ツクバでエミシ・ニギハヤヒ連合軍と講和を結ぶや、ハヤミ国王の指令が届く前にオワリに帰ってきた夫にミヤは呆れたが、敵地のツクバまで奥深く侵攻して無事であっただけでも奇跡であり、自分も寂しかったから、彼の帰還を喜んだ。
そして、半ば彼の求めに応じたものの、喜んで裸になって夫を甘えさせ、寝物語に今まで聞けなかったことを確かめてみた。
「イソタケル様、あなたは、本当は戦うことがお嫌いなのですか。」
彼は、素直に認めた。
「私は、戦争は嫌いだ。何故争う必要があるのだ。誰が得をするのだ。その地の人々に多大な迷惑をかけ、場合によっては巻き込んで死傷者も出すような戦争に、何の価値があるのか。何時もそれを疑問に思いながら戦っている。」
これは、ミヤにも意外だった。
「そんな。あなたは、ヤマト一の勇者ですし、クマ・ヒュウガ一の武勇を誇ったクマノタケルをも倒された方ではないですか。この国一の勇者と言っても過言ではないのではありませぬか。」
彼は、それまではイツセ、あるいはイツセノミコと呼ばれていたのだが、ヒュウガからクマに単身乗り込んでいって、クマ一の武勇を誇る首領であったクマノタケルを倒し、彼からタケルの名前を与えられてヤマトのイソタケルと呼ばれるようになっていたのだ。
「とにかく、私は無用な戦いは嫌いだ。だから、父に、ヒュウガで狼藉をはたらいているクマを威嚇してこいと命じられた時、本当にクマが悪いのかどうか疑問に思った。そのため、ヤマトの軍勢はヒュウガに残したまま、単身女に化けてクマの本拠に潜入して確かめたのだ。」
単身乗り込んだのも凄いが、ミヤには彼が女に化けたのは意外だった。しかし、こうして間近で彼の顔を見つめてみると、端正な顔立ちであったから、それなりに似合ったのかなと思い直した。
「クマのことをどう思われました。」
ミヤ自身、父がヤマトとエミシ、どちらに付くべきか悩んでいたのを目の当たりにしていたので、彼が自ら確かめようとした行動とその感想に興味を覚えた。
「大義名分のあるのはクマであり、悪いのはヤマトの方だ。クマは、元々クマを中心に、ツクシからヒュウガに至る地域を支配していた民族だ。父のアマテラス一族も、元の地盤はヒュウガにあったが、ヤマトに進出して広大な領地を得たわけで、今更我々が彼らを支配すべき理由はない。無条件に従えと命じる方が理不尽だ。父は最初、クマが従ってくれるようなら穏便に済ませようと考えていたようだが、全面的に反抗する素振りを見せだしたので、威圧しようと考えを変えた。それだけだったようで、ヒュウガまで軍勢を進めさせたが、まさか私が一人で本拠のクマに乗り込んでいって、首領のクマノタケルを倒して制圧するとは思っていなかったのだ。今回の件にしても、父も本当は、先にヤマトから東国に移り住み、勢力を拡大しているニギハヤヒ一族や、先住のエミシの方が正当であることを知っている。」
「それでは、イソタケル様は、何故クマノタケルを殺したのです。そして、この東征に向かわれたのです。」
ミヤは、普段のイソタケルを見ていると、とても単身乗り込んでいって敵の首領を殺すようには思えなかったし、彼と結ばれたのは東征が縁であったとはいえ、喜んで遠征軍の大将を務めるようにも思えなかった。
「クマノタケルを殺したのは、単身乗り込んでいって無事生きて帰るための唯一の方法であったのだ。それから、東征軍の大将にされてしまったのは、義母のサイが私を暗殺しようとしていることを知った父の配慮でもあったのだ。」
「それだけですか。あなたが、それだけのためにクマノタケルを殺すとは思えませぬ。」
ミヤは、スルガでの戦いから、夫は敵の最も強そうな者を選んで戦いを仕掛け、しかも殺すよりも戦意をなくさせることを重視し、効率的かつ効果的に威圧することで勝利を得ようとすることを知っていた。その後も、敵味方とも消耗するような戦闘は、巧妙に避けていたように思えた。だから、偵察の後生きて帰るだけならうまく逃げたであろうし、逆に、敵地の真ん中で首領であるクマノタケルを殺すことは、自殺行為としか思えなかった。
「いや。たしかにそれだけの理由ではなかった。クマノタケルは、勇猛果敢ではあったが、傲慢だった。自分よりも強いものがいることを認めなかったのだ。クマの重臣で、シャーマンでもあったヒュウガ・ウガジは、優れた政治家であり、天才的な軍師でもあった。クマの軍が無敵を誇っていたのは、多分にウガジのお陰であったのに、クマノタケルは、自分さえいれば無敵だと思い上がっていた。もしウガジが健在であったなら、彼らを上回る軍勢であたったとしても、彼らに地の利があるヒュウガやクマでの戦いでは、ヤマトに勝ち目はなかっただろう。そしてウガジは、クマノタケルは傲慢なだけでなく、女にだらしないことも見抜いていた。そこで彼に、女か、女の格好をした男に殺されるから、女を遠ざけろとの託宣を下し。もしそれでも近づいてくる見知らぬ女がいれば、ヤマトの間者であるから殺せとまで警告していたのだ。ところが、女好きで自分の武勇を過信していた彼は、ウガジの諫言を聞き入れず、しつこく諫めた彼に腹を立てて殺してしまった。その点ウガジも、適当に引けばよかったのに、自らの地位と能力におぼれていた面はあっただろう。それで私は、武勇ではむしろ尊敬していたクマノタケルを殺す気になった。」
夫がどうやって彼を殺したのか、ミヤは気になった。
「どうやって殺したのです。女の格好で油断させたのですか。」
卑怯だが、賢明な手段だと思ってつい聞いてしまったら、彼は笑いながら首を振った。
「いや、クマは、武勇と名誉を重んじる民族だ。私は女の格好はしたが、それはクマノタケルに近づくためだけであり、彼の前でヤマトのイツセノミコと名乗って、講和を持ちかけた。彼は大した人物であり、私の話は聞いてくれたが、ヤマトが一方的に進出してきたのが実態だから、応じるわけにはいかないと断った。そして、彼自身が、大規模な戦闘はよい結果を招かないから、私との決闘で決めようと申し出てくれたのだ。」
「色仕掛けではなかったのですね。」
聞いた後、逆にそれをしたのは自分かなと思い付いて、ミヤは赤くなった。
「そうだ。彼とは正々堂々と戦い、そして勝ったのだ。だからこそ、彼は私のことを自分を凌ぐ勇者と認め、タケルの名前をくれたのだ。それができただけクマノタケルは名君であったし、友として語り合いたかったのだ。しかし、彼は私に倒された時、自分を殺して代わってクマの王タケルとなるよう迫ったのだ。確かに彼のいうとおりで、私が彼の代わりに王になれば、クマは私に従うが、クマノタケルが生きている限りは、ヤマト軍は無事では済まなかったはずだ。」
「殺して、空しくはなかったですか。」
夫は、敵の中でも最も強いと思われる者に戦闘をしかけて楽しんでいるように見えたものの、できる限り殺さぬようにも配慮していたので、ミヤは、その時の思いを確かめてみた。
「空しかったが、少なくともヤマトとの全面戦争になるよりは、両者とも犠牲ははるかに少なかっただろう。そして、クマは面白い民族で、私が首領のクマノタケルに正々堂々と挑戦し、彼を倒し、その名を与えられたことから、自分たちの王となるにふさわしい者であると認め、ヤマトにではなく、私に対して忠誠を誓ってくれたのだ。それで私は命が助かったし、お互いの全面戦争も避けることができた。」
イソタケルは大した男だと惚れ直しながら、ミヤは疑問だったことを聞いた。
「それだけの功績をあげられたのに、お父上は、何故あなたを東国に遣わされたのですか。」
ミヤだけでなく、彼女の父のオワリノカミも、ハヤミ国王は、息子を見殺しにするつもりで派遣したのではないかと疑っていた。
「今回の命令は、本当は父の命令ではなかったのだ。私が東国遠征に応じた理由も、戦いを好んだわけではなく、亡き妻オトタチバナのためであり、ひいては東国の人々のためでもあったのだ。」
「どう言うことです。何故、今は亡きオトタチバナさまのためだったのです。」
夫の今回の戦いぶりや、クマでの話しから、東国の人々のためという理由はわかったが、今は亡きオトタチバナのためとの理由は理解できなかった。
「私は、クマを従えてヤマトに帰った時、空しさを感じた。そんな自分を英雄と迎えるヤマトの人々にもだ。もし自分が、クマで殺されるか帰ってこなかったら、人々は何と言っただろう。腰抜けの弱虫だったと悪口を言うだけだったろう。そして父は、私が殺されたことを口実にしてクマを攻め滅ぼしただろう。だから私は、オトタチバナ、エタチバナの二人の妃と王子二人を伴って、クマに戻って暮らしたいと父に申し出たのだ。」
「お父上は許さなかったのですか。」
「いや、クマにおける私の立場と、私には野心はないことを知っていた父は許したが、義母のサイ妃や側近たちが許さなかったのだ。私は、正当な理由があったとはいえ、弟を殺した罪人である。だから、クマを率いてヤマトに反旗を翻したら厄介だと。」
ミヤは、確かに理屈は立つが、母のサイ王妃の彼に対する態度は異常に思えた。
「あなたは、何故母上から憎まれているのですか。」
「母は、弟ハツセとはわけありの関係だったのだ。そのこともあって、弟を殺した私を恨んでいるのだ。」
それは理解できたが、王妃としては失格である。
「そんなことはないでしょう。誰でも息子は可愛いものでしょう。私、あなたの子供を早く欲しいわ。」
続く。
画像は、カメ一郎四郎にトメコ、急に涼しくなったので、遠赤外線ヒーターサンラメラの前に集まる猫たちです。

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