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すったもんだの挙句、自分でも何をしたかよくわかりませんが、写真がアップできましたので、昨日のお出かけの日記をアップします。昨日は各地で真夏日や夏日を記録し、東京も最高気温28℃を記録する夏日になる中、ブロ友のnaominさんとお出かけしました。naominさんとは10時にJR山手線の駒込駅で待ち合わでしたが、ホームでばったり出会し、そのまま出発。改札口を出たところで、正面に神社さんを発見、早速寄り道すると大國神社さんでした。お参りすると御朱印もいただけて、幸先の良いスタートでした。御朱印や神社のことははこの後まとめてご紹介します。⛩️を出て道なりに歩くと旧古河庭園の入り口です。ここはバラ園と日本庭園の両方が楽しめるお庭、そして現在は大谷美術館と呼ばれる旧古河男爵邸がお目当てです。都立の庭園なので、入園料は大人150円ですが、65歳以上は何と70円。ありがたや。ということで70円払って入園。前夜、邸宅内部のガイドツアーがあることをネットで発見したので、当日参加が可能か入り口で尋ねましたら、電話で問い合わせてくださって大丈夫とのことでしたので、邸宅の開館を待って入場、ツアーに申し込みました。入館料は別途400円、ガイドツアーは所要時間約1時間で400円でした。木々に囲まれた素晴らしい邸宅、雰囲気伝わってます?元は明治の元勲陸奥宗光の邸宅があった場所ですが、次男の潤吉氏が古河市兵衛氏の養子になったことで、古河家が所有することになったそうです。現在の古河庭園、大谷美術館は、古河家の三代目当主古河虎之助氏(潤吉氏の子息)男爵位に就く時に、爵位に相応しい邸宅をと周辺の土地を買い足して1万坪の広さとし、ジョサイア・コンドル氏にこの邸宅と洋式庭園の設計を依頼し、また日本庭園の作庭を京都の造園家七代目小川治兵衛氏に依頼して創り上げられたそうです。大谷美術館(旧古河邸)の開館までお庭をさっと眺めます。ローズガーデンのバラたちもツツジも咲き始めすらまだまだですが、モッコウバラが盛りでした。白もあったんですけど、写し忘れました。ローズガーデンと奥の日本庭園を丸く刈り込まれたツツジが繋いでいます。館の中に入ってツアー開始まで30分ほど公的な要素の強いスペースである1階を見てまわりました。1階は全ての入館者が見学できるスペースです。館内は撮影禁止なので、写真は全て大谷美術館のホームページから拝借しました。まず正面の玄関から入り、振り向くと入り口には古河家の家紋のあしらわれたステンドグラス。玄関ホールの左側一番手前は撞球室(ビリヤード室)で、当時の大変重いビリヤード台を設置するために床下にも天井にも特別な設えがあったそうで、絨毯にうっすら見える四角い切り込みもその名残りだそうです。この部屋の窓の外にはサンルームと呼ばれる部屋があり、床はタイル敷きで、壁についた蛇口は噴水だそうです。玄関ホール右の端には階段。ここから2階に上がると、そこはツアー参加者のみ見学できるプライベートスペースです。写真ではわかりにくいですが、この踊り場の正面のガラスもステンドグラスでした。一階にはまだお部屋があります。ビリヤード室の隣には書斎、その隣に一階で最も日当たりと眺めの良い応接室と続きます。応接室は今は喫茶室になっていて、見学者がお茶やスイーツを楽しむことができます。応接室はバラの壁紙が貼られ、壁や天井の漆喰には職人が一つ一つ描いた漆喰の薔薇が飾られています。お庭の見える廊下を隔てて小食堂(ブレックファストルーム)とメインダイニングがあります。こちらはメインダイニングです。天井や壁の漆喰飾りは、薔薇ではなく、様々なフルーツの意匠でした。この館の壁はどのお部屋も60cmもあったそうで、そのおかげで関東大震災でも被害がほとんどなくて、屋敷と庭園全体を救護所として被災者に開放したそうです。虎之助一家はその後新宿区若松町に新しい屋敷を建ててそちらに移り、ここに住んだのは10年足らず、その後は古河財閥の迎賓館として利用されたそうです。戦後は英国大使館に接収されて駐在武官の独身寮とされ、接収解除後は返還されたものの古河家が経済的に困窮して、ホテルニューオータニの創業者である大谷米次郎氏に購入を依頼したけれど、委譲は親戚関係しか許可されないということで、叶いませんでした。後に、国、都、古河家、大谷家で協議し、所有権は国、都が借り受けて一般公開すること、修復、管理は都の助成を得て大谷財団(大谷美術館)が行うことになりました。修復工事は昭和58年から63年の6年間かけて行われましたが、約30年もの間放置されていたため庭も屋敷も荒れ果てて、近隣の住民からはお化け屋敷と言われていたと言います。動物や人が土足で入り込み、焚き火をした形跡まであったそうで、壁紙や敷物は汚れ、腐敗して色も素材もわからない状態、ガラスは破られ、シャンデリアなども落ちて、復旧は本当に大変な作業だったようです。それでも、シャンデリアやブラケットなどは倉庫に残された予備の品物が見つかり、建築当時のものが使えているところもあるそうです。長くなりましたので、今日はここで一区切りにします。続いてお話は2階に移ります。naominさんとわたしが、古くて豪華な洋館という以上の感銘を受けたのがその2階部分です。明日、写真が問題なく入ってくれますように!皆様もどうか祈ってくださいね。
2025.04.20
