2011年07月04日
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カテゴリ: 秋山真之伝記
 「新人類」とは、1960年代に生まれた人達のことで、1980年代に生まれた造語のようです。

 彼らは、文部省の定めた画一的な、マークシート方式の「共通一次試験」を始めて受験して選抜された世代でもあります。

 各大学が各々作成したオリジナルの入学試験で選抜された旧世代の人達からみると、新人類世代の価値観や感性に違和感を感じたのかもしれません。


 時代の変遷によって、人の価値観も変わっていくでしょうし、急激な社会構造の変革があれば、人の価値観もそれに対応して急激に変わっていくでしょうから、そこに一つの世代が生まれるのは必然と言って良いのかもしれません。

 急激な社会構造の変革として、すぐに思い当たるのは、1945年の太平洋戦争の終結であり、この年を境に「戦前」と「戦後」という2つの時代が生まれました。


 戦艦三笠なども「戦前」は日本の独立の象徴としての栄光の記念艦であった訳ですが、戦後は価値観が一変して、ダンスホールに身をやつすことになり、とにもかくも現在の姿に改装されるために16年の長い歳月を要したのです。

 そういえば、戦後生まれの人達は「全共闘世代」と重なる訳ですが、あの強烈なエネルギーの怒りの矛先に何があったのか?、大学を卒業するとプラカードや火炎瓶を捨てて、何事も無かったようにスーツを着こなす、あの見代わりの早さは何だったのか?など、他の世代の人達からみると、なかなか理解できることではありませんので、これもまた世代ギャップの一例と言えるようです。


 1945年よりもはるかに大きな変革があったのは、1868年の「明治維新」であったはずです。

 この明治維新の前と後で2つの世代群が構成されていたという想像もあながち間違いではないでしょう。


 「本日天気晴朗なれども浪高し」の名文を書いた「秋山真之」は慶応4年3月20日に生まれました。

 この年の9月に明治維新があって、このためこの年は明治天皇の詔(ミコトノリ)によって1月1日に遡って「明治」とされました。


 したがって、真之は明治生まれであり、彼自身が新世代の人間であるという強い自負があったはずです。

 しかし、一時の間でも「武士」として存在することができなかったという、劣等感のようなものも持ち合わせていたような気もします。



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最終更新日  2011年07月05日 02時34分07秒
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