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昨夜はあまり寝付けず、今朝方になってやっとウトウトしたら・・・起きる時間になってしまって、睡眠不足です。末弟のSくんが大学の部活でやっているスポーツの試合で海外に行く予定があり、初海外の彼のパスポートを取得すべく、母が代理で市役所から必要書類を貰ってきた。千葉県だと、千葉駅直結のセンシティビル内に旅券センターがあるのだけど、池袋の旅券センターで手続きをすることになった(受付時間が池袋は19時までだそうです)。母とクルマで移動。運転係の私は、ランチをご馳走してもらった。行きつけのラーメン屋さんで、タンメンとレバニラ定食をシェア。末弟が大学の講義を終えて池袋に出て来て母とはそこで待ち合わせ。母を西船橋まで送って別れた。猛烈にトイレに行きたくなり(オシッコの方よ)、津田沼イオンに寄り道。仕事の関係の電話を待っていたのもあったので、時間潰しにウィンドウショッピング。文具売り場で最近お気に入りの絵柄のポストカードと、Sale品のカットソーを1枚ゲット。店内をウロウロしてたらくたびれてしまって、1Fのフードコートへ。はなまるうどんで、『冷ぶっかけうどん小+野菜かきあげてんぷら』を夕食に食べました。ドトールコーヒーで『アイス黒糖ラテ(だったかな?)』をゲットして店を出た。帰り道、アリオ蘇我にも寄り道。フランフランへ。テープ式ではなく洗い流すタイプのコロコロ欲しいものではなかったんだけど、ずっと探していた『洗い流すタイプのコロコロ』があって、しかも価格も¥504、デザインもかわいいので即ゲット。洗濯バサミは、ディスプレイを見てかわいかったのでこれもゲット。次にお向かいの無印良品へ。化粧用コットン(オーガニックコットン小132枚入り)と、入浴剤(乳濁しない方のローズの香り)と、化粧用チップ(5連キャップつき)をゲット。化粧用チップは携帯用のキャップのついたものを探してて、やっと出逢えた一品。子供の頃流行った『ロケット鉛筆』みたいに5つのチップが連結してるの。化粧ポーチの中が汚れるのが嫌で、探してたらMUJIさんさすが。アリオ蘇我は、イトーヨーカドーの方は2回ぐらいちょこっと立ち寄ったことあるんだけど(しかも1回は、彼とトイレタイムに寄っただけ)、フランフランとか無印良品はじめファッションフロアーの方には行った事がなかったの。先日訪れた、スパビューアの帰り道に外から見て、今度来ようって思ってたの。洋服やさんも数店おじゃました。見てるだけでもけっこう楽しかった。すっかり遅くなってしまった。母から巨峰を預かったので、風邪引いて鼻ズルズルになってた上の妹Mちゃんに届けた。納豆ご飯を食べて、巨峰を数粒頂いて、実家を後にした。そういえば、巨峰は今年はお初だったかも?甘くておいしい巨峰でした。なんだか長い一日だった。陽射しに弱い私は、目の周りが大変なことになってしまった。普段、お手入れ手抜きであんまりつけてないアイクリームをつけたけど、たるみと酷いクマ。あああぁぁ・・・・こうやってお肌は衰えていくんだ・・・早く寝なくては。
2007.10.17
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何かに導かれたかのような、不思議な出来事が起きた。息も出来ないくらい、涙がとめどなく溢れた。自分ではコントロールできないような出来事。悪いことじゃないよ。
2007.10.16
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急な母の誘いで、母と母の知人のSさんと19:30に千葉駅近くで待ち合わせをした。私は車で向かった。もうここ数日腰痛が酷くて困ってるんだけど、なんとか無事に合流。Sさんの家に向かう方面にあるデニーズへ。二人はすでに、少し他で食べたらしく、デザートだけ、私はしっかり夕食を食べました。色々とSさんを交えて話をしました。楽しい話や、まじめな話など時間は尽きないのだけど、Sさんも仕事があるので最寄り駅まで送り届けて、母と実家へ帰った。父と妹は夕食を済ませ、のんびりしているところだった。泊まるつもりじゃなかったんだけど、一休みってことでリビングでゴロリとしてた。そのままうたた寝・・・したいのに妙に呼吸が苦しくて、なかなか寝付けず、つけっ放しにしてたTVをWOWOWにあわせた。チャーリーとチョコレート工場がちょうど始まった。映画館で観たかったんだけど、少し前までの生活では映画館で映画を観るってデートはおろか、単独行動もなかなか実現しづらかった。別に制限されてたわけじゃないんだけど、なるべくならいっしょに楽しめることに時間を費やしたいと思って。(といいながらもGLAYのライブ遠征は行く・・・)観たかった作品だったので、観る事にした。私はこの作品大好きになった。期待通り、期待以上の娯楽作品。でも、心に語りかけるメッセージもあって、エンドロールの時には涙がたくさん流れてた。私が元彼に感じていたことが、ウォンカに重なった部分があった。・・・ダーリンは独りでいやしないだろうか?さみしくはないだろうか?今でも心配になってしまう。私じゃなくても彼を愛し、彼に愛されている存在はすでにいるかもしれない。彼が安らぎを感じることが出来る場所が、時間があれば、それでいい。ジョニー・デップの魅力に、すっかりセンチメンタルになってしまった。
2007.10.02
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私の髪質は、太くて固くて量は多くそしてクセ毛だった。最近は細いと言われるけど、依然量は多い。10年来のつきあいだった美容師さんにクセ毛の人はパーマをかけた方が髪にいいと聞き、またパーマスタイルが好きなので、伸ばしているときはパーマをかけることが多かった。そして、カラーリングも大好きで、白に近い金髪から赤、ライトブラウン、ブルー系など色んな色にトライして来た。それでも髪質が丈夫で、あんまり傷まないほうだった。ある日を境に髪の毛がボロボロになってしまった。ブラシが通らない・・・抜け毛がヒドい・・・禿げる・・・本気で不安になった。そこで、美容院に行ってきました。元々のクセと、パーマを残した(ストレートパーマ嫌いなので)ショートボブ。かなり『すいて』もらいました。家から車で10分くらいの美容院でカットしてもらった。8月末頃に初めて行ったところへ2回目。そこは、依然元彼が行って仕上がりが良かったので行ってみたところでした。それがあったので、サロンにも美容師さんにもなんの問題もないのに、行くのに勇気が要りました。彼との共通の記憶の場所を訪れるという行動は、結構勇気がいるね。よく行った食べ物やさんとか、お店とか、よく通った道とかね。時間という魔法が私を楽にしてくれるまで、無理しないようにしてます。私の生活、テリトリーに支障がないようにね。彼と過ごした6年の間にはショートヘアだったときもあったし、ロングもあった。どちらでも「似合うよ。かわいいよ。」と言ってくれた事を思い出した。髪を大きくチェンジすることで、またひとつ区切りをつけられた、今までのことを髪の毛と一緒に解放できた、ヘアカットがそういう意識の後押しをしてくれるように思える。古臭いかもしれないけど「女が髪を切るときは失恋したとき」なんて言った時代もあったけど、私はそれをポジティブに捕らえようと思う。これからの私の美への意識を、ほめてくれる存在に早く出会いたい。この人のためにキレイになりたい、かわいくいたい。これって、女性として生まれて、生きていくうえで意外と大事なことだとおもう。外見を意識することは、内面の美へ確実に繋がるから。ぼんやりしてないで、心身引き締めて、美しくなれるよう頑張りたい。
2007.10.01
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知人の依頼で、日本橋へ行って来た。仕事が休みだった妹と二人。コレド日本橋の中にある中華料理屋さんで遅めの昼食。色々と話を聞きながらの食事で、お茶とデザートはおいしかったんだけど、食事は60点くらいかな・・・?予定していた時間通りに終わり、地下駐車場に停めていた車を出し、新宿に来ていた母を迎えに新宿へ。新宿南口の文化女子大前に駐車して、母と合流。東久留米の妹弟の家へ向かい、休憩。仕事帰りの妹Cちゃんと、母と妹Mちゃんと私の4人でガストで夕食。弟は大学の部活から帰って来ず(多分友達の家)、逢えなかった。みんなヘトヘトなんだけど、Mちゃんは明日は仕事なので、泊まらずに千葉へ。二人とも疲れてしまって、睡魔に襲われた。交替で運転。途中から、Mちゃんが頑張ってくれたけど、後で、そうとうやばかったと聞いた。無事に帰宅。連日の外出に、結構体がガタガタになってる。
2007.09.27
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昨日、東久留米の妹弟のアパートに泊めてもらい、明け方帰って来た。自宅から撮った朝焼け・・・なんとなく、手を合わせたくなるような心境になり、今の心うちを目を瞑り解放しました。その祈る相手は神様なのか、太陽なのかはわからなかったけど、大きな存在に包まれている心境でした。午前中は仮眠をとり、午後から所要で幕張まで行きました。数日前から月経が来ていたんだけど、今月は痛みはあるものの鎮痛剤が効いてて寝込まずに済み(あ、一日は寝てたな)、辛い中でもなんとかしのげてた。月経の影響か、お腹の調子が下降気味でそれが困ってた。だけど、少し前から母の勧めで飲んでいる『タヒチアンノニ』の効果が出てきてくれてるのかな~なんて考えたりして、痛みのストレスを溜めないようにしてる。用事は無事に済み、家路へ。道中、ふと思い立ち、先日までお世話になっていた派遣先に立ち寄ることにした。私物が残ってたのと、本当に大変お世話になったマネージャーにキチンと挨拶したかったのとで、派遣会社の担当とスケジュールがうまく合わずのびのびになっていたので、単身派遣先へ伺うことにした。派遣先に電話を入れた。マネージャーは定時を過ぎてたけど待っててくれるとの事で、車をパーキングに停め、近くのパン屋さんで菓子折を買い向かった。途中、偶然にも仕事帰りのTMちゃんと遭遇。職場で一番仲良くしてもらって、GLAYのHISASHIのTシャツを貰っておきながら、忙しくて連絡先交換できずにいたので、一番心残りだった。それが、偶然の再会。TMちゃん、びっくりしたのと再会を喜んでくれて泣いてくれた。また逢おうね、と別れた。少し遅くなってしまったけど会社に向かい、マネージャーと再会。私が、たくさんのことが一気に押し寄せ、いっぱいいっぱいになってしまったとき、辛抱強く話を聞き、支えてくれたのがマネージャーでした。見た目通りのやさしいジェントルマンでした。ここ数日に起きたことも少し話し、事務的な処理と、挨拶をして別れました。これで一区切り。毎日のように走った道を、運転しながら涙が溢れました。この派遣先での仕事は、色んな思いを抱えてスタートしたから。そして、ジョークのような結末だったけれど、人生の転換期であったことには違いない。すばらしい出会いもたくさんあった。またひとつ、終わったんだな・・・と感じました。前に進む為には、ひとつひとつ区切りをつけること、キチンと終わらせることはとてもとても大事なことなんだと思います。誰を恨むでもなく誰を憎むでもなく
2007.09.26
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所要で、久しぶりに新宿へ行ってきた。車で行ったのと、用事を済ませた後は待ち合わせをしていたので、ウィンドウショッピングなぞする時間的余裕などなく、用事だけを済ませて新宿を後にした・・・。用事があったのは西口で、車は駅前の地下駐車場に。つい先日まで仕事していたとはいえ、千葉駅周辺とはやはり人間の数とスピードが違う。都内を離れて1年ちょっとで感覚は鈍るんだな・・・。元々、都内といっても北区とか墨田区、西東京エリアが行動エリアの拠点だったので、『ザ・東京』って場所よりのんびりしてるのかもしれないけどね。新宿に住みたいとは思わないけど、都内に戻りたい(今すぐでも)。独りで生きるには東京はやさしい場所だって私は感じてます。かえって田舎の方が、独り暮らしは寂しいもんです。まあ、私の「さみしさ」は別に理由があるのかもしれないけどね~。がんばれのんちゃん、まけるなのんちゃん
2007.09.25
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行きつけの化粧品店に行ってきた。ここ数ヶ月スキンケアは、アルビオンのエクサージュがお気に入りで愛用してました。美白ケア、くすみケア、保湿・・・と三十路乙女のお肌の悩みをクリアしてくれる、とても優秀なアイテムでした(の割りにはそんなに高くない)。OA機器に囲まれて、目の周りなんてギシギシ言うくらい疲れてたのだけど、アルビオンに変えてから、『やや乾燥+部分的にすごく乾燥肌』だったのが、『ほぼ普通肌』に。だけど、このところの激動のストレス山盛りな私の生活に、どんな優秀なコスメよりも、やさしいものを体が欲してるのがわかった。そこで、最近新しくなったIGNISにチェンジ。 IGNIS(イグニス)は以前からあるシリーズなんだけど、このたびリニューアルして、パッケージデザインもこのカワイイものに。ハーブを使用してて、アロマテラピー効果も。私のカサカサに乾いた心を癒すに、大好きなコスメが一役買ってくれそうです。早速、使用開始しました。フッと気が抜けたり、TVでラブソングが流れたりすると、簡単に涙が溢れてしまうくらい、メンタルバランスはまだまだ不安定です(元々泣き虫だけどネ)。出てくる涙は止めないようにしてます。これも、心身のデトックスだと思います。新しいコスメで、新しい恋の戦闘態勢に入る。長く過ごした彼にはだらしない姿もたくさん見せてきてしまった。親しき仲にも礼儀あり・・・怠ってたな。新しい出会いで、私が少しでも成長できるように、この別れがあったんだろう。大好きなハーブの香り芳しいコスメたちの力を借りて、女性らしく、かわいらしくありたい。素敵な人に出会えますように・・・
2007.09.23
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今日は、父の強い希望で、夕食は回転寿司へ行くことになった。はじめ、「『かっぱ寿司』でいいか」ということになって、バイパス沿いのお店で合流することになったんだけど、一足先に到着した妹から携帯にコール。どうも、ここらへんの住民の気が合ったのか、連休だからか、ものすごいお客さんの数で、大きめの駐車場も満車で入れないほどだそうだ。お寿司気分は変更不可能になってたので、同じくバイパス沿いの『スシロー』というところに行った。こっちはホームセンターと合同の駐車場で駐車は大丈夫だった。待ち時間も受付のタッチパネル式のマシンによれば10分程度とのこと、人数を登録し、整理券を貰って待つことにした。待合所の長椅子に腰掛けてると、いくらもしないうちに、続々とお客さんが押し寄せてきた。私たちで7組目だったんだけど、あっという間に10組くらい増えてしまった。私と妹はどこのお店に行っても客寄せしちゃう・・・(某スピリチュアルカウンセラーによるとそういう人は『憑依体質』の傾向にあるらしい。)。予定より少し待ったけど、番は回ってきて、無事にお寿司にありつけた。やっぱり回らないお寿司の方がおいしいのは十分知ってるんだけど、手軽だし、まあまあおいしいので悪くない。シャリが少なめなのか、普段食べる枚数よりお皿が気付けば多かったヨ。ふと、ギャル曽根ちゃんを思い出した。彼女は最強のフードファイターだけど、何がすごいって、いつもものすごくおいしそうに食べること。私は、大食い選手権とか嫌いなんだけど、彼女の食べてるシーンはわくわくして楽しくなるし、私も食べたくなる(あんなには食べられないけどサ)。たまには好き嫌いもしないで、ものすごい量をお腹もお財布も気にせず食べてみたいな~なんて思ったのでした。お寿司に関しては、元ダーリンはご存知の通り、においもだめだったので一緒に食べに行くなんて事は夢のまた夢でした。こればっかりは無理強いできないので、単身外出先のランチとか、実家にいるときなんかに今までは食べてた。こういう気遣いをしなくて良くなったという事は、ラクになった~という反面、意外と寂しいもんです。おいしいものを食べたとき(お寿司以外ね)、いつも、「ああ、○○ちゃんにも食べさせたいな~」「○○ちゃんは食べたことあるかな?」「一緒に食べたかったな~」・・・なんて考えてしまう。この○○の中は、元ダーリンばかりではなく家族もそうなんだけどね。人の記憶で一番確かなのは嗅覚そして味覚らしい(視覚、聴覚ほど事後情報に影響されにくいそうだ)から、今まで大事な人と食べたもののそれぞれの記憶が、また食べたときに鮮明に蘇るんだろうな。寂しく生きるんじゃなくて、それが人生の積み重ねってもんなんだろうね。新しい出逢いからも、新しい感覚の記憶がたくさん生まれていくんだろうな。それはとても楽しみな気持ちです。寂しいばかりじゃないですね。
2007.09.22
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妹と二人で『しゃぶしゃぶ温野菜』に行ってきた。わが町のバイパス沿いに出来てすぐから行こう行こうと言ってたんだけど、なかなかチャンスがなかった。元彼ネタになるけど、元ダーリンは私が家で作る鍋は食べたけど、しゃぶしゃぶは『食わず嫌い』でした。何度誘ってもNGで、彼と別行動のときに行けばよかったんだけど、結局行けなかったんです。妹の仕事明けにクルマで迎えに行って、腹ペコな二人は衝動的に店に向かったのでした。お店についてすぐから店員さんの対応が良くて、それだけで合格点でした。店内も清潔で、きれいでした。待つこともなく、すぐにテーブルに案内されました。食べ放題プランをオーダーしました。鍋のだし(っていうのかな)が2種類選べるようにもなってて、ポピュラーな昆布だしと、火鍋(キムチ鍋みたいな辛いだし)を選びました。お肉(牛肉、豚肉、鶏肉、鶏つみれ)、野菜、ごはん、きしめんが食べ放題でした。最初に一通り届き、種類の豊富さに圧倒されて、でも腹ペコだったので、スイッチがはいったかのようにガンガン食べだしました。マロニー好きの私たち、マロニーだけでも何回おかわりしたかな~きしめんで締めて、だし汁も飲んだ(全部じゃないよ)。最後にアイスクリームのデザートが。おいしかったよ~。二人でも楽しかったけれど、4人くらいで行く方がワイワイと楽しいかもね。早く鍋をつつける相手が欲しいワ。
2007.09.21
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夕方、母の友人と逢った。母がアルバイト先で知り合った女性、Sさん。話しではよく聞いてたりしてたので、初対面だけど不思議な感じだった。千葉駅までクルマで行き、母とSさんと3人で合流した。前々から会う機会を狙ってたそうだ。千葉周辺の和食系ファミレスに行った。腹ペコだった私は『ひつまぶしセット』をオーダー。母とSさんはお寿司に茶碗蒸しがついてくるセットを仲良くオーダーしてた。ガンガン食べながら、色々な話をした。実は、Sさんの知り合いを紹介してもらうかもしれないのだ。話しはそれだけじゃないんだけど、私としては事前にも少し相手の人の話を聞いてたので、興味津々。まだ、お相手の方に会うとかそういう具体的な話にはなっていないけど、「お見合い」になるのかな?新しい恋ができれば一番なんだよ・・・。忘れる為とか、ごまかしてるとかじゃなくて、『キレイな思い出』にできるのは、今の私が幸せじゃなくてはならない。そのためには、いい出逢いもしたい。34歳はまだまだ若いと言われるかもしれないけど、子供を産むにはリミットはやっぱりあると思う。卵子も老化し、卵巣も子宮も老朽化していく一方。持病の為だけじゃなく、機能的な意味でも早く子供を授かりたい。その為には、結婚して、旦那さんをもたないといけないね。この方の子供なら産みたいワって思える方とめぐり逢いたい。「結婚」「出産」のための出逢いは・・・いけないのかもしれないけど、もちろんそこに愛はあって然りですヨ。神様、どうぞお願いします・・・
2007.09.20
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連休を利用して、妹のMちゃん、Cちゃんと3人で群馬までお墓参りに行ってきた。私の両親のお墓(両親は健在です。死産した年子の兄が眠っています)のある館林市と父方の祖父母が眠る本家のお墓のある太田市に行ってきました。物凄い暑く、射すような陽射しの中、お墓を掃除し、お花を供えてきました。早朝に出発した為、お昼には両方のお墓参りを済ますことが出来ました。そして、昼食と休憩を兼ねて、太田のイオンに行きました。食事を済ませ、ウィンドウショッピングと、ちょこちょこっと買い物もし、クタクタになったところでスタバによりました。Mちゃんは『モカフラペチーノ』Cちゃんは『コーヒーフラペチーノ』そして、私は大好きな『キャラメルフラペチーノ(ノンホイップ)』レジ横のショウケースに魅了され、季節限定(だったかな?)のケーキをつオーダーしました。『栗のクランブルケーキ』です。1つを3人で仲良くわけっこしました。食べだしてから、「写真!写真!」となったので、食べかけです・・・『アップルクランブルケーキ』は、カットしたアップルとカスタードクリームがドンとのっているんだけど、この栗のも栗と(たぶん)クリペーストがドンと存在感あって、でもしつこくなくてぺロッといけました。暑さと、ハードスケジュールの後のティータイムにはバッチリでした。この日、セールのTシャツとカットソーと、水玉柄のストール(スカーフ?)と、ハードカバーのダイアリーブックを買いました。都内や千葉にもある雑貨屋さんなんだけど、品揃えがよかったので、興奮しました。ダイアリーは3年日記。新しい日々を綴ろうかな・・・と思って、購入。そこには新しい恋なんかも早く書き込めるといいな。素敵な人にであいたいな~と思ったのでした。まだまだ暑いけど、秋はもう来てるね。私の感覚として、春と秋は何かがスタートする季節な気がします。(新学期の時期だしね)お墓参りをして、心が軽やかになりました。
2007.09.16
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昨夜、ふとした瞬間、赤ん坊のように涙が滝のように溢れてしまった。何かあったわけでも、何かを思い出してたわけでもなく。悲しいとか寂しいとか、感情の部分もスッポリと抜けてて、自分でも、なんで泣いてるのかわからない感じ。体の奥底ではキチンと原因を認識してるんだろうけどね。泣いて、泣いて、泣き腫らした。ひとしきり泣いたら、ラクになった。こうやって、自浄作用が働くのかもしれない。6年3ヶ月・・・2300日もの昨日までの日常を、今日から「ハイ、変更になりました~」なんてケイタイの機能のようにはできないよ。時々は、足踏みしたり、座ってみたり、寝転んでみたりすると思う。でも、目の前には壁ではなく、明るい道が開けてるのが見えるから自分に言い聞かせてきたことも、もう開放していいのだから34歳の希は、もう少し自分に優しく行こうと思う。久しぶりに熟睡した。眠れなくなってしまっていたのを、眠くなるまで起きてて、スケジュールフリーをいいことに起きたくなるまで寝てみた。結局、1ヶ月暗い続いていた微熱も、36.5℃まで下がった。身体は判っていたのかもしれない。忙しかった8月に行けなかったお墓参りに行って来ようと思う。妹が連休なので一緒に行く。深呼吸して、その先に見えるものにゆっくり進んで行く。愛し、愛される喜びを、生きることに真剣になることを、どちらも教えてくれたのは彼だから。私はやっぱり幸せだったんだと思う。
2007.09.14
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突然の出来事に、心を乱し、自分を見失いかけたけれど、なんとか顔を上げることが出来たよ。彼と過ごした日々が全て詰まっているこのブログの存続をどうしようか・・・散々迷ったけれど、これは私のブログ。これからの日々を、また愛情いっぱいのものにしていけるよう、前向きに、元気に進んで行こうと思います。愛すべき存在を私はたくさんもっている。私は不幸じゃないです。まだ、しばらくは寂しさに負けてしまう日もあるかもしれない。けれど、立ち止まって、うずくまって、動けなくなってしまっているわけじゃありません。素敵な思い出がたくさんあるから、うれしかったこと、楽しかったことがたくさんあるからこそ、前に進むのに少しだけエネルギーが必要なだけ。ハイパーのんちゃんの愛すべきものたち 第2章 はもう始まっています。どうぞよろしくね。
2007.09.13
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何もわからないまま、一方的に、私とダーリンの関係は『なかったこと』になりました。結婚の約束もしていない将来のはなしなんてしていない子供も欲しくない付き合ってない・・・そうとまで言われました。私の言っていることは全部嘘だと決め付けられ、彼の実妹さんにも暴言を吐かれ、冷静な話し合いのもと、終わるなら終わらせましょうと言う私の声など届かない。6年もの月日を全否定された気持ち・・・どうしたらいいのでしょうか?泣いても気がすみません。いっそ死んでしまえたら・・・と手元にある鎮痛剤をありったけ飲んだけど50錠くらいじゃ人間死なないんですね。目が覚めた時、悔しくてたまりませんでした。私にも落ち度はあると思う。でも、夫婦同然の生活を送り、結婚の約束をして、来月にも結婚すると言う時期になっての彼の(彼の家族の)行動に私は悲しくて仕方ありません。憎む気にもなれない。ここのブログで綴ってきた日々が、「お前の言ってることなんて全部嘘」で片付けられる悲しいです。
2007.09.10
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妹のMちゃんからの誕生日プレゼント。タオルに刺繍というのが、今、我がファミリーの間でブーム。きっかけは父の日。ダーリンの分も作ってもらったヨ。同じく8月生まれの下の妹Cちゃんにも私とMちゃんからということで刺繍タオルを用意しました。マドンナ(旬なところでダルビッシュ有くん)と同じ誕生日のCちゃんなのに、スケジュールが合わなかったり、私が仕事が2日連休だったのに、体調不良でダウンしてて行けなかったりで、実はまだ私の手元にあります。9月の連休に逢って手渡しします。自分のは、もったいなくてまだ飾ったままです。
2007.08.24
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微熱が続いている。先週までは鼻風邪で、だらだらとハナ垂れおばさんねえちゃんで仕事してた。それが落ち着いても、微熱と強い倦怠感は抜けず、所々でダウンしてる。夏バテなんだろうな~。海にも山にも行楽地にも、どっこも行ってないし、ろくに遊んでもいない。ワーカホリック気取りで頑張ってるんだけど、ダウンしてれば意味ねぇ~よ・・・って感じ?脳みそが沸騰してるのかも(笑)。もう少しだけ、頑張りたい。無理してでも。
2007.08.23
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愛用のデジカメ君が壊れた・・・(みたい)。勝手に電源が入り、レンズがジーコジーコ動き、エクソシストみたいになってる。だけど、シャッターは切れない。幸い、入れっぱなしだったSDカードのメモリは大丈夫だった。このブログの写真は99%このデジカメ君で撮ってるし、私は携帯の写真嫌いなんだよね。どうしよう・・・もう寿命なの?LUMIXちゃん・・・
2007.08.22
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本日8/21は、私の誕生日。34歳になりました。これといって、親孝行も、爺婆孝行も出来ずに、年齢だけは『いい大人』になってしまいました。33歳の希は、いろんな経験をしました。辛いと感じたことも無くはなかった。嬉しいと思えたことも、楽しかったことも同じくらいあったと思う。瞬間的に、ものすごい感情が動いていたとしても、時間が経つとそれらのどれもがおだやかな記憶に変化している。誰を恨むことも、憎むことも、嫌うことも無く、全ての存在に感謝し、愛する。そんなあたりまえであり、大事なことを、何度目かの確認と、強く意識をした一年だった気がします。34歳の希は、人生において大きなイベントが待っています。喜怒哀楽の全てを披露してきたここで、みなさんに一つでも多くのご報告が出来たらと、思います。ここ数ヶ月、生活の優先順位をガラリと変えて集中的にトライしていることがあります。大事な大事なこのブログもおざなりにしてしまいました。涼しくなってきたら、またこまめに更新できるよう頑張りたいと思います。これからもどうぞ宜しくお願いします。
2007.08.21
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ダーリンと私が初めてのドライブデートをした日から、なんとなく始まった恋のスタート日から・・・丸6年を迎えました。今日から7年目。紆余曲折とか、山アリ谷アリとか、いろんな形容詞を用意できる、凝縮された時間を過ごして来たけれど、二人の共通の思いは、これからも一緒にいようということ。愛してる。大好き。一番大切な人。「僕の花」と言ってくれたあの日と変わらぬ愛情をお互いが持ち続けられるという幸せ。二人の夢は、二人の血を引く家族が増えること。二人の健康。神様に感謝
2007.06.02
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昨夜、ちょっとしたきっかけで、大泣きしてしまった。私の泣き虫は33年ものなので年季が入ってて、こちらの読者様ももう驚かないと思うけど、最近は忙しかったり、あまり物事を深く考えないように努めたりしてたこともあって、ここまで泣いたのは久しぶりな気がします。そして、怒りもしました。私はのんきだけど、キレるとなかなか戻れない。子供なんだと思う。『許す』ハードルは低い方だと思うけど、我慢が出来ないタチだから、なんでもその場で解決したい。自分のわがままで泣いた・・・わけじゃないのだけど、ちょっと駄々こねた感じもあったかな?私の身近な存在は辛抱強くないと身が持たないね。おかげで、今朝は目が糸のように細く、まぶたはボッテリ腫れてしまった。頭はガンガン痛いし。天気も昼からは曇りで、ますます頭痛は酷くなるし・・・今日が仕事OFF日でよかった・・・ちょこっと外に出る用があって、基礎化粧に日焼け止めだけ塗った顔でめがねかけて出かけちゃった。一応、地元だけど、知人が殆どいない町に住んでるってラクだな~。まあ、都内にいた時も、休みの日とかそうしてたけどね、へへへ。妹の通院の送り迎えとか、買い物とか付き合って、実家によってきた。溜まった洗濯をまわして、干した。夕食は、わかめと豆腐の味噌汁、ごはん、鶏ささ身唐揚げ、煮物、ミニハンバーグ(合挽き)、冷奴。一応、二人分。
2007.05.16
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先日はご心配をおかけしました。胸痛発作当日は一日爆睡、翌日は仕事しててもフワフワしてました。正直、一抹の不安もあったのだけど、乗り切ることが出来、周りの支えも合って仕事もこなせてます。その後は、仕事がめまぐるしく忙しくなったけれど、元気に頑張れてます。神様が多忙になる前に小休止を与えてくれたのかな?と前向きに考えました。体調の不安はとりあえず、消えてます。私の性格と同じく、ムダに空回りしてる心肺機能たちに、ねぎらいたいと思います(笑)。私の心理状態に関係なく、日々ルーティーンワークをこなし続けてくれている、身体の各機能たち・・・。元気に生きてる間は、そんなこと考えないのが普通だろうけど、どこか病んだり、痛めたりすると、普通に呼吸をしていることすらありがたく感じるね。自分の足で立っていられることとかね。全てが感謝だね。頑張れる自分、お蔭様だね。
2007.05.14
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厚い壁が崩れ去るように、大きな氷が溶けるように・・・凍り付いた心がほんわかと暖かくなっていくのがわかった。毎日のように涙にくれ、時には水さえも喉を通らなかったこともあった。自分が今ここにいることすら、わからなくなっていたこともあった。身体のいたるところの痛みより、心の痛みが大きくていつまでも床に付していたこともあった。血が通っている、息をしている、目を見開き世界に色がついて見える、花の香りが、甘いお菓子の匂いが、小鳥のさえずりが、スポーツカーの爆音が、身体の五感が、いや第六感までも、すべての意識が目を覚ました気分。暗く、冷たい、まるで棺のような中で独り寂しく眠っていた。まるでそんな自分だった。誰の言うことも信じられず、何を見ても心がわかず、全てがモノトーンに見えていた。何かのせいに出来れば、誰かをなじる事が出来れば、気楽だったかもしれない。取り戻した記憶と、穏やかな感情が、確かに自分の両足で立っていると実感させてくれた。その唇の感触に、肌のぬくもりに、懐の大きさに、抱きしめられたときの匂いに、全てが私の記憶のままだった。Man Toro Heiry Duest-dalam.
2007.05.03
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両親の結婚記念日。私が34歳になるのだから、36回目かな?いつまでも、二人揃って、元気で仲良くいて欲しい。父が、母を愛しくみつめる目が大好き。母が、強がり言いながらも父を敬愛している健気さが大好き。この両親のもとに生まれてよかったと、何度思ってもきっと毎回新鮮にそう思うんだろうな。きっとこれからも。親不孝な私だから、心配かけることしかできなくて、そんなことでしか「親であることの醍醐味」を味わわせることができなくて、申し訳なく思う。いつでも私の幸せを願い、贅沢もせず、いつもいつも笑顔で私を見守ってくれている両親に感謝。私にも、人の親になれる時が来たら、両親のようになりたい。お金は沢山無くても、5人の子供皆に大学まで行かせてくれた。娘たちが作る料理を一番に喜び、出かけた先でのお土産の和菓子を何より喜ぶ、子煩悩な父。沢山のことを一生懸命考え、どんどん行動する勉強家な母。よそ様のご両親と比べたら、優等生じゃないかもしれないけど、大らかで優しい父と、努力家で真っ直ぐな母は、私にとっては最高の両親。悪いところばっかり遺伝して・・・なんて、よく茶化される私だけど、父のような広い心と平常心、母のような向上心を持って生きたいと思う。世の中では、4月22日は『ヨイフウフの日』だそうで。我が家でも、『良い夫婦の日』です。
2007.04.22
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昨夜のことは、私自身にも驚きでもあった。遅番なので、実家にそのまま泊まった。久しぶりに実家のお風呂に入った。大人が足を伸ばして横になっても余るくらい大きいバスタブに漬かり、潜って遊んだ。運動神経はいい方じゃないけど、身体を動かすのは好きだし、水泳は習っていたこともあって好きだ。潜水は、海でもプールでも、お風呂でも、温泉でもしてしまう。自宅のバスタブでも直ぐに潜っちゃう。多分、胎児の記憶が、バランスを取るためにそうさせてるんじゃないかな~なんて思う。私は、手荒れしないこともあって、お皿洗いとか水周りの仕事が好きだ。ただ、冷え性なので、真夏でもお湯で洗うけど。水(お湯)に触れていると、心の安定が計れる。カーッとなってしまったり、イライラしたとき、手を洗いに行くと結構落ち着く。母がリビングに布団を敷いてくれてた。そこへ、ゴロリと寝た。最近、一人暮らしを始めた上の弟が仕事が休みなのと、風邪を引いたとかで実家に帰ってきてた。喉と鼻の風邪らしく、いびきがうるさかった・・・(かわいそうだけど)。朝、おにぎりを握ってもらい、食べてから家に戻って仕事に行く支度をした。今日を乗り切れば、明日はお休み。とにかく頑張りたかった。昨日のことは、考えないようにしよう・・・そう言い聞かせ、するべきこと(とくに仕事面)だけを考えた。そんなには頑張ってるわけでも、無理しているわけでもないし、職場環境も悪くない。ちょっと頑張っただけで、笑顔で評価してくれる。評価されたい為に頑張るわけじゃないけど、「おつかれさん」のひとことでも、労ってもらえることはやっぱりうれしい。心の迷いが体調不良に直結する弱い私が出てこないように、次にダーリンに逢った時、成長した私を見てもらえるように、今を乗り切る。スタッフひとりひとりの笑顔が私の心の栄養。今日で、ピルが終わるので、恐怖の月経期がもう直ぐ来る。これを乗り切れれば・・・がんばれ、まけるな。執着ではなく、愛情であり続ける為にも。
2007.04.21
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通勤途中の川沿いに、干すように並んでいるこいのぼりたち。赤信号の瞬間に撮ったので、うまく撮れなかった。本当は、もっと沢山沢山あって、きれいなんだよ。干すようにあげるのは千葉県の習慣なのかな?他でも大量のこいのぼりがめざしのように(って表現が乏しいね)連なってるのを何度か見たことがある。仕事が終わり、会社の入っているビルを出たとき、急に『抑うつ状態』というか『パニック障害』というか、とにかく心が瞬時に混乱をきたしてしまった。原因は直ぐにわかった。車が何台もとまっていて、それがかつて、ダーリンが私を迎えに来てくれていた頃の記憶とリンクしてしまったのだ。呼吸が乱れ、浅く早くなってしまった。過呼吸だけは避けたい、必死で深呼吸をした。涙が溢れそうだったけど、グッとこらえた。直ぐに体調を崩す私のために、ダーリンは可能な限り、仕事先に迎えに来てくれた。楽チンだからうれしい・・・ということもあるけど、一緒にいられることが何よりうれしかったし、自分だって疲れているだろうに、私のことを考えてくれてのことと思うとありがたかった。彼の乗っていた車に似た車があったわけでも、似た人(例えば外国人とか)がいたわけでもない。『会社を出て直ぐのところに車が待機している』ということだけで、私はパニック状態になってしまったのだ。自覚している以上に疲れていたのかもしれない。電車に乗り、最寄り駅で降り、車に駆け込んだ。涙が止まらなくなった。今までの日常が、そして、今日に続く平凡な日常の場面場面の全てが、私にとって今は脅威でしかない。必要以上に考えない、必要以上に見つめない・・・思考回路を極力LOWにしておく。子供が泣くように、嗚咽と涙でぐしゃぐしゃになりながら運転した。慣れた道でよかった。実家に呼ばれ、遅かったので一度は断ったが、そのまま行くことにした。母に、散々泣いていたことを気付かれないように、「あ~疲れた。眼精疲労だね」なんて言いながら、目をこすり、(本当に痛かったので)「頭が痛い」と辛い顔をしてごまかした。私以外の誰にとっても、大したことじゃないんだけど、私の心の沢山のスイッチが一斉にオンになってしまった。数年前、あることがきっかけで電車に乗れなくなった。つり革も、ハンカチ越しでしか持てなくなった。手を一日に何度も何度も洗わないときがすまなかった。電車を使えば45分足らずで着くそこへ、2時間かけて都バスを乗り継ぎ出かけていたあの頃、彼は自分の仕事のスケジュールの都合が合う日は、どんなに疲れていても私の送り迎えしてくれた。私にしかわからない、私だけが知っている彼がいる。彼の腕にギュッと抱きしめられたい。彼の体温の記憶だけが、抜けてしまった。もう春も深まり、暦の上では初夏も迫るこの頃なのに、寒くて眠れなくなる。
2007.04.20
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仕事上のちょっとしたドタバタは、膨らむ方向へ進んでしまった。同じSVのHさんが病気になってしまった。病名を聞き、早期復活は臨めない・・・。私は、自分が持病があるので、病欠とか、病気を理由の急な退職などはもしかしたら、一般的な感覚よりゆるいかもしれない。だって、お互い様じゃんね。健康あってこそ、だもん。誰にも無理しては欲しくない。沢山いるスタッフの中には、快く思わない人もいるかもしれない。仕事のしわ寄せとか、負担増を強くストレスに捉えてしまう方もいるかもしれない。私は、ストレスに弱い方かもしれないけど、逆境には意外と強いかも?私が、いい潤滑剤になれるよう、頑張りたい。相談したいことがあり、ある人に電話で話を聞いてもらった。超多忙な中、私に時間をくれ、私の言葉にしっかりと耳を傾けてくれた。ありがたかった。そして、気がかりな出来事に対し、できる限りのことをしてみた。収穫はなかった。悪い予感が外れてくれるといいのだけど。あらゆることにおいて、私の想いが伝わるといいな・・・。明日から2連休、ネガオーラは休養とともに排出してしまおう。
2007.04.16
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気がつけば、彼がイランに旅立ってから、丸2ヶ月が過ぎた。彼との関係について、彼自身について、あらためてじっくりと考えることが出来る時間が持てたと考えれば、こうやって離れていることも実りあることだと思う。今まで、私が逢いたいと言えば、どんな状況下でも、彼は結局駆けつけてくれてた。私のわがままに、私の弱さに、私の勝手さに付き合ってくれていた。そして私も、彼のわがままに、勝手さに、弱さに、振り回され、そしてそれを受け入れ、付き合ってきた。要するに、私たちはよく似ているのだ。どこかで言ったことがあるかもしれない。私は、終始一緒にいること、行動すること、団体行動は、実は好きじゃない。だけれども、孤独が苦手。ベストは、同じ空間(例えば、広~~~い部屋の端と端でも)にいて、適度に息吹を感じられれて、各々が好きなことをしている。そんな状態。ダーリンの前にちょこっと付き合った人は、私がスケジュール帳に書き込みをしていただけで激怒したことがあった。「勝手なことをしている」という感覚だったのだろうか?ウザイな・・・と思ったけど、一緒にいるんだから、自分だけのことに一瞬でも時間をとられたくないと思ったのかもしれない。そう思うと、ちょっとイトオシクなるね。その人に未練はゼロだけど。ダーリンも、私がPCに張り付いてると、激怒する。まあ、それは私が限度を越えているからだろうけど。言って貰えるうちが華・・・かもね。今頃、彼はどうしてるだろう。何を食べ、誰と話し、何を見て、何を感じているのだろう。イランなんて、長くはいられない・・・なんて嘯いてたけど、故郷だもん、帰ってみたら意外と居心地良くって、日本には戻りたくないかもしれない。二人の全ての計画を白紙に戻そうか、考えている。顔を見て、手を取り合って話すまでは、言わないけど。
2007.04.15
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今の仕事はSVがチームを組んでいて、数々の研修を担当制で行っている。完全シフト制だけれど、土日はスタッフ数も少なめになる(とくに管理職)。私の属するチームが受持つ研修が今日明日と予定されていて、リーダーSVさんのサポートをしたり、私も実際に進行役になったりする準備をしていた。今日になって、不測の事態が起きてしまい、急遽、私がメインとなっての研修デビューが早まった。今までの仕事でもMAX4~50人を相手に指導したり管理したりといったことは経験してきたけれど、この業界では、知識が薄いので少し不安があった。だけれど、やるっきゃない。リーダーSVのKさんが、進行表を作ってきてくれてて、それをもとに研修をした。出来はさておき、とりあえず終えることが出来た。スタッフさんたちにわかりづらかったり、行き届かなかった点があったかもしれない。クレームがあるかもしれない。でも、そういう声を聞くことで、改善、成長できるから、意見とかアドバイスとかあったらどんどん言って欲しいな・・・。私の経験が活かせる部分は、もったいぶらずに最大限に提供するしね。それよりもなによりも、気がかりなことが起きてしまった。早く解決して欲しい・・・。
2007.04.14
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ランチはひとりで取りたい主義の私だけど、チームで仕事をしてて、チームメイトのMさんとは性別を越えて仲良く仕事で来ていて、なんとなく「たまには一緒に・・・」となった。Mさんのおススメのお店に連れて行ってもらった。居酒屋さんのランチメニュー。決して広いお店じゃないけど、カウンターでも狭っ苦しい感じもなく、オーダーしたら直ぐに出てきた。『あずまどん』というものにした。まぐろのづけに卵黄が乗ってる、ユッケのような感じかな?それが、とてもとてもおいしかった。ランチは定食になってて、小鉢とかデザートとか、とにかくボリュームもたっぷり。これで約1000円。毎日1000円だと厳しいかもしれないけど、頑張ってる毎日の時々にはこういうおいしいごはんは心の栄養にもなるね。午後も元気に頑張れました。
2007.04.13
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2月に交通事故に遭った妹の怪我(胸骨骨折、その他全身打撲)も快復し、仕事にボチボチ復帰しだしている。まだ、日常生活のちょっとした動きもサッサとできないこともあるので、仕事はかなりセーブした状態にしてもらっているそうだ。その妹と休みが重なったので、通院の足になったり、買い物に行くというので一緒に出かけた。幕張のコストコにより、食料品を少しだけ買った。もう、買うものは大体決まっていて、冒険はしない(笑)。我が家のコストコ定番は、ミンチとパンと卵かな。あとは、調味料とかかな~。妹がホットドックが食べたい・・・と言ったことで寄ることになったので、買い物後、フードコートでホットドックとプレーンチーズピザを食べた。1個ずつ買って分けたんだけど、食べ切れなくて、持ち帰りにした。西東京エリアに住む妹と大学生になったばかりの弟の家に行っていた母が一時帰宅(妹が仕事が超多忙なため、家事のお手伝いに行っている)。そのお迎えに津田沼まで行った。母は、私鉄を乗り換えて来たのだけど、路線を間違えたらしく、メールでやりとりして聞いてた場所からにしてはちょっと遅すぎるくらいの時間が経っていた。駅のロータリーに車を停め、私は睡魔に襲われて、うたた寝していた。寝ぼけて、ハッと目覚めてもまだ母は着いてなかった。駅まで妹が迎えに行ったのだけど、妹もなかなか戻ってこなかった。心配していた矢先、二人して戻ってきて、路線を間違えたことを白状した。母も歳をとり(今年還暦)、随分『わからず』になった。せっかちなんだけど、のんびりしてて、素直な性格の母が、加齢とともに頑固に言い訳がましくなった。実母なので、時には厳しく指摘したりもする。「まちがった」と正直に言えばいいのに、言い訳がましく色々言って来たので、「心配していたんだヨ」と言うことを強調した。さすがの母も反省。元気に動き回ってくれる母の身に何かあったら私たち家族はどうしたらいいの?ってね。明日からの勤務は早番。がんばろう。
2007.04.12
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仕事は準備段階と言ったらいいのか、本来の目的である業務はまだ始動していない。SV(スーパーバイザー)は、それでもスタッフの方々にあらゆる情報提供や、研修をしなくてはならない。はっきり言って、今回の業務の業界は、初めて。その手の専門知識は無いに等しい。とは言っても、私もよ~く利用しているものだし、客としての立場のレベルならわかることもある。勉強することは山ほどあって、一般のスタッフならそれでいいけれど、SVはそれでは済まされない。理解して、更に他人に教える立場にもあるのだから、中途半端に理解ったフリなんかしてたら、痛い目を見る・・・。私は、勉強は好きだし、誰かに何かを教えてもらうことも恥ずかしくない。どちらかというと『知らないこと』がストレスなので、この仕事で新しいことを知るチャンスに遭遇できたことはラッキーだと思ってる。まだ、『待機する』ことが一番の仕事のような現状もあり、いかにスタッフのモチベーションを下げないか、もしくは維持するか、それは課題であり、重要だ。そして、私自身が体力維持、精神的に強くいられるように頑張りたい。環境に慣れることも大事。幸い、大きな駅のすぐそばに勤務先があるので、休憩時間や、早番なら帰りに寄り道するには事欠かない。明日はお休みなので、疲れを残さないで休み明けに元気で出勤できるようにしたい。
2007.04.11
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仕事は2パターンの完全シフト制。遅番の日は、22時まで仕事だから、最寄り駅を利用すると交通手段が無い(終バスに間に合わない)。田舎のクセに、駅周辺の駐車場料金が意外と高い。そして、JRの定期代も、勤務先まで2万円近くかかる。派遣会社から交通費の補助があるが、はるかにオーバーしてしまう。なので、半車通勤にすることにした。最寄り駅・・・と言うには少し遠いのだけど、調べに調べ上げた結果、交通費の出費が抑えられるプランに行き着いて、その駅を利用することにした。そして、その駅近くに駐車場を借りることにした。ネットで検索しても出て来ず、出てくるものは高い。で、直接現地の駐車場に掲げてある看板の連絡先(不動産会社とか管理会社の)をメモして、シラミ潰し(って言い方悪いけど)に当たってみることにした。で、今回ご縁があったのが2軒目にかけたところだった。不動産会社ではなく、個人の地元大家さんだった。条件なども良心的で、即決した。直ぐに使いたい旨も快く了承してくれ、手続き前から使わせてもらう事になった。この駅、開発失敗の第3セクターが某鉄道会社に吸収された路線の終点(本当はまだ先まで延びる予定だったそうだ)。よくみると、駅周辺には、どう見ても路駐だと思われる車が点在している。駅周辺道路は開発途上で、ガランとしていて、だけど道はキチンと整備されキレイでわりと道幅も広い。だから、路肩にまたがって駐車している車が結構あるのだ。私は、万が一の取締りのときと両親のいいつけで、そういうことはしないことにしているので、数千円の賃料を払うことになった。それでいいと思ってる。都内に車通勤してたとき、安いところを探して、一日の上限があるパーキングを利用していた。それでも安くて1日1400円くらい。それを思うと、場所も全然違うけど、安心料だと思ったら安いもんだ。派遣会社も交通費を時給と別途に支給してくれるので助かってる。大家さんも良い方で、縁は奇なもの・・・と感じたのでした。
2007.04.10
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あらゆる感情とは引き離された日常がバタバタと過ぎていく。仕事を終えた22時、ふと携帯を手に取り、ダーリンへかけようとする自分に、切なくなった。海外ローミングの手続きをしていない私のピンク色の携帯の登録番号の001はダーリン。かけてみても、つながらないところにいることをうっかり忘れてしまっていた。離れていても、彼のことを忘れる瞬間なんてないのだけれど、長年の習慣と言うものは、時に切なく、寂しいものだ。いつも、仕事が終わると、真っ先にダーリンへコールする。それが、私の習慣であり、ダーリンとの約束・・・だった。体調を崩しやすい私のために、可能な限り職場近くに迎えに来てくれていた。駅までの道を、少し早足で歩きながら、彼のことをいつもよりちょっとだけ多く、強く考えた。最近は、忙しさが寂しさを上手に包んでくれている。私は、いい加減だし、すぐ倒れるし、わがままだし、大したスキルもキャリアもない。だけど、忙しいことは苦じゃないし、仕事をすることは好きな方だとおもう。研修が終わり、今日からはシフト勤務になった。短期の派遣業務だから、ただただ体調維持に努めたい。スーパーバイザーとしての責務を最終日までしっかりと果たせるように、プライベートな感情に左右されないように、どうか神様・・・私が強くいられますように。涙を封印した日から、お天気が雨模様続きになった。泣きたくても泣けない人の代わりに、神様が、天使たちが泣いてくれてるのかも・・・なんて、えへへ。心身ともに窮地に曝されている、世界中の多くの人々を思ったとき、自分のために泣くことを少しお休みしようと頑張ってみた。ふいに襲った切なさは、雨粒となって消えていきました。愛情は今までと変わらないけど・・・
2007.04.09
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仕事帰りの道すがら出遭った桜並木相田みつを先生が言ってたな・・・花は誰に褒められなくてもキレイに咲くって。そうありたい。花は、限りあるから美しい。そうもありたい。
2007.04.07
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2007.04.06
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2007.04.05
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2007.04.04
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2007.04.03
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昨日はバタバタと帰ってしまった。朝、心配した父からのメールに返事をし、母からのメールにもメッセージを返した。そのときに、母に話したこと・・・15年前、八王子にある大学に進学が決まり、となりの相模原市のマンションを借り、引越し作業は家族だけでした。女の子の一人暮らしだけど、大きな家具や家電は殆どなくて、効率よく手配してもらった。いよいよ入学式目前、相模原のマンションでの生活がスタートすると言う日が来た。細々した生活用品とともに、家族全員で出かけた。あまりの緊張で、朝食を全部吐いてしまった私だった。千葉から片道3時間以上かかる八王子までを、父の仕事の休みの度、何回も行き来してくれた両親でした。一人暮らし開始直後の私のマンションにはTVもなく、ダブルカセット&CDコンポだけだった。冷蔵庫は中古で使いやすいサイズを買ってもらい、洗濯機は全自動の新品を買ってもらった。学費に加え、沢山のお金がかかったので、「ぜいたく品」という考えでTVは急がないでいいと私が申し出たのだった。その頃は、FMラジオとか、好きな音楽をカセットで聴いたりして十分だった。授業が始まればTVなんて見てる暇ないし・・・と、少しでも両親の負担を減らしたくて、カッコつけたのだった。入学式、入学オリエンテーションの日の前のほんのわずかな期間、することもなく、日常生活の必要なものを近所のスーパーで揃えたりして過ごした。まだすることなど殆どなく、暇をもてあますような感じだった。6畳の1DKのマンションが広く感じた。当時、下のきょうだいたちは、まだ小さかったので、母に来てもらうわけにも行かず、強がるしかなかったけれど、寂しがり屋の私には、知らない町はただただ孤独で、小さな本棚くらいしかない部屋で、時々はメソメソ泣いたりもした。自分で決めた進路なのだから。千葉の暮らしに馴染めず、逃げるように進路を決めた。第一志望の学校に合格し、さして反対もされず進学させてもらった。学費に大金を費やしてもらった。授業が始まり、友達も増え、忙しいカリキュラムの中、時間を忘れ楽しく過ごす日々に、寂しさに泣くことなど無くなっていった。TVが無いことを知っている友達が、快く自分の家に招いてくれた。大学のキャンパスがドラマの舞台になったときは、毎週観に泊まりに行ったりもした。楽しかった。その後、TVが私のマンションにも入った。実家で大きなサイズのものを買ったので、小さな14インチのTVがお下がりで来たのだ。もしかしたら、「のんちゃんのために」としてくれたのかもしれない。何不自由なく楽しい学生生活を送っていたのも束の間、腰を傷めた。激痛の日々、起き上がれない、立ち上がれない、歩けない、座っていられない、立っていられない・・・そんな状態だった。手術があまり効果的ではないということで、リハビリの毎日だった。病院に行くために母が来てくれたり、そのために小さなきょうだいたちが協力して留守番してくれた。実は、時を同じくして上の妹が腰の病気で入院したのでした。命に関わる病気かもしれないと、家族に緊張が走りました。その直ぐ後に、私が腰を傷めてしまった。私の場合は『椎間板ヘルニア』だから、痛みさえ和らげば命に別状はない。群馬の病院に入院した妹のところへ行くのにも両親は寸暇を惜しんで動いてくれていた。下の3人の妹弟たちもよく頑張ってくれた。私が、怪我を理由に休学し、実家に戻る事になった時、精神的にも塞ぎ込んでしまった私に家族は暖かかった。何かあれば、家族がいつも一緒に動いてきた。父が疲れたとグチを言わず、子供たちのためにいつでも動いてくれた。15年が過ぎ、あの頃3歳だった弟が大学生になり、先日晴れて正社員に登用された妹が生活の負担をかってでてくれ、弟の大学と妹の勤務先の中間点の町にきょうだいで住むことになった。大学時代から住んでいた小さなアパートを出た妹の引越し、弟の生活用品を運ぶ為の引越し、毎週のように千葉から父が車を走らせた。私も可能な限り協力している。父はすべての子供にできることを同じようにしてくれている。私の頃は、働き盛りの父も、今は65歳。それでも何一つ変わらず、明るく強い父なのだ。それを思い出したら、切なくなった。母に、その頃の話を短い言葉で話したのだった。今も、ダーリンとのことで、心身ともに元気が足りなくなっている私に、ただ「ご飯食べに来なさい」と言う両親。母は、色々と細々としたことを話してくれる。時折、「うるさいな」と思うくらい、思ったことを次々話してくれる。私は、こんだけ思ったことを何でも赤裸々に話しているようだけど、現実、『自分の相談事をする』のが大の苦手だ。母に「いつも黙っている。ただ黙って泣いてたってわからないでしょ?」などと言われてしまう。自分の悩みを聞いてもらうことで、その相手が心痛めることが辛いのだ。辛いと言うより、怖いのかもしれない。嫌われるのが・・・というのではなく、人を苦しめることが怖いのだ。ブログでは十分、弱音とかグチとか吐いてて、読者のみなさんには大きな力を頂いている。励ましのメッセージや、意見、アドバイスも沢山貰う。どれも暖かく、読み終わらないうちに涙が流れてしまうこともある。キツイな~と思っても、「そうか!」と感じ取れるアドバイスもある。どれも私を思って届けてくれるメッセージ、感謝の気持ちでいっぱいなのだ。家族がいつもそばにいて、沢山の愛情に包まれて育ってきたのに、どうして寂しがりなんだろうね。ダーリンは12人きょうだいだ。イランにいた頃から、かなりのやんちゃで不良息子でご両親もそうとう手を焼いたそうだ。お父様が他界し、それでも不良息子は更生せず、持て余したお母様は日本に修行にだしたそうだ。厳しい人柄で不良息子の彼も一目も二目も置いている義兄に託されたそうだ。ダーリンは、『悪い子』のレッテルを貼られていた。現実、違法行為はしないものの、いい加減な性格で、家族にも随分迷惑をかけてきたようだった。私も、6年もいっしょにいたら、それはよくわかった。あげれば色々とある。人から聞くことと、私が実際に感じていたことに共通点があり、愛しているけれど盲目にはならず、しっかりと見てきたことは確か。彼は、裏切り行為を働いた。私を含め、近しい存在を傷つけた。家族中に激怒され、総スカン状態のようだ。誰に聞かずとも想像に難くない話だ。私には彼はいつも寂しいのだろうと思えた。一度着いたレッテルはなかなか剥がせない。自暴自棄になったまま、子供のまま、大人になってしまったのかもしれない・・・私には彼がそう見える。私がイランに行く前に、日本に帰ってくるかもしれない。彼とのこれからの人生、私は投げ出さず、私が彼を育てようと思っている。えらそうな話ではなく、彼を『一人前の男』に仕上げることで、私が人間として成長できるような気がするから。離れている間に、愛しているということを強く実感した。信じられないかもしれないけど、実は私は、彼のことを心底愛しているのかわからなくなっていた。例えばイスラーム入信のこととか、イランへ嫁ぐこととか、国際結婚に対してとか、そういうことへの不安ではない。どちらかといえば、そういう事柄への不安は、解決策が総てあって、自身の努力とか工夫で同にでもなると思っているから、大変には違いないけどそんなに深刻じゃない。そうではなくて、「彼を愛していること」が本当の気持ちなのか、色々な理由が重なって、好きだと言い聞かせているだけじゃないのか?なんて考えたりしたのだ。例えば、オーバーステイの彼のために急いで結婚をする・・・現実問題、そういう事態じゃない私にとって、必要性の高さってどうなんだろうとか、言葉にするのが難しい心理が心の壁の底の方にべっとりとこびり付いている。私がそうであるようには彼は私を必要としていないのかもしれない。大好きで大好きでたまらない。1分1秒も離れたくない・・・ラブラブなのんちゃん。愛に溢れ、愛し愛されてきた幸せなのんちゃん。バカップルなのんちゃん。そんなふうに見えてきたかもしれない。ここに綴って来た出来事は総てが事実だけれど、一番肝心な私の心は脚色されていたのではないか?そう考えたりもした。だけれども、色々と、本当にたくさんたくさん考えることが溢れかえっている今、私はあらためて彼を愛しているのだと思った。いい加減にごまかしてきたこと、あいまいにしてきたこと、後回しにしてきたこと、総てに決着をつけ、責任を持って生きていくことを決めた。彼と一緒に。最愛の人たちに、私の気持ちを届けられるように・・・
2007.03.28
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父の車で、末の弟のアパートに洗濯機を届けに行った。その他、本棚など入るだけのものを積んで、父、弟、私の3人で出かけた。私は行く予定ではなかったのだけど、道がしっかり解るのは私(と事故で怪我してまだ動けない上の妹)だけなので、父の強い要望で母の代わりに急遽行くことになった。午前中にシャワーを浴びて、家の片付けを済ませ、お昼頃に実家に向かった。支度をし、母が熱い紅茶をポットに入れてくれたので、おやつと一緒に持って出かけた。父の運転で、私がナビ。弟は後部座席だった。ダーリンのこととか、私の話を父は運転しながら聞いてくれていた。定年退職後少しして始めたアルバイトで忙しく元気に働く父。休みの日は、ここ最近は家族の引越しなどがあったり、また冠婚葬祭が続き、休息なんてとれてない。すべてスケジュールで埋まっている毎日だ。母はペーパードライバーなので、どこかに出かけると言えば父がどこまでも運転している。私がいれば運転を交替したりもするけれど、一緒に出かけることもそうは多くないし。そして今は運転できる上の妹が事故で、運転が出来ないから交替要員がいない。上の弟は教育関連の仕事をしていて、忙しい時期。また、4月から実家を出て一人暮らしを体験することになったのだ(勤務先に近いところ)。下の弟はまだ免許は持っていない。そんな中、父はいつでも明るく動いてくれている。途中お昼ごはんに『幸楽苑』でラーメンを食べた。楽しく食事を済ませ、一路、西東京エリアへ。平日のしかも決算期の都内はどこも道が混んでいた。無事に到着した。2階の部屋へ荷物を運び入れる。あれこれと済ませられることを全て終え、父のことも考え千葉へ帰ることに。このところ毎日残業の妹とを待たないで帰ることになった。帰りは、幕張にある『かっぱ寿司』で夕飯をご馳走になった。父も弟も次々せっせと食べてたのでうれしくなった。私も食いしん坊だけど、弟の食べっぷりには負ける。美味しそうに沢山食べる人が大好き。帰り道、二人の友人(まったくの無関係)から電話があった。私のことを心配してくれている方々からだった。ありがたいね。家に帰ってから用事があったので、実家に車を停めてあったのだけど、寄らずに自宅にむかってしまった。母が心配して、電話とメールをくれた。私はいくつになっても両親に心配ばかりかけているな・・・。そんな両親が愛しい。孝行できずにいる自分が恥ずかしく、悔しい。
2007.03.27
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早朝、母からメールが。本文を読んで、「何も今送ってこなくても・・・」というものだった(笑)。ベッドには入っていたけど、起きていた(眠れなかった)ので、返事はしておいた。今日は、朝から予定があった。車で現場まで行くつもりだったので、早めに出発した。千葉の朝は、通勤ラッシュで道も渋滞する。電車で1時間のところが、車だと2時間かかってしまったり・・・。それでも、足を考えると車の方が助かる(電車代は高いし・・・)。無事に、予定の時間に余裕を持って到着できた。コインパーキングに停め、目的地に向かい、用を済ませた。思っていたより少しだけ時間がかかった。コインパーキングを出て、車を走らせる。家の方とは違う場所に車を走らせた。見たいものがあって、車で探しに行ったのだ。PCで資料を用意したのだけど、詳細はわからず・・・で、でも以前住んでいた場所に近いこともあり、グルグルまわってみたり、知らない道をどんどん進んでしまったりしたけれど、かえって新しい発見もあった。疲れてしまったので、途中で久しぶりに『餃子の王将』で遅めのランチを食べた。食べてる間からにんにくパワーって感じで(笑)、臭いなんて気にしなかった。いつもは通らない道を家の方に向かって走った。どこかショッピングモールとか寄ろうかな?と思ったけど、なんとなく鬱っぽくなってきて、「抑うつ状態」って言うのかな?気分が滅入ってしまい(特に理由はない)、黙って家に向かうことにした。天気がいい。暑いくらいだった。日に焼けてしまいそうな気がした。国道を走ってると『成田空港○○km』という標識があった。行きたいな・・・と思う。遠くに遠くに行きたい。彼のいる場所に行きたい。イランじゃなくてもいい、彼と会えればどこでもいい。弱虫だな。独りでいることにどうして慣れない?意気地なしだな。自立することをどうして拒む?情けないな。ないものねだりだけど、子供がここにいたら、二人なら、頑張れたかな?経済的に苦しくても、不安がたくさんたくさんあっても、二人だったら涙なんて流してないで、強くなれたかな?行くべきところはどこなんだろう。帰る家はある。心の行き先は・・・
2007.03.26
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今日は循環器内科の方の定期健診だった。検査はなしで、診察だけ。相変わらずの混みようで、予約時間はあってないようなもんって感じ。10:30の予約時間なのに、病院の受付を通した(機械で受付)のが、10:45位だった。車で行ったのだけど、道が混んでて、病院の目の前で足止めを喰らう感じだった。なので、診察時間が押してたのは、予想済みだったけどありがたかった。受付を済ませ、一応待合室の電子掲示板をチェックしてから売店に飲み物を買いに行った。運転しながら朝食は軽くとった(解凍したベーグルとツナキュウリ)のだけど、小腹が空いたので、カットフルーツ(メロン&イチゴ)とミネラルウォーターを休憩所でとった。循環器内科の待合室に戻り、呼ばれるまで読書。妹に借りた『鈍感力』、やばかった。泣きそうになってしまった。私に必要な言葉が、溢れるようだった。思ったより早く(と言っても、すでに時間は過ぎてます)に、順番が廻ってきた。主治医のS先生と、いくつか話をした。私の場合、オペの緊急性はなく、だけれども最初の診断で、いつかはすると言われている。女性であること、結婚前であること、症状は落ち着いていることから、オペはまだ先の話になっている。胸の音をじっくりと聞き、血圧を測った。低血圧気味の私だけど、最近はいわゆる理想値のような数字が出る。年齢とともに、あがっていくのだろうか?気をつけよう。次は半年後。「何かあったら、直ぐ来なさい」とだけは念を押された。私が遠慮気味なのを感じたのか、S先生には「異常がないわけじゃないんだから」と前にも言われた。「疲れやすくなったとか、息切れがするとかあったら言って」と言われたけど、これ難しい。心臓疾患がわかる前の、子供の頃から息切れが強かったから。階段を上がったり、歩いてるだけで、話が出来ないくらい苦しくなるから・・・。だけれど、生活の一切の制限はなし、何をしてもいいと言って下さった。経過観察だけでいけるだけいけたらいいな。会計を済ませ、病院をお昼に出た。お昼ごはんに、『魚河岸日本一』の秋葉原店(昭和通沿い)に寄った。車だったので、コインパーキングに止めて、食べてきた。立ち食いだけど、安くておいしいので、大好き。都内に住んでいた頃は、アトレ上野店が御用達だったのだけど、千葉県に転居してからはなかなか行けなかった。お寿司は、偏食なのでヒカリモノとか貝類とか苦手なものも多いのだけど、好きなネタは続いてもいいくらい大好き。海苔が好きなので軍艦や巻物も大好き。安上がりなネタが好物なので、助かります(笑)。隣のマックで、マックシェイクのバニラとフライドポテトを買って、車に戻った。運転席で、ふと思い立ち、あるところに向かった。予定外だったんだけど、思い切って立ち寄ってみた。行ってみてよかった。一路、千葉県へ。津田沼に寄り、代謝促進のために、超久しぶりに岩盤浴へ。厳しいお財布事情なので、贅沢かな・・・?と思ったんだけど、病院代が少しですんだので、治療の一環と言い訳して、行ってきた。風邪もほぼ完治なので、そろそろいいかな?とも思った。最近は、乾燥肌が悪化してて、黒いスパッツとか肌着を着て、(お風呂はいる為に)脱ぐと粉を吹いてるの・・・垢?ってドキドキするくらい。角質層が剥がれているのだろうから、問題ないんだろうけど、乾燥肌だとそれがキメを粗くする原因になってしまうと思うと切ない。しっとりと潤いのある素肌にあこがれる。お肌は心の鏡。心がカサ付いてると言うことでもあるのだろうな・・・。心を豊かにして行こう、それが美につながるよね。100分間の岩盤浴で、身体が芯温まって、行って良かったと思った。帰りに、津田沼パルコでウィンドウショッピング。お財布は激やせ中なので、見るだけ。それでも、楽しかった。車はイオンに置いていたので、イオンに戻り、食料品を少し買った。大好きな「はるさめスープ」が特売(3個で¥298)だったので、即ゲット!最近、やっと一人用の買い物に慣れて来た。ダーリンの好きなものをうっかり手に取ることもなくなった。と言っても、ここずっと寝込んでたので大して買い物もしてないんだけどね。以前は、頭の中に彼の食べられるもの(偏食リスト外のもの、ハラルなもの)がリスト化されてたんだけど、一人だとそれを考えなくていいので、ある意味気楽かもしれない。無駄遣いはしないよう、お菓子ばっかり食べぬよう、健康的に、ダイエットも考えて・・・って考えると気楽でもないか。あることのおかげで、心に少しだけ、ほんの少しだけゆとりと言うか、心がやわらかくなった。ふと、気付くと涙が流れてる・・・なんてこともあるし、考えていることとか、独りでいることのさみしさとか、本意ではないことも沢山あるけど、私自身を傷つける必要はないわけで、独りなら、独りなりの幸せの感じ方を遠慮することはないのだと。私の人生において大事なものを、誰の目を気にすることもなく、また何かを犠牲にすることもなく、大事だと言うことに誇りを持ちたいと思った。私の生きてきた道、これから歩む道。
2007.03.23
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いろいろと選択することがあり、少しずつ動いている。体調は落ち着きつつあるとは言え、ルーズな生活を送っているために、眠れなかったりしてしまう。次の日のスケジュールを考えると眠れなくなってしまうクセがあり、ダーリンがそばにいた頃は、「また寝てないでしょ」って叱られることも少なくなかった。寝不足でなくても、普段から血行不良のため目の下にクマが出来てて、寝不足だとそれが濃くなり、目の下に皺がよる。ゴルゴ13のようになるのだ(笑)。「寝たよ」と嘘ついても、ひと目でわかるのだ。気持ちが高揚して眠れない・・・ってわけでもないんだけど、あれもこれもしておかなくては・・・という気持ちが、スケジュールが入ってる時こそ強くなってしまうのだ。私は、いい加減だし、怠け者だけど、忙しい方が性に合ってるようで、暇と言うか、何もない時間が多いと体調を崩すことが多い。忙しければ、気が張っているし、人間の防衛本能がフルに活用されるから、免疫力も上がるんだと思う。だから、「疲れた・・・」と一瞬気が緩んだりすると、外出先で風邪のウィルスをお土産に貰ってきてしまう。クタクタなんだけど、「頑張ろう」って張り切ってるときは、その現場に例えば何人も風邪引きさんがいたとしても乗り切れてしまう。だから、休日になると寝込んだりして、損な気分だったりね。そういう人って結構いるんじゃないかな?今、仕事をしていないし、大きな家に独りでいる。無駄だらけの時間を過ごしている。自分の為の時間・・・それとはまた違う。誰かのために忙しく動くとする。でも、それも自分の為の時間な気がする。誰かのために何かをすることもできないということは、自分を大事にできないような気もする。自分を大事にできると言うことは、やはり、誰かのためにうごくということではないか?それが、夫であり、子供であり、家族であり、恋人であり、友達であり・・・そんな身近な存在の誰かに、自分の時間を費やす。それは、幸せと言うのかもしれない。これからの自分のために、いくつかの選択肢を用意した。小さなことばかりだけど、少し前進。
2007.03.22
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Eide shoma Mobaraq !!イランの新年ですね。ダーリンと一緒に迎えられたら良かったのだけど、ここ日本でもNo-Roozeをお祝いする方は沢山いるようで、同じ気持ちで同じときを迎えている人がいること、平穏な時間を迎えられたことに感謝しようと思います。日本では「春分の日」。春はスタートを意味することも多いので、日本とイランの意外な共通点というか、世界の年中行事というのは、ルーツをたどると、起源がおなじだったりすることもあるので、異文化を知るということは、とても素敵なことだと思います。
2007.03.21
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昨日の彼とは別の、また大好きな大好きな古い古~い男友達のメールの返事に、しみじみ。彼もまたとてもやさしい男。きれいなワイフとかわいいふたりの息子君のいいパパじゃなかったら、とっくに押し倒してるんだけど、大事な友情の為、私は彼のことは大好きだけど、だからこそ手を出さないのだ~。彼からの言葉にも、嘘偽りのない、まっすぐな気持ちが乗っていて、心強かった。ありがとう。大好きだよ。おそわないからびびらないでよね、「おいしいお酒」を飲もうね。友達って、すごいね。語らずとも伝わり、泣いて見せなくても、涙をそっと拭ってくれるような、真の繋がりがあるね。沢山の言葉を並べなくても、厳つい鎧を纏わなくてもいい、強くなくていい、弱いままでいい・・・全てを受け止めてくれる。時間の長さでは測れない、25年来の旧友でも、新しいご縁の友達であっても、私を思ってくれる心の重さと言うのは、とてもとても貴重なもので、感謝してもしきれない。いつも気にかけてくれ、いつも励ましてくれ、いつも自分のことのように一喜一憂してくれる。いつでも会える場所にいなくても、私を直ぐ近くで見守ってくれているようで、私は心強い。ありがとう。ありがとう。
2007.03.19
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大好きな古い古い男友達が(昨日)誕生日だったのを思い出し、おめでとうメールした。でも本音は、たぶん、ハナシを聞いて欲しかったのかもしれない。ずるいね、私。メールのやり取りの中で、泣き言を言ってみたり、ヤケになってみたりしたけど、心底優しい彼は、上手に諭してくれた。そして、ひとつのガイドラインを導いてくれた。そうか、そうなのか・・・。そうかもしれない・・・。心の奥底が暖かくなった。ありがとう近いうちに、「おいしいお酒」を飲むのに、つきあってね。大好きだよ~。
2007.03.18
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昨夜は、そのまま実家に泊まった。ものすごく右側の腰が痛くて痛くて・・・あまり深くは眠れなかった。母が留守な上に、娘がダウンしてるのを見てか、父が元気にはつらつと動いてくれている。若く見られがちな父も65歳、過労で倒れはしないかとドキドキしてしまうけど、快く動いてくれている父に感謝の気持ちを送るしか今の私には出来ない。今朝も早くからせっせと洗濯物を干していた。文句を言うことも無く、物音に目を覚ました私に「あ、起きちゃった?」と、明るく言う父に、どうしたら、父を、両親を喜ばせて上げられる娘になれるのだろうか?と胸が痛かった。目は覚めたものの、ボーッとしたまま横になっていた。お昼には父は仕事に出かけてしまった。いつまでも元気でいて欲しい・・・。妹をリハビリに送るために、時間をかけて身体を起こした。昨夜は、慣れない実家で寝た為もあってか、身体が痛くて、そして腰の激痛で、うたた寝の延長のようだった。咳も出てしまって、苦しかった。喘息ではないのだけど、気管が弱いので、風邪じゃなくても苦しくなってしまうことがある。元気になれば、大丈夫なんだけどね。夕方、妹を病院への送り迎えを済ませ、自宅に帰った。妹は、実家に来ていて欲しいみたい(私が心配なのでもある)だけど、住み慣れない実家(私が都内に住んでいる間に同市内で新築した方の家)に居場所を見出せないのと、何も用事が済ませられない(実家のPCは壊れてしまって今はないのだ)ので、居心地が悪い。なので、借りているこの家に戻ってきた。ダーリンがイランに出発して1ヶ月が経った。長かった・・・。あっという間だった・・・。どちらにも感じる。いずれにせよ、私は今、ひとりぼっち。それはかわらない。
2007.03.17
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昨夜、熱がやっと36度台に下がった~とホッとしたのも束の間、体中が熱くなり、痛くなった。またしても37.5℃まで上がってしまった。それでも、今日、鼻水が出たので、「おっ!これは風邪の後期症状では」とうれしくなった。熱が下がらない間は、黄色い鼻水もタンも出なかった。ウィルスとの闘いすら完全じゃなかったのかも?また一日寝て過ごした。夕方、起きて動いたら良いかも?とむりやり動くことにした。ヤフオクで落札者のついた商品で入金確認が済んでいるのに、体調不良で発送を待ってもらっていたものを出す為に、郵便局に行った。本当はもっと早く送るつもりで、落札が決定して連絡が繋がった時には梱包を済ませている私なのだけど、事情をメールし、待ってもらった。相手様が良い方で助かりました。ついでに通帳を記帳してきた。ヤフーの調査謝礼金の振込もあった。チョコチョコアンケートに回答して、抽選に当たるとキャッシュバックされる。ささやかだけど、そうとううれしいね。その足で、ベイシアに行った。閉店間際なので、お惣菜とかお刺身が半額になってることが多いんだけど、遅すぎた~。空っぽだった。父に、かつおのたたきを買って、自分用にはカットフルーツを買った。実家に向かった。一ヶ月ほど前に交通事故に遭って骨折してて休職中の妹と一緒にフルーツを食べた。無理して出てきたので、みるみる体調が悪くなり、横にならせて貰った。母は、妹と弟のところに行ってるので留守。かぞくがなんとなくバラバラになってて、みんな心をしっかりつなぎ合わせて頑張らないといけないときです。ダーリンとのことで、私が心身ボロボロになってるのを黙って見守っている両親の、タフさ、懐の大きさに感謝。インフルエンザだったのか?それとも、この腰の激痛からいったら腎盂炎だったのか?いずれにしても、暖かくして静養が一番。心の風邪に聞くお薬は何かな・・・
2007.03.16
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昨夜は、食欲は充実して、しっかり夕食をとったものの、風邪の状態は悪いままだった。呼吸が苦しくて、ゲップしながら、なかなか寝付けぬ夜を、よくわからないアニメを見ながら過ごした。しばらくして、スーッと眠ってしまった。そして、次に目が覚めた時には15時過ぎ。3/15の15時過ぎです。よく眠れました。電話の音も、おトイレにも起きず、ずっとずっと眠ってました。目が覚めて、おトイレに行こうと身体を起こしたけど、身体が軽く感じた。節々がメキメキと痛かったのも、歩けないほど辛かった腰痛も、落ち着いてくれた。そして、熱を測ってみたら・・・36.50℃♪やった~下がった~。6日ぶりの36度台。熱が下がったことは、身体でも実感できた。兎に角、身体が軽い、痛くない。呼吸も安定してる。咳もほとんど出ない。安心した。あんまり長く患うと、回復がそれだけ遅れてしまうから、それが不安だった。お腹も空いた。オレンジジュースを1杯グビッと飲み干した。夕方、梅干を入れておかゆを作った。おいしかった~。梅干のすっぱさが、身体に染みてたまらなかった。食欲自体は、昨日までよりないかもしれない。でも、風邪の症状が落ち着いてきてくれたことがなによりうれしい。さあ、元気だしていこう。
2007.03.15
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