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whatsman@nnn先日の休日、たまには何かを作ってみようと、男の料理って奴に挑戦。家族サービスの一環。で、男料理の代表格といえば、カレー。が、この俺が作るからには、ハウスバーモンドとかそういうわけにはいかねえ。ルー(@鶴)も使わなければ、カレー粉さえも使わない。1からスパイスでつくり上げるタイプ。で、そんなもんをそう簡単に作れてたら日本のインド人料理店が皆閉店する、と思いきや、やはり便利な世の中。ネットで調べたら山ほど出てくる。で、ネットを見ながら買い物。見たこともなかったし聞いたこともなかった、ナーメリックとかガランマサラとかスパイスを買い込む。これ、ウコンなの?、みたいなものもあった。で、ネットを見ながら、書いてあるとおり、レシピ通り作ってみた。で、結果としてはとりあえず、形にはなった。インド人がやってるカレー屋みたいな味が出るには出た。すげえな、ネットの人。が、どうにもこうにもピンとこんところがある。これだっっ、という感じがねえ。キマった感がない。が、しかし、逆に言えば、こっからがカレーの醍醐味。どうしたらもっとコクがでるか。いわゆる隠し味ってヤツ。これがないと意味がねえ。RAPとカレーは自分なりの色を出さんと意味がねえ。B-BOYが作るカレーがネットのレシピのままでは、KRS-ONEにどやされる。オリジナリティがクソ重要ってことで、怒涛の隠し味の畳み掛け。何でもかんでも、とまではいわんが大丈夫そうなものをガシガシ放り込む。はちみつ、マヨネーズ、ニンニク、醤油、ソース、チーズ、生姜などなど。それでも、何かが足らん。で、嫁さんに味見してもらって、「何か、足らんやろ?」@俺それに対し、嫁の回答。「あっ、分かった。」@嫁さすがは我が嫁。「これを入れたらええ」@嫁といいながら、冷蔵庫から何かを取り出して鍋の中に放り込んだ。こくまろカレーのルー@ハウス食品目を疑うとはまさにこのこと。愕然とするしかねえ。ルーやカレー粉を使わず本格的なカレーを作る、という今回の趣旨を全く無視したとんでもねえ暴挙。これまでの俺の2時間を無にする大技。が、結果としてこれが抜けた発想やった。格段にうまくなった。っていうか、分かった。ハウスが作ってるバーモンドカレーとか濃くまろカレーとかって、日本人の口に合わせてつくってるわけで、そうなると代表的な日本人の味覚を持つ俺が上手いと思ってしごく当然。回り道をしたが、やはりカレーはこくまろカレー。これしかねえ。日本人、坂本龍馬です。知ったふりしてインド風を無理して食ってもまったくもって意味がねえ。誰に褒めてもらいたいんかって話になる。インド人に「おまえ、分かっとるね-」とか言われようにも知り合いにインド人は居らんし、そもそも褒めてもらわんでもええ。まぁ、俺の好む日本カレーと今回作ったインド風なカレーとはいわば別物と言っていいわけで、インドタイプのカレーはインドタイプのカレーとしてその良さもあるわけで、それもまんざら悪くもない。どっちかいえば当然ながら、ザ・日本を選ぶが、インドスタイルにも敬意を払う。で、今回のカレー作り。とにかく「作りがい」はあったので、次はまた違うサイトのレシピをみながらほかのカレーを作ってみるしかねえ。ってことで、、今後はカレーの王道、になる予定。もし、うまそうな本格カレーを見たら、俺に言え@シャインなにせ二度と使いそうにねえスパイスがクソ余っとる。Wカレー倶楽部を発足させるしかねえか。ちなみに、レッドペッパーを入れすぎてせっかく作ったカレーを子どもに食べさせることができず、がっくり。今日はこんなところでピース。
2014年01月20日
