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今野國雄『ヨーロッパ中世の心』~日本放送出版協会、1997年~ 著者の今野國雄先生(1923-2001)は元青山学院大学教授で、西洋中世研究者。 本ブログでは、昔の記事なのできわめて拙いですが、次の著作を紹介したことがあります。・今野國雄『西欧中世の社会と教会』岩波書店、1973年 さて、本書は、NHKで1996年10がつから1997年3月に放送された「ヨーロッパ中世の心」(ガイドブックは1996年10月発行)をもとにした1冊ということで、読みやすいです。 本書の構成は次のとおりです。―――序章 ヨーロッパ中世を見る目第1章 聖像と偶像~イメージに寄せる思い第2章 正統と異端~始まりを同じくするものの対立第3章 戦争と平和~「神の平和」と十字軍第4章 個と普遍~先立つものは個々のもの第5章 天国と地獄~死者は救われるのか第6章 自然と人間~美しさの再発見第7章 貧困と富裕~貧しい者は幸いである第8章 正者と死者~「死」とどう向き合ったか参考文献あとがき――― 構成からもうかがえるように、中世ヨーロッパの主要な8つのテーマに焦点をあて、その特徴を浮き彫りにします。 やや概説的なので章ごとの紹介は省略しますが、特徴的な点をメモしておきます。 まず、それぞれの章が、現在日本の課題や状況から説き起こされ、比較検討の材料として中世ヨーロッパが取り上げられる、という形式となっています。 たとえば、第4章は、現在日本の個人主義について、「ヨーロッパ的な個人意識は今もって日本には根付いていないような気がする。そこにあるのは形式的な個人の平等主義だけで、そのなかで個人は普遍的全体との対立意識も持たず、あたりかまわぬ粗暴なエゴイズムとなったり、仲間の陰に隠れた責任のがれの利己主義になっている。近代科学の技術や方法は学び取ったかもしれないが、その根底にある創造的な個性意識まではなかなか身に付いていない」(178頁)といいます。そこで、ヨーロッパでも個人主義は変わってきているとしつつ、「ヨーロッパ的な個性の源」を探るため、中世における説教活動、愛のかたち、哲学をみていきます。 次に、印象的なのは、上に書いたように一般向けで読みやすいのですが、史料の引用もふんだんにあり、よりイメージがつかみやすいことです。注はありませんが、引用文献は適宜紹介されます。 学生時分に読んでとても興味深かったのを覚えていますが、今あらためて読み返してみると、自分が勉強しているテーマに関する記述がふんだんにあって、ある種、自分の勉強の出発点の1つだったのかもしれないと思いました。 30年近く前の著作ですが、中世ヨーロッパの主要なテーマの概観を得るのに分かりやすい1冊です。(2026.03.08読了) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.05.10
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西洋中世学会編『西洋中世文化事典』~丸善出版、2024年~ 2009年に発足した西洋中世学会の編による事典です。 編集委員長小澤実先生による「刊行にあたって」では、本書に盛り込まれた4つの視点が示されます。すなわち、(1)分野横断(歴史学、文学、美術史学、音楽など)、(2)西欧の越境(北欧、東欧、中東など)、(3)グローバル化、(4)文化接触と文化創造への着目、です。 総勢203名の執筆者による本事典に収録されている項目数は、296(各章末に置かれた、その章に関連する人物を取り上げる1頁のコラムも含む)で、基本的に見開き2頁(4頁にわたる項目もわずかですがあります)、巻末にはその項目での引用文献と参考文献が紹介されます。見開き2頁ですが、どれも専門家による膨大な研究と知識のエッセンスであるため、読みやすいながらも内容は非常に濃密です。そのため、1年程度で読了したいと思っていましたが、結局1年4カ月くらいかかりました。 さて、本書の構成は次のとおりです(細かい項目名は省略。また以下ではコラムも項目数に含めていません)。―――図版執筆者一覧見出し語五十音索引1章 環境と自然(編集担当:草生久嗣/池上俊一・小澤実)[16項目]2章 国家と支配(編集担当:草生久嗣/加藤玄・田口正樹)[17項目]3章 ことばと文字(編集担当:松田隆美/大黒俊二)[16項目]4章 戦争と騒擾(編集担当:草生久嗣/加藤玄)[19項目]5章 都市と産業(編集担当:山辺規子/大黒俊二・河原温・城戸照子)[16項目]6章 交易ともの(編集担当:山辺規子/大黒俊二・河原温・城戸照子)[16項目]7章 移動と交流(編集担当:山辺規子/大沼由布・草生久嗣)[14項目]8章 身体と衣食住(編集担当:池上俊一/山辺規子)[17項目]9章 信仰と想像(編集担当:池上俊一/青谷秀紀)[17項目]10章 ジェンダーと人生サイクル(編集担当:池上俊一/小澤実・久木田直江)[14項目]11章 書物と文芸(編集担当:松田隆美/小林宜子・横山安由美)[22項目]12章 美術と表象(編集担当:今井澄子/木俣元一)[20項目]13章 建築と場所(編集担当:今井澄子/伊藤喜彦)[18項目]14章 思想と科学(編集担当:辻内宣博/藤崎衛)[18項目]15章 音楽と儀礼(編集担当:辻内宣博/池上俊一・吉川文)[18項目]16章 中世受容と中世研究(編集担当:小澤実/大貫俊夫・草生久嗣・図師宣忠)[22項目]【付録】地図引用・参考文献事項索引人名索引地名索引――― 章題を見るだけで、本事典の幅の広さが分かると思います。 個々の項目を取り上げることはできませんが、幅広い概観を提示する項目もあれば、執筆者の専門に引き寄せた時代・地域で記述される項目もあり、また今後の課題の提示や当該項目で取り上げる内容を研究する意義の指摘など、記述もバラエティに富んでいます。 本事典刊行後、NewsPicksにて、「『西洋中世文化事典』を楽しむ!!」と題して、各章の代表者による連載(担当した章の紹介と次章の興味深い項目を中心に)と関連する記事が掲載されたり、「西洋中世史料の世界:『西洋中世文化事典』の、さらに向こう側へ」と題した公開講演会が開催されたりと、非常に盛り上がっていました。NewsPicksの連載は分かりやすく、本事典の重要さと楽しさが伝わります。 定価26,400円(税込)と決して手に取りやすい金額ではありませんが、西洋中世史について勉強するにあたっては必ず参照すべき文献の1つといえるでしょう。(2026.04.11読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.05.09
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大下宇陀児『烙印』~創元推理文庫、2022年~ 大下宇陀児(1896-1966)による、「後に作家自身が「ロマンチック・リアリズム」と名付けた方向性を見出した時期の作品を中心に、自然な語り口に磨きをかけた戦後の短編を収録」(351頁)した、傑作短編集です。探偵小説8編と、エッセイ2編が収録されています。 表題作「烙印」は、亘理子爵による証書を偽造した由比さんが、子爵を陥れようとする物語です。しかし、子爵家に訪れるようになった農学士や、自分のまわりに現れる謎の人物などに翻弄されていき…。犯人がどこでミスをしたのか、という倒叙ものの醍醐味もさることながら、「誰が探偵か」というスリリングな展開も面白い1編です。「爪」は、気弱な文士が友人の殺害を決意し、意外な方法で成し遂げようとする物語。こちらも倒叙もので、文士が何を間違えたのか、謎解きの妙はもちろん、その他の大下作品同様、犯人の心理描写が秀逸です。「決闘街」は、友人たち3人がスキーに訪れるところから物語が始まります。うち1人に嫌な思いをしていた2人は、ある事故をきっかけに、彼の殺害を試みますが…。場面展開後の2人のすれ違い、謎の男性など、必ずしも真相がはっきり示されるわけではありませんが、心理の動きとともに、余韻を残す物語です。「情鬼」は、赤色恐怖症という性質を持ち、さらに女性に裏切られたことから女性不審に陥り、犯罪に手を染めるようになった長尾新六さんの視点で物語が進みます。自殺を試みる女性との出会いから、少しずつ好転するかにみえた彼の人生は果たして…という物語。なんともいえない読後感が残ります。「凧」は、神童と言われながら、母や自分に暴力をふるう父に育てられ、やがて悲惨な運命に翻弄される少年が主人公です。ある日、殺された父。その後に母と再婚した役者は、果たしてあの父を殺した犯人なのか…。疑心暗鬼に陥る主人公の描写とその後の展開が痛ましいです。そして、タイトルの「凧」が秀逸。痛ましくもありますが、好みの物語でした。「不思議な母」は、元夫を事故(事件?)で亡くしたある母親の手記です。急に変わってしまった彼女の態度を、2人の子どもたちが不思議がるところから、夫が亡くなった事件と、自分が犯人と告発した人物の関係、さらには現在の夫を疑い…とめまぐるしく心が揺れ動きます。彼女が変わってしまったその理由とは…。「危険なる姉妹」では、お酒を出す店に訪れた紳士に、女将がある姉妹の話を聞かせます。その姉妹は美貌で有名ながら、その周辺の男性たちに次々と不幸が襲うと悪評もたっていました。後に芸妓となる2人のその後は…。女将の一人語りが意外な展開に進みます。 本書収録の小説の末尾を飾る「蛍」は、弟が誘拐された姉の推理が中心です。無事に身代金を届けたはずが、その後に待ち受ける意外な事件。果たして真相は…。 エッセイ2本「乱歩の脱皮」「探偵小説の中の人間」は、傑作短編集第1弾『偽悪病患者』所収の2編のエッセイと同様、謎解き重視の本格探偵小説に対して、トリックは次第に底を尽いてしまうのではないかと批判的態度を示し、「人間を書く」ことを重視する自身の立場を明確にします。前者では「化人幻戯」を批判しつつ「十字路」を絶賛し、後者では、松本清張さんたち「人間を描く」ことを重視する作家を評価する点を興味深く読みました。 傑作短編集ということで、気になっていた大下宇陀児の主要作品に触れることができ、良い読書体験でした。(2026.03.08読了) ・あ行の作家一覧へ
2026.05.06
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大下宇陀児『偽悪病患者』~創元推理文庫、2022年~ 大下宇陀児さん(1896-1966)による戦前の作品(探偵小説9編、エッセイ2編)を収録した短編傑作選です。 表題作「偽悪病患者」は、兄妹の往復書簡の形式で展開します。妹夫婦のもとを訪れるようになった美男子・佐治さんは、学生の頃、偽悪者ぶることで有名でした。大きな犯罪を成し遂げるようなことを口にしていた彼を近づけないように、兄は助言しますが、やがて妹夫婦のもとに事件が…という展開です。 冒頭から好みの物語でした。「毒」は、幼い兄妹の視点で進みます。前の母が亡くなり、新しい母がやってきました。いつもは優しい母ですが、小父さんがやってくると兄妹のことを構ってくれません。ある日から、兄は、母と小父さんがこっそり話している部屋の覗き見をはじめるのですが…。 一見平和な家に忍び寄る事件ですが、兄妹が幼く、何が起こっていたのか分からないところにどこか救いがあるように感じました。「金色の獏」一見みすぼらしい置物をどうしても欲しがる紳士が店にやってきました。店主は、その置物を紳士と取り合う女性の来店も受け、さらなる依頼には高額な料金を吹っ掛けるのですが…。 これも好みの物語でした。紳士たちが狙う「金色の獏」にどんな秘密が隠されているのか、その興味もあいまって、意外な結末にやられました。「死の倒影」死刑を言い渡された画家が、恩師を殺すに至った経緯を友人に語る告白文の形式です。学生の頃の殺人、同僚の殺人、そして恩師の殺人につながる、その理由とは…。 倒叙スタイルの物語で、犯人の心理描写が胸に迫ります。このことはエッセイの紹介の際に後述します。「情獄」も、殺人を犯した男が逃亡先で友人に残した手記の形式です。主人公の進学を援助してくれた同級生の結婚をきっかけに、主人公はおかしくなってきてしまいます。同級生夫婦とともに訪れていた温泉で、その事件は起きるのですが…。 倒叙スタイルの醍醐味である、犯人がどこでミスをしていたのか、もさることながら、主人公自身、そして周辺の人々の心の動きが印象的です。「決闘介添人」自分の顔を醜いと思い宿に逗留していた画家のもとに、ひそかに心を寄せていた女性の弟子が訪れます。しかし、さらに、その女性をめぐって争う二人の弟子が訪れ、決闘をするというのですが…。 主人公の画家による日記の形式で物語が進みます。人が事件を起こす―いわゆる魔が差すというのでしょうか―心理を巧みに描く作品です。「紅座の庖厨」SF的作品。胃腸が弱く、大食漢の妻と食事をめぐってケンカしがちだった夫が、ある日訪れたレストラン―紅座では、大変においしい料理をいただきます。さらに、紅座では、弱い胃と丈夫な胃を交換してくれるというのですが…。 ブラックユーモアというのか、なかなかに衝撃的な展開の物語です。奥さんの思いを考えるとかなりつらいですね。「魔法街」深夜に走り出す怪電車、殺人の様子を放送する怪ラジオ事件……と、まるで魔法のような事件が相次ぐ街に、真相を明らかにしようとする青年が現れるのですが…。 こちらも、まるでSFかのような、とてもありえないような謎が提示されます。物語がどんな風に進むのか、わくわくしながら読み進めました。「灰人」こちらは、病気をした犬の目線で始まります。彼を救ってくれた校長はよくできた人でしたが、ある日、事故で視力を失います。その頃、彼の妻の行動をきっかけに、家庭に不穏な空気が流れていき…という物語です。 ある事件が起きてからは、若い刑事の視点で展開します。とはいえ、主人公の犬がここでも重要な役割を果たします。 と、バラエティ豊かな探偵小説が並びますが、いわゆる奇抜なトリック(密室やアリバイや)の解明には重きが置かれておらず、むしろいくつか収録された倒叙スタイルの作品に顕著なように、犯人の心理描写に力点があります。 このあたりの事情は、末尾の短いエッセイ「探偵小説の型を破れ」「探偵小説不自然論」で明らかにされます。というのも、甲賀三郎という作家は、勤め先でも探偵作家としても大下宇陀児の先輩に当たりますが、彼が謎解きを重視したのに対して、大下宇陀児は甲賀三郎と真逆の立場で、謎解きだけに集中していると、探偵小説に未来はない、という主張を展開しています。二つ目のエッセイのタイトルにも明らかなように、事件や謎解きに重点を置くと、物語や人間の行動に不自然な点がでてきてしまう、というのですね。 私がミステリを夢中で読みだした時期は、いわゆる新本格ブームの頃で、それこそ「人間が描けていない」という批判があったと聞きますが、すでに1930年代に大下宇陀児がそうした批判を江戸川乱歩や甲賀三郎に向けていたことが大変興味深かったです。 個人的には、大下宇陀児さんのこの作品集には、冒頭の表題作から引き込まれましたし、その他にも子供の目線で語られる「毒」や犬の視点の「灰人」など、視点も面白く、好みの短編集でした。(2026.03.07読了) ・あ行の作家一覧へ
2026.05.05
