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色々な人の悩み事を聞いたり、びっくりするような告白をされたり、また暇な時に色々な人のプログを読んだりすると、多くの人が人間関係に関して大なり小なり何かしらの悩みを抱えているのだなと感じます。人間関係でも、友達のそれから始まり、恋人の関係や、夫婦の関係、不倫関係、兄弟、親子の関係、義父母との関係などさまざまです。一度もつれると、からんだ糸のようになります。すぐにもつれを直せればいいのですが、自分の心に嘘をついて、ほっておけばだんだんほぐすのが難しくなります。厄介なのは、自分の心に嘘をついている多くの人が自分に嘘をついていると気がついていないことです。自分に嘘をつき続けると、必ず同じようなことが起こったり、体に不調が出たりします。私はこれは、(何の宗教にも入っていませんけれど)神様からのメッセージだと思います。人間は唯一動物の中で言葉を使ってコミュニケーションを計ります。厄介なことに、言葉があるから誤解もあります。言葉はナイフと同じで、グサグサと人の心に傷をつけたりします。傷をつけるつもりのない言葉でも、相手を傷つけていることさえあります。体についた傷なら、手当てをします。周りにいる人も見ればわかるから、気遣ってくれたりするでしょう。でも、心についた傷は見えないし、時には自分でも傷ついてないふりをするので、自分はもちろん周りの人もわからず、そのままほったらかしにすることが多いようです。手当てをしなければ、同じようなことが起こったり、ストレスを感じたり、なんとなく気分が重くなったり、理由もなく無性に悲しくなったり、何もする気が起こらなかったり、何に対しても怒りっぽくなったりします。もしも、あなたがこうゆう状態なら自分の心の中を覗いて見てください。もしかして、あなたは自分の心に嘘をついていませんか?もしも、あなたの周りにいる人がこうゆう状態なら、相手に腹を立てる前にその人が本当の気持ちを言葉に表しているか考えてみてください。そうすることによって、手遅れになることを防いだり、幸せを取り戻すことは可能です。読んでくださっているがわかると励みになりますのでポチット人気blogランキングへ宜しくお願いします。他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらから
2007.01.28

"してあげたのに”と口癖のように言う人がいます。私の身近にいるので、この事を考えることがよくあります。(多くの人がこの感覚で悩んだり、人間関係をもつれさせたりしています。)”してあげたのに”と言う人の多くは、大抵何かをしてあげた人に、感謝の念がないと腹をたてます。そして、相手に対して思いが募ってきた時には口に出して、相手を責める事もあります。自分の”してあげた”という気持ちが相手の感謝なくて満たされることがないからです。口癖になるくらいだから、きっと今まで期待を裏切られ散々傷ついてきたのだろうと思います。でも悲しいかな、この言葉をいい続ける限り、これからも期待を裏切られ、不満を持ち続けることになります。本人はそれを口癖になるくらい、どれだけ自分が"よい人"なのかとアピールしなければいけない経験を積んで来たのだと思います。自分を認めて欲しいという気持ちが強いのです。こうゆう人は幼少の頃、自分なりに頑張ったのに両親や身近な人に認めてもらえなかった経験が多かったはずで、本人には全然悪気はありません。その人を見ていても、本当に心の優しい”よい人”で、お人よしなのですが、色々な事をしてあげているのに、周りから感謝されないどころか、煙たがられることさえあるのです。世の中には感謝の気持ちを持たない人も沢山います。何をしてもらっても当たり前と思っている人は沢山います。そうゆう人はそうゆう価値観の中で育ってきたわけでその人が悪い人だと決め付けることは出来ません。(もちろん感謝は大切ですが、感謝は自然に心の中から沸いてくるもので、強要されたり、ご利益を天から頂くために便宜上口に出すものではありません)ところが、何かをしてあげた人にとっては、何かをしていただいた時は感謝するのが当たり前だと思っていますから、感謝されないと傷ついたり、腹がたったり、教えてあげないといけないと躍起になって、結局煙たがられてしまいます。理不尽だと思うかもしれないですが、何かをしてあげているから愛されたり、認められたりするわけではないのです。してもらったことに、感謝をしている人でさえ、何度も”してあげた”と言われると、押し付けがましいと言う気持ちが出てきます。こんなことなら、してもらわなければ良かったと感謝するどころか、してもらったことに関して、後悔する事さえあるのです。