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昨日書き忘れたこと。人材紹介会社からのメールにもう一言。同じ会社で同じポジションを別の支店で探している。先方は同じ条件(男性)で求人をかけているが、支店は地方なのでこちらだったら女性でも受け入れてくれるかもしれない。大意は大体こういうこと。これも人材紹介担当者の好意としての提案なのだろう。でもこのメールを読んだ後、妙にさめた気持ちになった。《求人=男性のみ》万が一、そのような考えの上層部がいる会社に入ったら、どのようなことが起こるだろう。運がよければ違った考えを持った人たちとうまく働いていけるかもしれない。が、その確立はかなり低いのではないだろうか。男性と同じような働きをして当たり前、それ以上に働かなければ到底認められない。でもあまりに頑張りすぎると疎まれる。失敗などがあればそれ見たことかと非難されるなどなど。大げさだと思われる人もいるだろうが、実際こういう目にあった人のことは知っている。そういうことに疲れて会社を去っていく人もいるのだ。別に10年20年前の話ではない。既婚者だから、子供がいるから、年齢的が、、、、といって雇用者側から差別待遇を受けることも多い。こんなことばかり書いていると日本の未来は暗いなと思わざるを得ない。私が渡米する前とほとんどと言ってよいほど日本社会の体質は変わっていない。世の男性がすべて同じような考え方、態度だというわけではないのだが、女性に比べて男性の意識の改革はかなり遅れているのではないだろうか。それと同時に、差別を受けた側が声を上げなければいけないということ。そうでなければ何時までたっても雇用者側の言いなりになって環境の改善は進まない。弱者の立場に甘んじていては何時までたっても状況は変わらない。女性男性に限らず個人個人の意識を変えていかなければいけないということだろう。今更男女の雇用機会均等なんて話を書かざるを得ないとは情けないことだが、案外実態とはこんなものだ。他人事だと思っている採用担当者さん、法律をもう一度よく見直してみて!
2003年11月29日
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男女雇用機会均等法が公布されたのが昭和60年。それから早18年。にもかかわらず、大して世の中変わっていないようだ。わかっていたけれど!今日人材紹介会社の担当者から、ある求人について問い合わせをした件の返事をメールで頂いた。「求人先は男性を希望していらっしゃいますので、申し訳ありませんが、この件に関しての応募は控えさせていただきたい」という内容。多分エージェントのほうはこういう場合の対応にいろいろ気を使っているのだろうと思い、少々気の毒になった。それと同時に、彼らは仕事を取って来るために、こういった違法行為をしている会社を黙認しているのだから同罪なのだと気が付く。今回はまだ、求人広告に性別を載せていないから良いようなものの、以前はっきりと「男性」のみの求人というものも見たことがある。人材紹介会社であれば違法にならないのだろうか。会社側は隠れ蓑を使っているから良いと思っているのだろうか。もしそうであるならばおかしな話だ。私の場合は、会社に入る前にわかった訳だから感謝するとしよう。知らずにそういう会社に入ってしまって困っている人はまだまだ多い。そういう人たちのために少しでも法律が助けになってほしいものだ。
2003年11月28日
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《目標を立てること》しばらく自分の目標をどうしようかなと考えていた。アメリカから帰国して今現在求職中。(漢字変換で「休職」が先に出てきた!)友人が「あわてないでしばらく旅行でもしたら?」と一言。もう少し気持ち(経済的にも)に余裕があればそれもいいのかなと思う。が、現実にはなかなか、、、、、 仕事が決まってから 落ち着き先がはっきりしてからなどなど考えて、目標設定を先送りにしていた。でも今の状態が何時まで続くのかわからない。それなら“今の時点でできること、やりたいこと”を考えればいいじゃないかと今朝ふと思った。完璧にできる人間ではないことを自分が一番良く知っている。それなのにいつも完璧でなければという強迫観念がある。完璧でないからこそ、それを求めているのだとも思うのだが、これは精神衛生上あまり良いものではない。完璧に少しでも近づく努力は必要だが、そのために最初の目標を見失って「完璧」というものだけに固執してしまっては何の意味も無い。深呼吸をしてリラックスしてから改めて考えてみよう。《読書の秋と人は言うけれど、、、、、》本を読むというのは趣味のひとつとして挙げていたはずだったが、最近めっきり本を読まなくなっている。新聞の書籍案内や新刊の広告を見ると興味はあるのだが、それを入手するために行動するかというと、そこまでたどり着かないことが多い。それでもネットで注文したり、書店に出かけて手に入れた本はこの数ヶ月で10冊余り、図書館で借りたものは20冊ほど。その中ですべて読み終わったのはほんの数冊。