの短い文章を考えるのに何日も悩まれていたのかもしれません。手紙の最後は フルネームでお名前が書かれてありました。実をいうと私は そこは「○○ママより」 と書いてないかな~とちょっぴり期待していたのですが、そこはやっぱダメでした(><)ぷー太が書くお手紙にはいつも「○○ママへ」と書いていたのでもしかしたら~なんて思ってたんですが・・・でも いも(旦那)は 「それって自分達に気を遣ってじゃないの?」 と言います。そうかもしれませんね。ぷー太 生まれて初めてのお手紙嬉しかったね。大切な宝物にしてとっておこうね。またお手紙もらえるといいね。ママの言うように もっと大きくなってカッコよくなろう!! ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2011.12.23
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一年って本当早いですね~~産みのお母さんに写真を送ってからあっという間に一年です。今年は卒園入学とあったので、それが終わってから送ろうと思っていましたが、その後写真の整理をしていたらあっという間に夏ですし(^^;)これは急がねば!!と(笑)今回送ったのはこちら~~ 写真に、アリスで撮った入学写真と、年長の発表会のDVDそれに ぷー太から手紙です。手紙には「○○ママへぷー太は一ねんせいになったよ。たのしくがっこうへいっています。○○ママはげんきですか。おてがみください。ぷー太より」と書いてあります(^^=)最近 ぷー太は 産みのお母さんのことがとっても気になるようです。「ねえねえ ぷー太の 前の名前なんだっけ?なにぷー太だったっけ?」と 入籍前の苗字を聞きたがったりもします。興味があるんだな~~~それで今回 ぷー太はママに「おてがみください」と書いてみたらしいのです。ぷー太の産みのお母さんからは前に一度ぷー太が1歳くらいの頃、お写真とお手紙をいただいたことがありますが、そのお手紙は私たちに対してだったので、できれば ぷー太に一度はお手紙欲しいなと私も思っています。でも あちらのお母さんにも事情もおありでしょうからぷー太には「お返事こなくても がっかりしちゃだめだよ」とは言ってあります。、、、だけど こなかったらがっかりするんだろうなあ(><)ぷー太が傷つかなければいいなぁと思っています。まぁそこのフォローは私たちの役目ですよね。お返事 ぷー太と私で待ってみます♪ ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2011.07.15
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先週偶然ドラマ「生まれる」って言うのを見ました。私は普段あまりドラマを見ないほうなのですが、テレビをつけていたら突然「子どもに恵まれなかったら養子を考えるか?」といったインタビューの番組が始まり、おや?ドキュメンタリー?と思って見てると、それが「生まれる」というドラマだったんです。田中美佐子演ずる女性が高齢出産するという話だというのはCMでチラリと知っていたので、「あれ~~?なんで養子の話????」と不思議になって見てると、家族の中に養子の長男君がいたり、不妊治療してる友人がいたりといった内容になっていました。特別養子縁組についても 結構掘り下げて解説してあってビックリでした。 今日の回の放送で治療では子どもを授かること難しいであろう友人が医師から子どもを授かる道なら他にもあるという話をされます。「子どもを生みたいのか 育てたいのか」どちらですか?と聞かれます。このセリフって私がこの日記で書いてるそのままですよね(笑) 私も当時そう考えたんですよね。結果の出ない先の見えない治療に お腹に授かることは無理かもと。そのとき「自分たちは生みたいのか 育てたいのか」これを いも(旦那)と真剣に話し合ったことです。そして「育てたい!」と考えた私達は幸運にも ぷー太に巡り会うことができました。お腹に授かるだけがわが子と出会う方法じゃないと私も思うんですよね。もちろんこれは私達の考えなので、人には色んな価値観があると思います。ですが、この番組などを見て そういう道もあると考える人もいるかもしれませんね(^^)ただ、この番組の施設のシーンでも出ていましたが、現在施設には昔の孤児院とちがって親のいない子どもが預けれているわけではなく、 大抵の子どもには親権者がいます。ですので 子どもを迎えて養子縁組をしたいとか里親になりたいと思われても、実際にはその道のりは厳しいという一面もあります。わが子を腕に抱くためには厳しい棘の道を夫婦二人で努力と信念で乗り越えていかなくてはいけません。 でも それでも それを乗り越えてまた新しい絆で結ばれた家族が生まれれば素晴らしいことだと思っています。 ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2011.06.04
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今日は ぷー太と出会った日です(^^=)丸6年になりました早いものですね~~~運命の子にやっと出会えたと涙して、いも(旦那)と二人で抱っこしたあの日。今は いつも3人が当たり前で、私はしょっちゅう 「こら~~!ぷー太ぁ!」と大きな声だしてるし(笑)ぷー太は 仮面ライダーと電車とマリオとじゃがりこで頭一杯だし(笑)こうやって 一年一年 積み重なって、家族で歩いていくんでしょうね。ぷー太のかーたんになって2190日これからもずっと一緒。ぷー太のとーたんと かーたんにならせてくれてありがとう。 「ぎゃはは かーたん もっと~~」 掃除機にもだえる ぷー太(--=)本当 普段こんなことばっかりやってる(笑) ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2011.03.26
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ぷー太の産みのお母さんに写真送りました~(^0^)今回はちょっと期間が長めでした(^^;)なんか色々とイベントがありすぎて、この写真も入れたいとか、あの写真も入れようかとか色々考えているうちにあっという間に日が過ぎて、、、おぅついでに言うと写真入れすぎて、プリントアウトするインクがなくなり、インクがちと高いもんですから、なかなか買えなくって、、ゴニョゴニョ、、、とまぁそんな話は置いておいて、ジャジャーンこれが今回のセットです♪ 我が家で作ってるアルバムにスタジオア○スで撮った誕生日&七五三写真。幼稚園発表会のDVDとぷー太から絵です♪去年の秋からなのでずいぶんたまってます。5月のこどもの日あたりくらいまでの写真を入れました(^^)喜んでくださるかな~~~(^^=)ぷー太の成長にはきっとびっくりされますよね(^m^=)※※※※※※※※※※※※※※※※※※※先日のHNKのヒューマンドキュメンタリーの放送の後、色んな方のブログにその感想が書かれてあって、興味深く読ませていただいたのですが、その中に「あの放送の中で産みの親にバスケの試合を見に来てほしいという長女の願いが叶わず大泣きする長女に養母が産みの親を嫌いになるんじゃないよとやさしくなだめる姿に感動した。本当は養親からすれば産みの親になんて会ってほしくないだろうに」とか「一生懸命育てた子が産みの親を慕って泣く姿を見るのは育ての親の気持ちを考えると胸が痛い」というようなものがありました。いえいえ!!うちなんかで言えば逆に是非お会いしたいんですが!!!おかしいかな?(^^;)ぷー太にももちろん会わせてあげたいし、私達夫婦も会いたい。もし会えたら、私なんて産みのお母さんに抱きついて泣いちゃうかも(><)私も産みのお母さんも 同じぷー太の母。ぷー太にとっても私達にとっても大切な方だと考えています。私にはささやかな夢があり、それは色んな事情で叶わないかもしれませんが、ぷー太がいつか結婚するときは、二人の母が出席できたらいいなぁと思うのです。 ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2010.05.29
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お知らせです。ジネコから発刊されているフリーマガジン夏号が5月25日発刊されました!全国のドクターが赤ちゃんを望む方への色んな疑問に答えてくださったりと、とっても内容が豊富です。しかも無料です!!こちらに 私の体験記が連載されており、今回連載2回目となっております(^^=)是非是非 興味のある方は読んでみてください。 2010年 夏号●ジネコフリーマガジン定期頒布のお申し込みは こちら からです♪ ポチっとよろしく♪ にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村
2010.05.27
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シンポジウムのお話を書いたのでついでにそのまま我が家のテリングの話を書きます。ぷー太を迎えた会では「真実告知」をしません。真実告知ではなく「テリング」をします。テリングとは 話続けること。真実をただ話すのではなく、物心つく前からどれだけ自分達があなたに出会いたかったか、どうやって巡り会えたのか、お母さんは二人いること。皆があなたを愛してることなどなど子どもの成長に合わせながら話続けていくことです。我が家も最初は○○ママという名前から教えました。そのうち ○○ママは ぷー太を大好きな人と教え、写真をいただいていたので写真も見せました。そういう話をするのは 公園で遊んでるとき、ス○バでお茶してるとき、お風呂でとさまざま。写真もいつでも見せれるように持ち歩きました。幼稚園に入る頃には ○○ママはぷー太を産んでくれた人と言いました。○○ママは ぷー太を産んでくれた人。かーたんは ぷー太といつも一緒にいる。ぷー太の家族は とーたん かーたん ぷー太 ○○ママ。ずーっと そう話ました。最近では そういう話になると ぷー太はちょっと得意げになって「ぷー太知ってるよ!!!かーたんととーたんが 神様に ぷー太に会いたいってお願いしたら○○ママがお願いしますって 預けてくれたんでしょ」と言います(^m^=)笑。ぷー太はぷー太なりに理解していってるようです。それはとても自然なこととして。我が家のテリングはまだまだ途中ですが、先日のシンポでの先輩方のお話を参考にしながら、何でも言い合える家庭を目指してこれからも気負わず頑張りますよ(^^) ○○ママの写真にチュゥ♪するぷー太(^^=)この写真は ぷー太2歳すぎの頃です。今でも写真を見せるとチュゥ♪します(^^) (私)かーたんとは 濃厚なブッチュウ(-3-)をしまくっています(笑)
2010.03.24
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テレアサショップの後のお話を書く前にちょっとお知らせです♪私が不妊治療をしているとき、いろんな掲示板や不妊仲間のHPなどをめぐって、情報集めや意見交換などをしていたのですが、その掲示板のひとつ「ジネコ」から季刊ででているフリーマガジンがあるんです。内容は全国の不妊治療専門ドクターなどが皆の色々な質問や疑問にアドバイスしてくれたり、治療の方法や、助成金についてなどのお話などなど本当にこれが無料でいいの?って思うくらい充実内容です。治療をされてる方にはとっても有難い本です。その2010年春号がこの度 発刊されたのですが、その中に 私たち夫婦がぷー太に出会うまでのお話の連載の1回目が掲載されています治療だけではなくこういう道もあることをお伝えするためにこの度取材をお受けしました。このブログのフリーページにもまとめてあることと内容は同じですが、こちらはちゃんとライターさんが書かれているのでとっても読みやすいですよ(^^=)興味のある方は是非是非 フリーマガジンを申し込みされてください。 2010年春号●ジネコフリーマガジン定期頒布のお申し込みは こちら からです♪
2010.03.03
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半年に一度のぷー太の写真を産みのお母さんに送りました(^^)子供の成長というのはとっても早いですから、この半年の成長ぶりにびっくりされるのではないかなぁ~と思っています(^^)ひらがなを少し覚えたり、ゲームも少しするようになりましたし、幼稚園でお友達も沢山♪また幼稚園で生意気な言葉も覚えてきました(笑)電車オタクは磨きがかかっていますし、戦隊ものは相変わらず大好きです。 今回は メッセージカードに 産みのお母さんへ絵を描いてみました。○○というとこには お母さんの名前が書いてあります(^m^=)ひらがなをちょっぴり書けるようになったのでこういうカードも作れるようになりました♪そのうちお手紙書けるようになったらいいなと思っています(^^)小さい頃から ぷー太にはずっと産みのお母さんの話をしてきましたが、最近は ちゃんと「ぷー太を産んでくれたのは○○ママ」と覚えたようです。(本当の意味で理解してるかどうかは不明ですが)普段 ぷー太を怒ってばかりいますが(^^;)こういう写真を準備してるときハッと初心を思い出したりします(--=)反省反省。ぷー太は今日も元気一杯ですよ♪
2009.08.31
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ぷー太のもう一人のママに写真を送りました(^^)今はだいたい年に2回のペースで写真を送っています。ちょうど今くらいの一月に一度。6~7月くらいに一度のぺースです。1月だと夏休みから誕生日、クリスマス、正月までが入れられるし、次の6~7月くらいだと 子供の日や、進級などのイベントが入れられるんですよね(^^=)いつもは 自分達と同じアルバムとア○スの写真(撮ったときは)なんですが今回は初めてDVDもつけてみました。2学期のお遊戯会のビデオです(^m^=)ふっふっふ スペシャルセットです(笑)ぷー太の成長を喜んでくださるかな~~♪
2009.01.23
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今まで ぷー太の産みのお母さんのことを「○○ママ」とか「○○お母さん」と教え、写真を見せながら「○○ママはぷー太が好き好き~な人なんだよ」とか「ぷー太のお母さんは かーたんと ○○ママの二人だよ」とかそんなふうに話していました。ぷー太は イマイチ意味はわかっていない様子でしたが○○ママが大好きな人だっていうことはわかるらしく、○○ママの写真を見せるとチュゥ♪なんてすることもありました(^^)先日 夜 寝る前のベッドの中で、とーたんと かーたんの名前の話になり(最近は 自分の名前だけでなく、親の名前も言えるようにしてます)そのとき 何気にふと私が「ぷー太は ○○ママから生まれたんだよ」と言ってみたんです。正直 私は 今までのぷー太の様子から まだよくわからない歳なので「ふーん そうなんだぁ」というわかってるのか わかっていないのかというような返事が返ってくると思っていました。すると ぷー太は 私の予想に反して 「え!!?」とちょっと驚いた顔になり、「じゃぁ かーたんは?」と聞き返してきたんです。この反応は予想外です!!私はちょぴり焦りましたがここは ちゃんと答えなくては!!と思い「かーたんは ぷー太を産んでないけど ずっと一緒にいるんだよ。とーたんと かーたんは ぷー太に会いたくて会いたくて神様にぷー太に会わせてくださいって沢山お願いしたら、神様がぷー太に会わせてくれたんだよ。とーたんと かーたんは 嬉しくて嬉しくて やったぁ~って会えたね~って泣いて喜んだんだよ。だから ぷー太はとーたんと かーたんの宝物なんだよ。ぷー太が大好き♪」、、と ゆっくりと話ました。すると ぷー太は「えへへ~」と嬉しそうな顔になり、その話はそこで終わりになりました。まだ わかってない わかってないと思っていましたが、そろそろ 誰から生まれたとか そういうことがわかる歳になってきたのかもしれません。幼稚園でも 誰々くん(ちゃん)に弟や妹が生まれたよって話がでるからかもしれません。これからは まだわかってないと侮らず、ゆっくりと 私達のこと、○○ママのことをうまく話せていけたらいいなぁって思います。ぷー太はこの日の私の話をどう受け止めてくれたでしょう。
2008.09.10
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今 とっても悔しいことがありました。涙が止まりません、、、(><。)さっき地元の友人から電話がありました。7月の選挙をお願いという電話だったのですが、話をしている中で 児童手当や不妊治療の助成金の話になりました。不妊治療の助成金は結局私が治療をやめる頃に始まったので、もうちょっと早くだったらよかったのになぁ~って話してると、他の治療してる友達もいるでしょ?と友人K子が言うので、「いやぁ~不妊仲間は皆妊娠したんだよね。今は治療の技術も進んでるし」と私が返すと、そうだね今は代理母もあるしっていう話になったんです。ちなみにK子には子供が二人います。代理母の話になったので私は「私は代理母はどうかと思うよ。危険だってあるし」って言ったんです。そうするとK子は代理母推進派なのかそれでも子供欲しいって気持ちは同じだから、いいと思うって言い始めたんです。私は「同じかなぁ、、、私は子供が結局出来なかった人間だけど、そこまで血にこだわる気持ちがわからないよ。代理母になってくれた人にだって危険を負わせるわけだし」って言いました。するとK子は「なんでそんなにマイナスのことばかり考えるの?上手くいくほうが多いんでしょ。もし万が一あっても相手もそれを覚悟の上での話なんだし、なにより愛する旦那との子供が欲しいっていう気持ちは大切じゃん」と言うんです。「いくら 相手が覚悟の上でも それでも万が一あったら最初に契約したでしょ?って割り切れるものじゃないでしょ?だいたい、今は色んな国で禁止の方向で動いているわけだし、それって禁止になるにはそれなりに理由があるからでしょ。それに絶対愛する人との子供じゃないと嫌っていうの どうかなぁ。まぁ人それぞれの考え方なのかなぁ」と私が言うと「じゃぁ言わしてもらうけど、そんな子供子供っていうけど世の中には子供いなくても幸せな夫婦が沢山いるよ。まぐは子供欲しい欲しいって言ってたけど なんでそんなに子供なん?どうしても欲しくて養子もらったのって 結局子供ならなんでもよかったんじゃん」って言うんです。、、、は?!って言葉につまりました。子供いなくても幸せな夫婦はいる、、、何度も聞いた言葉。でも何故それを 子供二人いるK子に言われなきゃいけないのか。ましてや 「子供ならなんでもよかったんじゃん」これって人に言っていい言葉だと思いますか?それを言うの?それを口にだすK子の人間性が信じられない。それにK子は「まぐは不妊の気持ちは不妊の人にしかわからないって言うけどじゃ反対に あんたには 子供を産む素晴らしさや感激はわからないよ」とまで言いました。そりゃわからないよ、、知りたかったけど できなかったんじゃん。私だって知りたかったよ。知りたかったよ。知りたかったよ。でも今目の前にいる ぷー太がなにより大切。かけがえのない宝物。誰でもよかったんじゃないもん。絶対違う!!!一番言われたくなかった言葉。なんでこんなに傷つけられなくちゃいけないの?涙が止まりません(;;)悔しいです。