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むかし昔(えっ?何年前かはっきりしてですって??え~~っと、指折り数えて、あら、指が足りないわ!!ざっと35年ほど前でしょうか)、とにかくわたしがまだ20代のころ、その頃勤めていた会社の人に何度か(多分2回位だと思いますが)連れて行ってもらった羽澤ガーデンのビアガーデン。最近、ふとそれを思い出し、また行きたいと思って検索してみたら、なんと、2005年に閉店していました。もう10年近くも前です。その頃、息子は高校生、夫は現役のサラリーマン。わたしは専業主婦で、子どもは手が離れて昼間はテニス三昧でしたが、若い頃は1年に200日以上出張していた夫も、さすがに社内での勤務がメインになり、毎晩家に帰ってくるようになっていて、暗くなってから家の外に出る回数は1年に両手の指では足りないものの両足の指まで使えば十分、おつりがくる程度でした。日常の行動範囲はせいぜい半径3Km、都内といえども広尾のお店の閉店の情報など、目にも耳にも留まらなかったようで、全然知りませんでした。素晴らしく豪華で広い日本庭園で、足下には蚊取り線香、テーブルにビール。周りは外人がいっぱい。わたしがそんなお店に行けたのも、その頃わたしは外資系の会社の経理課に勤めていて、本社から、わたしが担当していた事業部の事業部長だかの偉い人が来日し、その方の歓迎会におまけで呼ばれたからでした。もう一回は何だったか忘れましたが、それも似たような外人エライサンがらみのおこぼれだったと思います。お呼ばれでしたので、飲食代がどれくらいだったのかも知らないのですが、もし、営業を続けていたとしたら、今ならビアガーデンでもお会計はお一人様5000円札1枚では済まないだろうと思います。若くてもの知らずだったわたしは、ただ「すごい!」と思うばかりで、お料理やビールの味も、その豪華な庭園も、建物や調度のこともほとんど何も覚えていないのです。羽澤ガーデン自体の超高級そうな、更には、来ているお客さんたちのいかにも上流そうな雰囲気にも気後れしたか、同席していた偉い人たちにビビりまくっていたか、おそらくそんなところだったのでしょうが、今思えば本当にもったいないことをしました。今のわたしなら、きっと支払うお金以上に、色んなことを味わい楽しんだでしょう。だから、きっとお高いだろうと思いつつもう一度行ってみたいと思ったのです。なくなってしまったなんて、本当に残念です。若い頃に戻りたいとは全く思わないmamatamですが、あの頃を、今のわたしで再訪したいと思うことは、この羽澤ガーデンに限らず、しょっちゅうあります。今のわたしならわかるだろうにとか、今のわたしなら楽しめるだろうに。。。って、これって、歳と共に傲慢になってる証でしょうか?
2014.08.25
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昨日は、誕生日でしたが、朝から夜まで大忙しでした。というのは、朝から大学のクラス会があり、出かけるついでに西新井大師さんと近くの港北氷川神社さんをお詣りしてみようと思い立ったために、朝、8時に家を出たのです。御朱印ももちろん戴いてきました。それがまたすごく素敵なご朱印なので、今度ご覧いただきますね。御朱印は、ここ3か月分くらいのが、アップしてなくてたまっているので、気になっていますし。。。あ、きのうのことでしたね。西新井の後、11時からのクラス会に行き、皆で、ランチを兼ねて昼酒ワインなどを嗜み、三越にちょっと寄って買い物をし、5時からいつものしか野さんに予約を入れてあったので、家族とのバースデイディナー(あれ?ちょっとカッコ良すぎますねえ、この言い方!)のため、門前仲町に。8時ごろお開きにして、大分酔っぱらって帰宅。そのままバタンキューでした。ブロ友のまるさんとレイさんから、すごく可愛いバースデイカードをメールで戴きました。まるさん、レイさん、ありがとう!!大感激でした。(なんて言いながら、お返事もしないでごめんなさい。)しか野さんでは、おかみさんが可愛い焼き菓子をプレゼントしてくださったけど、家族からは何もなし。息子が、間に合わなかったけど、今話題の日本酒「獺祭」の磨き2割5分(って、なにそれ!そんなに磨いちゃったらお米残らないじゃない!!)を予約しておいたからと口約束はくれましたけど。。。ねえ??まあ、そんな事だろうと思ってはいたので、わたしからわたしへのバースデイプレゼントを用意しました。兵児帯からリメイクしたワンピースです。元の兵児帯は、ヤフオクにてなんと1円で落札したシロモノ。あちこち点々と薄く色が抜けていて、帯として締めるにもリメイクしても普段着ならまだ何とか許せそうながら、余所行きにはやや不向きです。でも、生地は、どっしりしたすごく上等なちりめんで、通勤着や家着としてなら十分どころかお釣りが来ます。しかも、制作時間は、大体4時間かな?帯端の絞り部分を前後の見ごろにして、フィット性じゅうぶん。襟ぐりは、しっかり始末されている布端を利用。なので、左右の肩をちょこっと縫い合わせただけです。袖口は布端の耳をそのままにしてしまいました。ちょっとヒラっとして可愛い(と思います)。脇も耳を真っ直ぐ縫いおろしていって、裾だけ、丁寧に三つ折りぐけしました。時間がかかったのは、その裾の始末だけです。少し飽きてきたら、裾を斜めに、あるいはギザギザに切り取って、チュニックに直してもよさそうです。今日は、これから、友人の家で来年予定しているあるイベントの打ち合わせにこのワンピースを着て、行こうと思います。電車に乗るのですけど、ちっちゃな色ぬけなんて誰も見てないよ!って、自分に言い聞かせているところです。
2015.10.04
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4月1日から、道路交通法の自転車に関する法規が変わったこと、連日テレビなどで報道されていますね。最大のトピックスは青切符なるもののようで、自転車の違反にも違反切符が切られ、5,000円以上の罰金が課せられとか。中でも一番重いのは、スマホなどのながら走行で、罰金は12,000円だとか。他にも、信号無視、一時停止違反、傘さし運転、通行区分違反(右側走行や歩道走行等)など、100以上あるそうです。わたしは自転車通勤だし、休日の買い物もほとんど自転車で行くので、一年にのべ350日くらい自転車に乗っていると思うけれど、上に書いたことくらいならわかっているから毎日大体守って走行しているけれど、100以上も項目があるとなると困ってしまいます。そんなにたくさん覚えきれないし、知らずに違反しちゃいそうです。今日も整体の予約があったので、温かくてお天気も良いし、自転車で出かけました。実は走行区分については今まではほぼ守っていませんでした。整体に行く時も、家を出てからの道のりはほとんどが都道と国道で〇〇通、〇〇街道と名前のつく広くて車の通行量も多い道なので、今まではほぼ歩道を通って行っていました。でも広い道には自転車専用道路があるので今回からはそういうわけにはいきません。自転車通路があるときはそこをを走らないといけないのですものね。途中に交番もあるし、ね。ということで、家を出るとそこは片側2車線の広い都道です。