以前であれば借りた本は必ずといっていいぐらい読了していた。それほど読む必要に迫られていないとも考えられる。車が無いので図書館に行くのが億劫だということ理由のひとつではあるが、本当に読みたいのであればどうやっても図書館や書店には出かけていくだろう。それがだめならネットという方法もあるわけだ。時間だって無理にでも作り出す。魅力を感じる本(書き手)が無くなったかというと、そうでもない。これは読み手(私自身)の側に問題があるのだろう。多分気持ちに余裕が無いということ。今のところどうしても期限までに読まなければいけないものなどは無いので、本を読まないことによって大きな害はない。が、多分今アンテナを張っていれば入ってくる情報や出会えるはずの本たちと一生出会わずに済んでしまうのかもしれない。そう思うと少々今の精神状態をどうにかしたいなと思うのだが、それも無理をすることもないかと思ったり。
2003年11月27日
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以前から名古屋というところは外からの人間に冷たいとか、新しい商売がやり辛いということをよく言われているようだ。だから名古屋地方で新しいことを始めるのはのはよくよく考えて、、、などとも言われる。体質的に考え方が古いということなのだろうか。高島屋が名古屋に進出してきたのは数年前。以前は老舗デパートの地元ということで新しい資本がなかなか参入できなかった。オープンする前は「いまさら名古屋に出店しても無理じゃないか」という声もちらほら。この時期になぜと疑問視する向きも。ふたを開けてみると、それ以来名古屋では、高島屋が一人勝ちという状況らしい。で、あわてて4M(松坂屋、三越、丸栄、名鉄)が売り場面積を広げたり新しいブランドを入れたりとおおわらわ。今まで4Mのおかげで新店舗進出はどうしても栄(名古屋駅から地下鉄で数分)中心になりがちだった。が、人の流れは名古屋駅周辺へ変化している。大型書店も今秋駅前に進出、ついこの間は大型家電メーカーが駅の西口にオープン。栄地区の店舗はこれからどのような策で自分たちの方へお客を呼び寄せるのか、その辺りが面白そう。10年ほど前、栄の松坂屋が売り場面積を日本一にした後、あちこち見たのだが、あまりの広さに何がなんだかわからなかった。売り場面積だけで人が集められるのは最初の間だけで、お客は結局なじみのところへ落ち着いてしまう。高島屋も広すぎて買い物をするには不便という人がいる一方、選択肢がたくさんあって面白いという人も。価格も高すぎるという主婦層、でもお惣菜ぐらいならと地下の惣菜売場に走る。このあたりの人間の心理を考えるもなかなか興味深い。デパートだけでなく他の店でも生き残りのため工夫をしている。ある書店では宅配サービスを行っていた。久々に出かけたのでいつごろから始めたものなのかはわからないが、多分高島屋の中にある本屋や自店の近くにある本屋との差別化のためだろう。購入金額と発送地域によっては無料。一日待てば本は自宅へ。緊急でなければ重い荷物を持つ必要は無い。随分以前、広辞苑持って家まで帰ったことを思い出す。服地屋でも宅配を受け付けるところなど。洋服1着分位なら持って歩けなくもないが、そういう場所へ出入りする人というのは、何種類もの生地を購入する。3Kg、4Kgなんてまだ良いほうで、あっという間に10Kgなんてことはざらにある。車での利用者が多いが、電車やバスを乗り継いで出かけてくる人も結構いるのだ。以前からこんなものがあれば利用する人がいるだろうにと思っていたところにようやく気が付いたようだ。お店のほうは、ほんの少し消費者側の気持ちになって考えてくれればアイディアはいろいろ出てくるという良い例。お隣の岐阜、三重、静岡あたりからも高島屋目当ての人が流れているという。地方のデパートなどは規模を縮小したり閉めるというところが増えている。高島屋は名古屋だけでなく3ー4県を巻き込んで消費者争奪戦を展開中。地方からは自治体と協力しながら地元へ消費者をとどめようと躍起になっているようだ。一消費者としては選択の幅が広がるのは大いに歓迎したい。それと同時にビジネスを進める上での各店舗・地域の取組みに興味津々。お歳暮商戦が加熱して人手が多くならないうちに、ちょっと様子を覗いてみようと思う今日この頃。
2003年11月25日
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今日は朝からどんよりとした空模様。非常に寒い。少々風邪気味の模様。昔から寒いのは大嫌い。「年に一度は必ずひどい風邪を引いて学校や会社を一週間近く休んでいた」とよく言われるのだが、そんなにいつも風邪を引いた記憶はないのだが。というのも、アメリカにいた間、風邪で寝込んだのは学校の最終試験が終わった後とか、会社が殺人的に忙しかったときの数日だった。基本的に丈夫な体。それなのに今、まだ11月も終わっていないのに「風邪を引いてしまいそうと言うのはどうして?」と考えると暖房の違いが大きいような気がする。今は居候状態なので、暖房器具を家主が使おうとしないうちから(注1)、ずうずうしく「使っていい?」