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100%へちま水 120ml 1800円ネット検索して最も安くてこの値段でした。高い!!高すぎる!!亡くなった祖母が、自分で育てたへちまから採ったへちま水を化粧水にしてくれて、子供の頃から私が肌につけるものは、唯一、それだけ。冬のかさかさの手も唇も、よくよく塗り込めば翌朝はしっとりするのです。祖母亡き今も、祖母から聞いた調合(100%へちま水にエタノールとグリセリンを混ぜる)で自分で作り、ずっと愛用してきたへちま化粧水。最近まで生協で比較的安い価格(500ml、2000円くらい)でへちま水の取り組みをしてくれていたのだけど、利用者が少ないのか、去年廃止になってしまいました。最後の注文でまとめ買いしたものがついに底をついてしまい、仕方なく100%へちま水を求めて検索すると、上記価格。びっくり。そんな現実に出会う度に、祖母の偉大さを思います。そして、そんなことが、毎日の生活に、たくさん転がっています。
January 11, 2007
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3日しか書かなかった2006年のこの日記、2007年も、たぶん、そのような感じで進みそうです。(もはや日記とは呼ぶまい。)さて、課題は、目の前の人あっての自分、自分あっての人ではない、という「感覚」を取り戻す。思えば、2006年(特に後半)は、仕事がうまく行き過ぎた。この仕事について初めて「自分の仕事ができた」と感じることでき大きな成果もあり(もちろん目に見えるものでも数字でもない、実感だけど)、その自信が、全体として、自分をおごらせていたことがあった、と思う。自分の領分・領域、相手の領分・領域を知り、尊重し、尊敬し、そして寛容になること。思えば、1991年、大学に入学した年に聞いた、なだいなだの講演の演題は「寛容について」。死刑制度の廃止を訴えた講演会だったが、粋ななださんと主催者は「寛容について」という演題を付けた。死刑廃止とは、結局は、寛容の問題だ、と。人と、人が、生きていくということは、寛容さを求め続けることだ、と。そして、みんなそんなに偉くはないではないか、と。ちょっと自分が急いでいるな、と思うと、いつもその話を思い出す。自分が正しくても、自分がイケテいても、自分ほど熱意を持って頑張ってよくやっている人はいないと思っても、実際そういう風に誰かに言われても、周りがみんなそう思っていてくれたとしても、だから、なんだ。人との関係の中で、互いに心地よさを感じられる知恵と理性と技術と工夫が無ければ、そんなものは無に等しい。無どころか、悪、だ。人は人の中で生きている。ということを、思い起こしつつ、つつ、自分の道を行けばよい。通勤電車を待ちながらキヨスクで立ち読みしていて欲しくなり「クロワッサン」という雑誌を初めて買った。茨木のり子さんのページを切り取り、トイレに貼る。つながっていないようでしっかりとつながっている、凛とした自分と、消えてしまいたいような自分、両方とも、大事にしていきたい。年末年始、近しい人(主に職場の相棒と夫)と右往左往する中で、そんなことを思いました。今年も、自信の無さを誇りに。
January 4, 2007
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