2007.05.14
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仲のいいお友達には ぷー太が養子であることをお話しています。ですが、毎日遊びにいく公園のママ友さん全員にカミングアウトしてるわけではないんですね。何度も一緒に遊ぶようになってきて、親しくなって、信用できる方だなぁって思うとお話するんですが、大抵そのタイミングというのが出産の話しになったときです。公園のママさんの話題といえば、やはり子供のこと、旦那の愚痴(笑)、二人目の話しや出産のときの話しになります。出産の細かい話しや、二人目は考えてる~?って話しになると、さすがに私もかなり苦しい(^^;)そこで この人は大丈夫と思う方には エイヤ!ってお話するわけです。「実は ぷー太は私が産んだのではないのですよ」と。すると 大抵聞いた方は「え?」と言葉の意味がわからないような表情をされます(^^;)「養子なんです」と言うと 「あぁ」と理解した顔になり、その後に続く言葉は大きく二通りに分かれますね。一つは すごく悪いことを聞いてしまったというような反応です。「ゴメンね変な話ししちゃって 悪いこと聞いたね」って謝られるので、「ううん 悪いことじゃないよ~ だって今すごく幸せだし」と返答します(^^)二つ目は 「あ!そうなんだ~!?全然わからなかったよ」「ぷー太くんもよかったね~」「まぐさんもよかったね。じゃぁ可愛くて仕方ないでしょう?」というような反応(^^)こっちだと 私も気が楽ですね♪そんなに沢山の方にお話してるわけじゃないですが、最近は後者のほうの反応が多いみたいです。それって 私とぷー太が毎日 公園で楽しそうにしてる姿を見て、幸せ家族に思ってくださってるので、そういう反応なのかな?とちょっと嬉しい気持ちです(^^=)相手の受け止め方ってこちらの言い方や態度にも左右されますよね。不妊治療中もそうでしたが、「子供はまだ?」って聞かれて暗~い顔になってうつむくのと、「今がんばり中です!!!」と笑いながらジョークっぽく答えるのでは、相手も また自分の気持ちも違いますよね(^^)日本では養子縁組家族ってあまり一般的じゃないですが、あぁ普通と変わらないんだなぁ~って思ってもらえると嬉しいですね(^^)実際 私たち親子は ららら~♪幸せ家族ぅ~♪なわけです(^^)笑
2007.02.22
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ぷー太の産みのお母さんにはお会いしたことがないのですが、どんな人なのかは会の方から聞いたり、あとは母子手帳に書いてある情報でしか知ることができませんでした。先日 会の方が先方にお話してくださって産みのお母さんから初めてお手紙と写真をいただくことができました。手紙には 私たちが時々お送りしている写真を見て、ぷー太の成長には驚いていることと、私たちに感謝していると そしてまた ぷー太の写真を送ってくださいとありました。胸が熱くなりました。そして一枚 写真屋さんで撮ったであろう写真が同封されていました。おお ぷー太のママの写真だ!!!今まで私は勝手にお母さんの顔を色々想像していたのですがぷー太とはなんとなく雰囲気が似てる感じの方でした(^^)写真と手紙は大切に母子手帳にはさみました。時々ぷー太に見せながら ぷー太ママだよと話しています。我が家のテリングもはじめの一歩です。
2007.02.07
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今日10月23日(月)発売のAERA10月30日号にここ最近の向井亜紀さんや諏訪マタニティクリニックの代理出産などをめぐる世間の論議が載っています。不妊大国日本では不妊治療のいきつくさきは代理出産しかないのか?ということに対して 世間ではあまり関心度の少ない養子縁組制度という選択肢もあるという切り口で綴られているのですが、この記事の中にある養子縁組をした家族というモデル家族がでてくるのですがそれ、、まぐん家です(^^;)先週 急に朝日新聞の記者の方から取材申し込みを受けました。最初 イタズラか?ってちょっと思ったのですが返信アドレスがasahiだったので うわ本物だ~と驚きました。ここ最近世間が代理出産などへの関心が高まっているのでそういう特集を組むのに 偶然うちのブログをご覧になったそうです。それで出来ればお話を伺いたいとお話をいただきました。そもそも私がこのブログをはじめたのも子供を望んで出来ない方に 不妊治療だけではなくこういう選択もあるということを知ってほしかったのと、自分が養子という道を選んだときに あまりにも口コミの生の情報が少なかったということが きっかけでした。なので 今回のお話は まさに目的が同じだし、とても真面目な取材ということもあってお受けしようと決めたんです。それにしてもドキドキしましたね~(^^;)ぷー太を迎えるとき、実はCSでちょっとした番組がありそこでも迎える瞬間を撮影されてるんです。私は子供に真実告知をするつもりですのでこういうテレビのビデオや雑誌の記事は ぷー太にとってもよい記念の一つになります(^^)いや~記者さんってさすがですね~私のとりとめのない話をああもうまく記事にされるんですもん(笑)作文の苦手な私は大尊敬ものです(^^;)ブログで自分の年齢をはっきりと書いてなかったのですが今回の記事にでっかく載ってしまいました(--=)、、、、はい 37ですよ~~~(><;)この神奈川に住む女性(37)を「すみません ここ27にしてもらえませんか?(笑)」と一応聞いてみましたが「うちの雑誌は真実報道をしているので(^^;)」とバッサリ切られてしまいました(--=)、、、え?あつかましい?(笑)ぷー太の写真も載っていますので興味のある方は是非是非ご覧になってくださいませ~~(^0^)
2006.10.23
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前はぷー太を迎えて一緒に暮らすための手続きの嵐だったんだけど今度は入籍を済ませて色々と名前変更の手続きの嵐(^^;)家裁からの確定書がきて特別養子縁組届けの申請をし ぷー太は我が家の長男になった。すると次は 今まで ぷー太一人を国保にいれてたんだけどこれを いも(旦那)の扶養にいれる手続きをするんだけどその手続きが済むまで 少し日にちがかかるのでそれまでは国保を続行。だけど名前が違うので 短い間なのに国保の名前変更手続きがいる(--;)いも(旦那)の社会保険の手続きが済むと折角名前変更した国保の解約。そして社会保険証をもって 小児医療証の名前変更。児童手当手の変更手続き。そんでもって 今まで保護観察していただいていた児童相談所に入籍の報告と観察解除の連絡。本当目がまわるほど忙しい(@@;)でもそれもなんとか終わり あー!!終わったぁ!!って感じです。この間のぷー太が 熱をだしたとき手続きが全部済んでなかったもんだから病院窓口で結構大変だった(^^;)ほんと早くやっておかないとね、、、反省でもこれで本当 ぷー太に関する手続きは終わりました。応援してくださいました皆様のおかげです。ありがとうございました。
2006.05.15
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特別養子縁組の審判が下ってから即時抗告の期間を待機し、よやく確定がくだった。散歩に行こうかなぁ~と家を出て何気に郵便ポストをみたら通知がきていた。急遽散歩は取りやめ(^^;)前もって書類は揃えていたのでその足で市役所に向かった。大慌てだった。前に市役所では話をしていたので手続きは簡単に済んだ。担当の係りの人が実は特別養子縁組を取り扱ったのは初めてだったと話してくれた。そんなに珍しいのか。戸籍謄本は当日は出来ないのでその日はとりあえず住民票だけとった。以前は苗字は産みのお母さんの名前で私たちとの続柄は 同居だったのだが名前は私たちの苗字に変わり、続柄は 子 となっている。住民票をみながら涙がでた。そしてニヤニヤとも笑った。きっと周りからみたらかなり気味が悪い光景だっただろう(--=)夜はお赤飯を炊いた。いも(旦那)が帰ってきて住民票をジャジャーン!と見せびらかした(笑)気をよくした いも(旦那)はその日何回でも ぷー太のせがむお馬さんをしてあげた。パカパン パカパン♪2日後 戸籍謄本ができた。父 いも母 まぐ続柄 長男ぷー太と出会えてから1年と少し、、長かった、、もう手放す心配はいらないんだね(><。)ぷー太 私たちの大切な子。
2006.05.09
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待ちに待った審判がおりた。書留で私といも(旦那)にそれぞれ一通ずつ。休日で朝寝坊していたのに目がパッチリとさめた。逸る気持ちを抑えられず封筒をびりびりに破いて中を見る。主文 ぷー太を申し立て両名の特別養子とする。涙がおさえられない。どんなに審判がおりるのを待っていたことか。特別養子縁組は申し立てしても必ず審判がおりるものではないのだ。却下されたりすることもめずらしくない。会からも児童相談所からも まぐさんの家はまず問題ないからと言われてはいたけどやはり不安じゃなかったわけではなかった。奇しくも審判書がきたのは 私たちの結婚記念日で去年ぷー太を迎え 転入届をだしたのもこの日だった。審判書がくるまで私は審判書というのは一枚の紙に決まったことが書かれてくるのだとなんとなくイメージで思っていたのだけど実際は 申し立て人や事件本人、主文 理由と裁判判決書のようになっていた。そこには私たちが子供を迎えるにいたった理由やいきさつ、産みのお母さんが子供を手放したいきさつが書かれていた。これから2週間 即時抗告の期間になる。即時抗告というのは この判決に不服申し立てのある者はこの2週間の間に申し立てができるものだ。何もなければ 確定書が送られてくる。そしたらついに入籍できるだ。この待っている2週間の間に必要書類をそろえておかないといけない。まずは「特別養子縁組届け」これは市役所にもらいにいった。特別養子縁組届けを欲しいと受け付けで言うと職員の方はなにやら中でボソボソと相談を始め横のほうの席に呼ばれた。市でも特別養子縁組はめずらしく年に1件もないそうだ。手続きの仕方を詳しく教えてもらい帰った。あとは2週間ドキドキで待つことになるのだった。
2006.04.29
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2月のあたまくらいに家裁に問い合わせしてから2週間くらいたって連絡がきた。「家庭訪問したいのですが、、」キターーーーー!!調査官の都合の良い日にちを一通り教えてもらいいも(旦那)が会社を休める日を相談して折り返し連絡した。電話連絡のあった4日後に家庭訪問が決まった。当日 午後2時くらいで約束した。部屋は特別片付けるわけでもなくいつもどおりにして調査官を待った。時間ぴったりに調査官がやって来た。おお ドキドキ(^^;)、、、、、が 話すことない。担当の調査官はわりと無口な方で主な話はすでに11月の審問の時点で済ませているので本当に話すことがないのだ(--;)でも 私はてっきり 書類か何かを持ってこられて産みのお母さんの話とかいろいろあるのかなぁと思っていた。、、、がそれも特に話されない(--;)?あれ?「あの~あちらのお母さんはどうなりましたか?」と思い切って私が聞くと「同意はとれました」、、、とそれだけ(^^;)もっと教えてよ~~~~!!本当に家の間取り、周りの環境、普段のぷー太を見に来ただけなのかもしれない。最後に「あとどのくらいかかりますか?」と聞いてみた。「手続き的には最終段階に来てますので、いつとは申し上げられませんが そんなにはお待たせしないと思います」という返事がかえってきた。今までの流れからいうと審判がおりるのはまだ3ヶ月くらいかかるのかなぁと思った(^^;)でも、向こうのお母さんの最終同意が得られたという話は私達にとってとても大きなことだった。今まで色んな心配をしてきたけど無事に裁判を終えられるような気がしてきたのだった。
2006.04.25
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11月の終わりに家裁からの呼び出しがあり審問が済んでから年が明けて2月になっても何の連絡もなかった(--;)家庭訪問は産みのお母さんの調査が終わってからになっている。ここらへんになると また嫌な心配をしはじめる。というのも 一応家裁の人は産みのお母さんに会ったときに「自分で育ててはどうですか?」と説得工作をすると聞いたことがあったからだ。本音を言うと「余計な事言わないでくれよ~~~(><)」なのだ。審問から3ヶ月、、、いや~な予感がしてくる。家裁の方はもう向こうのお母さんに会ったのか?どうしようもなく気になったので思い切って電話をしてみた。「特別養子縁組申し立て中の まぐと申します」そういうと担当の方は「ああ まぐさんね。全然連絡がないからやきもきしてたんでしょ」と言った(--;)、、、、、わかってるじゃんよ!!!今どうなってるのか教えて欲しいというと産みのお母さんの住んでいる管轄の家裁に調査依頼をしているのでその調査書が返ってこないと何もできないという。、、、、、、(--;)じゃ今はどうしようもないってことね。本当家裁によっても結構違うと改めて感じる。会の同期の夫婦のところなどは調査依頼じゃなく自分ですぐに産みのお母さんに会いにいってくれたと聞く。まぁ 私の住んでいるとこは案件がたてこんでいるのかもしれないのだけれど、、結局収穫のないまま電話を切った。こりゃ長くなるな、、、と感じた。
2006.04.21
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申し立てから3ヶ月近くしてようやく家庭裁判所から呼び出しがあり審問を受けることになった。育児日誌(ぷー太を迎えてからつけたもの)母子手帳(産みの母の名前)アルバムを持参した。担当の方はとてもやわらかな物腰の男性の方だった。ぷー太に出会うまでのいきさつ治療の話 会を選んだ理由など事細かに聞かれた。ただ、、少しショックはことも言われた。それは治療の話をしているとき「長い治療や体外受精は精神的にも肉体的にも金銭的にも もう限界でした」と私が話したところ うんうんとうなずいてくれたはずなのに「でもアメリカなどでは卵子提供や代理母などあるのに何故そこまではやらないんですか?」と聞かれた。、、、、、( ̄□ ̄;)耳を疑った。今もう限界でしたって言ったじゃん(><。)やっぱこういうのって不妊治療経験したひとじゃないとわかってもらえないんだなぁと思った。それにしてもデリカシーないよ ブツブツそして審問のしめくくりは「まだまだ裁判の入り口に片足をいれたぐらいのところだとお考えください」と言われた。「これから児童相談所に嘱託書も書いてもらうし、産みの母の調査がいつになるかはわかりませんがそれが済んだら家庭訪問という順番になります」とのことだった。いつになるかわからないって、、、(^^;)ちなみに今日から6ヶ月の監護期間になるのかと聞くと それは今日からではなく実際に引き取ったときからを計算しますと言われた。そこだけはホッとした。あ~~まだまだ先は長いんだなぁと思った。
2006.04.20
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特別養子縁組の申し立てをしたがなかなか裁判所からの連絡がなかった。特別養子縁組をする場合「まず申し立て→申立人の審問→産みの親の審問→家庭訪問→審判→確定」といった順番で進んでいく。特別養子縁組の場合は最低6ヶ月の子供の監護期間が必要なのだが裁判所の考え方もバラバラでこれを申し立てしてから6ヶ月の待機とするところもあれば今まで暮らしていた期間も含めてとしてくれるところもある。前に書いた同期のOさん夫婦Yさん夫婦のところも同じくらいの時期に申し立てをしていたのだが(住んでる場所は全然ちがう)その二夫婦のところは順調に審問、家庭訪問と進んでるとのことだった。私達は8月に申し立てをしていたがそれから2ヶ月以上すぎても呼び出しがなかった。大丈夫だよねえ、、、(^^;)?と不安になっていた頃ようやく家庭裁判所からの呼び出し。11月も終わりのことだった。
2006.04.20
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ぷー太が一歳になったばかりの頃少し気になることがあった。、、、というのは指差し、ものまねを全然やらないのだ。5ヶ月の頃も難聴か?と大学病院で検査までしたこともあったけどそれに続いて2度目の不安、、、。友人の子やちびっこ広場で会う同じ月歳くらいの子はバイバイやパチパチ 指をさして「あーあー」とか言っているのに ぷー太はそんな気配なし。絵本を見せようにも 2~3ページも見せたらふいっとどこかへ行ってしまう。心の中にもやもやとした不安。気になるのでネットの育児掲示板でも書きこみしてみる。「大丈夫ですよ」「うちもそうでした」という返事を期待してだった。なのに返事は「児童センターに相談されては」とか「医者に相談を」、、、、聞くんじゃなかった(><)風邪で病院にいったついでに先生に相談してみる。「指差しやモノマネをしないのが気になるんです」すると先生は「今の時点で全く何もしないというのは確かに少し遅めかもしれませんが今は様子を見るしかありません。1歳3ヶ月をまず目安にみてみましょう」と言われた。私が不安不安と言っているといも(旦那)が一体何が不安なのか?と言う。、、、よくわからないけどもし ぷー太に何かあるのだったら早く見つけて治療してあげたいし、ぷー太の将来が心配なんだと言った。これって母親なら皆がする心配ですよね?ぷー太に幸せになってほしい。だから不安。すると いも(旦那)は「俺は何も不安はない。もしも ぷー太に何かあってもなくても自分達がすることは その中で一番ぷー太が幸せになる道を見つけてあげることで何かあろうとなかろうと自分達の役目は何も変わらない。」と言った。、、、、はい おっしゃるとおりです(--=)わかってるよ でも心配になるんじゃん。こういう不安って育児していく上ではまた些細なことででてくるんだろうなぁと思う。結局 ぷー太はその後1歳1ヶ月くらいでまず タッチ!を覚え そして意味はわかってないけどバイバイをし、パチパチも覚え1歳3ヶ月くらいで遅めだけど指差しもはじめた。焦ってもしょうがないのに、、、ダメな母です(--;)
