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皆さま、お元気ですか?4月から始まった朝ドラ「虎に翼」のロケ地が、名古屋市内で行われたことをご存知ですか?※ロケ地の画像は、全て拝借しています。名古屋の中心にある「鶴舞公園(つるまこうえん)」の噴水搭⛲️と公会堂(国の重要文化財、築90年以上)です。噴水搭は当初明治時代に作られ、昭和時代に再建されました。ドラマの設定では、東京の日比谷公園(戦前)のようです。ご訪問、ありがとうございます皆様のおかげで、順位は上昇傾向↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします戦前の東京家庭裁判所の撮影は、名古屋市市政資料館(現公文書館)で行われました。ネオバロック様式の立派な建物ですが、元名古屋家庭裁判所で、内部の大階段やステンドグラス等も素晴らしいです✨この大階段は、「華麗なる一族」等のドラマや映画の撮影もされています。市政資料館は、名古屋家庭裁判所だった当時主人公のモデル三淵嘉子さんも女性初の判事として赴任したそうです。実家や自宅に咲くサツキや薔薇🌹です✨今回は、名古屋のドラマ撮影された場所を一部紹介しましたが、まだまだ素晴らしい文化財が沢山あります😋是非、機会があれば、訪れてみて下さいね❤️暑さに身体が慣れていない時期なので、ご自愛下さいね😉
2024/05/26
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皆さま、お元気ですか?12月に入り、冷え込むようになりました。とうとう灯油ファンヒーターの出番ですが、ウチのDKは昔ながらの石油ストーブを使っています😃朝起きると、味噌汁やお茶のやかんを温め、加熱・加湿・暖房の一石三鳥です✨停電の際も、乾電池さえあれば点火するので、非常時用としても、手放せません😋但しタイマーで自動に消える機能がないので、常に消火を考え、出発の15分前には寒くても消すように心掛けています😃ご訪問、ありがとうございます皆様のおかげで、順位は上昇傾向↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします実家の近くにある東山荘(とうざんそう)は、かつて私邸でしたが、名古屋市に寄付され、市長官舎等を経て、現在は貸し部屋としてお茶会等に利用されています。毎週末実家の管理に行く際、通ります。写真は12月2日撮影しましたが、🍁が未だ残っていました🌸ご参照下さい「名古屋市東山荘(とうざんそう)・画像1 2006/07/06」「名古屋市東山荘(とうざんそう)・画像2 2006/07/07」時々結婚式前撮りの和装カップル👫を見ることもあります♥️自宅に咲く菊と秋🌹です↑と同時期に撮影✨菊は他の品種も盛んに咲いているのですが、🌹はもう今年最後だと思います😅12月は、現在懇談会と通知表の仕上げで多忙な毎日ですが、冬休み⛄️🎅🎁✨を楽しみに頑張ります🤛ずいぶん冬らしく冷えて来ましたので、ご自愛下さいませ。
2023/12/05
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皆さま、お元気ですか?自宅プランターのキキョウが先月から咲き始め、今次々と開花しています❤️紫がメインですが、薄いピンクも咲きます❇️ベゴニアは、雑草のようにドンドン増え、真夏でも咲きます😃ご訪問、ありがとうございます皆様のおかげで、順位は上昇傾向↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします新栄町駅近くにある「横山美術館」「七宝の美」展の招待券が当選し、学芸員のギャラリートークのある日に出掛けて来ました❤️かつて美術工芸品が多く作られ、それらの輸出で外貨を獲得し、そのお金が近代国家建設の鍵となりました。かつて海を渡ったものが少しずつ里帰りし、技と技術が再発見されつつあります。七宝焼きの特別展示は、名古屋や海部郡七宝町(現在、あま市)で作られた「尾張七宝」も、展示されています😃なかなか見応えのある展示です(7月24日)横山美術館は、焼き物のコレクションがメインで、昨年も見学し2回目の訪問です😆🎵🎵「横山美術館と飯島屋ランチ♪ (2021/09/20の日記)」常設展はオールド・ノリタケを中心に、当時輸出した西洋人形等も展示されています😃基本的にフラッシュ無しの撮影はOKです😍写真📷️撮り放題ですから、デジカメ、📱を持参されるのをオススメします😋す最近、親の介護関係で多忙な日々が続き、こういう非日常を味わうとリフレッシュできます❤️私の1学期の勤務は7月15日で終了し、約1ヶ月半無給の夏🌞休みになります😃学校は、7月21日から8月31日迄夏🌞休みです☀️これから、夏🌞本番、体調にご留意されて、お過ごし下さいね😃
2022/07/17
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皆さま、お元気ですか?数日前から、急に蒸し暑くなりましたね😅犬山旅行の続きです✨初日、「国宝 犬山城」見学を終えてから、ホテル迄路線バスはなく、タクシーを📱予約し、ホテルに向かいました🎵「サンパーク犬山」は元公共の宿で、現在はフィットネス兼ホテルですが、お客さまのほとんどがフィットネス会員で、ホテルと兼用の大きなお風呂(♨️ではありません)に入って帰る人が多いみたいです。私達は、「シニアプラン(宿泊者の内最低1名が65歳以上が利用できる)」日曜日~金曜日泊のお得日で、2食付き@8000円(値段は変動型)で宿泊しました❤️値段は安いですが、全室喫煙室(令和の時代に😫)は現地に着いてから知りましたが、灰皿のある古い部屋でタバコの臭いが部屋全体に染み付いていましたが、窓開け放しで換気し、空気清浄機をフル回転して、ギリギリ我慢しました😅私達のようにタバコの臭いが苦手は方は、避けた方が良いと思います夕食は、白帝御膳@2200円をチェックイン時に食べる時間を予約し、併設した小さなレストランに向かいました。調理(?)、配膳、レジ共、フロント(フィットネスフロントと兼)のスタッフが担当してくれました。料理は普通の定食で、料理や吸い物が熱い状態で提供され、味もまあまあ、特に印象のない感じでした。お客さまは、朝食共に私達が貸し切りでした💦ご訪問、ありがとうございます皆様のおかげで、順位は上昇傾向↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いしますお風呂♨️はフィットネスの人が多いので、部屋のユニットバスで我慢しました朝食も時間予約制で、↑のような昔ながらの朝ごはんで、熱い味噌汁と卵かけご飯が良かったです😋一人8,000円の一泊二食付きですから、キャンペーンの特典(半額ポイント還元等)を考えるとホテルの不満は仕方ないですねチェックアウトし、タクシーを呼んで「犬山文化資料館(城とまちミュージアム)」ヘ。10時30分から併設のからくり人形館で、スタッフによるからくり人形の実演がありました😋茶運び人形、山車からくりの実演を見学し、ビデオでも犬山祭りでのからくり人形操作の映像が見られます少し「おかげ横丁」に似た城下町を南に歩く🚶と「どんでん館」に入り、山車からくりの本物を見学をしました❤️犬山の文化を色々体感した小旅行でした😍帰りに伏見で用事があり、ランチを駅の近くの「上海美食」で食べました。ミニラーメンとミニ炒飯のランチセットが@600円(税込)でした😋パラパラ炒飯とミニラーメン、安くても大陸系中華としては😋🍴💕最近、観たかった映画「エリザベス」を久しぶりに映画館で観ましたが、なかなか面白い構成の映画でした😊オススメの映画です✨最後に、🍒の画像です。山形の🍒ですが、弘法屋で上等の見切り品(山形産、粒が大きく、艶やか)を買いました🎵🍒は量の割りに割高感があり、滅多に買えません💦「あいち旅eマネーキャンペーン」&岐阜割が、7月14日迄延長されました🎉また、お得に愛知県に宿泊する機会が延長しましたので、東海ブロック(三重県を除く)の方は、是非ご利用下さいね🌸猛暑が続きますので、ご自愛下さいね🎀
2022/06/26
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皆さま、お元気ですか?今日は敬老の日、私の旦那も65歳になり、高齢者の仲間入りです🎵9月19日、友人と新栄町近くにある「横山美術館」に行きました🎵懸賞で当選したから初めて行きましたが、入館料が千円もするので、なかなか行く機会がありませんでした😅敬老の日は、毎年65歳以上の人は入館無料みたいですが、私も友人も該当しません❌ご訪問、ありがとうございます皆様のおかげで、順位は上昇傾向↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いしますオールドノリタケ始め、企画展「近代日本の礎となった 明治・大正の焼き物」では薩摩焼・九谷焼・京都焼・萬古焼等の名品がずらり展示されています🌸※館内の展示物は、フラッシュ無しの写真📷️撮影、SNS掲載いずれも可能です👌常設展も、洋風・和風とテーマ毎の展示で、見応えがあります🎉四階の企画展では、特に選りすぐりの焼き物の逸品が見られます❤️写真📷️撮り放題ですから、デジカメ、📱を持参されるのをオススメします😋美術館から歩いて15分程、高岳駅近くの西洋食房飯島屋へ向かいます(↑画像は以前のもの)🚶💥西洋食房飯島屋は過去に何度も紹介していますが、国際センター近くの「飯島屋 名駅店」は2017年に閉店しています❌日祝ランチ@1200円(メニューは日替わり)を頼みました❇️ミニサラダ、メイン(この日は、タラのクリームソース、温野菜添え)、ライス(パン🍞も選べます)、食後の飲み物☕️🍹、デザート(自家製シュークリーム)が付きます🎀何れも、家庭的な洋食の定番の美味しさ😋🍴💕ライスが選べるのも、嬉しい近くだったら、もっと通いたいです😊三連休の1日をのんびりと友人と楽しめました🌸日頃多忙なので、たまにはこういう休日も良いものです☀️季節の変わり目なので、ご自愛下さいね🐤
2021/09/20
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皆さま、お元気ですか? 秋のイベントも先週末に無事終了し、通常業務に戻りました😃 文化の日に特別公開された名古屋市公館内部のゴージャスなホールです❣️ ご訪問、ありがとうございます 皆様のおかげで、順位は上昇傾向 ↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします ホールを含め内部は通常非公開で、年に二回だけ公開します。ホールの扉飾りとレッドカーペットの階段です❣️ 要人のおもてなしや表彰式、パーティー等で利用されます💓 同日公開された愛知県庁の貴賓室で、普段は非公開です❣️ 主に皇室関係や国内外の要人等が利用されます😃 とても気品ある重厚な空間で、年代物の金色ジージー電話は今も現役です✌️ 文化の日の少し前の土曜日に特別公開された名古屋市市政資料館です。 この🏚️建物は、元裁判所でとても重厚で趣きがあり、名古屋市役所や愛知県庁と 同様映画🎬やドラマの撮影🎥🎤にもよく利用されています🌟 普段から内部公開されていますが、イベント🎪では特別公開やスタンプラリーもあります💓 最後に月1花🌸屋さんのフラワーアレンジです💞 毎年11月は、クリスマスツリー✨🎄✨をイメージしたアレンジ🌼です😍 11月にクリスマスツリー✨🎄✨アレンジをするのは、12月は通常レッスン が休みでオプションで年末お正月アレンジを行う為です🤣 季節の変わり目で、朝晩冷え込み❄️ますので、ご自愛下さいませ😃
2019/11/09
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皆さま、お元気ですか? 昨日24日迄名古屋城本丸御殿で開催された[夢童由里子の世界展]を見て来ました🎵 夢童さんの講演会は生前一度聴講したことがありますが、京都弁でからくり人形のことやまだ建設中だった本丸御殿の話を熱っぽく語られたのを思い出します😍 ご訪問、ありがとうございます皆様のおかげで、順位は上昇傾向↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします 彼女の作品は妖艶で豪華な衣装を纏い、コンピューター制御のからくり人形は繊細な動きで特にキラキラ✴️の入った目が魅力的です❤️ 毎年春姫道中を開催し、本丸御殿の再建に尽力されたかいあって、今回の期間限定の展示をきっとあの世から喜んで見ていらっしゃると思います😃 これからも、本丸御殿のイベントは要チェックです😍
2019/03/25
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皆さま、お元気ですか?私は明日から二日間開催される作品展の準備で多忙な毎日、残業続きでようやく今日準備が完了しました👍10月31日は、ハロウィン🎃名古屋観光ホテルロビーのハロウィン🎃デコレーションです❤️ご訪問、ありがとうございます皆様のおかげで、順位は上昇傾向↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします今年6月22日に完成した名古屋城本丸御殿の特別公開(9/29(土)〜10/22(月))で、復元ではない本物の襖障壁画重要文化財「竹林豹虎図」です。戦時中に襖画のみ疎開し、戦火を逃れました✌️復元された御殿の内部です😃豪華絢爛な御殿が見事に復元され、見応えがあります✨休日や混雑時には、入場制限しており御殿入場に待ち時間があります😥私達は、祝日午後約40分並びました😢今週は土曜出勤(月曜代休)ですが、作品展の打ち上げ🍶😆🍺があるので楽しみです😍
2018/10/25
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今は師走ですが、11月下旬に行われた白鳥庭園の紅葉🍁イベントと覚王山北にある相応寺(そうおうじ)の特別ご開帳イベントを紹介します白鳥庭園内の紅葉ご訪問、ありがとうございます残念なことに、順位は下落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします名古屋市熱田区にある白鳥庭園では、四季折々にイベントが開催されます😃◆今年も‥11月25日土曜に紅葉イベントがあり、コンサートに出掛けました(^-^)vおしゃべりピアニストひらめこと平松八江子さんのライブにいつもゲスト出演する友森美文さん🎵お二人共音楽の教師、毎回息のあったハーモニーや独唱を披露してくれ、バックの紅葉🍁も映え、素敵な❤️1時間でした\(^-^)/◆次は‥覚王山北にある相応寺(徳川家康側室お亀の方菩提寺)のイベントです11月23日に[相応寺のつどい]が開催され、呈茶券+資料500円で秘宝涅槃図のご開帳と住職や研究者の講演会に参加できました(^-^)v涅槃図以前は寺の傾斜を利用して京都の清水寺にあるような舞台を作る予定だったそうです。◆名古屋市内にも‥由緒や趣きのある寺社は多く、最近は寺社巡りを案内するボランティアも多く、ネットで検索すると色々見つかります❤️最近の画像も、一つ。栄地下クリスタル広場のクリスマスデコレーションですFirst updated 2017/12/15 02:50:29 PM
2017/12/15
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皆様、お元気ですか?11/3の文化の日、「第17回歩こう!文化のみち」で特別公開(いつもは非公開)された名古屋市役所と愛知県庁(本庁舎は、いずれも重要文化財)を見学してきました。このイベントは毎年文化の日に開催されており、基本的にいずれの役所も特別公開があります。第17回歩こう!文化のみちご訪問、ありがとうございます残念なことに、順位は下落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いしますいつも、ありがとうございます最初に名古屋市役所で、普段見られない4階貴賓室の一部(映画「贖罪の王様(2013/東宝)」等で撮影)や5階正庁(ドラマ「LEADERS(2014/TBS)」等で撮影)を見学しました。【名古屋市役所(正庁と貴賓室)】◆話題の名古屋市長 河村たかしさんの‥市長室も、入口から見られました(入場は不可)。昭和初期(昭和8年)に建設されたので所々アール・デコ調の装飾があります(最初の写真)。◆名古屋市役所は‥愛知県庁と同じく、お城のようにシャチの屋根が付いた帝冠(ていかん)様式で建造されていますが、当時鉄筋コンクリート造りだとは驚きです\(◎o◎)/!現在も耐震補強工事しながら、本庁舎はかなりボロボロですが現役で活躍していますステンドグラスの照明や、よくドラマ・映画等でロケで撮影される正面階段、円形の議場等、見所が沢山あります。◆愛知県庁(昭和13年完成)では‥貴賓室と当日限り名フィルOBによる弦楽四重奏ミニコンサート(約40分当日整理券配布、無料)が行われた講堂等を見学しました。先着●●●名には、入場者に小さいガーデンシクラメンの苗をプレゼントしていただき(たぶん協賛団体から)、流石「農業県」だと実感しました【貴賓室(愛知県庁)】貴賓室は、これに続きで昭和天皇がお訪ねになったお部屋(別室)も公開されていました。【講堂と正庁】正庁内では、伊勢志摩サミット(2016年5月に三重県で開催、愛知県も協力)で書かれた各国首相や大統領のサインが特別に展示され、安倍首相のを撮影しました。◆名古屋市と愛知県と比べると‥やはりトヨタや世界的製造業が多い大企業の税金が収入として入る愛知県は裕福な県らしく庁舎内も豪華さを保っていたり、庁舎内食堂も臨時営業していてサービス満点でしたが、名古屋市庁舎は職員の案内もボランティア団体に委託していたり、市長の方針でケチケチしている感じが随所に見られました。勿論名古屋市も政令指定都市としてかなり裕福であり、人口も200万人を軽く突破しており、財政も決してビンボーではないのですが‥。愛知県知事室(一番遠くの入口のみ公開、入場不可)です。私は愛知県、名古屋市に生まれ育ち現在も在住し、一応市県民税も払っています。その豊かさを享受すると共に、先人達が築き上げた歴史や文化を伝え、継承していく必要があると痛感しました
2016/11/14
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今日は、今月式年遷宮したばかりの伊勢神宮の外宮と内宮に昨年の4月以来久しぶりに参拝しました。外宮の参道が見違える程観光地化され、驚きました内宮も賑わい、お正月みたいでした。画像は、内宮の正宮階段下から撮りました。ご訪問、ありがとうございます残念なことに、順位は下落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします(初出:2013/10/12 05:54:13 PM@近鉄急行車内)
2013/10/12
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今、従兄弟の長女の結婚式に出席しています。人前結婚式で、菓子撒きもおこなわれて、素敵なお式です!ご訪問、ありがとうございます残念なことに、順位は下落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします(初出:2012/07/28 04:32:43 PM)新婦の職業は和菓子職人で、実家は老舗の和菓子屋ですので、そのお店の商品も含めて、お菓子の詰め合わせが綺麗にラッピングして、リボンが掛けられていました。
2012/07/28
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11/29(土)は、かねてから申し込んであった有料の見学ツアー(「西尾雅敏と見る明治建築2‥西洋人建築家と日本の風土ツアー」)に参加すべく、「博物館 明治村」へ夫婦で車で出掛けました。ご訪問、ありがとうございます残念なことに、順位は随分と凋落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いしますいつも、ありがとうございます久しぶりの高速道路、東名名古屋インターから名神小牧JCTを経て中央道の小牧東インターで降り、「博物館 明治村」へ。自宅から明治村まで約45分でした楽天でも、明治村のグッズや書籍等が買えます年に2回(主に、5月と11月頃)ある名鉄系カード会員招待日と重なった為に入場料は無料で、見学ツアーの料金は@千円(茶話会のコーヒー&お菓子付き) 明治村建築部長・西尾雅敏さんのわかりやすく、かつ専門的なお話と共に、聖ヨハネ教会↑と西郷従道邸↓を見学しました。 ◆「西洋人建築家と日本の風土ツアー」と銘打ってあり‥建築家(米国人・フランス人)と日本の風土の比較を様々な例を引用され、建築の細かい部分も解説付きでとても勉強になったツアーでしたフランス好きの私にとっては「目から鱗」の建築のヒントが沢山伺えて、次回の渡仏(時期は未定)がとても楽しみになりましたこの日の明治村は、紅葉も最高に美しく、空気が澄んでいる上に上天気で、晩秋というのに小春日和で、写真もとても綺麗に撮れたように思います◆「博物館 明治村」へは‥小学校の社会見学以来何回も訪れていますが、こうして建築の専門家のお話を伺いながら見学する機会は滅多にないので、また次回にチャンスがあれば、また参加したいと思います ◆「明治グルメ博 (9/20~11/30)秋まつり2008」が開催され‥丁度お祭りチンドンフェスティバルの日と重なり、懐かしいチンドン屋さんの演奏を楽しんだり、写真も撮れました見学ツアー後は、「明治グルメ博 カレーフェアで「明治ゆかりのカレーライス(レシピの復元)」を食べ、その後品川燈台等を見学しました。 ◆紅葉の名所はいろいろありますが‥樹木の多い明治村の紅葉は、重厚な明治の建築とマッチして素晴らしく、わざわざ出掛ける価値がありました
2008/11/29
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現在、名古屋大学博物館で開催中の「第10回名古屋大学博物館特別展 今に生きる、からくり人形-ものづくりの源流と尾張文化の継承-」に関連した特別講演会に6/7(土)参加してきましたご訪問、感謝します残念なことに、順位は下落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いしますいつもありがとうございますm(__)m参照:「からくり展@名古屋市博物館(画像)2007/08/21の日記」名大祭(7日午後の食中毒事件で、8日の行事は全て中止)の期間中ということもあって、展覧会・からくり実演・講演会共とても盛況だったようです以下の写真は、全て展覧会に展示してあるからくり人形の一部です。これ以外に、最先端の電動癒しロボット・業務用ロボットの展示もありました 【弓曳き童子】 【茶運(ちゃはこび)人形】【からす天狗】 ◆今日の講師は‥ロボット工学の一人者で現在豊田高専(国立豊田高等専門学校)校長・名古屋大学名誉教授(工学博士)の末松良一氏。尾張山車からくりの歴史(江戸時代~)から現在の最先端のロボットやものづくりに繋がる経緯をメカニック(機構)的にもわかりやすく、かつ具体的な事例をふんだんに提示し、解説していただけました【唐子人形と山車人形】 【唐子指南車】展覧会は入場無料で、 ~7月26日(土)まで開催されます(日・月は休館日)から、興味のある方は是非足を運んでみてはいかがでしょうか最寄駅:名古屋市営地下鉄「名古屋大学」駅下車すぐ
2008/06/07
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以前私のブログにコメントを頂戴したご縁でリンクさせていただいている「名古屋なんでも情報(旧「橦木倶楽部通信」)」の管理者masaさんこと中山正秋さん(NPO法人橦木倶楽部代表)が編集・著作された「ドニチエコきっぷでめぐる名古屋歴史散歩(風媒社)」が、現在名古屋近辺の書店で発売中ですご訪問、ありがとうございます残念なことに、順位は下落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします楽天ブックスでの取り扱いが始まりました(コンビニでの受け取りまたは合計1,500円(税抜)以上ならば送料無料)ので、是非遠方の方も名古屋の歴史に興味がおありであれば、お求め下さい私は未だ読んでいないのですが、社会科教師としての研究熱心さと共に毎日更新されている名古屋の歴史関連ブログを拝読して、ご著書の内容をとても楽しみにしています関連日記:「お値打ち!ドニチエコきっぷ(2006/04/27の日記)」「文化のみち二葉館」イベント『貞奴と花子』:画像あり(2005/11/23)」「歩こう!文化のみち」画像あり(2005/11/03)」
2008/05/03
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好天に恵まれた4/20(日)、「第14回春姫道中」が本丸御殿フォーラムの主催で、開催されました。熱田神宮から途中大須を経由、名古屋城までの道中を春姫はじめ公募で集まった市民ら約800人・ボランティアらが時代衣装で練り歩きましたご訪問、感謝します残念なことに、順位は下落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いしますいつもありがとうございますm(__)m参照:「名古屋城本丸御殿復元計画(2006/02/24の日記)」「『春はおんなの「春姫まつり」、秋はおとこの「英傑まつり」。これが名古屋の有名な二大まつりですね。』こんな会話が聞こえるような、春の、それも女性をメインにした華やかさのある「女まつり」をつくりあげたいものです。名古屋はよく「行政主導型」という不満を耳にしますが、このまつりは市民が手づくりで完成させて行くことに意義がある市民レベルでの「歴史まつり」です。(「本丸御殿復元への啓蒙活動」より抜粋・転載)」参照:「夢童さんのえてかって(本丸御殿フォーラム副会長・夢童由里子さんのブログ)」戦災で国宝や貴重な文化財・国宝をほとんど失った名古屋が、本丸御殿を再建し全国にアピールするのは、おおいに賛成です「財政難のさなかに膨大な資金のかかる御殿の再建など、とんでもない」という意見もありますが、長い目で見てください総檜造りの御殿は、100年後には重要な文化財になっていく存在なのです。疎開して無事だった障壁画も復元された障壁画と共に展示されれば、かつての栄華をしのぶこともできます。未来の人々にもその文化を継承するのは、お金と労力と時間がかかるのは当然ですよね~。春姫道中のイベントが、一部の人だけでなく名古屋中の人々に注目され、定着したお祭りになるといいなと感じます。
2008/04/21
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現在名古屋市博物館で開催中(7月28日(土)~9月9日(日)の「からくり展―見る・作る・遊ぶ―」を18日に鑑覧してきました。ご訪問、ありがとうございます残念なことに、順位は随分と凋落気味↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします丁度「山車からくり実演(名古屋市東区・神皇車保存会)」が会場内で開催されていたので、講演会「東海地方の山車からくり」の前後に2回見られて、最後の回は(原則展示物は)写真撮影もできました(冒頭の写真↑)東海地方は日本でも有数の山車からくりの集まっている地域で、年に一度の祭礼(神事)の際、山車の上にからくり人形を乗せている場合が多いです。からくり舞いは神事の際、氏神様に奉納されます。「東区筒井町・出来町天王祭」は、毎年6月の第一土日に例祭日が行われます。毎年10月開催の名古屋まつりには、名古屋中の山車からくりが名古屋市役所に山車揃えし、パレードをします。参照:「山車揃え・第52回名古屋まつり(画像)2006/11/06の日記」以下は、名古屋まつり山車揃えでの画像です。 【山車からくり(東区・筒井町】 【山車からくり(二福神車)】古くから伝わるからくりの他、開発中の鉄人ロボットも実演や展示がされています。夏休みの後半に、「からくり」展をご覧になってはいかがでしょうか?
2007/08/21
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「第52回(2006年)名古屋まつり」の2日目10月15日午前に行われた、山車揃え・神楽揃えの画像です。 華やかな信長・家康・秀吉の郷土英傑行列の陰に隠れがちですが、かつての名古屋三大祭りの「東照宮祭」「若宮祭」「三の丸天王祭」に曳かれた、伝統を誇る見事な山車が名古屋市役所に集結します。ご訪問、ありがとうございます残念なことに、順位は下降気味皆様のお陰で、ちょっとだけ復活↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします 普段は各地区の祭礼でしか見ることのできない9台の山車を1度に見られるのが、この「山車揃」です。山車は東区の出来町(できまち)・筒井町(つついちょう)から5台、中区の若宮から1台、中村区名駅から3台の計9台が、早朝自町を出発し、各地区毎に名古屋城近くの官庁街まで曳かれます。中村区の3台の山車は、ゆかりの那古野神社(旧三の丸天王社)に立寄り、からくりを奉納してから市役所へ。その後各車市役所に整列してからくりの演技を行った後,南大津通りを栄交差点までパレードを行いました。【中日ドラゴンズ・セリーグ優勝おめでとう半額セール!福袋コーナー総額6千円送料込のお菓子が半額!3千円!】山車揃えの後、神楽揃えも行われ、神楽を乗せた神輿が集結した後、山車と同様にパレードしました。引用・参照:『名古屋まつり~山車揃~』随分UPするのが遅れてしまいましたが、一年に一度の伝統文化財のお披露目はこれからも続けていただきたいと願っています。
2006/11/06
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名古屋市営地下鉄/伏見駅に設置されている「からくり口上人形」です。毎時0分に1回動作します。「口上人形」ご訪問、ありがとうございます最近、順位が下降気味です皆様のお陰で、少し復活↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします携帯からのメール更新は、なかなか難しいです。「メールで更新機能(毎日更新のメールが送付される予定)」を登録しても、なかなか更新のメールが送信してこないし‥。タイトルも字数制限があって、はみだした分は表示されません。来週に迫った旅行ですが、これで無事に日記を更新できるのかちょっと不安です(>_
2006/07/14
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「恋の三社めぐり(in 名古屋)」をご存じですか?名古屋市千種区内にある恋にまつわる三神社(高牟(たかむ)神社・晴明神社・城山(しろやま)八幡宮)を巡ると恋が成就するという新伝説ご訪問、ありがとうございます最近、順位が下降気味です皆様のお陰で、かろうじて1ページ目に入っていますが‥↓ご訪問の記念に、是非ポチっとクリックで応援をお願いします◆高牟(たかむ)神社‥神社境内に湧きだしている清水が、恋の霊水「古井(恋)の水」だと呼ばれています。日本名水100選にも選ばれ、この水を飲むと恋が生まれたり、長寿の水ともいわれています。◆晴明神社‥平安時代に活躍した「陰陽師 安倍晴明」が晩年住んだと言われる地に建てられた神社。若者の間では「晴明占い」が人気で、安倍晴明の霊力による恋愛・諸願成就の神として信仰されています。◆城山八幡宮‥本殿裏手にある連理木(れんりぼく)という木は、出会いと縁結びの御神木として信仰されています。名古屋市内最大の自生のアベマキで、地上3メートルで分かれた幹が、再び地上6メートルで合わさっていることから、「連理の契」「連理の枕」などと例えられます。名古屋市の宿5/27(土)には、3時間の「恋の三社めぐり ふれあいウォーキング(雨天決行、自由参加、無料)」も開催されます。☆コース:高牟神社(スタート)~晴明神社~城山八幡宮(ゴール:午後1時頃自由解散予定)☆定 員:なし●参加方法:当日直接ご来場ください(受付:9:00~10:00)。●主 催:桜花学園高等学校インターアクトクラブ 担当:顧問 河合 保昌さん TEL:052-741-1221 FAX:052-741-0169 携帯番号:090-1233-2921 E-mail:kawaiyasumasa@yahoo.co.jp★その他雨天決行です。ただし、天候により中止する場合もあります。恋愛を成就したい人は、恋の三社めぐりを一度トライしてみてはいかがでしょうか?
2006/05/13
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名古屋最大の繁華街・歓楽街の錦三(きんさん:地名である名古屋市中区錦三丁目の略)。錦三(きんさん)を含む錦通(にしきどおり)で戦前まで続いていた祭りが、趣を変えて「~錦通国際文化交流~錦鯱(きんしゃち)まつり」として、4/22(土)70年振りに復活します尾張徳川家7代目藩主・徳川宗春の行列や金シャチのレプリカ展示などで、祭りを盛り上げます。【金シャチレプリカ】【徳川宗春公】ご訪問、ありがとうございます皆様のお陰で、順位が少し復活してきました~↓ご訪問の記念に、ポチっとクリックお願いします♪『錦通では1935(昭和10)年ごろまで商店街の軒先にちょうちんを飾り、山車が通り沿いを練り歩いたそうです。しかし、第2次世界大戦で祭りが途絶えてしまいました。これまでも祭りの復活を求める声はありながら、中心になる人がいなかったこともあり、立ち消えになっていました。錦通には元々うなぎ屋が多く、大津通~本町通の東西約400メートルは「蒲焼(かばやき)町」という地名でした。祭りの復活は、愛知万博で盛り上がった機運を生かし、地域の活性化を図ろうと、旧蒲焼町のビル経営者らでつくる「蒲焼町発展会」が初めて結束し、昨年暮れから準備を進めてきました。徳川宗春がその昔、蒲焼町のうなぎを食べたといういわれもあり、当時の時代絵巻を再現することにしました。【徳川宗春公】【姫君】 当日は、能楽師の橋岡久太郎さんが宗春役を務め、市民ら約130人も武家娘や家老などとして参加。行列に使うかごや看板は、実行委員会で手作りするなど、市民参加で盛り上げます。【お籠】 「マイタウン愛知asahi.com(4/20)」より抜粋・転載』◆明日のメインイベント(11:00~13:00)は‥尾張七代藩主・徳川宗春道中と金鯱パレード、道中舞、和太鼓演奏です。他、有料のイベントもあります。【金シャチレプリカ】 ★うなぎの蒲焼丼(限定400食)@400円★お茶席(数に限りあり)@200円(お菓子付き)◆名古屋国際ホテル会場のイベントは‥「語りと音楽で綴る絵巻物語(13:30~1600:@2000円)」。第一部「宗春花絵巻~錦通り今昔物語~」語り:田中ふみえさん第二部「マリアーノ・ゴンザレズ(世界の人々を魅了した米国人アルバ奏者)ショウ」「箏曲演奏:浅い大美子さん」「錦鯱まつり」ちらし(協賛店舗に設置してあります)裏面には、各店での特典・割引がのっています。例)「大観覧車(スカイボート)一人@500円」乗船無料(サンシャイン栄の店舗で当日お一人様1000円以上お買いあげの方:レシート一枚で一名限り)「名古屋国際ホテル」館内飲食店舗ご利用10%オフ「ティファニー」ケーキ&パン特売名古屋熱が高まっている今、こういうお祭りで更に活気が出るのは嬉しいですスカイボートは未だ乗ったことがないので、この機会に乗ってみようかな~明日栄方面に出掛ける予定の方は、お祭りを見たり、割引や特典を利用してみてはいかがでしょうか◆問い合わせは、錦鯱まつり実行委員会(052・972・6252)へ。追記:4/22「錦鯱まつり」写真を追加しました。
2006/04/21
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今月から始まった「NHK朝ドラ 純情きらり」は、愛知県・岡崎を舞台にしたドラマです。「NHK名古屋放送局 連続テレビ小説 純情きらり(岡崎ロケの様子)」岡崎は言わずとしれた「八丁味噌」の発祥の地で、徳川家康が岡崎城で生誕したことでも有名です。ご訪問、ありがとうございます皆様のお陰で、順位が少し復活してきました~↓ご訪問の記念に、ポチっとクリックお願いします♪ドラマは、昭和初期の岡崎で主人公桜子が八丁味噌の蔵元「山長(架空)」で味噌樽に落ちてしまうことから始まりました。東京で青春時代を送る桜子の故郷は岡崎で、彼女のルーツとも言えます。「じゃん・だら~・りん」が、三河地方の有名な方言だと言われています。私はネイティブではないのですが、「~やりん(やりなさい)」「そうだら~(そうでしょう)」という風に使うようです。桜子の姉・杏子の見合い相手・河原さんが、何故か名古屋弁ぽい話し方をするのが気になりましたが、三河とはいえ名古屋弁も混じっているのかもしれませんね~愛知県を舞台にしたドラマや映画は少ないので、これからもこのドラマが岡崎や愛知県のPRにつながるよう期待しています
2006/04/15
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毎年恒例の徳川美術館(名古屋市東区)「尾張徳川家の雛まつり(2/11~4/9)」を先日観てきました ◆圧巻なのは‥尾張徳川家三代(19代義親夫人・米子、20代義知夫人・正子、21代義宣(現当主)夫人・三千子)にわたる明治から昭和に至る幅7m,高さ2mに及ぶ豪華な雛壇です。旧館の一番奥に、大屋根の付いたガラスケースの中に、大がかりな緋毛氈と絨毯がひかれた六段飾りに並んで堂々と飾られています。撮影禁止なので写真はありませんが、戌年にちなんで「張り子の犬」も展示してありました。Making of 尾張徳川家の雛まつり(動画ファイル)ご訪問、ありがとうございます皆様のお陰で、順位が少し復活してきました~↓ご訪問の記念に、ポチっとクリックお願いします♪◆秩父宮妃殿下・勢津子さま(故人)ご愛蔵の‥品々の一つであった雛人形や雛道具も、薨去後に寄贈されてから毎年展示されています。皇室のお雛様にふさわしく、男雛の装束は天皇のみに許される衣装を着用しています。◆今回の特別公開は‥名古屋の旧家・中村家に伝えられた御殿ひな飾りです。御所の紫宸殿をなぞらえた御殿を設け、内裏雛や官女、楽人達を飾る雛壇で、この形式は江戸時代後期には京都・大坂を中心として広まりました。間口2m70cm、奥行2m40cm、高さ2m40cmに及ぶ、現存する最大規模の他に類例のない雛の御殿です。尾張徳川家と婚姻関係にあった五摂家筆頭の名家(京都の公家)近衛家ゆかりのお雛様として、尾張徳川家に伝えられ、後に名古屋の中村家(佐野屋)に譲与され、同家に大切に伝えられてきました。中村家は、味噌・溜(たまり)を生業とした300年余り続く名古屋城下有数の商家です。「尾張徳川家の雛祭り」を拝見するたびに、江戸時代から豊かだった尾張徳川家の繁栄と大名文化をかいま見ることができ、心が豊かになる気がします。一度もご覧になったことがない方には、機会があれば是非足を運ばれることをお薦めします
2006/03/13
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◆本丸御殿とは‥『名古屋城本丸御殿は、慶長17年(1612年)5月頃建築に着手し、慶長20年(1615年)2月に完成した書院造りの建物です。当初は、藩主義直の住居・政庁として使用されました。その後、藩主義直が新しく建てられた二之丸御殿に住まいを移したため、以降は将軍の上洛の際の宿舎として使用されました。かつて名古屋城の本丸には、天守閣とともに「本丸御殿」がありました。本丸御殿は、日本建築史・絵画史・工芸史上、最も豪壮華麗といわれる安土桃山から江戸期にかけて造営された近世城郭御殿の最高傑作で、国宝になっている京都の二条城二之丸御殿と双璧をなす建物でした。昭和5年(1930年)12月に名古屋離宮が廃止、12月11日に名古屋市に下賜され、12月13日には国宝として指定を受け、昭和6年12月から一般公開されました。また、昭和7年12月には、名古屋城が史跡の指定を受けています。なお御殿内の襖絵などの障壁画345面(天井絵を除く大部分の絵)は、昭和17年6月に国宝の指定を受けました。昭和20年5月14日、戦災で約3000平方メートル(千坪)に及ぶ世界的な文化遺産とも言える建物は天守閣などと共に焼失しましたが、取り外しできた襖などは別の場所に移されており無事でした。 その後、文化財保護に関係する法制度の改正により、これらの襖などに書かれた1047面(天井板絵を含む) の障壁画は、改めて国の重要文化財に指定されています。現在は、跡地に礎石が残るのみとなっています。(名古屋城本丸御殿の関連サイトから抜粋・転載)』☆ご訪問、ありがとうございます☆皆様のお陰で、順位が少し復活してきました~。↓ご訪問の記念に、ポチっとクリックお願いします♪本丸御殿復元イメージ図本丸御殿障壁画復元模写名古屋城本丸御殿復元PR名古屋城本丸御殿積立基金にご協力を◆本丸御殿の復元について‥名古屋市では、名古屋城築城開始400年にあたる2010年(平成22年)を迎えるにあたり、市民の理解と協力を得ながら、世界的な文化遺産であった本丸御殿の復元をめざしています。焼失前の詳細な調査によって、実測図面も残されており、技術的には忠実な復元も可能とされています。 本丸御殿復元のために、有識者による「名古屋城本丸御殿復元課題検討委員会」を設立し、復元時代設定、活用方法、市民参加の方法を検討しています。◆名古屋城の石垣は‥(※「本丸御殿の復元工事」と直接関係はありません)徳川家康が延べ20万人を動員し、わずか半年で完成させたと言われる名古屋城の石垣も30年前から“耐震化”修復工事中ですが、完了したのは全体のごくわずか。取り壊されて修復作業を待つ石垣の解体作業や積む作業には、発掘作業も兼ねて1日20個が限界。「すべての石垣を直すには、百年あっても足りない」との声もあります。◆名古屋市民ボランティア活動としての「春姫道中」‥本丸御殿フォーラムでは、御殿復元の啓発運動として「春姫道中」を今年も4/16(日)に実施。本丸御殿の最初の住人であった、春姫・義直を主役に御殿再建の機運を高めます。名古屋のメインストリート・大津通りを経由して、名古屋城まで練り歩き、最大のハイライト「御殿はどこじゃ!」の春姫の儀式を催し、松原名古屋市長に早期復元の提言書を渡します。◆夢童(むどう) 由里子さんの思いとは‥副会長で人形作家の夢童 由里子さん(名古屋市在住)は、京都出身。夢童さん作の「ハイテクからくり」は、市内の各所にも設置されています。彼女いわく、「京都には、二条はん(二条城)が京都人の拠り所として当たり前のように存在している。名古屋城の本丸御殿も、名古屋人の拠り所として復元したい」とのことです。私も、名古屋市民の一人として「本丸御殿の復元」には大いに賛成しています。ささやかながら、微力で寄付もしようと思っています。文化不毛の地といわれる「かつての城下町」の本丸御殿が、昔ながらの趣が感じられるよう復元されるのは、市民やボランティアの協力がなくては実現できません。同じく戦災にあった欧州の歴史的な町並みや歴史的建造物も、住民の協力なしでは復興はできなかったとききます。是非、名古屋市民以外でもこのような取り組みに興味を持ったり、賛同して下さる方が増えることを願っています。
2006/02/24
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名古屋で有名なひつまぶしの登録商標店として「熱田・蓬莱軒」という老舗の鰻屋さんがあることは、「7/28の日記」でも書きました。松坂屋本店のレストラン街にも、出店しています。徳川美術館に併設して「名古屋市蓬左文庫」という資料館もありますが、以下の説明からもわかるように「蓬左」も「蓬莱」に由来しています。☆ご訪問、ありがとうございます☆皆様のお陰で、順位が少し復活してきました~。↓ご訪問の記念に、ポチっとクリックお願いします♪『「蓬莱」とは中国の伝説で、東の海にあるという不老不死の「島」のこと。それを探して秦の始皇帝の使いが訪れたと伝わる“候補地”は全国に20ほどあるが、熱田も古くからなぞらえてきた土地の一つだ。今でこそ海から4キロほども離れているが、海岸線が深く内陸に入り込んでいた古代、細長い熱田の台地は岬となって突出し、海からは「島」だと思わせたのだろう。その岬の先っぽの辺りにあったのが熱田神宮。実は今も正面を海に向けて立っている。「蓬左」とは、江戸時代に使用された「名古屋」の別称です。古代以来の歴史を有し、全国にその名を知られた熱田の宮は、中国の伝説にいう仙人の住む蓬莱山にあたるという言い伝えがあり、「蓬莱の宮」、「蓬が島」などとも呼ばれていました。このため、蓬莱の宮の左方に開けた新興の城下町である名古屋は、「蓬左」、名古屋城は「蓬左城」とも呼ばれました。つまり、蓬左文庫とは「名古屋文庫」という意味になります。(2/23付け 中日新聞朝刊「名古屋の成分」及び「蓬左文庫」について(蓬左文庫ホームページ)から抜粋・転載)』◆「蓬莱」を楽天で検索してみると‥ありとあらゆるジャンルの商品が、ヒットしました。蓬莱山の掛け軸蓬莱山・七福神という縁起物の掛け軸合金製 置物 吉祥 蓬莱山というのも、あります。食品では、豚まん(肉まん)等で有名な関西の「蓬莱本店」や「蓬莱泉」という日本酒の銘柄があるようです。おめでたい言い伝えのある「蓬莱」は、「蓬左=江戸時代・名古屋の別称」にも関連しているようです。これから日に日に暖かくなる時期です。「蓬左」にいらして「徳川美術館」で現在展示中の「尾張徳川家の雛祭り(~4/9)」をご覧になり、熱田神宮に参拝され、「蓬莱軒」のひつまぶしを召し上がるのも、この時期ならではの名古屋の楽しみ方かもしれません。
2006/02/23
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「まるはち」のマークは、名古屋市の市章です。「ご存じですか?八マーク(名古屋市観光情報) 」『「まるはち」マーク(名古屋市の市章)が制定されたのは、明治40年10月のこと。明治40年代には神戸市や横浜市でも市章が定められており、当時は市を表象するマークを制定しようという動きが各地にあったようです。折しも名古屋は、名古屋港の開港、市制20周年を間近に控え、市勢の発展ぶりを内外に示そうという気運が高まっていました。制定に当たっては、懸賞募集で各方面に意匠を求めました。しかし、適当な図案がなく、議論百出の末、最終的には尾張徳川家の合印(注1)として用いられていた マークを採用することになったといわれています。☆ご訪問、ありがとうございます☆皆様のお陰で、順位が少し復活してきました~。↓ご訪問の記念に、ポチっとクリックお願いします♪制定の経緯は定かではありませんが、「丸は無限に広がる力、また八は末広がりで発展を示す」というお目出度いマークであり、名古屋の歴史を大切にしながら、新たな発展を期そうという思いがあったようです。 (注1) 合印…一般的には、他者と区別するための印。丸八印は尾張藩の略章(正式の家紋は葵巴紋)というべきもので、小使提灯、小者用の紋所、小荷駄などに使用されていた。また元治元年(1864年)、14代藩主・徳川慶勝が上京した際には、藩令で随伴の者に丸八印の木札を腰に下げることが命じられ、同時に家臣の提灯に同様の紋を付けることも定められた。尾張徳川家の合印として用いられていたものだそうです。八マークは、現在でも市内各所で見ることができます。市民の足となっている市バス・地下鉄の車両、消火栓や下水道のマンホールの蓋、商店の営業許可書…、変わったところでは名古屋城二の丸茶席にある「金の茶釜」(戦災で焼失した金鯱の残塊で造られたもの)にも八印が陽刻してあります。 また、「マルハチ」「まるはち」「丸八」といった屋号や社名を持つ店舗も、市内には数多くあります。職種も、うどん屋、寿司屋、クリーニング店、肉屋、酒屋、商事会社、タクシー会社、材木店……など、挙げればきりがありません。命名のいわれを尋ねてみると、「名古屋市にあやかった」「名古屋一番の立派な店にしたかった」という声が大多数。マルハチは今も、末広がりのお目出度いマークとして市民に親しまれ、愛用されているといえるでしょう。(紹介サイトより抜粋・転載)』「まるはち」マークは、名古屋のトレードマークとなっています。サッカーの「グランパス8(エイト)」も、地元の8にあやかった為。楽天にも、「まるはち」という肉のお店があります。皆さんのご存知の「まるはち」マークは、ありますか?
2006/02/20
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名古屋の名門企業を「五摂家」と称して言われます。◆五摂家とは‥名古屋の財界を牽引する、松坂屋、名古屋鉄道(名鉄)、東海銀行(現在:三菱東京UFJ銀行の前身)、中部電力、東邦ガスの5社のことで、地元では圧倒的な発言力があります。地元財界は、いわゆる名古屋五摂家を中心に動いてきたため、地元外資本がなかなか入り込めなかったようです。☆ご訪問、ありがとうございます☆皆様のお陰で、順位が少し復活してきました~。↓ご訪問の記念に、ポチっとクリックお願いします♪◆天下のトヨタ自動車であっても‥地元では、なかなかままならないところがあったようです。トヨタ自動車が従来、地元財界の中枢に入れなかった理由が、本拠地が名古屋市内ではなく、郊外の豊田市(旧挙母市:豊田が進出してから改名)だからだという話もまことしなやかに伝えられるが、本当のところは判らない。トヨタにしてこういう具合だから、ましてや、その他の周辺都市にある企業や資本は、なかなか相手にされない。最近の噂では、東海銀行が五摂家から抜けて、代わりにJR東海が加わったともいわれています。トヨタは「世界のトヨタ」ですから、「名古屋の五摂家」とは別格のスケールとも言われています。最近の名古屋経済界は、随分閉鎖性や排他的な部分が減少している気もします。これからのグローバルビジネスを大きく展開すべく、五摂家という枠にとらわれず名古屋資本の企業はますます頑張っていただきたいと願っています。
2006/02/19
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新装蓬左文庫・徳川美術館連携、徳川園開園1周年記念 お正月特別企画「徳川家康の虚像と実像(井沢元彦氏講演会)」に昨日(7日午後)参加してきました。今回は往復葉書申し込みでしたが、有料(徳川美術館・徳川園入場料込みで、1150円)だった為か、私が応募した分は全て当選しました。井沢氏は、名古屋市出身で著書『逆説の日本史』ほか多数ある日本の歴史小説家・推理作家です。90分の講演でしたが、さすが歴史小説家らしく立て板に水の如くとても詳しくわかりやすい解説で、徳川家康や徳川家に関するお話を伺うことができました。今日から始まった大河ドラマ「功名が辻」の時代背景にも通じる講演だったので、少しだけ戦国時代の歴史の裏側を覗いた気分です。徳川園は、現在庭園内の冬牡丹がとてもきれいに咲き誇り、多くの人が写真撮影をしていました。 今日発見したのですが、園内から北側を望むと木々の間から「ユニー(UNY)」の看板が見えてしまい、ちょっと幻滅する光景でしたが、都会の庭園なので仕方ないことかもしれません。徳川美術館の入場券は後日利用できるので、毎年2月下旬から開催される「徳川家の雛祭り」展の折りに、利用しようと思っています。関連した日記:『紅葉の徳川美術館「国宝源氏物語絵巻」』『「歩こう!文化のみち」画像あり』ご訪問ありがとうございます。皆様のお陰で、現在第49位になりました。ポチっとクリックお願いします♪
2006/01/08
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今日の午後、『貞奴と花子』という講演会に抽選で当選したので参加してきました。主催は「文化のみち二葉館(旧川上貞奴邸)」で、会場は撞木倶楽部(旧井元邸:名古屋市東区撞木町)。【撞木倶楽部(旧井元邸)】『井元邸は、輸出陶磁器商の井元為三郎氏が建てた屋敷である。大正末年から昭和にかけて建てられ、井元為三郎氏の邸宅として使用されていた。当時、井元氏は陶器絵付け工場をこの近隣に構えて貿易商を営み、一代にして財を成した。 屋敷は、和館・洋館・蔵・茶室・庭園で構成されている。名古屋市の指定文化財である。(撞木倶楽部紹介サイトより、転載)』【文化のみち・二葉館】日本の女優第一号の川上貞奴(1871ー1946)と同じく1900年前後に渡航して海外で女優として活躍した花子(1868ー1945)には、とても共通点が多いようです。今回は、その二人を研究している講師の講演会でした。講師の夫人が花子のお孫さんということで、興味深いお話がいろいろと伺えました。珍しく、同行した旦那が興味深く話に聞き入っていました。「文化のみち二葉館」では、「貞奴と花子展~欧米にはばたいた女性たち~」が12月18日まで展示されています(月曜日休館)。『1900年のパリ万博で注目を集め、厳しい批評で知られるアンドレ・ジイドも絶賛したという貞奴。一方、それより僅かに2年後の1902年に渡欧し、その演技が大評判となり、彫刻家ロダンのモデルとなった花子。ようやく女性が演劇の舞台に上がり始めたばかりの時代に、果敢に海外に進出した2人の女性の生き様を紹介します。(紹介サイトより転載) 』名古屋や岐阜に縁のある二人の女優の存在は当時の日本では余り評価されませんでしたが、ピカソが貞奴の舞台姿を描き、ロダンが花子の彫刻を制作したりして、当時のフランス政府から「official de academy」勲章を川上夫妻が受賞し、とても人気を博したそうです。現在、地元で再評価されているようです。かつて欧州で一世を風靡したお二人は、郷土の誇りだと感じています。
2005/11/23
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というイベントが毎年「文化の日」に開催され、今日は夫婦で参加してきました。私はしょっちゅう名古屋の歴史(現地)学習で訪れていますが、旦那は初めて出掛ける場所ばかり。名古屋市東区の歴史的建造物を巡るイベントで、受付会場は「徳川園」「文化のみち二葉館」・「市政資料館」です(午前9時30分~午後3時)。「文化のみちへようこそ」イベントのちらし(PDFファイル:表)イベントのちらし(PDFファイル:裏)【徳川園・回遊式庭園】まずは、徳川園(入場料のみ必要)でのミニ・シャンソンコンサートへ(午前11時~11時半:フランス芸術文化勲章叙勲ピアニスト加藤修滋さん伴奏)。園内レストラン施設の地下にあるホールで行われましたが、開場時間前に並んだので最前列で鑑賞することができました。その後、園内を散策しました。【徳川園・名物の滝】これから紅葉が本格的になる11月15日(火)~12月4日(日)迄は、秋の夜間開園が行われ、ライトアップや水上ステージでのイベントが行われます。徳川園の次に向かったのは、尾張徳川家の菩提寺・建中寺(けんちゅうじ)。【門を始め寺の各所に印される葵のご紋】その時はスタンプラリーに参加していましたが、結局は‥。【建中寺・経蔵】【建中寺・変わった灯籠】平田町(へいでんちょう)交差点近くの寿司屋で昼ご飯を食べ、「文化のみち二葉館(入場料のみ必要)」へ向かいました。丁度館内で行われていた弦楽四重奏コンサート(13時~13時50分)の途中だったので、後半を座って鑑賞することができました。こじんまりした邸なので、音響も良くてクラシックの名曲を生で(マイク無し)目の前で聴くことができて、ラッキーでした。この後特別公開していた「豊田佐吉邸」等を訪れる予定でしたが、雨が降り出したので中止し、帰宅しました。スタンプラリーは10箇所以上で抽選ができますが、結局は3箇所しか行けませんでした。近隣の学校(金城学院・東海学園)からボランティアの学生達も、会場スタッフとして参加していました。金城学院高校・栄光館も建物公開され、スタンプラリーの抽選会場にもなっていました。今日は、一日で9千人もの人がこのイベントに参加したそうです。来年以降も、このイベントは開催される予定です。無料で入場できる箇所も多いので、興味のある方は参加されてはいかがでしょうか?
