2011年12月24日
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カテゴリ: 秋山真之伝記
 大正5年2月、秋山真之(49歳)は海軍省軍務局長の職を解かれて、

 軍令部出仕と同時に、欧米各国への長期出張を命じられています。


 第1次世界大戦が勃発してから2年近く経過したのに、

 この戦争は収束の気配さえ見えず、長期化の様相を呈していました。


 海軍としても、これをつぶさに観察し、

 来たるべき海戦に備えようと考えたのでしょう。


 そのための観察者を海軍の中から抽出するのであれば、

 なるほど真之ほどの適任者は外に居なかったのかもしれません。


 それにしても、この人事はあまりにも唐突すぎていて、

 軍務局長という重要なポストの後任者は4ヶ月近く決まらず、

 その間、海軍次官「鈴木貫太郎」少将が兼任したのです。


 真之を海軍省から追い出したい勢力が、

 何とか理由を付けて、外見的にはスムーズに事を運んだという気がしないでもありません。


 この出張は8ヶ月にもおよび、真之に同行した軍令部参謀「山梨勝之進」中佐によれば、

 『将軍(真之のこと)この御旅行中は、

 大変健啖(食欲旺盛)にして健康もすこぶる良好で実に愉快そうにみえた。』

 と、語っています。


 真之は既に4年以上陸に上がっていたわけで、帰国してほどなく、

 「第2水雷戦隊司令官」に補されて海に戻っています。


 ただ、この役職は、陽のあたる場所だけを歩いてきた真之にとっては、

 とても相応しいとは思えず、

 真之自身も相当ショックを受けて、自らの将来を悲観したという話もあるようです。


 真之が大佐になった時、初めは3,000トン級の艦長で、

 その後、少しずつ排水量の大きい艦船の艦長となっていますので、

 4年以上陸に上がっていた事が考慮されて、

 最初は負担の少ないポストが与えられたのではないかという気もします。


 いずれにしても、この後海軍が真之をどのように処遇するつもりであったのかは、

 永遠の謎になってしまったのです。





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最終更新日  2011年12月25日 01時02分46秒
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