マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2014.01.29
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カテゴリ: 歴史全般
≪ 戦争と暮らし ≫

 今日のテーマは<戦争と暮らし>です。なぜそんなテーマを選んだかと言うと、私が訪れた仙台市歴史民俗資料館は、かつての兵舎だったからです。もちろん戦争を賛美する気持ちはありませんが、私達の親やその親達が、どんな時代を過ごして来たかを知ることは大事だと思うのです。



資料館1.jpg 仙台市歴史民俗資料館


 これがかつての陸軍歩兵第四連隊の建物で、仙台市宮城野区つつじが岡に1棟だけ残されています。その一角に、当時の兵舎の様子や戦時下の生活ぶりを伝えるコーナーがあります。



軍1.jpg


 これが第四連隊の全容で、一番奥の左手が現在の資料館です。以下、このコーナーの主な展示品を紹介しますね。



軍2鉄兜.jpg 鉄兜


 これが鉄兜です。戦時には兵士はこれを被っていたのです。



軍3銃.jpg 銃架


 銃を立てかけておく装置です。



軍4ラッパ.jpg ラッパ


 このラッパで兵士達へ合図したのです。朝は起床ラッパで始まり、夜は就寝ラッパ。♪新兵さんは辛いんだよ~ また寝て泣くのかよ~ と聞こえたそうですね。



軍5軍服.jpg 軍服各種


 それほど上等の布ではないですね。


軍6軍靴.jpg 軍靴


 これは実際に使用したもののようで、かなり傷んでいます。



軍7装備.jpg 装備


 背嚢(はいのう)、軍靴、水筒などが壁にぶら下がっています。



軍8-2毛布.jpg 毛布


 毛布も粗末な材料で出来てるみたいですね。



軍8ベッド.jpg ベッド


 一部屋に何人もが一緒に寝ています。ラッパが鳴れば直ちに服装を整え、外へ出て整列したのでしょう。


軍9動員.jpg ポスター


 戦地に行かない若い婦人達は、軍需工場で勤労奉仕をしたのです。



軍10小国民.jpg 塗り絵


 塗り絵の図柄にも当時の様子が窺えます。男の子が被っている帽子は軍帽です。子供達も確か「小国民」と呼ばれ、将来は国を守る兵士となるように教育されていたのでしょう。



軍11満鉄.jpg 満鉄ポスター


 字は右から左へと読みます。「南満州鉄道株式会社」と読めます。いわゆる「満鉄」でしょうか。満州を開拓するために、内地からどんどん開拓民を運びました。私の叔父の1人も満州開拓団に加わりました。これは多分超特急「亜細亜(アジア)号」だと思われます。



祭1.jpg 錦絵


 これは「仙台招魂祭」の錦絵です。日清戦争、日露戦争で犠牲になった兵士の魂を慰めるための祭で、全国の護国神社が中心となって行ったようです。仙台の招魂祭は数年間だけで終わったようです。なお、靖国神社となる以前は、「東京招魂社」と呼ばれていました。

 ♪一番初めは一宮、二は日光の東照宮、三また佐倉の宗吾堂、四は信濃の善光寺、五つ出雲の大社、六つ村々鎮守様、七つ成田の不動尊・・と来て、最後が確か 十は東京招魂社 と言う数え唄がありました。これは戦前に歌われていたのでしょうが、今でもちゃんと覚えているのが不思議です。

 日本は第二次世界大戦で負け、終戦後は連合国の進駐軍が日本列島を占領しました。現在東北大学の川内地区(旧仙台城二の丸跡)には戦前第二師団がありましたが、戦後はここが進駐軍の本部となり、現在の国際センターの前にはMP(軍事警察)が立って警戒していました。朝鮮戦争の頃は住まいの近くを轟々と音を立てて戦車が通り、大砲や射撃の訓練場に向かう姿が良く見られました。