まず反対車線へ渡り、右方向に直進。大きな交差点を3つ渡って、そこで右折するのですけど、そこまではいつもスムーズです。右折する少し前から国道になって、交通量も、信号もさらに多くなります。この信号が曲者というか、自転車には鬼門なのです。車を運転なさる方はご存知でしょうけど、信号手前で、右左折用の車線が出現する場所がありますよね。だからと言ってそういう所の幅員が広くなるわけではないので、大抵その分自転車専用通路が細くなっていき、しまいに交差点で消滅してしまいます。青い塗装で区切られた路面に自転車専用通路と書かれた通路を気持ちよく走ってきたのに、その通路がいきなり消えてしまったら、あらわたしはどこへ行ったらいいのってなりますよ。路面を見ても脇を見ても、なんの表示も標識もないのです。歩道に上がったほうがいいのか、車より前に出て信号を待ったほうがいいのか?でも、信号の前に止まっている右折(左折)車から路肩までは隙間がほとんどなく、そこをすり抜けるのもなかなか怖いです。通行区分違反は罰金というのなら、あれ、なんとかして欲しいと今日何度も思いました。自転車専用通路に駐停車している車も困りものです。停っている車を避けて、自動車の車線にはみ出して走るのってすごく怖いですから。荷卸ししている車もあるし、仕方ないと思うことも多いですが、今日はなんと、駐停車禁止の道で自転車通路を塞いで止まっている車があって、運転席に人がいるのが見えたので振り返って見たら、その人、カップラーメンを食べていました。そんなの、家でしなさいよって言いに行こうかと思っちゃいました。コンビニの駐車場に車を入れて、イートインコーナーで食べれば誰の迷惑にもならないのに、あーいうのこそしっかり違反切符を切って罰金取り立てて欲しいと思いました。
2026.04.05
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昨日アップした甘夏ジャムで作った今夜のデザートです。バニラアイスにチョコレートシロップと甘夏ジャムをトッピングしました。むふふ、美味しいのよねえ、これが!毎晩食べたくなっちゃうのですよね。だけど、ねえ、アイスにチョコにジャムですよ、気になるのはカロリーです。せめてもの抵抗、少なめに盛り付けています。でも、こうしてみると、結構な量ですね。「毎日」を我慢することはしばらくは難しいと思うので、明日からはもっと小さめの器に盛り付けてみようかな?と思っているワタクシです。
2026.04.30
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昨日は整体の日でした。去年自転車を電動アシストなものに変えたので、ここ最近、気候が良くなってからは自転車で行きます。そうすると、買い物が楽なので、雨でもカッパを着て、よほど風が強くない限りは自転車です。昨日ももちろん自転車でしたので、ちょっと気が緩んで、買い過ぎてしまいました。これとか、これとか。こんなに大きくて(写真に写っている通り、A4サイズの紙に載りきりません。)見るからに新鮮そうな筍が、1本税抜699円と言う破格のお値段。1本買うはずが、荷出しをしていたお兄さんに、絶対お買い得だからもう1本持ってっちゃいなよと言われて、2本買っちゃいました。他には、美味しそうな甘夏(ジャム用に)とか、大きな蚕豆とか、頭から尻尾までまるまる1本を卸した真鯛とか、国産のタコの足とか、まるで道の駅の買い物みたい。2つのエコバッグがパンパンの大荷物です。でも、ギアは最高の7、アシストの強さも最大にすると、買い物袋ふたつ載せても、楽々でした。✌️そう言えば、足元の荷物カゴに入れて、蹴っ飛ばさないように用心しながら運んできたものもありました。スーパーのお隣のいつものお花屋さんで買ったお花です。こちらのお花屋さん、相変わらずお安くて、これでなんと397円でした。信じられないお値段です。筍は本当に掘り立てだったようで、仲間もらってきたのですが、皮を剥いて水で茹でて茹で汁に一晩つけておいたら、いい具合にアクが抜けて、今朝のお味噌汁、最高でした。今日は日曜日だったので、一本分、息子のところに届けてきました。
2026.04.27
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昨日は月例のお墓参り兼会食で深川、門前仲町に行きました。暫く前から気になっていた心行寺さんに行ってみようと少し早めに家を出ました。こちらはいつもお墓参りに行くお閻魔様・法乗院さんのお隣というかすぐ先のお寺さんなのです。いつも友人と一緒なので、ついパスしてしまっていましたが、折角御朱印帳を新調したので、牛に引かれてではありませんが、御朱印に惹かれて重た~~い腰を上げたmamatamでした。張り切り過ぎて、大分早く着いてしまったので、以前戴いているご朱印ですが、もう一度戴いて来ようとお不動さん、八幡様、そして永代寺さんにも行ってみることにしました。朝から、今にも降りそうな空模様でしたが、家を出るころにはしっかり雨降りで、門前仲町駅を出るともう本降りでした。まず、駅にいちばん近い永代寺さんにお参りしました。相変わらず達筆のご朱印です。前回、ブロ友のまるさん、じぇりねこさんと一緒に伺った時は気付かなかったのですが、脇にこんなかわいいお堂があって、こちらは、江戸六地蔵の六番目のお寺なんだそうです。伺ったら、六地蔵さんのご朱印もあるとのことで、戴いてきました。残念ながら、こちらはお堂だけでお地蔵様は、明治の廃仏毀釈の時に壊されてしまったそうで、現存していないとのこと。ご住職さんがご朱印の上にこんな紙を貼ってくださいました。リンクを貼ったウィキペディアに紹介されていますが、六地蔵の残りの五体は、現存するとのこと。今度は、機会を作ってそちらも訪ねてみたいと思います。永代寺さんを出て、右を見ると正面が富岡八幡様、徒歩一分です。で、ご朱印は、もちろんいただいてきました。お参りをして、鳥居をくぐり、左を見れば、そこにお不動様の脇の入り口が見えます。雨でも億劫ではない距離ですよ。さて、いよいよ心行寺さんを目指しましょう。こちらは徒歩一分というわけにはいきません。参道と交差する道を清澄通りに向かっていきます。道の両側は和洋色々ですが、大体居酒屋さんです。清澄通りに突き当たったら右に曲がり、高速道路の下をくぐり、信号を一つわたってまっすぐ進むとはい、ありました。こちは、ご本尊は阿弥陀様だそうですが、深川七福神のうち、福禄寿さんも祀られているとのこと。なので、ご朱印も両方戴けるというので2種類いただいてきましたこちらが阿弥陀様。こちらは福禄寿様です。こちらのお寺は、目の前で書いてくださるのではなく、作り置きしたものをくださいました。書かれてるのを見るのも楽しみなんですけどね。
