伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2014年11月09日
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行ってきました。NHK俳句王国がゆく、Eテレでの放送で予定は12月21日午後3:00~4:00です。

U字工事の司会で興味深かいものでした、収録は約二時間半、放送は59分どれだけカットするの

入場券のハガキに俳句を投稿するようになっていたので書いてみましたが、見事にかすりもせず落選でした
会場の「ふるさと会館いが」の目の前が霊山でした、この山は壬申の乱の際には大海人皇子が平治の乱の
際には源頼朝が拝んだといわれる山です。とくに頼朝は「伊賀町史」(旧伊賀町編集)によると幼少時に
平頼盛の従者平宗清に捕らわれ伊豆に流される直前伊勢参宮の途中、霊山山頂からのご来光を拝し、
そこを「拝野」と呼ぶようになったとか。

それらを踏まえ霊山寺境内には県指定天然記念物のお葉付きいちょうの木があるので

もみじ越し
    聖なる山の
         里俯瞰(さとふかん)

としたのですが余りにも狙いすぎたので意味不明になってしまいました。

ちなみにこの源頼朝を捕らえた平宗清は平家一門が滅んだのち、平治の乱のあと幼少(12歳)の頼朝助命嘆願を
おこなったことや手厚く保護していたことなどにより伊賀の柘植を与えられ柘植姓を名乗った。
そして長男を日置、次男を福地、三男を北村としたとある。その福地家の分家筋が松尾芭蕉の先祖とのことで
福地城跡を芭蕉公園にしています。
この福地家系図には「松尾芭蕉」阿部喜三男氏著によると芭蕉の父松尾与左衛門は慶長年間(1596年~1615年)に
上野に移住したとあるらしい藤堂高虎が上野城主になったのが慶長十三年(1608年)なのでそれを機会に移住した
のでしょう。
そうすると芭蕉は1644年生まれなので、柘植生誕地説には無理があることになります。


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Last updated  2020年01月15日 11時25分46秒
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