 戦後は市内のあちこちに焼け跡が残り、鉄屑を拾って小遣い稼ぎをする子供もいました。食糧はほとんどなく、配給制度の米や芋も粗末で、サツマイモの茎も食べました。畑のネギを盗んで刻み、それが唯一のおかずと言うことや、ゴマ塩を振りかけただけのご飯もご馳走でした。進駐軍の兵士が投げるガムやコーヒーも奪うように拾ったものです。

 もし脱脂粉乳などの米国提供の食材の給食が無ければ、きっと多くの子供達は栄養失調で死んだことでしょう。だから私には戦争を賛美する気持ちはさらさらありません。今は飽食の時代。貧しかったあの頃を知る人も、どんどん少なくなりました。


住6便所神.jpg 便所神


 この仙台堤焼で作った可愛らしい便所神は、資料館のトイレに飾ってありました。幸運の便所神として、これからも時々登場させたいと思っています。


 これで仙台市歴史民俗資料館の展示の紹介は終わりますが、このシリーズはもう少し続きます。ただし、明日と明後日は急遽別の話題を入れる予定です。<続く>





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Last updated  2014.01.29 15:19:36
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Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
yuriccyo☆  さん
おはようございます。
昨日から東京に来ていますが、5時に目覚めてしまって
もう寝れそうになかったので起きてPCに向かってます(^^ゞ
起きてすぐ体操を忘れずにしました♪

陸軍第四歩兵連隊の建物だった仙台市歴史民俗資料館で当時の残された品を見ると、資料と相まって当時の状況を振り返れそうです。

父は乙種合格で外地には行かず、九州まで行って従軍したそうです。母は東京で軍需工場に勤めていたので空襲の時はそれは怖い思いをしたと焼夷弾の事など色々話してくれました。
私自身もまだ物のない時代に産まれているので、いつかこの時代の事を書きたいとは思っていますが・・・。
(2014.01.29 06:08:20)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
お早うございます~。
ご訪問コメント何時も有難うございます。

仙台市歴史民俗資料館、兵舎だったのですね・・。
綺麗に保存されて居ますね~~~。
身に付ける物から武器まで展示され、何故か見たく無い物を見た様な?変な気持ちになります(苦笑)。

戦争は好きには成れないですよね?、、、
でも、これから何が起きるかはわかりませんものね。
珍しい物を拝見出来戦争について知る事が出来たのは良かったですよ~~。
暖かく為さって日々を健康で楽しくお過ごし下さいね。
(2014.01.29 06:14:19)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
yuriccyo☆さん今日は~!!
早朝からのコメント、ありがとうございます♪

>おはようございます。
>昨日から東京に来ていますが、5時に目覚めてしまって
>もう寝れそうになかったので起きてPCに向かってます(^^ゞ
☆あらまあ。また東京へお手伝いですか~?
寒い所、お疲れ様で~す♪

>起きてすぐ体操を忘れずにしました♪
☆ふふふ。感心感心♪(笑)

>陸軍第四歩兵連隊の建物だった仙台市歴史民俗資料館で当時の残された品を見ると、資料と相まって当時の状況を振り返れそうです。
☆そうですね。少しは戦時下の暮らしぶりが分かりますよ。

>父は乙種合格で外地には行かず、九州まで行って従軍したそうです。母は東京で軍需工場に勤めていたので空襲の時はそれは怖い思いをしたと焼夷弾の事など色々話してくれました。
>私自身もまだ物のない時代に産まれているので、いつかこの時代の事を書きたいとは思っていますが・・・。
☆恐らくはその家々に特有のドラマがあったと思います。
戦争の影響は戦後暫く経ってからも続きましたものね。
我が家も大きく戦争の影響を受けた方だと思います。
詳しくは書きませんが、その傷跡は決死ぬまで癒されない
だろうと思っていますよ。
(2014.01.29 08:21:07)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
よっちゃん67さん今日は~!!
いつもコメントを、ありがとうございます♪

