マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2007.09.12
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 安倍総理が辞任の意思を表明した。唐突でもあり、辞任の理由も良く理解できない。開催された国会で所信表明をした直後の辞任表明には、与党の中枢にいる人にも驚きだったようだ。それにしても行動が幼い。誰しも考えるように、もし辞任するなら惨敗を喫した参院選の後が自然だったろう。

 「美しい国」発言に見られるように、安倍総理には「精神性」は感じられても生活感は全く感じられなかった。だから支持率が急落すると、忽ち意気消沈したのだろう。辞めるタイミングがあまりにも悪過ぎる。これでは途中で投げ出した感が否めないのは当然だ。エリートの何という脆さ。やはり最後になって経験不足がもろに出てしまった。あれが政党のエースだったのだから、人材不足なのだろう。

 総理の行動に比べるのもおこがましいが、私の人生で2度身を引いたことがある。初めは勤労学生だった頃のこと。ノンポリの学生委員会に所属していたのだが、大学紛争に怖気づいた先輩が委員長選挙への立候補を直前になって降り、2年生の私にお鉢が回って来たのだ。全国的な学園紛争の影響で校舎が封鎖されるなどの騒動が続き、結局機動隊導入で反対派の先鋭的な学生は排除された。

 夜学の学生には勤務先で組合活動をしてる人も居て演説は上手い。一般学生の代表だった私達はとてもプロの活動家には敵わなかった。それでも何とか学びたい一心で通学している勤労学生の代表として頑張った。体重は1年で6kgほど減り、50kgそこそこまで痩せた。2年目の選挙には心身ともにクタクタで、再び立候補することはしなかった。

 これまで大学側の運営に反対を唱えて来た先鋭的な集団は、思わぬ当選に困惑したようだ。攻撃は得意でも、文化を創り出すことは出来なかったのだ。彼らの1年間の行動で、夜学の学生達も何が真実なのかをようやく悟ってくれた。

 2度目は前職を定年の1年前に辞めたことだ。組織の大改革を前に上層部は全国の情報を求めて苛立っていた。直属の上司、部下は共に更年期の女性で、的確な指示が出来ず、間に挟まれた私と同僚は戸惑いの連続だった。そのうち窮地に立った同僚が私を攻撃し出した。上司の目を逸らすためだったのだろう。

 私は事務方のトップに辞職を申し出た。私の場合、辞職の承認を得るためには6ヶ月前に申し出る必要があった。後任人事で全国に影響するからだ。私の最後の職場はそれまでの管理運営が悪く、施設も雨漏りするなどニッチもサッチも行かないような状態だったし、職員の意識も最低で私はとても管理職とは言えない業務に奔走していた。

 私は辞めて清々したが、同僚は後で困ったと思う。もう攻撃する相手がいなくなり、自ら動かざるを得なかったからだ。この2つの事件には実は深い関係がある。同僚は夜学で委員長だった私を攻撃した一人だったのだ。私は良く知らなかったのだが、あの時の反対運動で彼は退学処分になっていたようだ。それで私を恨んでいたのかは不明だが、元々恨まれる筋合いではない。

 「人間、引き際が大切だ」と、自分の体験からも強く感じる。全国組織の大改革に関連して何人かの仲間が現職で亡くなったと聞いたのは、辞職から1年後のことだった。





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Last updated  2007.09.12 21:12:26
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