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2007年10月18日
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カテゴリ: 哲学
 帰りのルートで通過する駅に、たまにキーボードを弾いているひとがいる。

 すこし前に「駅名」のピアノマンという噂を聞いた(新聞で読んだ)ことがあるので、同一人物と思われる。

 哀愁のメロディを奏でる男の前に、女子高生が数人たむろしている。

 癒されるというひともいるが、私は好きではない。

 音が濡れている、というか、泣いている感じが素人臭くていやなのだ。

 演奏するなら、酔うな。酔わせろ。

 とぶつぶつ脳の中だけでつぶやいて立ち去ることにしている。ほっときゃいいんだが。

 演奏、というより表現全体にいえることだが、必要なのは「距離」だ。もちろん、完全に醒めていたらいい演奏はできない。ある種の計算を熱く徹底するのがいい演奏だ。

 と、そこまでの質を無料の音に要求していいのかわからないが。

 閑話休題。

 笑点の前座である漫才をみたときに、この考えは間違っていないことが確信に変わった。ベテランのなせる技ではあるが「間」の安定感。変わらないスピード。テンポ。おそらく彼らはどんな会場であれ、どんな天気であれ、同じように笑いをとるのだろう、と思わせる絶対的なリズムに笑いながら感動した。

 マンネリをマンネリでなくみせるのがプロなのだろう。

 それにしても不思議なのは、ああいう場を得たとたん普通の技術の演奏も非日常化することだ。街のマジックとでもいおうか。

 かといっていまから自分がピアノを習ってあれをやるかというと今の年齢の勢いで普通の感覚ならできないだろう。だから街にでようと思った時点で彼の勝ちだ。

 ・・・なんてことをつらつら考える帰り道。これも癒し効果かしらん。(♂)





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最終更新日  2007年10月21日 22時04分23秒
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