>お早うございます~。
>ご訪問コメント何時も有難うございます。
☆こちらこそ、いつもありがとうございます♪

>仙台市歴史民俗資料館、兵舎だったのですね・・。
>綺麗に保存されて居ますね~~~。
☆あまり博物館には向かない建物ですが、こんな
建物や当時の品物が残っているのは、当時の様子を知る
ためにも貴重ですね♪

>身に付ける物から武器まで展示され、何故か見たく無い物を見た様な?変な気持ちになります(苦笑)。
☆ハハハ。女性ならきっとそう感じることでしょう。(笑)

>戦争は好きには成れないですよね?、、、
>でも、これから何が起きるかはわかりませんものね。
☆誰も戦争が好きな人はいないと思いますよ。
そしてこれからも戦争は起こらないと思っています。
小さないざこざや、部分的な衝突はあっても、
大きな戦になれば大変なことになりますものね。

>珍しい物を拝見出来戦争について知る事が出来たのは良かったですよ~~。
☆よっちゃんさん達の世代なら、私達よりも詳しいと
思うし、戦中戦後も色んな経験をされたのではないでしょうか。

>暖かく為さって日々を健康で楽しくお過ごし下さいね。
☆ありがとうございます。今日の仙台は比較的暖かですよ♪
よっちゃんさんも素敵な一日になりますよう♪
-----
(2014.01.29 08:32:38)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
きっかいくん さん
マックス爺さん おはようございます。
夕べは焼酎が回ってきて2度寝してしまいましたか(笑)。私は戦後っ子なので戦争のことは復員してきたおやじも余り喋らなかったし良く憶えていませんが、最近読んだ「永遠のゼロ」や「海賊と呼ばれた男」を読んで、その一端を知ったような思いです。おやじは亡くなる直前「戦車が来る!」と怖い顔で叫んでいましたっけ。 (2014.01.29 08:36:58)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
きっかいくんさん今日は~!!

>マックス爺さん おはようございます。
☆ようこそ、マックス爺のブログへ♪
お訪ねいただき、ありがとうございます。嬉しく拝見しています♪(笑)

>夕べは焼酎が回ってきて2度寝してしまいましたか(笑)。
☆いやいや、そうじゃなくてね、夜中の1時過ぎに目が覚めて
眠れなくなったために、ブログを書きながら焼酎を飲んだのですよ。(笑)
結局、書き終えたのは朝の4時頃。それから二度寝したのですが、
6時には女房に起こされてしまいました。(笑)

>私は戦後っ子なので戦争のことは復員してきたおやじも余り喋らなかったし
良く憶えていませんが、最近読んだ「永遠のゼロ」や「海賊と呼ばれた男」
を読んで、その一端を知ったような思いです。
☆「永遠の0」は少し前に映画で観ましたが、あれが戦争を
賛美するものには見えませんでしたね。

>おやじは亡くなる直前「戦車が来る!」と怖い顔で叫んでいましたっけ。
☆そうでしたか。よほど怖い思いをされたのでしょうね。
私の父は戦場で片足を失いながら、何とか復員して来ました。
でもあまり無理をしたせいか、40歳で死んだのです。
まあ、大変な人生だったと思いますねえ。
(2014.01.29 09:04:11)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
お早うございます
仙台市歴史民俗資料館で昔の生活・戦争を知ることが出来
マックスさんの説明で詳しく知ることが出来ました
もう戦争は嫌ですね (2014.01.29 09:25:10)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
すずめのじゅんじゅんさん今日は~!!
ご来訪とコメントを、ありがとうございます♪

>お早うございます
>仙台市歴史民俗資料館で昔の生活・戦争を知ることが出来
>マックスさんの説明で詳しく知ることが出来ました
☆あまり知識がないので、大した説明は出来ませんでしたが、
何かを感じていただけたら幸いです♪(笑)

