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jsportsというはスポーツ観戦にはありがたい放送局だ。ラグビーのリーグワンのD1は全試合中継してくれるし、ル・マンのような自動車の耐久レースもある。特に興味を持っていたわけではないが、ワールド・ラリー・チャンピオンシップWRCも全戦中継があるので見ることが多い。 WRCは世界各国を巡るラリーの戦いで、ケニアのように泥だらけのぬかるみの路面のレースもあるし、スウェーデンのように雪道というレースも、舗装道路だけのレースもある。最上位のWRC、その下位のWRC2, さらにWRC3がある。私がラリーを見始めた頃はシトロエンやフォルクスワーゲンも最上位の車を作ってワークスとして参戦していたが、今は撤退している。最近ではトヨタ、ヒュンダイ、フォードの3チームだけになってしまった。数年前はハイブリッドを採用していたが、開発費がかかりすぎるからだろうか、普通のエンジン車に戻った。 今年も圧倒的にトヨタが強い。普通、こういう状況になるとヨーロッパ発祥の国際的スポーツではアジア人排斥に動くのだが、WRCではその動きはない。たぶん、トヨタが撤退したらWRCが成り立たないからだろう。シトロエンやフォルクスワーゲンが撤退したのは費用が嵩む割に宣伝効果が無いという判断と思われ、他のメーカーも本気でやる気は無いらしい。トヨタはハイブリッドの時代も強かったが、レギュレーションでハイブリッドを止めるといったときも、特に文句を言わず従った。どちらかと言えばWRCの存続のために太っ腹なスポンサーのように振る舞っているように見える。
2026.05.04
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Henle Libraryというアプリがある。アプリは無料で、ヘンレの楽譜を有料でダウンロードしてタブレットに表示させるもの。私はiPad でPiascoreというアプリで楽譜を表示させているが、ヘンレに何かメリットが有るのだろうかと思い、インストールしてみた。 紙の楽譜で全集でしか売られていないものは、その全集単位かもしれない。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲では、後期のOp.131なんかは一曲単位だが、初期はOp.18の6曲(+Op.14)がセット販売だ。中期5曲もセットでしか買えない。楽譜はパート単位で購入できる。つまり、ヴィオラパートだけ、という買い方はできる。 いま練習中のブラームスのピアノとチェロのためのソナタ第2番ヘ長調Op.99はウィーン原典版を使っていてヘンレを持っていない。どうせピアノはiPadでは演奏しないから、チェロ・パートだけ買ってみた。このアプリでは「クレジット」という通貨単位で、この曲のチェロ・パートだけは22クレジットで250円。アップルIDで支払ったらすぐにダウンロードできた。端末はもちろん最も画面の大きいiPad Pro。 楽譜は紙のヘンレと同じ体裁だが、段の間隔を調節できる。これで、どこで譜めくりをするかを多少は変えられる。画面をピンチして楽譜を大きくすることはできない。広々とした余白の中の小さな楽譜。私の目にはこれば厳しい。譜めくりは手持ちの足ペダルでできるが、Piascoreのウィンクめくりはできない。 書き込みはアップル・ペンシルでできるし、楽譜に使う記号がたくさん用意されている(ダウン・ボーとかフォルテとか)のできれいな書き込みもできる。 面白いのは、指順などの書き込みが複数人登録されていることだ。この曲だとゲリンガス、シュタルケル、ローズなど6人の指順が書かれている。この曲の第4楽章の冒頭の指使いは頭をふりしぼって考えるところだが、6人6様の指使いが書かれていて興味深い。私の指使い(先生のおすすめを少し変えている)はこの誰とも違っているが。 この曲の第3楽章はダ・カーポだ。紙だと中間部が終わると第3楽章の頭にページを戻す。このアプリでは中間部のあとに第3楽章の最初からFineまで表示される。iPadでは先にめくれば済む。 このアプリからプリンターに出力して紙の楽譜を作ることもできる。ということはpdfにしてPiascoreで表示させるのもできる。 ヘンレの紙の楽譜は配置、フォント、紙の色、信頼感などの面で大好きだが、このアプリはそのままでは使わないと思う。余白を切って画面ぎりぎりに表示できないことと、ウィンクめくりができないことの二点でPiascoreにかなわない。 IMSLPの無料楽譜やペータースの楽譜で練習しているけれど、ヘンレでどうなっているかを知りたい、という時には便利だと思う。なにしろ、紙の楽譜は場所を取りますからこれ以上増やしたくない。
2021.04.04
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F1は今年大きなレギュレーションの変更があった。数年前からパワーユニット(エンジンと電動のハイブリッド・システムなのでパワーユニットと呼ばれる)はハイブリッドだったが、今回は電動の比重が大きくなった。モーターの力でこれまでより強力な加速が得られるが、モーターを動かすための電気を充電しなければならないので、低速区間ではゆっくり走るようになった。これまで最も面白かったカーブでの追い抜きが無くなり、ストレートの前にどれだけ充電しておくかの勝負になった。鈴鹿サーキットでも130Rという腕の見せ場だったコーナーをゆっくり走ったほうが全体では速くなるということで、異様な景色だった。全体的にドライバーからも不評のようだ。私も見ていて違和感がある。 F1の胴元であるFIAの会長が、次回のレギュレーション改革ではV8のエンジンを採用し電動の関与を限定的にする、という声明を出したらしい。何十年もF1のテレビ中継を見てきた私にとっては大歓迎だ。ついでにクラッチペダル付きのマニュアル・ギアボックスにしたら良い。 確かにF1は技術開発が重要で、他のチームが思いつかないような法規の抜け道を探し出して圧倒的に強いチームを目指すという面は無くしてはならないと思うが、今のハイブリッドは複雑怪奇すぎるし、F1の参戦コストを押し上げすぎている。1970年代ではフォード・コスワースのF1用エンジンは市販されていて、これを購入したチームも競争力を持っていた。その時代でもフェラーリやルノーのように自社開発のエンジンで参戦していたチームもあった。音も当時のほうが魅力的だったし、ドライバーの勇気のようなものが勝負を決める場面も多く、見ていておもしろかった。 ホンダやメルセデスのようなメーカーはハイブリッドでなくなるのなら参戦しない、というかもしれない。電動化技術を磨くためにF1に参加しているのだと株主に言い訳できなくなるからだ。そういうチームは切り捨てても、この改革は実行して欲しい。
2026.05.03
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フィットのシートでもう一つ気に入らない点がある。ヘッドレストが前傾していていつも後頭部を押してくることだ。どうしても猫背気味になり背中から首にかけて疲労がたまる。以前レンタカーで乗ったプリウスもそうだった。最近の日本車の流行か? ヘッドレストの角度調節が無いからどうしようもないが、よく見たらヘッドレストは二本の棒でシートから生えている。抜いて反対向きにしてみたらとても調子良い。これなら背骨が楽な角度になるし、事故時にも頭を支えてくれる。なぜ、最初からこれではいけないのだろう?
2013.12.11
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我々夫婦とプロのヴァイオリニストとのピアノ・トリオは月に一度のペースで続いている。住んでいる世界が違うから本番で演奏するという話にはならないだろう。ただ我が家で何回か弾いてディスカッションをしてざっと仕上げて次に行く。彼女は東京藝術大学を中退してパリで学んだ経験があるが、そこで何曲かピアノトリオを習ったらしい。東京藝術大学時代もパリから帰国してからも一度もピアノトリオを弾く機会は無かったらしい。「良いチェロがいなくってね」とのことだ。 これまで、ブラームスの1番、モーツァルトを4曲ほど弾いてきたが、今回は私がお願いしてシューベルトの1番に取り組むことにした。彼女が一番最初に来た時、パリで習ったときの楽譜を持ってきて見せてくれたが、そこにシューベルトの1番があったので、いつかは弾きたいと思っていた。 この曲のチェロ・パートは大変難しい。左手の計算というか運指の方程式が解けない。大学生のころ組んでいたピアノトリオでピアニストからこの曲を提案されたのだが、演奏不可能なので断った。だが、この曲は非常に魅力的な曲でもあるのだ。結婚してから良いヴァイオリン弾きとトリオを組んでいたときにこの曲に取り組んだことがある。10年以上の間隔をおいて二度弾いている。学部学生の頃に比べればだいぶ無体な指使いもこなせるようになったということか。手持ちの楽譜は古いペータースだが、ぎっしりと指使いが書き込んである。 彼女との練習に備えてかなりの時間をかけて練習し、昨日がその合わせだった。これまでのアマチュアとは桁違いに上手なのでとても弾きやすい。音程が正確だししっかりとしたリズムで弾いてくれるからこちらにも余裕が多少出るし、狙うべき音程がわかる。これまではヴァイオリンもちゃんと弾けていなかったから適当に誤魔化していたのだが、今回はそれはできない。自分が弾けていないところがはっきりとわかる。何回か練習すれば多少上達しそうな気がする。やはり上手な相手と弾くのはすばらしい。
2025.09.12
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自動車を運転し始めた頃はまだオートマチック・トランスミッション(AT)は一般的でなかったし、皆、特に理由がなければマニュアル・トランスミッション(MT)の車に乗っていた。親の車はいつもMTだったし、就職して自分で自動車を買う時もATを選ぶ理由はなかった。 初めてATを買ったのは、古い古いジャガー(シリーズ3のXJ-6を十年落ちで買ったことがある)で、これはMTが日本にはほとんど入っていないから仕方がなかった。この3速ATには何の違和感もなかった。この車は排気量が4200ccもあり、低速トルクが豊かで、動き出したらとんとんとトップに入ってしまい、そのまま最高速まで同じギアだ。ほとんど変速しないから気楽なものだ。減速したい時に、華奢なセレクタを動かして2速に落とせば、ちょうどほどよいエンジンブレーキが即座に効いて安心だった。 このジャガーが修理代がかさみそうな状況になり、泣く泣く手放してドイツの大衆車をやはり中古で買った時、深く考えずにATを買った。ATしか無かったし、ジャガーのATが良かったのでどうしてもMTとは思わなかった。ところが、この車の4速ATは怖かった。スピードが出ると4速に入り、燃費を稼ぐためにロックアップされ、トルクコンバーターのスリップが無くなる。それは良いのだが、減速のためセレクタでギアを手動で落とそうが、アクセルペダルを蹴飛ばしてキックダウンしようが、悠然とロックアップを解除し、しばらくしてから勝手なタイミングでギアを落としてくる。数秒経ってギアが落ちた頃には、ブレーキを踏んでスピード落としているわけで、結局エンジンブレーキなどというものに期待できないのだ。また、コーナーの前で減速するとき、加速に備えてギアを落とそうとしても全然、タイミングが合わない。それ以外でも、ハンドルを切った時の車の挙動にも、心の通わない所があり、この車に乗っているのは全く楽しくなかった。 それ以来、絶対にATは買わないと心に誓って、今は2台ともMTだ。たまに、友人の車とか、レンタカーとかでATを運転することもあるのだが、やはりATは怖い。いつギアが(というかクラッチが)つながるかが予想できない。車が勝手に空走していく感じがとても怖い。MTなら自分の足でつないでいるから、何の不安もない。最近はやりの自動クラッチの2ペダルもやはり、いつつながるかが予想できない。そのうちつながるのでは嫌で、厳密にこのタイミングでつなぎたいという欲求がある。 実は、写真のオートフォーカス(AF)もだめなのだ。子供の頃から写真は撮っていたが、本気で覚えたのは学生時代、標本の写真を撮った時だ。サルの頭の骨の写真だが、論文に載せるのに、示したい部分に完璧にフォーカスが合っていないと話にならない。いつも三脚を立ててレリースをつけて、真剣にフォーカスを合わせていた。 このせいか、普通の写真を撮る時も、どこにフォーカスを合わせるかを厳密に決める習慣がある。子供を撮影する時だって、子供のどこかに、ではなく、顔のどこか、でもなく、右目のまつげに合わせる、という心構えなのだ。もちろん、ある程度絞りは絞るから、一定の被写界深度はあり、まつげ以外はピントが合っていない、というような写真を撮っているわけではないが、どこか一点、完全にフォーカスを合わせるものを決める。もし複数合わせたいのなら、そういう構図を考えて自分が動く。 今、愛用しているEOS5Dというデジタル一眼レフのボディは、コンタックス用のツァイスレンズをアダプタをかまして装着するために購入したのだが、最新のAFも試してみようと、キャノンの50mmF1.4も買ってみた。なかなか良いレンズで、ちゃんとした写真が撮れる。直線もゆがまないし、色もまあまあ。しかし、なにか、ピントを合わせづらい。その辺のどこかにピントが合う、という感じなのだ。同じ50mmF1.4でもツァイスのプラナーならそんなことはない。どうもAFだと右目のまつげ、という感じでは合わせてくれない。それを要求してあれこれいじるくらいなら、手動で合わせた方がはるかに速いし、簡単だ。 ということで、車もカメラもオートマチックは性に合わない。厳密さを要求しすぎるのだろうか?こういう機械は、入門者には良いのかもしれないが、長年触れてきた人間の感覚に馴染むようには作られていないと思う。 チェロのような楽器も、電子顕微鏡のようなプロ用の道具も、完全に入門者を無視している。私はそういうものを使いこなせるように自分を作ってきているし、上級者の意志に完全に従うことを道具にも要求している。車もカメラもそういう道具でないとだめのようだ。
2008.06.04
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ハイドンのチェロ協奏曲の練習を毎日続けていたら左指が痛くなってきた。小指の一番先端に近い関節だ。理由は明白で、この関節を正常ではない使い方をしているから。この関節は筋肉で意識して動かすと最も伸びたとき真っ直ぐになり、曲げようと思うと45度くらいになるだろう。他動的に(他の指などで外から力を入れて動かす)はもう少し可動域が広くなる。これを協奏曲の練習では真っ直ぐよりもっと伸ばすというか、普通とは反対側に曲げる。3番線と2番線を同時に押さえて、なおかつ1番線には触れない、という形だ。3番線と2番線で五度を取る形で、弦に直角に小指が来ている。小指の先端の骨の付け根と指先で弦を押さえているからこの骨は指板に密着するが、1番線に触れないためにこの関節を逆側に曲げる。 こういう指の使い方は人差し指では子供の頃からやっていた。だから私の左手の人差し指は、伸ばすと反対側に20度くらい曲がる。関節がそのようになっているので痛くない。今習っているチェロの先生は人差し指だけでなく中指と小指も同じようになっている。子供の頃から、協奏曲の練習をしていたからそのようになっているのだろう。私は今回初めてこんな練習をしたから痛くなったのだ。 関節がこれに対応して変形してくれる可能性もあるが、関節炎を引き起こして弾けなくなってしまう危険もある。とりあえず、一日チェロを弾かずにすごして様子をみよう。
2019.08.19
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「チェロの100年史」によると、17世紀にはギターのようなフレット(指板上に横に走る棒、金属製?これによって適当に押さえれば正しい音程が取れる)を着けたチェロが相当数弾かれていたらしい。ヴィオラ・ダ・ガンバにはフレットがあり、当時はヴィオラ・ダ・ガンバとチェロの両方を弾く奏者がたくさんいただろうから、チェロにもフレットが欲しくなる気持ちは理解できる。そう言えばチェロを弾くときにもヴィオラ・ダ・ガンバのようなアンダーハンド・グリップ(手のひらが上に向く)で弓を持つ奏者がいたらしい。 もしチェロにフレットがあると、中間の音程が出せないから、和声や旋律の求めに応じた音程が出せるというヴァイオリン属のメリットが失われる。しかし、そのメリットを享受できるアマチュアのチェロ奏者がどのくらいいるのだろう?同じように中間の音程が出せないピアノという楽器が、特にその欠点を指弾されることなく広まっている。また、フランスのオーケストラの団員である息子の話だと、そのオーケストラの中での音程は平均律だそうだ。 フレットがあるチェロを弾いたことが無いので想像するしか無いのだが、弦がフレットという硬いもので振動を止められた場合、開放弦のような音ばかりになるような気がする。チェロの大きな長所である、さまざまな音色を出せるという特徴が失われるだろう。だが、音色をうんぬんできるアマチュアのチェロ奏者はほとんどいないのだ。 ヴィオラ・ダ・ガンバの調弦にはかなりの手間と時間がかかる。フレット付きのチェロを調弦するときは厳密さが求められるだろうが、上等の電子チューナーとアジャスターがあればなんとかなる。今こそ永遠の初心者のためにフレット付きのチェロを製造・販売したら商売になるのではないだろうか?本人にも聴かされる側にもメリットが大きいと思う。
2025.02.04
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私は性格的に東京人であり、大阪人のように値引き交渉を楽しむというメンタリティは皆無だ。値切った人には安く売り値切らなかった人には高く売るという商人の根性も大嫌いだ。そういう商人と付き合いたくないと思う。 新車を買うと決めたとき、値引き交渉をしなければならないと思っただけで憂鬱だ。外国車やスポーツカーではあまり値引きが無いらしいので嫌な思いをする(しぶとく値引き交渉した人が得をした話を聞くとかなり不愉快だ)ことは無いのだが、今回は普通の国産車で発売からかなり時間が経っている。もっとも値引き交渉を必要とする条件が揃っている。 「月刊自家用車」という雑誌があり、毎号値引き交渉の報告が載る。これによると、本命とば違う車の店にも出かけて見積もりを出させ、相互に競争させる。同じ車を別の販売チャンネルの店で交渉し競わせる。こういうことをやる人は尊敬に足ると思う。きっと楽しんでやっているのだろう。私には考えられない。 この雑誌では毎号、ある車を新車で買うときにどのくらいの値引きが狙えるかが数字をあげて公表している。この最新号でオーラは25万円では物足りない、30万円超を狙え、と書いてある。この数字をセールスマンにぶつけてみた。するとすんなり25万円の値引きを提示してきた。私はプロパイロット以外のすべてのオプションを断っているので、オプション分からの値引きはできない、と言われた。それがどのくらい真実なのかわからないが、値引き交渉をしている自分が不愉快になるので、これで良いことにした。 11年半で8万キロ以上乗っているフィットの査定も25万円ということだ。これも適正価格なのかどうかわからない。ゼロと言われてもそうだろう、と思うし、希少なMTのRSだと思うともっと高くても、と思う。ただ、RS専用の格好良いアルミホイールを盗まれてしまい社外品の安物のホイールなのが減点対象だと言われればそうだろう、と思う。小キズも多いことだし、これ以上交渉する気になれず、それで良しとすることにする。結局321万円の支払いということで決着した。
2025.06.07
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最新の新幹線のシートが自分に合わない。ほとんどの最新の自動車のシートも合わない。これをどう考えるべきなのだろうか。 私の体だけが特別だとは思わない。特に骨にマニアックな興味をもつ解剖学者として冷静に考えてみても、自分の肉体はごく標準的なものだ。それに、ドイツのレカロというメーカーの作る自動車用のシートは完全に自分の身体に合う。今持っているポルシェ・ボクスターのシートも問題ない。 レカロもボクスターも正しい姿勢を強要する。せすじを伸ばし尻を後ろに引き、背もたれに背骨を密着させて座らなければならない。こうすればカーブで横向きの力が加わっても胴体の筋肉を使って支えたりしなくて良い。シートに身体を預けておけばよいのだ。 国産車や新幹線のシートを設計し評価する人は、どうやらそういう座り方を想定していないらしい。もっとシートの上で自由な姿勢をとり、頻繁に姿勢を変えたいのかもしれない。 私はこういうシートに座ると1時間もたたないうちに腰痛の気配を感じるのだが、みんなは平気なのだろうか?
2014.10.21
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iPadというものは本来パーソナルなものだと思う。言ってみれば iPhoneを大きくして通話機能を外したものだから、自分のプライバシーが詰まっている。家族といえども共有するものではないだろう。カミさんと二人暮らしだが、iPad mini4 セルラーモデルは私のものとカミさんのものとが別にある。私はこの他にiPhone7、カミさんはiPad Airを持っている。 今回追加したiPad Pro 12.9インチは楽譜を表示させるということで、カミさんも使う状況がある。高価なので二台買えない。このiPad Proはピアノのそばの私の譜面台が定位置で、カミさんも勝手に触る。顔認証システムにカミさんの顔も登録してある。となると、共有することを前提としてアプリを入れたり削除したりしたほうが良い。 まず、二人とも使うアプリとして楽譜表示のためのPiascoreがある。この他に電子書籍関係がある。私は楽天の電子書籍Kobo、アマゾンのKindleの本を買うが、それをカミさんも読むことがある。どちらが買うにしてもポイントの関係で私のIDで買うから、これが必要だ。また、楽天マガジンも月額400円ちょっとなので契約しているが、これもカミさんが読む。日経新聞電子版も同様だ。また、自分電子化した本を読むのにDocumentsも入れた。自分でスキャンした本や楽譜をこのiPadに送るのにDropbox、Google Drive、One Drive、iCloudを使う。また、録画したTV番組を見ることもあるのでDixim for jcomも入れた。 逆に削除したのはメールアプリすべて、Facetime、Facebook、メッセンジャー、LINEといったコミュニケーションの道具だ。本当は写真というアプリも削除したかったができない。なんとなく二人で使うのは落ち着かない。
2019.06.07
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自作の1号チェロが自分のメイン楽器だが、去年の夏に初めての職人に調整を任せたらすっかり性格が大人しくなってしまった。この職人が下手というわけではなく、彼の客には弾きやすさを評価する人が多いのだろう。私は弾きやすさはどうでも良い。それは自分が対処する。正しい弾き方をしたときにどこまで能力を発揮できるかが問題なのだ。今年の初めに高齢の師匠の店に行って魂柱を作り直してもらったら、以前のような能力を取り戻してくれた。だが、まだ問題が残っている。ピツィカートがうまくいかない。強くはじくとノイズが出るのだ。指板と弦が接触している。これは駒の高さが低くなっていること、指板の反りが正しくないことが原因だろう。初心者は左手の指の力が弱いから、駒の高さが高いと弦を指板に押し付ける距離が増えて指の負担が増える。だからその職人は低めの駒を作ったのだ。 今練習しているラフマニノフのチェロ・ソナタは激しいピツィカートが必要だ。このままでは大人しくはじくしかない。そこで今回、再び師匠の店に行き再調整を依頼した。師匠は高齢で、以前のようにてきぱきと作業ができない。上京の行きに寄って預け、二日後になる帰りに寄って回収するという計画にした。 さきほど、店に寄り引き取ってきた。店で弾いた限りピツィカートでノイズは出ない。ナッツも足をはかせてわずかに上げてくれていた。左指の負担は明確に増えている。弾いているうちに疲れて困るようなら駒の高さを下げることになるかもしれないが、しばらくこれで弾いてみる。
2023.05.12
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テレビでシューベルトのピアノ・トリオ第2番をやっていたので録画して観た。どうにもよくない。とても退屈に長く感じる。集中して聴くことができない。この曲は3年ほど前に一年以上練習して本番で演奏したから細部までよく覚えているが、随所に問題点を指摘したくなる。なんなら私がレッスンしてあげよう、という気分になる。こういう経験は珍しいことではない。むしろ普通と言っても良い。 室内楽を演奏するとき、2つの課題がある。最初の課題は「この曲はどう演奏されるべきか」を考えることだ。よく「アナリーゼ」とか「楽曲分析」と言われる部分だが、隅々まで考え抜く必要がある。2つ目の課題はその考えどおりに演奏することだ。自分が楽器を演奏し始めてから今までに蓄えた技術を駆使して実行する。この2つの課題は独立しているようにも見えるが、関連もある。前者は後者によって制限される。ある技術を持っていない人は、その技術を必要とする演奏プランは立てられないし思いつきもしない。逆もある。このように演奏したいのだが今のところできないという具体的な問題を発見したのなら、その技術を教師に頼んで教えてもらうことができる。良い先生のあてがあるのなら、前者によって後者をレベルアップすることが可能になる。 今回テレビで観た演奏は前者が極めて弱いと思う。ただ漫然と楽譜を音にしている。例えば2楽章の冒頭のチェロのソロ旋律。ここは始まってからピアノに渡すまで1フレーズになるように演奏されるべきだと考えた。4小節で切れて聞こえないように演奏すべきだと。途中の長い音の部分をピアノにつないでいてもらうし、音がやせてフレーズが切れないように弓の使い方に工夫をこらした。だがテレビの演奏では4小節の短いフレーズが並んでいるように聞こえた。それが考えた末の戦略だったのならまだ良いのだが、何も考えずにこうなったのは明らかだ。また、ここでどのような音色を使うかは相当に考えたし、それを実現するためにはずいぶんトライアンドエラーを重ねて個人練習を重ねた。だが、テレビの演奏では、音色を使い分けようとした形跡がない。どこでも同じ音色が使われている。音色を変えるという技術をたぶん持っていない。それは音色を変えるという課題を持ったことが無いからだろう。 この弦の奏者はふたりともプロのオーケストラの人だ。つまり、いつも「この曲はどう演奏されるべきか」という課題は指揮者に任せて暮らしている。自分で考える訓練をしていないのだろう。 プロのヴィオラ奏者になった息子の話をきくと「この曲はどう演奏されるべきか」を考える能力は音楽大学の入試でチェックされることはないらしい。正確な音程とリズムだけが採点対象だという。そうやって音楽大学に入り、卒業してからはオーケストラで指揮者に指示される生活をしている。「この曲はどう演奏されるべきか」を考える力がつくはずがない。
2024.04.18
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天使と歌う [ 愛野 史香 ]価格:1,760円(税込、送料無料) (2025/10/1時点)楽天で購入チェロ、弦楽器、室内楽を扱ったフィクションはそれほど多くないと思う。「船に乗れ」、「持ち重りする薔薇の花」「ヴァイオリン職人の探求と推理」くらいが、すぐに思い出せる。ネットの紹介で最近読んだのがこの小説だ。2025年7月発行だからまだ新しい。図書館にあったのでリクエストして借りた。こういう本はサイエンスの専門書と違って半日くらいで読んでしまう。 著者は薬剤師だそうだが、大学生の時部活でチェロを弾いていたらしい。バッハの無伴奏チェロ組曲についての説明も特に違和感はない。ただ、主人公が使っている弦が上からヤーガー、ラーセン、ラーセン、スピルコアというのに引っかかる。C線が私が嫌いなスピルコアだが、それは多くの人があの音に我慢ができることを知っているから問題にはしない。だが、なぜA線をラーセンでなくヤーガーを選ぶのかがわからない。ヤーガーとラーセンは性格的に似ており、ヤーガーの方が良い点は価格が安いことくらいしか思いつかないのだが。
2025.10.01
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息子の奥方が予約してくれた「アンガス アンド バッカス」という店に行った。アンガスは肉牛の品種でバッカスは酒の神様だ。奥方はあらかじめメニューを見て「シャロレーのステーキ」を確認しておいてくれたので安心だ。 息子はオペラの本番中なので奥方と三人だ。すべて奥方が対応してくれるので助かる。三人ともシャロレーのステーキ、焼き方はカミさんがウェルダン、私と奥方はミディアムだ。ソースは4種類あるが私は胡椒ベースにした。付け合わせはフライドポテトにした。 しばらくして出てきたのは備前焼のような皿にヒレ肉の塊だけが載っている一皿だ。ソースは別の器だしポテトも別容器だ。ソースは皿の空きスペースに出して、ナイフとフォークで一口分切ってソースにつけて食べる。確かに美味しい。ヒレ肉とは思えない味の濃さと硬さがある。脂肪が少ないのは焼く時に落としているのだろう。和牛とは全く違うワイルドな味で、鹿肉に近いと思う。厚さは5センチくらいでちょうど良い分量だ。カミさんはウェルダンだから2.5センチくらいの肉が二枚になっている。 昔、家畜品種学の授業で教わって30年経ってようやく、あの先生のいう世界で一番美味しい牛肉を食べることができて感動だ。
2026.01.10
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近所にヴァイオリンの名手の夫とクラリネットで音大出の妻という夫婦がいる。彼らとブラームスのクラリネット五重奏曲を練習している。夫が第一ヴァイオリンで、我々の弦楽合奏団のメンバーが第二ヴァイオリンだ。ヴィオラはどう探しても近くに見合った力量の人がいないのでカミさんが指名された。もともとはモーツァルトのクラリネット五重奏曲をということだったが、一年ほど練習したあと、なしくずし的にブラームスに移行した。 ブラームスのクラリネット五重奏曲は私の独断と偏見では、すべての室内楽作品のなかのエヴェレストだ。これ以上の名曲は無い。そして難易度も大変なものだ。個人技も高い水準が要求されるがアンサンブルの難しさもすごい。カミさんは固辞したのだが押し切られて弾くことになったのだが、アンサンブルの難しさにまず圧倒された。数えられない、ということだ。そこでカミさんが思いついた練習法がユニークだ。この曲のピアノ独奏への編曲版を探してきて、これをピアノで弾くのだ。 ピアノで弾くのも難しそうだが、これで落ちなくなったようではある。
2026.04.18
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退職して暇なので何か趣味を始めたいと思うのですが、何が良いですか?というような話を聞くことがある。私はそんなことを考えたことは無い。子供の頃から数え切れないほどの遊び事に手を出してきたが、単に興味を持ったからやってきただけだ。興味を失ったたり気が済んだり他の遊びに時間と費用を使いたくなったりすれば止める。 外部要因で手を染めたことの多くは趣味になる。仕事で始めた解剖学・脳科学は今や立派な趣味だ。子供が産まれた時はおむつを替えたり風呂に入れたりミルクを飲ませたりするのを趣味として遊んでいた。カミさんがピアノの仕事があるときに必要に迫られて始めた料理も趣味になった。仕事で覚えた写真も趣味になったし通勤で使った自転車も趣味になった。今の家に来てやむを得ず始めた庭仕事も趣味になっている。他の人はそうでないのだろうか? 人間がやる行為はたいがい頭を使いたくなる要素を含んでいて、そこにチャレンジングな気持ちを持てば、それは趣味になりうる。家事だってやらされれば辛い苦行だろうが、そこに面白みを感じて工夫すれば趣味になる。そう考えればわざわざ趣味を探す必要など無いと思うのだけれど。
2026.05.05
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