とは聞きづらい。また、日本の場合は電気代その他光熱費が高いというのもなかなか言い出しにくい理由のひとつ。根が貧乏性なのだろう。その点一人暮らしをしていたときは、安アパートでも暖房は家賃(注2)に入っていたのでかなり早い時期から暖かい状態を確保できた。また、日本の家はセントラルヒーティングシステムを使っているところはなかなかない。部屋から出て洗面所に、、、、というようなとき、寒い廊下に出てまた風邪を引いてしまいそうになる。これもアメリカでは大きな問題にならない。大きな一軒家でも全館暖房が行き届いている。温水も私の場合は家賃込み。お皿洗いや手を洗うのに寒い思いをしなくても良い。こんなことを書いていると、友人から「だからアメリカは、、、、、」と冗談半分本気半分のアメリカ批判が飛んでくる。確かにねえ、ものはやっぱり豊富だしその上安いとなったら、日本で盛んに言われているような“えころじー”なるものにあんまり関心がないのかも。もちろん意識の高い人もたくさんいて、エネルギーの垂れ流し、無駄遣いをしないような道を選んでいる人もいる。でもそういう人は少数でしょうね。体調不良でアメリカのあったかい生活が恋しくなっている模様。(注1)家主の名誉のために、彼らは別にけちではありません。現に今はホットカーペットを使用していますし、もう少しすれば、温風ヒーターを使い始めるでしょう。今日は私一人が家に残っているので、そういった暖房器具を使うのがますますはばかられるというだけのことです。(注2)アメリカの家賃は色々あります。ホットウォーター込みというのは家賃にシャワーで消費する温水が含まれているというもの。州によって水道、温水は生活するための最低必要とされるものとして、家賃以外に請求してはいけないという規制があるところもあります。地域差がありますから、暖かいところでは暖房などは家賃と別扱いになっているところもあります。(暖房または冷房設備が無いというところもありますね。)
2003年11月24日
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医療事故の報道を目にすることがやたら多いような気がする。テレビのニュースでは2,3日前にひとつあったなと思って、昨日と今日の新聞を探し出してきた。記事は見つからなかったので、ネットで検索すると私が記憶していたもの以外に出てくるわ出てくるわ。背筋が薄ら寒くなってしまった。以前は医療ミスが少なかったからわたしたちの目に触れなかったというよりも、公にすることが少なかったのではないだろうか。マスコミに取り上げられる回数が増えているということは、ある意味、良いことではあるのだろう。より良い医療を求める市民の声が大きくなり、それを無視できないということ。後はあまりにも医療機関がお粗末なことをやっているということ。医療機関はサービス業でもあるわけで、当然良いサービス(医療)提供を要求され、それによって報酬を得るという図式が成り立っている。ところが医療は一般には難しい、だから専門家(医者・病院)に任せるべきだといってまだまだ神格化されている部分があり、私たちには見え辛い所があるということ、医者や病院に楯突くと患者が不利になるという諦めに似た家族側の心理的なものが大きかったのではないか。そういった患者側の弱い立場に付け込んで、少々ミスがあってもどうせわからないだろう的な不遜な態度が医療機関にありはしないか。なんだか書けば書くほど不信感が募ってきてしまいそうだ。別に世のお医者様すべてを悪者扱いしようとしているわけではないのだが。私自身善い先生にお世話になったこともある。だからサービス(医療)を受ける(患者)側がより賢くなって、自らの意思で医者を選択し、自分の健康を自分で守っていかなければいけないということなのだろう。でも緊急の場合はどうしようもないのだけれど、、、、、
2003年11月23日
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今日北海道で吹雪だそうです。で、思い出したのが昨年末から今年の3月ごろまで非常に寒かったこと、当時私の住んでいたところが。何度か大雪が降って除雪車が大忙し。それで市の財政が圧迫されている、、、、というニュースを何度かテレビで見ていた。前年は確か暖冬で、普段除雪作業をする人たちが仕事がなく困っているという話も聞いた。雪が降っても降らなくてもどちらにしても大変だ。幹線道路は、やはり一番に除雪されるのだが、郊外や住宅地の細い道まで満足のいく状況かというと少々心もとない。歩道にいたってはかなりおざなりな有様。健常者でも雪道を歩くのは神経を使うのだが、老人や身障者にとっては本当に危険極まりない。同じアパートに住んでいたおばあさんが非常にゆっくりした足取りで買い物に出かけていたのが印象的。こちらも下手に手を出すと、二人が転んでしまいかねないので、「気をつけてね」というのが精一杯。この冬も財政を逼迫させるほどの雪が降るのでしょうか。
2003年11月22日
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