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現在貸しスタジオ中です。
今日は色々なところでイベントがありますが、僕はスタジオから離れられません。
で、利用者の方とおしゃべりしていたら、やっぱり世代の違いで、音楽同様、本についても当然知っていると思っていた作家を知らなかったりして驚きました。小松左京や筒井康隆、星新一といった作家です。
僕が大学時代、これらの作家の本はどこの古本屋にいけば必ずありましたし、本屋に行っても、全作品が並んでいたものです。ところが、近頃の古本屋にいっても、この方々の作品を探すのが大変でした。もちろん、本屋に全作品が並んでいるというのも、かなり大手の書店に行かなければ望めません。時代の流れとはいえ、こんな素晴らしい作家の本が本屋に並ばない時代が来るとは思いませんでした。
僕はどの作家の本も文庫でほとんど持っています。今日来た方と星新一の話をしたら読み返したくなって、探したら、当然、持っていたはずの本が見つかりません。今日来た方は若くて、初めて星新一の本を読んだそうです。それは「ボッコちゃん」。となると、僕が連想するのは「ボンボンと悪夢」や「ようこそ地球さん」。何度となく読み返した本です。ところが、「ボンボンと悪夢」が見つかりません。誰かに貸したのかなあ。思い出せません。
文庫など安いものですので、さっそく買いなおそうと思います。とはいえ、このへんの書店に売っているとは思えません。ネットで注文したほうが早いかな。
それにしても、音楽同様、本の世界でも時代の流れによって消えてしまう本があるのはさびしいことです。最近は若者の読書離れも進んでいるようですし。それがいいことなのかどうか、近い将来答えが出るでしょう。というより、もう出始めているのかな。
今はネットで知りたいことがすぐに調べられます。僕も重宝していますが、例えば、僕自身が詳しい分野についてネットで調べると、底の浅さがわかります。ナビに自分が詳しい道順を案内させると、ナビの能力の低さがわかるようなものです。ところが、今の若者はネットで調べたことだけで全てがわかったような気になっています。とっても危険なことだと思います。
さらに、読書というのは文字で書いている事柄を頭の中で映像に変えて楽しんだり、想像をめぐらす楽しさもあります。それは、脳のある能力を育てるのに重要なんだとか。ネットやテレビによって、その作業をしなくなった人間の脳がどうなるのか、これも近い将来答えが出るんでしょうね。
さて、今日は夜までスタジオですが、僕はいればいいだけなので、さっそく、久しぶりに「ひとにぎりの未来」でも読もうかと思います。