全163件 (163件中 1-50件目)
今年一年、みなさま大変お世話になりました。いつもいつも暖かい目でみつめ、大きな心で包んできてくれた、家族、親友、友達、ブログ読者様、そして最愛の人・・・ありがとう。
2006.12.31
コメント(16)
今日は、父の65歳の誕生日。家族が誰一人欠けることなく、この日を迎えられると言うことは本当に幸せであり、感謝です。仕事の人、部活の人、恋人と過ごしてる人・・・など、家族全員が一同に集まって何かしてあげることは出来なかったのだけど、皆が健やかであること、うれしく思います。お父さん、これからも元気でいてください。私とダーリンは、一緒に過ごすことが出来ました。仕事で忙しかった為、ここ数日はまた別行動が続いたりしてたけど、私の思いは届いたようで、ダーリンは沢山の洗濯物と一緒に昨夜帰宅しました。昨夜、帰宅が遅かった私は疲れてしまって、ずっと布団でゴロゴロしてました。ダーリンもそれに合わせてゴロゴロ。元来、ゴロゴロしてるのが嫌いなダーリンは、しびれを切らして起きてTVを見てました。ダーリン、お昼は味噌ラーメン作って食べてました(私はボンヤリしてて食べなかった)。クリスマスなのになんとも色気のない二人・・・。それでも、二人でいっしょに過ごせるということは、やっぱり何よりも変えがたいです。「寝正月」ならぬ、「寝クリスマス」って感じで、ゴロゴロダラダラ、ラブラブと過ごしました。喧嘩もせず、穏やかな時間を過ごせたことは、神様からのプレゼントかもしれないね。19時過ぎに上の弟Hくんからメールが来てました。タイトル『いるんだよ☆(サンタの絵文字)』本文『玄関の外みて』そのメールに気づいたのが19:50過ぎ・・・「えええ~?」と慌てて玄関の外に出た。庭から門まで走ってみたけど、いるわけないか・・・と玄関に戻った。家の中に入ろうと思ったら・・・玄関の柱のところに、包みがひとつ。私はHくんのメールを、うちに(用があって)来てくれたのに、私が気づかなかったのだと思っていたけど、違ったみたい。多分、彼女と一緒にいたのだと思うのだけど、時間を作ってサンタになって届けてくれたのだと思う。Hくん、ありがとうお父さんに何もしてあげてないのが、心残りだけど、緩やかな時間の経過に、なんとも幸せな気分です。
2006.12.24
コメント(10)
かかりつけ(という言い方でいいのか?)のJ病院に行って来ました。先日のCT検査の結果を踏まえての診察(循環器内科)と、ピルが終わったので、相談を兼ねて婦人科も診察。循環器内科は(おそらく主治医となった)S先生の予約診療で、婦人科は主治医のK先生が予約診療の日なんだけど、OKだったら診察してもらう。ダーリンに付き添ってもらい、車で出発。出発が遅かったのと、ラッシュにぶつかってしまい、予約時間の10:30に遅刻しそうになった。高速をぶっ飛ばしてもらった(と言っても大渋滞で飛ばせず・・・)けど、5分前についたら、前の時間帯の患者さんがまだ全然終わってなくて結局1時間以上待たされた。婦人科の方は、金曜午前はK先生は予約以外は受けないということだったんだけど、看護師さんが聞いてくださり、時間が取れたらということでお願いした。だのに・・・タッチの差でダメだった。でも、同じ婦人科で腹腔鏡を担当なさっているK先生(男性)が診察してくださると言うことで、お願いした。退院後直ぐの頃に一度診察を受けたことがあったかもしれないのだけど、もしかしたら初めてかもしれないK先生はとても物腰がソフトで優しく、話しやすい先生だった。ピルを継続することに不安と迷いがあったのんは、そこらへんを循環器内科の件とあわせて先生に相談し、結果、もうしばらく継続することになった。子宮内膜症、腺筋症の私には有効な治療法だということを丁寧にあらためて説明していただき、決めた。婦人科の診察が終わり、循環器内科に戻り、順番を待った。ほどなく、私の番が来た。こっちはダーリンも一緒に診察室に入ってもらった。S先生は、「お待たせしました」とおっしゃった後、CTのフィルムをじっくりと見た。私は、そのフィルムに釘付けになった。腰椎椎間板ヘルニアや婦人科がらみで、腰部のCTは何度か経験があるので例の人体の断面図の写真は見たことがあったのだけど、もう一つ、びっくりしたのは、心臓そのものがはっきりわかる写真の方。生物の授業とかで見るような、人体解剖図の臓器の写真の白黒版みたいなので、絵のようにも感じました。傍らでダーリンが「毛が生えてる」とボソッと言ったので吹き出してしまった。心臓から出ている無数の血管がまるで、芽が出て根っこが伸びたジャガイモのようにも見えた。なんか、緊張がほぐれた。この瞬間だけでも、ダーリンに同席してもらってよかったとおもった。S先生は、一通り見ると、カルテに目を通し、他の検査の結果なども見ながら、「どうしますか?年明けにでもさっそくカテーテル検査しに来ますか?」とおっしゃりました。戸惑いながら、「先生、カテーテル検査はしないということは無理ですか?実は、不安があります。」と伝えた。そして「逆に、カテーテルで(穴を塞ぐ)手術をすることは可能ですか?」ともたずねました。S先生はいやな顔一つせず、話を聞いてくださいました。けれど、「カテーテルでの手術はできないね、まだこの方法は確実じゃないから、他ではやっているところ(他の医療機関)もあるけど、こちらではできないよ。」とおっしゃりました。ネットなどで、色々検索し調べ、まだ充実した方法ではないこと(取り入れている医療機関に問題があるということではありません)、患者さんのタイプや患部によっては適用されないことはわかっていたので、「やっぱりそうか~」という程度の感想だったので、それはまあいいやと思いました。そして、「シャント(血液が間違った方向へ流れ込んでいる量)が多いから、手術はした方がいいけど、すぐに手術をしなくてはいけない状態ではないから、もう少し様子をみようか?」「3月頃に診察して、夏ごろまた超音波見てみようか?もし、それまでに自然妊娠したら、その時はしっかり管理すればいいのだから。大丈夫、多くの人は無事に妊娠継続、出産できてるから、(リスクが)90~95%とかそういうわけではないのだからね。」前回、考えられるすべての私の事情(妊娠が容易ではないこと、海外滞在の可能性があることなど)を伝え、手術の時期を先生のアドバイスのもと、早めに手術を受けてしまうと言う選択を選んでおいた。妊娠を希望しなければ手術は必要ない・・・ということもないみたいだし、結局は『いつするか』が変わるだけだし。だけれど、手術自体に対する心の準備は少しずつ出来てきたけど、経済的な問題もそうだし、ダーリンの帰国の予定、準備もあり、手術の時にダーリンが不在の可能性があり、それがハッキリしているなら(家族が近くに居るから)まだいいのだけど、ハッキリしてない時期に入院、手術となることに、とてもとても大きな不安があって、そのことが、最近鬱々とさせてる理由の大半を占めていた。嫌なこととか決めたことを先延ばしするのが嫌いな性格なので、手術は(妊娠のこともあるけど)早く終わらせてしまいたいという思いもあった。S先生は『今すぐ手術をしないといけないような重篤な状態ではない』ということから、「患者であるのんが迷っているうちは、手術はすべきではない、経過観察していきましょう」という判断をしてくださった。心雑音、不整脈、血圧なども大丈夫みたい。病院で医師に計られるといつも高めになってしまう(と言っても110/70くらいだけど。元が超低血圧で上が90以下のことが多い)。咳が続いてて、S先生は「肺への負担」を考えたのか、心配してくださった。風邪が抜けない・・・と話したら、大事にしなさいねと言われた。風邪引きやすいというのがこのASDの特徴の一つだから、ある程度は仕方ないかもしれないけど、出来る限りの予防はこれからも怠らないようにしようと思う。『肺高血圧症』という怖い状態にならないようにもしたい(心房中隔欠損症の場合は少ないそうです)。穴の大きさは(CTを見る限り)10mmくらいだそうだ。33年間、そこから酸素が沢山入った、これから全身に流れる血液の一部が、肺にそのまま戻ってしまっていた。『空回りする性格』は心臓に由来してるのかしら・・・笑。3月に再度、診察を受け、その時に再度手術の時期を決めると思う。もしかしたら、夏頃に手術を受けるかもしれない。焦って決めなくてよかった。手術の時期に対し、自分に選択権があるという状態で済んでいるということも、とってもラッキーだと思う。今回、ずっと続く出血を憂慮し、中容量ピルも検討されたのだけど、結局、低容量ピルでいくことにし、4シート分の処方箋を書いてもらった。それを続けたとして合計半年の服用になる。子宮内膜症、腺筋症の治療効果も実感できる頃かもしれない。そして、それらを飲み終わる頃がちょうど次の循環器内科の診察になる。その後、冷静に(必要あれば)手術を迎えることが出来たとしたら・・・それが一番いいことだと思う。ダーリンがそばに居てくれても、いなくても、強い絆を実感できて、家族、友達に支えられて、またひとつ大きな山(丘くらいかな?)を乗り越えられると思う。すべてがいつもいいタイミングに運んでくれるように、動いている。私の小さな小さな気持ちが勝手に空回りして、気負って、焦って、急いでも、思うようにことは運ばず、いつも振り返ると「あ~このタイミングがベストだったんだな~」と強く実感することが出来る。出来てきた。これって本当に、お蔭様だな~って思う。「神様しか知らない」ということなんだろうな。勝手に複雑に心を硬くして、不安を助長してたけど、心をゆったりとすることが出来た。これもダーリンマジックなのかな~?心配していた両親に電話で報告した。帰りに、幕張のコストコに寄った。父が行ってみたいとずっと言っていたので、待ち合わせて、合流した。先に到着した私たちは、お目当てのディナーロールと桜卵、ダーリンの希望でメニセズのパン(ミニ)をゲット。一会員につき、同伴者は2名までなので、タッチ交代でダーリンは荷物と車で待機し、後から到着した両親と私(会員)は店内に。某自動車メーカーのレースメカニック兼テストドライバーをしていた父は、クルマ好きなダーリンと同様、工具売り場で目を子供のように輝かせていた。セットボックスを買うか迷って、母は買っちゃえば?とそそのかしてたけど、私が「いつでもこの値段で買えるから、あわてないでいいよ」と言って、次回に。ダーリンを待たせてるからと、足早に1Fの食品フロアを回った。母が狙っていたらしい「握り寿司」を2パックゲット。その他、牛肉、カマンベールチーズ、桜卵、ディナーロールなどなど、ゲット。父が、ケーキ売り場で、サッカーのデザインのケーキを発見し、私に話してきた。「Sくん(末の弟)にどうかな?あと、オレ。」そう、今月12/23は末弟のSくんの、翌12/24は父の誕生日なのだ。家族大好きなパパ様は、(おそらく)初めて見たアメリカンスタイルのケーキにいたく感激したみたいで、一目で気に入り、「これを頼もう」と興奮気味だった。48時間前迄に予約注文すると案内が書かれてて、22日にとりに行けばいいよな?とか、もうワクワクソワソワしてた。とりあえず、今日は注文はしなかったんだけど、私が取りに行くことになるのかな?キュートな父がますます好きになりました。会計を済ませ、涼しい(というか寒がりには寒いくらい)の店内で、トイレに行きたかったのんは、トイレに直行。出てきたら、父がソフトクリームを食べてた(笑)。母が「食べたい」と言ってたので、多分さそわれて買ったのだろう。母も私を追いかけてトイレに行ったらしく、一人ソフトクリームを食べる父は子供のようだった。母は、「アメリカンスクールの味」と言って、小学生時代の娘に戻ってしまうのだ。母は、公立の小学校だったけど、直ぐ近くにアメリカンスクールがあったらしく、バザーとかオープンスクールなどの交流の場で食べた、当時の日本にはまだあまり普及してなかったであろう濃厚なバニラのソフトクリームの味は、一瞬にしてタイムスリップさせてくれるようです。そんな、かわいい両親も、私の身体をとてもとても心配していて、医師との会話のすべてを伝えたら、ホッとしてくれた。私の目の前では決して見せないのだけど、父は母の前では心配で、不機嫌になってしまうそうだ。私の前では、いつもニコニコしてるので、信じられないけど、家族を一番に思い、大事にしてきてくれた父らしいなとも思います。それぞれのクルマに戻り、バイバイした。途中、クルマが隣り合わせになって、窓越しに手を振ると父も母もビッグスマイルを返してくれる。もちろん、その時そばにはダーリンもいる。父のクルマを発見するのはいつもダーリンが先だから。私は本当に恵まれていると感謝の気持ちでいっぱいです。
2006.12.15
コメント(0)
義兄の仕事の関係で、知人がイランに行ってて、帰ってきた。ダーリンがお土産のおすそ分けを貰って帰ってきた。イランに行ったことある方、イラン人のパートナーがいらっしゃる方にはおなじみのアイテムかも?上段から生クリーム(ホイップクリーム?)、パニール(クリームチーズの「キリ」に似てるよ)、イラン焼き菓子「クルチェ」(月餅に似てるかな?結構濃厚で私は得意じゃないの・・・)。パニールはイランで手作りのものを食べたことある人は、市販のものは物足りないかもしれないくらいおいしいそうです。ダーリンの帰りが遅かったので、ひとりでビーフカレー作って食べました。今日は成功。ジャガイモゴロゴロ入ってます
2006.12.14
コメント(6)
私は、今まで転職(と言えるほどでもないかもしれないけど)を何度も経験してきた。自身の都合によるもの、解雇、会社の閉鎖による退職、それから派遣契約の終了など。もともと、短期、単発の仕事もたくさんしたし、ダブルワークも経験している。正社員、アルバイト、派遣社員、契約社員、雇用形態も様々経験した。勤続○年なんて聞くと、偉いな~凄いな~って思う。いとこでナースをしている子がいるのだけど、彼女は看護学部を卒業して、付属の大学病院に就職し、何度か真剣に退職(転院とか)を考えたそうだけど、結局続けている。私の2歳下だから、丸10年になるのかな?中堅ナースですね。職業柄、転々としてたら仕事にならないだろうし、職場環境に恵まれた部分もあったかもしれないけど、やっぱり、彼女の頑張りはたいしたもんだと思う。私の場合、最長で4年かな?店長代理として頑張ってたけど、不景気の波に負けたとでも言いましょうか、時短による給与削減など、継続困難になって辞めたから、可能だったら続けていたかった。六本木のお店で仕事してたときも、詐欺師のような社長に1年以上給料支払遅延、未払数か月分、ボーナス不払などの末、突然の店舗閉鎖で、失職。これは辛かった。生活のために、同僚ととにかく生き延びる努力をできる限り工夫して頑張ってたけど、ボロボロにされた。それでも、閉鎖されるまで辞めなかったのは、その仕事が好きだったから。その後、ダーリンと出会ってから就職した会社では、過去に書いたけど、女性ばかりの職場で、その頃まだハッキリと病名を診断されていなかったこともあったのと、『女性の敵は女性』という言葉どおりの体験を痛いほど味わったりしたけど、結局、親身になってくれてるような振りをしていた統括部長に裏切られて解雇された・・・。その後の派遣の仕事は、いい仕事を紹介してもらったりしても、結局自身の体調の問題で、継続できなかったり、不本意な結果ばかりだった。辞めたくないなという私の思いと、どうにか続けてほしいと過剰なほどに色々考えてくださった派遣先の方々の暖かい配慮と、それらを必死で繋ぎ合せようとしてくれた担当営業の努力が、私の弱さで叶わなかったり・・・。私が、図々しく居座ると言えば居られたかもしれなかったけど、派遣社員という立場上、心苦しくて契約を打ち切ってもらったものもあった。とにかく、私は一つのことを継続して頑張ることが苦手なようだ(いや、そうだろう)。世の中の、頑張ってる方にしたら、なんて生ぬるい、わがままで甘えた野郎なんだとお叱りもうけるかもしれない。今までも、そんな自分の不甲斐なさに、ダーリンに泣きながら、胸の内を聞いてもらったことも何度もあった。その度に、ダーリンが「お前の価値が下がるわけじゃない。身体が悪いのだから仕方ないじゃないか」と言ってくれる。両親も、とりわけ母もそう言ってくれる。雇用側もボランティアやおあそびでやっているのではないのだから、例え病気を理由にしていても、欠勤することは解雇の条件に相当するのはわかっている。現に、ハンディキャップがあったり、難病を抱えながらも仕事をしっかりこなしてる方は沢山いらっしゃる。きっと、私だけが、甘いのだろう。ダーリンに先日も、泣きながら訴えた。「もう、仕事できない・・・私はどこにも行くことなんてできない」ダーリンがギュッと抱きしめてくれた。「俺の会社があるじゃないか。もう、外で働かなくていい」私が、グダグダになりながら仕事してるのを一番間近で見てきた。元気なとき、仕事を任されたとき、けっこう無理しちゃう、頑張ってしまうことも知っている。手抜きを器用にできるような性格じゃないこともよく知っている。私は、私の責任の下、支払うものがある。小遣いも自分の稼ぎから捻出したい。彼の自営業の規模を拡大する準備中の今、まだ、彼の会社から私の分までお給料を貰う準備は整っていない。今現在も、事務的なことのサポートはしているけど、ささやかなものだ。私は、仕事、学業において、まっとう出来ないで来てしまったという言わばトラウマのようなものがある。大学を中退していることもそうだし、仕事も転職が多いことを恥ずかしいと感じている部分もある。一つのことをコツコツと継続していくという力、強さ・・・私の一番ほしいものかもしれない。ダーリンが言った。「俺がいるじゃん」ふと振り返れば、ダーリンと出会い、手をつないで6年目を迎えていた。来年の6月が来れば、丸6年になる。結婚こそしてないけど、ずっと一緒にいる努力をそういえば続けてきた。結婚していないからこそ、一緒にいることを、愛しているということを、慈しむということを、一瞬たりとも当たり前と思わず、お互いが『努力して』しっかり手をつないできた。そうだ、私は株式会社ダーリンの一員となって、5年半という時間を越えてきたんだ・・・。私にとってみたらそれは、何百、何千件のデータを処理することより、何万、何十万という売上を生むことより、貴く、意味があるのかもしれない。私にしかできないこと。少し前まで、日本では結婚を『永久就職』なんて言ったりしたけど、そういう言い方も悪くないかもしれない。家族という企業の共同経営者・・・。マネーゲームなんかより、もっともっと複雑で困難なリスクに直面することも山ほどあるだろうけど、この人となら越えられる。ダーリンが私を選んでくれたように、私もダーリンと出逢い、その出逢いに運命を感じた。私は社会人としての適性は低いかもしれない。けれど、私を必要としてくれる場所があることに、もっと自信と誇りを持とうと思う。私を評価してくれる存在に恥じぬよう。株式会社ダーリンでは、のんは超エリート社員です(笑)。
2006.12.07
コメント(10)
