伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2020年05月22日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

斎宮芝は伊賀市柘植地区に残る斎王が伊勢神宮に向かう時の宿泊所

斎王とは国の安全と平和を祈願するため、京の都から伊勢神宮に派遣され、天皇の名代として神に仕えた人のことで、斎王には、皇女や皇族の未婚の女性から選ばれました。
斎王制度は、天武二年(674)、壬申(じんしん)の乱に勝利した天武天皇が、勝利を祈願した天照大神
に感謝し、大来皇女(おおくのひめみこ)を神に仕える御杖代(みつえしろ)として伊勢に遣わしたことに始まります。

承久の乱(じょうきゅうのらん)、鎌倉時代の承久3年(1221年)に途絶えました。

津藩主藤堂高猷が再興を主張したが、成らなかった

斎王に選ばれると、都で2年間精進禊をし3年目に伊勢の斎宮に向けて5泊6日の旅をします。


この斎宮芝は平安京遷都(794年)から鈴鹿峠開通(886年)までの92年間、斎王群行の重要な役割を果たしていました。
その間、九人の斎王が任にあたったとありますので一人が約十年務めたことになります。

京の都での「別れのお櫛」の後、斎王群行の3日目、勢多頓宮、甲賀頓宮の宿泊をへて、伊賀に入り
柘植で300名を越える群行を迎えました。

その道中で泊まられる所を、頓宮といいます。群行の都度、仮宮として設けられました。

柘植川と倉部川の合流地点近くに古来より「斎宮芝」というこの場所が 頓宮場所とされています。



この斎宮芝で宿泊した道程は赤く描かれています。
因みに斎王も加太峠を越えました。

役目を果たした斎宮の復路は2の道で一志から西に向かい青山地区を通り大和地区を経て山城国岡田賀茂(木津川)などで禊を済ませてから京に帰ったそうです。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2020年05月27日 14時56分39秒
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: