「みな出て橋をいただく霜路かな」 北詰東欄干碑
元禄7年冬の作。待ちかねた新両国の橋がようやく竣工したので誰も彼も出てきてこの清らかな霜の置いた橋をまるでおしいただくような気持ちで渡っている、との意。『泊船集』にでている。
下友生小橋 上流の江戸へ向かう表記は漢字、反対の下流はひらがな表記
芭蕉旅姿碑
北詰西欄干最北
北詰西欄干碑二番目
しんとしせん
元禄6年秋の作。小名木川に舟を浮かべて深川五本松付近で詠んだ句。
「川上とこの川しもや月の友」
北詰西欄干三番目
しもとものはし
芭蕉旅姿碑
北詰西欄干四番目
元禄7年夏の作。自分は生涯を旅に迎え旅に送ってきた。それはちょうど農夫が田を耕すのにいったりきたりするのと同じようだ、の意。
「世を旅に代かく小田の行き戻り」
「五月雨も瀬ふみ尋ねん見馴川」 北詰西欄干碑
五月雨で見馴川も大変水かさが増して渡るに浅瀬が判りずらい。五月雨でさえ雨足で瀬踏みしているようである、の意。大和名所の見馴川と見慣れた川をかけている。寛文10年より前の作と推定される。
北詰東欄干最北 新都市線
北詰東欄干碑 下友生小橋
芭蕉旅姿碑