北海道 0
四国地方 0
九州地方 0
商店街 0
全127件 (127件中 1-50件目)
仙台の短い滞在もあっという間に終了です。最終日はひたすら列車に揺られて東京を目指すのみ。しかし、途中、黒磯で下車して頼まれていた土産を買うという命を受けています。短い乗り継ぎ時間でミッションをクリアせねばならぬので、うっかり気が抜けません。そもそも区間によっては運行本数が限られているので列車の遅延という不可抗力であろうが、寝過ごしなど自身に原因があろうが、到着時刻に多大な影響を及ぼしかねないのです。まあ、黒磯でミッションをこなせさえすればこの日のうちに辿り着ければいいといった程度の簡単な綱渡りに過ぎぬのです。と思っていたのですが、見通しが甘すぎた。というか薄々は想像していたのですが、その土産というのが要冷蔵であったので、炎天下をのんびりと歩くなんてゆとりはないということに直面することになったのでした。途中保冷剤を分けて貰ったりして結果、なんとか無事、土産は持ち帰ることができたのですが、結局これが重荷となってちっとも気楽な道中とはならなかったのです。思えば乗り継ぎ駅である新白河駅でまだ昼前だというのに酷暑である時点でヤバいかもしれないとは思っていたのですが、その事実がもたらす事態を直視するのを先送りしてしまったのです。そしてその不作為が後々の苦労を招くことになったのです。などと書くといかにも現在の世界や日本の有り様を表すようで示唆的であります。 さて、それはともかくとして新白河では昼に呑むといってもそこは食事処となるのは致し方のないことでありまして、むしろちょっと歩いて呑める店があるのは有難いことなのです。ところが、まだ正午にはしばらくって時間だというのにすでに店の駐車場は埋まっていて、しかも表には並ぶ人の姿もあります。「菜華軒」はそんな人気店でありました。思ったほどには待たされずに店内に入ることができましたが、表に並ぶ人たちは窓側の卓席のわれわれを無遠慮かつ恨めし気に見遣っているのです。まあ、その程度の圧力に屈してはいられぬのです。まずはとりあえずのビールを注文すると、一緒に揚げナスのサービスがあるのも嬉しいなあ。注文もさほど迷うことなく餃子とラーメンにします。白河に来たら何はともあれラーメンを食べるべき。駅の向こう側のやはり白河ラーメンの人気店で食べたのがとても好みだったからこれは外せません。このラーメンが実は以前のものとは印象が異なって、むしろ普段食べ慣れたラーメンのよりちゃんとしたものって感じでとてもいいなあ。いつもは硬い麺にはあまり感心しないけれど、ここのは美味しかった。そして餃子も実にみっちりと具が詰まっていてしかも舌触りも良くて大いに好みでありました。さすがに人気店となるだけのことはあります。壁を眺めると多くの色紙があるのも納得です。視線はあまり気にしないけれど、次の列車の時刻は気になります。すっかり満喫して汗が引くには時間を要しそうですが、あまりのんびりとできないのが残念でした。
2023/10/06
コメント(0)
年老いた両親が暮らしているということもあって、定期的に訪れている(って就職してからしばらく経ってからのことで、コロナもあってここ数年はご無沙汰していましたが)仙台でありますが、その度毎に魅力が減じていくのを感じていました。親元を離れてからすでに一緒に暮らした期間よりずっと長い時が経過してしまったにもかかわらず両親と会話を交わしているとこうした時間が瞬く間に埋まってしまうように感じられるから、あまり認めたくはないけれど親子の絆っていうのは案外強いもののように思えるのです。というかせいぜい学生時代頃までに付き合いのあった人たちというのは久し振りに顔を合わせても、関係が途絶えてからの空白の期間などなかったかのように一挙に取り戻せるような感覚に見舞われるのです。それなりの時を経ているという常識的な感慨はあっても、すぐさま当時の関係性が再構築されるようなのです。逆にその空白期間に知り合った人々というのは再会してもある程度の懐かしさはあってもどこかしら余所余所しさは伴うもののようです。ある年齢以降になると、記憶への関係性の刻まれ方が浅くなるからなのか、それとも互いに社会人としての距離感を測りつつ付き合うしかないからなのか、単にかつてのような深い関係性を構築し得なかったからなのか、どうにもはっきりしないけれど、両親と合うと今でも自分が彼らの子供であるのだなあという事実を認め事になるのでした。老いる両親と同様に町も変化するものですが、とにかく若返ることのない人間と異なり、町は老いと若返りのいずれかに向かうもののようです。ぼくの暮らしてきた町の多くは、終焉に向かって猛然と突き進むことが多い中で仙台は緩やかに発展を遂げているように思えます。それがぼくには不自然に感じられてどうにも居心地の悪さに繋がるようです。でも仙台には何軒かの変わらない酒場が存在しています。その存在がぼくを仙台という町に辛うじて繋ぎ止めてくれているのではないかなあ。 昭和5年開店の「明眸」は、そんな一軒となります。もう10数年以上前に初めてここを訪れたのですが、その時、仙台を訪れた理由ははっきりしないけれどこの酒場の独特なムードにはすっかり参ってしまったことを今でも瞼に思い描くことができます。その後、少なくとも5回はその暖簾をくぐろうと店の前まで来ていますが、結局は入れず終いでした。大概の場合、年末間近であったことがその理由であることは明らかでありますが、恐らくその年の営業を終えていることは予想できてはいたにも関わらず、訪れずにはいられなかったのです。ここはもつ焼き屋でありながら、外観がすでに特異なのです。とてももつ焼き屋とは思えぬ一見客を寄せ付けぬような硬派な雰囲気で初めてこの扉を開けた際にはとても緊張したことを覚えています。それでもここにも変化が見られ、看板がすっかり明るく新品になってしまっています。それはともあれいかにも酒場と呼ぶのが相応しい雰囲気は少しも変わっていません。これはこれでなかなかに凛々しくてカッコいいですけど。店内に入ると、おやおや何だかちょっと明るい気がするなあ。ぼくの印象ではかなり照明が抑えめで抑えめというよりは隣席の客の顔すら定かに確認できない程度に暗かったはずです。カウンター内の大きなテレビ受像機もなかったと思うんだけどなあ。それでも席の家具類だったりその配置は以前のまんまです。洋風な印象の内観は今思えば焼肉店に近いような気もします。女将さんは以前よりもずっとお若く思えるのだけれど、本当にこの方が以前の方と同じであるかどうにも判断しかねるのです。当時と人が変わったと言われる方がぼくには得心し易いのですがどうなんだろう。ゆっくりとお話を伺いたいところでしたが、先客のぼくより年少と思われる方とのお喋りが続き会話を切り出す暇がありませんでした。まあいいさ、また次仙台を訪れた際に立ち寄ればいいまでのこと。それまではきっと今のままで営業しているはずだろうと、何ら根拠のない確信をもって老いた両親のもとに急ぐのでした。
2023/10/02
コメント(0)
小学校の頃から中学にかけて2年ちょっと仙台の住民だったことがあります。当時は仙台の駅裏(今ではその呼称は侮蔑的な意味合いからか用いられることがなく、単に東口と呼ばれるようになりましたが、ぼくも身の回りでは駅裏と自称することに抵抗を示すものはいなかったと記憶します)に住んでいて、駅までは自転車で5分も掛からなかったのですが、当時は駅裏と駅前との行き来が大変でした。2014年に撤去されたX橋と呼ばれる駅北側をびくびくしながら通り抜けるしかなかったのです(正確には南側からも通り抜けることはできました)。うろ覚えではありますが、バラック風の怪しげな店舗が立ち並んでいたはずで、その記憶をもう確かめられないのが残念です。https://j-town.net/2014/07/11188203.html?p=all さて、X橋をはじめ子供の視線からはとてもいかがわし気に思えた多くの横丁やスポットが失われた仙台ですが、店子の世代交代はありつつも今もなおある程度のいかがわしさを留めるのが壱弐参横丁です。このそばには当時の仙台では大きな書店で会った金港堂書店や古書店があり、ちょくちょく覗きに行っていました。そしてその際には必ずこの横丁を散策して冒険心を満たしたものでした。というか未だにこの横丁というか巨大バラックを散策するのを楽しんでいるのだから、当時と精神年齢はさほど変わっていないということでしょうか。 ともあれ、かつての面影は失われたなどと語る人も少なくありませんが、ぼくには仙台にここが残っているのが何だかんだと有難いことに思えるのです。よくよく眺めると新しい店舗に混じっていかにも古ぼけた酒場が残っているのに気づきます。ちゃんと見ているつもりでも結構見逃しているもんなんですね。「居酒屋 チエ」も気付いてみたらこれまで認知できなかったのが不思議な位に自然に路地に溶け込んでいました。千円でドリンク1杯におつまみ5品というセットがあるらしい。案外お安くない店も混じっているからこれならまあお手頃と判断して良さそうです。奥の席でくつろいぐオヤジがいたけれどこれがオーナーだったようです。店は外国人女性がひとりで対応しているようです。カウンター10席程度のいかにもこの横丁に似つかわしい酒場に思えました。実際には同じ程度の広さのお店でも造りは店ごとに個性的なんですけどね。ハモニカ系の横丁酒場は似通っていて、店の差異を見分けがつけにくいってこともよくありますが、ここはその点、店ごとの特徴があるように思えます。確かにお通しは5品登場しました。どれも作り置きの簡単なものばかりで、でも白滝を軽く似ただけのものが意外や案外美味しかったりするのでした。そのうち恐らくは国分町辺りで勤めて言うと推測されるキレイどころが一人で入ってきました。あまり似てはいないかったのですが、もしかするとこの人も外国の人で店の女性と同じ国のご出身なんじゃないかと推測しました。とまあ、なんてことのないお店ではありますが、やはり古い店で呑むの方が新しい若い店主のやってるお店よりも濃密な時間を過ごせている気分には浸れるのでした。
2023/09/27
コメント(0)
仙台って町並みは程よいサイズ感で嫌いじゃないのですが(訪れるたびに思い出の地が変貌するのは寂しい限りではあります)、こと観光に関しては見るべきものがあまりないと言って否定できる仙台市民は少ないと思います。青葉城や広瀬川など相当に退屈な観光スポットでしかないから、やむなくはるばると松島などに足を延ばすしかないのです。実のところ観光地やスポットというのは一度訪れれば十分であるといった程度の物件でしかないとは思っていますが、やはり呑み食いしてばかりというのは不健康に過ぎるから手軽に観光地を訪れることで旅を意味付けるというのが穏当なところであろうと思うのです。なので、今回はかねてからどうしても行きたいって程ではないけれど、まあその気になれば行ってみてもいいかなって程度のスポットに足を運んだのでした。 標題に東北福祉大前としたのは、これが今回言った観光スポットの鉄道駅としては最寄り駅であったからに過ぎないのでありまして、この駅はJR仙山線の駅になります。目的地はそこから最短で3.5Kmの距離にあるから最寄りといえども相当に遠くて、きつい坂道を上ることになるから現実的には仙台市営バスなどを用いるのが公共交通機関をもっぱらの移動手段とする者には無理のない選択となるはずです。やって来たのは仙台大観音です。「仙台市制100周年を記念してその高さを100メートルとし、21世紀の繁栄を願って地下を21メートル」とした巨大な白衣観音で「内部は12層に分かれ」ており、108体の仏像などが安置されているというもの。巨大大仏や観音などは、機会があれば立ち寄ってはいるもののそこまでの執着はありません。でもこちらは思っていた以上に見所が多く、500円の入場料なら納得の充実ぶりでした。続いてバスに揺られて大崎八幡宮を参拝に行きます。仙台に住んでいた小学生の頃に、学校から何名かが代表してどんと祭に参加させられたのですが、そのゴール地点がここだったはずです。ちなみに幸運にもぼくはその代表には選抜されませんでした。この2施設を訪れたのにはもっと切実な理由があったのです。というのが、八幡宮の一の鳥居のすぐそばに「やきとり 酒処 とり好」があって、ずっとここに来たかったのです。 時すでに遅し。以下は在りし日の姿です。 閉店してしまった以上グズグズ悔やんでみても仕方のないことです。八幡宮を上り切った先に中華屋さんがあるので遅い昼食を兼ねて一杯呑むことにします。お邪魔したのは「中華飯店 鮮龍」です。まあ特段どうということもない構えのお店ですが、贅沢は禁物。こんな坂の途中に店があるだけ有難いというものです(ちなみに近くには蕎麦屋さんもあります)。猛暑で大汗をかいていたので到着すぐに注文した瓶ビールの染み渡ること。落ち着いてよくよく見ると瓶ビールより缶ビールが随分お得であることを知りました。相当にグロッキーだったんだろうなあ、普段見落とすことはないのだけど。しかも腹も猛烈に減っています。近頃はセットメニューは極力避けるようにしていますが、「とり好」が営業するタイミングを見計らっていたので昼抜きで歩き回りましたから、ちょっと多めに食べても構わないでしょう。ちゃんと食べないとへばってしまいますしね。といった言い訳をしてこの夏はバッチリ太ったのでした。それはともかくとしてここではごはん物にミニラーメンもしくは通常サイズのラーメンが付いてくるセットが定番のようで、そばに東北福祉大があるからその学生向けの仕様になっているのだと思われます。今どきの学生は仕送りもカツカツで厳しい生活を送っているようだからこういう店で食べることができる人は恵まれているってことかもしれませんが実態はどうなんだろうなあ。ラーメンはスープを選ぶことができますが、やはり醤油が基本かな。丼物は多様なラインナップからエビチリ丼をチョイス。滅多に頼まないけどたまにはね。どちらもちゃんと美味しいんです。ゆっくりと摘まみつつ呑むつもりでしたが、無我夢中になって貪るように食べてしまいました。値段も手頃だし、これなら苦学生でもたまには食べに来ることができそうです。学生時代のぼくには無理そうですが。。。
2023/09/22
コメント(0)
坂口安吾の『安吾の新日本地理』「伊達政宗の城へ乗込む―仙台の巻―」に以下の記載があります。 名物にうまい物なし、で、伊達家時代から名題のうまい物などを探す方がムリではあるが、まったく何もないね。 仙台市民は、これを読んでいい気はしないだろうけれど、ぼくもこれには賛意を示すことにしたい。元仙台市民としては、これがあながち間違いであると強弁するのは困難であることは実をもって知っているのだ。例えば仙台に出張して職場に土産を買おうとなった場合、非常に困ってしまうのだ。定番としては萩の月や笹かまぼこといったところになるのだろうけれど、これってそんなに旨いかねえ。値段の割には大したことがないなあってのが正直なところです。でも元仙台住民としては、仙台の食べ物は現地で食べてこそはじめてその真価が分かるのです。安吾は知らないんだるなあ。仙台名物といえば今でこそ牛タンが知られていますが、別に仙台でなくたってかなり旨いのを食べられるけれど、塩釜をはじめとした漁港で水揚げされた魚介は現地で食べてこそでありますし、ずんだ餅の「村上屋餅店」や「賣茶翁」の上生菓子、近頃では多賀城の「ムラタ(MURATA)」や「カズノリ イケダ」の洋菓子は、スイーツマニアなら必ずや押さえておきたいハイレベルなものであります。つまりはまあ仙台に限った話ではないけれど、本当に美味しい食べ物は、名物には稀有であるということには同意できても仙台には旨いものは沢山あるのです。ただそれが仙台だけでのみ食べることができるといった特色のある料理ではないだけであって、ちゃんとした店で食べるものはどれもほぼ間違いなく旨いのだ。それは安吾の生まれ故郷である新潟だって一緒なんじゃないかねえ。 ということで仙台浅草で最後にお邪魔したのは「酒と家庭料理の店 和(かず)」でした。本当は「居酒屋 あさくさ」がちょっと入りにくい雰囲気で気になっていたのですが、サッシ内のカーテンが閉じられてしまいました。さっきまでは開いていて,かなりの入りに見えた(表からは足元だけしか確認できませんでした)んですけどね。2軒目で時間をロスしている間に閉まってしまいました。常連さんで一杯になったので閉店を装っているように思えました。まあ、仕方ない。まだまだ営業しているお店はありますが、どちらかというと若い客が多く食べるのがメインになりそうな店が多い感じです。もうそんなに食えないから落ち着いた雰囲気のひっそりと静まり返った店に入ることにしたのです。どうしたものかそれほど酔ってはいなかったはずなのにこちらのお店の記憶はほとんど残っていないのです。一日移動と酷暑の中での散策とで、さすがに疲労が蓄積していたのかもしれません。若い頃とは違うってことをもう少し自覚した方がいいのだろうなあ。何にせよ、覚えていないものは書けないので写真を眺めて想像してみるしかない。仙台の酒場に多いあれこれとお通しが出てくるスタイルだったようです。ぼくは必ずしもお通しを否定する者ではありませんが、仙台はちょっとぼくの念頭にあるお通しの量を大きく超過しています。といったことをきっと思いながら目の前の肴を持て余しつつ呑んだんだろうなあ。っていったところで、仙台浅草で巡った3軒についてのおさらいは終了です。ここでS氏と別れてそれぞれの宿に向かうのでした。
2023/09/18
コメント(0)
Wikipediaによると仙台浅草の発祥は、1958年(昭和33年)、日用品市場・北仙台駅前交易センターの開業に伴い形成された横丁を東京・浅草にあやかって仙台浅草と呼ぶようになったそうです。1970年代になってからは、商店街から徐々に飲食店街へと変貌を遂げていきましたが、2000年になると空き店舗が目立ちだしたようです。ところが、2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災によって店舗を失った若い店主が仙台浅草に移転、出店することでかつての活況を取り戻しつつあるようです。と簡単に今回の旅のお目当てのひとつであった仙台浅草について記してみましたが、日本各地に広く見られる戦後復興期の産物であるようです。特筆すべき差異としては、多くの横丁が物件の老朽化や町の再開発などで跡形もなく消え去ってしまったのに対して、ここは震災によって復興を遂げることができたのでした。考えてみると災害の多い日本の町の歴史というのは、焦土からの復興こそそして被災を繰り返してきたわけですが、現在では多くの地域では復興に着手すらできぬままに放置されるといったこともあるようです。町を活性化する原動力なるべき若者層の人口減少もさることながら、何より町に対する愛着や郷愁といったつまりは町を復興したいという意思や欲望に向けられる熱量が圧倒的に不足しているように思えるのです。その意味では、仙台浅草は幸運だったかもしれません。言うまでもなく震災は不幸以外の何ものでもないけれど、仙台には横丁文化が辛うじて残っていることも影響したのかもしれませんが、横丁にレトロ趣味であれ懐古趣味であれこの際いずれでも構わないけれど、彼らを突き動かす文化が残っていたことがきっとこの地を志向する要因となったと思われるのです。 そんな若い人の出したお店にも足を運んでおくことにしました。「傳吉食堂」なる古風な屋号の酒場を兼ねた食事処にお邪魔することにしました。ガラス張りの店舗は今風に思えるけれど、これはこれで昔からこの姿で営業していたと言われても不思議でないような古めかしい構えにも感じられるのだ,まあ店内に入ってしまうとどこにでもありそうなカフェっぽい雰囲気ではあるんですけどね。こういう横丁の店ではできれば窓側の卓席が人の往来を観察できて面白そうなのですが、残念ながら結構入りも良くてそれは叶いませんでした。カウンター席もまあ悪くないかな。ほとんど毎晩のように通ってきていると思われるお客さんもちらほら混じっていて、すっかり横丁に馴染んでいるのが好ましく思えます。若い主人も忙しそうではあるけれど、楽し気な様子で仕事しているのです。ホッピーを頼みました。以前は仙台でホッピーを呑ませる店はわずかだったと思いますが、近頃は市民権を得たようです。惜しいのが肴の提供が遅いこと。しかも切らしている食材が多いこと。なんと2品立て続けに品切れ商品があったのにはさすがにちょっと呆れてしまいました。狭小な店内の収容力の低い冷凍庫では在庫できる量も限られるのは、分からぬではないけれどそこは少ないのなら在庫の有無を掌握しておくべきではないか。サービスの商品だったりするならまだしも、レギュラー商品を切らすのは大いに改善の余地がありそうです。まあ、大部分の若い人は、軽く一杯やりなふボリューム感のる定食などでメるということをやっているようだからここは多用途で用いられるタイプのお店なんだろうなあ。悪くないんですが、もう少し時が経ってからお邪魔した方が良さそうに思えました。
2023/09/13
コメント(0)
バタバタと想定外の急ぎ足で福島駅の改札を抜けて白石行きの列車に乗り込みます。ぼくが若い頃、東北本線で都内から仙台に向かう際には、黒石、郡山、福島の3度の乗り換えが普通だったように思いますが、今はほとんどの場合、白石乗り換えが必要となるようです。利用者数に応じて運行管理しているということなんでしょうが、JRの乗り潰しを企図する人にとってはまどろっこしいのでしょうね。ぼくのようにちょいちょい乗り降りするのを楽しむというスタイルであれば多少の乗り継ぎはさほど苦にはならないのですが、黒磯駅などでお馴染みの乗り継ぎ時の座席争奪戦に巻き込まれるのは勘弁願いたいというのが本当のところです。今回はお盆明けの平日ということもあってか多少の空席がある程度の乗車率だったからいいけれど、運が悪いと黒磯から福島まで座れないなんてことになりかねないのです。白石でも時間調整を兼ねてできればちょっと一杯立ち寄りたいところですが、ぶっ通しの営業をしているはずのお店も悉くしまっているのでした。店側にしてみると情報提供しているわけでもないのに勝手に登録されているといったこともあるのかもしれませんが、情報が出ていることを知っていてそれが不服であれば削除を要請すればいいと思うし、それがいやならせめて誤った情報を正すのが店としての誠実な対応と思うのですが、どうなのでしょう。思った以上にそうした作業は手間が掛かるのかもしれないし、ぼくが好んで通う古いお店の恒例の店の方はそもそもネットとは無縁な生活を送っているのかもしれません。 ちなみに白石にはいつかお邪魔したいと思っているお店があります。「藤よし」です。今ネットで調べてみたらたくさんの情報が出てきます。要予約というのがちょっとネックですが、忘れないようにしとこ。 今回の旅の最大のお目当てが槻木のホルモン焼店「まつや」でした。ここの存在は今回の旅をリサーチするまでちっとも知らなかったのです。この外観を見ただけでこれはもう行かない理由はないとなったのですが、果たして今でも現役なのかは現地に行って確かめるしかなさそうです。いやまあ電話番号が公開されているから掛けてみたらいいだけなんですけど、どうもそれは気乗りがしません。ということで寂れた駅前に降り立ってみるとすでに別のホルモン焼店は営業を開始しています。その裏手に「まつや」はあるのですが、もしかするとそちらも既に営業しているのかも。という希望的な想像はあっさりと否定されました。こうした店の標準的な開店時間の5時を待つことにします。近所の人に尋ねてみると今でも普通に営業していてやはり5時からの営業となるようです。炎天下を彷徨いつつ時間を調整し、引き返してきましたがやはりお休みのようです。窓に隙間があるので失礼ながら覗き込んでみましたが、人の気配はありません。炭を起こしたりの準備をしていない以上この日の入店は叶うまいと判断し、止む無く撤退することにしました。 さて、今回はもう一つのお目当てがあります。JR仙山線の北仙台駅の傍に仙台浅草なる呑み屋横丁が存在するらしいのです。かつての仙台住民でありながら恥ずかしいことにその存在をまるで知らなかったのです。いくつか残存する仙台の横丁のご多分に漏れず若い人の始めた店も少なくないのですが、ポツリポツリと古くからのお店も見受けられます。まずは入門編として駅前のメイン通りに面する「海鮮居酒屋 炭火焼 四ツ葉」にお邪魔しました。横丁の呑み屋の窮屈な印象とは違って、余裕のある店内となっています。われわれは座敷席を進められました。10数席あるカウンターは半分程度埋まっていますが、卓席などまだ空席が目立ちます。ご夫婦でやられていてとても感じのいい方たちでした。焼鳥は普通にちゃんと美味しいし、ちょっと珍しいのホヤの天ぷらもいただきました。知らずに食べていたらこれが何か分からなかったと思われる不可思議な食感と風味でした。最初は生のホヤよりも食べやすいのですが段々飽きてくるので二人で食べるのでちょうど良い位でした。とまあ、仙台浅草の一軒目は軽めにして次なるお店に向かうことにしたのです。
2023/09/08
コメント(0)
「暑い」などと呟いてみたところで涼しくなるはずもないのだけれど、無駄だと分かっていても無意識のうちに発してしまっているようです。「だりぃ~」とか「まずぃ~」、「ねみぃ~」とか「かいぃ~」といった身体のネガティブな状況を意味する言葉というものは、人によっては実に鬱陶しいと感じるもののようであります。ぼくも他人が四六時中、止むことなしにそうした言葉を発しているのが耳に入ってくるとなんとも煩わしいものだとかつては思っていたけれど、歳を取るにつれさほど他人のボヤキなどが気に障ることが減ったように思えるのです。映画館でポップコーンを食べる音や匂いが若い頃は無性に苛立たしいものに思えたのが、次第に気にならなくなるのと似ているのかもしれません。これは慣れの問題ではなく、きっと老化による感覚の鈍麻にこそ理由の根幹にあるんじゃないかと思っています。若者というのは感受性が強いといったことが語られるが、実際には感覚が鋭敏であるというのが事実なんじゃないかなあ。ヨーロッパに「老人から知恵を学び、若者から感覚を学ぶ」という諺があるそうですが、どうも受け入れがたい言葉です。知恵は老若問わずある者にはあるのだし、ない奴はどちらにだって多数存在するものです。感覚にしたって鈍い若者もたくさん存在するし、老人にだって若々しい(若者が総じて若々しい訳ではない)感覚を持ち合わせる人もいます。そもそも知恵は学べるのかもしれませんが、感覚は学べる性質のものではないんじゃなかろうかと思うのだ。と老いると徐々に感覚は鈍麻するはずであると信じるのですが、昨今の夏の暑さは老化の速度を遥かに上回る勢いで上昇しているように感じられるのです。だからきっと鋭敏な若者の神経を逆なでするような呟きを漏らし続けていたんだろうなあ。 ってまあ、福島駅周辺には人通りも疎らで、たまに若者を見掛けても快適なラウンドワンスタジアムやイトーヨーカドーに吸い込まれるから、むしろ老境を迎えんとする旅の道中にあるオッサンたちの方が暑い環境下で無理をしているようにも思えるのです。駅の西口から跨線橋を渡り東口に向かいます。また仙台方面の各駅停車の発車まで時間もあることだし、どこか雰囲気が悪くなく、しかも昼時過ぎて営業している店を探すことにしました。旅の途中で呑み食いし過ぎるのはリスクが多いから先の店では控えめにしたのです。時間にも胃腸にも十分な余裕があるのです。しかし、なかなかこれといった店が見つかりません。ようやく辿り着いたのが「なが島食堂」です。看板の文字が旧仮名なので、しばらくこれってどう読むのが正解なのか思案に暮れたのです。旧仮名って和菓子屋だったりそば屋なんかに今でも使われていて、咄嗟に読めないことがあったりするけれど、なかなかに風情があって好きなんですね。さて、お店はご高齢の女将さんとその息子さんらしきお二人でやっておられたのですが、息子さんは何やら商談の最中です。まあ、時間もあることだし、そう慌てるには及ぶまい。ってことで餃子と瓶ビールのセットがあったので女将さんに注文します。この方が実にのんびりとした方でビールが出てくるまでに5分程も要するのでした。この調子だと調理は息子さんを待たねばなるまいなと腹を括ったのです。せっかくなので、福島のソースカツ丼でも賞味してみるかとこちらも注文しました。しばらくしてようやく商談を終えた息子さんが調理場に向かいます。調理を始めたら早かったですね。味については、餃子は美味しかったけれど、ソースカツ丼はぼんやりとした味です。そもそもソースカツ丼ってご当地料理として案外日本各地にあるんですよね。各地にあるけどどれも似たり寄ったり。せいぜい目立った違いはカツの下にキャベツがあるかないかとかソースの種類や風味が違ったりする程度なのに名物を謳うのはちょっと違うんじゃないかなあといつも思うのでした。ぼくにはやはり卵でとじたカツ丼こそが一番だと思うのです。それよりも実は気になる点があります。自分の客の応対で店の客への応対が後回しになるというのはどうかと思うのだ。自分の用件が済んでから慌てて調理を始めるのですが、誰に向けてのものかは分からぬけれど、苛立ちを隠そうともしない気配が漂っていました。そんな訳で余裕をもって駅に向かうつもりが、結局炎天下を急ぎ足で歩くことになったのです。
2023/09/04
コメント(0)
実家(といっても実際にそこに住んだことがない家のことを実家と語ることには抵抗を感じます)が仙台にあるってことは、以前も書いたことがあったように記憶します。今、そこに両親が住んでいるからとりあえず実家と書きましたが、ぼくの両親はあちこち引っ越しした経験に基づき、最も住み心地が良いと感じたのが仙台だったということです。ぼく自身は仙台にはお隣の多賀城市を含めると4年間を過ごしただけですが、当時はとても好きな町だったので、両親の決断には大いに賛同したものです(実際に住んだ家が想定していたよりずっと駅から遠かったので激しく落胆もしたのですが)。その後、東日本大震災に見舞われるなど大変な時代を過ごしたようで、今の日本(いや世界中どこもかしこもか)には、安心して過ごせる土地など存在しないのかもしれないなあと思ったものです。そして今回仙台に行って感じたのが、かつては夏は涼しく、冬は温暖と思っていた仙台も今では夏は東京とさほど変わらぬ程度には暑いということです。昔は日中は熱くても夜になるとひんやりとした空気に変わったものですが、今は夜になっても熱気に辟易させられるようになってしまったのです。地球温暖化のもたらす影響は想像を超えた速さで地球全体に波及しているようです。 それはともかくとしてS氏も仙台に付き合ってくれることになりました。それなら迷わず18きっぷを購入することにします。いや、若い頃はそれなりの鉄道マニアだったからむしろ好んで鈍行列車の旅を選んだのでしょうが、今では乗り継ぎも頻繁だし、短い車両編成となり車内も混み合っているし、何より空調の効きが弱すぎて暑くて敵わないって場合も少なくないのです。今のぼくが18きっぷを利用するのはあくまでも運賃の格安であることが理由となっています。そんなこともあって気勢は少しも上がらぬけれど、とにもかくにもとりあえず宇都宮線の乗客となったのです。宇都宮、黒磯、白河、郡山と乗り継いで昼過ぎに福島駅に到着しました。ちょうど腹も減ったことだし、福島で下車して昼食を兼ねて軽く一杯引っ掛けていくことにします。 向かったのは、「味処 辰の子」でした。本当に行きたいお店は別にあったのですが、さらに南下する必要があるけれど、非常な暑さに負けて歩く気力が湧き出てこないのです。こういう古いお店は店内の空調の効きが悪い事も少なくなくて不安でしたがしっかりと冷房が効いていました。テレビからは甲子園中継が流れていました。福島では滞在時間をたっぷり取っていたので、他にお客さんもいないことだし、このまま高校球児の活躍をのんびりと眺めるのもいいかななんて思ったのですが、昼間から刺し盛を摘まみつつビールを呑み始めた頃に、続々とお客さんが入ってこられたのでした。これはあまり悠長に過ごすわけにもいかなさそうだと焼うどんとレモンサワーを慌てて追加、店の迷惑にならぬ程度に時間を潰して過ごしたのでした。いざお勘定をお願いしようとすると店の女将さんが長電話に突入してしまいしばらく待たされることになったのです。結局一時的にどっとお客さんが押しかけて以降はお客が増えることもありませんでした。
2023/08/30
コメント(0)
水戸で呑んでそれでこの一年の外呑みの〆にしても良かったんですけどねえ、土浦でどうしても行っておかなきゃ気のすまぬであろう酒場があるもんだから土浦駅に到着したらつい下車してしまいました。面倒なだけじゃなく体力も限界に達しようとしているけれど立ち寄らぬ訳にはいかんのです。気力を振り絞りザ・モール505を目指します。ここは、日本最長の長さ505mをショッピングモールとの触れ込み。3階建て構造になっていて、並行して高架道路が走っているのです。それはまあそれで見どころとして楽しみたいところですが、夜も遅くなったので、またじっくり見物することにして、取り急ぎ店に急ぐことにしました。 恥ずかしながら以前、常磐線沿線で呑んだ後に寝落ちしてしまい、目覚めたら土浦駅に取り残されていたということがありました。タクシーを使うのはいくらなんでも無理があると途方に暮れて夜の土浦を放浪したものです。人通りも途絶えて寂寥感漂う町を彷徨っている時に「炭火焼 やき鳥の店 布川屋」を目にしたのでした。いかにも地方都市にありそうな酒場ではありますが、その枯れた具合と味方によっては未来都市風に見えなくもない町並みとのギャップが強く記憶に刻み込まれたのでした。さて、再び訪れるとまあ至って普通のお店といえなくもないが、わざわざやって来たのだから楽しむことにしよう。チューハイにホルモン炒めなどの水戸の居酒屋同様に地元色の感じられぬ酒の肴を注文するが、それで何が悪いものか。カウンター席は7席程度とかなり狭苦しいけれど、列車が空いてたからもう余り気にならぬのでした。すると酒を口に含むか含まぬかのうちに大カラオケ大会に雪崩れ込むのでありました。常連三人が代わる代わる歌って息つく暇もないくらいであるが、さほど不快ではない。というのが、この三人、揃いも揃って玄人はだしに歌唱力なのです。お兄さんたちも歌うかいと誘われるが遠慮差し上げました。この人たちに聞かせるような技は持ち合わせていない。カラオケでもこれ位うまければ歳末の哀愁も相まって悪くないものでした。
2020/02/20
コメント(0)
昨年は思いがけずも何度も郡山を訪れる機会がありました。台風の被害で酷い目に合われたという知人もおりますし、名も知らぬ短いひと時をご一緒させて頂いたもありますが、何はともあれお疲れ様でした。まだまだ元の生活に戻れぬ方も少なからずおられると思いますが、頑張り過ぎぬよう壮健にてお過ごしください。こうした断り書きなど現にご苦労なさっている方には不快もしれませんが、お金を僅かですが落とす事で協力の一環となるなら微力を惜しまぬつもりです。とこれも紋切り型でむしろ自己弁護にしか読めぬかもしれません。ともあれ久し振りに降り立った大晦日を翌日に控えた市街地は被害など受けなかったかのように賑わっていて胸を撫で下ろすのでした。しかしその賑わいは、仙台と同様、むしろそれ以上に我々をランチ、いや昼呑み難民とさせるとは思ってもいなかったのでした。喫茶篇にも書きましたが、本来は磐越東線で船引駅にて途中下車して前々から気になる船引の町並を散策するつもりだったのですが、天候が今ひとつでしかも列車が混み過ぎていたから下車などしないが賢明と急遽の郡山での長めの乗り継ぎ休憩となったのです。 郡山出身の知人によると郡山で昼呑みするなら「御食事処 三松会館」が定番と教えられていました。いやまあ実は教わるまでもなく、これまでも何度かお邪魔する機会はあったのだけれど、より優先順位が上位の店が多くあったので見送ってきたのです。暮れを目の前にするとさすがにやってる店も少なかろうと立ち寄ったのですが、後で回り道したら前回伺った中華飯店はごく当たり前のように営業していたのです。後になって初めからそっちにしておけば良かったと少し後悔することになりますが、それは最早後の祭りでしかないのです。さて、郡山の社交場の戸を開けるとなんとまあ大変に混み合っているのでした。相席も求めているというのに客席の埋め方が効率悪過ぎのようです。でも予約の席も確保されていたりして、帰省組が昼間から宴席でも設けているのだろうか。それそれで風情のある光景であります。お陰で我々は入口前の激寒ポイントに席をあてがわれる事になるのです。コートを着たままで酒と食事を身体に入れれば温まるかと思ってみたけれど、客の出入りが非常に多くて少しも温まらぬから堪らない。熱々のカレーチャーハンにマーボー豆腐を食べても耐えられない程の寒風が店内へと吹き込むので溜まらず席を立ったのでした。あ~あ、まだ1時間以上あるよ。 次なる酒場を求めてしばし町を散策しますが、これといった収穫もなく時間ばかりが過ぎ去っていくのでした。埒が明かぬので駅ビルで済ますことにしようとどこでも構わぬと次々に飲食店を覗いて回りますが、結局どこも昼食時で列をなしており、やっと入れそうなお店が「食と地酒 もりっしゅ」なのでした。福島の地酒と郷土料理がいただけるらしいけれど、店の雰囲気がすかしていてちっとも気乗りしないのだけれど、腰を下ろしてあったまれるならまあそれで良しとしよう。でも、ここでも通されたのは入口そばの席で、ランチ難民の客たちが頻繁に出入りするからやはり寒い状況は変わらぬのでした。まあ、あとは30分も時間をつぶせばいいから贅沢は言わぬこととします。銘柄は忘れたけれど地酒に酒肴三種盛、これには鰊の山椒漬やいかニンジンなどの定番が盛り付けられているがいかにもちんまりとしていますね。いものフライは単にカットした芋を揚げただけで自身で塩を振るという仕掛けであります。三種盛の残りの一品、鮭のこうじ漬を乗せて食べるといい具合であります。この頃になるとちょっと気分もゆったりしてくるのですが、そうそう寛いでもいられぬのであります。ワイングラスで気取って出された日本酒をぐいっと呑み干すと慌てて磐越東線のホームに向かったのでした。車内はかなり混雑していて、何とか席を確保できましたが、あと1分のんびりしていたらいわき駅まで立ちっぱなしとなるところで、ほっと胸をなでおろすのでした。
2020/02/11
コメント(0)
さて、仙台での2日目です。正直なところ実家でだらしなく過ごすのもいいかなあなんて思ったりもした訳ですが、S氏を退屈させては済まぬから気の毒だからなんとか起き上がって町に向かうのでした。昨夜、実家に着いてからしばらくありあわせの肴で上等な日本酒を大量に摂取してしまったので、相当に使い物にならない状態だったのですが、苦痛よりも義理が勝ったということです。本来であれば喫茶巡りなどしたいところですが、すでに報告した通り不首尾で終始したため、むしろ土産物探しに躍起になったのでした。仙台の人気ブーランジェリーのパンがまとめて買える店などもあって、案外楽しめました。でも昼下がりとなって徐々に腹が減ってくるとむらむらと呑みたい欲求が湧き出しました。 であればとハピナ名掛丁の裏通りにある「駅前酒場 丸昌」を目指しますが、さすがにまだ開店前だったようです。それじゃあと前夜訪れた「泰陽桜」の系列では、もっとも所謂ところの町中華に近い「駅前泰陽桜」を訪れますが、満席では仕方がありません。その後も訪れる店のことごとくが混み合っていていい加減うんざりしてきたので、チェーン店ではあるけれどまだ未訪のそば屋に向かうことにしました。「そば処 丸松」って福島駅やら東北各地にあると思っていたのですが、調べてみるとわずかに7店舗のチェーンだったのですね。自信をもって言い切るのは危ういけれど、このアーケード街からわずかに逸れた店舗はぼくがガキの頃から存在していたように思うのです。そういう意味では誤解かもしれぬけれど、どこかしら懐かしさを感じなくもないのですが、店内は椅子ありの立食いそば屋風の味気ないテイストであります。それでも買い物客で活況する駅そばで入れたのはラッキーでした。笹かまやかしわ抜きなどで軽めに呑むことにします。徐々にペースを上げていく式でないと昨夜の痛飲と相俟って酷いことになりそうです。まあ、いかにもチェーン系のそば屋ではあるのですが、正月準備に追われるわけでもないわれわれにとっては、のんびりとすごすことができて良かったです。もしかすると正月準備の途中で立ち寄るのを恒例にしているお客もいるかもしれません。お隣ではスマホに夢中の息子を連れ立ってきている笹かまのお店の従業員のお母さんが疲労を滲ませつつわが子を寂しげな表情で見つめているのが印象的でした。 調子が上がってきたので、また「駅前酒場 丸昌」に引き返すとすでに開店していてしかも早くも満席です。しまったなあ。「駅前泰陽桜」もやはり状況は好転せず。「ラーメン 末広 本店」の事もずっと前から知ってはいたのです。でも子供の時分はこの店の構えも見ても何とも思わなかったのです。見た目はかつてと殆ど変わらないような気がします。もしかすると既に営業を止めて久しいという感じの隣接するお蕎麦の店は営業していたかもしれない。サンプルケースを眺めてみてコチラがマーボー麺を名物としていると知りました。インターネットであらゆる情報が流布される以前はそれこそ町中華なんてのは近所の決まった店の何軒かを贔屓にする程度でわざわざ訪ね歩くような対象ではなかったのです。今でこそ子供だけで飲食店に入り込む姿を見掛ける事がありますが、ぼくの子供の頃には子供だけで外食なんてのはまずあり得ませんでした。特に地方都市なんかはそうだったと思います。ともあれ、亡失していた郷愁のお店にこうして堂々と立ち入れるのだから先の呑み食いは、別腹とする事にします。店内に入ると、すぐに食券売場があります。高齢の女性が静かに腰を下ろしていて無感動に注文を促します。彼女はもう何十年も変わらずそうしてきたんだろうなあ、ぼくの子供時代にもここに座って数多の客を迎え入れて来たのだろうかと考えると胸苦しくもなるのです。結構、昼には遅い時間ですが、歳末ということもありまだまだ店内は賑わっています。ここにも暮れの買い出しの際にはここと決めたお客がいます。それは見るそばから想像が付くのですが、理由や確信を問われると途端に不安になります。奥で中華丼を食べているご婦人や目の前でラーメンとカレーのセットを食べるご老体はきっとそうに違いない。若者のグループはそれぞれ好き好きに注文していたが、この先、老いていっても通い続け、同じ品を頼んでしみじみと暮れの時期の孤独などを噛み締めたりするのだろうか。餃子とマーボー麺、そして酒はビールしかないようです。贅沢は述べるまい。餃子はキュッと上から押さえ付けているようで、平べったくて、野菜のジュースが滲み出ていて味わい深い。マーボー麺は、少し甘めではあるけれど、細い縮れ麺が老舗らしい懐かし系の風味と食感で楽しいのです。ぼくもまた、これを書いている年の瀬に訪れてマーボー麺を食べたりするのだろうか。
2020/02/10
コメント(0)
前回、もったいぶって書かずに置いた仙台のとっておき喫茶ですが、実は出発の直前までその存在を認知していなかったのでした。どうした経緯かは早くも失念してしまいましたが、写真で眺めたその喫茶の内装や雰囲気は純喫茶不毛地帯である仙台においてもっと早く知っておくべきお店に思えたし、実際その喫茶体験を済ませたのちには、この先、仙台を訪れた際にはまた立ち寄りたいと思わせるに十分なのでした。しかし、しかしですよ、何を思い違いしたのか土曜日は休みだし、年末も迫っているから営業していないものと思い込んでしまったのです。しかし諦めきれずに列車にてネットを改めて眺めたら何のことはない、自身のサイトを開設しておられて、カレンダーもアップされており、それによると12月9日の土曜日も営業しているとあるじゃないですか。5時には閉店するようですが、迷わなければ閉店10分前には到着できるはずです。仙台駅に到着するとエスカレーターに並ぶのももどかしく、改札を抜けると目的地を目指し駆け出したのでありました。 今回その存在を知ったのが「喫茶 軽食 エルベ」です。雑居ビルの地下1階に中華料理店と並んでひっそりと営業していました。しかし店内は閉店間近というのに結構混み合っています。席に着きコーヒーを注文するとごゆっくりどうぞとおっしゃっていただけたので、5時までに入店すればちょっと位は居座っても怒られたりはしない感じです。で、店の方が若い男女だったのですが、もしかするとこのお二人はここの常連さんでこちらの内装などに惚れ込んで、先代からそっくり店を受け継いだんじゃないかと想像されるのです。これって満更間違いじゃなさそうに思えるのですがいかがでしょう。あえてその素敵さについては語りませんが、そんな想像が嘘ではないと思わせるだけの素晴らしい喫茶でした。 図らずもその翌日にお邪魔した喫茶「珈琲の店 AS TIME」も雑居ビルの地下1階のお店でした。こちらは先のお店とはテイストの全く異なる硬派で生真面目過ぎるくらいに生硬なお店でした。きっと男性の方がこうしたお店を好むのだろうなあ。女性客もいらしたので、これはあくまでも印象論に留まるのですが、先の店はグループでお喋りを楽しまれていた方が多いのに対して、こちらは一人で静かに読書を楽しまれている方が多いようでした。喫茶ファンというのはその両者を等しく愛せるという幸福な人種を指すのでありまして、ぼくもどちらも好きになれたから、辛うじてまだ喫茶ファンとして自負しても良いのでしょうか。 結局、この日は喫茶運に恵まれず空振りを続けてしまったので、折角だから少しでも多くの方に仙台を訪れてもらえるよう仙台に現存する素敵な建築物件を上げておきます。仙台は暮らすにはいい町だと思いますが観光資源に恵まれていないと述べるのは不遜でしょうか。取り敢えずこの一年せっせと見て回った梵氏と通じるところのある「凱旋門ビル」、「ソシァルビル」などは、何れも国分町にあるので酒場巡りのついでに立ち寄るのもいいかもしれません。「東京エレクトロンホール宮城」なども見所の多い物件です。 仙台の老舗デパート、藤崎で気仙沼のパルポーという洋菓子屋さんで土産を購入しました。「Galaxy Gotto」は、松本零士氏の包み紙がカッコいい。松本氏はここの名物を銀菓と名付けていましたが、なる程、パイ生地などが層をなす美しい菓子は銀河をイメージさせます。 翌日、大晦日の前日になりますが、東北本線で郡山に向かい、磐越東線で水戸を目指し帰京したのですが、18きっぷ利用客でごった返していてとても難儀しました。福島での乗り継ぎでは「珈琲 グルメ」を眺めましたが、まだ開店前です。郡山での乗り継ぎの際は昼呑みのために町に出ましたがどこもかしこも混み合っていてこれまた店選びに難儀したのです。 満席の磐越東線でいわきに向かいます。途中、船引駅にて途中下車してしばし散策することを想定していましたが、天候不順とここまでの列車の混雑ぶりに恐れをなして郡山で時間調整をすることにしたのでした。ホントなら東北本線で楽に帰京しても良さそうなものですが、どうしても年内中にいわきに寄っておきたかったのです。 いわきに立ち寄りたかった理由というのが、梵寿綱氏の建築物件がいわきにあることを知っていたからです。これまでこのブログでも幾度となくいわきを訪れていますが、その頃はいわきに梵氏の物件があることなど知りもしなかったのです。東北には以前遠刈田温泉に保養所なんかもあったらしいのですが、そちらはすでに解体されてしまったようです。残念な一方で、交通の便を思うと安堵する気持ちもあります。不定期の営業となった喫茶「ブルボン」をまたも横目にし、「性源寺」を目指します。松ヶ岡公園を背負った小山の麓にありました。本堂はごくノーマルですが、その脇には紛れもない梵氏らしさが横溢した物件があります。本堂の裏手を繋ぐトンネルも見覚えある装飾が施されており、とても魅力的です。こちらはお住まいでもあるようで、余り近寄った写真は遠慮しておくべきですが、これだけ個性的なお住まいを建てられたのだからきっと多くの人々の目に触れさせたいとお考えなのだろうと身勝手ながら想像し、全景のみ報告させていただきたいと思いました。さて、認識している梵氏の物件は残すは一つのみとなりました。実はこの文章を書いている時点ですでに訪問を終えたのですが、さらなる驚きに興奮することになるのでした。それはまた後日の報告で。
2020/02/09
コメント(0)
仙台という町は、パッと見には整然と区画整理された人工的な味気ない町並みに映るだろうと思うのです。青葉通りや広瀬通りなど駅を起点に東西を貫く大きな通りに加え、一番町や国分町といった主に人が歩行する事を想定し、買い物や飲食、歓楽といった目的に応じて南北に張り巡らされた通りが機械的に設けられているのだろうと。でも今ではすっかり知られる存在となったけれど、一番町のアーケード商店街に唐突に歌舞伎の緞帳のような奇妙な幕で飾られた店舗らしきものを見ることができます。通り過ぎてしまえばそれまでだけれど遠目にそれが案外大きなバラックである事を確認したら入らずにはおられぬのです。ぼくが子供の頃にここを発見した時には、そのいかがわしさに狂喜し、友達を引き連れては探検気分で偵察したものです。友達を引き連れては探検気分で偵察したものです。そんな冒険心をくすぐってくれる路地や裏通りが仙台にはそこここにありました。かつての仙台は、子供のみならず大人の冒険心をも掻き立てたはずです。しかし、それはほぼ失われてしまったようです。ここ壱弐参横丁は新しく健全な呑み屋ばかりだし、隣接する文化横丁もどこか歯抜け状態で心許ない。そんな衰退する呑み屋街にしかしちょっと気になる物件を見出したから立ち寄らぬわけにはいかぬだろう。 飾り気のない素っ気なさで、一瞥した限りではお店であるとは思えずつい見過ごしてしまいそうな「すみやき ホルモン だるま」であります。ぼくは注意深く生きたいと思っているし、実際に必要以上に周囲を嘗め回すように観察しているつもりだけれど、網を広く張りすぎるばかりに取りこぼしも多くなるのであります。店内は、カウンター席のみ7席ほどの狭小店舗でした。先客には夫婦、男友達―我々と一緒ですね―、女性1名ということで、我々はぎりぎり入店できたということになります。気さくな夫婦者は幸福オーラを放ちまくり、住居自慢の押し売り気味、男たちは近頃の若者らしくけたたましい高笑いを放ち煩わしい。女性はそんな男たちの相手を買って出てくれます。齢79になるという女将は時折相槌を挟みつつも黙々と七輪で肉を焼いてくれます。やがて男たちが帰り、夫婦者が引き上げると、常連度の相当高い女性と女将を交えて大いに語らせてもらいました。いや、ぼく以上に女性のトークが炸裂して、己をサブカル女子と称するに相応しい椎名林檎愛などを爆発させ、大いに盛り上がりました。というわけで、大変楽しいひと時を過ごすことができたのですが、帰宅後、エクセルにメモを残そうとしたら、なんたることか、すでにお邪魔しているではないか。やはりこういう渋い店を見過ごすなんてことはなかったようです。今後は注意の払い方よりも、己の記憶力の欠如ないしは衰弱について適切に理解して記憶を疑ってみるなり、メモをちゃんと確認するなりしようと思うのでした。
2020/02/04
コメント(0)
仙台には、忘れられない酒場があります。今でもその思い出は記憶の中で褪せることなくありありと思い浮かべることができるのであります。その一方で年末というタイミングにばかり訪れているからなのでしょうが、もしかするとやってるんじゃないかと店の前にやってくるもののいつだって固くシャッターを下ろしていて、もう二度と入店を許されることなどないのではないかとその度に物悲しい気分に陥ることとなる酒場なのです。 知る人ぞ知る「明眸」であります。1930年に創業の仙台随一の老舗酒場であるにも関わらず、最近までごく一部の贔屓客以外には知られることもなくひっそりと営業を続けてこられたと思うのです。というのもぼくが初めて訪れた際には情報も余りなく呑み屋街から孤立した孤高とも思えて非常に恐る恐る扉を開いたことを覚えています。今回もまたお預けをくらってしまいましたが、懲りずに訪れたいと決意を新たにするのでした。 孤立したと書いたばかりではありますが、そのすぐそばに「中国飯店 泰陽桜 東一支店」があります。サンモール一番町というアーケード商店街の端にあって、昔から、小学生の頃からずっと気になっていたのです。調べるとこちらは昭和24年に創業しているとのことで、東三店は綺麗に建て替えられてしまったようですが、後日立ち寄ろうと向かうことになる駅前店とはまた全然趣の異なる郷愁を誘う店構えなのです。まず商店街の外れの地下に店舗があるというのが溜まらない。商品ケースを眺めるのもほどほどに豪奢ではあるけれどいかにも古びて薄暗い階段を下っていくと、もう日本中を探してもそうは見つからぬであろうと思われる広く、そしてなんだかとても胸ぐるしくなるような懐かしさを感じるのであります。広い座敷の円卓は使われることがあるのだろうかと訝しんでしまうようなうらびれたムードが漂います。それでも店の方もお客もそんな余所者の感傷などどこ吹く風といった様子で呑み食いしているのですが、店の雰囲気がそうさせるのか騒がしくなる風もなく静寂が圧しているのでした。われわれはシューマイと五目焼きそばで呑むことにしました。味のことはよく覚えていないけれど普通以上には美味しかったような。でもそんな味などはもはや二の次となるほどにこの郷愁空間に囚われてしまいました。特異で緊張を孕んだ空間には先述したもつ焼酒場と似たものを感じました。暗くとも明朗さを失わぬ「源氏」はやはり大好きだけれど、今のぼくには、この2軒こそがしっくりと感じられるのです。
2020/02/03
コメント(0)
すでに酒場篇では通過してしまっている大河原ですが、実は喫茶目当てで訪れていたのでした。大河原町から柴田町まで植えられた白石川堤の桜並木は、一目千本桜として名所となっているようでありますが、小学生の頃までは親に連れられての旅行やドライブによく付き合っていて、主に東北を中心とした観光地やら行楽地に連れられたものですが、不思議とこちらにお邪魔したという記憶はありません。角館や弘前など東北といえども仙台からは遠隔の桜の名所にも行った記憶があるのになぜ最寄りのここに来ていなかったのだろう。いや単に記憶にないだけでやはり来ているのかもしれません。しかし、当時は車での移動が専らだったので町を丹念に歩くなんてことはまずなかったから、今こうして町をぶらぶら歩いてみて初めて大河原を知るに至ったのかもしれません。 駅前の通りを進み、白石川を渡す尾形橋を渡るのですが、地味な商店街が続くばかりです。この様子だと事前調べの喫茶は全滅かと思ったら、「珈琲&酒房 やまざき」がやってました。表からは店内で灯る照明が見えるばかりですが、少し迷ったけれど、ここは見なかったことにしてその先にある目当てのお店を目指すことにしました。そこがやってなければ戻ってくればいいだけの話です。 でも「珈琲 カンテラ」、普通に営業していましたね。外観が期待させるほどのシックさこそないけれど、落ち着いたムードでこれだったら文句のつけようはありません。そそる外観のお店は内観に過度な期待を抱いてしまいがちですが、その辺はさすがに慣れもあって逆に見掛け倒しに過ぎぬと自らを律することができるようになったのは、もしかすると喫茶に対する慣れとか情熱が衰弱してきたということだとすれば、まずいです。カンフル剤として近いうちに強烈な印象をもたらしてくれる喫茶に行ったほうが良いかもしれません。駅前には、「珈琲苑」が閑散としたショッピングモール風の建物に見えました。営業していましたが、どうも気乗りがしない外観です。でもネットで見ると案外悪くなさそう。ダメな外観で内観は抜群というパターンにはまだまだ経験が不足しているようです。 さて、ここで、ようやく目的地の仙台に到着しました。その足で慌てて仙台駅からそう遠くないお店に向かったのですが、それは今回のピカ一のお店となったので、次回に送ります。ちなみに実家に向かう路線バスの車中からは、可愛らしくてまた訪ねたいと思っていた「コーヒーショップ どんぐり」やまだ入れていない「珈琲家」が12月29日の夕方にも営業しているのが見えました。参考までに。 さて、翌日は「仙台国際ホテル コーヒーハウス」で同行してもらったS氏と待ち合せです。S氏には実家に泊まってもらっても構わないと思っているのですが、やはり他人の家はどうしても気兼ねしてしまうもののようです。それにしても仙台でも格式の高いと思われるホテルのコーヒーラウンジで待合わせとは、気取ってると思われるかもしれません。でもけして気取ったわけじゃなくてホテルの喫茶室ってのは年中無休でやっていてくれるし、ネットで見た内観がとても魅力的に思えたので一度訪れたかったのでした。実際、内装の派手さはなかなかのもので、見所も多いのですが、ロビーから丸見えなので、わざわざ高いお金を出してまでお邪魔するのが惜しくなったのでした。なんという貧乏性。次に来る時はケチ臭いことはせずに是非ゆっくりとお茶をしたいと思います(と言っておきます)。
2020/02/02
コメント(0)
ぼくが小学校、中学校の4年程を仙台で過ごしたことは以前書いていると思いますが、当時の仙台はぼくの人格形成にどの程度寄与したかは知る由もありませんが、自分の両親がそうであったように終の棲家としての選択肢に加えることに少しの迷いもない大好きな町でした。それを過去形として語らざるを得ぬのは残念なことですが、その理由は文章の端々に垣間見えるでしょうから積極的には語らぬことにします。ともあれ、転勤族の子として生まれ育ったせいか、人間関係に淡白なところがぼくにはあるらしくて、口さがない人には冷淡とか不人情とか評されたりもするのでした。それが事実であるかはともかくとして、仙台には両親以外の知人友人も存在しないから、その一点を取ってみても定年後に移り住むには否定的な要因となりうるのでした。しかしですよ、今回の旅ではこの初日に仙台の方たちの人情に触れてしまうことになるのですね。一度きりのまぐわいをもって、またごく少数の人々と触れ合っただけで仙台人を知ったつもりになるのは乱暴だけれど、幼少期に知り合った顔も名も思い出せぬけれど確かに少なからず存在した友人たちとの愉快な日々の感情が脳内をふつふつとと温めるのを感じたのであります。 そんな仙台で間違いなく長くことめし屋をやられてきたのが「三好食堂」であります。今回、帰省ならざる実家行きを決めて、否応もなく辛気臭くなりがちな実家に向かう前に必ずや立ち寄ろうと思っていたお店です。立ち寄ろうとは思っていたけれど、もしかしたらもう営業していやしないのではなかろうかという懸念は抱かざるを得なかったし、仮に現役としてももう目前に歳末を迎えようとする仙台の片隅の店が営業しているとは思っていませんでした。どうですと我がこと、我が店のように自慢したくなるほどの素晴らしいお店ではないですか。勢い込んで店に入ろうとしたら、女将らしきかなりご高齢の方が、あらあら、扉に引くって書いてなかったと仰るのでした。確かに引くとなっていますね、押しちゃうと暖簾と絡んで大変なことになっちゃうようです。少しばかり興奮しすぎてしまったみたいです。女将さんが足元もおぼつかぬのに椅子に上がって扉を元に戻してくださいました。まことにすまんことです。とりあえずはお酒をいただき、肴を見繕うと思ったら一升瓶と一緒にこんにゃくなどの煮付けを出してくれました。いやいや立派なものだとほくそ笑んだらそれに続いてのスパサラも届きました。こんな素敵な肴がいただけたらもう満足ですが、それじゃ悪いので簡単に用意できると考えウインナー炒めを頼んだらこれにもサラダがたっぷりと添えられていました。これは嬉しいなあ。先に店の奥で年内最後のお勤めを終えて一人呑まれている女性は旦那さんに先立たれたそうで、ここを実家のように思い、店と女将さんを支え、支えられしているように思えます。最初、ちょっとオトボケキャラ風だった女将さんはよくよくお話してみると、失礼ながらお年に関係なくとてもしっかりなさっておられて、これはぜひ来年もお邪魔せねばなるまいなと、いつものおためごかしにはせぬよう心に決めたのでありました。
2020/01/28
コメント(0)
喫茶篇にも書きましたが、白石にはどうしても寄ってみたい中華飯店がありました。駅を出ると一目散に駅前商店街を突っ切って半走りの状態です。すぐにでもその風雅な佇まいを見てみたいという欲求もありましたが、それ以上に凶暴なほどの空腹感に見舞われていたからです。「ポエム」を見ても通りすがり立ち止まりもせずに写真を撮りはしたけれど、もう喫茶どころではないのです。そのままクランクした道を通り抜けさらに直進します。ちょうど白石城と白石市いきいきプラザなる白石のランドマークに挟まれるようにそのお店はありました。無論、それらには目もくれぬのであります。 目指したのは「龍亭」ですが、無念なことに営業していません。未練たらしく店内を覗き込むとそれだけは真新しい暖簾が置かれていて、このお店が現役であることの証しと解することができました。 悲嘆に暮れつつ、空腹を抱えつつも白石における優先順位第2位の「ポエム」に立ち寄りますが、あまりの空腹に十分堪能もせず店を飛び出しました。「中華料理 来来」、「味の店 中華亭」とまたも立て続けに中華飯店に振られてしまい、もうこれは店の風情とか言ってはおられぬと営業を確認していたお店へと向かうのでした。 駅前商店街の突き当りの「広島お好み焼き とら丸」であります。宮城県で広島の名物を食らうとはちゃんちゃらおかしいのでありますが、店にはそれなりのお客が入っています。お節にうんざりした正月明けならともかくとして、年末にお好み焼きというのもどうかと思わぬでもないのですが、他のお客さんもわれわれ同様に猛烈な空腹に耐えかねたのかもしれません。とん平焼と広島風お好み焼きを注文。広島風のそばの代わりに、白石うーめんに変更することができるとのことなので、当然ながらうーめんを試してみることにします。チューハイは樽ハイなのだろうか、甘めなのが気になるけれど300円とお手頃なのはありがたい。とん平焼きは豚バラ肉がたっぷりで、小サイズでも食べ甲斐があります。一方お好み焼きは思ったより小振りでちょっと物足りぬし、うーめんはちょっと触感が頼りなくてやはりここはそばが正解でした。というわけで、ここでは地元の名物には目もくれずにとん平焼きを注文することを強くお勧めします。 続いて、大河原にて下車、もう目的地の仙台は間近なので気兼ねなく途中下車できるのはうれしいことです。頑張って一気に仙台に接近したのが功を奏しました。でも目指す「御食事処 玉山食堂」はやっていません。というか調べ直すと昼の営業だけらしいから調査不足ということになりましょう。 続いて下車した岩沼では、事前調べの「吉田や食堂」、「あべ屋」のいずれもが年内の営業を終えたようです。途中、小学校の脇にある「遊食処 九重」の暖簾が吊られるのを目にしていたので、せっかくだから寄ってみることにします。まだ4時になるかならぬかなのに商売熱心なことです。店内に入るとカウンターの背面の小上がり2卓には鍋用コンロがセットされていて、宴席の準備がされていました。帰省組が久々に集まって互いの健勝を確かめ合ったりするのだろうか。こうなると俄然、歳末気分が盛り上がってきます。仙台にはぜひ5時前に到着したいので列車の出発時間を気にしながら30分ほど呑ませていただきました。鍋の準備に忙しい女将さんはそれでもわれわれに気持ちよく応対していただけました。しかも勘定もお手頃だし、お土産と言ってたくさんの柿ピーをもたせてくださいました。余り呑み屋のない岩沼の町ではほっこりできるお店として旧友との語らいの場としてきっと利用されているのだろうなあと確信するのでした。
2020/01/27
コメント(0)
こうまで毎年末に仙台に行っているので、長年お付き合いいただいている皆さんにはお見通しであろうけれど、仙台の知人とは即ちぼくの年老いた両親なのであります。つまりは世間でいうところの帰省に当たるのであろうけれど、ぼくの場合は暮らしたことのない実家となるのでどうも訪ねたところで身の置き所のなさ、所在のなさを感じるばかりでうら寂しい気持ちになるから年を越すのは住み慣れた都内の自宅が良いということになり、暮れのギリギリ、大晦日に帰京するのがここ数年の恒例となっているのでした。大晦日の上り各駅列車に揺られるという経験をなさった方は共感いただけるかもしれませんが、乗客も疎らな仙台発の東北本線もしくは常磐線というのは心底から寂しさを掻き立てるものでありまして、それなのに毎年凝りもせず途中下車など繰り返すものだから表はすでに真っ暗なのにまだ宇都宮だったり水戸だったりするので自宅に辿り着く頃には紅白歌合戦すらエンディングを迎えていたりして、たまには大晦日をまったりと過ごしてみたいと思っても良いのではなかろうかなどと甘えた考えが去来していたのであります。でも昨年の暮れは幸いにも12月28日が土曜日ということもあって、一日繰り上げての行程を組むことができ、ゆったりとした年越しが迎えられるであろうという喜びもあって、例年になく寛いだ気分で旅立つことができたのでした。 ところが、繰り上がってよかったと思ったのはぼくだけではなかったようです。各駅停車の車内はとにかくずっと混雑していて、宇都宮、黒磯、新白河、郡山、福島ではそれなりの乗り継ぎ時間があったから途中下車することも考えていたのですが、立ちっぱなしになることを思うとげんなりするので、結局は白石まで来てしまったのであります。でもその甲斐あって昼の時点でここまで来れたのは正解だったかもしれません。 駅前の「停車場」は相変わらずやってる気配はないけれど、以前と変わらず店先には置看板があるので、やはりまだ現役なんだろうかとも思うのであります。さっぱり情報がなくて確認できぬのが歯痒いですが、どうにかしてでも入らねばならぬという気迫がもはやないから、一期一会で構わぬという気もするのです。 白石ではどうしても行きたいと思っていたお店が喫茶一軒、中華飯店一軒ありました。その喫茶が「Coffee ポエム」です。黒いフィルムが張られたガラスで店内の見通せぬストリートビューによる外観はひどく秘密めかしていて気になっていました。結論としては外観こそ怪し気ですが、店内は至ってオーソドックスな内装でした。ここから気になる中華飯店に寄って戻ってきたらすでに閉まっていたので、昼までの営業ということかもしれませんので、お出掛けになられる方は午前中がよろしいかと。 先の喫茶では忙しなく席を立つことになってしまいましたが、「停車場」の裏手に入口のある「カフェ・レストラン ドルフィン」ではのんびり過ごしました。こちらはガラス越しに店内が丸見えのオープンなお店ですが、人通りのないビルの狭間という立地もあって、リラックスして過ごすことができます。暮れも差し迫っていますので、駅前に人気もなくさっきまで揺られていた列車の混雑を思うと、またあの込み合った車内に乗り込むのが嫌になります。しかしそんなことも言ってられないので体を伸ばし、軽くコリを解消したところで次なる町を目指すのでした。
2020/01/26
コメント(0)
さて、夕闇も深まってくると、日中は人気のなかった郡山の呑み屋街にも活気が出てきます。以前から気になっていた二軒の酒場をハシゴすることにします。この二軒を楽しみに取っておいたのには理由があったのですが、結果、それが大いなる勘違いであったことが判明しました。今にしてみればその勘違いは余りにも愚かしい勘違いであったわけですが、勘違いは勘違いとして素直に受け止めることにして、いずれも非常に満足度の高い、ハイレベル酒場であったのです。報告前ですが、先回りして言っておくことにします。やはり郡山の酒場はレベルが高いなあと。 何をどう勘違いしていたのかは、後回しにして、まず最初にお邪魔したのは「やきとり 居酒屋 太郎」でした。最初見た時には黄色の看板は焼鳥屋としては異色だけれど、あとは普通の焼鳥屋、というよりは居酒屋とさほど変わったところはないなあという程度の認識だったのです。ではどうしてわざわざそんな代わり映えせぬ店に来ようと思ったのか。それが勘違いのきっかけであるのだけれど、ここを見た時に「太助」と思い込んだのであります。その思い込みは恥ずかしながら帰京後に調べどなかなか見つからないで困惑するまで継続したのです。ともあれ店名が何だろうとやっていたら入らないという選択肢はないのです。そして、入ってみて少し面食らってしまったのです。というのが、外観からは奥に深い造りのお店に思えたのに実際にはカウンターに5席ばかりの狭いお店だったからです。やはり酒場に限った話ではないけれど、店というのは中に入らぬと分からぬものなのです。厨房も厨房と呼ぶには厳しい程に狭小でありまして、そこはオヤジさんの居場所で、そこに立つともうキグルミを着た役者のようにオヤジの役を演じ続けるしかないようです。枝豆やサンマの水煮などのお通しはなかなかいいですね。そうこうするうちにもお客さんがやって来る。面白い事にまだ学生さんのような若い人が多い。どうやら早い時間は食堂使いをされているようです。一杯、もしくは二杯も呑んだら勘定を済ますのだろう。おぞましいくらい貧しい学生時代を送っていたぼくには実に羨ましい話であります。焼鳥には少し飽きていたので鶏刺を頂くことにしました。たまに食うとこれ旨いんですよね、新鮮なのは分かるけれど他所の品より上質なのかは知らぬことです。とにかくこの店のこの心地良い緩い贅沢な時間にあってはそれだけで旨いと思えるのでした。 実は次に行く店も「太助」と思い込んでいたのです。系列店ではなさそうなので、偶然同じ名前の酒場があるのだと思って、話のネタとして使えるかなと詰まらぬ下心を抱いたわけですが、実際には「やきとり 大助」と点がないのですね。しかも昔住んだこともある仙台の「大助」の流れをくむらしい。まあ、今となってはどうでも良いのだけどね。どうでも良いというのはこの店がどうでもいいという事ではなくて、むしろ真逆なのであります。こちらは外観を裏切らぬオーソドックスな造りのお店ですが、実に多くのお客さんで埋め尽くされていますくださいそれもその筈なのです。ここでは飽きたと書いたばかりなのに焼鳥を頼んでしまったのですが、それは値段に惹かれたからに過ぎません。値段に驚かされた後にさらなる驚きが待ち受けていようとは露も考えなかったのです。というのが、ここの焼鳥がまさしく驚くばかりに大きかったのであります。高級焼鳥の場合、値段もポーションも凄いということは少なからず出逢うものですが、安くてデカイはやはりコーフンを抑えられぬのです。無論、そんなケチ臭い根性は微塵も放たぬよう制御する位の自制心は持ち合わせている程度の自負はありますが、今はそんな無用な隠し立てなどする意味はないのです。いやはや何とも豪快でサービス精神の旺盛なことよと、この場合、少しく感動してみてもおかしくないんじゃないか。という事でまたも郡山の底力に驚愕させられて旅を締め括ったのでした。
2019/12/03
コメント(0)
