京都観光をご案内して学んだ事

京都観光をご案内して学んだ事

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

スマイルフェイス8971

スマイルフェイス8971

Calendar

Favorite Blog

カラーの花、ブルー… New! 雪桃7216さん

いいで どんでん平ゆ… New! よっけ3さん

ハーメルンで約130人… New! ただのデブ0208さん

二番花の初開花~夢… New! 萌芽月さん

仙台に移動の道すがら New! masatosdjさん

Comments

尾崎聡 倉敷市文化財保護審@ Re:醍醐三宝院 藤戸石を追っかけて 漸く撮影可でした(05/10) 貴重なお写真拝見しました!藤戸石、遠く…
Hiroki Nara @ Re:【栂ノ尾高山寺】世界文化遺産 女がひとり(03/31) カフカス戦線 最後の審判 <small> <a h…
王島将春@ Re:【栂ノ尾高山寺】世界文化遺産 女がひとり(03/31) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
悠々愛々 @ Re:【栂ノ尾高山寺】世界文化遺産 女がひとり(03/31) こんにちわ。 いつも応援ありがとなし。 …
Grs MaMariKo @ Re:【栂ノ尾高山寺】世界文化遺産 女がひとり(03/31) おはようございます^^ 🎄Merry Christmas!…

Freepage List

2019.03.11
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

本日より嵯峨野巡りの初めに、京都一とも言われる嵐山周辺の

案外知られていない名所をご案内します。

  

【嵐山】 


京都観光の「嵯峨野巡り」は、最も女性に人気が有ります。その入り 口が【渡月橋】を含む此処「嵐山」です。「山紫水明の景勝地」として 訪れる人々の心を遺憾なく癒してくれます。

P1000482.jpg

嵐山・渡月橋

P1000492.jpg

 大堰川の堰き

P1000496.jpg

保津川 

渡月橋より上流の景色

P1000498.jpg

保津川下りの船

「角倉了以」 が「保津峡」を開削、豊かな渓谷は、JR「亀岡駅」からの 「保津川下り」でも、スリル満点で、此処嵐山が「終着船着場」となっ ています。その船着場から、少し川上に、丘に登る階段が有り、少し

