かりん御殿

かりん御殿

June 16, 2004
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カテゴリ: 旧(時事/社会/家庭)
少年犯罪(と、ひとくくりにしたくないけれど)が起きる度に思うのは...
「親って損」
「育児って損」
って思う人が増えるんじゃないかなぁ...という事。

ネットの掲示板などを読んでいると、そのうち

「親になるのは自己責任(^^;)」

とでも言われかねない世の中になっている様な印象を受けるのだ。
とほほほほ。


ネットから離れて政府を見ても
少子化、少子化と騒いでいるのに
その足下から「親を市中引き回しにしろ」云々の発言が
ポンポン出てくるし
「産め」と騒ぐだけで
「産んだ後」の具体的な対策は粗末なかぎり...
結局の話、子供という社会の宝・社会の将来を案じるのではなく
お金がほしいだけじゃないか...と
国民が白けても無理は無い。
今、既に生きている子供が大切にされていなければ
これから生まれてくる子供の数が増えるわけ無いのだ。

「ゆとりの教育」と騒げば
逆に塾通いが盛んになり、
(「学校が本来なすべき役割?」をはたしている塾も少なくないらしい)
却って「ゆとり」の時間は減り、
少年事件が起こる度に
「命の教育」と騒いでも
具体的に何をやっているのか、さえ、見えてこない。

あぁ、なんだか、お先、真っ暗......。

これじゃ、政府にも



って言われてるみたいなもんじゃないか?
(バカヤロ~~~~~~~~)


「こんな社会だし子供は諦めた方がよいかもしれない」
「こんな社会に子供を送り出すのは無責任だ。」
と思う人が出てきても、もっともだ。

子供が生まれなければ
そして、生まれた子供が育てられなければ
その社会は終わってしまう。

社会の人が全て
育児を否定的にとらえはじめたら
その社会は確実に終焉する。
そして、その社会の終焉こそ
育児を否定する人々の望む事なのだ。

それは
「こんな社会は無くなるべきだ。」
という積極的なメッセージなのだ。

「自分の生活ペースを子供に乱されたくない」
という一見、自己中心的に見える理由の裏にさえ
「社会の将来は、どうでもいい。」
→「社会が無くなっても構わない」
というメッセージが隠されているのだ。


でも、でも、
本当にいいんですか?
あなたの住んでいる社会が、将来、消えてしまっても?


若い時は、
明日が無くても良いって思う事もあった。
でも、今は
明日を下さい、と天に祈っている。

何故?
その答えは
子供達が教えてくれた。
育児によって学んだのだ。


育児って一体何だろう?


育児は疲れる。
体力的な疲れ...
精神的な疲れ...
気持の良い疲れである事もあるが
ただ単にドドっと疲れるだけの事もある。


育児は修行だ。
毎日、毎日、新しい問題が出てくる。
毎日、毎日、体当たり。
毎日、毎日、試行錯誤。
毎日、毎日、責任感。

過去と体面せざるを得なくなる..
自己を直視せざるを得なくなる..
(これは辛い経験にも楽しい経験にも成り得る)


子供は天からの「授かりもの」と、よく言われるけれど
私は「あずかりもの」だと思っている。
子供は親の所有物じゃない。
大切にあずかって育んで大切に社会に返す
大切な「あずかりもの」。

自分の血を受け継ぐ子供も
縁があって結びついた子供も
子供は皆、大切な天からの「あずかりもの」。


実際に育児をしてみないと理解らない事
こればっかりは、実際に育児をしてみないと理解らない(^^;)。

育児は楽しい!!!
でも、どんな事が楽しい?って聞かれても
こればっかりは、実際に育児をしてみなくっちゃ理解らない
としか答えようがない。

その楽しさは、
お金や数字の様に目の前に出せるものではないから。


「育児」には成績表は無い。
しかし成績を付けたがる人が結構、多い....

結果ではなく、まず、過程なのに
結果を求めた(求めさせられた)育児の多い事、多い事。
それじゃ楽しめないんじゃないだろうか?
もったいない....


人が成長していく様を至近距離で見る..
人の形成にドップリ関与する..

責任は重い。
だからこそ、貴重。
だからこそ、愛しい。


ひとつの命は、
長い長~い「生命(いのち)の鎖」の先に、ぶらさがっている。
長い長~い「生命の鎖」は
あちらこちらで結びついたり分かれたりしながら伸びていくのだ。
鎖の先に新しく鎖がつながるかどうかはわからない。

鎖の先端である自分が
新しい鎖をつなげている...
それに気付いた時
自分が莫大な長さの鎖の一つだった事を実感した。
自分につながって来た鎖の重みを実感した。

責任と同じ重さの喜びを感じた。

育児に苦しみや悲しみが無いとは言わない。
でも喜びは
苦しみも悲しみも、全て吸い取る力を持っている。

苦しみや悲しみ、そして責任の重みが
喜びの重さを増す。


育児を体験しなくても、こんな事が理解る人はいるんだろう。
でも、私は、育児を体験して、やっと、これが理解ったのだ。


「こんな社会」
無くなるべきなのか?

べき、か、どうか、は、わからない。

でも、私は、
私を生み育ててくれた社会を無くしたくない。
鎖を私のところで、止めたくない。

私は、所詮、一つの鎖。
莫大な鎖から遺伝子によって
「生きる」というメッセージを植え付けられている。

自分の子であろうとなかろうと
生命の鎖を継続させるために
大切に大切に子供を育てる。
そして、その育児を楽しめる様にプログラムされている、
そんな一つの鎖に私は過ぎない。


自己責任?
望むところだぁぁぁぁぁ!!





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Last updated  June 16, 2004 10:56:34 PM
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