2015.03.02
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なんだか買い物ばかりしているみたいですが、今回のスーパーセールで枕を買い替えました。今までの枕はもういつから使っているのか忘れてしまったくらい以前に買ったモノ。6年前の引越の時に持ってきたのですから、ひょっとするともう10年近いかも?寝心地は特別に良くもないけれどダメというほどでもない、まあ普通の枕です。とはいえ古くなって汚れが目立つので買い替えようと思っていました。中綿が化繊なせいか、汗っかきの夫は寝ている間に首筋が蒸れて汗かぶれのような湿疹が出来ることがあると前から言っていたので、通気性のよさそうなものがいいかなと漠然と思っていました。2週間ほど前だったか、なんとなく楽天市場を見ていたら、こちらの枕が目に留まりました。03LABO ふつうのまくら ウール100% 50×70cm キナリ LB-P1021L2 [ 枕 50×70cm 羊毛枕 まくら ピロー やわらかい 寝具 日本製 枕 丸三綿業 ]中の綿がコットン、麻、ウール、セルロースなどの種類があって、材質が選べます。夫は汗っかきのくせに寒がりなので、通気性と暖かさを考えて綿はウールがいいと思いました。大きめであまり高くないもの、柔らかすぎないのがいいというので、これに決めました。わたし用のはBRITISH WOOL PILLOW DELUXE ウォッシャブルウール枕 デラックス 43×63cm K074 [ 枕 43×63cm まくら 低め 高さ調節可 ピロー 羊毛 ウール 吸湿 天然繊維 オールシーズン 洗える枕 寝具 日本製 枕 丸三綿業 ]こちら。わたしは高い枕がダメなので、これしかないと思いました。届いた枕、並べてみました。右側、夫用のは、お布団のようでした。脇のファスナーを開けるとこうなっていて、さらに開くとお布団みたいな綿が入っていました。試しに寝て頭を載せてみたら、しっかりした弾力のある枕でした。わたしのは思った通りの低さの枕。縦の長いファスナーを開けるとネットの内袋の中に何かつぶつぶしたものが入っていて、え?ビーズ枕がきた?と思いました。さらに内袋のファスナーを開けると一個一個丸められたウールの粒々が見えます。knobsというものらしいです。それがどういうもので、どういう特徴があるのかは、わたしには上手く説明できませんので、ご興味のある方は商品ページに飛んで、読んであげてください。熱く語られていますので。こちらはかなり硬くて、あまり弾力はありません。綿だけれどコロコロした形なので偏らないように?こんな風に4つのセクションに区切られています。そうそう、どちらの枕も、水洗い可能とのこと。家で洗えることは大事ですね。夫の枕には専用の枕カバーを買いましたが、わたし用には、有り合わせのタオルで枕カバーを作りました。お休みの準備完了です。
2022.12.06
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今日から5月。5月1日、最近ではゴールデンウィークが飛び石連休になる原因の日みたいな扱いなのかなと思いますが、以前、この日メーデーは労働者の祭典という日で、都内のあちこちで労働組合主導の大規模なデモが行われ、銀座、青山、新宿などを旗を掲げて歩くデモ隊の様子がニュース映像で流れたものでした。わたしが就職した1970年代はメーデーが一番華やかな、「祭典」だった時代かもしれません。わたし自身はメーデーのデモに参加した経験はないのでわかりませんが、あの頃のデモ参加者は有給休暇を取って参加していたのかしら?組合員の多くがデモに参加するため、組合活動の盛んな会社はメーデーを休業日にしていると聞いたことがありますが。。。60年代はいわゆる高度成長期で、わたしは小、中、高、大と学生時代でしたが、今思い出しても、随分生活が変わった10年間だったと感じます。でも、労働条件の整備はまだまだで、わたしが就職した70年代になっても、週休2日は大企業のそのまた一部だけのことでした。9時から5時の8時間労働が普通になってはいたものの、残業は当たり前のし放題、部署によっては女性でも深夜残業をすることが珍しくはありませんでした。メーデーでの要求も、賃上げのほかに、労働時間の短縮、週休2日制の導入などが掲げられていたように記憶しています。70年代は前半は日本列島改造論とインフレの時代で、高度成長が続いているような気分でしたが、ドルショック、オイルショックと続いて、後半、経済成長が破綻していきました。今思うとデモというよりはパレードみたいだったメーデーの様子がニュースで流れなくなったのは、80年代だったかもしれません。メーデーはお祭り気分で「楽しく」参加するものではなくなったのでしょう。それはそれで寂しいような気もします。そういえば、お隣韓国では、今年からメーデーは国民の祝日になったそうですね。
2026.05.01
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ご無沙汰しているうちに春がどんどん進んで、気づけば世は春爛漫です。今日は4月17日金曜日、前回の更新からもう10日以上、それは季節も進むわけです。昨日、いつになくのんびり自転車を走らせていたら、街路樹のハナミズキがほぼ満開になっていました。車道側のつつじも3分咲きでしょうか?つい1週間前は桜が満開だったのに、今や桜は見る影もないのですから、時の移ろいは情け知らずですね。先月は紅梅が咲いていたお宅の玄関前では、藤が満開でした。香りもなく、花房も立派とは言えませんが、とても良い色合いの可愛いお花が季節に先駆けて健気に咲いていました。そういえば、先日ちょっと話題に挙げたユキヤナギの巨木ですが、明るい時にしっかり写真を撮って来ました。改めて全体像です。もうお花は終わっています。真ん中にかなり太い幹が見えますよね。その根元がこれです。根元の方を見ると、緑のロープでしばってありますが、それは家の方に傾いて行かないための用心なのか、鉄柵に括り付けられていました。でも、縛ってあるのは根元だけなので、これは倒れないようにとの配慮なのかもしれません。横に広がらずに上に伸びるようにするための心柱みたいなものがあるかどうか見てみましたご、それらしきものは見えませんでした。裏側です。一枚目と反対の方向から写しました。横からも。一本の木ではなくて、何種類かが寄り集まっているように見えます。手入れがされているようないないような、よくわかりません。でも、何のお世話もしてないのに勝手ににここまで大きくなるということはないのじゃないでしょうか。きっとしっかりお世話してもらっていますよね。きっとまた来年もたくさんの白いお花をつけて、楽しませてくれることでしょう。楽しみです。
2026.04.17
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今日は朝起きたらもうかなり大きな雨音が聞こえてきて、天気予報では午後には止むとか言っていたのに、少しの止み間を挟んだだけで、ほぼ一日中、雨降りでした。mamatam社界隈はすでにもうゴールデンウイークモードに入ったのか、迷惑メールさえも入らず電話も鳴りを潜めているような、あまりありがたくはない平穏無事の1日でした。おかげで、珍しく定時には留守電をセットして退社の準備開始、雨なので車で息子を迎えに来るお嫁ちゃん(おまけの孫もセットで)を待たずに会社を出ました。その瞬間、目を奪われました。雨は小降りになってはいたけれど、まだ降っていて、それなのに、西の空は夕焼けでした。数分と経たずにさらに陽が落ちると、ゴミゴミした都会の下町にこんな感動的な夕景が広がったのです。まさに一期一会の絶景でした。
2026.04.27
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今日はのんびり過ごそうと思っていのに、朝、7時にアラームが鳴りました。うっかりしてた、水曜日は可燃ゴミの日。うちはゴミ収集の時間が早くて、8時前に収集車が来てしまうこともあるので、それまでにはゴミを出しておかないとならないのです。のんびりしてるわけにはいかなかったんだわ。ゴミ収集アプリに設定してあるのでアラームが鳴ってくれて、良かった!といわけで、いつもより少しお寝坊しただけで起き出しましたが、気分はダラダラのまま。11時近くなってようやく動き始めたのは、鯛めしの準備のため。先週の土曜日にスーパーで真鯛を一尾丸ごと卸したのをお安く売っていたので買ってきていて、それを今日鯛めしにするつもりだったのです。お昼にいただこうと思って昨日のうちに軽く焼いて、バーナーで焼き目をつけておいたのです。ところが、いつもご飯を炊くストウブのご飯鍋の蓋が見つかりません。散々探して見つからないので、別の鍋で炊きました。お米2合、タイの切り身2切れで炊きました。おこげがたくさんできたので、別の器に分けて、残りをおひつに移して、鯛をほぐして載せました。鯛の身を混ぜ込んでお茶碗に盛り付け、お昼ごはんに。残りは冷凍しました。おこげはおにぎりにして、それも冷凍です。午後からは、やはり土曜日にスーパーで買ってきた甘夏と、友達が送ってくれた甘夏を、それぞれジャムにしました。柑橘のジャムは、皮を剥いて身を取り出すだけでもかなり面倒ですが、それだけじゃなく、内側の白いワタを丁寧に剥がした皮を細く刻み、それを2-3度茹でこぼすという手間がかかるので、作るのが本当に大変です。その手間が嫌だといつも思うのに、季節になると作りたくなるほど美味しいので、甘夏を見かけるとつい買ってしまって後悔します。午後いっぱいかかってできた甘夏ジャム2種。右がお友達の家のお庭になった甘夏で作ったもの、左は鹿児島で発見された枝変わり「紅甘夏」で作ったもの。我が家のお砂糖は粗精糖といって三温糖のような色をしているので、、どちらもあまり綺麗な色に仕上がっていませんが、それでも色が違うのはわかりますね。これだけあれば、しばらくはこの爽やかな酸味とほろ苦さの合わさった甘夏ジャムが楽しめます。パンに塗るのはもちろん、クラッカーにチーズと一緒に載せたり、アイスクレームにチョコレートシロップと合わせてトッピングしたり、色々楽しめるんですよ。
2026.04.29
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今月の文楽公演、第一部を見に行ったのは先週土曜日、ちょうど一週間前でした。ブロ友さんの多くはご存じの通り、わたしが文楽を見始めてからまだ2年ほど、回数は10回になるかならないかで、いわばズブのシロート、初心者です。初心者ですから、通し狂言を見たのは今回が初めてでした。全段を半分に分けて、前半を第1部、後半を第2部とまる一日掛けての通し上演です。先週は前半の第1部を見ました。10時30分開演、16時終演。いや~~、長かったです。ズブのシロートは、ビックリでした途中、上目蓋と下まぶたが、まるで磁石で出来ているかのように引き合う危機を何度か潜り抜け、辛うじて眠りの国への境を越えずに踏みとどまった6時間でした。大序と2段目は討ち入りに至る事件の発端や経緯の説明となる場面で、人形も、配役表に名前の載っている正規の人形遣いさんでなく、黒子さん3人で使われていたりします。多分半分練習ってことでしょうかね?太夫さんや三味線方さんも、舞台の上の方にある御簾内(みすうち)で、多分若手の方が、顔を出さずに(配役表にも名前が出ずに)演じられるところがありました。浄瑠璃だけが流れていたり、逆にお人形の演技だけで浄瑠璃なしの場面があったり、ちょっと緩むけれど、こういう前置きや伏線はチャチャッと解説で読んで、実際に舞台に載るのはさわりだけっていうのより、やっぱりこういう風にじっくりたっぷりみられる通し狂言はいいなあって思いました。今まで知っていた忠臣蔵はドラマや映画の、つまり史実に近い江戸時代のお話でしたが、文楽の忠臣蔵は、足利尊氏の時代に、場所も江戸城内ではなく、鎌倉鶴岡八幡宮に遷されていました。登場人物の名前も替えられています。尊氏は将軍位についた後、鶴岡八幡宮を造営し、そこに敵の大将で源氏の末裔新田義貞が天皇から賜った兜を収めるため弟の直義を派遣します。