そうすると、相手の心は離れていきます。人に何かをしてあげたい時は、(理由がどうであれ)”自分がしたいからする”いうことに気がつかなければいけません。相手が感謝しようと、しなかろうとそれは相手の勝手で、感謝されないからと言って自分の価値が下がるわけではないのです。皮肉なことに”してあげた”からと感謝の気持ちを見返りに求めれば求めるほど、煙たがられて、相手の自分に対する価値は下がっていきます。相手が感謝しようと、しなかろうと相手の勝手と書きましたが、自分が誰かに何かをしていただいた時には、当たり前と思わずに、感謝の気持ちを忘れないようにすれば、人間関係がこじれることは少ないと思います。読んでくださっているがわかると励みになりますのでポチット人気blogランキングへ宜しくお願いします。他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらから
2007.01.26

無料占いリンク追加しました。見てね。*****自分の心は本当は誰も傷つけることなど出来ず、自分が傷ついたと思うときだけ傷がつくのです。”そんな事は、絶対にない!!!!”と叫びたい気持ちはよくわかります。“誰か”のせいにしたい気持ちもわかるけれど、本当は、“誰か”のせいではないのです。私たちの多くは何かをやりたい時、それをすれば人になんて言われるだろうと、いつも人の目を気にしています。その上、人に良いと思ってもらえる自分を演じようとするから、自分に素直に生きることがなかなか出来ません。人に評価されたいがためにする行動は、自己犠牲が伴う場合が多いのです。自己犠牲は、奉仕とは違いますから、ストレスになります。自己犠牲が伴う行動は、無意識のうちに見返りを期待します。そして、見返りが手に入らないとがっがりします。落胆しても、ますます認めてもらおうと頑張り続けると、心の中に不満が溜まり、一杯一杯になった時に、心や体に形を変えて出てきます。それが自然の流れなのです。放さずに、溜めておこうとするから、私たちは苦しくなるのです。人の評価で幸せになろうと、人の評価を気にして、自分を騙し続ければ、傷つくことが多いはずです。自分に対して正直に生きるということが大切なのです。そして、自分の為に生きると言うことが大切なのです。何事に対しても自分で責任を持つ、自分の感情に対しても責任を持つということが大切なのです。そうすることが出来て初めて、人の為に何かをする時自己犠牲ではなく、”喜ぶ顔を見たい”と言う自分の為にさせていただく事に気がつくのです。自己犠牲と違って自分の為だから、感謝されたり、認めてもらえなくても腹がたたなくなり、傷つくことはなくなります。読んでくださっているがわかると励みになりますのでポチット人気blogランキングへ宜しくお願いします。他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらから
2007.01.22

親を許せば楽になると思っていても、なかなか許すことが出来ない。それどころか、考えれば考えるほど、腹がたつ。憎しみさえ感じてしまう。そして、そんな気持ちになる自分がちっぽけな感じがしてなんとなく許せない。だから、そんな気持ちにさせる親を許せない。そんな風に思っている人がいるかもしれません。親子関係だけではなく、憎しみを感じるのは愛して欲しいと思うからです。愛して欲しいのに、愛をもらえないから、要するに相手が自分の期待に答えてくれないから憎しみや、やるせなさを感じるのです。私たちは、誰でも人に受け入れてもらいたい、愛されたいという気持ちがあるので、批判されているという気持ちが強くなると、自分の事をわかってもらおうと、説明しなければいけないと思う人もいるでしょう。相手が間違っていると証明し、態度を改めてもらえなければ愛されているあるいは、わかってもらっていると思えないという人もいるかもしれません。相手にわかってもらうために、頑張りすぎる人がいます。相手にわかってもらえないために、諦めてしまう人がいます。どちらの場合も自分が納得していればいいのですが、納得していない場合は、心が完全に満たされることはないでしょう。納得しているように見えても、潜在意識で納得していない場合も多くあります。ひどい場合には、親がすでにこの世にいなくても、あの世から支配されている場合もあります。私達は全員誰かの子供です。子供は親のことが大好きです。だから、親に認めてもらいたいと自分では気がついていないけれど、心の底で思っているのです。そんなことはないと表面的に繕っていても、親との関係は一生を通じて潜在的に作用してきます。人間関係がなかなかうまく行かないと感じているようなら、親を許したり、あるいは親との嫌な思いを手放すと言うことは、よりよい人生を送るためにとても有益です。だけど、そうするためには、心の中の棚卸をしなければいけません。そして、見たくなかった心の棚の奥に忘れられているほこりだらけの心のかけらを拾い集め、癒す必要があります。読んでくださっているがわかると励みになりますのでポチット人気blogランキングへ宜しくお願いします。他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらから
2007.01.21

親を恨んでいる人がいます。恨んでなくても大嫌いな人がいます。大嫌いでなくても、親と話すと腹がたってしょうがないと言う人がいます。何故でしょう?自分の思う通りの育て方をしてくれなかったからでしょうか?傷つく言葉を言われてきたからでしょうか?期待にそってもらえなかったからでしょうか?もっと、自分の望むように、愛してもらいたかったからでしょうか?自分が歪んでいるのは、親のせいだと責任転換したいからでしょうか?自分の望む生活が出来ないからでしょうか?自分のことに、いちいちうるさく口をはさんでくるからでしょうか?恨んでみて、嫌いだと思って、腹をたてて、自分が手に入れたものは何でしょうか?親を許さないで、憎しみを持つ時に自分の心は救われたでしょうか?親が愛してくれないと思い、腹立たしく感じる人はこれらの質問を答えが出るまで自分に聞いてみると良いと思います。何かを根に持って、恨んでみても、過去は変えられません。親の事を恨んでいる時間は、過去にしがみついているということです。傷を掘り起こし、何度も瘡蓋を剥がしていたら、傷は消えるどころか、どんどん大きくなるのです。親を許せない、早く死んだらいい。呪い殺したい。そういう人も中にはいます。人を恨むことが、生きがいになって、生きていける人も確かにいます。色々な気持ちを味わうために私たちは生まれてきたのだから、自分がそうしていたいなら、そうしていれば良いと思います。今回の人生はそれを味わうためだと自分で決めているのかもしれません。味わいつくさなければ、許したいと言う気持ちになれないのかもしれません。同情を引くことが、自分の幸せだと思っている人もいます。何をどう感じても個人の自由です。自分で気がつかなければ、周りがとやかく言ったところで、人は変われないのを私は知っています。でも万が一、人を恨んでいる自分が嫌いだったり、同情を引いている自分を哀れに思ったり、幸せを感じないなら、思い出して欲しいのです。親だけでなく、人を許すと言うことで、救われるのは相手ではなく自分です。過去にしがみつくのを止めて、今を生きようと決心することが出来るのは自分だけです。そして、そうすることによって心の平和を取り戻し、自分の人生を生きていくことが出来るのです。読んでくださっているがわかると励みになりますのでポチット人気blogランキングへ宜しくお願いします。他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらから
2007.01.13

親との関係が、一生左右すると心理学では言われています。自分がこうなったのは、親のせいだと言いたい人もいるでしょう。文句を言い続けることによって、救われると自分で納得している人もいることでしょう。だけど、親を恨み続けた所で幸せはやって来ません。100人の人には、100とおりの願いがあるように、親の考えと、子供の考えが違う場合も多々あるでしょう。ぶつかり合う事もあるでしょう。色々な親がいて、色々な子供がいるわけだから、色々な感じ方があるでしょう。その感じ方から、何かを学んでいけばいいわけで、何が正しい、何が間違っているということは、ないのだと思います。親だって、初めて親をやるわけです。2番目、3番目の子供なら、親も少しは慣れてくるかもしれませんが、それでも、皆個性が違うので、戸惑うかもしれません。子供が初めて中学生になるなら、親だって初めて中学生の親をやるわけです。子供も悩むかもしれませんが、親も同じように悩んでいるのです。子供も親の言葉で、傷つきますが、親も子供の言葉で傷つくのです。親もまた、未熟なのです。親が子供を育てるように、親もまた子供に育てられているのです。未熟な親に育てられた、未熟な子供が親になって、戸惑いながら子供に育てられながら、子育てをするのです。だから、もしも自分の親が自分の理想と違っていても、親のことが大嫌いでも、親が、自分が求めるように愛してくれなかったとしても、親も親なりに出来る事をやっているのだと分かれば、少しは気が楽になりませんか?誰も愛なしでは、育つことが出来ません。万が一、両親がいなくとも、誰かの愛があったからこそ、私たちは、今日まで生きてこれたのです。人は、生まれてくる時に自分の親を決めて生まれてくる、とスピリチャルな世界では言います。