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WHATSMANこのエントリーが1700件目。記念スべき、としとく。2000件を目指したいが、最近のこのペースで行くと、いつになるか分からんので、こういう区切りは大事にするしかねえ。このBLOGもよう続いとる。今年の3月で、まさかの丸10年。ラッパーのブログとしては、結構長い部類に入るはず。B-BOYの先人として、次世代に伝えるべきことを結構伝えきた自負がある。これは俺の考え方だが、他人のブログを読んで思うが、ブログってのは、その書き手の立ち位置、書き手がが何者で、何をレペゼンしていて、誰に向かって何を書いているか、ってのがはっきりしてないと、あまり楽しめない気がしとる。俺としては、その辺を意識してきたつもり。あくまで「B-BOYとして」ってのが、俺のこのブログでの立ち位置。会社で働こうが、結婚しようが、子どもが出来、育てようが、それをすべて、B-BOYという立ち位置から表現してきたつもり。たとえば、映画評を読んだとしても、そいつがHIPHOPがクソ好きなやつ、という前提があるかどうか、ずいぶんのその行間が変わるハズ。同じことを書いても、書き手の立場は重要やねえかと。それは惑わされとるんやねえか、という意見もあるかもしれんが、別にそれでいい。俺がそれを面白く思う以上、しかたねえ。上述した自分が何者であるか等についてはリリックを書く上でも同じ話で、それがしっかりしてないとどんどんぶれていく。と、ブログの書き方講座みたいな話をしても仕方ねえので、この話はこのへんで。で、本題というか、今日、書くべきこと。よく、「あのひとは、ああいう人だから」みたいな発言を耳にする。大抵が、マイナスの側面を指してる。アイツは変なやつやし、今更、言っても仕方ねえ言ったところで変わらんみたいな話。この手の発言に対し、お前が言うのを面倒に思ってるだけ、または言ってモメるのが嫌なだけやろいう必要があることはいくら揉めたしても、ハッキリ言えばええんよ。今後のこともあるやろ。と考えきた。まぁ今もそういう思う部分もある。が、最近はちょっと俺の考え方が変わってきた。ああいう人、ってのは存在してそれはもうその人の個性としうか性質というか、言ったところでかわりはしないんじゃないか。なら、上手に付き合う、または上手に使うことを考えた方がいいんじゃねえかってこと。頭は良くても、コミュ力がねえ、みたいな人っていっぱいいるし、なんでそんな言い方をするんかな、この人はって人も多い。また、何度言っても、ミスをする人ってのもおる。机の上が汚い、片付けられない、ってのと同じレベル。なかなか言っても治らん。本人がよほど意識して治そうと頑張って治る場合もあれば、頑張っても治らん場合もある。仕事に直結してたりして、大きな問題になる場合は、その仕事を周りがフォローするとか適材適所な配置にするとか、うまくいくことを考えた方が得策。こんなことを書いている俺にも多かれ少なかれ問題はあって、回りから上記のようなことを影で言われてる可能性もある。程度の差こそあれそれぞれクセがある。クセと呼べるレベルを凌駕することもあるが、生まれ持っての性質みたいなもんやねえかと。何度言っても分からん奴はそこで諦めて突き放すよりも、どうしたら上手く回していけるかを考えたほうがいい。いろんな奴がおるんよ、世の中にはってことを肝に銘じてないとイライラすることが増える。みんな違って、みんないいとは思わない。みんないい、わけがないがその特性を踏まえた上でどう対応するか、を考えることが大切。上司、後輩、また外部の人間、全て含めて、どう付き合っていくか、ってのはいきていく上でクソ重要な話。すべてが自分の物差しでは測れない。想像の外、見えない角度からのパンチもある。世界はいろんな奴で溢れとる。今日はこのへんで。1700回記念SHIT。ではまた。ペイス。
2014年01月06日