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銀色夏生『外国風景』~角川文庫、1993年~ 銀色夏生さんによる、写真エッセイ集といったところでしょうか。様々な旅先で撮った写真とともに、その旅のときの思い出や思いが語られます。 なんとなく、旅先で体調を崩されたり、良い思いをしなかったり…という記述が(特に前半のほうで)目につきますが、それでも旅行はお好きな方のようで、そのあたりの思いを興味深く読みました。 スペインの郊外の写真とともに綴られた「好きなもの」(44-45頁)が特に印象的でした。(2026.03.05再読) ・か行の作家一覧へ
2026.05.04
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西尾維新『零崎双識の人間試験』~講談社ノベルス、2004年~ 戯言シリーズのスピンオフのシリーズ「人間シリーズ」の第1作。 このブログの所有作品一覧では「零崎一賊シリーズ」と記載していましたが、正式には「人間シリーズ」のようですね。 さて、本作は『クビシメロマンチスト』に登場し、その後も戯言シリーズの主要人物となる零崎人識さんの「兄」、零崎双識さんが主人公です。「自殺志願」と呼ばれるハサミを主要な武器とする彼は、人々を「試験」していきます。 ある日、ふつうの生活を送っていたはずの女子高生、無桐伊織さんが、同級生に襲われ、彼女はその同級生を殺し(かけ)てしまいます。そこに居合わせた双識さんは、伊織さんの才能を見出し、彼女を零崎一賊に入れようとしていきます。 ところが、そこに現れるのが、零崎一賊壊滅のため動いていた早蕨兄弟。彼らは伊織さんを襲い、双識さんに戦いを挑みますが…。 というのが大きな流れになります。 多少のミステリ的要素もありますが、零崎一賊と早蕨兄弟のたたかいの物語として、そして伊織さんの変化の物語として読みました。 これで、かつて読みながら記事が書けていなかった西尾さん作品を再読し、記事が書けました。 20年以上前、夢中で読んでいたのを思いだす読書体験でした。(2026.03.21)再読 ・な行の作家一覧へ
2026.05.03
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西尾維新『ネコソギラジカル(下)青色サヴァンと戯言遣い』~講談社ノベルス、2005年~ 戯言シリーズ最終作です。 以下、過去の記事をほぼ再録。 友との「別れ」、狐面の男の賭け、橙色と赤色の対決。「ぼく」のまわりでいろんなことがあったわけですし、これからもずっと続いていくようですが、「ぼく」はずいぶんかっこいいと思いました。本名を名乗るときも伏せ字で、結局、本編で「ぼく」の名前は明かされません。 中巻に伏線(?)がでてきて、本書のカバーイラストからもうかがえるのですが、そのあたりの事情がふれられないままの描写というのは、素敵でした。 デビュー作『クビキリサイクル』から『ヒトクイマジカル』までは、ミステリと呼べる要素もありましたが、『ネコソギラジカル』(上・中・下)はそういう枠を超えた物語になっています。 記事を書けていないこともあって20年以上ぶりに、戯言シリーズを読み返してみましたが、あらためて楽しめました。(2026.03.12再読) ・な行の作家一覧へ
2026.05.02
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西尾維新『ネコソギラジカル(中)赤き征裁vs.橙なる種』~講談社ノベルス、2005年~ 戯言シリーズ第6作にして最終作の中巻です。 橙なる種―想影真心さんのとんでもない戦闘能力から物語がスタートします。そして、「ぼく」と真心さんの因縁とは…。 懐かしい舞台での戦闘、別離、そして…と、物語は二転三転します。序盤の激しさ、中盤の静けさ、そして終盤での急展開と、息を飲むような展開です。「ぼく」を「俺の敵」と呼ぶ狐面の男に、「ぼく」がどのように立ち向かうのか、戦略を練っていくところもわくわくしながら読み進めました。 そして、物語は最終巻に続きます。(2026.03.03再読) ・な行の作家一覧へ
2026.04.29
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西尾維新『ネコソギラジカル(上)十三階段』~講談社ノベルス、2005年~ 戯言シリーズ第6作にして最終作の上巻です。 『ヒトクイマジカル』の事件の後、入院している「ぼく」のもとへ、みいこさんたちがお見舞いにきてくれます。そこへ、「十三階段」の一人だと名乗る奇野頼知が現れ、みいこさんを「いーちゃん」と勘違いしたため、みいこさんも事件に巻き込まれることになります。 狐面の男を調べていた「ぼく」は、しばらく続いていた玖渚一家の内紛も終わったところで友さんを訪ねた後、彼と再会します。「十三階段」を集めたという狐面の男は、ハンデとして、「ぼく」に福岡へある人物へ会いに行くよう助言しますが…。 ある人物と再会し、「十三階段」の情報を集めた「ぼく」は、みいこさんを救うため、アパートの崩子さん、萌太さんとともに、狐面の男が指定した場へ向かうことになります。 シリーズ完結編ということで、今までの作品に登場した人々がどんどん登場し、さらに「十三階段」など新しい人物も登場ということで、登場人物表には60人以上の名前が挙がります。 今までのシリーズに登場していた崩子さん、萌太さんの活躍も嬉しい1冊です。(2026.02.26再読) ・な行の作家一覧へ
2026.04.26
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岩波敦子(編)『ことばが紡ぎ出されるとき―声とテクストのあいだ―』~慶應義塾大学言語文化研究所、2026年~ 本書は、岩波敦子先生が研究代表者をつとめた慶應義塾大学言語文化研究所公募研究「精神史における「声」と「テクスト」の創造的営為」の研究成果で、10編の論文が収録されています。 研究代表者の岩波敦子先生の単著として、本ブログでは次の著作を紹介したことがあります。・岩波敦子『変革する12世紀―テクスト/ことばから見た中世ヨーロッパ―』知泉書館、2024年 本書の構成は次のとおりです。―――岩波敦子「はじめに」 第I部 声の刻印とことば山内志朗「声と風と聖霊―中世における聖霊論の一側面―」小野文「声の刻印―E.バンヴェニストの言語思想における声とエクリチュールの接近―」 第II部 神の語りかけとテクスト/表象土橋茂樹「ペルソナ間で対話する紙―神-劇(Theo-drama)における旧約文書の活喩法的読解―」鎌田由美子「偏在する神の声―イスラーム圏の美術・建築を飾るコーランからの銘文―」 第III部 教え導くことばとテクスト松田隆美「アビンドンのエドマンド『教会の鏡』における読者層―活動的生活と観想的生活をめぐって―」大黒俊二「錯綜する声とテクスト―15世紀イタリアの説教記録から―」後藤里菜「聖女伝を書く説教師―トマ・ド・カンタンプレ(1201-72頃)の声をめぐって―」井口篤「神学者レジナルド・ピーコックとテクストの声」 第IV部 響き合うことばと儀礼大月康弘「世界秩序と皇帝理念をよみがえらせる歓呼の記録―10世紀ビザンツ宮廷儀礼に見える「帝国」と諸民族―」岩波敦子「信じることば、裏切ることば―中世ヨーロッパの挙証することば―」あとがき(岩波敦子)索引執筆者紹介――― 山内論文は中世哲学の観点から、トマス・アクィナス『神学大全』を主要史料として、聖霊と声の関係を探ります。 小野論文は、言語学者エミール・バンヴェニストの一つのメモに着目し、その他の著作に見られない孤立したその内容の意味を探る興味深い論稿。 土橋論文は、神学者バルタザールのいう、神の行為・働きに我々自身も応答する形での「神-劇学」の考え方を援用し、旧約文書の解釈を行います。私には難しかったです。 鎌田論文は、キリスト教とイスラームはいずれも偶像崇拝を禁止するのに、前者では聖なる像を作るようになり、後者では一切聖なる像が作られなかったのはなぜかという興味深い問いから出発し、イスラーム美術の観点から、コーランから採られた銘文やお守りとしてのコーランに着目し、美術におけるコーランの意義から冒頭の問いに答える興味深い論稿です。 松田論文はアビンドンのエドマンド(c.1174-1240)による『教会の鏡』の多様なヴァージョンの比較検討から、活動的生活、観想的生活、両方をあわせもつ「ヴィタ・ミクスタ」の強調度合を分析し、その読者層を探ります。 大黒論文は15世紀イタリアの説教記録に着目し、聖職者と俗人による説教の聞き書きの違いを丹念に分析し、俗人筆録では自身の「記憶の奥深く」に垂直に沁み込んでいくことを指摘するほか、「大罪を犯した状態でなされた善行は救済に役立つか」といった興味深い論点や印刷術と説教の関係を分析します。 後藤論文は、私が関心を持っているジャック・ド・ヴィトリ(本稿ではヴィトリのヤコブスと表記)とも交流のあったトマ・ド・カンタンプレの聖女伝を主要史料として、聖女と説教師のかかわりを論じる興味深い論稿です。 井口論文は、聖職者の仲介なしに聖書を読むことを強調した異端ロラード派に反駁する神学者レジナルド・ピーコックの言説に着目し、その両義的に見える態度の意義を論じます。 大月論文はビザンツ宮廷の儀礼書を主要史料として、儀礼における歓呼の意義を分析します。 岩波論文は、誓いや偽りのことばなど、様々なことばに着目し、ことばの挙証する力を分析します。 十分に理解できなかった論稿もありますが、ふだんは触れない言語学など多様な分野に触れられたほか、私自身の関心からは、大黒論文・後藤論文の2本が収録されていることも重要で、興味深い論文集でした。(2026.04.12読了) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.04.25
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クリストファー・デ・ハメル(加藤磨珠枝監修/立石光子訳)『中世の写本ができるまで』~白水社、2021年~(Christopher de Hamel, Making Medieval Manuscripts, Bodleian Library, University of Oxford, 2018) 著者のクリストファー・デ・ハメルは、2019年以降、ケンブリッジ大学コーパス・クリスティ・カレッジの終身研究員とのこと(カバーそでの略歴を参照)。 邦訳書として、『聖書の歴史図鑑』(朝倉文市監訳、東洋書林、2004年)、『世界で最も美しい12の写本』(加藤磨珠枝・松田和也訳、青土社、2018年)があるようです。 本書の構成は次のとおりです。―――序I 紙と羊皮紙II インクと文字III 彩飾と装丁用語解説謝辞監修者あとがき図版出典精選文献目録索引――― 本論は、中世写本作成の「作業を一段階ずつ順を追って説明」(21頁)する構成となっています。 第1章は、羊皮紙と紙の作り方について。特に興味深かった点をメモしておきます。まず、写本ページからDNAを採取したところ、「一冊の写本内の、見たところ寸分たがわぬ皮紙が、ときには異なる種の動物から作られていることが判明した」(26頁)という指摘。近年の研究はここまで進んでいるのですね。また、紙の作成に関する部分で、パピルスpapyrusが紙paperの語源との指摘はあらためて勉強になりました(44頁)。羊皮紙・紙ができて、折丁ができあがったら、写字生が書く前に罫線を引く作業があります(62-73頁)。なお、羊皮紙については、日本で実際に羊皮紙を作成されている著者による八木健治『羊皮紙のすべて』青土社、2021年も大変面白いです。 さて、第2章は、羽ペンの作り方・使い方、インクの作り方(没食子インクの元となるオークの木の虫こぶの写真があるのがありがたいです。87頁)、そして図像史料も示しながら、どのように写字生が書いていたかを紹介します。「ペンの試し書き」などの試し書きが遊び紙に残されている例もあるようで(99頁)、面白いです。 ここでは、写字生が顧客に提供可能な書体の実例を示した宣伝用ポスターが複数発見されているということ(104頁)や、折丁を正しく並べるための「キャッチワード」(次にくる折丁の最初の言葉を先取りしたもの)の導入(107頁)といった事例を興味深く読みました。 第3章では、写本画家への指示が写本の余白に残っている事例や、装飾イニシャル用に空けておいたスペースに参照用の文字や主題についての指示が書かれたことなど、興味深い事例が豊富に紹介されます。図案集成や見本帳も作成されていたようです(135頁)。着色料の作成方法も紹介されます。 以上のように、興味深い事例が豊富で、また非常に訳文が読みやすいです。カラー図版も豊富で、全ての図版に簡単な説明も付されていて、それだけ眺めても十分に楽しめます。(2026.02.23読了) ・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2026.04.19
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西尾維新『ヒトクイマジカル 殺戮奇術の匂宮兄妹』~講談社ノベルス、2003年~ 戯言シリーズ第5作です。「ぼく」が通う大学でも講義を受け持つ木賀峰助教授から、「ぼく」は声をかけられます。助教授が進める「死なない研究」に関するアルバイトに誘われます。 当時、「ぼく」のアパートにやってきていた春日さんと、哀川さんの助言で同行することとなった一姫さんとともに、「ぼく」は助教授の研究室を訪ねます。 そこには、すでに面識のあった匂宮理澄さんがいました。名探偵の人格の理澄、殺人鬼の人格の出夢、2人で1つの体という匂宮兄妹の存在に構える「ぼく」ですが…。 はたして、研究室では凄惨な殺人事件が起こります。 唯一生き残った「ぼく」がとる行動とは…。 といった物語です。 完結編『ネコソギラジカル』を前に、世界観が次々と明らかになっていきます。 匂宮兄妹のキャラクタを活かして、カバーにも工夫が凝らされていて素敵です。 本作で印象的だったのは、「ぼく」の隣人、みいこさんの活躍です。これまでの作品でも素敵なキャラクタでしたが、今回は特にかっこいいですね。 事件の謎も、謎解きも興味深く、安心して読めるシリーズです。(2026.02.18再読) ・な行の作家一覧へ
2026.04.18
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村上重良『世界の宗教―世界史・日本史の理解に―』~岩波ジュニア新書、1980年~ 著者の村上重良先生(1928-1991)は宗教学者で、岩波ジュニア新書からは本書のほかに『日本の宗教』という著書も刊行されているようです。 まず、本書の構成は以下のとおりです。―――この本の読み方I 宗教のはじまりII 古代の宗教III 仏教IV 儒教と道教V キリスト教VI イスラム教むすび・現代社会と宗教世界のおもな宗教の信者数――― アニミズムから世界の様々な宗教まで、幅広く、また簡潔にして要領を得た叙述で概観する良書だと感じました。 第1章では、アニミズムなど自然に生まれた宗教としての「自然宗教」(その他、原始宗教や民族宗教とも)と、教えを開いた人がいて、布教により広がる「創唱宗教」(世界宗教)の別はあらためて勉強になりました(5-6頁)。 第2章では、ゾロアスター教、ギリシア・ローマ神話、古代アメリカ文明の宗教など、幅広く古代の宗教を概観します。 第3章は仏教の創始と伝播がメインですが、ジャイナ教やヒンドゥー教にもふれています。 第4章は朱子学や陽明学、日本への影響も論じます。 第5章はユダヤ教からはじまり、初期キリスト教、東西分裂、プロテスタントはもちろん、修道院にも簡潔ですが言及があります。3~4章同様、日本への影響も述べられます。 第6章はイスラームの概観。 むすびでは現代の宗教の世界分布の概観や、新興宗教についてもふれられます。 私が学んでいた頃の高校世界史で勉強したような事項・人名が取り上げられていて、副題にあるように世界史・日本史を宗教の観点から概観するにも便利です。 40年以上の前の書籍ですので、研究の進展によりアップデートが必要な部分もあると思われますが、「ジュニア新書」ということで「です・ます体」で大変読みやすく、内容的にも非常に勉強になる1冊です。(2026.02.17読了) ・邦語文献一覧へ
2026.04.12
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ジャック・ル・ゴフ(酒井昌美訳)『[ヨーロッパと中世・近代世界]の歴史―その誕生と老齢化―』~多賀出版、1997年~(Jacques Le Goff (Trans. Tobias Scheffel), Das alte Europa und die Welt der Moderne, München, 1994) 著名な中世史家ジャック・ル・ゴフ(1924-2014)による、古代から現代までのヨーロッパ世界の概観です。 本論100頁程度で、訳者による小見出しも多く、非常に読みやすい小著です。 本書の主張のポイントとしては、初期中世におけるヨーロッパの最初の輪郭として、キリスト教的共同体と様々な王国からなる多文化的伝統を基盤とした共同体の2点を挙げ、ヨーロッパの特徴として「統一が諸民族の多様性から創造される」と指摘している点と思われます(17頁)。 アンリ・オゼールによる近代性の定義の簡潔な整理も含め、中世史研究であまりにも有名なル・ゴフが現代までを簡明に見通している点で興味深い1冊です。 一方、訳書として何点か気になる点がありました。 まず、本書の底本は原著のドイツ語訳(訳者はフランクフルトの書店で購入したそうです)。したがって、フランス語の原著の直接の翻訳ではありません。にもかかわらず、原著情報が本書のどこにも記載されていないのが残念です。インターネット上で調べると、原著はJacques Le Goff, La Vieille Europe et la nôtre, Paris, Le Seuil, 1994のようです。 次に訳語について。「シャムパーニュのメッセ」(40頁)は、「シャンパーニュの大市」のほうが一般的な表記です。「第四回ラテラノ総会議」(58頁)は「第四回ラテラノ公会議」。「英国人ゴシエ・マップ」は、「英国人」の訳語の是非はともかく、英語風に「ウォルター・マップ」と表記するのが一般的では。哲学者ジャン・ボードリヤールの表記は、「ボードリャール」(96頁)とあったり「ポードリヤール」(104頁)とあったり、校正が不十分な印象でした。 ただし、何度も引き合いに出して申し訳ありませんが、鎌田博夫氏の訳(ル・ゴフ編『中世の人間』やル・ゴフ『ル・ゴフ自伝』など。後者はかろうじて再読して記事も書きましたが、前者は読み返そうとして、あまりのひどさに再読を諦めました)に比べるとはるかに読みやすく、内容的にも面白いことは間違いありません。 とはいえ、ドイツ語からの重訳が理由なのか、邦訳書でありながら、ル・ゴフの著作に関してこの訳書が取り上げられることはあまりないように思われます。(2026.02.15再読) ・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2026.04.11
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銀色夏生『光の中の子どもたち』~角川文庫、1992年~ 銀色夏生さんによる写真詩集です。 海辺、原っぱ、道など、いろんな場所で遊び、休む子どもたちの写真に、イラストや、ちょっとした説明のことば、詩のような文章が添えられています。 本作の写真は全て白黒で、味わいがあります。 添えられた文章のほとんどは手書きで、ページ番号さえも手書きというつくりですが、表題作「光の中の子どもたち」とそのプロローグのような文章は活字です。こちらは、詩というよりも、少し不思議な物語です。(2026.02.12再読) ・か行の作家一覧へ
2026.04.05
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銀色夏生『春の野原 満天の空の下』~角川文庫、1992年~ 銀色夏生さんによる写真詩集です。 標題のとおり、風景写真がメインです。 特に印象的だったのは3点。 まず、「よくよく考えてみると どんな成り行きも どんな結果も その人らしい」 という詩は、味わい深いと感じました。 真っ直ぐな道の写真を複数掲げた見開きページに添えられた1行、「あきらかに 希望にみちたもの」 も素敵です(写真とあわせて、ほんの1行ですがぐっと引き込まれるものがありました)。 ものごとの色々な側面を描く詩(142-143頁)も素敵です。その「ほんの少しの明るさ」が感じられないときはとても苦しいですが、それさえあれば、気付けたら…。(2026.02.03読了)・か行の作家一覧へ
2026.04.04
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西尾維新『サイコロジカル(下)曳かれ者の小唄』~講談社ノベルス、2002年~ 戯言シリーズ第4作の後編です。 背表紙や巻末の最新刊案内でも「……」と、内容に全く触れられていないというのが斬新です。 前作で提示された、高度なセキュリティをほこる研究室で起こった密室殺人、そしてなぜ犯人は遺体をそこまでバラバラにしたのか、という謎に、「ぼく」たちが挑みます。 事件を知って半狂乱になる博士ですが、しかし部外者である「ぼく」たちを犯人に仕立て上げ、監禁します。そんな中、大泥棒の石丸小唄さんが僕たちのもとを訪れます。博士たちが、「ぼく」たちが犯人だというストーリーを準備する4時間のあいだに、「ぼく」は真相に辿り着けるのか…。 これは面白かったです。 壮大な謎に、限られた時間の中で真相に辿り着かなければならないという緊張感。小唄さんの思惑や、施設の研究者たちの思いが錯綜し、混迷していく状況という、わくわくする展開です。(2026.01.31再読) ・な行の作家一覧へ
2026.03.29
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西尾維新『サイコロジカル(上)兎吊木垓輔の戯言殺し』~講談社ノベルス、2002年~ 戯言シリーズ第4作の前編です。 玖渚友がリーダーをつとめていた「チーム」の一員、兎吊木垓輔さんを助け出すため、「ぼく」、友さんは、鈴無音々さんは「マッドデモン」の異名をもつ斜道卿壱郎博士の研究機関を訪れます。 三人が訪問する少し前、高度なセキュリティを誇るその施設に、零崎を名乗る外部者が紛れ込んでいたことを知り、警戒する「ぼく」ですが…。 一方、一癖も二癖もある博士に、説得を拒む兎吊木垓輔さんに対してどのように対応していくか検討を進めていく3人。しかし、3人を待っていたのは、密室状況の中のばらばら死体で…。 シリーズ初の上下巻で刊行された1冊。 「ぼく」の隣人、みいこさんのかわりに、保護者として同行してくれる鈴無さんのキャラクターが素敵です。 施設には、「ぼく」のER3時代の先生もいて、先生と「ぼく」の掛け合いも面白いです。 上巻ということで、簡単なメモのみになってしまいました。(2026.01.25再読) ・な行の作家一覧へ
2026.03.28
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近藤和彦『イギリス史10講』~岩波新書、2013年~ 著者の近藤和彦先生は東京大学教授、立正大学教授を歴任され、専門はイギリス近代史です。 その著書、訳書は多く、E・H・カー『歴史とは何か』の新訳も刊行されています(私は未見)。 本書のあとがきによれば、岩波新書の10講シリーズの企画の段階から携わっていらしたようです。 さて、本書の構成は次のとおりです。―――第1講 イギリス史の始まり第2講 ローマの属州から北海の王国へ第3講 海峡をまたぐ王国第4講 長い16世紀第5講 二つの国制革命第6講 財政軍事国家と啓蒙第7講 産業革命と近代世界第8講 大変貌のヴィクトリア時代第9講 帝国と大衆社会第10講 原題のイギリスあとがき索引――― なにぶん通史ですので、章ごとの紹介は省略し、印象に残った点を中心にメモしておきます。 まず、第1講では、「イギリス」という用語の定義が興味深いです。とりわけ、日本語での漢字表記に込められた意味などの考察が印象的です(5-8頁)。 第2講では、「英語を話す人いう意味のイギリス人…の出現を記録」したのが、修道士ベーダ(d.735)であることを指摘する際に、「イングランドあるいはイギリスという「国」が形成されるより前に、複数の要素の交わりから、英語とイギリス人がうまれた。その逆ではない」と論じられている点が印象的でした。 このように英語の展開にも目配りされていて、第3講では、住民の古英語と、ノルマン征服による古フランス語の導入により中期英語が形成されることが指摘されます。たとえば牛は野良ではoxやcowですが、食卓にのぼると古フランス語のbeefとよばれ、「農民のメシは古英語のmealだが、領主のご馳走は古フランス語のdinnerである」などの具体例も面白いです(45頁)。 第4講では、ジェントルマンの定義(88頁、Sirとの違いなど)や、エリザベス女王の称号における「等」の意義を論じる部分(95-96頁)が勉強になりました。 第5講では、トーリ党とホウィグ党について、かつてはそれぞれ王権党、民権党などと訳されましたが、「じつはどちらも王権を尊重し、内戦を忌避する国教徒である」とし、それぞれの特徴を解説している部分(138-139頁)が勉強になりました。 第6講以降も、特に近現代については、日本との関わりにも目配りされていて、不勉強な私には勉強になります。 あらためて、約300頁の新書で「イギリス」の歴史の要点を通史的に描くだけでなく、それぞれの時代の生活や言語・文化、日本との関係まで幅広く手際よくまとめられていて、勉強になる1冊です。(2026.01.27読了) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.03.22
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銀色夏生『Balance』~角川文庫、1989年~ 銀色夏生さんによる写真詩集・作詞集です。 本書と同年、同題のCDも発売されているようで、歌はオーディションで選ばれた伊藤七美さんが歌われているとのこと(私は持っていません)。 そして本書の写真は風景写真だけでなく、モデルもうつった写真もありますが、表紙見返しにモデルはEMIさんとだけ記載があります。 今まで紹介してきた銀色夏生さんの写真詩集とは少し印象が違って、いくつかの写真・詩の合間に、校正中のような作詞のノートが挿入されています。また、写真も、そのままでなく、イラストや手書き文字を書き添えたかたちとなっていて、詩だけでなく、写真に添えられた言葉も印象的です。 15行×40字ぴったりの文章「曖昧」が、本書の中では特に印象的でした。一部、メモしておきます。「言葉それ自体は、決して伝達手段としては完璧ではない。だからこそおもしろい」(118頁)。 本作も味わいながら読み進めました。(2026.01.21再読)・か行の作家一覧へ
2026.03.21
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西尾維新『クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子』~講談社ノベルス、2002年~ 戯言シリーズ第3作。 今回は、「最強の請負人」哀川潤さんに連行(?)され、私立澄百合学園を訪れた「ぼく」は、ある少女を助け出すことを依頼されます。 超エリート校で謎に包まれたその学校は、またの名を「首吊高校」と呼ばれ、生徒たちは様々な能力をもって「ぼく」たちに襲い掛かることになります。 依頼人の紫木一姫さんと「ぼく」に襲い掛かる生徒たちを逃れ、哀川さんと理事長に直談判に訪れることになりますが、理事長は、完全な密室状況の中、体をバラバラにして殺されていました。 真相を考えるどころか、「ぼく」はある思いをもってその部屋を出ますが、さらに他の生徒たちから攻撃を仕掛けられて…。 一姫さんを狙う生徒・学校の狙いとは。そして理事長殺人と密室の謎の真相とは…。 2002年、創刊20周年を記念して講談社ノベルスは「密室本」(本文まるごと袋とじ)という企画本を刊行していて、本書もその1冊です。 久々の再読でしたが、理事長事件のシーンに至り、あまりの謎にあらためて驚きを味わえました。 第1作から、主人公の「ぼく」は登場人物と戦いがちですが、本書に至り、様々な能力や技をもった人物たちがさらに増えてきます。 そんな中、多少の肉体的な戦いも行いつつ、「戯言」でその場を切り抜けていくのがこのシリーズの醍醐味とあらためて感じました。 本作も楽しく読めました。(2026.01.19再読) ・な行の作家一覧へ
2026.03.20
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西尾維新『クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識』~講談社ノベルス、2002年~ 戯言シリーズ第2弾です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「烏の濡れ場島」の事件後、大学生活を始めた「ぼく」に、クラスメートの葵井巫女子が急接近。彼女のことを知らない「ぼく」だが、巫女子は友人の誕生日パーティーに「ぼく」を誘う。 パーティー後、酔いつぶれたような巫女子を自分のアパートに運んだ「ぼく」は、隣人の浅野みいこさんに彼女を泊めてもらう。ところが翌朝、「ぼく」のもとに警察が現れる。パーティーの主役、江本智恵が何者かに首を絞められて殺されているというのだった…。 一方その頃、京都では連続無差別殺人事件が起こっていた。「ぼく」とそっくりの零崎人識と、「ぼく」は知り合いになり、やがて江本事件も一緒に調べることになるが…。――― 前作『クビキリサイクル』が二重密室殺人と首切りの謎というテーマだったのに対して、今回は関係者にアリバイのある連続首絞め事件、そして無差別殺人事件がテーマです。謎解きの主眼となるのは前者の絞殺事件となります。一方、零崎さんと「ぼく」の対話・関係性も、本書の読みどころの1つです。 事件の進展につれ、ますます(読者にとって)事件は混迷を深めていきますが、その不可解さがいかに解決されるのか、興味深く読み進めました。 巫女子さんの元気いっぱいのキャラクターとあいまって、本作はやや重ための読後感となります。色々辛いですね…。(2026.01.14再読) ・な行の作家一覧へ
2026.03.15
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銀色夏生『君のそばで会おう』~角川文庫、1988年~ 銀色夏生さんによる写真詩集です。 本作では、飛行機から撮った写真や海外の風景も含めて、風景写真がメインで、そこに詩や写真の解説(?)が添えられる作品が多いです。 空、雲、海の写真など、今回も味わい深い写真に、印象的な詩が味わえました。 特に印象的だった作品は、「微粒子」と「風車をまわすもの」の2編。 朝、窓をあけて降り注いだ「微粒子」も、「風車をまわるもの」と同様に「私たちの心をまわすもの」も、目に見えないけれど、前向きな気持ちになれるような味わいで、好みでした。(2026.01.10再読)・か行の作家一覧へ
2026.03.14
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鶴見太郎『ユダヤ人の歴史―古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで―』~中公新書、2025年~ 著者の鶴見先生は東京大学大学院総合文化研究科准教授で、ロシア東欧・ユダヤ史・パレスチナ戦争などを専門とされています。 本書は、「アラブ世界」の研究を進める中で、現れてくるユダヤ人やシオニズムの問題に関心をもったことを契機に生まれることとなったといいます。 古代から現代までのユダヤ人の歴史を、「組み合わせ」をキーワードに明解に描く本書の構成は次のとおりです。―――まえがき―ある巡り合わせ序章 組み合わせから見る歴史第1章 古代―王国とディアスポラ第2章 古代末期・中世―異教国家のなかの「法治民族」第3章 近世―スファラディームとアシュケナジーム第4章 近代―改革・暴力・革命第5章 現代―新たな組み合わせを求めてむすびあとがき参考文献図版出典ユダヤ人の歴史 関連年表――― 冒頭にも書きましたし、序章と第5章のタイトルにもありますが、本書はユダヤ人の歴史を「組み合わせ」をキーワードに読み解いていきます。 たとえば、ある国に自分たちの国を征服された場合で、その国の法に従っていれば自分たちの信仰できる(イスラーム諸国による場合)状況であれば、比較的おだやかに彼らは生きて行けます。 以下、印象的だった点をいくつかメモしておきます。 ユダヤ教をめぐって、ときに批判的に用いられる「選民思想」ですが、これは、神の立法をイスラエルの民が守ることによって全人類が救われるということで、「選ばれたので他の民族より優位にあるという意味ではない」(22頁)とのこと。 また、ユダヤ教はキリスト教・イスラームとならび一神教ですが、初期には徹底した一神教ではなかったと指摘されます。聖書は、一神教信仰の観点から「検閲」を受けていて、唯一神信仰が既定路線であったかのように組み立てられていますが、「それでも漏れは見られ、例えば、創世記では神が「我々」と語っている」(33頁)といいます。もちろん、この「我々」については、様々な解釈があるのでしょうが、本書での指摘は私にはわかりやすく思えました。 第1章からの引用が多くなってしまいましたが、現在のイスラエル、ガザ地区の問題などを考えるにあたり、その複雑な歴史背景を知ることもできます。 通史という性格上、全体的な紹介は省略しますが、ユダヤ人の歴史の概観を得るのに非常に便利な1冊だと思います。(2026.01.06読了) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.03.01
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銀色夏生『あの空は夏の中』~角川文庫、1988年~ 銀色夏生さんによる写真詩集です。 風景写真だけでなく、モデル(ネットで調べたところ、銀色夏生さんの妹さんと弟さんだそうです)のいる写真もあります。 どれも味わい深い写真や詩ですが、写真では白黒写真も素敵で、特に112-113頁の波の写真が印象的でした。 詩は、「夏の宿題」と題した1編が特に印象的でした。 写真詩集という性格上、なかなか紹介しづらいですが、本書も味わい深く楽しめました。(2026.01.03再読) ・か行の作家一覧へ
2026.02.28
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西尾維新『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』~講談社ノベルス、2002年~ 第23回メフィスト賞受賞作。西尾維新さんのデビュー作です。 刊行当初に読んで、とても楽しめたのを覚えていますが、記事は書けていなかったので、このたび久々の再読をしてみました。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 孤島に住む令嬢から招待された天才たち。ぼくは、その中の一人、エンジニアの玖渚友とともに島を訪れた。 心も未来も読める占い師に、僕が所属していた団体でもずば抜けた存在だった学者、3つ子のメイドなど、くせのある人物たちが集まる中、事件が起こる。 ペンキのこぼれた密室状況で、首を切られて死んでいた画家。そして、さらに事件は繰り返され…。 スケジュールどおりに島を出たい友のため、僕たちは「最強の請負人」が島を訪問するまでに、事件の解決を目指すことになるが…。――― 会話の妙。戯言遣いの「ぼく」の独特の思考。密室殺人に首切りと、ミステリの王道の謎が提示され、またその謎解きも鮮やかさも面白いです。そして、大胆な伏線。 本書刊行当時に読んで、それは楽しめたのを覚えています。今回、20年以上経っての再読ですが、あらためて楽しめました。 何のために生きているのか聞かれたとしたら、の「ぼく」の答えは印象に残っていましたが、本書にあったのを再確認したのも収穫でした。(2026.01.01再読) ・な行の作家一覧へ
2026.02.23
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銀色夏生『わかりやすい恋』~角川文庫、1987年~ 銀色夏生さんによる写真詩集です。 前回紹介した『これもすべて同じ一日』は、主に風景写真でしたが、こちらはほぼ全ての写真にモデルの女性がうつっています。調べてみると、デビュー前の森高千里さんなのだそう。初版あたりにはクレジットの掲載がありその旨記載があったそうですが、私の手元には1991年の32版で、クレジットの記載はありません。 写真詩集という性格もあっていつものような感想は書きにくいですが、詩や写真を味わい深く楽しめました。(2025.12.31再読) ・か行の作家一覧へ
2026.02.22
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銀色夏生『これもすべて同じ一日』~角川文庫、1986年~ 銀色夏生さんによる写真詩集です。 20年以上前に銀色夏生さんの作品をいろいろと読んでいましたが、久々の再読です。 写真は主に風景写真で、味わい深いです。詩は恋愛系が多いですが、同じく味わい深く読みました。「大事なことは足跡ではなく むしろ足そのもの」 は、写真も詩も素敵で、特に印象的でした。(2025.12.27再読)・か行の作家一覧へ
2026.02.21
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島田荘司・笠井潔『日本型悪平等起源論―「もの言わぬ民」の深層を推理する―』~光文社文庫、1999年~ 島田荘司さんと笠井潔さんによる、「日本型悪平等」の起源を論じ、これからのための提言をなす対談集です。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに第1章 日本型思考の背景を形づくったもの第2章 日本人が「精神主義」に惹かれるわけ第3章 「富国強兵」とはなんだったのか第4章 日本人には、なぜ「天皇制」が必要なのか第5章 行動原理としての「鎖国願望」第6章 日本人がモラルを確立する日対談を終えて文庫版あとがき――― かつて読んだことがありますが、なんとも暗澹たる気持ちになり、記事が書けずにいました。 今回久々に再読しましたが、同じく、それぞれの章について整理して紹介するにはいろんな意味で重いので、簡単にメモしておきます。 まず、本書で批判される「日本人」の特徴をいくつか挙げると(列挙は15-16頁)、・とにかく威張りたがる。そうでなければへつらう。・若輩者や弱い立場のモノをやたらにいじめる。・あらゆることがらを、ひたすら儀礼論にすり替えたがる(「その態度はなんだ」と、発言の内容よりも相手の態度ばかりを気にする)・すぐに怒り出すか愛想笑い。 ということで、飲みの席では若者に無理矢理飲ませ、自分もしこたま飲んで嘔吐に店の看板を蹴り飛ばす、「お行儀のよい」日本人たちが徹底的に批判されます。 なかでも興味深いのは、縄文人と弥生人の対比を行う第1章。コメ作り、コメ重視による社会づくりが、横並び主義・事なかれ主義の日本人を生み出す背景であったとの論調です。 ただ、1点気になることもありました。第1章では、縄文人(につながると思われるアイヌ民族)は、ミクロネシアなどと共通の風習もある、海洋的民族であることが指摘されます。ここでは、コメづくりを行い始めた弥生人に、こんにちの上述のような日本人のルーツがある、といった議論の展開がなされます。一方、第4章では、日本語がミクロネシアなど海洋民族型で、母音がはっきりした言語であるため、日本人の脳はバランスがあまりよくなく、情動的に流されてしまう点を、こんにちの感情的な日本人の説明のひとつとします。もちろん、縄文人と弥生人がまったくまじわることなく現在まで続いているとは書いていませんが、弥生人に対して縄文人の生活を称賛する論調である一方、縄文人にも通じる言語のあり方を日本人批判に用いているあたり、どのような整合性があるのか、詳しくうかがってみたく思いました(単純に割り切れる問題ではないのでしょうけれど)。 とはいえ、本書を通じて引っ掛かったのはその点くらいで、全体的にはなるほどと思うところが多かったです。「「モラルを守れ」と言って道で人を殴れば、それはどこの国の常識に照らしても反モラル的行為となって本末転倒なのですが、日本でのみ、徒弟職人制度があるためにそうはならなかったわけです」(142頁)といった痛烈な皮肉は印象的でした(そういえばテレビかなにかで、マナー違反を怒鳴りまくるマナー講師を見たのを思い出しました。怒鳴るのは美しいマナーなのでしょうね)。 その他、助詞「だ、である、です、ます」が最後にきて、また異常に上下関係を気にして複雑な敬語を使用する点も批判されます。たとえば韓国では儒教精神のため、相手がホームレスでも年上なら敬語を用いますが、日本では相手が年上でも子会社の人やホームレスなど自分より立場が弱い人には傲慢に話す、という…。 この敬語社会でストレスまみれの日本人のストレス軽減のために本書で提言されるのは、いわゆる「上の立場」の人も、丁寧に話す機会を増やすということです(189頁)。日本人は「悪平等」で、弱い立場の間は威張られ、傲慢に命令されるが、いずれ「上の立場」に立て、そのときは今までの分、自分より弱い立場の人に威張るという風潮がありますが、それはもうやめよう、というのが本書を通じた主張です。 自分自身日本人ですので、いろいろ耳が痛い点もありましたが、20世紀末の日本の状況も含めて、日本人のあり方を反省するきっかけとなる1冊です。 一方、「働き方改革」や、企業のことばですが「スマドリ」など、本書で描かれた状況も少しずつ変わってきていると感じて(あるいは信じて)います。(2025.12.23再読) ・さ行の作家一覧へ
2026.02.15
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高田崇史『QED 天河伝説、桜舞い』~講談社ノベルス、2026年~ QEDシリーズの最新刊です。 桑原崇さんを、お花見に誘った棚旗奈々さんですが、例によってお花見どころか、吉野の神社めぐりに行くことになります。 現地に、奈々さんの妹、沙織さんの後輩―五條咲月さんが経営している旅館がありますが、そこでは咲月さんのお姉さんが自殺をされたとのことで、現在は休館中とのこと。しかし、沙織さんの夫で崇さんたちの友人、小松崎さんも、お悔やみのため、現地に一緒に行くことになります。 今回は、世阿弥はなぜ能の大家でありながら晩年は冷遇されたのか。そして楠木正成をめぐる謎が語られます。 …という表題作に加え、巻末には「桑原崇の「鬼学入門」」という短編が収録されています。 ある事情から、「鬼」について知りたいという沙織さんの息子、大地くんに、崇さんが「鬼」について語ります。 これまでのQEDシリーズで語られてきた「鬼」について、平易な語り口でまとめられていて、こちらも面白いです。 2025年に続き、今年も1月にQEDの新刊が刊行されたことを、まず嬉しく思います。 今作も興味深く読みました。(2026.02.08読了) ・た行の作家一覧へ
2026.02.14
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島田荘司『愛しいチグサ』~講談社、2026年~ 島田荘司さんによるノンシリーズの中編作品です。 2020年にロンドンからOne Love Chigusaのタイトルで英訳が先行刊行されていた作品で、本書はその原作です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 舞台は2091年、北京。 謝荷魚(シェ・ホーユー)は、大事故にあい、頭部と内臓の入った胴体だけが原形をとどめ、頸部もちぎれた状態となったが、救急隊により生命維持装置につながれたことで、一命をとりとめた。医師とエンジニアによる最先端の治療で、身体や脳の欠損を機械でカバーすることで、ホーユーは日常に戻ることとなる。 しかし、街行く人々の顔は真っ赤で、怒ったような顔つきで、彼らの体は機械で、おそらく金額を示すシンジケーターが表示されるように見えるようになっていた。 イラストを描くのを仕事としていたホーユーだが、久々に出勤して描いた絵をボスは却下し、ホーユーはしばらく休むこととなる。 死もよぎりながら、毎朝通った喫茶店から、はじめて美しい顔の女性を見つけたその日から、ホーユーは彼女だけを生きる希望にし、喫茶店に通い詰めた。そして、彼女―チグサと、ついに言葉を交わすことになるが…。――― まず、本編200頁弱の中編で、最近の島田荘司さんの作品の中では分量が少ないこともあって、元々読みやすい作風ですが、さらに読みやすかったように思います。 帯には「落涙の純愛ミステリ」とありますが、本格ミステリを想像して読むと印象が違います。あとがきにもあるように、ミステリ要素もあるSFと感じながら読み進めました。 なんとなく、オチというか真相には気付いてしまいましたが、それで物足りないどころか、読後もしばらく(数日)余韻を感じられる読書体験でした。味わい深い物語です。 巻末には、30頁弱の、「『愛しいチグサ』と、十代の頃の自分」と題するあとがき(エッセイ)が収録されています。小学生の頃、給食の時間に物語を作っては聞かせていたこと、寝る前に弟さんに物語を聞かせていたこと、広島県福山市から東京に引っ越したこと、その東京の家の思い出……と、印象的なエピソードが満載です。 あらためて、印象的な1冊です。良い読書体験でした。(2026.02.01読了) ・さ行の作家一覧へ
2026.02.11
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西洋中世学会『西洋中世研究』10~知泉書館、2018年~ 西洋中世学会が毎年刊行する雑誌『西洋中世研究』のバックナンバーの紹介です。 第11号から記事を掲載しはじめ、2022年以降、順次第1号から記事を掲載してきたバックナンバーの紹介はこれをもって終了です。 第10号の構成は次の通りです。―――【特集】ビザンツ帝国と中世地中海世界<序文>大月康弘「ビザンツ帝国と中世地中海世界」<論文>益田朋幸「聖母マリア伝図像の東西」瀧口美香「アプシス図像の東西―ヴィック司教区美術館、カタルーニャ美術館所蔵作例を中心として―」太記祐一「プロセッションがめぐるところ―マケドニア朝における儀式・建築・都市―」草生久嗣「党派活動としてのビザンツ異端論―パウリキアノイを見る眼―」ラウ、マクリミリアン・C・G(渡辺理仁訳)「12世紀ビザンツにおける移住者と文化的多元主義」【論文】安藤さやか「《コルビー詩編》の「生命の泉」―カロリング朝美術に於ける図像と装飾の統合をめぐって―」印出忠夫「14世紀プロヴァンス地方における「記念祷会計」の成立とその意義―サン・ポール・ド・モーゾール参事会教会の場合―」仲田公輔「アルメニアからラヴェンナへ―ヘラクレイオス帝によるイタリア総督イサアキオスの任命とその背景―」【特別寄稿】松本涼、小野賢一、アダム・タカハシ、岡北一孝「2017年度若手セミナー報告 古典再読:ハスキンズ『十二世紀ルネサンス』を読み直す」【研究動向】樋口諒「中期以降のビザンツ教会堂建築の研究動向」宮野裕「フィレンツェ合同のロシア、ウクライナ、ポーランド地域への波及―近年の動向を踏まえて―」【新刊紹介】【彙報】田邊めぐみ・江川温「メネストレル主催若手研究セミナー・国際シンポジウム報告 文化交流から生まれ出づるもの:《中世における文化交流》から西洋中世学の未来へ」菊地重仁「西洋中世学会第10回大会シンポジウム報告「カロリング期の記憶」」――― 特集はビザンツが周辺地域に与えた政治的・文化的影響をテーマとします(序文)。 益田論文は、西欧とビザンツの聖母マリア伝図像(受胎告知以前)を比較し、マリアの両親の捧げものを拒否する祭司がそれぞれで異なることを指摘し、ビザンツにおけるその意味を分析します。 瀧口論文は、スペインのロマネスク聖堂の壁画図像を分析し、ビザンツからの影響と独自の展開を指摘します。 太記論文は、『儀典の書』という史料に記された宗教儀礼に関する記述を中心に、実際の聖堂建築とプロセッション(行列)の状況と意義を論じます。 草生論文は、ビザンツの異端であるパウリキアノイ(パウロ派)について、「党派活動」の観点から分析します。12世紀以降の史料から言及がなくなるものの、それは彼らの実在がなくなったことを必ずしも意味しないことなど、興味深い指摘がなされます。 ラウ論文は、ビザンツ帝国内の様々な集団(ユダヤ人、遊牧民、セルビア人、アルメニア人、ロマなど)について、それぞれの状況とビザンツにおける政策を概観し、「文化的多元主義」の拡大がなされていたことを論じます。 個別論文は3本。安藤論文は、カロリング期の彩色詩編写本における「聖母マリアのカンティクム」のイニシアルMに着目し、先行研究を踏まえながらも、「生命の泉」という新たな観点からそれを読み解く大変興味深い論考。 印出論文は、『西洋中世研究』第8号で論じた永遠のミサの財政的管理を発展させ、ある参事会教会の会計管理システムを詳細に論じます。 仲田論文は、ぺリシア戦争のさなかに、ときの皇帝ヘラクレイオスが、アルメニア出身の軍人をイタリア総督に任命した背景を説得的に論じます。 特別寄稿は、2018年1月に開催された若手セミナー報告。ハスキンズ『十二世紀ルネサンス』を再考する試みです。松本先生による趣旨説明ののち、小野先生が教会史の観点から、タカハシ先生が哲学史の観点から、岡北先生が建築史の観点から、それぞれ『十二世紀ルネサンス』の受容と意義を論じます。『西洋史学』などでも実施されている古典再読は、西洋中世学会では初の試みだったようですが、様々な分野の専門家が当該著作の現代的意義を指摘する、たいへん興味深い論考でした。 研究動向は2本。樋口論文はビザンツ教会堂建築研究史をオスマン帝国時代、オスマン帝国滅亡以降、それ以降(現代)の3つの時期に分けて紹介。 宮野論文は15世紀の教会合同について、教会史の観点ではロシア、ポーランド、ウクライナ各国の研究動向を概観したのち、現代の状況を論じます。 新刊紹介は30の欧語文献の紹介。河原温先生による、中世都市文化に関する論文集の紹介や、大黒俊二先生による、一人の女性が魔女に仕立て上げられていく過程を丹念に追う著作の紹介などを興味深く読みました。 彙報は2本。1本目は、1997年に「中世に関する様々な学術情報をインターネット上で提供することを目的として」設立されたメネストレルの若手セミナーについて、日本在住唯一のメンバーである田邊先生による概要紹介と、江川先生による、各報告の概要を紹介する参加記。2本目は、菊地先生による、2018年開催の第10回大会シンポジウム報告です。(2025.12.21再読) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.02.08
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フェーヴル(田辺裕訳)『大地と人類の進化―歴史への地理学的序論―(下)』~岩波文庫、1972年~(Lucien Febvre, La terre et l’évolution humaine, 1922) 以前紹介した『大地と人類の進化―歴史への地理学的序論―(上)』に続く下巻です。 本書の構成は次のとおりです。―――第3編 可能性と生活様式 第1章 拠点、山地と平野と高原 第2章 小さな自然的区画、島嶼的単位 第3章 生活様式の概念。狩猟民と漁撈民 第4章 牧畜民と農耕民、非定住民と定住民第4編 政治的集団と人類集団 第1章 国境の問題と国家の自然的地域 第2章 交通、交通路 第3章 都市結論 現在の任務。生物学的方法、地理学的方法参考文献目録訳者あとがき索引――― 上巻、とりわけその第1編が、地理学や社会学に関する理論的考察の色合いが強かったのに対して、同書第2編からより具体的な議論に移っていますが、本書はより具体的な地理と人類の関係を論じていきます。 読了からメモまでに時間がかかってしまったこと、また私の力量から、とても十分な紹介はできませんが、まず全体的な概要をメモしておくと、本書を通じてフェーヴルが強調することは、地理的影響の決定力を重視するのではなく、同様の地理的状況にあっても人類の生活形態は異なること、つまり人類の営みのあり方、であるように思われます。 その具体的な諸相は、上にあげた構成の流れで論じられます。島嶼的単位に関する第3編第2章や、牧畜民と狩猟民を完全に別個ととらえるのではなく、それぞれが状況に応じてどちらの活動もしうるという第3編第4章などを興味深く読んだのを覚えています。 巻末参考文献目録は、原著が掲げる237の文献と、参考としてその書名の邦訳が掲げられています。原著は今から100年以上前の刊行ですから、いまではなかなか参照しづらい、あるいはアップデートが必要な情報もあろうかと思いますが、本書が刊行された際は、索引とあいまって、非常に有用な著作だったろうと思います。とても丁寧なつくりの文献です。 訳者あとがきは、上巻と下巻の訳者が異なる経緯などが語られていて、こちらも興味深く読みました。 本論自体の紹介は十分にはできませんでしたが、有名な著作を曲がりなりにも通読できたのは貴重な体験になりました。(2025.12.20読了) ・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2026.02.07
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Michel Pastoureau, Les couleurs de nos souvenirs, Paris, Éditions du Seuil, 2010(英訳:Michel Pastoureau (trans. by Janet Lloyd), The Colours of Our Memories, Cambridge-Malden, Polity Press, 2022) 本ブログで何度も紹介している、主に西欧中世の紋章・動物・色彩の歴史の研究で有名なミシェル・パストゥロー(1947.6.17-)による、自伝的エッセイで、メディシス賞随筆部門受賞作です(ただしパストゥローは、本書の目的は社会や日常生活との関係の中で色について語ることであり、自伝は間接的であると、Michel Pastoureau avec Laurent Lemire, L’imaginaire es tune réalité, Paris, Éditions du Seuil, 2025, p. 183で述べています。本書でも、「部分的に自伝的である本書は、人文学にのみ関わっている」との記述があります。原著p. 10, 英訳版p. XII)。 本書の構成は次のとおりです(仏語版の構成。拙訳)。―――備忘録としての色1.衣服2.日常生活3.絵画と文学4.スポーツの領域で5.神話と象徴6.好みと色彩7.ことば色とは何か文献案内索引本書を理解するための年表目次謝辞著者について[英訳版なし]――― 原初版も買いましたが、基本英訳版で読みましたので、以下は英訳版をもとにメモ(書影は英訳)。 序文にあたる部分では、アンドレが自身のセカンドネームとの記述がありました。Michel André Pastoureuですね。 第1章(仏語版には章番号なし。英訳版によります)は、シュルレアリストであった父アンリ・パストゥローと交流のあったアンドレ・ブルトンの思い出から始まり(彼の印象は「黄色」とのこと)、『悪魔の布』で論じた縞模様について、色のニュアンスに気付くこととなった13歳の頃の「ブレザー事件」、ジーンズについて、35歳ころから自身が太り始めたことと関連してラージサイズの服について、そしてロンドンで見た「地下鉄展」で、60-70年間にわたり人々の衣服の色に大きな変化が見られないことに気付いたことなどを語ります。 第2章で、は母のつとめていた薬局のことから、薬局の中では色が重要な役割を果たしていたこと、スイス旅行で金持ちのクラスメートにあった事件、車と乗っている人のイメージについて、1981年の共産圏への旅とそこでの灰色の印象、信号について、食事について(青い食べ物はない!)などが取り上げられます。 第3章。母方のおじ3人が画家ということもあり(先にふれましたが父もシュルレアリスト)、小さい頃から色に囲まれていたパストゥローは、色の分類が楽しかったといいます。1500冊の父の蔵書の中で、『フランス絵画史』に興味があったこと、カラー映画の始まりや、映画アイヴァンホーがお気に入りだったことなどに次いで、映画製作にかかわった思い出が語られます。1979年「ペルスヴァル」では、衣服や紋章の色について助言を求められたものの、自身の意見が取り入れられなかったといいます。1984-1985年「薔薇の名前」では、紋章や修道服の色を担当しますが、舞台である14世紀には豚がピンクや白ではなく黒や灰色だったと伝え忘れていて、撮影中に急遽黒のスプレーで対応したというエピソードが語られます。その他、父と交流のあったダリについて、好みの画家であるフェルメールについてなど。 第4章はスポーツについて。自身がサッカーチームに所属しゴールキーパーをしていたこと、自転車を買いに行ったときに黄色だったから買わなかった思い出からツール・ド・フランスの色についてなど語ったのち、スポーツは色の歴史の特権的な場であるとして、その重要性を強調します。 第5章は、赤ずきんについて、紋章への関心に次いで、緑、旗、チェスなどを取り上げます。個々の話題は興味深いですが、メモは題材の列挙だけになってしまいました。 第6章はアメリカ土産の思い出、自身はアクセサリをつけないこと(腕時計さえも!)、金の歴史、軍役の際に赤がはっきり見えるかテストを受けたこと、紫は子どもたちに人気のない色であること、現代で人気の色について(パストゥロー自身はエコとは関係なく緑が好みだそうです)などを語ります。 第7章は語彙の重要性について論じます。たとえば、史料上「赤いドレス」とあっても、赤いベルトをつけた白いドレスである事例などを紹介し、歴史学者たちは慎重になるべきだといいます。また、古代ギリシャやローマに「青」の語彙がないことを指摘した『青の歴史』への批判の一部が的外れである(パストゥローは、ローマ人は青を見なかったとは言っていない)と主張します。また、本書は色に関する書物でありながら図版がありませんが、昔のカタログなどのように、色なしでも色について語ることはできることを示そうとしたといいます。 最終章は、色は文化的・社会的なものであるという、パストゥローの一貫した主張をあらためて述べたうえで、古代からの白・赤・黒の3色体系から中世における白・赤・黒・緑・黄・青の6色体系への移行などを論じます。 以上、簡単なメモとなりましたが、パストゥローの自伝的要素も含む本書は、面白いエピソードも多く、興味深い1冊です。(2025.12.14読了) ・西洋史関連(洋書)一覧へ
2026.02.01
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西洋中世学会『西洋中世研究』7~知泉書館、2015年~ 西洋中世学会が毎年刊行する雑誌『西洋中世研究』のバックナンバーの紹介です。 紹介の順番が前後しましたが、今回は第7号の紹介です。 構成は次の通りです。―――【特集】中世のなかのローマ<序文>金沢百枝「中世におけるローマ観の多様性」<論文>草生久嗣「「ビザンツ」帝国の「ローマ人」:アイデンティティの射程」大谷哲「トゥールのグレゴリウスにおける177年ルグドゥヌム迫害」加納修「フランク王国における「ローマ法」認識に関する一考察―書式集の証言を中心として―」山本成生「スコラ・カントールムの生成と伝播」伊藤喜彦「再利用・再解釈・再構成されるローマ―コルドバ大モスクにおける円柱―」山本潤「中世ドイツ文学に見るローマ観―『皇帝年代記』および『ディートリヒの逃亡』を題材に―」【論文】神谷貴子「紙から羊皮紙へ―中世後期フリブールの二つの市民登録簿をめぐって―」古川萌「芸術庇護としての弔い―フィレンツェ公国におけるジョルジョ・ヴァザーリとエピタフ、墓碑、追悼―」【新刊紹介】【彙報】赤江雄一「西洋中世学会第7回大会シンポジウム報告「托鉢修道会―中世後期の信仰世界―」」草生久嗣・髙田京比子「2014年度若手セミナー報告」クリスティーヌ・デュクルシュー=ヴェルボヴァン/田辺めぐみ「メネストレル:中世学のネットワークとポータルサイト」――― 特集は、中世のなかのローマ。ローマの遺産がいかに中世に受容されたか、あるいは中世はローマにどのようなまなざしを向けたのかを論じます。 草生論文は、ローマ帝国分裂後、東で存続したビザンツ帝国における「ローマ人」アイデンティティの諸相を見ます。 大谷論文は、トゥールのグレゴリウスが177年に起こった迫害事件をどう認識していたか、彼が典拠とした史料を丹念にたどり、グレゴリウスの矛盾の理由を明らかにします。 加納論文は、フランク王国における「ローマ法」認識について、ゲルマン的「サリカ法」同様、「慣習」としても認識されていたことを明らかにします。 山本論文は音楽組織「スコラ・カントールム」について、その孤児院との関係など、やや概説的に論じる興味深い論考。 伊藤論文は建築の観点から、ローマの柱の再利用(スポリア)の意義を論じます。 山本論文は東ゴート王テオドリック(文学作品ではディートリヒ)の歴史叙述と文学作品の対比から、彼の描かれ方の相違と意義を論じます。 神谷論文は、紙で管理されていたフリブールの市民登録簿が、1416年に記録法の一新とともに羊皮紙に記録されるようになったという興味深い事例を取り上げ、その背景を分析します。 古川論文は、『芸術家列伝』で有名なヴァザーリを中心に、エピタフ(故人を追悼する詩)、メディチ家の関係を分析し、弔いがもつ芸術庇護の役割を指摘します。 新刊紹介は47の外国語文献の紹介。十字軍へのまなざしは中世においても肯定と称賛のみだったわけではないことを論証する著作の紹介(神崎先生)、中世写本彩色における風景像の機能を分析する著作の紹介(鼓先生)、クリュニー修道院創設1100年に際して開催されたシンポジウムをもととした論文集の紹介(関沼先生)、中世における贖罪の歴史を描く著作の紹介(佐藤先生)と、興味深い著作が多く、勉強になります。 彙報は3本。第7回シンポジウムは大変興味深かったのを覚えています。若手セミナーについては、髙田先生による運営の簡素化の提言が興味深いです。自身の仕事にも通じるものがありました。デュクルシュー=ヴェルボヴァン研究員と田辺先生は中世研究に有用な情報の無料提供を使命とするメネストレルの紹介です。(2026.01.24再読) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.01.31
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宮田光雄『きみたちと現代―生きる意味をもとめて―』~岩波ジュニア新書、1980年~ 宮田光雄先生(1928-)は東北大学名誉教授で、政治学、ヨーロッパ政治思想史をご専門にされています。 このブログでは、次の著作を紹介したことがあります。・宮田光雄『キリスト教と笑い』岩波新書、1992年 本書は、高校などでの講演をもとにした1冊で、「生きる意味」や「平和」について考えます。 本書の構成は次のとおりです。―――I 生きるということ 1 きみたちはどこにいるのか 2 『夜と霧』の世界 3 生きる意味 4 かけがえのない人生II 現代社会に生きる 1 歴史をつくるもの 2 政治参加の時代 3 コンフリクトとともに生きる 4 政治的想像力III みんなと生きる―シュヴァイツァーに学ぶ― 1 シュヴァイツァーは偶像ではない 2 アフリカへの道 3 みんなと生きる倫理 4 他のために生きるIV 平和をつくり出すもの 1 剣をとるものは剣で滅びる 2 武器をとらない若もの 3 非暴力のたたかい 4 平和をつくり出すものあとがき――― それぞれ4節からなる4章からなり、まず構成がきれいです。 第1章は、冒頭で、受験戦争、本を読まないこどもたち、大学でのモラトリアムなど、1970年代のデータなどをもとに紹介した後、生きる意味を考える題材として、フランクル『夜と霧』をとりあげます。アウシュヴィッツ強制収容所に送り込まれたフランクルが、極限状況の中でも、他の囚人たちのカウンセリングを行うなど、生きる意味を見失わずに生き抜いたことが紹介されます。そして、第3節で、生きる意味として、フランクルにならって「創造価値」「体験価値」「態度価値」の3点を挙げます。第4節では、「私の人生は他のだれの人生でもなく、私の人生です。…それぞれが独自の意味と課題をもっています」(44頁)との言葉が印象的でした。 第2章は、冒頭にヒトラーを取り上げて導入とした後、主に政治参加のあり方について語ります。まず、歴史観として、ヒトラーなどの人物中心で論じる見方を「民衆不在の歴史観といわなければなりません」(58頁)と述べ、「歴史をつくる主体は、私たち自身であることを忘れてはなりません」(61頁)との立場を明確にします。そのうえで、政治参加について、「政治にかかわりたくないという態度もまた、じつは政治にたいする一つのかかわり方なのです…自分は中立であり、何もしていないといいはるとしても、政治の世界では「不作為の責任」をまぬがれることができないのです」(64頁)、「政治的無関心や政治への不参加を示す国民には、それに応じたみじめな政治しかあたえられないことを知るべきでしょう」(66-67頁)などと述べたうえで、イギリス議会では不一致や批判が歓迎されるという事例を紹介し、日本での政治(参加)のあり方への反省を促します。今から45年前の著作ですが、こんにちの異常な投票櫃の低さを鑑みると、現代にも通じる問題提起ですね。 第3章はシュヴァイツァー(1875-1965)を取り上げます。アルザスの牧師の家に生まれ、30歳で故郷をたちアフリカに行き、医師としてアフリカの人々に寄り添った人物です。称賛されていた彼について、のちに、人種的偏見があったとかアフリカに近代的病院を建てなかったとか、といった批判が見られるようになりました。本書は、シュヴァイツァーの経歴や時代背景などをもとに、それらの批判が現代的見地からのものであり、的を射た批判ではないことを示します。 第4章は平和について。ここでは、戦時中、軍国主義教育が主流であったころに、「戦争や軍人ではなしに、文化のため、社会のため、世界平和のために勇敢に生きているような有名・無名の人びとこそが「真の英雄」なのだということを教えた」(162頁)恵泉女学園の河井道子園長の紹介が印象的でした。 以上、45年前の著作ですが、現代にも通じるメッセージも多く、興味深く読みました。※宮田先生のご専門や『キリスト教と笑い』を「西洋史関連(邦語文献)」に掲載していることを踏まえて、本書も便宜的に「西洋史関連(邦語文献)」に掲載します。(2025.12.09読了) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.01.25
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井上真偽『恋と禁忌の述語論理』~講談社ノベルス、2015年~ 第51回メフィスト賞受賞作。井上真偽さんのデビュー作です。 しばらくメフィスト賞受賞作をフォローできていないので、久々の挑戦ですが、とても楽しく読めました。 物語は、大学生の詠彦さんの一人称で語られます。 詠彦さんは、数理論理学の分野で注目され、海外で活躍し莫大な蓄財をしてセミリタイア生活を送っているおば―硯さんを訪ねます。解決された殺人事件の真相を検証してもらうために。 被害者が毒入りカレーを食べて亡くなった事件は、故意だったのか事故だったのか。 容疑者が多すぎる事件で、探偵が犯人を特定した論理は妥当だったのか。 雪の密室状況の中、アリバイと犯行不能という条件をもつ双子のどちらかが犯人と思われる事件の真相は。 それぞれに「探偵」が解決していますが、はたして硯さんの検証結果は…。 あらためて、これは面白かったです。 個々の事件の謎解きが面白いのはもちろん、数理論理学を用いた検証は小見出しもついていて、まるで数理論理学に関する入門的な新書を読んでいるかのような感じも味わえつつ、スリリングです。 また、最終章の衝撃たるや。これはやられました。 軽快な文体で読みやすく、毒、衆人環視、雪密室にアリバイと謎解きのバリエーションも広く、面白かったです。(2025.12.07読了) ・あ行の作家一覧へ
2026.01.24
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西洋中世学会『西洋中世研究』9~知泉書館、2017年~ 西洋中世学会が毎年刊行する雑誌『西洋中世研究』のバックナンバーの紹介です。 第9号の構成は次の通りです。―――【特集】托鉢修道会―中世後期の信仰世界<序文>赤江雄一「托鉢修道会―中世後期の信仰世界」<論文>阿部善彦「貧しさは所有の放棄か―エックハルトの「ドイツ語説教74」を手がかりに―」木村容子「中世末期の説教実践―無名フランシスコ会説教師の日誌―」鈴木喜晴「14世紀におけるカルメル会の正統性と普遍的戒律観―ヒルデスハイムのヨハネス『擁護者と誹謗者の対話』をめぐって―」荒木文果「瞑想するドミニコ会士―ローマ、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ修道院の失われた第一廻廊装飾壁画―」【論文】波多野瞭「教会観とアリストテレス―秘跡の霊印を巡るボナヴェントゥラと初期トマス・アクィナスの対抗―」永井裕子「ピントリッキオによる授乳の聖母の図像―中世の板絵からの図像利用―」【講演】アンナ・サピア・アブラフィア(小澤実訳)「争われる種/起源としてのアブラハム」、132-148頁【研究動向】櫻井康人「十字軍研究動向―「十字軍・十字軍国家学会」刊『十字軍』の統計より―」【新刊紹介】【彙報】図師宣忠「西洋中世学会第9回大会シンポジウム報告「映像化される中世―語り継がれる史実とフィクション」」佐々井真知・岡本広毅「2016年度若手セミナー「《西洋中世学会版》リサーチ・ショーケース」報告」――― 今回の特集は13世紀初頭に成立した托鉢修道会に焦点を当て、信仰世界の諸相を描きます。 赤江先生による序文は、托鉢修道会誕生の背景と先行研究を簡潔に整理した後、特集の諸論考を概観します。 阿部論文はドミニコ会士エックハルトの説教を主要史料として、清貧を掲げたアッシジのフランチェスコの思想との対比を通じて、エックハルトの「貧しさとは一切を有すること」という思想を説得的に明らかにします。ここでは、ライバル関係であったフランシスコ会の創始者フランチェスコの記念日をドミニコ会でも祝っていたという指摘が興味深かったです。 托鉢修道会士は都市を中心に説教を展開していました。説教をつくるための補助手引きや「範例説教集」については多くの先行研究がありますが、木村論文は、無名の托鉢修道会士が残した、説教の実践を詳細に記した「日誌」という稀有な、そして抜群に興味深い史料をもとに、彼の説教実践を再構成します。日誌を残した人物はおそらくフランシスコ会士ですが、ドミニコ会などでも説教を行ったほか、死について説教を行った際に、「髑髏を見せたが、あまり盛り上がらなかった」と自身の失敗についても率直な反省を書き残しているなど、興味深い指摘が盛りだくさんです。 鈴木論文は、後発の托鉢修道会の1つ、カルメル会が、自らの修道会をいかに擁護したかを、他者からの批判とそれへの応答という形式で書かれた論考を主要史料として分析します。カルメル会は預言者エリヤにさかのぼると主張したり、縞模様の修道服を採用したり(参照:ミシェル・パストゥロー『悪魔の布』)した点について、他修道会などから批判を浴びていました。対象史料は、その批判に答える中で、会の正統性を揺るがしかねないラディカルな主張にまで展開してしまっており、その意義を興味深く論じています。 荒木論文は、ドミニコ会の、ある壁面装飾と当該装飾のもととなった文書史料に関する分析。フランシスコ会への競合意識なども明らかにされます。 波多野論文は、霊印を論じるにあたり、ボナヴェントゥラと初期トマス・アクィナスがどのようにアリストテレスに立脚し、お互いに対立しているかを明らかにします。 永井論文は、授乳の聖母と謙譲の聖母という2つのモチーフが用いられたルネサンス期の絵画作品に着目し、中世の作例の影響を明らかにします。 講演は、「アブラハム宗教」をキーワードに、キリスト教、ユダヤ教、イスラームの「展開と相克」を論じます。 櫻井論文は、2002年度から刊行が始まった『十字軍』という雑誌の掲載論文の統計的分析を通じて、多岐にわたる十字軍研究の現状を見通します。 新刊紹介は34の欧語文献の紹介。とりわけ、「中世史家のアトリエ」シリーズ第14巻の『西欧中世におけるイメージ』についての木俣先生による紹介を興味深く読みました。私の力不足でなかなか洋書が読めませんが、このシリーズは色々読んでいきたいです。 彙報は2本。個人的な話になりますが、第9回大会には参加できなかったので、シンポジウムの概要に触れられてありがたいです。また、英語での発表・質疑応答が行われた若手セミナー報告も興味深く読みました。(2025.12.06再読) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.01.18
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西洋中世学会『西洋中世研究』17~知泉書館、2025年~ 西洋中世学会が毎年刊行する雑誌です。 今号の構成は次の通りです。―――【特集】異端の眼、異端を見る眼<序文>草生久嗣・有田豊「異端の眼、異端を見る眼」<論文>坂田奈々絵「異端を見る眼―レランスのウィンケンティウスを中心に―」草生久嗣「ビザンツ帝国の異端学―異端者カタログとパノプリア―」菊地達也「イスラム教分派学と異教/異端」細田あや子「体内を開く聖母―開閉式聖母子像における三位一体の造形―」有田豊「「異端」の眼から見た「正統」―中世ヴァルド派におけるカトリック教会像―」【論文】北村秀喜「聖ヒエロニュムスの所管の伝承体系に関する探究―聖アウグスティヌスと交わされた書簡の場合―」太田原建「ザーリア朝後期ザクセンにおける大公人事と<界>の力学―ズュップリンゲンブルク伯ロタールのザクセン大公推戴(1106年)―」舟場大和「《ポルティナーリ祭壇画》の服飾表現と注文背景―ブルゴーニュ宮廷におけるポルティナーリ家の役割を手掛かりに―」【新刊紹介】【彙報】菅野磨美「西洋中世学会第17回大会シンポジウム報告「西洋中世における聖人崇敬の諸相」」石田隆太「「第8回トマス・シンポジウム」報告記(Symposium Thomisticum VIII)」――― 今回の特集は、2021年開催の西洋中世学会のシンポジウムの報告をさらに発展させています。 問題提起と各論文の概要を紹介する序文に続き、5本の論文が収録されています。 坂田論文はレランスのウィンケンティウスの異端観を分析し、それに影響を与えたアウグスティヌスなどの記述を指摘するとともに、後世における異端記述にウィンケンティウス同様の思想が見られることを示します。 草生論文はビザンツにおいて著された「異端カタログ」と、「論駁対象となる異端者の名を項目立てして章を分け、その章ごとに、当該異端を論駁するのに最も有効と考えられた教父の著作から、議論に利用できる叙述の断片を、そのまま、あるいは編集・加工したかたちで集めた」『パノプリア』という興味深い史料を題材に、その意義を論じます。 菊地論文はイスラームの視点から異教/異端を論じます。イスラームには、キリスト教の「異端」に相当する対概念はなく、近しい存在としては「逸脱者」「棄教者」「不信仰者」が挙げられます。そして、イスラーム内の様々な分派に論駁し、自身の分派を擁護する「分派学書」という、こちらも興味深い史料の分析がなされます。 細田論文は、図像学の観点から、「開閉式聖母子像」を対象に、聖母マリアと三位一体の関係性を論じ、さらには「四位一体」という概念を用いた考察の有効性を示唆します。 有田論文は中世の有名な異端であるヴァルド派に着目し、彼らによる著作『崇高なる読誦』を主要史料として、ヴァルド派がカトリックをどのように捉えていたかを示す興味深い論考です。 個別論文は3本。北村論文は、体系的に整理されていないヒエロニュムスの書簡群について、アウグスティヌスとの書簡に着目し、その写本伝承の系統を確立する論考。とりわけ、内容分析を踏まえて、伝来する書簡の順番の意味を明らかにする議論は興味深かったです。 太田原論文は、1106年にロタールがザクセン大公に推戴されたという1つの事件について、先行研究による評価に加えて、ブルデューの「界」や「卓越化」の概念を援用し、ロタールの推戴までの経歴を明らかにすることで、その意義を再考します。 舟場論文は、最新の研究により作成年代が見直された、トンマーゾ・ポルティナーリ発注の「祭壇画」について、特に祭壇画に描かれた服飾表現に着目し、ブルゴーニュ公との関係性を踏まえた戦略を指摘しつつ、発注時期の確定とその意義を論じます。 新刊紹介は28の外国語文献の紹介。冒頭の、図師先生によるジョン・H・アーノルドの新刊紹介(一般信徒による宗教実践)がとりわけ興味深かったです。また、毎号興味深い新刊紹介を寄稿されている栗原健先生は、今回、叙事詩などにみられる狼について論じた文献を紹介されています。 彙報は2本。1本目は、2025年開催の西洋中世学会シンポジウム(オンラインで参加しましたが非常に興味深かったです)の概要と質疑応答を受けての反省や今後の展望を示します。2本目は、トマス・アクィナスに関する研究集会の報告です。 巻末の寄贈図書一覧や第4回学会賞・第8回ポスター賞の講評・受賞者の声なども興味深いです。(2026.01.10読了) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.01.17
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北山猛邦『先生、大事なものが盗まれました』~講談社タイガ、2016年~ 怪盗に「何が」盗まれたのかを推理する連作ミステリです。 舞台は、探偵を育てる「探偵高校」こと御盾高校、怪盗を育てる「怪盗高校」こと黒印高校、盗まれたものに反応する灯を守る灯台守高校の3校のある凪野島。 物語は、灯台守高校に入学した雪子さんの一人称で進みます。探偵高校に進学した幼馴染のチトセ、同じく友人で怪盗高校に進学したシシマルとともに、謎に挑んでいきます。そして、雪子さんの担任となるヨサリ先生のことも、物語を通じた謎といえるでしょう。 本書には、3話が収録されています。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。―――「第1話 先生、記念に一枚いいですか」過去に自殺者の出た建物に、伝説の怪盗フェレスを名乗る犯行カードが残されていた。もともとものが何もない現場から何が盗まれたのか。学校の課題でこの謎に挑むことになったチトセとともに、雪子、シシマルが謎に挑む。「第2話 先生、待ち合わせはこちらです」新しい友人ができて、ショッピングを楽しむ雪子だが、その頃、自分がなにかを失っている気がしていた。さらに、辞書や目覚まし時計など、今まで当たり前に使っていたものがなくなっていて…。「第3話 先生、なくしたものはなんですか」怪盗フェレスの隠れ家といわれる建物を訪れた雪子とシシマルは、何者かに襲われてしまう。そこでは過去に、フェレスを追う探偵たちが集まった際に殺人事件が起こっていた。事件の真相は、そして雪子たちを襲った人物の正体は。――― 主人公たち3人の会話から、怪盗は、形のないものも盗むことができるということが示されます。ですので、その特殊設定を受け入れ、どれだけ違和感から「盗まれたもの」を推理できるかがカギになります。 先生の過去や、今後3人がどのようになっていくのか、など、これからの物語も楽しみです。(2025.11.28読了) ・か行の作家一覧へ
2026.01.12
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島田荘司『三浦和義事件』~角川文庫、2002年~ 1981年11月に起こった、いわゆる「ロス疑惑」をめぐるノンフィクションです。 島田荘司さんのノンフィクション作品としては、本ブログでは以前『秋好英明事件』を紹介したことがあります。 事件の概要は次のとおりです。 1981年11月18日。 三浦和義氏とその妻は、ロスアンジェルスで何者かに銃撃され、妻は頭部に、自身は脚に銃弾を受けます。 現地病院で治療を受け、回復の見込みがないとされた妻も日本の病院に移送しますが、後日亡くなります。 この事件はマスコミに大きく取り上げられ、移送のときは取材陣が殺到しますが、やがて、この事件は三浦氏による保険金目的の殺人事件なのでは、と目されることになります。 事件の4カ月前に、同じくロスアンジェルスで起こっていた、妻の負傷事件の「加害者」を名乗る女性が名乗り出たこともあり、三浦氏の印象はますます悪くなっていきます。 そして、三浦氏のプライバシーを無視するかのような、マスコミ報道の過熱が進み、ついに三浦氏は逮捕、起訴され、裁判での審理にかけられることになります。 920頁を超える大著である本書は、大きく3部構成です。 第1部でマスコミサイドからこの事件を描き、いかに三浦氏が悪人とみなされ、マスコミが「正義」であったかが示されます。 第2部は、三浦氏の視点で一連の事件をとらえなおします。その中で、マスコミ報道の矛盾点が指摘されます。 第3部は裁判記録の抜粋もしながら、裁判の過程を描きます(平成6年(1994年)まで)。 末尾では、「後記、幻想のロス疑惑」と題して、島田氏による事件の解釈が提示されます。 また、文庫版あとがきとして「「三浦和義事件」の今」と題する文章が掲載され、その後の経過が紹介されます。(銃撃事件は平成6年判決では有罪とされますが、控訴審で無罪判決となります)。 本作は、三浦和義事件を通じた日本人論です。マスコミの横暴、警察による乱暴な取り調べはもちろんですが、情勢に流される日本人のあり方が問われます。 有名な事件でありながら私はよく知りませんでしたので、関係者たちの著作を参考文献として事件を再構成・解釈する本書で、事件の概要も理解でき、また、あらためて自分自身も含めて「日本人」のあり方を考えさせられました。(2025.11.24読了) ・さ行の作家一覧へ
2026.01.11
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前田耕作『宗祖ゾロアスター』~ちくま新書、1997年~ 和光大学名誉教授で、パキスタンなど中央アジアの研究を専門になさっていた前田耕作先生(1933-2022)による、ゾロアスターに関する「漂伝」(220頁のあとがきによる)です。 本書の構成は次のとおりです。――― プロローグ第1章 ゾロアスター伝説第2章 正典を求めて第3章 ゾロアスターの生涯第4章 イメージと歴史の交錯第5章 コスモロジーから終末へ エピローグあとがき参考文献一覧――― 第1章は古代ギリシアから18世紀の百科全書の時代まで、ゾロアスターがいかに西欧に紹介され、受容されていたかをたどります。 第2章は、ゾロアスター教の正典『アヴェスタ』を探し求め、またその訳出に尽力したアンクティル・デュペロン(1731-1805)に焦点をあて、彼の略歴や正典にたどりつくまでの経緯を詳述します。 第3章は、伝承などをもとにゾロアスターの生涯を描きます。生まれるときに笑ったというエピソードは古くからヨーロッパでも知られ、有名なようです。 第4章は、ゾロアスター(教)について、歴史学や考古学の成果をもとにその年代をめぐる議論を整理します。たとえば、ゾロアスターの詳細は謎に包まれていますが、伊藤義教氏によればその没年は紀元前553年とされており、ペルシアにおけるゾロアスター教の流れをたどる一つの指標になります。 第5章は、仏教やニーチェ哲学へのゾロアスター教の影響を概観します。 ゾロアスター教に関する一定の基礎知識は前提とされているような記述で、本書で、ゾロアスターやゾロアスター教の基本的概観・基礎知識が身に付くという性格ではないような印象です。(2025.11.21読了) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.01.10
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西洋中世学会『西洋中世研究』8~知泉書館、2016年~ 西洋中世学会が毎年刊行する雑誌『西洋中世研究』のバックナンバーの紹介です。 第8号の構成は次の通りです。―――【特集】ブルゴーニュ公国と宮廷―社会文化史をめぐる位相<序文>河原温「ブルゴーニュ公国―宮廷の社会文化史をめぐる位相―」<論文>金尾健美「ヴァロワ・ブルゴーニュ公の宮廷とその財源」中堀博司「シャルル・ル・テメレールの「帽子」と国王戴冠の行方」今井澄子「《カエサルのタペストリー》の政治的効果―ブルゴーニュ公シャルル・ル・テメレールのイメージ利用をめぐる考察―」小池寿子「ブルゴーニュ公国における「死の舞踏」の受容と表現形態―「死者のための聖務日課」挿絵を中心に―」今谷和徳「ブルゴーニュの宮廷シャンソンとその広がり」【論文】桑原夏子「トリエステ近郊ムッジャ・ヴァッキアの聖母晩年伝壁画―イタリアにおける聖母晩年伝図像生成初期の様相の再検討と終末思想との関わり―」北舘佳史「13世紀シトー会の書簡コミュニケーション―ポンティニーの定式集の分析―」波多野瞭「確実性と懐疑―トマス・アクィナスの信仰論について―」高名康文「ルナールと托鉢修道会―リュトブフ、『ルナールの戴冠』、『新版ルナール』―」村山いくみ「『寓意オウィディウス』写本の伝承過程にみる古代異教の物語の受容」印出忠夫「「永遠のミサ」を保証する「永遠の収入」―14世紀アヴィニョン司教座参事会管理下のシャペルニーをめぐって―」【研究動向】久米順子「中南米の西洋中世学」【新刊紹介】【彙報】岡崎敦「西洋中世学会第8回シンポジウム報告―「西洋中世の〈知的中心〉としてのパリに、何が生じていたのか」―」中谷惣「第9回日韓西洋中世史研究集会報告」菊地重仁・纓田宗紀・岡北一孝「2015年度若手セミナー報告①―外国語で論文を書く、報告する―」アダム・タカハシ・岩熊幸男・村山いくみ・石田隆太「2015年度若手セミナー報告②―西洋中世哲学において、なぜ写本を読まないといけないのか―」――― 今回の特集は、特にイタリアなど他地域の宮廷の文化的相互関係など、多様な分野で研究が進むブルゴーニュ国家と宮廷の果たした意義を再考する試みです。 河原先生による序文はブルゴーニュ公国をめぐる研究動向の概観と本特集の諸論考の要点を紹介します。以下、本特集は時代的にも地域的にも私の不勉強な分野なので、ごく簡単にメモしておきます。 金尾論文はブルゴーニュ公国における財政機構や財政状況を分析します。 中堀論文は王冠に似た「金の帽子」に関する分析。 今井論文は宮廷でタペストリーが果たした役割を論じます。 小池論文は「死の舞踏」がいかにブルゴーニュ公国領ネーデルラントに受容され、表現されたのかといった問題を論じる興味深い論考。 今谷論文はブルゴーニュ宮廷で活躍したシャンソン作曲家たちに関する分析。 個別論文は『西洋中世研究』16号までの中で最多の6本。これにより、本号は330頁を超える、現時点で最もページ数の多い号です。 桑原論文は聖母晩年図を描く壁画の詳細な分析。 北舘論文は、シトー会のコミュニケーションの中で書簡が果たした役割を明らかにします。 波多野論文は哲学の観点から、トマス・アクィナスを取り上げ、「確実性」と「懐疑」をキーワードに、意思の自由に関する議論を考察します。 高名論文は『狐物語』と共通の登場人物をもつ作品群に着目し、狐のルナールと托鉢修道会士がいかに結び付けられているかを論じる興味深い論考です。 村山論文は14世紀に成立した『寓意オウィディウス』の写本伝承を通じて、キリスト教的な寓意が次第に見られなくなっていくことなどを指摘します。 印出論文は、礼拝堂付き司祭(シャプラン)に「永遠のミサ」を求めるかわりに収入を保証する「シャテルニー」に着目し、ミサ(信仰)と収入(経済)の関係を浮き彫りにする論考。 久米論文(研究動向)は、日本と同じく「非欧米圏」である南米における西洋中世学の展開を紹介し、非欧米圏で西洋中世を研究する意義や課題を論じます。 新刊紹介は52の欧語文献の紹介。栗原健先生による、中世の落書きに関する著作の紹介(栗原先生はいつも興味深い書籍を紹介してくださっています)や、神崎忠昭先生による、中世の大学人に関する新しいアプローチを示す著作の紹介が興味深かったです。また本号では、日本人研究者による業績が8冊も紹介されているのも印象的でした。 彙報は、第8回シンポジウムの報告と、日韓西洋中世史研究集会への参加記、そして若手研究セミナー報告が2本。若手研究セミナー①では、外国語の音読のすすめが印象的でした(辞書ににらめっこで精いっぱいで、全然音読していない自分に反省です)。 多岐にわたる分野の論文が収録されていて、重厚な号です。(2025.11.21再読) ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2026.01.04
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歌野晶午『ROMMY 越境者の夢』~講談社文庫、1998年~ 歌野晶午さんによるノンシリーズの長編作品です。 歌舞伎のようなメイク、ライブでの大げさな演出、そして圧倒的な歌声で圧倒的な人気を誇るROMMYのニューアルバム作成にあたり、伝説のロック・ミュージシャンFMが来日することになります。 そのレコーディングの日。FMは予定時刻になっても現れず、ROMMYはどこか様子がおかしいという異変がありました。 そして、仮眠室で見つかった女性の死体―。そして死体発見後、何者かが死体を破損し、胴体部分には引き出しが入れられていて…。 以上のような、殺人事件・遺体損壊事件が事件の主軸で、一方、ROMMYがROMMYになる過程が事件と交互に語られる構成になっています。 ROMMYの手紙やイラスト、スタジオの写真など、ROMMYが実在するかのような構成も面白いです。 物語自体は、少しずつ事件が進行し、謎が提示されていくかたちなので、紹介しづらいですが、ダリをモチーフにしたような胴体の引き出しや、なぜ死体が損壊されたのか、など、事件の謎も興味深いです。そして明かされる真実…。 おそらく20年以上前に1度読んでいるので、ある真相は忘れたくても忘れられませんが、今回も興味深く読みました。(2025.10.26読了) ・あ行の作家一覧へ
2026.01.03
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ウラジーミル・プロップ(北岡誠司・福田美千代訳)『昔話の形態学』~白馬書房、1987年~ 著者プロップ(1895-1970)はレニングラード大学教授をつとめた人物で、本書のほかに『魔法昔話の起源』などの邦訳書が刊行されています。 本書の構成は次のとおりです。―――第1部 方法と一般的結論序I章 問題の歴史II章 方法と資料III章 登場人物の機能IV章 同化とひとつの機能が二重の形態学上の意味をもつ場合V章 昔話の若干の他の要素VI章 登場人物への機能の割り振りVII章 新たな人物を出来事の展開のうちに導入する仕方VIII章 登場人物の属性と属性の意義IX章 纏りのある全体としての昔話結び原註及び訳註第2部 分析の実例I章 八つの類型II章 〔45話の〕図式と註釈付録I 昔話を一覧表化するための資料II 略語〔記号〕の一覧表III 革命前に出たアファナーシエフの昔話集の話の番号と、革命後に出たその新版の話の番号との比較表〔及び、邦訳されている話の題名との関連づけ〕解説あとがき――― 本書の核となる第III章で、昔話の動きが始まる前の機能として、家族の成員の留守(β)、主人公に禁を課す(γ)、禁が破られる(δ)などが提示され、動き始めた後の機能として、敵対者による加害(A)、主人公による対抗開始(C)、出立(↑)など、31の機能が提示されます。 プロップは、〔魔法〕昔話は、これら機能の組み合わせで構成されると主張します。 本訳書の第2部はプロップの原著にはなく、プロップの提示する機能を具体的な昔話にあてはめ、その構造を分析する邦訳書独自の試みです。結末にプロップが提示する機能がうまく当てはまらない話もあり、プロップの31機能だけでは説明ができないこともあると感じました。 また、訳者による詳細な解説でも、プロップによる定義にあいまいな点があることが指摘されていて、興味深いです。 プロップによる本論自体も興味深いですが、上にふれたように邦訳書独自の分析でプロップ説がどこまであてはまるか(あてはまらないか)が具体的に浮き彫りになるほか、プロップ説の課題も提示されていて、全体的に丁寧なつくりの訳書だと感じました。 付録には構造の略号一覧や、昔話の構造の一覧表もあり、読み進める上で大変便利です。 ふだん読まない分野の書籍ですが、例話や説教といった、寓話・昔話の引用を含む史料の勉強をしてきている中で、気になっていました(たとえば本書の解説でも、Claude Bremond, Jacques Le Goff et Jean-Claude Schmitt, L'《exemplum》 2e edition, Brepols / Turnhout, 1996のクロード・ブレモンについて、「プロップの「機能」論を大幅に読み替え「役割」論にアクセントを移した」と言及があります)。勉強になる1冊でした。(2025.10.26読了) ・その他教養一覧へ
2026.01.02
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ジャック・ルゴフ(池上俊一訳)『中世の夢』~名古屋大学出版会、1992年~ 西洋中世史の大家ジャック・ル・ゴフ(1924-2014)による初期の論集などから選ばれた5本の論文の邦訳です。 訳者の池上俊一先生の著作は本ブログでも多く紹介しています(直近では共編著ですが、池上俊一/河原温(編)『聖人崇敬の歴史』名古屋大学出版会、2025年を紹介しました)が、本書はその初期の業績です。※本書と同年に刊行された著作として、以下があります(3冊も!)・池上俊一『魔女と聖女 ヨーロッパ中・近世の女たち』講談社現代新書、1992年・池上俊一『歴史としての身体 ヨーロッパ中世の深層を読む』柏書房、1992年・池上俊一『狼男伝説』朝日新聞社、1992年 本書の構成は次のとおりです。―――日本の読者へ中世の科学的驚異西洋中世とインド洋―夢の領域キリスト教と夢―2世紀から7世紀西洋中世の荒野=森ブロセリアンドのレヴィ=ストロース―宮廷風ロマン分析のための一試論原注解題――― 第1論文は自身の論集には未収録の論文集から、第2論文はジャック・ル・ゴフ(加納修訳)『もうひとつの中世のために―西洋における時間、労働、そして文化』白水社、2006年に収録されている論考、第3~第5論文が、いまだ邦訳のない論集L’Imaginaire médiéval, Paris, 1985から選ばれています。 第1論文(初出1988年)では、驚異の類型が図式的に提示されています。科学的驚異の探究領域として怪物と来世、組織原理としてオリエント、英雄、百科全書、驚異の生産過程として悪魔、変身、夢が示され、それぞれ具体的に論じられます。 第2論文(初出1970年)は、インド洋イメージの様相と変遷を論じます。 第3論文(初出1985年)は、本論集の核ともいえる論考。初期キリスト教の時代から初期中世までの夢をめぐる重厚な考察です。 第4論文(初出1980年)は、初期キリスト教における荒野のイメージから始まり、初期中世では森がその役割を果たしたこと、さらに文学作品における森=荒野のイメージを分析します。 第5論文(初出1979年)は、クレチャン・ド・トロワ『イヴァン、または獅子の騎士』(1180年頃)を主要史料とした、人類学的な分析の試みです。森、動物、野人などのイメージが具体的に論じられます。 池上俊一先生による解題は各論文の意義を明快に提示していて大変有益であるほか、ル・ゴフのもとで学んだ経験への言及もあり興味深いです。 ル・ゴフの主要論文集である『もうひとつの中世のために』は2006年に邦訳が刊行されましたが、本書で3本の論文が選ばれたもうひとつの主要論文集であるL’Imaginaire médiévalの邦訳は未刊行です。後者は、「長い中世のために」という序論に加え、第1部「驚異」に2論文、第2部「空間と時間」に5論文、第3部「身体」に3論文、第4部「文学と想像界」に5論文、第5部「夢」に2論文、第6部「政治人類学に向けて」に1論文という興味深い論文集なので、いつか邦訳が刊行されることを願っています。(各部標題は拙訳。『もうひとつの中世のために』『煉獄の誕生』なども含む全集的な著作であるJacques Le Goff, Un Autre Moyen Âge, Gallimard, 1999に再録されたL’Imaginaire médiévalの目次を参照)。(2025.10.24再読) ・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2025.12.31
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歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』~文春文庫、2007年~ 歌野さんによるノンシリーズの長編。非常に話題になった作品ですね。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。(2007年の単行本版の記事をほぼ再録)――― 主人公の俺―成瀬将虎は、警備員、パソコンの講師など、いろんな仕事をしていた。自称、「なんでもやってやろう屋」である。 成瀬さんはフィットネスクラブに通っているが、高校生の後輩・キヨシから、相談事をもちかけらる。キヨシが気になっている女性、愛子が、クラブに顔を見せなくなったというのだった。愛子のもとを訪れると、家族が交通事故で亡くなったという。 しばらくして、愛子が俺に相談事をもちかける。亡くなったおじいさんは、健康をうたい水や布団を高額で売りつける蓬莱倶楽部に殺されたのではないかと思われる、蓬莱倶楽部について調べて欲しい、という。おじいさんは既に、蓬莱倶楽部の商品を5000万円も買っていたのだった。 愛子から相談を持ちかけられた日、俺は一人の女性と再会する。以前、線路に飛び込んで自殺しようとしたところを俺が助けた女性―麻宮さくらである。その日から、二人はときどきデートするようになる。俺は、平行して蓬莱倶楽部の調査も進めていく。――― これが、物語の主軸です。ときどき、蓬莱倶楽部に関する章が挿入され、それが主軸を補強する軸だとすれば、いうなれば別の軸の物語も挿入されています。成瀬さんは高校卒業後、探偵事務所で働くことになるのですが、その際、暴力団に潜入捜査することになるのです。こちらは、クスリを運搬中に何者かに襲われた組員が、その夜、腹をめった刺しにされた状態で死んでいた、という謎があり、その解決の方もスマートで面白かったです。 2007年に単行本版の記事を書いて以来ですので、18年ぶりの再読です。 物語の主軸となる仕掛けは忘れたくても忘れられませんので、その点は伏線の妙を味わいながら、一方で忘れていた謎もあり、あらためて新鮮な驚きも味わえました。 良い読書体験でした。(2025.10.17読了) ・あ行の作家一覧へ
2025.12.30
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俵万智『生きる言葉』~新潮新書、2025年~ 『サラダ記念日』で有名な歌人、俵万智さんによる、言葉についての考察です。 本書の構成は次のとおりです。――― はじめに1 「コミュ力」という教科はない2 ダイアローグとモノローグ3 気分のアガる表現4 言葉が拒まれるとき5 言い切りは優しくないのか6 子どもの真っすぐな問いに答える7 恋する心の言語化、読者への意識8 仔渡場がどう伝わるかを目撃するとき9 和歌ならではの凝縮力と喚起力10 そこに「心」の種はあるか11 言葉は疑うに値する おわりに――― 私が本書を購入した時点で、帯に「各メディアで大反響、10万部突破!」とあります。あまり(好きでフォローしている作家さんを除いて)メディアで有名になった本を買うことはありませんが、本書はとても気になったので手に取ってみました。結果、買って本当に良かったと思える1冊でした。 全11章ということで、全ての紹介はしませんが、特に印象的だった点をいくつかメモしておきます。 まず第1章では、子育ての中で息子さんが語彙を増やしていくのを目の当たりにできる(できた)というところ。息子さんとのエピソードでは、第3章の、一緒にしりとりをしまくったというところも印象的でした。 同じく第3章では、ラップをめぐる考察が面白く、続く第4章は、いわゆる「クソリプ」をめぐる議論が印象的です。(俵さんが、物事を否定的にではなく肯定的にとらえようとする姿勢でいらっしゃることは強調しておきます。) 最後に、第9章では、子育てに関する一句が心に響きます。 どの章も興味深く、あたたかな語り口にぐっとくることも多かったです。 素敵な読書体験でした。(2025.11.07読了) ・た行の作家一覧へ
2025.12.29
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愛川晶『巫女の館の密室 美少女代理探偵の事件簿』~光文社文庫、2004年~ 根津愛シリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 根津愛とその友人、樋口理沙を連れて、二人の共通の友人、樫村愉美の別荘に行くこととなった桐野刑事。途中、二人が所属する美術部教師と合流して、別荘に向かうが、道中、樫村家で10年前に起きた密室殺人についての話を聞くこととなる。 樫村家の使用人からも、愉美の父が亡くなったというその事件の話を聞き、現場を見るが、話しを聞く限り、そこは完全な密室であった。 いわゆるインカ帝国を専門に研究する愉美の祖父―龍造、そしてトリックアートで名高い彼女の父の影響か、インカ帝国の神殿を模した現場の異様な雰囲気に呑み込まれてしまう。 一方、龍造とインカ帝国の謎について激論を交わす愛は、彼のことをよく思っていないようで…。 そして桐野たちが訪れている中、再び密室殺人事件が起こる。――― 10年前の事件の謎解きを軸に物語が進みながらも、インカ帝国の少女を主人公とする挿話や、人形をつくる人物の独白などが交互に語られ、独特の雰囲気をもつ作品です。 桐野さんの視点で物語が進むおかげで、物語の重たさは軽減されていますが、なかなか凄惨な事件です。 一方、結末あたりはやや「おや?」と思ってしまうところもあり、根津愛シリーズの長編としては2010年(15年も前ですね!)に紹介した『夜宴』のほうが個人的には好みという印象です。(2025.10.15読了)・あ行の作家一覧へ
2025.12.28
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愛川晶『カレーライスは知っていた 美少女代理探偵の事件簿』~光文社文庫、2003年~ 根津愛シリーズの短編集です。このシリーズについては、長編の『夜宴 美少女代理探偵の事件簿』を紹介したことがあります。 本書には、ミステリの短編だけでなく、根津愛さんによる(!)独白やネコマンガも収録されていて、バラエティに富んでいます。また、2000年に刊行された単行本版には収録のない「納豆殺人事件」や、文庫版特別ボーナストラックとして「スケートおじさん」への読者解答が2編収録されているなど、文庫版は豪華になっていますね。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「カレーライスは知っていた」桐野刑事が「殺される」との電話を受けた翌日、マンションの1室で女性が殺されているのが発見された。現場にはカレーライスを食べたようなあとがあったが、解剖の結果、被害者はカレーを食べていなかったことが発覚し…。「だって、冷え性なんだモン!」マンションの1室で発見された女性の遺体には、手袋やスリッパなどが、左右でばらばらという不自然な点があった。なぜこのような状況になったのか…。「スケートおじさん」通学中、怒ったような顔をして凍結した道路をスケートのように滑っていた男の秘密とは…。「コロッケの密室」倒叙形式の作品。犯人がマッシュポテトに指輪を隠したのち、被害者はそれを使って料理を作っていた。しかし、その後に犯人が作ったコロッケから指輪が発見される。指輪はなぜ「ワープ」したのか、犯人はどこでミスをしていたのか。「死への密室」人の目の前で壁を通り抜けると豪語した男のもとへ、根津愛とともに訪れた桐野刑事。ところが愛は、男がトリックを披露する前に仕掛けを見抜き…。「納豆殺人事件」有名明石焼き店の店主が殺された。納豆嫌いで有名で、納豆が原因で離婚したというその男の司法解剖の結果、胃には大量の納豆が入っていて…。――― 冒頭にも書きましたが、「スケートおじさん」については、ホームページで募集した読者からの別解答のうち、2編がボーナストラックとして掲載されています。個人的には「その1」の世界観が好みでした。(本編も10ページ程度のショートショートです。) 表題作は提示される謎も面白いですし、背表紙にもあるように「たった一口[現場に残った]そのカレーを食べただけで、犯人をずばりと名指ししてしまう」という謎解きの妙も楽しめます。 身に着けたものが左右ばらばらという「だって、冷え性なんだモン!」も論理的な解決が楽しめます。倒叙ものの「コロッケの密室」も興味深いです。「死への密室」は、「根津愛の独白」にもあるようにオチャラケ感があり、「納豆殺人事件」も私にはやや不気味に感じられる話で、この2編は少し苦手でしたが、全体としてはバラエティに富んでいて楽しめました。(2025.10.11読了) ・あ行の作家一覧へ
2025.12.27
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