これが本当だとしたら、“生んで、と言ってないのに、勝手に生んどいてなによ!”なんて、ことは言えなくなります。どんな親であれ、自分の親は自分で選んだことになります。これを、信じるか信じないかは、その人の勝手でしょうが、私の場合はこの考えを受け入れることで、気持ちがとっても楽になりました。親は、私の魂に、肉体を与えてくれた大切な存在であり、私の魂が成長する為に協力してくれた存在だからです。親がいてくれたから、私達を生もうと決めてくれたから、私達は色々な経験をするチャンスを受け取ることが出来たのです。親だって、一人の人間です。愛を求め続けていたのかもしれません。あなたと同じように、寂しかったのかもしれません。愛を知らずに大人になり、愛の与え方を知らなかっただけかもしれないのです。親だって、ある程度のトラウマを引きずりながら悩みながら生きているのです。もしも今、親に傷つけられたと思っているなら、その傷を癒して、どうかその傷を次の世代に、あるいは、あなたの愛する人に渡さないでください。読んでくださっているがわかると励みになりますのでポチット人気blogランキングへ宜しくお願いします。他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらから
2007.01.12

人間の感情はポジティブなものより、ネガティブな感情の方が多いのです。もちろん育っていく上で身についた必要でないネガティブな感情もありますが、もって生まれたネガティブな感情があります。これは、大昔外敵から身を守るためや他の色々な理由から生き延びるために身についた防衛本能だと言われています。言葉でコミュニケーションが取れない赤ちゃんは、空腹を感じれば泣きます。おしめが濡れて不快を感じれば泣きます。お母さんと離れて不安を感じれば泣きます。痛い所があれば泣きます。泣くという行為を通して生き延びるわけです。しばらくすれば、怒ると言う感情で自分の欲しい物を手に入れようとします。泣いたり怒ったりというのは、生き延びる為に必要な感情だったりしたわけです。言葉と言う武器を使いこなせるようになると、感情に訴えなくてもコミュニケーションを取ることによって生き延びることが出来るようになるのであからさまにネガティブな感情を出す必要は、なくなると思います。確かに必要はないけれど、まったく感じないようにするということはなかなか出来ないし、そう感じることはいけないことだと育っていく上で教えられるので、私達の多くはそうゆう感情を味わう時、自分を責めてしまいがちです。その上、最近ネットや書籍ではポジティブシンキングで運がつくと言う言葉を沢山見かけます。そうなってくると、運が悪いと思っている人やポジティブになれない人は、ますます自分を責めたりします。では、ポジティブに考えれば本当に何でもうまく行くのでしょうか?私はポジティブな考えだけでは人間は暮らしてはいけないと思います。ネガティブな感情も、時には生きていくのに必要だと思うのです。取り越し苦労は必要ではないけれど、将来を案じるという心配が全然なければ、人は努力をするのを止めてしまうでしょう。また、悲しい事を経験するから、悲しんでいる人の気持ちがわかるし、怒るという感情があるから、世の中や人間関係、自分の環境ををよくする為どうすればいいのか考えたり自分を振り返ったり出来るのだと思います。ポジティブもネガティブも生きていくうえでは必要な感情。一概にネガティブがいけないとは言えません。大切なのは現実をしっかりと理解するとことです。毎日生活していれば、腹のたつことや悲しい思いをする瞬間があるでしょう。それらはネガティブな感情だけど、その感情自体がいけないのではなく、その感情を味わった瞬間を引きずることが苦しみの種となるのです。7日に書いたアフガニスタンの子供達がアフガニスタンでの生活の苦しみや悲しみを引きずって日本でのテレビ番組に参加していれば、アメリカや日本の子供達同様、現実に目の前で起こっている楽しいイベントを楽しんで素晴らしい笑顔を見せることはなかったでしょう。たとえ、どんなに苦しいことが待っていようが、経験しようが、今ある現実にフォーカスすることによってほんのわずかな瞬間でも幸せを感じることは出来るんです。そうゆう癖をつけていけば、ネガティブな感情を引きずる癖から抜け出すことが出来ます。読んでくださっているがわかると励みになりますのでポチット人気blogランキングへ宜しくお願いします。他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらから
2007.01.09

昔の話ですが、9.11で両親をなくしたアメリカの子供達や、アフガニスタンの子供達、そして日本の(どうゆう条件だったか忘れましたが、やはり不幸だと思われる)子供達を日本に集めて、子供達の笑顔を取り戻すために、子供が好きそうな行事を次々と行なった番組を見た事があります。番組の内容はほとんど覚えていないのですが、覚えている事が一つあります。それは、アフガニスタンから招待されてこの番組に参加した子供達の笑顔がとっても素敵で私は胸が締め付けられる思いをした事。"よかった"って思える出来事のはずなのに、何故素敵な笑顔を見て胸が締め付けられたのかと不思議に思う人もいるでしょう。どの子も不幸な経験をして、この番組に招待されたわけですが、子供達が喜びそうな行事が次々と繰り返される中アメリカや日本の子供達はほとんど笑顔を見せなかったんです。笑顔をほとんど見せない平和な国の子供達。満悦の微笑みを浮かべる国情不安定な貧しい国の子供達。何故?平和な国に住む私達の多くはこの番組の平和な国に住む子供達同様"私って、恵まれてない””なんて、俺は不幸なんだろう””あの、ばかむかつく!”"私ばっかり貧乏くじなのよね”"そんなことくらいで、喜ぶと思ったら大間違い”などと言いながら今目の前にある幸せを感じられないのです。それは、おそらく明日も生きていられると知っているからです。要するに命の不安がないから、不満を感じることが出来るんです。そう考えれば、不満を感じられる事自体が本当は幸せななのだと私には思えます。アフガニスタンの子供達の満悦の笑顔は命の不安を感じる必要がない日本でのひとときがもたらしたもの。肉親を失い、今日一日の命を繋ぐ食事が出来るかどうかわからない子供達にとっては、お腹一杯食事を食べて、戦火なしに、遊べるということがこの上ない幸せ。そう考えると、テレビの番組の撮影が終わり本国に帰ったであろう子供達の生活を想像し胸が締め付けられたのでした。どんな状況にいても、今目の前にある幸せに、その気になれば気がつくことは出来ます。自分は幸せかもしれないと思う事を(探すではなく)捜す事は、不可能ではないんです。だって、私達は幸わせに気づくためにこの世に生まれてきたのだから。他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらからこの記事が良かったと思う人も協力していただけると励みになりますので宜しくお願いします。人気blogランキングへ
2007.01.07

神を普段信じていなくても、初詣に行かれて、今年は良い年でありますようにと願った人達もいれば、神を信じていて、お礼に行った人達もいるでしょう。教会に祈りをささげに行った人もいれば、誓いをたてた人もいるかもしれません。大晦日に飲みすぎて、二日酔いでお昼過ぎに、目がさめた人達もいれば、徹夜して初日の出を拝みに行った人もいるでしょう。それぞれが素晴らしい思い出に残る新年の迎え方だと思います。あけましておめでとうございます。私は生活音のしない、小鳥の声だけの新年の朝を迎えることが出来ました。目を閉じれば、まるで天国のようなそんな穏やかな幕開けでした。ところが、今年一番最初に私の目に入ったニュースはおこずかいをもらえなかった男性が腹いせにやった放火のニュース。(日本)そして、最初に耳に入ったニュースは大晦日のパーティーで誰にも負けないように高価なものを身につけて、しっかりとお化粧をしながらも、他の人と比べながら、自分が一番美しく高価な物を身につけていることを確認しないと、不安になる女性の話でした。(アメリカ)平和な国の、心が平和でない人々。毎年、毎年多くの人達は、新年に世界平和や心の平和を願うのに、年末になると今年も嫌なニュースが多かったと翌年に希望をかける。その繰り返しを止めることが出来るとしたら、、、、世界平和や心の平和を実現させるためにまず自分が幸せになりましょう。多くの人は自分が幸せになることに罪悪感を(無意識で)感じますが、そんなものは、ごみ箱に捨てましょう。幸せな人は、人に優しくなれます。人は優しくされると、優しくなります。優しさを知らずに育った人は、なかなか人に優しくなれないけれど、それでも何度も何度も優しくされると、心が目覚めて幸せを感じ、人に優しく出来るようになります。優しさは伝染するんです。一人一人が優しくなれば、家庭が平和になり、街が平和になり、国が平和になり、世界はきっと今より平和になります。そのためにはまず自分が幸せにならなければいけません。あなたは自分が幸せになるために今年何をしますか?他のカウンセラーのプログも読んでみたい人はこちらからこの記事が良かったと思う人も協力していただけると励みになりますので宜しくお願いします。人気blogランキングへ
2007.01.01
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