まんがよみ日記

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2008年06月28日
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カテゴリ: 家庭
 母と電話。

 実家のお隣のお婆さんがボケた話を聴かされる。幼少のころ仕事で留守をする母が私をあずけていくようなつきあいだった。おかげで(?)私はカルピスを覚え虫歯だらけになった、というのは余計な話。月日を感じる。

 母としては私を可愛がってもらえた恩返し、ぐらいの感覚でときどき玄関先に現れる徘徊に軽くつきあい、お隣までおくっていくそうだ。

 遠いなあ昭和は。

 そんな話からはじまって伯父の話に。

 カラダが弱り、やがて心が弱るとお年寄りは

私なんかもう生きててもしょうがない

 という言葉を吐くという。このお婆さんもボケが途切れるとそういう台詞がでるという。

 母方の祖母もやはり晩年に例外ではなかったらしい。順番なんだろう。不謹慎な言い方になるが。

 この台詞を子供の立場で聴かされるのはほんとうにたまらないのよね、と母はいう。

 親がほんとうに老いたと認めなくてはいけない瞬間。理屈ではわかっても頭がついていかない。

 普通聴かされた側は慣れてなければさらにその台詞を言いたくなるようなキツい態度になってしまうのだろう。それをみた外野は年寄りは可哀想だとか冷たいとかいうのだろう。

 実際は現場にいるひとが一番大変なはずだ。やさしくやってられればだれも苦労しない。

 私にとっては今の元気な父母がそういうことを言い出す、という日を現時点で想像するしかない。いまのところ少しはわかる、というレベルだ。

 ところがである。

 ふだんはキツい伯父だがこのときは違った。にっこり笑って、

そうはいってもお母さん。お父さんはまだ迎えに来てないでしょう?あの世もこの世もいっしょですよ。私がさみしくなるからもうすこしこっちにいてください。

 といったそうだ。堅い表情だった祖母もさすがに笑いだしたらしい。

 涙がでた。なかなか言えない。

 話し手も聴き手も抱える「重さ」を軽くするような力のある台詞。

 本気でむきあっているからいえるのだろう。

 相手が年寄りにかぎらず、必要なときにこんなことをいえる人間でいたい。

 わざわざ幸せにしなくていいから、せめて背負っているものを降ろせるような。(♂)





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最終更新日  2008年06月28日 15時43分23秒


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