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WHATSMAN@NNN名作映画、仁義なき戦いの名セリフ。「枯れ木も山のにぎわいじゃのぅ、このままじゃ枯れ木に山が食い潰されるわい」頂上決戦での武田のセリフ。先日、WOWOWで見て、この名台詞の良さを思い出した。と、同時に、ネットで見たインタビューを思い出した。現在、新日本プロレスを率いるブシロードの社長の言葉。ブシロードの経営方針があたり、一時かなり落ち込んでた新日の売上が相当上がったらしい。その辺のインタビューでこの社長が興味深い発言をしとる。「全てのジャンルは、マニアが潰す」マジかもしれん。古いタイプ、マジの往年のヘッズが知った顔で、新規FANを潰しにかかる。「何言ってのよ、この新参者が。マジでお前、分かってねえの。KRS-ONEを知らんってどういうことか。JBから聞き直せ。」こんなことを頭ごなしに言われていい気分はせんやろう。ライトなファンを潰して何の意味がある。当然ながら、すべてのマニアが問題とはまるで思ってねえ。冬の時代を支えてきたのはまごうことなく、コアな連中。そういうHEDZが居らんかったらそもそもサンピンまでも届いてねえ。が、確実につぶしにかかる連中も存在する。っていうか、そもそも、コアなファンになりたいとも思ってねえ人も多い。ちょっと、いいな、と思ってHIPHOPをかじりだしたらコアなマニアから叩かれる。マジでかなわん。俺としてはNNNの1員としては表現者側かもしれんが、それ以前からずっと一リスナーなので、よく分かる気がする。コアな連中だけを相手にして、ライトなリスナーには聞いてほしくもねえなんて考えてる表現者ってのはほぼおらんはず。マスアピールがどうこうとかいう話じゃなく、それ以前の問題。客を選ぶほどのやつらは居らん。俺が思うに、文化系のためのHIPHOP入門という本に書いてあるとおり、HIPHOPはシーン全体を楽しむというのはよくわかるが、そういう見方、楽しみ方をする人は減り、アーティスト単体で楽しむ人が増えとるんやねえか。俺がハマった頃は、ZEEBRAだけを聞く、とかそんな人はおらず、大半が、いろんなアーティストの作品を楽しむのと合わせて、その背景、どの一派とどの一派が仲がいいとか、東京もいいけど、関西ならあのへんがいい、とか、九州ならだれ、とか、シーン全体を楽しむ人が多かった。俺自体はこの楽しみ方側の人間かもしれんが、今はそんな感じじゃねえんやろう。俺の地元の連中とかは日本語RAPについてはTBHしか聞かん、って奴らも多いし。それがいいか悪いかなんて誰も判断できん。っていうか、そんなもんは個人の自由。それを分かってねえ、なんていっても、しかたねえ。言いたい気持ちもわかるし俺も言いたいところはあるが、それを口に出したら、戦争だろうが@カイジみたいなことになる。なにせ、誰が何をどう聞こうが、そんなもんは個人の自由。そりゃ、もっと色々知りたいから教えてっていわれりゃ、そりゃイチから教える。が、押し売りするようなもんじゃねえ。話を戻すが、個人個人が好きなモノを聞いてるだけで、それを古株連中があーだこーだ言ったり、新規の客を閉めだしたりしててはマジでどうしようもない。そもそもからして、クラブ、ってものがどうにも閉鎖的な部分があって、往年の常連がいかにも握手をしあっている中になかなか新規の連中は入り込めん。そういう下地があるのに、さらに往年が知ったかぶる。そりゃ、シーンは縮んでいってもおかしくねえ。まぁ圧倒的に力のあるアーティストが出てきて、回りが何を言おうが、どうしても聞きたい、ってこともあるやろう。が、その場合はどうしても、上記の通り、そのアーティストのみをきき、ほかの人達に目が向かない可能性も高い。全てがそうじゃないし、一面だけを捉えてそこをやり玉に上げてるような書き方をしたが、この辺を考えていくことに意味がある気がしとる。そのために何をするのか、ここは非常に大事な話で、答えは良う分からん。気持ちはわかるけど、そりゃ、間違っとるやろ、みたいなこともよく目にするし、じゃ、何が正しいのかそこを手さぐりしていくのは表現者側の役目。今日はこんなところで。ピース。