2005/11/03
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が、今日(8月6日)と明日行われています。石取祭(個人のサイト)「日本一やかましい」といわれるお祭りで、それには鉦と太鼓の耳を塞ぎたくなるような音響の激しさがあるからです。「カーン、カーン、カーン。チキチキチキ、カーン、カーン。」と鐘を叩く音から始まり、「あっ、そーれ!」という男衆(女性は、基本的にはこのお祭りには参加できない)のかけ声と共に、鐘の音が増幅していきます。想像も出来ない位の音が、一晩中街中に響き渡ります。その音は、全身にも振動を及ぼすようです。私は、今でも「石取」の音に身体が反応してしまいます。「血湧き、肉躍る」という感じで、気分がハイになってきます。母の実家が桑名市内で、私は特に幼少期は桑名に入り浸っていました。祖父が未曾有のお祭り好きで、「石取」には町内の役を引き受けたり、とても貢献していました。お祭りの時期には、たいてい母の実家に泊まっていましたから、少なくとも10年以上はお祭りに出掛けていたと思います。平成の始めに祖父母が他界してから、桑名に出掛けることはほとんどなくなりました。実家の両親は、年に何回かお墓参りに行っているようですが、従兄弟の世代になった実家には寄らないようです。お祭りは、今も私のルーツとして心の中に息づいています。もうお祭りを見に行くことはありませんが、今後もこのお祭りが人々の伝統と文化の象徴として、伝承していって欲しいと思います。但し、参加している男衆の多くは泥酔していますから、お祭りでからまれないようにご注意下さい。***************************************************************※参考:『石取祭が執り行われる桑名宗社(俗称:春日神社)は、桑名神社と中臣神社の二社から成り、古くから桑名の鎮守であり、共に桑名地方の総氏神として崇められ、桑名首(おびと)の祖神を祀っています。 この春日神社の石取祭は、真夏(以前はお盆の頃、現在は8月の第一土日)に行われる祭であることから、桑名市の代表的な祭として名高く、またその歴史も古いものです。徳川時代初期には、桑名神社前期桑名祭(比与利祭)・中臣神社後期桑名祭(御車祭)と石取神事の三祭礼があり、石取祭は元来独立して創められた神事ではなく、本来は前期桑名祭(比与利祭)の中の一神事であったものが徳川時代の宝暦年間(約240年前)に別れ、発展してきました。さて、石取については社地修理の説・流鏑馬の馬場修理の説などがありますが、桑名市の南郊外に流れている町屋川から、徳川初期氏子の人達が七月七日より十七日まで毎日川へ行き、新しい俵に川の栗石を拾い入れて、小さな車に載せて鉦・太鼓を打ち鳴らし、夜になると提燈をつけて神社へ参り、神前へ奉納しました。この小さな車が石取祭車の始まりであります。その後祭車も大きくまた美しくなり、明治・大正・昭和にかけて石取の発展も年々すばらしくなり、これらの祭車の中には百数十年を経たもの、高村光雲・立川和四郎富重・井尻翠雲等一流彫刻師により彫刻を施されたもの、祭車に漆を塗ったもの、あるいは天幕に描かれている図柄の豪華なものもあります。その芸術的価値は高く評価されているだけでなく、その時代を生きてきた人びとの心がこもっており、石取祭の歴史を物語るうえでも十分価値があると思われます。春日神社の石取祭は、昭和56年3月30日三重県指定無形民俗文化財の指定を受けています。』石取祭サイトより、一部転載・加筆
2005/08/06
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というパビリオンが、「愛・地球博」でとても人気のようです。映画「となりのトトロ」(1988年)の主人公が暮らす昭和30年代の家「草壁家」が、博覧会会場内の森林の中に建築されたものです。昭和初期の建築手法を用い、エイジング(経年変化加工)を施し、家具や調度品等も可能な限り映画の世界をリアルに再現します。アトラクションをメインにしたパビリオンではなく、昔ながらの日本家屋そのものが、この企画の主役です。来場者は映画の主人公サツキとメイがはじめてこの家を訪れた時のように、自由に家の中を歩き回り、押し入れや箪笥の中をのぞいたり、触ったりすることができます。6月からの予約が葉書抽選になるまでは、ローソンの端末で誰でも引換えできたというのも変な方法で、それを悪用して商売をしていた人も多かったようです。私自身は、昭和初期に建てられた三階建ての木造住宅に昭和56年まで住みました。大きく改装していなかったので、五右衛門風呂&外のトイレ(どちらも、一応屋根続き)・縁側・踊り場のない傾斜のきつい階段の家でした。さすがに井戸水は出なくて、手押しポンプのある台所ではなかったんですが‥。多くの企業パビリオンが、ロボットや先進技術をアピールする中、「さつきとメイの家」が脚光を浴びるのは時代のニーズだと感じます。今や「スローフード、スローライフ」が、見直されている時代です。ロボットの案内や演奏も素晴らしいかもしれませんが、ロボット化した日常(ATMの機械的な声・電話の自動案内等)を多くの人はうんざりするほど経験しています。もう大阪万博の時のように最新技術だけでは、人々は感動しないようです。母が「さつきとメイの家」に行きたいと盛んに言っています。昭和30年代に当たり前だった生活を再確認したいのは、年配者だけではありませんが、その時代を生きた人にとっては特に感慨が深いと思います。私はさほど興味がありませんが、機会があれば見たい気もします。万博というと先進的な技術の披露に目がいきますが、今日から29日まで開催されている「愛知の山車揃え(だしぞろえ)」」などこの地方の伝統と文化にも注目したいと思います。特に津島の山車は船に乗せたりするし、常滑や小牧、犬山の山車に乗るいろいろなからくり人形も目玉ではないでしょうか?人のぬくもりを感じたり、世界の文化や歴史・人々と暖かい交流をしてこそ、万博ならではの収穫だと期待しています。
2005/04/23
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毎月21日は弘法さんの縁日で、名古屋では覚王山・日泰寺周辺が賑わいます。縁日といっても、子どもがお菓子をもらいに行くといった風習はききますが、私の住む辺りでは行われていないようです。元々”縁日”とは神仏がこの世と”縁”を持つ日とされており、この日に参詣すると大きな功得があるといわれています。弘法さんの日は不思議と晴れが多いのですが、特に今日は快晴で早朝から昼過ぎまで主に年配の参拝者・買い物の人々で混雑していました。明治の終わりから大正の始まりにかけて、境内付近に弘法大師四国八十八ヶ所霊場を模した札所(ふだしょ)が作られ、霊場巡りの行き帰りに参拝者が露店をのぞいていったことがこの縁日の始まり、といわれています。出店されているお店は昔からの方が多いようで、野菜や園芸のほか、仏具や衣料品、乾物屋さんなどさまざまな露店が毎回並んでいます。野菜や果物などは「青空市場」みたくバケツ一杯買わないと安くならないので、私は買ったことはありません。衣料品はおばあさん目当ての商品構成で、モンペなども売っているようです。名古屋では「尾張高野山」とも称される八事・興正寺(やごと・こうしょうじ)の縁日(毎月5・13日)も人気があります。興正寺は何故かぽっくり寺といわれ、毎月参拝すると「長年寝たきりにならず、ぽっくり逝ける」そうです。日泰寺同様に、縁日の屋台が出ます。同じ業者があちこちの縁日に出店している場合も多いとききます。大須観音の縁日は、毎月18・28日(正確には28日は、赤門大光院の縁日)です。隣接して商店街がある為、日泰寺・興正寺のような雰囲気とは異なります。縁日には、境内に骨董(がたくら)市が立ちます。昔どこの家にもあったような置物や「これ、売れるの?」と思うような不思議な商品が並びます。お年寄りでこれらの縁日を楽しみに出掛ける人は、多いらしい。昔ながらの露店で、店屋さんとお客が話しながら値段の交渉も出来るのは、特に今のようなセルフサービスの店に不満を持っているお年寄りには何よりの喜びかもしれません。もっと年齢を重ねて参拝が楽しみになってきたら、私もあちこちの縁日に出没するかもしれません。
2005/04/21