>もう戦争は嫌ですね
☆ふふふ。女性は特にそう感じるでしょうね。誰も戦争は
したくありませんが、当時はせざるを得ない状況だったのでしょうね。
(2014.01.29 09:32:26)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
こんにちは。
勝っても負けても、傷つくことが多いです。
戦争は嫌ですね。
NHKの朝ドラも出兵などの場面に、
歴の中の一頁ですから仕方がないですが・・・。

戦中の様子は聴覚障碍者の戦争体験など収録しましたので、
手話の読み取りのため戦中の資料は相当集めました。
マックスさんほどではないでしょうけど・・・。
今日も有難うございました。 (2014.01.29 10:48:01)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
Huちゃん  さん
お早うございます。
歴史を正確に伝える事、正しく学ぶ事は大切ですね。
戦後70年、すでに直近の戦争すら風化してきています。
この様な資料館、博物館の役目も悲劇を起こさないために
重大です。
何時も素晴らしい記事を有難うございます。

大阪の歴史博物館は大阪市中央区大手前の大阪城近くの
NHK大阪放送局横にある13階建ての大きなビルです。
時々1階は立ち寄るのですが10階からの展示フローは
まだ行った事がなく機会を見付けて勉強してきます。
原則写真はOKとの事でした。
「咲くやこの花館」は、大阪市鶴見区の花博記念公園鶴見緑地内にある屋内植物園で日本最大の温室がある館ですね。
花が好きでよく撮影に通っています。
何時もご覧頂き有難うございます。 (2014.01.29 10:54:46)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
お散歩うさぎさんさん今日は~!!
いつもコメントをありがとうございます♪

>こんにちは。
>勝っても負けても、傷つくことが多いです。
>戦争は嫌ですね。
☆ふふふ。女性の方はそのような意見が多いですね。
私は戦争も過去の歴史として捉えています。
なぜ、そうなったのか?どんな影響が残ったのか?
謎が多いです。

>NHKの朝ドラも出兵などの場面に、
>歴史の中の一頁ですから仕方がないですが・・・。
☆最近は戦争がテーマの映画も結構多いですね。
「はじまりの道」、「少年H」「風立ちぬ」、「永遠の0」、
「小さなおうち」など私が観た映画もそうでした。
なぜなんでしょうね?

>戦中の様子は聴覚障碍者の戦争体験など収録しましたので、
>手話の読み取りのため戦中の資料は相当集めました。
>マックスさんほどではないでしょうけど・・・。
☆私は何も知りません。ただ少年時代に聞いたり
見たりしたことが中心の知識ですもの。

>今日も有難うございました。
☆とんでもありません。こちらこそどうもありがとうございます♪
(2014.01.29 10:58:12)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
Huちゃんさん今日は~!!
いつもご来訪とコメントを、ありがとうございます♪

>お早うございます。
>歴史を正確に伝える事、正しく学ぶ事は大切ですね。
☆本当にそう思います。客観的な事実としてね♪

>戦後70年、すでに直近の戦争すら風化してきています。
>この様な資料館、博物館の役目も悲劇を起こさないために
>重大です。
>何時も素晴らしい記事を有難うございます。
☆多分そんなことを言うのはHuちゃんくらいですよ。
後はこんなのは嫌だとか、嫌いとか言うのが本心でしょうね。

>大阪の歴史博物館は大阪市中央区大手前の大阪城近くの
>NHK大阪放送局横にある13階建ての大きなビルです。
☆へえ~っ、そんなのがあるんですか。初めて知りました。
1回だけ大阪城へ行ったことがあるんですが、その手前に
難波宮跡の遺跡があったことを覚えています。

>時々1階は立ち寄るのですが10階からの展示フローは
>まだ行った事がなく機会を見付けて勉強してきます。
>原則写真はOKとの事でした。
☆ふふふ。それは楽しみですね♪
成果を期待して待ってますよ~!!

>「咲くやこの花館」は、大阪市鶴見区の花博記念公園鶴見緑地内にある屋内植物園で日本最大の温室がある館ですね。
>花が好きでよく撮影に通っています。
☆あらまあ、植物園でしたか。名前しか知らないのですが、
てっきり博物館だとばかり思っていました。どうもスミマセン!!

>何時もご覧頂き有難うございます。
☆とんでもありません。こちらこそありがとうございます♪
(2014.01.29 11:07:30)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
こんにちは
プリン猫も私も元気になりました。
前回、今回のブログ、娘達にも読んでもらいたいと思いましたが・・・かなわぬこと・・・残念です。
父も戦争に行きましたが・・ほとんど戦争の話はしませんでした・・・戦争を知らずに育った私、この歳になって・・ようやく考え深いものがあります。「世が世なれば・・・」と子供達に言うと「また、始まった・・」と笑われます~~
バブル時代に育った娘達、よかったのか、・・足りないものがあったように思われるわたしです。 (2014.01.29 17:08:13)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
田舎のシルビアさん今晩は~!!
ご来訪とコメントを、ありがとうございます♪

>こんにちは
>プリン猫も私も元気になりました。
☆ふふふ。それは良かったですね。元気が一番ですよ~♪(笑)

>前回、今回のブログ、娘達にも読んでもらいたいと思いましたが・・・かなわぬこと・・・残念です。
☆あらまあ。大したものでもないんですが。

>父も戦争に行きましたが・・ほとんど戦争の話はしませんでした・・・戦争を知らずに育った私、この歳になって・・ようやく考え深いものがあります。
☆そうですね。あまりにも経験が違うと、却って
話しづらいのかも知れませんね。ここには書かなかったけど、私の父は傷痍軍人で片足を失ったのです。それでも頑張って
働きましたが、40歳の若さで死にました。やはり
相当の無理をしてたのだと思います。

>「世が世なれば・・・」と子供達に言うと「また、始まった・・」と笑われます~~
>バブル時代に育った娘達、よかったのか、・・足りないものがあったように思われるわたしです。
☆それは我が家も同様ですよ。豊かな時代に育った子供達
とは、価値観や金銭感覚がまるで違いますものね。
でも子供時代は貧乏でしたが、案外楽しかったですねえ♪(笑)
(2014.01.29 17:45:46)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
灯里☆  さん
実家の新発田は16連隊だったそうで今は自衛隊所属になっています。終戦後兵士がこのような服装で村に帰ってきたこと見たことがあります。子供心に汚い服だと思いました。
父は日本ソーダの軍事工場に勤めていたので戦地には行かなかったのですが叔父さんはマニラで通信兵で無事帰り帰国後国際電話で勤めました。父の兄は広島大学で講師をしており原爆にあい2年後に亡くなり疎開していた従姉妹は8歳と6歳で伯母さんが助産婦をしながら苦労しました。思い出がたくさんあってきりがないのでこの辺で。長文で失礼しました。 (2014.01.29 23:23:37)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
灯里☆さんお早うございます!!
コメント、ありがとうございます♪

>実家の新発田は16連隊だったそうで今は自衛隊所属になっています。
☆「またも負けたか8連隊」と言うのがあったみたいです。
大阪の連隊ですが、東北は強かったそうですね。

>終戦後兵士がこのような服装で村に帰ってきたこと見たことがあります。子供心に汚い服だと思いました。
☆カーキ色ですね。本当に嫌な色です。復員した教師が
授業で戦争の話をするのが嫌でした。

>父は日本ソーダの軍事工場に勤めていたので戦地には行かなかったのですが叔父さんはマニラで通信兵で無事帰り帰国後国際電話で勤めました。
☆父は13人兄弟だったので、それぞれ色んな運命
に出会ったのです。戦死した兄弟が2人いたし、父は
足に負傷して切断したのです。

>父の兄は広島大学で講師をしており原爆にあい2年後に亡くなり疎開していた従姉妹は8歳と6歳で伯母さんが助産婦をしながら苦労しました。
☆広島の原爆ドームや資料館を見たことがありますが、
とても悲惨な結果でしたよ。お気の毒でしたね。

