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久々に自転車に乗って出かけた。天気が良いというのは絶対条件だが、後は気温と気力の問題で、自転車に乗るのは少々決心が必要だ。どこの方向から出かけても帰りは必ず坂道を登ってこなければならないからだ。それが半端な坂ではない。出かけるときは良いのだが、帰りのことや荷物のことを考えるとどうしても自転車は敬遠しがちになる。今の自転車は7-8年ほど前に発売されたモーター付のもので、ではじめだったので多分10万円は越えている。私のものではないのだが、車に乗れない母のために父が内緒で購入してしまったいわくつきのもの。当時、物議をかもしたらしい。(私はその場にいなかったが)発売当初、モーターがついているというので画期的な商品としてあちこちでコマーシャルをしていたようだが、売れ行きの方はどうだかわからない。うちにある自転車は、車体がごついし、モーター自体が重い、モーターの持ちがあまり良くないため、長距離走行には向かないようだ。坂道のあるこの辺りから商店街まで4Kmあまりの道のりを往復すると充電が必要になってくる。最近この自転車があまりに重いので、新しいものと買い換えるか悩んでいた。初期のものと違ってモーターの持ちが良いし、自転車全体の重量もはるかに軽いようだ。価格も10万を切っている。それ以外の自転車のことも調べてみるとなんて安いのでしょう!ちょっと驚いてしまった。普通の自転車(モーターも切り替えも付いていないもの)だったら1万円前後のものがいろいろ。中には千円という破格値のものも。ここまで低価格のものはアジアからの輸入物らしい。こうなると日本国内の自転車業界は太刀打ちできない。どうやっているのだろうと思っていると、やっぱり技術開発をしているらしい。まだ市場には出ていないようだが、自家発電によってタイヤの空気を入れるという画期的なものが開発された。どういうことかというと、自転車をこいでいる間にタイヤに空気を入れるため今までのように空気を改めて入れる必要がない。空気を入れることはたいした労力ではないが、つい入れ忘れてしまうことが多い。パンクの原因にもなる。それをこの新しい自転車は解消できる。自転車だけでは大きな市場にはならないがこれを自動車などに応用しようといろいろな方面から注目を集めているという。自転車など一見すると改良の余地などないように思われがちだが、企業は生き残りのために日夜努力しているようだ。うちの自転車買い替えは母の骨折で今のところ頓挫しているが、新しい自転車が街を走っているのを早く見てみたい。ちなみに明日は筋肉痛になっているかもしれない!
2004年01月31日
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今朝、庭先でクロッカスに気が付いた。多分数日前から芽を出していたのだろうが今日まで気が付かなかった。それほど小さい小さい緑。辺りを見まわすとそこここに緑。生命力の強い雑草だ。春夏に比べれば量は少ないし、まだ弱弱しい感はあるが、あちこちで春の準備はすでに始まっている。以前誰かのエッセイで、桜の花の色を着物に出したいので、満開の時期の桜の木を使えないかと専門家に聞いたところ、その時期の桜はすでに葉の色、緑になっているから、ピンク色は出せないというのを読んだことがある。植物たちはワンシーズン先へ先へと準備を始めているのだ。先日日照時間と人間の精神状態が関係あるということを書いたが、私の場合、日照時間とともに色にも大きく気分が反映されていたように思う。雪深いところにいると4-5ヶ月の間無彩色の中で時間を過ごさなければならない。いくら家の中が暖かかったとしても、そこから見える風景は白一色。木々は葉が枯れ落ちてその中でひっそりとたたずんでいる。そんな中で少しでも色のあるものを目にすると本当にほっとする。バーモントからニューヨークに移って初めての冬、雪の中で、枯れていても芝生がそこここに現れたり、土を目にすることにとても驚いた。そしてそんな何気ないことに心和んだという経験を持つ。僅かではあるが、白以外の色がこんなにも心に影響を与えるとは思ってもみなかった。もうすぐ立春で暦の上では春。でも2月といえば一番寒さが厳しい時期。それでも日は一日一日長くなり、回りの木々はその太陽から春の準備を着々と進めている。
2004年01月30日
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昨日ラジオで藤野真紀子さんがトーク番組に出演していた。ほかの事をしながら、ほんの一部を聞いただけなので違っているかもしれないが、印象に残った言葉がある。「三十歳代から自分がどうやって生きていくかい考えていた。」最初はご主人の転勤先(海外)でお料理やお菓子を習っていたそうだが、そのころからこういう考えを持っていたという。だが、それを職業にしようと思っていたわけではなく、後々「自分に何ができるか」と考えたとき料理(お菓子)しかないじゃないと思ったという。藤野真紀子さんといえば女性の方なら多くの方がご存知だろう。出演するTVや著書も多数ある。けれども最初から今のように有名だったわけではない。「自分にできること」をひとつひとつやって現在の「料理研究家・藤野真紀子」が存在する。どのような環境にあっても、将来を常に考えていたというところにはっとさせられた。同じ番組の中でアナウンサーが視聴者の手紙を紹介していたのだが、それも素敵な内容だった。「お菓子を作っているところ、試食をしているところは本当に楽しそう。」これを聞いて、藤野さんというのは本当にお菓子やお菓子作りが好きな方なのだということが映像がなくても十分に伝わってきた。料理やお菓子は、作る本人が「楽しい」と感じて作っていれば自然とそれが味になり、食べる人にその楽しさが味となって表れるのだろう。「自分にできること」で「人が楽しくなる・幸せになる」のであればこんなに素晴らしいことはない。ほんの短い間に耳に入ってきた話の中で自分を振り返って多くを考えさせられた。
2004年01月29日
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もう半年前のことだが、地下鉄の駅で何度か目にしたポスター。何の拍子か今日ふと思い出した。最初見たときは、「えっ?」と目を疑ってしまった。別に痴漢が犯罪行為だということを知らなかったということではなく、こういうポスターが存在しているということに驚いたからだ。二度三度目にしたときは不謹慎かもしれないが、笑ってしまった。失笑という感じのものだが。その後は、何だか情けない気持ちになった。「日本ってこんな国だったのかな?」と。日本には良識や常識という文字がなくなってしまったのか。極端な言い方をすれば、こんな当たり前のことに注意を促さなければいけないほど、人が馬鹿になってしまったのか?と残念な思いがよぎった。数年前から女性の写真やイラストつきのものがあったようだが、私が見たのは文字のみ。効果があったのかどうなのかはわからないが、今も貼られているのだろうか。同じようなもので、「万引きは犯罪です」というのもありましたねえ。――――― 昨日ようやく母のギブスが取れました。取れたからといってすぐに手が自由に動かせるわけでもないが、重いものを始終体に巻きつけていなくて良いだけでも楽になったようだ。きのうも簡単なリハビリをしてきたようだが、今日改めて病院に出かけたところ、きのうよりもよく動くようになったという事。ギブスをつけていた期間の三倍はリハビリをしなければいけないそうだ。母の場合は今年の半ばぐらいまでは覚悟しなければいけない計算になる。こればかりは時間を掛けて少しずつ動くようにしていかなければいけないので、病院通いが暫くは続きそうだ。お見舞い、励ましを頂きありがとうございました。これからも母を叱咤激励しつつ、自分自身も激励(?)して二人三脚で家事をやっていかなければ!
2004年01月28日
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人が亡くなるというのをどう表現したらよいのか…先月末に母の昔からの知り合いが亡くなったと連絡が入って早ひと月になろうという今日、また訃報が入った。今回亡くなられたのは31歳で3人の男の子のお母さん。直接お会いしたことも話したこともない方なのだが、近所に住んでいる方なので、以前から病気を患っているという話は知っていた。年を取っていれば良いというわけではないが、若い方が亡くなられるというのは特に複雑な思いがある。本人にしても色々な思いがあっただろうし、看病していたご家族の方やお母さんの元気な姿を望んでいた子供たちのことを考えると何も現わす言葉は出てこない。いずれは私自身もこの世から消えてしまうのというのは頭では理解しているが、あくまでも「わかっている」ということであって、本当に受け入れているかというと自信がない。あなたは明日死んでしまうのですよと言われたら、案外じたばたするのかも知れない。その時じたばたしないようにするには、やはり一日一日を精一杯生きていくしかないのかもしれない。
2004年01月27日
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最近ろくに本屋にも行かないのでどんな本が売れているのかというのをあまり知らない。この間のテレビで取り上げていたのが「あらすじ本」。最初は若者の読書離れを懸念した高校教師が企画した本。きっかけを作った学校長は、「生徒に文学とであうきっかけを」ということだった。あらすじを読んで興味を持った生徒が原典を手にしようと思えば企画は大成功。しかし「中高生」を対象としていたのだが、以外や「中高年」の購買者が多いという。読書の方法は人それぞれだが、この本を読んだ人がどれだけ原典を読むのだろう。もし原典を読みたいのであれば、わざわざあらすじ本を先に手にするのだろうか。本当に原典を読む時間がないほど日本人は忙しくなってしまったのだろうか。いろいろ疑問が頭の中をよぎった。子供たちが本を読まなくなったと嘆く前に大人の読書についての考え方を見直したほうが良いのかもしれない。
2004年01月26日
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22日の新聞記事より。山梨県の清里でのお話。清里観光振興会飲食店組合の26店舗が今月24日から来月15日まで、その日の気温によって各店舗の自慢料理を値引きするというもの。気温が 5度以下なら30%引き 氷点下5度以下なら50%引き清里というとどうしても夏場に訪れる人が多い。ちなみに冬は夏の十分の一の人出だそうだ。そのための活性化対策のひとつとして行われるという。夏場、居酒屋などで最高気温によって飲食店て飲み物の金額を値引きするというのがあった。こちらはその逆を利用している。寒いから人が出ない。じゃあどうするかというところから頭をひとひねり。視点を少し変えれば素敵なアイディアが出てくる。それぞれが知恵を絞って新しいことに挑戦してみる。昨年は4店舗が試行したが、今年は26店舗。店舗数が増えればさらに工夫もされるだろう。ちなみに昨年の期間20日間に氷点下5度以下の日は17日あったということ。お近くの方、近くまで行かれる方、ちょっと覗いてみては?
2004年01月25日
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ここ数日、庭に霜柱が立つ。最初それを見つけたとき、すぐには何だか気がつかなかった。「あっ、霜柱だ」と声に出したのは数秒たってからだった。霜柱に気がついたのは何年ぶりだろう。小さいとき、寒い日の朝、霜柱を見つけてはそこを踏んで歩くのが好きだった。水溜りが凍っているのを見つけて、友達と競って割ってみたりしたこともある。それが段々アスファルト舗装になり、歩くこと自体が少なくなり、霜柱も水溜りも見る事がほとんど無くなってしまった。大人になって時間に追われて、こういう自然現象を見ていながら気が付かずに多くの日々を過ごしていたわけだ。厳しい寒さであれば、外に出ることを極力避けたり、どうしても外出する必要があるときは車に頼ってしまう。どんなに寒くても、その寒さの中に遊びを見つけることのできる子供というのはすごいなと今になって感じる。さて、豪雪地帯などは当然のように道の凍結はあるだろうが、霜柱は見られるのだろうか。アメリカにいたときは全く気が付かなかったので、少々気になる。
2004年01月24日
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楽天に日記を書き始めて2ヶ月ほどになるが、極力毎日書くようには努力している。私は書くのに時間がかかるので、そのあとなかなか他の人の日記を見たりコメントを書き込んだりする時間を作ることができない。これもぶつ切りの時間を見つけてやってみようとするのだが、自分の所に書き込んでいただいた人にすら返事ができないという有様。すみません。ひとつには私があまりマメな人間ではないということなのだろうけれど。反省反省。人の文章を読ませていただくと様々な発見があったり、落ち込んでいたときに励まされたりと良いことが多いのはわかっているのだが。中には本当にたくさんの人とリンクしていらっしゃる方がいるようだし、自分のHPに訪問している方に「ありがとう」など一言でも書き込みをしている人もいる様子。いったいそういう人たちはどうやって時間を作っていらっしゃるのだろう。いつも不思議に思う。どなたか教えていただけませんか?
2004年01月23日
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最近少々いらいらしていることが多い。これではいけないなと感じながら今日も母にあたってしまった。原因はいろいろあるのだが、今の私の状態がひとつ-専業主婦。家事が得意というわけではないが、別に料理をするのが苦痛だとか掃除なんか大嫌いというのではない。ただ朝起きてから食事の準備、掃除、洗濯、ごみ捨てなどなどであっという間に時間が過ぎ、次の食事の準備、そしてまた次…。多分私の要領の悪さがこういうところに出ているのだろう。これではいけないと、自分の時間を少しでも作ろうとしていた矢先だった。もう少し時間配分を考えながら行動しないと。このひと月あまりの私なりの主婦業を通して、世の主婦の方を改めてすごいなと感じる。それとともに母の偉大さも。よくもこれだけ長い間と。あと1週間で母のギブスは取れる予定。そのあとどれだけ腕を動かすことができるか。まだまだ暫く私が家事を全面に見ていかなければいけないだろう。が、どうも私はこういう仕事に向いていないようだ。この発見はなかなか新鮮だった。母もしくは母の骨折に感謝すべきだろうか!?
2004年01月22日
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先日は雪が降ったかと思うと、翌日は春かと思うぐらいの暖かな晴天。今日は曇り。夕暮れも一段と早いような。こんな日はどうしても気持ちが重くなる。それでもこの辺り(太平洋側)は冬の間でも綺麗な青空を見ることができる。そう、私はお日様を見てほっとする。梅雨の最中でも、晴れの日があると気持ちが軽くなる。この時期、私が最初住んでいたバーモント州は白一色。除雪をしなければどこが道だかわからない。雪が降り出したらすぐには止まないし、一度積ったら春までとけることはない。余談だが、もし冬場にお葬式があったら冬場は遺体をどこかに安置しておいて、雪解けまで待って埋葬するということも聞いた。一面の白。どんよりとした空。人の気持ちはどうしても内にこもりがちになる。人によってはうつ状態になる。どうも日照時間との関連があるという。それを季節性情緒障害と呼ぶ。そうならないように長い冬場をどう乗り越えるかというようなセミナーが開かれることもある。私の通っていた学校でもカウンセラーが一冬に最低一度は学生向けに何らかのミーティングをしていたようだ。一般の人たちもそうだが、学生たちも心の悩みは多々ある。日々の勉強に追われ、時には恋愛関係に悩み、学資の事、将来の事、家族のことなど、いろいろな問題を抱えている。そんな問題を抱えた状態で雪の中に閉じ込められたら、、、、どうしても気分は暗くなってしまう。それらを少しでも軽減し、気持ちを勉強に向けさせるため、一人でも学校からの脱落者を出さないようにという配慮のようだ。私自身は内容を直接聞く機会はなかったのだが、カウンセラーの人からのアドバイス。適度な運動をする。豪雪地帯でどうやって運動をするのかというと、そこは学校なので、ジムあり、プールあり。それがいやであれば、人が少ない夜間に廊下を何周か歩くなどなど。簡単なストレッチを自分のベッドの上でやるのももちろんOK。外に出るのが苦にならなければ、あたり一面天然スキー場。もちろんダウンヒルも盛んだが、クロスカントリーはどこでもできる。川や湖に行けば分厚い氷が張っているのでスケートができる。(でも雪が多すぎてどの辺りが川なのかわからなかったりもするのだが)あとは睡眠と食事。人間の基本はやっぱり規則正しい生活。それによって多くのストレスが解消される。日本でも豪雪地帯や日本海側では日照時間が少なくなるので、やはり同じような症状の人が増えるという。皆さんはどうしてこの長い冬を乗り越えているのだろう。これからますます寒さが厳しくなる。少しでも快適に冬を乗り越えたいものだ。
2004年01月21日
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ジャーナリスト木村太郎氏が新年早々ジムへ行くと、トレーニング器具が占有されて、少し待ち時間があった。受付の人が、「新年の誓いのため。しばらくしたら元のように空きます」とのこと。多くの方が新しい年に何らかの誓いをたてられたようだが、 シェイプアップ 語学の習得 禁煙などが多いようだ。ところ変わってアメリカでもクリスマスや新年で心新たに誓いをたてる人は多いそうだ。以下はノースカロライナ大学とワシントン大学の「新年の誓い」に関する共同アンケート結果を掲載したニューズレターワシントン・ウォッチからの抜粋 第一位 借金一掃 同 学位取得 第三位 減量 第四位 家族・友人との関係改善 第五位 マイホーム改築 第六位 旅行 第七位 家の中の整理整頓 第八位 起業家になる 第九位 職探し 第十位 無駄のない生活をするお国変われば……という感じだが、一月も三分の二が過ぎてしまった。年頭にたてた誓いがどうなっているかあらためて振り返ってみる良い時期だ。
2004年01月20日
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昨日の沢木さんの著書を読んだ後で思ったことの続きになるが、正社員と派遣社員・パートでは大きな賃金格差がある。『幸せ力をつけるお金持ち練習帳』で指摘されるまでもなく皆さん周知の事実。派遣社員・パート社員は「正社員はあれだけお給料をもらっているのに働かない」というし、正社員は「派遣やパート社員は時間がきたらさっさと帰ってしまう」「重要な仕事は任せられない」とお互い不満ばかり。考えてみれば誰もいい加減な働き方をしたいとは思っていない。それなのにどうして不満が多いのか。ひとつにはみんなそれぞれ自分の持ち場だけで精一杯。人のことなどかまっていられない。気がついたことがあってもそれを改善する時間的余裕がない。それを誰に言ってよいのか指揮命令系統がはっきりしていないなどなど。上げればきりがないのだが、これは私が昨年短期でアルバイトとして働いていて感じたこと。正社員、パート社員問わず今までの経験、体験上良いアイディアを持っていたりするものだ。けれどもなかなかそのアイディアを披露する場がない。提案するシステムが整っていない。あっても形ばかりのものだったりする。そんな環境の中に入れられてしまえは、多くの人は、自分のもらっている金額の範囲内で最小限の働きしかしなくなってしまう。会社にとっても個人個人にとっても随分と大きなものを捨てているように感じるのだが。みな家庭の事情でそれぞれの働き方の選択をしているのだが、日本という国の中で今、働くというのは(社会保障制度なども考え合わせ)、いったいどういう形が一番良いのか考えることが最近多い。
2004年01月19日
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著者のプロフィールにもあるように 『育児休業中に思いつく限りのお金を増やす作戦にチャレンジ』ということらしい。楽天日記でもおなじみの方のようなのですでに読まれた方も多いのでは。ご自分の体験や取材などによっていろいろな角度から、そして女性がどのように生きていけばよいのかということが書かれている。その中で私が注目したのは第5章 祭りのあとの長くて暗い冬 -女の人生にはこれだけのリスクがあるという一章。別に女性のネガティブな部分をクローズアップするということではなく、現実に即して近い未来(20-30年後)をしっかりと捉えているところに好感を持った。楽観論だけで「さあ、こうすればお金が簡単に手に入りますよ」という本が多いし、またそういう書籍に人気が集まったりもする。が、本書はしっかりと地に足が着いていてお勧めの一冊。
2004年01月18日
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今日は阪神大震災から9年目の日。こういう日を記念日と書くのはどうかと思うが、どういう風に表現するべきなのか良い言葉が思い浮かばない。実際に被災された方がこの日を記念日と呼べるようになるにはまだまだ先になるだろう。各地域の復興を見て震災前の生活に戻ったと報道したテレビ局もあったが、災害にあわれた方の思いは計り知れない。この日は私も個人的にも思い出深い。朝、我が家でもかなりの揺れがあった。前日から熱があったのでその日は動けないだろうと覚悟していた。そのためそれだけの揺れを感じても布団から出られなかった。ひとつ心配だったのは頭の上にテレビがあったのでそれが落ちてこないか、たんすが倒れてこないかということだったのだが、どうも大丈夫そうだった。実はこの時点で会社を辞めて、アメリカへ行くことを考えていた。前年から少しずつ計画を立て始めて母にはうちあけてあったのだが、父に言うのはもう少し待つように止められていたところだった。母の反対は予想していたので驚きはしなかったし、反対されたからといって計画を中止するつもりはなかったのだが、会社を辞めて渡米する時期を何時にするのかを迷っていた。不思議とその時のお正月にどのようなことを考えていたのかは全くといって良いほど覚えていない。9年前の今日、布団の中で熱にうなされながら「近いうちに父に話をして今年のうちにアメリカに行こう」と決心したことははっきり覚えている。そういう訳で震災の日の記憶はかなり鮮明だ。結局この日で熱は下がらず、一週間会社を休んでしまった。
2004年01月17日
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一昨日実家の辺りでも雪が降り、またまた雪かき。12月に雪かきをしたときは大丈夫だったのだが、今回は今日になって筋肉痛。今回の雪は前回より水分が多く、なかなかスムーズに動かせなかったのが原因…だと思う。(あんまり年齢のせいにはしたくない)北海道北見市では降雪量が記録更新だとか。救急車、除雪車などが出動するときは安全の為パトカーが先導もしくは後ろにつくという。市職員が高齢者宅を回って雪かきをしながら安全の確認をする。また、ボランティアの人たちもそれに協力して作業を手伝っているという。雪と共存していくために様々な工夫がなされているようだ。明日は関東から近畿地方にかけて雪になりそうだが、わが町を含め雪に慣れていない地方での降雪は少量でも簡単に事故がおこりかねない。皆さん足元にはご注意を!受験生の皆さん特に気をつけて。
2004年01月16日
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別にバーモント州がクローズアップされている訳ではなく、そこから大統領候補が出ているということで日本のニュース番組でも取り上げられることがしばしば。アメリカ生活は7年半ほどだったが、引越し回数10数回、一番長く住んでいたのがバーモント州(VT)。何のことはない学校に行っていたから。私が住んでいたのはカナダ国境まで車で飛ばせば1時間以内、マサチューセッツ州(MA)のボストンまでは3時間、カナダのモントリオールまでは2時間半の距離。VTでは飲酒は21歳からと決められているので18歳から飲めるカナダへ学生が週末車を飛ばしている。また、数年前からカナダドルの価値が下がっているため、アメリカ側からカナダへ買い物に行って、関税を還付してもらうということもやっている。この辺りのことはまた後日。面積自体も広くはないが人口も少ない。牛の数の方が人間より多いかもしれない。最初の印象では保守的な感じだったのだが、話を聴いてみるとどうもそうではない。州とはMontpelier(カタカナ表記が難しい)という街で、本当は市と書くべきなのだが街と書いたほうがよいほどのこじんまりとした田舎町。VTの人たちの自慢はその州都にマクドナルドがないこと。ウォールマートもその街にはなく、州内にも確か2店舗ほどしかない。日本の人にこれを言ってもあまりぴんとこないかも知れないが、州都にマクドナルドがないところは、アメリカでVT唯一つ。毎年出店要請をどうするかというニュースが話題に上るが、私がアメリカ滞在中ついにMのマークの店舗が街に現れることはなかった。ウォールマートの方はというとこれまたアメリカを代表する安売りの店で多くの町は出店されるのを歓迎する。が、VTの人たちはこれに対して何度が苦言を呈し、私たちのいた町にも一度あった話しが猛反対にあったらしく、隣の州にやむなく計画を変更。反対の理由としては、地元の商店がウォールマートの出店で経営破たんを起こすという事。それに対して私が「労働の場は提供されるから、失業率は少しでも減るのでは?」と尋ねたところ、「パートタイムを安く雇って社会保障などを負担しようとしないからあまり歓迎される雇用の状態ではない」とのこと。この質問に答えてくれた彼女もかなりリベラル。多くのことがあいまって経済的にあまり裕福な州ではない。このマクドナルド、ウォールマートの件はその理由のひとつ。綺麗なところで主要産業は観光と農業。その両方の産業にも多くの規制がある。そんなリベラルな土地柄から出馬しているディーン氏はやはりリベラルだということ。これからの選挙戦どうなることやら。そんなバーモント州のことやそこに住んでいる(いた)人たち、他の土地などのこともこれから書いていきたい。
2004年01月15日
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13日のニュースだが、静岡での事故。亡くなられた中学3年生の男子生徒のご冥福をお祈りします。テレビでのニュースでこれが報じられたとき、気になったことがあった。最初は、事故がおこったという事実のみを伝えていた。その後で、同じ場所でサッカーをしていたと思われる男子生徒一人にインタビューをしていたことだ。テレビ局側が、その生徒にどのような情況だったのかを尋ねていた。映像はその生徒の質問にこたえている首から下を写していた。どういう理由でこのような映像を使うにいたったかも疑問だったが、それ以上に友人が亡くなった事故現場にいた生徒に取材をするというテレビ側の姿勢だ。学校関係者に話を聞くというのであればまだ話はわかる。だが、14-15歳ぐらいの年齢で、目の前の友人が事故で亡くなるというショッキングな場面に居合わせた生徒に対する気遣いなどはなかったのだろうか。カウンセリングなどが学校教育に必要だといわれているが、形だけ、制度だけ整えたところでそれを有効に使うには人の心が通っていなければならない。
2004年01月14日
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三ヶ月ほど前にあったきり、新年の挨拶もろくろくできずにいた。彼女からメールに母の骨折のことを書きお詫びの返事を書いた。翌日彼女から改めて「私の母も骨折をして一月ほど入院していた」と。絶句してしまった。昨日、電話をして様子を聞くと今は元気にしているし、リハビリに自分で通っているという。その話をひとまず終え、どちらからともなくため息と共に笑い出してしまった。笑い事ではないのだが、苦笑半分。あまりにも似たような境遇にお互い笑うしかないという感じだった。まあ、今だから笑っていられるのだろうし。最後には「親だけでなく自分も気をつけなければ」といってお見舞い(?)電話を切った。その後で、彼女からのお見舞いの言葉とリハビリに毎日通っているという事実を母に告げた。今日は母の診察の日。先生はギブスを後2週間つけたままで、最後に抜糸をしても良いといわれたらしいのだが、本人の希望で今日抜糸をしていただいたとのこと。「何針縫ってあるの?」とこの間私が聞いたので、その時に確認しようとしていたらしいのだが、五~六針まで数えた後は、痛くてできなかったと言っていた。病院から帰宅後、うまく洗えない左手の指先を熱いタオルで拭いてやった。今までは指を一本ずつ拭くというよりこわごわぬぐうという感じだったのだが、本人が「随分楽になってきた」といっていることやギブスから出ている指の部分が多くなっていたので、つい力を入れて親指を拭いてしまった。「止めて、痛い!」と手を引っ込めようとする母。「あっ、ごめん」と謝ったものの、自分のうかつな行為と母のリアクションがおかしくて大笑い。改めて母に謝り、「看護者として失格だね」そう言いつつも新たな笑いがこみ上げてきてしまった。ごめんなさい。今度から気をつけますと思ったものの、こういう看護は私には向いていないのだろうなと痛感しつつ、一人でクスクスと思い出し笑いをしていた。二日続きでよく笑ったが、こんな笑いでなく本当に愉快なことで心の底から笑いた。皆さん、くれぐれもこういう場面では気をつけてあげてください。 反省!
2004年01月13日
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今年リアルタイムでニュースの映像を見たため、少々唖然としてしまった。数年前から成人式でのマナーがなっていないというのは聞いていた。アメリカにいたので“馬鹿な若い人がいるのだな”程度にしか考えていなかった。もちろん式の中で多くの人に迷惑をかける側が悪いのだが、このところ毎年起こっている事件(といってよいのかどうか疑問だが)に対する対策を考えている主催者側にも問題は無いのだろうか。ことが起こってからの押さえ込み方がなんともおそまつだったようだ。それだけではなくこのようにマスコミが事件としてテレビ・新聞で報道するため、その報道に載る為に新成人が行動しているのではないだろうか。式に関する報道を一切行わなければ、案外(一部の)若者の暴走は治まるのではないだろうか。一方、自治体は成人式を行うか否かを考慮してもよいのではないかと私個人は思っている。
2004年01月12日
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半年前の鶏卵を12月に販売していたとのこと。冷蔵保存していたものだということだが、採卵日、賞味期限などの表示を偽っていた。5万個が販売されそのうち回収されたのは1万2千個ほどで、残りを回収するのは難しいと思われる。また起こった事件。生産者側が消費者のことを無視して、販売(利益を上げること)のみにしか考えが及んでなかったというのはあまりにも人間として思考が貧困である。通常スーパーマーケットで110円から120円位。安ければ70-80円ほどで販売されることもある。卵の価格は20-30年ほとんど変わっていない。利益を上げる為には大変なことだろう。だが今回の件で失墜した信用を回復し今と同じだけの利益を上げられるにはいったいどれほどの時間が必要になるのだろう。
2004年01月11日
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今気がついたが、母が骨折をしてから初めて自分のために外出をした。多分今日ならこの時間帯なら大丈夫、ということで了解は取ってあったのだが。昼食時をはさんでいたので、お昼の用意を簡単にしておき、味付けなどは片手でもできるからお願いと頼み込んだ。家を出るとき「なるだけ早く帰るから」と一言。「あわてて帰らなくても良いわよ」と母。その言葉を聞いて私に気を使っているのがわかり、逆に申し訳ない。台所で家事をしているとほとんど傍を離れず横に立っている母。「座っていれば?」「うん」そういってその場を動かない。手持ち無沙汰なのとやはりここでも私を気使う。普段時間があれば洋裁、編み物そのほか手芸をしている。本を読むのも嫌いではない。でも今は本を読むことさえ難しい。私が同じようなことになったらどうするだろうと考える。片手だけならパソコンは使えるだろうからネットサーフィンでもしているかもしれない。アメリカではコンピュータの普及が日本より早かったのと通信費が格段に安かったためか高齢の人でも簡単にPCを扱っている。自宅になくても公共機関-町の小さな図書館や学校-などが一般に開放しているため誰でも使用することは可能。最近では日本も公共機関もHPを作成して情報を公開しているが、アメリカはそこを一歩進んでネットからいろいろな手続きを済ませてしまうことができる。たとえば税金の申告。前年に収入のあった人はすべて申告をしなければならないのだが、申告用紙を郵送しても良いが、ネットからデータを送信すれば書類などは送らなくて良い。そうすれば還付がある人の場合は郵送した人よりもお金が返ってくるのが早いということ。ああ、これを書いていて去年の申告をこれからやらなければいけないことを思い出した!話があちこちしているが、残念ながら母にはコンピュータは扱えない。本人に拒否反応がある。暫くはなにもできないのだから今度ゆっくり教えてやるべきなのかもしれない。
2004年01月10日
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母が入院していたのは市立病院。そこでいつも気になるのが外来患者が出入りするためのドア。正門から一番近いところと、そこから1-2メートル先にの二箇所。そしてそのドアからもうひとつのドアの二重構造。室内の冷暖房を逃がさないためだと思われる。それらのドアがすべて使えるのであれば別に問題は無い。だが、いつも外側と内側のドアのひとつずつが閉まったままで使えない。下に簡単に現した。 A B → 正門へ ○ × C D × ○ ○は使用可 ×は使用不可A・B-C・Dの距離は約1m。必然的にAからDのドアへと動かなければいけない。しかも正門からは遠い方のドアまで歩くことになる。何が言いたいか良くわからないという人には、自分が怪我をしてもしくは気分が悪くて病院に行くことを考えていただきたい。そういう場合は極力歩く(動く)距離は最小限にしたいと思わないだろうか。車椅子利用者にしても対角線上のA→Dを動くより、B→Dの方が車を動かす上で簡単である。もうひとつ、市の施設である図書館。ドアは病院と同じ二重構造のドアがある。そのどちらも自動ドアである。室内から外に出るためにはボタンを押さなければドアは開かない。このボタン、表示はされているのだが大きくは無い。点字も無い。私自身ドアの前で暫く立ったままドアが開くのを待っていた。その後表示に気がついたのでそれを押して外に出たのだが、ここでまた頭の中にクエッションマーク。 みんなこの表示にすぐ気づくのか 目の悪い人(高齢者を含む)はわかるのか 車椅子利用者などはその高さでボタンは押すことができるのか両方とも多くの人が利用する公共の施設。身障者はもちろん、子供や高齢者など誰にでも無理なく利用できる施設であってほしい。
2004年01月09日
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昨夜、アメリカへ戻る友人と電話で話をした。先月3年ぶりで日本に帰国する機会があったということで、久しぶりに会うことができた。お互いが東海岸側にいたときは1年に1度ほど顔を合わせる機会があったのだが、彼女が西側に移ってからはスケジュール調整がうまくいかず、なかなかチャンスがなかった。西と東で3時間の時差があるため電話連絡も途切れがち。そして私が日本に帰国したため、メールでの交信が主だった交流手段となっていた。それが家族から航空券のプレゼントがあったということで、12月にどこかで会えないかというメールが11月に届き、それなら是非と、計画を立てた。「お互い変わらないねぇ」と話に花を咲かせたのはフセインが拘束された日の夜だった。あっという間に休暇が終わり明日渡米してしまう。彼女がアメリカへ帰ってしまうと肉声を聞く機会も限られてしまうので、思い切っての電話。実家で久しぶりのお正月を味わったついでに、日本での風邪までお土産になったようだ。会話の中で、アメリカ側の新しい入国手続きのことも話題に出たのだが、冷静に受け止めているようだ。彼女はアメリカで働くための労働ビザH1Bを取得しているため、今回の制度導入によって指紋を取ることが義務付けられる。「あそこで働くつもりならあの国に従うしかないから。もしそれがいやなら国外にでるしかない」ブラジルなど一部の国では自国民の情報をアメリカ側に握られると言うことで反発している。また、その情報の漏洩に対しての確証がないという。今のところそれに関してアメリカ側から特に変更するとのコメントなどは出ていない。自国の安全を守りたいのであれば、それに従えというのがアメリカの言い分である。今後、他国から反発は増えるだろうが、友人がいったように、今、あの国に入りたいのであればそれに従わざるを得ないだろう。空港での入国審査に今まで以上に時間がかかることになるだろう。今はビザ所持者のみに関して適用される制度ということだが、今後すべての入国者にもて起用される可能性がある。そうなった時、私はアメリカに進んで行きたいと思うか疑問だ。もうそろそろ友人はかの地の土を踏んでいるころ。何事もなく無事入国していることを祈りたい。
2004年01月08日
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昨日母が退院したのと、周りのお正月気分が抜けてきているのとでようやく平常の時間が戻ってきたような気がする。退院したというものの母は変わらす左手にギブスをつけているので不自由さは変わらない。12月半ば過ぎに骨折をして、最初医者の言うとおり手術を行わなかったわけだが、2週間後にレントゲンを見て、骨折箇所の骨がかなりずれているという事で手術に踏み切った訳だ。私自身は骨折の経験はないのでその痛みがどのようなものなのか、手術した後の傷の痛みがどのようなものなのかはわからない。本人によれば、「痛みはあるもののこれだけ軽減されるのであれば、最初から手術をすればよかった」というほどの違いらしい。来週ギブスをはずし抜糸をした後、あらためてギブスをつけ今月末にめでたくギブスをはずすということ。その後リハビリ。その予定はどうなるのかは今のところ聞いていない。だから今月一杯は本人もこちらもお互いに不便な生活になるだろう。手が不自由だということは頭ではわかっているし、そのための補助介助はしているつもりなのだが、意外なところで相手のことをわかっていないのだと、思い知らされることがある。