☆鼻歌を歌う☆口笛を吹く☆周りに届く声量でおしゃべりをし続ける☆うろちょろうろちょろ動き回る☆そこにいない人の悪口をいい続ける☆一部のスタッフの容姿に関することをからかい、それをいい続けるこれ、何だと思いますか?昨今、世間で騒がれてる『学校でのいじめ』や『学級崩壊』についてではありません。私の勤務先の実態です。女性スタッフの一部の人間がこれを勤務時間中し続けています。繁忙期と閑散期との仕事量の差が極端にあるこの職場で、時期を問わず、朝始業時間とともに始まり、退社時間までず~っと同じ調子でいるのです。さらに、加えると★自分が担当している仕事だけが重要かつ、大変で、(この職場のメインである)データ入力業務を、軽視している(入力なんておしゃべりしながらできる仕事と明言)★管理職の女性が、同調しておしゃべりしっぱなしである★業務とは無関係の私事を理由にけんかをはじめ、当然その間業務の手は止まっている★仕事を選り好みする(指示をされるごとに「え~やだ」が口癖)スタッフの存在★指導力(のセンス)のなさを棚に上げ、他人のミスを大袈裟につるし上げる★スタッフ間の仕事量の極端な差を軽視★データ入力業務(PCオペレータ業務)に与えられるべき『目を休める小休憩』に対する配慮の完全な欠落★喫煙者にのみ与えられているとしか考えられない休憩時間★通常業務時間の怠慢がなければ発生しないであろう残業を見越して日中仕事をしている★残業代を稼ぐために残っているだけなのに、大変ぶっている今まで、黙ってきたけど、私はこんなひどい職場は初めてです。面接のとき「少しにぎやか過ぎるかもしれません、何かあったら言ってください」と派遣会社の担当に言われました。担当者、日本語間違っています。「にぎやか」というレベルではないし、職場で、成人した社会人がすべき行動ではありません。ですが、この職場唯一、一般企業と同等かある意味それ以上に厳しい点があります。『勤怠』です。「うちは、忙しいから休むときは替わりを立ててください」とか、欠勤は認めません。といった厳しい姿勢を最初に言われました。ある程度は、社会人として常識、最低限のルールかもしれません。私は、行きだしてすぐのころにマイコプラズマ肺炎騒動で欠勤しました。それについてもずいぶん絞られました。でも、それは当然のことだと真摯に受け止めました。体調が落ち着いているときはちゃんと出社しましたし、出社しているときはものすごく集中して少しでも多く、誰よりも少しでも多く頑張ろうという姿勢で努力してきました。依然として日常生活を蝕むほどの月経困難症状との闘いもあり、それを理由に欠勤してしまうこともありました。私が、『社会人としての常識を欠く人間』なのだろうと思います。でも、あらゆる不調を抱えてなお頑張ろうと思える職場環境だったら、どうだっただろうか?私が欠勤している日は、『我慢すれば何とかなる』状態ではないのは事実だし、『こんな職場行きたくない』とズル休みした日は一切ない。私も生活があるから、元気よく毎日出勤して、たくさんお給料をもらいたいと思っているから。派遣会社にも何度も話した。でも結局、彼女たちに辞められては困るので、黙認状態。安定して出社している人は、何をしても許されるのでしょう。実は私はその管理職の方と同じ時給で働いている。募集をしても思うような人材が集まらなかったそうだ。それで、思い切って時給を上げたそう。私はそれ以前の求人情報を知らないので、私が見つけたときの時給だったこと、別途交通費を支給してくれることで応募した。だから、その仕事を見つけるまでその派遣会社の名前すら知らなかった。同じ職場のスタッフの一人があるとき話してくれた。能力のあるスタッフは、現状に辟易してみな辞めて行ってるんだよ・・・と。ある人は、喧嘩になって、それで辞めていったと。確かに、その人のことなんだろうな・・・という内容の悪口を言うことがたまにあるから。その場にいない人、去っていった人、自分たちの気に入らない人たちは皆、「仕事ができないだめな人」扱いになる。私の場合は違うだろう。病欠とはいえ、仕事を休む人なのだから、私が悪いのだろう。私が休むせいで、皆が迷惑している。仕事が大変になっている。そう言われました。私は結構有名企業でお仕事させていただく機会が何度もありました。某化粧品会社は、会社の規模もかなり大きく、私のいたセクションはお客様と(電話でだけど)直接かかわる仕事だったし、常にタイムリミットとの戦いで、私語なんてありえないし、トイレに立つのだってタイミングを計らないとならなかった。他にも、完全に物理的に無理を通しているといった状況下で仕事をこなしてきた経験もあるので、今の職場の『もう限界の大変な状態』というのが、私にはどうしても生ぬるいとしか思えない。私から言わせれば、黙ってまじめにしごとすれば十分可能な処理件数だし、仕事内容だと思える。ハッキリ言えば、能力の低いスタッフが幅をきかしてリーダーぶってるから、立ち行かないだけ。一部の、派遣経験豊富な処理スキルの高いスタッフにおんぶにだっこになっているのに、それでもまだそれを認めず、あくまで大変な思いをしているのは一部の仲良しグループのスタッフさんだと思い込んでいる。私は、この職場を辞めます。仕事内容は簡単だし、雇用条件も悪くなかったので、続けられるだけ続けたかった。私自身の事情もあるので、仕方ないけど、続けられる環境への改善努力をしてくれない派遣会社とも縁を切りたい。そこにきて、都合のいいことを言ってきた派遣会社。労働基準監督署でもどこでも行くから、覚悟しててください。自分のことは棚に上げて、好きなことばかり言ってるけど、明らかに損益を生んでいる『膿み』を大事にするんだから、私にしたら共犯。私の体調を悪化させるストレスを増徴したことへの償いはさせるから。心の中のものを出してしまおう。私まで『膿み』になってしまう・・・。天に吐いたつばは自分に返ってくると言うけど、これからの自分をしっかりとしていくこと、その派遣会社へ確実にプラスになるという提案として、言いたいことを置いて来た。それを、「要求ばかりのおんな」としか汲み取れないなら、来年当たりその会社、ないかもね。ふふふ。
2006.12.06
コメント(0)
今日は、予定休で、J病院へ行ってきた。昨夜、いつもの月経痛の一番ひどい強いレベルの腹痛に襲われ、ボルタレン錠と、安定剤の残り1錠を一緒にのみ、「早く効いて~」と祈るような思いで、だけど、激しく襲ってくる痛みにのた打ち回り、それをダーリンがなだめ、おなかをなでてくれ、呼吸が乱れないよう、「シーシー」とまるで、子供をなだめるように、抱きしめてくれていた。それでも、痛みはなかなか和らいでくれず、ジタバタとバタ足するように体を揺らしていました。随分経って、薬がやっと効いてくれ、眠りについた。赤ん坊のがましだというくらいオイオイ泣いてしまったので、目がバンバンに腫れていた。今朝はどうしても仕事で都合が合わないダーリンの代わりに、仕事が休みの父と母が迎えに来てくれ、車で病院まで連れて行ってくれたのでした。昨夜の痛みがうそのように、今朝は痛みはほとんどなかった。お昼からは絶食になるので、コンビニでピザまんを買って食べながら行った。病院に着き、駐車場代がかかるので、別の場所で両親には時間を潰してもらう事にした。(J病院様~もう少し駐車場代安くしてください・・・)婦人科外来の受付をし、婦人科へ。「あれ?」やけに空いていると思ったら、案の定、私の主治医でもあるK先生、学会で休診でした・・・。チェックしておけばよかった~と思ったけど、昨夜の激痛もあるので他の先生でもいいから、と代診のM先生の診察を受けることにした。幸か不幸か、いつもではありえない待ち時間で順番が来た。私は特に女医にこだわらないので、イケメン(笑)のM先生にお願いしたのだけど、それはあたりだと思った。経験が浅いのかもしれないけど、私の分厚いカルテを熱心に読み、私の状況をキチンと聞いてくれた。(これはいつも超多忙なK先生も同じ、手抜きなし、患者の気持ち重視なのはJ病院の方針かな?)内診を受け、あらためて話をした。低容量ピルを開始して約2ヶ月(2シート目の途中)、7日間の休薬期間(月経日を調整するために休薬期間を置かずにピルを飲む方法もある)を取って、2シート目をスタートしているので、のんはその休薬期間に月経が(激痛とともに)キチンと来ていた。それなのに、1シート目の時には「食欲増進」以外なかった、いろんな症状が出てきたのでした。まず、不正出血。おりものシートではちょっと不安かな?って位の出血が続き、月経痛の軽い感じの腹痛、腰痛、めまいなど、(のんにとっての)通常の月経時に起きる不快症状があった。そして、腹痛は強くなり、平行して風邪を引いていたので、そのとき処方されていたアセトアミノフェンで我慢していたけど、それでは追いつかない位の腹痛と腰痛になっていた。それとともに経血量も増えて行った。それは鮮血ではなく、月経時に見られる、色のどす黒い、時々血塊の混じったものだった。それが10日以上も続いているのだから、さすがにこたえた。M先生は、これらの事情を踏まえつつ、エコーの写真を見て、「卵巣破裂」とか、「子宮穿孔」などの異常からの出血ではないようだ、との見解。おそらく、ピルの影響で『月経が来てしまった』のだろう・・・とのこと。1週間もあけずに次の月経が来てしまったことなんてないので、まさかとは思っていたけど、ホルモンのいたずら(ピルの影響)で、月経が来ただけなら、痛みにも出血にも対応のしようがあるので、ホッとした。めんどうだし、痛みが消えるわけじゃないけど、安心できた。M先生は、「腺筋症のあるあたなの場合、ピルを止めても激痛があるだけだから、今は少しつらいかもしれないけど、もう少し続けさせてください。必ず今までより楽になると思うから」とおっしゃいました。おそらく、主治医のK先生も同じ診断をなさるのではないかな?と思いました。子宮を全摘出するか、閉経するまで、続く痛み。いかに日常生活を快適に過ごせるかが、治療の焦点。医師たちにとって、取ってしまえば治る病気、塞いでしまえば治る傷、などと違う慢性疼痛疾患というものは、とってももどかしいものだと思う。まして、子宮内膜症、腺筋症などは、よほどの異常事態でないかぎり命にかかわる病気ではないのだから。それでも、医師やナースたちは誠意を持って対応してくれ、痛みに苦しむ患者をいたわって下さる。その思いに救われてる気がする。あっという間に終わった婦人科の診察。午後からは胸部のCT検査があるので、その受付も済ませておいた。予約票兼説明書に、○○受付に出してください・・・と書いてあったので行ってみた。「予約時間より早く行ってもらえる場合もあるので、行ってみてください」と、検査室を案内された。B1階にある検査部受付に行ったら、「心臓の検査は、投薬とかあるから早くなることはないよ」と言われ、時間になったらまた来るよう案内された。絶食なので、昼食やティータイムを取るわけにも行かないので、売店で雑誌を買って、広い1階待合所のソファで時間を潰した。一度、母に電話をしたら、巣鴨にいると言っていた。刺抜き地蔵は物凄い人出で、名物の塩豆大福も買えなかったそう(買ってきて~って頼んだのだけど、残念)。昨夜から心配し通しのダーリンからも電話が入っていた。一度電話し、とりあえず婦人科のほうは終わったと伝え、検査があると言うと「終わったらまた電話して」と言った。心配ばっかりかけて申し訳ない・・・。15:30からの検査で、1時間前に来てくださいとの指示だったので、14:00頃、再度検査部の受付に行ってみた。検査票を渡され、案内された。検査技師の方が、血圧と脈をはかる。血圧を下げ、脈を落ち着かせる薬が必要かを医師に確認しに戻り、「要投薬」ということで、お水と薬を持ってきた。(ちなみに、お薬は前回の診察時に処方され、今日持参した)しばらくして、再度血圧測定し、OKが出て、順番を待った。名前を呼ばれ、検査着に着替えるよう指示される。順番が来て、上半身裸に検査着を着た状態ののんは、検査台に乗せられる。造影剤を使うので、医師に右手に注射針を刺された。(点滴のようなもの)CT撮影は今までに何度か経験しているのだけど、造影剤をしようして、更に心臓の撮影と言うのは初めてだったのでドキドキした。途中、ニトロのスプレーを口にシュッとされた。医師の言うとおり、少し頭痛が起きた。あと、造影剤を使っての撮影となり、造影剤が血管を通して体内に入ってきた。医師の説明通り、体がカーッと熱くなった。特に、陰部って言ったらいいのかな?股のあたりがあったかくなった(月経が来てる状態だから余計かな?)。無事に検査が終わり、注射針を抜かれ、止血バンドをされ、着替えて外で待つよう言われた。緊張もあってか、動悸がしてしまい、過呼吸の不安がよぎってしまった。深く呼吸ができなくてちょっとブルーになってしまったけど、かわいい看護師さんが対応してくれ、じきに落ち着いた。造影剤を使用しての検査なので、その後の注意事項などの説明を受け、検査部を後にした。会計を待っていると、母がちょうど現れた。自動精算機もあるJ病院、私の受付番号が案内板に表示され、会計OKになったので、試しに機会のほうで金額を照会してみた。すると、わ~大変だ~。お財布の全財産を合わせても足りない金額だった。あわてて、母のところに駆け寄り、小銭入れしか持ってなかった母の小銭もかき集め、奇跡的に残金15円で、お金が足りた。会計を済ませ、ホッとして母のところへ。入り口のスターバックスでキャラメルマキアートのグランデとシュガードーナツをゲット。ちなみに、支払いは「スターバックスカード(プリペイド)」で支払い。助かった~。車で待つ父の元へ。会社には一応、早く終わったら繁忙期なので出社すると話していたんだけど、17時を回ってたのでお休みということになった。(はじめから休みだと思ってたそうだ・・・あっそう、気にして損した。)ダーリンにも終わったと報告。帰り道、仕事のことのフラストレーションを母に聞いてもらった。基本的には仕事は家に持ち込みたくないタイプなのだけど、ちょっと現状が・・・。心配しながらも、黙って運転してくれた父に感謝。帰り、父がお寿司でも食べに行くか・・・と言ってくれたけど、寿司がNGのダーリンが待っているので、あきらめ、自宅に送ってもらった。途中、心配する妹からも電話が入った。仕事が終わったからと電話くれたのでした。一日の経緯を伝えた。家に帰ると、ダーリンが心配そうな顔で待っていた。それでも、昨夜とはうって変わって、元気そうだったことには安心したようだった。金欠の二人、夕食はどうしようか?となり、ストックの鶏肉と野菜でカレーライスを作った。ルーを入れる段階でちょっとタイミングが遅れてしまい、ジャガイモが溶けてしまった。ジャガイモ大好きなのんとしては、ショック!ゴロゴロおじゃがが好きなのに~。トロトロのカレーになってしまった。味は、OKだけどね。なんだか、いつもどこかが痛くて、どこかが悪くて、病院に通って、婦人科だ~内科だ~循環器内科だ~と病院ツアーで、おばあちゃんになってしまった気分。おばあちゃんなら、年齢もあるから仕方ないけど、まだまだ若いのに情けない・・・そういう気持ちにどうしてもなってしまう。具合が悪いことを主張することが『悪』のような、具合が悪くても隠していないといけないような風潮。我慢することが美徳の日本は、私のような人間は、生きづらい。健康であることが当たり前ではないと言うことを、何度も実感させられる日々です・・・。
2006.12.05
コメント(0)
今朝は、心臓のあたり(心臓が悪いという感じはなかったけど)が痛かった。寒かったので、冷えてて痛いのかな?なんて思ってた。風邪も引いてたし、おとなしくしてようと、布団に包まってゴロゴロして、ウトウトしてた。なんどか、呼吸が苦しくて、左の肺が押しつぶされるような感覚に襲われて、目が覚めた。ウトウトすると、苦しい・・・の繰り返しがあった。ずっと寝てるのもかえって不健康だしな、と体を起こしてTVをぼんやり観ていた。流産などを繰り返した末に無事出産したご夫婦などが取り上げられてる番組を観て、泣いたりしたけど、穏やかにすごしてた。ダーリンが、仕事を済ませ帰宅した午後、遅いランチを取った。家にろくなものがなかったのと、ダーリンの希望で、ダーリンは塩ラーメン、私はもやし入り味噌ラーメンを作った(ダーリンが作ってくれた)。なんかフラフラするな~と思ったけど、ゴロゴロしてたからだろうな、と気にせず。出来上がったラーメンを食べだしたら・・・息が苦しくて麺が吸えない・・・。コントのワンシーンかのように、一すすりするたび、息切れでハアハアしてしまう。身体に力が入らない。それでも食欲は普通にあるので、随分時間がかかったけど、完食。スープを飲んだその後・・・両手が冷たく痺れ、息が浅く、まるで犬のようにハアハアとなってしまい、倒れこんでしまった。「過呼吸かも?」苦しくなる一方で、心臓との関連性とか、今飲んでいる薬もあるので気になり、とりあえずJ病院の循環器内科の当直の先生と電話で話した。私のカルテを見ているわけではないようだった。私の訴えを聞き、丁寧に対応してくれた。「おそらく過喚起症候群(過呼吸)でしょう。ペーパーバッグを知っていますか?」と説明してくれました。程度のいい紙袋がなく、また、うまくできない。なんどか、呼気を吸う努力をしたが、呼吸が浅くて苦しい、チアノーゼ状態になってしまった指先はつめが紫になってしまった。あまりに不安になり、たまたま立ち上げてたPCで、市役所のHPを見る。休日当番医を探す。偶然、何度もお世話になってる行き付けの内科医院が当番医で、受付時間が17:00迄。時計を見れば、16:44。切れ切れの呼吸の中、電話をする。事情を話し、ダーリンに車で運んでもらった。ますます呼吸が苦しくて、文字通り『肩で息をする』状態だった。休日の当番医の内科医院は風邪症状のひとでいっぱいだった。名前を呼ばれ、ナースに症状を話す。優しいナースに正しいペーパーバッグの仕方を教わり、一緒に呼吸を整えた。楽になったけど、一進一退で、苦しくなったり。奥にある処置室に通してもらい、横にならせてもらった。ナースコールのボタンも用意してくれ、まだ随分待つからと言われて、横になって待っていた。途中、ウトウトできたりもしたけど、苦しくて目が覚めた。しばらくして呼ばれ、診察となった。血中酸素濃度も十分あり、医師は大丈夫でしょうと。ただ、「初めてじゃないでしょ?」と軽くあしらわれた感じがあった瞬間、ムッと来たけど、実際、神経質なタイプの、女性に多いというこの症状、医師も珍しいことじゃないよと言いたかったのだろう。ただ、私は「過換気症候群」は初めてです。先生、長い付き合いなのに・・・。夜になると起こりやすいということで、安定剤を2錠、処方された。今飲んでいる薬を全部話し、大丈夫と言うことで処方箋をもらった。医師の対応より、ナースの温かさの方が大きかった(M先生ゴメンネ~)。ずっと待っててくれたダーリンに感謝。たまたま外出してて、すぐ駆けつけられなくて心配してくれてた母にも報告をした。ありがとう。夜は、何事もなく過ごせたけど、ぐったりしてしまった。なんか、自分がすごく情けない気分になってしまって、心底、落ち込んでしまった・・・。友人や知人に、過呼吸を繰り返してた時期があった繊細な子がいたから、どうなるとかよく理解しているつもりだったけど、後ろめたいような、この気持ちをもしその子がいつも感じていたとしたら・・・それも辛い話だな・・・。どこも悪くなくても陥ってしまう、だからか、仮病で騒いでいるようで、そんなことないし、誰もそんなふうには思わないって言ってくれるだろうけど、この鬱々とした気分は、どうしてだろう。自分の弱さ・・・そう思ってしまうこと自体が、弱さなのかもしれない。
2006.12.03
コメント(0)
ダーリンオリジナルメニューなんだけど、すっかり大好物メニューになってしまいました。せっかく撮ってあったので、採用(笑)。
2006.11.26
コメント(2)