>思い出がたくさんあってきりがないのでこの辺で。長文で失礼しました。
☆とんでもありません。良く古い思い出を書いて
くださいましたね。
(2014.01.30 05:55:52)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
@futaba  さん
おはようございます。
貴重な歴史を写真に残しUPしていただきありがとうございます。
当時の様子がよくわかる、マックス爺さんならではの日記ですね。

この日記を拝見して、高校の修学旅行を思い出しまいた。
選択コースで、「忍者屋敷」と「広島コース」があったのですが、「広島コース」を選んだのは360人ちゅうわずか数名だけ。
みな、原爆資料館を出てきたときは、顔色が悪かったのを覚えています。
話で聴くのとじっさいにこういった資料でみるとのでは、大きく違いがあります。
こいういう資料館、大切に後世に継ぎ、同じ過ちを繰り返したくないものですね。

(2014.01.30 06:58:22)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
@futabaさん今日は~!!
コメントありがとうございます♪ 今日はブログの掲載が
遅れてしまいましたが、怪我の功名だったみたいですね♪

>おはようございます。
>貴重な歴史を写真に残しUPしていただきありがとうございます。
>当時の様子がよくわかる、マックス爺さんならではの日記ですね。
☆いえいえ、良くは知りません。私は戦争が終わる間際に
生まれたので、戦時中のことは聞いて知ってるだけで。(笑)

>この日記を拝見して、高校の修学旅行を思い出しました。
>選択コースで、「忍者屋敷」と「広島コース」があったのですが、「広島コース」を選んだのは360人ちゅうわずか数名だけ。
>みな、原爆資料館を出てきたときは、顔色が悪かったのを覚えています。
>話で聴くのとじっさいにこういった資料でみるとのでは、大きく違いがあります。
☆そうでしたか。それは凄い選択でしたね。
私も原爆ドームと資料館は何度か見ましたが、とても
凄惨な現実を見せつけられた思いがしました。

>こいういう資料館、大切に後世に継ぎ、同じ過ちを繰り返したくないものですね。
☆豊かな生活に慣れた若者達にとっては異次元の世界で
しょうが、もっと知って欲しい、観て欲しい資料館です。
改めてコメントをありがとうございます♪
(2014.01.30 08:14:53)

Re:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
ちっち さん
きのうは横浜散策で、ランドマーク、ドックヤードガーデン、赤レンガ倉庫とまわって、クジラをイメージした大桟橋に行くと、明日出航の大きな飛鳥が泊っていました。
その後、飛鳥を所有する日本郵船歴史博物館へ、戦争であまりにも多くの船を失ったことに驚きました。
それから県立歴史博物館へ、開港間もない横浜の陶芸、すばらしい「真葛焼き」というのが展示されていました。
博物館っていいですね。 (2014.01.30 15:13:23)

Re[1]:シリーズ 暮らしのかたち(5)(01/29)  
マックス爺  さん
ちっちさん今日は~!!
ご来訪とコメントを、ありがとうございます♪

>きのうは横浜散策で、ランドマーク、ドックヤードガーデン、赤レンガ倉庫とまわって、クジラをイメージした大桟橋に行くと、明日出航の大きな飛鳥が泊っていました。
>その後、飛鳥を所有する日本郵船歴史博物館へ、戦争であまりにも多くの船を失ったことに驚きました。
>それから県立歴史博物館へ、開港間もない横浜の陶芸、すばらしい「真葛焼き」というのが展示されていました。
☆ふふふ。いろんなところを巡られたんですね。
良い勉強になったようで何よりです♪(笑)

>博物館っていいですね。
☆本当にそう思います。何せ現物が揃っているのが
一番の勉強でしょうか。そう言えばまだ載せてない
みんぱくの資料がかなり残ってなあ。
(2014.01.30 16:27:20)

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