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お金に対する罪悪感その3です。家庭環境から、自分だけにお金を使う人にはなりたくないと思いこんだのも、欲しい物をねだることは誰かを悲しませる事だと思いこんだのも自分なりに理解出来る。だから、人に対してはそれがたとえ不本意であったとしても、お金を使えるのに、自分に対してはどうしても許せなかったり、罪悪感を感じたりするようになった理由はわかる。だけど、誰かに対して、仕事の報酬をもらう事に対してあるいは、いただいた後に感じる罪悪感に対しては自分でも理解出来なかった。だから、罪悪感を感じないように、自分に色々な言い訳をする嫌な奴になり下がっていた。相場より安いとか、よい物を提供しているとか相当量以上の仕事をしているとか、時間をかけているとかである。報酬を払ってくださる方々に言い訳するのではなく、自分に対して言い訳するのである。要するに、お金を受け取るという事に対して自分なりに納得しなければいけない。お金が沢山あれば、人を楽しませる事ができる。お金が沢山あれば、人を助ける事が出来る。それなのに、何故こうもお金に対して罪悪感があるのだろう?物欲がなくなって、今では自分に対して欲しいと思う物は特に何もないのだけれど、お金はエネルギーだと気がついてから、この罪悪感が何処から来るのかと考えていた。そして、無収入だけれど、自由時間が有り余るある日、突然思い出したのである。私が突然思い出した出来事とその時に感じたであろう感情は、長年、知らない間に、私をコントロールしていたのだと思う。簡単にお金を手に入れば、とんでもなくひどい事が起こる。シメシメなんて思った後に、とてつもなく辛い事が起こる。ウキウキしていたら、大切な物を失くすような事が起こる。そういう風に私の潜在意識に書き込み、40年以上にわたって、封印していた出来事を突如思い出したのである。それは、私がまだ8歳か9歳の頃の事。その出来事の前後は思い出せないのだけれど、テレビを父親と見ていたら、父親に”100円やるから、ママについて行け”と言われ、家から出て行った母親の後を追って母親に追いついた私がいる。”追いかけて行けって言われたの”と言うと、”100円あげるから、家でお留守番していなさい”と言われ、200円を手の中に入れてそれを眺めながら、ニタニタしながら、ウキウキしながら、家に帰って行った私。子供心に”やった!”と思ったことを思い出した。いつもひもじかった私にとって大金である。覚えてはいないが、きっと何を買おうかやっぱり、貯金をしようかなどと考えながら次ぎの日を楽しみにしていたに違いない。ところが、次の日か、その次の日かは覚えていないが、待っていたのは死にかけている母の姿だった。あの時、一緒について行けば、、、お金をもらってデレデレして、夢を膨らませ、事の重大さに気がつかず、気軽に帰ってきた自分を責めた。生まれてこなければ良かったと自分を責め続けていた少女は、未来と自分に対する恐怖に怯えた。突如思い出したこの出来事で私はどう思考を塗り替えたのか次回書きますね。(Cocoの日記より)
2008.09.30
今日は、お金に対する罪悪感その3を書く前にどうしても書きたい事があって、このブログを書いています。私は以前、霊能者と謳っている方のブログを読ませていただいていてその方とお話をしたくて、セッションを申し込んだ事があります。セッションでは、”私ほど人間の出来た人はいない””守護霊は観音様”などと言う嬉しい事を言っていただいたし、個人的に会いたいとのその方からの申し出もあり、その時は気分良く思ったのですが、実際にお会いして、またその後、その方のブログで、その方が自分のブログにコメントしてくださった方に対し、とても攻撃的な態度を取られたことを目にして、とても悲しくなった経験があります。その出来事で、自分を振り返るチャンスをいただいたのですが、ネット上でサイキックと謳っていらしゃる方々に少し疑いの目を持つようになりました。私の心の中に、サイキックなら愛を説かずとも人の見本になるような生活を送っていてほしいという思いがあったのでしょう。それからしばらくして、潜在意識を解読するジュネさんのブログに出会いました。かれこれ、2年以上前の話です。読ませていただいて、凄く勉強になるものの、長い間、セッションを申し込もうとは思いませんでした。月日を追うごとに、ジュネさんの潜在意識解読の予約がなかなか取れない状態になっていきます。すぐに有名になられて、お話が出来ない日が来ると思いながらも、特に悩みもなく、どうしようかと思うまま月日が流れました。その間、私の頭の中でこだまするような、思考の流れのようなものが、自分の思考なのか、妄想なのか、私を守ってくださっている目に見えない存在からのメッセージなのか確信がとれないまま時をすごし、色々な所でチャネリングをすると言う方々のブログを読ませていただきながら、その方々は、どのようにして自分がメッセージを受け取っていると知っているのか何故、そんなに自信を持てるのか、知りたいと考えていました。