伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2015年09月01日
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伊賀市上野車坂町にある西麓庵跡 窪田猿雖(くぼたえんすい)の草庵跡
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元禄7年(1694年)の9月4日(亡くなるひと月前)にこの庵に遊んだ芭蕉は

「新藁の出初て
        早き時雨哉」

 の句を残しています。


西麓庵跡と東麓庵跡の碑の間は150mほどありすごく大きな邸宅だったことが想像できます。
芭蕉の猿雖宛ての手紙に

「車坂屋山の方に草罨御結被」

(車坂ややまの方に草庵おむすびされ)

とあるので屋山というからには丘が在ったのだと思われます、それで東の麓、西の麓の庵と
命名されたのでしょう。



 芭蕉五庵の内 東麓庵跡の碑


窪田猿雖(くぼたえんすい)
今の伊賀市上野片原町、上野天満宮の南の富商で 、父六太夫の別邸、初麓亭(後の東麓庵)が車坂町にありました、
猿雖は、出家して意専と号し俳諧に専念、元禄5年に同じ敷地内に新しい庵を結びその庵号の命名を
芭蕉にお願いしました。

その返書に

「東の方藪際の古家       東麓庵
 新罨定而西之方に付可レ申ト是    西麓庵」

(東の方の藪際の古家 東麓庵、西の方に新しく定めし庵を西麓庵と申し付けることこれ可)

とありそれ以来 東麓庵、西麓庵、とよばれ無名庵・瓢竹庵・蓑虫庵とともに芭蕉五庵に数えられました。

しかし今、現存するのは蓑虫庵だけです。


窪田猿雖(くぼたえんすい)の子孫は市内に今でもお住まいです。





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Last updated  2024年10月24日 20時18分05秒
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