伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2015年08月08日
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弘法の井戸と言われる井戸,水の不自由な土地に弘法大師 (空海) が泉を生じさせたという伝説が、全国にあり
ますが、滋賀県信楽町と三重県伊賀市の県境に近い多羅尾のタカラカントリーの入り口にも、そのひとつがあり
ます。



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伊賀市から御斉峠をのぼった道ばたにあります。いいつたえでは
弘法大師が峠のあたりに真言密教の聖地を求め村を歩いておられたとき、とてものどがかわいたのですが
日でりで水がありませんでした。

そこで弘法大師は、御斉峠にさしかかる道ばたに、大きな岩をひっくりかえして穴をほると穴からこんこんと
水がわき出てきました。

弘法大師は、だれでもいつでも飲みたい時に水が飲めるように、石をきずいて井戸を作り、それ以後水が
枯れることはなく村人から「弘法さんの井戸」と呼ばれて、峠を通る人たちののどをうるおし続けていた
そうです。


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伊賀から行くと弘法の井戸の手前三重県側、県境手前数十メートルに

山口誓子の句碑
「切り通し 多羅尾寒風 押し通る 誓子」

があります。誓子は京都の人ですが芭蕉を崇拝しその誕生地である伊賀をたびたび訪れ句ものこしています、


「伊賀の雪みて 花妻見に来たり」

「伊賀上野 蘇枋の花を 以て古ぶ」

や三重県立上野高校の校歌も作詞されています。
また上野天神宮の芭蕉初句集「貝おほい」奉納の碑に「山口誓子謹書」とあります。

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誓子の句碑から百メートル位手前の御斎峠の碑

御斎峠の名前は鎌倉時代に 臨済禅の高僧夢窓国師が伊賀三田の空鉢山寺に来られたときに、
村人がここで斎(とき=食事の接待)をあげたことに由来するとのだそうです。

徳川家康がこの峠を越えたことで有名ですが、ここから和銅の道のことはまた次回に。








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Last updated  2015年09月01日 23時16分41秒
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