母からの再三の電話を無視し、お昼頃までウトウトと居眠りをしてた。最近気に入ってるほうじ茶を飲みながら、TVをつけている。観たいわけでもなく、暇つぶし。友達からMixiやってる?とメールが来たので、やってるよと返信。マイミク承認よろしくとのことで、喜んで・・・と言いながら、○○で検索して探してね。と伝える。ここだから言うわけではないけど、私は楽天が一番使いやすいし、ここまで続けられてるのも楽天だからかな?と思ってるので、贔屓してる。他のブログとかSNSとかも見て回ったし、登録してるのもいくつかあるし、ブログを仮に立ち上げてみたのもあったんだけど、操作上も一番簡単で使いやすい楽天がお気に入りかな?他社さんの良さもあるんだろうけど、私にはここが合ってるみたい。お昼ごはんに、カップうどんを食べた。(マルちゃん白い力うどん)ぼんやりと時間が過ぎていく。午後、ガタガタっと玄関の方から物音がした。すごいビックリした。なんだろう・・・ダーリンが帰ってきた。ただいまを言う間もなく、服を脱ぎだして、「タオル」と言い、お風呂に入って行った。寒かったのか、仕事で汗かいたのか、顔をしっかり見る前にお風呂に直行しやがって、こんにゃろ~。フルチンで、パンツを探してるダーリンを見てると、和む。心底リラックスしてるんだな~と神経質なところもあるのんは、そんな彼をうらやましくも思ったり。しばし並んでリラックスタイム。体温が高いダーリンは、寒がりなのんの必需品(笑)。だけど、ムッと来た。人が、具合悪いってゴロゴロしてるのに、永遠の天然少年のダーリンは、「お腹すいた、ペコリダヨ~」だって。イジワルなのんは、無視したり、出来ないと言ったりしてたけど、しつこいダーリンに諦め、冷凍庫からストックしてた『ホレシュテバデムジャン』を解凍し鍋で煮た。そして、『パン・ド・ミー』をオーブントースターで焼いた。たったそれだけだけど、夕ご飯になった。プラス、ナチュラルヨーグルト。起きてなんかするのもかったるいのに、アポナシで帰ってきて、自分の思い通りに人を動かして・・・クソ~ッとフラストレーションが上がったけど、結局そばにいることで心のバランスが良くなっている自分がいたりして、悔しいけど彼の存在感の大きさに完敗。ダーリンは、私を最優先に考えてくれてるのはわかってるのに、それの上を行くところで私がわがままなのかもしれないね。ちょっと反省。チャイ入れてと言う彼にヤダと言ったら、ふて寝しちゃった。「おやすみ~」
2006.11.25
コメント(8)
無事に、出勤できた。喉は相変わらず腫れてたし、熱っぽかったけど、マスクしていつもよりサプリメント大目に飲んで、あとは気合入れて。昨日、Cちゃんと逢えたことも元気UPの源かな~?やっぱりきょうだいと触れ合えると、元気が出ます。職場のリーダーさんに、心臓のこと伝えました。本当は、もう少し話が煮詰まってから、スケジュールが決まってから話そうと思ったのだけど、どうしてもそうも行かないことがあって、時間を貰って話を聞いてもらいました。ビックリしてたけど、諦めたような顔もしてた気がします。リーダーさん、優しい人です。だけど、私の人生、私が主役です。身勝手で、社会人として失格かもしれないけど、身勝手を許してね。とりあえず、「○○月までで・・・と会社から言われるまでは働く」と伝えました。それしか言えません。言いたいことは山ほどあるけど、今言うことじゃないんだと思ってます。すでに、上司にはハッキリと言いたい放題言ってあるしね。それを上司がどうリーダーに伝えてるか、伝えるかは私は介入できないから。現場にかけた迷惑を元気な時に挽回していくしかないからね。午後、少し忙しくなり(って言っても大したことないんだけど)、仕事が出来てうれしかった。のんは、暇が怖いタイプだからさ。18時に退社。寄り道もせず、電車に乗り、途中から座れたので居眠りして、無事に最寄り駅に到着。バスまでの時間があったので、ジャスコに寄った。今夜もダーリンは帰らないので、自分用の夕食にと、普段滅多に買わないお惣菜を買った。そして、無性に食べたくなったマックのポテト。揚げたてだったので嬉しくて、食べながら帰った。散らかった部屋に、うんざり。ご飯も、ただ空腹を満たすだけで、何の潤いもないって感じ。ひとりって寂しいね。電車で寝てしまうと本当、寝つきが悪い。悪循環なので、布団には入るけど、TVを観てた。よく解らないアニメとかしかやってなかった・・・。明日はお休み、元気になれるといいな。
2006.11.24
コメント(0)
風邪のせいで、予定が大幅に狂ってしまった。妹のCちゃんと逢う予定で、気持ち的には午前中からさわやかに出かけたかったんだけど、そんなことは無理でした。それでも、母からの迷惑(まがい)電話(何度もかけてきた!!)と、やっぱりCちゃんに逢いたいと思う気持ちで、お昼頃起き上がり、シャワーを浴びた。届け物と買い物を頼まれたので、スーパーに寄ってから実家へ。そして、Cちゃんへの預り物を持って出発。仕事が休みだった上の妹Mちゃんも風邪のせいか、口に「熱の花」が出来てた。彼女、ヘルペスが出来てしまうので、またヘルペスだったらかわいそうだなと思ってたんだけど、どうも大丈夫そう。万全じゃない体調のままクルマを走らせた。途中、先日買った携帯のマイク付きイヤホンを試すために、母と会話。思いがけず話が弾み、40分くらい運転しながら話してた。マイク付きイヤホンは、まあまあ使えそうです。千葉は、国際駅伝があったので、気になったけど、大会はちょうど終ったみたいで、その影響による渋滞はなかった。あ、でも裏道通ってたから関係してた道は影響まだあったのかな?津田沼でCちゃんと合流。パルコに行った。雑貨屋さんとか300円ショップとか、洋服やさんを見てまわった。17時過ぎてて、その時点でまだ何も食事をしてなかった私は、Cちゃんと逢ったら少し元気が出てお腹ペコリ。イオンの中の『地中海料理』のお店に行った。理由は、食べたかった「ライスコロッケ」があったから。本当は、カプリチョーザのあの大きなライスコロッケが食べたくて、以前パルコの中にあったからそのつもりでレストラン街を探したけど、お店が一新していて、なくなってた・・・。で、クルマを停めてあるイオンに移動し、食事をした。ピザはふっくらしてたけど、香ばしくおいしかった(ダーリンの好みだと思う、今度一緒に来よう)。パスタも、おいしくて満足。ライスコロッケは小さくて、おいしかったけど、これだけはカプリチョーザのが食べたかった・・・。お腹いっぱいになって、店を出た。Cちゃんを送りに、クルマを走らせ、西東京エリアへ。道が空いてて、あっという間に着いた。喉が痛いくせに、饒舌になってしまって、会社の愚痴を聞いてもらってしまった。明日は仕事なので、もしかしたらCちゃんち泊めて貰おうかな?とお泊りセットと着替えはもって来てたのに、靴を忘れてしまった。スニーカーでは会社のドレスコードに引っかかってしまうので、ダメだと諦め、一休みさせてもらってからバイバイした。雨が強かったりしたけど帰り道も順調で、無事に帰宅。明日は仕事にいけそうで、外出してかえって良かったと思った。
2006.11.23
コメント(2)
世の中は、『いい夫婦の日』ということで、結婚記念日だったり、長年連れ添ったパートナーを労ったり、クリスマスシーズン前のラブ&ピース感がちょっとアップするいい日のようです。明日が『勤労感謝の日』だから、今日は奥様(旦那様)を大事にして、明日は働く旦那様(奥様)を労う日なんて考えたんだけど、どうかしら?本格的な冬の季節到来で、灰色な景色が、ほんのりピンク色に感じるのは気のせいかな?いい日だ・・・なんて感心していながらも、のんはやっぱり風邪でダウンでした。会社の上司には嫌味を散々言われたけど、「まあ仕方ないか」と聞き流し、寝込んでました。飲まず喰わず、トイレも行かずに、夕方16時過ぎまで寝てました。頭がガンガン痛かったのと、扁桃腺、熱もあったみたい(近くに婦人体温計しかなかったので未計測)。昨夜の、冷えも悪かったんだろうな・・・そうとうゾクゾクしちゃったもん。せっかくおいしいご飯をダーリンと食べたのに~。幸いにも胃腸は大丈夫で、食欲こそぜんぜんないものの、下痢とか嘔吐とかはありませんでした。千葉に来て直ぐの高2の頃、学校で倒れ、保健室に行き寝てました。偶然、保健室で休んでいた3年生の先輩が家が近く、引っ越してきて間もなかった為、土地勘のなかった私に○○医院の先生はいいよ、と教えてくれ、受診しました。その時の内科のO先生が、「無理して食べなくていい、食べるということはエネルギーを使うから、風邪とか体力が落ちている時は水分補給だけしっかりしなさい」と言っていたのを、体調を崩すとよく思い出します。インフルエンザにかかったときも、ウィダーインゼリーと水分以外一切受け付けなくて、それ以外を食べると全部嘔吐してたけど、最低限のエネルギーと水分は摂れてたので回復できたし、入院してた時なんて、点滴打ってて、動けないから太ったし。それと、のんは具合が悪くなると、前兆として食欲が増して、ドカ食いする。それも、お菓子とかばっかり。母親にそれを指摘されて依頼、気をつけてるけど、やっぱり具合悪くなって、後から気づく。毒が毒を呼ぶのかしら?具合悪い時にヘルシーなものって全然食べたくなくなってしまうんだよね。元気な時は、健康そのものって感じの、オーガニックなものがおいしいし、欲しくなる。身体って素直なんだろうね。夜になって、食欲が出たので、つけ麺を食べた。あとは、紅茶をガブガブ飲んだ。紅茶って喉にいいんだってね。ダーリンが飲むときは濃い目の紅茶なんだけど、私は薄めでOKなので、同じティーバッグをいつまでも使ってたりしちゃう。貧乏性なのかしら?風邪の症状なのか、胸が痛い。肺炎とかではないだろうけど、冷たい空気が沁みる感じ・・・。寂しがりは心にポッカリ穴が開いたような気分って言うけど、のんはリアルに穴がポッカリ・・・って笑えないか。心臓の方は特に変わったことはないけど(あったら一大事だって!)、仕事先に伝えるのが、不本意な形になってしまって、しまった~と思ってる。もう少ししてから話そうと思ったんだけど、あんまり不甲斐ない態度をされたので、うっかり話してしまった。でも、今の職場、ちょっと異常な環境なので、そんな事情なくてもいつかは辞めようと思ってるから、いいんだけどね。お金を稼ぐ為だけに働いてるから、少しでも気持ちよく、無駄なくお金が稼げればいいんだ。これから、(保険適用でも)何十万円もお金が必要だし、仕事を失うのはキツイんだけど、まあなんとななるでしょう。さあ寝よう。
2006.11.22
コメント(10)
仕事が終わり、電話したら、ダーリンもちょうど仕事が終って家に向かうところだと言うことでした。直通の電車を待つのももったいなかったので、千葉行きの総武線快速に飛び乗る。運良くすぐに座れ、一眠り。千葉駅から各駅停車の外房線に。ラッシュの時間帯なので、ホームに停車していた千葉駅発の電車の座席はほぼ満席。唯一、ぽっちゃりめの女の子の隣が空いてたので、「隣あいてますか?」と伺ってから腰かけた。その隣の女の子(20代前半と予想)は上半身もがっしりタイプのぽっちゃりさんなので、BOX席の総武線のシートは狭めなので、窮屈になってしまう。なので、仕事帰りのおじさんなんかは無理。私もぽっちゃり系なので、無理かな?と思ったんだけど、外側に足を向ければ大丈夫だろうと座った。ニンテンドーDSをやり続け、iPodを聴き、その後、携帯のゲームをしていた。(私、この手の行動を混んでる車内でしてる大人たち、はっきり言って蔑視してます。みっともないよ。空いてる時ならまあ自由だけどさ。)ひじが当たるな・・・と思いながらも、まあ仕方ないか、ぽっちゃり女が2人座ってるんだし・・・と辛口の感想を抱きながら電車に揺られてた。結局降りる駅が一緒で、降りるとき解ったんだけど、荷物を自分の身体の脇に置いてたから尚更狭かったと解り、「このやろ~自分の身幅考えて行動しろ、網棚に置け!」と心の中で叫びました。そんなプチギレしながら、待ち合わせの駅(いつも使ってる駅ではない各駅停車しか止まらない駅)で降り、先について待っていたダーリンと合流。仕事が大変らしく、やつれてた、ちょっと心配。彼が、「夕飯なんか食べた?」と聞くので、「え~?私仕事終って真っ直ぐ帰ってきたよ」と言うと、「だって、のんが『私、電車でパン食べたからお腹すいてない』とか言ってたジャン」・・・確かに、ダーリンが帰ってこないと解ってる時とか、体調悪い時、クスリが早く飲みたくて、グリーン車で帰りつつ何か食べたりしてることがあるのを話したことがあった。(あ、普通車両でも空いてるとお菓子とか平気で食べてたりします。マナー違反かな・・・これも)ダーリン、本当にわたしの言ったことをよ~~~く憶えてる。すごい・・・。インスピレーションで生きてる私は忘れてしまうことも多いから、彼に素直に感心します。車内で笑いながら帰路を進み、バイパスに出てあるお店の前に停まり、駐車場へ。「あれ?食べるの?」焼肉やさんにイン。彼が食べたいのならOKということで、久々の2人っきりでの外食へ。メニューはいつもの・・・牛タン塩、ファミリーロース、ごはん、カルビスープ(ダーリン)、ユッケジャンスープ(のん)、オイキムチいつもの通りのオーダー。彼がせっせと焼いてくれます。タン塩もロースも、「ネギ塩レモン」でおいしく頂きました。デザートにバニラアイスを食べ、お茶を飲んで家路に着きました。やっぱり、二人一緒だと心が和らぎます。のんは、彼には甘えた態度を見せます。彼も、のんには甘えてきます。彼は、実のきょうだいよりものんと一緒にいるときの方がリラックスできる、よく眠れると言ってくれることがうれしいです。のんは、幼い頃から1人で寝るのが好きで、ひとの寝息や時計の音がするだけで、眠れなくなってしまうので、同じ布団で普通に寝られることは奇跡です。ダーリンがいるとホッとします。ダーリンからお小遣いをもらいました。一時的に復活してたタバコも再びやめたそうで、缶コーヒーくらいしかお金を使わないからと、最近、家をあけてる事のお詫びなのか、私が予定外に医療費など出費が嵩んでいる事を気遣ってか、「今、ラマダン来てるから」とか言ってお札をポイッと投げるように渡してきました。光熱費などの支払にあてさせてもらいます。寒くて寒くて、足が凍るようで、一足先に布団に入って寝ていた彼にまとわりつくと「異常だよ」と言われました。足元近くにあるガスヒーターに足を当てて温めたけど、なんかダメでした。嫌な予感。会社にいたときも、胃の調子が悪く(消化不良気味)なってて、風邪の予感?と不安になってました。喉が腫れてる感じがしてるので、ディナーでおいしく食べられたことは元気な証拠かな?とホッとしてたのに・・・。ヤバイ、風邪引いた・・・。
2006.11.21
コメント(0)
10/26から飲み始めたオーソMが1シート飲み終わり、只今7日間の休薬期間です。予定通り(なのかな?)月経が来て、確かに経血量は少ない(自分比)と思うけど、腹痛と腰痛は残念ながらしっかりあった。10段階でいつも一番酷い1~2日目は8~9位の痛みに襲われるんだけど、やや軽いとは言え、5~7位かな?鎮痛剤(イブA)が朝・昼・晩欠かせなかった。困るのは、最近グンと寒くなったこと、前夜に鎮痛剤を飲んで寝ても、睡眠時間中に当然効き目は切れるので、痛みで目が覚めること。そして、めまいと吐き気、痛みで目は覚めているけど起き上がれない・・・。そんな日が続いている。今朝もよじれるほどだった。調べたら、オーソMは止血作用(っていうのかな?)が一番高いらしいから、子宮内膜症で、腺筋症もあり月経過多傾向にある私には適してるそうなんだけど、肝心な痛みの軽減が期待したほどではなかったことにちょっとがっかり・・・。まあ、まだ1シート目だしね、これから継続していくことで内膜症の炎症が和らいでいけば効果がもっとわかってくるんだろうね。あせらないことかな。ピルと関係ないかもしれないんだけど、最近おっぱいの形がいい感じです。もともと巨乳じゃないからダラ~ンと垂れる心配は少ないんだけど、運動不足とか年齢とともに、トップが下がってきてしまうのが避けられないのは私も同じ。それが、なんかイイ感じにお椀型?に整って、張りがある感じです。期間限定じゃないといいんだけど・・・ピルの効果かな~?やっぱり。おっぱいだけ記念に写真に残しておこうかしら?ピルの副作用について・・・私は「食欲増進」以外は目立った副作用はなかった。振り返ってみれば、少しだるいとか、少し眠いとかあったかもしれないけど、イライラするとか、いわゆる『儀閉経療法』のお薬で現れる『更年期障害様症状』は全くない。低用量ピルは確か『偽妊娠療法』だから、もしかしたら母性が芽生えて、いつもより更に涙もろかったかもしれない(笑)。TVのドラマやニュースのちょっとしたことに目が潤んでいたかも。それくらいなら、いいよね。妹が数年前、(多分)リュープリン(1.88だったかな)の注射を6ヶ月受けて、ものすごい副作用で、心身ともにボロボロになってしまって、彼女はすっかり婦人科医に不信感を抱き、今でも子宮内膜症があると思う(オペをしてないので臨床診断)のだけど、なかなか受診しようとしない。完全なトラウマ。かわいそうで、不憫で仕方ない。いろいろと、情報提供し、私がかかっている病院、紹介状を書いて頂いた医院の話をしたり、ピルの話をして、少し心が動き出したところ。好きな人が出来て、結婚を誓い合い、子供が欲しいと思った時、出来ない(出来にくい)・・・なんてことは、あの切なさは妹には味わって欲しくないから・・・。セルフメンテナンスは大事です。ピルじゃなくても、漢方でも、ヨガでも、化学療法でもなんでもいい、自身に合ったものを上手に取り入れて、軌道修正が出来ればいいのだから。痛みを知っているからこそ、だれにでもおせっかいババアになってしまう、のんなのでした。
2006.11.20
コメント(4)
我が家の宝、末の弟が無事に大学に合格しました。指定校推薦なので、世の中の受験生の中では一足早い合格です。彼は、あるスポーツで高い評価をされており、将来有望な選手のひとりとして、そのスポーツを続けるにも適した、また彼が学びたいジャンルの勉強も出来る、とても充実した環境の大学を選び、またご縁があり、このたび合格することが出来ました。スポーツ推薦枠を使わなかったのは、彼が選手として評価を得ている種目以外のスポーツにも興味があること、深めて行きたい勉強が具体的にあること、以上の二つの理由から、あらゆる選択肢を残せる環境で進学したいと言う希望を彼が明示し、また、高校側と、「是非うちにおいで」と言ってくださったいくつかの大学のことも含め、じゅうぶん検討した結果、今の進路を決めたのでした。スポーツをするには決して恵まれた体格ではない。身長も170cmちょっと。いくら食べても太らない、痩せ型(姉ちゃんとは大違い・・・)。けれど、天性の勘の鋭さと、人望の厚さから、仲間に恵まれ、高校生活はとても充実していたようで、進路を決めるにあたっても色々な道を考えた末、続けてきたスポーツを継続する道を大きく残した進路に決めたのでした。5人全員が大学まで進学させてもらえる環境をつくってくれた両親に感謝。経済的に決して余裕はないから、かわいいかわいい末の弟のこと、成人している4人のきょうだいみなでサポートできるように頑張って行きたい。私の心臓のこと、弟にはまだ(母と妹が)詳しく話していないそうです。私としては、家族だから知っていてもらいたいと思うので、キチンと聞いてもらおうと思います。心配してもらいたいからではなく、未成年だから頼りにならないとか、そういう風に見られていると感じてしまったら、弟は傷つくと思うから。家族全員、同じように聞いてもらいたい。支えてもらってる大きさは末の弟も同じだもの。私にとって、末の弟Sくんは、オアシスのような、天使のような存在。辛い時、寂しかった時、小さな小さな彼がギュッとハグしてくれた。現実逃避するように、仕事の休みや寝る間を惜しんでドライブしまくっていた20代前半、ドライブのお供はいつもSくんだった。彼は、私の心のバランスをとってくれる、不思議なパワーを持った存在。彼の、どんな人も色眼鏡で見ない、心にボーダーのない、本当に懐の大きな、ハートのあったかな人柄が、これから年齢を重ねて、社会に出て、もっともっとたくさんの人々と出会い、触れ合っていく中で、活かされることを祈ってる。そして、彼がいつでも笑顔でいてくれることを望んでいる。17年前のクリスマスイブ・イブに生まれた真っ白いフワフワちゃんが、こんなにもたくましい青年に成長してくれたこと、姉として誇りに思う。さあ、これから、ともに頑張っていこう。
2006.11.18
コメント(11)
昨日、婦人科以外にもう一つ受診したと日記に書きました。何科なのか、どこが悪いのか?なんでも明け透けにここで書いてきたのんにしては、具体性に欠けてて、自分自身もちょっと歯がゆかった。でも、まだ具体的に書くことを躊躇った自分も大事にしたかったので、昨夜の時点では書かなかった。のんの新たに加わった病名は・・・心房中隔欠損症です。読んで字のごとく、4つのパートに分かれる心臓(左・右心房、心室)のうち、全身を循環してきた血液を受け入れる右心房と、肺からO2をたっぷり含んだ血液を受け入れる左心房の真ん中を隔てる壁に穴が開いてしまっていて、左心房から右心房へ全身へ循環されるはずの血液が流れ込んでしまう。そのため、左右のバランスが悪くなり、4つのうちの一部に負荷がかかってしまい、心臓肥大を起こしているのでした。のんは、手術が必要なレベルの最低ラインなので、今すぐ生命の危機にさらされてしまうという重篤な状態ではないけれど、いつかは手術が必要なのは間違いない状態とのことでした。一番最初に『心臓肥大』を指摘されたのは、中2頃、風邪から気管支炎をこじらせ、肺に水が溜まり、胸部レントゲンを撮った時に、元大病院の外科部長だった、私のホームドクターからでした。「大きくなっていくようだったら、検査しよう」で終ってしまった。不思議と健康診断では引っかかったことがなかったように記憶してるが、振り返れば「何かハードなスポーツをしていたか?」とよく聞かれたことを思い出した。数年前にもインフルエンザと気管支炎をこじらして胸部レントゲンを撮った時、「大きいね・・・なんか運動やってた?」と言われた。婦人科の腹腔鏡手術の術前検査の心電図で、心臓の一部に負荷がかかっていると言われた(オペには支障はないと言う判断で特に何もしなかった)。1年位前、原因不明の極度の浮腫みで近くの診療所を受診した時、『不整脈』を指摘され、一度検査をしてみたらどうか?と言われたけれど、そのままにしてしまった。そして先月、末の弟と一緒に(私はマイコプラズマ肺炎、弟は溶漣菌感染症だった)受診した内科医の先生が、(私は咳が酷く肺炎を疑われ撮影した)胸部レントゲン写真を見て、「肺の影はセーフだけど、それより心臓の大きさが気になるから、一度検査を受けてみたらどうかな?それで大丈夫だったら、一度太鼓判を押してもらってる方が安心でしょう」そうおっしゃった。誠実で温厚なT先生の強いまなざしに、心配してくださってるというお気持ちを感じ、これは与えられたチャンスなんだと、紹介状を書いていただき、レントゲン写真をお借りしてきた。随分仕事を休んでしまったので、元気に快復した後は仕事に集中していた。紹介状は婦人科でお世話になっているJ病院の循環器内科宛に書いて頂いた。手元に紹介状とフィルムを持ったまま1ヶ月が経過してしまった。私としては、「気にしなくていいものですよ」と言われると思っていた。なので、婦人科の検診に合わせて、仕事の休みがとりやすい日に休暇を貰って昨日受診したのだ。循環器内科は熟年以上の比較的高齢の患者さんが待合室を埋めていた。それでも、初診外来は婦人科のそれよりは比較的余裕があるような印象だった。問診票、レントゲン写真をナースに預けると、まずは『胸部レントゲン』と『心電図』の検査を指示された。そして、結果を元に、医師の診察を受けた。可能性としての判断しか出来ないので『心臓超音波検査』をさせて欲しいと言われた。エコーなので、何の苦痛もないが、時間がかかるとのことでしたが、眠ってしまっても良かったので大丈夫だった。これらの検査結果を見た、医師の診断が『心房中隔欠損症』だった。先天性の疾患であること、私は軽度であること、オペで治ることなど医師は丁寧にわかりやすく説明してくれました。私は尋ねました。このリスクをしょって生きてきた33年間、どういうことが起こりうる可能性があったのか?例えば、風邪を引きやすいとか、浮腫みやすいとか、疲れやすいとかあるのか?・・・と。医師は「あ、それはありますね。手術後、振り返ってみたら風邪を引かなくなったと言う人は多いですよ」そうおっしゃった。病名を告げられたショックや、受ける予定となる手術が開胸手術だというショックよりある意味衝撃だった。のんは、とにかく子供の頃から風邪を引きやすかった(今現在でもそうです)。すぐに扁桃腺を腫らすし、季節の変わり目にはめっぽう弱かった。3歳の頃、急性腎炎で生死をさまよい、風邪がきっかけとなるこの病気のあと、私は絶対薄着はしないし、気をつけてきた。どんなに予防線を張っても誰よりも先に風邪を引き、大流行したら最後にまた引くような子だった。小学校でも、中学校でも、「なまけてる」と言われ、体調不良で欠席しても「(当時こういう言い方はなかったけど)不登校だ」「非行の始まりだ」「親のしつけが悪いからだ」「だらしない子供」などと、母も私自身も教師やまわりの大人たちにいわれのない中傷を受けてきた。なぜそんなことを言われてきたか、「元気そうに見える子供」だったから。成人しても、そんな体質は変わらず、それでも責任ある仕事を任されれば倒れるまで頑張ったし、結果も出してきた。だけれど、私が倒れるまで頑張ってる時には手を貸すことも主体性を持つスタッフを育成することもしない会社は、私が倒れ、仕事を休んだ途端、「社会人としてなってない」「責任感が欠けてる」婦人科疾患でもそうだが「苦しいのはあなただけじゃない」「甘えてる」などと言われて来た。体調を理由に解雇された会社もあった。それまで、自己責任だから・・・と、言われるがままを受け止めて、傷ついてきた。家族とダーリンと、旧友だけが救いだった。私はいつもいつも、この私の不調を、苦しみを信じてもらいたい・・・そう思い続けてきた。痛い、苦しいと言うことを躊躇い、苦痛に顔が歪むのを人に見せるのが嫌で、学校や職場はもちろんのこと、家族にすら笑顔でごまかしてきた。笑顔で大丈夫と言いながら倒れたこともあった・・・情けないと自分を責めたりもした。当然、親は見抜くので、具合が悪ければ手を差し伸べてくれてきた。きょうだいも、おねえちゃんのサインは敏感に察知してくれてた。血の繋がらない人で初めて「痛い、辛い」と泣いて見せることができたのがダーリンだった。仕事を短期間に次々変えても、何も言わず、ただひたすら私の身体を気遣ってくれた。のんは辛抱が足りないんだ、我慢が足りないんだ、甘えてるんだ・・・そう自分を責めてきた。完全なトラウマ。どんなに頑張っても評価されないことへの失望感を消すことは出来ないでいた。33年目にして、『誰もができることができない理由』を知ることが出来た安堵感と言ったら変だけど、「そうだったのか・・・」と思える答えが見出せたようで、不謹慎だけど嬉しくもあったのは事実だった。医師に聞いた。手術は簡単なものなんですか?と。医師は、笑った。「心臓なんで、簡単と言うことはないですが、難しいものではないですよ、心臓手術の中では比較的簡単と言えるでしょう」と言葉を選んで話してくださった。妊娠、出産についても伺った。「一番いいのは、手術をしてしまってから妊娠できたらいいね」とおっしゃった。妊娠し、妊娠後期に悪化してしまい心不全を起こしたり、最悪命を落とす可能性も高くなってしまうから、穴を塞いでしまえばリスクは格段に低くなるとおっしゃった。「婚約中」だということで、「結婚して少しして、手術したら40歳くらいまでに1~2人産むことは出来るよ」とおっしゃった。私が、婦人科疾患があり、不妊傾向にあると告げると、「あなたは妊娠しづらい身体なら、妊娠した時がグッドチャンスでなくてはならないよね。だとしたら手術を先延ばしせず、やってしまって、妊娠期を迎えるほうが絶対いいね」そうおっしゃってくださった。このタイミングに総てが明らかになったということは、遠くない将来、我が子を抱ける時が来る、そのための準備期間なんだと、そう思えた。医師とのやり取りをする私は淡々としてた。冷静だった。母と妹と合流して、妹に最初に告げた。「心臓に穴ッポコ開いてるって・・・ははは」明るく話した。妹の大きな目は、淵がみるみる充血してしまった。けれど、人が沢山いる受付、会計のフロア、彼女もこらえたようだった。処方箋の受取があったため、妹だけ母の元に戻って待っててもらった。「私から話してもいい?」と聞くので、「あ、言っておいて」と明るく告げた。母の顔を見れなかった。それでも、カラ元気に明るく、「辛抱が欠損だって~」なんてジョークを飛ばした。先天性の疾患であれば、母は自分を責めるに決まってる。「お母さんが、ちゃんと産んであげられなかったから・・・」そう言うのは想像に難くなかった・・・。私の年子の兄は、9ヶ月で死産でした。羊水過多で妊娠初期から苦しく辛いだけの初めてのマタニティライフを、先天性の心臓疾患(内臓奇形)を主だった理由で、最愛の我が子を、第一子を失っている。奇しくも兄と同じ(かもしれない)病気・・・母を苦しめるくらいなら、私は笑っていよう。「でもさ、治らない病気ではなかったと思ったら、やっぱりお陰様だよね」私は軽度で、一度胸を開いて、穴を塞いでしまえば全ては終る。世の中、慢性の重篤な疾患と戦い続けている方々はどんなに多いことか・・・。その方々と比べたら風邪みたいなもんさ~。でも、それでも、手術も、これから受けるいろんな検査も怖い。経済的な不安もある。婦人科疾患のように、激しく極端な自覚症状があるわけでもないけれど、放置するわけには行かない。父がすごく心配していて、私が昨夜は疲れてしまって話も出来ず、今日も仕事だったのでまだ会って話が出来ていない。母に、「精密検査をうけることになった」としか聞かされず、不機嫌になっていたそうだ。明日、直接話をしようと思う。さっき、仕事から帰り、疲れて気分が悪くなってしまった。すごく寒くて、暖房をつけ、温かい食事を取り出したら元気が出た。PCをつけ、メールをチェックし、このブログもチェック。友達から温かい言葉が届いていた。読み進んでいくうちに、ロックがかかっていたものが外れたように、声を上げて泣いてしまった。医師に病名を告げられてから、この瞬間まで、臆病で泣き虫で弱虫なのんが、元気に明るく振舞っていた、職場にはまだ報告せず、携帯での母とのやり取りも明るく振舞っていた。泣くまい、泣いたって変わることじゃない、いや、泣くほどのことじゃないジャン。ダーリンの前でも、「ママのお腹にいるときに心臓モシュ(ネズミ)にかじられてたヨ」と笑って話した。本当は不安と恐怖でいっぱいだった。それを、そうおびえている自分を認めるのが怖かった・・・。ひとしきり泣いて、顔もグシャグシャ。明日が休みでよかった(笑)。心が少しラクになった。私の病気は決して珍しい奇病でも、ものすごい重症でもないけど、これからの新たな治療に頑張れるよう、LOVE&POWERをわけてください。長くなってしまったけど、ご報告まで・・・。読んでくれてありがとう。
2006.11.17
コメント(12)
本日は、予定休で仕事をお休み貰ってかかりつけのJ病院へ行ってきた。婦人科では、先月処方してもらった『低容量ピル』が1シート終ったので、主治医の指示通り、処方箋(院外)を貰う予定で受診しました。そして今日は、もう一つ、別の科にも紹介状を持参して診察を受けたのでした。そちらは初診だったので、緊張もあったけど、診察、検査など、また、婦人科の看護師さんたちもみなそうだけど、その科の看護師さんもみなやさしくかわいい人ばかりで、気持ちよく受診できた。担当してくださった医師も、丁寧な説明と迅速な対応で、とても信頼できた。これから、長いお付き合いになるので、担当してくださった医師の印象(私との相性など)がよくてホッとした。大学病院なので、他の医師の診断も可能だけど、婦人科でも紹介状に書いてもらって、診察、オペと総て私は同じ医師に診てもらえていることはとてもラッキーだと思う。ちなみに、今日は主治医は外来の日ではないのだけど、仕事の都合でどうしても今日になってしまって、彼とも相談した結果、もう少し、治療に専念してから妊娠できたらいいのでは・・・ということになったので、低容量ピルの服用を継続することにした。だから、言いかた悪いけど、主治医じゃなくてもいい受診内容だったので、妥協できた。だけど、大事な相談事は主治医とのみのコンタクトになるので、結局私は先生の外来の日に休みを貰うことになってしまう・・・。仕事と心中する気はないので、欠勤を指摘されようと、出勤してる時は集中して仕事こなしてる自負もあるので、同僚に愚痴られようと、自分の身体は自分で守るしかないと、割り切ることにしてる。仕事の代役はいくらでもいるけど、私の人生の代役は誰にも出来ないことだしね。いいさ、社会人半人前と言われようとも。でも、今日はクタクタになってしまった。検査が3つ。最初に2つ受けて、その後の診察でもう1つ検査することが追加され、最初は別の日に来院しなくてはならなかったのが、遅い時間がいいと申し出たら、検査部がスケジュールを見てくれ、今日の13時からと言われた(その時点で12:50頃)。その検査、30~40分かかるし、とても混んでるらしく、診察してくださった先生も「こんなことは、ありえないんだけど、奇跡だね」と驚き笑いながら、「さあ、待ち時間5分、行ってらっしゃい」と言ってくれました。今までも、そうとうミラクル体験してるけど、私、本当ありがたいです。初めての検査だったので、ドキドキだったけど、美人の検査技師の先生が親切に対応して下さったので、長い時間の検査も苦痛なく受けられた。その後の診察で、今後の経緯を話し合った。重篤な状況ではないけど、放置できないことだったので、その病気について、そして治療方針など説明を聞き、更なる検査の予約をした。やっとやっと会計、処方箋受取、おくすり受取・・・となった。総てが終ってみたら16:00過ぎ・・・ふぅ~お疲れ様です。今日は、実は単身ではなく、母と仕事がたまたま休みだった妹が一緒に来てくれた。待合室とかは混んでるし、疲れるので母と妹はカフェなどで時間を潰しててくれた。私の身体を心底心配してくれる家族の存在に、感謝してもしきれない。お昼ごはんも食べてなかったので、帰りは行きつけの巣鴨のもんじゃやさんで3人で超遅めのランチ兼、ちょっと早めのディナーを食べた。ダーリンにも電話で報告した。仕事でクタクタになってしまったらしく、声が死んでた。そして、仕事の都合で我が家の隣の市にある義兄の別荘で寝泊りしてるダーリンのところに寄って、会って顔を見てあらためて報告した。まったく、ダーリンもハズレくじ引いたよ、もっと健康で、子供もバンバン産んでくれるいい奥さん候補の女性なんて沢山いるだろうに・・・。そう考えると、ダーリンのママに申し訳なくて胸が痛い。そう思っていることをダーリンに言うと「バカ」と小突かれるけど、本当にそう思ってるよ。愛する人の子供を授かり、愛する人に親になる喜びと責任感を実感してもらいたい。そう思っているもの。それを簡単にできる健康な女性・・・花嫁としてふさわしいよ、やっぱり。私の良いところもあると思う、でも、だれもが出来るはずのことが容易に出来ない・・・辛いです。だから、昨今の『親殺し』『子殺し』の事件や、相次ぐ『自殺』騒動など見ると、腹が立つ。命の尊さ、もっと考えようよ。からだの、いくつかにトラブルを抱えてるからこそ、解るのかもしれない。でも、みんながみんな私のような「痛みとの共存」なんて知る必要もないし、健康を維持することってそれもそれですばらしい努力だって思う。だれもが、自分自身のからだを愛することも悲しい事件を防げる一端を担える気がする。なんて、長い一日となった、病院ツアーから帰宅して考えた、のんなのでした。
2006.11.16
コメント(2)
日本では、胸を締め付けられるような事件、事故、自然災害が相次いでいる。それは、まるで何かを警鐘しているかのようでもあり、もしくは今までの禊ぎが始まっているのかもしれない。全ての被害者、被災者が、何か悪いことをして『バチが当たった』とは私は思っていない。言い方は悪いけど、「そういう運命がその方に訪れた」としか言えない。努力が足りなかったから、何かを怠ったから、わがまま言ったから・・・などということで不運、不幸が降りかかるとは言い切れないから。それに、私が思う『神』という存在は、全人類に試練や苦難・困難の機会を与えることはあっても、それを対一個人への罰のような形では与えないと思うから・・・。信仰と言う言葉だけでくくってしまいたくない、大きなエネルギーの仕業であるような気がする。まあ、宗教家はそれを「神の存在」として、語ってくださるのかもしれないな。タイトルにも書いた、愛するということ、「愛してる」と言うことこれは大きく2つの動きが含まれる。1.誰か(何か)を「愛する」(Loving~)行為2.(誰かに)「愛してると伝える」(Say "I love ~")行為同じようで、ちょっと違う。1.は、対象さえあれば、自由に思い描ける。片想い、憧れ、敬愛、情愛、激愛、博愛・・・どんな形、どんな相手であっても(同性でも、親子、友人、恋人などなど)思う気持ちは、自然と努力しなくとも湧き出てくるものだ。それが、感情とも言えると思う。2.は、1の想いの下、それを伝えるという、「少しの努力」が必要となる。「初恋を告白する」ような、ドキドキもあるけど、ここで話したいのは、「家族愛」だろうか?ライフパートナー(夫、妻、恋人など)へ、想いを伝えることで、愛情はもちろんのこと、信頼、尊敬など、男女の情愛に限らない深い感情が固まるエッセンスになってくれると思う。これは、友達、きょうだい、親、恩師、先輩など、自身をとりまく大事な人への想いでも、同じだと思う。私は、「人間に生まれたのだから、言葉のコミュニケーションを大事にしたい」という持論がある。日本では、言わずとも伝わる美徳感「暗黙の了解」や「空気を察する、読む」などといったものもあるけど、これは「言葉」を巧みに使ってこその「オプション」だと思う。人間同士、終始無言でコミュニケーションをとったとしたら、それは原始時代への退化だと思う。そんな大袈裟でもなく、「その唇はなぜあるの?」と誰かの言葉に、先人は「KISSするため、そして愛をささやくため」なんて素敵な言葉を残した。私もそう思っている。多分、その言葉を知った頃は、本当のKISSの味はまだ知らなかったかもしれない。10代の頃、すごくすごく大好きだった彼とのその時も、ドキドキを隠すかのように、お互い妙に饒舌だった気がする・・・なつかしいな。私のダーリンは、ご存知の通り、外国人である。彼がかなりのレベルの流暢な日本語を話す為、私は何の不便もなく、彼と言葉のコミュニケーションを取れるというラッキーな環境にいる。亀の歩みよりゆっくりな彼の母国語のお勉強は、素敵な言葉の単語は私の心にしっかりと、刻まれている。それは、アイシテルでもあったりする。「恋人がガイジンだからだよ~」と思う人もいるかもしれない。私と彼に限って言えば、私の方が日本人っぽくない。愛情表現を最重要項目に掲げて生きてきてるし・・・笑。彼は、シャイで、明治のオトコのように、「男が愛してるなんて」とか「女をあんまり褒めるとダメになる」とかカビた台詞を言うような『日本男児の鏡』のようなガイジン(笑)なので、『ステレオタイプのイメージの外国人との恋愛』を想像した方、それは捨ててください。※ちなみに、昨今の日本人のジェントルマンの方が、よっぽど素敵なフレーズ持ってます。外国人みんなが愛の言葉の辞書をもってるわけではないので、あしからず。世界共通に、いい男はいい男、愚男は愚男です。あ、ダーリンは「最高にイイ男」です。言葉数こそ少ないけど、愛情表現の広辞苑持ってました(ペルシャ語版 笑)。ちなみに彼は、今では、日本語でキチンと「愛してる」と言ってくれる。私が、「今この瞬間、本当に愛しているならキチンと言葉にしてくれないとダメなんだ~!」と言い続けてきたから。「愛情が少なくなってしまったら、正直に言ってください」とも言ってます。それでも私は、時々素直じゃない。照れくさいのでも、へそ曲がりなのでもなく、時々はまじめに「私はアナタに愛されるだけの存在だろうか」と自信がなかったりもするから。自分からは、彼に正直な心を見せてくれと強くアピールしておきながら、人の心の移り変わりに臆病な私もいたするのですね。それでも、彼の大きくてキレイな瞳からも注がれる、真っ直ぐな気持ち、深い愛情、強さに裏付けられる優しさは、確実に私の心を柔らかくしてくれ、そしてそれは心の余裕となり、成長への糧となってくれる。愛すること、愛されること大好きなGLAYの♪春を愛する人という曲の代表的なフレーズにあるその言葉は、やはり、男女の愛情に限らないと私は解釈している。「愛すること、愛されること」は、「生きてくこと、生かされていること」と繋がると思うから。前述の1と2の共通点は、1人では成り立たないと言う大前提もある。愛する対象があってはじめて起こり得るのだから。愛し続けること、愛を持続することはとても大変だと言うことは皆が知っている。そのためにも「愛している」と言葉に出すことってとても重要だって思う。こんな世の中だからこそ、ベタな愛情表現も大事だって思う。好きな人に「好きだよ」と言うことは難しいかな?家族に「大好きだよ」と言えるかな?最愛の人に、「愛してる」と言えるかな?GLAYの新曲に「100万回のKISS」という楽曲があります。九州からスタートしたホールツアーで発表され、すでに触れることの出来たファンの心には何かが届いてると思います(私もその1人)。私のKISS持論そのままを詩にしてくれたような、難しくないわかりやすい言葉たちでキラキラとした彩りと、懐かしさをフワリと添えた優しいメロディを載せてくれた、覚えやすい曲。偶然とは言え、何か大好きなGLAYと、概念のどこかが繋がっているようで嬉しかった。コテコテなラブソングかもしれない。だけど、30歳を過ぎて思う。恋人への愛情を、いつまでも色褪せることなく、温かさを維持できるとしたら、それは、恋人との男女の関係だけでは成り立たない。今まで生きてきたお互いの人生で出会い、触れ合ってきた総ての存在の力があって、生かされて、愛されて、そして、その大きな大きな中で、たった一人の大事な人との愛が生まれ、育って行くんだな、2人だけいればそれでOKなんてことはないんだな~って。互いの両親への敬愛、親愛の想いが、なぜか、男女の情愛さえもブラッシュアップしてくれるってところが面白い。親の目を盗んでイチャイチャしてるようで(笑)、実のところ、「命の根源」である親に感謝することが、たとえ夫婦になって長くても、出逢ったばかりの恋人のようにラブラブでいられるのかもしれない。「愛してる」真っ直ぐそう言える潔白で強いじぶんでありたい。愛されることの豊かさを十分に知っているからこそ、私から還元できるものを育てていきたい。・・・自ら命の区切りをつけようとしている人に届いて欲しい。今そこにいるあなたの直ぐそばにはあなたと同じ方向を見ている人がいないかもしれない。けれど、世界はそんな小さなところではないよ。あなたはひとりじゃない、その苦しみを痛みを分かつことができるなら・・・私に何が出来るだろうか・・・誰かを傷つけることのほうが疲れるってこと。傷つくことを知ったあなたは、強い。その勇気を別に向けるためにできること、私には何が出来るだろうか・・・救えなかったあなたが、今は安らかであるよう。暗闇さまようあなたの、ともし火を知らせる種火にでもなれたら・・・優しさは強さ「愛してる」と言葉に出すことで守れるものが増えるはず・・・決して恋人だけに向けられる言葉じゃないから・・・
2006.11.08
コメント(4)
家族の用事の為に、運転手の交替要員としてお出かけに同行しました。千葉県M市 出発 ↓千葉市内・京葉道路へ ↓船橋、市川を経て ↓小松川IC ↓首都高速 ↓両国JCT ↓新宿方面へ ↓中央自動車道へ ↓八王子SAで休憩・・・たこやき、イカかんぼこをほおばる ↓ここで、目的地方向と違う道を進んでいたことに気づく ↓八王子出口を降りる ↓青梅方面へ ↓福生市通過 ↓羽村市通過 ↓瑞穂町通過 ↓飯能市突入 ↓入間市通過 ↓飯能市内到着(目的地は、入間市との境でした)おそらく、余計な道をグルグルと回ってしまったでしょう・・・。初めての福生は、道を意識するあまり、景色など見る余裕もなく・・・とか言いながら、同じくベースの街、横須賀育ちとしては、さりげなく比較しました。福生の方が規模が大きいかな?横須賀は港に面してるし、あまりに当たり前となってたから意識してなかったしな~。羽村市には、知人が住んでいるので、「お~ここか~」と思いつつ通過しました。そして、この訪問まで「瑞穂町」の存在、知りませんでした・・・失礼しました。奥多摩まで行ってしまいそうな勢いでしたが、無事に目的地に到着しました。出発時は、妹Mちゃんが運転してくれ、途中で私にチェンジしました。我が家のクルマ、どれにもカーナビが付いてません。カーナビ、あったらいいなと痛感。でもまあ、基本的には『地図の読める女』の私なので、しばらくはNoカーナビライフかな?ETCはついてるんだけどね~、あれは便利だ、割引もあるしね。(ダーリン、しっかり勉強して付けられるようになったしね、エライ!)無事に、大事な用事も済ませられ、武蔵野市に住む妹Cちゃんのところに向かうべく、青梅街道をひたすら直進した。ちょうど、彼女の住むアパートの前あたりでザーザー降りの大雨になってしまった。Cちゃん、ちょっと里心ついたのか、お仕事もお休みなので実家に一緒に帰ることに。普通のセダンに大人が5人(母、妹2人、弟、のん)だと、けっこう窮屈(5人乗りだけど)。私の運転で、いざ千葉の自宅へ。初めての土地でもあったので、ちょっと疲れました。
2006.11.04
コメント(0)
ここをご覧になって下さっている方なら、私の身体的闘いをご存知でしょう。毎月、子宮の中は戦争状態です。10/17の婦人科検診で、相変わらず続く、月経困難症に、先生と相談の末、低容量ピルの服用を決めました。子供が欲しい。でも、子宮内膜症、子宮腺筋症のあるのんは、腹腔鏡手術をして筋腫核出、卵巣チョコレート嚢胞摘出及び癒着剥離、で随分いい状態になったものの、毎月皮肉にもキチンと訪れる月経によって『傷口に塩を擦り込んでいる』ような状態なのだ。月経がある限り、炎症が続く、激痛が続く、日常生活に支障をきたす・・・。子宮のベッドはボコボコ。子供が欲しいから、ピルを服用する。相反する行動をすることで、数ヵ月後に今よりも少しでも自然妊娠の確率がアップしてくれることを期待するのだ。それでも月経が来る今日まで、ずっと妊娠してないかな?と期待もした。だけど、マイコプラズマ肺炎との闘いもあって、抗生物質、消炎剤、咳止めの投薬、胸部エックス線撮影・・・と絶対いいはずのないこと尽くしだったここ2週間ほどだもの、子作りしても、着床どころか、卵子がダメだったと思う。悲しかったけど、月経が来たことで、リセットされたと思ったら、なんか心が定まった。だけど、前日から襲っている、子宮を切り刻まれるような痛み、これはなんとかならないかな~。今夜からピルをスタート。そうそう、職場で不妊治療をしていたと話してた方が、見事ご懐妊!!オメデト~。月経が一週間ほど遅れてて、検査してみると言っていたのだけど、お医者様にも行って来たそう。おめでたいし、嬉しい気持ちにもなったけど、やっぱりフクザツだった。私の中の悪魔が、嫉妬してた。かたや、お腹にたまごちゃんができたプレママさんと、今回も卵は流れてしまった出血と激痛に苦しみ鎮痛剤を3時間おきにのみのみ、先週の挽回を図るべく、必死で仕事してる、プレプレママ候補生ののん・・・。泣きそうだった。黙って仕事するしかなかった・・・。でも、心底思う、どうかSさんが無事に出産にたどり着けますように。のんの中の天使が、ささやく。「きっと、それがあなたの本心よ」そうだよね、不妊治療、言葉では簡単に言える。だけど、針のムシロに乗りながら、闘い続けるその行為は、本当に本当に大変だ。身体的な苦痛もそうだけど、精神的な苦痛、そして経済的な問題。子供を授かりたいと望む人全てに、こうのとりが来てくれるといいな。
2006.10.26
コメント(2)
買っちゃった~。ぺたんこパンプス。色はゴールド、フラワーモチーフがついた、まさに私好み。値段もお手ごろでした。そして、欲しかった『クレイジーソルト』が大特価でした。コストコだとバカでかいから、手が出なかった。ラッキー。そして、ボンヌママンのジャムも特売でした。瓶もかわいいよね~。 お腹が痛い・・・、いよいよまた来るか・・・。う~子宮が痛い~。
2006.10.25
コメント(4)
末の弟もずっと具合悪い。私より、かなり症状が悪い。私は気が付けば、最初に体調不良(持病の方ではなくて)を感じてから2週間以上グズグズしてる。この前の月曜日に、高熱で早退して、本人ははじめ家で寝てるからいいとか言ってたんだけど、私の勘がそうさせず、無理やり医者に連れてった。結果的には良かった。私も、受診したしね。で、お薬も貰ってきたんだけど、ゲーゲー吐いてしまっているらしい(同市内だけど別に住んでいるので、見てない)。一度、定期試験のため登校したらしいんだけど、無理しちゃったみたい。点滴打って、吐き止めの薬をもらったけど、一時しのぎだった。土曜日は、行きつけの医者が午後休診でかかれなかったそうだ。実は、ここM市は救急医療施設が無い(なくなったらしい)。救急車は、近隣のIs市、Ic市まで運ばないといけないようだ。冗談じゃない余談だけど、ろくな婦人科も無い。産科はあるけど小児科が減っている。市とは市長の見栄で名乗っているけど、行政は壊滅的だ。医療機関(まちのお医者さん)は頑張ってくれてはいるかもしれないけど、あてにできない。私が、ここに(本当は)住みたくない理由はこういうところにもある。まあ、ここで吠えても市政になんら影響は無いだろうしね。とにかく、スポーツ少年だけど細身で、食も細い弟が、体調不良でますます細くなってしまうことが心配。ブヨブヨしてるよりはいいけど(自戒の念)。母は40年ペーパードライバーという『役立たず』の為(今回は怒っているのであえてこう言う!)、仕事をもつほかの家族が協力して、いつでも弟を搬送できるように頑張っている。別に住んでる上、本人も寝込んでいる私もこの度『役立たず2』になってて、妹に全ての負担がかかってしまっていて、恐縮している。仕事で家をあけてるダーリンに泣きの電話を入れた。義兄の別荘から、本宅に行ってて、車がないから迎えに来てくれたら帰れる。そう言われた。電車嫌いのダーリンに、義兄の本宅の最寄り駅を聞き、何線か調べ(本人はわからないの一点張り。バカ!)、途中まで出てきてもらうように説得。義兄のうちまで行ってたら(直行できないルートなので)すごく遅くなってしまう。何線の、何方面に乗って、何円で、だいたい何分。そこまで伝えた。そして、私も車を走らせた。慣れた道だけど、まずい、『めまいがしてる・・・』。ほぼ寝て過ごしてたここ数日、平衡感覚が鈍ってた。頭もガンガンしてる。心には色んな雑念が邪魔してる。大好きなはずのGLAYの曲(マイセレクトCD-R)がノイズに聴こえる。道が混んでる!高速は、事故だか故障車の影響だかで、渋滞してる!キーッ!!!!それでも、ダーリンが約束の駅について、その上、まだつかないと言ったら、頑張ってもっとこっちよりの駅まで電車で乗り進んでくれると言ってくれた。(甘やかしてるわけではないが、日本語が殆ど読めない彼を考えたら頑張った)無事に合流して、運転を替わってもらった。お互い、イライラしてて車内の雰囲気は悪かった。家に着くと、家に入ろうとしない彼。どうしたの?とたずねると、「いいから先入れ」と言われた。・・・・・・・・・・・・・・タバコ吸ってる。止めた筈なのに。許せない。私は、喫煙者とは付き合わないと言ってある。付き合い始めの半年くらいは騙されていた。ばれてからは今まで山ほどの言い訳をして、吸っていた。喫煙者のストレス発散ということで、私の前、家の中以外の喫煙ゾーンでのみOKとした。だけど少し前に、本人自ら禁煙宣言をしたのに・・・ずっと頑張ってたのに・・・・許せない。これからの関係を、白紙にするかもしれない。
2006.10.22
コメント(14)
先日コストコで買ったグレープフルーツが、大当たりですごくジューシィでおいしい。風邪のせいで食欲が乱れたりしてたけど、コレのお陰で結構救われてる。フルーツ大好き。あ、だけどざくろ、イチジクはNG。ダーリンの母国、イランのざくろは有名なのにね~。ああ、実は食べないけど、『ノニジュース』健康のためにオススメです。
2006.10.20
コメント(8)
昨夜の悪夢は、刺すような胃痛と咳も寝付くまでで、睡眠はしっかり取れたと思う。午前中は、ずっと横になっていた。食欲はなかった。午後、天気が良かったので、リビングの大窓を開けて、空気の入れ替えをした。その後は、また横になってた。夜、ふと思い立って、家からクルマで10分かからないところにあるスーパーに行った。ニラ、はくさい、餃子の皮(業務用)、特売の¥98M玉卵をゲット。隣のマツキヨで、100%オレンジジュース、エッセンシャルの新しいやつのピンクの方のセット、直ぐ飲むためにC1000タケダをゲット。¥100ショップで、衝動買い。自然解凍させて置いた牛挽肉と、ニラ1束、長ネギ3本に塩コショウ、ごま油を加えて混ぜ混ぜ。今日買った業務用の皮(50枚入り)と、先日買っておいた餃子の皮(25枚入り)を包む包む!!ホットプレートで焼く。基本的にあぶらっぽいのが苦手な私は、ホットプレートの時は油はひかない。肉の脂分で十分。大好きな、カリカリ餃子ができあがり。50個は冷凍ストックしました。今日は、ご飯は炊かずに、先日冷凍ストックしたご飯を解凍した。炊いて、冷ませて冷凍したから、味が落ちてない。ラッキー。トマトとレタスのサラダと、ホットプレートでジャガイモスライスを焼いた。お味噌汁はレトルト(フリーズドライのヤツ)で済ませた。昨日の今日だから、また嘔吐してしまったら・・・と不安になったけど、ゆっくりのんびり、ドクターコトーを見ながら、泣きながら食べたので、大丈夫だった。さすがに全部は食べきれなかったけど、10個以上食べたかも。食後には、CCレモンをグビグビ飲んだ。具合悪いと、のんは寝続けちゃうので、プチ脱水症状になってしまうことがある。意識して、いろいろ水分を取らないと、肌もガサガサになってしまう。ちなみに、今のお肌、キメが荒れてしまって、ガサガサです。元気になったら、フェイシャルエステしたい。
2006.10.19
コメント(6)
メディアでも取り上げられていた『慢性疲労症候群』。私は、これの「あてはまるもの」に、当てはまってしまう。多分、専門医を受診したら、かなりの確立で「そうだ」と言われるだろう。数年前に、週刊誌の記事で初めて知った。その頃、電車通勤をすると、動悸がして、目がグルグル回ってしまい、電車に乗るのが苦痛になってしまったことがあった。かろうじて、混んでいないバスは乗れたので、電車とバスで1時間弱の距離の通勤時間のところを、一日乗車券を買って、都バスを乗り継いで2時間くらいかけて通勤していたことがあった。それを知ってたダーリンは、可能な限り送り迎えをしてくれてた。『パニック障害』が発症していた可能性は高い。私は、心療内科、神経科、精神科(最近はこう言わない所が殆どらしい)を受診したことがない。理由の一つに、病名がつく身体状態であることが殆どの為、そういう場合には、まずそちらの治療を最優先するのが医療のスタンダードだからです。どんなに心が疲れてしまっていても、吐血し、下血し、胃に穿孔が見られてる私には、内科治療が最優先だった。毎月毎月、月経困難症に苦しんで、あらゆる痛みと闘って、不妊に心痛め、PMSにも苦しみ、月の殆どを半病人状態で過ごす事も稀ではない私には、心療内科に相談する前に、婦人科で治療し、オペを受ける選択が必要だった。私にとって、一番必要なのは心のケアなのかもしれない。「霊感のようなもの」を幼少期から持ってる(というか感じている?)私にとって、生身の人間の心の動きは、それだけでエネルギー消耗に繋がる。精神が軟弱なだけかもしれない。自分の弱さを、妄想の中で都合のいい言い訳を見つけるのに、必死になってるだけかもしれない。ダーリンに、かすれた声で「具合が悪い、辛い」と訴えた。「何時になるかわからないけど、帰るよ。」そう言った。ぐったりしてうとうとしてたら、夕方ダーリンが帰宅した。ダーリンにぴったりくっついて抱っこされて眠った。熱があるせいで頭がガンガンしてたのだけど、気を失うように少しの時間眠れた。義兄の別荘に人が来るので、ダーリンは再び出て行った。しばらくして、うどんを煮た。食べだしたら、気持ち悪くなり、もどしてしまった。お酒を飲んだ時のような気持ち悪さで、まいった。せっかくおいしそうにできたうどんだったのに、半分もたべないまま、食欲が失せてしまった。それでも、口直しに、グレープフルーツを食べた。これも吐いたらどうしよう・・・と不安だったけど、大丈夫だった。抗生物質と、咳止めと消炎剤をうどんを食べる前にのんでしまったので、吐いた為、効果がなくなってしまったかもしれない・・・。トイレじゃなくて、キッチンでオエ~オエ~ってやってたんだけど、孤独だった~。1人になった途端、これだもん。さみしさで死ぬのはうさぎだけじゃないかもしれない。
2006.10.18
コメント(0)
本当は8月の予定だったんだけど、諸々の事情(お金もなかったし)で、やっと今日受診できた。私の担当の先生は女性のK先生。今日は、有名なT先生の外来の日でもあったんだけど、緊急オペが入ってしまったらしく、代診をK先生が担当なさってた。そのため、待ち時間が長くなってしまった。まあ、私としてはそんなこと覚悟の上だったので、今更1,2時間伸びてもおんなじだよ~ってそのまま待ってた。今朝、起きるのが遅めだったので到着時間も遅めだったから、仕方ないな~と思いながら、持参した漫画を読んで待った(NANAで有名な矢沢あいさんのパラキス)。私の順番が回ってきた。マスクをしてる私に、先生は忙しいにも関わらず「風邪引いたの?最近寒いものね」と労いの言葉をかけてくれた。サバサバした印象のあるK先生、とても優しいです。まずは、問診。事前に記入するはずだった書類を渡されていなかったので、その場で先生が聞いて書き込んでくださった。(最近の月経の状況、痛みの度合い、鎮痛剤の使用状況など)サボりがちな基礎体温表も一応持参した。その後、内診。エコーの写真を見ながら、先生の説明を聞く。卵巣が少し腫れ気味だけど、排卵の影響かもしれないので様子見ることに(チョコレート嚢胞か再発かは微妙)。先生は、とにかく私は子宮腺筋症があるので、激痛はどうしても避けられない。妊娠をするか、妊娠を止めて治療するかの両極端な選択になってしまうけど、毎月毎月苦しんでいるのは、心身ともに良くないと(再度)言われ、ピルの処方をとうとう決めた。私の場合は避妊が目的のピル服用ではないので、一層式の低容量ピルを処方します・・・とのことでした。数年前に、3、4ヶ月くらい飲んでいたことがあったけど、強い副作用もなかったので、不安はない。とりあえず1ヶ月分の処方で、様子を見て、継続を決めるとの事でした。まだ次の月経まで時間があるので、次回の月経とともにスタートになります。心臓については、先生は専門外だからと躊躇したんだけど、意を決して伺ったら、先日撮ったレントゲン写真をお借りして、そこで紹介状を書いてもらい、循環器科にかかった方がスムーズだろうと言われた。ここの循環器科の評判ってどうなんだろう・・・。これも、検討しよう。遅いランチは久しぶりに立ち食い寿司を食べた(生たこが超うまかった~)。ちょっとの時間でおいしいお寿司が食べられるので、ありがたい。すっかり遅くなってしまったのだけど、仕事で受けなくてはいけない研修があったので顔を出した。今日はノー残業デーだったので、ほんの数時間だったけど。パーキングに預けてたクルマに乗り、家路へ。・・・疲れた。依然、調子が悪い。内科でもらった風邪のお薬は一日2回なんだけど、やっぱりクスリが切れてくると、ゼロゼロしだす。咳も出る。早く効いてくれ~。
2006.10.17
コメント(0)
しつこい風邪症状に、悩む日々。仕事の【とあるストレス】から解放される休日は咳も治まっていて、「もう治ったかな?」と思っていたら、今日は微熱に、腰痛で起き上がれない。仕事を休み、午前は布団に入り、クッションにもたれて寝ていた。扁桃腺の腫れはまたまた気管を塞ぐ勢いで腫れていて、咳も出る。昼過ぎに、妹が迎えに来てくれて、気晴らしに彼女の用事に付き合って後部座席にもたれかかって寝ながら外出した。マスクのストックがないとか、補充したいものもあったので、連れて行ってもらったのだ。千葉駅近くまで行ったところで母の携帯に末の弟からTEL。昨夜、熱があり、今朝も薬を飲んで登校し、だけど、学校でドンドン熱が上がってしまったようで、保健室に行ったら、帰るよう言われて、早退したとのことだった。学校のある駅から「今から電車に乗る」との連絡だった。私達三人は、用事も放り出す勢いで、引き替えした。道が混んでいたので、待たせてしまったけど、弟と無事合流できた。節々が痛いと、辛そうだった。以前からの行きつけの医院が、月曜は午後診療が15時までで、もう終わりだった。どうしようかと迷った末、私が7,8年前にこの街で仕事をしてた時に、職場で具合が悪くなった時、社長夫人が教えてくれた医院を思い出し、行くことにした。そこのT先生はとてもいい先生で、この街で私が安心して受診出来るたった2人のうちの1人と言える。懐かしい雰囲気がのこる小ぎれいな待合室、優しく快活な看護師さん、と『町医者のかがみ』のようなその医院には、たどり着いただけでホッとして、もう病気の半分が治りそうな不思議なオーラがある。母はしきりに「のんちゃん、よく思い出してくれたね~」と喜んだ。もう10日くらいグズグズしてる私も、診察を受けておこうと、お願いした。弟が先に呼ばれ、「今、マイコプラズマ肺炎が流行っているので、咳が出だしたら注意してください」と言われたそうだ。私の番が来た。診察室で、問診に答えられないほど咳と、呼吸困難になってしまった。看護師さんに血圧を測ってもらい、先生に聴診器で胸の音を聞かれ、喉を見てもらった。先生の顔が曇る。「レントゲンを撮らせて下さい」私は、マイコプラズマ肺炎の疑いが濃いようだ。X線撮影後、再び待合室へ。しばらくして、再び診察室へ呼ばれた。マイコプラズマ肺炎の疑いは晴れた。・・・しかし、また言われてしまった。以前から、胸部レントゲンを撮られるたびに指摘される、心臓の大きさ。「激しいスポーツをしていたのですか?」と必ず言われる。婦人科の手術を受けた時の、術前検査でも、心電図でひっかかった。インフルエンザをこじらして、気管支炎になった時に摂った胸部レントゲンでも言われた。浮腫みが酷くて、診察を受けた時、不整脈があると言われた。最初に言われた時は、中学生だった。「気になるようだったら、検査しましょう」そう言われて、そのまま来てしまった。今日、T先生に「私は循環器の専門ではないけど、これは一度キチンと検査を受けて『大丈夫だと言う太鼓判』をもらった方がスッキリしていいのではないか?」「定期検査を受けるようにして、経過を見る(心臓肥大の進行の度合いをみる)ようにした方がいいのではないか?」と言われてしまった。そうだよな・・・。小学生の頃、とりたてて太っていたわけでも、過度の運動不足でもなかったのに、階段の昇り降りとか、ちょっと歩いてるだけで、物凄く息切れがしてしまうことを、とても恥ずかしくて、なるべく誰にも気づかれないようにとしていたことがあった。顔はぽっちゃりしてたけど、標準体型だった(ローレル指数に至ってはやややせ気味クラスだった)けど、小学生でも女の子、ダイエット志向はあって、「私は太っているから、息切れするんだ」と心の中でずっと思ってきた。中学の頃もそうだった。血圧がものすごく低かったのも、何かしら関係してたのかな?上が60台、下が測定不能・・・なんて、死んでるみたいな身体だったから。中学生のその当時、偏頭痛に悩まされ、血圧のせいもあるだろうと言われ、無理してガバッと起きたりしたら死ぬよって言われた。これでよく起きられたね?普通起き上がれないよって医師に哀れまれたエピソードもある。まあ、中学時代なんて、遅刻の常習犯だし、体質を言い訳にはしなかったけど、気まぐれにしか学校行かない人=のんちゃん・・・って感じでも、誰も変に思わなかったし、そういうことでイジメにも遭わなかった。時折、大きな病院に行って、珍しい検査を受けたりして、そんな話をポロッと話していても、親友はじめ、近い友達は私を特別扱いしなかったし、だけど、だるそうにしてるとソッとサポートしてくれていた。私のマイペースっぷりを大きく包んで来てくれた。私って、いつも周りの友達に恵まれてるね。そんなチャランポランなまま大人になってるから、ダラダラリーンなんだけど、体のいたるところの不具合には、私自身が腹が立っている。社会人のクズ・・・そう自分を責めたことなんて山ほどだよ。不調の全部を気力でカバーできるレベルだったらいいのだけど・・・ね。痛み止めで痛みが全部消えるとか、グルグル目が回ってても会社に気づいたら到着できるとか、そういうことができたら私の転職は今の半分だったかもしれない。まあ、過ぎたことは今更言っても変わるもんじゃないし、全部経験、経験。だけど、今回の心臓の件、そろそろキチンとしておいた方がいいなと思った。今後、幸いにも懐妊し、出産に至ったその時に心臓機能に問題が発生したら大変だから、事前にメンテしないとね。私は、子宮にメス入れてるので、帝王切開候補組だからそっちを選べば問題ないかもしれないけど、ベイビを抱えてママが病気だったらそれも大変だろうから、予測できる問題なら解決する努力をしていくのが私の務めだよね。母が言った。「もし、妊娠出産があなたの命と引き替えになるようだったら、子供のいない人生を選択することも必要だよ」医院の待合室で、ちょっと泣きそうになった。以前に話に出したかもしれないけど、私には本当なら年子の兄がいた。兄は、先天性の心臓欠陥があったため、9ヶ月で死産となった。母は、妊娠初期から、重度の羊水過多と激痛に苦しみ続けたマタニティライフだった。出産に至っては、母の命も危ないと、覚悟するよう父は言われた。苦しみの末、最大の悲しみしか残らなかった最初の妊娠出産で、自身の命さえ危ぶまれるほどの経験をした母の言葉だからこそ、心に沁みた。今までだって散々痛みと闘ってきた娘に、「子供が欲しい」「最愛の人に父親の喜びを味わってもらいたい」などといった想いのために、命を削るようなことは母として望まないと。実際問題、検査をしっかり受けたら、何の支障もないと太鼓判を押してもらえる可能性は大いにあるわけだし、出産だって、主治医からは、「うちの病院でお産して頂けるなら自然分娩のお手伝いはできる、自然分娩の可能性はゼロではない」と希望ある言葉も貰っている。他の医療機関では、子宮破裂の危険性を考慮し、まず子宮にメスを入れた人(筋腫核出手術、帝王切開経験者など)には、帝王切開を勧める。私には、可能性が十分に残されているのだ。近いうちに検査を受けようと思う。少なくても20年は大き目の心臓と付き合ってきたわけだから、「これが私の規格」かもしれないしね。咳止めと消炎剤と抗生物質を処方された。早速、服んだ。咳止めは、よく聞いてくれてるみたい。ゼロゼロしてた気道も、落ち着いてくれた。咳止め薬に多い、眠気や口渇感も気にならなかった。もっと早くキチンと医師の診断を受けておけばこんなに長引かなかったかも?と反省。皆さんも、予防策しっかりしてね。明日は、婦人科の定期健診・・・なんか病院ツアーで、お年寄りみたい。
2006.10.16
コメント(10)
コストコに行った。本日の我が家の買い物グレープフルーツ大玉8Pデルモンテカットトマト397g×6缶国産鶏肉むね2kgUSビーフ肩ロースブロックネオリアボディローション2P(¥500クーポン)ジップロックフリーザーバッグ216Pカネボウ葛根湯12H母がメインだったので、私は押さえ気味に(十分か 笑)。ダーリンが帰ってこないと言ってたので、実家で夕食を食べた。買ってきたお肉をスライスして、焼肉にした。私が支度して、食べた。仕事から帰ってきた妹も喜んでくれた。遅くに帰宅した父も喜んでくれた。食後はホットプレートもお皿もキチンと洗って、片付けた。食べ出したとき、ダーリンが「今、帰ったよ~」と電話をくれてた。食事は済ませたと言ってたので、待っててもらうことにした。家に帰ると、彼は寝ていた。そばにいるだけでホッとする。体調が悪いと尚更。だけど、たまには家族サービスさせてね。仕事でクタクタのはずの父が、晩酌しながらあんなに饒舌になるのも、家族が集まっているからなんだろうなって思ったり。仕事と恋愛でご多忙の上の弟と、別に暮らす妹もタイミングが合ったら、みんなでまたご飯食べたいな。その時は、ダーリンももちろん一緒。
2006.10.14
コメント(0)
仕事帰りに、岩盤浴に行った。喉と鼻が苦しかったのだけど、デトックスしておきたいな~と思ったのと、土日は休みだから『湯当たり』しても、のんびり休めるし~と津田沼の駅で電話してみた。20:30~ならOKと言われ、1時間ほど時間を潰した。久しぶりに、津田沼パルコに寄ってみた。ぶらぶらと洋服やさんや雑貨屋さんをのぞき、スタバへ。いつものキャラメルフラペチーノライト(ノンホイップ)をオーダー。マイカップを持参してたので-¥20。ゆったりとしたソファがたくさんあって、店内も空いてたので、そこで時間までいようかな?とも思ったんだけど、せっかくだからと、ウィンドゥショッピングを再開。以前、確かソニプラがあった場所が¥300ショップになってた。ピンクがイメージカラーのかわいいお店だった。ハイソックス2本と、バナナのまな板をゲット。時間が来たので岩盤浴サロンへ。もう何度も行ってるので、支払を済ませ、カップとロッカーの鍵を受け取ると、(いい意味で)放っておかれる。浴衣に着替え、クレンジング洗顔を済ませたところで、いつも装着している7個のピアスと3個のリングとクロスペンダント(ちなみに全て18Kイエローゴールド)を外すのを忘れてた!慌てて外し、ロッカーへ仕舞った。岩盤浴室へ入る前に、イオン水をガブガブ飲んだ。前回は、このお水が胃が張っててあんまり飲めなかった。やっぱり、体調とかの微妙な差もこういう時に気づけると思うと、美容への意識を高めると言うことは、イコール健康へも意識が高くなるんだな~と思った。今日は、お水も美味しく感じられた。風邪引きだし、少しでも気分が悪くなったら、無理しないようにしようと決めてスタート。今日はガンガン汗が出るって感じではなかったけど、気づけば汗びっしょりだった。前回もそうだったけど、今回もおトイレが近かった。汗に出ずに、おしっこで出たんだね(そうなるともガイドに書いてあった、どちらがいいということではないそうだ)。70分コースで、ギリギリ10分前まで入ってた。着替えて、身支度を整えて、時間終了。帰りにローズヒップのお茶をご馳走になる(これがおいしい、いつも実まで食べちゃう)。すっきりと、身体が楽になった。電車に乗り、自宅へ。終バスも終ってるので、駅から歩いた。けっこう時間かかってしまった。途中、コンビニでトイレ借りて、肉まんを買い、食べながら歩いた。家に着いたのは0時ちょうど。日中、マスクしてたのだけど、帰りは少し楽になってた。
2006.10.13
コメント(0)
昨夜の喘息の発作のような咳も治まり、ひとりの休日はお昼頃まで寝ていた。10時くらいには起きていたのだけど、リビングでTVをつけてそのまま寝てた。母から何度かメールと電話があったけど、いいかげんな返事でごまかしてた。昨夜のカレーの残りを遅いお昼に食べた。ダーリンに電話したら、義兄の家の方に行ったまま、まだ仕事をしているみたいで、帰れても深夜の可能性が大きいと言われた。「ごめんね」と言ってくれるけど、まあいいさ。寂しいけど、義兄のところなら、実姉の料理が食べられるから心配もないし、色々と世話になっている義兄の『言いつけ』はやっぱり大事にしてもらいたいしね。昨日、今日か明日のどちらかに一緒に出かけて欲しいと彼からの要望があったので、それをどうするかの確認だったけど、明日か、延期かな?私の用事ではないので、彼が都合がよければまた今度でかければいいさ。でも、早く帰って来てね。実家に連絡すると、妹が折角の休みなのに、体調悪くて寝込んでいるそう。カレーの鍋を持って、そして妹からリクエストを聞いて、ケーキとアイスを『シャトレーゼ』で買って行った。家に行った時にはもう夕方で、起き上がっていた妹と実家のリビングでケーキをつついた。体調も少し回復していたようで、安心した。しばらく色々話をして、TVを一緒に観てた。私が作ったビーフカレーをおいしいと食べてくれた。仕事から帰宅した父にも、カレーを食べてもらった。好評だった。漫画ばっかり読んでた末の弟には、具の少ないお好み焼きを焼いて、一緒に食べた。彼がいないなら、泊まっていけば?と言われたけど、帰ってきた。つくづく思う。今、私が住んでいる家。一人では広すぎる。もちろん、ダーリンと2人でも広すぎる。元々、17年ほど前に横浜から引っ越してきて建てた家。7人の我が家族が住んでいた時ものびのび暮らせてたのだから・・・。家賃を払って住まわせてもらっている形をとっている。父は本当に欲がない。家族の笑顔が揃っていればいい、ときどき美味しいものが食べれたら、それも家族揃って食べられたらそれでいい・・・そういう人。ギャンブルも、遊びも、個人の趣味も持たず、仕事を愛し、家族を愛し、そして妻(私の母ですね)を今も変わらず愛している。そんな、まじめで、キュートな父が建てた家。横浜のときも、横須賀のときも、持ち家だった。だから父にとって、初めて建てた家というわけじゃないけど、縁もゆかりもない、千葉のこの土地に越してきた理由を尋ねた時、「息子達には土いじりをさせたい」というようなことを言っていた気がする。上の子供は3人女の子だ。私達にも、自然に触れる経験は沢山させてくれた。小学生時代を過ごした横須賀は、文化レベルは高いけど、自然いっぱいの「プチ田舎エリア」なので、交通の便こそいいけど、大自然の中暮らしたと言う意識は高い。休みのたびに海に連れて行ってもらったし、私は虫は大嫌いなくせに、探検ごっこが好きで、ドロドロになって帰って来たりして、母を心配させた。女の子らしさのかけらもないおてんば娘の私の数々のやんちゃ、イタズラにも、どんなことをしても、叱られなかった。ただ、女の子なのだから、怪我には気をつけなさいなど、心配はしてくれてた。だけど、息子達には、娘たちにはない「男同士の世界」というロマンのようなものがあったみたいで、怪我しても「それくらいで泣くな」なんて上の娘たちが言われたことないようなことも息子達には言ってたし、厳しかったようだ。ただ、決して手をあげることは、誰にもなかったけどね。父は暴力反対主義者だから。そんな思いは、自分の通勤がハードになることなど、大して気にもせず横浜から千葉への転居を決めてしまった。本来の意味の田舎暮らしの経験がなく高校生になった私にとっては、ものすごい心の葛藤があって、身体にモロにダメージが出たけど、千葉のこの地に来たことで得られたものは確かにあるので、それを理由に全てを否定することはしばらく前にやめた。そう思えるようになるまで随分時間はかかったけどね。横浜とここでは同じ位の値段で、倍以上の広さの敷地を得ることができる。横浜のマンションを売却して購入したこの家は、バブル後期だったので、今の土地相場より、かなり高い買い物だったけど、その頃に建てた恩恵として、建物はいい造りだ。我が家はシンプルが好きなので、デコラティブな家ではないし、引っ越してきた時1歳だった弟が大学生になろうとしてるだけの時間が経過しているのだから、いつまでもピカピカってわけには行かないけど、いい家だ。父の築き上げた社会的信用の元、得られた不動産。私と、ダーリンが同じだけ社会的信用を得るにはあとどれくらい努力したらいいだろうか?当たり前のように使わせてもらっているという、贅沢さに、もっと感謝しなくてはいけないな・・・。どんなときにも、笑顔で、ひたすら頑張り続けてくれてきた父を越えられる日が来るだろうか?私とダーリンの目標と言うか、予定を決行、達成する為には、まずは2人が仲良く、心を同じ方向に向けておくこと。お互いを信じあうこと。目の前の大きな目標を超えられる日は決して遠い未来ではないと思っている。私とダーリンの夢、いいえ計画は、家族みんなの幸せに直結している。そのためにはまず、のんが強くなる。心も身体ももっと健康でいられるよう、強くなる。そうしたら、きっと母にもなれる気がする。私は、まだ子供だから、ベイビは待機しているって思う。広~~い家にひとりポツリとたたずんでいて思ったこと、徒然なるままに・・・。
2006.10.08
コメント(6)
忙しいという理由の下、別居生活が続く最近。私が、泣いて愚図ったことで、男冥利に尽きたのか、珍しく自分から電話してきて「ごめんね」と言っていた。私にとっては、理由なんてどうだっていい。自分が一緒にいたい時にいてくれなければ、意味はない。なんて身勝手な女だと思われても構いませ~ん。だって、心の中のことだもん、自分勝手、上等。珍しく自分から電話してきたことを、評価して我慢した。体調がまだ本調子じゃないので、のんびり過ごしてた。お昼にはつけ麺を作って食べた。喘息のような咳がゼーゼー出る。私は喘息ではないけど、気管支が弱いのと扁桃腺もちなので、時々発作のような深い咳に襲われてしまう。ひどいと、酸欠でチアノーゼ一歩手前のようになってしまい、手足が冷たくなって痺れてしまう。もしかしたら、ブタクサとかの花粉症かもしれない。5月の梅雨前頃もそうなるから、季節的なものかもしれないな・・・。母曰く、「のんちゃんは生まれたときから呼吸が下手だから、ふふふ」。30年前に生死をさまよったあとの余生の人生だから、何があってもありがたいし、おまけのような人生だ。咳のし過ぎでオエ~ッとかなったりして、グッタリしてしまった。夜ご飯にビーフカレーを作った。・ジャガイモ(大好きなので多め)・にんじん・玉葱・アスパラときのこ(冷凍のもの)・ビーフのブロックをカットのんは、まったり料理人なので、カレーは市販のカレールーを使う。一応、ダーリンも食べるとわかってるときはポークエキスが入ってないものとか選ぶけど、それ以外のときは、安売りのをストックしててそれを使う。ひと手間と言えるほどじゃないけど、カットトマト缶をドバドバ入れる。6人前くらいの量だったら、トマト缶半分くらいかな?トマトが入ると、マイルドになるから、おススメ。出来上がりに合わせてご飯も炊いた。そして、福神漬け。のんは、これが大好きで、カレーのときにないと、買いに行って来て、用意してからカレーを食べるくらい。一般的な量の袋入りのだったら、一人で半分は食べちゃうかも。だけど、福神漬け単品では食べないんだよね~カレーのときだけ。不思議だね~。おいしかった(自画自賛)。咳がまた出てきた。夜に咳が出ると、不安になる。喘息持ちの人なんかわかると思うけど、夜の発作は不安だよね。喘息に関わらずだけど、持病の発作は怖い。夜だと、主治医に見てもらえないこともあるしね。健康ってありがたいね。
2006.10.07
コメント(10)
先週、職場で風邪引いたみたいと言っていた方がいて、どうも伝染ってしまったのか、土日も本調子じゃなかった。月経が近いからかな~?と思ってたんだけど、昨夜鼻水がタラタラ出るようになった。風邪引いたんだ・・・。寝込むほどではないけど、ダルイし、ぼんやりしてしまう。喉も少し腫れてる(いつもだけど)。伝染してはいけないと思ったのと、喉を守る為にマスクをして出かけた。月経が来て、お腹も痛い。両方のせいでフラフラしてた。朝ご飯も食欲がなく、とりあえず水分補給だけした。贅沢通勤で、グリーン車を利用した。お陰で寝て来られた(普通車でギュウギュウだったら、倒れたかも)。とりあえず、余計なことは考えないで仕事に打ち込んだ。悪くなってる?とか考えるとそうなるから、無心で過ごした。3時間ごとにクスリの効き目が切れ、月経痛が襲ってくる・・・。そのたびに飲む。お昼時には、葛根湯も飲んだ。お陰様で、よく効いて、体がカッカして汗が出た。芯熱があったみたいでつらかったのが、ラクになった。新薬の解熱鎮痛剤と併用した葛根湯が予想以上に効いてくれて、よかった。なんとか一日持ちこたえた。マスクして仕事してる私に、先輩がのど飴をくれた。ありがとうございます(おいしかったです)。お金かかるけど、帰りもグリーン車で帰った。駅前のパン屋さんで買ったパンをかじり、いつの間にか寝てしまった。気づけば最寄り駅近くだった。無事に帰宅。ハナタレだけど、早め早めにクスリ飲んだお陰か、落ち着いて来てる。寒かったり、暑かったり、風邪も流行っているみたい。皆さんもビタミンCたっぷりとって、オダイジにしてね。
2006.10.02
コメント(6)
今日は、上の妹Mちゃんの誕生日。何もしてあげてな~い、ごめん!!彼女は免許の更新に幕張に行った。本当は、一緒に行く約束してたのに、ちょっと体調悪くて、起きれなくて先に行ってもらった。ダーリンも久々に仕事がOFFで、一緒に出かけることにした。津田沼イオン(出没率高!)で待ち合わせ。ちょうど、お昼時で、お腹すいてたのでフードコートに行ったら、案の定混みこみ。ダーリンの提案で、見たいと言ってた洋服やさんを先にみることにした。お気に入りのカジュアルウェアのお店で、ダーリンのトップス2点と、のんはバーゲンのトップス4点(!)と、キュロットスカート(って今でも言うの?笑)をゲット。まだ混んでたけど、腹ペコだったので、空いてる席を求めて突撃~!運良く、ちょうど席を立った家族連れの4人席が空いたのでそこに。ダーリンにはSUBWAYで定番の『ケイジャンチキンサンド(ピーマン抜き、ピクルス、トマト大目のカスタマイズ)とダイエットペプシ』のダーリンセット。のんは、久しぶりに『はなまるうどん』で、ぶっかけ(冷)うどん、ちくわ、かきあげのてんぷらをセレクト。勢いでおにぎりも買ってしまったが、さすがに食べ切れなかったので、持ち帰りにした。マルイに移動して、妹がブーツを買った。最近、買い物について来てくれるダーリンは、悩んだ時のジャッジマンとして大活躍する。「どっちの色がいいかな?」とか「どの形がいいかな?」とか言うと、かなりいいアドバイスをしてくれる。それは私にだけではなく、妹にも。ちなみに、うちの父もそういう人で、横須賀に住んでいた時、母に遠くに見えるコートを指差し、「アレがいいんじゃないか?」とひとこと。滅多に買い物なんかに口出ししない父だけど、母に『ゾッコンラヴ』(爆)なので、母に似合うもの、母がきれいに見えるもの、を選ぶ目は確かなよう。あまり自分にお金を掛けない母だけど、その時買ってもらった高価なコートは随分大活躍して、お出かけの際にはいつも「素敵ね」「よく似合うわよ」なんて言われたそう。うちの父とダーリン、どこまでシンクロしたら気が済むのだろう・・・と気持ち悪いくらいになる(母とのんの会話)。じっくり選んで、素敵なブーツを無事にゲットした妹。支払は自分だけど、いい誕生日プレゼントになったみたい。別々のクルマで来てたので、現地解散となった。お腹の痛み(PMS、月経困難症)がいよいよ強くなり、鎮痛剤を服み服み過ごしてたので、助手席でウトウト・・・。途中、雑貨屋さんなどに寄り道してもらった。高価で有名なファイヤーキングをゲット・・・嘘。ダイソーで、先日目をつけていたけど、仕事帰りだったので買えず、今回それがあったので、無事にゲットしたのだ。大きい方が¥210、小さい方が各¥105。ガラスモノって大好き。こういうやつが欲しくて、偶然みつけたの。本物のファイヤーキングだったら、いったいいくらになるのか・・・。普段使いのものはフェイクで全然OKな、のんなのでした。ダーリンが、是非にと、妹をディナーにご招待。三人で焼肉やさんに行った。牛タン塩が大好きな妹とダーリン。炭火で美味しく頂きました。だけど、オーダーしたものが来るのが遅くて、キレそうになった。しかも、妹が頼んだ石焼ビビンパはお肉とかが食べ終わる頃になっても来ないので、キャンセルして、冷麺に変えてもらった。味はおいしいんだけどね~。私が、誘ったこの店、失敗だったかな?安楽亭の方がよかったかしら?我が家は安楽亭が大好きです(笑)。ダーリン、ありがとうね。Mちゃん、あなたにとって、この1年がまたすばらしいものでありますように。頼りないおねえちゃんより
2006.10.01
コメント(2)
何もしない土曜日。彼は仕事で不在・・・。休みなので、遅くまで寝てたら母から電話。病院でのリハビリが終ったので迎えに来て欲しいと言われた。支度をして母をピックアップ。病院ちかくの鯛焼きやさんが開いていたので、ゲット。焼き立てだったので、運転しながら1尾パクリ、ウマ~。甘党(とくに和菓子系)の末の弟Sくんが自宅にいるとのことなので、急いで実家へ。2階で音楽を聴いていて、ヘッドホンしてて聞こえなかったらしく降りてこなかった。しばらくして、鯛焼きあるよ~の声に気づき降りてきて、パクついてた(笑)。8尾のうち、のん3尾、母1.5尾、Sくん3.5尾たいらげました。他愛もない話をしていて、母が2、3日前からしきりに言っていたコストコに急遽行くことにした。Sくんと3人、急いで支度をしてもらい、14時頃出発。結構、道が混んでいた。月経が迫ってきているせいか、お腹が痛い・・・。途中でガソリンを入れたら、お財布が空っぽになってしまい、銀行(イーバンク銀行なのでセブンイレブン)をさがしてたら、そういうときに限って、セブンイレブン以外のコンビニばかりある・・・。母が持ち合わせがあるということで、それで支払うことになった。うっかり道を間違えたりして、幕張をグルグル走ってしまった。無事に、到着。Sくんは、本日がコストコデビュー。高校の仲良しの友達のお父さんも会員らしく、実は楽しみだったと後で聞いた。10月からのクーポンブックの配布もしてた。早速パラパラめくったけど、のんのお目当てのものはあまりなかった・・・。クーポンは、それ以外にも臨時配布されるからそっちも楽しみにしておこう。クーポンブックの方は今日はまだ使えない。その代わり。2枚ほど、今日も使えるクーポンの配布があった。残念ながら、必要ないアイテムだった・・・。今日は、一段と外国人のファミリーが多かった(私が言うのもなんだけど 笑)。本日のお買い物ペリエ750ml×12ボトルズ牛挽肉Q-tips 綿棒(写真の全部で1パック分)バラエティベーグル10個(全てプレーン)天然紅鮭切り身(母とシェア)ホール チーズピザ(ダーリンのリクエスト)ホットドック(ソーダバーカップつき)以上。今回は、母の買い物の方がメインで、母は、トイレットペーパー36R、牛乳2P、国産豚ももブロック、国産鶏むね肉2kgをゲット。そして、弟は超々ビッグバッグのカルビーポテトチップスコンソメ味とリカルデントガムボトルをゲット。弟は圧倒されたみたいだけど、楽しかったそう。よかった~。母は、月に2回くらい買いに来れたら、節約できるわね~と言っていた。確かに。節約の女王みたいな人が言うには、何を買うとか、何を買わないとかより、買いに行く回数を減らすことが一番の節約の近道になるそうだ。これは本当にそう思う。のんなんて、長年7人家族(核家族です)の台所番をしてきたので、ついつい今の2人生活でも買い過ぎてしまったりしがちだったんだけど、その言葉をたまたま聞いて依頼、そして、仕事の関係で、スーパーに行ってる暇がなかったりもするお陰で、無駄買いが減らせるようになった。お菓子も、変なものも、くだらないものも買うことはあるけど、買い物回数が減るということはその行為も減るから効果大だね。とか言っても、やっぱりお買い物は大好き。
2006.09.30
コメント(0)
昨日、散々な通勤だったので、今日は楽しようと、グリーン車を利用した。時間は通勤快速だから、出発・到着ともに同じだけど、快適に座っていける。リクライニングシートで熟睡して行った。贅沢、贅沢~♪そろそろ月経の時期なので、ちょっとずつ下腹部に痛みが出始めている。そして、恐ろしいほどのむくみ。顔が浮腫んで、目が腫れてしまった。そして、脚も朝からバンバンに腫れている。いやだな~。お昼に『百花』に予約を入れた。18時から100分コース。仕事を終え、急いで津田沼へ。クレンジングシートを近くのドラッグストアでゲット。受付時間ジャストに到着。早速、着替えて入浴へ。ガンガンイオン水を飲み、岩盤浴ルームへ。なんとなく、今日はイマイチだな~と感じていた。喉は乾くし、汗もまあまあ出るから水分はキチンと摂っていた。だけど、頭が痛い。のぼせてしまった。クールダウンの時間が短かったか?少し、休んだ。水分をしっかりとって、リトライ。胃の辺りが硬く感じていた。汗もしっかり出ているのだけど、水分代謝に不満があった。う~ん。気持ちよかったし、汗も出てよかったんだけど、不完全燃焼だった。仕事を終えた彼が迎えに来てくれたので合流。帰り道、オシャベリに花が咲いた。今、義兄の会社の仕事が忙しく、現場に近い義兄の別荘から通勤している彼。別居状態です。久々に会えた。やっぱり嬉しいし、ホッとする。今回のデトックスは、岩盤浴ではなく、彼の笑顔でした~。
2006.09.29
コメント(8)
京葉線が全面ストップしたお陰で、朝は物凄い地獄絵図だった。私の住むところは影響を少なからず受ける沿線。いつもより混んでいて、その上座れなかった・・・。定時に電車は来たけど、諸々の影響で、利用駅の到着時間がいつもより20分以上遅れた。遅刻した・・・。
2006.09.28
コメント(0)
MOMOさんからバトンいただいて、温めてました(苦笑)A 今までやったことのある仕事 ドラッグストアの販売員、店長代理 雑貨屋さんの販売員 進学予備校の受付事務員 輸入文具・雑貨店の販売員 某超有名通販化粧品会社電話オペレータ 某化粧品会社営業SV IT関連会社の営業事務 勤続○年とか継続なさっている方、尊敬します。 B 何度も観る映画 4本 ベイブ 火垂るの墓 映画というより、アメリカンTVドラマの方が多いです・・・(ビバヒルとかSATCとか)C 以前住んでいた場所 群馬県T市(母、里帰り出産) ↓ 辻堂海岸 (実家) ↓ 横浜市旭区(実家) ↓ 横須賀市(実家) ↓ 横浜市金沢区(実家) ↓ 千葉県M市(実家) ↓ 相模原市橋本(大学のため) ↓ 千葉県M市(実家) ↓ 巣鴨(妹と) ↓ 津田沼(妹と) ↓ 王子(彼の家) ↓ 千葉県M市D 好きな番組 あんまり観ないから・・・わからないな~『めざましテレビ』かな? E 休暇で訪れた場所 4ヶ所 すごい前の話でもいいかしら・・・ 日光 札幌 お台場 USJ ディズニーランドに15年くらい行ってないのって非国民? F 毎日見るサイト 楽天ブログ GLAY HSSS、HSMS その他GLAY関連(オフィシャル系のみ) イラン関連 Yahoo!JAPAN G 好きな食べ物 4つ 餃子(自分で作ったのが好き) ポテト料理 おそば 讃岐うどん 食べ物じゃないけど、ペリエレモン H 今すぐ行きたい場所 4つ イランのママのいるところ GLAYのいるところ ディズニーランド(世界のどこのでもいい・・・) ハワイ(南国ならどこでもいい・・・)つぎにバトンをお願いする人は・・・☆ そうだな~totoちゃん、いかがでしょうか? 気づいたら、バトンキャッチしてみてください。
2006.09.25
コメント(4)
お彼岸だと言うのに、お墓参りにも行かず(行けず)、ご先祖様や祖父母に不義理しててなんとも胸が痛い。必ず近いうちに時間を作って行こうと思う。Cちゃんを送るのを兼ねて、Mちゃんと三人でクルマで東京に。早めに出たのだけど、やっぱり渋滞・・・。腹ペコ三人で、カプリチョーザに寄り、たらふく食べた。そして、再び西東京エリアを目指した。本当はどこかのお店に立ち寄って、ウィンドウショッピング(リアルにショッピングでもOKだけど)したかったのだけど、そんな時間がなくなってしまった。Cちゃんの家に着いた時はすっかり暗くなってた。眠くなってしまったのんは、うたた寝。しばらくして妹二人に起こされ、バイバイ。途中、物凄く甘いものが食べたい衝動に駆られた二人は、津田沼イオンにより、31アイスクリームで、アイス入りのクレープを食べてから帰った。お疲れ様。
2006.09.24
コメント(0)
昨夜は、美容院のあと、西東京エリアに住む下の妹Cちゃんのところに向かった。山手通りで足止めを喰らい、イラついたけど、何とか無事に到着。予告無しの20cm以上のヘアーカットに目を丸くしたCちゃん。土日を一緒に千葉で過ごす為に帰るのだ。すっかり遅くなってしまったので、Cちゃんの家には立ち寄らず、そのまま出発。途中、超遅い夕食を、『びっくりドンキー』で食べた。のんは、この日がびっくりドンキー初体験でした。おいしかった。そして、深夜の道をぶっ飛ばして帰宅。のんびりとした時間をすごした。お庭を我がもの顔で使っている、猫達は、今日はウッドデッキではなく、縁側(濡れ縁って言うんだっけ?)でのんびりしてた。縁側に繋がるところにサンルームがあるのだけど、そこにはいつも洗濯物を干してて、昨日は天気が良かったから、シーツとかバンバン干してて、その影から撮影してみた。母猫もリラックスしてたのか、仔猫たちにおっぱいをあげるためか?、私に慣れてしまったのか?、私の気配を無視し、授乳し続けていた。仔猫は三匹いる。だけど、二匹しか見当たらない。しかも、若干細身で小柄のチビスケがいない。ちゃんと食べないからちっちゃいのか?と心配していたら、縁側の下からしばらくして出てきた。そして、遅ればせながらおっぱいにかぶりついていた。ちなみに写真の二匹は最初におっぱいにかぶりついていた方。お腹いっぱいになったらさっそくイタズラ顔で、コロコロはしゃぎ回ってた。子供というのは、どんな生き物も似ている。かわいいしね。スーパーの衣料品売り場で、靴下が安売りしてて、思わず衝動買い。ハイソックスと、五本指ハイソックスなど5足くらいゲット。スーパーの衣料品売り場は、隠れた穴場だと思った(笑)。
2006.09.23
コメント(0)
先日、長年お付き合いしてきたある男性から、悲しい知らせが届いた。な~んて、実は、長いこと担当してもらっていた美容師さんが、独立を前提とした転職の為、9/30をもって、退社することになったのだ。サロンのロゴが入ったハガキは、1月末まで住んでいた東京の住所宛に送られたため、転送で9月中旬頃に手元に届いた。びっくりしたけど、いよいよか~と思っていた。前回カットとパーマをかけてもらった時に、お互いの近況を話し合い、結婚の話も出ていた。のんより1歳年下の彼、独立しても十分やっていける実力もあると思う。寂しいけど、同じくらい嬉しい気持ちだった。そして、ご挨拶も兼ねて、予約を入れようと思っていた。明日の9/23の土曜日の予約を打診したら、すでに予約いっぱいとのことだった。同じく、翌日曜日も。9/25~なら大丈夫と言われたけど、こっちが都合が悪かった・・・。思い切って、今夜は?と尋ねた。OKが出たので、受付時間の最終ギリギリにお願いした。千葉の自宅にいたので、それから支度をして、バタバタとして15時過ぎにクルマで家を出た。用足しに時間をとってしまい、予定を大幅に遅れてしまった。高速も使って、とにかく間に合わせなくては!!と思って焦れば焦るほど空回った。道路状況に対するジャッジがことごとく悪かった。とにかく帰宅ラッシュに全て引っかかった。道路は渋滞。高速も、事故だかなんだかで、渋滞。イラつくところに、ノロノロカーに阻まれたり・・・。揚句、箱崎インターで、渋谷方面に曲がりそびれ、羽田・新橋方面に行ってしまった・・・。ただでさえ時間がないのに、道を間違えた・・・。汐留の降りたこともない出口に出てしまい、一瞬、浦島太郎状態。一か八かで、進むと、目の前に新橋の駅。よかった~わかる道だ~。虎ノ門~赤羽橋~溜池山王などを進み六本木駅を通過。ここはかつてのホームグラウンド。この道はバッチOK!途中、赤信号で停車した時に、サロンに電話を入れた。19:00からの予約にはどうしても間に合わないので15分くらい遅刻します・・・と。19時を5分くらい回ったところで、渋谷駅を通過。わ~助かった~あと少し~。目指すは池尻大橋。着いた~。お店は割と混んでた。9年近くの間、私のわがままや、無理難題を難なく受け入れ、またアドバイスもしてくれ、色んな色や、髪型にも付き合ってくれた(笑)。そして、繊細な仕事をしながらの会話はとても心癒されて、私がどこに住んでいても、このサロンへ行く理由にはその彼の人柄が大いに関係していたんだな~とあらためて思った。いままでありがとう。鎌倉のお店に行っても、時々はお邪魔しに行くからね。宜しくね。
2006.09.22
コメント(6)
急に行きたくなって、妹と受付終了時間ギリギリの20:30からの予約で、津田沼駅前の『百花』に行くことになった。予定より早く到着したので、腹ペコだった二人は回転寿司で食事。軽く摂って、岩盤浴の入浴後にご飯を食べて帰ろう・・・と言ってたのに、回転寿司にしてはネタが良い感じのそこのお寿司屋さんで、食べ始めたらしっかり食べてしまった。予約時間になり、『百花』へ。妹は100分コース。のんは、会員入会特典でもらった『酸素バー20分』券プラス70分コース。妹と別れ、初の『酸素バー』体験。ここは、某スポーツ選手で話題になったカプセルタイプではなく、カニューレを使用する。カニューレは別売りで、¥300だった。色が選べて、ピンク好きなのんだけど、今回は同じく大好きなブルーにした。そして、10~2週間程度で変わると言うアロマは、グレープフルーツの香りだった、ラッキー!(のんはアロマで一番グレープフルーツが好き)鼻から酸素をカニューレで送るとき、思わず入院体験を思い出し、フクザツな気分になったけど(笑)、良い香りと、なんとなく体内に、良いものがみなぎっていく感じで、気分的にも上へ上へと上がっていくようだった。酸素バー終了後、妹を追いかけるように70分の岩盤浴。高濃度酸素を浴びた身体は、いつもより発汗が更に良かった・・・気がした。確かに、身体も軽く、汗もたっぷり出た。入浴後は、妙にハイになってしまった。妹と別れ、自宅にいても、なかなか寝付けなかった・・・。寝れないなら・・・と、掃除したり、片付け物をしてみたり、ガサゴソと深夜に動き回ってしまった・・・。恐るべし、酸素バー、岩盤浴・・・デトックス。
2006.09.21
コメント(2)
本日は、イオンお客様感謝デーなので、仕事を終えて遅くに妹とイオンでお買い物。5%OFFは意外に大きい。そして、気になっていた新商品を早速ゲット。キッチン、掃除、洗濯用品に目がないのんとしては、また、ベビーソープとかベビーローションの香りが大好きなのんとしては、たまらない一品。そして、なんともかわいいお色。
2006.09.20
コメント(2)
降ったり止んだり、台風の影響ではないかもしれないけど、秋の長雨と呼ぶにふさわしい天気。ちょっと陽が射したかな?と思ったら、ポツポツと降り出したり。ベランダに久しぶりに猫親子たちが遊びに来てた。母猫はウッドデッキに寝転んでいた。その近くで、仔猫たちはコロコロと遊んでいた。母猫が直ぐそばにいるからか、窓越しに私が近寄っても、直ぐには逃げずに、逆に私に近寄って様子を伺っていた。かわいいその姿に、顔がほころびつつ、動いてしまったら、仔猫たちは跳ねるように逃げていってしまった。洗濯をした。お昼頃、ダーリンから電話が来た。昨日、調子悪かった携帯がとうとうダメになり(受信できなくなったらしい)、ポイントを使って、機種変更した・・・とのこと。そして、その後、怪我をした知人に付き添って病院に行ってたから、電話ができなかった・・・とのことだった。おそらく、それらは全て、事実だろう。でも、30秒あれば、電話なんてできる。時間がなかったという言い訳は、わたしは納得しない。その時々のプライオリティがあって然りだとは思う。だから、「電話することを忘れてた」と言う理由なら、かえって納得できる。常に私が最優先でなくてもいい。実際、彼とは随分前からお互いのプライオリティについて、話している。彼は、仕事に没頭していたらその時は私のことは頭にはない、と言った。「え~」っと思ったけど、仕事に集中することはすばらしいから、それもそうだな、と思った。私も、彼とは次元が違っちゃうけど、すごくすごく大好きなGLAYのライブ中には、ダーリンよりもステージの彼らに恋してるって言ってあるし。だけど、連絡を取る事の大事さは、そういうことではなく、むしろ、マナーとかモラルの問題のような気がする。仕事相手には、時間キッチリに対応し、入念に連絡を取ることに必死だったりするのに、こと彼女や奥さんにはおざなりな態度を取る男性(またその逆もあり)は意外といると思う。連絡しなくても、待っていてくれる。待たせてる理由が仕事だったら、許してくれる。オレは遊んでいるわけじゃない・・・。世の賢い女性は許してるのかしら・・・?え~い、黙れ!黙れ!理由なんて関係ないんだ、今この瞬間に、アンタがどこにいるか気になっているフラストレーションを解消させてくれればいいだけなんだよ~!!私は、許せません。「私と仕事どっちが大事なの!」こう聞く女って、バカだよな・・・って言う馬鹿男いるよね。オンナは、本当に仕事投げ出して自分の所に来てくれるようなオトコを求めてるわけじゃない!そんな男、かえって願い下げだっつーの。忙しい合間の30秒をいや10秒でもいい、愛する人、大事な人に割く努力ができる人、それが大事なんだよ。忙しい、忙しいって言うヤツほど、大して忙しくないんだよ。時間をコントロールする能力に欠けてるだけだよ。あ~ウダウダ言ったけど、単純に、理由なんてどうでもいいから、半日に一回位電話してください。それができないなら、私は一緒に生きることはお断りします。私には、どこに行ってるかも、何をしてるかもわからない人を待つ度量はありません。私は、ただの顔見知りではありません。アナタに何かがあったら、命を張ってアナタを守る決意をしてきました。アナタが私にそうであるように。だから、最低限のルールは守ってください。あ~ここに幾ら書いたって、読めないじゃん。まあ、こんな日もあるかな。明日はいい天気。
2006.09.18
コメント(2)
ダーリン不在のことが多い最近。行き先も、理由もわかってるからいいんだけど、電話位すればいいのにって思うこと、大。我がダーリン、会話はネイティブレベルでほとんど『ガイジンナマリ』のない日本語を話す。これは、欲目とかではなく、話すことを仕事としてきた私としても、すごいなと感心している事。だけど、読み書きはほとんどNG。だから、私の夢の一つに、ダーリンから直筆の手紙を貰う、若しくはメール交換をする・・・なんてことがあったりする。帰ってくるのかな?と思って電話すると、聞いたこともない音楽と遠くに聞こえるコール音、そして、少ししたら留守電メッセージのアナウンスの声。おかしいな?こんなこと一度もないのに・・・。時間をあけて掛けても、掛けても同じ。別れは突然にやって来た・・・か・・・?ちょっと悶々としつつ、一人過ごした。台風がすごいことになってて、犠牲者も出ていることを思うと胸が痛んだ。天災とは言え、やはり増える被災者の数を聞くと、悲しくなった。偶然だとは思うんだけど、私が行こうとすると何かが起きるの。新潟も、仙台も、他にもたくさんあった・・・九州は11月に初上陸予定なのに・・・。訪れる予定があるから、目が行く、興味を誘う、そういうことかもしれないけどね。深夜になっても、電話が繋がらなかった。ふと見ると、携帯の充電器のコードがソファにあった。もしや?電源切れてるの?そうじゃないかもしれないけど、そう思うことにした。人間、わからないこと、不安に思うことが、痛みや苦しみを助長する。理由がわかれば、同じ痛みも切り抜けられる。心配してても仕方ない。
2006.09.17
コメント(0)
手の平はツルツルだと、自画自賛したばかりだけど、実は顔のお肌がやられてます。何に負けたのか、両頬が赤く、ナチュラルチーク状態だったのが、湿疹のようなものまで出てきた。今日、シャワー浴びた時、お湯が沁みたので、イヤ~な予感はしてたんだけど・・・。原因は幾つか考えられるんだけど、う~ん。写真の顔は、大分良くなったところ・・・。お肌が荒れると、気分も沈むよね・・・特に女性はね。ダーリンがお昼過ぎに義兄の別荘から帰宅。シャワーを浴びて、少ししたら寝てしまった。枕が変わると、やっぱり熟睡はできないらしい。そばで、私もゴロゴロしてた。ふと彼が、「顔赤いよ」・・・気づかれたか・・・。何かに荒れてしまったと言ったら、「何したの?」と、怒られた。ダーリンは、私がアザをつくったり、怪我したり、湿疹とか蕁麻疹が出ると、怒る。怒るっていうと語弊があるけど、とても心配してくれます。ありがたいですね。※アザ(青タン)のときは、「バカたれ」と叱られます。以前、蕁麻疹が1ヶ月くらい消えなくて、「一生このままになってしまうんだ・・・」と鬱々して泣いてばかりいたことがありました。体中は掻き毟って傷だらけ、顔は赤く腫れ上がり、熱を持ってて、ガサガサで皮膚が乾燥しカサカサとフケのようにこぼれ落ちていました。小学生の頃、化繊アレルギーが原因で首がアトピー性皮膚炎で、グチャグチャに化膿してしまったこともあった。その時は、首にしばらく包帯巻いてて、痕が残るかな?治らないかも?なんて心配してた。母も、女の子が見えるところに傷とか痕があるのは不憫だと思ってたんじゃないかな?本当にお陰様で、探せばある・・・位の痕しかなく、首のしわにうまく馴染んでくれたので、それによって傷つく思いなどは経験せずに来れた。だけど、10代でニキビにも幸いに悩まされることもなかったのんは、顔の作りこそ美人ではないとしても、お肌質には自信があったので、肌荒れは心底落ち込んだ。オバケみたいな顔になってしまった、ストレスと全身の痒みで眠れないから、余計に治りが悪い。医師から処方された薬はなかなか効かない。代謝が悪くなり、おそらく腎機能、肝機能にも影響が出ていたのか、顔が腫れ上がり、所謂『ムーンフェイス』になっていた。腎臓病で生死の境をさまよったことがある私を母は物凄く心配していた。(その頃のしゃしんもあるよ・・・)この頃って、今より10kgは痩せてたの。太ってるわけではないのよ、この丸々顔は。チェキかポラロイドカメラで撮ったのをスキャンしたので色は褪せてるけど、真っ赤だった。無意識に前進掻き毟ってしまうので、現行犯で見つかった時は、母にもダーリンにもすごく叱られた。母は、タオルで擦ってくれたな~(涙)。医師からも、食物アレルギーではなく、ストレス性のモノだと言われ、とにかくアレルゲンを回避する生活をした。変わり果ててしまった姿を見せるのが嫌で、ダーリンを拒絶したりもした。ある時、ダーリンがなんの抵抗もなくガサガサボロボロのホッペにチュをしてくれた。「どんな姿になっても、僕はのんジャンをアイシテルヨ・・・」彼は、私を励ます為か、それとも真意か、まさに心身共にボロボロカサカサの私を抱きしめて、何度も頬にチュをしてくれた。そのたくさんの愛情と、お医者様の的確な診断のお陰で、お薬を変えて飲み始めて何日後かに、ミルミル良くなった。お肌が荒れたりすると、決まってあの頃のことを思い出すんだよね。今日も、赤くなっている頬をそっとなでて、チュッとしてくれた。私って、つくづく幸せモノだよね、もっと両親とダーリンを大事にしなくてはいけないね。ダーリンは、仕事の都合で知人を駅まで迎えに行き、そのまま義兄のうちへ向かった。お疲れ様です・・・。今夜も夕食時は、一人ぼっちだったので、和食よりなメニュー。子女子と長ネギのかき揚げナスの天ぷらジャガイモの天ぷらちくわの天ぷら冷蔵庫のストックで作ったら、山盛りになってしまった。彩りもなく、地味目だけど、カリッと揚がって、ご飯も絶妙なタイミングで炊けたので、ひとりで寂しかったけど、おいしく頂きました。
2006.09.16
コメント(25)
昨日(9/14)は、一人寂しく煮物と、ご飯に焼き海苔という地味飯を食べた。この煮物、10分でできます。のんは、手抜き料理専門家なので、冷凍野菜も大活躍です。イオンで買った、冷凍和風野菜(とかいうやつ)を、鍋にあけ、ミネラルウォーターをヒタヒタ程度に入れ、煮る。直ぐに野菜は融けるので、煮立った頃に砂糖を入れる。そして、また一煮立ちしたら、めんつゆを入れる。味見をして終わり。みりんとかは使わないので家にない。めんつゆって結構万能。もっと、和風の粋な器に盛ったら、もっとおいしそうに見えるんだろうけど、ミスドのポンデライオンシリーズのどんぶりにてんこ盛り。焼き海苔大好きなのん、2帖くらい食べた(ミネラルミネラル)。煮てる間に、スマイルショット。洗濯物が、部屋干しの魔の異臭を放ってしまったので、洗い直し。家中のカバーとかマットも洗濯。2人しかいないのに、洗濯機を回す回数、かなり多いと思う。私、洗い物大好き。洗濯も(といっても手洗いはしないけど)好きな方かな?幸いなことに、顔の皮膚とか、時々荒れてしまったりするんだけど、手荒れには悩まされることがないので、助かっている。洗剤もそんなに特別なものは使っていない(JOYくんか、IVORYかな?)し、真夏でもお湯で洗うし、漂白剤とかもガンガン素手で触ってしまうし(さすがに原液では使わないけど)、あとは最近はベーキングソーダでガンガン掃除しまくっているし、だけど、手の平は全然きれい。多分、保湿してくれてるからだろうな。その代わり、乾燥にはめっぽう弱くて、紙を扱う仕事の時は、ひび割れてしまって、ストッキングが穿けなかったし、ガサガサの指のせいで、顔が荒れてしまったほど(顔は接触に弱い)。泥仕事もだから弱いかな(虫問題だけではなく)。泥んことか埃って物凄く脂分を吸収するので、乾燥を呼ぶから、そっちは一回作業しただけで荒れてしまうね~。それでも『主婦湿疹』とかに苦しむ方よりは楽だろうね・・・(親友の指が痛々しかった時は泣けた)。妹が、仕事終ったらうちに寄りたいと言ってたので、その頃までに色々済まそうと思って、したくして出かけた。携帯の払込用紙を、ずっと持ち歩いてしまって、払おうと思ったら期限切れでコンビニで払えず、やっとauショップに行けた。止まってしまう手前だった・・・よかった~。そのあと、おやつが食べたいな~とシャトレーゼに。半額になっていたクレープをゲット、ラッキー。時間つぶしに、気になっていた『石釜焼』と銘打ってるパン屋さんに。雰囲気は良い感じだったけど、想像とは違った。バタールを買った。次に、ユニクロに行った。夏物などが処分価格になっていた。けっこう長い時間いたけど、結局何も買わなかった。続いて、BOOK OFFに・・・。目当てのものがあるわけでもなかったので、なんとなく少女漫画のエリアに向かい、何気なく手に取ったコミックを立ち読みした。たまたまかもしれないが、私の足元から、ストックを出し、「失礼します」と言いながら、私の目の前の棚をパタパタ整理し、隙間に本をしまっていた。(BOOK OFFに行ったことがある方はわかるかな?キビキビとした整理整頓)が、来たばかりの客の場所をわざわざする必要があるか?長時間居座っている客へのアクション(コントじゃないけどさ)だったよ、まるで。ちょっと、融通の利かない店員の動きに、マニュアル通りかもしれないけど、いかがなものか?と疑問は膨らんだ。プラス、一応商品である本を開いた状態(立ち読みしていた)で、その本に向かって湿ったくしゃみを連発した女性・・・その本はもう買いたくない。ちょっとは、考えてくれ・・・。居心地の悪い、BOOK OFF○○店。(他店舗はそうではない)直ぐに店を出た。残業になってしまった妹とやっと連絡がつき、夕食にラーメンが食べたくなり、賛成してもらったので、行くことに。チェーン店のラーメン屋さんなんだけど、我が家は割りと気に入っている。味噌ラーメン、餃子、そしてはまっているピリ辛ネギやっこをオーダー。ガンガン食べた。帰り道、ミニストップでおやつをゲット。妹がお泊りしてってくれた。ちょっと、食べ過ぎ気味。減った体重をキープしないといけないのに、戻る~。
2006.09.15
コメント(0)
お友達から素敵なお土産を頂きました。本当は、昨日送ってくれてたんだけど、不在票が入っていて、本日再配達してもらいました。ご本人のオリジナルブレンドのローズティーと、イランのキャンディ。とってもかわいい花びらが入った、きれ~いな茶葉と、カラフルなキャンディに思わず顔がほころびました。さっそく、キャンディ頂きました。おいしいです。「ANATA」というネーミング・・・気になります(笑)。イランには、「TANIN」というTV番組もありました。写真掲載の許可貰ってないから、匿名にしておきます。ご本人がコメントくれました!OKだったら、コメントくださ~い。こういった心遣い、うれしいですね。ギフトって、相手によっては値段も重要なことあるけど(笑)、お友達同士のささやかなやりとり、こういう時のスマートさって物凄くセンスが出ると思う。タイミングとか、相手に気を遣わせない配慮とか、それらが、贈り物と一緒に届く。季節の折々、旅の知らせ、無事の知らせ、お礼、内祝い、お祝い、ギフトを贈る、貰う、チャンスって年中あると思う。贈り上手の貰い上手になりたいな。○○YUKIさん、いつもありがとう。
2006.09.14
コメント(14)
思うところあって、Mixiを退会した。お友達が、「気兼ねせず語り合える場所としていいのでは?」と、以前招待してくれた。基本的には、楽天のこのブログを大事にしたいので、Mixiの日記はあんまり更新していなかった。コミュニティは二つ立ち上げた。けれど、私にとって、Mixiでのそれは、期待と違うものだった。会員制であるはずが、非会員に漏れるやりとり(これは、会員が意図的に行った行為であり、Mixiの機能に問題があるということではありません)。読まれて困ることは書いたことはないけど、それは気分のいいものではなかった。参加者は少しずつ増えていたし、実のあるやり取りもなされてた。ありがたかった。Mixiで出会った、ネットフレンド(と言うのかな?)もいた。旧友との思いがけない再会もあって、「きっとこれがSNSの醍醐味なんだろうな~」と嬉しかった。だけど、そんな楽しさと同じか、それ以上に、居心地の悪さをずっと感じていた。それは、招待者してくれた人のせいでも、友達のせいでも、Mixiさんの管理のせいでもない。私の中で、『ズレ』が生じてしまった。仮に、今はやりとりをひかえたい方がいても、その人をあからさまにマイミクから削除したら、それはそれで失礼だし、例えば決定的な理由があるか?と言えばそうではないかもしれない。また、少ししたらやり取りしたいとか、その人の意見やメッセージも受け取りたい気持ちはある。随分自分勝手な考えだとは、わかっているけど。真剣なやり取りをしていた最中に、タイミングよく私の元に届いた排除行為、拒否行為に対し答えを出すことを決めた。私がいなくなればいい。そう思ったのだ。それが一番いいと。どの出逢いも嘘、偽りはなく、無駄でもない。必要であって、貴重なものだったと信じている。たとえ、中には何かを腹に隠して近寄った人もいたかもしれない。それでも、騙されてると、からかわれていると、馬鹿にされていると、陥れようとしていると、わかっていても、出会いは発見であり、お陰様だと思っているから。私が、ダーリンや家族に『馬鹿だ』と言われていても、変えられない姿勢の一つだから。騙される方が気楽だモン。騙す方は、辛いものだからね。(あ、別に誰かに「騙された~!」と思って、退会したわけじゃないですよ。)私は、この楽天ブログは何があっても削除する気はない。考えたことはある。でも、体調も、心境もどん底に辛い時に見つけた、新しい世界。自己表現の場として、自分の記録として、そして、不特定多数の方々とのコール&レスポンスというのかな?私はブログにとても、リアル感を感じている。人肌を、呼吸を、感情を感じている。だから、大事にしたい。Mixiは、交流の手段の一つとして参加させてもらった。興味深く、これもまた多くの方が参加してる意義を強く感じることを、私なりに理解できた。だけれども、私がこの場にいることを不快に思っている人が動き出していることに、去ることを決めたのだ。無責任だ、卑怯だと言われても、他の人のことを考えない自分本位だと言われても、仕方ない。超短時間ではあったけど、去ることを告知はした。でも、その後直ぐに私は管理してるコミュニティを削除し、退会の手続きをしてしまった。告知に気が付かなかった人のほうが多かったかもしれない。『逃げる勇気も時には必要』・・・頑固で負けず嫌いな私が大人になってから学んだこと。自分を変えてまで、参加するものではないと思っている。大事にしたい方を守る為に決めただけのこと。けれど、MixiをはじめとするSNSというシステムを否定しているわけではないから、また参加するかもしれないし、もうどこかで参加しているかもしれない。実際、登録しているSNSはいくつかあるしね。楽天にもリンクスができたしね(参加可能になってちょっとうれしい)。私は誤解されやすい人間だそうだ。多くの人に反感を買われてるそうだ。それも、魅力の一つじゃん?と自分で言ったら・・・笑われるかな?こんなことも平気で言ったりする、それがはいぱーのんちゃん、私なのです。唯一、気がかりがあります。Mixi上でしかやり取りをしていなかった人との連絡手段がなくなってしまったこと。○○さん、あなたのせいではないから。もし気にしていたら、それは誤解です。私はあなたを応援しています。・・・誰か、それを伝えてください。お願いします。
2006.09.13
コメント(12)
秋篠宮家の第3子の、男のお子様のお名前が発表された。悠仁さまぼんやりTVを見てたら、ニュース速報が流れた。わあ!!ビックリした。それは、なぜかというと、私にとって近しい大事な人の名前と同じ漢字だから。しかも、読み方も。なんとなく皇室に縁のある我が家。単なる偶然なんだけど、嬉しい気持ちになるね。私は、「悠」という字はとても好きで、本当は子供に使いたいのだけど、あまりに近い存在にその字を持つ人が二人もいるので、検討中(ってその前に子供いないけど 笑)。壮大かつ、永遠、過去と未来をつなぐような、とてもすばらしい意味を持つこの漢字。それでいて、女性的にも見える漢字の字体に、強さと優しさのバランスを感じとれ、その字を持つ家族がその名に恥じない、強く優しい男性に成長していることを私は誇りに思っています。弟なんだけどね、うふふ。ちなみに、「愛」の字がつく人もいる(妹)。私たちきょうだいの名前は、自分で言うのもなんだけど、どれもすばらしい名前。両親の実家のある群馬のお寺さんでつけてもらった。人生最初の贈り物は、皆素敵な名前だと思う、感謝しています。そういえば、私が子供の頃ってまだケイコとかユウコとか、『○○子』と子のつく名前が多かった。私は子がつかないので、幼い頃なぜか「由美子」に変えると言い張った時があった(笑)。どこから来たのか、由美子・・・。多分、私の中でもっともかわいらしい名前が「由美子」だったんだろうな・・・。今ではそんなこともなく、とっても気に入ってるけどね。であってすぐから、本名に由来するニックネーム「のんちゃん」と誰もが呼んでくれるからね。私にベイビが授かったら・・・名前はどうしようかな~。イランと日本を繋ぐ名前をつけてあげたいな。親王様の誕生は、悲しいニュースが続く日本に明かりをともしてくれたようだよね。新しい命の誕生、それが我が子でなくても、うれしいものです。健やかでありますように。
2006.09.12
コメント(8)
全163件 (163件中 1-50件目)