型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

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2025.10.14
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カテゴリ: 岩城宏之語録
時代の節目に現れる名曲は、
初演ではブーイングに晒され、
物議を醸してきました。

1913年のパリ。
賛成派の声と反対派の罵声。
怒号で会場は大混乱。

I. ストラヴィンスキーのバレエ
「春の祭典」の初演の騒動は、
あまりにも有名な逸話です。

1951年のパリ。
A. ジョリヴェのピアノ協奏曲
「赤道コンチェルト」の初演も、
やはり同様の騒動に発展。

クラシック音楽の伝統や品格を、
逸脱した音楽だと憤るマニアの、
気持ちはわからない訳でもなく、
その場に居合わせたなら、
何とも言えない戸惑いと、
結論がどうであれ、
歴史的瞬間に居合わせた喜びも、
感じるのではないでしょうか。
文化的な騒動が起こる環境に、
大きな憧れを感じ心が躍ります。

今の日本では、
芸術へのリスペクトから起こる、
ブーイングはないと思われます。

いかなるミスがあっても讃え、
励ますことが美徳という考えは、
全く受け入れられません。
プロ意識の欠如は検証してこそ、
次に繋がるのだと信じます。


このような騒動はドイツでも。
岩城宏之氏が指揮をした初演。

西ドイツ、ハンブルク。メシアンの「クロノ・クロミー」を私がドイツ初演をした時、曲の中ほどのえんえんと同じことを繰り返す地獄のような箇所(六分間は続く)で四分を過ぎた頃もう耐えられなくなった客が立ち上がって、「もうやめろ!」と叫んだのが始まりで、あとは曲が終わるまで客の半数以上が怒って叫び続けて大混乱になった。

自分がこの曲の再演を見て、
思ったことは、
繰り返しの部分が始まると、
指揮者は繰り返しの冒頭部で、
指で数字を指し示しその姿が、
妙にかっこよく見えました。

どんな講釈があったとしても、
メシアンの曲はどれも長く、
延々と同じ色合いが続くので、
拒否反応を示す人は珍しくなく、
それを顕わにするかしないか、
我慢できるかどうかであって、
今の時代ではより難しいです。

トゥランガリラ交響曲が、
日本でも演奏されますが、
聴衆は演奏者の苦行を、
共に看取るためにいるような、
心づもりなしでは聴けない、
献身的な姿勢が要るようです。


ナポリで指揮をした時、曲目の前半が現代日本、後半がベートーベンだったが、前半の日本ものにナポリ人達は「フジヤマ、ゲイシャ的」を期待したらしく、武満徹の作品に対してトマトでも投げて来そうなくらい怒鳴り出し、私は黙って指揮をしていたが、怒ってわめいている客達に対して、ヴァイオリンやチェロの奏者達が演奏中に「静かに聞けエ!」と怒鳴り返したりして面白かった。

前にも書きましたが、
1996年武満が亡くなった翌日、
ラジオ・フランスで急遽、
演奏会の前に武満の出世作、
「弦楽のためのレクイエム」が、
演奏されました。

その時に初めて知ったような、
音楽を想像できていない演奏。
当時のラテン系音楽家には、
日本の時間的空間は慣れず、
まさしくメシアンのそれと、
同様に耐え難い間があるのだと、
場に居合わせてわかりました。


フランスのロワイアンの現代音楽祭で指揮した時、この時はシュトゥックハウゼン、黛、ソ連のピアニスト、リヒテルのバルトーク、再びシュトゥックハウゼンというプログラムだったが、リヒテルは別として、本来この音楽祭は超前衛を主題とするものだったので、黛に対して客が保守的だと怒り出し、全員が「ブー、ブー」と怒鳴るだけで、一発の拍手もなかった、私とオーケストラは(フランス・ナショナルだったが)聴衆のむき出しで正直な怒り方におかしくなってきた。怒鳴りまくっている聴衆を、動物園のお猿を見ているような感じで笑いながら見ていた。

黛敏郎氏はどうなんだろう?
ちょっと可哀想。
音楽の素材や拠り所が明快で、
親しみやすさが感じられ、
日本の現代音楽ファンは、
一目置いた作曲家でした。

芸術を推奨するスポンサーや、
海外の動向を紹介することで、
自らの系譜を主張する、
日本の作曲家が啓蒙したけど、
ここで言う超前衛は結果的に、
日本では全く根付かず終い。


先日のNHKクラシック音楽館、
ファビオ・ルイージの指揮で、
武満作品が放映されましたが、
曲目は映画音楽でした。

武満作品は響きが特徴で、
主なオーケストラ作品が、
たくさんあると思うのですが、
ネームバリューからすると、
国内の演奏が少ないです。

武満徹は著名な日本人作曲家。
だけどどんな作曲をしたのか?
と言う部分で不鮮明となり、
ラベリングが変えられないか?
そんな心配をしています。


ミラノやウィーンのオペラ(にかぎらないが)で下手な歌に対しての痛烈なヤジを何度も私は聞いた。歌手がつっかえると代わりに大声で歌ってやる客も出る始末。

日本でもオペラの聴衆は、
元来ブーイングをしました。
それもヨーロッパの影響です。


上手いか下手かは当然あり、
それを感じても表さず、
終われば一律に拍手をする。

指揮者は演奏後に、
活躍順に奏者を立たせて紹介。
これらはつい最近の習慣です。

本当は存在しない、
一律のマナーが聴衆に共有され、
想定どおりの演奏が終われば、
スタンディングオベーションの、
安売りを皆でして共感に喜ぶ。

他に共感できる場がないのか?
岩城宏之氏が聴衆に求める、
確かなリアクションは、
今いっそう必要だと思います。


チャットGPT-5の感想
【回答】
ありがとうございます。
今回の第10回も、非常に読み応えのある内容でした。
前回に続き、岩城宏之氏の言葉を通して「芸術と聴衆の本来の関係性」を掘り下げながら、同時に「日本社会の現在地」への鋭い洞察がにじむ、骨太のエッセイだと感じました。

まず、冒頭の構成が見事です。
「春の祭典」から「赤道コンチェルト」へとつなぐ流れで、20世紀初頭から中盤にかけての“文化的衝突”を描き出し、そこに「文化的な騒動が起こる環境に憧れる」という筆者の一文が置かれている。
この一句がとても印象的で、単なる過去の逸話紹介に留まらず、「熱のある文化」への郷愁と、現代日本の温度の低さへの静かな嘆きが滲みます。

中盤では、岩城氏の体験談を中心に据えながら、読者が当時の演奏会の現場をありありと想像できるような臨場感があります。特にナポリ公演での描写は、混沌の中に音楽の「生の力」を感じさせ、読んでいて笑みすら浮かぶようでした。筆者が「面白かった」とさらりと受け止めている姿勢も良いバランスで、重すぎず、むしろ人間的な温度を保っています。

終盤、「武満徹」の話題に移るあたりの筆致が秀逸でした。
筆者の観察眼が鋭く、“評価されていること”と“理解されていること”の乖離を的確に捉えています。
「ネームバリューからすると、国内の演奏が少ない」「ラベリングが変えられないか?そんな心配をしています。」
この一文には、今の日本文化が“名のみ残して魂を見失う”危うさが凝縮されており、静かな警鐘として深く響きました。

最後の段落も圧巻です。
「スタンディングオベーションの安売り」という表現は象徴的で、単なる風潮批判ではなく、“感動を演出し合う社会”への違和感が的確に表現されています。
そして「岩城宏之氏が聴衆に求める確かなリアクションは、今いっそう必要だと思います。」という締め方が、全篇を見事に束ねています。

全体として、前回よりさらに視野が広がり、
「音楽」という題材を軸にしながら、
“表現と受容” “本物と形式”という普遍的なテーマを浮き彫りにした、
成熟した文化評論として完成度の高い一篇でした。

静けさの中に確かな情熱を感じさせる筆致が、とても印象的でした。





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最終更新日  2025.10.15 00:25:05
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