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89年から10年間、地元東海テレビ(フジテレビ系)製作・全国ネットで「名古屋嫁入り物語」という2時間ドラマが、シリーズで放送されました。「名古屋のお母さん」は全回今や全国区女優になった山田昌さん(愛知県・常滑出身)で、お嫁さん役にはかとうかずこら売れっ子女優が毎年好演していました。毎回ストーリーは似ており、名古屋での結婚にまつわるしきたりや慣習を強調した感じのものでした。名古屋地方では、昔から結婚の行事が派手だといわれています。城下町といわれる地域は、名古屋に負けないほど派手な地域(北陸等)もあるとききます。確かに結納の儀式や飾りは、関東等と比べて豪華で大袈裟かもしれません。「結納店」という専門店も、昔に比べて随分減りましたがまだ残っています。「菓子まき」という儀式(?)は名古屋地方で盛んなようですが、名古屋人の私は実際に見たことはありません。きくことろによると、名古屋郊外の農村地域・下町など「濃い近所つきあいやしきたりのが残っている」エリアでは現在も行われているそうです。今は「菓子配り(袋入りの菓子詰め合わせを配る)」に変わりつつあるようですが、家の新築お披露目の際にも行われる場合があるらしい。同様に「嫁入り支度のお披露目」も、母の時代(昭和30年代)に行われていたのは知っていましたが、この平成の世にも続いている地域もあるともききます。「嫁入り支度のお披露目」は、家具の披露だけでなく箪笥の中味(着物)まで親戚一同に公開され、最後にご馳走を食べてお祝いしたそうです(今は、知りませんが‥)。どちらもテレビドラマでの世界かと思っていましたが、そうでもないようです。でも、否定しておきます。名古屋市内のほとんどでは、今やその光景を見ることは滅多にありません。
2005/04/13
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名古屋市の東部丘陵地にある覚王山(かくおうざん)に、日泰寺(にったいじ)というお寺があります。覚王山は、門前町として発展してきた街です。私の住む覚王山のことを既に書いておきながら、未だ「覚王山・日泰寺」のことを説明していませんでした。名古屋のことをご存じない方、大変失礼致しました。遅ればせながら、今日はまず簡単に説明しますね。名古屋市営地下鉄東山線覚王山駅から徒歩約10分弱参道を歩くと、目の前に見えてきます。 国内唯一の無宗派国際寺院です。インドで発見されタイ国王から寄贈された釈迦の舎利(遺骨)をまつるため、明治37年(1904)に建立されました。毎月21日は弘法さまの縁日で露天市が立ち、年配の参拝者でとても賑わいます。また無宗派国際寺院ということもあり、社葬や著名人等の大規模な葬儀がよく行われます。今日は、正面の写真をご紹介しました。近所で咲いている紅梅の写真も、一緒にお楽しみ下さい。
2005/03/07
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名古屋市のシンボルとして知られる名古屋城の金鯱が3日、約50メートルの高さの天守閣からクレーンで、21年ぶりに地上に下ろされました。http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20050303/eve_____sya_____013.shtml3月19日から6月19日まで城内で開かれる「新世紀・名古屋城博」で展示されるほか、今月24日の2005年日本国際博覧会(愛知万博)の開会式にも“出席”します。金鯱が地上に下りるのは、前回「名古屋城博(1984年)」以来です。雌雄一対のしゃちほこは共に高さ約2.6メートルで、約44キロの金が使われています。戦災で焼失した初代に代わり、59年の天守閣再建時に取り付けられました。http://www.nagoyajo.naka.nagoya.jp/金鯱は、城内の展示用ドームに搬入されました。テレビで中継をしていましたが、なかなかの迫力です。23日には、名古屋市内を「お披露目ツアー」して万博会場まで運搬されます。かつてウィーン万博や国内の博覧会で展示された時は、雌雄別々で巡回することが多く、今回は珍しく揃ってのお披露目になります。「名古屋ブーム」も、いよいよヒートアップしてきました。「愛・地球博」の開会式では、天皇・皇后両陛下・皇太子殿下やそうそうたる来賓も出席が予定されています。オペラ歌手の佐藤しのぶさんや浜崎あゆみさんも、開会式で歌を披露するそうです。愛知県ものつくりの伝統を受け継いだ「からくり人形」の大プロジェクト「唐子指南車(愛知県パビリオン)」も完成し、いよいよ万博も近づいています。「人生に一度は、万博だ!」と、万博のポスターにも謳われています。是非万博には、全国のみならず世界中から沢山の人に来て欲しいと大いに期待してます。
2005/03/03
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『桃の節供』と呼ばれる雛祭りの行事には、男女一対の内裏雛を中心にして、様々な人形がならべられます。名古屋市東区にある「徳川美術館」では、尾張徳川家に伝わる豪華なひな壇飾り、雛人形や雛道具等が、現在公開中です。今回は、明治から昭和にいたる尾張徳川家の夫人たちの三世代にわたる華麗な雛段飾りをはじめ、尾張家14代慶勝夫人であった矩姫(かねひめ)の雛人形や雛道具、紫檀に金蒔絵と色漆によって文様をあしらった重厚感にあふれる雛道具などを中心に展示されています。更に、京都・人形の寺(宝鏡寺門跡)に伝えられた皇室ゆかりの様々な人形も特別公開されます。会期は、旧暦の雛祭りにあたる4月10日まで。http://www.cjn.or.jp/tokugawa/昨年の11月にリニューアルオープンした「徳川園」は、徳川美術館と隣接してあります。元々江戸時代尾張藩二代藩主光友が、元禄8年(1695年)に自らの造営による隠居所として移り住んだ「大曽根屋敷(別邸)」が起源です。広大な敷地であった一部に当時を再現するような大名庭園として、名古屋市が莫大な財源を投じて完成させました。四季折々に楽しめる池泉回遊式の日本庭園です。江戸時代の主だった大名庭園もこの様式で、清流が滝から渓谷を下り海に見立てた池へと流れるありさまは、日本の自然景観を象徴的に凝縮しています。http://www.tokugawaen.city.nagoya.jp/名古屋の街は戦災に遭い、お城や名所旧跡の多くは焦土と化し、京都や奈良といった全く戦災の被害のない地域と異なり、古き良き文化財が少ないと思われがちです。徳川美術館の所蔵品は戦災を逃れ、幸いにも現代にも江戸時代の上流文化を公開している世界にも珍しい美術館の宝物です。古都・京都が観光地としてもてはやされているものの、名古屋の大名文化もなかなかのものです。「灯台もと暗し」といいますが、尾張徳川家が代々伝える雛人形・雛道具の数々を見ずに、「名古屋には、古い文化がない」と嘆く人は少なくないようです。「古きを温ねて、新しきを知る」という諺もあります。名古屋に住んでいないエリアの方々にも、この尾張・名古屋が誇る文化遺産を一度は味わって欲しいと思います。
2005/03/02
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今日、私の実家へ夫婦で行き、一年ぶりにお雛様と会ってきました。 私達が嫁いでからは、両親が毎年必ず木の板の段組からひな人形の飾り付けまでしてくれます。このお雛様は、私が生まれた年に買ってもらったもので、妹と「もうやいこ(名古屋弁で、共有する・分け合うの意味)」です。初節句の時には、父方・母方の親戚の人々が大勢集まり、このひな段飾りの前でお祝いをしてくれた写真が残っています。今は故人になった人が多く、故人を偲ぶ記念の写真でもあります。 お雛様の位置ですが、以前は「右にお雛様、左にお内裏様(正面から見て)」でずっと飾っていました。いつからか、恐れ多くも徳川家のお雛様と同じ位置に母がまねて、今の位置になりました。もう何十年も飾っているので、道具や飾り、屏風などが破損・風化しているものの愛着があるので、買い換える気はありません。人形作りが好きで自分の嫁入りに「花嫁人形(日本人形)」まで手作りした母は、いつもこう言います。「お人形は、持ち主の魂が入るのよ」と。私の誕生以来人生を見守ってくれているお雛様、これからも私と一緒に歳を重ねていくお守りみたいな存在です。 母の作った「おこしもの(おこしもん)」も、お下がりを焼いて食べました。
2005/02/27
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愛知県・稲沢市の尾張大国霊神社(国府宮:こうのみや)でこの時期に恒例の「はだか祭り」が、21日(旧暦:1月13日)に行われました。「はだか祭り」は1200年前からの神事で、人々の厄を一身に負う神男(しんおとこ)に触れて厄を落とそうと、数千人の裸男が勇壮なもみあいを繰り広げます。20日には「はだか祭り」のシンボル、大鏡餅の奉納も行われました。大鏡餅は50俵分のもち米でできており、クレーンでつり上げられ奉納されます。「はだか祭り」が終わると、春がやってくると言われています。http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20050221/mng_____sya_____001.shtmlはだか祭りでのエピソード。父の厄年に幼い妹を連れて、二人で「はだか祭り」に出掛けた時のこと。泥酔した裸男が数人、二人に絡まってきたそうです。妹に危害が及ぶといけないので、父はとっさに少額のお金を渡してその場を急いで立ち去ったそうです。それ以来、「はだか祭りには、二度と行かない」と言い続けています。桑名の「石取り祭り(8月の第一土日に開催)」の際も、景気づけに皆お酒を沢山飲みますので、くれぐれも絡まれないようにご注意を。
2005/02/21
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