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ネットもリアルな世界。 だから、こうして本名を明かさないブログでもマナーってすごく大切。 だって画面の向こうには、ココロを持った人がいる。 私にとって、楽天ブログで出来た仲間は特別な人たち。 システムが変わって、プロフィールにナイス!してくれたり コメントくれたり、小さいつながりも感謝いっぱい。 2004年。 始めたばかりの頃から、ずっとお付き合いのある人たち、いつもいつも 本当にありがとう。 ココに私がブログを持ってます。ってお伝えした数少ない人たち、 信頼できるから素顔の私を見て下さい。って思ってる。 大切なひとばかり。 出会った年月は関係ない。 人のことを変えようとしても無理だよ。 人が変わるのは、自分が変わること。 自分のココロを素直にすること。 それしか無いよ。 ネットだからこそ、文字には注意しなくてはならない。 言葉にはチカラがある。 そのチカラをわかっていないから、簡単にココロを裂くようなことを 言えるし、書けるんだね。 ************************************* どうしても、書いておきたかったので、こんな日記になりました。 しかも深夜。 ココはそれだけ大切な場所なのです。 *************************************
2013年08月25日
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【送料無料】訪問者 [ 恩田陸 ]価格:650円(税込、送料込)恩田陸 「訪問者」祥伝社文庫久し振りの恩田作品です。読後感は、すっきりしないです。いつもの不思議な世界へ引きずり込む感じも無く、読者が迷子になるんじゃない?って冷静に読んでいました(笑)2時間サスペンスっぽいのに、ムズムズします。どうしてなんでしょう?登場人物が多すぎるので、もう少しだけタイトにしてくれたら良かったのになあ・・・と、辛口になってしまいます。恩田作品は、不思議な世界でフワフワっと引き込まれてわからないけど良いんだよね~っていうのが魅力なのです、私にとって。消化不良なのですが、スラスラと読めるのは変わりません。きっと私の期待度が高すぎちゃったのでしょうね。
2013年08月24日
夏は活字が恋しくなる。 だから、文庫もフェアをやるのかな? 課題図書で、小学生に感想文を書かせるのもそうなのか? 大人になって思う。 読書感想文が書けなくても、いいじゃない。 ちゃんと本を読んだのなら。 先生に出すための読書感想文。 始業式に間に合わせるためのもの。 それを強要すると、親が代筆するのもあったりして・・・ ある友達のお子さん。 ちゃんと本は読んだけれど、原稿用紙2枚以上という規定が 彼を苦しめたようで。 「感想はいっぱいあります。 でも800字までは書けません」 と書き出しに書いたそう。 これは良いとも悪いとも言えないな。 ある学校では、感想文が書けない人は、何でもいいので気持ちを「絵」にしましょう。 という課題になったそうだ。 こちらのほうが逃げ道がありそうだ(苦笑) 私のように読むも書くも好む人もいる、上手い下手は別として。 でも。運動は全然ダメで、マラソン大会は雨を願う子どもだった。 みんな違っていいんだと、大声では言えない小学生時代だけれど、 おサボりでないのなら、無理しなくても良くないかな? と感じる夏休みの課題にひとこと言いたかった。
2013年08月23日
実はこのブログ、10年目にも関わらず お友達、知人の方を合わせても書いているのを知っているのは10人も いらっしゃらないという・・・ どうでも良いようで、自分は今更ながら衝撃の事実。 だから書ける話もあるって。 ・・・妙な前置きしましたが、別にどうということはありません。 お盆を迎えて、病院もお休みになるので、 必要なお薬をいただき、心配なところを相談してきました。 この土地に20年住んでいますが、 信頼できるお医者さんを探すのに10年かかりました。 今 婦人科、歯科にかかっていますが 症状を診るということはモチロン、ココロをケアするスペシャリスト。 いつ受診しても、患者の話を必ず目を見て聞き、急がせない。 お話もたくさんして下さる。 病院なのに、笑顔もある。 ・・・なので、当然混んでます。予約も先までいっぱい。 それでも、どんなに待ってもこの先生がいい。 素敵な町のお医者さん。 2011年、3月の震災のあと、大きく体調を崩しました。 この時に、誰よりも親身になって下さったのが この2人の先生なのです。 今日、その先生のところにお薬と治療に行ったら 「makoさん、最近どんどん体調が戻っていて良かったですね。」 と、まるで打ち合わせでもされたかのような言葉。 嬉しかったです。 書店に勤務していた時に、 「全国の名医○×△…」 というムック本が、飛ぶように売れていました。 TVで紹介された翌日は、問い合わせも多かったのを憶えています。 そこに名を連ねることは無いけれど、 いちばん頻繁にお世話になるのが、町のお医者さん。 きっとどの町にも、こんな風に素晴らしい先生がいらっしゃるはず。 ただ心配なのは、多忙過ぎるので 先生方がランチを食べる時間が殆ど無いこと。 まだまだ40代と50代の元気そうなお二人ですが、 「患者さんにいつも心配される」と聞いて、苦笑してしまいました。 お盆はゆっくりお休み下さい。って感じですね・・・
2013年08月13日
久し振りに真剣に、高校野球を観ている。 用事で観れない時は、夜に録画したものを観ては一人感動の涙を。 今日はリアルタイムで観れるので楽しいったらない♪ 我が娘の高校は地区予選で敗れてしまったので、 特に思い入れのある学校はない。 でも、泣かせる試合が多いなあ。 夢の甲子園でプレイ出来るのが、きっと幸せなんだろうな。 ひっくり返せないくらい点差があっても、最後の最後まで諦めない。 食らいついていく。 どんなに点差に余裕があっても、緊張感を切らさない。 ブレない選手たち、さすがこの舞台に来ただけの心技体。 画面から気迫が伝わると、グッときてしまう。 来年は、とにかく観に行っちゃう? これ、実現しそうな予感。 **************************************** NHKの実況はやっぱりいい。 きっとこの夏もスター選手が生まれるだろうけれど、どの選手にも 温かい言葉でアナウンサーがエールを送っていると 全員を応援したくなる。
2013年08月10日
感謝。 ずっと探していたものを見付けて、迷わずに手を伸ばしました。 積年の重荷が取れたので、心にスペースも生まれるでしょう。 その空間に、47歳の大人は何を入れようか? あれこれ考えるのも楽しくワクワクします。 ナビゲータ-になってくれたのは、憧れの女性。 たくさんのことを教わっています。 何年か前まで、年齢を重ねる現実がとても嫌な時期があり 若さ=美しさ=価値 と勝手な定義に振り回されていました。 それが変わってきたのはココ最近のこと。 周りを見渡せば、素敵な人がたくさん。 芯があって、大人で、心が丸くて広い。 それぞれに多くの経験を持っていて、 引き出しがいっぱい、収納力のあるクローゼットの様です。 一人っ子でありながら、厳格な家庭に育った私は 両親や大人の顔色を見ながら過ごしていました。 それ故か、甘えるということをあまり知らずに大人になったので 生きにくくなったこともありました。 家庭を持って、子供が成長して40代。 難しい年代だと「思い込んで」いたことにようやく気が付きました。 確かに体力は、20代とは違い、家族に対して責任もあるけれど 重ねた時間には、自分だけの宝物がたくさん詰まっているのだと。 先週、凹んだのは ココロを切り替える為に起きたこと。 これからは意識して、自分を生きやすくしてあげようと考え始めました。 この先、今こうして書いたことをきっと忘れないでしょう。 大人スイッチ、やっと見付けて、入りました。
2013年08月08日
そう、それは私のこと。 忙しいならカッコつくのですが・・・。 今日は、想像以上に緊張状態になり、そこから解放され、家路に着くまでの1時間。 * 新宿駅でバッグをひっくり返す * ヒールのカカトを乗り換え駅でエスカレーターに挟む * そのことに気を取られ、乗り換えホームを間違える * ここらで落ち着かないと、また危険だと思ったら日傘を電車に忘れる * 最寄駅で再びヒールのカカトが平地に引っかかる * 忘れたはずの日傘をバッグと一緒に持っていることに気づく 結局、自分だけでアタフタして無事に帰宅出来ました。 思えば、少し前に剥離骨折した時も、こんな一日の最後だった。 階段から、コケる自分をスローで思い出せてしまう衝撃と激痛。 目指す女性像は妄想の彼方へ。 今週は、手帳上で「忙しい」ので要注意。(遠い目・・・)
2013年08月05日
日記を書いて、数日経って読み直すと どこかしら表現が気に入らなくなったり、誤字で 編集し直ししています。 10年前に、ここでブログを開設したときの日記は 読み返すことすら恥ずかしく、何度も削除しようと思ったものです。 でも、自分の為に残すことにしました。 まあ、そういう時もあったなと。 過去の日記で、一度だけ私はとんでもない「毒」を吐き出しました。 ある個人に向けて、徹底して怒りをぶつけて書いてアップしたことがあります。 書いている時は、ストレスの発散にもなったのですが アップしてしまうと、急に客観的な目線になって 自分を恐ろしく思い、削除したのを忘れません。 言葉のチカラって、それだけ強いのですね。 何年経っても、もう二度とあんな書き方はしない。と決めています。 先週、私は一時間近く「言葉で刺され、ボロボロ」になりました。 喧嘩とも違い、話し合いとも違う。 ただ受身の罵倒に耐えた感じです。 こう書くと耐えた自分に、自分で同情しているように聞こえるかもしれませんが、 そんな甘いものでもありませんでした。 原因は、言われてしまったからには私にあるのでしょう。 でも、同じことが私に起きても絶対に罵倒はしないと言い切れます。 言葉のチカラをこんなやり方で使うと取り返しがつきません。 その言った人の一時の感情かもしれませんが、 受けた側は忘れないし、削除も編集も出来ないからです。 それだけパワーを持つものは、プラスの時にだけ使えば良い。 今回、凹みながらも学習しました。 相手の良いところを、見付けて頭で整理して言葉にする。 もしくは文字に載せて伝える。 不満は、思った半分以下のトーンになってから言う・書く。 それまでは、ココロはニュートラルにしておく。 これは相手との関係にもありますが、 思いやりの気持ちです。 相手の人にも、自分にも精神的に良いことではないのです。 その言葉の数々、口から発した本人は「言ってスッキリした」とのこと。 余波は後からくるかもしれないのに。 大人なので、日々たくさんの人の思いの中に自分も常にいます。 相手を思い通りに出来ないと爆発するのは、論外です。 美辞麗句だけで、過ごすのも無理がありますが 言葉を大切にするキモチは忘れないようにしようと せめて心掛けておけば、自分が誰かを傷つけることは最小限になると信じています。 逆に、プラスに使うと言葉は本来の輝きをもってチカラを発揮しますよね。 私はついこの間、誕生日を迎えました。 その時に、たくさんの優しい言葉にチカラをもらって、立ち直りつつあります。 言葉の刃は、言葉のクスリによって救われました。
2013年08月02日
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