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白拍子の「祇王さん」の華やかさの影に世の無情を身を以って
体験され、心の癒しに、仏道に出家され、此処「嵯峨野」の
静かな地で漸く人間の尊厳を会得されたのではないでしょうか
【平家物語】
「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、
諸行無情の響きあり、 沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者(じょうしゃ)必衰の理 (ひつすいのり)を顕わす(あらわす)。
奢(おご)れる者久しからず 。ただ春の夜の夢の如し、猛(たけ)き人も遂に滅びぬ。
偏(ひとえ)に風の前の塵に同じ
琵琶法師の語りが深々と聞えそうです。
祇王寺に隣接した滝口寺の門
【滝口寺】
(たきぐちてら)浄土宗 開基 良鎮
山号 小倉山
「祇王寺」の出入り口から、少し山手に隣接して、
「滝口寺」が有り ます。ここもお寺とは言え、
庭先のこじんまりした部屋に訪れるだけ ですが、
「平家物語」「重盛高野の巻」に登場する、平重盛の家臣
【滝口入道時頼】 と「建礼門院」に仕えた侍女【横笛】の
悲恋の舞台となった場所でも有ります。
時代祭にも横笛が隊列に加わった写真をご紹介しました。
語り部とし、縁先で訪れる人ごとに、無表情で滔々と語られた
お婆さんも、この世から、浄土に召されました。同じ事柄を
終日多くの人々に述べられたご労苦は察するに余りありました
【物語】
清盛の西八条殿での「花見の宴」に於いて「建礼門院」侍女
「横笛」の「舞い姿」を、重盛の侍「斎藤滝口時頼」が繁々と見て ひと目惚れして恋しく想う様になり、恋文を送る様になりました。
ところが時頼の父がこのことを知るや「お前は名門の身にして、 将来平家一門に入る身上でありながら、横笛ごときを想い染める とは」と激しく叱られました。
時頼は、主君の信頼に背いて恋に迷う自責から「これこそ仏道に 入る為の仏の尊い導き」と決心して、此処嵯峨野の【往生院】で 出家し、名を 【滝口入道】 と改めました。
【横笛】 は、都で「滝口入道」が出家したということを伝え聞いて 恨めしく思い、自分の恋心を持って居ることを打ち明けたいと、 都から嵯峨野の往生院を探し求めて辿り着いた時はもう日も 暮れて、夕闇の迫るころでした。荒んだ僧坊から念仏の唱える 声が聞えました。心をときめかして、滝口入道の声と聞き澄まして 真の恋心を打ち明けたく女の身で訪れたことを告げてみると 裾は露で濡れ、袖は涙でぬれ、痩せこけた顔付きは、本心で 求め尋ねてきた様子は、誰しも抱き閉めてやりたい気になるも、 仏道に仕える者として心を鬼にして、同宿の僧を遣わし「全く 此処にはそのような人は居りません、何かの間違いではない でしょうか」と言わせました。襖の陰で涙しながら
「横笛」は、悲壮な悲しみで帰る時「眞の心を伝えたく」庭の近くに 有った石に歌を「血染め」で書いて帰りました。
そして保津川に身を投じたという説もあります。
「滝口入道」は、未練が残ったまま別れた「横笛」に住まいを
見つけられたからには、修行の妨げと思い【高野山】に移りま
した。これを知った「横笛」もその後直ちに、奈良の
【 法華寺】 で尼に出家しました。現在本堂に紙製の小さな「横笛像」並びに
「横笛堂」があるとのことです。
「法華寺」で尼に成ったと聞いた「滝口入道」は、一首の歌を
「横笛」に送りました。
「そるまでは 恨みしかも 梓弓(あずさゆみ)
まことの道に 入るぞ嬉しき」
「横笛」やっと心の通じた「歓喜」と「幸せ」をかみ締めて、
返しの歌
「そるとても 何か恨みむ 梓弓 引きとどむべき
心ならねば」 あずさゆみ】 神事に使う弓ですが、
詩の「枕詞」として「春」(張る)
に掛け、心の春をイメージしているようです。
「横笛」は、仏道を全う出来た心の安らぎのまま、間もなく
法華寺 で亡くなりました。これを聞いた「滝口入道」も仏道修行を積み
【高野の聖(ひじり)】といわれる高僧に成られたと言う事す。
【本堂】滝口入道・横笛の木像鎌倉後期の作で眼が水晶(玉眼)
竹薮に平家の供養等が建っていす。
【小松堂】平重盛を祀る
【横笛歌碑】参道の庭にあり横笛が指を切って「血染め」で、
歌を書いて帰ったと言う石碑
嵯峨野の雰囲気は文学で女性の悲話を以って語られています。
現代人としてその昔を偲びつつ訪れるのも自然にも触れ祈りの
気持ちにもさせてくれるようです。
次回は寂庵を訪れたいです。