今朝もグレープフルーツを食べたいというのでまずは包丁で、切込みを入れて皮を私がむいて一房ずつ食べさせていた。そのあと、手を洗ってその手をタオルで拭いたのも私。それで終わったと思っていたらハンドクリームをつけたいといったので、ビンを取って自由な右手に渡した。私はその場を離れたのだがしばらくして戻ってみると、クリームのビンと悪戦苦闘している。「あ、ごめん」そう言ってあわててビンのふたを開けてクリームを手に取りそれを塗った。普段なんとも思わずに行っている動作が、結局片手だと全くといって機能しない。ふたひとつ開けることができない。薬の袋を破ったり、錠剤をパッケージから押し出す動作も口を使ったり、片手で器用にはさみを使ったりして時間を掛けて自分でやるようにはしている。でも悲しいかな、今まで二本の手で行ってきた小さなことがなかなかできなくてストレスをためているようだ。そこへ気のつかない私の補助。反省反省。テレビではカニ料理の映像。「蟹ねぇ」そう、これも一人では食べられない彼女。天津甘栗の頂き物はそのうち私が暇なときに皮をむいて食べさせてやらなければ。肩こりを和らげるためのクリームも塗ってやらないと一人ではもちろんできない。今まで通りの生活に戻るにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
2004年01月07日
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本日も良いお天気。元日から6日連続の晴天だ。昨日その天気を利用してわが愛犬をお風呂に入れようと思っていた。が、そこへたまたま母の電話。「あと少し待って。今風邪を引かせたら、死んでしまうから」別に大げさに言ったわけではなく、これだけ小さな犬(今1.6Kgほど)が一度体調を崩すと、本当に命取りなのだ。特に年を取っているので抵抗力がかなり弱っている。ということで、私のお風呂作戦は延期。母が退院してもう少し時間に余裕ができてからにしようと思う。それにしても4日に続ききのうもお漏らしをされて、そのために犬の体からどうもおしっこのにおいがするような。仕方がないので暖めたタオルで体を拭きついでに皮膚病予防の消毒をする。これぐらいしか方法がない。こんなことでも天気が悪いとどうしようもないので、暖房を目一杯つけて暖めた部屋の中でこの作業を行う。そこまで気をつけていないと病気、高齢の犬のケアは本当に大変。そういえば私自身風邪を引いているが、こんなに大事にされたことは子供のときのみ。さてこれからその愛犬の一番のお気に入りの母の退院の日。今から病院に向かう。続きはまた後ほど------午前中には退院の手続きを済ませて家に帰り着いた。庭の方から家の中を覗き込むと、廊下の日当たりの良いところで我が家のご隠居様は眠っていらっしゃる。お天気の良い日はそこが彼の定位置。若いころは誰かが庭に入ってきただけで、すぐに音を聞きつけて反応していたが、今となってはぐっすり眠っているのみ。鍵を開けて家の中に入り、そばまで行って初めて母が帰ったことに気付いた。最初は、誰がいるのかはっきりわからなかったようで、少し顔を上げただけだが、しばらくしてまじまじと母の顔を見直し、「あ、この人僕の大好きな人」といった感じで、もう傍から離れない。母が無理をして片手で抱き上げるまで足元にまとわりつく。一番世話をしてもらっている人だから無理もない。少々嫉妬しつつ、この一週間母無しで、彼は彼なりに我慢をしていたのだと思いその姿を見ていた。
2004年01月06日
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あちこちで飛行機事故がおこっている。犠牲者の方のご冥福をお祈りしたい。こういうニュースで昔から気になるのが「邦人の安否について、、、」「邦人の犠牲者数は、、、」といった表現が使われること。確かに日本にいる人間にとっては、海外でおこった事故で親戚縁者もしくは知人がそれに巻き込まれていないかというのは気になることだろう。だが、こういう報道をされると逆に、「日本人以外はどうでもいいのか?」と疑ってしまう。一方、日本国内でおきた事件・事故についてはただ単に名前を挙げたり性別、職業などを報道するだけで、特に国籍をあげることはまずない。近年特に多くの外国籍の人が日本に入国しているにもかかわらず。名前を挙げれば日本人かそうでないのかというのは大体わかる。あくまでも大体である。中には日本名を持った外国籍の人もいる。そう考えると、先の「邦人が、、、、」というのはやはりどうも引っかかって仕方がない。
2004年01月05日
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朝、あわてて飛び起きた。1階からの声が私を呼んだからだ。声の主のもとに走り、抱きかかえ外へ連れ出す。用が済んだので、改めて抱きかかえて家の中へ。と、電子カーペットのカバーに手のひら大のしみを発見。うーん、やられた!犯人は私が抱いている小さな我が家の王様、ベータ-君。しみはどうもおしっこらしい。今年の5月で15歳になるポメラニアン。人間の年齢で約90歳。知らない人が見るとほんの子犬に見える。普段冬場は母の布団の中で寝るのだが、今は仕方なく誰もいない布団で寝ている。横には父がいるのだが、そちらには寄り付かない。一昨年、腫瘍があるとわれて手術をし、それ以来尿漏れがあるので昼間は母製作の、夜は市販のおしめをしている。これがないと我が家はちょっと危険である。以前は「おしっこがしたい」と必ず知らせてくれたのでそのたびに誰かが外に連れ出して問題は起こらなかった。この1年余りの間にそれがだんだん怪しくなり、家の中で水溜りを発見することが時々あった。そのため、何時のころかおしめをしようということになった。昨日の夜もおしめをして寝た。今朝、私を起したときもそのままそれは定位置にあった。じゃああれはなに?と思ったのだが、どう見てもただの水ではない。彼はSSサイズのおしめを愛用?しているのだが、それでもまだ大きいようで、どうも横からもれたらしい。どちらにしても洗濯をしなければいけないので大慌てでカバーを取り外す。その間に朝食の準備もしなければいけない。同時進行であちらもこちらも、そのうち自分もお腹がすいたと、食事を要求してくるベーター君。ちょっと待ちなさいとなだめながら、先に父に食事を食べさせ、次に洗濯、そして彼の食事の準備。ああ、洗濯は昨日のうちにすべて終わらせたと思ったのに。