上ったところに中国の「周恩来総理記念詩碑」が建っていますが

有名な【雨中嵐山】の詩の表現は、嵐山の表現を遍く伝えて下さって

います

中国の要人が来日の際は、どんなに忙しい日程でも、此処を表敬訪問されます。

過っては、「温家宝首相」が訪れられました。今は冷え切っています。

P1000499.jpg

 周恩来の碑

「雨中嵐山」の詩が書かれています。

更に「亀山公園」を

登りますと「角倉了以」そして「津崎村岡局」の銅像あります

特に村岡局は、嵯峨野「直指庵の創設者」で幕末の影の立役者

でNHK大河ドラマ「篤姫」の味方・理解者でも有りました。

P1000500.jpg

角倉了以の銅像

保津川の開拓者 

P1000501.jpg

津崎村岡の銅像

戻って、「渡月橋」は南北に架かっています。見所はブロの写真家 が佇む京都市内から訪れた渡月橋の手前から嵐山を背景に

シャツターチャンスです。そして渡月橋を南に渡った所から、川べり に降りて堰を含めて背景にお饅頭の様に丸く構えている

「小倉山」 (小倉山百人一首)そのバックに「「愛宕山」が見える場所も 一服の絵に成ります。

P1000490.jpg

 真ん中丸い山「小倉山」


 此処から更に、南へそして石段を登りますと、「虚空蔵菩薩」

(こくうぞうぼさつ)(知恵の仏)を祀る、【法輪寺】があります。

地元での言い伝えですが子供さんたちの「七五三」のお祝いで

智恵を授かる為に、法輪寺で祈祷して、渡月橋を南から北へ、

「振り向かないで、渡り切ると、その子に智恵が授かる」ということで 、子供たちは真剣な様子で前を見つめて渡る姿は、とても微笑 ましいです。

川の名が渡月橋の上流・下流で堰と堰とで変わります。上から

「保津川」「大堰川」そして「桂川」と

嵐山の景勝を求めて、多くの観光客がお見えですがその殆どの

方が、目にとまらないのが、渡月橋の北東詰に在る

【琴きき橋跡碑】

 黒田節の二節の歌詞の情景です 女性の哀話

P1000488.jpg

渡月橋の北詰に碑が建っています。

此処で源仲国が小督の琴の音を聴いたと偲ばれます。

P1000494.jpg

小督寓居跡

渡月橋から直ぐの所にあります。

此処には、嵯峨野の女性哀話の一つが静かに潜んでいます。

あの有名な「黒田節」の二節に

「峰の嵐か松風か、尋ぬるひとの琴の音か、

駒引き止めて立ち寄れば、爪(つま)音高き【想夫恋】(そうふれん)」

宮中一の美人でお琴の名手であった 【小督局】 (こごうのつぼね)は、

高倉天皇の寵愛を受けていましたが、中宮であった【徳子】

(建礼門院)の父である「平清盛」は「わが娘をおいて何ごとぞ」と 烈火のごとく怒り、小督を宮中から追い出してしまいました。 高倉天皇は、愛しさのあまり部下の【源仲国】に命じて嵯峨野に 身を隠していました小督局を探しに行かせました。嵯峨野の 此処嵐山を訪れたころ、高倉天皇を恋い慕う想いを込めた

【想夫恋】の琴の激しい曲が聞えてきました。そして出会って事情を 話し、宮中へ連れ戻されました。今でも「国道1号線東山トンネル」 西出口のそばにある、高倉天皇の御陵の側に天皇の遺言により 眠っています。

小督局の屋敷跡が、渡月橋の少し川上の「局茶屋」の北側に碑が

建てられています。馬を止めて琴の音を聴き入る仲国の姿が

まぶたに浮かびそうです。 

平家物語 の一つです。

明日から嵯峨野巡りに入ります








​本日の日記で、亀山公園に建てられた、周恩来さんの碑の詩の​

内容です。

周恩来さんは、3年ほど、東京にある大学校に留学されその折に

たまたま京都嵐山を訪問され、悩みに応えて呉れるような、嵐山の 雨の中での、景観に詩を残されました。

周恩来さんは、又中国に帰られ、首相として、田中角栄総理と

日中正常化に調印され、国交が快復された方でもあります。

一国の党首ともなる方が嵐山の景色で元気を取り戻されたとも

思えます。

最近でも、中国の要人の方が来日のときに、わざわざ表敬訪問

されるほどの人柄だったのでしょうね。

【碑文】

雨中嵐山-日本京都

       一九一九年四月五日

雨中二次遊嵐山、

両岸蒼松,挟着幾株桜。

到尽処突見-山高

流出泉水緑如許、繞石照人。

瀟瀟雨、霧濠濃;

一線陽光穿雲出、愈見嬌妍。

人間的万象真理、愈求愈模糊;

-模糊中偶然見着一点光明、

真愈覚嬌妍。

雨の中二度遊びに来ました。

両岸には青い松がそして幾株かの桜の花が混じっていました。

岸の道が尽きる処で、高い山が望めました。

流れ出る泉は緑色に映り、石を巡って人の姿を照らしました。

小雨は深々として降り、霧が濛々と漂よって居ました。

一筋の太陽の光線が雲間から射し込みました。とてもなまめか

しい光景でした。

人として考えるに、森羅万象真理は、いよいよ求めれば求める

程はっきりしませんがそのはっきりしない中でたまたま一点の

光明を見出すことが出来れば、

眞にいよいよなまめかしくあでやかで美しいものでした。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2019.03.11 05:00:09
コメント(18) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: