Welcome to the Mentor’s world

Welcome to the Mentor’s world

2019.12.07
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
​​今日は軽井沢までギター教室の発表会を見学に行く予定だったのですが、スタジオの予約が入ってしまって断念。しょうがないのでラウンジで録画した番組を観て過ごしました。ラウンジで録画しているのは音楽の番組が主なので、それについて書きます。
小曽根真さんが佐渡裕さんと共演したラプソディー・イン・ブルーのときに、いい演奏ができた理由として、小曽根さんは、メンバーの中に音楽よりも自分が大事という人がいなかったからだといいました。
これはプロだから言えることであって、アマチュアの場合は難しいことでもあります。アマチュアは趣味で音楽をやっています。一日の大半を睡眠と食事と仕事に割き、限られた余暇を利用して音楽をやるわけです。となれば、せめて、そのときくらいは自分のやりたいようにやるぞと思ってもしょうがありません。バンドで目立つのはボーカルとギターです。ベースやドラムは裏方で派手に目立つことはありませんが、バンドはアンサンブルなので誰一人欠けても成立しません。そして、僕は歌物であれば歌が引き立つことが一番だと思っていますが、プロではそうとも限りません。手数王と異名をとったドラマーの教則ビデオであるボーカリストは、「僕は彼との演奏で初めて歌でドラムの伴奏をしました」と笑っていました。これが間違いといえないのが音楽の面白いところです。
説教好きな方は先人達の言葉を引用して説得しようとしますが、どんな名言であっても、それが全ての真理を示しているとは限りません。また、どんな偉人であっても、その言葉全てが正しいわけではありません。孔子が年代別の心構えを説いた有名な文章がありますが時代が変わった今もそのまま使えるかどうかは疑問です。同じく世阿弥も芸の習得について年代別に説いていますが、これだって現代に妥当するかは大いに疑問です。
世阿弥は能を確立した偉人といわれていますが、実際には将軍の庇護を失い悲惨な最期を遂げています。その原因が養子に継がせるはずだった跡目を実子に継がせたからだともいわれています。養子は演技が優れており実子は脚本が優れていたというのだから二人が仲良くすれば最高だったのに世阿弥は脚本こそが命と書いています。こういう考え方が後の不幸につながったとすれば世阿弥も間違っていたことになりますよね。僕は演技と脚本のどちらも優れていることが大切であって、どちらかが劣るのならば、その劣り方に優劣はつかないと思っています。演技より脚本が重要というのは間違いだと思うのです。
よく名言が紹介されますが、例えば、宗教のように首尾一貫した論理構成のもとで生まれた言葉は、そこだけ取り出しても意味がないといわれます。音楽家の残した名言はそれこそ千差万別。芸術とはという問いに、みなさん、違った答えを出しています。ただ、名言を聞いて納得してはならないということですね(^o^)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2019.12.09 09:42:09


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: