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米澤穂信『折れた竜骨(上・下)』~創元推理文庫、2013年~ 米澤穂信さんによるノンシリーズの長編です。 舞台は中世、ロンドンから北海を船で3日航海してたどり着くソロン諸島。魔術の使用が前提となっているファンタジーでありながら、きわめて高い論理性で謎が解かれる良質のミステリです。 物語は、ソロン島の領主ローレント・エイルウィンの娘、アミーナの一人称で進みます。 老兵が奇妙な症状で死亡した後、ローレントはとつぜん傭兵を募ります。一方、東方はトリポリ伯国から、魔術を用いる「暗殺騎士」を追い、聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士ファルク・フィッツジョンとその従士ニコラ・バゴがソロン諸島を訪れます。 アミーナは、初対面のときから高い論理性を見せたファルクに信頼を置き、2人を領主の館へ案内します。そして、エイルウィン家の従騎士エイブが集めた傭兵たち、領主に呼ばれた市長らが、領主の館の「作戦室」に集うことになりました。 翌朝、ローレントが何者かに殺害されていることが判明します。アミーナはファルクたちに、犯人捜しを命じ、彼らは調査を開始しますが、その最中、「呪われたデーン人」たちがソロン諸島を襲来し……。 という流れなのですが、これは面白かったです。 なんとなく、ファンタジーという設定で手に取りにくかったのですが、とんでもない、冒頭にも書いたようにファンタジーではありますがその世界の論理がしっかり構築されているので、謎解きの面白さも抜群です。「呪われたデーン人」との戦いも面白く、またこれも解決への手掛かりになっていて、無駄な要素のない良質のミステリです。 物語を読み終わると、タイトルも沁みます。 素敵な読書体験でした。(2024.02.16読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2024.06.22
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杉崎泰一郎『「聖性」から読み解く西欧中世―聖人・聖遺物・聖域』~創元社、2024年~ 中央大学文学部教授の杉崎先生による、「聖性」の観点から西欧中世を読み解く1冊。以前紹介した杉崎泰一郎『世界を揺るがした聖遺物―ロンギヌスの槍、聖杯、聖十字架…の神秘と真相―』(河出書房新社、2022年)は、聖遺物に焦点を当てた平易な語り口の1冊でしたが、本書は聖遺物から聖性へと対象を拡大しています。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに第1章 コンスタンティヌス大帝からカール大帝へ―キリスト教聖性の醸成第2章 権力者と聖性第3章 地域社会と聖なる力第4章 修道院による聖性の創出第5章 巡礼と伝承第6章 教皇、王と受難のキリスト―十字軍時代の聖性を導いたもの第7章 教皇による列聖、王権の聖化―聖なる力による普遍的な権威の形成第8章 言葉による聖性の拡散と共有第9章 俗人による宗教運動と地域共同体―ルネサンスから近世へあとがき参考文献索引――― 以上のように、初期中世から近世までを見据えた概説となっていて、また多様な「聖性」のあり方が論じられており、興味深い1冊です。 が、誤植が目立つのが気になりました。(1)研究者名の誤字 轟木広太郎先生の名前の表記が「轟広太郎」となっているほか(71頁、307頁)、列聖手続きに関する研究を進めていらっしゃる渡邉浩先生の表記にいたっては「渡辺浩」(216頁)、「渡邊浩」(219頁)、正しい「渡邉浩」(同頁)と、数ページの間にまちまちの表記になっています。渡邊昌美先生の表記も、「渡邉昌美」(307頁、311頁)となっている箇所がありました。(2)固有名詞の誤字 モワサック修道院について論じている部分で、とつぜん「モサワック修道院」と表記されたり(141頁)、その他地名でノルマンディーが「ノルマディー」となっていたり(236頁)します。また、タラスコンというまちでの、タラスクという怪物の伝説について論じる部分では、「怪物タラスコン」(292頁)とあり、怪物名と都市名の混同があります。(3)その他 巡礼に関する基本的史料である『聖ヤコブの書』の第五部「巡礼案内書」について紹介する部分で、「その第五部は『巡礼案内書』は、(以下略)」と「は」が二重になっていて、ここは「その第五部『巡礼案内書』は」でしょう(148頁)。232頁では聖王ルイの命日が「八月二一五日」(230頁では「八月二五日」)と余計な「一」が入っています。268頁の「キリストの脇腹を指したロンギヌス」は、「キリストの脇腹を刺したロンギヌス」が正しいでしょう。 こうした誤植のほか、人物に関する記述にも誤りがあります。261頁から、このブログでも何度か言及しているジャック・ド・ヴィトリという説教師に関する言及がありますが、ここではジャックが「ドミニコ会修道士」で、「エルサレム総大司教に任じられた」。そして、「例話集や説教集を執筆した」(261-262頁)とあります。しかしカッコで引用した部分は、私が勉強してきている限りではすべて誤りで、ジャックはドミニコ会修道士ではなく、律修聖堂参事会員を経て、司教、司教枢機卿といった経歴の人物です。エルサレム総大主教ではなく、アッコンの司教に任じられました。また、自身では例話集は残していないはずで、多くの例話を含む説教集は著しており(『身分別説教集』と『週日・通聖人説教集』)、のちに例話のみ抜粋した写本が作られたということはあるようです。本書の性格上、注がないため、何を根拠にジャックについて以上のような記述がなされたのか不明ですが、さきの誤植が多い件とあわせて、本書が非常に興味深いテーマを扱っている貴重な概説書であるだけに、余計に残念でした。 こういった残念な点はありましたが、興味深い記述も多いです。 たとえば第1章では、聖遺物を取引する商人の存在が指摘されます。 また第2章では、有名なバイユーのタピスリー(1066年のいわゆるノルマン・コンクエストでのイングランド王とノルマンディー公の戦いを描く)の中で、敗北する英王ハロルドは目に矢を受けて命を失いますが、彼は「雄牛の目」と呼ばれる聖遺物箱に入れられた聖遺物に誓いを立てていました。ここで、聖遺物箱の「目」と死因の関連性があるのかもしれない、という興味深い仮説が示されています。 第3章では、領主の裁きによって不当な扱いを受けた者に対して、「教会や修道委員が聖人の名のもとに救済活動をしていた」(89頁)ということが指摘されます。その他、修道院での聖遺物の利用の諸側面を描く第4章、教皇による列聖手続きの成立の概要を分かりやすく示す第7章など、どの章も興味深く読みました。(2024.06.09読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.06.15
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米澤穂信『Iの悲劇』~文春文庫、2022年~ 米澤穂信さんによるノンシリーズの長編です。 誰もいなくなった集落―蓑石に、移住者を呼び込み再生させようとする市長肝入りのプロジェクトが進められていました。 プロジェクトを担う市長直属の組織―甦り課の万願寺さんは、定時を死守する西野課長、採用2年目の観山さんとともに、蓑石への移住者支援に取り組んでいました。 ところが…。パイロットケースとして移住してきた2組は近隣トラブルになり、やがてある事件をきっかけに蓑石を去ってしまいます。さらには、本格移住で移住してきた10組の世帯も、様々なトラブルをきっかけに次々と蓑石を去っていくことに…。 公務員探偵といえば、西澤保彦さんの『腕貫探偵』シリーズを思い浮かべますが、市役所を舞台にしたミステリは本作で初めて読んだような気がします。 さて、主人公は甦り課で主に仕事を進める万願寺さん。なかなか頼りなさそうな上司と部下ですが、2人が意外と切れ者なのも次第に見えてきます。 火事、いなくなった鯉、行方不明の男の子、食中毒事件、開かなくなる部屋と、それぞれの謎解きも面白いですが、ラストですべてがひっくり返る鮮やかさが見事です。 主人公の感慨も印象深いです。 良い読書体験でした。(2024.02.08読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2024.06.08
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大貫俊夫他(編)『修道制と中世書物―メディアの比較宗教史に向けて―』~八坂書房、2024年~ 2020年にはじまったプロジェクト「中近世における宗教運動とメディア・世界認識・社会統合:歴史研究の総合アプローチ(略称ReMo研)」の成果として刊行された論文集です。 編者代表の大貫先生は東京都立大学人文社会学部准教授。本ブログでは次の訳書を紹介したことがあります。・アルフレート・ハーファーカンプ(大貫俊夫他編訳)『中世共同体論―ヨーロッパ社会の都市・共同体・ユダヤ人―』柏書房、2018年・ウィンストン・ブラック(大貫俊夫監訳)『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』平凡社、2021年 編者の1人赤江雄一先生は慶應義塾大学文学部教授。本ブログでは次の単著と編著を紹介したことがあります。・Yuichi Akae, A Mendicant Sermon Collection from Composition to Reception. The Novum opus dominicale of John Waldeby, OESA, Brepols, 2015・赤江雄一/岩波敦子(編)『中世ヨーロッパの「伝統」―テクストの生成と運動―』慶應義塾大学言語文化研究所、2022年 本書の構成は次のとおりです。―――第I部 総論(大貫俊夫・赤江雄一・武田和久・苅米一志) はじめに I-1 キリスト教修道制における書物メディアとその展開 I-2 日本中世仏教における書物メディアとその展開第II部 書物文化の醸成 II-1 西欧初期中世秘跡書写本の装飾イニシアル―vere dignumとte igiturのイニシアル・ページの機能をめぐって(安藤さやか) II-2 二重修道院の書物―セッカル修道院の書物係ベルンハルト(1140-84/85)の足跡を追って(林賢治)第III部 書物による知の継承・改変 III-1 世俗知から宗教知へ―ボエティウス『哲学のなぐさめ』に見る知的世界観の変容(阿部晃平) III-2 西欧中世の修道院と動物寓意テキストについて―Dicta Chrysostomi版フィシオログス写本の分析から(長友瑞絵) III-3 ドイツ語圏英雄伝承の教化素材化―ニーベルンゲン伝説およびディートリヒ伝説を題材に(山本潤)第IV部 歴史叙述とアイデンティティ IV-1 托鉢修道会のアイデンティティと書物(梶原洋一) IV-2 『キリストの生涯についての黙想』をめぐる二大托鉢修道会のイメージ戦略(荒木文果) IV-3 聖マルゲリータ・ダ・コルトーナをめぐる記憶の政治と書物―13-14世紀転換期におけるフランチェスコ会・イタリア都市・聖人崇敬(白川太郎)第V部 日本中世との比較 V-1 聖地と日本仏教史の再創出―『金剛山縁起』の偽撰と受容(川崎剛志) V-2 「東国の王権」を守護する観音―真名本『曾我物語』・『源平闘諍録』・坂東三十三所縁起(宗藤健)あとがき編者・執筆者略歴索引――― 4名の編者による総論は本論文集の導入として、研究動向や歴史的背景の見取り図となっていて便利です。西洋中世史と日本中世史との比較が本論集の特徴の1つですが、中でも、日本史の観点から、「説話は、中世ヨーロッパで人気を博した「例話」と同様やがて文学の一分野となり、その集大成が中世初期…における『今昔物語集』である」(50頁)との指摘は興味深く、『今昔物語集』にあらためて興味がわきました。なお、西欧中世の「例話」(基本文献はClaude Bremond, Jacques Le Goff et Jean-Claude Schmitt, L'《exemplum》 2e edition, Brepols / Turnhout, 1996)が「文学の一分野」だったのかどうかについては議論があります。 以下、各論について簡単にメモ。 安藤論文は標題どおり秘跡書写本の装飾頭文字について、モノグラム(合わせ文字)の影響関係など、様々な写本との比較検討を行います。 林論文は男女両性が同一の修道院で生活する「二重修道院」の書物係による写本分析を通じて、従来の「慣習律」が想定していない「二重修道院」の形式に対応させるべく、女性を対象としたメッセージを盛り込んでいたことを明らかにします。 阿部論文は、「キリスト教徒が書いた異教的文学」(140頁)であるボエティウス『哲学のなぐさめ』が、中世においていかに読まれ、キリスト教的に解釈されたか、様々な写本の余白に記された注解や挿絵を手掛かりにたどる興味深い論考です。余談ですが、『西洋中世研究』15所収の阿部晃平「知識をいかに体系づけるか?―『ソロモンの哲学の書』に見る初期中世における学問区分の再編成―」という論文も大変興味深く読みました。 長友論文は『フィシオログス』という動物寓意テキストのある写本について、特にハイエナとゾウのキリスト教的解釈の分析を行います。ハイエナとゾウが1つのフォリオの裏表に描かれている点にも編集者の理念を読み解く興味深い指摘がなされます(202頁)が、一方でその写本の構成(177頁)によれば、2つの動物のあいだに野ロバとサルが配置されているようなので、紙幅の都合があるとは思いますが、間に置かれた動物たちの位置づけが気になるところでした。 山本論文は副題に掲げる2つの伝説について、俗人の「英雄伝説」をいかに聖職者が書字文芸化したのかといった点や、英雄伝説への両者の認識などを考察します。面白かったのは、『ニーベルンゲンの歌』は、その破滅的な結末の続編である『ニーベルンゲンの哀歌』と組み合わされて写本に収録されており、後者は前者をキリスト教的な歴史構造に位置づける機能を果たしていたという指摘です。 梶原論文は、本書収録の多くの論考が、「宗教者たちが、多様な手段・目的によって、過去から継承した書物や知識に「改変」を施したプロセス」(233頁)を鮮やかに描き出しているのに対し、当該論文は書物の存在を通じて、「集団が有する性格とアイデンティティが変容し再定義される、その様相」を考察すると冒頭で述べ、本書の諸論考の性質と自身の目的を的確に提示します。そのうえで、ドミニコ会士とフランシスコ会士が書物とその作成・収集にいかなる態度を示したのか、鮮やかに描き出す興味深い論考です。 荒木論文は、フランシスコ会士による『黙想』という作品が、多様に絵画として表現された一方、同作を意識して作成されたドミニコ会士による『黙想』は、壁画制作を前提としつつ、自由な表現を制限していたこと、さらにドミニコ会『黙想』への競合意識を反映するかのようなフランシスコ会出身教皇の壁画の作例を指摘するという、書物とそれを基にした絵画の分析から、2つの修道会の競合意識をたどる読み応えのある論考でした。 白川論文は、神秘体験を経験し、後に聖人とされる俗人女性マルゲリータ・ダ・コルトーナを、書物を通じて崇敬を確立しようとしたさまざまな人々の関与・思惑を具体的に分析します。 第V部は日本中世史からの2つの事例です。 いずれも、宗教と書物をめぐる重厚な論考で、興味深い1冊です。(2024.05.19)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.06.01
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米澤穂信『本と鍵の季節』~集英社文庫、2021年~ 高校2年生の図書委員、僕―堀川次郎さんと松倉詩門さんの2人が活躍する連作短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「913」受験準備のため委員会を退いた3年生の浦上先輩が図書室にやってきた。おじいさんが残した開かずの金庫を開けるのに協力してほしいというのだが…。「ロックオンロッカー」松倉と2人で美容院を訪れた僕。慌てたようにやってきた店長の言葉の意味とは…。「金曜に彼は何をしたのか」職員室前の窓が割られ、生徒指導部の先生から目を付けられていた学生が呼び出された。僕たちに相談にきたその弟いわく、兄にはアリバイがあるが、それを兄は決して言わないため、一緒に証拠を探してほしいという。「ない本」自殺した3年生の友人から、亡くなった生徒が読んでいた本を探してほしいと依頼を受けた僕たちは、詳しい状況を聞き取っていくが…。「昔話を聞かせておくれよ」僕と松倉は、それぞれの昔話を語り合う。そして、松倉の父の秘密に近づいて行くことに…。「友よ知るなかれ」その後日譚。――― これは面白かったです。 魅力的な謎、謎解きの妙、そして全体的にビターな後味の物語です。 冒頭の「913」から、思わぬ展開に引き込まれます。 その他、印象的だったのは「金曜に彼は何をしたのか」と「ない本」。それぞれの人の思いが印象に残ります。 朝宮運河さんの解説によれば、続編も予定されているとのこと。次作も楽しみです。(2024.02.04読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2024.05.25
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フィリップ・ティエボー(千足伸行監修/遠藤ゆかり訳)『ガウディ―建築家の見た夢―』~創元社、2003年~(Philippe Thiébaut, Gaudí. Bâtisseur visionnaire, Paris, Gallimard, 2001) 知の再発見双書の1冊。 スペインはバルセロナのあまりにも有名な未完のサグラダ・ファミリア聖堂の設計者アントニオ・ガウディ・コルネット(1852.6.25-1926.6.10)の、様々な業績と人となりを、豊富な図版を交えて紹介してくれる1冊です。 本書の構成は次のとおりです。―――日本語版監修者序文第1章 カタルーニャ地方の主都、バルセロナ第2章 イスラム建築の影響とカタルーニャ主義第3章 ゴシック様式とフランス合理主義第4章 生き物のような建築第5章 サグラダ・ファミリア教会資料編―ガウディがのこしたもの―1 ガウディの作品マップ2 シュールレアリストたちの解釈3 シュールレアリストたちの賛辞4 写真家クロヴィス・プレヴォーが見たガウディ5 熱烈な鑑定家、ペドロ・ウアルトガウディ略年譜INDEX出典参考文献――― 本文約100頁、資料編約30頁、冒頭にも書いたように図版が豊富なのでとても読みやすいです。 私は近代建築には全く詳しくないので、様式論などについてふれる資格はありませんので、簡単に印象に残った点のみメモしておきます。 ひとつは、ガウディの人柄。たとえば、建築学校時代、墓地の設計図の試験の際に、まわりの雰囲気を表現することも重要と考え、悲嘆に暮れた人々や灰色の雲が垂れこめる空などを書き加えたところ、教授はそれを間違いと決めつけますが、ガウディは修正する気がなく、そのまま教室を出てしまったとか(24頁)。その他、カラフルなタイルをはる作業のとき、新しい建築技法になかなかなじめない石工たちは、ガウディが満足するまで何度もやり直しをしなければならなかったという証言も紹介されています(69-70頁)。 一方、サグラダ・ファミリア建築にかかる膨大な資金集めのため、自ら道行く人々に寄付をつのったそうで、みすぼらしいかっこうのガウディを揶揄する風刺画も残されています(94-95頁)。 次に、その作品については、独創的な建築物の写真がどれも興味深いですが、特に印象に残ったのは、グエル邸の家具です。曲線が美しく豪華な椅子は、デザインが優れているだけでなく、「シートや背もたれの曲線は座る人の体にきちんと合うように、さらには上品な姿勢を保つことができるように計算しつくされている」(59頁)そうですし、非常に不安定な左右非対称の鏡台も、脚の部分にブーツのひもを結ぶときに足をのせるための小さな台がついていたりと、実用面でもすぐれています(42,59頁)。 最後に、私も少し興味を持っているシュールレアリストのダリも、ガウディの作品を非常に称賛していたということで(資料編3)、こちらも興味深く読みました。 普段はほとんど触れない分野の本ですが、興味深く読めた1冊です。(2024.01.31読了)・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2024.05.18
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松本清張『点と線』~新潮文庫、1987年改版(1995年82刷)~ あまりにも有名な長編作品ながら、今回初めて読みました。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 博多付近の海岸で、青酸カリ中毒で死亡した男女2人の遺体が発見された。 情死として処理されていく中、古参の鳥飼刑事は、男性が持っていた列車食堂の受取証に記されていた「御一人様」という記載に疑問を持つ。なぜ、女性は一緒ではなかったのか。捜査を進めるうち、違和感はますます募るが…。 一方、遺体で見つかった男性―佐山は、汚職事件が摘発の進行中だったある省の課長補佐だった。その線で捜査をしていた警視庁捜査二課の三原警部補が、福岡署を訪れる。三原は、鳥飼の話に興味を持ち、あらためて事件を捜査していく。その中で、男女が特急を乗るのを見ていた目撃情報に、作為的なものがあったのではないかと考えるが、疑惑をもった男のアリバイは完璧なようだった。さらに、事件に関与しているという思いは強くなるが、どう関与しているかもなかなか見えてこず、三原の捜査は難航していく。――― 平野謙氏による解説によれば、本作は「推理小説としては松本清張の処女長編」(228頁)とのことです。また平野氏の解説には、肝心のネタはさすがに割らないものの、やや詳しく説明があるため本作未読の場合は注意が必要ですが、クロフツなどアリバイもののミステリの系譜の中に、本作の意義を位置付けていて、興味深いです。 さて、私は横溝正史作品からミステリに興味を持ち、その後、当時活況を呈していたいわゆる「新本格」(つまり、いわゆる「社会派推理小説」へのアンチテーゼ)を中心に読む、といったあたりから読書を始めているので、本書をはじめとする社会派推理小説はあまり読んできていませんでした。とはいえ、本作はとても面白かったですし、以前紹介した『砂の器』も面白かったので、食わず嫌いはもったいないと再認識した次第です。時間は有限なので、なにもかも読むのは難しいですが、これからもいろいろ読んでいきたいとあらためて思った次第でした。 意味不明な感想になってしまいましたが、あらためて、今回読めて良かったです。 良い読書体験でした。(2024.01.30読了)・ま行の作家一覧へ
2024.05.11
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青崎有吾『早朝始発の殺風景』~集英社文庫、2022年~ 青崎有吾さんによるノンシリーズの短編集。 同じまちが舞台で、エピローグでは各物語のその後の様子も描かれますが、基本的には独立した5編の短編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「早朝始発の殺風景」早朝始発の電車に乗ると、普段離さないクラスメイトの殺風景が座っていた。僕―加藤木と殺風景は、お互いが早朝始発に乗る理由を推理し始めることになる。「メロンソーダ・ファクトリー」仲よし三人組でいつものファミレスでしゃべっていた私たち。学園祭のクラスTシャツのデザインを選ぶ中、私の提案に対して、いつもなら受け入れてくれるはずの詩子は別のクラスメイトのデザインを選び…。微妙な空気になる中、詩子の選択の理由をノギちゃんが推理する。「夢の国には観覧車がない」フォークソング部3年生の引退記念でテーマパークにやってきた俺は、あまり話したことのない後輩とペアになり、観覧車に一緒に乗ることに…。果たして後輩が俺を観覧車に誘った意図とは…。「捨て猫と兄妹喧嘩」公園で捨て猫を拾ったあたしは、両親の離婚により別々に暮らしている兄に連絡を取る。アパートに連れて帰れないため、兄に引き取りをお願いするが、兄の言葉にはどこか違和感があり…。「三月四日、午後二時半の密室」クラスに最後までなじめた様子のなかったクラスメイトが、体調不良で卒業式を欠席。そんな彼女のもとに卒業アルバムを届けたわたしは、なんとなく帰りそびれて、少しずつ彼女と話をするが、急に違和感に気づき…。――― これは面白かったです。 車両、ファミレス、観覧車、レストハウス、級友の家の部屋という5つの場所で、2~3人が話す中で生まれる違和感や疑問を解き明かしていくというスタイルの物語。決して派手な動きはないのに、物語にぐいぐい引き込まれます。 特に好みだったのは「メロンソーダ・ファクトリー」。主人公の最後の「修正」に心を打たれます。 また、「夢の国には観覧車がない」も良かったです。読後、このタイトルをあらためて、あらためてその深さを感じました。「三月四日、午後二時半の密室」も、タイトルが素敵なのはもちろん、何も謎がなさそうでいて途中からミステリの雰囲気が高まっていくというつくりも素敵でした。とりわけ、クラスメイトの煤木戸さんが語る、勉強する理由が印象的でした。 池上冬樹氏による解説も分かりやすく秀逸です。 あらためて、これは面白かったです。良い読書体験でした。(2024.01.27読了)・あ行の作家一覧へ
2024.05.04
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池上俊一『魔女狩りのヨーロッパ史』~岩波新書、2024年~ 東京大学名誉教授の池上先生の最新刊です。 池上先生には『魔女と聖女』講談社現代新書、1992年や監訳としてジャン=ミシェル・サルマン(池上俊一監修)『魔女狩り』創元社、1991年などがありますが、本書はこうした業績を踏まえつつ、最新の研究もフォローした1冊です。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに第1章 魔女の定義と時間的・空間的広がり第2章 告発・裁判・処刑のプロセス第3章 ヴォージュ山地のある村で第4章 魔女を作り上げた人々第5章 サバトとは何か第6章 女ならざる“魔女”―魔女とジェンダー第7章 「狂乱」はなぜ生じたのか―魔女狩りの原因と背景第8章 魔女狩りの終焉おわりにあとがき主要参考文献・図版出典一覧―――「はじめに」で近年の魔女研究の動向を簡潔に整理した後、第1章は、本書で対象とする「魔女」の定義を、キリスト教的ヨーロッパで、15-18世紀の魔女狩りの対象となった人々と狭義にとらえるという姿勢を示します。さらに、魔女が行ったとされる魔術の諸類型や、魔女狩りの地域ごとの差異などが紹介されます。 第2章は章題どおり、魔女が訴えられ処罰される過程を具体的に示します。体調が良くないときに読むと辛くなります。 第3章は、本書の中で最も興味深く読みました。ある村で、ある一家全員が魔女とされるに至った経緯を紹介するのですが、ここでは、その家族の子である9~10歳くらい少女が、次から次に家族を告発していく様が示されます。彼女自身は別の地に再教育のため送られ、のちに結婚、さらに魔女狩りで犠牲になった家族のために壮麗な墓標を建てた(84頁)とのことですが、彼女は本当に告発していたのか(単に家族とダンスに行った話や空想を膨らませながら話していただけなのを裁判官たちが都合よく解釈しただけなのか)、どんな思いだったのか、いろいろ考えさせられました。 第4章は魔女狩りの理論を練り上げていった人々についての議論です。よく、「魔女狩りは暗黒時代の中世になされた」と思われがちですが、魔女狩りの最盛期は16世紀後半から17世紀半ば、つまり近世~近代初頭の出来事で、中世の出来事というのは間違いだという指摘があらためてなされます(92頁)。が、続けて、理論的な下地は中世に形成されており、「中世が免責されるわけではない」(92-93頁)と指摘されているのが印象的でした。 第5章はサバトについて。「悪魔からもらった膏薬を塗った」(130頁)、「~という場合もあった」などの表現が用いられていますが、ここでは、「~と裁判官たちに解釈された」などを補いながら、あくまでサバトがこのようにイメージされたというふうに読む必要があると思われました。 第6章は、女性以外の魔女狩りの対象となった男性やこどもたちについて。 第7章は章題どおり魔女狩りの背景と原因を探ります。順番が前後しますが、「あとがき」でも、魔女狩りの最盛期がルネサンスや科学革命といった「近代の黎明を告げる出来事の起きた」時代にあったのはなぜか、という問題関心があったことが触れられ、私もまさにその点が気がかりであるのですが、先のコロナ禍にあった「自粛警察」など、科学の進展した「現代」にもスケープゴートを仕立て上げる様子が見られることを思うと、単純に近代性と魔女狩りの心性が両立しないと考えることには慎重になりつつ、個別具体的にその要因を探る必要があることをあらためて感じました。第7章では、とりわけ、共同体の解体や都市エリートによる農村の「文化変容」といった議論を興味深く読みました。 第8章は魔女狩りの終焉をたどり、「おわりに」は本書の要点の整理となっています。 以上、簡単なメモとなりましたが、最新の研究動向もフォローできる、興味深い1冊です。 さいごに、魔女は悪天候をもたらしたとか、それと表裏一体ですが魔女狩りの時期の気候不順などが指摘されていますが、これに関連した面白い論文があるので紹介しておきます。・井上正美「魔女と悪魔と空模様」『立命館文学』534、1994年、132-148頁(2024.04.13読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.04.28
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ジャン=ミシェル・サルマン(池上俊一監修/富樫瓔子訳)『魔女狩り』~創元社、1991年~(Jean-Michel Sallmann, Les sorcières, fiancées de Satan, Paris, 1989)「知の再発見」双書の1冊。 本書の構成は次のとおりです。―――日本語版監修者序文第1章 妖術の誕生第2章 魔女狩り第3章 過酷な裁判第4章 妖術と魔術第5章 妖術の衰退資料篇―魔女のイメージと現実1 ある妖術事件2 悪魔学者の語るところによれば3 サバト4 ロマン派の視点5 ルーダンの悪魔6 ベナンダンティの戦いの儀礼7 現代の魔女8 伝統的な知識9 非ヨーロッパ文化における妖術関連地図INDEX出典(図版)参考文献――― 第1章は魔女狩りの前史として、妖術の諸相を概観します。妖術が災害などの原因とされたほか、その起源が古代の神話に求められることなどを指摘します。 第2章では、魔女裁判の具体例や、魔女が行っているとされる様々な儀式などが概観されます。ここでは、「とくにもっとも年老いたもっとも貧しい」(58頁)女性が魔女とされることが多いことを指摘するなかで、その時代の社会を「世間の人たちがそう信じて自己満足しているほど、老人にいたわりがあるとは必ずしも言えない社会」(59頁)と評している部分が印象的でした。 第3章は、どう答えても有罪にもっていかれるような事例など、様々な過酷な裁判の事例紹介です。 第4章は、魔女狩りの実施には地域性があり、過酷な魔女狩りが行われなかった地域もあることを指摘したのち、魔女狩りを懐疑的に見ていた人々の存在などを論じます。 第5章は章題どおり、魔女狩りの終焉をたどります。 資料編では、現代や非ヨーロッパ圏の事例も紹介されるのが興味深いです。 本シリーズに共通しますが、図版が豊富でイメージしやすく、また叙述も明解で、読みやすい1冊です。(2024.03.24再読)・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2024.04.27
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徳永聡子(編)『神・自然・人間の時間―古代・中近世のときを見つめて―』~慶応義塾大学言語文化研究所、2024年~ 2020年4月から2022年3月の慶応義塾大学言語文化研究所の公募研究「時間支配とテクストの生成―古代から近世における比較思想史的研究」の成果の一部をまとめた論文集です。 編者の徳永先生は慶應義塾大学文学部教授。本ブログでは、共編著として、次の論集を紹介したことがあります。・大沼由布・徳永聡子(編)『旅するナラティヴ―西洋中世をめぐる移動の諸相―』知泉書館、2022年 さて、本書の構成は次のとおりです。―――はじめにI 古代ギリシア・ローマ 土橋茂樹「クロノスとカイロス―古代ギリシアの時間概念とそのキリスト教的受容」 小池和子「キケローと暦、日付―書簡集を中心として」II 中世ヨーロッパ 岩波敦子「ときを記録する―中世ヨーロッパの時間意識と過去―現在―未来」 山内志朗「聖霊の時間形式を求めて―中世における予型論について」 松田隆美「煉獄の時間とSir Orfeoの時間」 赤江雄一「西欧中世における説教の「心中の暦」―説教者は年間を通じて説教内容をどのように決定したか」 徳永聡子「教会暦とキャクストン版『黄金伝説』」III イスラームとオリエント 鎌田由美子「イスラーム美術と星モチーフ―セルジューク朝の金工品に見られる七惑星と黄道十二宮」 北田信「デカンの初期ウルドゥ―語詩人ヌスラティーにおける時間」おわりに――― 特に興味深かった論文についてメモしておきます。 小池論文では、紀元前45年のユリウス暦への改暦前は、1年が355日で、1年おきに2月の後に閏月を入れていたというのですが、閏月の挿入がいい加減に、また政治的になされていたという指摘が印象的でした。 岩波論文は、中世ヨーロッパのさまざまな「とき」をめぐる、やや概説的な論考。復活祭(春分の日以降の満月後の最初の日曜日)の正しい算定方法をめぐる議論、都市の時間、歴史叙述、「亡霊譚」などからみる死者や異界の時間など、時間に関する諸相を描きます。 松田論文は、岩波論文末尾で扱われる「異界」のときについて、特に文学作品に描かれる煉獄の時間を論じます。こちらも関心のあるテーマで、興味深く読みました。 赤江論文はYuichi Akae, A Mendicant Sermon Collection from Composition to Reception. The Novum opus dominicale of John Waldeby, OESA, Brepols, 2015、第6章をアップデート、単独論文として整理した邦訳版。説教で語られる主題が特定の日曜日に結び付けられていることにより、説教者も聴衆も、どの日曜日にどの主題が語られるかという暦が頭の中にあったのではないか、という、ダブレイらが論じる「心中の暦Mental Calendar」概念の有用性を、ある『日曜説教集』の詳細な分析を通じて、あらためて明らかにする論考で、大変勉強になりました。 第III部も、私は不勉強な領域ですが、イスラーム美術における星のモチーフに関する話など、興味深く読みました。 読了から時間が経ってしまったのと、私の理解不足で、十分な紹介ができませんでしたが、興味深い話題も多く、勉強になる1冊でした。(2024.04.07読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.04.20
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多田克己『百鬼解読―妖怪の正体とは?』~講談社ノベルス、1999年~ 京極夏彦さんの「百鬼夜行シリーズ」を現時点の最新刊まで読み終えたので、関連書として本書を久々に再読してみました。 時系列でいえば、京極夏彦『百器徒然袋―雨』と同日に刊行されていますが、その時点で次作予定に挙がっている陰摩羅鬼まで含めて、「百鬼夜行シリーズ」に登場するすべての妖怪を紹介してくれる1冊です。 著者は、「妖怪研究家」とのことで、そのお名前は「百鬼夜行シリーズ」でもおなじみの多々良勝五郎先生のモデルになったのでは、といまさらながら思った次第です。ノベルス版『今昔続百鬼―雲』のカバーそでの写真の人物も、もしかしたら多田さんなのでしょうか…。 さて本書は、「妖怪の誕生」「妖怪博物絵師 鳥山石燕」という2つの論考ののちに、「妖怪を読み解く」と題して、姑獲鳥から陰摩羅鬼まで42の妖怪について、その解釈などを提示するという構成になっています。また、42の妖怪全てについて、京極夏彦さんが手がけたイラストが添えられていて、豪華です。 本書の中で一番興味深く読んだのは「妖怪博物絵師 鳥山石燕」で、同時代の絵師や伝統的な技法との関係など、勉強になります。 「妖怪を読み解く」については、明快な答えが示されるというよりは、鳥山石燕の描いた妖怪について、絵解きや言葉の意味から、様々な解釈を提示するかたちで、本書を読めば答えが分かる、というものではありません。むしろ本書の解釈をもとに、読者それぞれが考えるきっかけになるように思いました。 おそらく刊行当時に読んでいるはずなので、25年近くぶりの再読ですが、冒頭2編の論考の存在も忘れていたので、妖怪たちの紹介も含めて、興味深く読めた1冊です。(2024.01.24再読)・た行の作家一覧へ
2024.04.13
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豊田武『苗字の歴史』~中公新書、1971年~ 豊田武氏(1910-1980。没年はWikipedia参照)は日本中世史専門の歴史学者。「はじめに」によれば、本書は、その研究『武士団と村落』の副産物として書かれた著作とのことで、単に様々な苗字の紹介に終わるのではなく、その歴史的背景や意義にもふれている、興味深い1冊です。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに1 苗字の起り2 名字のいろいろ3 氏姓制に源をもつもの4 地方豪族の成長と名字5 初期の武士団と名字・紋章6 武士の移住と名字の伝播7 苗字の地理的分布8 苗字の固定と偽作9 身分制度の確立と庶民の苗字10 苗字の公称結 苗字研究の意義――― 第1章は、大化前代から、苗字(名字)の歴史を概観し、源平争乱の頃にはほぼ定着、名字を用いる同族団が誕生したと述べます。 第2章は、官職、地名、動植物などの名字を概観。 第3章は古代の氏姓制に源をもつ名字の概観。 第4章は源平その他注目すべき地方豪族の名字とその展開を辿ります。 第5章も標題どおりですが、様々な家紋が例示されていて興味深いです(66-67頁)。 第6章は、地域別に、武士団の移住とそれに伴う苗字の伝播を紹介。 第7章は、地域ごとに特徴的な(他地方に比べて多いなどの)名字を見ていきます。 第8章は、惣領家が名字を独占し、庶子家がその名字を名乗ることを禁じたり、領主層が庶民には名字を名乗らせないようにしようとしていたりしていたことなど、興味深い指摘があります。 第9章も、興味深く、第8章でも触れたように庶民は名字を名乗らないようされていましたが、私的には苗字をもつ者が少なくなかったといいます。1783年、あるお寺の再建の奉加帳には、名前だけで苗字のない寄附者は一人もいない(=全員苗字があった)といいます。 第10章は明治時代以降の名字制度について。以前紹介した遠藤正敬『犬神家の戸籍―「血」と「家」の近代日本―』青土社、2021年の紹介でも触れましたが、本書でも、「維新前まで、女は生家の氏を婚後も称していた」(152頁)こと、そして「家父長権の確立がねらい」で、「[明治]31年の民法・戸籍法で、妻はとついだ家の姓を名乗ることになった」(153頁)が指摘されます。 結びでは、世界の名字の状況や、わが国での苗字研究の意義が紹介されます。 以上、ごく簡単なメモになりましたが、多くの名字の紹介があり、やや古い書籍ではありますが、興味深く読みました。(2024.01.19読了)・その他教養一覧へ
2024.04.06
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有光秀行/鈴木道也(編)『脇役たちの西洋史―9つのライフ・ヒストリー―』~八坂書房、2024年~ 編者のお一人、有光先生は東北大学大学院文学研究科教授で、中世ブリテン諸島史がご専門です。本ブログでは、次の単著を紹介したことがあります。・有光秀行『中世ブリテン諸島史研究―ネイション意識の諸相―』刀水書房、2013年 もうお一方の鈴木先生は東洋大学文学部教授で、中世フランス史がご専門です。本ブログでは、たとえば、『西洋中世研究』12所収のご論考「<Reditus Regni ad Stirpem Karoli Magni>再考」を紹介しています。 さて、本書は、初期中世から近代までの、教科書には名前が載らないような「脇役」たちにスポットを当て、彼らの経歴を通して、同時代の歴史・社会・文化などの諸側面をあぶりだす試みです。 本書の構成は次のとおりです。―――まえがき第1章 忘れられた「第三の守護聖人」―アウクスブルク・ノイブルク司教聖シントペルトゥス(†807?)―(津田拓郎)第2章 「世界で最高の騎士」―ウィリアム・マーシャル(ca.1146-1219)(有光秀行)第3章 奮戦するパリ大学総長―ジャン・ジェルソン(1363-1429)(鈴木道也)第4章 ブルゴーニュ公国を生きる―ユーグ・ド・ラノワ(1384-1456)(畑奈保美)第5章 都市を演出する詩人―アントニス・ド・ローフェレ(ca.1430-1482)(池野健)第6章 カトリック聖職者の失敗した宗教改革―フランツ・フォン・ヴァルデック(1491-1553)(永本哲也)第7章 国王の天地学者として生きる―クリスティアン・スクローテン(ca.1525-1603)(小川知幸)第8章 三十年戦争末期ヴュルテンベルクの預言者―ハンス・カイル(ca.1615-?)(出村伸)第9章 啓蒙の世紀の商人―ドミニク・オーディベル(1736-1821)(府中望)あとがき執筆者一覧索引参考引用文献一覧図版出典一覧――― まず、各章で扱われる人物に関連する絵画、場所などの(カラーも含む)図版が各章に5点以上収録されていて、イメージがわきやすいつくりとなっているのが嬉しいです。また、各章には固有名詞などについての脚注が豊富に付けられていて、読みやすい工夫がなされています。専門的な文献注はありませんので、読みやすく、一方で関連書籍は紹介されていて、さらに勉強を深めることも可能です。 さて、以下、簡単に各章についてメモ。 第1章は、8~9世紀の転換期を生きた司教をとりあげます。生前の事績は地味であったにもかかわらず、11世紀頃から崇敬をうけはじめ、ナポレオン戦争期頃から急速に崇敬が衰退します。このように、初期中世の人物[事件]を取り上げ、その後世への受容を通史的に描く手法は、津田先生の別稿「トゥール・ポワティエ間の戦いの「神話化」と8世紀フランク王国における対外認識」『西洋史学』261、2016年、1-20頁や「「大立法者」としてのカール大帝の記憶」『西洋中世研究』12、2020年、79-92頁にも見られ、興味深く拝読しました。 第2章は、12-13世紀に、無名の雇われ騎士から始まり、後に「これ以上偉大な人を見たことがない」とまで評されるにいたったウィリアム・マーシャルを取り上げ、彼の経歴や、同時代の政治的背景を論じます。中でも、騎士としての名声をとどろかせることになる馬上槍試合についての節では、試合前には社交の機会が設けられていていたことから、「馬上槍試合は当時の俗人エリート層がコミュニケーションをとる機会のひとつ」「社会的ネットワークを形成し、確認し、また強固なものとするツールのひとつ」であったという指摘(55-56頁)や、波乱の政治的状況の中、マーシャルが歴代の王にも「もの言う」騎士であったとの指摘が興味深かったです。 第3章は、教会大分裂(シスマ)期にパリ大学総長となり、シスマ解決に紛争したジャン・ジェルソンを取り上げます。彼は、シスマだけでなく、ブルゴーニュ公ジャン無畏公の意図によるオルレアン公ルイ暗殺事件への糾弾もなしますが、その中で言及される、ジャン・プティという人物が唱えた「暴君殺害擁護論」という考え方が興味深かったです。要は、暴君の殺害は正当かつ合法だ、というのですね。ジェルソンはこの考え方を批判しますが、このように、彼が様々な争いに関して、様々な論考や説教活動を通して解決しようとしていた姿が浮き上がります。 第4章は第3章でも言及のある歴代のブルゴーニュ公に仕えた重臣ユーグ・ド・ラノワに焦点を当てます。英仏百年戦争のさなか、生まれ故郷のフランドル地方の立場から様々な議論を展開し、晩年には、ブルゴーニュ公フィリップが1430年に設立した金羊毛騎士団の古参の騎士として、その総会に努めて出席したほか、団員の最上席を占めるほどになります。 第5章は、フランドル地方のブルッヘで、石工職人でありながら高名な詩人・劇作家として活躍し、都市から相当の年金を受給した詩人ローフェレを取り上げます。ブルッヘはブルゴーニュ公の宮廷があり、彼らはフランス語で話しましたが、主人公の詩人は世俗の言語フラマン語で詩作をしていたことから、詩人は都市住民を対象としていたことが指摘されます。また、ローフェレが演出した入市式での活人画を詳細に分析し、彼が「都市の名誉」のための働きかけを行っていたことが示されます。 第6章はカトリックの司教にして領邦君主であったフランツに焦点を当て、彼がカトリックでありながら自身の領邦のプロテスタント化を図ったのはなぜか、という興味深い問題提起から議論を展開します。詳細な分析から、彼が自身の権力の保持に尽力していたことを明らかにするとともに、プロテスタントになった人々の動機も多様であったことが示されます。 第7章は異色作。現地測量に基づいて作成した地図がスペイン国王に認められ、「国王の天地学者」として活躍することとなるスクローテンと同時代の「私」が、スクローテンの語りを聞きながら、その生涯を描写するという、小説風の構成となっています。ちょっとしたミステリーとしての仕掛けもあり、スクローテンの生涯や業績自体も興味深いながら、物語として楽しく読める1章です。 第8章は、突如天使に出会い、神からの言葉を伝えられたという、ぶどう栽培を営む農夫ハンス・カイルに焦点を当てます。彼の預言の詳細、そしてそのニュースが活版印刷によるビラやパンフレットにより広範に伝えられたこと、彼が当局から疑われ、のちに「自白」に至る過程など、同時代に預言がどうとらえられたのかが明らかにされ、大変興味深く読みました。 第9章は、フランス革命前後を生きた商人ドミニクを取り上げます。彼は啓蒙思想家ヴォルテールと書簡を交わし、相当な学のある方だったようです。アンシャン・レジームにおいては特権階級の矛盾を批判しつつ、革命後には、特権を擁護するかのような発言をするという、一貫性がなさそうに見える彼の思想の背景を辿る、こちらも興味深い論考でした。 本書は、編者のお一人有光先生から御恵贈いただきました。心から感謝します。(2024.03.17読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.03.31
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櫻井康人『十字軍国家』~筑摩選書、2023年~ 著者の櫻井康人先生は東北学院大学歴史学科教授。十字軍や十字軍国家の研究を多く発表されていて、単著としては本ブログでも次の2冊を紹介したことがあります。・櫻井康人『図説 十字軍』河出書房新社、2019年・櫻井康人『十字軍国家の研究―エルサレム王国の構造―』名古屋大学出版会、2020年 さて本書は、重厚な『十字軍国家の研究』が、その副題のとおり、十字軍国家の都市社会や農村社会にも着目し、社会構造を分析するのに対して、様々な十字軍国家がたどった歴史を通史的に叙述しています。いわゆる、何年に誰が、どこで、誰と、何をした、という、事件史・政治史・外交史的な叙述が中心で、社会に関する叙述はほぼありません。それは、あとがきにもあるように、本書で目指されたことが「まずは基本的であると考えられる情報を、努めて簡略に提供すること」であることによります。 本書の構成は次のとおりです。―――序 十字軍国家とは何かI ラテン・シリア 第1章 ラテン・シリアの誕生(1097-1099年) 第2章 ラテン・シリアの形成(1098-1118年) 第3章 ラテン・シリアの成長(1118-1146年) 第4章 ラテン・シリアの発展と分断(1146-1192年) 第5章 ラテン・シリアの回復と再分断(1192-1243年) 第6章 ラテン・シリアの混乱と滅亡(1243-1291年)II キプロス王国 第7章 キプロス王国の形成と発展(1191-1369年) 第8章 キプロス王国の混乱と消滅(1369-1489年) 補章1 ヴェネツィア領キプロス(1489-1573年) 補章2 キリキアのアルメニア王国(1198-1375年)III ラテン・ギリシア 第9章 ラテン帝国(1204-1261年) 第10章 フランク人支配下のモレア(1)(1204-1311年) 第11章 フランク人支配下のモレア(2)(1311-1460年) 補章3 カタルーニャ傭兵団とアッチャイオーリ家(1311-1462年)IV 騎士修道会国家 第12章 ドイツ騎士修道会国家(1225-1561年) 第13章 ロドス期の聖ヨハネ修道会国家(1310-1523年) 第14章 マルタ期の聖ヨハネ修道会国家(1523-1798年)あとがき主要参考文献十字軍国家支配者一覧――― 多少予備知識がないとややとっつきにくいかもしれませんが(今の私には正直とっつきにくく、今回はほぼ流し読みとなってしまいました)、記事の冒頭にも書いたように、通史的に基本的事項が整理されているので、必要に応じて手引き的に参照すると便利だと思います。(2023.12.17)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.03.30
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北山猛邦『千年図書館』~講談社ノベルス、2019年~ 『私たちが星座を盗んだ理由』(講談社ノベルス、2011年)の姉妹編といえるような、最後の1行で世界がひっくり返るような作品集です。5編の短編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「見返り谷から呼ぶ声」その谷から帰るときには、けっしてうしろを振り返ってはならないという「見返り谷」を調べていたクロミ。学校でも一人で過ごすことが多い彼女は、何を調べていたのか。「千年図書館」村の北の湖が凍ったまま溶けなかったとき、いつものように「司書」が選ばれ、島の図書館に送られた―。今回送られたペルは、2年前に送られた「司書」から、仕事や、島での生活について教えられる。しかし、前任者は一切「司書」としての仕事をしていないように見えたが…。「今夜の月はしましま模様?」異星人である音楽生命体に自分のラジオをのっとられた大学生の仁科。生命体によれば、異星人が地球侵略を進めているというのだが、そんな中奇妙な殺人事件が発生する。「終末硝子」医師のエドワードがロンドンで体調を崩し、故郷で仕事をするため、10年ぶりに戻ると、そこには謎の塔が複数たてられていた。宿の主人に聞くと、村に訪れた「船長」が提案した「塔葬」で、それを始めてから村は安定してきているという。一方エドワードは、「船長」の妻から、「船長」の動向に注意してほしいと依頼を持ち掛けられる。「さかさま少女のためのピアノソナタ」古本屋で、「絶対に弾いてはならない!」とメモ書きを付された謎の楽譜を購入した聖。調べると、途中で弾くのを辞めたり間違えたりすると、両腕が吹き飛んでしまうと分かったが…。――― 冒頭作品は比較的分かりやすく、「そうかな」と思っていたとおりですが、比較的優しいエンディングが好みです。 表題作は、『私たちが星座を盗んだ理由』所収「妖精の学校」同様、知らないとピンときませんが、知っていると(知らなくても調べると)ゾワゾワくる作品。多くの方がネットにも書かれていますが、本書をパラパラめくるのには注意が必要です。 第3話はユーモアあふれる作品。音楽生命体と仁科さんの掛け合いが楽しいです。 第4話は好みのラスト。言われてみたらそのとおりなのに、気付きませんでした。 第5話(文庫版ではこちらが表題作になっています)はファンタジーテイストの作品。こちらも好みのラストでした。 前作『私たちが星座を盗んだ理由』が好みだったので、気になっていた1冊。本書も楽しく読みました。(2023.11.08読了)・か行の作家一覧へ
2024.03.23
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中島俊夫監修〚知識ゼロでも楽しく読める!天気のしくみ』~西東社、2022年~ ふっと天気の仕組みを勉強しておきたい、と思って手に取った一冊。 基本的に、見開き2ページで1つのテーマを分かりやすく、図解も豊富に解説してくれています。 雲ができる仕組み、雲の種類(10種類に分類されるそうです。霧も層雲という、雲の一種)、前線の仕組み(中学生の頃からなかなか理解できない…)、エルニーニュ現象、天気予報のしくみなどなど、多くのテーマが分かりやすく紹介されます。「写真で見る空と天気」というコラム的なページもあり、珍しい雲や虹色に染まる空、蜃気楼などが写真で紹介されていて、眺めるだけでも楽しい1冊でした。 昔から天気の仕組みは苦手だったので、今回も理解できたとは言いにくい部分もありますが、時折見返して勉強したいと思います。(2023.11.07読了)・その他教養一覧へ
2024.03.20
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Christoph T. Maier, Crusade Propaganda and Ideology. Model Sermons for the Preaching of the Cross, Cambridge, Cambridge University Press, 2000 著者のマイヤーはスイス出身の歴史家。本書に先立ち、1994年に博士論文を基に出版された著作として、Christoph T. Maier, Preaching the Crusades. Mendicant Friars and the Cross in the Thirteenth Century, Cambridge University Press, 1998 [paperback edition]があります。(→『西洋史学』192、1998年、70-74頁に櫻井康人先生による明解な紹介あり。) 前著が十字軍説教における托鉢修道士の役割を分析する研究であったのに対して、本書は説教史料そのものに重点を置き、その特徴を分析するとともに、主要な史料のラテン語校訂版と英訳の対訳を提示してくれる、きわめて重要な1冊です。 本書の構成は次のとおりです(拙訳)。―――謝辞略号一覧第1部 第1章 著者、説教、その文脈 第2章 十字軍説教と十字軍範例説教 第3章 テクストとその構造 第4章 十字軍を描く第2部 第5章 トランスクリプション及び翻訳に関する注記 第6章 写本 第7章 説教補論 ギベール・ド・トゥルネーとジャック・ド・ヴィトリの十字軍範例説教間の関係参考文献聖書引用箇所索引一般索引――― 第1章は、本書が対象とする説教史料の著者5名とその著作の紹介、そして説教史料全般の研究史概観と本書の構成紹介からなります。 5名は、晩年トゥスクルムの司教枢機卿をつとめたジャック・ド・ヴィトリ(1160/70-1240)、その後任となったウード・ド・シャトルー(c.1190-1273)、フランシスコ会士ギベール・ド・トゥルネー(c.1200-1284)、ドミニコ会士アンベール・ド・ロマン(c.1200-1277)、フランシスコ会士で晩年はトゥスクルム司教枢機卿をつとめたベルトラン・ド・ラ・トゥール(c.1265-?)で、彼らはみな、十字軍士に向けた範例説教を著しています。 第2章は、著者たち自身の十字軍の経験とその説教との関係、「生の」説教と範例説教の関係について論じます。 第3章は、説教の構造に関する分析です。説教の出発点となる「主題」(一般に聖書の一節からとられる)から始まり、説教を展開する技法(動物等になぞらえる「類似」や、聖書の言葉の多義的な意味を読み解く「語釈」など)について具体的に分析します。 第4章は、説教テクストにおいて、十字軍(士)がどのように描かれたかを論じます。戦争としての側面や、キリストの模倣、死との関係などが取り上げられます。 第2部は本書の主要部分で、第5章は標題どおり注記、第6章は写本の紹介、第7章で説教史料の校訂版と英訳の対訳が提示されます。 付録は、ジャックの説教から多くを引用しているギベールの説教について、実際の引用箇所を提示することで、ギベールは単にジャックのテクストを剽窃しているのではなく、自身の議論の出発点としてジャックのテクストを用いているとし、ギベールの独創性を強調しています。 冒頭にも書きましたが、十字軍説教を勉強するにはきわめて重要で、また不可欠の著作と思われます。 学生の頃にだいぶ読んで勉強したつもりでしたが、この度再読してみて、あらためて学びがありました。(2023.12.17再読)・西洋史関連(洋書)一覧へ
2024.03.16
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角山栄『時計の社会史』~中公新書、1984年~ 角山栄氏はイギリス経済史等が専門で、本書のほか、『茶の世界史』(中公新書。のぽねこは未見)も有名です。 本書は、西洋のみならず、中国、日本も含めて、社会・生活との関りから時計の歴史をたどる一冊です。 本書の構成は次のとおりです。―――シンデレラの時計東洋への機械時計の伝来「奥の細道」の時計和時計をつくった人びと江戸時代の暮らしと時間ガリヴァの懐中時計―航海と時計時計への憧れ―消費革命と産業革命昼間の時間と夜の時間時計の大衆化―スイス時計とアメリカ時計機械時計の歴史の終わり―ウォッチの風俗化あとがき参考文献――― 冒頭は、「シンデレラはどうやって真夜中12時を知ったのか」という魅力的な問いから始まり、機械時計の始まりと発展、メキシコ・インドなどの時間意識を踏まえながらの時間意識の変化などを論じており、印象的な章です 第2章は中国でのヨーロッパ時計の受容(皇帝にとっての高級な玩具としての位置づけ)と、日本にはほとんど輸入されなかった理由を日本の不定時法の観点から読み解きます。 第3~第4章は日本の時間意識と和時計についての議論。現在の東芝の原点となる「田中製作所」を開いた田中久重についての紹介が興味深かったです(96-97頁)。 再び第5章以下はヨーロッパの時計の歴史に移り、時計の発展、労働時間や余暇時間といった時間意識などを論じます。 余談ですが、第1章で紹介される、ローマ数字のIVが時計ではIIIIと表記される理由が、一説によれば、シャルル5世というフランス王が作らせた時計塔のIVを見て、5から1を引くのが気に障りIIIIと書かせた、というエピソードが紹介されます。これは綾辻行人『時計館の殺人』(講談社文庫、1995年)でも紹介されていて(私自身は綾辻作品で先に知ったエピソード)、綾辻さんが本書を参考にしたのがうかがえます。 昼休みに職場で少しずつ読み進めたので、深く読み込めてはいませんが、分かりやすい叙述で、面白いエピソードも多く、興味深い1冊です。(2023.12.14再読)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.03.09
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柚木麻子『本屋さんのダイアナ』~新潮文庫、2016年~ 自分の名前を変えたい、そして将来は本屋になりたい少女と、穏やかな家庭で育ちながら、中学受験、そして大学進学を経て何かが変わってしまう少女の物語。 物語は、矢島ダイアナ(漢字では大きな穴と書く)さんと、神崎彩子さんの2人の視点で進みます。 ダイアナさんは、キャバクラでママをしている母―ティアラと二人暮らし。髪を金髪に染められ、食事もコンビニやファストフードが多いですが、図書館に通って本を読むのが好きな少女です。 小学三年生の始業式の日、名前のことでクラスメイトからからかわれたとき、守ってくれたのが彩子さんでした。 ダイアナさんは、彩子さんの恵まれた環境に憧れ、彩子さんは、ダイアナさんのワイルドな環境に憧れます。二人は本を通じて―とくに、はっとりけいいち作『秘密の森のダイアナ』は二人のお気に入りでした―ますます仲良くなるのですが、小学6年生の頃、ささいなきっかけで二人には溝ができてしまいます。 その後、別々の道を歩む二人。ダイアナさんは、自分の夢をかなえるため、本屋での就職を目指しますが…。 同僚から勧めていただいて手にしましたが、好みの物語でした。 かわいらしい装丁ですが、物語は重たい、つらい要素も多いです。それでも、「呪い」を解くために立ち向かっていく二人の姿が素敵でした。 良い読書体験でした、(2023.11.07読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2024.03.02
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織田武雄『地図の歴史―世界篇』~講談社現代新書、1974年~ 先史時代から現代までの、世界での地図の歴史をたどる一冊です。 約50年前の刊行ですが、概観をつかむのには便利で、たとえば最近でも、南雲泰輔「「古代末期」の世界観」大黒俊二/林佳世子(責任編集)『岩波講座 世界歴史03 ローマ帝国と西アジア 前3~7世紀』岩波書店、2021年にも参考文献として掲げられているように、基本的文献といって良いと思います。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに図版目録第1章 地図の起源第2章 ギリシア・ローマ時代の地図第3章 中世における世界図の退歩第4章 近代地図のはじまり第5章 地理的発見時代の地図第6章 世界図における新大陸第7章 メルカトルから近・現代地図へ第8章 中国における地図の発達むすび索引――― 構成のとおり、第1章は地図の起源として、文字を持たない民族の地図を紹介したのち、古代エジプト、バビロニアの地図を概観します。第2章から第7章まで、主としてヨーロッパを中心とした地図と地理的知識の展開を見て、第8章では中国の地図の歴史を素描します。 概説書なので各章の紹介は省略しますが、2点だけメモしておきます。 まず、第3章はその名も中世における世界図の「退歩」で、たとえば地球球体説が否定され、「中世では地球は球体でなく、平たい大地をなすものとふたたび考えられるようになった」(49頁)との記述もありますが、こうした中世の「退歩」説を批判する文献として、ウィンストン・ブラック(大貫俊夫監訳)『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』平凡社、2021年を挙げておきます(特にその第2章「中世の人々は地球は平らだと思っていた」を参照)。 また、アメリカ大陸の語源が、コロンブスたちがアジアと思い込んでいたアメリカ大陸を「新大陸」だと明らかにしたアメリゴ・ヴェスプッチ8(451-1511)なのは承知していましたが、そう提唱した人物のことは恥ずかしながら気にしたことはありませんでした。本書によれば、地理学者マリティン・ヴァルトゼーミューラ(1470-1518)が、ヴェスプッチの著作への解説にて、「第四の大陸がアメリゴ・ヴェスプッチによって発見され、大陸名は女性名を用いるならわしにしたがって、アメリゴの名にちなんでアメリカと称すべきことを提唱した」(126頁)とのことです。これは勉強になりました。 図版も多く、また索引も付されていて、丁寧なつくりの一冊です。 冒頭に書いたように、50年近く前の本ですが、主にヨーロッパを中心とした地図の流れを把握するのに便利な一冊です。(2023.09.11読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.02.24
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北山猛邦『密室から黒猫を取り出す方法 名探偵音野順の事件簿』~創元推理文庫、2021年~ 名探偵音野順シリーズの短編集第2弾です。 探偵の音野さんと、作家で音野さんの助手でもある白瀬さんについては、第1弾『踊るジョーカー 名探偵音野順の事件簿』の記事をご参照ください。 さて本書には、第1弾同様に5編の短編が収録されています。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。―――「密室から黒猫を取り出す方法」ホテルで、憎い上司を密室状況で自殺にみせかけることに成功した男。ところが、仕掛けの最後のところで、部屋に黒猫が入り込んでしまい、そのまま密室が完成してしまう。「人喰いテレビ」雪の上で、上半身裸で殺されていた男は、その前日、ロッジの中で、テレビに食われるような状況だったのを目撃されていた。そのロッジでは、過去にも人が食われるような状況が目撃されていて…。「音楽は凶器じゃない」音楽室で、教師が殺され、生徒もケガを負っていた。犯人は窓から逃げたと思われたが、疑問点も多い。一方、ほぼ密室状況だったその現場からは、凶器が発見されなかった。音野がたどり着く真相とは。「停電から夜明けまで」血のつながらない強欲な父を殺そうと計画する双子の兄弟。しかし、計画を実行しようとした停電した夜、思わぬ客が訪れ、事態は意外な方向へ…。「クローズド・キャンドル」白瀬が気になっていた広い敷地の中にある家で、大量のろうそくが並べられた密室状況の中で首吊り事件があった。名探偵を名乗る男は、自殺ではなく殺人だと言い張り、遺族に真相を明かすため高額な金額を要求していた。それを措置するため、白瀬は音野の協力を求めるが…。――― これは面白かったです。 物語は基本的に白瀬さんの一人称で進みますが、地の文でも会話でもユーモアにあふれていて大好きです。二人ともルールをよく知らないまま進めるチェスや、「絶対に負けられない戦いだ」など、本当に楽しく読み進めました。 表題作は殺人の密室のほうは冒頭から描かれますが、主眼は密室状況から消えた猫の謎で、最後まで興味は尽きません。「人喰いテレビ」はタイトルから引き込まれますね。凶器をめぐる第3話はややホラーなテイストもありますが、好みの謎解きでした。第4話はかなりの異色作。第5話は奇妙な密室状況という魅力的な謎に加えて、名探偵を名乗る男との戦いも目が離せません。 本書ではまた、青崎有吾さんによる解説も素敵でした。解説が青崎さんというだけで嬉しかったのですが、そのタイトルだけで少しぐっときて、また末尾あたりでは涙が…。疲れているのでしょうか…。 全体を通してとても楽しめた一冊です。良い読書体験でした。(2023.08.29読了)・か行の作家一覧へ
2024.02.23
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京極夏彦『鵼の碑』~講談社ノベルス、2023年~ 百鬼夜行シリーズの長編第9弾です。――― 舞台は、昭和29年3月、日光。 劇作家で、榎木津ホテルに逗留する久住加壽夫は、従業員―桜田登和子から人殺しの告白を聞く。外に出て、たまたま出会った作家・関口巽に状況を語る。2人は関口の部屋を担当するセツさんの話をヒントに、その日から休みが続いている登和子を探し始める。…「蛇」。 御厨冨美は、勤め先の経営者・寒川秀巳の行方を捜すため、薔薇十字探偵社の益田に依頼した。寒川は、父の死の謎を追い、笹村の名をヒントに、日光に出かけたと思われたが…「虎」。 長門の退官祝いの酒席で、昭和9年に日比谷公園で起った死体消失事件の話を聞かされた木場修太郎は、現在の上司が当時の状況を知っていることを聞かされる。上司の命令で、日光に向かうことになるが…「貍」。 学僧の築山公宣は、中禅寺秋彦と学生の仁礼の手を借りながら、輪王寺の文書の調査を進めていた。そんな中、中禅寺は『西遊記』の写本を見つけ、その来歴を調べ始める。一方その頃、世話人から、付近に出現する怪しい男の話を聞かされて…「猨」。 緑川佳乃は、大叔父が暮らしていた日光の診療所を訪れる。膨大のカルテの整理をしようと思っている中、何者かが診療所を覗き込んでいて…「鵺」。――― 蛇→虎→蛇→貍→虎→蛇→猨→貍→虎→蛇……という順番で、各章が語られます。目録をパッと見たときは驚きましたが、その規則性の美しいこと。そして、少しずつ関係者が重なっていくそれらの事件は、終章「鵼」にて真相が明らかにされます。 いやはや、本編でいえば『邪魅の雫』から17年、中編集『今昔百鬼拾遺―月』ノベルス版からも3年ぶりの刊行ということで、本書の出版は相当話題になったことは記憶に新しいです。 過去の物語を忘れてしまっていたため、本書出版を機に『姑獲鳥の夏』から全て再読してきて、本書を読むまでに時間がかかってしまいましたが、改めてシリーズの面白さを認識したのはもちろん、本書も抜群に面白かったです。『陰摩羅鬼の瑕』末尾あたりから、関口さんを素敵だと感じ始め、『邪魅の雫』でも格好良かった関口さんは、本書「蛇」の章でも格好良く見えます。しかし中禅寺さんが登場すると、いつも通りけなされてしまうのですが……。とはいえ、いまさらながら、中禅寺さんの関口さんへの毒舌は、少しずつ憑かれがちな関口さんの憑物を落としてあげているのだと気付けました。榎木津さんも関口さんのことをぼろくそに言いますが、榎木津さんなりに関口さんを大切にしているようにも思います。 軽佻浮薄な益田さんが時折見せる暗い表情もぐっときますし、(詳細は伏せますが)緑川さんの役回りも素敵でした。 昭和9年に起こったいくつもの不可解な事件はどのようにかかわっているのか、が本書のメインですが、あらためて憑物落としのシーンは素敵です。 これは面白かったです。良い読書体験でした。※私だけではないでしょうが、本書購入時にある意味一番嬉しかったのは、帯記載の「次作予定『幽谷響の家』」という文字でした。次作も楽しみです。(2024.01.18読了)・か行の作家一覧へ
2024.02.19
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京極夏彦『今昔百鬼拾遺―月』~講談社ノベルス、2020年~ 記者・中禅寺敦子さんと、学生の呉美由紀さん(『絡新婦の理』で初登場)が活躍する中編(長編?)集です。 3編の作品が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「鬼」昭和28年9月から「昭和の辻斬り」と命名されることになる事件が続発。美由紀の先輩も、一連の事件の中で命を落とす。彼女は、自分の家系の女性は刀で斬り殺される、だから怖いと語っていたという。一方、刀を持って現場に立っていた男は、どこか犯人ではないような違和感もあり…。「河童」益田は受けた奇妙な依頼を受ける。盗品の宝石を取り返し、持ち主に返すため贋作宝石を作って欲しいという依頼を受けた職人。しかし、その依頼人や関係者たちが、次々と溺死するという事件が発生した。そしてみな、ズボンが切り裂かれ、お尻が露わになるという奇妙な状況で発見されていて…。「天狗」美由紀が知り合った篠村美弥子は、自分の友人が高尾山で行方不明になったという。一方、その後別の山で発見された女性の遺体は、その友人の服を身に着けていたという。同時に複数発生した高尾山での「天狗攫い」事件の真相とは…。――― これは面白かったです。 鬼の刀に呪われる因縁の家系、河童にまつわるような品のない様々な事件、天狗の人さらい事件と、バリエーション豊かな物語が収録されています。 特に面白かったのは「河童」でした。多々良先生も登場してはちゃめちゃですし、貴重な証言を聞けた団子屋の女将さんから姪御さんを紹介されたときの益田さんの発言の破壊力たるや。しばらく笑って次の行に進めないくらいでした。 さて、敦子さんの冷静な事件の分析と、美由紀さんの熱い言葉で、事件が収束するというお約束の構造にも安心します。美由紀さん素敵です。 良い読書体験でした。(2023.01.02読了)・か行の作家一覧へ
2024.02.18
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京極夏彦『完本 百鬼夜行―陽』~講談社ノベルス、2016年~ 百鬼夜行サイドストーリーの短編集で、『百鬼夜行―陰』に続く第2弾です。 ごく簡単に内容紹介と感想を。―――「青行燈」戸籍にも載っていないがきょうだいがいた記憶を持つ、由良家財産管理人は、由良家関係者から百物語の思い出を聞き…。(→『陰摩羅鬼の瑕』参照)「大首」性にまつわる情動とともに愚かさを感じていた大鷹が壊れてしまう過程を描く。(→『陰摩羅鬼の瑕』『邪魅の雫』参照)「屏風闚」幼い頃の出来事からうしろめたさを抱えながら生きてきた多田マキが、ずっと目撃してきた黒いものとは…。(→『絡新婦の理』参照)「鬼童」人でなしと自覚を持ち、母親が亡くなっても動かずにいた江藤の行く末は…。(→『邪魅の雫』参照)「青鷺火」死者は鳥になると語る老人の言葉に、亡き妻を偲ぶ男の物語。(→『狂骨の骨』参照)「墓の火」日光で、調査中に謎の死を遂げた父について調べ始めた男がたどり着く場所にあったものとは…。(→『鵼の碑』参照)「青女房」戦地から戻る船の中、青く、無表情な妻の顔の夢を見てうなされる男のその後とは…。(→『魍魎の匣』参照)「雨女」水たまりに映る女の表情によって、自分の良心に従って動いたつもりが、全てがうまくうまくいかない男の末路とは…。(→『邪魅の雫』参照)「蛇帯」蛇への異常な恐怖心を抱き、帯すらも怖く、和服が着られない女中が、蛇を怖がる理由とは…。(→『鵼の碑』「目競」余計なものを見てしまうため、魚の目に憧れる男が、探偵になる物語。――― 好みだったのは「青鷺火」。後味の悪い短編も多いなか、ある種、過去との決別とこれからを描いているだけでなく、淡々とした描写から動きのある展開に移っていくのも良かったです。※完全に失念していましたが、「青鷺火」は愛蔵版『狂骨の夢』の帯で応募して、豆本の形で入手して既読でした。『鵼の碑』の前日譚・サイドストーリーが2編あり、ますます新作が楽しみになる短編集です。 そして、本書の中で最も印象的だったのは「目競」です。自らを神と称する榎木津さんですが、他人の記憶が視えてしまうというのは相当しんどいだろうな、と思っていました。そのあたりのエピソードが印象的ですし、また、世の中を面白がる方向に振り切ろうとする榎木津さんが素敵です。(2023.12.19読了)・か行の作家一覧へ
2024.02.17
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京極夏彦『邪魅の雫』~講談社ノベルス、2006年~ 百鬼夜行シリーズの長編第8弾です。 それでは、内容紹介(2006.09.28の記事をほぼ再録)と感想を。――― 昭和28年夏。江戸川の河川敷に男性の変死体があった。毒殺されたという。所轄の交番勤務だった青木は、被害者の周辺を探っていたらしいちんぴらに目をつけていた。しかし、一週間後、大磯で変死体が発見された。青木は両者に関係はないと思っていたが、本部は連続殺人事件として捜査するよう方針を定めた。不満に思い、木場などに相談しながら、青木は事件について検討していく。 その頃、薔薇十字探偵社に、榎木津の甥が訪れた。榎木津礼二郎に何度か見合い話があがっていたのだが、いずれも、お見合い前に先方から断りが入ったという。先方は事情を言わない。さらに、見合い相手の一人の妹は、変死しているという。榎木津の甥に頼まれ、益田は捜査を開始する。 また、時を同じくして―。『陰摩羅鬼の瑕』の事件で刑事をやめた大鷹は、大磯を訪れていた。彼は、たまたま出会った女性に、住むところを提供するのと引き替えに、不遇の女性を守るように依頼された。相手の女性が眠っているとき以外はずっと女性についていたため、大鷹はきわめて不審な人間として、周囲の人々の目にうつることになる。 そして。酒屋につとめる青年、江藤が、店が懇意にしている女性のもとへ訪れたとき、その女性は死んでいた。真壁恵と聞いていたが、刑事たちの話を聞いていると、その名前は偽名だったらしい。こうして江藤の中で、真壁恵という存在はないものとなった。 その頃。自分の絵のモデルの女性が、怪しい男にずっとつけられているということを画家は知った。知っていて、彼女とはその件について話さなかった。画家は考える。あの男を殺してやろう、と。――― それぞれの人物が関わる事件が奇妙にかかわりあうようで、少しずつずれているような、連続殺人事件とみなされても、どこかちぐはぐな事件が続きます。 ノベルス版で820頁ほどですが、珍しく(?)全28章で、平均すると1章が30頁ほど(短い章もあれば長い章もありますが)ということもあり、読みやすいです。 今回は、いつもお茶らけている益田さんがナイーブな感じで、益田さんと共に行動する関口さんがしっかり者のような印象があるのが印象的です(関口さんの一人称の章は、本作にはありません)。何かを抱えている榎木津さんに対する態度など、関口さんがかっこよいシーンもあります。 また、榎木津さんが京極堂さんを評するある言葉は、『百器徒然袋―風』の中の、京極堂さんが榎木津さんを評する言葉とリンクしているようで、こちらも印象的でした。 17年ぶりの再読ですが、当時の記事と同感だったところも多く、また今回の新たな発見もあり、再読の醍醐味を感じました。 久々の再読ですが、面白かったです。(2023.12.10再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.15
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京極夏彦『百器徒然袋―風』~講談社ノベルス、2004年~ 『百器徒然袋―雨』の続編。榎木津礼二郎さんが活躍する3編の中編を収録する中編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「五徳猫」友人の近藤に招き猫を買うも、右上げと左上げが違うと理不尽な批判を受けた僕は、その後、招き猫をめぐる事件に巻き込まれる。外出先で出会った二人の女性の会話の中で、「榎木津」の名を聞いて反応してしまったばかりに、二人の奉公先がいがみあっていること、過去には殺人事件もあったこと、一人は久々に会いに行った母から、娘は別にいると言われたこと…。そして僕は、おしゃべりな奈美木セツから、榎木津に代理で事件の調査を依頼するよう頼まれてしまう。「雲外鏡」榎木津の事務所から出たところを男たちに拉致された僕は、駿東という男から、榎木津の能力について問われる。その後、自分を殺すマネをした後に逃げろという指示を受け、そのとおりにしたのだが、その後、実際にその建物で殺人事件が発生していたことを知る。一方、自称霊感探偵が榎木津に挑戦状を送り付けてきて…。「面霊気」隣人の近藤の家に空き巣が入った。どうも一帯の家のいくつかは被害にあっているらしい。そんな中、益田が浮気調査を依頼されている中で訪問した家庭も、空き巣被害にあっており、益田は重要参考人となっていた。一方、近藤の家には、見覚えのないものがいくつか増えており、その中の一つは、どうもいわくがありそうなお面だった。――― 今回も、どの話も痛快です。 冒頭「五徳猫」では、『絡新婦の理』で、織作家の家政婦として登場していたセツさんが登場し、あれこれ喋りまくります。 いちばん好みだったのは「雲外鏡」。解決時の榎木津さんがかっこよすぎます。珍しく京極堂さんが謎解き(憑物落とし)をせず、榎木津さんが解説してくれるのも素敵です。「面霊気」もラストが素敵です。 あらためて、楽しく読めた1冊です。(2023.11.26再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.13
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京極夏彦『陰摩羅鬼の瑕』~講談社ノベルス、2003年~ 百鬼夜行シリーズの長編第7弾。 今回は、依頼先に向かう途中で体調を崩し、一時的に視力を失ってしまった榎木津さんと、そのサポートとして訪れた関口さんの2人が、「鳥の城」で事件に巻き込まれます。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。(内容紹介は2006.09.23の記事をほぼ再録)――― 物語の舞台は信州。「鳥の城」などと呼ばれる、由良元伯爵の館。そこには、先代の当主により集められた、莫大な数の鳥の剥製が飾られいた。 館では、過去四回、現在の当主由良昂允(通称伯爵)の妻が、新婚翌日の朝に殺されるという事件が起こっていた。そしてこの夏、伯爵は五回目となる結婚をしようとしていた。しかし過去四回も同様の事件が起こっているので、伯爵は探偵を雇うことにした。そこで呼ばれたのが、榎木津礼二郎だった。しかし榎木津は信州に向かう途中、病により、一時的に視力を失ってしまっていた。そのため、その補佐として、関口巽がやって来た。 伯爵は、榎木津よりも関口に関心を持っていた。そして、彼に何度も問う。「貴方にとって生きて居ることと云うのはどのような意味を持つのです――」 過去四度の「事件」は、朝方伯爵が夫婦の寝室を出てから、その数十分(あるいは十数分)の間に起きていた。犯人がつからないまま、三つの事件は既に時効となっていた。 そして、今回。婚礼の宴は無事に過ぎ、夜明けには榎木津も関口も事件を防ぐべく動くのだが…。――― 今回、2度目の再読です。あまりに印象的な真相だったので、真相のポイントは覚えていましたが、解明に至る流れがあらためて面白いです。 関口さんと横溝正史さんの出会い、学生と京極堂さんによる姑獲鳥をめぐる議論、伯爵と関口さんの「存在」や「死」をめぐるやりとり、どれも興味深く読みました。 物語は、伯爵、関口さん、そして過去三回事件に立ち会っている元刑事の伊庭さんそれぞれの一人称で語られます。順番は不規則ですが。京極堂さんが今回動くのは、未解決に終わっている過去の事件をどこかひきずっている、伊庭さんの依頼によります。その伊庭さんも素敵な方でした。粗暴な警部に注意したり、関口さんが「まとも」であることを理解したりと、大活躍です。 関口さんは事件の度に壊れてしまいそうになりますが、だからこそ、雪絵さんとの買い物のエピソードではなんだか涙が出そうになりました。 正直、再読回数の関係もあるのか、シリーズの中では(真相を除き)あまり印象に残っていなかったのですが、今回あらためて再読してみて、好みの物語であることを再認識しました。 良い読書体験でした。(2023.11.21再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.12
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京極夏彦『今昔続百鬼―雲』~講談社ノベルス、2001年~『塗仏の宴 宴の支度』『塗仏の宴 宴の始末』にも登場する多々良勝五郎先生が活躍(?)する中編集。伝説に興味を持つ、弟子(?)の沼上蓮次さんの一人称で物語は進みます。 それでは、簡単に内容紹介(2006.07.23の記事をほぼ再録)と感想を。―――「岸涯小僧」昭和25年初夏。俺は多々良センセイとともに、伝説巡りのために山梨県に訪れていた。夜中に山で遭難しまい、さらには山から滑り落ちてしまうのだが、そこはもう川沿いの村だった。川で、なにやら人間がとっくみあうような音がして、さらに悲鳴、「カッパか」といった声が聞こえた。事件かと思いあたりを探したが、人は見あたらず、センセイは夜遅いというのに大きな農家に宿を請うた。その家の主人―村木作左衛門老人が無類の妖怪好きで、センセイと二人で長々と河童について語った。翌日、昨夜の物音が何だったのか、川に確認しに行くと、そこには死体があった。「泥田坊」昭和26年2月。俺と多々良センセイは、信州の山奥にいた。やはり迷っていた。やがて村にたどり着いたが、空気が異様だった。あらゆる家が、魔除けのようなものを出し、戸口をかたく閉ざしていた。物忌みをしているようだった。ただし、ひっそりとした村の中で、一人だけ怪しげに動く人物がいた。「タオカエセ」と聞こえる言葉を叫びながら。俺たちは、村中で物忌みをしているのに泊めてくれるところはないと思っていたが、男性がとめてくれた。そこで、村の習俗を聞いたのだが、各家の運勢を知ることができるという占いのために、まさにその男性の父親が出ているというのだった。神社へ行き、その日のうちに帰るはずのその父親は帰ってこず、翌日、死体で見つかった。死体が見つかった神社への足跡は、一人分しかなかった。「手の目」昭和26年、「泥田坊」事件から東京へ帰る途中、俺たちは、金銭面で困ったところに助けに来てくれた富美さんとともに、上州(群馬県)に立ち寄った。ところが、三人がとまった宿の主人が失踪したという。背景には、村の貧しさと、そこへ訪れた金持ちのばくち好きな座頭の存在があった。村の男たちは、村の財政をたてなおすために、座頭と博打をしていたのである。富美さんの言葉におされ、多々良センセイと俺は村人たちのために、座頭と博打をうつことになる。「古庫裏婆」昭和26年秋、俺たちは山形へ向かった。東京で開かれた「衛生展覧会」で木乃伊を見て、その出所でもあった山形へ行くこととなったのである。しばらく順調に行っていた旅も、宿で一人の男と相部屋になってから、悲惨な事態へとつながっていった。その男に、荷物一切を盗まれたのである。その男から聞いていた、旅人を無料でとめてくれるという寺のようなところへ行くことにした二人だが、そこはまさに展覧会に木乃伊を「出品」したところであった。また、「出品」された木乃伊に不審な点があったことから、東京から刑事もやってきて…。――― 村木老人の養女、富美さんが物語のまとめ役をつとめます。古い文献も読んでいて、妖怪についても的確な指摘をします。多々良先生は妖怪のことしか考えていませんし、沼上さんはツッコミで忙しいので、非常に重要な役回りです。「泥田坊」は、あえて殺人事件の方に力点をおいて紹介を書きました。いわゆる「雪の密室」の状況が好みということもあり、また泥田坊をめぐる解釈も面白く、好みの物語でした。 どれも、妖怪の謎解明が事件の解明につながるのですが、特に強いリンクを感じるのは「手の目」でした。多々良先生の無茶苦茶な解決も痛快です。 最初の3編は『メフィスト』初出ですが、最終話は書下ろし。こちらには、里村先生や京極堂さんも登場し、嬉しい1編です。 久々の再読ですが、今回も楽しく読みました。(2023.11.16再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.10
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京極夏彦『百器徒然袋―雨』~講談社ノベルス、1999年~「探偵小説」と銘打たれた本書は、榎木津礼二郎さんが活躍する3編の中編を収録する中編集です。 榎木津さんが主役ということもあり、ユーモアたっぷりの作品集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「鳴釜」妹が、奉公先の御曹司とその仲間たちに乱暴され、自殺を図った。僕は、友人の紹介で、薔薇十字探偵社に依頼をもちかける。探偵助手の益田の調査で、一味はすぐに特定されるが、解決策が浮かばない。そこで探偵主導で、彼らをやっつけることになる。「瓶長」榎木津の親が、国際問題になりかねない瓶の捜索を榎木津に依頼し、今川がその協力をすることになる。一方京極堂は、大量の瓶であふれた家の住民から、憑物落としの依頼を受けていて…。「山嵐」榎木津の父の知り合いが、大量の美術品とともに山嵐を盗まれ、榎木津はその捜索にあたっていた。その頃、京極堂は、『鉄鼠の檻』事件で知り合った常信から、昔の知り合いのことで相談を持ち掛ける。その寺に電話をかけると、取次の者は、いったん「常信のことは知らないと言っている」と答えたが、仔細を聞くと、その人物は亡くなったという。果たして彼のいた寺になにが起こっているのか…。――― 全て、「鳴釜」の依頼人の「僕」の一人称で物語は進みます。「僕」は榎木津さんに名前を覚えてもらえず、地の文でも名前が明らかにされていません。 冒頭の「鳴釜」から痛快です。京極堂さんが簡単に言ってくれているように、榎木津さんは事件を解決するのではなく、悪人をやっつけるのです。すべての事件に京極堂さんも巻き込まれるので、うまく事件に説明も与えてくれます。「瓶長」では、今川さんが巧みな嘘をついたり、木場さんも活躍したりと、こちらも痛快。「山嵐」では、第三者から見た関口さんのイメージが浮かんできて、面白いです。ぼろくそに言われがちな関口さんですが、賢い一面もあります。そこをきちんととらえていたのに安心しました。またここでは、伊佐間さんも巧みな嘘をつきます。 最初はただの依頼人だった「僕」は、次第に一味の仲間入りをするようなかっこうになっていくのでした。 百鬼夜行シリーズ本編もあちこちにユーモアセンスがちりばめられていますが、『百器徒然袋』はユーモアにあふれていて、楽しく読め、大好きな作品です。(2023.11.04再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.09
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京極夏彦『百鬼夜行―陰』~講談社ノベルス、1999年~ 百鬼夜行シリーズ番外編の短編集です。 本編に登場する人物たちをめぐる、10編の物語が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「小袖の手」杉浦は、隣家の少女―加菜子が、白い手で首を絞められているのを見た。後日、加菜子と言葉を交わしたとき、それは母の手と説明されたが、しかし母は亡くなっているようで…。(→『魍魎の匣』参照)「文車妖妃」快活な妹に対して、病に伏せがちな私―涼子は、家族が壊れ始めた頃、写真たてのうしろから小さな女が出てくるのを目撃する。(→『姑獲鳥の夏』参照)「目目連」誰かに見られている―視線を感じ続ける平野は、知人のすすめで精神科を受診する。そこで、自身のトラウマが呼び起こされるが…。(→『絡新婦の理』参照)『鬼一口』鬼とは、人を食う存在だ。そう理解して生きていた鈴木の戦時中の体験と、戦後の事件をめぐる物語。(→『魍魎の匣』参照)「煙々羅」煙に魅せられ、消防士になった堀越が、大火災に際してとった行動とは。(→『鉄鼠の檻』参照)「倩兮女」笑わない女―山本純子は、人に嫌われても正しい道を歩んでいたはずなのに、自分が生徒たちに笑われているのではないかと気になり始める。結婚を申し込まれてから、なにかが変わり始め…。(→『絡新婦の理』参照)「火間虫入道」仕事でうまくいかなかった刑事、岩川は、奇妙な少年と出会ってから、卑怯な手段を使ってでも手柄をあげるようになり…。(→『塗仏の宴 宴の始末』参照)「襟立衣」心の中まで見透かす、奇跡のような力をもつ教主である祖父を恐れていた「私」は、祖父の死後、ある事実を知らされるが…。(→『鉄鼠の檻』参照)「毛倡妓」青木の同僚の刑事、木下が娼婦を毛嫌いする理由とは。(→『絡新婦の理』参照)「川赤子」作家・関口巽が、妻と言い争いをしたきっかけとは。『姑獲鳥の夏』の前日譚。――― 「目目連」の平野さんや、「倩兮女(けらけらおんな)」の山本さんのように、短編自体が面白いのはもちろん、事件前の当事者の様子を克明に描いた作品は、本編の味わいが増します。 また、「鬼一口」「煙々羅」などは、主人公が直接的に本編と結びつきませんが、どこか恐怖を誘う深みのある物語です。 本編のような謎解きの要素はほぼなく、ホラーテイストの作品集ですが、どれも味わい深く読みました。(2023.10.28再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.06
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京極夏彦『塗仏の宴 宴の始末』~講談社ノベルス、1998年~ 百鬼夜行シリーズ第6弾(の後編)です。 前編にあたる『塗仏の宴 宴の支度』で主要な人物が揃ったと思いきや、本書冒頭では村上さんという刑事が主役の物語が展開されます。養子の子どもをめぐり、子とも妻とも対立し、村上さんははじめて仕事を休みます。一方、その頃、小説家の関口巽が女性の遺体を運び、木に吊るすという事件が発生し、警察内部は混乱します。背後から、財閥の圧力もかかり…。 一方、様々な新興宗教団体、古武術団体などが、こぞって静岡県の韮山を目指します。過去に、村人全員殺人事件があったと言われるその場にある秘密とは…。 作中人物のことばに、今回は京極堂さんの事件とあります。様々な情報が京極堂さんのもとにもたらされても、なかなか動こうとしないその真意など、読みどころ満載です。 京極堂さんがなかなか動かない一方、榎木津さんが活躍するのも素敵です。増岡弁護士に対して、榎木津さんなりの言葉で関口さんと雪絵さんを気遣うシーンも楽しくもあり、素敵でした。(2023.10.25再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.04
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京極夏彦『塗仏の宴 宴の支度』~講談社ノベルス、1998年~ 百鬼夜行シリーズ第6弾(の前編)です。 それでは、内容紹介と感想を。―――「ぬっぺっぽう」昭和28年5月。関口巽は、カストリ雑誌編集者・妹尾の紹介で、光保という男の相談を受けることとなる。光保によれば、15年前に駐在として派遣された村が、なくなってしまっているという。その村一番の屋敷では、関心を持って調べていたのっぺらぼうに関する文献なども見たという。現地を訪れた関口は、郷土史を研究しているという堂島と出会い、ずっとその村に住んでいるという老人から、光保のいう村は存在しないと聞かされるが…。「うわん」朱美は、首をくくろうとしていた青年―村上を助けた。「みちの教え修身会」に入会しているという村上は、何かが欠けているようだと話し、その後も何度も自殺を試みる。一方その頃、まちでは成仙道という団体の信者になるよう勧誘する男が現れ、次第に信者が増えていき、奇妙な雰囲気が漂い始めていた。なじみの薬売り、尾国に、「ひょうすべ」京極堂の同業者・宮村は、知人の女性―加藤麻美子からの相談を持ち掛ける。彼女は、祖父の記憶が、「みちの教え修身会」に消されているのではないか、と疑っていた。幼い頃、祖父と歩いているときに見かけた奇妙な男を、「あれはひょうすべだ」と言っていたはずの祖父が、一切その記憶がないという。「わいら」韓流気道会は、手に触れず、気によって相手を倒すという怪しげな古武術の一派だった。中善寺敦子は同会を取材して客観的に記事を執筆したつもりだったが、同会は激怒。ある日、未来が予知できると評判の華仙姑とともに、同会のメンバーに襲撃され、怪我をしてしまう。一方、彼女たちを助けたのは、条山房という漢方薬局の人々だった。落ち着いたのち、敦子は華仙姑のことが何か分かるかと、榎木津探偵の元を訪れるが…。「しょうけら」漢方の先生が開く長寿延命講に参加している三木春子は、工藤という新聞配達員から、生活のすべてを赤裸々に記されて手紙をよこされたと、木場刑事に相談する。霊感で有名な藍童子に相談もしているというが、窓にも目張りをし、一日中監視ができないはずなのに、なぜ工藤は詳細な春子の生活を記してくるのか。「おとろし」織作茜は、遠縁にあたり製鉄会社重役の羽田隆三から、羽田が立ち上げた徐福研究会で働いてほしいという。一方茜は、織作家に伝わる2つの神像を奉納するのに適した場所を知るため、京極堂の友人で大陸の妖怪研究を進めている多々良勝五郎から助言を受ける。――― 壊れてしまった関口さんの回想をはさみながら、ゆるやかにリンクしている中編6編が収録されているという構成です。「わいら」で、敦子さんと京極堂さんの幼い頃の家族事情が描かれていること、また「おとろし」で多々良先生が登場するのが興味深いです。 今回は上巻ということで、感想はあまり書けず、どちらかというと内容紹介のメモ的な記事となりました。(2023.10.15再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.03
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京極夏彦『絡新婦の理』~講談社ノベルス、1996年~ 百鬼夜行シリーズ第5弾です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「目潰し魔」と新聞にあだ名された連続殺人犯による犯行と思われた4つ目の事件を担当することになった木場刑事だが、その現場には知人の川島が立ち寄っていたと思われた。また、第一発見者によれば、現場はいわゆる密室状況だったようで…。川島がどう関与しているのか、様々な証言をもとに木場刑事は奔走する。 * キリスト教系の女学校に通う呉美由紀は、黒い聖母などが願いを成就してくれるといううわさを耳にする。いわく、目潰し魔に教員が殺されたのは、ある生徒が儀式でその死を願ったから、というのだった。美由紀の友人―小夜子は、ある男性教員を憎み、儀式に参加すると言い出す。 * 釣り堀屋の伊佐間は、千葉で知り合った人物―呉のコレクションの鑑定を古物商の今川に依頼していた。その頃、その地の大人物である織作家の当主が死亡し、葬儀を目撃する。当主の死には、毒殺の噂もあった。 のち、織作家の様々なコレクションの鑑定も依頼された今川たちが織作家を訪れたとき、いくつもの事業で失敗したという迎え婿が何者かに絞殺されるという事件も起こる。 *『鉄鼠の檻』事件を契機に刑事を辞めた益田は、探偵となるべく、榎木津のもとを訪れる。丁度その日、失踪した夫を探してほしいという女性が榎木津のもとに依頼に訪れた。さらには、織作家の事件の関係で、『魍魎の匣』事件で榎木津と知り合っていた弁護士の増岡も訪れ…。 様々な事件が複雑に絡まりあう様相を呈する中、益田と増岡は京極堂を訪ね、事件解決を求めるが…。――― 全くの余談ですが、初めて買った京極夏彦作品が本作でした。ところが主要登場人物の多さになかなか読めずにいたところ、デビュー作の『姑獲鳥の夏』を手に取り、そこから一気に京極堂シリーズ(百鬼夜行シリーズ)を読み漁ることとなったのでした。というんで、とにかく奇妙なかたちではありますが、思い出と思い入れのある作品です。 冒頭から、事件後の「蜘蛛」と京極堂さんの対話シーンが描かれるのも特徴的です。とはいえ、入り組んだ事件です、冒頭のシーンを読んでも真相は見えない―というか、どのようにこのシーンにつながっていくのか、わくわくしながら読み進めました。 今回、久々の再読(たしか文庫版も読んだので再読としては2度目のはず)ですが、やはり面白かったです。とにかく榎木津さんが素敵です。榎木津さんによる「花子くん」発言をめぐる木場さんや呉美由紀さんとのやり取りシーンは何度読んでも面白いです。(2023.10.09再読)・か行の作家一覧へ
2024.02.01
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京極夏彦『鉄鼠の檻』~講談社ノベルス、1996年~ 百鬼夜行シリーズ第4弾です。 それでは、内容紹介と感想を。――― 埋もれた書庫の調査のため、箱根に赴くことになった京極堂夫婦とともに、関口夫婦も箱根の宿を訪れる。ある夜、あんまを頼んだ関口は、目の見えないあんま師から、人を「殺した」という僧侶に出会ったという話を聞く。京極堂は、深入りするなというが…。 * 中善寺敦子と鳥口は、京極堂さえも知らなかった寺に取材に向かっていた。禅僧の脳波を測定するという取材を唯一受け入れてくれた明彗寺―そのふもとにある宿には、同じく明彗寺に用事のあった古物商の今川と、『姑獲鳥の夏』事件で敦子と面識のある久遠寺老人が逗留していた。 4人で話をしていたとき、宿の中庭に、突如として座った僧が現れる。そしてその僧は、すでに死んでいた。 これが、箱根山連続僧侶殺人事件の幕開けだった。――― その他、敦子さんの同僚の飯窪さんが過去に経験した事件、年を取らない着物の少女の噂、最初の被害者の謎の行動などなど、様々な謎が複雑にからみあっていきます。 久遠寺老が榎木津さんを呼んでしまうので、榎木津さんも活躍します。もともと神のような人ですが、本作では仏も超え、その超人ぶりが痛快です。 久々の再読ですが、今回も楽しく読みました。(2023.09.30再読)・か行の作家一覧へ
2024.01.30
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京極夏彦『狂骨の夢』~講談社ノベルス、1995年~ 百鬼夜行シリーズ第3弾。 それでは、簡単に内容紹介と感想を(2007年11月6日の記事からほぼ再録。メモの意味もあり、やや詳細な紹介です)。――― 逗子を訪れた釣り堀屋の伊佐間は、海で朱美という女性と出会う。伊佐間は、体調を崩し、熱も出てしまったようで、女の言葉にあまえ、彼女の家で休ませてもらう。その際、朱美は、自分は人を殺したことがあるという。8年前、夫は、兵役にとられる前に、逃げた。ある日、病気の父親に薬を飲ませに帰っていたが、どうも、朱美が働いていた酒屋の娘とともに逃げているらしい。そして、後日、夫は死体で発見されたが、その首は切断されていた。 酒屋の主人に見舞金をもらい、村を発った朱美は、夫と逃げていたらしい女―民江と出会った。民江が持っていた髑髏は、夫の首なのではないか―。髑髏を取り返そうとした朱美と民江はもみ合い、二人は川に落ちた。朱美は、現在の夫に助けてもらったのだという。 * 元精神科医にして精神分析学者の降旗弘は、幼年期の恐ろしい夢の意味をさぐるべく、フロイトなどの精神分析を学んだが、その理論を超えられず、半年で仕事をやめ、牧師の白丘と出会い、教会の居候となった。白丘は、プロテスタントの牧師であるにもかかわらず、告解にくる人々を拒まない。降旗がそこにとどまる条件は、彼らの懺悔を聴くことだった。 ある日、女―宇多川朱美が訪れた。彼女は、前世の記憶が蘇ってくる、と語った。山で育ったはずにもかかわらず、蘇ってくる海―九十九里浜の記憶。8年前の夫、佐田申義殺害。その首の切断。宗像民江との争い。そして今。彼女の家を、佐田の亡霊が訪れ、彼女を襲うという。彼女は恐怖のあまり亡霊の首をしめ殺害し、首を切り落としたという。しかし、その後も繰り返し亡霊が現れ、そのたびに、首を切ってしまうというのだった。 * 関口巽は、久保竣公の葬儀の際、有名作家の宇多川崇と出会う。宇多川は、関口に相談があるという。8年前に助けた、現在の妻の宇多川朱美のことだった。前世の記憶が見えるという苦しみ、8年前に夫を殺したという告白―宇多川は、関口を通じて榎木津に調査を依頼し、8年前の佐田申義殺害事件について調べてほしいという。 * 秋の事件で単独行動をしたため、木場は年長の長門五十次刑事と組むことになった。木場には緩慢な動きに見える長門は、ともあれマイペースであった。木場は合わないと感じつつ、彼と行動することになる。しばらく事件もなく、暇をもてあましていた木場は、新聞を読むようになり、神奈川県の「金色髑髏」の事件を知った。最初は、海に漂う金色に光る髑髏が発見された。その後、時間をおきながら、髑髏が見つかっていた。ただ、その髑髏は肉片や髪の毛をくっつけていたという。そして昭和27年(1952年)12月1日、ついに生首が捕獲されたという。この情報を、木場は長門から知った。 一方、長門と木場は、同じく神奈川で9月に起こっていた、二子山山中での集団自殺事件について、調査を開始する。――― 前作『魍魎の匣』同様、一見無関係な事件が、からみあっているという構造です。 今回は、関口さんの一人称はありません。三人称視点で関口さんの描写があるのは新鮮でしたが、ちょっと寂しいような気もします。 さて、『姑獲鳥の夏』が関口さんの物語、『魍魎の匣』が木場さんの物語とすれば、本作『狂骨の夢』は、伊佐間さんの物語といえるでしょうか。もちろん、それはシリーズとして見た場合で、本書の主人公はまず、朱美さんですね。 その他、髑髏にトラウマをもつ降旗さんと白丘さん。降旗さんは、木場さんと榎木津さんと子供の頃の友達で、なので、榎木津さんの子供時代についても少し語られるのですが、まったく変わっていませんね。 朱美さんの、前世の記憶への恐怖、首を切っても繰り返し蘇ってくる死者への恐怖。降旗さんの夢の記憶。白丘さんの恐ろしい過去の記憶。これらが本書の前半で語られます。どれも興味深いのですが、前二作に比べれば、若干地味な印象も受けました。なかなか動きがないのですね。ところが、いくつかの物語が錯綜し、動き始めたとたん、どんどん引きつけられます。やっぱり面白いです。 本書を読むのは4~5度目だと思いますが、とにかく、本作での榎木津さんの活躍が素敵です。終盤、教会でのセリフは何度読んでも鳥肌がたつくらいかっこいいです。(2023.09.19再読)・か行の作家一覧へ
2024.01.28
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京極夏彦『魍魎の匣』~講談社ノベルス、1995年~ 百鬼夜行シリーズ第2弾です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 昭和27年(1952年)8月。 楠本頼子の「生まれ変わり」という柚木加菜子と、2人で遠くへ行こうとしていたとき、加菜子は駅のホームから落ち、重傷を負った。 居合わせた木場刑事は病院に連れ添うが、そこで、加菜子の母が、大ファンだった元映画女優の美並絹子であることを知る。 * 作家、関口巽は、夏の事件を題材に、「目眩」という短編を発表した。これが、稀譚舎の『近代文藝』に掲載された8本目の作品になる。これを機に、作品を単行本にまとめようという話が持ち掛けられる。 同じ日、関口が楚木逸巳という筆名で雑文を書いている、カストリ雑誌『月刊實録犯罪』編集者、鳥口守彦が関口のもとを訪れる。前日、バラバラ殺人事件の被害者の腕が発見された。この事件を取材してみないか、というのだった。取材に向かった日、噂の形成という観点から事件を追っていた中禅寺敦子と出会う。三人は合流し、帰路についたが、まるで箱のような建物がある場所にたどり着いてしまった。そこは、多くの警官たちが物々しい警備をしており、木場修太郎も、そこにいた。 * 武蔵野連続バラバラ殺人事件と名付けられることになる事件を追う中で、鳥口は穢封じの御筺様という宗教の教祖との関連に気づく。――― 4~5度目の再読ですが、やはり面白いです。(前回読んだのは2007年11月3日の記事) その都度、印象に残る場面は異なってきているのだと思いますが、今回は、犯人像を得意げに語る関口さんを京極堂さんが一喝するシーンが特に印象に残りました。 前作『姑獲鳥の夏』が関口さんの物語なら、『魍魎の匣』は木場さんの物語です。もっとも、関口さんはまだ不安定で、あやうく「境界」をこえそうにもなるのですが…。 伏線の妙も味わいながらの再読でした。(2023.09.16再読)・か行の作家一覧へ
2024.01.27
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京極夏彦『姑獲鳥の夏』~講談社ノベルス、1994年~ 京極夏彦さんのデビュー作。 おそらく読むのは5度目くらいですが、何度読んでも面白いですね。 以下、内容紹介と感想は2007年10月30日の記事からほぼ再録。――― 昭和27年(1952年)夏。 私―関口巽は、学生時代からの友人、京極堂(中禅寺秋彦)のもとを訪れた。古本屋の主人にして、神主、拝み屋という三つの顔をもつ彼に、関口は尋ねる。「二十箇月もの間子供を身籠もっていることができると思うかい」と。 雑司ヶ谷の久遠寺病院に関しては、いくつも良くない噂があった。赤子の失踪。院長の娘婿の失踪。そして、残った娘は、20箇月も子供をみごもっているという。 関口の話を聞いた京極堂は、失踪した男が、自分たちの学生時代の先輩、藤野牧朗ではないかと思い至る。そこにいたって、関口もはじめてその事実に気付いた。 牧朗は、密室から消えてしまったという。 京極堂はもともと、事件にたずさわる気は持っていなかったが、知り合いが関係していると知り、態度をあらためる。しかし、まずは探偵―榎木津礼二郎に相談するよう、関口に言う。 翌日。関口が榎木津のもとに相談に行くと、ちょうど依頼人がくる予定だという。その依頼人の名前は、久遠寺涼子。牧朗の妻、梗子の姉だった。 牧朗は生きているのか、死んでいるのか。生きているなら、どうしているのか。涼子の依頼により、榎木津、関口、そして関口に久遠寺医院についての情報を与えた、京極堂の妹の中禅寺敦子の三人は、久遠寺医院を訪れる。 荒廃した病院。高圧的な、院長の妻のである事務長。情緒不安定の、医師見習いの内藤。そして、20箇月の間ふせっている梗子。 関口の戦時中の部下であり、警察官になった木場修太郎も、久遠寺病院の赤子失踪事件を調査していた。それは、牧朗失踪事件とつながっているようで。 涼子に、異常な執着をもってしまった関口は、なんとか彼女の力になりたいと奔走する。――― 2007年の記事でも書きましたが、本書を読んで思うのは、島田荘司さんが提唱する「脳の物語としてのミステリー」という考え方です。2007年にうかがった講演会で、島田さんは、あえて極端にいえば、20世紀のミステリ=物理学・数学に依拠、21世紀のミステリー=生物学・脳科学に依拠、という論を展開されました。探偵小説の祖エドガー・アラン・ポーは、当時の最新科学を、不思議な話(ミステリー)に導入し、合理的な結末をもつ「本格」推理小説を生み出しました。ミステリの原点は、その時代の最新科学を受容することにある、ということで、21世紀ミステリは、 21世紀の最新科学たる生物学、脳科学に近づいていくことになる(べき)だとおっしゃるのでした。 本書では、脳の仕組みについて語られます。それが本書の重要な伏線でもあるわけですが、これこそまさに、「脳の物語としてのミステリー」なのではないか―と、そう思ったのでした。 また、なにしろ何度も再読しているので、伏線の妙も味わいながら読みました。 2023年、17年ぶりに百鬼夜行シリーズ本編の最新刊が刊行されるとあって、シリーズ全作再読しておこうと手に取った次第ですが、あらためて、これは面白かったです。(2023.09.06再読)・か行の作家一覧へ
2024.01.26
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関田涙『名探偵宵宮月乃 トモダチゲーム』~講談社青い鳥文庫、2010年~ マジカルストーンを探せ!シリーズの主人公、小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する名探偵宵宮月乃シリーズ第3弾です。 公園で、中学生にいじめられていた少年―純平くんを助けた日向さんと月乃さんは、純平くんからサーカスのチケットをもらい、一緒に行くことになります。 ところが、ピエロの出し物の中で、純平くんがいなくなってしまい、さらには月乃さんたちに挑戦状が送られてきます。 公園で出会った中学生が言っていた「マッドジェスター」という組織の人々と、次々にゲーム対決をしていくことになります。しかし今回は、月乃さんだけに頼れず、日向さんたちも自分で考えながら挑戦することが求められるゲームでした。 Game1は、3対3に分かれて、お互いに質問をしながら、それぞれのチームの泥棒とガードマン役を言い当てるゲーム。 Game2は、コテージで毒殺された学生に、だれが、いつ、どこで犯行に及んだか、また被害者はなぜ不可解な場所で倒れていたかを当てる推理ゲーム。 Game3は、5対5で行うカードゲーム。 Game4は、2対2で質問をしあい、お互いのチームが設定した「死の言葉」を言わせたほうが勝ちというゲーム。 そしてGame5は、3つのカップのうち、どれにサイコロが入れられたかを当てるゲーム。 マジカルストーンを探せ!シリーズで出会った仲間たちと協力しながら、月乃さんと日向さんはこれらのゲームに立ち向かいます。 果たして2人は、無事に純平くんを助けることができるのでしょうか…。 これは面白かったです。まず、Game1での月乃さんの驚きの質問や、フォローのかっこよさにやられました。素敵です。 Game2でも、モリケンくんが活躍しますし、あるゲームでの内藤亜子さんの登場も嬉しいです。 全体を通して、とても楽しく読めました。 現時点では、マジカルストーンを探せ!シリーズ全7巻と、名探偵宵宮月乃シリーズ全3巻で、月乃さんが活躍する物語は完結していますが、どれも楽しく読みました。 シリーズ全体を通して、良い読書体験でした。(2023.09.03読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.23
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関田涙『名探偵宵宮月乃5つの謎』~講談社青い鳥文庫、2009年~ マジカルストーンを探せ!シリーズの主人公、小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する短編集第2弾です。 今回は、日向さんのいとこ―健ちゃんの大学の先輩でくせのある村崎先輩が登場。月乃さんが前回のミステリを解いたのがまぐれだと言い張り、新たな倒叙ミステリを執筆して挑戦を挑んできます。一方、月乃さんが今までに解決した謎に、自分も挑戦すると言い出して…。―――「Case6 おとめ座のイタズラ」お母さんの美容院で働くすみれさんが、絵のモデルになることとなります。カンナさんたちとそのアトリエを訪ねると、アトリエのまわりには黄道十二宮をモチーフにした彫刻が並んでいました。アトリエは回転し、彫刻を順番に見ることができるというのですが、最初にみたおとめ座の像を再びみたとき、彫像にイタズラがされていて…。「Case7 3枚の写真」月乃さんが入院していたときの友達、火渡ほの香さんが横浜に遊びに来ました。月乃さん、日向さんと3人で買い物を楽しんでいた中、ほの香さんが行方不明になります。そして月乃さんには、ほの香さんをあずかったというメール、そしてヒントとなる3枚の写真が送られます。果たしてほの香さんはどこにいるのでしょうか。「Case8 名探偵VS天才少年?」体育祭の準備を一緒にする約束をしていたのに、男子の片本くんとモリケンくんは約束の時間に現れません。片本くんはつかまりましたが、モリケンくんは「忘れているわけではない」と言いながら、一人であちこち動き回っています。果たしてモリケンくんは何をしようとしているのでしょうか。「Case9 クリスマスの魔法」5年生になってから付き合いが悪くなったといわれる宮下くんは、しかし何かを気付いてほしいのではないかと月乃さんは言います。病院にいたのを見たという情報を手掛かりに、日向さん、片本くんが宮下くんを尾行してたどり着いたその先は…。「Case10 勇者のホコリ」レアカードを入手するため、さぎまがいのことをした中学生を懲らしめるため、月乃さんが考えた「絶対に勝てるゲーム」とは。――― 「Case7」は、『炎の龍と最後の秘密』の前日譚。刊行順では、『火の龍…』より先に本書が出ていますが、私はマジカルストーンシリーズ本編を読み終えてから本書を読みました。もちろん、それでも楽しい1編です。 本書の中で一番好きなのは「クリスマスの魔法」。タイトルから感動するのは分かりますが、素敵な物語でした。クラスメイトの面々の活躍や、白魔導士ルナの「魔法」も素敵です。 クラスメイトの中でも、特にお調子者のモリケンくんにフィーチャーする「case8」も嬉しいです。おばかキャラのイメージですが、ある意味すごく賢いのでは…。 また、『名探偵宵宮月乃5つの事件』末尾で関田さんが出すなぞなぞが本作で再登場するのも嬉しかったです。月乃さんに感謝です。 楽しい作品集でした。(2023.09.01読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.21
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関田涙『名探偵宵宮月乃5つの事件』~講談社青い鳥文庫、2008年~ マジカルストーンを探せ!シリーズの主人公、小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する短編集です。 日向さんのいとこは、大学生で、推理小説研究会に入っていますが、先輩の出したミステリの真相が分かりません。日向さんが月乃さんを紹介しますが、その探偵としてのすごさを信じてくれません。そこで日向さんは、月乃さんのすごさを示す5つのエピソードを語ります。―――「Case1 2時56分の暗号」『マジカルストーンを探せ!月の降る島』で出会った榊さんのジュエリーショップにやってきた怪しげな男は、指輪を買った後、謎のメモを残していた。また、男が2時56分に「ジャストだ」と言った意味とは…。「Case2 密室から消えた少女」片本くん、そして『怪盗ヴォックスの挑戦状』で出会った片本くんのいとこといっしょに、4人で遊園地に行った日向さんたち。迷子を捜している婦人と出会い、特徴を聞いて迷子を捜す日向さんたちですが、女の子は密室状況の更衣室からいなくなってしまい…。「Case3 あばかれなかったアリバイ」『夢泥棒と黄金伝説』で出会ったリズさんと再会した日向さんたちは、リズさんの依頼で彼女の学校を訪問します。バザーの模擬店などで手伝っていたリズさんたちですが、2回目に教室に入ると、リズさんの習字だけがゴミ箱に捨てられていたというのです。当日バザーを手伝っていたクラスメイトには全員にアリバイがあるようで…。「Case4 南風町の名探偵対決」『怪盗ヴォックスの挑戦状』で出会った大学生にして名探偵・瞳さんに誘われ、日向さんたちは瞳さんのマンションを訪ねます。瞳さんによれば、金庫に入れていた木彫りの精霊の1つがなくなってしまったというのです。瞳さんを訪ねた人たちの状況を聞きながら、月乃さんは真犯人を推理します。「Case5 謎の魚拓」『亡霊島の地下迷宮』で出会った都土夢くんが日向さんに魚を届けてくれました。彼はすぐに帰ってしまうのですが、魚拓のような謎の絵が描かれた紙が残されていました。――― 刊行順ではPart4『亡霊島の地下迷宮』のあとに刊行された本書ですが、本編をすべて読んだあとに読んでみると、また違った感慨があります。 さて、この中ではCase3が好みでした。ちょっとした言葉から真相にたどり着いたり、思いやりのある解決をみたりと、素敵なエピソードでした。 暗号、密室、アリバイと、謎のバラエティも豊かな短編集です。(2023.08.27読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.20
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西洋中世学会『西洋中世研究』15~知泉書館、2023年~ 西洋中世学会が毎年刊行する雑誌です。 今号の構成は次の通りです。―――【特集】西洋中世の感情<序文>山内志朗「西洋中世の感情をめぐって」<論文>赤江雄一「「感情の共同体」としての学識ある聖職者―14世紀の説教の聴衆―」山本潤「「怒りzorn」と「敵意haz」―中世叙事文学に見る感情の表象するもの―」辻内宣博「意志の感情という視点―オッカムのウィリアムにおける感情の理論―」宮崎晴代「14世紀末の記譜法の変化に見られる「感情の表現」―コローナ記号の登場とその意味について―」木川弘美「涙を描く―初期ネーデルラント絵画における情念・情動の図像表現―」【論文】阿部晃平「知識をいかに体系づけるか?―『ソロモンの哲学の書』に見る初期中世における学問区分の再編成―」宮野裕「中世ルーシのサモジェルジェツ(専制君主)概念」福田智美「エリザベス1世の枢密顧問官の特徴」【特別寄稿】松本涼・有信真美菜・城戸照子「2021年度若手セミナー「頭と舌で味わう中世の食文化:レクチャー編」より」【新刊紹介】【彙報】坂田奈々絵「西洋中世学会第15回大会シンポジウム報告「中世世界の人と動物」」森下園「「第11回日韓西洋中世史研究集会」報告記」――― 特集は、感情の歴史について。2020年にはアラン・コルバン他監修(片木智年監訳)『感情の歴史 I 古代から啓蒙の時代まで』(藤原書店)、ヤン・プランパー(森田直子監訳)『感情史の始まり』(みすず書房)が、2021年にはバーバラ・H・ローゼンワイン/リッカルド・クリスティアーニ(伊東剛史他訳)『感情史とは何か』(岩波書店)が刊行されているように、近年、我が国でも関心が高まっている領域です(以上3冊はいずれも未見。2024年中には読んでみたいです)。 もともと、2020年6月に開催された第12回西洋中世学会のシンポジウムのテーマが「中世における感情」で、本誌には、シンポジウム発表者による論考に加え、赤江先生の論文が新たに追加された形となっています。 前置きが長くなりましたが、序文は感情史研究の動向概観と、シンポジウムの概要紹介。 赤江論文はトマス・ウェイリーズの説教術書の分析を通じて、説教の構築方法いかんによっては笑いものになってしまうという興味深い事例と、説教者に適した説教方法の提示を指摘し、「感情の共同体」としての「学識ある聖職者」の存在を明らかにする興味深い論考。 山本論文は中世盛期叙事文学における「怒り」と「敵意」概念の考察。特に、『イーヴェイン』という作品の中で、「敵意」と「怒り」が異なる感情として描かれている点を説得的に論じている箇所(23頁)を興味深く読みました。 辻内論文は思想史・哲学史の観点からの感情についての考察。不勉強な領域のため十分に理解できませんでしたが、具体的な例(ラテン語の勉強過程や苦手な上司との向き合い方)は面白く、またありがたかったです。 宮崎論文は現在のフェルマータの前進とも考えられるコローナ記号(フェルマータと同じ形)について、その解釈と意義を論じます。研究史上の議論も分かりやすく整理されていて、馴染みのない分野ですが興味深く読みました。 木川論文は主に15世紀ネーデルラントで展開した涙の表現に関する考察。涙を描く前提として、透明な水の作例(とそれを可能にした油彩技法の意義)を紹介した後、聖母マリアとキリストの涙について具体的な作例を分析します。 阿部論文は『ソロモンの哲学の書』という史料の写本系統と、その具体的な分析を通じて、宗教的学問を世俗的学問体系に組み込む試みがなされていることを指摘する大変興味深い論考。 宮野論文は先行研究が十分に吟味していない時代の史料も丹念に読み解き、一般に「専制君主」と訳されるサモジェルジェツという言葉の多義性を明らかにします。 福田論文は枢密顧問官の年齢構成、出席状況などを丹念に分析し、エリザベス1世期の枢密院の特徴を指摘します。 特別寄稿は2022年2月に開催されたレクチャー報告について、活字化の要望も多かったため2本が掲載されたもの。なおレクチャー編はYou Yubeで視聴可能です。 新刊紹介では55冊の研究書が紹介されます。中でも、栗原健先生による、夫婦墓像を分析した著作(J. Barker, Stone Fidelity: Marriage and Emotion in Medieval Tomb Sculpture, Woodbridge, 2020)や、高名康文先生によるウェールズ大学出版の「中世動物叢書」について(ここではK. L. Smithies, Introducing the Medieval Ass, Cardiff, 2020)の紹介が興味深かったです。栗原先生はいつも面白そうな文献を紹介されていて、どれも気になっています。 彙報は2本。第15回大会シンポジウムにはZoomで参加しましたが、大変興味深い内容でした。 本誌末尾には、第1号から第15号までの総目次も掲載されていて便利です。(2024.01.03読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.01.13
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関田涙『幻霧城への道 マジカルストーンを探せ!Part7』~講談社青い鳥文庫、2010年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第7弾にして最終巻です。 夢の世界に伝わる古文書に記された「巨大な化けもの」が暴れ出し、夢の世界を片っ端から食べ始めてしまいます。 日向さんと月乃さんは、6時間のあいだに、怪盗ヴォックスのいる幻霧城を訪れ、マジカルストーンを取り戻し、現実世界に戻らなければなりません。 城に行くには、4人の番人が持つコインを手に入れなければなりません。 猫又の又吉くんの案内を受けながら、2人はしりとり、戦い、暗号などを乗り切り、ヴォックスの城を目指します。 これは面白かったです。 あまり書けませんが、今までの物語のこともつながって、感慨深いものがありました。 本編は本作が最終巻になりますが、日向さん・月乃さんが活躍する短編集など3冊がありますので、追って紹介していきたいと思います。 2006年に第1巻を読んでから、シリーズ読破のタイミングを逸していて、結局17年経ってしまいましたが、今回読破できて良かったです。素敵なシリーズでした。(2023.08.25読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.09
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関田涙『炎の龍と最後の秘密 マジカルストーンを探せ!Part6』~講談社青い鳥文庫、2010年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第6弾。 日向さんと月乃さんの2人は、月乃さんが昔入院していたときの友達、火渡ほの香さんから、長野県の山奥にある村に招待されます。願いがかなうという「血の泡」という石も探してほしいというのですが、2人はそれをマジカルストーンの「火の石」と考え、ほの香さんに協力することになります。 ほの香さんの家には、なぜか怪盗ヴォックスの弟子アコナイトも来ていますが、アコナイトはいつになく2人に協力的で…。 村に残る伝承や謎の暗号を手掛かりに、2人は「火の石」を手に入れるべく奮闘します。 今回はなんといってもアコナイトが素敵です。ある重大な局面で、彼女が協力してくれるところは特に楽しく読みました。 一方、冒頭で明らかにされる、月乃さんの今後、そして2人の心情はなかなか寂しく、次作(最終巻)の展開がますます気になる1冊でした。(2023.08.21読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.08
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関田涙『ジャングルドームを脱出せよ! マジカルストーンを探せ!Part5』~講談社青い鳥文庫、2009年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第5弾。 勉強好きな日向さんの弟、大地くんが通う有名塾ネイキッド・ブレイン(通称ネキブレ)に体験入塾することになった日向さんと月乃さん。 屋上にドーム型の温室「ジャングルドーム」があるネキブレタワーには、様々な都市伝説がありました。暗い教室に、「コロス」という言葉が浮かび上がったり、ジャングルドームで謎の光の点滅があったり…。光の点滅は「木の石」と考えた月乃さんたちは、なんとか探そうとします。 ところがある日、彼女たちが塾に着くと、銃を持つ覆面の男たちに人質にされてしまいます。男たちは、塾に対して、2時間以内に3億円を準備するよう要求。この状況をなんとか脱したいと考える月乃さんたちですが、さらにはマジカルストーンを狙う怪盗ヴォックスの弟子、アコナイトが現れ、20分以内に木の石を見つけなければならない状況に追い込まれます。 限られた時間で、強盗たちもいるなか、無事にマジカルストーンを見つけ出し、人質も助け出すため、二人は塾で知り合った刑事を目指す少女と協力して、難題に立ち向かいます。 シリーズのこれまでの作品とは雰囲気が違う作品ですが、今回も楽しく読みました。 犯人たちの謎の行動の意味という謎解き要素はもちろんですが、今回は特に、犯人に立ち向かうアクションシーンも読みどころです。(2023.08.19読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.07
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関田涙『亡霊島の地下迷宮 マジカルストーンを探せ!Part4』~講談社青い鳥文庫、2008年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第4弾。 夏休み。友達と海に遊びに行っていた日向さんは、メッセージボトルを拾います。一緒に来ていた月乃さんに、ボトルを見せます。中の手紙には、「だれか、助けにきてくれ」というメッセージが書かれていました。 二人は図書館で手掛かりを探し、ついに、地元の人たちに「亡霊島」と恐れられている島にたどりつくことになります。 島にある邸宅に集まる怪しい人々。そんな中、二人は少年を探すのですが、謎の二重密室事件も発生して…。 これは面白かったです。邸宅に入れるきっかけになる数学の問題や、少年を助ける冒険、そして二重密室という魅力的な謎、二転三転する意外な展開と、楽しく読み進めることができました。(2023.08.14読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.06
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関田涙『夢泥棒と黄金伝説 マジカルストーンを探せ!Part3』~講談社青い鳥文庫、2008年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第3弾。 自由研究で、お母さんから昔の話を聞かせてもらうことにした朝丘日向さんは、手伝いにきてくれていた宵宮月乃さんと、物置にあった昔の本などを調べていました。すると、破れた地図のようなものが出てきて…。お母さんに確認すると、それは、昔友達と3枚に切って1人ずつ持つことにした、間違いなく宝の地図だというのです。 お母さんの友人やネットを駆使し、「金の石」と思しき宝のある、狸弁寺(りべんじ)という寺に向かうことになった日向さんたち。独特な口調の少女や、漫画家を目指す少年とともに、黄金の狸像を探します。 と、今回は宝の地図をモチーフにした謎解きがメインの物語でした。もちろん、前2作同様、クラスメイトの片本くんが巻き込まれる日常の謎(今回は、ありそうもない伝言の食い違いがなぜ起こったのか)もあり、月乃さんが鮮やかに解決します。 怪盗ヴォックスの弟子のアコナイトという新キャラクターも登場し、シリーズも新たな段階に入ります。(2023.08.12読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.04
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関田涙『怪盗ヴォックスの挑戦状 マジカルストーンを探せ!Part2』~講談社青い鳥文庫、2007年~ 小学5年生の朝丘日向さんと宵宮月乃さんが活躍する、マジカルストーンを探せ!シリーズ第2弾。 人が夢を見るために必要なマジカルストーンは、世界に7つ。そのうち「日の石」と「月の石」を手に入れた日向さんと月乃さん。今回は、涙をエネルギーに変えてくれる「水の石」を取り戻すために、怪盗ヴォックスに立ち向かう物語です。 * 日向さんの家に、ヴォックスから「水の石」をいただくという挑戦状が届きます。時を同じくして、クラスメイトの片本くんのいとこの家に、宝石をいただくという犯行予告状が届きます。 その宝石が「水の石」と考えた日向さんと月乃さんは、親を説得し、片本くんとともに、福島県にある豪邸を訪れます。 水槽の中に入れられた「水の石」。宝石を手に入れてから性格がかわってしまった主。くせの強い片本くんのいとこ、そして怪しい秘書や頼りなげな探偵と、なにかが起こりそうな雰囲気でした。 そして、犯行予告の時間に、水の石が消えただけでなく、いとこの妹もいなくなってしまい…。 不可能状況の事件に、月乃さんと日向さんが挑みます。 1巻からなにかと登場する片本くんが、今回は日向さんたちと一緒に現場に行き、犯行を食い止めようと一緒にがんばる姿も今回の読みどころだと思います。 片本くんのいとこの家庭環境や怪しい人たちと、1巻よりも少し重い雰囲気もありますが、密室状況と監視状況という2つの不可能状況の中で同時に起こる事件という、謎の魅力も増しています。 今回も楽しく読みました。(2023.08.09読了)・さ行の作家一覧へ
2024.01.03
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関田涙『マジカルストーンを探せ!月の降る島』~講談社青い鳥文庫、2006年~ 2003年第28回メフィスト賞受賞作『蜜の森の凍える女神』でデビューした関田涙さんによる、初の児童向け作品。本作以降、一般向けミステリとして『時計仕掛けのイヴ』と『晩餐は「檻」のなかで』も発表されていますが、青い鳥文庫での執筆にシフトしていらっしゃいます。 さて本書は、小学5年生朝丘日向さんが見る夢のシーンから始まります。 以下、2006年10月29日の記事から内容紹介を再掲します。――― ある日見ていた夢の中、私こと朝丘日向は「マジカルストーン」に出会います。夢に現れたピエールさんと、いつも寝てばかりのバクのハツが、マジカルストーンについて解説してくれました。それは、人間に夢を見させてくれる力のある石。全部で七つあるのですが、日向が授かった日の石と月の石しか見つかっていないそうです。ところが、その月の石が夢の世界から盗まれてしまい、現実の世界に落ちてしまった。石がなくては、人間は夢を見ることができなくなってしまう。日の石の力を借りながら、月の石を探してほしい―というのでした。 翌朝、日向のクラスで事件が起こります。遠足の写真をクラスに掲示していたのですが、日向の判の模造紙から、写真がはがされ、その写真はばらばらにされていたのです。その事件を解決するのは、その日やってきた転校生、宵宮月乃でした。 日向はその日、三日月形のペンダントが流行っていることを知ります。三日月島というところで、空から降ってきたという「本物の」三日月石の争奪戦があるということを知り、興味を抱いていたところ、月乃が参加資格を持っていたのでした。二人で参加できることから、日向と月乃は三日月島へ向かい、三日月石争奪戦に参加します。 宝探しにクイズと、次々と勝負が進んでいきます。月の石を盗んだという怪盗ヴォックスは誰なのか。日向はそのことも気にしながら、問題に挑みます。――― 2006年に読んで以来、17年ぶりの再読です。 日の石は、いろいろヒントをくれますが、それが何かははっきり分からないのも読みどころの1つです。それでも一生懸命な日向さんが素敵です。(2023.08.05再読)・さ行の作家一覧へ
2024.01.02
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乾くるみ『ハートフル・ラブ』~文春文庫、2022年~ ノンシリーズの短編集です。7編の短編(うち1編はほぼショートショート)が収録されています。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。―――「夫の余命」余命宣告を受けた後に結婚した夫婦。夫を失った妻は、これまでのことを回想していく。「同級生」作家として大成した友人のもとへ、夫婦で訪れた私。友人が住むマンションは、私たちが高校生の頃、同級生が飛び降り自殺した場所だったが、不可解な点もあり…。「カフカ的」不倫の関係にあった男のことで悩んでいた私は、偶然高校時代の友人と出会う。悩む私には、友人は自分も双子の妹を憎んでいると、交換殺人を持ち掛けてくる。「なんて素敵な握手会」ショートショート。「消費税狂騒曲」不倫相手から急によびだされた三浦は、相手が夫を殺してしまったことを知る。ミステリ好きなことで出会った二人は、三浦が被害者になりすまし、急いでアリバイトリックを試みるが。「九百十七円は高すぎる」友人との道中、二人とも憧れている先輩を見つけた。先輩とその友人の話に出てきた、「917円?」という驚いたような金額の意味とは。「数学科の女」演習科目で同じグループになった5人のメンバー。その中の紅一点は、数学科の学生で、5人は演習後に食事をしたり、長期休みにはメンバーの別荘に行ったりと、他のグループよりも交流が盛んだった。その中でも無口キャラで通ることに成功した僕に、ある日、彼女から電話がかかってきて…。――― まず、冒頭「夫の余命」でやられました。これは面白いです。 「同級生」はミステリ要素+アルファ。「カフカ的」は一人称で交換殺人を描き、たしかに乗り気にはならないだろうなと思わせてからの意外な展開。 「なんて素敵な握手会」は文庫で4頁というショートショートなので内容紹介は省略しましたが好みの作品です。 「消費税狂騒曲」は、平成元年の消費税導入からの、ある二人の視点で描かれ、こちらも好みでした。 同じく好みの作品は「九百十七円は高すぎる」。『9マイルは遠すぎる』(未読です!)のパターンですが、一見謎の言葉の意味を解き明かすスタイルは大好きです。ウィキペディアも参考にしましたが、このブログでも紹介している同じタイプの作品に、米澤穂信『遠まわりする雛』角川文庫、2010年所収の「心あたりのある者は」、有栖川有栖『江神二郎の洞察』東京創元社、2012年所収「四分間では短すぎる」があります。 本書唯一の書下ろし作品「数学科の女」は、意外な流れからミステリ要素が強くなっていきます。私はややホラーとして読みました。 面白い作品集です。(2023.08.02読了)・あ行の作家一覧へ
2023.12.30
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