本宮駅界隈での一夜は、思ったよりずっと充実し満足できるものとなりました。だけれどもですね、一晩過ごすには楽しめるけれど、連夜過ごすのはいくらなんでも厳しいものがあります。東北生まれで数年とはいえ過ごした事のある身としては、福島県はほぼ北関東みたいなものに思えるのです。東北一の都市を有する宮城県にしても仙台以外で呑み歩きするのはかなり厳しい。第二の都市盛岡を擁する岩手県にしても事態はさほど変わらぬように思えます。むしろ青森、弘前、八戸などがある青森県や山形、米沢、酒田、鶴岡のある山形県が呑み歩きには楽しいし、東北らしさも濃密に感じる事が出来るように思えるくらいです。だらだら書いているうちに言いたい事を書き逃すところでした。言いたいのは福島には大都市らしい町はないけれどどこもこぢんまりしてゆっくり呑み歩きたい町がまだまだありそうだということです。うっかりしたけれど、秋田県のことを書き漏らしてしまった。暮らしたことはないとはいえ、己の生誕の土地に触れぬのは不味い気もするが数年前に訪れた際に久し振りに目の当たりにした秋田の町は、若い頃に旅行で訪れた頃のぼくの好ましかった印象を壊すに充分な残念な体験となったのでした。でも、まだまだ訪れるべき場所がある事だけは信じているから、ぜひ近いうちに訪れたいものです。 さて、それはともかくとして本宮駅から郡山駅に引き返してきて、とっととホテルでくつろいでも良かったのでありますが、気分良く戻ってきたからこれで一日を終えるのがなんだかもったいない気がしたのでした。そこからの一杯が翌日に響くというのは良く分かっているのだけれど、店先にさんまの文字を見るとつい立ち寄らざるを得ないやむにやまれぬ衝動に駆られたのでした。さんまの塩焼きでで熱燗を呑むというのがたまらなく東北気分を盛り上げてくれそうな気がしたのです。 やって来たのは「まゆちゃん」なる微妙な店名のお店だったのですが、気にする余裕は最早なかったのでした。店内の様子を見てもらえば分かるけれど、カウンター席に座敷のオーソドックスな造りだけれど、じっくり腰を据えて呑めそうななところが東北の酒場という感じです。さっき福島県は北関東だなんてことを書いたけれど、この時間がゆっくりと流れるようなムードは東北の酒場そのものであります。それを盛り上げるのが店の方たちです。フロアーを担当するのは母と娘さん、このお二人が実にかまいたがりな方たちで、すっかりこちらも載せられてお銚子を何本も空けてしまうことになります。今年のさんまは小ぶりと言われていたけれど、こちらのはとんでもなく立派で久し振りにさんまらしいさんまをいただきました。厨房には若い父親とお手伝いしたくて仕方ない、料理にすごい興味と意欲を見せるお嬢さんが腕を振るっていて、未成年に就業させるなんて何事かという固いことはいいっこなし、これは仕事じゃなくて修行なのであります。なんていう暖かな光景を眺めているといつまでたっても席を立てなくなるじゃないか。 翌日はちょっとした野暮用があったのだけれど、それはすぐに済ませて昼過ぎには自由の身となったので、食堂呑みに突入です。かねてより行きそびれていた食堂に向かう途中に「半澤屋食堂」なる素敵なお店を見かけますが、ここはさすがに廃業なさっているようです。なので、悲願の「みたか食堂」に向かうのですが、目にしたとたんに興奮してつい写真をパチリとしたら店のおかあさんとばっちり目が合ってしまい極まりが悪いのでスルーしてしまったのでした。 でも大丈夫、郡山にはちょくちょく通った程度ではとても回り切れぬほどの大衆食堂や中華飯店があるのです。うれしや世間では町中華なる用語ばかりが流通し始めている一方でぼくばかりが意地になって使っている中華飯店を標榜する「中華飯店 十八番」が営業していました。見た目からぼくの好みのど真ん中です。店内も思ったより狭くてごちゃごちゃしているけど実にいいなあ。嬉しいことに食事を終えて独りのんびりと焼酎の水割りをくゆらすおぢさまもいらっしゃる。こういう先達がいるとこちらも安心して一杯いかせてもらうことができるというものです。前夜の酒も残っているし、まだ昼間だからビールで軽めに済ませることにします。定番の餃子がおいしいなあなんて思っていたら、トマトやホウレン草のお浸しがサービスされます。彩りがグンと増して食欲が一挙にアップします。東北に限ったことではないのでしょうが、どうも地元の野菜を現地でいただくと味が格段に濃厚に感じられるのはどうしてでしょう。最後に頼んだもやしそばは久々遭遇のトロトロ餡系でありまして、こんな安直食材の料理がべらぼうに美味しく思えるのでした。郡山の食堂や中華飯店を集中的に回ってみたいものです。
2019/12/02
コメント(0)
さて、酒場篇ではすでにホテルにチェックインを終えて、本宮駅に移動を終えいい具合に呑み終えましたが、郡山に到着後、まずは郡山の市街地を散策しました。散策というか端的には取りこぼししていた喫茶巡りをしたのですが、思ったようには捗りませんでした。 まずはホテルからもそう遠くない「珈琲館(COFFEE KAN)」を目指しました。なかなか長いことここて店を続けておられるようで、場所も駅から近いのでその存在は無論知っていたのですが、表から見るといかにも今風のコーヒーショップらしく見えたので敬遠していました。でもこの旅に出る前にネットで見ると内装は刷新されて真新しいけれど、白のソファに味わいがあるように思えたのです。でも白のソファというのは注意が必要で、時として実際よりモダンで洒落て見えたりするものです。ここも残念ながらその例に漏れず、どこかカジュアルなレストランのような印象で気勢を削がれるのでした。まあ、こういう清潔感のあるお店が一般には支持されるのだろうなあ。 口直しに「TEA ROOM モナミ(MONAMI)」に移動します。ここはかつて絶賛しているし、ぼくがそうするまでもなく数多の方が語っておられるから割愛します。それより残念なのが裏手にあったとんかつ屋さん、「世界」が店舗ごとなくなっていたことです。そう長くはなかろうと思っていたけれどまたしてもニアミスしてしまいました。 喫茶絡みでは唯一の情報交換などさせていただきいつま有益なご指南をくださる「脇道それて純喫茶」のエムケイさんに「クレイバーグ」という和洋菓子店の併設喫茶がある事を伺っていたのでお邪魔することにしました。が、お休みのようです。というか、正面から眺めても看板らしきものすらないし、裏通り側には看板はあるけれど現役感は希薄でどうももうやっていないのではないかと思ってしまいますが,気のせいであることを祈ります。 そのすぐ近くに「cafe et bistr BON」がありました。こちらはレストラン―ビストロを呼称しているがそういう感じではないかな―を兼ねたお店で,店の手前がレストラン風の造り、奥は喫茶店カラーが強めかな。その差異は座席の高低に如実に表れるもので、食事と喫茶の姿勢に応じたものなのでしょう。奥の座席は夕焼け前の少し赤みが買った光線が黒のレースカーテン越しに漏れ入ってきてそれがさほど好みではないラタン製の椅子に掛かるのがちょっと異国チックで悪くなかったのでした。 さて、本宮でも一応喫茶巡りを試みたのです。でもそれより何より目に飛び込んできたのは、本宮映画劇場でした。駅前横丁を奥に進むとあるのですが、そのおんぼろな伽藍めいた立派な物件には心を奪われました。たまには上映会が挙行されているらしく、ぜひこんな劇場で映画が見たいものです。 会津旅行で味をしめた蔵喫茶ですが、こちら「カフェ 蔵」は、モダンな印象で使い勝手はよさそうですが、好みのタイプではありませんでいた。 それならいっそのこと真正レトロの「若松屋」をお勧めします。甘味処というよりは端的に団子屋というのが良さそうで、奥ではおでんがふつふつと煮えています。セルフサービスというのも楽しいですね。子供のころ、こういう店で買い食いして遊びたかったなあ。
2019/12/01
コメント(0)
この先、本宮を訪れる機会などそうはなかろうと思うと一軒だけで引き上げるはずもないのである。いやまあ、満足したのだからそれで納得しとけよという真っ当至極な考えもあるけれど、そうはしないのであります。無茶な呑み方はできぬ年になったけれど、不思議と郡山―しつこいがここは郡山ではなくて本宮なのであります―では体調も良くて、ハシゴしてもちっとも酔わぬし、道北の空気や風土はぼくに合っているんじゃないかなんて思いそうになります。いや、生まれもそうだし、小学生から中学生に掛けての何年かを東北で過ごしたから本当にこや地方ての生活がぼくの体質とは相性がバッチリなのかもしれないぞ。だからといってなかなか移り住むだけの踏ん切りは付けられそうもないのてますが。ならばここにいる間だけでも存分に東北の時間を満喫することにしようか。 続いてお邪魔したのは「ひょうたん」です。もともと路地のような通りのさらに裏通りのような細道にひっそりとあるお店で、どうやら餃子自慢のお店のようです。入ってみるとこれがもう現代日本に残されているのが不思議な位の物件なのです。とにかく注目すべきはこの暗さにこそ感動するのです。ぼくは常々思っているけれど、酒場という環境は暗くないといけないのです。暗さは自然と思考を内省に向かわせる気がします。酒をそっと口に含みつつその日一日を振り返ってみる。ひと仕切りの回想と反省を終えたら朧な店内が徐々に輪郭を描き出すのです。その造作には、長年変わりのないであろうことが想像できるのです。果たしてこの店がどのような風雪を耐え忍んで来たのかさらなる想像を積み重ねるのです。そして、店を守るご夫婦のなり染めやご苦労などを伺いたくもなるのですが、一見の身でそれを伺うのはおこがましい気がして口を噤むのです。もはや餃子がどうだったとかについて語る事は不謹慎な気がする。というかほとんどそうしたことは些事にしか思えぬのであるし、実際に覚えてもおらぬのです。こうした記憶の曖昧さを経験するにつれ酒場の第一は雰囲気にあると思わざるを得ないのです。 それに比すると「本宮駅前 串焼 うまや」は、次の列車の時間調整にはうってつけです。先の酒場では時を忘れて留まってしまいそうになりますが、ここでは列車の時刻を念頭に置きながら呑むことができます。駅からもすぐで精算を済ませたら3分も前に席を立てば充分というのは非常に頼もしいものです。夜になると一時間に一、二本となるであろう、運転間隔ではできるだけギリギリまで店で過ごしたいものです。とりわけ、冬場の寒い時期には駅前酒場としての機能を残す店は是非頑張っていただきたいのです。何て書いてみたけれど、温奴に蓮根のはさみ揚げで燗酒の写真を見ると、いやはやこれじゃ列車の時間を忘れて呑み耽ってしまいそうです。都内の呑みは習慣に近い情緒とは程遠いものがありますが、やはり地方都市での呑みは全く違った時間の経過に酔わしてもらえそうです。ああ、どこか地方を感じられる町に呑みに出掛けたいなあ。
2019/11/26
コメント(0)
郡山への旅と標題にはありますが、郡山でホテルにチェックインし、少し散歩した後に、呑みの振り出しで最初に訪れたのは郡山駅の3駅先にある本宮駅なのでした。ぼくはこの駅の読みを最初は、「もとみやえき」と解していたのですが、もしかすると「ほんみや」と読むのが正解なのかもしれないと思い始めるともう駄目です。確固たる思い込みが揺らいだ場合は、もともと曖昧だった場合よりもよりその正しさの証左が不安定になり、そのどちらも間違っていて「ほんぐう」なんじゃないかとか記憶が混乱の極みに陥るのでした。正解は「もとみや」でありまして、これも一応ネットで確認してようやく安心してお披露目する始末なのです。それはともかく住所も福島県本宮市なのだから町の復興を祈念するなら正確を期するべきなのだろうな。というわけだから、急いで標題に本宮を追加することにします。てなことを書いたけれどこの記事の公開は後日となるので閲覧いただく皆さんには何のことやら分からないし、知ったことではないのかもしれません。 本宮駅周辺の通りには、いちいち全てにもとみや文化通りだったり平和通りなどと名が付いていて楽しいのですが、駅東側のロータリーを出たすぐに南北を貫くまゆみ通りの南側を少し行けば駅前横丁なんてのがあります。駅前の小規模スナック横丁なのですが、うち「大天狗」というのがなかなかの威容を放っていました。営業は、していないのかなあ。 また、いぼいしこみち(いぼいしとは、こりゃなんぞやと思い調べてみると、雲母によってできた丸いつぶつぶが張り付いた石のことを指すようで、さするといぼが取れるということで信仰の対象にもなっているらしいのですが)なる通りもあって、その突き当りには「だるま」というちょっとよさそうな焼肉店もあり、こちらは営業していますがいきなり焼肉だと後が続かないと判断しスルーします。 で、背景の様子から明らかなように時間は前後してしまいますが、まずは「やきとり 喜城」にお邪魔しました。この土地は台風19号により大きな被害をもたらした阿武隈川と安達太良川に囲まれた地形となっておりますが、そのいずれも川からも近い場所にこの焼鳥店はありました。店の裏側から近寄ったのですが、細い路地には店が吐き出す白煙でもうもうたる状態となっていて、それが実に風雅な印象で、さあこれからじっくり呑むぞという気分を高じてくれるのでした。正面に向かうとプレハブ風の安普請でありまして、少しく新しい気もしますが、なかなかこれはいい感じではないですか。店内もまたとても渋くて、カウンター席がやはりいい感じなんですがここは余程の常連でないと使わせないのか、すぐに小上がりに通されました。小上りもオーソドックスないい造りだったからいいんですけどね。というか東北で呑むならもしかすると小上がりとか座敷がしっくりくるかもしれません。さて、こんな環境なら何を食べたって旨いに違いないなんて書くと失礼だからフォローしておくと、味もいいし、値段も手ごろだし、言うことなしなのであります。地方都市らしく酒の値段はそこそこだけれど、こんな本宮であることを忘れさせてくれるような酒場の正道を行く店と出会えて大満足なのでした。
2019/11/25
コメント(0)
喜多方では夜を過ごしたことがありません。ホントは今度こそ喜多方の夜を体験しようと当初は意気込んだものですが、なかなか予定も合わず実際宿もあまりなさそうで、仮に夜の喜多方で呑んだところで結局は会津若松に宿泊することで落ち着きそうです。まあ今回はそんな余裕もないから日中に呑むことにするのですが、喜多方で日中やっているのはラーメン屋ばかりだからそうそうあちこち行くわけにはいかぬのです。 喜多方ラーメンはぼくの好みに近いから無論一度は食べるつもりだけれど、日に二度はいいかな。前の日もどこに違いがあるかよく分からぬ会津ラーメンを食べているし。という事で向かったのは、以前から気になっていた「浜町食堂」なのです。ここはラーメンもあるけれど、外壁にみそラーメンとあるから喜多方ラーメンとは全く別物であると思われるし、天ぷらやカツ丼の表記もあったように記憶するからきっとラーメン以外もあるはずです。それより何より何とも唆る外観ではないですか。しかし、無情なるかな営業はしていませんでした。これはどう考えるべきなのだろう、ガラス戸越しに下がっている暖簾はこれからも表に掛かる予感がする程に生々しい現役感があるけれど、全体がもたらす印象はもう役目を終えたかのような虚無感が放たれて感じられるのです。 それではと周遊バスからチラリと見えた中華飯店風のお店を目指す事にしました。行ってみると喜多方ラーメン店でしかなかった訳ですが、店の奥の座敷の雰囲気などぼくの好みに近いから正解だと思えるのです。「ラーメン こうへい」は町からは外れた観光客がなかなか訪れる事のなさそう地元の方の御用達のお店かと思われます。お酒を頼むとここでもきゅうりのお新香がサービスでついてきました。前日からきゅうりばかり食べている気がしますが、夏場のきゅうりはおいしいだけじゃなくて風情もあります。噛み切る時の音もさわやかです。さて、ラーメンはというとやはりここでも旨かったのです。喜多方ラーメンといってもぼくには際立った個性は感じられませんが、少なくともこれまでこの地方でいただいたラーメンはどれも間違いのない旨さで、シンプルで飽きないのが何よりいいのでした。チャーシューも肉厚で食べ甲斐があったなあ。 帰りの高速バスの時間までは1時間程あります。町を駆けずり回る時間はないし、それより体力もそろそろ限界が近付いています。ならば乗り場から近い「櫻井食堂」が便利そうです。外観は駅前食堂らしくボロく儲けてきたかのような立派なビルで寵愛の対象とはし難い雰囲気だし、実際店内にもやたらと芸能人やらのサインが飾られていてゲンナリとさせられるのだけれど、卓数も多くて広々としていてこれから窮屈な高速バスに乗り込む前の身としては手足を伸ばせてリラックスできました。さてビールのお供はここでもやはりきゅうりなのでした。もはやきゅうりがデフォルトと思えてきますが、季節が違ったらまた別の定番があるのかもしれません。冬場に訪れてみたいと思うのでした。さて、ラーメンは先のお店の見た目からまったく違ってます。明らかに澄んだ薄いルックスであります。が、むしろこっちのほうが塩味は強かったかもしれません。見掛けは違ってもこちらもやはり旨い。なんだかこうして書いてるうちにもまた食べに出掛けたくなるのでした。今日の昼はラーメンにしておこうかな。
2019/10/28
コメント(0)
さて、翌日は喜多方へと移動しました。これまでに何度も喜多方には来ていますが、観光らしい観光はしていないし、そこら中にある蔵を眺めて適当な店で喜多方ラーメンを食べるだけでした。大体において蔵の町というのは、日本各地に点在しているけれど、単調過ぎて風景に変化が乏しくてぼくには余りその魅力が分かりません。さらにはラーメンの店にしたって有名店を調べたりせずに適当に目に付いた店に飛び込んだもので、つまりは喜多方は会津の旅の添え物扱いでしかなかったのです。しかし、今回、週末のみ運行される観光周遊バスを利用することで、一挙に喜多方という町に愛着を持つに至ったのでした。 しかし、不満も少なくありません。そのバスは喜多方の市街地の要所をぐるりと巡ってくれて大変重宝しましたが、観光パンフレットを見るとこの周遊ルートからかなり外れた辺りに国宝級の立派な仏像なりのある古刹があるようなのですが、歩くにはかなり厳しそうです。しかも拝観には予約が必要な施設が多いのも敷居を高くしています。見どころの中心は「旧甲斐家蔵住宅」がメインとなりそうです。でもここがこぢんまりして案外良いのです。贅を尽くすというには少し物足りないけれど、程よく立派でここに数日寝泊まりしてみたいと思いました。かつては喫茶室として開放されていた洋室、また喫茶室として利用すればいいのに。 でもこのバスが有難いのは,1日わずかに2便ですが,一番感銘を受けた「新宮熊野神社」の長床に連れて行ってくれることです。能舞台のような吹きっ晒しの施設でした。その成り立ちは各位お調べ頂く事として、喜多方の風土にしっくりと馴染みつつも緊張感を称えるのです。そのシンメトリーにきっちりと計算されつつ建設されながらも不可思議な位に自然と調和しており、修行とは無縁なぼくはここで酒でも酌み交わしたい気持ちがふつふつと湧いたのでした。 さて、またも観光ブログ化しつつあるので、そろそろ喫茶に話を移すことにします。前日の会津若松で蔵造の喫茶を訪れたことを書いたけれど、そこで従前抱いていた蔵造喫茶への偏見が一掃されたのであります。都内にも蔵造喫茶が散見されるけれど、それらとの決定的な差異は恐らくこうである。つまりは、同じリノベーションによる喫茶であっても喫茶化の処理が完了して以来、実際に使用しだしてからの積み上げてきた時間が全く違っているのだと思うのです。同じ蔵造喫茶ではあるけれど、「喫茶 くら」は前日訪れた会津若松のものとは全く印象が異なります。会津のがエキゾチックさを前面に押し出していたとすれば、喜多方は洗練と渋みがにじみ出るような内装となっています。どちらも魅力的でオリジナルなセンスが蔵という凡庸で退屈な空間を満たしていて、感動的なのでした。「珈琲蔵 ぬりの里」も蔵の喫茶ではあるけれど、こちらはどちらかといえば標準的な蔵空間の利用の仕方といえると思います。特に目立った工夫はないけれど、安心して利用できます。「珈琲専門店 煉瓦」は煉瓦造りの蔵を利用した喫茶で、それだけで他の漆喰壁の蔵とは異色でやはり抜群に洗練されています。駅前にあってくれてよかった。今後も喜多方を訪れるたびに立ち寄ることになりそうです。 おまけになりますが、「山口製菓本店」に立ち寄ってみました。日本一おいしいパン、日本一まずいバターパン、毒りんごサブレーなどなど奇抜なメニューで知られるお店ですが、お向かいの有名喜多方ラーメン店は行列ができていましたが、こちらにはお客さんの姿はありませんでした。 そうそう、会津若松の「ブラジル」、今回が初めてかと思っていたのですが、4年前に立ち寄っていたようです。初訪のつもりでしたが、お恥ずかしい。一応訂正しておきます。
2019/10/27
コメント(0)
会津若松には、町の規模を不自然な位に凌駕する呑み屋街が点在しているようです。いわきや郡山は福島の町の規模ではツートップに当たると思うのですが、何れも実に多くの呑み屋があって呑み屋街を構成しています。前者が海岸寄り、後者が中通りと言ったっけ、この2つの都市が両地方を代表する繁華街とすると、会津若松は山通りと言うのが正しいかは知らぬけれどそこの中心的な繁華街である事を指摘するに異論はなさそうです。ところで、一方で海通りではいわきに準ずる町はなさそうだし、中通りで県庁所在地の福島なんかになるとかなり規模が劣ったりする。会津若松のお隣りの喜多方もそうだけれど、福島の人は地方毎に中核となる呑み屋街を形成してきたらしいのです。それがぼくに何だかよく分からないのです。彼らは身近に呑み屋は不用ということなのでしょうか。いや、呑むのが好きなはずなのに身近な町に呑み屋街が作られなかったのは、呑むというイベントが彼らにとってはハレの日のご褒美、特別な出来事に相当する事なのかもしれない。首都圏とかの大都市圏の人のような日常というよりは、休みの前夜とかに普段の自動車通勤を電車通勤に切り替えて、ちょっとおめかしなんしてお出掛けするようなものなのかもしれません。 だからかどうかは定かではないけれど、会津若松の酒場は庶民的な大衆酒場というよりはライトな料亭とか割烹風のちょっと気張った雰囲気の店が多いような気がします。つまりは、独りでぶらりと立ち寄るお店というよりは、予め予約して団体だったり夫婦なんかでじっくりと腰を据えて呑むようなスタイルが標準的な呑み方のようにも思えます。これは東北地方など雪深い地方になると夜な夜な呑み歩いているわけにはいかぬという事情もありそうで、また、数年前にいわきで年末をすごした際に、都内なりで勤める地方出身者が帰省した際に地元の仲間や家族たちと過ごす場として酒場が用いられるといった理由もありそうです。さて、この夜は「会津居酒屋・郷土料理 籠太」を目指しました。ここは過去何度も振られ続けていて、さすがに予約をしておかねばならぬなあなどと思いつつも、酒場に行くのに予約して行くのを潔しとせぬ下らぬことで依怙地さとそれ以前にメールなりに慣れてしまい電話するのが苦手なこともあり、結局これまで通りいきなりにお邪魔することになったのです。これまではお盆時期だったり、週末だったりといかにもな繁忙期だったので、平日夜なら大丈夫だろうと高を括っていたという理由もあります。ところがですよ、行ってみたらなんとなんと予約でいっぱいらしいのです。でも店の方が気の毒と思ったのか、カウンター席ならよいと嬉しいことに入れてもらえることになりました。最近は一軒の酒場で落ち着いて呑むのもいいものだと思えるようになったので、ここでゆっくりと過ごすことにしました。で、長々語っても仕方ないので、端的に感想を語るとします。まず肴はとても美味しかった。無農薬野菜の自画自賛や蘊蓄をくどいくらいに聞かされるのはちょっと面倒だったけれど、確かになんでもない野菜のどれもこれもが風味が強く単純な調理でも充分に酒の肴として耐えうる強度を持っているように思えました。鰊の山椒漬やこづゆなどの地元の料理も他店でこれまで食べたものより洗練しているように思えます。なるほど、太田和彦氏も好んで通うはずだ。店の方もこの土地や店をとても大事にしていることが伝わり、少々鼻につくくらいは目をつむるべきかもしれません。でもやはり予約は面倒だなあ。後日、S氏が予約なしにお邪魔したらやはり断られたそうです。 さて、もう一軒だけお邪魔しておくことにします。一度会津若松駅に近いホテルに戻り、繁華街のある七日町まで出直すつもりでしたが、やはり思っていたより遠くて、面倒になり駅そばの店に行くことにしました。しばらく歩き回りますがこれといったお店がないと諦めかけたところに「居酒屋 喜平」もしくは「喜平そば屋」という二毛作らしい商売をするお店が、それなりに年季のある店構えなのでお邪魔することにしました。店内は思った以上に狭くて5席もないカウンター席に紛れ込ませていただきました。右手には土建系の勤め人の滞在客、すっかりここが気に入って毎夜通っているようです。左手は地元のOLさんでやはり常連さんでした。結構お腹はいっぱいだったので、鰊の山椒漬をまたも頼んでしまいます。ここのはしっかりした歯応えの残るまさに酒の肴というもので、これがあればいつまでだって呑んでいられる気分になります。このまま冷凍したのを土産で持ち帰りたいくらいです。土産物屋で売ってるのは大概美味しくないですからいつも土産に買って帰りますが、持て余してしまうのが常です。その後、自慢のそばをいただきました。親父さんは店の裏で一人黙々とそば打ちに励んでいて、ぼくの注文した品を作り終えると汗だくになって店のほうに出てこられて、お客さん皆さんにねぎらいの言葉を受けておられました。そのそばは素朴でしっかりした歯触りもあって無骨ながらも味わい深いそばでした。この店は地元の方もそっと内緒にしておきたい店のようで、こうして感想を述べてもいいのだろうかと懸念もありますが、記録しておくことにします。
2019/10/21
コメント(0)
会津若松は、以前も喫茶巡りで一回りしていて結局はさしたる収穫も得られぬままにすごすごと撤退を余儀なくされたという経験があります。だからして大した期待も持たずにかつての記憶に基づきほとんどリサーチすることもなく訪れたのですが、今回はむしろそれが効を奏する結果に繋がったのではなかろあうと感じているのです。なんてことを書くととんでもなく素敵な喫茶と巡り合ったかのような誤解を招きそうではありますが、けしてそういうことではないのです。確かにいい喫茶ではあったけれど、それ以上に己の偏見に凝り固まった先入観を心地よく解いてくれたことが収穫だったのです。 駅前フジグランドホテルは、ホテルそのものはそうでもないけれど、併設するショッピングモールや何軒かの飲食店は寂れた雰囲気を放っています。「カフェ sugar」は、かつては「パーラー&喫茶 瑠璃絵」といったはずです。無人のエントランスから階上に伸びるエスカレーターは止まっています。そんな止まったままのエスカレーターを上がるとそのカフェはあるのですが、外観はかつてのままでしたが、店内は味気のない今風の様子に様変わりしていました。まあ期待なんか少しもしてなくて、もっぱら実用のためにお邪魔したので問題なしです。 で、思いがけずもよかったのが、「珈琲館 蔵」であります。大体察しがつくと思いますが、蔵とかいった伝統的な家屋をリノベーションとかしたようなレトロ好きが好みそうな似非レトロチックな建物にはぼくはどうしても乗ることができずにいたのです。都内にも蔵を改装した喫茶店などがちょくちょくあって、何度も利用してはいますが、一度たりとて感心することがなかったのです。外観はまあそりゃそうだけれど、内観も天井が高かったりとそれなりに通常の建築物とは造りが違っていますが、元来目的を異にする建築を別な目的で利用するのが大体においてしっくりこないのも無理からぬことなのではないでしょうか。でもですね、ここはちっとも違和感なく喫茶店として機能できている。もとより蔵のような外観をもった喫茶店として設計されたかのようです。2階から見下ろした眺めはなかなかいいのです。仏像なんかもすんなりとこの空間に不思議と融和していて、異様なキッチュさとは無縁にここにあるのがむしろ自然といった風に飾られていたのでした。1階入口入ってすぐのちょっとポップなスペースもあれはあれでいい感じでした。 何度かフラレている「COFFEE ブラジル」が営業していました。鰻の寝床状の奥に深い造りになっていて、天井の造作も凝り過ぎぬ程度にモダンなセンスが感じられてちょっといい感じです。店の中心の卓席では二組2名の孤独そうな老女達が持ち込んだらしい菓子などを肴に缶ビールかなんかを呑んでいます。地方都市の町外れの喫茶なんかでは良く見かける光景ではありますし、店のムードからは異質な印象を受けますが、こうした高齢者の寄合としての意味合いを古くからの喫茶は担ってもいるのでしょう。こうした黄昏スナックめいた光景は、すっかり馴染みのものになりましたが気持ちがどんよりするのはとうにもしようがないことなのです。 ちょっと先に「日新堂パン店」がありました。古くて味のある店なのでいくつか試してみましたが、ウ~ン、ぼくには合わなかったみたいです。でも頑張って続けて欲しくなるような応援したくなるお店ではありました。
2019/10/20
コメント(0)
会津田島駅からは会津鉄道が直接JRの只見線に乗り入れていて、ちょっとうつらうつらするうちに会津若松駅に到着しました。会津若松にはちょくちょく来ているので、観光ももういいかなあという感じです。そんなに腹が減ってる訳じゃないけれど、せっかくだから駅前の前々から気になっていた大衆食堂に立ち寄ってみることにしました。「マルモ食堂」は、会津若松駅前で操業して100年を経過している近頃百年食堂とか呼ばれたりするようなお店です。昔から気になってはいましたが、駅前過ぎてどうも土産物屋の延長のお店という感じで敬遠していたのです。土産物屋に併設の食堂ってのがどうもぼくにはいい印象が持てずにいるのです。入ってみると土産物屋的な要素は少しもなくて、ただただ飲食スペースが広がるばかりです。いかにもな懐かしいこざっぱりしたそっけないムードの端々に白い梁やパーテーションなどがありますが、これはもしかすると耐震補強の一環なのではないかと思ったりもしました。初老の男性が遅い食事を終えて度を越した絶賛お言葉を店の大女将にひとしきり述べて去っていくと、店にはぼく一人になります。もろキューを頼むと丸ごと一本が鉛筆のように先っちょを削っただけでゴロンと出されるのでした。甘みのある味噌を付けて齧ってみるとキュウリ自体からも甘みが感じられすごぶる美味しい。静まり返った店内にぼくがキュウリを齧る乾いた音が響いているように思えるのです。さて、夜に差し支えぬよう軽めにラーメンを頼みました。会津ラーメンとは銘打っているけれど、その定義はよくわかりません。お隣の喜多方ラーメンもその定義を知らぬから、ジャンル分けなどどうだって構わぬのですが、この店のラーメンはとても淡白ですっきりとしたスープでぼくの好みです。ゴテゴテに脂ぎったラーメンもごくたまには旨いけれど、毎日食べるならこうしたあっさりタイプがめっきり好みになりました。こういうのは飽きないし、毎日だって食べていたいと心底思うのでした。
2019/10/14
コメント(0)
北千住駅を振り出しに、東武の伊勢崎線、日光線、鬼怒川線、新藤原駅からは野岩鉄道、会津鉄道、JRの只見線を乗り継いで会津方面に出掛けることにしました。ぼくは常に金銭的に余裕のない人生を送ってきているから、会津方面に行くとなると高速バスもしくはJRのみを乗り継いで出向くことになります。複数会社を使った今回のような行程は、極めて贅沢に感じられるのです。東武線に関しては株主優待券などが利用できるのでまあ何度か乗車していますが、野岩鉄道や会津鉄道はずっと乗車したいと思いつつ果たせずにいたのでした。かつてはともかくとして今では特別に鉄道好きというわけでもないのですが、それでもやっぱり初めての線路上を列車で通過するということになるとそれだけで旅に向ける期待は膨らむのです。というわけで旅の目的のメインが出発時にあったのですが、実際に乗り継いでの感想はといえば正直期待よりかなり劣った満足度しか与えてくれず、この日の目的地である会津若松駅に近づくにつれ、膨らんだ期待は早くも夜に向けるしかなくなるのでした。しかしいくら何でもこのまま真っ直ぐ会津若松に行ってしまっては時間を持て余しかねぬ、そう考え会津田島駅にて下車することにしたのでした。 寂しい駅前を真っすぐ進むとT字路にぶつかります。左右を見遣ってみてもどちらに行ったとてこれといった面白そうなお店などないのでした。とりあえず北に向かって歩いていくと普通の新しい民家をそのまま喫茶―いやカフェというのが近いかな―にしたような「こまつや珈琲店」があったので、朝からコーヒー一杯飲んでいなかったので寄ってみることにしました。店内も外観を裏切らぬ綺麗で居心地はいいけれど、ごく普通のお店でありました。 引き返して今度はしばらく南下をすることにします。こちらは見るべきお店なども多少はあって、かつてはこちらが町の中心だったのでしょうか。「マルイ製パン店」なる看板が見えます。店が閉まっていますが、人の気配があったので店内を覗き込むと営業はしているようです。そっと忍ぶように入っていくと弁当もありますが、パンも数種類ありました。ハンバーガーを買ってみます。150円位だったかなあ。パンズにちっちゃなハンバーグとレタス、味付けはマヨネーズとケチャップという大雑把な味わい。特別旨いということもないけれど、お手頃で悪くないです。 その先には「C'est si Bon」という廃業喫茶がありました。ちょっとカッコいいですね。こういうお店の内観の写真などもストリートビューなどで見ることができるといいのになあ。まあ、店の方の同意をもらうのも難しいのでしょうが。 ぼちぼち駅に引き返すことにします。すると線路に近い場所に「喫茶 ワゴン」がありました。先ほど同様に民家そのままという感じですが、幾分か枯れた感じが漂っています。店内に入ると写真ではいかにも最近建てられたおうちの一階を喫茶にしたように見えますが、それなりの時間が経過しているようです。というのも店の奥にはテレビゲームの筐体も2台置かれていて、店の方の控えているカウンターなどそれなりの年季を感じました。リフォームが加えられているのかと思います。目立つのは店の中央にある巨大な切り株です。こういうのってインテリアとして配置するにはそれなりにセンスを要求されると思うのですが、案外しっくりと店に馴染んでいて、こちらはちょっと好きなタイプのお店でした。
2019/10/13
コメント(0)
まだまだ郡山の夜は続きます。この町の日の出通りに来ると本当に気分が盛り上がってきます。ぼくとしては呑み屋横丁というのは矢鱈と酒場が多ければいいって訳じゃないのです。表通りの小奇麗だったりきらびやかだったりするような空間からは隔絶したように唐突に異世界へと足を踏み入れたかのような錯覚を覚えさせてくれるようなのがベストなのです。その点でこの郡山の日の出通りというのは幾分道幅が広いところに難があるけれど、それは通りの脇の路地や照明すらまともに灯らぬアーケード商店街が補ってくれるのであって、そういう情緒を存分に味わったら、やはりこの通りに面したオンボロ酒場こそがメインディッシュなのです。そんな魅惑の通りから未訪の2軒を訪ねることにしたのです。 1軒目の「大串」は、これまで何度も通り過ぎていたのにうっかり見過ごしていたお店でした。どうして見逃していたかは写真をご覧いただくと一目瞭然。こうして見ると目立ってるような気がしなくもないけれど、周辺の酒場の寂れっぷりやらが際立って目に留まりにくい外観なのです。紺地のテント看板もホントにこれで看板としての役割を果たせているのか甚だ疑問なのです。いかにも危うい感じの店だなあなんて思いながらも、何より気になるのが果たして入ったところで余所者を受け入れてくれるかどうかへの不安でありました。明かりが漏れてくるから営業しているのは間違いなさそうだけれど、一体お客などいるのだろうか。階段を登り切った辺りでそれが杞憂であることを知るに至ります。戸の外にまで酔客たちの嬌声が響き渡ったからです。そうなると心配は入れるかどうかということになります。何とか席を確保できましたが、いやはや大変な繁盛ですね。店内も少しも怪しさなどなくてむしろ明朗すぎて物足りない位です。老若男女の入り混じった客層で万人に人気があるらしいのです。肴を注文して納得。そこらの店で出すものとは一線を画しているのです。いや、そんなに大袈裟に凝っていることはないのですが、材料もそんなに凝っているとは思えぬのですが、なんだろう調理の手際に勢いがあるのかなんだかとても旨く感じられるのです。そうじゃないとこれほど多くの人たちから支持を得られないだろうし。人気のほどに合点がいきました。 そのお向かいに「三松」があります。ここは以前からずっと行ってみたいと思っていたお店です。でもあんまりやってる気配がないのですよね。店の方が高齢で気分次第で営業したりしなかったりというタイプのお店なのかなあ。とさっき実は確認してあってやってることはわかってるんですが、今にしてみるとどうして先にこちらに来ておかなかったのか酔っぱらいの行動に不信を抱かれるのがよくわかるというものです。足を踏み入れた店内は静まりきっており、沈鬱そうな表情を浮かべられたご夫婦がおられましたが、ぼくを見るとすぐさまテレビの見やすい席を案内してくれます。あらら、他にはお客さんはおられないのね。でもでもですね、こんなプレッシャーの掛かる環境であってもそれ以上に内装が素晴らしいから、緊張をはねのけてぜひお出掛けいただきたいのです。そして、なじんでみるとですね、このご夫婦揃って秋田の出身ということなのですが、実に人柄がよろしいのです。すっかり仲良くしてもらって楽しいひと時を過ごすことができました。正直、酒以外にはお通しの山芋千切りにとんぶりをまぶしたものだけであったけれども、それでもう大満足なのです。
2019/10/10
コメント(0)
急遽、郡山に訪れる事になりました。その理由は書き留めるほどの事でもないから割愛しますが、所要を済ますと夜には知人と落ち合って呑むことにしました。もう少し時間に余裕があれば、折角の遠出だしもう少し充実したプランを組むことも可能だったはずですが、まあそんなに気張らずとも郡山ならきっと満足いく酒場巡りができるはずです。 そんな酒場に関しては絶大の信頼がある郡山ですが、こういう褒められ方をして地元の方たちがうれしいと感じるかどうかはぼくにはよく分かりません。この夜はずっと行きたいと思っていた駅前すぐの「酒蔵 金寳」でした。郡山の呑み屋街は波状的に広がっていて、どこがその中心と定めるかは人それぞれに異なってくると思われるのですが、この昔ながらの蔵造り風の居酒屋は、それらいくつかに分散する呑み屋街からは孤立した立地にぽつねんとあります。お隣が空き地になってしまってなお一層の孤立感が際立ってきたように思われます。こちらは店内の撮影を禁じる貼り紙がありますので、順守させていただくことにしますが、店の中心には二の字のカウンターが設けられそれを取り囲むように卓席がズラリと並んでいます。赤いカーペットの敷かれた階段もあるので、かつては2階も使われていたようです。座敷にでもなっているのでしょうか。客席はかなりの席が埋まっていて大変な盛況ぶりなのですが、驚くべきは初老のご主人がすべてを一人でこなされているということです。その働きっぷりのすごさは素晴らしく感動的なのですが、あまりにも過酷過ぎるように思えて不憫さを感じるほどですし、何よりこちらが草臥れてしまいそうになります。せめて卓席を半分に減らしたらと思ったりもするのですが、これは店主の矜持が許さぬのかもしれません。そんな忙しい中でも調理の手を抜かず、余り待たせたりしないのは凄いことです。感動しました。 続いては、典型的なオオバコ居酒屋の「居酒屋 安兵衛」です。店名から茶系統で統一された店内はまさに日本の居酒屋という雰囲気で、すべてが正統的な感じで実に落ち着くのであります。肴もなかなか気が利いていて頼んだのはキノコをさっと煮たもので肉とか余計な野菜が入っておらずいさぎいいのでした。きっと年を取って毎晩通いたくなるのは、こういう店なんだろうなあ。ただ気になるのが店員さんたちで、彼らはやけに若いこともあってどうも見ていて仕事に対する真剣みに欠けるような気がするのは、ぼくがオヤジ化しつつあるからなのだろうなあ。でもまあこういう普通の居酒屋が当たり前に残っている郡山はやはり良いのだということを再確認できました。
2019/10/09
コメント(0)
これを書くかどうかはちょっと迷ったけれど、捨て置くにはもったいない気がするのでとりあえずは書き残しておくことにします。酒も登場しないので酒呑みのためのブログとしては、異色ではありますが以前もそうしたお店を報告しているから繰り返したってさほどまずいことはないと思うのです。むしろ特に相馬のお店は堪らなく素敵だったので、お披露目もせぬまま放棄するのは大衆食堂好きの皆様に申し訳が立たぬし、後からなんで早く教えてくれなかったのということにもなりかねぬから、だから御託を並べず堂々と描くことにしたのでした。 いわき駅で朝食を取るのはなかなか厄介です。「オフィス」を始めとしてモーニングサービスのある喫茶店はあるけれど、困ったことにどこも駅からはそれなりの距離を歩かねばならぬので、次の列車までの乗り継ぎ時間―これがまたじっとホームで待つのは厳しいけれど、改札を出て市街地を目指すだけの暇はないという誠に不親切なダイヤなのです―を埋める程度の時間でこなしておきたい旅の途上の者にとっては、誠に悩ましい問題なのであります。駅ビルの上には仙台では知らぬ者のない大衆食堂チェーンがある事を知っていたので、覗いてみたのだけれど何だよまだ営業前ではないか。東北の人は朝食を外で済ますことが少ないということか。いやいや、そんな事はないはずです。困った挙げ句に余り時間の余裕はないけれど駅前に出てみることにしました。するとそこに「ひよこ」なる立食いそばのお店がありました。真新しいけれど質素な造りのまあ立食いそば屋らしいお店です。ばあちゃんが一人でやっていて、動作もスローモーなので発車時刻に間に合うかとヒヤヒヤしますが、辛うじて間に合いました。薄目の出汁に柔らかい麺、旨いという程のものではないけれど不味くもない。斯様にグルメとしての感想なら一言で済ませてしまえる所でありますが、ここは震災後店を閉めたけれど、再開の声に応えて復活を遂げたお店らしいことが店内の貼り紙に書かれていたと思う。思うなんてこの文章の肝なのにそんないい加減なことでいいのか。でもそんな話を今思い出そうとして書いていると店のばあちゃんの東北の人らしいぶっきらぼうで朴訥としていながらもどことなく暖かみのある茶目っ気が気持ちを和ませてくれるようなのです。古くからここに通った方でここの再開を知らずにおられた方だけに向けてこれは書かれています。ぼくがこの先、常磐線で仙台を目指す事があるかどうかなどまだ分からないけれど、そんな時があるならまた立ち寄ることになりそうです。その時にはきっと常磐線も全線復旧しているのだろうなあ。 相馬駅に到着したのはもうおやつ時も迫り、完全にランチタイムを過ぎた頃でした。ただ楽して列車に揺られているだけなのに、むしろ揺られているからだろうか、やけに腹が空いています。座敷でドスンと床に尻を置いて呑むと立ち上がった瞬間に酒が回って、急激に酔いが回る、そんな俗説に近いかもしれぬけれど、いずれも実地に体験していることだから全くのウソということでもないと思うのです。さて、相馬駅の周辺には怪しげなお店が点在しています。呑み屋街という程の規模をなしていないけれど、スナック寄りのお店が分散して立地しており、時折そこに喫茶店や食事処が混じり込んでくるという感じでしょうか。いい感じの洋食店などもありますが、そんなさり気ない様子で営業をしている一軒が「末廣食堂」でした。こんな時間なのにやってくれていて嬉しいなあ。もう嬉しくなるような古びた店内に先客はカップル一組。遅めの昼食だからか揃ってラーメンを食べていました。ラーメンもいいなあ、でもここはやはりカレーライスにいっておきたい。ぽってりと甘くはないけど辛くもないルーは自宅で再現したくてもなかなか思ったようにはいかぬのはどうしてだろう。最近ネパール料理がじわじわ人気ということだけれど、先般再現を試みたら案外簡単だったのとは大違いであります。一口に日本のカレーは、甘いとかスパイス感が足りないとか言ったりするインド人を見掛けるけれど、インドでも地方ごとに特色があるのと同様に、いやもっともっと多様な変化が日本のカレーにはあるのだぞと言いたい。ぼくの知っているインド人なんぞはカレーを作ってやると言って自信満々に持ってきたのでありますが、それはどう味わってもジャワカレーそのものであったのだ。バングラデシュ人の人もジャワカレーが好きと言っていたな。もしかするとインド人にとっては日本のカレーとは比較的美味しいジャワカレーと後は美味しくないのしかないのかもしれない。日本の食堂はふっくらしっとりしたメシに合わせようと各店ごとに競って味を磨いてきたのだから旨いに決まっているのです。蕎麦屋だって中華飯店だってそうなのです。そんなことを思ったりはしませんが、大いに満足のいく昼下がりランチとなりました。これでビールだけでもあったら言うことなしなのになあ。
2019/03/12
コメント(0)
仙台は子供の頃から慣れ親しんだ町で良く知っているつもりでした。それこそ目に付く路地は尽く探索し尽くしたつもりでいたけれど、それは言ってみれば通過しただけで、通過という最低限の経験があるばかりなのです。人生はゲームのようなものだけれどゲームそのものでは恐らくなくて、子供の頃にやっていたのはきっとゲームでしかなかったのだと思うのです。町歩きなどという趣味は所詮ゲームみたいなものなのだからそれはそれで構わないのかもしれないけれど、地図を塗り潰すばかりでは楽しくない。楽しくはないというのはもしかすると残りの余生を虱潰しにすることに情熱を燃やすというある意味で純粋な欲望が眩くて直視に耐えられなくなっただけかもしれません。黙々と自身に課した課題に対峙する人達はそれが他人には如何に狂って見えたとしても、脱落者にしか過ぎぬぼくには羨望の念を抱かずにおられぬのでした。 何だか思い出のある土地のことを書くと青臭い方向へと話しが流されがちです。話の流れからすると例えば酒場放浪記の登場店をコンプリートするなんて目標もあろうかと思うのです。しかし、ぼくはそこには然程の価値を見いだせぬのです。なぜならやるならどんなに愚かしくてもいいから既に他人が成し遂げた事を真似してみせたとして、さすがに憧憬の対象とはならぬのです。左記の目標は既に吉田類により遂げられているのだし、しかも多くのスタッフの手を借りて克明に記録までされているのだから、素人が用意に太刀打ちできるはずもないのです。だから「菊水」もぼくなどが語るべき事などほとんど残されてはいないのです。予約の時間になって訪ねてみると、なるほど確かに大いに繁盛しています。予約したのは12月に入ったばかりの頃だったろうか、今年こそはと勇んで電話してみたらすでにその時点で予約は一杯、それでも何とかかんとか大いにお待たせすることになるかもしれませぬし、もしかするとお出しする品がなくなってしまうかもしれぬませぬがと店主が仰るのも聞かずに何とか8時に名前だけでもメモして頂くのに成功したのでした。3年前は満席で退散、一昨年は予約ミスを犯してしまうという失態の末に三度目の正直としてようやくの入店が叶いました。それはそれでまずは悦ばしい事ではありますが、金と時間がある人なら少しの労も払わずに達成できるのはやはり余りにもガッカリさんなのです。やはり最初に塗り潰しゲームは二度目以降にこそ真の楽しみがあるのだと思うのです。全店踏破を成し得た方も少なからずおられると思うけれど、二巡目にはきっと初回とは全く異質な体験が待ち受けていると思うのだけれど、皆さんはいかがお考えでしょう。ともかくとして、ここは人気のあるのもむべなるかな。確かに肴は何を食べても旨いのだ。しかも単純に素材で勝負ってわけじゃなくて―無論、素材で直球勝負の品もあって旨いのだけど―一捻りしてあるのが楽しいのです。年齢が増すにつけ、単品の料理を食べ続けるのが困難になっている気がします。決まった一品をひたすら食べる、そう鍋料理なんかがそれに近いと思いますが、食べていてすぐに飽きてきてしまうのです。ここは工夫の利いた肴があるので、マンネリにうんざりした舌をも飽きさせぬという大変ありがたいお店なのでした。その分、それなりに待たされるし、何よりお値段も大衆的な雰囲気からするとお高めなのはまあそんなものだろうなと思うことにします。 翌日は、体調が絶不調でかつ積雪に足元も悪くて出歩く気力が湧かずに知人宅にて昼寝に昼酒と徹底して怠惰に過ごしました。夜こそ近所の「梵天食堂」なる魚介類の豊富で安いチェーン風居酒屋にて過ごしましたが、体調はいまひとつのままでした。 さらにその翌朝は、仙台駅から7時頃の東北本線に乗車し新白河駅を目指しました。白河駅には行きたいお店もありましたが、ここら辺で愚図愚図していては、年内に帰京できなくなりそうなので、とりあえず終着駅を目指しました。乗り継ぎには1時間近くありますので駅前を散策しました。白河ラーメンののぼりを何軒かで見掛けます。駅前の「手打中華 せきた」が営業していたのでお邪魔して白河ラーメンを食してみることにします。けんみんショーで福島ラーメンで新たに台頭してきているというような特集がされていたのを思い出したのです。せっかくだからビールでも呑みましょうかね。中瓶は多いなあと思ったら缶ビールもあるのでとりあえずそれを頼むと自動的に鶏の出汁ガラと叉焼の端っこ肉の共に違った味付けで甘辛く炊き込んだ品が添えられます。これが肉屑みたいな形をしているのに実に旨いのだ。酒が進むこと間違いなしなのです。缶ビール1本に留めるつもりが、そうはいかぬのであります。しばらくして頼んだ白河ラーメンは、手打ちの麺がコシがあるというかかなりゴツゴツいやガシガシと歯ごたえがすごくて、これはきっと好みが分かれるだろうなあ。ぼくは正直にゅるにゅるのやわやわ好きだからあまり得意ではなかったけれど、それでも数年に一度、思い出したように食べたくなるというタイプの麺でありました。武蔵野うどんと同じような印象かな。その他、スープなんかは至って正統で好みであります。また、仙台から帰京する際にでも立ち寄ることになりそうな気がします。