直義の饗応役が塩冶判官(えんやはんがん)と桃井若狭助(もものいわかさのすけ)、その二人の指導役が高師直(こうのもろのう)です。最初、師直は若くて身分の低い若狭助に事ごとにつらく当たり、とうとう我慢ならなくなった若狭助があわや刃傷沙汰に及びそうになります。この辺りで浄瑠璃は「運強く、切られぬ高師直」とか歌い、あぁ、やっぱり師直は(きら)上野介!って、観客は思う寸法です。ということは、若狭助が内匠頭?と思いますが、そこに絶世の美女顔世御前が登場します。この美人、塩冶判官の奥さんです。ここからお話は妙な展開になります。師直がこの美人妻に横恋慕し、恋歌を送りますが、見事にふられてしまうのです。辛うじて刀を抜かずに帰った若狭助は、家老に明日はあいつを絶対切ってやる!と告げます。家老は、じゃあ、もう、バッサリ綺麗に殺っちゃいなさいなんて焚き付けますが、殿が自室に引っ込むや否や、馬を仕立てて高家へ行き、師直に袖の下をつかませます。師直は掌を返したように若狭助におべっかタラタラ。若狭助は戸惑いながらも、もうこのくそ親父を斬るわけにもいかなくなります。師直もお金をもらっちゃあ、若狭助をいじめるわけにはいきません。なにやらムカムカしているところに顔世からは肘鉄、その断りの手紙を持ってきたのは何と夫の塩冶。顔世は塩谷には何も知らせていないのに、邪恋を夫塩冶に知られたと勘違いした師直は、フラれた腹いせも、若狭助をいびれなくなった鬱憤も全部まとめて、今度は塩谷に向かってとんでもない悪口雑言を浴びせます。最初は気でも違ったの?といなそうとしていた塩冶も、師直の悪役ぶりに最後には頭に血が昇り、刀を抜いて追いかけ回しますが、物陰に控えていた賄賂家老の加古川本蔵に取り押さえられてしまいます。ここまでくれば塩冶判官が内匠頭ってもうはっきりわかります。 で、この役名、浅野家の赤穂藩は塩で有名、吉良家は高家という役職?だっことからの命名に違いないと、mamatamさん鋭い!とか自画自賛していましたら、それだけでなく、なんと、このお二人、まさに足利時代の実在の人物だそうで、しかも、人物設定の背景となっている太平記に、そっくりそのままのシチュエーションで登場するらしいのです。WIKIに載っていました。どこが鋭いんだか。もの知らずもいいとこじゃん!!と自分に突っ込みを入れつつも言い訳すると、このオハナシ、上に書いた以外にも、話の組み立てから、設定から何から、からくりがいっぱいなのです。お話の筋に戻りますが、門の中と並行して、門の前でも、小さな事件が起きていました。不本意にも師直から恋歌を贈られた顔世御前、心中は「止めてよ!わたしにはダーリンがいるのに、アンタ(みたいなエロおやじ)になびくわけないでしょ!!」と突き返したい気持ちでいっぱいですが、そんなことしたらダーリンの出世に差し支えるのではと思い悩み、新古今和歌集から「わたしには夫がいます。もう一人の夫なんて。。。」という歌を書き写し、夫から師直に渡してもらおうと、この書状を腰元のおかるに届けさせます。さて、このおかるは、塩冶判官に随伴して直義の御殿に登城している早野勘平の恋人です。勘平を呼び出してもらって書状を渡し、勘平は塩谷にそれを渡しますが、ふたりはチャ~~ンス!とばかり無断で城を抜け出します。「逢ひびき」ですね。この、ちょっとしたおさぼりが二人の人生を大きく変えてしまいます。二人が門の前に戻ってみると、主人は網かご(罪人を乗せるかご)で屋敷に運ばれたと聞かされ、その屋敷におめおめと戻ることもできず、勘平は死ぬしかないと思い詰めます。でも、おかるに説得され、おかるの実家で謝罪の叶う機会を待とうと決心します。そして、これが、先日あらすじをご紹介した5段目6段目のおかるの身売り、勘平の切腹と言った悲劇につながっていきます。閉門を命じられた塩冶判官の屋敷には、幕府の上使が到着します。上使を迎えた塩冶は切腹の沙汰を覚悟し、羽織の下に白小袖に裃の死装束をまとっていました。最期に由良助との体面を望みますが、叶わぬまま、塩冶は切腹をします。その時由良助がようやく到着します。塩冶は切腹に使った刀を由良助に与え、無念を伝えます。この「塩冶判官切腹の段」は「通さん場」というそうで、舞台の緊張感を妨げないように客席の出入りが出来ないことになっています。トイレにも行けないので、別の意味で、すごく緊張しました。塩冶判官の遺体が運び出されると、家臣たちはまるで追い立てられるように、城の明け渡しを求められます。由良助も形見の刀を手に、無念を晴らす決意を胸に屋敷を後にします。いやぁ、この場面が何とも胸に沁みました。由良助の人形は、吉田玉男さんが遣われます。玉男さん、いつも立ち役というのか、勇壮な男性のお人形を遣われることが多くて、大立ち回りの場などは、本当に迫力で、お人形もまるで生きてるみたい。思わず拍手したくなってしまいます。ところが、この日の圧巻は、この城明け渡しの段での、由良助の重厚な一人芝居でした。玉男さんがお人形を遣っているというより、玉男さんのお芝居をお人形が表現しているみたいな。。。う~~ん、そんな言い方じゃわかりませんよね。上手く表現できません。いつもとは違うんだけど、今回もとっても良かったと、まあ、そういうことです。次の5段目、6段目は、おかるの実家に身を寄せた早野勘平の悲劇が話の中心になります。あらすじは、12月2日に書いたので、ほぼあっていました。6段目の最後で、勘平の義父殺しの疑いは晴れ、血判状に名前を連ねる仲間として認められたので、早野勘平は仇討の同士ではあるけれど、四十七士ではないということがわかりました。これで前半の紹介が終わり。読むのも大変だったでしょうが、見るのはもっと大変でしたよ。もちろん、1部、2部通しての公演ですから、舞台に上がる方はもっと大変なのだから、愚痴言っちゃいけませんけどね。実は翌日から軽い腰痛が出てしまい、先週はずっとなるべく暖かくして過ごしたのでだいぶ良くなり、昨日、今日とゴロゴロ、いえ、横になって腰を休めることに専念したら、ほぼ治りました。来週の土曜日は、後半の第2部を見にいきます。ご一緒するnaominさんも腰痛持ちでいらっしゃるので、二人して、合間にはしっかり腰を伸ばそうとか、そのためにはお弁当と飲み物は持参しようとか、打ち合わせています。とにかく冷やさないように、カイロを持って行こうかとか、グダグダ、まとまらないけど対策考え中です。
2016.12.11
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昨日は、この牡蠣ご飯と この牡蠣のオリーブオイル漬けを作りました。 昨日、大したトピックスでもないからまた今度なんて書きながら、今日またしつこく書いているのは、その記事のコメントで、トンカツ1188さんが心配してくださったからです。 3月のカキは危ないって。 以前焼き牡蠣の食べ放題で当たって(っておめでたい方じゃなく)2日間寝込んだことがおありなんだそうです。 牡蠣とか貝類で当たるのって、本当に苦しいらしいですね。 でも、不思議なことに、牡蠣で当たった経験のある方で、もう一生牡蠣は食べない!って仰る方って少ないですよね。 わたしなんてもう数十年も前に一度サバの刺身で湿疹が出て、それ以来生のサバはしめ鯖でさえ口にしないのに。それも一日で治ったのに。 牡蠣がそれだけ魅力的ってことなんでしょうね。 それはさておき、昨日の牡蠣のことをしつこく書いているのは、これは生ではなくて、火を通してオイルに漬けたものだったということを書きたかったからなのです。 生の牡蠣って、味は生食用より加熱用として売っているヤツの方が数倍美味しいんだそうですね。 そのA.生食用とB.加熱用のどこが違うかというと、Aは陸地から遠く離れて川から流れ込む汚れた排水などの影響を受けない、水のきれいな沖合で養殖されたもの、一方Bは、海水の栄養が豊富なより沿岸に近い海で養殖されたもの、という違いだそうです。 お刺身用と煮魚用みたいに、鮮度の違いとかじゃないんですね。意外でした。 そういうわけで、Bの加熱用の牡蠣は100%安全と言えないので、しっかり火を通して食べないと安心できないのです。 その不安の元、牡蠣の食中毒の原因はサルモネラ菌だそうですが、しっかり殺菌するにはどれくらいの温度、どれくらいの時間の加熱が必要かというと、かのWHOでは、中心温度を85℃以上になるようにして90秒以上加熱しなさいと言っているそうです。 味を損なわず、健康も損なわない、必要十分な温度と必要十分な時間の加熱って、調理のプロでもないわたしたちには至難のわざです。 そこで、低音調理器の登場です。 昨日アップした牡蠣は、加熱用ですので、85℃の設定温度で30分しっかり加熱したものをすぐに氷水で冷やして食べるまで冷蔵庫に入れておきました。 近所のスーパーで買った普通の牡蠣、でしたけど、トゥルンと美味しいオイル漬けになりました。 牡蠣ご飯の方は、酒、醤油、みりんで数分、ふっくらするまで煮て冷ましておき、その煮汁と水で炊いたご飯の炊きあがりに載せて、15分ほど一緒に蒸らしたものです。 時間はオイル漬けより短いけれど、温度が高いので、きっとセーフだと思います。 その証拠に、しっかり火の通ったザラっとした歯触りでした。 トンカツさん、ご心配戴いてありがとうございました。 でも、これで安心していただけたでしょうか? 夫もわたしもカキフライが大好きですが、今の生活では揚げ物は時間も手間も無理なので、せいぜい佃煮くらいしか食べていませんでした。 それはそれでおいしいのですけど、久しぶりに牡蠣らしい牡蠣料理?を自宅で戴いて、とってもハッピーな2月最終日でした。 この2月は、本当に散々な月だったのですが、終わり良ければ総て良し? 恨みは捨てて新たな気持ちで3月に向き合うことにしましょう。
2021.03.01
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金曜日の朝、弟がお寺に行くついでだからとわたしの出勤前に届け物を持ってきてくれて、住まいの近くの和菓子屋さんのどら焼きを一緒に持ってきてくれました。人形町の日本橋清寿軒と言うお店のどら焼きです。東京には三大大福とか三大たい焼きなんていうのがあって、同様に三大どら焼きというのもあります。この清寿軒さんのどら焼きは三大どら焼きの中には入っていませんが、甘い物好きの間ではとっても有名なお店です。買ってきてくれたのはこちらのどら焼きで、写真が上手ではないのでわかりにくいかもしれませんが、餡子を一枚の大ぶりの皮で包んであります。2枚の皮で餡子を挟んだ普通の形のどら焼きもあって、それはこちらでは大判どら焼きと呼ばれていますが、写真のこれは、このお店では小判どら焼きと言われています。大判も小判もお値段は同じなので、多分餡子の量は変わらないのだと思いますが、その量というのがすごくておにぎりくらいあり、しかも透明な包みを開けた時に香ばしい小豆の香りがするくらいに濃厚です。香ばしいのは餡子だけではなくて、しっかりと焼き目のついた皮の香ばしさも半端ないのです。普通、どら焼きの皮というと、カステラのようなふわっとした甘い生地を思い浮かべると思いまが、こちらの皮はもっちりした生地で甘くなく、かすかに小麦の香りがします。弟は、近くに住んでいるので手土産などに買おうかと思うことも多いのだけれど、いつ行っても店の前は行列だし、空いてると思うと午前中なのに売り切れだったりで、とにかく買えないんだといっていました。我が家に持ってきてくれたのも、餡子大好きなうちの夫に食べさせたいと思って、9時半にお店に行ったらすでに長蛇の列で(ちなみに開店は9時だそうです)買うのに2時間並んだそうです。完全無添加のため、賞味期限は製造後4日までなので、3日目の昨日と4日目の今日と連日で慌ただしくいただくことになりました。まあ、慌ただしく食べてものんびり戴いても、美味しいもの美味しいので良いのですけど。ホームページに写真が載っていますが、こちらの商品の箱がとても面白い(大福帳を模しています)のですけれど、弟が持ってきてくれた袋もなかなかでした。上の、茶色に白抜きのマーク、最初は顔?と思いましたが、まず右側の清寿軒という漢字が見えてきました。さらによく見ると左側も文字?と思えてきて、じっと見ていたら「御くわしや」と見えてきました。多分「おかしや」だと思います。しかも創業は文久元年なのですね。調べると1861年、162年前です。(かずまる@さん曰く、桜田門外ノ変の頃ですって!)今の御当主って何代目なのでしょうね?栗饅頭、栗最中も有名みたいなので、秋になったら買いに行ってみたいです。でも、平日しか営業してないらしいし、9時の開店の前に着いてないと買えない可能性が高いらしいんですよね。仕事引退してからじゃないと食べられないかしらね?