何故なら、信じていると言う感覚と、知っていると言う感覚は違うからです。自分の事をもっと知りたいと受けてみた、ESPテストで、テレパシー97点、予知能力98点と言う結果が出ても、生活と照らし合わせて、それを信じられても、知っていると言う感覚ではなかったのです。私は、すべてはありがたいものであると言うこと、そしてすべては完全に調和しながら、存在していると言うことは知っています。また、すべての出来事に自分が学ばなければいけないレッスンがあると言うこと。表面的にとても辛いと思えそうな出来事でさえ、本当にありがたいものであるということに関しては、知っているという感覚があります。だけど、頭の中に流れるメッセージが守ってくださっている目に見えない存在からのメッセージだとなんとなく信じられても、知っているという感覚にはまだなっていませんから時々疑問が出てきます。私は神様や高次の存在の期待に沿うような生き方をしているのだろうか?私の魂は成長しているのだろうか?十分に愛を持って人々に接しているだろうか?そう言う質問を自分に投げかけると”大丈夫”と言う答えが頭の中で聞えるもののそれが、自分の妄想であったり、驕りから期待する自分で勝手に作り出した答えかもしれないと考えていました。この答えが欲しい。そう日に日に思うようになって、今から3ヶ月前ジュネさんの予約待ちが一年になる前に申し込もうと決心したのでした。ジュネさんの声を初めて聞いた時、私は愛に包まれている感覚になりました。ジュネさんの声を聞いただけで、セッションを申し込んで良かったと感じました。最初の質問は”特に悩みはないのですが、聞きたいことがあります。私は神様の期待に沿うように、十分な愛を持って人々に接していますか?”です。ジュネさんからの答えは”大丈夫です”でした。私には霊感があること、予知能力に優れている事など教えていただきました。メッセージに関しては、高次の存在(ハイアーセルフ等)からのメッセージで、安堵や安らぎを感じるはずと教えていただきました。確かに、不安なメッセージを受け取ったことは一度もありませんでした。(今までにも、この件では数人の方に”そうだ”と教えていただいていましたが、私の頑固な性格が、自分で確信を持つまで、何度も確認を取る必要があったのだと感じます。ジュネさんの安堵や安らぎを感じると言う指摘で、この件に関しては、解決したような気分です。)又、私と話した人は癒されて元気になると教えていただきこれからも、人の相談にはのっていこうと思いました。事前にこの質問以外用意していなかったので、思いつくまま家族の事などを時間の限りたずねましたが、話があちこちに飛んだにも関わらず、ジュネさんはとても優しく落ち着いて一つ一つの質問に答えてくださいました。ジュネさんがお話してくださったことは、私が思っていた事と一致する事が多くありましたし、ずばり当てられるので驚かされました。私の今世での課題は調和。これもとても納得のいく課題でした。あれもこれもやりたいと気の多い私なので、時々、どれをやるのがベストなのかと見えない存在にお伺いしていましたが、戻ってくる答えはいつも”自分の視野を広げて”と言うメッセージ。すると、ジュネさんからも、色々やって、色々な自分を発見してください。あなたはそれが出来る人ですからと言われ、本当にびっくり。最後に”家庭を大切に”とジュネさんからメッセージをいただいたのですが、これもしっくりときます。何故なら、仕事が忙しくなってくると、私は家族に甘えてしまう癖があるのを自分でわかっているからです。(お掃除をサボったり、テイクアウトを頼んだり、、)この最後のメッセージは、本当に重みがありました。家族と側にいて時間をただ過ごすだけではなく、食事を一緒に食べるだけでなく、今よりももっとディスカッションの時間も取るようにしようと思いました。またジュネさんに相談したくなった時には、次回は質問を事前に用意するつもりです。なぜなら、ジュネさんは、基本的に勝手に人の潜在意識を解読することは失礼になるから質問にしか答えないという方針を持っていらしゃるからです。みなさんもジュネさんの愛に触れたくなったら、質問を用意しておいたほうがいいですよ。セッションが終わってから、家族のことではなく、目に見えない世界のことで色々聞きたい事が出てきたのですが、しばらくの間は自分を守ってくださっている存在に聞いてみようと思います。
2008.09.15