2019/03/11
コメント(0)
さて、酒場篇を先行したためそちらではすでに目的の仙台へと到着し、すでに2軒をハシゴしていますが、この日の朝は納会でしたたかに呑んで、それでも目無為目とズキズキとうずく頭を鞭打って早朝に自宅の最寄り駅を出発、午前10時頃にいわき駅に到着。富岡駅から浪江駅までは代行バス(半年位まえまでは車外の撮影を禁じていましたが、今回のアナウンスでは顔写真などプライバシーを守る限りにおいて撮影は解禁となっていました)を乗り継ぎ、すっかり見慣れた原ノ町駅に到着しました。 今回もダメもとで以前フラれた大衆食堂や喫茶店を訪ねることにしました。経営が一緒らしい「田原食堂 錦町支店」と「喫茶 食堂 メルヘン」はお休み。合同庁舎前なので、役所が休みだと開かないのかもしれません。「大一食堂」は少し沿革だけれど似たような理由だと己を納得させます。「ファミリーレストラン raturas」は照明がついているのでやっていそうな気はするけど、人の気配がどうも感じられません。でもそこまでの執着はないから構いません。「食堂 すずき」はこの時期なのにお客さんで大入り状態となっています。これは当分待たされることを覚悟せねばならないようです。ここで余り時間を食う訳にはいきません。通りすがりにやっているのを確認していた喫茶店に立ち寄ることにしましょう。「いこい」はちゃんと営業していました。前年も立ち寄りましたが、その日は大晦日そのものだから仕方なかったでしょうね。というわけでまあ標準的なテンプレートに沿って装飾された店内は凡庸だけれど、それはさしたる問題ではありません。言っちゃ失礼だけれど、斯様な辺境の地にあって年の暮れが迫るまで営業しているというだけで感謝したくもなるのです。われわれが入らなければ、常時1名程度が入れ替わりで訪れる程度ではないかと思うのです。一日を通してもわずか10名程度のように思われるけれど、それでもやっていてくれるだけでこの方たちがどれほどに心強いかと考えるだけで何だか泣けてくるのでした。 相馬駅で下車したのは、はじめてのことかもしれません。ここまで来ると仙台まではわざわざ途中下車しようとまで思える駅もないからのんびり散策に充てることにします。以前、通過する際に車窓から覗いた景色はなかなか賑やかに思えたのですが、実際に駅前に降り立ってみるとこれは失敗かなという気持ちにもなるのでした。「Coffee & Pizza L.A.(エルエー)」は夜の営業のみか、スナックに特化して営業している風に思えます。斜向かいの店舗のテントには「珈琲のサントップ」とあります。太陽のマークも薄っすらと残っています。その後に「ゲーム喫茶 白十字」と書き換えられたようですがそれすら文字色が剥落しつつあります。 そのすぐ先に「サントップ珈琲店」があります。先程見掛けた店舗からこちらに移転したのか、お尋ねするきっかけを逸してしまいました。外観は平板ながら店内は2つのエリアに分かれて、われわれが通してもらった側は整然とテーブルが並ぶ眺めの良い空間で、ちょっとユニークなチェアが印象的な他は至ってシンプルですが、こういう雰囲気に近頃とみに安心感を抱くのです。向こう側のエリアはカウンター席で常連さんたちが集っていてそちらのムードも馴染めばきっと楽しいのでしょうが、さすがに相馬の店に馴染む機会が到来するとは思えぬのです。 ありきたりの感慨でありますが、「喫茶 ウィーン」という店名のお店に外れはない、それが言い過ぎとしてもこのような王道店名を付けるお店というのは大概において志が高いように思えます。表から見ると改装を経ているように思えるかもしれませんし、実際に外観は手が加えられているかもしれません。しかし、見えにくいので恐縮ですが、商品棚などの優美な曲線を眺めるだけでうっとりするのだから、少なくともオリジナルをかなり忠実に再現しているのではないでしょうか。店内も過剰でなないけれど、洗練された美意識が丁寧に実現されていて、その繊細でありながら確信に満ちた堂々たる設計は中規模の店舗を構えたいと考える喫茶店経営志願者の範となり得るに十分と思うのです。なんというカッコの良さ。格天井風のマス目のそれぞれに微妙に形状を異にする照明を配置するなんて実にイカしています。平板に思えた窓の形状も店内に腰を下ろして改めて眺めてみるとその採光の鮮やかさに感心します。また、壁面も詩情に満たされていて眺めていて飽きさせません。こんな喫茶店ならいつだって通いたくなるのになあ、と決まりきった感想をつい口走るのでした。
2019/03/10
コメント(0)
年末の恒例となっている仙台行きに昨年の暮れも行ってきました。恒例という言葉に好むとか好まざるというニュアンスを嗅ぎ取るのは、ぼくにとっては困難でつまりはこの語を受け止める側の主観に多分に依存するように思っています。昨年末は体調が急激に不良な状態に陥った頃で、それは今持って継続しているのです。とにかく体調の万全である日は稀有で、咳やくしゃみがしつこく出続けるので、じわじわと我が身を苛んでいるかのような状態は倦怠を惹起し、意欲を削ぐこと甚だしいのであります。だったらガッチリと休息して体力の回復を図るべき所であるのは分かっているのですか、持ち前の貧乏性がそうはさせぬのです。貧乏性という言葉は金銭面のみならず時間にも通じているようです。だからこの旅は、旅の快楽からは縁遠い沈鬱なものとして記憶されることになるのですが、それでも少し位の成果はあったのでここに書き留めておくことにします。ちなみに酒場は2回に分けるのが適当な程度は巡れましたが、喫茶店は収穫が少なかったので、一足飛びに仙台の夜から報告を始めさせてもらいます。例の如くに青春18きっぷにて仙台、いや正確には青葉通り駅だったかな、に到着したのは夜の6時過ぎでした。8時過ぎにとある酒場を予約したのは前の年の失敗を活かしてのやむを得ない対策からですが、それはまた後日の報告とします。ともあれ国分町でしばしの時間を過ごさねばなりません。 ならないなんて如何にも嫌々行くようで、店の方には申し訳ないことですがここに至ってなお気分が優れぬのだから仕方ないのです。これがS氏を伴わず一人切りならさっさと寝床を求めて宿泊先へと急ぐところですが、傍若無人そうで案外義理堅いぼくとしては、このまま別れてしまってはすまないという程度には感じるのです。ならば以前から行きたいと思っていた「餃子専門店 おゆき」にお邪魔してみようかと。これまでも何度か探したことはあったけれど、それほど強い欲求があったわけでもなし、他に気になる酒場があればそちらにあっさりと鞍替えしてしまいとなるのであって、ようやくこの老舗餃子店に伺うことができました。カウンター席のみのウナギの寝床状店舗であります。餃子屋で呑むのは嫌いでないけど好きでもない。餃子そのものが基本的には大概それなりに食べられるということもあるけれど、本当に旨い餃子というのはなかなか見当たりません。果たして歴史あるこちらの餃子はぼくの期待に沿った味わいで文句の多い僕を納得させてくれるのだろうか。結論から言えば、値段相応にまずまず美味しいし文句もないのだけれど、とびきり旨いかというとけしてそんなこともなく、極めて基本に忠実なオーソドックスなものだったのです。これだけオーソドックスだと、一定期間を過ぎると中毒患者のように激しく欲求するようになったりとか数十年振りに食べてその変わらないところに懐かしさを感じるというようなことなどありえぬように思うのだけれど、そこら辺は人それぞれの意見があるだろうけれど、少なくともぼくにはそう感じられたのです。だから餃子マニアが垂涎の店とかいうのとはちょっと違うと思うけれど、普通に美味しい餃子でさくっと食べて出るには便利です。っていうか、ここのを2皿、3皿とお代わりするお客さんが少なくないけれど、そんなに食べてはもはや呑み余地などないのではないか。 雑居ビルの細い通路の奥に「川政」はありました。寒い町の酒場には、飲食ビルに店を構える酒場が多いようです。東北地方ではかなり温暖だと思っていた仙台でありますが、長年、都内で暮らしていると現地の寒さは身に染みるのです。だからということでもないのかもしれませんが、ビル内でハシゴ―居酒屋で呑んでお隣のスナックへ―といった使われ方が多いのか。それに寄り合って営業した方が光熱費も安価で済むだろうし、まあそういうビルの奥深くの酒場というのは、実際に比較してみたことはないけれど東北の酒場らしい風情に思えて嫌いではないのです。でもどうしてそう思えるのかはよく分かっていないのです。だってビルの奥じゃ窓もなく密室で雪景色など眺める余地もなく視覚的にはどうしても地味な印象になりがちなのです。むしろそれだからかもしれませんが、この閉じられた空間から一歩足を踏み出した時の薄汚れた町並みを白一色に染め上げた暗くもあり眩くもある風景が喚起されるのだという気もします。さて、こちらは常連の方が多い。広めの造りではあるけれど常連が足を伸ばして寛げる気持ちの良いお店であります。値段も手頃で料理もまずまず。この時期に独り呑む客は侘しく他の人の視線には映りがちですが、けして暗い印象はありません。ご主人はカウンターで調理に余念がない一方で、女将さんは飄々とした応接でそののほほんとした語り振る舞いがユーモラスなのです。あえてまたお邪魔するかは別として、フラリ迷い込んだお店でこれだけリラックスできるお店に出逢えたのは幸運でした。
2019/03/04
コメント(0)
お断りしておいたけれど今回の常磐線の旅は呆気なくも今回にて終了となりますので、少しイレギュラーではありますが、2日連続にてお届けします。普通に旅したいと思っている普通の方が行う普通の旅であればこれだって幾らか偏った旅や仕方ではなかろうかと思うのです。ここで今まさに書いたばかりだけれど、普通という言葉は本当に便利なようでいて厄介なものに思われるのです。まず、普通と書く事で自分が特別な立ち位置にいるという、特権的な存在である事を暗に誇っているかのようで、甚だ僭越であるという意味合いがあります。ぼくは少しも特別でない事は自明であるし、むしろ凡庸に過ぎると感じているほどであります。各地のお店を巡ることはぼくにとってとにかく面白がっているだけのことであるし、それを上手く表現する技術にも事欠くような否才な存在でしかない。そんな事は分かっている、だからこそせっせと気になる店に足を運んでは適当なレポートを律儀に愚直にアップするのです。万が一にもそれがぼくなんかより繊細で閃きに満ちた文章なりに置き換えてもらえる一助となるなら願ってもない事だし、明らかに気に入っていないような店も分け隔てなく載せるのも、そんな才気あふれる方には無駄なお金と時間を投資して欲しくないという思いがあるからなのだ。などという無駄口を叩いてばかりだなのが、少しも文章を良くさせぬ理由なのだけれど人というのは易きに流れるものだと開き直っておくことにします。 豪雨を揺りかごのような喫茶でやり過ごしたかのように書きましたが、それは事実ではないのでした。日立の繁華街の周縁の辺りには古い、いやもっと端的にはボロい食堂やらがかなり残存しているのであって、それは日立のような少しばかり特別な成り立ちを経てきて衰退期に踏み込んだ町には、極ありふれた風景なのかもしれません。しかし、そうした町の多くはほとんどが痕跡を留めるばかりで町としての体裁を維持できていないのに対して、日立はまだまだ大丈夫な気がします。見てくれはボロでもしっかりと現役を保ち続けているお店が多くいのであって、こういうしぶとく生き延びようという気概のある町をぼくは愛したいと思っている。いや、愛さずにおれぬから何度でも訪れるのだ。さて、そんな前置きはともかくとして、「ゆりかご」のすぐそばに「ふじや」という300円ラーメンのお店があることを耳にしていて、同行者は興味がなさそうだったので、ここでは別行動を取って独りラーメンを食べに行くことにしたのでした。おお、ここかと暖簾が出ていなければとても飲食店とは思えぬようなぶっきら棒な外観で、いきなりズキューンとぼくの好みのど真ん中を射抜いたのでありました。表からその味わい深い様子をじっくり眺めようと思った刹那に黒く重い雲がみるみる間に立ちこめてきて、辺りは真っ暗になったのでした。これはいかんと店内に転げ込むような入ると、これまた溜まらんのでした。寂寥感すら漂わすカランとした空間には必要最小限な以外は見当たらず、先の喫茶店とは真逆でありながら、感動をどうにも抑えきれぬのでした。席に着くと極めて限定された品書を眺めるのですが、ここはもうラーメンに決まりでしょう。と旅の途中らしい初老の男性が焼そばでコップ酒を嗜んでおられます。ぼくは初心を貫徹し、ラーメンにやはりコップ酒をいただくことにしましょうか。土砂降りの雨音の中、80歳代はゆうに過ぎていると思われる婆さんが独り来店されました。頼んだのはぼくと同じくラーメンで、具は何もいらぬと潔いのでした。チャーシュー替わりのロースハムは見たままの味ですが、さっぱりとしたスープに不思議とマッチしていて何だかうっとりした気分に浸ってしまいました。 夕方過ぎ水戸駅に到着。夕食は手頃なビストロに向かうつもりです。駅の土産物店などを眺めつつ、ぶらぶらしているうちに路線バスの発車時刻が迫ってきました。駅南側を串刺すように伸びる大きな通りをバスはひた走り、果たしてここで下車していいのだろうかと不安に駆られるようなバス停にて下車。ここでまたもや雷雨に見舞われますが、「パルファン・ヴェール」というお店まではすぐそこと服が濡れることをいとわずひた進みます。さて、都心のお店と何ら変わらぬ造作のカジュアルなフランス料理店が見えてきました。まだ他にお客さんはおられない。3,240円だったと思うのですが、お勧めのコースをお願いすることにしました。ワインはボトルで一番安いものなら2,000円しないという手頃さは嬉しいですね。しかしオードブルを見た瞬間にこれはどんなもんだろうという疑惑が去来したのです。実際それはデパ地下のオードブル盛合せとさほど変わらずフォアグラのみ温かいのでまあ良しといったものでした。正直、オードブルでここまで気合を入れなくても、単品でいいからしっかり手を加えた料理をいただきたかったと思うのです。オニオングラタンスープも少しばかり量が多すぎる。メインの魚や肉はそこそこなのだから、もっとシンプルにすれば良いのに。デザートも立派でありました。などと腐してしまいましたが、いつの間にか入店されていた他の2グループはしっかりとお愉しみになっていたからここはこの界隈では貴重な店であるとは思えますが、ポーションをガクンと減らしてもらってもいいから、ちゃんと手を掛けた料理がいただけるとリピートしたくもなるのだろうと思われました。あと、給仕が若い女性が勤められていたのですが、ああも仏頂面だとせっかくの可愛さが消し飛んでしまいます。いろいろと勿体ないなあと思うお店なのでした。 そんな感じでこの旅は終了。バスで駅に引き返してももうお腹がパンパンで何も喉を通りそうにありません。常磐線に乗り込んで都内への帰路を急ぐ気持ちはあるのですが、そこは乗車券のみなので、ゆるゆると眠りながら帰京するしかないのでした。
2018/05/29
コメント(0)
何年か前の暮の頃に訪れた時に、いわきの夜は長いという印象を抱いたことを覚えています。この時期は東京や大阪などの大都市圏はともかく地方都市の多くは軒並み店を締めてしまい、荒涼とした町並みを虚しく通り過ぎるしかないという経験が記憶に刻み込まれていました。まあ、少しは開けている酒場もあるだろう、最悪の場合でもチェーン展開する居酒屋であればやっているだろうし、最悪の最悪の場合はコンビニで酒と肴を調達することも可能であろうとその際は覚悟して宿泊することにしたのですが、意に反して町は活気に満ち溢れていて、これはもしかすると普段よりもずっと人が町に繰り出しているのではなかろうかと思ったくらいなのです。こちらのご出身の方は折に触れ地元の町に帰省しているのだろうと、あの大震災の影響を鋭敏に嗅ぎ取った訳であります。だから、このGWも町は賑わっているに違いないと見込んだぼくはアッサリと裏切られたことを知るのです。人々の思いというのは、どうにもそう上手くは思い通りに読み解けぬようです。 さて、2軒の居酒屋をハシゴしたので次はバーにでも行ってみようか。いわきに古いオーセンティックなバーがある事は聞き及んでいました。いわきの歓楽街の中心には2筋の通りがあってそれぞれ名が付けられているのですが、それは失念しました。そんな只中の飲食ビルの三階に「ガスライト(Pub lounge Gaslight)」という古くからやっているバーがあることは通りを丹念に眺めてみるまでもなくデカデカとした看板で知ることができます。いしかに怪し気なビルの階段を登っていくとそのお店がありました。バーの場合、必ずしも古いことが質を担保しないことは経験しています。ここもまたかつて経験したのと似た予感に見舞われましたがそうそう彷徨くにも寒いし、雨は降るしでここは決断すべきと飛び込む事にしたのです。眼前に広がったのは想像を遥かに上回るオオバコ空間で、概ね狭小な事の多いこの業態でこの広さは圧巻です。バーというよりもラウンジと呼ぶのがピッタリ来ると思うのです。入って左には真っ直ぐなカウンター席が並び、入口正面にはボックス席が設けられていて、こちらはかなり多くのお客さんで埋め尽くされていました。幸いにも一卓の空きがありそこに通していただきました。これはまあ何とも落ち着くなあ。さほど期待もせずにオーダーした何杯かのカクテルは、意外と申しては失礼でありますが、たいそう上品で美味しかったのであります。お安くもないけれど、こんなにリラックスできる環境で旧交を温めることができるなんて、いわきの方たちはなかなか贅沢だ、といったような事を東池袋の東通りのいわき出身のバーテンダー氏に語ってみせたら少し羨ましがって頂けました。旅先で出会うバーというのは酒場とも少し違った情感を旅する者にもたらしてくれるようです。 強い酒を呑むと腹が減るのは変わっているだろうか。通りの奥にある「おいで屋 いわき」で、飢えを癒やす事にしました。客もおらず、あまり愛想もないお店で、チャーハンとマーボーラーメンを頂きました。愛想がないと書いたけれど、店の方は若いのにとても丁寧で好感が持てます。言葉を交わしたりといった交流をもつということはありませんが、それでも心が通い合ったような気分にはなれるものです。さて、それはさておきここの料理、実に旨いのであります。ぼくは本場の味をそのまま日本に持ち込んだ中国料理は若い頃にいやになるくらいに食べて、最初こそそのオリエンタルな味わいにいたく感激もしたものですが、やはり食べつけぬ味というのは飽きが早いらしく、今ではいわゆる日式中華の味がなじむ気がするようになりました。しかし、ここのお店のはその折衷という感じの味わいで、本場風と日本風のいいとこどりという気がしました。まったく勘違いかもしれませんが。改めて食べてみたら空腹こそ最高の調味料といった結果にもなりかねませんが、この時はとても満足したことは忘れないでおきたい。 というわけで、いわきにはこれといった名物もないし、特産品って何だろうと余り食への関心はありませんでしたが、どこもおいしくて満足していただきました。今度は食道楽で旅してみたいけれど、こんな優雅な旅をするのはいつのことになるのだろうな。
2018/05/28
コメント(0)
福島、というかいわきでは思ったように喫茶巡りはできませんでしたが、状況は一緒です。だからまああまり期待などしていただかれても困惑するしかないのですが、けしてそのために訪れようなどと思われてしまうとまずいのであえて事前にお断りしておくと、この日訪れた喫茶は地元の方が気張らずに肩の力を抜いて、まるで我が家の延長線上として利用なさるような居心地のいいお店でした。この日はとんでもなく天候が乱れることも多く、もともとが寒くて仕方ないところに突如の雷雨にも見舞われ難儀したのですが、日立で「ウィーン」にフラレてしまい大いに落胆したところに傘の役に立たぬような豪雨に見舞われ掛けたところを救ってくれたお店から報告する事にします。 日立には何度か来ていますし、このこれから伺うお店の前も何度か通り過ぎていたはずですが、不思議と営業している事がなかったと記憶します。もしかすると外観の淡白でスナックっぽいところが無意識に立ち寄ることを躊躇わせていたのかもしませんが、記憶は定かではありません。とにかく今はそんな事を言って選り好みしている状態ではありません。さっきまであれ程に明るかった空がみるみる暗雲に飲み込まれてしまうのでした。既のところで豪雨を避けられたのは幸運でしたが、それ以上に可愛らしい内装に目を奪われる事になるのでした。ほくは少女漫画は大好きたけれど、メルヘンとかファンタジーとかいったジャンルはとうしても馴染めないのであります。そういう意味では純喫茶と呼ばれる喫茶店の一ジャンルのさらにサブジャンルとなるであろう花畑のようなロマンチックさをどうも好めなかったのです。しかし、「喫茶 ゆりかご」はそんな少女趣味を少なからず放ちつつも茶色のソファなどの効果もあってか、切り花の華やかさより野に咲く花のように愛らしさが際立って感じられるようなのです。たからどのお客さんの表情もキンチヨを含んでおらず、至って自然体に思えるのでしょうか。それが過ぎてほぼ寝そべってしまいそうに深く腰を鎮める強面の方などもおられるのです。 次は大甕駅で下車しました。ここには地方の喫茶巡りをしようと思って調べれば比較的簡単に行き着くお店で、ぼくもそんな理由でずっと存在は認識していたのです。しかし、足を踏み出すきっかけを頂いたのが、ぼくの唯一といって良い喫茶巡りの同士―勝手に巻き込んでスイマセン―のお方も最近詳細な報告をなされていたので、ここでは長くは語る必要もなくホッとしている、これが今回ここを訪れる事にした次第なのです。知ってしまった喫茶を訪れるのが味気のないものだということは当然弁えているつもりです。それでも今回のような制限事項に縛られる旅では、駅から至近なお店はありがたいのです。写真で確認していたお店は、郊外型のドライブイン喫茶に思われ、内装はカラオケセットが設置されていても少しも不思議ではないムーディな内装に思われました。実際に入った刹那はなんてことはなさそうに思われたのだけれど、現場に腰を下ろしてみればこれが思いの外に良い雰囲気なのです。いやいや、最初に書いたとおりにここのために訪れようなんていうほどのものではないのです。しかし、旅の最中の休息する場所としては間違いのないお店に思われました。なるほど店名は「珈琲館 エトランゼ」というのだけれど、旅人を意味するこの言葉がしっくり腑に落ちるのです。駐車場完備で車でも大丈夫だし、先に書いたように駅からも近く列車でも利用できる、なるほど良くできているなあ。
2018/05/27
コメント(0)
前日の喫茶篇では原ノ町駅からいわき駅間の行程が割愛していますが、それは前回の旅に付け加えるべき事が余りない事もありますし、浪江駅からの代行バスの車中から地元の方の心中を慮ろうなどとは少しも思わぬらしい外国人青年が無遠慮にカメラで撮影を続けるのを黙って見過ごすしかなかった己の無力さに意気消沈したこともあります。日本の原発はそれに個人として賛成したか否かに関わらず国民の総意として稼働を続けている以上、結果として地球環境に絶望的な負担を強いた我々に外国人を非難する権利があるかという煩悶に、ついに黙りこくるという不甲斐ない不作為を余儀なくされたのです。実は着実に復興を迎えつつあるのだなあという楽観を語りたくなるような衝撃の事実も目撃したのですが、それは語らずに済ませよう。とにかく今回のいわきの呑みに関しては上首尾となったのだからここはその満喫ぶりを報告すれば義理も立つのではなかろうか。 という訳で最初にお邪魔したのは「赤ひょうたん」でありました。もうここ数年で何度も訪れているのだから、今更という感もなきにしもであるけれどこれが初訪であります。なぜに今更などと言うかといえば、ここを知る方なら語るまでもないけれどいわき駅を出るとすぐにあるのがこの大衆居酒屋なのてあります。いわきはなかなかの都会だからあまりそういう印象はないけれど、温泉街や観光地の駅前にありそうな多用途に対応可能な食事処といった構えなのであります。こうした店の典型的な特徴として広々としている点を挙げることができると思うけれど、ここもやはり旅の途上の荷を脇に寄せてもなおゆったりしているのが有難い。そしてここはどうだったか忘れてしまったけれど終日ぶっ通しの営業ということが多いようです。これは誠に使い勝手がよろしいのだけれど、ここがそうかどうかは保証の限りではないけれどとにかくそんな雰囲気のお店なのです。しかし、それだけでないのがこのお店のユニークところで店を入ってすぐにはカウンター席があるのです。これがまた常連さんもご安心、ご機嫌な憎い座席の配置であります。奥は広い小上りとテーブルが整然と配置され、多人数にも対応可能となっていて駅前らしく旅行客らしき家族連れやカップルも見受けられます。チェーンの居酒屋の家族連れは普段遣いのリラックスが暴走してはた迷惑な連中も少なくないけれど、旅先の駅前酒場だと多少は緊張もあるのか子供たちも大人しくて、酒場としてはやや異色だけれど微笑ましい風景を呈しています。そして、特筆しておくべきは肴の良質なことです。アスパラの煮浸しやポテサラなどの素朴で代わり映えのない品が非常に美味しいのです。それひとつにはいわきをはじめとした東北が食材の宝庫であることと無縁ではないはずです。刺身は女川や石巻産だったかなあ。鯛の刺身やイワシのフライは近頃感じたことのない感銘を受けました。旅の途中、列車に揺られるのに疲れたらまたここで手足を伸ばして休みたいと思わせてくれる良店でした。こうなるとやはり昼もやっててもらいたいなあ。 そんな大衆酒場のすぐ先の路地を入ったビルの地下に「福住 本店」はあります。大正元年創業と看板にあるから相当な年季のある店らしくて前々から気にはなっていたけれどようやく入れました。実は先の店に入る前に様子を窺いに来ていたのですが、満席で断られていたのでした。しかし、今度はすんなりと入れてもらえました。一巡目のお客さんで済んでしまうようです。店内は古民家風の構えで囲炉裏なんかあったりして、これが都心にあったりすると途端に白けた気分になったりするものだけれど、東北の酒場にはやはり相応しく思え好感が持てます。さて、ここはいわきではかなりの有名店らしく大体の場合、そうしたお店は名前負けするのが常ですがこちらはそうした心配も無縁であり、値段こそそこそこするけれど真面目な仕事で期待を裏切ることもなく、どの肴もちゃんと期待通りの美味しさです。ついつい酒も進むというもの。ちょっと気の利いた酒場として旅のお愉しみとして立ち寄るにはちょうど良いお店だとセレクションしたぼくとしても満足のいく結果となりました。
2018/05/21
コメント(0)
あまり軽々しくあの大震災の被災地、それも未だ被災状況が継続中の土地を訪ねるのは軽率な振る舞いなのかもしれないと思わぬでもないのですが、それ以上に福島の現況を記憶に刻んでおきたいという欲求は勝りました。というか今回は個人的な欲求を極力削ぎ落としたおもてなし旅に終始したので、このいつもの旅日記をその乱暴で横暴で性急なところを好んでご覧頂いている極小数のコアな方にはややもの足りぬところがあろうかとは思いますがご容赦願いたいのです。さて、こんな言い訳ではなんの事やら訳が分からぬと思うので、ひと言で事情を述べておく事にします。今回はかの大震災の被災地をこの目に収めたいと強く望む同行者がおり、しかも折悪しく体調が万全ではないのでそう無理はできぬという事情があったのです。まあ、時期はGWである事だし、いずれにせよいつものように思うがままに行動したところで徒労感が増すばかりであろうという計算もあり、であればゆっくりとした旅も悪くなかろうと好意的に受け止めることにしたのです。 新宿のバスタから南相馬行きの高速バスが運行されていることを知った時点で今回の旅の方向性は一挙に開けてきました。8時過ぎのそのバスに乗車し午後二時過ぎに鹿島区役所前で下車して、そこから五分ばかりの鹿島駅から常磐線を上る事にしたのです。そのプランはシンプルだけれど無理もなくなかなか良いではないかと内心ほくそ笑みを浮かべたのでありますが、事はそうは上手く進まぬのでありました。まずは悪天候と予報されていたこと、あとこれは当然織り込んでおくべき帰省ラッシュによる渋滞を全く念頭に入れなかったわけではないけれど、この読みが甘過ぎたのでした。いやいや、仮に高速バスと常磐線の乗り継ぎに不首尾があろうとも鹿島駅前を眺めれば構わぬではないかという想定もほとんど空いてる店がないという寒々しさでこれはもう列車を逃す事は避けたいと思い、やはりのんびりした旅とは無縁なのでした。そして決定的なのは己の下車場所を理解せぬ愚かな乗客のせいでバスの発車が随分遅れた事です。これは怒りをぶつける対象が明白だったので余計に腹が立ったのです。しかしまあ結論としては大慌てで駅に駆け込み無事予定していた列車に乗れたのだからまあ良しとしよう。無人改札だった事も幸いしました。 さて、その列車の終着駅である原ノ町駅にて上り列車の待ち合わせです。ここは昨年末入りそびれた喫茶が何軒かあるのでうち一軒でも空いていれば御の字です。きっと「いこい」ならやってると思っていたのに、店のそばまで行くと営業してないことが分かりました。暗雲が漂いだしました。同行者のご機嫌も案じつつの旅なので、ここはぜひとも次なるお店がやっていることを強く祈願するのでした。 ありがたや、「喫茶 コーヒー豆」はちゃんと営業しているのでした。年末に見掛けた際には置き看板の現役感を抜かせばすでに閉店していると早合点しそうなムードであったわけですが、それも店内に入れば納得のいけるところ。内装重視の喫茶好きとしてはさほど見るべきポイントはなさそうで、人によっては取り揃えている漫画に見るべきものがあると感じもするだろうし、窓際でお茶しているご婦人は実はこちらの各種の御食事メニューをテイクアウトなさるのが主目的であることを知れば食事の充実ぶりを愉しむことも可能でしょう。しかしこの日のぼくはやっていてくれただけで至極満足なのです。この度最初の、そしてもしかすると喫茶巡りはここだけで打ち止めとなるかもしれぬことを思えば、原ノ町の至ってくだけた雰囲気のお店で過ごすひと時は、少しも旅情を掻き立てることなく、ご近所のお店と何ら変わらぬ気楽さが嬉しく思えるのでした。 そうした意味ではいわきで立ち寄った3軒はそれこそ少しも福島県らしくはなくて、そういう意味では喫茶店らしくはありました。前回も訪れた「ブレイク(BREAK)」は、元旦以外は営業するときっぱりと言い切ってくれるウェイトレスさんが素敵という以外はいかにも「珈琲館」風のオーソドックスさで安心して使えます。 「珈琲市場 讃香」もまた駅前のごくありふれたお店であり、モーニングセットのホットサンドは600円とけして安くはないけれど、かなりのボリュームでお腹がいっぱいになってしまいました。ここも落ち着いてお茶できるという意味では重宝しそうです。ただし駅前だからと安心すると危険です。なぜならホットサンドをホッとするのに時間が掛かるので、とにかくそれが出揃うまで結構な時間を要するからご注意を。 蔵造りの「珈琲焙煎 香楽」は、日本各地にあってそれはどういうわけだかいつだってほとんど印象が変わりません。外観には風情があるけれど、店内は至って穏当で変化に乏しいからなのでしょうが、外観だけでも見所があればまあ良しとするべきでしょう。
2018/05/20
コメント(0)
ハイレベルな居酒屋の多い仙台ではあるけれど、そんな中でも飛び切りの店だと感心した先の店は、仙台のみならず、これまで訪れた日本各地の居酒屋のうちでも屈指の美味い酒と肴を出す店である事は得心しました。したけれどもやはり思うのは、こうした銘酒居酒屋と呼ばれたりもする旨いけれど安くはない酒と肴を提供するようなタイプの店は、やはりまだぼくの志向する酒場とはなり得ぬのだなということです。ぼくにはまだ、安くてそしてそれなりに旨い肴と旨いとかそんな事はともかくとして、確かに酔える酒を出すような店こそがしっくりと来るのであります。そんな事を思っていたかはともかくとして、やけにゴージャスな名称のビルの階段を降りると、そんなビル名とは縁遠い正しく正統派の焼鳥店があったのでした。 どうしてこれまでこの店の事を無視し得たのか誠に不可思議な事であるけれど、とにかく出会えた幸運を喜ぶことにしよう。「炭火やきとり 大助」は、とても先のお店と同じビルにあるとは思えぬ程にひしなしと年季を伝えるお店でした。煮染めたような壁和や天井とかいう言い方が用いられるけどこちらもそんな表現が相応しい、とても愛着を持って使い込まれたお店に思われました。何よりボンヤリとした照明の加減が抜群に具合が良いのです。程よい暗さというのはその場に合う合わぬで眠気を催させたりもするけれど、ここでは覚醒を促してくれるのでした。ぼくにとってどちらが好ましいかは言わずもがなの事です。こうした店では何度も言うようで恐縮ですが、酒は酔えればそれでいいのだし、肴は不味くければ上出来というものです。先の居酒屋では奮発して銘酒の数々を堪能ましたが、単に酔うためであるならばそこらの酒屋で当たり前に売られている安い清酒で十分です。酔いへと移行する際に、いちいち味の違いになど構ってはいられません。ここは酒肴を楽しむべき店ではなく、ひたすら酔う為にあるようなお店で、酒場としてどちらが正当であるかは答えを要せぬのであります。正直この店の記憶は非常にボンヤリとして曖昧模糊たる姿形しか記憶に浮上してこぬのでありますが、どこかすかした気取りが時折気になる仙台の酒場でここはこんな気張ったところのない肩肘張らぬ店として記憶にとどめたいと思います。 翌日の行程は、喫茶篇に詳しいのでここでは触れずにおくこととし、昼頃にはいわきに到着しました。いわきは乗り継ぎでどうしても時間の調整を余儀なくされるので、ここで昼食兼呑みが出来ると非常に都合がいい。という訳で駅前に出るのですが、営業している店はさほど多くないようです。しかも散策する間に思ったより時間が経過してしまったようです。ならばと以前、呑みの締めとしてかなり酔ってからお邪魔した「中国料理 鳳翔」に再訪することにしました。相変わらずの繁盛振りに気持ちが引き寄せられたこともあります。冷え切った身体を暖めようと、熱燗に酸辣湯麺という何となくアンバランスなオーダーをしてしまいました。これでも酸辣湯麺には拘りがあって、今はなき市ヶ谷の中華料理店の店名を冠した名物がそのベースにあるのですが、案外それは特異な麺料理だったのかもしれません。その味はもう味わえぬかもしれないけれど、ここのはこれで具材も豊富で具沢山、酒のアテとしても立派に用を足すものでした。しかし、ここはいかんせんボリュームがあるし、しかも口中は平気なのですが身体の心底からホカホカというよりカッカとしてきてひどく汗が吐き出すのでした。余りに汗だくで表に出て風邪などひいては溜まったものではない。しかし、そんな事は言っていられないのが現状です。結局発車時刻スレスレまで汁を啜り、汗だくのまま常磐線に駆け込むのでした。
2018/03/21
コメント(0)
喫茶篇は、多くの未練を背負ったままに終えてしまいましたが、酒場篇にはまだ3回ばかりお付き合いいただかなければなりません。大晦日だっていうのにこんな事していて本当に大丈夫なのかと我が事ながら思わずにいられぬのですが、いや違った、大晦日前夜でした。そんな事はこれをご覧になってる方には少しも情報としての価値はなさそうです。いや、年越しで旅行を計画しようという方にとっては案外参考になるかもれません。結論から言うと仙台という町は、年末のギリギリまで多くの酒場が営業をしています。比較的に大きな町はそんなものかもしれませんが、実のところはよく分からないのであります。例えば福島県内でも福島や郡山は年末は寒々しいくらいに寂しいのに対して会津若松やいわきはもしかすると普段以上に賑わっているように思われるのです。という事で年越しで国内旅行をするなら仙台は悪くないかもしれません。大晦日と元旦は秋保温泉辺りで過ごして後は町を散策するというのも悪くなさそうです。雪は少ないし、町の規模もそこそこ、美味しい店もあるし、まあそれなりに満足できそうです。ただし、景勝地や観光目当てとするなら退屈することは間違いなさそうです。ともかくも昨夜に引き続いて東一市場に再び舞い戻ったのです。 向かったのは、「菊水」でそれはこちらの横丁の一軒なのですが、やはりこの夜も予約で満席とのこと。仙台在住の知人との合流時間までしばらくあるので、その間にこちらで呑めたら良かったのですがそううまくはいかぬのでした。 東一市場は、バラック市場を鉄筋建築に取り込んだ一画と三越通りと呼ばれる裏路地風の区画に分散して立地しており、どちらも小規模ながら呑み屋街の典型的な2つのスタイルを留めていて、こうした呑み屋街が各所に分散する仙台市街地でも大変愉快な呑み屋街を体現しています。「居酒屋 ひろ」は鉄筋建築に入っています。半分以上は営業しているのが大変結構です。店内はカウンター席のみの狭い造りで、建物の構造上、他店も見た目こそモダンだったりしてはいても似たり寄ったりなはずです。ともあれ隅っこの席にお邪魔します。随分年末ぎりぎりまで営業するのですねと尋ねると、どうしても今日はここで呑みたいというお客さんがいてやむなく開いているのよ、まあ帰省してくる子供たちもここで食事するからねとさほど苦ではなさそうです。こちらはもともとは今は亡き東一連鎖街―太田和彦氏が日本一の呑み屋街と讃え、撤去にいたった際には馬鹿者だか愚か者だったかひどい書きようをしたという記憶があります―にあったそうです。移転してはいますがなかなかの雰囲気を留めています。カウンターの角が丸くなっていて、丸いのに角というのはどうかと思いますがとにかくこれは狭小店舗ではいいアイデアかもしれません。ここでも昨夜に続き牡蠣を勧められます。どこぞやの牡蠣だと語っていただきましたが、かつての仙台在住者のぼくにとっても余り聞き覚えのない漁港だったと思われます。これがまあ抜群に美味しかった。今年は牡蠣を随分たくさん食べていますが、これほどに美味しい牡蠣は絶えていただいた記憶がありません。その後、ぼくと同様の独り客が見えたことだし、集合時間も迫っていますので、そろそろとお暇することにしました。 さて、やけにたくさんの写真を撮っていますが、昨年満席で断られてしまった「旬味酒好 かん」にお邪魔することにします。予約のニアミスがありましたが、幸いにも2時間の制限付で入れていただけることになりました。助かりました。ところで、へたっぴでも写真は文章以上に物を言うので、あえてこちらの肴の素晴らしさを語ることはよしておくことにします。ただ知人の高齢女性が生まれてこの方これほどに美味しい玉子焼きは食べたことがないという言葉が最も適切な感想かと思われるので、書き留めておくことにします。美味しい肴で呑みたかったらここは選択肢の一軒として、お勧めできるとちょっと感動したのでした。
2018/03/12
コメント(0)
大晦日の早朝、仙台駅に到着。これからJR常磐線で帰京の途に着きます。今回の旅の目的はまさに常磐線に乗車することにあったのですが、これを書き残すだけならともかく、衆目に晒してしまうことが果たして良いことであるのかは未だに判断を付けあぐねているところですが、世間にそんな迷いなどあるやなしやの書き込みが数多いのに励まされて、それでも若干の逡巡を拭いきれぬままにか書きはじめることにしました。小学生の頃、まさに仙台に住んでいた頃に上野駅から仙台駅まで弟と二人、常磐線で旅したことをぼんやりと記憶しています。今回はその思い出を遡るように上り列車で東京を目指すことにします。 原ノ町駅行きの列車に揺られ、多少なりとも衝撃を受けずにはおられぬ風景を通り過ぎ、しかしそれでも震災後、この界隈を覆っていたに違いない将来への漠然、いや強烈な不安は払拭されたかのように見えますが、それは見晴らしの良くなった車窓の風景がもたらす錯覚でしかないのかもしれません。原ノ町駅で下車するのも何年ぶりのことでしょう。町は落ち着きを取り戻したかのように思われ、人通りもまばらではあるけれど、何軒かの喫茶店も目にしました。どこも現役であるらしいのに気持ちがなごむのを感じます。「いこい」-同じく常磐線で帰京したS氏によると前日は営業していたとのこと-と「喫茶 コーヒー豆」は休みですが、どちらもまた訪れたいという欲望を喚起させるに十分な雰囲気を湛えています。こちらが駅の繁華街方面で寂しいながらも呑み屋街もしっかり残っていました。 駅の反対側は民家が立ち並び面白味に欠けますが、よりいっそうに震災の爪痕は感じられません。こちらには開店前であることは分かっていたけれど、その外観だけでも見ておかずには済まされぬとかねてから訪問の機会を窺っていた「喫茶 食堂 メルヘン」があるのです。店同士が繋がっているという「田原食堂 錦町支店」もいずれ併せて入店の念願を果たしたいという悲願をもっての見学になります。ところが、何たることかすっかりリニューアルされているのです。恐らくリニューアルは震災後数年経ってのことであり、それだけこの土地が復興に向かっているということの証左にもなるのでありましょうし、快哉を捧げるべきなのでしょうが、そういう気持ちになれぬわがままに賛同いただける方も少なくないのでしょうか。それでも営業していたら間違いなく入っていましたが、次の機会を画策するかは今のところあまりなさそうです。今ならストリートビューで在りし日―なんて失礼な言い方―の素敵なお姿をご覧いただけると思いますので、興味のある方はぜひ。 さて、浪江駅に到着しました。ここから2つ先の富岡駅までは代行バスによる振替え輸送になります。間もなく全線の開通が予定される常磐線ですが、未だに代行バスを走らさざるを得ないのは、それだけ被害がひどかったからなのでしょう。それなりに町の鼓動を感じ取れはしますが、すでに営業をやめてしまったお店も少なくないようです。万が一の営業を期待した「COFFEE & SPAGETTI TOREDO(トレド)」もすでに営業はしていないようです。一方で、「大衆焼肉酒場」という立派な木造家屋のお店は、営業しているように思われここにはぜひお邪魔したかった。代行バスの車中から「レストランコーヒー 大聚」など何軒かの喫茶店が今しも扉が開いてお客さんが出てくるのではないかという生々しい姿を晒しています。代行バスの出発時には遠慮なくシャッターを切りまくっていた多くの乗客もバスが発車して、車内からの撮影は控えるようにとのアナウンスに悄然としていました。やがて、富岡駅に到着しました。 こちらの駅前は津波に流されたのか閑散とした印象があるものの、一方で震災後に建てられたと思われる住宅などもあり、時には親子連れなどの住民の姿を見掛けることができました。「スマロ」もお隣のスナックらしい「とまり木」も閉店しているようです。もしこれを見て懐かしいと思っていただけたならと願いつつ、写真をアップロードしておきます。駅に併設の売店兼食堂にてなみえ焼そばを購入、帰宅後いただきましたがうどんのようなモチモチ感がこれはやはり焼うどんだろうと突っ込んでしまいました。 贅沢にも特急列車を走らせる常磐線の車窓から広野駅そばに「食堂 ひので コーヒー&スナック」を見掛けたりして、気になりますがあまりダイヤも粗密なので、見逃さざるを得ませんでした。いわき駅で昼食兼一杯を終えて、植田駅にて下車しました。 駅前の「COFFEE & Lanchi らっちぇ」、「珈琲の店 由雅」はさすがにお休みで、まあ大晦日に営業している酔狂なお店はなかろうと諦めていて、少しもやっていることなど期待していなかった「珈琲館 角」がやっていたのにはむしろびっくりさせられました。でもまあ大晦日だからって必ずしも誰もが暖かな信念を迎えられるわけではないから、こうして独り寂しくコーヒーを飲みに来る客も少しはいるんだろうな。そんな稀な来客のためにウッディな薄暗い店内を温めていてくれるとは感謝です。見知らぬ客が独りで店に入って来てもママは至って平静な表情を崩さぬに迎え入れてくれます。こういう下手をすれば冷淡ともとられかねぬクールさが印象的で、こういう方って時々いますが実は好きです。ここでの一杯が2017年の最後のコーヒーとなりました。 小木津駅でも下車しました。駅前には暇を持て余した不良少年たちがうろついています。そんな彼らの脇をすり抜け「あぷろうち」、「コーヒーハウス HANAZONO(はなぞの)」を覗きにいきますが、やはり営業はしていませんでした。
2018/03/11
コメント(0)
次に石巻駅を訪れるのはいつのことになるだろう。椎名町の中華食堂―この言い方やはりどうもピンと来ないなあ、そのうち再検討します―の「松葉」やまだ書いていないけれどトキワ荘を離れた後に手塚治虫が移り住んだという鬼子母神そばのお店などどうもこの所のぼくの行動はトキワ荘に引き摺られているようです。石巻は言わずとしれた石森章太郎の出身地です。そういや昨年の夏、高岡―藤子不二雄誕生の町ですね―なんかを旅したのだから、ばくの『まんが道』は昨年から継続しているようです。特段に回顧的な気分に陥っているつもりはないのだけれどなあ。さて、石巻を出た列車に30分ばかり揺られると、そこは多賀城駅です。多賀城にも子供の頃に2年程住んだことがあって、ここの記憶はぼくをとても暖かい気持ちにしてくれるのです。しかし、こうして立派なオッサンになって訪れた多賀城は、ぼくには余りにもよそよそしい表情を晒したのでした。 変わりゆく町並みのことは知らなかった訳ではありません。震災後の大変な時期にもやって来て惨状を目の当たりにしました。その後、幾多の試練を乗り越えて復興を成し遂げたこの町のことを否定することなど出来るはずもありません。しかし、そこがぼくの記憶がそれなりの鮮明さで留めている多賀城とは少しも違う町だと断じる事にはさほどの躊躇もありません。「居酒屋 えん」は、多賀城では古参の酒場との事ですが、ぼくのとうに町を去ったあとの知らぬ時代に開店したようです。しかしこの寂しい長屋には薄っすらと覚えがあるような気もします。店内は、明らかに居酒屋という風ではないし、カウンターのスツールを見てもスナックっぽくは見えぬし、かと言って食堂のそれとも違っている、とにかくどうにも曖昧な雰囲気のお店なのです。通された座敷席に収まってみればそれはそれで地方の町の居酒屋であるなあという気にもなるのですが、今ひとつ気勢が上がらぬのは師走の物悲しさがもたらすものばかりではなさそうです。普通の酒に普通の肴、そして酒場放浪記のチラシと記念写真のしらじらしさがどうにもやり切れぬ気持ちに拍車を掛けるのです。とっくの昔に感性など磨耗しきったものと思っていましたが、それでも未だに思い出に流されるとは気恥ずかしいものです。酒を呑んで気勢が下がるというのもひとつの呑みのスタイルなんだよなあと、これ以上は町を眺める気分にもなれず仙台に向かうのでした。 仙台も来るたびに多少の変化を受け止めざるを得ないのですが、それでも概ねのところあまり変わらぬ気がします。その変化というのがぼくにとっては余り有り難くないことが多いのですが、幸いにも東一市場はその変化に晒されずに済んでいるようです。ここでも酒場放浪記の登場店を訪れるつもりでしたが満席で入れてはもらえませんでした。ならばと同じ通りで最も古参らしく見える「居酒屋 さくま」にお邪魔することにします。カウンター席のみの店内はびっしりすし詰め状態になっていますが、入口そばの席がまるでわれわれの到来を待っていたがごとくにポッカリと空きがあります。それにしても間もなく新年を迎えようとするとは思えぬ活気です。ぼくの考えが古臭いのかもしれませんが、できることなら年末というのは大掃除を終え、お節料理の準備も済ませてごろごろして迎えたいと思うのですが、そう思っていない人たちも少なからずいるようです。近所の方もおられるのでしょうが、大方のお客さんは電車やバスなどで案外遠くから訪れているに違いありません。そうまでして、なんてことを言ってる自分がそもそもわざわざ年末の忙しくてそして最もくつろげるはずの数日を旅先で過ごしているのだから、言ってることが無茶苦茶なのです。さて、女将とその娘さんらしきおきれいな方のお二人が注文が飛び交う中でも飄々とマイペースで切り回しておられます。このお二方に会いに来られる常連も少なくないのでは。松島の牡蠣を勧められたので出してもらうことにします。やはり旨いなあ。広島のものとか岩ガキなんかと違って小振りでプリッとしていて、ぼくにはこの程度の磯臭さがちょうどよいのです。さして長く住んだわけでもなし、そうしょっちゅう口にした記憶もないけれど、何番目かの故郷の味というものは否応なく忘れがたいものらしい。どちらが好きとか嫌いとか客観的に語るには東京とかまったく別の土地に生まれ育つか、広島と仙台など両方で幼少期を過ごすしかないのかもしれません。すっかり気分も良くなり、うっかり呑み過ぎてしまいました。 S氏は国分町のカプセルホテル、ぼくは知人宅にお世話になります。明日からは、別行動。大人の旅はこういう要所要所でのみ行動を共にするのが互いに満足するための秘訣かもしれません。