2006.04.16
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帰省、、それは小さい子のいる家ではかなりヘビィなイベント(--;)新幹線で約4時間、、、恐ろしい。去年11月頃ぷー太が来てから初めて広島へ帰省することになった。まだ私のほうの親戚にぷー太をお披露目していなかった。それにしても長時間の新幹線はとても怖い。ぷー太が騒いだらすぐにでもデッキに出れるよう車両の一番前の席をとる。帰省数日前かかりつけの小児科で帰省する話をし、「先生 こう、、一服もる薬はないですかねえ えへへ」と だめもとで聞いてみる。すると あまり使いたくはないが 騒いで怒られたら子供がかわいそうだからと 少し眠たくなる薬をくれた。やった!新幹線にのって少しの間は窓の景色にキョロキョロする ぷー太。お弁当も食べてご機嫌。さぁ 例のブツを使うか、、、、そう思って ぷー太を見ると(--)ZZZ zzz zzz寝てた、、、、、、(^^;)はやっ!ぷー太は薬いらずの子だった。帰りの新幹線でもこうだった。助かるぅ~~~。それにしても 子供が一人増えるだけで荷物は3倍(おもちゃ、着替え、離乳食、ミルク)。あううう荷物 ベビーカー ぷー太を抱えての移動はやはり過酷だ(--;)
2006.04.13
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特別養子縁組がはじまったがずっと不安に思っていることがある。というのは ぷー太の産みのお母さんが万が一でも やっぱり自分で育てますと言い出したらどうしよう、、、ということだった。申し立ての申請用紙が会から来たとき会の方に 向こうのお母さんは了解済みなんですよね?私達でいいとおっしゃってくださったんですよね?と確認をした。会の方は「変な心配しなくていいのよ。ちゃんと決心されてあなたたちに託されたのだから」と仰ってくださった。しかし不安はぬぐいきれない(^^;)これは自分が心配性だからというのもある。会でそういうケースはほとんどないらしいのだが全くないわけでもないのだ。子供のいる友人に相談してみる。「もう手放してから半年以上だし、裁判もはじまってるのに今更返してって言わないよねえ?」そう私が聞くと友人は「ないと思うし願いたいけど、もしお母さんがどうしても育てたいってなったらいくら時間がたってても言うかもね」、、、、、( ̄□ ̄;)がーん聞くんじゃなかった。夜 いも(旦那)にその話をする。いも(旦那)は 「もしそんな話になったら二人で土下座しても ぷー太を育てさせてくださいってお願いしよう。何度でも何度でもお願いしよう。」と言った。私もそれしかないと思う。きっとこの不安は縁組確定まで続くんだろうな(^^;)裁判はこの後 私達の審問、産みのお母さんの審問、家庭訪問、審判という順に進んでいく。
2006.04.11
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ぷー太を迎えてから まず3ヶ月というのが大きな節目だった。というのも ぷー太を迎えにいったときある誓約書にサインをしていた。それは迎えてから3ヶ月の間は委託試験期間で もしこの間に私達が不適当と思われた場合と産みのお母さんが自分で育てますと言った場合はぷー太を返すというものだった。あのぷー太を迎えた施設ではじめて ぷー太に会ったときからぷー太はまちがいなく私達の息子で絶対手放すことなんてできなかった。だからこの3ヶ月が過ぎるのをひたすら待っていた。すごく長く感じていた。3ヶ月を少し過ぎ会から書類が送られてきた。それは「特別養子縁組」の申し立てをするものだった。普通養子縁組と違い 特別養子縁組は裁判所の審判が必要となる。期間も少し長くかかるが これが決まればぷー太はうちの「養子」ではなく「長男」になるのだ。さっそく書類を集めて提出。(この書類というのがすごく沢山で大変なのだ^^;)それからしばらくして(8月頃)会の顧問弁護士から家庭裁判所に申し立てを行ったと連絡があった。いよいよ裁判がはじまった。
2006.04.10
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不妊で辛かった日々はまだこの間のことのような気もするし、遠い日のような気もする。結婚したらすぐ子供は出来ると思っていた。周りからの「子供は?」「いい話なった?」などの言葉も最初は「そのうちね~」とか「今がんばってるよ」とか軽く流せていたものが だんだん辛くなってくる。「環境変わったらできるよ」とか「諦めた頃にできたっていう話よく聞くよ」とか外野は適当なことを言ってくる。諦める気がないのに諦めたフリなんかできないじゃん。内心ムカムカ(--;)治療をはじめても タイミング 人工授精 体外受精とすすんでいっても一向に妊娠する気配はない。不妊で知り合ったネット仲間とお互いの愚痴を話し合って慰めあったりしたけど一人また一人と妊娠して仲間が抜けていく。「おめでとう よかったね」この言葉は本当に本心だ。でもなにか寂しい置いていかれた感がしているのも本当。気がつくと治療最初に仲間になったメンバーは皆妊娠して私一人が残った。ああ 本当に子供できないんだなぁと思う。最後に妊娠した一人は 本当に最初から慰めあった友達で いわば戦友。今まではどんなに慰めあった仲間でも妊娠してしまうとだんだん音信不通になってくる。かかえてる悩みが 不妊から悪阻や育児に変わってくるしお互い気をつかってしまうから。だから 彼女も最初は私に気をつかって連絡どうしようか悩んでいたらしい。私は彼女を失いたくなかったので自分から連絡した。おかげで今も続いている。本当よかった。彼女とずっと友達でいたい。今私はぷー太と出会えてあの時想像もできなかったほど幸せな日々を過ごしている。線の出ない妊娠検査薬をいつまでも眺めていた日も今は切なくて懐かしい。トンネルの出方は皆とは違ったけど今は呼ぶと振り返る可愛い笑顔がそばにいる。えへへ。なんか今日はふらぁ~と そしてダラダラと書いてみました。(><=)とりとめのない文章だな、、
