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再開もなにも、ピアノは実家におきっぱでした。震災も過ぎて、母親から「このピアノどうするの?捨てていいの?」と聞かれ、捨てるってのももったいないし、かといって家には置くスペースがないし、、、と考えていましたが、いわゆる今の電子ピアノって、そこそこいいよっていう話になり、下取りに入れて電子ピアノをかうことに。昔練習が乗って来たころに夜になり、弾けなかったという記憶もあったので、ヘッドホンで練習できる方がやるだろうなと思いました。それが届いて息子が珍しくも「僕、ピアノ習いたい」と言ってよく弾いていました。指の形がうまくいってない状態で弾かせておくのも悪い癖がつきそうで気になっていたけれど、それも限界を迎え、近くの音楽教室の個人レッスンをスタートします。そこでミニコンサートがるというので、言われるがまま見学にいきます。そしたら、なんか、結構うまい子がいるじゃないの。そして拍手喝采を浴びている姿。もともと息子のレッスンを見ていて、新しい発見もあったり「こんなこと気にしないで弾いてたな」ということもあったりで、先生の指導内容には惹かれるものがありました。若い先生なのに結構厳しいし。「え、、、私だって弾けるもん!(遥か昔の記憶だけ)」というあほな負けず嫌いが私まで習わせる事になるとは、、、。ピアノをみんなの前で弾きほめられるという行為は、私にとってなんとも分かりやすい社会的認知であるという風に思えたのです。認めてもらいたい願望が強い私には、なんかそこで「今なら昔よりやれる」と思ってしまったのです。
2014年12月19日
幼稚園のYAMAHA音楽教室から、私のピアノ人生がはじまりました。先生が弾く礼拝の時の曲を耳で完コピし、今でも弾けるくらいなので、耳はよかったと思います。●小学校入学これを機にピアノの先生を探して近所の教室に行ったけれど、なんともイマイチでした。先生のイライラを発散するはけ口なんじゃないの?と冷めた気持ちでいつもしらけていたわたし。行くのが憂鬱になりやめたいという話になって、近所に音楽関係の方がいたため相談し、新しい先生を紹介してもらいました。この先生はなかなかよかった。しかしこの先生をもすら、イライラさせるほどに私は練習をしませんでした。それでも発表会ではそれなりの曲を弾き、学芸会ではいつも楽器を弾き、合唱コンクールでも伴奏をして、それなりに自信をつけていく材料にできていました。●中学の部活中学の部活を消去法で決めるという、またもや冷めたかわいくない子供だった私は、なぜかどう消去しても最後に残る厳しい運動部に入り、毎日7時くらいに帰宅。ピアノどころじゃなく、練習を始めても乗って来た頃には夜になりやめなければならず。しかし先生に言われるがままソルフェージュもやり、レッスン時間もながくなり、月謝は18000円ほどになっていました。月に4回、ほとんど練習をしていないのにこの月謝はひどい。いや先生はひどくないが、練習しない私がひどい。音楽の道に進んでも金にならないことくらい、さめた子供の私はわかっていました。やれ宮学だ、やれ常磐木だとか、全く興味がないのに「どうするの?」と聞かれ、私もはっきり断ればいいものを、適当にやりすごしていました。あいかわらず練習せず。運動部の部長をさせられていました。●やめるきっかけ同じ学年の子で、エレクトーンをやっていた子が中学校に入ってからピアノをやりはじめたんだけど、有名なクラシックの曲をガンガンやっていました。私の先生は「まだ早い」ばかりで私がやりたい曲をリクエストしてもあまり快くは思ってなかったようでした。「あの子よりはずっと前からピアノをやってきたのに、なぜ私はクラシックを弾かせてもらえないの?」という気持ちが高まってきていました。それに部活もなかなか終わらず(中途半端に強かったので)受験勉強ができないいらだちもあり、ピアノをお休みすることに。●やめる決め手公立高校に入り、先生はピアノ再開を期待したことでしょう。しかし入った高校が悪かった。100%に近い確立でみんなピアノが弾ける。気持ち悪いくらい、いま同級生を思い出してもピアノをならっていなかった人を見つけられない。東京の先生に習いに行ってくるだの、仙台市内でも遠方の先生にわざわざ習ってるとかいって、音楽室のうしろのほうにある小部屋においてあるピアノで黒鍵のエチュードとかをさらっと弾いてしまう。「あ、私のレベルのピアノは、ここではなんの自慢にもならない」そう悟ってあっさりやめました。なんのアドバンテージにもならないと分かった私は大変すっきりした気持ちでした。ちなみに、私に音楽科をすすめていたピアノの先生と同じ公立の女子校だし。しかし練習しなすぎだったなー。ツエルニーなんて、ひどいもんだった。あれは先生に失礼だろうな、ごめんね先生。。。ちなみに私がやめる頃に先生は結婚したみたいだけれど、いわゆる週末婚みたいで、子供ながらに「これって結婚してるっていうのかしら?離婚よきっと」と思っていました。どうなったかなー、失礼ながら離婚に一票。教室は続けていて旦那は東京にいるようでした。名字も変えないし週末だけって、当時子供としては不思議でならなかったな。さて。また次回続きを。
2014年12月19日
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