Welcome to the Mentor’s world

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2023.01.20
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​​先日のブログで原発事故の刑事責任についての無罪判決について書きましたが法律を知らない人にはわかりにくい文章だったかもしれません。司法試験を受けているとき論文の書き方は法律の初心者にもわかりやすい文章で書くのが合格のポイントといわれました。落ちるわけだ(^^)
ということで詳論します。
まず、刑事事件は国家権力による人権侵害の最たるものということで自由主義国家においては厳しい基準によるべきとされます。裁く基準が違うのですから民事で有罪となっても刑事で無罪となることもあるわけです。ただ、裁判所は法律さえあれば、その法律が憲法に違反していない限り、それを適用して電力会社を有罪にすることができます。例えば国家的規模の企業に対しては無過失責任を認めるような法律を作ればいいのです。憲法の人権保障の見地から無過失責任は認められないといいながら自動車の運転手には事実上の無過失責任を課しているのだから、企業に対して同様の法律を作っても憲法に反することはないと思いますけどね。
罪刑法定主義の下で加害者に過失を認めるための要件の一つが自己の行為により法律上の利益を侵害する結果が生じることを予見し、その結果を回避できたのにしなかったという「予見可能性」と「回避可能性」です。よって、そのどちらかがなければ無罪ということになるわけです。
原発事故においては長期予測で災害の可能性が指摘されていたから予見可能性はあったという原告の訴えに対して、長期予測は信用できないものだから、それによって予見することはできなかったという被告の言い分を裁判所は採用したわけです。だとすれば、長期予測を信用しなかったという点で非難すべき点があるのではないかというのが僕の考えです。
さらに、その予測に基づいて防潮堤を作るべきだったという原告の主張に対して、その工事に着手したとしても災害時までに完成しなかっただろうから、結果的に災害を防ぐことはできないので「回避可能性」もなかったというので、工事に着手していれば防げた被害もあっただろうから、単純に結果だけをみて可能性ナシという結論はおかしいと思ったのです。
ストーカー殺人についても補足しておきます。
最近、ホモ・サピエンスについての新しい学説が出てきていますが、その好戦性や凶暴性については現状を見る限り否定できません。現在の人間が進化の最終形態だと思って進化を奇形と片付ける人も多いですが性別や体の形状について進化が続いているという客観的な証拠もでてきています。先日のヒューマニエンスによると足の小指の骨の数が減ってきているんだとか。でも、減った人を奇形とすることはないようです。足の小指を角にぶつけてしまうのは脳が足の小指の存在を忘れかけていて注意が行き届かないだからなんだとか。あってもなくてもいい器官なので、いずれなくなるだろうといわれています。進化はまだ続いているんです。とすれば、好戦性や凶暴性といった性質についてもなくなる方向での進化があってもいいと思います。僕にはないので僕は進化しているかもしれませんが子孫を残さないので証明できませんが(^^)
それにしても加害者をイケメンと紹介するのはどうなんでしょう。今は女性の容姿に触れるのはセクハラといわれるのだから男性にも適用してほしいですね。
さて、今日は昨日のブログで宣言したとおりノンビリ過ごしました。今夜の貸しスタジオはお任せできるので久しぶりに母屋で寝ます。明日は安曇野まで公演のゲネプロを見学に行きます。楽しみです(^^)





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Last updated  2023.01.23 06:50:38


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