2006.04.08
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ぷー太を迎えてすぐに会の先輩育て親の方から遊びのお誘いメールがきた。住んでる場所にもよるのだが私の住んでる場所では「遊び会」がありときどき皆で遊ぼうという集まりがあった。子供を迎えて右も左もわからない自分には先輩から色々お話を聞けるチャンスだし子供にとっては 同じ歳くらいの子と遊ぶいい機会なのだ。もちろんそのときはまだ ぷー太は4~5ヶ月だったので集まりにいっても何も遊べないのでしたが(^^:)近くに住んでいるお仲間先輩に挨拶もできると思って出かけた。交通公園に遊びにいったのだがとても楽しかった。会は基的に兄弟を勧めていることもあり二人目を迎えた家庭も沢山でぷー太と同じ歳の赤ちゃんも3~4人いて子育ての話や 迎えたときの話などにはながさいた。こうやって育ての親同士の交流やサポートがあり本当に あの会で迎えたことが良かったんだなぁと改めて感じた。ここでは ぷー太と同じ立場の子ばかり。決して特別じゃないと将来思ってくれるかもしれない。
2006.04.07
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難聴検査の予約をとって3週間待つ。その間もぷー太の様子を観察するが聞こえてるように感じる。あいかわらず 呼んだりおもちゃを鳴らしたりしても振り向かないけど耳元で おもちゃをカシャカシャと鳴らすと眉間にシワがよる(-ー)聞こえてるよねえ?といも(旦那)とも話す。検査当日。昼前に病院へ。ABR検査というのは眠っている頭の脳波を調べるもので右左それぞれに音信号を与え検査する。ただ 赤ちゃんの場合寝てくださいといわれて寝てくれないので睡眠薬を飲ませる。1階や3階やあちこち予備検査でいったりきたりさせられた後ようやく睡眠薬を飲ませ30分くらい様子をみる。眠ったなぁ~ってなったところで検査がはじまる。頭にいっぱい線をつけられたぷー太が なんだかかわいそうだった。検査が終了し検査技師の人に「どうなんでしょうかね~」とさりげなく聞くがこうゆう病院のひとって融通が利かないのか結果はわかっていても決して口をわらないですね(^^;)「結果は医師しか話せないことになっていますので、、」はいはい わかりました(--;)またしばらく待たされて ようやく呼ばれる。「異常ありません」ぷー太の反応はまったく正常の範囲だったらしい。聞こえてる気がしてはいたがもしかしたら軽度の難聴なのかもと補聴器をどうしようかとまで考えていたので本当にこの結果は嬉しかった。よかった~~~!(><。)こうして ぷー太難聴か?騒ぎは終わった。病院をでるともう薄暗かった。
2006.04.05
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紹介状を持って大学病院に行った。大学病院というのは何故にこうも待ち時間が長いんだろう(--;)この日も受付してから名前を呼ばれるまでに3時間半、、、、やっと呼ばれて診察は2分。、、っていうかあれは診察というのか?!「では検査します。検査日は○○日です」と それだけ。検査日の予約を取っただけだった。しかも3週間も後。「難聴の疑いっていうのはあるのですか?」と私が聞くと「検査をしないとわからないですがどの子にだって疑いはあるでしょう」と 冷たい答え。そりゃ誰にだって疑いあるだろうけど心配で聞く母親に、、3時間半待ってそれだけかい!!!(怒)
2006.04.04
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ぷー太を迎えて1月した頃4ヶ月検診になった。この頃少し気になっていることがあった。、、というのは検診の項目の中の[見えない方向からの音や呼びかけに振り向きますか?]というのがあるのだがぷー太はそばでガラガラなどを鳴らしても「ぷー太~」と呼んでも音のするほうをみなかった。ただ単に興味がないのかぁと考えたりまだ早いのかなぁ?と思ったりでも、、項目にあるし、、と不安になったりの毎日が続いた。検診当日 検診票に音のなるほうを向きませんと一行つけたしして臨んだ。体重身長とも順調にのびていて私が書いたその一行のことはまぁ大丈夫じゃないですかねとなんか軽く流されたようだった。大丈夫です!とはっきり言われたわけではなく結局すっきりしないまま検診が終わりその後も少し様子をみていましたがどうしても気になったので近くの小児科に相談した。先生は「この時期だと興味がなくて振り向かない子もいるし もしかしたら難聴という場合もあるので6ヶ月くらいまで待っても振り向かないようだったら難聴検査を薦めます」と言われた。難聴!?ギクリとなった。それまでの不安というのは ただ漠然と項目にひっかかることが気になってただけだったのだが難聴、、、考えてもみなかった。でも ぷー太はドアをバタンと閉めるような大きな音にはビクッとなってる気がする。違うんじゃ、、、余計に心配になった私は今度は近所の耳鼻科に連れていった。そして小児科で言われたことを話すと難聴検査は早ければ早いほどいいから紹介状を書くのですぐ大学病院に行けと言われた。
2006.04.04
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ぷー太を迎えて2ヶ月した頃今度は私の親がやってきた。母はともかく父は子供を迎えることにあまり賛成ではなかったので少し心配だった。当日 いも(旦那)は仕事だったので私とぷー太で両親を新幹線の改札口で待った。ぷー太は5ヶ月と半だった。ベビーカーのハンドルを持ってドキドキしながら待つ。両親の乗った新幹線が着き二人が改札に現れた。私を見つけると嬉しそうに手を振った。ぷー太を見るともっと嬉しそうな顔になって「この子?かわいい子じゃない」とすぐに抱っこ。その後ランドマークタワーに行ったり中華街に行ったりしたが両親はずっと ぷー太を取り合うようにして写真を撮りまくっている(笑)、、、心配して損した(笑)
2006.03.31
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