不幸中の幸いなのはお天気が良いこと。これで雨だったら最悪。年齢から考えると無理もないのかもしれないが、からだのあちこちにがたが来ている。耳は聞こえない、目は白内障、皮膚病、心臓肥大。昨年末には血尿があり、病院に何度となく飛び込んだ。今、3種類の薬を常備している。それだけではなく、どうも痴呆が始まっているようだ。如実に現れてはいないが、時々意味もなく吠えたり、そうかと思うと、鳴かずにおしめを汚したり。かかりつけの獣医さんの大型犬が同じように痴呆で、夜中の2、3時に必ず散歩に行きたいと要求するらしい。夜中に大きな声で吠えるので近所迷惑になるし、毎日のことで家族がかなり疲れているという。ベーターの場合は今のところ夜中にはおきることはないので助かっている。ご飯も朝晩の2回だけで、他に要求はしていない。が、今後進行していけばどうなるかわからない。人間も動物も高齢になると同じような症状が出る。家族の一員であることには変わりないので、今後を心配しつつ毎日過ごしている。そして彼は今、私のひざの横で丸くなって眠っている。
2004年01月04日
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これもまたテレビから聞こえてきたひとつ。「○○○のように演じれるようにしたい」気にならない人はそのまま聞き流してしまうようなことなのだが、このせりふに違和感を感じる。自分自身が完璧な日本語を話したり、書いたりできるかというと残念ながらそうではない。でも公共の電波を通して聞こえる言葉はやはりきれいなものであってほしいと思う。超○○ という言葉も流行語のひとつ(随分以前のものだが)だけれど、個人的には“超嫌い”な表現。まだアメリカにいたとき電話越しで「超ムカつく」といわれて(わたしに向かっていわれた訳でははないが)非常にいやな思いがしたことを思い出す。日本に帰ってからあるお店で、母と同じような年代の店員の人に「これがブレイクして、、、、」といわれたときにも、違和感があった。そのころだろうか、世間で「マニフェスト」なるカタカナ語があちこちで出現してきたのは。国語研究所などは多用されている外来語を危惧するようなことを言っていたはずなのに、政党の党首がこれを真っ先に使い出しているのだ。これに誰も何も言わないというのも非常におかしな感じがする。言葉というのは生きているから、そのときその時で新しいものが生まれ、古い表現が廃れていくものだ。ESLの私の教師だった女性が、学生が使うスラング(隠語ですね)を聞くのが楽しみといっていたが、そういう柔軟な姿勢も必要だろう。かといって、ただ流行っているというだけで、テレビなどのマスコミで制限なしに垂れ流し状態というのは、結構気になるものだ。うーん、こうして感じるのはやっぱり世代の差なのだろうか。
2004年01月03日
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あちこちで書初めが行われているよう。テレビでは鶴太郎が描き初めスペシャルとして墨彩画を披露していた。ゲストの一人、林家こぶ平が恥ずかしそうに「小学生の絵のようだから、、、」と言ったのに対し、鶴太郎が「小学生のような絵は、小学生のような心を持った人にしか描けない」そういったのが印象的だった。結局台所にいたので、彼がどんな絵を描いていたのか見ていない。いろいろな解釈ができるが、ほめ言葉として言った鶴太郎のその言葉だけが耳に残った。午前中には「恋文の世紀」と言う番組でロナルド・レーガンを取り上げていた。彼は現在92歳。妻ナンシー・レーガンに多くの手紙を書いて送っている。昨年は結婚50周年でその日の為にも彼はナンシーに手紙を残している。そのときにはアルツハイマーが進行していて、書くことだけでなく妻の顔すらわからない状態だった。それを見越して彼は数年前にこの手紙を書いたという。彼の大統領としての業績より、アルツハイマーを公表した彼とその後のケアをしている妻のことを思う。調度今、向田邦子の自伝的ドラマが終わった。邦子がお正月の花を床の間に飾る場面で少々後ろめたい気になった。「家には無い!」そう、我が家の床の間には生花がないのだ。時間的にも内面的にも余裕がなかった為、今回は花を買いにいくのを断念した。花材が手元にあったとしても、落ち着いて花を生けられ無かっただろう。その代わりといっては何だが、母が以前作った繭の花が飾ってある。向田作品だが、残念ながらあんまりしっかり見ていなかった。
2004年01月02日
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あけましておめでとうございます子供のころ一日でこれほど周りの様子が変わるのが面白く、不思議だった。周りの空気も、あわただしさからゆっくりとした流れになるような気がして、子供心にそれを楽しんでいた。子供のころはお年玉の回収にいそしんで、その後の使い道をいろいろ考えるのが常だったが、今、お年玉を渡す側になっても、お正月というのはほのぼのとした温かみがあるように感じる。この温かさをずっと持続したいものだ。さて、少し時間があるので大枠でも目標をたてようと考えた。まずひとつはビジネス。週末起業などといわれ沢山の書籍が発行されて売れ行きもそこそこらしい。別にそれに啓発されたわけではない。実は一昨年の暮れに良いパートナーに恵まれ、始める決心をした。簡単に決めたわけではない。そのころ薦められて読んでいた本で、自分の(経済的)立場が、いかに不安定かということを思い知らされた。じゃあ具体的にどうしたらよいのかと、わからないなりにあちこち調べてみた。そうして、ひとつの出会いがあり、最終的な決定をした。じゃあ、一年余りの間どんな成果があったのかというと、はっきり言ってほとんど無い。成果が無いと言うのは表現が正しくない。しっかりとした計画の下うまく動いていないから、まだ成果が無いというだけのことだ。何事も行動が伴わなければ何も変わらない。今後、短期・中期・長期ともう少し具体的に考え、それに沿った行動が取れるよう計画を立てていく予定だ。興味のある方は、こちらからどうぞ。後は、家庭内のこと。昨年からたくさんのことがあったが、自分の進むべき道を、家族との関係の中でどうバランスを取っていくかをもう少しつめて考えなければいけない。身近にいるとつい後回しになってしまいがちだが、一番大切なことだ。
2004年01月01日
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