2018/03/05
コメント(0)
一昨年の年末、大晦日を翌日に控えた同じ日も似たような一日を過ごしました。一日を仙台の駅前散策に充てるというのを凝りもせずに踏襲するしかなかったのです。その時にも仙台の市街地を寒さに震えながらひたすら歩くことになり、結局これといった収穫を得ることもなく虚しく夕暮れ時を迎えることになりました。かと言ってこの時期になって日中に賑わいを期待できる町は、東北では仙台くらいしか思い付きません。実際、正月準備を終えたのか、手伝いもせずにゴロゴロしている事を嫁もしくは母に叱責されて居場所をなくした人々で、町は普段と変わらず賑わっています。幸いなのは前の年に比べると気温が高めで過ごしやすい事ですが、少し遅めに起きて行動開始しました。やはり今回も空振り続きではありましたが、それでも見過ごしていた何軒かの喫茶に入れたのだから随分と有意義な一日を過ごせたようにおもいます。 仙台随一の歓楽街である国分町には喫茶店がそれなりに残っています。もともと仙台の喫茶店の少なさは繰り返し述べさせて貰っているけれど、ここら辺だけ見るとまあそれなりに数だけは揃っています。「コーヒー・軽食と手作りグッズの店 you」なんて存在すら知りませんでした。手作りグッズの店というのがぼくにはふるいをかける理由に値したのかもしれません。実際他の町でなら見向きすらしなかったかもしれません。しかし、食わず嫌いというか入らずに決め付けるのは毎度の事ですが良くないですね。手作りグッズは店のほんの片隅の小さなスペースに限られていて、後は歓楽街付近の喫茶店らしくシンプルなカウンター席があるばかりです。そう古くはないのでさほと見所はありませんが、それてもゆったりと寛げるのはとても希少で有難い。場所柄、客層が気になるところですが女性店主の印象もとても品が良かったせいか、集う方たちも上品です。 市街地の中に突如として商店一つない空白地帯が出没するのも仙台という町の特徴かと思うのです。どうしてこんなことになるのかいつも不可解に思っているのですが、そんな閑散として人通りもない場所に「COFFEE ROAD ULLAS(ウーラス)」がありました。もとは正統派の喫茶店であったのが、永年に亘る風雪によりかなりくたびれ果てたような間もなく役割を終えんとする寸前のような姿を晒していて痛々しいのです。しかし、店内に入るとすぐにそんな感傷を打ち消すかのような強く激しい珈琲の芳香が鼻腔を刺激しました。しかもモザイクのような積み木箱のようなモダンな内装がカッコいいのです。写真をご覧いただいてお気づきになられた方もおられるかもしれませんが、時間はまだ夕方前ですがお客の足もパタッと止まったのか看板が仕舞われていました。店内に足を踏み入れてしまったと思ったのですが、ご主人がコーヒーだけならどうぞと通してくれました。勘定の際にはお客さん、コーヒー好きなの?とうれしそうに語りかけてくれたので、コーヒーよりも店の雰囲気を愉しむのが好きなんだと答えるのが失礼かと思い、ついコーヒー好きなんですよ、美味しかったですとお答えしました。確かに大変美味しく、この店の2017年最後の一杯をいただけました。 時間調整に仙台に数店舗展開する「エビアン 東一北店」にお邪魔します。百貨店などの買い物帰り客に利便性の良い場所に店を構えているため、いつも多くのお客さんで賑わっています。コーヒーショップ以上ではあるけれど、さほど味があるわけじゃないので、普通だったら見送るようなお店ですが、歳末の買い出し客の喧騒に包まれながら読書をするのも悪くないものです。
2018/03/04
コメント(0)
長々と喫茶篇を書き連ねてしまいましたが、喫茶に興味のない方は事情が分からぬかもしれないので、簡潔に繰り返す事にします。例年のごとく年末に仙台を目指しましたが、雪の影響で目的の白石駅は見送らざるを得なくなりました。やむなく石巻への乗り継ぎまで小牛田駅で下車して、時間を潰すことになったのです。喫茶店も見当たらず町もひと巡りしてしまい、さてさて困ったということになりました。そういえばさっき食堂らしき店が営業していたようだなあと引き返してみると、今しがた店を閉めてしまったらしいのです。本格的に困ったことになったなあと歩いていくと、おお、ちょうど良い塩梅に居酒屋さんがあるじゃないですか。これはもう立ち寄る以外の選択肢はありません。早速お邪魔することにします。 お店の名は、「幻の串焼き 鳥由」といいましたか。幻の串焼きと冠する辺り、なかなかの自信のようです。駅前からすぐなので、列車が発車するギリギリまで呑めるのは有り難いことです。さて、まだ5時前からなのかそれとも歳末のギリギリの時期にわざわざ呑み歩くのがおかしいのか、でもまあ営業するくらいだからそれなりの集客を見込めるのだと思うのだけれどわれわれが口明けでありました。ゴチャゴチャっとした店内はまだ開店準備を始めたばかりらしく、店の方のお勧めに従い晩酌セット1,500円を貰うことにしました。焼鳥盛合せと煮込み、枝豆だったかなに黒ビール以外の酒を何でも2杯という構成です。こういう時に2人いるのは助かります。生ビール2杯であとは、サワーでも追加すればよいだろうか。こういうセットメニューってお得で好きなんだけれど、都内なら一般的に千円以内が相場だと思うのだけれど、地方都市の場合にはちょっと値段高めの設定でその分、肴の量や品数が増える傾向にあるようです。そんなに頻繁にハシゴし歩くという習慣がないから、こういうので客寄せして長居させようという戦略なのだろうか。旅の途上の独りだとこれがなかなか負担になることがあるのです。焼鳥はそこそこだけれど、煮込みは野菜が豊富で好みだなあ。大体がしょっぱい、いや場合によっては甘い物でも呑めてしまうぼくのような酒呑みにとっては肴が多いのはありがた迷惑でもあるのです。そんなこんなでやってるだけで有難いのにあれこれと詮索するのが品性をますます落とすのだろうなあ。賑やかで人のいい女将さんとも言葉を交わし始めた頃に突如として電話が立て続けに入るのです。どうもすでに予約が詰まっていたらしく断りの応対に苦慮しておられる。なるほど、こちらは年末の夜を過ごそうと思う少数派ではあるけれど少なくはない方たちに重宝されているようです。地方都市の駅そば酒場でのんびり師走を過ごすのも良いなと思うのでありますが、そんな贅沢な年の終わりを迎える日は当分なさそうだなあ。 近くでは「居酒屋 酒楽」が営業を始めていました。こちらの方がぼくの好みかな。しかし、ここを改めて訪れることはあるのだろうか、そう思うと立ち寄りたい気持ちで胸が詰まるような気分ですがそうも言ってられないのです。 なんとなれば、石巻の居酒屋、これまた酒場放浪記で放映されたお店を予約しているからです。って、いつもの如く番組に追従していると思われるとちょっとばかり困るのであります。昨年末もこちらには立ち寄っていることは間違いなく報告しているのだ、などと地元の評判店をさも己が発見したかのような語り方は避けるべし。大体時間通りに目的地に辿り着きました。「海鮮料理 六文銭」は、石巻のささやかな呑み屋街の死角のような地味な場所にあります。でも構えはちゃんとしていて、旅先でもなければ見て見ぬふりを決め込んでしまいそうなそんなお店です。ご記憶の方はおられぬかもしれませんが、昨年末もここに来ています。しかし、予約で満席ということで門前払いと相成りました。だからまあ、横着なぼくらしくもなく予約したのでありました。カウンター席が確保されていました。すでに呑み始めているお客さんもおります。どうやら職場の古馴染みが何年振りかで席を共にするらしい。これは羨ましいことです。ぼくなども各地に移り住んで来ましたが、永く付き合ってくれる友人に恵まれなかったように思うのです。いやまあ根が淡白で面倒くさがりな己の心根に何かしら問題を見出すのがフェアな気がする。旧交を暖める連中を横目で見ては羨むのにその羨望を得るための努力は回避したいなんてムシが良すぎるというものです。しかし、各地に転々とした仲間と年に一度なり邂逅するというのは素敵なことではありますが、ぼくにはそれは老後の楽しみで構わないとも思うのです。さて、この時期だから出せない肴も多いらしい。そりゃまあ市場ももう終いでしょう。それでも流石きに評判店です。魚介がどれも新鮮で美味しいのです。正直年末だから金に糸目をつけずに贅沢してやるという意気込みはあったのです。だけれどすでに少し呑み食いしているので、結局はいつもの調子で肴は脇に置かれることになりました。さて、やがてお隣のグループに女性が登場しました。一気に場が華やぎます。これ見て正直心底羨ましく思いましたね。予約する位のマメさがあれば何とかなるかと思うのですが、やはりやめておこう、会わずにおいた方がいいってこともあるしねぇ。
2018/02/26
コメント(0)
年の暮れを迎える慌ただしい頃になると仙台を訪れるのがここ数年の恒例となっています。昔、短い期間ながら暮らしたこともあり、新鮮な驚きに事欠く仙台を決まって訪れるその理由は、あえて詳らかにせずとも察しの良い方ならお分かりだと思います。といった次第で前夜の仕事納めの酔いも覚めきらぬ夜明けの遥か前に起床して、忙しなく身支度を整えると暗い始発列車に飛び乗ったのでした。これまたご明察のとおりでありましょうが、当然の如くに青春18きっぷ利用の旅なのです。赤羽駅で東北本線の宇都宮行きの列車に飛び乗ると、一年の疲れがドッと吹き出したのかぐっすりと眠りに落ちました。見飽きた車窓とはいえ列車の旅に出てここまでコンコンと眠りに浸ったのは記憶にない程です。宇都宮駅も間近になった頃に上手い具合に目が覚めたので車内を見渡すとおや、この日の最北の目的地で落ち合うことになりそうと言っていたS氏の姿があります。上野駅での綱渡りのような乗り継ぎに成功したらしい。ぼくなどは郡山などで途中下車を目論んでいたのにそれでも上野駅での乗り継ぎの成否で、随分と差が着くものです。という訳で前年のようにぼくの二日酔いで寝坊もなく順調に思えた旅の予定が狂い始めたのは福島県に入った頃です。郡山駅行きの列車が数日前の雪の影響を受けて新白河駅止まりとなるとのこと。かなわん事やと猛る気持ちをぐっと堪えて東北に向かっているのだから仕方あるまいと開き直ってしまうしかありません。どのみちこの先も列車の運行に支障が出るのだし、焦ってみてもどうにもならんでしょう。新白河では一時間の待合せとなるとアナウンスがありました。とりあえず飯を食わせる店でも探すことにしようか。なんせ前夜からほとんど呑まず全く食わずなのです。 新幹線駅らしい退屈な駅前が歳末の慌ただしさを微塵とも感じさせぬ静けさで広がっています。こういう機会でもなければ新白河駅前を散策するチャンスはないだろうからしめたものと思うことにします。多少の残雪のある道は歩きにくい上によく滑ります。人気はまばらで飯を食わす店はあっても営業はしていません。やがて「COFFEE HOUSE らたん」なんてお店も見つける事ができましたが、当然のように閉まっています。店内が覗けたので観察したところ、これはわざわざ再訪することはなさそうと思いましたが、また足止めを食らった際の押さえとして覚えておくことにします。結局何も食えずに駅に引き返すと北に向かう客たちが待ちぼうけた表情を浮かべています。一時間あってもじっと待たれる人が多いみたい。『散歩の達人』など散歩本の出版数は凄いものがあるけれど、大方の向きはそうしたガイドマップに紹介されるような町を歩いて満足してしまうのだろうかなあ。知らない町を歩きたいという欲望は、ごく少数派の趣味に過ぎぬのでしょうか。取り敢えず福島駅までは列車が出るらしい。途中下車もしたいところだけれどこんな時には進めるだけ先に行ったほうが良さそうです。とにかく仙台にたどり着かねばならないのです。 福島駅で下車。一時間はないのでそうのんびりしていられません。とにかく空腹を満たしたいところです。駅から近くはないけれど以前泊まったビジネスホテルのそばに味のある食堂があったはず、そこに向かう事にしました。積雪はさらに深くて足元の悪い中ですが急ぎ足で歩くしかない。やがて「もりなが食堂」が見えてきました。いつものパターンであれば酒場篇に登場するところですが、ここは酒類は一切扱っていないので、そして記憶に埋もれさすにも惜しいのでここで報告しておきます。外目には広いお店に思われましたが店内は小ぢんまりしています。並の天丼を頂く事にしました。しばらく待って届いた丼には巨大な海老が据えられています。こりゃ立派だわいと早速かぶりつくと、んっムチムチとした食感に何やら違和感があります。これは海老ではなさそうだ。しかしもう一口齧り付くと今度は歯触りも味も間違いなく海老なのだ。その違和感にS氏は気付いていないらしい。2尾目はちゃんと味わってみた。なるほど海老の先に餅をかましているようだ。これでかさ増ししてでっかい海老を食べてる気分になってもらおうというアイデアらしいのです。これこれでユニークでいいなあ。 すっかり満腹したので散歩をして時間を潰すと一路、仙台駅に向かいます、ってあっさり通過して小牛田駅までやってきました。本当なら白石駅で充分に時間を割いていたのですが、白石まで行くと単に列車で往復するだけになりかねません。石巻の居酒屋を珍しくも予約していたのです。小牛田駅で少し時間を潰して石巻に向かう途中で下車してもいいと思いましたが列車ダイヤが過疎なのでその余地もない。しからば小牛田で次の石巻行きの列車の時間まで過ごすしかさなそうです。小牛田の町には駅前旅館があって、それに併設された居酒屋なんか入ってみたかったり、そばには良さそうな食堂もあったりしますがどこも営業前です。「COFFEE & SCOTCH キング」なんていう喫茶店というかしかスナックらしき店もありますがやはり閉まっています。という事でざっと眺めた限りでは小牛田で喫茶らしきお店は見つけ出すことは叶いませんでした。 ここで時間を一気に進めなくてはなりません。翌日は、S氏とは別行動になります。なので、間もなく大晦日を迎えようという仙台の町を一人で彷徨うことになりました。「喫茶・スナック ポニー」、「喫茶 グレース」、「コーヒー・お食事 ウイング」、「COFFEE ROOM セレーネ」、「コーヒー&軽食 じゃがいも」、「自家炭火焙煎 珈琲家」、「カフェ・ド・ランバン」、「食事&喫茶 あかとんぼ」、「Cafe 銀杏坂」などなどを見掛けましたがどこも年内の営業は終えてしまったようです。仙台で最も愛着のある「あきば」の健在を確認できて一安心。 予想していたこととはいえ、これだけ空振り続きは辛いものです。空腹も感じます。前から気になっていた「藤やのだんご」で昼食にするつもりで、最後のひと踏ん張りと歩き出したら「スナック 新樹」というのがありました。コーヒーの貼り紙もあるから喫茶営業もしているみたい。ママさんらしき方が表の掃除を始めたので先に団子屋で食事してから戻って来ようと思ったのですが、別の貼り紙に焼そば、確か450円だったかなとあります。焼そばだけなら団子屋でもうちょい食べられるだらうと、先にこちらにお邪魔しておくことにしました。おお、店内も古びてはいるけれど、なかなかに魅力的なお店ではないですか。それも良かったけれど、サービスがまた凄い。焼そばにワンタンとたっぷりの煮物まで振る舞って頂けたのです。そしてママさんが素敵な方で、上品にだけど色々と語りかけて下さり暮れに独り町を彷徨っているぼくにも大変優しいのでした。喫茶には事欠く仙台の町ですが、こんな素敵な店が残されていたのですね。
2018/02/25
コメント(0)
福島の賑やかな町というと福島や郡山、会津若松といったところになるでしょうか。それぞれに忘れがたい酒場や喫茶店もあるけれど、その充実ぶりということになるといわきが頭三つ分くらい抜きん出ているように思われます。店の数ばかりじゃくその賑わいも他の町を圧倒している、いや賑やかということでは会津の夜の町もなかなか捨て難いが、呑み屋街というか歓楽街ばかりが賑わって駅前や商店街はやはりいわきが最も気分が昂揚する。震災もその後の問題も未だに継続中でありますが、それを感じさせぬ町の人たちの逞しさはあっぱれなものであります。偉そうですがそう思うのです。 まだまだたくさん行っておきたい喫茶店があるから、物思いにふけっている時間はありません。次も前回時間切れでみすみす見過ごさざるを得なかった「COFFEE モア(MORE)」に向かいます。このお店の内観はネット上でいくらでも見ることができますが、やはり己の目で直接見ぬと伝わらぬものがあることを再認識させれました。表とは隔絶した暗い店内のムードはアダルトなものかと思っていて、実際それは違いないのだけれど、想像していたようなエロチックな甘美さとはちょっと違っていて、黒と紫が店の色彩の基調となっているのになぜだかとても硬派な印象を受けるのでした。いやいや、ママはほんわかした方で人柄がそう見せるわけでもないようです。大体ママのお友達のおばちゃまたちがもう凄まじくけたたましいのだから、彼女らから硬派なんて言葉はどうあっても結び付きようがないのです。そこはまあ空間と照明の設計に抜群のセンスがあるという身も蓋もない言葉で誤魔化しておくことにします。 そのそばの「喫茶 らくがき」、「パリー」はちょっと期待したのとは違っていたかな。あまりにも寂しくて、コーヒーを飲み終えると早々に席を立ってしまいました。その寂しさの質は前者がガチャガチャした飾りに居たたまれなくなり、後者はあまりの飾り気のなさが寒々しいという違いがあったけれど。 他にも「ブルボン(BOURBON)」、「ウッドベル」、「スナック喫茶 絵里香」なんかに入りたかったのですが、お休みのようです。 この三軒分の時間が空いてしまったので駅前の「ブレイク」でしばらく時間を潰します。ごくごく標準的なコーヒーハウスで特筆すべき事はありませんが、しばらくの時間を人気のない場所で過ごしてしまったので、なんだか妙に人恋しい気持ちになりました。ここはそんな孤独さを癒やしてくれるという意味では、まああってくれて良かったなとちょっと思えるお店でした。 とまあやや知りすぼみになってしまいましたが、まだ行きたい喫茶もあるし、そう遠くなく常磐線も全線が再開されると信じているので、仙台まで通じた頃にまた訪れることが出来たらいいなあなんて思いながら、上り列車に乗り込むのでした。
2017/06/11
コメント(0)
長く続いた静岡の喫茶報告もようやく一段落つきました。しかし、実際にはこれから報告させて頂く、いわきを降り出しにした常磐線の取りこぼし喫茶を訪ねる日帰り旅は、静岡への日帰り旅に挟み込んだだけなので早朝起床は少しも変わらぬのであります。静岡から帰京してほんのわずかの休息を取るとまたしても車中の住人とならねばなぬので、さすがに疲労は高まるのです。周知の通り松戸までは散々っぱら往復しているのでとにかく退屈極まりないのです。ところが、その先となれば話は違います。それなりに乗り付けているとはいえ、東海道線や東北本線程には乗り込んでいるわけじゃないので、松戸を過ぎるとどうしても車窓に視線が及んでしまうのです。一度見入ってしまうと視線は車窓の景色を追ってしまい、出掛けにはそうならぬよう早目に眠りに落ちてしまう計画だったのです。加えて車内はまさに遭難まであと一歩というくらいに冷え込んでいます。特に水戸が迫ってくると冷え込みはグンと威力を増し、とても眠ってなどおられぬのです。男性サラリーマンにも膝掛け持参の方もおられる位です。寒さの理由はハッキリしていて、停車の度にドアが開くのだから車内の暖まる間もないのです。水戸駅からはさすがに手動または押ボタン式のドア付き列車になると思いきや、状況は少しも変わらず多少車内は混雑するもののますます冷え込みはキツくなるのでした。やっとの事でいわき駅に到着しても感慨よりもこの極寒の車内から解放される安堵感が上回るのでした。震災以前に冬場に仙台まで乗り通したことが何度かありますが、その頃は手動式の車両でむしろ暑くて頭が朦朧としたものです。 さて、今回の初めのお店は駅前通りを10分弱直進した雑居ビルの一階奥にある「オフィス」でした。前回は時間切れで見送りやむ無しとなったお店ですが、ずっと未練を引きずっていたお店です。ビルの前面にはとある団体の看板が放置されていてそれが幾分不安感を掻き立てます。細い廊下を進むと店の前に辿り着きますが、この雰囲気は怪しくて不安感を喚起して愉快です。店内もはオフィスというよりは古いオフィスビルの談話室みたいで、他に余り類のない情緒があります。瞬時に好きになってしまいました。所々に配置されたファンシー系グッズの数々も不思議と違和感なく収まっています。この奇妙なのに不思議と居心地よい空間はぜひ経験していただきたい。そしてもひとつ特筆すべきは350円モーニングの充実ぶりです。同じ値段でホットサンドまであるのだからどれだけサービス精神が旺盛なのだろう。それなのに思ったほどに空いているのがこうした古い喫茶の宿命なのだろうか。古くからの常連、そしてぼくもその末端にいる好事家の好奇の対象でしかないのはもったいない。人口に比して多過ぎると思われる喫茶店を郡山の方は持て余しているのでしょうか。 大通りの向かいにある「COFFEE ROOM ボナンザ」は、前回ほんのわずかな時間しか滞在できなかったので、改めて訪れました。外観ほどにはユニークとは言えぬものの、やはりとてもシックなでも適度に緩い雰囲気もある空間はとてもいいのてす。一見オオバコ風に見えてこぢんまりした店内なのも好ましく感じられます。 巨大なショッピングモールを疎ましく思いつつ迂回していくと、今回の旅で一番の拾い物、「ハーバー」がありました。先般喫茶愛をより積極的に発信するこの方のサイトで公開なさっていたので、いまさらぼくが付け加えることは特別ありません。店名を裏切らぬマリンカラーに染まる店内は、そうは言っても明るく晴れやかなマリンではなくどこか黒ずんで感じられるのは、東北の海を連想させるからでしょうか。しかしつい先だって行ってきた新潟など日本海側の海の重苦しい沈鬱さとは程遠く、朝焼けの残る東北の海辺の町の喫茶店としてここ程ふさわしい店は他に思いつきません。 そして、そのすぐそばにある「コーヒーとランチ ポポロ(ニューポポロ)」にも立ち寄ることにします。ここまで来て、コーヒー効果でようやく体は温まり、睡眠不足で朦朧とした頭もスッキリしてきました。ここまでのお店は時間が少し早かったこともあってか、ほとんど他のお客さんがおりませんでしたが、ここでようやく賑やかなお店に出会うことができました。複合商業施設の2階にある小奇麗なお店で、天井の高さもあって混雑していてもさほど狭々した印象は感じられません。見知った顔同士も多くそういう方たちは席を動いたりして、独りのお客さんに席を譲ったりするのが好感が持てます。この日の出だしの三軒がハイレベルで、刺激的過ぎてむしろ記憶に霞が掛かっているのに比べるとこちらのシンプルさは記憶に鮮明です。 それにしてもいわきの喫茶店の潤沢なことといったら驚くべきことです。以前すでに何軒もの喫茶店を報告してきましたが、次回もまだいわきのお店を紹介することになるのだからその数の多さももちろん、多彩さに感嘆するばかりです。次回も素敵なお店が出てくるのでお楽しみに。
2017/06/04
コメント(0)
全127件 (127件中 1-50件目)