2023.04.30
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トランプ大統領がイランをいきなり攻撃したというニュースが報じられた時、わたしは反射的に仕事で必要な資材のことに思いを巡らせてしまいました。一発の爆弾で命や家族や財産を失う人たちのことを思う前に、東日本大震災やコロナ禍、ウクライナでの戦争で物流が大きなダメージを受けると、その度に、資材や原料が極端な品薄になって、値段が高くなったり、最後には市場から姿が消えて購入すること自体できなくなったりして本当に大変だったことを思い出したのです。世界平和より自分の仕事に及ぶ影響を心配しちゃったという、情けない話です。そうは言っても資材が入らなくなるとどんなハメに陥るか、苦労は身に染みていましたから、翌日から、ダンボールや緩衝材、製品包装用のポリ袋、マスク、衛生キャップ、ニトリル手袋(ゴム手)、輪ゴム、クラフトテープなど、スタッフと相談して、スペースが許す限りですが、順次手配しました。手配しながら、これじゃあまるでオイルショックの時にトイレットペーパーを買い溜めした人たちみたいだと、自分を情けなく思ってしまいました。でも、東日本大震災、コロナ禍、ウクライナでの戦争と、この10年余りで流通が止まったり、原材料の供給が滞ったりするたびに仕事で必要なたくさんの資材の価格が急騰し、品不足になって市場から姿を消しと、四苦八苦させられた記憶が身に染みていたのです。手配はほとんどはネット購入でしたが、ポリ袋や段ボールは注文生産なので、発注の1週間後とか10日後に納品に来てくれて、その時配達の方が原料の入荷が止まり始めているので受注を控えているとか、製造が止まりそうだとか言っていました。攻撃開始の数日後にはもう影響が実際のものになっていたのです。他の品物については調べてはいませんが、ニュースで小耳に挟む程度でも、すでに多くの品物で品薄が始まっているそうですし、もう値上げを検討せざるを得ない業種もあると聞きました。今や、海峡封鎖で多くの船舶が停泊したまま身動きが取れない事態になっていて、このことだけでも大きな混乱を引き起こすタネに、もう、なっていると思います。実際、ちっぽけなmamatam社さえすでに、小さくない嵐に見舞われています。ここ一年以上継続していただいていた注文が、あと一月ほどで一旦中断するとのご連絡をいただいたのです。それは、主要原料が中東からの輸入品で、約1ヶ月分の庫はあるものの、その後の手当がまだ出来ていない上に、輸出案件であるため製品出荷の見通しも立てられないという二重の憂き目に遭っているからです。とりあえず1ヶ月ほど先に製造を中断するというご連絡をいただいたわけですが、さらにその先はというと、おそらくはっきりと見通しは立っていないのでないかという気がします。実際、見通しなんて。。。無理ですよね。戦いの行方が全然見えないのですもの。と言うか、名もなき庶民のわたしには、そもそもなんのための戦争なのか、誰が何を求めて始めた戦争なのか、そこからもうよくわかりません。そんなですから、戦いの行方などさらにもっとわかりませんよね。それでも。わからなくても。この大きな荒波は、間違いなく日本も巻き込むものなのだと、それだけはあらためて実感しています。
2026.04.22
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昨日の夕焼けの写真、ブロ友さんたちから「三丁目の夕日」ってコメントをいただきました。mamatam社はE区M町7丁目にあるので、七丁目の夕日です。あの写真を撮ったのが家に帰ってきた後だっから三丁目の夕日だったんですけどね、我が家は3丁目なので。で、わたしは夕焼けを見て写真を撮りましたが、友人は虹を見たとラインで写真をもらいました。わたしの住んでいる地域でも虹は見えたでしょうけれど、こんなに広い空はこの辺りにはないので、たとえ見えても、こんな写真はおそらく無理だったでしょう。ここは同じ下町でも、昨日の写真を撮った、わたしの住む地域より北西方向、荒川区と言っても都内の住人でないとピンとはこない地名でしょうが、隅田川のやや上流にある街です。画面の真ん中あたりを流れているのが隅田川で、その両側に高層マンション群が立ち並んでいます。写真の感じからすると、おそらく隅田川の西側(荒川区側)のマンション群の中の一棟の中層階(10階あたり?)のベランダから、東に向かってシャッターを切ったのかな?っていう感じです。良い景色ですよね。きっと住めば都なのでしょうね。でも、今からここに引っ越しなさいと言われたら、わたしは二の足を踏みそうです。
2026.04.28
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少し前から、たまに歯が痛むことがあって、強い痛みではなく、さほど頻繁でもなかったのですが、ここ半年近く歯のお掃除をサボっていたこともあり、昨日、お隣の歯医者さんに行きました。そうしたら、虫歯と言われてしまいました。歯茎が下がったせいで鼻並びがおかしくなった部分をパテ?で止めてあったのですが、そこが虫歯になっているそうでした。神経まで達しているのだけれど取らないで済みそうなのでナントカを被せておきますから、一ヶ月くらい様子を見てくださいと言われ、もしかしたら痛むかもしれないからと鎮痛剤を処方されて帰ってきました。帰ってからは、麻酔をしたせいでしばらく痺れていましたが、その後は食事も普通にでき、夜もぐっすりで、問題なし。ホッとしました。虫歯の治療は三十数年ぶりですが、今回も抜歯はしないで済みそうです。わたし、大人になってからはあまり歯医者さんとはご縁がなくて、だから、永久歯はまだ全部残っています。4本の親知らずのうち1本だけ虫歯で数年前に抜きましたが、3本は、歯列の一番奥に普通の歯のような顔をして生えています。なので永久歯28本に親知らず3本の合計31本が、わたしの歯の総数になります。若い頃はなんとも思いませんでしたが、この頃ようやくその価値に気づき、大事にしようと思っていたところだったので、三十数年ぶりの虫歯はかなりショックでした。やはりきちんとケアしないとダメですね。これからは歯にもっと気を配ろうと思います。。
2026.04.25
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