マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2012.03.11
XML
カテゴリ: 東日本大震災
死者19131名、行方不明者1694名、避難生活者34万人余、うち仮設住宅住まいの人11万人余、被災者中家族が離れ離れになっている人3割、被災者中仕事を失ったままの人4割=6万5千人、岩手宮城福島3県の被災商工業者のうち休業中か廃業を決めたのは22%、宮城県内の全壊家屋8万4千戸、同じく半壊家屋13万9千戸、宮城県内の瓦礫処理率6.8%、瓦礫処理残量18年分。

「東日本大震災」から1年。テレビでは各社が特別番組を放送している。だが、あれから一体何がどのように変わったのか。復興の足取りは相変わらず遅く、被災者の心の傷は癒されていない。いや、災害救助や捜索に当たった自衛隊隊員の中にも、被災地で遭遇した生々しい場面によってPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ隊員が20%近く存在すると言う。

先日我が家を訪れた生命保険の小母ちゃんも、あの震災でパニック障害に罹ったそうだ。妻も一時精神状態が正常とは言いかねたし、妻の姉はさらに重い症状を呈した。私の不整脈発症もその影響を多分に受けている。幸いにして我が家ではさしたる被害もなかったが、被災者の多くは今でも今後の生活をどう切り開くか、見通しが立たないのではないか。

大津波による福島原発事故発生時、アメリカ政府はいち早く日本政府から情報を提供してもらい、自国民を原発の圏内80kmから退避させた。もちろん4基の原発のうち3基がメルトダウンを起こしたことも把握していたようだ。それだけ危機管理が徹底していたのに、わが国では事故処理もお粗末だったし、危機管理も全く出来てなかった。

あれから1年。各地では様々な動きがあった。岩手県の陸前高田市では、流木のカエデでバイオリンを作ったそうだ。東京のある市では、宮城県石巻市の工場から流失した泥だらけの缶詰の汚れを洗い、「希望の缶詰」として市民に販売してチャリティーに協力した。美談のある一方、福島から「疎開」した児童が転校先でいじめに遭ったり、汚染度の低い瓦礫の受け入れを拒む傾向も強い。

日本で大震災が起きたことを知ったコロンビア大学名誉教授のドナルド・キーン氏は、直ちに日本への移住を決意した。長年の日本文化研究が認められ、2008年に文化勲章を受章した同氏は急遽来日し、3.11を前にこのたび日本国籍を取得した。氏の「日本を深く愛する」気持ちがそうさせた由。「鬼怒鳴門」(きん・どなるど)それが自ら選んだ「新しい名前」とか。

私が所属する走友会の仲間Eちゃんの夫君が、今月末から来月上旬にかけて写真展を開催する。場所は仙台市博物館のギャラリー。テーマはこの1年撮り貯めた被災地の風景だ。生々しい映像を観るのは辛いが、これは亡くなった方々や未だに行方不明のままの方々への鎮魂でもある。そして「あの日」をいつまでも忘れず、心に刻みたいと思う。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2012.03.11 10:42:50
コメント(6) | コメントを書く
[東日本大震災] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: