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母が回復して、一息つけるようになった。これから仕事が忙しい1ヶ月になる。母が回復してくれて、正直、助かったと思う。母の私への愛情だと思おう。母は数年前にも、意識が混濁し、寝たきりのような状態で老健から病院に入院した。はっきりいって、私はその老健を恨んでいる。絶対にその施設の落ち度だったと、今でも疑っていない。なので、その系列で特養が出来ると、勧められたが絶対にお断りだと言った。介護士さんたちは、本当によくしてくれていたが、看護師さんたちの一部が酷かった。特に主任さんが・・・退所のときに、一人の看護師さんが玄関まで見送ってくれた。その時に、色々問題があることを話してくれた。その方は、いつも声を掛けてくれて、親身になって教えてくれた人。話しながら泣き出した私を、励ましてくれた。「出来ることは全力でする。出来ないことは出来ない。そうはっきり言うんだよ」と最後に言ってくれた。母はその時も、数ヶ月後回復し、違う老健に入り、特養に移った。私は幸福な娘なのかも知れない。何度か母を失うかも・・と覚悟をしてきた。その度に回復してくれた。前より優しくなっている自分がいる。よく言う、死んでから気づく親不孝を、生きている間に気づかせてもらった。今回は特にそう思う。きっと、もう少しで私を思い出してくれるだろう。きっと、また一緒に食事にいけるだろう。今度はあそこに行こう。あれを食べに行こう。そんなことを考えている。
2008.01.29
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昨日、昼食時に間に合うように面会に行った。エレベーターの前が食堂になっているので、扉が開いたら母がこちらを見ていた。手を振ると、頷いている。近づくと、なにやら言い始める。食堂に来てから時間がたっているのに、お茶も出ないと不満らしい。「すぐに出てくるから、もうちょっと待ってね」と宥めて待たせる。おしぼりを貰うと、自分で手にとり、自分で手を拭いている。全然、拭けてはいないのだが、自分でやろうとするので、手出しはしないでいた。食事が運ばれ来たので、取りに行き、母の前に置く。すると、びっくり!自分でスプーンを持ち、自分で食べ始めた!看護師さんが、それを見て「自分で食べてるの!?」と驚いていた。どうもお腹が空いていて、食べたくて仕方なかった様子。お腹が落ち着くと、なかなか食べようとしなくなったので、試しに食べさせてみると食べる。おかずは全量、お吸い物も全量、お茶が半分、主食は2/3程度食べる。洗面所に連れて行き、顔を拭く。鏡を見て髪を気にする仕草を見せるので、ブラシを渡すと、自分で梳かし始めた。これも全然梳かせていない。自分で満足するとブラシを戻すので、受け取り後ろを梳かすと、「ありがとう」と言う。判るかも?と思い、「私誰だかわかる?」と聞いてみると、頷く。「だーれだ?」と更に聞くと、小さな声で何か答える。聞き取れず、「なに?」と聞くと「優しい」と答える。気恥ずかしく笑って「それは、ありがとう」と言うと、頷いていた。帰る時はまたご機嫌斜めになる。「もう、帰っちゃうの?」と不服そうだ。帰ると言ってから、10分位、握手したり、次の約束したりして、帰ってくる。手を振る仕草をさせて、「またね」と手を振ってみると、手を振り替えしてきた。お母さん、頑張ってるね。もうちょっとだね。春、桜が咲く頃は退院して、お花見出来そうだね。
2008.01.28
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やっと、週末になった。しかし明日も仕事!母の「お家に帰ろう」という声が1週間耳から離れない。発作前も、きっといつも思っていたのだろう。家に帰りたいと。でも、自力で歩けない、立ち上がれない、その状態では無理だと自分で言っていた。頭では判っていても、きっと帰りたかったのだろう。私を困らせまいとして、言い出さず、グッと堪えてくれていたのだと思う。そう思い当たり、また泣いてしまった。明日は面会時間に間に合いそうもない。明後日の日曜日には面会に行こう。いつになったら、娘だって思い出すだろうか?
2008.01.25
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検査の結果、一昨日から昼食だけ、ペースト食になった。知らされていなかったので、病室を覗いて母の姿がないので一瞬ドキッとした。すぐに、もしかしたら!と、食堂に急ぐ。母が車椅子に座って、食べさせてもらっていた!「食べてる~!?」と思わず声を出してしまった。看護師さんとバトンタッチをして、食べさせてみた。途中、何度も「もう、いらない。」(意思表示が出来る!)と言うのを、「あとちょっとだけね。これだけね。」と騙し騙し、食べさせてみると8割ほど食べた。最後に少しむせたら、看護師さんが「無理しないでいいですよ。」栄養は鼻からまだ入れてるから、大丈夫というので、やめておいた。私のことは、自分の妹だと思っていて、看護師さんに「妹です」と紹介していた。いつも大発作のあとは、妹だという。食後に口の周りを拭き、鏡の前に連れて行き、髪の毛を梳かす。話しかけていると「お家に帰ろう」と言う。寂しそうな声と顔をして・・・しばらくして、帰るねと言うと首を横に振る。また来るからと言っても、首を横に振る。不機嫌そうな顔で、プイッと顔をそむけてしまう。心を残しつつ帰る。嬉しいのと、切ないのとで、涙が出てきた。退院しても家には連れて帰れない。ごめんね、お母さん。面会に行くから、だから許してね。
2008.01.21
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母の主治医と話すことが出来た。元気になってきたが、栄養摂取について考えなくてはいけない。口から摂れればいいが、無理な場合は胃ろうにした方がいい。遂に胃ろうか・・・嚥下機能が回復するか、可能かの検査を今週中にする。母の妹(私から見たら叔母)は胃ろうに反対していたので、電話で説明した。まだ検査結果が出ていないので、決定ではないけれど、胃ろうになるかもしれないと。「あーそれはねえ・・・」と言い出す叔母の言葉を遮り、「意識もあるし、栄養取れるなら、やりたいと思うから。」と言った。叔母は姉と私が相談して、いいと思う通りで構わないと言う。しかし、迷っている。ほかに手立てがないのなら、するしかないと思うが・・・。検査結果が良好であることを祈ろう。
2008.01.15
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90歳の母親を介護していた娘が病死。母親は衰弱死。このニュースを読んで、泣きそうになった。病死した娘さんの無念さや、母親をどれだけ心配し、心残りであったでしょうか。母親もまた、動かなくなった娘をどんな思いで見ていたのだろうか?自力で動けない母親が、どんなに不安で悲しかったことか。独り身の私も、将来不安を感じる。独りで逝く覚悟は出来ているが、何日も気づいて貰えないのは、正直嫌だと思う。最期は家でと願う人が多いが、私は病院で最期を迎えたい。まだ先の話だとは思うが、いずれにせよ、母より先に逝くことは出来ない、したくないと思う。この娘さんも、きっと常日頃、そう思っていただろうに・・・ご冥福をお祈り致します。
2008.01.09
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仕事始めの日、会社に向かう道で、メジロを見た。鉢植えの木の枝にとまっていた。職場は一応、東京23区内。近くに大きな公園もあるので、意外と緑が多い地域かもしれない。それでも、メジロを見るのは初めてだった。ただ、それだけのことが嬉しく感じた。春の花咲く頃に、また顔見せに来てくれるといいな。
2008.01.08
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母の回復は目覚しい。意味は判らないことが多いが、よくおしゃべりをする。時たま、意味の合うことを口にする。髪の毛を梳かしていたら、「あらー気が利くわね」「ありがとう」と言う。判るのかも・・・!?と思い、「私、誰だか判る?」と聞くと怪訝な顔をする。家族だとか、娘だとか、そういったことは、まだ判らないようだ。人間は強欲だ。危なかった時期には、判らなくてもいいから、目覚めて欲しいと思ったが、回復すればしたで、思い出して欲しいなどと思う。命を取り留めただけで、良いのだと思わなくちゃ。
2008.01.07
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