2014年01月05日
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WHATSMAN@NNNさて、2014。謹賀新年。二千とんで14って。時代は進む。まさに光陰矢のごとし。HIPHOPナリがたし。っていうか@SHINE俺も4月で、まさかの40歳。愕然の四十路。毎年毎年、いろんなことがありよる。いろいろあった30代の夏ももう綺麗さっぱり過ぎ去った。今年の夏は40代の夏か。まぁそうはいっても、年齢なんてのは単なる記号みたいなもん。何も変わらん。今年は去年ほど、激動の1年にはならんと見とる。まぁ去年の今頃はクソ楽勝やったが、4月1日を起点に手のひら返し@ZEEのように畳み掛けてきた。今年はちょっとやってやるつもり。兎にも角にも3月末までを乗り越えればあとは問題ないハズ。ってことで、泣き寝入りはごめん@でまかせな15年を前にやるしかねえ。何の話かって言えば、アルバムの話。つうか、俺でいえば、ほぼ書き上がってて、残り一曲で終わりの状態。いつでも声は落とせる。問題は、リーダーtheタイフーン。あれがまったくやる気がねえ。忙しい忙しいを言い訳の呪文如く繰り返してくる。あれが声をおとさんと始まらん。っていうかリリックってもんはそのとき、考えてることが表に出てくるものなので、時間が経つとどんどん違和感が出てくる。アラフォーならではの歌を歌わないといけない。俺の現状を歌わないといけない。ほかの音楽ジャンルがどうなんかしらんが、HIPHOPはそうでいけない。アラフォーにはアラフォーの現実がある。仕事も、プライベートも同様。結婚してりゃ、また子どもがいれば、そのへんがリリックに出てきて当然とも思う。ストリートの現状を歌うものはどうしたって違ってくる。これはもうしゃーねー。子ども何を伝えるべきか。HIPHOPというアートフォームの上でどう今を表現するか。こんな風に考えていくと終わりはない。50代には50代の現実がある。それがいいものかどうかは分からん。が、生きている以上、現実にぶち当たりながら、いろんな事を考える。まぁとはいえ、それを若い連中が聞きたいか、っていえば別の話かもしれん。聞きたくもねえかもしれん。その辺を考えると、ずっと俺が言っているヒップホップ大人化計画、みたいなことに繋がる。若い奴らだけの文化にしとくのはもったいねえ。同世代のB-BOYやかつてB-BOYと呼ばれた連中、またレペゼンしていた連中でもいい。そういう人らが戻ってくるようなものを作るしかねえ。ブルースやロックがそうであるように年をとってもできるものにしたい。年をとって、音楽がやってみたいが楽器ができるわけでもねえ。みたいな人が簡単に取り掛かれる、かつ、そこに違和感がないみたいな状態が理想。今は困難かもしれん。50のオッサンがいきなりマイクを掴んで下手なRAPを歌い出したら、クエスチョンマークで140文字のツイートが埋まるかもしれん。が、そこに違和感が無くなればこの文化の裾野は広がる。サラリーマンRAPがいいとは言わんが、そういう考え方もあってええ気がしとる。考え方はいろいろなので、これが正解とも思ってねえが。まぁ兎にも角にも@YURA今年は無理をしてでも、いろんなことを頑張るつもり。無理をしてでも、ってのが今年のキーワードかもしれん。じゃねえのと、時間はガシガシ進んでいく。無理が通れば道理は引っ込む。無理のワンループの上で、道理を擦る程度か。やるしかねえ。なんせ40歳の記念スべき1年。がんばろう、俺。ではまた。PEACE。
2014年01月02日
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