無収入の状態になって、それでも意外とへチャラな自分と書いたけれど、それはわずかながらでも貯蓄があったからで、まったく、貯蓄がなければ、へチャラでいれたはずはなかったかもしれない。人は、命をつなげなくなりそうな状態になれば、心の余裕は少なくなるから。子供の頃、我家にはどの家よりも早く、テレビが来て、父は車に乗っていたけれど、生活は苦しかった。父が、若い頃からびっくりするほど稼いだ事が父の人生も、私達家族の人生も狂わせたのだろう。母はいつも借金返しの為に働いていて冷蔵庫の中はいつも空っぽだった。小学生の遠足の時、数百円までのお菓子を買って持ってきてもいいと言われても、子供心にそんな贅沢はできないと思っていたし、大人がご馳走してくれると言っても、一番食べたいものではなく、一番安い物を頼むという子供だった。本当にそれでいいのか?と何度聞かれても、それが大好きだからと答える子供だった。何かをもらっても、嬉しいと言う気持ちよりも申し訳ないと言う気持ちのほうが大きく、要するに、大人の財布を常に気にするかわいげのない子供だった。それでも、お金さえあれば、幸せになれると考えた頃もあり、中学生1年生の時、どんな大人になりたいかと聞かれ100万円稼げる人になりたいと答え、その時のママ母に現実的に物事を考えられない、狂った子というレッテルを貼られた事もあった。お金が人生を狂わせるという概念を持つようになったのは、もっと大きくなってからだったが、私は、その概念が、私がお金に対する罪悪感を持つようになった理由だとずーと思っていたのだった。だからなのか、それとも幼少の頃、お金に苦労したせいか、自分に使うことに関しては特に罪悪感を持っている。この癖は未だに完全には抜けきっていないようだ。一切の不満を感じず、人に差し出すためにはどうすればいいのか。色々な支払いが来た時に、”ありがたい”という気持ちを持ちながら支払えるようになるためには、どう感じればいいのか、自分の欲しい物を手に入れるためには、どういう許可を自分に与えればいいのか、どうすれば罪悪感を感じることなくお金を手にする事ができるのか。仕事をやめ、無収入になって、アメリカに来たばかりの頃、自由時間が多すぎるくらいあったので、しかも、一人でいる時間が長かったから、そんな事を、よく考えた。そして、心の奥底に仕舞い込んでいたのであろう出来事をある日、思い出したのだった。脳は、時には記憶を潜在意識奥深くしまい込み、意識にのぼってこないようにしたり、記憶を書き換えたりすることがある。セレクティブメモリーといわれるものだ。実際、私にはいくら思い出そうとしても何も思い出せない思い出がいくつかあるけれど、突然思い出したこの事に関しても、おそらく、子供にとっては、強烈な出来事だったので、意識の中から消し去っていたのだろう。(Cocoの日記から)
2008.09.07
私の事は、普段は日記で書いているので、ここには、書かないことが多いのですが、私が自分のトラウマに気がついた時の事が誰かの役にたつかもと思い、私の日記から、コピーして持って来ました。*****私は借金が大嫌いである。でも、我家には大きな借金がある。それは、私達の夢のロングステイハウスを建てるために作った借金。まあ、借金なしで、家を建てられる人は世の中にわずかしかいないだろうから、まあこの借金は仕方がないと思っているし、老後資産を増やすための投資の為の借金だと割り切ることにしている。返さなければいけないお金があれば、返せるようにお金を稼がなければいけない。聞いたり読んだりしたところによると、お金を十分稼いだり、お金持ちになるためにはお金に対する罪悪感があっては、駄目だそうだ。私は昔英会話教室を経営していたけれど、始めた頃、あまりにも安すぎて、多くの人に”安いから、、、””宗教団体か何か、裏があるのかと思った”とか”うさんくさそうだと思った””不良外人がやっているのかと思った”と言われた事がある。働いていただいていたネイティブの先生達には”お金をもらうことは悪いことではないから、授業料を値上げしたらどうか”と言われた事がある。会社を経営している社長さん達には”経営はボランテイァではない”と教えていただいた経験がある。確かに、経費を支払い残るお金は4人家族が生活していける収入ではあったけれど、裕福ではなく、子供達に寂しい思いをさせながらやっていたことや膨大な仕事の量を考えれば、金銭的には、あまりわりにあう仕事ではなかったと言える。しかし、病気に気がつかないほど働いたのだから、それににあう、やりがいはあったのだろうけれど。生まれて初めて起業したのは、23歳前後だったと記憶しているが、こちらは未熟だったせいと、お金に対する罪悪感で見事に失敗した。2度目、必要に迫られて起業した時は、さすがに最初の起業での失敗が役に立ったけれど、それでも、お金に対する罪悪感がなかったわけではないのはこうして振り返って見ればわかる。自分にお金に対する罪悪感があると気がついたのはアメリカに来て、ありあまるほどの自由時間が出来てからだ。まったく、無収入の状態になって、それでも意外とへチャラな自分と向き合っていた時だった。
2008.09.02
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